説明

高導電性耐熱銅合金及びその製造方法

【課題】今後需要が急増する、高電流を流すパワーモジュールにおける放熱板、電動化していく自動車用の配電部材等として使用可能な高導電性能と耐熱性能とを兼ね備えた銅合金の提供を目的とする。
【解決手段】この目的を達成するため、良好な耐熱性を備えるすず含有銅合金であって、Snが0.04質量%〜0.08質量%、Pが0.003質量%〜0.010質量%、Feが0.001質量%〜0.010質量%、残部が銅及び不可避不純物と言う鉄成分を含有した組成を備えることを特徴とする高導電性耐熱銅合金を採用する。そして、本件発明に係る高導電性耐熱銅合金は、その製造にあたり、溶解鋳造の際に無酸素雰囲気を使用する必要がないため、製造コストの安価な製造方法とすることが可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本件発明は、高導電性耐熱銅合金及びその製造方法に関する。特に、本件発明に係る高導電性耐熱銅合金は、高電流を流すパワーモジュールにおける放熱板等の熱放散用部品、電気自動車やハイブリッド自動車等の高電流用コネクター端子等の配電部材に適したすず含有銅合金に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、放熱部品用の銅素材の場合には、高い熱伝導性、高い導電性を備えるタフピッチ銅、無酸素銅が用いられている。近年では、高電流を流すパワーモジュールにおける放熱板での銅素材の使用が望まれてきた。ところが、当該タフピッチ銅、無酸素銅等の一般的銅素材を用いると、パワーモジュールの組み立て段階での高温半田付け作業で要求される耐熱性が得られなくなる。その結果として、銅素材の表面の平坦性が維持できず、部品としての品質に欠けるため、パワーモジュールの組み立てが不可能な場合が発生していた。
【0003】
また、高電流を流す配電部材の導体形成にも、良好な導電性能を備えるタフピッチ銅、無酸素銅が、通電時の発熱を抑制するという観点から多く用いられてきた。ところが、このような製品に属する自動車用の配電部材の場合には、自動車の運転時間が長くなれば、当該配電部材が長時間の比較的高温度の環境に晒されることになる。従って、このような過酷な環境に長時間晒されても、物理的な強度が劣化しないことが求められる。例えば、配電部材を、ねじ止めした際の締結力が劣化しない等の特性であり、このような物理的特性を維持するためには、配電部材に用いる銅素材が良好な耐熱性を備えない限り、品質に対する信頼性が劣ることになる。そして、良好な耐熱性を要求される場合は、通常使用されるタフピッチ銅、無酸素銅の使用が出来ない事は、周知の事実である。
【0004】
従って、上述の如き用途には、導電率が高く、良好な耐熱性を備える銅合金が用いられており、ジルコニウム含有銅、鉄含有銅、すず含有銅等が知られており、広く実用化されている。ところが、ジルコニウム含有銅は、溶解鋳造の全てを無酸素雰囲気で行う必要があるため、製造コストが高いがために製品価格も高くなるため、需用者が使用を躊躇することも多く見られる。鉄含有銅の場合の溶解鋳造も、部分的には大気雰囲気の使用が可能である、基本的には無酸素雰囲気を採用する必要があり、ジルコニウム含有銅と同様の問題がある。一方、すず含有銅は、P脱酸を行うため、木炭シールや燃焼ガス雰囲気下での鋳造溶解が行われる。即ち、すず含有銅の鋳造溶解は、完全に大気を遮断することなく溶解鋳造が行えるため、製造コストが安いがため製品価格も安価であり、一般的に広範且つ大量に使用されるため、日本工業規格(JIS)の中でも規格化されている。
【0005】
日本規格協会の発行している非特許文献1によれば、すず入り銅C1441は、導電性、耐熱性に優れており、Cu−0.10質量%〜0.20質量%、Sn−0.001質量%〜0.020質量%、P及びFeは不純物で0.02質量%以下とされている。また、導電率は78%IACS以上とされているが耐熱性に関しての規定はない。この規格品に相当する市販合金をみると、例えば、三井金属鉱業株式会社製のSNDCの代表組成は、Cu−0.15質量%、Sn−0.01質量%、Pを含有し、導電率85(最小78)%IACSで、EH材の場合には5分間の加熱でHv100以下に軟化する加熱温度が420℃以上となっている。このようにすず含有銅は、良好な耐熱性を備えているが、Sn含有量が高く、P分の厳密なコントロールが出来ていないため、比較的に導電率が低く、近年要求されている高電流を流す用途の電気部品製造用原料としての品質を満たしていない場合が多い。また、生産コストの高い無酸素銅に、Pを添加する事無く、Snを0.12質量%程度添加したすず含有銅も上市されているが、その公称導電率は90%IACSと低い値に止まっている。
【0006】
以上のことから理解できるように、すず含有銅において、近年要求されるレベルの耐熱性を確保でき、しかも90%IACS以上の導電率を確保できれば、安い製造コストで安価な高導電性耐熱銅を安定して製造することが可能である。
【0007】
【非特許文献1】2007年 JIS 非鉄 ハンドブック
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、すず含有銅の組成をベースにした耐熱性銅合金は、導電率の向上だけを考えて、単に合金成分であるP成分量を低くすると、脱酸効果が得られないため、工業的生産が困難となり製造歩留まりの著しい低下を引き起こすため、工業生産的に見て実現不可能な技術思想であった。
【0009】
以上のことから、市場では、今後需要が急激に増加するであろう、高電流を流すパワーモジュールにおける放熱板での銅素材、電動化していく自動車用の配電部材等として、すず含有銅の組成をベースにした安価であり、高品質の高導電性能と耐熱性能とを兼ね備えた銅合金が要求されてきた。
【課題を解決するための手段】
【0010】
そこで、本件発明者等は、鋭意研究の結果、すず含有銅の組成をベースにした以下のすず含有銅合金組成を採用することで、高導電性能と耐熱性能とを兼ね備えた銅合金の提供が可能なことに想到した。
【0011】
本件発明に係る高導電性耐熱銅合金: 本件発明に係る高導電性耐熱銅合金は、良好な耐熱性を備えるすず含有銅合金であって、以下の鉄成分を含有した組成を備えることを特徴とする。
【0012】
Sn:0.04質量%〜0.08質量%
P :0.003質量%〜0.010質量%
Fe:0.001質量%〜0.010質量%
残部:銅及び不可避不純物
【0013】
本件発明に係る高導電性耐熱銅合金において、Feが0.004質量%〜0.010質量%であることが特に好ましい。
【0014】
本件発明に係る高導電性耐熱銅合金は、350℃×5分又は150℃×1000時間の熱処理後において、ビッカース硬度(Hv)が100以上である。
【0015】
本件発明に係る高導電性耐熱銅合金は、導電率90%IACS以上という高導電性能を発揮する。中でも、導電率93%IACS以上であることが特に好ましい。
【0016】
本件発明に係る高導電性耐熱銅合金の製造方法: 本件発明に係る高導電性耐熱銅合金の製造方法は、上述の高導電性耐熱銅合金の製造方法であって、溶解鋳造法により、Snが0.04質量%〜0.08質量%、Pが0.003質量%〜0.010質量%、Feが0.001質量%〜0.010質量%、残部が銅及び不可避不純物となる銅合金組成を調製するにあたり、脱酸成分としてP及びFeを使用することを特徴とする。
【0017】
本件発明に係る高導電性耐熱銅合金の製造方法は、溶解鋳造にあたり、銅合金成分を溶解して成分分析を行った後に、必要に応じてSn、P、Feの各成分の含有量調整を行うことが好ましい。
【0018】
本件発明に係る高導電性耐熱銅合金で得られる部材: 本件発明に係る高導電性耐熱銅合金を用いることで、良好な耐熱特性、熱伝導性、放熱性能を備える各種放熱部材の供給が可能となる。また、本件発明に係る高導電性耐熱銅合金は、良好な耐熱特性と導電性能とを併せ持つが故に、厳しい安全性の求められる車載用配電部材の製造に用いることが好適である。
【発明の効果】
【0019】
本件発明に係る高導電性耐熱銅合金は、すず含有銅の組成をベースにして、そこに意図的に添加した鉄成分を存在させることで、従来のすず含有銅合金が達成できなかった高導電性能と耐熱性能とを兼ね備えたものとなった。よって、本件発明に係る高導電性耐熱銅合金は、各種放熱部材、車載用配電部材の製造に好適に使用できる。また、本件発明に係る高導電性耐熱銅合金の製造は、溶解鋳造の過程において、脱酸成分としてP及びFeを使用する点に特徴を有するが、その他の点においては、従来のすず含有銅の製造方法をそのまま採用することが可能で、鋳造溶解時にも完全な大気遮断を必要としないため、製造コストの高騰を招かない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本件発明に関する発明を実施するための最良の形態に関して述べるが、最初に本件発明に言う導電率及び耐熱性に関して説明しておく。本件発明における導電率は、銅合金材を最終焼鈍した後の導電率であり、日本ホッキング社製のデジタル導電率計(オートシグマ3000)で測定した結果であらわしている。また、銅合金材に塑性加工を加えると、導電率が1%IACS〜3%IACS低下するが、焼鈍後の導電率で表すことが一般的であるためである。この導電率は、高いほど好ましく、無酸素銅に対してすずを添加した製品の公称値90%IACSを確保し、鉄含有銅レベルの93%IACS同等若しくはそれ以上とすることが望ましい。
【0021】
本件発明に言う耐熱性は、はんだ付け等の組立工程を考えた場合では、熱履歴時間は5分で十分と考える。また、高温はんだ条件を考えた場合には、350℃で軟化しないという基準(ビッカース硬度で100以上を確保できること。)を採用して判断することが一般的である。この耐熱性の比較評価を考えると、5分間の熱履歴を負荷した後、硬度100以上を保つ最大加熱温度で表すことも出来る。一方車載用部品の信頼性評価は、150℃にて500時間〜1000時間の熱履歴後の信頼性で評価することが一般的である。以下、本件発明の内容を詳説する。
【0022】
本件発明に係る高導電性耐熱銅合金の形態: 本件発明に係る高導電性耐熱銅合金は、良好な耐熱性を備えるすず含有銅合金であって、以下の鉄成分を含有した組成を備えることを特徴とする。
【0023】
Sn: 0.04質量%〜0.08質量%
P : 0.003質量%〜0.010質量%
Fe: 0.001質量%〜0.010質量%
残部: 銅及び不可避不純物
【0024】
上述の組成から判断できるように、本件発明に係るすず含有銅合金は、Cu希薄合金におけるSn,P,Feの各合金成分量を制御することにより、導電率が高く、熱放散部品や車載用配電部材等に適した電気部品用高導電性耐熱銅合金である。そして、本発明に係るすず含有銅合金は、Snが0.04質量%〜0.08質量%、Pが0.003質量%〜0.010質量%、Feが0.001質量%〜0.010質量%、残部が銅及び不可避不純物からなる組成を備える。このすず含有銅合金は、後述する製造方法で述べるように、P及びFeを脱酸剤として使用することで初めて得られるものである。
【0025】
本発明に係るすず含有銅合金において、Cuに対する合金添加元素の添加量は、以下のように考えて定めた。合金元素としてのSnは、耐熱性を向上させる効果がある。この合金元素としてのSnの含有量が0.04%未満の場合には、350℃×5分の熱履歴後のビッカース硬度が100を下回るようになる。一方、合金元素としてのSn量が多いほど、耐熱性に関しては向上するが、それに反して導電率は低下していく。即ち、合金元素としてのSnの含有量が0.09%以上となると、当該スズ含有銅合金の導電性が低下し、導電率90%IACSを確保することが困難となる。
【0026】
そして、すず含有銅合金を溶解鋳造する際に、主要な脱酸剤がPである。この脱酸剤として添加したPが、すず含有銅合金の合金成分として0.003質量%〜0.010質量%存在することが好ましい。すず含有銅合金の合金成分としてのPが0.003質量%未満の場合には、十分な脱酸効果が期待できない。脱酸効果が十分に得られないと、溶解鋳造中のSnが酸化され、Snの一部が酸化物として存在するようになり、結果として耐熱性に乏しいすず含有銅合金となる。一方、合金成分としてのPの増加は導電率を顕著に下げる。従って、すず含有銅合金の合金成分としてのPが、0.010%を超えると、導電率90%IACSを確保したすず含有銅合金が得られなくなる。
【0027】
また、上述のPと併用して、合金成分としてのFeを微量加えると、脱酸効果が向上すると同時に、すず含有銅合金の中でのP成分が安定化する。これは、Cuを溶解している条件下で、FeがPに比べて、優先して酸素と結合するからである。従って、合金成分としてのFeが0.001質量%未満の場合には、脱酸材としてのFeの効果が期待できない。一方、すず含有銅合金の合金成分としてFeが微量存在すると、その組織中で複合酸化物を形成するため導電率が向上する。しかし、すず含有銅合金の合金成分としてFeが0.010%を超えると、銅マトリックスに対するFe固溶量が多くなり、導電率90%IACS以上のすず含有銅合金を得ることが困難になる。合金としてのFeは、0.004質量%〜0.010質量%の範囲で含有していることが特に好ましい。Feが0.004質量%を超えると、すず含有銅合金の中でのP成分を脱酸剤として十分に機能させ、Pによる酸化防止効果が顕著に得られるからである。
【0028】
以上に述べた組成の本件発明に係る高導電性耐熱銅合金は、350℃×5分又は150℃×1000時間の熱処理後において、ビッカース硬度(Hv)が100以上という硬度を備える。また、同時に、件発明に係る高導電性耐熱銅合金は、導電率90%IACS以上という高導電性能を発揮する。即ち、これらの特性を見るに、高電流を流すパワーモジュールにおける放熱板での銅素材、電動化していく自動車用の配電部材等として好適な高導電性耐熱銅であると言える。
【0029】
本件発明に係る高導電性耐熱銅合金の製造方法: 本件発明に係る高導電性耐熱銅合金の製造方法は、上述の高導電性耐熱銅合金の製造方法である。即ち、溶解鋳造法により、Snが0.04質量%〜0.08質量%、Pが0.003質量%〜0.010質量%、Feが0.001質量%〜0.010質量%、残部が銅及び不可避不純物となる銅合金組成を調製する。このとき脱酸成分としてP及びFeを使用することを特徴とする。
【0030】
本件発明に係る高導電性耐熱銅合金の製造方法においては、溶解鋳造の際に、溶湯に木炭カバーを施したり、燃焼ガス雰囲気に入れたりの一定の大気からの遮断状態とする事はあっても、当該木炭カバーが不完全であっても、出湯や除滓の際等に大気と触れても構わない。即ち、鋳造溶解の環境として無酸素雰囲気を用ないようにして、製造コストの低廉化を図っている。従って、合金元素としてのSnの耐熱性向上効果をフルに発揮させるためには、有効的な脱酸処理が必要になる。
【0031】
ここで、本件発明で用いる脱酸成分に関して述べる。本件発明に係る高導電性耐熱銅合金が、高導電率を備えるためには、上述のように合金元素としてのP分を高くすることは出来ない。そこで、溶解鋳造時の脱酸成分として、PとFeとを同時に添加して用いるのである。具体的には、溶解材料が溶落した時点で成分分析を行い、所定の狙い目の成分値にあわせるため、Sn成分の他に、P成分とFe成分とを同時に添加する。上述の合金組成の範囲を得るためには、脱酸剤としてのP及びFeを、それぞれ0.006質量%〜0.008質量%の範囲を狙って添加するのが適当である。なお、溶落時に、P及びFeの分析値が、0.010質量%を超えるときは、溶湯を大気と積極的に接触させて、P及びFeの分析値が分析値が0.010質量%以下の範囲に下がるように制御する。そして、昇温して出湯を決める際に、Pは0.005質量%〜0.010質量%、Feは0.002質量%〜0.010質量%となるように制御する。また、本件発明では、調整誤差と酸化消耗とを勘案して、合金中のP及びFeの含有量を決めていることを明記しておく。
【0032】
そして、本件発明に係る高導電性耐熱銅合金の製造方法は、溶解鋳造を行うにあたり、銅合金成分を溶解して成分分析を行った後に、必要に応じてSn、P、Feの各成分の含有量調整を行うことが好ましい。これらのSn、P、Feの各成分は、熔解させることである程度の変動が予想される成分であり、原料熔解させたときの状態によって事後的調整を図ることが好ましいからである。また、本件発明に係る高導電性耐熱銅合金に含有させるリン成分及び鉄成分は、特に微量であり、溶解鋳造の最終段階で添加することで、これらの成分の精密な含有量制御が容易となるからである。
【0033】
なお、本件発明に係るすず含有銅合金は、溶解鋳造の後、通常の合金と同様に熱間圧延、面削の後、冷間圧延と焼鈍とを加え、冷間圧延で用途に応じた強度に調整して用いる。本件発明に係るすず含有銅合金は、通常ビッカース硬度の値でHv=100以上に調整して用いる。この硬度調整は、最終焼鈍後の加工率によって左右され、加工硬化によりHv=130程度まで向上可能である。以下、実施例及び比較例を示しつつ、本件発明に係る高導電性耐熱銅合金を説明する。
【0034】
本件発明に係る高導電性耐熱銅合金で得られる部材の形態: 本件発明に係る高導電性耐熱銅合金は、良好な機械的性質を備えると同時に、導電性能、耐熱特性、熱伝導性、放熱性能も良好である。従って、これらの特性が要求される各種放熱部材の製造に用いることが好ましい。ここで言う放熱部材とは、放熱フィンを取り付ける放熱板若しくはヒートスプレッダー等であり、その形状には限定はない。即ち、放熱効果を得ようとする部材の全てを対象としたものである。そして、良好な耐熱特性と導電性能とを併せ持つが故に、厳しい安全性の求められる車載用配電部材の製造に用いることが好適である。ここで言う車載用配電部材とは、自動車を構成する各種部材の内、配線材料、コネクター部材、放熱部材等の全てを含む概念として用いている。
【実施例1】
【0035】
この実施例では、木炭カバーを使用した高周波溶解炉で、脱酸剤にPとFeとを用いて、Snが0.079質量%、Pが0.008質量%、Feが0.010質量%、残部が銅及び不可避不純物の組成の高導電性耐熱銅合金(以下、単に「すず含有銅合金」と称する。)となるように溶解調製し5kgの溶湯を得て、これを金型を用いて鋳造し、厚さ30mmの板状鋳塊を得た。その後、当該板状鋳塊を850℃に加熱した後、厚さ13mmになるように熱間圧延を行った。そして、焼鈍と冷間圧延とを施し、更に最終焼鈍として500℃×30秒の加熱処理行った後に、40%の冷間圧延を加えて、厚さ1.2mmの板状すず含有銅合金材を得た。
【0036】
この板状すず含有銅合金材の物性は、引張強さが372N/mm、伸び率が7.2%、ビッカース硬度(Hv)が119.導電率93.4%IACS(前述の40%の冷間圧延前の導電率は96.7%IACS)であった。そして、以下の2種類の耐熱試験を行い比較例と対比した。
【0037】
耐熱試験1: この耐熱試験1では、板状すず含有銅合金材から切り出した試料を、浴温を350℃に維持した塩浴中に5分間浸漬した後、室温に焼き入れ冷却した後、当該試料のビッカース硬度(Hv)を測定した。その結果を、比較例と対比可能なようにして、表1に示す。
【0038】
耐熱試験2: この耐熱試験2では、締付力試験材を、ボルトとナットとで締め付け、熱を負荷したときの締め付け状態の変化をみるものとした。この締付力試験材は、実施例及び後述する比較例の各板状の銅合金材から15mm角の小片試料を切り出し、当該小片試料の中央部に直径8.5mmの丸穴を開孔したものである。そして、1枚ずつの締付力試験材の丸穴に、それぞれM8のステンレスボルトを挿入し、ナットで締め付け、これを試料として用いた。このときトルクレンチを用いて、22N・mの締付トルクで行った。このときの締付トルクの値は、車両・エンジン用の強力ねじ継ぎ手1.8系列の標準締付トルク表に基いて定めたものである。そして、一定の熱負荷試験を行った後、トルクレンチを用いて、ステンレスボルトを緩めるのに要するねじ緩めトルクを測定した。耐熱試験2の熱負荷試験における熱負荷は、150℃×500時間、150℃×1000時間、200℃×500時間の3種類の熱負荷条件を採用した。その結果を、比較例と対比可能なようにして、表1に示す。
【比較例】
【0039】
この比較例では、実施例1で述べた耐熱性試験結果と対比するため、無酸素銅を比較試料として用いた。この無酸素銅は、JIS C1020に規定する熱間圧延、面削上りで厚さ12mmとした無酸素銅の板材を製造ラインから採取し、厚さ2.4mmに圧延した後、568℃×15秒の焼鈍を経て、加工率50%で加工し、厚さ1.2mmとした無酸素銅板材である。そして、この比較用無酸素銅板から、実施例1の耐熱試験1及び耐熱試験2で用いる試料(以下、表中では、単に「比較例」と称する。)を適宜切り出して使用した。このときの比較試料のビッカース硬度(Hv)は111であった。
【0040】
【表1】

【0041】
[実施例1と比較例との対比]
表1から明らかなように、実施例1の板状すず含有銅合金材では、150℃×500時間の熱負荷を行った後のビッカース硬度(Hv)は113、ねじ緩めトルクは25.2N・m。150℃×1000時間の熱負荷を行った後のビッカース硬度(Hv)は108、ねじ緩めトルクは26.6N・m。200℃×500時間の熱負荷を行った後のビッカース硬度(Hv)は109、ねじ緩めトルクは28.2N・mであった。このねじ緩めトルクの値の測定は、1点の測定であり、ナット面と合金板の接触状況等によって多少のバラツキが生じていると考えられるが、加熱前の締付トルク(22N・m)の値と比べて、緩めトルクの方が高くなっていることが分かる。
【0042】
一方、比較試料の場合には、150℃×500時間の熱負荷を行った後のビッカース硬度(Hv)は53、ねじ緩めトルクは10.7N・m。150℃×1000時間の熱負荷を行った後のビッカース硬度(Hv)は54、ねじ緩めトルクは11.6N・m、200℃×500時間の熱負荷を行った後のビッカース硬度(Hv)は55、ねじ緩めトルクは13.1N・mであった。即ち、熱負荷を行うことで、硬度が当初の硬度(Hv=111)から顕著に低下していることから、再結晶を起こしていることが容易に理解できる。また、加熱前の締付トルク(22N・m)の値と比べて、ねじ緩めトルクは約半分程度にまで低下しており、締結信頼性を確保するという観点から問題となることが分かる。
【実施例2】
【0043】
この実施例2では、製造現場のガス焚き炉で、還元性燃焼廃ガス雰囲気の下で原料を溶解し、タンディッシュ及び鋳型内には木炭系カバーを施し、Snが0.052質量%、Pが0.007質量%、Feが0.007質量%、残部銅及び不可避不純物の組成を持つすず含有銅合金を半連続鋳造して得た。このときの不純物は、Pbが0.003質量%、Znが0.006質量%,Niが0.003質量%等であり、Cuは99.91質量%であった。
【0044】
このときの溶解鋳造工程を詳細に述べておく。原料溶解にあたっては、市中スクラップ材料、工場内での繰り返し使用材料等から適当な原料を選択使用し溶解した。そして、溶落後に分析を行ったところ、Snが0.05質量t%、Pが0.008質量%、Feが0.003質量%であった。そこで、組成の目標値を、Snが0.055質量%、Pが0.008質量%、Feが0.008質量%とし、不足分を補うためにSn及びFeを補給添加した。補給後の鋳造中の分析サンプルの分析値は、Snが0.052質量%、Pが0.007質量%、Feが0.007質量%であった。
【0045】
この鋳塊を800℃に加熱後、厚さ13mmに熱間圧延した。その後、面削して厚さ2.0mmに冷間圧延した。そして、530℃の連続焼鈍炉で焼鈍し、すず含有銅合金材のサンプルを採取した。このときのすず含有銅合金材サンプルの導電率は、93.3%IACSであった。更に、このすず含有銅合金材サンプルを、圧延率20%で最終圧延して、実施例2の試料を得た。実施例2の冷間圧延率、強度特性、導電率、耐熱テスト後のビッカース硬度(Hv)を、実施例2〜実施例5の結果を同時に確認できるよう表2に示す。
【実施例3】
【0046】
この実施例3では、実施例2のすず含有銅合金材サンプルの最終的な圧延率を変更したのみであり、その他は実施例2と同様である。この実施例3での、最終圧延の圧延率は30%として実施例3の試料を得た。実施例3の冷間圧延率、強度特性、導電率、耐熱テスト後のビッカース硬度(Hv)を、実施例2〜実施例5の結果を同時に確認できるよう表2に示す。
【実施例4】
【0047】
この実施例4では、実施例2のすず含有銅合金材サンプルの最終的な圧延率を変更したのみであり、その他は実施例2と同様である。この実施例3での、最終圧延の圧延率は40%として実施例4の試料を得た。実施例4の冷間圧延率、強度特性、導電率、耐熱テスト後のビッカース硬度(Hv)を、実施例2〜実施例5の結果を同時に確認できるよう表2に示す。
【実施例5】
【0048】
この実施例5では、実施例2のすず含有銅合金材サンプルの最終的な圧延率を変更したのみであり、その他は実施例2と同様である。この実施例5での、最終圧延の圧延率は60%として実施例5の試料を得た。実施例5の冷間圧延率、強度特性、導電率、耐熱テスト後のビッカース硬度(Hv)を、実施例2〜実施例5の結果を同時に確認できるよう表2に示す。
【0049】
【表2】

【0050】
[実施例2〜実施例5の結果からの所見]
この表2から理解できるように、圧延率(加工率)が高いほど、熱履歴前の硬度が高くなるが、実施例5の圧延率60%の加工率の場合には、耐熱性が低下している事が分かる。また、実施例3及び実施例4の場合には、400℃×5分の熱履歴後でも、ビッカース硬度(Hv)が100以上であり、一般的なすず含有銅に近い耐熱性を示している。なお、溶解鋳造段階における成分調整中の分析試料の導電率をみると、Feを0.003質量%から0.007質量%に増やす段階で、導電率が89.9%IACSから92.5%IACSに増加しており、Feが合金成分として介在することにより、導電率が顕著に向上することが理解できる。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本件発明に係る高導電性耐熱銅合金は、良好な耐熱性を備えるすず含有銅合金であって、鉄成分を含有した組成を備えることを特徴としている。即ち、すず含有銅合金組成をベースとして、Sn、P、Feの各成分を所定の数値に制御することで、高い導電率と所望の耐熱性とを備える高導電率耐熱性銅合金としたものである。従って、本件発明に係る高導電性耐熱銅合金は、高電流を流すパワーモジュールにおける放熱板、比較的高温度の環境に長時間晒される自動車用の配電部材等の構成素材としての利用に好適である。
【0052】
また、本件発明に係る高導電性耐熱銅合金の製造は、溶解鋳造の過程において、脱酸成分としてP及びFeを使用する点に特徴を有するが、その他においては、従来のすず含有銅の製造方法をそのまま採用することが可能であるため、新たな設備投資を要するものでない。よって、既存設備の活用が可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
良好な耐熱性を備えるすず含有銅合金であって、以下の鉄成分を含有した組成を備えることを特徴とする高導電性耐熱銅合金。
Sn:0.04質量%〜0.08質量%
P :0.003質量%〜0.010質量%
Fe:0.001質量%〜0.010質量%
残部:銅及び不可避不純物
【請求項2】
Feが0.004質量%〜0.010質量%である請求項1に記載の高導電性耐熱銅合金。
【請求項3】
350℃×5分又は150℃×1000時間の熱処理後において、ビッカース硬度(Hv)が100以上である請求項1又は請求項2に記載の高導電性耐熱銅合金。
【請求項4】
導電率90%IACS以上である請求項1〜請求項3のいずれかに記載の高導電性耐熱銅合金。
【請求項5】
導電率93%IACS以上である請求項4に記載の高導電性耐熱銅合金。
【請求項6】
請求項1〜請求項5のいずれかに記載の高導電性耐熱銅合金の製造方法であって、
溶解鋳造法により、Snが0.04質量%〜0.08質量%、Pが0.003質量%〜0.010質量%、Feが0.001質量%〜0.010質量%、残部が銅及び不可避不純物となる銅合金組成を調製するにあたり、
脱酸成分としてP及びFeを使用することを特徴とする高導電性耐熱銅合金の製造方法。
【請求項7】
溶解鋳造にあたり、銅合金成分を溶解して成分分析を行った後に、必要に応じてSn、P、Feの各成分の含有量調整を行うものである請求項6に記載の高導電性耐熱銅合金の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜請求項5のいずれかに記載の高導電性耐熱銅合金を用いて得られることを特徴とした放熱材料。
【請求項9】
請求項1〜請求項5のいずれかに記載の高導電性耐熱銅合金を用いて得られることを特徴とした車載用配電部材。

【公開番号】特開2010−65275(P2010−65275A)
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−232583(P2008−232583)
【出願日】平成20年9月10日(2008.9.10)
【出願人】(000006183)三井金属鉱業株式会社 (1,121)
【Fターム(参考)】