高強度低損失複合軟磁性材とその製造方法及び電磁気回路部品
【課題】高強度かつ低損失の複合軟磁性材を提供する。
【解決手段】純鉄系の軟磁性粒子より硬度の高いFe−Si系、Fe−Si−Al系などの軟磁性粒子と低融点ガラスの原料粉末粒子とシリコーンレジンを混合して圧密し、焼成して得られた高強度低損失複合軟磁性材であって、複数の軟磁性粒子5と、これら軟磁性粒子5どうしの粒界に形成された低融点ガラスとシリコーンレジンを含む境界層8とを備え、前記低融点ガラス中にNaが含まれるとともに、前記境界層8において軟磁性粒子5の表面近傍に低融点ガラス組成由来のNa酸化物集中層6が形成されてなる。
【解決手段】純鉄系の軟磁性粒子より硬度の高いFe−Si系、Fe−Si−Al系などの軟磁性粒子と低融点ガラスの原料粉末粒子とシリコーンレジンを混合して圧密し、焼成して得られた高強度低損失複合軟磁性材であって、複数の軟磁性粒子5と、これら軟磁性粒子5どうしの粒界に形成された低融点ガラスとシリコーンレジンを含む境界層8とを備え、前記低融点ガラス中にNaが含まれるとともに、前記境界層8において軟磁性粒子5の表面近傍に低融点ガラス組成由来のNa酸化物集中層6が形成されてなる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータ、アクチュエータ、リアクトル、トランス、チョークコア、磁気センサコアなどの各種電磁気回路部品の素材として使用される高強度低損失複合軟磁性材とその製造方法及び電磁気回路部品に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、モータ、アクチュエータ、磁気センサなどの磁心用材料として、鉄粉末、Fe−Al系鉄基軟磁性合金粉末、Fe−Ni系鉄基軟磁性合金粉末、Fe−Cr系鉄基軟磁性合金粉末、Fe−Si系鉄基軟磁性合金粉末、Fe−Si−Al系鉄基軟磁性合金粉末、Fe−Co系鉄基軟磁性合金粉末、Fe−Co−V系鉄基軟磁性合金粉末、Fe−P系鉄基軟磁性合金粉末(以下、これらを軟磁性粒子と総称する)を焼結して得られた軟磁性焼結材が知られている。
一方、鉄粉末や合金粉末をガス又は水アトマイズ法で粉末化して作製した場合、鉄粉末や合金粉末は単体では比抵抗が低いため、鉄粉末や合金粉末の表面に絶縁皮膜の被覆を行うか、有機化合物や絶縁材を混合するなどして焼結を防止し、比抵抗を上げるなどの対策を講じている。この種の軟磁性材において、渦電流損失を抑制するために、鉄を含む軟磁性粒子の表面を非鉄金属の下層被膜と無機化合物を含む絶縁膜とで覆った圧粉軟磁性材が提案されている。
【0003】
前記圧粉軟磁性材の一例として、軟磁性粒子と絶縁性結着材とを混合した複合軟磁性材料を目的の形状に圧縮成形し、焼成してなる圧粉磁心が適用されている。この圧粉磁心は、軟磁性粒子どうしが絶縁性結着材を介し接合された組織を有し、絶縁性結着材により軟磁性粒子どうしの絶縁が確保されている。
また、この種の圧粉磁心の一例として、ガラスの原料粉末を主体としてガラスからなる絶縁性結着材を生成するものとして、ミクロンオーダーの粒径のB2O3粉末及びP2O5粉末と2種類以上のアルカリ金属酸化物粉末とを特定の組成比で配合し、加熱焼成することにより得られる鉛フリーガラスから絶縁性結着材を構成し、この鉛フリーガラスの熱膨張係数を軟磁性粒子の熱膨張係数に近い値として、圧粉磁心の製造時あるいは使用時に欠陥を生じないようにした複合軟磁性材が知られている。(特許文献1参照)
【0004】
また、この種の複合軟磁性材において、軟磁性粒子に対し粒径2nm〜200nm程度の低融点ガラスの原料微細粉末粒子を混合して圧密し、焼成処理することにより、低融点ガラスの絶縁材からなる境界層を介して複数の軟磁性合金粒子を結合してなる組織の圧粉磁心が知られている。(特許文献2参照)
この特許文献2に記載されている技術によれば、微細粒径の低融点ガラス粉末を用いることにより、圧縮成形時のガラスの流動性を確保し、焼成後の粒界層を軟磁性粒子の周囲に均一に形成することで特性の優れた圧粉磁心を得ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−212385号公報
【特許文献2】特開2009−130286号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、インバータやトランスのコア、チョークコイルなどの電子機器用電磁気部品は、電子機器の小型化、高性能化に伴い、より厳しい材料特性が求められるようになってきている。このような部品に用いられる軟磁性材料として、従来、センダスト合金やケイ素鋼などの金属磁性材料、フェライトなどの酸化物磁性材料が使用されてきた。
しかし、センダスト合金などの金属磁性材料において粉末とした場合の硬度が高い材料は、粉末成形により高密度化することが難しいという問題がある。特に、球形状の硬質の軟磁性粒子ではこの傾向が顕著に現れる。
そこで、この種の軟磁気特性に優れた硬質の軟磁性粒子を用いて圧粉磁心を製造する場合、ガラス原料の他にシリコーンレジンなどのバインダー材を添加することで、圧縮成形時に軟磁性粉末の成形性を高めることが考えられる。
ところが、本発明者がシリコーンレジンなどのバインダー材をミクロンオーダーの粒径のガラスの原料粉末とともに硬質の軟磁性粒子に混合して圧密し、焼成して圧粉磁心の製造を試みたところ、得られた圧粉磁心の組織においては、ガラスやシリコーンレジンの成分を有する境界層が軟磁性粒子の周囲で不均一となり易く、ガラスの原料粉末やシリコーンレジンを軟磁性粒子周囲の隅々まで均一に分布させることができていないことが判明した。
【0007】
また、軟磁性粒子として、純鉄粉末などの比較的軟質の軟磁性粒子であるならば、ガラス原料の粉末を純鉄粉末とともに混合して圧密することが可能であるが、センダスト合金などのFe−Si系、Fe−Si−Al系の硬質の軟磁性合金粒子は、軟磁性合金粒子自体の硬度が高いので、軟磁性合金粒子にガラス原料のみを混合して圧縮し、成形しようとしても、高圧成形を行わない限り、圧縮成形自体が極めて困難な問題がある。硬質の軟磁性粒子であっても、凹凸の多い異形状粉末であれば粉末の種類によっては成形可能な場合もあるが、球形状粉末であるほど高圧成形に依らなければ、圧縮成形が極めて困難になる。
【0008】
本発明は前記の問題に鑑み創案されたものであり、その目的は、純鉄系の軟磁性粒子に比べ硬度の高いFe−Si系、Fe−Si−Al系などの硬質の軟磁性粒子を圧密し、成形してなる複合軟磁性材であっても、圧縮成形を満足になし得て高強度であるとともに、高周波領域において鉄損の小さい複合軟磁性材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)上記目的を達成するために本発明の高強度低損失複合軟磁性材は、純鉄系の軟磁性粒子より硬度の高いFe−Si系、Fe−Si−Al系などの複数の軟磁性粒子と低融点ガラスの原料粉末粒子とシリコーンレジンを混合して圧密し、焼成して得られた高強度低損失複合軟磁性材であって、複数の軟磁性粒子と、これら軟磁性粒子どうしの粒界に形成された低融点ガラス及びシリコーンレジンの構成元素を含む境界層とを備え、前記低融点ガラスの原料粉末粒子にNaを含む粉末粒子が含まれるとともに、前記境界層において軟磁性粒子の表面近傍に低融点ガラス組成由来のNa酸化物集中層が形成されてなることを特徴とする。
(2)本発明において、前記集中層が前記軟磁性粒子の表面から50nm〜950nmの範囲に存在されてなることが好ましい。
(3)本発明において、前記軟磁性粒子の平均粒径が5〜500μmの範囲とされてなることが好ましい。
(4)本発明において、前記低融点ガラスが、SiO2−B2O3−Na2O系、Na2O−B2O3−ZnO系ガラスのうち、少なくとも1種類以上であることが好ましい。
(5)本発明の電磁気回路部品は、(1)〜(4)のいずれかに記載の高強度低損失複合軟磁性材からなる。
【0010】
(6)本発明の高強度低損失複合軟磁性材の製造方法は、純鉄系の軟磁性粒子より硬度の高いFe−Si系、Fe−Si−Al系などの複数の軟磁性粒子と、粒径2nm〜200nmの低融点ガラスの原料粉末粒子と、シリコーンレジンを混合して圧密し、焼成して得られ、複数の軟磁性粒子と、これら軟磁性粒子どうしの粒界に形成された低融点ガラス及びシリコーンレジンの構成元素を含む境界層とを備える高強度低損失複合軟磁性材の製造方法であって、複数の軟磁性粒子と低融点ガラスの原料粉末粒子とシリコーンレジンを混合して圧密し、焼成処理することを特徴とする。
(7)本発明は、前記軟磁性粒子の粒界に存在する境界層において軟磁性粒子の表面近傍に低融点ガラス組成由来のNa酸化物集中層を形成することを特徴とする。
(8)本発明は、前記Na酸化物集中層の厚さを50nm〜950nmの範囲に形成することができる。
(9)本発明において、前記低融点ガラスとして、SiO2−B2O3−Na2O系、Na2O−B2O3−ZnO系のうち、少なくとも1種類以上とすることができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明の高強度低損失複合軟磁性材によれば、低融点ガラスとシリコーンレジンの構成元素を含む境界層を介し軟磁性粒子どうしを結合しているので、境界層部分での機械的結合力に優れ、高周波領域において低い鉄損の複合軟磁性材が得られる。
また、軟磁性粒子の外側に位置する境界層が組織全体において均一に形成されており、かつ、軟磁性粒子が個々に確実に境界層で絶縁被覆されているので、軟磁性粒子の焼成材として高強度と高抵抗化を実現できており、高周波領域における鉄損も小さいという特徴を有する。
本発明の高強度低損失複合軟磁性材は、高強度と低損失を実現でき、高周波において鉄損が小さいという特徴を兼ね備えた優れたものであり、これらの特徴を生かした各種電磁気回路部品の材料として使用できる。
【0012】
前記高強度低損失複合軟磁性材を用いて構成される電磁気回路部品として、例えば、磁心、電動機コア、発電機コア、ソレノイドコア、イグニッションコア、リアクトルコア、トランスコア、チョークコイルコアまたは磁気センサコアなどとしての利用が可能であり、いずれにおいても優れた特性を発揮し得る電磁気回路部品を提供できる。
そして、これら電磁気回路部品を組み込んだ電気機器には、電動機、発電機、ソレノイド、インジェクタ、電磁駆動弁、インバータ、コンバータ、変圧器、継電器、磁気センサシステム等があり、これら電気機器の高効率高性能化や小型軽量化に寄与するという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は本発明に係る高強度低損失複合軟磁性材の一例構造を示す組織写真の模式図。
【図2】図2は実施例において製造された高強度低損失複合軟磁性材の一例構造において軟磁性粒子とその周囲の境界層部分を示すSEM組織写真。
【図3】図3は実施例において製造された高強度低損失複合軟磁性材の第1例の構造において酸素の分布状態を測定した結果を示すSEM−EDSマッピング組織写真。
【図4】図4は実施例において製造された高強度低損失複合軟磁性材の第1例の構造においてナトリウムの分布状態を測定した結果を示すSEM−EDSマッピング組織写真。
【図5】図5は実施例において製造された高強度低損失複合軟磁性材の第1例の構造においてアルミニウムの分布状態を測定した結果を示すSEM−EDSマッピング組織写真。
【図6】図6は実施例において製造された高強度低損失複合軟磁性材の第1例の構造においてケイ素の分布状態を測定した結果を示すSEM−EDSマッピング組織写真。
【図7】図7は実施例において製造された高強度低損失複合軟磁性材の第1例の構造において鉄の分布状態を測定した結果を示すSEM−EDSマッピング組織写真。
【図8】図8は実施例において製造された高強度低損失複合軟磁性材の第2の例の構造において軟磁性粒子とその周囲の境界層部分を示すSEM組織写真。
【図9】図9は実施例において製造された高強度低損失複合軟磁性材の第2例の構造においてナトリウムの分布状態を測定した結果を示すSEM−EDSマッピング組織写真。
【図10】図10は実施例において製造された高強度低損失複合軟磁性材の第3の例の構造において軟磁性粒子とその周囲の境界層部分を示すSEM組織写真。
【図11】図11は実施例において製造された高強度低損失複合軟磁性材の第3の例の構造においてナトリウムの分布状態を測定した結果を示すSEM−EDSマッピング組織写真。
【図12】図12は本発明に係る高強度低損失複合軟磁性材を用いてなる電磁気回路部品の一例を示す斜視図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に本発明をFe−Si−Al系合金の軟磁性粒子に適用した場合を例にして以下に詳細に説明するが、本発明では軟磁性粒子をFe−Si−Al系合金に限定するものではなく、純鉄粉末よりも硬度が高いFe−Si系鉄基軟磁性合金粉末、Fe−Si−Al系鉄基軟磁性合金粉末、Fe−Ni系合金粉末、Fe−Co系鉄基軟磁性合金粉末、Fe−Co−V系鉄基軟磁性合金粉末、Fe−P系鉄基軟磁性合金粉末、Fe−Cr系Fe基合金粉末などの純鉄系の軟磁性粒子よりも硬度が高く、形状が球形状である場合には、圧縮成形が難しい軟磁性合金粒子一般に広く適用できるのは勿論である。
【0015】
図1は本発明に係る第1実施形態の高強度低損失複合軟磁性材の一例構造を示す組織写真の模式図であり、この形態の高強度低損失複合軟磁性材Aは、Fe−Si−Al系のセンダスト合金からなる軟磁性粒子5、5を低融点ガラス成分とシリコーンレジンの成分を具備する境界層8で結合した組織構造とされている。この形態の高強度低損失複合軟磁性材Aにおいて境界層8は、軟磁性粒子5の表面を所定の厚さで覆っているNa(ナトリウム)酸化物集中層6と、これらのNa酸化物集中層6の外側に位置して隣接する軟磁性粒子5、5間を埋めている粒界層7とを主体として構成され、Na酸化物集中層6と粒界層7の部分には複数の空孔9が点在されている。
なお、図1に示す構造では2つの軟磁性粒子5をNa酸化物集中層6と粒界層7とを具備する境界層8で結合した構造の一部分のみを示しているが、実際の高強度低損失複合軟磁性材Aは多数の軟磁性粒子5がそれらの境界部分に境界層8を介在させて結合された圧密体組織構造とされている。
また、この形態の高強度低損失複合軟磁性材Aは、軟磁性粒子5、5間の間に存在する境界層8が実質的に全ての軟磁性粒子間に可能な限り均一に分布された境界層8とされたものであり、軟磁性粒子5の周囲に境界層8が均一分布されていることにより高強度のものが得られる。
【0016】
前記軟磁性粒子5はこの実施形態ではセンダスト合金(例えば、組成比9.6質量%Si−5.5質量%Al−残Fe)の粒子からなり、センダスト合金は、高い透磁率と低い保磁力が得られるものとして著名な合金であり、硬く脆いために、加工は困難とされているが、粉砕して粒子状に加工することは可能な合金であり、このセンダスト合金粒子からなる軟磁性粒子5がこの実施形態では境界層8を介し接合されてなる。
【0017】
前記Na酸化物集中層6と粒界層7は、後述する製造方法を実施して軟磁性粒子5とナノオーダーの微細なガラス原料粉末粒子とシリコーンレジンとを混合し、圧密して焼成することにより形成されたもので、粒界層7はガラス原料粉末粒子を焼成してなるガラス層の内部にシリコーンレジンを構成する元素を拡散させてなるものとされている。また、粒界層7はガラス原料粉末粒子を焼成してなるガラス層の内部にシリコーンレジンを構成する元素を拡散させるとともに、ガラス原料粉末粒子に含まれているNaを集中的に拡散させて形成された層である。即ち、Na酸化物集中層6におけるNaの存在割合は、粒界層7におけるNaの存在割合よりも高くされている。
【0018】
以下、図1に示す組織構造を示す高強度低損失複合軟磁性材Aを製造する方法の一例について以下に順次工程順に説明する。
本発明ではまず、目的の組成のセンダスト合金からなる軟磁性粒子を用意する。このセンダスト合金の軟磁性粒子として例えば平均粒径40〜150μmの範囲のセンダスト合金粉末を用いることができる。センダスト合金の軟磁性粒子については、センダスト合金を溶製後、センダスト合金を粉砕し、粉砕物の粒径を揃えることで確実に得ることができる。
【0019】
センダスト合金粒子を用意したならば、このセンダスト合金粒子に対し所定の配合比でバインダー材としての低融点ガラスの原料粉末粒子及びシリコーンレジンと分散剤を共添加する。より具体的には、まず、分散剤を有機溶媒(2−n−ブトキシエタノール)に溶解した後、これに低融点ガラスの原料粉末粒子を添加し、超音波分散処理を施して有機溶媒中に均一分散させる。
そして、上述のガラス分散液を流動層中において軟磁性粒子に噴霧して混合し、有機溶媒を除去して乾燥させた後、成型機を用いて常温において例えば8〜10t/cm2程度の圧力で目的の形状、例えばリング状に成形し、更に焼成処理を施すことで目的の形状、例えばリング状の高強度低損失複合軟磁性材Aを得ることができる。
【0020】
ここで、低融点ガラスの原料粉末粒子を溶媒中に分散させる方法を適用するのは以下の理由による。前記ナノオーダーの低融点ガラスの原料粉末粒子は極めて微細であり、それらをハンドリングすることは容易ではないので、軟磁性粒子に添加する場合、シリコーンレジンと分散剤を溶解した2−n−ブトキシエタノールや2−プロパノールなどの有機溶媒に低融点ガラスの原料粉末を超音波分散により均一分散し、このガラス分散液を先の軟磁性粒子に噴霧した後、乾燥することによって有機溶媒を除去し、軟磁性粒子の周囲に低融点ガラスの原料粉末粒子とシリコーンレジン、分散剤を添加する方法を採用することが好ましい。
【0021】
前記製造工程に用いる低融点ガラスの原料粉末粒子としては、ナノオーダー、特に2〜200nmの範囲の粒径の原料粉末粒子を用いることが好ましい。
ここで用いる低融点ガラスとして、SiO2−B2O3−Na2O系、Na2O−B2O3−ZnO系ガラスのうち、少なくとも1種類以上を使用することが好ましい。
また、これらの系のガラスの他に、SiO2−B2O3−ZnO系にNa2Oを添加した系、SiO2−B2O3−Li2O系にNa2Oを添加した系を使用することができ、更に必要に応じ、これらの低融点ガラスにSiO2、ZnO、K2O、SnO、BaO、CaO、Al2O3の1種類または2種類以上を添加した組成を有する低融点ガラスを使用しても良い。
更に具体的な組成例として、SiO2:10〜25質量%、Na2O:5〜10質量%、K2O:1〜5質量%、ZnO:30〜40質量%、B2O3:40〜50質量%の組成例、SiO2+Na2O:45質量%以下、ZnO:20〜30質量%、BaO:1〜10質量%、B2O3:20〜30質量%、Al2O3:1〜10質量%の組成例などを例示することができる。
これらの低融点ガラスは、軟化点が550〜600℃程度であるので、この範囲より高い温度で焼成することで、ガラスが十分に溶融して粒界に流れ、軟磁性粒子の粒界を十分に埋めるように作用する。
【0022】
前記製造工程に用いるシリコーンレジンは、圧縮成形時に軟磁性粒子5の成形性を高めることができるために添加する。シリコーンレジンはある程度高い耐熱性を備えており、焼成後において絶縁性結着材としても機能する。
前記製造工程に用いる分散剤としては、リン酸エステル型分散剤あるいは、アルキルポリオキシエチレンエーテル系分散剤などを用いることができる。これらの分散剤の添加量は、軟磁性粒子5の質量に対し0.01質量%〜0.6質量%の範囲であることが好ましい。分散剤が0.01質量%未満では低融点ガラスの原料粉末粒子の分散が良好に行われず、分散剤が0.6質量%を超える範囲では低融点ガラスの原料粉末粒子が凝集してしまうおそれがある。
【0023】
前記成形の圧力は8〜10t/cm2程度の成形圧力を選択することができる。ここで使用する成形圧力は、一般的にセンダスト合金粒子の圧密に必要とされる20t/cm2の値よりも遙かに小さい値であり、一般的な粉末成形法において利用する圧力と同程度であるので、一般的な規模の粉末成形機を用いて本発明に係る優れた複合軟磁性材を製造することができる。
圧縮成形の後、得られた成形体を500℃〜1000℃の温度で、望ましくは真空中あるいは窒素雰囲気中などの非酸化性雰囲気において数10分、例えば800℃で30分程度焼成して高強度高比抵抗複合軟磁性材Aとすることができる。
【0024】
なお、前記軟磁性粒子として、Fe−Si−Al系以外の粒子を用いる場合は、Fe−Ni系鉄基軟磁性合金粉末はNi:35〜85質量%を含有し、必要に応じてMo:5質量%以下、Cu:5質量%以下、Cr:2質量%以下、Mn:0.5質量%以下の内の1種または2種以上を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなるニッケル基軟磁性合金粉末(例えば、Fe−49質量%Ni粉末)であり、Fe−Cr系鉄基軟磁性合金粉末はCr:1〜20質量%を含有し、必要に応じてAl:5質量%以下、Ni:5質量%以下の内の1種または2種を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなるFe−Cr系鉄基軟磁性合金粉末であり、Fe−Si系鉄基軟磁性合金粉末は、Si:0.1〜10質量%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなるFe−Si系鉄基軟磁性合金粉末であることが好ましい。
また、Fe−Si−Al系鉄基軟磁性合金粉末は、Si:0.1〜10質量%、Al:0.1〜20質量%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなるFe−Si−Al系鉄基軟磁性合金粉末であり、Fe−Co−V系鉄基軟磁性合金粉末は、Co:0.1〜52質量%、V:0.1〜3質量%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなるFe−Co−V系鉄基軟磁性合金粉末であり、Fe−Co系鉄基軟磁性合金粉末は、Co:0.1〜52質量%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなるFe−Co系鉄基軟磁性合金粉末であり、Fe−P系鉄基軟磁性合金粉末は、P:0.5〜1質量%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなるFe−P系鉄基軟磁性合金粉末であることが好ましい。
【0025】
そして、これらFe系の軟磁性粒子5は平均粒径:5〜500μmの範囲内にある軟磁性合金粒子を使用することが好ましい。その理由は、平均粒径が5μmより小さ過ぎると、軟磁性粒子の圧縮性が低下し、軟磁性粒子の体積割合が低くなるために磁束密度の値が低下するので好ましくなく、一方、平均粒径が500μmより大き過ぎると、軟磁性粒子内部の渦電流が増大して高周波における透磁率が低下することによるものである。
【0026】
以上説明の如く製造された複合軟磁性材は、高周波域(50kHzなどの高周波帯域)において鉄損が小さく、優れた軟磁気特性を示し、強度が高く、比抵抗が高いという優れた特徴を有する。
これは、センダスト合金からなる硬質の軟磁性粒子5に、適量のナノオーダーの低融点ガラスとシリコーンレジンと分散剤を混合し、圧密し、焼成して複合軟磁性材としているので、圧密体として焼成した状態であっても、センダスト合金の軟磁性粒子5が本来有する高透磁率、低保磁力、低鉄損失の特性を発揮できる上に、軟磁性粒子5どうしを結合している境界層8が軟磁性粒子5の周囲に均一分散し、軟磁性粒子5どうしを確実に絶縁していることによる。
また、本実施形態の高強度低損失複合軟磁性材Aにあっては、高周波対応として見ても優れたセンダスト合金の軟磁性粒子5を好適な組織の境界層8で強固に結合しているので、強度が高い上に、比抵抗も高いので、50kHzなどの高周波領域における鉄損が小さいという特徴を有する。
【0027】
図12は、本発明に係る高強度低損失複合軟磁性材を適用した電磁気回路部品の一例であるリアクトルを示す。
図12に示すリアクトル10は、平面視レーストラック状のリアクトルコア11と、リアクトルコア11に巻装された2つのコイル12を有している。
図12に示すように、各コイル12は、それぞれ、多数回巻回された導線よりなり、リアクトルコア11の長手方向の直線区間に巻装されている。このリアクトル10では、リアクトルコア11が高強度低損失複合軟磁性材Aによって構成されている。
【0028】
この例のリアクトル10では、リアクトルコア11の比抵抗が大きく、鉄損が小さく抑えられているため、リアクトル10として高い性能を得ることができる。
なお、前記リアクトル10は本発明に係る高強度低損失複合軟磁性材Aを電磁気回路部品に適用した一例であって、本発明に係る高強度低損失複合軟磁性材Aをその他種々の電磁気回路部品に適用できるのは勿論である。
【実施例】
【0029】
平均粒径120μm(D50)の軟磁性粒子(センダスト合金粒子:9.6質量%Si−5.5質量%Al−残Fe)に対し、シランカップリング剤(シランカップリング剤:信越化学製KBP−90)を0.25質量%添加し、120℃で30分間乾燥後、更に、このKBP−90添加軟磁性粒子に対し2質量%シリコーンレジン(東レダウコーニング社製シリコーンレジン217FLAKE)と1質量%のナノガラス(平均粒径:Dベット法:31nm)と0.1質量%の分散剤(アルキルポリエキシエチレンエーテル系分散剤)を共添加した。
具体的には、軟磁性粒子にシランカップリング剤を混合後、シリコーンレジン217FLAKEとアルキルポリエキシエチレンエーテル系分散剤を2−n−ブトキシエタノールの溶媒に溶解し、これにナノガラス粒子を添加し、超音波で均一分散後、これらを流動層中でKBP−90添加軟磁性粒子に対して噴霧、乾燥し、更に180℃で30分間の焼付け処理を行った。
その後、成形圧8t/cm2の圧力でリング状に常温成形し、次いで真空中において800℃で30分加熱して焼成し、リング状の試験片を得た。
焼成後、リング状の試験片を用いて磁気特性測定、強度試験、SEMによる組織観察、EDS分析を実施した。
【0030】
「比較例」
平均粒径120μm(D50)の軟磁性粒子(センダスト合金粒子:9.6質量%Si−5.5質量%Al−残Fe)に対し、シランカップリング剤(シランカップリング剤:信越化学製KBP−90)を添加し、120℃で30分間乾燥した試料に対し、2質量%のシリコーンレジン(東レダウコーニング社製シリコーンレジン217FLAKE)とミクロンガラス(平均粒径:D50(レーザー回折法):2.302μm)を共添加した試料を作製し、180℃で30分の焼付け処理を行った。
具体的には、軟磁性粒子にシランカップリング剤を混合後、シリコーンレジン217FLAKEを2−n−ブトキシエタノールの溶媒に溶解した液体にミクロンガラス粒子を添加し、超音波で均一分散処理を施した液体中に先のシランカップリング剤添加軟磁性粒子を浸漬させて、攪拌、乾燥し、さらに180℃で30分の焼き付けをした。
その後、それぞれの試料でリング状の試験片を作製し、リング状の試験片を用いて磁気特性測定、強度試験を実施した。
【0031】
「従来例」
平均粒径120μm(D50)の軟磁性粒子(センダスト合金粒子:9.6質量%Si−5.5質量%Al−残Fe)に対し、シランカップリング剤(シランカップリング剤:信越化学製KBP−90)を添加し、120℃で30分間乾燥した試料に対し、2質量%のシリコーンレジン(東レダウコーニング社製シリコーンレジン217FLAKE)を添加し、180℃で30分の焼付け処理を行った。
具体的には、軟磁性粒子にシランカップリング剤を混合後、シリコーンレジン217FLAKEを2−n−ブトキシエタノールの溶媒に溶解した液体中に先のシランカップリング剤添加軟磁性粒子を浸漬させて、攪拌、乾燥し、さらに180℃で30分の焼き付けをした。
各試料を製造した場合のガラス種別、ガラス原料粉末粒子の平均粒径(D50BETあるいはD50)、シリコーンレジンの添加量、分散剤の添加量、成形圧力を以下の表1に示す。
また、表2にガラス原料粉末粒子の組成を示し、表3に焼成条件、強度(MPa)、比抵抗(μΩ・m)、寸法密度(Mg/m3)、10kA/mにおける磁束密度(T)、0.1T・50kHzにおけるコアロス(W/kg)の値を測定した結果を示す。
なお、表1、表3の試料No.7、8は、分散剤添加量範囲(0.01〜0.6質量%)外の分散剤を添加した試料である。また、試料No.9は、シリコーンレジン、分散剤ともに添加ぜずに、ナノガラスだけを軟磁性粒子に添加・混合した試料である。試料No.10はシリコーンレジンのみを軟磁性粒子に添加した従来例の試料である。
【0032】
【表1】
【0033】
【表2】
【0034】
【表3】
【0035】
表3に示す結果から、低融点ガラスの組成由来のNa酸化物集中層を有する境界層を介し軟磁性粒子を結合した構造の高強度低損失軟磁性材であるならば、高い強度と比抵抗を備え、高周波領域における鉄損の小さいものを得ることができた。
例えば、表3に示す各実施例では、圧環強度35MPa以上、比抵抗1.0×106μΩm以上の値を得ることができた。
また、Na酸化物集中層は、軟磁性粒子の表面から50nm〜950nmの範囲に存在されてなることも判明した。
【0036】
表1の低融点ガラス添加量とシリコーンレジン添加量から鑑みると、シリコーンレジンの添加量は1.5〜3質量%の範囲が好ましく、分散剤の添加量は0.01〜0.6質量%の範囲が好ましい。
【0037】
図2は実施例No.1の高強度低損失複合軟磁性材試料の粒界組織を示すSEM(走査型電子顕微鏡)写真である。この組織写真に対応させてエネルギー分散型X線分析装置により酸素(O)の分布を測定した結果を図3に、ナトリウム(Na)の分布を測定した結果を図4に、アルミニウム(Al)の分布を測定した結果を図5に、ケイ素(Si)の分布を測定した結果を図6に、鉄(Fe)の分布を測定した結果を図7に、それぞれ示す。
図2〜図7に示す組織写真を総合的に把握すると、隣接する軟磁性粒子間に存在する境界層において、O、Si、Alについては特に分布状態に特徴は見られないが、Naについては明確に軟磁性粒子の表面側の部分に集中的に存在していることが判明した。Naについては低融点ガラスの原料粉末粒子のみに含まれているので、このNaの集中層はOの存在とともにNa酸化物として軟磁性粒子表面側にある程度の厚み分布をもって集中的に存在していることが明らかとなった。なお、図2に示す粒界組織では空孔が多数見られるがこれは境界層を構成する材料に含まれていたCが焼成時に抜けた痕跡を示す。よって、これら空孔の位置に対応するように各元素の分析結果においても元素の分布状態が影響されているが、Naについては軟磁性粒子表面側にある程度の厚み分布をもって集中的に存在している。
【0038】
図8は、実施例No.2の高強度低損失複合軟磁性材試料の粒界組織を示すSEM(走査型電子顕微鏡)写真である。この組織写真に対応させてエネルギー分散型X線分析装置によりNaの分布を測定した結果を図9に示す。
図8、図9に示す試料においてもNa酸化物の集中層が軟磁性粒子表面側にある程度の厚み分布をもって集中的に存在していることが明らかとなった。
図10は、実施例No.3の高強度低損失複合軟磁性材試料の粒界組織を示すSEM(走査型電子顕微鏡)写真である。この組織写真に対応させてエネルギー分散型X線分析装置によりNaの分布を測定した結果を図11に示す。
図10、図11に示す試料においてもNa酸化物の集中層が軟磁性粒子表面側にある程度の厚み分布をもって集中的に存在していることが明らかとなった。
なお、図4、図9、図11に示す結果から総合的に判断すると、Na酸化物の集中層は、異なる厚さ50nm〜950nmで粒界にまんべんなく存在する層であって、必ずしも均一な層厚で存在するものではないことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明による高強度低損失複合軟磁性材は、電磁気回路部品として、例えば、磁心、電動機コア、発電機コア、ソレノイドコア、イグニッションコア、リアクトルコア、トランスコア、チョークコイルコアまたは磁気センサコアなどとしての利用が可能であり、いずれにおいても優れた特性を発揮し得る電磁気回路部品へ適用ができる。
そして、これら電磁気回路部品を組み込んだ電気機器には、電動機、発電機、ソレノイド、インジェクタ、電磁駆動弁、インバータ、コンバータ、変圧器、継電器、磁気センサシステム等があり、これら電気機器の高効率高性能化、小型軽量化、高周波対応性を推進できる。
【符号の説明】
【0040】
A…高強度低損失複合軟磁性材、5…軟磁性粒子、6…Na酸化物集中層、7…粒界層、
8…境界層、9…空孔。
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータ、アクチュエータ、リアクトル、トランス、チョークコア、磁気センサコアなどの各種電磁気回路部品の素材として使用される高強度低損失複合軟磁性材とその製造方法及び電磁気回路部品に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、モータ、アクチュエータ、磁気センサなどの磁心用材料として、鉄粉末、Fe−Al系鉄基軟磁性合金粉末、Fe−Ni系鉄基軟磁性合金粉末、Fe−Cr系鉄基軟磁性合金粉末、Fe−Si系鉄基軟磁性合金粉末、Fe−Si−Al系鉄基軟磁性合金粉末、Fe−Co系鉄基軟磁性合金粉末、Fe−Co−V系鉄基軟磁性合金粉末、Fe−P系鉄基軟磁性合金粉末(以下、これらを軟磁性粒子と総称する)を焼結して得られた軟磁性焼結材が知られている。
一方、鉄粉末や合金粉末をガス又は水アトマイズ法で粉末化して作製した場合、鉄粉末や合金粉末は単体では比抵抗が低いため、鉄粉末や合金粉末の表面に絶縁皮膜の被覆を行うか、有機化合物や絶縁材を混合するなどして焼結を防止し、比抵抗を上げるなどの対策を講じている。この種の軟磁性材において、渦電流損失を抑制するために、鉄を含む軟磁性粒子の表面を非鉄金属の下層被膜と無機化合物を含む絶縁膜とで覆った圧粉軟磁性材が提案されている。
【0003】
前記圧粉軟磁性材の一例として、軟磁性粒子と絶縁性結着材とを混合した複合軟磁性材料を目的の形状に圧縮成形し、焼成してなる圧粉磁心が適用されている。この圧粉磁心は、軟磁性粒子どうしが絶縁性結着材を介し接合された組織を有し、絶縁性結着材により軟磁性粒子どうしの絶縁が確保されている。
また、この種の圧粉磁心の一例として、ガラスの原料粉末を主体としてガラスからなる絶縁性結着材を生成するものとして、ミクロンオーダーの粒径のB2O3粉末及びP2O5粉末と2種類以上のアルカリ金属酸化物粉末とを特定の組成比で配合し、加熱焼成することにより得られる鉛フリーガラスから絶縁性結着材を構成し、この鉛フリーガラスの熱膨張係数を軟磁性粒子の熱膨張係数に近い値として、圧粉磁心の製造時あるいは使用時に欠陥を生じないようにした複合軟磁性材が知られている。(特許文献1参照)
【0004】
また、この種の複合軟磁性材において、軟磁性粒子に対し粒径2nm〜200nm程度の低融点ガラスの原料微細粉末粒子を混合して圧密し、焼成処理することにより、低融点ガラスの絶縁材からなる境界層を介して複数の軟磁性合金粒子を結合してなる組織の圧粉磁心が知られている。(特許文献2参照)
この特許文献2に記載されている技術によれば、微細粒径の低融点ガラス粉末を用いることにより、圧縮成形時のガラスの流動性を確保し、焼成後の粒界層を軟磁性粒子の周囲に均一に形成することで特性の優れた圧粉磁心を得ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−212385号公報
【特許文献2】特開2009−130286号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、インバータやトランスのコア、チョークコイルなどの電子機器用電磁気部品は、電子機器の小型化、高性能化に伴い、より厳しい材料特性が求められるようになってきている。このような部品に用いられる軟磁性材料として、従来、センダスト合金やケイ素鋼などの金属磁性材料、フェライトなどの酸化物磁性材料が使用されてきた。
しかし、センダスト合金などの金属磁性材料において粉末とした場合の硬度が高い材料は、粉末成形により高密度化することが難しいという問題がある。特に、球形状の硬質の軟磁性粒子ではこの傾向が顕著に現れる。
そこで、この種の軟磁気特性に優れた硬質の軟磁性粒子を用いて圧粉磁心を製造する場合、ガラス原料の他にシリコーンレジンなどのバインダー材を添加することで、圧縮成形時に軟磁性粉末の成形性を高めることが考えられる。
ところが、本発明者がシリコーンレジンなどのバインダー材をミクロンオーダーの粒径のガラスの原料粉末とともに硬質の軟磁性粒子に混合して圧密し、焼成して圧粉磁心の製造を試みたところ、得られた圧粉磁心の組織においては、ガラスやシリコーンレジンの成分を有する境界層が軟磁性粒子の周囲で不均一となり易く、ガラスの原料粉末やシリコーンレジンを軟磁性粒子周囲の隅々まで均一に分布させることができていないことが判明した。
【0007】
また、軟磁性粒子として、純鉄粉末などの比較的軟質の軟磁性粒子であるならば、ガラス原料の粉末を純鉄粉末とともに混合して圧密することが可能であるが、センダスト合金などのFe−Si系、Fe−Si−Al系の硬質の軟磁性合金粒子は、軟磁性合金粒子自体の硬度が高いので、軟磁性合金粒子にガラス原料のみを混合して圧縮し、成形しようとしても、高圧成形を行わない限り、圧縮成形自体が極めて困難な問題がある。硬質の軟磁性粒子であっても、凹凸の多い異形状粉末であれば粉末の種類によっては成形可能な場合もあるが、球形状粉末であるほど高圧成形に依らなければ、圧縮成形が極めて困難になる。
【0008】
本発明は前記の問題に鑑み創案されたものであり、その目的は、純鉄系の軟磁性粒子に比べ硬度の高いFe−Si系、Fe−Si−Al系などの硬質の軟磁性粒子を圧密し、成形してなる複合軟磁性材であっても、圧縮成形を満足になし得て高強度であるとともに、高周波領域において鉄損の小さい複合軟磁性材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)上記目的を達成するために本発明の高強度低損失複合軟磁性材は、純鉄系の軟磁性粒子より硬度の高いFe−Si系、Fe−Si−Al系などの複数の軟磁性粒子と低融点ガラスの原料粉末粒子とシリコーンレジンを混合して圧密し、焼成して得られた高強度低損失複合軟磁性材であって、複数の軟磁性粒子と、これら軟磁性粒子どうしの粒界に形成された低融点ガラス及びシリコーンレジンの構成元素を含む境界層とを備え、前記低融点ガラスの原料粉末粒子にNaを含む粉末粒子が含まれるとともに、前記境界層において軟磁性粒子の表面近傍に低融点ガラス組成由来のNa酸化物集中層が形成されてなることを特徴とする。
(2)本発明において、前記集中層が前記軟磁性粒子の表面から50nm〜950nmの範囲に存在されてなることが好ましい。
(3)本発明において、前記軟磁性粒子の平均粒径が5〜500μmの範囲とされてなることが好ましい。
(4)本発明において、前記低融点ガラスが、SiO2−B2O3−Na2O系、Na2O−B2O3−ZnO系ガラスのうち、少なくとも1種類以上であることが好ましい。
(5)本発明の電磁気回路部品は、(1)〜(4)のいずれかに記載の高強度低損失複合軟磁性材からなる。
【0010】
(6)本発明の高強度低損失複合軟磁性材の製造方法は、純鉄系の軟磁性粒子より硬度の高いFe−Si系、Fe−Si−Al系などの複数の軟磁性粒子と、粒径2nm〜200nmの低融点ガラスの原料粉末粒子と、シリコーンレジンを混合して圧密し、焼成して得られ、複数の軟磁性粒子と、これら軟磁性粒子どうしの粒界に形成された低融点ガラス及びシリコーンレジンの構成元素を含む境界層とを備える高強度低損失複合軟磁性材の製造方法であって、複数の軟磁性粒子と低融点ガラスの原料粉末粒子とシリコーンレジンを混合して圧密し、焼成処理することを特徴とする。
(7)本発明は、前記軟磁性粒子の粒界に存在する境界層において軟磁性粒子の表面近傍に低融点ガラス組成由来のNa酸化物集中層を形成することを特徴とする。
(8)本発明は、前記Na酸化物集中層の厚さを50nm〜950nmの範囲に形成することができる。
(9)本発明において、前記低融点ガラスとして、SiO2−B2O3−Na2O系、Na2O−B2O3−ZnO系のうち、少なくとも1種類以上とすることができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明の高強度低損失複合軟磁性材によれば、低融点ガラスとシリコーンレジンの構成元素を含む境界層を介し軟磁性粒子どうしを結合しているので、境界層部分での機械的結合力に優れ、高周波領域において低い鉄損の複合軟磁性材が得られる。
また、軟磁性粒子の外側に位置する境界層が組織全体において均一に形成されており、かつ、軟磁性粒子が個々に確実に境界層で絶縁被覆されているので、軟磁性粒子の焼成材として高強度と高抵抗化を実現できており、高周波領域における鉄損も小さいという特徴を有する。
本発明の高強度低損失複合軟磁性材は、高強度と低損失を実現でき、高周波において鉄損が小さいという特徴を兼ね備えた優れたものであり、これらの特徴を生かした各種電磁気回路部品の材料として使用できる。
【0012】
前記高強度低損失複合軟磁性材を用いて構成される電磁気回路部品として、例えば、磁心、電動機コア、発電機コア、ソレノイドコア、イグニッションコア、リアクトルコア、トランスコア、チョークコイルコアまたは磁気センサコアなどとしての利用が可能であり、いずれにおいても優れた特性を発揮し得る電磁気回路部品を提供できる。
そして、これら電磁気回路部品を組み込んだ電気機器には、電動機、発電機、ソレノイド、インジェクタ、電磁駆動弁、インバータ、コンバータ、変圧器、継電器、磁気センサシステム等があり、これら電気機器の高効率高性能化や小型軽量化に寄与するという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は本発明に係る高強度低損失複合軟磁性材の一例構造を示す組織写真の模式図。
【図2】図2は実施例において製造された高強度低損失複合軟磁性材の一例構造において軟磁性粒子とその周囲の境界層部分を示すSEM組織写真。
【図3】図3は実施例において製造された高強度低損失複合軟磁性材の第1例の構造において酸素の分布状態を測定した結果を示すSEM−EDSマッピング組織写真。
【図4】図4は実施例において製造された高強度低損失複合軟磁性材の第1例の構造においてナトリウムの分布状態を測定した結果を示すSEM−EDSマッピング組織写真。
【図5】図5は実施例において製造された高強度低損失複合軟磁性材の第1例の構造においてアルミニウムの分布状態を測定した結果を示すSEM−EDSマッピング組織写真。
【図6】図6は実施例において製造された高強度低損失複合軟磁性材の第1例の構造においてケイ素の分布状態を測定した結果を示すSEM−EDSマッピング組織写真。
【図7】図7は実施例において製造された高強度低損失複合軟磁性材の第1例の構造において鉄の分布状態を測定した結果を示すSEM−EDSマッピング組織写真。
【図8】図8は実施例において製造された高強度低損失複合軟磁性材の第2の例の構造において軟磁性粒子とその周囲の境界層部分を示すSEM組織写真。
【図9】図9は実施例において製造された高強度低損失複合軟磁性材の第2例の構造においてナトリウムの分布状態を測定した結果を示すSEM−EDSマッピング組織写真。
【図10】図10は実施例において製造された高強度低損失複合軟磁性材の第3の例の構造において軟磁性粒子とその周囲の境界層部分を示すSEM組織写真。
【図11】図11は実施例において製造された高強度低損失複合軟磁性材の第3の例の構造においてナトリウムの分布状態を測定した結果を示すSEM−EDSマッピング組織写真。
【図12】図12は本発明に係る高強度低損失複合軟磁性材を用いてなる電磁気回路部品の一例を示す斜視図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に本発明をFe−Si−Al系合金の軟磁性粒子に適用した場合を例にして以下に詳細に説明するが、本発明では軟磁性粒子をFe−Si−Al系合金に限定するものではなく、純鉄粉末よりも硬度が高いFe−Si系鉄基軟磁性合金粉末、Fe−Si−Al系鉄基軟磁性合金粉末、Fe−Ni系合金粉末、Fe−Co系鉄基軟磁性合金粉末、Fe−Co−V系鉄基軟磁性合金粉末、Fe−P系鉄基軟磁性合金粉末、Fe−Cr系Fe基合金粉末などの純鉄系の軟磁性粒子よりも硬度が高く、形状が球形状である場合には、圧縮成形が難しい軟磁性合金粒子一般に広く適用できるのは勿論である。
【0015】
図1は本発明に係る第1実施形態の高強度低損失複合軟磁性材の一例構造を示す組織写真の模式図であり、この形態の高強度低損失複合軟磁性材Aは、Fe−Si−Al系のセンダスト合金からなる軟磁性粒子5、5を低融点ガラス成分とシリコーンレジンの成分を具備する境界層8で結合した組織構造とされている。この形態の高強度低損失複合軟磁性材Aにおいて境界層8は、軟磁性粒子5の表面を所定の厚さで覆っているNa(ナトリウム)酸化物集中層6と、これらのNa酸化物集中層6の外側に位置して隣接する軟磁性粒子5、5間を埋めている粒界層7とを主体として構成され、Na酸化物集中層6と粒界層7の部分には複数の空孔9が点在されている。
なお、図1に示す構造では2つの軟磁性粒子5をNa酸化物集中層6と粒界層7とを具備する境界層8で結合した構造の一部分のみを示しているが、実際の高強度低損失複合軟磁性材Aは多数の軟磁性粒子5がそれらの境界部分に境界層8を介在させて結合された圧密体組織構造とされている。
また、この形態の高強度低損失複合軟磁性材Aは、軟磁性粒子5、5間の間に存在する境界層8が実質的に全ての軟磁性粒子間に可能な限り均一に分布された境界層8とされたものであり、軟磁性粒子5の周囲に境界層8が均一分布されていることにより高強度のものが得られる。
【0016】
前記軟磁性粒子5はこの実施形態ではセンダスト合金(例えば、組成比9.6質量%Si−5.5質量%Al−残Fe)の粒子からなり、センダスト合金は、高い透磁率と低い保磁力が得られるものとして著名な合金であり、硬く脆いために、加工は困難とされているが、粉砕して粒子状に加工することは可能な合金であり、このセンダスト合金粒子からなる軟磁性粒子5がこの実施形態では境界層8を介し接合されてなる。
【0017】
前記Na酸化物集中層6と粒界層7は、後述する製造方法を実施して軟磁性粒子5とナノオーダーの微細なガラス原料粉末粒子とシリコーンレジンとを混合し、圧密して焼成することにより形成されたもので、粒界層7はガラス原料粉末粒子を焼成してなるガラス層の内部にシリコーンレジンを構成する元素を拡散させてなるものとされている。また、粒界層7はガラス原料粉末粒子を焼成してなるガラス層の内部にシリコーンレジンを構成する元素を拡散させるとともに、ガラス原料粉末粒子に含まれているNaを集中的に拡散させて形成された層である。即ち、Na酸化物集中層6におけるNaの存在割合は、粒界層7におけるNaの存在割合よりも高くされている。
【0018】
以下、図1に示す組織構造を示す高強度低損失複合軟磁性材Aを製造する方法の一例について以下に順次工程順に説明する。
本発明ではまず、目的の組成のセンダスト合金からなる軟磁性粒子を用意する。このセンダスト合金の軟磁性粒子として例えば平均粒径40〜150μmの範囲のセンダスト合金粉末を用いることができる。センダスト合金の軟磁性粒子については、センダスト合金を溶製後、センダスト合金を粉砕し、粉砕物の粒径を揃えることで確実に得ることができる。
【0019】
センダスト合金粒子を用意したならば、このセンダスト合金粒子に対し所定の配合比でバインダー材としての低融点ガラスの原料粉末粒子及びシリコーンレジンと分散剤を共添加する。より具体的には、まず、分散剤を有機溶媒(2−n−ブトキシエタノール)に溶解した後、これに低融点ガラスの原料粉末粒子を添加し、超音波分散処理を施して有機溶媒中に均一分散させる。
そして、上述のガラス分散液を流動層中において軟磁性粒子に噴霧して混合し、有機溶媒を除去して乾燥させた後、成型機を用いて常温において例えば8〜10t/cm2程度の圧力で目的の形状、例えばリング状に成形し、更に焼成処理を施すことで目的の形状、例えばリング状の高強度低損失複合軟磁性材Aを得ることができる。
【0020】
ここで、低融点ガラスの原料粉末粒子を溶媒中に分散させる方法を適用するのは以下の理由による。前記ナノオーダーの低融点ガラスの原料粉末粒子は極めて微細であり、それらをハンドリングすることは容易ではないので、軟磁性粒子に添加する場合、シリコーンレジンと分散剤を溶解した2−n−ブトキシエタノールや2−プロパノールなどの有機溶媒に低融点ガラスの原料粉末を超音波分散により均一分散し、このガラス分散液を先の軟磁性粒子に噴霧した後、乾燥することによって有機溶媒を除去し、軟磁性粒子の周囲に低融点ガラスの原料粉末粒子とシリコーンレジン、分散剤を添加する方法を採用することが好ましい。
【0021】
前記製造工程に用いる低融点ガラスの原料粉末粒子としては、ナノオーダー、特に2〜200nmの範囲の粒径の原料粉末粒子を用いることが好ましい。
ここで用いる低融点ガラスとして、SiO2−B2O3−Na2O系、Na2O−B2O3−ZnO系ガラスのうち、少なくとも1種類以上を使用することが好ましい。
また、これらの系のガラスの他に、SiO2−B2O3−ZnO系にNa2Oを添加した系、SiO2−B2O3−Li2O系にNa2Oを添加した系を使用することができ、更に必要に応じ、これらの低融点ガラスにSiO2、ZnO、K2O、SnO、BaO、CaO、Al2O3の1種類または2種類以上を添加した組成を有する低融点ガラスを使用しても良い。
更に具体的な組成例として、SiO2:10〜25質量%、Na2O:5〜10質量%、K2O:1〜5質量%、ZnO:30〜40質量%、B2O3:40〜50質量%の組成例、SiO2+Na2O:45質量%以下、ZnO:20〜30質量%、BaO:1〜10質量%、B2O3:20〜30質量%、Al2O3:1〜10質量%の組成例などを例示することができる。
これらの低融点ガラスは、軟化点が550〜600℃程度であるので、この範囲より高い温度で焼成することで、ガラスが十分に溶融して粒界に流れ、軟磁性粒子の粒界を十分に埋めるように作用する。
【0022】
前記製造工程に用いるシリコーンレジンは、圧縮成形時に軟磁性粒子5の成形性を高めることができるために添加する。シリコーンレジンはある程度高い耐熱性を備えており、焼成後において絶縁性結着材としても機能する。
前記製造工程に用いる分散剤としては、リン酸エステル型分散剤あるいは、アルキルポリオキシエチレンエーテル系分散剤などを用いることができる。これらの分散剤の添加量は、軟磁性粒子5の質量に対し0.01質量%〜0.6質量%の範囲であることが好ましい。分散剤が0.01質量%未満では低融点ガラスの原料粉末粒子の分散が良好に行われず、分散剤が0.6質量%を超える範囲では低融点ガラスの原料粉末粒子が凝集してしまうおそれがある。
【0023】
前記成形の圧力は8〜10t/cm2程度の成形圧力を選択することができる。ここで使用する成形圧力は、一般的にセンダスト合金粒子の圧密に必要とされる20t/cm2の値よりも遙かに小さい値であり、一般的な粉末成形法において利用する圧力と同程度であるので、一般的な規模の粉末成形機を用いて本発明に係る優れた複合軟磁性材を製造することができる。
圧縮成形の後、得られた成形体を500℃〜1000℃の温度で、望ましくは真空中あるいは窒素雰囲気中などの非酸化性雰囲気において数10分、例えば800℃で30分程度焼成して高強度高比抵抗複合軟磁性材Aとすることができる。
【0024】
なお、前記軟磁性粒子として、Fe−Si−Al系以外の粒子を用いる場合は、Fe−Ni系鉄基軟磁性合金粉末はNi:35〜85質量%を含有し、必要に応じてMo:5質量%以下、Cu:5質量%以下、Cr:2質量%以下、Mn:0.5質量%以下の内の1種または2種以上を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなるニッケル基軟磁性合金粉末(例えば、Fe−49質量%Ni粉末)であり、Fe−Cr系鉄基軟磁性合金粉末はCr:1〜20質量%を含有し、必要に応じてAl:5質量%以下、Ni:5質量%以下の内の1種または2種を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなるFe−Cr系鉄基軟磁性合金粉末であり、Fe−Si系鉄基軟磁性合金粉末は、Si:0.1〜10質量%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなるFe−Si系鉄基軟磁性合金粉末であることが好ましい。
また、Fe−Si−Al系鉄基軟磁性合金粉末は、Si:0.1〜10質量%、Al:0.1〜20質量%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなるFe−Si−Al系鉄基軟磁性合金粉末であり、Fe−Co−V系鉄基軟磁性合金粉末は、Co:0.1〜52質量%、V:0.1〜3質量%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなるFe−Co−V系鉄基軟磁性合金粉末であり、Fe−Co系鉄基軟磁性合金粉末は、Co:0.1〜52質量%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなるFe−Co系鉄基軟磁性合金粉末であり、Fe−P系鉄基軟磁性合金粉末は、P:0.5〜1質量%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなるFe−P系鉄基軟磁性合金粉末であることが好ましい。
【0025】
そして、これらFe系の軟磁性粒子5は平均粒径:5〜500μmの範囲内にある軟磁性合金粒子を使用することが好ましい。その理由は、平均粒径が5μmより小さ過ぎると、軟磁性粒子の圧縮性が低下し、軟磁性粒子の体積割合が低くなるために磁束密度の値が低下するので好ましくなく、一方、平均粒径が500μmより大き過ぎると、軟磁性粒子内部の渦電流が増大して高周波における透磁率が低下することによるものである。
【0026】
以上説明の如く製造された複合軟磁性材は、高周波域(50kHzなどの高周波帯域)において鉄損が小さく、優れた軟磁気特性を示し、強度が高く、比抵抗が高いという優れた特徴を有する。
これは、センダスト合金からなる硬質の軟磁性粒子5に、適量のナノオーダーの低融点ガラスとシリコーンレジンと分散剤を混合し、圧密し、焼成して複合軟磁性材としているので、圧密体として焼成した状態であっても、センダスト合金の軟磁性粒子5が本来有する高透磁率、低保磁力、低鉄損失の特性を発揮できる上に、軟磁性粒子5どうしを結合している境界層8が軟磁性粒子5の周囲に均一分散し、軟磁性粒子5どうしを確実に絶縁していることによる。
また、本実施形態の高強度低損失複合軟磁性材Aにあっては、高周波対応として見ても優れたセンダスト合金の軟磁性粒子5を好適な組織の境界層8で強固に結合しているので、強度が高い上に、比抵抗も高いので、50kHzなどの高周波領域における鉄損が小さいという特徴を有する。
【0027】
図12は、本発明に係る高強度低損失複合軟磁性材を適用した電磁気回路部品の一例であるリアクトルを示す。
図12に示すリアクトル10は、平面視レーストラック状のリアクトルコア11と、リアクトルコア11に巻装された2つのコイル12を有している。
図12に示すように、各コイル12は、それぞれ、多数回巻回された導線よりなり、リアクトルコア11の長手方向の直線区間に巻装されている。このリアクトル10では、リアクトルコア11が高強度低損失複合軟磁性材Aによって構成されている。
【0028】
この例のリアクトル10では、リアクトルコア11の比抵抗が大きく、鉄損が小さく抑えられているため、リアクトル10として高い性能を得ることができる。
なお、前記リアクトル10は本発明に係る高強度低損失複合軟磁性材Aを電磁気回路部品に適用した一例であって、本発明に係る高強度低損失複合軟磁性材Aをその他種々の電磁気回路部品に適用できるのは勿論である。
【実施例】
【0029】
平均粒径120μm(D50)の軟磁性粒子(センダスト合金粒子:9.6質量%Si−5.5質量%Al−残Fe)に対し、シランカップリング剤(シランカップリング剤:信越化学製KBP−90)を0.25質量%添加し、120℃で30分間乾燥後、更に、このKBP−90添加軟磁性粒子に対し2質量%シリコーンレジン(東レダウコーニング社製シリコーンレジン217FLAKE)と1質量%のナノガラス(平均粒径:Dベット法:31nm)と0.1質量%の分散剤(アルキルポリエキシエチレンエーテル系分散剤)を共添加した。
具体的には、軟磁性粒子にシランカップリング剤を混合後、シリコーンレジン217FLAKEとアルキルポリエキシエチレンエーテル系分散剤を2−n−ブトキシエタノールの溶媒に溶解し、これにナノガラス粒子を添加し、超音波で均一分散後、これらを流動層中でKBP−90添加軟磁性粒子に対して噴霧、乾燥し、更に180℃で30分間の焼付け処理を行った。
その後、成形圧8t/cm2の圧力でリング状に常温成形し、次いで真空中において800℃で30分加熱して焼成し、リング状の試験片を得た。
焼成後、リング状の試験片を用いて磁気特性測定、強度試験、SEMによる組織観察、EDS分析を実施した。
【0030】
「比較例」
平均粒径120μm(D50)の軟磁性粒子(センダスト合金粒子:9.6質量%Si−5.5質量%Al−残Fe)に対し、シランカップリング剤(シランカップリング剤:信越化学製KBP−90)を添加し、120℃で30分間乾燥した試料に対し、2質量%のシリコーンレジン(東レダウコーニング社製シリコーンレジン217FLAKE)とミクロンガラス(平均粒径:D50(レーザー回折法):2.302μm)を共添加した試料を作製し、180℃で30分の焼付け処理を行った。
具体的には、軟磁性粒子にシランカップリング剤を混合後、シリコーンレジン217FLAKEを2−n−ブトキシエタノールの溶媒に溶解した液体にミクロンガラス粒子を添加し、超音波で均一分散処理を施した液体中に先のシランカップリング剤添加軟磁性粒子を浸漬させて、攪拌、乾燥し、さらに180℃で30分の焼き付けをした。
その後、それぞれの試料でリング状の試験片を作製し、リング状の試験片を用いて磁気特性測定、強度試験を実施した。
【0031】
「従来例」
平均粒径120μm(D50)の軟磁性粒子(センダスト合金粒子:9.6質量%Si−5.5質量%Al−残Fe)に対し、シランカップリング剤(シランカップリング剤:信越化学製KBP−90)を添加し、120℃で30分間乾燥した試料に対し、2質量%のシリコーンレジン(東レダウコーニング社製シリコーンレジン217FLAKE)を添加し、180℃で30分の焼付け処理を行った。
具体的には、軟磁性粒子にシランカップリング剤を混合後、シリコーンレジン217FLAKEを2−n−ブトキシエタノールの溶媒に溶解した液体中に先のシランカップリング剤添加軟磁性粒子を浸漬させて、攪拌、乾燥し、さらに180℃で30分の焼き付けをした。
各試料を製造した場合のガラス種別、ガラス原料粉末粒子の平均粒径(D50BETあるいはD50)、シリコーンレジンの添加量、分散剤の添加量、成形圧力を以下の表1に示す。
また、表2にガラス原料粉末粒子の組成を示し、表3に焼成条件、強度(MPa)、比抵抗(μΩ・m)、寸法密度(Mg/m3)、10kA/mにおける磁束密度(T)、0.1T・50kHzにおけるコアロス(W/kg)の値を測定した結果を示す。
なお、表1、表3の試料No.7、8は、分散剤添加量範囲(0.01〜0.6質量%)外の分散剤を添加した試料である。また、試料No.9は、シリコーンレジン、分散剤ともに添加ぜずに、ナノガラスだけを軟磁性粒子に添加・混合した試料である。試料No.10はシリコーンレジンのみを軟磁性粒子に添加した従来例の試料である。
【0032】
【表1】
【0033】
【表2】
【0034】
【表3】
【0035】
表3に示す結果から、低融点ガラスの組成由来のNa酸化物集中層を有する境界層を介し軟磁性粒子を結合した構造の高強度低損失軟磁性材であるならば、高い強度と比抵抗を備え、高周波領域における鉄損の小さいものを得ることができた。
例えば、表3に示す各実施例では、圧環強度35MPa以上、比抵抗1.0×106μΩm以上の値を得ることができた。
また、Na酸化物集中層は、軟磁性粒子の表面から50nm〜950nmの範囲に存在されてなることも判明した。
【0036】
表1の低融点ガラス添加量とシリコーンレジン添加量から鑑みると、シリコーンレジンの添加量は1.5〜3質量%の範囲が好ましく、分散剤の添加量は0.01〜0.6質量%の範囲が好ましい。
【0037】
図2は実施例No.1の高強度低損失複合軟磁性材試料の粒界組織を示すSEM(走査型電子顕微鏡)写真である。この組織写真に対応させてエネルギー分散型X線分析装置により酸素(O)の分布を測定した結果を図3に、ナトリウム(Na)の分布を測定した結果を図4に、アルミニウム(Al)の分布を測定した結果を図5に、ケイ素(Si)の分布を測定した結果を図6に、鉄(Fe)の分布を測定した結果を図7に、それぞれ示す。
図2〜図7に示す組織写真を総合的に把握すると、隣接する軟磁性粒子間に存在する境界層において、O、Si、Alについては特に分布状態に特徴は見られないが、Naについては明確に軟磁性粒子の表面側の部分に集中的に存在していることが判明した。Naについては低融点ガラスの原料粉末粒子のみに含まれているので、このNaの集中層はOの存在とともにNa酸化物として軟磁性粒子表面側にある程度の厚み分布をもって集中的に存在していることが明らかとなった。なお、図2に示す粒界組織では空孔が多数見られるがこれは境界層を構成する材料に含まれていたCが焼成時に抜けた痕跡を示す。よって、これら空孔の位置に対応するように各元素の分析結果においても元素の分布状態が影響されているが、Naについては軟磁性粒子表面側にある程度の厚み分布をもって集中的に存在している。
【0038】
図8は、実施例No.2の高強度低損失複合軟磁性材試料の粒界組織を示すSEM(走査型電子顕微鏡)写真である。この組織写真に対応させてエネルギー分散型X線分析装置によりNaの分布を測定した結果を図9に示す。
図8、図9に示す試料においてもNa酸化物の集中層が軟磁性粒子表面側にある程度の厚み分布をもって集中的に存在していることが明らかとなった。
図10は、実施例No.3の高強度低損失複合軟磁性材試料の粒界組織を示すSEM(走査型電子顕微鏡)写真である。この組織写真に対応させてエネルギー分散型X線分析装置によりNaの分布を測定した結果を図11に示す。
図10、図11に示す試料においてもNa酸化物の集中層が軟磁性粒子表面側にある程度の厚み分布をもって集中的に存在していることが明らかとなった。
なお、図4、図9、図11に示す結果から総合的に判断すると、Na酸化物の集中層は、異なる厚さ50nm〜950nmで粒界にまんべんなく存在する層であって、必ずしも均一な層厚で存在するものではないことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明による高強度低損失複合軟磁性材は、電磁気回路部品として、例えば、磁心、電動機コア、発電機コア、ソレノイドコア、イグニッションコア、リアクトルコア、トランスコア、チョークコイルコアまたは磁気センサコアなどとしての利用が可能であり、いずれにおいても優れた特性を発揮し得る電磁気回路部品へ適用ができる。
そして、これら電磁気回路部品を組み込んだ電気機器には、電動機、発電機、ソレノイド、インジェクタ、電磁駆動弁、インバータ、コンバータ、変圧器、継電器、磁気センサシステム等があり、これら電気機器の高効率高性能化、小型軽量化、高周波対応性を推進できる。
【符号の説明】
【0040】
A…高強度低損失複合軟磁性材、5…軟磁性粒子、6…Na酸化物集中層、7…粒界層、
8…境界層、9…空孔。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
純鉄系の軟磁性粒子より硬度の高いFe−Si系、Fe−Si−Al系などの複数の軟磁性粒子と低融点ガラスの原料粉末粒子とシリコーンレジンを混合して圧密し、焼成して得られた高強度低損失複合軟磁性材であって、複数の軟磁性粒子と、これら軟磁性粒子どうしの粒界に形成された低融点ガラス及びシリコーンレジンの構成元素を含む境界層とを備え、前記低融点ガラス中にNaが含まれるとともに、
前記境界層において軟磁性粒子の表面近傍に低融点ガラス組成由来のNa酸化物集中層が形成されてなることを特徴とする高強度低損失複合軟磁性材。
【請求項2】
前記集中層が前記軟磁性粒子の表面から50nm〜950nmの範囲に存在されてなることを特徴とする請求項1に記載の高強度低損失複合軟磁性材。
【請求項3】
前記軟磁性粒子の平均粒径が5〜500μmの範囲とされてなることを特徴とする請求項1または2に記載の高強度低損失複合軟磁性材。
【請求項4】
前記低融点ガラスが、SiO2−B2O3−Na2O系、Na2O−B2O3−ZnO系ガラスのうち、少なくとも1種類以上であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の高強度低損失複合軟磁性材。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の高強度低損失複合軟磁性材からなることを特徴とする電磁気回路部品。
【請求項6】
純鉄系の軟磁性粒子より硬度の高いFe−Si系、Fe−Si−Al系などの複数の軟磁性粒子と、粒径2nm〜200nmの低融点ガラスの原料粉末粒子と、シリコーンレジンを混合して圧密し、焼成して得られ、複数の軟磁性粒子と、これら軟磁性粒子どうしの粒界に形成された低融点ガラス及びシリコーンレジンの構成元素を含む境界層とを備える高強度低損失複合軟磁性材の製造方法であって、
複数の軟磁性粒子と低融点ガラスの原料粉末粒子とシリコーンレジンを混合して圧密し、焼成処理することを特徴とする高強度低損失複合軟磁性材の製造方法。
【請求項7】
前記軟磁性粒子の粒界に存在する境界層において軟磁性粒子の表面近傍に低融点ガラス組成由来のNa酸化物集中層を形成することを特徴とする請求項6に記載の高強度低損失複合軟磁性材の製造方法。
【請求項8】
前記Na酸化物集中層の厚さが50nm〜950nmの範囲に形成されてなることを特徴とする請求項6または請求項7に記載の高強度低損失複合軟磁性材の製造方法。
【請求項9】
前記低融点ガラスが、SiO2−B2O3−Na2O系、Na2O−B2O3−ZnO系のうち、少なくとも1種類以上であることを特徴とする請求項6〜8のいずれか1項に記載の高強度低損失複合軟磁性材の製造方法。
【請求項1】
純鉄系の軟磁性粒子より硬度の高いFe−Si系、Fe−Si−Al系などの複数の軟磁性粒子と低融点ガラスの原料粉末粒子とシリコーンレジンを混合して圧密し、焼成して得られた高強度低損失複合軟磁性材であって、複数の軟磁性粒子と、これら軟磁性粒子どうしの粒界に形成された低融点ガラス及びシリコーンレジンの構成元素を含む境界層とを備え、前記低融点ガラス中にNaが含まれるとともに、
前記境界層において軟磁性粒子の表面近傍に低融点ガラス組成由来のNa酸化物集中層が形成されてなることを特徴とする高強度低損失複合軟磁性材。
【請求項2】
前記集中層が前記軟磁性粒子の表面から50nm〜950nmの範囲に存在されてなることを特徴とする請求項1に記載の高強度低損失複合軟磁性材。
【請求項3】
前記軟磁性粒子の平均粒径が5〜500μmの範囲とされてなることを特徴とする請求項1または2に記載の高強度低損失複合軟磁性材。
【請求項4】
前記低融点ガラスが、SiO2−B2O3−Na2O系、Na2O−B2O3−ZnO系ガラスのうち、少なくとも1種類以上であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の高強度低損失複合軟磁性材。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の高強度低損失複合軟磁性材からなることを特徴とする電磁気回路部品。
【請求項6】
純鉄系の軟磁性粒子より硬度の高いFe−Si系、Fe−Si−Al系などの複数の軟磁性粒子と、粒径2nm〜200nmの低融点ガラスの原料粉末粒子と、シリコーンレジンを混合して圧密し、焼成して得られ、複数の軟磁性粒子と、これら軟磁性粒子どうしの粒界に形成された低融点ガラス及びシリコーンレジンの構成元素を含む境界層とを備える高強度低損失複合軟磁性材の製造方法であって、
複数の軟磁性粒子と低融点ガラスの原料粉末粒子とシリコーンレジンを混合して圧密し、焼成処理することを特徴とする高強度低損失複合軟磁性材の製造方法。
【請求項7】
前記軟磁性粒子の粒界に存在する境界層において軟磁性粒子の表面近傍に低融点ガラス組成由来のNa酸化物集中層を形成することを特徴とする請求項6に記載の高強度低損失複合軟磁性材の製造方法。
【請求項8】
前記Na酸化物集中層の厚さが50nm〜950nmの範囲に形成されてなることを特徴とする請求項6または請求項7に記載の高強度低損失複合軟磁性材の製造方法。
【請求項9】
前記低融点ガラスが、SiO2−B2O3−Na2O系、Na2O−B2O3−ZnO系のうち、少なくとも1種類以上であることを特徴とする請求項6〜8のいずれか1項に記載の高強度低損失複合軟磁性材の製造方法。
【図1】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2011−216571(P2011−216571A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−81562(P2010−81562)
【出願日】平成22年3月31日(2010.3.31)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【出願人】(306000315)株式会社ダイヤメット (130)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年3月31日(2010.3.31)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【出願人】(306000315)株式会社ダイヤメット (130)
【Fターム(参考)】
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