説明

高強度銅合金板材およびその製造方法

【課題】0.2%耐力900MPa以上の高強度を保持しつつ、異方性が少なく、優れた曲げ加工性と耐応力緩和特性を同時に有する銅合金板材およびその製造方法を提供する。
【解決手段】0.8〜3.5質量%のNiと0.3〜2.0質量%のSi、0.5〜2.0質量%のCoを含み、更に、Fe、Cr、Mn、Ti、V、Zrの中から選ばれる1種以上を合計2.0質量%以下を含み、Coに加えFe、Cr、Mn、Ti、V、Zrの中から選ばれる1種以上の合計をXとすると、X/Ni質量比が0.3〜1.5、(Ni+X)/Si質量比が3〜6であり、残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金であって、数1と数2を満たす析出物を有し、数3を満たす結晶配向を有し、数4を満たす結晶粒内双晶密度を有する銅合金板材及びその製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コネクタ、ソケット、リードフレーム、リレー、スイッチなどの電気・電子部品に適した銅合金板材であって、特に高強度と良好な導電性を維持しながら、優れた曲げ加工性および対応力緩和特性を呈する銅合金板材、およびその製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
コネクタ、ソケット、リードフレーム、リレー、スイッチなどの通電部品として電気電子部品に使用される材料には、通電によるジュール熱の発生を抑制するために良好な「導電性」が要求されるとともに、電気・電子機器の組立時や作動時に付与される応力に耐え得る高い「強度」が要求される。また、コネクタなどの電気・電子部品は、一般にプレス打ち抜き後に曲げ加工により成形されることから、優れた曲げ加工性も要求される。
【0003】
更に、電気・電子部品が過酷な環境で使用される用途の増加に伴い「耐応力緩和性」に対する要求も厳しくなっている。例えば、自動車用コネクタのように高温に曝される環境下で使用される場合は「耐応力緩和特性」が特に重要となる。応力緩和とは、電気・電子部品を構成する素材のばね部の接触圧力が、常温では一定の状態に維持されても、比較的高温(例えば100〜200℃)の環境下では時間とともに低下するという、一種のクリープ現象である。すなわち、金属材料に応力が付与されている状態において、マトリックスを構成する原子の自己拡散や固溶原子の拡散によって転位が移動して、塑性変形が生じることにより、付与されている応力が緩和される現象である。
【0004】
特に近年、コネクタなどの電気・電子部品は、小型化および軽量化が進む傾向にあり、それに伴って、素材である銅合金の板材には、薄肉化の要求(例えば、板厚が0.15mm以下、更に0.10mm以下)が高まっている。そのため、素材に要求される強度レベルは一層厳しくなっている。具体的には0.2%耐力800MPa以上、好ましくは850MPa以上、更に好ましくは900MPa以上の強度レベルが望まれる。
また、コネクタやリードフレームなどの電気・電子部品は、高集積化、密装化および大電流化が進む傾向にあり、それに伴って、素材である銅や銅合金の板材には、高導電率の要求が高まっている。具体的には30%IACS以上、好ましくは35%IACS以上、更に好ましくは40%IACS以上の導電率レベルが望まれる。
【0005】
高強度銅合金は、Cu−Be系合金、例えば、C17200(Cu−2wt%Be)、Cu−Ti系銅合金、例えば、C19900(Cu−3.2wt%Ti)、Cu−Ni−Sn系銅合金、例えば、C72700(Cu−9wt%Ni−6wt%Sn)が挙げられる。
しかしながら、コストと環境負荷の視点から近年Cu−Be系合金を敬遠する傾向(いわゆる、脱ベリ志向)にある。また、Cu−Ti系銅合金およびCu−Ni−Sn系銅合金は、固溶元素濃度が母相内で周期的に変動する変調構造(スピノーダル構造)を有しているため、強度は高いものの、導電率が低い(10〜15%IACS程度)という特徴がある。
【0006】
Cu−Ni−Si系合金(所謂コルソン合金)は、強度と導電性の間の特性バランスが比較的に優れた材料として注目されている。例えば、Cu−Ni−Si系銅合金板材は、溶体化処理、冷間圧延、時効処理、仕上げ冷間圧延および低温焼鈍を基本とする工程により、比較的高い導電率(30〜50%IACS)を維持しながら、700MPa以上の0.2%耐力を有することができる。しかし、Cu−Ni−Si系合金板材は、更なる強度の向上(例えば、800MPa以上の0.2%耐力を達成)を達成することは困難であることが一般的に知られている。
【0007】
Cu−Ni−Si系銅合金板材において、高強度化の手段として、Ni、Siの多量添加や時効処理後の仕上げ圧延(調質処理)率の増大などの手法が広く知られている。
しかしながら、Ni、Siの添加量の増加に伴い、強度は増大するが、一定量(例えば、3質量%のNi、0.7質量%のSi程度)以上になると、強度の増大が飽和する傾向にあり、800MPa以上の0.2%耐力を達成することは困難である。また、Ni、Siの過剰添加は導電率の低下を伴うとともに、Ni−Si系析出物が粗大化しやすく曲げ加工性が低下しやすい。
また時効処理後の仕上げ圧延率の増大により、強度は向上できるが、銅合金板材の曲げ加工性、特に圧延方向を曲げ軸とする曲げ(いわゆる、BadWay曲げ)加工性が著しく悪化する。
そのため、強度レベルが高く(例えば、850MPa以上の0.2%耐力を達成できることになって)ても電気・電子部品に加工できなくなる場合がある。
【0008】
近年、Cu−Ni−Si系銅合金板材の高強度化のために、Coを比較的に多量(例えば、0.5〜2.0wt%Co以上)に添加する銅合金板材、いわゆるCu−Ni−Co−Si系銅合金が提案されている(例えば、特許文献1〜3)。
【0009】
よく知られているように、Cu−Ni−Si系銅合金の場合、合金の強化は主にNi−Si系化合物の析出および圧延に伴う加工硬化によるものである。そのうち加工硬化による強化は曲げ加工性の低下を招きやすいので、圧延率をできるだけ下げる必要がある。
従って、Cu−Ni−Si系銅合金の強度を向上させるには、Ni−Si系化合物の析出量および析出物のサイズを制御することが最も重要になる。Ni−Si系化合物の最適な時効温度は450℃前後(一般に425〜475℃)であり、時効温度が高すぎると、Ni−Si系析出物が粗大化(所謂、過時効)しやすく、ピーク硬さは低くなる。一方、時効温度が低すぎると、析出速度が遅いために析出物は粗大化しないが、析出物の生成が遅く乃至生成しない可能性もある。
【0010】
一方、Coを添加する場合、すなわちCu−Ni−Co−Si系銅合金の析出物は、主にNi−Si系化合物とCo−Si系化合物の2種類がある。従って、Cu−Ni−Co−Si系銅合金において、Ni−Si系析出物とCo−Si系析出物の両方の析出物の制御が極めて重要となる。しかしながら、Ni−Si系化合物とCo−Si系化合物の析出を最適化するに際し、従来の溶体化処理、場合によっては冷間圧延加工、時効処理、冷間圧延加工、低温焼鈍に代表される加工、熱処理工程では、各工程条件をいかに最適化しても0.2%耐力が900MPaを超すことができなかった。
【0011】
〔Co−Si系化合物の最適化〕
Co−Si系化合物の析出温度はNi−Si系化合物よりも高く、具体的には520℃前後(一般に500〜550℃)である。
従って、Cu−Ni−Co−Si系銅合金において、Ni−Si系化合物の最適時効温度である450℃前後で時効する場合、Co−Si系化合物の析出量は少なく、一方、Co−Si系化合物の最適時効温度である520℃前後の温度で時効する場合、Ni−Si系析出物が粗大化してしまう。いずれの時効条件も二種類の析出物を同時に活用できていない。また、それぞれの最適時効温度の中間温度(例えば、480℃)で時効する場合でも、二種類の析出物の最適状態を同時に達成することが難しい。(例えば、析出の状態を亜時効−ピーク時効−過時効の3段階に分ければ、時効時間が短い場合、Ni−Si系析出物がピーク時効で、Co−Si系析出物は亜時効で析出物量が少ない。より長時間時効を行いCo−Si系析出物がピーク時効になると、今度はNi−Si系析出物が過時効で粗大化してしまい強度に寄与しない)。
【0012】
特許文献1では、粗大析出物の抑制により第二相密度を制御して特性を向上したCu−Ni−Co−Si系銅合金を提案している。導電率が41%IACS以上と比較高く、曲げ加工性が優れるものの、0.2%耐力が600〜770MPaという強度レベルである。
【0013】
特許文献2では、平均結晶粒および集合組織の制御により特性を向上したCu−Ni−Co−Si系銅合金を提案している。強度レベルは0.2%耐力が652〜862MPaであり、900MPa以上には至っていない。
【0014】
特許文献3では、溶体化処理の冷却速度を10℃/s以上に制御し、強度を向上したCu−Ni−Co−Si系銅合金(強度810〜920MPa)を提案しているが、0.2%耐力が900MPa以上には至っていない。
【0015】
したがって、従来方法では880MPaを超える、さらには900MPa以上の高い0.2%耐力は得ることができず、さらにコネクタ材料などの電子材料として必要となる35%IACS以上の導電率、且つ良好な曲げ加工性の全てを満たすことについて開示がない。
更に別の課題として、Coを含有するCu−Ni−Co−Si系銅合金は、理由は解明されていないが、Coを含有しないCu−Ni−Si系銅合金に比べて、耐応力緩和特性が悪い傾向にあり、この点について、特許文献1〜3では改善策が提示されていない。
すなわち、上述の通り、35%IACS以上の導電率、900MPa以上の0.2%耐力、良好な曲げ加工性、それに加えて優れた耐応力緩和特性を有する銅合金板材を作製するためには何らかの技術的なブレークスルーが必要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特開2007−169765号公報
【特許文献2】特開2008−248333号公報
【特許文献3】国際公開番号 WO 2006/101172 A1
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明は、このような従来の問題点に鑑み、導電率30%IACS以上、好ましくは35%IACS以上、更に好ましくは40%IACS以上、且つ0.2%耐力が880MPaを超え、好ましくは900MPa以上の特性を具備し、さらに好ましくは異方性が少なく、優れた曲げ加工性を有し、車載用コネクタ等の過酷な使用環境での信頼性を担う「耐応力緩和特性」を同時に具備する銅合金板材およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者らはCu−Ni−Co−Si系銅合金において0.2%耐力をより向上させる可能性について鋭意研究の結果、Ni−Si系化合物とCo−Si系化合物の両方の析出物の効果を最大限に発揮させることにより、導電率を維持したままで900MPa以上の0.2%耐力、良好な曲げ加工性および耐応力緩和特性を得ることができることを見いだし、本発明の完成に至った。
すなわち、Cu−Ni−Co−Si系銅合金において、Ni−Si系化合物とCo−Si系化合物の最適な時効温度(析出温度)と時効時間(析出時間)が異なるために従来充分に制御できなかった析出物について、後に述べる製造方法を採用することにより、全析出物に占めるNi−Si系とCo−Si系化合物の析出物の数の比率、析出物の粒径を最適化でき、0.2%耐力が880MPaを超え、900MPa以上とすることができ、且つ良好な曲げ加工性および耐応力緩和特性を得ることができることを見いだした。
さらに、Ni−Si系化合物と最適な時効温度、時効時間が異なり、Co−Si系化合物に近い最適な時効温度、時効時間を有するFe、Cr、Mn、Ti、V、Zrについて、Coと同様に析出を制御でき、Coと同様の効果を有することを見いだした。本願ではCoまたはCoに加えFe、Cr、Mn、Ti、V、Zrの元素(群)を便宜上Xとし、本発明合金をCu−Ni−X−Si系合金と表すことがある。
また、異方性の少ない{200}方位(Cube方位)を有する結晶粒の割合を増大させることは、曲げ加工性を向上させることができると同時に曲げ加工性の異方性を顕著に改善できるので好ましい。更に、結晶粒の内部の双晶密度を高めることによって、応力緩和特性と曲げ加工性を同時に顕著に改善できることを見出した。よって双晶密度を高めることが好ましい。
これらの構成によって銅合金板材の導電率を維持したまま強度、0.2%耐力を向上させ,さらに好ましくは耐応力緩和特性,曲げ加工性およびその異方性を同時に且つ著しく改善できることを見出した。
【0019】
すなわち、本発明は、0.8〜3.5質量%のNiと0.3〜2.0質量%のSi、0.5〜2.0質量%のCoを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金であって、XをCoとすると、前記Xの質量とNiの質量の比X/Niが0.3〜1.5の範囲、Niの質量と前記Xの質量の和とSiの質量の比(Ni+X)/Siが3〜6の範囲であり、単位面積あたりの析出物の数をN、前記析出物のうちNi−Si系析出物の数をNN、平均粒径をdN、前記析出物のうちX−Si系析出物の数をNX、平均粒径をdXとしたときに、下記数1を満たす析出物の数と、下記数2を満たす析出物の平均粒径を有することを特徴とする銅合金板材である。
【0020】
【数1】

【0021】
【数2】

【0022】
ここで、析出物成分のTEM−EDS(エネルギー分散型X線分析)により、50質量%以上のNiを含有する析出物をNi−Si系析出物、50質量%以上のXを含有する析出物をX−Si系析出物とする。
【0023】
また、前記銅合金板材が、必要に応じてFe、Cr、Mn、Ti、V、Zrからなる群から選ばれる1種以上の元素を合計2.0質量%以下の範囲で含み、前記XをCoに加えFe、Cr、Mn、Ti、V、Zrとしても良い。
すなわち、0.8〜3.5質量%のNiと0.3〜2.0質量%のSi、0.5〜2.0質量%のCo、さらにFe、Cr、Mn、Ti、V、Zrからなる群から選ばれる1種以上の元素を合計2.0質量%以下の範囲で含み、XをCoに加えFe、Cr、Mn、Ti、V、Zrとすると、前記Xに含まれる元素の質量の合計とNiの質量の比X/Niが0.3〜1.5の範囲、Niの質量と前記Xに含まれる元素の質量の合計の和とSiの質量の比(Ni+X)/Siが3〜6の範囲であり、残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金であって、単位面積あたりの析出物の数をN、前記析出物のうちNi−Si系析出物の数をNN、平均粒径をdN、前記析出物のうちX−Si系析出物の数をNX、平均粒径をdXとしたときに、下記数1を満たす析出物の数と、下記数2を満たす析出物の平均粒径を有することを特徴とする銅合金板材である。
【0024】
【数1】

【0025】
【数2】

【0026】
ここで、析出物成分のTEM−EDS(エネルギー分散型X線分析)により、50質量%以上のNiを含有する析出物をNi−Si系析出物、50質量%以上のXを含有する析出物はX−Si系析出物とする。
【0027】
さらに前記銅合金板材は、板材表面(圧延面)においてX線回折を行ったときの{hkl}回折ピークの積分強度をI{hkl}とすると、数3を満たす結晶配向を有することが好ましい。
【0028】
【数3】

【0029】
ここで、I{200}は当該銅合金板材の板面における{200}結晶面のX線回折ピークの積分強度、I0{200}は純銅標準粉末の{200}結晶面のX線回折ピークの積分強度である。
【0030】
また前記銅合金板材は、数4を満たす結晶粒内双晶密度を有することをことが好ましい。
【0031】
【数4】

【0032】
ここで、NG は結晶粒当たりの平均双晶密度である。DとDT はそれぞれJIS H0501の切断法を用いて双晶境界を含めないで測定した平均結晶粒径と、双晶境界を結晶粒界とみなして測定した平均結晶粒径である。
また、平均結晶粒径Dが5〜30μmであることが好ましい。
【0033】
また前記銅合金板材は、必要に応じ、さらにSn、Zn、Mg、Al、B、P、Ag、Beおよびミッシュメタルからなる群から選ばれる1種以上の元素を合計1質量%以下の範囲で含む組成を有してもよい。
また、前記銅合金板材が、0.2%耐力が880MPaを超え、好ましくは900MPa以上、導電率が30%IACS以上、さらには35%IACS以上であることが好ましい。
【0034】
また、本発明による銅合金板材の製造方法は、0.8〜3.5質量%のNiと0.3〜2.0質量%のSi、0.5〜2.0質量%のCoを含み、残部がCuおよび不可避不純物である組成を有する銅合金の原料を溶解して鋳造する溶解および鋳造工程と、この溶解および鋳造工程の後に熱間圧延を行う熱間圧延工程と、この熱間圧延工程の後に冷間圧延を行う第1の冷間圧延工程と、この第1の冷間圧延工程の後に加熱温度450〜600℃で熱処理を行う中間焼鈍工程と、この中間焼鈍工程の後に圧延率70%以上で冷間圧延を行う第2の冷間圧延工程と、この第2の冷間圧延工程の後に溶体化処理を行う溶体化処理工程と、この溶体化処理工程の後に350〜520℃で時効処理を行う時効処理工程とを備え、前記溶体化処理工程において、加熱温度を800〜1020℃とし、次いで500〜800℃まで急冷する工程、500〜800℃で10〜600秒保持する工程、その後300℃以下まで急冷する工程を備えた溶体化処理を施すことを特徴とする。
【0035】
前記銅合金板材の製造方法は、中間焼鈍工程において、中間焼鈍前後の導電率をそれぞれEbおよびEa、ビッカース硬さをそれぞれHbおよびHaとして、Ea/Eb≧1.5かつHa/Hb≦0.8を満たすように450〜600℃で1〜20時間で熱処理を実施するのが好ましい。
【0036】
また前記溶体化処理後の平均結晶粒径Dが5〜30μmとなるように、溶体化処理工程の条件を制御するのが好ましい。
【0037】
この銅合金板材の製造方法は、時効処理工程の後に圧延率50%以下で冷間圧延を行う仕上げ圧延工程を備えているのが好ましく、仕上げ冷間圧延工程の後に150〜550℃で加熱処理を行う低温焼鈍工程を備えているのが好ましい。
【0038】
また、前記の銅合金板材の製造方法において、銅合金板材が、さらに必要に応じてFe、Cr、Mn、Ti、V、Zrからなる群から選ばれる1種以上の元素を合計2.0質量%以下の範囲で含む組成を有してもよく、必要に応じてSn、Zn、Mg、Al、B、P、Ag、Beおよびミッシュメタルからなる群から選ばれる1種以上の元素を合計1質量%以下の範囲で更に含む組成を有してもよい。
【0039】
さらに、本発明による電気・電子部品は、上記の銅合金板材を材料として用いたことを特徴とする。この電気・電子部品が、コネクタ、ソケット、リードフレーム、リレーまたはスイッチであるのが好ましい。
【発明の効果】
【0040】
本発明によれば、導電率30%IACS以上、好ましくは35%IACS以上、更に好ましくは40%IACS以上、且つ0.2%耐力が880MPaを超え、好ましくは900MPa以上の高強度を保持する特性を具備し、前記導電率と0.2%耐力を保持したまま、優れた曲げ加工性と耐応力緩和特性を同時に有し、更に特性の異方性が少なく、GoodWayとBadWayのいずれの曲げ加工性も優れた銅合金板材及びその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0041】
本発明による銅合金板材の実施の形態は、0.8〜3.5質量%のNiと0.3〜2.0質量%のSi、0.5〜2.0質量%のCoを含み、さらに必要に応じてFe、Cr、Mn、Ti、V、Zrからなる群から選ばれる1種以上の元素を合計2.0質量%以下の範囲で含み、さらに必要に応じてSn、Zn、Mg、Al、B、P、Ag、Beおよびミッシュメタルからなる群から選ばれる1種以上の元素を合計1質量%以下の範囲で含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金であって、XをCoまたはXをCoに加えFe、Cr、Mn、Ti、V、Zrとすると、前記Xの元素の質量の合計とNiの質量の比X/Niが0.3〜1.5、Niの質量と前記Xの元素の質量の合計の和とSiの質量の比(Ni+X)/Siが3〜6であり、単位面積あたりの析出物の数をN、前記析出物のうちNi−Si系析出物の数をNN、平均粒径をdN、前記析出物のうちX−Si系析出物の数をNX、平均粒径をdXとしたときに、下記数1を満たす析出物の数と、下記数2を満たす析出物の平均粒径を有する。
【0042】
【数1】

【0043】
【数2】

【0044】
ここで、析出物成分のTEM−EDS(エネルギー分散型X線分析)により、50質量%以上のNiを含有する析出物をNi−Si系析出物、50質量%以上のXを含有する析出物をX−Si系析出物とした。
【0045】
前記銅合金板材は、板面においてX線回折を行ったときの{hkl}回折ピークの積分強度をI{hkl}とすると、数3を満たす結晶配向を有することが好ましい。
【0046】
【数3】

【0047】
ここで、I{200}は当該銅合金板材の板面における{200}結晶面のX線回折ピークの積分強度、I0{200}は純銅標準粉末の{200}結晶面のX線回折ピークの積分強度である。
【0048】
また、前記銅合金板材は、数4を満たす結晶粒内双晶密度を有することが好ましい。
【0049】
【数4】

【0050】
ここで、NGは結晶粒当たりの平均双晶密度である。DとDTはそれぞれJIS H0501の切断法を用いて双晶境界を含めないで測定した平均結晶粒径Dと、双晶境界を結晶粒界とみなして測定した平均結晶粒径DTである。また、平均結晶粒径Dが5〜30μmであることが好ましい。
【0051】
また、前記銅合金板材が、0.2%耐力が880MPaを超え、導電率が30%IACS以上であることが好ましい。
以下、本発明の銅合金板材およびその製造方法について詳細に説明する。
【0052】
[合金組成]
本発明ではCu−Ni−X−Si系銅合金(XはCoまたはCoに加えてFe、Cr、Mn、Ti、V、Zrの元素から構成される)を採用する。すなわち、前記Cu−Ni−X−Si系銅合金は、Cu−Ni−Co−Si系合金及びCu−Ni−Co−(Fe、Cr、Mn、Ti、V、Zrの群から選ばれる1種以上の元素)−Si系合金を指す。さらに前記Cu−Ni−X−Si系銅合金の基本成分にSn、Zn、Mg、その他の合金元素を添加した銅合金も、本明細書では包括的にCu−Ni−X−Si系銅合金と称している。
上述の通り便宜上XをCoまたはCoに加えてFe、Cr、Mn、Ti、V、Zrの元素から構成されるものとしたのは、X−Si系の析出物がNi−Si系析出物より析出温度が高く、且つ本発明の必須成分であるCoにかかわるCo−Si系化合物と析出温度が近く、また同様の特性上の効果が得られるためである。
【0053】
Niは、Ni−Si系析出物を形成して、銅合金板材の強度、0.2%耐力と導電性を向上させる効果を有する。Ni含有量が0.8質量%未満の場合には、この効果を十分に発揮させるのは困難である。そのため、Ni含有量は、0.8質量%以上必要であり、1.0質量%以上にするのが好ましく、1.5質量%以上にするのが更に好ましく、2.0質量%以上にするのが最も好ましい。一方、Ni含有量が高過ぎると、強度向上効果が飽和する一方で、導電率の低下や、粗大な析出物が生成し易く、曲げ加工時の割れの原因になる。そのため、Ni含有量は、3.5質量%以下にするのが好ましく、3.0質量%以下にするのが更に好ましい。
【0054】
Coは、Co−Si系の析出物を形成して、銅合金板材の強度、0.2%耐力、と導電性を向上させる効果を有し、またNi−Si系析出物を分散させる効果があり、二種類の析出物が共存すれば、強度向上の相乗効果がある。これらの作用を十分に発揮させるには、0.5質量%以上のCo含有量を確保することが望ましい。ただし、含有量が2.0質量%以上になると、完全固溶は困難であり、未固溶の部分は強度に寄与しない。また、二種類の析出物の共存による強度向上の相乗効果を発揮するために、Coの質量とNiの質量の質量比Co/Niを0.3〜1.5であることが必要であり、0.5〜1.2にするのが好ましい。このため、Co含有量は2.0質量%以下にするのが好ましく、1.5質量%以下にするのが更に好ましい。Co含有量は0.5〜1.5質量%の範囲に調整することが一層好ましい。
また、XをCoとしたとき、Coの質量とNiの質量の質量比X/Niが0.3〜1.5であり、0.5〜1.2であることが好ましい。
【0055】
さらに前記銅合金板材に、必要に応じてFe、Cr、Mn、Ti、V、Zrからなる群から選ばれる1種以上の元素を添加してもよく、これらの元素はSiとの析出物を形成して、前記Coとほぼ同様な効果を有し、高価なCoの一部を置換できる。これらの元素は、合計含有量が2.0質量%以上になると、完全固溶は困難である。すなわち、Fe、Cr、Mn、Ti、V、Zrからなる群から選ばれる1種以上の元素の合計は2.0質量%以下とする。XをCo、Fe、Cr、Mn、Ti、V、Zr(からなる群の元素で構成される)としたときに、銅合金中の前記Xに含まれる元素の質量の合計とNiの質量との質量比X/Niが0.3〜1.5であり、0.5〜1.2にするのが好ましい。
【0056】
Siは、Ni−Si系析出物及びX−Si系析出物を生成する。Ni−Si系析出物はNi2Siを主体とする化合物であり、X−Si系析出物はXmSinの形式(XがCo、Fe、Cr、Mn、Ti、V、Zrの場合にそれぞれCo2Si、FeSi、Cr3Si、Mn5Si3、Ti5Si3、V5Si3、Zr5Si3などを主体とする化合物)であると考えられる。但し、合金中のNi、XおよびSiは、時効処理によって全てが析出物になるとは限らず、ある程度はCuマトリックス中に固溶した状態で存在する。固溶状態のNi、XおよびSiは、銅合金板材の強度を若干向上させるが、析出状態と比べてその効果は小さく、また、導電率を低下させる要因になる。そのため、Siの含有量は、できるだけ析出物Ni2Si及びXmSinの組成比に近づけるのが好ましい。したがって、Niの質量とXの質量(XがCoの場合はCoの質量、XがCoに加えFe、Cr、Mn、Ti、V、Zrの場合はXに含まれる全ての元素の質量の合計)の和とSiの質量の質量比(Ni+X)/Si3〜6に調整する必要があり、3.5〜5.0に調整するのが好ましい。従って、Si含有量は0.3〜2.0質量%の範囲であり、0.5〜1.2質量%の範囲にするのが好ましい。
【0057】
必要に応じて銅合金板材に、Sn、Zn、Mg、Al、B、P、Ag、Beおよびミッシュメタルからなる群から選ばれる1種以上の元素を添加してもよい。例えば、Snは耐応力緩和特性向上の効果があり、Znは銅合金板材のはんだ付け性および鋳造性を改善する効果を有する。またMgも耐応力緩和特性を向上させる作用を有する。そのほかに、Agは、導電率を大きく低下させずに固溶強化を発現させる効果を有する。Pは溶解・鋳造時に脱酸効果を有し、Bは鋳造組織の微細化効果や熱間加工性を向上させる効果を有する。更に、Ce、La、Dy、Nd、Yなどの希土類元素の混合物であるミッシュメタルは、結晶粒の微細化効果や、析出物の分散化の効果を有する。
【0058】
なお、銅合金板材がSn、Zn、Mg、Al、B、P、Ag、Beおよびミッシュメタルからなる群から選ばれる1種以上を含有する場合には、各元素を添加した効果を十分に得るために、これらの総量が0.01質量%以上であるのが好ましい。しかし、総量が1質量%を超えると、導電率の低下、熱間加工性または冷間加工性に悪影響を与え、コスト的にも不利になる。したがって、これらの元素の総量は、1質量%以下であるのが好ましく、0.5質量%以下であるのが更に好ましい。
【0059】
〔析出物〕
Cu−Ni−X−Si系銅合金(XはCoまたはCoに加えてFe、Cr、Mn、Ti、V、Zrからなる群から選ばれる1種以上の元素から構成される)には、一般にNi−Si系析出物、X−Si系析出物、Ni−X−Si系析出物が存在する。従来の一般的な製造工程では、それらのうちNi−X−Si系析出物の割合が多い。実際、TEM観察で確認される析出物をTEM−EDS分析により同定すると、Ni−Si系析出物、X−Si系析出物に比べて明らかに粗大なNi−X−Si系析出物が同一視野内で多数観察される。このような粗大な析出物は強度向上には寄与しないため、その存在比率を低下させる必要がある。
従って、本発明の銅合金板材は単位面積あたりに観察される析出物の数をN、前記析出物のうちNi−Si系析出物の数をNN、前記析出物のうちX−Si系析出物の数をNXとしたとき、Ni−Si系析出物とX−Si系析出物の数の割合が数1を満たすことを特徴とする。
【0060】
【数1】

【0061】
ここで、析出物成分のTEM−EDS(エネルギー分散型X線分析)により、50質量%以上のNiを含有する析出物をNi−Si系析出物、50質量%以上のXを含有する析出物をX−Si系析出物とする。
また、Niが50質量%未満、且つXが50質量%未満の析出物はNi−X−Si系析出物とみなされる。
【0062】
更に、前述の通り、Ni−Si系析出物とX−Si系析出物の最適析出温度(例えば時効温度)、最適熱処理時間(時効時間、析出時間)がずれているため、従来の製造方法ではこの二種類の析出物の粒径分布が大きく異なり、強度向上の相乗効果が低下してしまう。本発明の銅合金板材では、後述する製造方法によって、いずれの析出物も細かく析出させることができ、両者の析出物の平均粒径の差を小さくすることができたため、また、前述のNi−X−Si系析出物を減少させることができるため、従来得ることができなかった導電率が30%IACS以上で880MPaを超える0.2%耐力の大きい銅合金板材、さらには35%IACS以上で900MPa以上の0.2%耐力を有し、前記導電率と0.2%耐力を保持したまま、優れた曲げ加工性と耐応力緩和特性を同時に有し、更に異方性が少なくGoodWayとBadWayのいずれの曲げ加工性も優れた銅合金板材を提供することができる。
そのため、本発明の銅合金板材では単位面積あたりに観察されるNi−Si系析出物の平均粒径をdN、前記単位面積あたりのX−Si系析出物の平均粒径をdXとしたときに、数2で表されるように両者の析出物粒径の偏差が小さいことを特徴とする。
【0063】
【数2】

【0064】
なお、前記と同様にこれらの析出物の判別は、析出物成分のTEM−EDS(エネルギー分散型X線分析)により、50質量%以上のNiを含有する析出物をNi−Si系析出物、50質量%以上のXを含有する析出物をX−Si系析出物とする。
【0065】
〔結晶方位〕
{200}結晶面({100}<001>方位)はCube方位と呼ばれ、板厚方向(圧延表面に垂直な方向)ND,圧延方向LD,圧延方向と板厚方向に垂直な方向TDの三つの方向に同様な特性を示す。また、LD:<001>とTD:<010>のいずれもすべりに寄与し得る。更に{200}結晶面上のすべり線は、曲げ軸に対して45°および135°と対称性が良好であるため、せん断帯を形成することなく曲げ変形が可能である。すなわち、Cube方位を有する結晶粒はGoodWayの曲げ加工性,BadWayの曲げ加工性ともに良好であり、異方性がないという特徴がある。
そのため、数3を満たす結晶配向を有することが好ましく、数5を満たす結晶配向を有することが望ましい。
【0066】
【数3】

【0067】
【数5】

【0068】
ここで、I{200}は当該銅合金板材の板面(圧延面)における{200}結晶面のX線回折ピークの積分強度、I0{200}は純銅標準粉末の{200}結晶面のX線回折ピークの積分強度である。
【0069】
Cube方位は純銅型再結晶集合組織の主方位であることが良く知られているが、銅合金においては、一般的な工程条件でCube方位を発達させることは困難である。しかしながら、本発明では、後記の製造工程に示すように、特定条件下での中間焼鈍工程と適切な溶体化条件とを組合せることにより、前記数3、数5を満たす結晶配向を有する板材を得ることができた。
【0070】
〔双晶密度〕
双晶とは、隣接する二つの結晶粒の結晶格子が、ある面(双晶境界という、一般に{111}面である)に関して鏡映対称の関係にある一対の結晶粒を言う。銅及び銅合金中の最も一般的な双晶は結晶粒中に二つの平行な双晶境界で挟まれた部分(双晶帯と呼ばれる)である。
双晶境界は粒界エネルギーが最も低い粒界であり、粒界としての曲げ加工性向上の役割を十分に果すことがある一方、粒界に比べて境界に沿った原子配列の乱れが少なく構造的に緻密であり、原子の拡散や不純物の偏析や析出物の形成がしにくく、境界に沿って破壊しにくいなどの性質を持つ。
すなわち、双晶境界が多いほど、応力緩和特性および曲げ加工性の向上に有利である。
【0071】
従って双晶の密度NGは、数4を満たすことが好ましく、数6を満たす双晶密度であることが更に一層好ましい。
【0072】
【数4】

【0073】
【数6】

【0074】
ここで、NGは結晶粒当たりの平均双晶密度である。DとDTはそれぞれJIS H0501の切断法を用いて双晶境界を含めないで測定した平均結晶粒径Dと、双晶境界を結晶粒界とみなして測定した平均結晶粒径DTである。例えば、D=2DT、NG=1の場合は平均的に1個の結晶粒に1個の双晶との意味である。
【0075】
面心立方結晶(fcc)の銅合金では、双晶はほとんど再結晶中に生成するものであり、すなわち焼鈍双晶である。焼鈍双晶の形成のメカニズムは現在解明できていないが、本発明者らの調査により、溶体化(再結晶)処理前の合金元素の存在状態(固溶か析出か)と溶体化処理条件に左右されることが判明した。最終的な双晶の密度は、溶体化処理後の段階における双晶の密度によってほぼ決まってくる。したがって、双晶の密度のコントロールは後述の溶体化処理前の中間焼鈍条件および溶体化処理条件によって行うことができる。
【0076】
[平均結晶粒径]
平均結晶粒径が小さいほど曲げ加工性の向上に有利であるが、小さすぎると耐応力緩和特性が悪くなりやすい。また最終的な平均結晶粒径は、溶体化処理後の段階における結晶粒径によってほぼ決まってくる。従って、溶体化処理工程において平均結晶粒径を過度に小さく調整すると、溶体化処理時に溶質元素が十分固溶されず、最終的に得られる銅合金銅材の強度が低くなる可能性が高い。種々検討の結果、最終的にJIS H0501の切断法を用いて双晶境界を含めないで測定した平均結晶粒径Dが5μm以上の値、好ましくは8μmを超える値であれば、車載用コネクタなど厳しい用途でも満足できるレベルの耐応力緩和特性を確保でき、好適である。ただし、あまり平均結晶粒径が大きくなりすぎると曲げ部表面の肌荒を起こりやすく、曲げ加工性の低下を招く場合があるので、30μm以下の範囲とすることが望ましく、8〜20μmの範囲に調整することがより好ましい。最終的な平均結晶粒径Dは、溶体化処理後の段階における結晶粒径によってほぼ決まってくる。したがって、平均結晶粒径のコントロールは後述の溶体化処理条件によって行うことができる。
【0077】
[特性]
コネクタなどの電気・電子部品を小型化および薄肉化するためには、素材である銅合金板材の0.2%耐力を850MPa以上にするのが好ましく、900MPa以上にするのが更に好ましい。また、時効硬化を利用して高強度化するため、この銅合金板材は、時効処理された金属組織を有している。コネクタなどはその製造工程に曲げ加工工程を有するため、銅合金板材の曲げ加工性は、GoodWayおよびBadWayのいずれも、90°W曲げ試験における最小曲げ半径Rと板厚tの比R/tが1.0以下であるのが好ましく、0.5以下であるのが更に好ましい。
また、コネクタなどの電気・電子部品は、高集積化、密装化および大電流化が進む傾向にあり、それに伴って、素材である銅や銅合金の板材には、高導電率の要求が高まっている。具体的には30%IACS以上は必要であり、35%IACS以上が好ましく、更に好ましくは40%IACS以上の導電率が望まれる。
【0078】
耐応力緩和特性は、車載用コネクタなどの用途ではTDの値が特に重要であるため、長手方向がTD(圧延方向LDと板厚方向NDに直角な方向)である試験片を用いた応力緩和率で応力緩和特性を評価することが望ましい。板材表面の最大負荷応力が0.2%耐力の80%である状態にして、150℃で1000時間保持した場合に、応力緩和率が5%以下であることが好ましい。
【0079】
[製造方法]
上述したような銅合金板材は、本発明による銅合金板材の製造方法の実施の形態によって製造することができる。本発明による銅合金板材の製造方法の実施の形態は、上述した組成を有する銅合金の原料を溶解して鋳造する溶解・鋳造工程と、この溶解・鋳造工程の後に熱間圧延を行う熱間圧延工程と、この熱間圧延工程の後に冷間圧延を行う第1の冷間圧延工程と、この第1の冷間圧延工程の後に加熱温度450〜600℃で熱処理を行う中間焼鈍工程と、この中間焼鈍工程の後に圧延率70%以上で冷間圧延を行う第2の冷間圧延工程と、この第2の冷間圧延工程の後に溶体化処理を行う溶体化処理工程と、この溶体化処理工程の後に350〜520℃で時効処理を行う時効処理工程とを備え、前記溶体化処理工程において、加熱温度を800〜1020℃とし、次いで500〜800℃まで急冷する工程、500〜800℃で10〜600秒保持する工程、その後300℃以下まで急冷する工程を備えたことを特徴とする。
【0080】
なお、前記中間焼鈍工程の際に、前記中間焼鈍前後の導電率をそれぞれEbおよびEa、ビッカース硬さをそれぞれHbおよびHaとして、Ea/Eb≧1.5かつHa/Hb≦0.8を満たすように、450〜600℃で1〜20時間熱処理を実施することが好ましい。また、前記時効工程の後に圧延率50%以下の仕上げ冷間圧延工程を備えることが好ましく、仕上げ冷間圧延工程の後に、更に150〜550℃で加熱処理(低温焼鈍)を施すのが好ましい。また、熱間圧延後には、必要に応じて面削を行い、熱処理後には、必要に応じて酸洗、研磨、脱脂を行ってもよい。以下、これらの工程について詳細に説明する。
【0081】
(溶解・鋳造工程)
一般的な銅合金の溶製方法と同様の方法により、銅合金の原料を溶解した後、連続鋳造や半連続鋳造などにより鋳片を製造する。溶解・鋳造は通常大気中で行われるが、X元素の酸化を防止するために、不活性ガス雰囲気または真空溶解炉で行うことも可能である。
【0082】
(熱間圧延工程)
鋳片の熱間圧延は、900℃以上、望ましくは980℃以上から500℃に温度を下げながら好ましくは数〜十数パスに分けて行う。トータルの圧延率は、概ね80〜95%にすればよい。熱間圧延終了後には、水冷などにより急冷するのが好ましい。また、熱間加工後には、必要に応じて面削や酸洗を行ってもよい。
【0083】
(第1の冷間圧延工程)
この冷間圧延工程では、圧延率を70%以上にすることが好ましく、80%以上にするのが更に好ましい。このような圧延率で加工された材料に対して、次工程で中間焼鈍工程を施すことにより、析出物の量を増加させることができる。
【0084】
(中間焼鈍工程)
次に、析出を目的として中間焼鈍工程熱処理を行う。通常の製造工程では、この中間焼鈍工程を行わないか、または次工程における圧延負荷を軽減させるために、板材が軟化あるいは再結晶する比較的高温で行う。いずれの場合も、次の溶体化工程後に再結晶粒内の焼鈍双晶の密度や{200}結晶面(Cube方位)を主方位成分とする再結晶集合組織の形成が不十分になる。
【0085】
本発明者らが詳細に調査・研究した結果、再結晶過程中の焼鈍双晶及びCube方位の形成は再結晶直前の母相の積層欠陥エネルギーの影響を受ける。積層欠陥エネルギーが低い方が焼鈍双晶を形成しやすい。逆に、積層欠陥エネルギーが高いとCube方位を形成しやすい。例えば、純アルミ、純銅、黄銅の順で積層欠陥エネルギーの低くなり、焼鈍双晶の密度は高くなるが、Cube方位は形成しにくい。すなわち、積層欠陥エネルギーが純銅に近い銅合金では、焼鈍双晶とCube方位の密度ともに高くなる可能性が高い。
焼鈍双晶およびCube方位の密度ともに高くするためには、中間焼鈍工程でNi、X、Siなどの析出によって固溶元素量を減少させ、積層欠陥エネルギーを高くすることで達成できる。この中間焼鈍工程を450〜600℃の温度範囲で、熱処理時間を1〜20時間の範囲内として「過時効」となるよう熱処理条件を選定することで目的とする焼鈍状態が得られる。
焼鈍温度が低すぎるまたは焼鈍時間が短すぎると、析出が不十分なために固溶元素量が高く(導電率の回復が不十分で)、積層欠陥エネルギーの増加が少ない。逆に焼鈍温度が高すぎると、固溶元素の固溶限も高くなるため、この場合も十析出が不十分となる。
具体的には、中間焼鈍工程の際に、中間焼鈍前後の導電率をそれぞれEbおよびEa、ビッカース硬さをそれぞれHbおよびHaとして、Ea/Eb≧1.5かつHa/Hb≦0.8を満たすようにすることが好ましい。
また、この中間焼鈍工程により、ビッカース硬さが80%以下に軟化するため、次工程における圧延負荷が軽減される効果もある。
【0086】
(第2の冷間圧延工程)
続いて、2度目の冷間圧延を行う。この冷間圧延では、圧延率を70%以上にするのが好ましい。この冷間圧延工程では、前工程の析出物の存在により、効率よく歪エネルギーを導入することができる。歪エネルギーが不足すると、溶体化処理時に生じる再結晶粒径が不均一となる可能性があるとともに、{200}結晶面を主方位成分とする再結晶集合組織の形成が不十分になる。すなわち、再結晶集合組織は、再結晶前の析出物の分散状態と量、更には冷間圧延における圧延率に依存する。なお、この冷間圧延における圧延率の上限は、特に規定する必要はないが、前工程により軟化しているため、更に圧延率80%以上の強圧延を施すことも可能である。
【0087】
(溶体化処理工程)
従来の溶体化処理は「溶質元素のマトリックス中への再固溶」と「再結晶化」を主目的とするが、本発明では更に「高い密度の焼鈍双晶の形成」および「{200}を主方位成分とする再結晶集合組織の形成」をも重要な目的とする。
この溶体化処理は、成分に応じ、800〜1020℃で、10秒〜10分間の加熱処理を行うのが好ましい。温度が低すぎると再結晶が不完全な上、溶質元素の固溶も不十分となる。また、焼鈍双晶の密度が低いと{200}結晶面の主方位成分が低くなる傾向があり、最終的に曲げ加工性の優れた高強度の銅合金板材を得るのが困難になる。一方、温度が高すぎると結晶粒が粗大化してしまい、曲げ加工性の低下を招き易い。
【0088】
具体的に、この溶体化処理は、再結晶粒の平均結晶粒径(双晶境界を結晶粒界とみなさない)が5〜30μmとなるように800〜1020℃域の到達温度および保持時間を設定して熱処理を実施することが望ましく、8〜20μmとなるように調整することが一層好ましい。再結晶粒径が微細になりすぎると、焼鈍双晶の密度が低くなる。また、耐応力緩和特性を向上させる上でも不利となる。再結晶粒径が粗大になりすぎると、曲げ加工部の表面肌荒が発生し易い。再結晶粒径は、溶体化処理前の冷間圧延率や化学組成によって変動するが、予め実験によりそれぞれの合金について溶体化処理ヒートパターンと平均結晶粒径との関係を求めておくことにより、800〜1020℃域の到達温度および保持時間を設定することができる。具体的には、本発明で規定する化学組成の合金では、800〜980℃の温度で10sec〜10min保持する加熱条件において適正条件を設定できる。
【0089】
(溶体化処理後の冷却工程)
溶体化処理後の冷却は、冷却途中に化合物の析出を極力に避けるため、析出が起こらない温度まで一気に急冷するのが一般的である。しかしながら、本特許記載の方法では、急冷過程の特定温度域において一定時間保持した後、再度急冷する冷却パターンを用いる。前述のようにNi−Si系化合物とX−Si系化合物の最適な析出温度と時間が一致しない(ずれる)ことにより、二種類の析出物を同時に十分活用できていないことが、導電率を保持したまま900MPa以上の高い耐力と、さらには良好な曲げ加工性、耐応力緩和特性を同時に実現できない原因であるので、予めNi−Si系化合物がほとんど析出しない温度域で、X−Si系化合物を微細に析出させるために、このような冷却パターンを用いる。具体的には、800〜1020℃の加熱温度で溶体化処理を行った後に、500〜800℃の温度域まで10℃/s以上、好ましくは50℃/s以上、さらに好ましくは100℃/s以上の冷却速度で急冷して、500〜800℃の温度域で10〜600秒保持し、その後300℃以下まで再び10℃/s以上、好ましくは50℃/s以上、さらに好ましくは100℃/s以上の冷却速度で急冷する冷却パターンが好ましい。すなわち、500〜800℃で10〜600秒の範囲で行う保持は、Ni−Si系化合物がほとんど析出しない温度域で、X−Si系化合物を微細に析出させるためのものである。その保持温度が高すぎると、X−Si化合物の析出の駆動力が小さくなり、析出物が少なくなる一方で粗大化しやすい。逆に、その保持温度が低すぎると、X−Si系化合物は析出するのに長時間を要するため、実質上析出が起こらず、通常の製造方法と同様に二種類の析出物を同時に十分活用できない。従って、前述の数1を満たすことができなくなり、最終的に良好な導電率を保持したまま900MPa以上の高い耐力と良好な曲げ加工性および優れた耐応力緩和特性を全て満たすことができなくなってしまう。
【0090】
また、保持時間が長すぎると、X−Si系析出物が粗大化しやすく、熱処理時間が短すぎると、X−Si系析出物が少なくなる。
具体的には、本発明で規定する化学組成の合金では、500〜800℃の温度で10〜600秒保持する条件において適正条件を設定できる。550℃〜750℃の温度(または550℃を超え750℃以下の温度)で20〜300秒保持、さらに好ましくは50〜300秒保持する条件が一層好ましい。
また、500〜800℃の温度より高いおよび低い温度域で急冷を行わないと、前者では結晶粒の粗大化やX−Si系化合物が析出・粗大化しやすく、後者ではNi−Si系化合物が析出・粗大化してしまい、最終的に高い耐力と良好な曲げ加工性および優れた耐応力緩和特性を全て満たすことができなくなってしまう。
【0091】
以上の溶体化処理およびその後の冷却、保持、冷却工程は、例えば通常の加熱ゾーン、冷却ゾーンで構成される溶体化処理炉を改造して、加熱ゾーン、冷却ゾーン、保温ゾーン、冷却ゾーンの四ゾーンで構成される溶体化処理炉で実施することができる。板材の加熱ゾーンと保温ゾーンの滞在時間はゾーンの長さと通板速度の調整で制御できる。また冷却ゾーンでの冷却速度は冷却ファンの回転速度で制御することも可能である。
なお、冷却方法は上記に限定されることなく、水冷、油冷、ガス急冷、ソルトバスによる冷却など冷却速度を制御できれば良い。
【0092】
(時効処理工程)
続いて、時効処理を行う。この時効処理では、Ni−Si系化合物の析出が主な目的になる。時効処理温度が高くなり過ぎると、Ni−Si系析出物が粗大化しやすく、同時に前述の溶体化処理後の冷却工程で生成されたX−Si系析出物も粗大化しやくなる。一方、加熱温度が低過ぎると、Ni−Si系化合物が十分に析出せず、また時効時間が長くなりすぎて生産性の面で不利になる。よって、合金組成に応じて時効で硬さがピークになる温度、時間を予め調整して条件を決めるのが好ましい。具体的には、350〜520℃の温度であり、400℃〜500℃で行うのが好ましく、425〜475℃の温度で行うのが更に好ましい。時効処理時間は、概ね1〜10時間程度で良好な結果が得られる。
【0093】
(仕上げ冷間圧延工程)
この仕上げ冷間圧延では、強度レベルの向上を図るとともに、{220}結晶面を主方位成分とする圧延集合組織を発達させる。仕上げ冷間圧延の圧延率が低過ぎると、強度を高める効果を十分に得ることができない。一方、仕上げ冷間圧延の圧延率が高過ぎると、{220}結晶面を主方位成分とする圧延集合組織が相対的に優勢になり過ぎ、強度と曲げ加工性を両立できる中間的な結晶配向を実現することができない。
【0094】
この仕上げ冷間圧延の圧延率は、10%以上にすることが好ましい。但し、仕上げ冷間圧延の圧延率の上限は50%を超えないように設定することが好ましく、45%以下がさらに好ましい。
最終的な板厚としては、概ね0.05〜1.0mmにするのが好ましく、0.06〜0.5mmにするのが更に好ましい。
【0095】
(低温焼鈍工程)
仕上げ冷間圧延工程の後には、低温焼鈍硬化による強度の向上、板条材の残留応力の低減、ばね限界値と耐応力緩和特性の向上を目的として、低温焼鈍を施すのが好ましい。加熱温度は、150〜550℃になるように設定するのが好ましい。これにより板材内部の残留応力が低減され、導電率を向上させる効果もある。この加熱温度が高過ぎると、短時間で軟化し、バッチ式でも連続式でも特性のバラツキが生じ易くなる。一方、加熱温度が低過ぎると、上述した特性を改善する効果が十分に得られない。加熱時間は、5秒以上にするのが好ましく、通常1時間以内で良好な結果が得られる。
【実施例】
【0096】
以下、本発明による銅合金板材およびその製造方法の実施例について詳細に説明する。
【0097】
表1に示す組成の原料をそれぞれ溶製し、縦型半連続鋳造機を用いて鋳造して鋳片を得た。
【0098】
【表1】

【0099】
それぞれの鋳片を980℃に加熱し、980℃から500℃まで温度を下げながら熱間圧延を行って厚さ10mmの板材にした後、水冷(100℃/s以上の冷却速度)によって急冷し、その後、表層の酸化層を機械研磨により除去(面削)した。
【0100】
次いで、それぞれ圧延率86%で第1の冷間圧延を行った後、それぞれ520〜570℃で6〜8時間の中間焼鈍熱処理を行った。
中間焼鈍前後の導電率をそれぞれEbおよびEa、ビッカース硬さをそれぞれHbおよびHaとして、いずれもEa/Ebが2.0前後(1.8〜2.5)で、Ha/Hbが0.5前後(0.39〜0.62)であった。その後、それぞれ圧延率80〜90%で第2の冷間圧延を行った。
【0101】
次いで、圧延板の表面における(JIS H0501の切断法による)平均結晶粒径が5μmより大きく且つ30μm以下になるように、合金の組成に応じて860〜1000℃の範囲内で調整した温度で1分間保持して溶体化処理を行った。この溶体化処理における保持温度と保持時間は、それぞれの実施例の合金の組成に応じて最適な温度と時間を予備実験により求め、決定した。
【0102】
次いで、溶体化処理後に、700℃の温度までソルトバスの浸漬により15℃/s以上の冷却速度で急冷してから、700℃の温度で52秒保持した後、50℃/s以上の冷却速度で室温まで急冷(水冷)した。その後、450℃で3〜8時間の時効処理を行った。時効処理時間は、合金組成に応じて450℃の時効で硬さがピークになる時間に調整した。
【0103】
次いで、それぞれ圧延率20〜40%で仕上げ冷間圧延を行って、最後に425℃で1minの低温焼鈍を行って、実施例1〜11の銅合金板材を得た。なお、必要に応じて途中で面削を行い、または、第2の冷間圧延工程で、圧延率を80〜90%に調整して、銅合金板材の板厚を0.15mmに揃えた。
【0104】
詳細な工程条件を表2に示す。
【0105】
【表2】

【0106】
次に、得られた銅合金板材から試料を採取し、TEM−EDS、結晶粒組織、X線回折強度、導電率、0.2%耐力、曲げ加工性、耐応力緩和特性を以下のように調べた。
【0107】
日本電子(株)製透過電子顕微鏡(TEM)JEM−2010を用いて、30万倍で析出物を観察した。また、EDS(エネルギー分散型X線分析)により、析出物の成分を分析した。50質量%以上のNiを含有する析出物をNi−Si系析出物、50質量%以上のXを含有する析出物はX−Si系析出物として、観察された全ての析出物の数をN、該析出物のうちNi−Si系析出物の数をNN、平均粒径をdN、該析出物のうちX−Si系析出物の数をNX、平均粒径をdXとし、(NN+NX)/N、およびNi−Si系析出物とX−Si系析出物の平均粒径の差の絶対値とNi−Si系析出物の平均粒径との比|dN―dX |/dN を求めた。
なお、Xは、銅合金板材の原料がCu、Ni、Co、Si及び不可避不純物であるときはCo、銅合金板材の原料がCu、Ni、Co、SiとさらにFe、Cr、Mn、Ti、V、Zrからなる群から選ばれる1種以上の元素及び不可避不純物であるとき、XはCo、Fe、Cr、Mn、Ti、V、Zrとする。
【0108】
圧延板表面を研磨したのちエッチングし、その面を光学顕微鏡で観察し、平均結晶粒径をJIS H0501の切断法で求めた。双晶境界を含めないで測定した平均結晶粒径D、双晶境界を結晶粒界とみなして測定した平均結晶粒径DTから、NG=(D−DT)/DT を用いて双晶密度を求めた。
【0109】
X線回折強度(X線回折積分強度)の測定は、X線回折装置(XRD)を用いて、Mo−Kα1およびKα2線、管電圧40kV、管電流30mAの条件で、試料の板面(圧延面)について{200}面の回折ピークの積分強度I{200}を測定した。また、上記と同じX線回折装置を用いて、上記と同じ測定条件で純銅標準粉末の{200}面のX線回折強度を測定した。これらの測定値を用いて数3中に示されるX線回折強度比I{200}/I0{200}を求めた。
【0110】
銅合金板材の導電率は、JIS H0505の導電率測定方法に従って測定した。
【0111】
銅合金板材の0.2%耐力として、銅合金板材のLD(圧延方向)の引張試験用の試験片(JIS Z2241の5号試験片)をそれぞれ3個ずつ採取し、JIS Z2241に準拠した引張試験を行い、その平均値によって0.2%耐力を求めた。
【0112】
銅合金板材の曲げ加工性を評価するために、銅合金板材から長手方向がLD(圧延方向)の曲げ試験片(幅10mm)とTD(圧延方向および板厚方向に対して垂直な方向)の曲げ試験片(幅10mm)をそれぞれ3個ずつ採取し、それぞれの試験片について、JIS H3110に準拠した90°W曲げ試験を行った。この試験後の試験片について、曲げ加工部の表面および断面を光学顕微鏡によって50倍の倍率で観察して、割れが発生しない最小曲げ半径Rを求め、この最小曲げ半径Rを銅合金板材の板厚tで除することによって、LDとTDのそれぞれのR/t値を求めた。LDおよびTDのそれぞれ3個の試験片のうち、それぞれ最も悪い結果の試験片の結果を採用してR/t値とした。
【0113】
各供試材から長手方向がTDの曲げ試験片(幅10mm)を採取し、試験片の長手方向における中央部の表面応力が0.2%耐力の80%の大きさとなるようにアーチ曲げした状態で固定した。上記表面応力(MPa)は6Etδ/L02 として定まる。ただし、Eは弾性係数(MPa)、tは試料の厚さ(mm)、δは試料のたわみ高さ(mm)である。
この状態の試験片を大気中150℃の温度で1000時間保持した後の曲げ癖から応力緩和率(%)を(L1−L2)/(L1−L0)×100として算出した。
ただし、L0は治具の長さ、すなわち試験中に固定されている試料端間の水平距離(mm)、L1は試験開始時の試料長さ(mm)、L2は試験後の試料端間の水平距離(mm)である。
【0114】
析出物、平均結晶粒径、X線回折強度、導電率、強度(0.2%耐力)、曲げ加工性、耐応力緩和特性などの評価結果を表3に示す。
【0115】
【表3】

【0116】
表3に示すように、本発明の実施例1〜11はいずれも、900MPa以上の0.2%耐力、35%IACS以上の導電率、5%以下の応力緩和率、最小曲げ半径Rと板厚tの比R/tが1.0以下の曲げ加工性を有する。
【0117】
[比較例1]
実施例2と同じ組成の銅合金を使用し、溶体化処理後に室温まで15℃/sで急冷を行った以外は実施例2と同様の工程条件で製造した銅合金板材である。
得られた銅合金板材の数2にかかわる|dN―dX |/dNは76%と高く本発明の範囲外であった。
450℃で6時間の時効処理ではCo−Si系析出物が少なく、結果的に導電率と0.2%耐力ともに低かった。
【0118】
[比較例2]
比較例1の時効温度をCo−Si系化合物の最適時効温度と考えられる500℃で6時間時効処理した以外は、比較例1と同様の工程で銅合金板材を製造した。
得られた銅合金板材の数2にかかわる|dN―dX |/dNは43%で本発明の範囲外であり、Ni−Si系析出物が既に粗大化していた。
結果的に比較例1より導電率、0.2%耐力が高くなった。しかし0.2%耐力は783MPaであり、本発明合金と比べ大幅に劣っていた。
【0119】
[比較例3]
比較例1と同じ組成の銅合金を使用し、時効温度を比較例1と2の中間程度の475℃で時効処理した以外は比較例1と同様の工程で銅合金板材を製造した。
得られた銅合金板材の数1にかかわる(NN+NX)/Nが54%と低く、粗大化しやすいNi−Co−Si系析出物の割合が比較高いことが推定される。
0.2%耐力が839MPaまで向上したが、実施例2よりも60MPa程度低い。原因としては粗大化しやすい前記Ni−Co−Si系析出物の割合が高いことが考えられる。
【0120】
[比較例4]
比較例4はNiが1.46質量%、Siが0.82質量%、Coが2.46質量%、残部Cu及び不可避不純物からなる組成の原料を溶製し、縦型半連続鋳造機を用いて鋳造して鋳片を得た。
Coが2.0質量を超えており添加量が多すぎたため、鋳造過程中に形成した粗大な晶出物が熱間圧延前の加熱中に固溶していないので、熱延途中に激しく割れて、その後の工程を中断した。
【0121】
[比較例5]
比較例5はNiが1.56質量%、Siが0.98質量%、Coが0.51質量%、Crが2.03質量%、残部Cu及び不可避不純物からなる組成の原料を溶製し、縦型半連続鋳造機を用いて鋳造して鋳片を得た。
Crが2.0質量を超えており添加量が多すぎたため、鋳造過程中に形成した粗大な晶出物が熱間圧延前の加熱中に固溶していないので、熱延途中に激しく割れて、その後の工程を中断した。
【0122】
[比較例6]
実施例2と同じ組成の銅合金を使用しており、中間焼鈍条件が異なる以外は実施例2と同様の製造方法で銅合金板材を作製した。これにより、導電率が46.2%IACS、0.2%耐力が891MPaと良好であった。しかし、中間焼鈍の条件が適切な条件でなかったので、結果的にI{200}/I0{200}および結晶粒内双晶密度NGともに低くなり、BWの曲げ加工性と耐応力緩和特性がともに悪くなった。
【0123】
[比較例7]
比較例7はNiが1.80質量%、Siが0.75質量%、Coが1.45質量%、Crが0.2質量%、Mgが0.05質量%、残部Cu及び不可避不純物からなる組成の銅合金を、実施例1と同様に鋳造した後、1000℃に加熱して900℃まで温度を下げながら熱間圧延を行って厚さ10mmの板材にした後、水冷(100℃/s以上の冷却速度)によって急冷し、その後、表層の酸化層を機械研磨により除去(面削)した。
次いで、冷間圧延により厚さ0.3mmの板とした。次に950℃で溶体化処理を2分行い、これをおよそ20℃/sの冷却速度(ガス冷却)で400℃以下まで冷却し、その後室温まで冷却した。その後0.15mmまで冷間圧延して、最後に500℃で3時間時効処理を施した。これにより、導電率が46.2%IACS、0.2%耐力が897MPaと良好であった。しかし、中間焼鈍がなく、溶体化後の冷却過程において、500〜800℃でのX−Si系析出物の析出制御がなかったので、結果的に析出物の比が本発明の範囲外で、I{200}/I0{200}および結晶粒内双晶密度NGともに低くなり、BWの曲げ加工性と耐応力緩和特性がともに悪くなった。
【0124】
これらの実施例および比較例の組成,製造条件をそれぞれ表1および表2に示す。また組織および特性についての評価結果を表3に示す。
以上より、比較例1〜7は組成、製造工程、または工程条件の不適切であったことにより、本発明の銅合金板材の構成を具備することができず、またいずれの比較例も実施例1〜11と比較して特性が大きく劣っていることがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.8〜3.5質量%のNiと0.3〜2.0質量%のSi、0.5〜2.0質量%のCoを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金であって、XをCoとすると、前記Xの質量とNiの質量の比X/Niが0.3〜1.5の範囲、Niの質量と前記Xの質量の和とSiの質量の比(Ni+X)/Siが3〜6の範囲であり、単位面積あたりの析出物の数をN、前記析出物のうちNi−Si系析出物の数をNN、平均粒径をdN、前記析出物のうちX−Si系析出物の数をNX、平均粒径をdXとしたときに、下記数1を満たす析出物の数と、下記数2を満たす析出物の平均粒径を有することを特徴とする銅合金板材。
【数1】

【数2】

ここで、析出物成分のTEM−EDS(エネルギー分散型X線分析)により、50質量%以上のNiを含有する析出物をNi−Si系析出物、50質量%以上のXを含有する析出物をX−Si系析出物とする。
【請求項2】
Fe、Cr、Mn、Ti、V、Zrからなる群から選ばれる1種以上の元素を合計2.0質量%以下の範囲で含み、前記XがCoに加えFe、Cr、Mn、Ti、V、Zrを含むことを特徴とする請求項1記載の銅合金板材。
【請求項3】
板材表面において、JIS H0501の切断法を用いて双晶境界を含めないで測定した平均結晶粒径Dが5〜30μmである請求項1または2に記載の銅合金板材。
【請求項4】
下記数3を満たす結晶配向を有する請求項1、2または3に記載の銅合金板材。
【数3】

ここで、I{200}は当該銅合金板材の板材表面における{200}結晶面のX線回折ピークの積分強度、I0{200}は純銅標準粉末の{200}結晶面のX線回折ピークの積分強度である。
【請求項5】
下記数4を満たす結晶粒内双晶密度を有する請求項1、2、3または4に記載の銅合金板材。
【数4】

ここで、NGは結晶粒当たりの平均双晶密度である。DとDTはそれぞれJIS H0501の切断法を用いて双晶境界を含めないで測定した平均結晶粒径Dと、双晶境界を結晶粒界とみなして測定した平均結晶粒径DTである。
【請求項6】
前記銅合金板材が、さらにSn、Zn、Mg、Al、B、P、Ag、Beおよびミッシュメタルからなる群から選ばれる1種以上の元素を合計1質量%以下の範囲で含む組成を有することを特徴とする請求項1、2、3、4または5に記載の銅合金板材。
【請求項7】
前記銅合金板材が、0.2%耐力が900MPa以上、導電率が30%IACS以上であることを特徴とする、請求項1、2、3、4、5または6に記載の銅合金板材。
【請求項8】
0.8〜3.5質量%のNiと0.3〜2.0質量%のSi、0.5〜2.0質量%のCoを含み、残部がCuおよび不可避不純物である組成を有する銅合金の原料を溶解して鋳造する溶解および鋳造工程と、この溶解および鋳造工程の後に熱間圧延を行う熱間圧延工程と、この熱間圧延工程の後に冷間圧延を行う第1の冷間圧延工程と、この第1の冷間圧延工程の後に加熱温度450〜600℃で熱処理を行う中間焼鈍工程と、この中間焼鈍工程の後に圧延率70%以上で冷間圧延を行う第2の冷間圧延工程と、この第2の冷間圧延工程の後に溶体化処理を行う溶体化処理工程と、この溶体化処理工程の後に350〜520℃で時効処理を行う時効処理工程とを備え、前記溶体化処理工程において、加熱温度を800〜1020℃とし、次いで500〜800℃まで急冷する工程、500〜800℃で10〜600秒保持する工程、その後300℃以下まで急冷する工程を備えたことを特徴とする銅合金板材の製造方法。
【請求項9】
前記中間焼鈍工程の際に、前記中間焼鈍前後の導電率をそれぞれEbおよびEa、ビッカース硬さをそれぞれHbおよびHaとして、Ea/Eb≧1.5かつHa/Hb≦0.8を満たすように、450〜600℃で1〜20時間熱処理を実施することを特徴とする、請求項8に記載の銅合金板材の製造方法。
【請求項10】
前記溶体化処理工程において、溶体化処理後の平均結晶粒径が5〜30μmである請求項8または9に記載の銅合金板材の製造方法。
【請求項11】
前記時効処理工程の後に圧延率50%以下で冷間圧延を行う仕上げ圧延工程を備えたことを特徴とする、請求項8、9または10に記載の銅合金板材の製造方法。
【請求項12】
前記仕上げ冷間圧延工程の後に150〜550℃で加熱処理を行う低温焼鈍工程を備えたことを特徴とする請求項8、9、10または11に記載の銅合金板材の製造方法。
【請求項13】
前記銅合金板材が、さらにFe、Cr、Mn、Ti、V、Zrからなる群から選ばれる1種以上の元素を合計2.0質量%以下の範囲で含む組成を有することを特徴とする、請求項8、9、10、11または12に記載の銅合金板材の製造方法。
【請求項14】
前記銅合金板材が、さらにSn、Zn、Mg、Al、B、P、Ag、Beおよびミッシュメタルからなる群から選ばれる1種以上の元素を合計1質量%以下の範囲で含む組成を有することを特徴とする、請求項8、9、10、11、12または13に記載の銅合金板材の製造方法。
【請求項15】
請求項1、2、3、4、5、6または7に記載の銅合金板材を材料として用いたことを特徴とする電気・電子部品。
【請求項16】
前記電気・電子部品が、コネクタ、ソケット、リードフレーム、リレーまたはスイッチであることを特徴とする請求項15に記載の電気・電子部品。

【公開番号】特開2011−84764(P2011−84764A)
【公開日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−236707(P2009−236707)
【出願日】平成21年10月13日(2009.10.13)
【出願人】(506365131)DOWAメタルテック株式会社 (109)
【Fターム(参考)】