説明

高炭素薄鋼板およびその製造方法

【課題】0.20〜0.50質量%のCを含有し、板厚方向に均質で、優れた加工性を有する軟質な高炭素薄鋼板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.20〜0.50%、Si:1.0%以下、Mn:2.0%以下、P:0.03%以下、S:0.02%以下、sol.Al:0.08%以下、N:0.02%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成と、フェライトとセメンタイトからなるミクロ組織とを有し、鋼板の表面から板厚1/4位置までの領域における前記フェライトの平均粒径dsと鋼板の板厚1/4位置から板厚中心までの領域における前記フェライトの平均粒径dcがそれぞれ20〜40μmであり、かつ0.80≦ds/dc≦1.20を満足し、前記セメンタイトの平均粒径が1.0μm以上、球状化率が90%以上であり、粒数比で90%以上のセメンタイトがフェライト粒内に存在することを特徴とする軟質な高炭素薄鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高炭素薄鋼板、特に0.20〜0.50質量%のCを含有する軟質な高炭素薄鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高炭素薄鋼板は、種々の形状に加工された後、硬質化のための熱処理を施されて機械構造部品等に使用されることが一般的である。このうち、C含有量が0.2〜0.5質量%の高炭素薄鋼板は、セメンタイトの球状化焼鈍を施すと軟質化でき、板金加工素材として好適である。
【0003】
自動車の駆動系部品においては、部品製造コストの低減のため、鋳造品あるいは鍛造品に切削や接合といった二次加工を施して製造している部品を対象に、生産性に優れる板金加工での一体成形化が幅広く検討されている。そのため、こうした部品の素材として、0.2〜0.5質量%のCを含有する軟質で加工性に優れた高炭素薄鋼板が求められており、既に幾つかの技術が提案されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、C:0.1〜0.8質量%を含有する亜共析鋼の熱延鋼板に15%を超え30%以下の軽圧下冷間圧延を施し、次いで3段階焼鈍を施す中・高炭素鋼板の軟質化方法が開示されている。
【0005】
また、特許文献2には、質量%で、C:0.10〜0.80%、Si:0.005〜0.30%、Mn:0.20〜1.60%、sol.Al:0.005〜0.100%、N:0.0010〜0.0100%、Ti:0.001〜0.050%、かつ所定の条件式を満足する鋼組成を有し、鋼中の平均フェライト粒径と形状が所定の条件式を満足することを特徴とする軟質で熱処理歪みの小さい高炭素鋼帯が提案されている。
【0006】
さらに、特許文献3には、質量%で、C:0.2〜0.7%、Si:0.01〜1.0%、Mn:0.1〜1.0%、P:0.03%以下、S:0.035%以下、Al:0.08%以下、N:0.01%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、フェライト平均粒径が20μm以上、粒径10μm以上のフェライト粒の体積率が80%以上、炭化物(セメンタイト)平均粒径が0.10μm以上2.0μm未満である組織を有することを特徴とする極軟質高炭素熱延鋼板が提示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平11-29823号公報
【特許文献2】特開2001-220642号公報
【特許文献3】特開2007-277696号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1から3に記載の技術には、次のような問題がある。
【0009】
すなわち、特許文献1に記載の中・高炭素鋼板の軟質化方法は、熱延鋼板に圧下率15%超え30%以下の軽圧下冷間圧延を施してから焼鈍することにより、加工歪によって焼鈍時の再結晶化を促進して軟質化を図るものである。ただし、圧下率が小さい軽圧下冷間圧延では、被圧延材である鋼板の表層部には比較的多量の歪が導入されるものの、板厚中央部には少量の歪しか導入されず、導入される圧延歪の分布が板厚方向に不均一となる。そのため、焼鈍後の鋼板も板厚方向に不均一な組織・特性を有するものになりやすい。また、冷間圧延後の焼鈍が、Ac1変態点直下および直上の特定温度範囲における加熱を組み合わせた3段階のものであり、焼鈍時の温度制御が複雑で、この点からも鋼板特性の不均一を生じやすい。
【0010】
また、特許文献2に記載の技術は、所定の組成を有する鋼を、所定の条件で熱間圧延して巻き取り、雰囲気中の水素濃度が90%以上の条件で箱焼鈍して、あるいはさらに圧下率5〜30%の冷間圧延を組み合わせて、平均フェライト粒径が35μm超100μm未満であり、フェライト粒が所定の展伸形状を有する鋼板を得るものである。そのため、いわゆる水素焼鈍が必須であり、実施可能な焼鈍設備が限定される。また、圧下率5〜30%の冷間圧延を組み合わせる場合には、前述したように、導入される圧延歪の分布が板厚方向で不均一となり、焼鈍後の鋼板が板厚方向に不均一な組織・特性を有するものになりやすい。
【0011】
特許文献3に記載の技術は、所定の組成を有する鋼を、粗圧延した後、最終パスの圧下率を10%以上、かつ仕上温度を(Ar3-20℃)以上とする仕上圧延を行い、次いで所定の条件で冷却して巻き取り、酸洗後に箱焼鈍して、所定粒径のフェライトおよび炭化物を有する組織の鋼板を得るものである。この技術では、先述の従来技術とは異なり、軽圧下冷間圧延を用いることなく、熱間圧延の最終パス条件を限定することにより、球状化焼鈍時の粒成長駆動力を高めて、鋼板の軟質化を図っている。ただし、仕上圧延後に、120℃/s超の冷却速度で600℃以下の温度まで冷却することが必要であり、冷却能力の非常に高い設備がなければ実施できない上、冷却むらの影響を受けやすく、やはり得られる鋼板の特性が不均一になりやすい。
【0012】
本発明は、0.20〜0.50質量%のCを含有し、板厚方向に均質で、優れた加工性を有する軟質な高炭素薄鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記の目的とする高炭素薄鋼板について鋭意検討した結果、以下のことを見出した。
【0014】
i) フェライトとセメンタイトからなるミクロ組織とし、焼鈍後のフェライトの粒径とセメンタイトの粒径を適度に大きくするとともに、板厚方向のフェライトの粒径分布を均一化することにより、軟質化と板厚方向の均質化を同時に図ることができる。
【0015】
ii) かつ、セメンタイトの球状化率とフェライト粒内に存在するセメンタイト比率を増大することにより、加工性の低下を抑制することができる。
【0016】
iii) それには、熱間圧延後の鋼板を冷却する際に、高温域を緩冷却後、短時間の強冷却を行う二段階の冷却パターンで冷却した後、低圧下率の冷間圧延を施して焼鈍することが効果的である。
【0017】
本発明は、このような知見に基づいてなされたものであり、質量%で、C:0.20〜0.50%、Si:1.0%以下、Mn:2.0%以下、P:0.03%以下、S:0.02%以下、sol.Al:0.08%以下、N:0.02%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成と、フェライトとセメンタイトからなるミクロ組織とを有し、鋼板の表面から板厚1/4位置までの領域における前記フェライトの平均粒径dsと鋼板の板厚1/4位置から板厚中心までの領域における前記フェライトの平均粒径dcがそれぞれ20〜40μmであり、かつ0.80≦ds/dc≦1.20を満足し、前記セメンタイトの平均粒径が1.0μm以上、球状化率が90%以上であり、粒数比で90%以上のセメンタイトがフェライト粒内に存在することを特徴とする軟質な高炭素薄鋼板を提供する。
【0018】
本発明の高炭素薄鋼板では、上記の化学組成に加え、さらに、質量%で、Cr:0.1〜1.5%、Mo:0.1〜0.5%、Ni:0.1〜1.0%、Ti:0.01〜0.03%、Nb:0.01〜0.03%、V:0.01〜0.03%、B:0.0005〜0.0050%のうちから選ばれた少なくとも一種を含有させることができる。
【0019】
本発明の高炭素薄鋼板は、上記の化学組成を有する鋼片を、Ar3変態点以上の仕上温度で熱間圧延後、25〜50℃/sの平均冷却速度で550〜650℃の一次冷却停止温度まで一次冷却し、次いで、120℃/s以上の平均冷却速度で冷却時間を1s以内として500〜600℃の二次冷却停止温度まで二次冷却して巻取り、鋼板表層のスケールを除去後、20〜30%の圧下率で冷間圧延し、680℃以上Ac1変態点未満の焼鈍温度で20h以上保持して焼鈍することにより製造可能である。
【発明の効果】
【0020】
本発明により、0.20〜0.50質量%のCを含有し、板厚方向に均質で、優れた加工性を有する軟質な高炭素薄鋼板を製造することが可能になった。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の高炭素薄鋼板およびその製造方法の限定理由について、以下に詳述する。
【0022】
(1) 化学組成
以下、成分元素の含有量の単位である%は、質量%を意味するものとする。
【0023】
C:0.20〜0.50%
Cは、焼入後の強度を高めるために必須の元素である。C量が0.20%未満では、機械構造部品として必要な強度が得られない。一方、C量が0.50%を超えると、鋼板が焼鈍後も過度に高強度となり加工性が低下する上、焼入後の部品の脆化や寸法不良を招く。したがって、Cの含有量は0.20〜0.50%に限定する。好ましくは0.25〜0.45%である。
【0024】
Si:1.0%以下
Siは、鋼を脱酸する作用や焼入後の焼戻軟化抵抗を高める作用を有する。これら作用を得る上では、Siは0.1%以上の含有量とするのが好ましい。しかし、Siの過剰な含有は、鋼板を過度に高強度化したり、鋼板の表面性状を劣化させるので、Siの含有量は1.0%以下に限定する。好ましくは0.5%以下、さらに好ましくは0.3%以下である。
【0025】
Mn:2.0%以下
Mnは、焼入性を高める作用や焼入後の焼戻軟化抵抗を高める作用があり、この作用を得る上では、0.2%以上の含有量とすることが好ましく、さらには0.3%以上の含有量とするのが好ましい。しかし、Mnの過剰な含有は、鋼板の加工性の大幅な低下を招くので、Mnの含有量は2.0%以下に限定する。好ましくは1.0%以下、さらに好ましくは0.8%以下である。
【0026】
P:0.03%以下
Pは、鋼板の加工性や熱処理後の靱性を低下させるため、Pの含有量は0.03%以下に限定する。好ましくは0.02%以下である。
【0027】
S:0.02%以下
Sは、鋼板の加工性や熱処理後の靱性を低下させるため、Sの含有量は0.02%以下に限定する。好ましくは0.01%以下である。
【0028】
sol.Al:0.08%以下
Alは、鋼の脱酸のために添加される元素であり、必要に応じて含有できる。ただし、sol.Al量が0.08%を超えるようなAlの添加は、介在物の増加を招き、鋼板の加工性の低下を招く。そのため、sol.Alの含有量は0.08%以下に限定する。好ましくは0.04%以下である。また、鋼板が高温に保持される場合、鋼中でAlNが形成され、焼入加熱時にオーステナイト結晶粒の成長を抑制し、焼入性を低める場合がある。特に、鋼板を窒素雰囲気中で高温保持する場合には、雰囲気から鋼中に侵入したNによって上記作用が顕著化しやすい。AlNの形成に起因するこのような焼入性の低下を避けるためにも、sol.Al量は0.08%以下とする必要があり、好ましくはsol.Al量は0.04%未満であり、さらにはsol.Al量を0.01%未満とするのが好ましい。
【0029】
N:0.02%以下
Nの多量の含有は、AlNを形成して焼入性を低める場合がある。そのため、Nの含有量は0.02%以下に限定する。好ましくは0.01%以下である。
【0030】
残部はFeおよび不可避的不純物とするが、焼入性や焼戻軟化抵抗の向上のために、さらに、Cr:0.1〜1.5%、Mo:0.1〜0.5%、Ni:0.1〜1.0%、Ti:0.01〜0.03%、Nb:0.01〜0.03%、V:0.01〜0.03%、B:0.0005〜0.0050%のうちから選ばれた少なくとも一種を含有させることができる。このとき、各元素の下限未満の含有量では、その効果が十分に得られず、また、上限を超える含有量では、製造コストの増加を招くとともに、鋼板の加工性や靱性を低下させる場合がある。
【0031】
(2) ミクロ組織
相構成:フェライトとセメンタイト
本発明の高炭素薄鋼板では、軟質化による加工性の向上を図るため、フェライトと球状化されたセメンタイトからなるミクロ組織にする。
【0032】
鋼板の表面から板厚1/4位置までの領域におけるフェライトの平均粒径dsと鋼板の板厚1/4位置から板厚中心までの領域におけるフェライトの平均粒径dc:それぞれ20〜40μm
フェライト粒の粗大化は、軟質化に大きく寄与する。しかし、フェライトの平均粒径が20μm未満では、軟質化が不十分となる。一方、フェライトの平均粒径が40μmを超えると、加工時にオレンジピールといわれる表面性状不良が生じやすくなる。そのため、鋼板の表面から板厚1/4位置までの領域におけるフェライトの平均粒径dsと鋼板の板厚1/4位置から板厚中心までの領域におけるフェライトの平均粒径dcはそれぞれ20〜40μmとする。
【0033】
フェライトの平均粒径の板厚方向分布:鋼板の表面から板厚1/4位置までの領域におけるフェライトの平均粒径dsと鋼板の板厚1/4位置から板厚中心までの領域におけるフェライトの平均粒径dcとが0.80≦ds/dc≦1.20を満足
板厚方向におけるフェライトの平均粒径が不均一になると、加工後や熱処理後に部品の変形が大きくなりやすくなる。そのため、0.80≦ds/dc≦1.20とする。
【0034】
セメンタイトの平均粒径:1.0μm以上
セメンタイトの平均粒径が1.0μm未満では、軟質化が不十分となる。ただし、セメンタイトが過度に粗大化すると、加工時に粗大セメンタイト粒周囲の応力集中度が高まり、加工性の低下を招くことがあるうえ、焼入加熱時の分解に伴うCの再固溶が抑制されるため、セメンタイトの平均粒径は3.0μm以下であることが望ましい。
【0035】
なお、セメンタイトの粒径とは、所定の鋼板断面の観察視野における、セメンタイトの長径と短径の相乗平均値とし、セメンタイトの平均粒径とは、個々のセメンタイトの粒径の相加平均値とする。
【0036】
セメンタイトの球状化率:90%以上
セメンタイトの球状化が不十分で、その球状化率が90%未満だと、板状のセメンタイトが多量に残存し、加工性が大きく低下する。そのため、セメンタイトの球状化率は90%以上とする。
【0037】
なお、セメンタイトの球状化率とは、所定の鋼板断面の観察視野における、断面アスペクト比(長径/短径)が3以下のセメンタイト粒数の全セメンタイト粒数に対する比率とする。
【0038】
フェライト粒内に存在するセメンタイトの粒数比:90%以上
本発明の鋼板におけるセメンタイトは、十分に球状化されており、かつ平均粒径が1.0μm以上で大きい。このようなセメンタイトがフェライトの結晶粒界に多数存在すると、加工を受けた際に破壊の起点となりやすく、加工性の低下を招く。そのため、全セメンタイト粒数に対する粒数比で90%以上のセメンタイトがフェライト粒内に存在することが必要である。
【0039】
(3) 製造条件
本発明による高炭素薄鋼板は、上記の化学組成を有する鋼片を、Ar3変態点以上の仕上温度で熱間圧延後、25〜50℃/sの平均冷却速度で550〜650℃の一次冷却停止温度まで一次冷却し、次いで、120℃/s以上の平均冷却速度で冷却時間を1s以内として500〜600℃の二次冷却停止温度まで二次冷却して巻取り、鋼板表層のスケールを除去後、20〜30%の圧下率で冷間圧延し、680℃以上Ac1変態点未満の焼鈍温度で20h以上保持して焼鈍することによって得られる。
【0040】
熱間圧延工程は、次いで行われる冷間圧延と焼鈍を組み合わせた軟質化処理のための前組織調整の役割も果たし、軟質化処理後に板厚方向の均質化を図るために必要かつ重要な工程である。軽圧下冷間圧延と焼鈍による軟質化処理は、冷間圧延によって導入した歪による歪誘起粒成長を活用したフェライト粒の粗大化促進処理であり、鋼板の軟質化を担う工程となる。ただし、圧下率が小さい軽圧下冷間圧延では、被圧延材である鋼板の表層部には比較的多くの歪が導入されるものの、板厚中央部には歪が導入されにくい。そのため、表層部と中央部でフェライト粒成長の促進効果に差異が生じ、フェライトの粒径分布ひいては鋼板の特性が不均一となる。
【0041】
本発明では、軽圧下冷間圧延に起因する板厚方向の不均質化を回避するため、熱間圧延後の鋼板に特定の組織分布を予め形成する。熱延鋼板において表層部のセメンタイトを板厚中央部のセメンタイトよりも微細化しておくと、冷間圧延後の焼鈍時に表層部のフェライト粒成長は板厚中央部に比べて抑制され、圧延歪の不均一導入に起因するフェライトの粒径分布の不均一が解消される。
【0042】
熱延鋼板のセメンタイトの粒径を板厚方向で変化させるには、仕上圧延後の冷却過程において、表層部と中央部の温度履歴を変えることが必要である。そのためには、セメンタイトを含む第二相が析出する温度域にて、ごく短時間で表層部のみが強冷されるように冷却し、より高温側の温度域では、第二相以外の組織形成を均質化するために緩冷却するような、二段階の冷却、すなわち、高温域緩冷却−短時間強冷却のパターンで冷却することが効果的である。
【0043】
以下、このような考え方に従って設定した各製造条件の限定理由を説明する。
【0044】
熱間圧延の仕上温度:Ar3変態点以上
熱間圧延の仕上温度がAr3変態点未満では、熱間圧延後、圧延組織の残存するミクロ組織が形成され、焼鈍後の板厚方向の均質性が低下する。そのため、仕上温度はAr3変態点以上とする。
【0045】
なお、Ar3変態点は、例えば、オーステナイト温度域からの冷却過程における熱収縮曲線の測定により、曲線の変化点から求めることができる。また、化学成分の含有量から概算することもできる。
【0046】
熱間圧延後の一次冷却:25〜50℃/sの平均冷却速度で550〜650℃の冷却停止温度まで冷却
熱間圧延後の鋼板は、直ちに、25〜50℃/sの平均冷却速度で550〜650℃の冷却停止温度まで一次冷却される。これは、平均冷却速度が25℃/s未満や50℃/sを超えると、熱間圧延後に後述するような所望の組織分布を形成することが困難になり、焼鈍後に板厚方向のフェライトの粒径分布が不均一になり、板厚方向の均質化が図れなくなるためである。
【0047】
また、冷却停止温度が650℃を超えると、熱間圧延後のミクロ組織が粗大化しやすく、焼鈍後に所望の組織分布が得られにくくなり、550℃未満ではベイナイトやマルテンサイトといった硬質相が生成し、鋼板が過度に高強度化して巻取時の巻形状や操業性が悪化したり、鋼板形状が悪化して冷却むらを引き起こす場合がある。
【0048】
一次冷却後は、そのまま二次冷却に移行する。一次冷却後二次冷却開始までの時間は、過度の復熱を抑制するため3s以内とするのが望ましく、1s以内とするのがより望ましい。
【0049】
熱間圧延後の二次冷却:120℃/s以上の平均冷却速度で冷却時間を1s以内として500〜600℃の冷却停止温度まで冷却
一次冷却後の鋼板は、120℃/s以上の平均冷却速度で1s以内に500〜600℃の冷却停止温度まで冷却されて巻取られる。
【0050】
一般的な注水による冷却の場合、500〜600℃の温度域は、膜沸騰から核沸騰への遷移が始まる領域となるため、鋼板の冷却むらが発生しやすい。このような温度域では、平均冷却速度が120℃/s以上となるように核沸騰主体の条件で強制水冷すると、鋼板の冷却むらが発生しにくくなる。平均冷却速度が240℃/s以上の強制水冷であればより好ましい。
【0051】
また、1s以内のごく短い冷却時間で強制水冷することにより、冷却後の鋼板表層部では、第二相としてラメラー間隔の狭いパーライトあるいはベイナイトが生成し、焼鈍時に形成される球状セメンタイト粒が小さくなり、フェライトの粒成長を抑制する。一方、板厚中央部では、ラメラー間隔のやや広いパーライトが生成し、焼鈍時に形成される球状セメンタイト粒が表層部に比べてやや大きくなり、フェライトの粒成長の抑制効果が小さくなる。そのため、板厚方向のフェライトの粒径分布が均一化し、板厚方向の均質化が図れることになる。冷却時間が1sを超える場合には、冷却後の板厚方向の温度分布が均一化しやすく、所望の組織分布が得にくくなる。好ましい冷却時間は0.5s以内である。
【0052】
また、冷却停止温度が600℃を超える場合には、冷却後に粗大なパーライトが生成しやすくなり、焼鈍後に所望の組織分布を形成することが困難になる。一方、冷却停止温度が500℃未満の場合には、ベイナイトやマルテンサイトといった硬質相が多量に生成し、鋼板が過度に高強度化して巻取時の巻形状や操業性が悪化する。
【0053】
冷間圧延の圧下率:20〜30%
巻取られた鋼板は、酸洗などにより鋼板表層のスケールを除去した後、次に述べる焼鈍時に歪誘起粒成長による鋼板の軟質化を発現させるために、冷間圧延される。このとき、圧下率が20%未満では、十分な粒成長促進効果が得られず、圧下率が30%を超えると、フェライトが細粒化する。そのため、冷間圧延の圧下率は20〜30%に限定する。
【0054】
焼鈍:680℃以上Ac1変態点未満の焼鈍温度で20h以上保持
冷間圧延後の鋼板は、セメンタイトの球状化とフェライト粒の粗大化を図るために焼鈍される。このとき、焼鈍温度が680℃未満では、セメンタイトの球状化およびフェライト粒の粗大化が速やかに進行せず、また、Ac1変態点以上になると、焼鈍中に部分的にオーステナイトが生じて、焼鈍後にパーライト、すなわち球状化されていないセメンタイトが混在するようになり、加工性や焼入性が低下する。よって、焼鈍温度は680℃以上Ac1変態点未満の範囲に限定する。好ましくは690℃以上(Ac1変態点-5℃)以下である。
【0055】
焼鈍温度に保持する時間については、セメンタイトの球状化とフェライト粒の粗大化を達成するため、20h以上が必要である。望ましくは30〜50hである。
【0056】
また、前記所定条件での焼鈍によって、フェライト結晶粒の合体・成長が十分に促進されると、焼鈍前にフェライト結晶粒界に存在していたセメンタイトの多くが合体・成長した結晶粒内に取り込まれ、焼鈍後には粒数比で90%以上のセメンタイトがフェライト粒内に存在するようになる。
【0057】
なお、Ac1変態点は、例えば、常温からの加熱過程における熱膨張曲線の測定により、曲線の変化点から求めることができる。また、化学成分の含有量から概算することもできる。
【0058】
焼鈍後の鋼板には、形状矯正あるいは表面性状調整のため、必要に応じて調質圧延を施すことができる。
【0059】
本発明で用いる高炭素鋼の溶製には、転炉または電気炉どちらも使用可能である。溶製された鋼は、連続鋳造あるいは造塊後の分塊圧延により鋼片(スラブ)とされる。鋼片には、必要に応じて、スカーフィング等の手入を施すことができる。熱間圧延前の鋼片は、製造設備の能力に応じて、所定の仕上温度が確保できる温度に加熱すればよい。連続鋳造された鋼片を常温まで冷却することなく直接あるいは短時間の加熱後に熱間圧延してもよい。また、バーヒーターやエッジヒーターのような誘導加熱装置により、熱間圧延途中の鋼片を加熱することも可能である。
【実施例】
【0060】
表1に示す化学組成を有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼片A〜Kを、表2に示す熱延条件にて板厚4.0mmの熱延鋼板とした後、酸洗により鋼板表層のスケールを除去した。次いで、これらの熱延鋼板を表2に示す冷延条件で冷間圧延し、同じく表2に示す焼鈍条件で焼鈍し、鋼板1〜25を得た。なお、表1に示すAr3変態点とAc1変態点は、鋼の化学組成から下式に基づき概算して求めた。
Ar3変態点(℃)=910-203[C]1/2+44.7[Si]-30.0[Mn]-11.0[Cr]+31.5[Mo]-15.2[Ni]
Ac1変態点(℃)=727-29.1[Si]-10.7[Mn]+16.9[Cr]-16.9[Ni]
ただし、[C],[Si],[Mn],[Cr],[Mo],[Ni]は、それぞれC,Si,Mn,Cr,Mo,Niの含有量(質量%)。
【0061】
得られた各鋼板からサンプルを採取し、鋼板表面から板厚1/4位置までの領域におけるフェライトの平均粒径ds、板厚1/4位置から板厚中心までの領域におけるフェライトの平均粒径dc、セメンタイトの平均粒径、球状化率、フェライト粒内に存在する粒数比を測定した。測定は、サンプルの鋼板圧延方向に平行な板厚断面を鏡面研磨し、ナイタールまたはピクラールで腐食した後、表層部、板厚1/8位置、板厚1/4位置、板厚3/8位置、板厚中央部の各位置を走査型電子顕微鏡にて500〜3000倍の倍率で撮影した組織写真を用いて行った。このとき、フェライトの平均粒径は、上記の各位置で撮影したナイタール腐食写真を用いて、日本工業規格JIS G 0552に規定の方法に準拠して結晶粒度を求め、粒度番号から算出した。板厚方向で表面から板厚1/4位置までの領域のフェライトの平均粒径dsは、表層部、板厚1/8位置、板厚1/4位置で算出した平均粒径を平均したものであり、板厚1/4位置から板厚中心までの領域のフェライトの平均粒径dcは、板厚1/4位置、板厚3/8位置、板厚中央部で算出した平均粒径を平均したものである。なお、表層部、板厚1/8位置、板厚1/4位置、板厚3/8位置は、鋼板の表裏両面側からの各位置について観察した。また、セメンタイトの平均粒径、球状化率、フェライト粒内に存在する粒数比は、板厚1/4位置でピクラール腐食写真も併用して測定した。
【0062】
また、鋼板の軟質化の程度および板厚方向の均質性を、サンプルの鋼板圧延方向に平行な板厚断面を鏡面研磨し、板厚1/8位置および板厚3/8位置において、日本工業規格JIS Z 2244の規定に準拠し、9.8N(1kgf)の試験力でビッカース硬さを測定して評価した。このとき、各位置でビッカース硬さを5点以上測定し、それらの平均値をHVとし、板厚1/8位置のHVをHVs、板厚3/8位置のHVをHVcとした。そして、HVsおよびHVcが150以下であれば軟質であり、HVsとHVcの値の差ΔHVが5以下であれば、板厚方向の均質性に優れるとした。
【0063】
鋼板の加工性については、日本工業規格JIS Z 2256に準拠して穴広げ試験を行い、極限変形能を評価した。このとき、穴広げ率λが30%以上であれば、十分な加工性を有するものと評価した。
【0064】
結果を表3に示す。
【0065】
本発明例の鋼板は、板厚方向でΔHVが小さく均質で、優れた加工性を有する軟質な高炭素薄鋼板であることがわかる。一方、比較例の鋼板は、板厚方向でΔHVが大きく不均質であるか、軟質化が不十分または加工性に劣っている。
【0066】
【表1】

【0067】
【表2】

【0068】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.20〜0.50%、Si:1.0%以下、Mn:2.0%以下、P:0.03%以下、S:0.02%以下、sol.Al:0.08%以下、N:0.02%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成と、フェライトとセメンタイトからなるミクロ組織とを有し、鋼板の表面から板厚1/4位置までの領域における前記フェライトの平均粒径dsと鋼板の板厚1/4位置から板厚中心までの領域における前記フェライトの平均粒径dcがそれぞれ20〜40μmであり、かつ0.80≦ds/dc≦1.20を満足し、前記セメンタイトの平均粒径が1.0μm以上、球状化率が90%以上であり、粒数比で90%以上のセメンタイトがフェライト粒内に存在することを特徴とする軟質な高炭素薄鋼板。
【請求項2】
さらに、質量%で、Cr:0.1〜1.5%、Mo:0.1〜0.5%、Ni:0.1〜1.0%、Ti:0.01〜0.03%、Nb:0.01〜0.03%、V:0.01〜0.03%、B:0.0005〜0.0050%のうちから選ばれた少なくとも一種を含有することを特徴とする請求項1に記載の軟質な高炭素薄鋼板。
【請求項3】
請求項1または2に記載の化学組成を有する鋼片を、Ar3変態点以上の仕上温度で熱間圧延後、25〜50℃/sの平均冷却速度で550〜650℃の一次冷却停止温度まで一次冷却し、次いで、120℃/s以上の平均冷却速度で冷却時間を1s以内として500〜600℃の二次冷却停止温度まで二次冷却して巻取り、鋼板表層のスケールを除去後、20〜30%の圧下率で冷間圧延し、680℃以上Ac1変態点未満の焼鈍温度で20h以上保持して焼鈍することを特徴とする軟質な高炭素薄鋼板の製造方法。

【公開番号】特開2012−241217(P2012−241217A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−110918(P2011−110918)
【出願日】平成23年5月18日(2011.5.18)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】