説明

高疲労強度隅肉溶接継手及びその形成方法

【課題】溶接継手の疲労強度向上を目指し、ステンレス分野にも転用できる成分系で、かつ、重ね隅肉溶接継手の疲労強度を向上できる重ね隅肉溶接継手を提供する。
【解決手段】強度440MPa以上の高強度鋼板に薄鋼板を重ね合わせ、質量%で、Cr:15〜27%、及び、Ni:7〜22%を含有するステンレス用溶接材料を用いて形成した隅肉溶接継手において、(a)溶接金属の溶け込み深さが、上記高強度鋼板の板厚の2/3以下であり、かつ、(b)下記式(1)で定義する希釈率Zが、0.35〜0.65であることを特徴とする高疲労強度隅肉溶接継手。
希釈率Z=(溶けた被溶接鋼板の断面積/溶接金属の断面積) ……(1)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、疲労強度に優れた重ね隅肉溶接継手とその形成方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車分野においては、地球環境保護の観点から、燃費向上が大きな課題となっている。燃費向上のためには、車体を軽量化する必要があるが、このためには、より高強度の鋼材を使用し、車体構成鋼板の板厚を低減する必要がある。
【0003】
しかし、高強度鋼材を使用する場合、溶接部の疲労強度が向上しないという問題がある。即ち、車体を疲労強度で設計すると、高強度鋼材を使うメリットがなくなるという問題である。
【0004】
このような問題を解決する手段の1つとして、溶接材料の成分組成を、変態温度が低くなるように設計し、溶接部の残留応力を低減して疲労強度を向上させる方法が提案されている(例えば、特許文献1、参照)。この方法は、新たな製造工程を準備する必要がなく、従来溶接材料を取り替えるだけで、高疲労強度の溶接部を形成することができるので、効率のよい方法である。
【0005】
しかし、変態温度が低くなるように成分設計した溶接材料(以下「高疲労強度溶接材料」という)は、高価な合金元素を多く含み、高疲労強度溶接材料を溶接部の疲労強度の向上のみの目的で使用すると、消費量が低減し、逆に、溶接材料の製造コストが増加する。
【0006】
一方、自動車分野におけるアーク溶接部の全てに、高疲労強度溶接材料を適用し、消費量を増大すると、本来なら、通常の溶接材料でも問題のない溶接部にも高疲労強度溶接材料を使用することになり、経済的に好ましくない。
【0007】
即ち、高疲労強度溶接材料を、疲労が問題となる溶接部に限定して使用すれば、高疲労強度溶接材料の消費量が減少し、そのため、溶接材料の製造コストが上昇して経済的に好ましくなく、逆に、溶接部の全てに高疲労強度溶接材料を使用すると、高疲労強度溶接材料よりはるかに経済的な通常の溶接材料で十分な溶接部にまで適用することとなり、同様に、経済的に好ましくない。
【0008】
このような、経済的に好ましくない問題が生じる原因は、高疲労強度溶接材料が、アーク溶接継手の疲労強度を高める目的のみにしか利用できないということにある。アーク溶接継手の疲労強度向上以外の目的にも利用できる成分系の溶接材料であれば、自動車分野での消費量が少なくても、他分野にも転用できて消費量が増え、その結果、溶接材料の製造コストを低く抑えることが可能となる。
【0009】
従来の高疲労強度溶接材料は、質量%で、Crを8〜13%、Niを5〜12%含有し(特許文献1、参照)、溶接継手の疲労強度の向上に確かに有効なものであるが、この溶接材料を、疲労強度向上以外の用途に利用することは難しい。
【0010】
一般に、溶接材料のコストは、添加する合金元素が高価であるほど、上昇するが、その他にも、消費量が少なければ製造量も減り、その結果、製造コストが上昇する。
【0011】
一方、特許文献1に開示の高疲労強度溶接材料より、CrやNiを多く含有している溶接材料は、高価な合金元素を多く含有していても、製造コストが低い場合がある。例えば、Crを20%程度、Niを10%程度含有する溶接材料は、汎用的に、ステンレス鋼の溶接にも適用可能であるので、消費量が多く、高価な合金元素の含有量が多いにもかかわらず、製造コストは低い。
【0012】
しかし、このようなステンレス系の溶接材料を用いても、溶接部の疲労強度の向上は得られない。この理由は、溶接継手部に形成される溶接金属中におけるCrやNiの含有量が多くなり過ぎて、疲労強度の向上をもたらす低温領域での変態膨張が発現しない、即ち、溶接継手部において溶接金属が変態しないまま最終状態に達してしまうということである。この結果、溶接継手部に所定の圧縮残留応力が導入されず、溶接継手部の疲労強度は向上しない。
【0013】
したがって、溶接継手部の疲労強度の向上以外にも利用できる成分系の溶接材料を用いて、疲労強度の優れた溶接継手部を形成する溶接技術が望まれている。
【0014】
【特許文献1】特開平11−138290号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
上記問題点及び要望に鑑み、本発明は、汎用性のある成分系の溶接材料を用いて、高疲労強度溶接継手を形成する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、(i)汎用性のある成分系の溶接材料を用いて、(ii)高疲労強度溶接継手を形成するとの観点から、“溶接材料成分”、“母材成分による溶接材料成分の希釈”、及び、“希釈の結果である溶接金属成分”に着目し、“これら相互の関係”、及び、“該関係に基づいて形成された溶接継手の疲労強度”について鋭意研究した。
【0017】
その結果、本発明者らは、鋼板の重ね隅肉溶接において、汎用性のあるステンレス用溶接材料を用いると、疲労強度に優れた隅肉溶接継手を形成できることを見出した。
【0018】
本発明は、上記知見に基づいてなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
【0019】
(1) 強度440MPa以上の高強度鋼板に薄鋼板を重ね合わせ、質量%で、Cr:15〜27%、及び、Ni:7〜22%を含有するステンレス用溶接材料を用いて形成した隅肉溶接継手において、
(a)溶接金属の溶け込み深さが、上記高強度鋼板の板厚の2/3以下であり、かつ、
(b)下記式(1)で定義する希釈率Zが、0.35〜0.65である、
ことを特徴とする高疲労強度隅肉溶接継手。
希釈率Z=(溶けた被溶接鋼板の断面積/溶接金属の断面積) ……(1)
【0020】
(2) 前記高強度鋼板が、質量%で、Cr:15%未満、及び、Ni:7%未満を含有することを特徴とする前記(1)に記載の高疲労強度隅肉溶接継手。
【0021】
(3) 前記薄鋼板の板厚が、溶接継手部の脚長を超えないことを特徴とする前記(1)又は(2)に記載の高疲労強度隅肉溶接継手。
【0022】
(4) 前記ステンレス用溶接材料が、質量%で、C:0.001〜0.15%、Si:0.01〜1.5%、Mn:0.1〜2.0%、P:0.03%以下、S:0.03%以下を含有することを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれかに記載の高疲労強度隅肉溶接継手。
【0023】
(5) 前記ステンレス用溶接材料が、質量%で、Mo:1.5〜3.0%を含有することを特徴とする前記(4)に記載の高疲労強度隅肉溶接継手。
【0024】
(6) 前記ステンレス用溶接材料が、質量%で、N::0.05〜1.0%、及び、Nb、Ti、Cuの1種又は2種以上:0.05〜1.0%を含有することを特徴とする前記(4)又は(5)に記載の高疲労強度隅肉溶接継手。
【0025】
(7) 前記溶接金属が、質量%で、Cr:(15〜27%)×(1−希釈率Z)、Ni:(7〜22%)×(1−希釈率Z)の他、C:0.001〜0.15%、Si:0.01〜1.5%、Mn:0.1〜2.0%、P:0.03%以下、S:0.03%以下を含有することを特徴とする前記(1)〜(6)のいずれかに記載の高疲労強度隅肉溶接継手。
【0026】
(8) 前記溶接金属が、下記式(2)を満たす含有量範囲で、N、Nb、Ti、Cuの1種又は2種以上を含有することを特徴とする前記(7)に記載の高疲労強度隅肉溶接継手。
Nieq<−0.78Creq+19 ……(2)
ただし、Nieq=Ni+0.5Mn+30C+30N+0.44Cu
Creq=Cr+Mo+1.5Si+0.5Nb+2.2Ti
【0027】
(9) 重ね隅肉溶接で高疲労強度隅肉溶接継手を形成する方法において、
(i)強度440MPa以上の高強度鋼板に薄鋼板を重ね合わせ、
(ii)質量%で、Cr:15〜27%、及び、Ni:7〜22%を含有するステンレス用溶接材料を用いて隅肉溶接し、
(iii)溶接金属の溶け込み深さが、上記高強度鋼板の板厚の2/3以下であり、かつ、下記式(1)で定義する希釈率Zが、0.35〜0.65である溶接継手部を形成することを特徴とする高疲労強度隅肉溶接継手の形成方法。
希釈率Z=(溶けた被溶接鋼板の断面積/溶接金属の断面積) ……(1)
【0028】
(10) 前記高強度鋼板が、質量%で、Cr:15%未満、及び、Ni:7%未満を含有することを特徴とする前記(9)に記載の高疲労強度隅肉溶接継手の形成方法。
【0029】
(11) 前記薄鋼板の板厚が、溶接継手部の脚長を超えないことを特徴とする前記(9)又は(10)に記載の高疲労強度隅肉溶接継手の形成方法。
【0030】
(12) 前記ステンレス用溶接材料が、質量%で、C:0.001〜0.15%、Si:0.01〜1.5%、Mn:0.1〜2.0%、P:0.05%以下、S:0.03%以下を含有することを特徴とする前記(9)〜(11)のいずれかに記載の高疲労強度隅肉溶接継手の形成方法。
【0031】
(13) 前記ステンレス用溶接材料が、質量%で、Mo:1.5〜3.0%を含有することを特徴とする前記(12)に記載の高疲労強度隅肉溶接継手の形成方法。
【0032】
(14) 前記ステンレス用溶接材料が、質量%で、N::0.05〜1.0%、及び、Nb、Ti、Cuの1種又は2種以上:0.05〜1.0%を含有することを特徴とする前記(12)又は(13)に記載の高疲労強度隅肉溶接継手の形成方法。
【0033】
(15) 前記溶接金属が、質量%で、Cr:(15〜27%)×(1−希釈率Z)、Ni:(7〜22%)×(1−希釈率Z)の他、C:0.001〜0.15%、Si:0.01〜1.5%、Mn:0.1〜2.0%、P:0.03%以下、S:0.03%以下を含有することを特徴とする前記(9)〜(14)のいずれかに記載の高疲労強度隅肉溶接継手の形成方法。
【0034】
(16) 前記溶接金属が、下記式(2)を満たす含有量範囲で、N、Nb、Ti、Cuの1種又は2種以上を含有することを特徴とする前記(15)に記載の高疲労強度隅肉溶接継手の形成方法。
Nieq<−0.78Creq+19 ……(2)
ただし、Nieq=Ni+0.5Mn+30C+30N+0.44Cu
Creq=Cr+Mo+1.5Si+0.5Nb+2.2Ti
【0035】
(17) 前記隅肉溶接に際し、溶接開始端と溶接終了端を、溶接継手部の外に置くことを特徴とする前記(9)〜(16)のいずれかに記載の高疲労強度隅肉溶接継手の形成方法。
【発明の効果】
【0036】
本発明によれば、鋼板の重ね隅肉溶接において、疲労強度の向上に専用の成分系ではなく、ステンレス分野において汎用の成分系の溶接材料を用いて、疲労強度に優れた溶接継手部を形成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0037】
以下に、本発明を詳細に説明する。
【0038】
一般に、合金元素を多量に含む溶接材料を、疲労が問題となる溶接継手の形成に適用すると、溶接金属中の合金元素の含有量が多くなり過ぎて、溶接継手部の冷却過程で、溶接金属の変態が生じず、溶接継手部に圧縮残留応力を導入することができない。その結果、溶接継手部において、疲労強度は向上しない。
【0039】
ステンレス分野で使用されている通常の溶接材料は、合金元素が、特許文献1に開示の高疲労強度溶接材料より多く添加されているので、上記一般原則に従えば、上記溶接材料を、疲労が問題となる溶接継手の形成に適用することはできない。
【0040】
しかし、本発明者らは、母材成分による溶接材料成分の希釈という現象に着目し、ステンレス分野の汎用溶接材料を用いて溶接継手部を形成しても、上記希釈現象の結果、冷却過程で変態を発現する溶接金属成分が形成されれば、溶接継手部に圧縮残留応力を導入でき、その結果、疲労強度を高めることができるとの発想に至った。
【0041】
上記発想を実現するためには、母材成分による溶接材料成分の希釈を、実際に制御する必要がある。このため、本発明者らは、母材成分による溶接材料成分の希釈が、溶接継手毎にどのようになっているかを、下記式(1)で定義する希釈率Zという評価指標で評価し、系統的に調査した。
希釈率Z=(溶けた鋼板の断面積[Sx]/溶接金属の断面積[Sy]) ……(1)
【0042】
図9に、希釈率Zの定義を模式的に示す。図中、上鋼板1と下鋼板2を重ね隅肉溶接して形成した溶接継手において、斜線部全体が、溶接金属の断面であり、その断面積がSyであり、斜線部の中でさらに斜線を施した部分が、溶けた上下鋼板の部分であり、その断面積がSxである。
【0043】
そして、上記調査の結果、板厚1.0〜5.0mmの鋼板を重ねて隅肉溶接する場合において、重ね隅肉溶接以外の溶接に比べ希釈率が高く、結果的に、溶接金属の成分組成が、疲労強度の向上を期待できる成分組成の範囲内、即ち、変態膨張を発現する成分組成の範囲内に収まることを見出した。この点が、本発明の基礎をなす知見である。
【0044】
本発明は、重ね隅肉溶接継手を前提とするものであるところ、被溶接鋼板の板厚が1.0〜5.0mmに限定されるものではない。この理由について、図面を用いて説明する。
【0045】
図1(a)に、突合せ継手と、そのギャップGの定義G≧0を示し、図1(b)に、重ね隅肉継手と、そのギャップGの定義G<0を示す。即ち、G≧0の時は突合せ溶接であること意味し、一方、G<0の時は、2枚の被溶接鋼板が重なっている、即ち、重ね隅肉溶接であることを意味している。
【0046】
図2に、ギャップGと希釈率の関係を概念的に示すが、G<0になると、母材希釈率が急激に増加することが解る。合金元素を多量に含有するステンレス用溶接材料を用いて、疲労強度に優れた溶接継手部を形成するためには、高い母材希釈率が必要である。それ故、本発明では、溶接を、図2中、高い希釈率が得られるG<0の領域、即ち、重ね隅肉溶接に限定する。
【0047】
図2において、重ね隅肉溶接の場合、希釈率が高くなる理由は、次の通りである。
【0048】
希釈率は、溶接アークにより、どれだけ母材が溶かされるかどうかで決定されるが、重ね隅肉溶接の場合は、図3(a)に示すように、溶接アーク4が上鋼板角部3に当たり、該角部を含む上鋼板1(母材)が多量に溶解するので、希釈率が高くなる。
【0049】
なお、多パスの重ね隅肉溶接で溶接継手部を形成する場合、第2ビード以降、母材による溶接材料成分の希釈は期待できないので、本発明は、一パスの隅肉溶接で溶接継手部を
形成することを前提とする。
【0050】
一方、ギャップG(≧0)が存在する突合せ溶接の場合は、図3(b)に示すように、溶接アーク4は真下のギャップGに向き、ギャップGを埋めるために必要な量の溶接材料を溶かすが、被溶接鋼板(母材)を、重ね隅肉溶接の場合ほどには溶かさない。
【0051】
このように、本発明では、母材による高い希釈率を得るため、溶接アークで、上鋼板(母材)を溶かすことが必要であるところ、溶接アークが、上鋼板角部に当たらず、主として鋼板側面に当たれば、上鋼板(母材)の溶け落ち量は少なく、所要の母材希釈率を確保することができず、溶接継手部に圧縮残留応力を導入することができない。それ故、上鋼板の板厚は、好ましくは、上鋼板角部が溶接アークの領域から外れない程度の板厚、即ち、溶接アークで形成される溶接継手部の脚長を超えない板厚に限定される。
【0052】
通常、溶接アークの広がり領域を考慮すれば、上鋼板の板厚は、1.0〜5.0mmが好ましい。板厚が5.0mmを超えると、溶接アークが、上鋼板角部に充分に当たらず、上鋼板(母材)の溶け落ち量が少なくなり、所要の希釈率を確保することができない。一方、上鋼板の板厚が1.0mm未満の場合には、溶接ビードの溶け込みが大きくなり過ぎ、溶接金属の変態膨張を十分に拘束することができず、結果的に、溶接継手部における疲労強度の著しい向上を期待することができない。
【0053】
本発明では、ステンレス用の溶接材料を溶接継手部における疲労強度の向上に利用するため、希釈率はできるだけ高い方が望ましく、この点から、上鋼板の板厚は、ある程度限定されるが、所要の希釈率を確保できる限りにおいて、該板厚は、特定の板厚に限定されるものではない。
【0054】
次に、上記式(1)で定義する希釈率Zについて説明する。
【0055】
本発明では、希釈率Zを調整することにより、溶接材料の成分組成に由来する溶接金属の成分組成を所定の範囲内に調整し、溶接継手部の疲労強度を向上させる。前述したように、重ね隅肉溶接以外の溶接では、希釈率Zはそれほど大きくならない(図2、参照)から、本発明において、溶接継手は、重ね隅肉溶接で形成する溶接継手に限定される。
【0056】
しかし、重ね隅肉溶接を採用したとしても、溶接アークが、図3(a)に示す重ね隅肉溶接おいて、より右側にシフトしている場合は(図中、点線部分、参照)、溶接アークは上鋼板角部3に十分に当たらず、ビードオンプレート溶接に近い状態になり、希釈率Zは、それほど大きくならない。
【0057】
したがって、本発明において高疲労強度の溶接継手を形成するためには、溶接アークの狙い位置を適切に定めて、上鋼板角部を十分に溶かし、0.35以上の希釈率Zを確保する必要がある。
【0058】
希釈率Zが0.35未満であると、冷却過程で変態膨張し、疲労強度の向上を期待できる溶接金属の成分組成が得られない。一方、希釈率Zが過度に高いことは、母材そのものを多量に溶かすことを意味し、特に、下鋼板における溶け込みが大きくなり過ぎ、溶接金属の変態膨張を下鋼板(母材)が十分拘束することができなくなり、溶接継手部に、圧縮残留応力を導入することがでず、溶接継手部の疲労強度は向上しない。それ故、希釈率の上限は、0.65とする。
【0059】
即ち、本発明において、希釈率Zは0.35〜0.65に規定する。希釈率Zは、溶接アークが予め定めた狙い位置に当たるように重ね隅肉溶接を実施し、その後、溶接継手部からマクロ試験片を採取し、溶接金属を分析することにより決定することができる。また、希釈率Zは、溶接アークの狙い位置を制御することにより、適宜、調整することができる。
【0060】
現在の溶接技術によれば、溶接アークの狙い位置を正確に制御することができるので、希釈率Zを正確に調整することができる。それ故、溶接継手部において、疲労強度の著しい向上を達成するため、希釈率Zの範囲を限定する必要がある。
【0061】
次に、鋼板強度について説明する。上鋼板の強度は、特に限定する必要はないが、溶接金属の変態膨張を拘束し、溶接継手部に残留圧縮応力を導入するため、下鋼板には、所要の強度が必要となる。本発明においては、下鋼板の強度を440MPa以上とした。
【0062】
下鋼板の強度が440MPa未満であると、溶接金属の変態膨張により塑性変形し、溶接金属を充分に拘束できず、その結果、溶接継手部に所要の残留圧縮応力を導入することができない。その結果、溶接継手部において、所要の疲労強度を得ることができないので、下鋼板(母材)の強度は440MPa以上とする。
【0063】
一方、鋼板強度の上限は、特に限定されないが、鋼板強度が980MPaを超えると、溶接継手部において鋼板強度に見合う強度を確保することが困難になるので、鋼板の強度は、980MPa以下が好ましい。鋼板強度が高くても、溶接継手部の強度が鋼板強度とバランスが取れていなければ、鋼構造物として意味がない。
【0064】
次に、重ね隅肉溶接継手における溶接金属の“溶け込み深さ”について説明する。
【0065】
図6に、重ね隅肉溶接継手における溶接金属の溶け込み深さと板厚の関係を示す。
【0066】
本発明では、図6に示すように、溶け込み深さ(Sd)÷板厚(T)の値が、2/3以下であることが必須の要件である。
【0067】
本発明においては、下鋼板にある程度溶け込んだ溶接金属の変態膨張を、下鋼板で拘束し、溶接継手部に残留圧縮応力を導入するが、残留圧縮応力を最大限に導入するためには、上記変態膨張を所要の拘束力で適確に拘束する必要がある。
【0068】
この拘束力を確保するため、下鋼板(母材)は、前述したように440MPa以上の強度を必要とするが、溶融金属の溶け込みが深くなり過ぎて、溶け込み部直下の板厚が、板厚の1/3以下になると、鋼板強度440MPa以上の高強度鋼板であっても、溶接金属の変態膨張を充分に拘束できず、溶接継手部に、所要の残留圧縮応力を導入することができない。
【0069】
したがって、本発明においては、溶接継手部における溶接金属の溶け込み深さを、高強度鋼板の板厚の2/3以下と規定する。
【0070】
次に、ステンレス用溶接材料について説明する。
【0071】
本発明で用いるステンレス用溶接材料の成分組成は、希釈率を考慮し、溶接継手部における溶接金属の成分組成が、本発明で規定する成分組成範囲内になるように選択する。
【0072】
さらに、上記成分組成は、通常のステンレス分野でも利用可能な成分組成にし、自動車分野において、溶接継手の疲労強度向上用の溶接材料として利用するだけでなく、自動車分野以外の技術分野においても、溶接材料として利用できるようにすることが肝要である。このように、自動車分野以外の技術分野でも利用できる溶接材料にすることにより、消費量の低減に伴う製造コストの増大を抑制することができる。
【0073】
それ故、本発明で用いるステンレス用溶接材料の成分組成は、本発明で規定する希釈率の下で、本発明の限定する溶接金属の成分組成を達成することができ、かつ、ステンレスの溶接分野にも汎用的に利用できる成分組成でなければならない。
【0074】
このような観点から、本発明で用いるステンレス用溶接材料は、必須成分として、Crを15〜27%、Niを7〜22%含有する。なお、%は、質量%を意味し、以下、同様である。
【0075】
Crを15〜27%含有する理由は、通常のステンレス溶接用の溶接材料として利用する場合において、溶接継手部において耐食性を確保するためであり、また、自動車分野において、溶接継手部の疲労強度を高める溶接材料として利用する場合において、溶接金属の変態温度を室温付近にまで接近せしめ、変態膨張による残留圧縮応力の導入を効果的にするためである。
【0076】
Crが15%未満であると、ステンレス溶接用の溶接材料として、耐食性を確保することが難しくなる。溶接継手部における疲労強度の向上の観点だけでは、Crは15%でもよいが、ステンレス溶接用として利用できなくなり、消費量が低減し製造コストの増加が避けられない。それ故、Crの下限は15%に設定した。
【0077】
なお、ステンレス溶接用の溶接材料として、確実に耐食性を確保するためには、Crは、16%以上が好ましく、より好ましくは17%以上である。
【0078】
Crが27%を超えると、耐食性は充分確保できるものの、溶接金属が冷却過程で変態しなくなり、溶接継手部における疲労強度の向上が期待できなくなる。それ故、Crの上限を27%に設定した。
【0079】
なお、Crが27%に近づくと、高い希釈率を選択しても、溶接継手部における溶接金属中のCr濃度も高くなる傾向になり、希釈率の調整を厳密に行う必要がある。それ故、Crは、25%以下が好ましく、さらに好ましくは23%以下である。
【0080】
Niを7〜22%含有する理由は2つある。自動車分野においては、溶接金属中に所定量のNiを導入し、溶接金属を低温で変態膨張させるためであり、また、通常のステンレス分野においては、溶接金属のオーステナイトを安定化させるためである。
【0081】
本発明のステンレス用溶接材料を、通常のステンレス溶接用の溶接材料として利用する場合、最低限のオーステナイト安定化効果を得るため、Niの下限を7%とした。
【0082】
一方、Niが22%を超えると、高い希釈率を選択しても、Niが、溶接金属に過度に導入されてしまい、溶接金属のミクロ組織がオーステナイト組織になり、溶接継手部において疲労強度の向上が得られない。それ故、Niの上限を22%とした。
【0083】
本発明で用いるステンレス用溶接材料は、Cr、Niの他、溶接材料として必要な元素を所要量含有するが、好ましくは、C:0.001〜0.15%、Si:0.01〜1.5%、Mn:0.1〜2.0%、P:0.05%以下、S:0.03%以下を含有する。
【0084】
Cは、強度増加元素であり、特にステンレス分野で用いる溶接材料においては、最も効果的な強度増加元素である。Cの下限0.001%は、強度増加効果が得られる最低限の含有量である。
【0085】
自動車分野で用いる鋼板は0.001%以上のCを含有しているので、希釈率が高いことを前提とする本発明において、溶接継手の疲労強度の向上のみを目的とする場合には、Cの下限はさらに低くてもよいが、0.001%を下回ると、ステンレス用の溶接材料として利用できなくなるので、Cの下限を0.001%とした。
【0086】
一方、Cが0.15%を超えると、耐食性の劣化をもたらし、通常のステンレス用溶接材料として利用することができなくなり、また、自動車分野において使用する場合には、溶接金属が硬くなり過ぎて、靭性上、問題が生じるので、Cの上限を0.15%とした。
【0087】
Si及びMnは、脱酸元素として溶接材料に添加される元素である。Siの下限0.01%、及び、Mnの下限0.1%は、溶接時の脱酸効果が十分得られる最低限の含有量である。しかし、過度の添加は靭性の劣化をもたらすので、Siの上限は1.5%とし、また、Mnの上限は2.0%とした。
【0088】
P及びSは、不純物であり、溶接金属に多量に存在すると、靱性が劣化するので、Pの上限を0.03%とし、Sの上限を0.03%とした。
【0089】
また、本発明で用いるステンレス用溶接材料は、より好ましくは、Mo:1.5〜3.0%を含有し、さらに好ましくは、N::0.05〜1.0%、及び、Nb、Ti、Cuの1種又は2種以上:0.05〜1.0%を含有する。
【0090】
Moは、Ni、Crと同様に、溶接金属の変態温度を下げる作用をなす元素であるので、必要に応じ、溶接材料に添加する。Moの下限1.5%は、希釈後の溶接金属中で、変態温度を下げる作用が発現する最低限のMo量を確保するために必要な最低限の含有量である。また、Moが3.0%を超えると、溶接金属中のMo量が過度に増加し、溶接継手部の靱性が劣化するので、Moの上限を3.0%とした。
【0091】
N、Nb、Ti、Cuは、耐食性向上元素である。本発明の第1の目的は、溶接継手部の疲労強度の向上であるから、これら4元素を、溶接材料に添加しなくても、十分に溶接継手部の疲労強度は向上する。
【0092】
しかし、本発明の第2の目的である、「ステンレス用の溶接材料としても汎用的に利用できる」という観点からして、上記4元素を添加することは、溶接材料の適用範囲を拡大し、産業上極めて有効なことである。それ故、本発明者らは、上記4元素につき、疲労強度の向上効果が得られるとともに、耐食性が効果的に向上する含有量範囲を提示した。
【0093】
Nの下限0.01%は、溶接材料をステンレス用として利用するとき、耐食性を確保し得る最低限の含有量である。Nが1.0%を超えると、溶接金属の靭性が劣化するので、上限を1.0%とした。Nb、Ti、Cuについては、添加目的が同じ金属元素であることから、1種又は2以上の合計で含有量を規定した。合計量の下限0.01%は、溶接材料をステンレス用として利用するとき、耐食性を確保し得る最低限の含有量である。合計量が1.0%を超えると、溶接金属の靭性が劣化するので、上限を1.0%とした。
【0094】
次に、溶接金属の成分組成について説明する。
【0095】
本発明において、溶接継手部の溶接金属は、ステンレス用溶接材料の成分組成が、溶接アークで溶かされた鋼板(母材)の成分組成により希釈される結果、Crを(15〜27%)×(1−希釈率Z)の範囲で、また、Niを(7〜22%)×(1−希釈率Z)の範囲で含有する。
【0096】
溶接金属中に、Cr及びNiが上記含有量範囲で存在すると、溶接金属の変態膨張点が室温近くまで下がり、室温付近で生じる変態膨張により、溶接継手部に、大きな圧縮残留応力を導入することができる。
【0097】
Crは、Niと異なり、フェライト形成元素である。Crは、Fe中に存在すると、高温度域ではフェライトを形成し、中温度域ではオーステナイトを形成し、さらに、低温度域で、再び、フェライトを形成する。
【0098】
溶接継手部の場合、溶接入熱量による熱履歴で、低温度側のフェライトは一般的に得られず、マルテンサイトが得られることになる。これは、Crの添加により、焼入性が増加したことに原因がある。即ち、Cr添加によるマルテンサイト変態は、焼入性が増加することによるフェライト変態が生じない点と、Ms温度そのものが低くなるという2つの効果をもたらす。
【0099】
上記両方の効果を満たしつつ、残留応力を低減するための変態膨張を有効に利用できるCr含有量として、8%以上が好ましい。Crが16%を超えると、添加効果が大きくならないうえ、経済的にデメリットが大きくなるので、16%以下が好ましい。
【0100】
Niは、単体で、オーステナイト即ち面心構造の金属である。Feそのものは、高温域でオーステナイト構造になり、低温域でフェライト即ち体心構造になる。Niは、鉄の高温域における面心構造をより安定な構造にするので、Niを添加すると、鉄は、無添加の場合に比べ、より低温度域においても面心構造となる。このことは、体心構造に変態する温度が低下することを意味している。
【0101】
また、Niの添加は、溶接金属の靱性を改善するという効果を奏する。Cr系の溶接金属におけるNiは、残留応力を低減する効果の確保、及び、靱性の確保の観点から、4%以上が好ましい。
【0102】
Cr添加により、ある程度Ms温度が低下していること、及び、Niを過度に添加しても、残留応力を低減する効果が飽和し、また、Niは高価であるので、Niは8%以下が好ましい。
【0103】
本発明の溶接金属は、変態点の降下や、変態膨張を妨げない範囲で、所要の機械的特性を確保するため、Cr、Niの他、好ましくは、C:0.001〜0.15%、Si:0.01〜1.5%、Mn:0.1〜2.0%、P:0.03%以下、S:0.03%以下を含有し、さらに好ましくは、下記式(2)を満たす含有量範囲で、N、Nb、Ti、Cuの1種又は2種以上を含有する。
Nieq<−0.78Creq+19 ……(2)
ただし、Nieq=Ni+0.5Mn+30C+30N+0.44Cu
Creq=Cr+Mo+1.5Si+0.5Nb+2.2Ti
【0104】
Cは、Ms温度(変態点)を下げる作用をなす元素であるので、0.001%以上の添加が必要である。Cが無添加の場合は、マルテンサイト変態が生じ難く、また、他の高価な合金元素のみで、溶接金属内の残留応力の低減を図らなければならなくなり、経済的でない。Cの下限0.001%は、安価な元素を利用し、その経済メリットを活用する最低限の含有量である。一方、Cの過度の添加は、溶接割れや、靱性劣化の問題を引き起こすので、上限を0.15%とした。
【0105】
Siは、脱酸元素であり、溶接金属中の酸素濃度を下げる作用をなす元素である。特に、溶接施工時に、溶接金属中に空気が混入する危険性があるので、Siを適切な値に調整することは、極めて重要なことである。
【0106】
溶接金属に添加するSiが0.01%未満の場合、脱酸効果が薄れ、溶接金属中の酸素レベルが高くなり過ぎ、機械的特性、特に靱性の劣化を引き起こす危険性がある。そのため、溶接金属中のSiの下限を0.01%とした。一方、過度のSi添加は、靱性の劣化引き起こすので、上限を1.5%とした。
【0107】
Mnは、強度向上元素であるので、変態膨張時に、拘束された溶接金属が降伏しない降伏強度を確保するという観点から、有効に利用すべき元素である。この降伏強度の確保の観点から、Mnの下限を0.1%とした。一方、Mnの過度の添加は、溶接金属の靱性の劣化を引き起こすので、上限を2.0%とした。
【0108】
P及びSは、不純物であり、溶接金属中に多量に存在すると、靱性が劣化するので、許容できる範囲として、Pの上限を0.03%、Sの上限を0.03%とした。
【0109】
以上が、本発明における基本的溶接金属成分の範囲である。本発明では、以上の成分のほか、以下の成分も必要に応じ添加することができる。
【0110】
Moは、Ni、Cr同様溶接金属の変態温度を低減させることができる元素である。Mo添加量の下限0.5%は、変態温度低減効果が得られる最低限の値として設定した。また、上限の2.0%は、過度の添加は溶接金属の靱性劣化を考慮して決定した。
【0111】
N、Cu、Nb、Tiにおいて、N、Cuはフェライト形成元素、Nb,Tiはオーステナイト形成元素である。本発明では、溶接材料の成分系を、ステンレス分野でも利用できる成分系にするため、これら元素を、溶接金属中に導入する場合がある。
【0112】
しかし、前述したように、本発明の溶接金属中には、Ni及びCrが、ある程度の量、含有されているので、上記元素の過度の添加は、溶接金属中のオーステナイト組織を増大させ、溶接金属の変態膨張を不十分なものとしてしまい、その結果、溶接継手部の疲労強度の向上を達成することできなくなる。
【0113】
それ故、上記元素の添加量は、溶接金属の変態膨張が得られる範囲内に限定する必要がある。そこで、本発明では、Ni当量(以下「Nieq」と表記する)、Cr当量(以下「Creq」と表記する)を用いて、その含有量を制限することが好ましい。
【0114】
NieqとCreqは、以下の式で定義する。
Nieq=Ni+0.5Mn+30C+30N+0.44Cu
Creq=Cr+Mo+1.5Si+0.5Nb+2.2Ti
【0115】
上記式で定まるNieq及びCreqが、下記式(2)が満足するように、N、Cu、Nb、Tiの4元素の含有量を定めることが好ましい。
Nieq<−0.78Creq+19 ……(2)
【0116】
上記式(2)が満足されれば、溶接金属中のオーステナイト組織の生成を抑えることができ、疲労強度の向上効果を大きく期待できる。
【0117】
次に、本発明の高疲労強度隅肉溶接継手の形成方法(本発明形成方法)について説明する。
【0118】
本発明形成方法は、
(i)強度440MPa以上の高強度鋼板に薄鋼板を重ね合わせ、
(ii)質量%で、Cr:15〜27%、及び、Ni:7〜22%を含有するステンレス用溶接材料を用いて隅肉溶接し、
(iii)溶接金属の溶け込み深さが、上記高強度鋼板の板厚の2/3以下であり、かつ、下記式(1)で定義する希釈率Zが、0.35〜0.65である溶接継手部を形成することを特徴とする。
希釈率Z=(溶けた被溶接鋼板の断面積/溶接金属の断面積) ……(1)
【0119】
高強度鋼板、薄鋼板、ステンレス用溶接材料、溶接金属、及び、溶け込み深さに関しては、前述したとおりである。
【0120】
ここで、溶接開始端と溶接終了端を、溶接継手部の外に置き、溶接継手部を形成する形成方法について説明する。
【0121】
本発明は、重ね隅肉溶接継手を前提にするが、自動車の構造を例にとれば、図4に示すように、幅が異なる上鋼板と下鋼板を隅肉溶接する場合がある。一般に、希釈率が安定するのは、ある程度溶接が進行した後であり、溶接開始端近傍や溶接終了端近傍では、希釈率が他の部分(中間部分)と異なる場合が多い。特に、溶接開始端では、希釈率の調整が難しい。
【0122】
そこで、本発明形成方法では、希釈率の相違や、希釈率の調整困難などの問題を回避するために、溶接開始端と溶接終了端を、重ね隅肉溶接継手部の外に置く手法を提供した。
【0123】
図4に示す上下鋼板1,2の重ね隅肉溶接継手部5において、応力が伝達する部分は上鋼板と下鋼板が実際に連結されているところであり、図4に示す溶接開始端Sと溶接終了端Fに負荷される応力は小さい。このことは、図4に示すような溶接を実施することで、希釈率を調整し難い溶接開始端と溶接終了端における疲労強度の程度を気にする必要がなくなることを意味する。
【0124】
図4に示す溶接継手を形成する重ね隅肉溶接においては、溶接材料を余分に消費することになるが、希釈率の調整が難しい溶接開始端と溶接終了端が抱える問題を回避することが可能となるので、上記重ね隅肉溶接方法は、産業上の利点が極めて大きいものである。
【0125】
なお、溶接材料成分と、溶接開始端及び溶接終了端における希釈率との関係で、溶接金属成分を、本発明で規定する範囲内に収めることができる場合は、この技術を利用する必要はない。
【0126】
溶接開始端と溶接終了端における希釈率、及び、これら端部での溶接金属の成分がどのようであるかを調査することは、当業者であれば特に難しいことではなく、上記重ね隅肉溶接方法を採用するかどうかは、当業者が現状を考慮し適宜判断すればよい。
【実施例】
【0127】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例の条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0128】
(実施例1)
表1に、実施例1で用いた溶接金属の成分組成、及び、その溶接金属を作製するために用いた溶接ワイヤ記号と鋼材の組み合わせを示す。また、表2に、表1に示す溶接金属を作製するために用いた溶接ワイヤの成分組成及び母材の成分組成を示す。溶接ワイヤの成分組成は、溶接ワイヤの全重量に対する質量%である。表2に示す溶接ワイヤは、全て、直径が1.2mmである。
【0129】
これらの溶接ワイヤを用いて、重ね隅肉溶接を実施し、溶接継手部から、図5に示す試験片を採取した。この形状の試験片を“タイプ1”と呼ぶ。
【0130】
【表1】

【0131】
【表2】

【0132】
図5から解るように、この試験片には、溶接ビードにおいて、溶接開始端と溶接終了端が存在しない。実際の構造物において、溶接開始端と溶接終了端における疲労強度が問題にならない場合を想定して、この試験片を作製した。
【0133】
表2に示す溶接ワイヤを用いて溶接した時の希釈率及びその結果として、表1に示す溶接金属成分が得られたことになる。この時の母材の成分組成も、表2に併せて示した。母材強度は、母材のミクロ組織を制御することにより調整したので、母材引張強度が異なっていても、成分組成は同じである。希釈率は、溶接開始端と溶接終了端がはずされているため、同じ値を示している。
【0134】
疲労試験は、図5に示す方向Dに、繰り返し荷重を負荷して実施した。この時の最大応力と最少応力の比、Rが、R=0.1と、一定になるように試験条件を設定した。この条件下で、200万回繰り返しても疲労亀裂が発生しなかった最大応力範囲を、疲労強度と定義した。このときの応力は、試験片の表面に歪ゲージを貼り付けて測定した値である。
【0135】
表1では、溶接金属の成分組成のみ示しているところ、本発明では、それに加え、溶け込み深さを板厚の2/3以下に限定しているので、表1に示す溶接金属の成分組成だけでは、本発明例なのか、比較例なのかの区別がつかない。
【0136】
そこで、表1の備考欄に、参考のため、成分組成が本発明で規定する成分組成の範囲を満足しているものを本発明例と記載し、該範囲から外れているものを比較例と記載した。本発明例は、溶接金属番号が、D1,D2,D3,D4,D5,D6,D12,D15,D16のものであり、同番号がD7,D8,D9,D10,D11,D13,D14のものは、比較例である。
【0137】
なお、溶接金属を作製する時の溶接ワイヤと鋼材の組み合わせについてであるが、溶接金属D1〜D14については、溶接ワイヤは、それぞれ、表2に示すW1〜W14であり、鋼材は、表2に示す鋼材1である。一方、溶接金属D15、D16については、溶接ワイヤは、表2に示すW6であるが、鋼材は、それぞれ、表2に示す鋼材1及び鋼材3である。
【0138】
D8、D11は、Niが本発明で規定する成分組成の範囲から外れるものである。D8は、溶接ワイヤW8のNi成分が本発明で規定する成分組成の範囲内であるものの、希釈率が本発明で規定する範囲から外れるものであり、D11は、希釈率が本発明で規定する範囲内であるものの、溶接ワイヤW11のNi成分が本発明で規定する成分組成の範囲から外れるものである。D9は、Ni及びCrが本発明で規定する成分組成の範囲から外れるものである。
【0139】
D10は、溶接金属の成分組成が本発明で規定する成分組成の範囲内にあるものであるが、希釈率が本発明で規定する範囲から外れるものである。D10の作製に用いた溶接ワイヤは、表2に示すW10であり、Crが本発明で規定する成分組成の範囲より過大になっているものである。それでも、希釈率が0.8と大きくなると、溶接金属を、本発明で規定する範囲内に収めることができる。しかし、後述の表3に示すように、溶け込み深さが板厚の2/3を上まわり、残留応力を低減することができず、溶接継手部の疲労強度が向上しない例である。
【0140】
D7、D13は、C、Si、Mn、Ni、Crが本発明で規定する成分組成の範囲内であるが、含有するCu、Nb、Ti、及び、Nの含有量が不適切であるため、「Nieq<−0.78Creq+19」という条件を満たしていないものである。D14は、Crが本発明で規定する成分組成の範囲外のものである。
【0141】
表2に、本実施例に用いた溶接ワイヤの成分組成を示す。本発明は、溶接ワイヤの成分組成に加え、希釈率の範囲も限定しているので、表2に示す溶接ワイヤが、本発明例なのか比較例なのかの区別できない。そこで、参考のため、表2の備考欄に、溶接ワイヤ成分が本発明で規定する成分組成の範囲を満足するものを本発明例と記載し、該範囲を満足していないものを比較例と記載した。
【0142】
溶接ワイヤ記号がW1,W2,W3,W4,W5,W6,W12、W14のものが、本発明例であり、同記号がW7,W8,W9,W10,W11,W13のものが、比較例である。W7は、C,Si、Mn、Ni、Crが本発明で規定する成分組成の範囲内であるものの、“Cu+Nb+Ti+N”の合計量が、本発明で規定する成分組成の範囲外のものである。W9、W10は、Crが本発明で規定する成分組成の範囲外のものである。
【0143】
W11は、Niが本発明で規定する成分組成の範囲外のものである。W13は、W7と同様に、“Cu+Nb+Ti+N”の合計量が、本発明で規定する成分組成の範囲外のものである。W14は、溶接ワイヤの成分組成が本発明で規定する成分組成の範囲内にあるため、本発明例と記載されているが、表1や、後述の表3に示すように、希釈率が本発明で規定する範囲外となったものである。
【0144】
表3に、各試験片の疲労強度を示す。T7は、C、Si、Mn、Ni、Crの成分組成が、溶接金属、溶接ワイヤともに、本発明で規定する成分組成の範囲内であるものの、選択元素であるCu、Nb、Ti、Nの添加量が多過ぎ、Nieq<−0.78Creq+19が満たされず、結果的に、疲労強度が向上しなかった例である。
【0145】
【表3】

【0146】
T8は、溶接ワイヤの成分組成が本発明で規定する成分組成の範囲内であるものの、希釈率が低く、本発明で規定する範囲からは外れていて、その結果、溶接金属の成分組成が本発明で規定する成分組成の範囲外となり、溶接継手の残留応力を低減できず、疲労強度が低くなってしまった例である。
【0147】
T9は、溶接ワイヤの成分組成、溶接金属の成分組成が、ともに、本発明で規定する成分組成の範囲外になってしまった例であり、残留応力の低減がなされずに、疲労強度が向上しなかった例である。
【0148】
T10は、溶け込み深さが大きくなり過ぎた例であり、これは、希釈率が大きくなったことによるものである。T10は、溶接ワイヤの成分組成としては、本発明で規定する成分組成の範囲外であるものの、希釈率が高く、その結果、溶接金属の成分組成としては、本発明で規定する成分組成の範囲内になった例である。しかし、溶け込み深さが大きくなり、母材が、溶接金属の変態膨張を適確に拘束することができず、残留応力の低減までには至らなかった例である。
【0149】
T11は、溶接金属中のNi量が過大な例で、その結果、残留応力が低減されず、疲労強度が向上しなかった例である。T13は、選択元素であるCu、Nb、Ti、Nの添加量が多過ぎて、Nieq<−0.78Creq+19が満たされず、疲労強度が増加しなかった例である。
【0150】
T14は、板厚が6mmの場合である。この場合、希釈率が本発明で規定する範囲より下回ってしまい、疲労強度が向上しなかった例である。T15は、板厚が0.8mmで、必然的に溶け込み深さが大きくなった例で、T10と同じ理由で、疲労強度は向上しなかった。
【0151】
T16は、溶接ワイヤ、溶接金属、板厚、希釈率、及び、溶け込み深さが、T12と同じであるが、鋼板強度が本発明で規定する範囲外になった例である。このため、母材強度が低すぎ、残留応力を十分に低減できず、疲労強度が向上しなかった例である。
【0152】
これらに対して、本発明例であるT1〜T6、T12、T17、T18は、疲労強度が全て340MPa以上であり、比較材が260MPa以下であることを考えれば、疲労強度の向上効果が著しいことは明白である。
【0153】
(実施例2)
実施例2は、試験片に溶接開始端と溶接終了端が存在する重ね隅肉溶接に対応する。そのため、図7及び図8に示す2つのタイプの試験片を作製した。図7に示す試験片を“タイプ2”、図8に示す試験片を“タイプ3”と呼ぶ。なお、用いた溶接ワイヤは、表2に示すW1であり、また、鋼板の成分組成は、表2に示す鋼材1の成分組成であり、板厚及び引張強度は、それぞれ、3.2mm及び780MPaである。
【0154】
図7に、溶接開始端と溶接終了端を重ね隅肉溶接継手部の外に設定した重ね隅肉溶接継手の一態様を示す。本発明では、重ね隅肉溶接継手部における希釈率を規定しているが、図7に示すような溶接継手の場合においては、溶接アークが、重ね隅肉部に到達した時には定常状態になっていて、希釈率や溶け込み深さは安定している。即ち、重ね隅肉溶接継手部における希釈率や溶け込み深さは、一定の値になっている。
【0155】
一方、図8に示すような溶接継手の場合は、溶接開始端が重ね隅肉溶接部にあり、溶接アークが安定するまで、希釈率や溶け込み深さが変動し易い。特に、何らかの対策を施さないと、溶接ビード中央部分と溶接開始端における希釈率と溶け込み深さが異なる値になる。通常は、溶接開始端側の方が、希釈率及び溶け込み深さともに小さくなる。
【0156】
そのため、図8に示す実施例では、特に、(i)何らかの対策を施さない場合の溶接継手と、(ii)溶接開始端と溶接終了端における希釈率及び溶け込み深さが、本発明で規定する範囲内になるように対策を施した場合の溶接継手の、2種類の溶接継手を用意した。
【0157】
図8に示す溶接継手において、溶接開始端で、所定の希釈率と溶け込み深さを確保するためには、溶接アークを、できるだけ母材そのものに当たるように調整しなければならない。
【0158】
そこで、まず、溶接開始端で、溶接トーチに15°の前進角を設定して、溶接アークが母材に当たり易くなるようにし、溶接ビードが、定常状態になる頃に、溶接トーチを垂直に戻すようにし、さらに、溶接終了端で、再び、溶接トーチを15°の前進角に戻した。この手法により、初めから、溶接トーチを垂直に設定するより、溶接開始端と溶接終了端における希釈率及び溶け込み深さを大きくすることができる。
【0159】
表4に、溶接金属の成分組成を示し、表5に、疲労試験の結果を示す。表4に示す溶接ワイヤは、表2に示すW1であり、溶接ワイヤの成分組成としては、本発明で規定する成分組成の範囲内である。しかし、希釈率の違いによって、溶接金属の成分組成は、本発明で規定する成分組成の範囲内の場合と範囲外の場合に分けられる。
【0160】
疲労強度の決定方法は、実施例1の場合と同じで、200万回繰り返し荷重を負荷しても、疲労亀裂が生じない最大応力範囲として決定した。疲労試験条件は、R=0.1である。
【0161】
【表4】

【0162】
【表5】

【0163】
まず、T21であるが、これは、タイプ2の試験片であり、溶接開始端と溶接終了端が重ね隅肉溶接継手の外に位置しているので、溶接金属の成分組成は、中央部分のみの値を示した。T22及びT23は、“タイプ3”の試験片であり、これらについては、溶接開始端(スタート側)と溶接終了端(終了側)及び中央部分における溶接金属の成分組成を記載した。
【0164】
表5に示す試験番号T21は、溶接開始端と溶接終了端を重ね隅肉溶接部の外に置いた場合であり、重ね隅肉溶接部における希釈率が0.5、溶け込み深さが、板厚比で0.45の場合である。この場合、疲労強度は340MPaであり、疲労強度としては、実施例1と比較しても解るように、高い値である。
【0165】
次に、表5に示す試験番号T22は、溶接開始端と溶接終了端における希釈率の調整を特に行っていない例である。その結果、溶接開始端と溶接終了端における希釈率が、本発明で規定する範囲から外れ、結果的に、その部分の溶接金属の成分組成も、本発明で規定する成分組成の範囲外になったものである。溶接ビード中央部分の溶接金属の成分組成は、本発明で規定する成分組成の範囲内であるものの、疲労亀裂が、溶接開始端から発生し、そのため、疲労強度は220MPaと十分ではなかった。
【0166】
T23は、溶接開始端と溶接終了端において、溶接トーチに前進角を設定して、希釈率と溶け込み深さを、T22の場合より大きくなるようにした例である。溶接開始端と溶接終了端において、希釈率及び溶け込み深さは、溶接ビード中央部分よりは低いものの、本発明で規定する範囲内にある。また、溶接金属の成分組成も、希釈率をある程度確保できたことにより、本発明で規定する成分組成の範囲内にある。
【0167】
T23の疲労強度は、表5に示すように、320MPaであり、比較例であるT22の220MPaより十分高く、高疲労強度を確保することができた。
【0168】
T23の疲労強度が、実施例1の本発明例における疲労強度340MPaより若干低いのは、溶接開始端と溶接終了端における応力集中が原因と考えられ、必ずしも、残留応力が低減されていなかったというわけではないと考えられる。
【0169】
また、適切な希釈率を確保するためには、トーチ角度の制御等が必要となり、管理項目が増えるので、溶接開始端と溶接終了端における疲労強度が問題となる場合は、T21のように、溶接開始端と溶接終了端を、重ね隅肉溶接部の外に位置するように溶接施工をすることが望ましい。
【0170】
一方、溶接継手が“タイプ2”のような形状の場合は、溶接ワイヤをより多く消費し、コスト増につながるので、当業者は、必要とする疲労強度を考慮しながら、どちらがより好ましい溶接手法か判断すればよい。
【産業上の利用可能性】
【0171】
前述したように、本発明によれば、鋼板の重ね隅肉溶接において、疲労強度の向上に専用の成分系ではなく、ステンレス分野において汎用の成分系の溶接材料を用いて、疲労強度に優れた溶接継手部を形成することができる。したがって、本発明は、溶接技術を基幹とする産業、特に、自動車産業において、利用可能性が大きいものである。
【図面の簡単な説明】
【0172】
【図1】突合せ継手及び重ね隅肉継手におけるギャップの定義を説明する図である。(a)は、突合せ継手と、そのギャップGの定義G≧0を示し、(b)は、重ね隅肉継手と、そのギャップGの定義G<0を示す。
【図2】ギャップGと希釈率の関係を示す図である。
【図3】継手形状と溶接アークの当たる位置を示す図である。(a)は、重ね隅肉溶接の場合を示し、(b)は、突合せ溶接の場合を示す。
【図4】サイズが異なる上板と下板を重ね隅肉溶接する際において、溶接開始端及び溶接終了端を溶接継手部の外に置く場合の溶接継手形状を示す図である。
【図5】溶接開始端及び溶接終了端がない試験片形状(タイプ1)を示す図である。
【図6】重ね隅肉溶接継手部における溶接金属の溶け込み深さと板厚の関係を説明する図である。
【図7】重ね隅肉溶接継手部から溶接開始端と溶接終了端を外した試験片形状(タイプ2)を示す図である。
【図8】重ね隅肉溶接継手部内に溶接開始端と溶接終了端が存在する試験片形状(タイプ3)を示す図である。
【図9】希釈率Zの定義を模式的に示す図である。
【符号の説明】
【0173】
1 上鋼板
2 下鋼板
3 上鋼板角部
4 溶接アーク
5 溶接継手部
G ギャップ
S 溶接開始端
F 溶接終了端
D 疲労荷重付加方向
T 板厚
Sd 溶け込み深さ
Sx 溶けた鋼板の断面積
Sy 溶接金属の断面積

【特許請求の範囲】
【請求項1】
強度440MPa以上の高強度鋼板に薄鋼板を重ね合わせ、質量%で、Cr:15〜27%、及び、Ni:7〜22%を含有するステンレス用溶接材料を用いて形成した隅肉溶接継手において、
(a)溶接金属の溶け込み深さが、上記高強度鋼板の板厚の2/3以下であり、かつ、
(b)下記式(1)で定義する希釈率Zが、0.35〜0.65である、
ことを特徴とする高疲労強度隅肉溶接継手。
希釈率Z=(溶けた被溶接鋼板の断面積/溶接金属の断面積) ……(1)
【請求項2】
前記高強度鋼板が、質量%で、Cr:15%未満、及び、Ni:7%未満を含有することを特徴とする請求項1に記載の高疲労強度隅肉溶接継手。
【請求項3】
前記薄鋼板の板厚が、溶接継手部の脚長を超えないことを特徴とする請求項1又は2に記載の高疲労強度隅肉溶接継手。
【請求項4】
前記ステンレス用溶接材料が、質量%で、C:0.001〜0.15%、Si:0.01〜1.5%、Mn:0.1〜2.0%、P:0.03%以下、S:0.03%以下を含有することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の高疲労強度隅肉溶接継手。
【請求項5】
前記ステンレス用溶接材料が、質量%で、Mo:1.5〜3.0%を含有することを特徴とする請求項4に記載の高疲労強度隅肉溶接継手。
【請求項6】
前記ステンレス用溶接材料が、質量%で、N::0.05〜1.0%、及び、Nb、Ti、Cuの1種又は2種以上:0.05〜1.0%を含有することを特徴とする請求項4又は5に記載の高疲労強度隅肉溶接継手。
【請求項7】
前記溶接金属が、質量%で、Cr:(15〜27%)×(1−希釈率Z)、Ni:(7〜22%)×(1−希釈率Z)の他、C:0.001〜0.15%、Si:0.01〜1.5%、Mn:0.1〜2.0%、P:0.03%以下、S:0.03%以下を含有することを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の高疲労強度隅肉溶接継手。
【請求項8】
前記溶接金属が、下記式(2)を満たす含有量範囲で、N、Nb、Ti、Cuの1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項7に記載の高疲労強度隅肉溶接継手。
Nieq<−0.78Creq+19 ……(2)
ただし、Nieq=Ni+0.5Mn+30C+30N+0.44Cu
Creq=Cr+Mo+1.5Si+0.5Nb+2.2Ti
【請求項9】
重ね隅肉溶接で高疲労強度隅肉溶接継手を形成する方法において、
(i)強度440MPa以上の高強度鋼板に薄鋼板を重ね合わせ、
(ii)質量%で、Cr:15〜27%、及び、Ni:7〜22%を含有するステンレス用溶接材料を用いて隅肉溶接し、
(iii)溶接金属の溶け込み深さが、上記高強度鋼板の板厚の2/3以下であり、かつ、下記式(1)で定義する希釈率Zが、0.35〜0.65である溶接継手部を形成することを特徴とする高疲労強度隅肉溶接継手の形成方法。
希釈率Z=(溶けた被溶接鋼板の断面積/溶接金属の断面積) ……(1)
【請求項10】
前記高強度鋼板が、質量%で、Cr:15%未満、及び、Ni:7%未満を含有することを特徴とする請求項9に記載の高疲労強度隅肉溶接継手の形成方法。
【請求項11】
前記薄鋼板の板厚が、溶接継手部の脚長を超えないことを特徴とする請求項9又は10に記載の高疲労強度隅肉溶接継手の形成方法。
【請求項12】
前記ステンレス用溶接材料が、質量%で、C:0.001〜0.15%、Si:0.01〜1.5%、Mn:0.1〜2.0%、P:0.05%以下、S:0.03%以下を含有することを特徴とする請求項9〜11のいずれか1項に記載の高疲労強度隅肉溶接継手の形成方法。
【請求項13】
前記ステンレス用溶接材料が、質量%で、Mo:1.5〜3.0%を含有することを特徴とする請求項12に記載の高疲労強度隅肉溶接継手の形成方法。
【請求項14】
前記ステンレス用溶接材料が、質量%で、N::0.05〜1.0%、及び、Nb、Ti、Cuの1種又は2種以上:0.05〜1.0%を含有することを特徴とする請求項12又は13に記載の高疲労強度隅肉溶接継手の形成方法。
【請求項15】
前記溶接金属が、質量%で、Cr:(15〜27%)×(1−希釈率Z)、Ni:(7〜22%)×(1−希釈率Z)の他、C:0.001〜0.15%、Si:0.01〜1.5%、Mn:0.1〜2.0%、P:0.03%以下、S:0.03%以下を含有することを特徴とする請求項9〜14のいずれか1項に記載の高疲労強度隅肉溶接継手の形成方法。
【請求項16】
前記溶接金属が、下記式(2)を満たす含有量範囲で、N、Nb、Ti、Cuの1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項15に記載の高疲労強度隅肉溶接継手の形成方法。
Nieq<−0.78Creq+19 ……(2)
ただし、Nieq=Ni+0.5Mn+30C+30N+0.44Cu
Creq=Cr+Mo+1.5Si+0.5Nb+2.2Ti
【請求項17】
前記隅肉溶接に際し、溶接開始端と溶接終了端を、溶接継手部の外に置くことを特徴とする請求項9〜16のいずれか1項に記載の高疲労強度隅肉溶接継手の形成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−296567(P2007−296567A)
【公開日】平成19年11月15日(2007.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−127621(P2006−127621)
【出願日】平成18年5月1日(2006.5.1)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】