説明

高親和性分子取得のためのリンカー

【課題】 標的分子と高い親和性をもって結合する蛋白質を効率よくスクリーニングする方法,ならびにこの方法に適合するよう設計された核酸リンカーを提供すること。
【解決手段】 mRNAと,前記mRNAによりコードされる蛋白質との複合体を製造するための核酸リンカーが開示される。この核酸リンカーは,mRNAとハイブリダイズしうる1本鎖ポリヌクレオチド部分と,1本鎖ポリヌクレオチド部分から枝分かれした状態で結合しており,末端に蛋白質連結部分を有するアーム部分とを含み,アーム部分は光切断性部位または1本鎖核酸切断酵素切断部位を含むことを特徴とする。また,この核酸リンカーを用いて蛋白質をスクリーニングする方法も開示される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,遺伝子とこれによりコードされる蛋白質とを対応づけるためのリンカー構築物,およびこれを用いて標的分子と結合する蛋白質をスクリーニングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
機能ペプチド・蛋白質の取得に際しては,蛋白質の構造から人知によってデザインするいわゆる蛋白質工学的手法と,ランダムな様々な形をもつライブラリを作製した中から望みの機能をもつ分子を取得する進化工学的手法が主流となっている。特に近年では,ファージディスプレイ法に代表される進化工学の要素技術である遺伝子型−表現型対応付け技術の進歩により,比較的短期間で機能ペプチドを取得することが可能になった。
【0003】
細胞を利用した遺伝子型−表現型対応付け技術はファージディスプレイ法以外に大腸菌や酵母,等の細胞表面にディスプレイする細胞ディスプレイ法がある。これらはいずれも機能ペプチドや蛋白質を取得する上で有益な方法であるが,単位体積あたりの細胞数が制限されるため10/ml以上のライブラリサイズをもつことは不可能であり,このため,スクリーニングの効率が低いという欠点があった。この課題を克服するために無細胞翻訳系を利用した遺伝子型と表現型の対応付けの方法が開発された。これらの代表的な例としては,リボゾームを介してmRNAとそれを翻訳した蛋白質を連結する「リボゾームディスプレイ」とmRNAとそれをコードした蛋白質を抗生物質であるピューロマイシンを介して連結する「インビトロウイルス(In vitro virus)法(mRNAディスプレイ法)」がある。これらは1012/ml以上のライブラリサイズを持ち,ファージディスプレイ法が細胞を利用することから生ずる細胞毒性,膜透過,等の課題も解消することから,スクリーニング効率の飛躍的な向上が可能になった。さらに,蛋白質を結ぶリンカーと逆転写したcDNAが直接共有結合するcDNAディスプレイ法が開発され,従来に比べ飛躍的に安定なmRNA/cDNA−蛋白質連結体構造のため,様々な環境下でスクリーニングを実施することが可能になった。
【0004】
cDNAディスプレイ法は,例えば特開2004−97213に開示されている。この方法では,蛋白質とこれをコードするポリヌクレオチドがピューロマイシンを介して結合している複合体を形成する。この複合体には,mRNA−ピューロマイシン−蛋白質,mRNA/cDNA−ピューロマイシン−蛋白質,およびcDNA−ピューロマイシン−蛋白質などが含まれる。ピューロマイシンは,アミノアシル−tRNAの3’末端と類似する構造を有する蛋白質合成阻害剤であり,所定の条件下ではリボソーム上の伸張中の蛋白質の3’末端に特異的に結合する性質を有する。適当なリンカーを介してmRNAとピューロマイシンとを結合させておき,無細胞翻訳系でmRNAから蛋白質を合成すると,合成された蛋白質とこれをコードするmRNAとがピューロマイシンを介して結合している複合体が生ずる(Nemoto et al, FEBS Lett., 414, 405-408, 1997)。次に,この複合体のライブラリから所望の機能をもつ蛋白質を選択する。mRNAと蛋白質の複合体を用いて選択した後に逆転写によりDNAを合成してもよく,あるいはmRNAから逆転写によりDNAを合成して,DNA/mRNAハイブリッドと蛋白質の複合体の形とした後に,蛋白質を選択してもよい。しかしながら、1本鎖核酸はアプタマーとして非特異的相互作用する可能性も高いためランダムな配列を含むライブラリを用いる場合は、mRNA/cDNA−蛋白質複合体の方が望ましい。所望の機能をもつ蛋白質を選択した後,DNAの配列を分析することにより,蛋白質を同定することができる。
【0005】
無細胞翻訳系を用いた遺伝子型と表現型の対応付けの方法はcDNAディスプレイ法に至って実用的な技術として確立し,通常の試験管内でのスクリーニングにおいては従来に比べ極めて広範囲かつ柔軟な選択が可能になった。このcDNAディスプレイ法によって,従来では構造的に安定なファージディスプレイでしかできなかった細胞表面のレセプター,等の分子を標的としたスクリーニングが可能となれば,GPCR(Gプロテイン共役受容体)や糖鎖をはじめとする創薬ターゲットに対して,ファージディスプレイに比べ極めて効率的にスクリーニングできる可能性がある。しかし,細胞表面の分子を標的とする場合には,細胞表面には多数の膜蛋白質,等が存在することから,標的分子に対して高親和性や特異性の高い蛋白質やペプチドを得ることが困難であった。ファージディスプレイでは,例えばMorphosys社の「Cys Display」のように,標的分子に強く結合した蛋白質やペプチドから還元剤を加えることで効率良く遺伝子部分であるファージ本体を切り離す工夫がされている。これは標的に強く結合する蛋白質をもつファージほど洗浄,等によって溶出しにくく結果的に高親和性の蛋白質をもつファージほど回収できないからである。
【0006】
同様にcDNAディスプレイ法でも,高親和性の蛋白質やペプチドを提示したmRNA/cDNA−蛋白質連結体が回収しにくいという課題があった。既存のcDNAディスプレイ法では,蛋白質を合成する際に用いる無細胞翻訳系の中にDTT,等が高濃度で含まれるため,Cys Display法のようにリンカーの中にS-S結合を組み込むことは難しい。このため,特に細胞表面の膜蛋白質,等を標的分子とする場合は,In vitroのスクリーニングで用いるような「ビオチン化-S-S−標的分子」の形にすることも困難なため,現在のところ有効な方法は全くない。また,回収する際の方法(バッファー,等)が細胞自体に影響を及ぼさないことが求められるため,従来の方法では高親和性の蛋白質やペプチドを提示したmRNA/cDNA−蛋白質連結体をスクリーニングすることは極めて困難である。
【特許文献1】特開2004−97213
【非特許文献1】Nemoto et al, FEBS Lett., 414, 405-408, 1997
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は,標的分子と高い親和性をもって結合する蛋白質を効率よくスクリーニングする方法,ならびにこの方法に適合するよう設計された核酸リンカーを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は,ピューロマイシン・リンカーの特定の場所に紫外線または1本鎖核酸分解酵素によって容易に切断される塩基をあらかじめ化学合成で導入しておき,標的分子と結合したピューロマイシン・リンカー−蛋白質複合体に紫外線または1本鎖核酸分解酵素を作用させることにより,mRNA/cDNAを効率よく回収しうることを見いだした。
【0009】
本発明は,mRNAと,該mRNAによりコードされる蛋白質との複合体を製造するための核酸リンカーを提供する。核酸リンカーは,
該mRNAとハイブリダイズしうる1本鎖ポリヌクレオチド部分;および
該1本鎖ポリヌクレオチド部分から枝分かれした状態で結合しており,末端に蛋白質連結部分を有するアーム部分;
を含み,該アーム部分は光切断性部位または1本鎖核酸分解酵素切断部位を含むことを特徴とする。
【0010】
本発明の好ましい態様においては,本発明の核酸リンカーにおいて,1本鎖ポリヌクレオチド部分は,その3’側の領域に該mRNAの3’末端領域とハイブリダイズしうる配列を有し,3’末端は該mRNAからcDNAへの逆転写のプライマーとして機能する。
【0011】
本発明の別の好ましい態様においては,本発明の核酸リンカーにおいて,1本鎖ポリヌクレオチド部分は,その3’側の領域に該mRNAの3’末端領域とハイブリダイズしうる配列を有し,その5’側に制限酵素認識部位を有する。
【0012】
本発明の別の好ましい態様においては,本発明の核酸リンカーにおいて,1本鎖ポリヌクレオチド部分は,その3’側の領域に該mRNAの3’末端領域とハイブリダイズしうる配列を有し,その5’側に1本鎖RNA核酸分解酵素切断部位を有する。
【0013】
本発明の別の好ましい態様においては,本発明の核酸リンカーにおいて,蛋白質連結部分は,ピューロマイシン,3’−N−アミノアシルピューロマイシンアミノヌクレオシドまたは,3’−N−アミノアシルアデノシンアミノヌクレオシドの化学構造骨格を含む。
【0014】
また別の観点においては,本発明は,mRNAと、これに相補的なcDNAと,前記mRNAによりコードされる蛋白質と,上述の本発明の核酸リンカーとを含み,該cDNAと該蛋白質とが該核酸リンカーを介して連結されているmRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を提供する。本明細書において、「mRNA/cDNA」との表記は、mRNAと、これと相補的なcDNAとがハイブリッドして二本鎖を形成していることを表す。また、「mRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体」との表記は、mRNA/cDNAハイブリッドと核酸リンカー、および核酸リンカーと蛋白質がそれぞれ共有結合していることを表す。
【0015】
また別の観点においては,本発明は,mRNAと、これに相補的なcDNAと,前記mRNAによりコードされる蛋白質とが上述の本発明の核酸リンカーを介して連結されているmRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を製造する方法を提供する。この方法は,
該mRNAと該核酸リンカーとをアニーリングさせ,
該mRNAの3’末端と該核酸リンカーの5’末端とをライゲーションさせ,
無細胞蛋白質翻訳系で該mRNAから蛋白質を合成することにより,蛋白質のC末端が該核酸リンカーの蛋白質連結部分と結合しているmRNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を生成し,
該mRNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を逆転写反応に供して,mRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を生成する,
の各工程を含む。
【0016】
また別の観点においては,本発明は,標的分子と結合する蛋白質をコードするcDNAを選択する方法を提供する。この方法は,
mRNAと、これに相補的なcDNAと,前記mRNAによりコードされる蛋白質とが上述の本発明の核酸リンカーを介して連結されているmRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を調製し,該mRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を標的分子と接触させ,
光を照射して標的分子と結合したmRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を核酸リンカーの光切断性基の部位で切断するか,または1本鎖核酸切断酵素を作用させて標的分子と結合したmRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を核酸リンカーの1本鎖核酸切断酵素切断部位で切断し,mRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体から切断されたmRNA/cDNAを回収する,の各工程を含む。
【0017】
また別の観点においては,本発明は,標的分子と結合する蛋白質を同定する方法を提供する。この方法は,
mRNAと、これに相補的なcDNAと,前記mRNAによりコードされる蛋白質とが上述の本発明の核酸リンカーを介して連結されているmRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を調製し,該mRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を標的分子と接触させ,
光を照射して標的分子と結合したmRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を核酸リンカーの光切断性基の部位で切断するか,または1本鎖核酸切断酵素を作用させて標的分子と結合したmRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を核酸リンカーの1本鎖核酸切断酵素切断部位で切断し,mRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体から切断されたmRNA/cDNAを回収し,回収されたcDNAの塩基配列を決定することにより,該回収されたcDNAがコードする蛋白質を同定する,の各工程を含む。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば,細胞表面に強く結合したcDNAディスプレイ分子であっても,細胞に紫外線(350nm)を10分程度照射することでDNAを回収することが可能になる。一般的には長波長の紫外線をこの程度照射した場合には細胞には特に影響を与えることは少ないと考えられ,高親和性の蛋白質やペプチドをコードしたcDNA部分を細胞表面から迅速に回収できる。また,1本鎖核酸分解酵素を用いた場合にも細胞にほとんど影響を与えない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
核酸リンカー
本発明の核酸リンカーは,mRNAまたはcDNAとこれがコードする蛋白質とを連結するためのリンカーである。核酸リンカーは,mRNAとハイブリダイズしうる1本鎖ポリヌクレオチド部分と,1本鎖ポリヌクレオチド部分から枝分かれした状態で結合しており,末端に蛋白質連結部分を有するアーム部分とを含む。この核酸リンカーの基本構造は,cDNAディスプレイ法に用いられるリンカーとして既に公知である。
【0020】
本発明の核酸リンカーの構造について,図1を参照して説明する。本発明の核酸リンカーは,mRNAとハイブリダイズしうる1本鎖ポリヌクレオチド部分と,1本鎖ポリヌクレオチド部分から枝分かれした状態で結合しており,末端に蛋白質連結部分を有するアーム部分とを含み,アーム部分が光切断性部位または1本鎖核酸切断酵素切断部位を含むことを特徴とする。1本鎖ポリヌクレオチド部分は,DNAであってもPNAなどの核酸誘導体であってもよいが,好ましくは,ヌクレアーゼ耐性が付与された修飾DNAである。修飾DNAとしては,ホスホルアミダイト,ホスホロチオエートなどのヌクレオシド間結合を有するDNA,2’−フルオロ,2’−O−アルキルなどの糖修飾を有するDNAなど,当該技術分野において知られる修飾DNAのいずれを用いてもよい。1本鎖ポリヌクレオチド部分は,その3’側の領域にスクリーニングすべきmRNAの3’末端領域とハイブリダイズしうる配列を有する。また,本発明の核酸リンカーの1本鎖ポリヌクレオチド部分の3’末端は,このmRNAからcDNAへの逆転写のプライマーとして機能することができる。
【0021】
本発明の核酸リンカーのアーム部分は,mRNAと蛋白質連結部分とを所望の距離に保持するスペーサーとして機能する。アーム部分は,1本鎖ポリヌクレオチド部分から枝分かれした状態で結合しており,末端に蛋白質連結部分を有する。枝分かれした状態で結合しているとは,アーム部分の一方の末端が1本鎖ポリヌクレオチド部分の両末端以外の箇所で1本鎖ポリヌクレオチド部分と結合して,T字型の構造を形成していることを意味する。
【0022】
1本鎖ポリヌクレオチド部分とアーム部分との連結は,1本鎖ポリヌクレオチド部分上の連結箇所に存在する修飾ヌクレオチド(例えばアミノ修飾ヌクレオチド)と,アーム部分の末端に存在する修飾ヌクレオチド(例えばチオール修飾ヌクレオチド)とを二官能性試薬を用いて架橋することにより行うことができる。1本鎖ポリヌクレオチド部分上の連結箇所は,好ましくは1本鎖ポリヌクレオチド部分の3’末端から数塩基上流の位置であり,このことにより,後のcDNA合成の工程において1本鎖ポリヌクレオチド部分の3’末端がプライマーとして機能することができる。
【0023】
アーム部分の他方の末端には蛋白質連結部分が存在する。蛋白質連結部分とは,所定の条件下でリボソーム上の伸張中の蛋白質の3’末端に特異的に結合する性質を有する構造を意味し,代表的なものはピューロマイシンである。ピューロマイシンは,アミノアシル−tRNAの3’末端と類似する構造を有する蛋白質合成阻害剤である。蛋白質連結部分としては,伸張中の蛋白質の3’末端に特異的に結合する機能を有する限り,任意の物質を用いることができ,例えば,3’−N−アミノアシルピューロマイシンアミノヌクレオシドまたは,3’−N−アミノアシルアデノシンアミノヌクレオシドなどのピューロマイシン誘導体を用いることができる。アーム部分は,核酸や核酸誘導体から構成されていてもよく,ポリエチレングリコールなどの高分子から構成されていてもよい。アーム部分にはさらに,ピューロマイシンの安定性を高めるための修飾や,複合体の検出のための標識が付加されていてもよい。
【0024】
本発明の核酸リンカーのアーム部分は,光切断性部位または1本鎖核酸切断酵素切断部位を含み,このことにより,蛋白質と標的物質との結合を解離させることなく,蛋白質と対応づけられるmRNA(またはDNA)を回収することができる。光切断性部位とは,紫外線などの光を照射すると切断する性質を有する基をいい,例えば,PC Linker Phosphoramidite(Glen research社)、フラーレンを含有してなる核酸の光切断用組成物(核酸の光切断用組成物:特開2005-245223)、光分解(SBIP)手法による鎖切断などが挙げられる。光切断性部位としては,当該技術分野において市販されているかまたは知られているいずれの基を用いてもよい。また,1本鎖核酸切断酵素切断部位とは,デオキシリボヌクレアーゼ、リボヌクレアーゼなどの1本鎖核酸切断酵素により切断されることができる核酸基をいい,ヌクレオチドおよびその誘導体が含まれる。
【0025】
本発明の核酸リンカーの好ましい態様においては,1本鎖ポリヌクレオチド部分は,その5’側の領域に制限酵素認識部位を有する。cDNAディスプレイ法においては,無細胞翻訳系でmRNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を合成した後,mRNAから逆転写によりcDNAを合成する際に,無細胞翻訳系に由来する夾雑物質が存在すると逆転写の効率が低くなるため,逆転写反応の前にmRNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を精製することが好ましい。1本鎖ポリヌクレオチド部分にビオチンなどのアフィニティー分子を結合させておけば,無細胞翻訳系でmRNAから蛋白質を合成した後に,mRNA−核酸リンカー−蛋白質複合体をビオチンを介してストレプトアビジン・ビーズに結合させて回収し,次に制限酵素を作用させて切断することにより,mRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を無細胞翻訳系から容易に精製することができる。また,1本鎖ポリヌクレオチド部分にリボヌクレアーゼ切断性部位が含まれるように核酸リンカーを設計すれば,リボヌクレアーゼを作用させることにより,同様にしてmRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を無細胞翻訳系から容易に精製することができる。なお,この場合、アーム部分がデオキシリボヌクレアーゼ切断性部位を含み,1本鎖ポリヌクレオチド部分はリボヌクレアーゼ切断性部位を含む形態になることは容易に理解されるであろう。
【0026】
mRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体
本発明の核酸リンカーを用いて,mRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を製造することができる。まず,スクリーニングすべき蛋白質をコードするDNAを調製し,mRNAポリメラーゼにより転写させてmRNAを調製する。DNAとしては,標的分子との結合に関して調べたい任意のDNAまたはDNA集合物を利用することができる。例えば,サンプル組織から得たmRNAに由来するcDNAライブラリ,合成のランダム配列DNAライブラリ,配列の一部をランダム化させたDNAライブラリなどを用いることができる。mRNAは,その3’側の領域に本発明の核酸リンカーの一本鎖ポリヌクレオチドの3’側の領域とハイブリダイズする配列を有するように設計する。次に,mRNAを本発明の核酸リンカーとアニーリングさせて,mRNAの3’末端領域と本発明の核酸リンカーの1本鎖ポリヌクレオチド部分の3’側の領域とをハイブリダイズさせた後に,mRNAから蛋白質を合成すると,mRNAとmRNAによりコードされる蛋白質とが本発明の核酸リンカーを介して連結された複合体が生ずる。
【0027】
蛋白質合成の前にmRNAの3’末端と核酸リンカーの5’末端とをライゲーションさせておくと,複合体がより安定化する。蛋白質の合成は,典型的には無細胞蛋白質翻訳系で行う。無細胞蛋白質翻訳系としては,小麦胚芽由来無細胞蛋白質翻訳系,大腸菌由来無細胞蛋白質翻訳系など,当該技術分野において知られる任意の翻訳系を用いることができる。
【0028】
次に、mRNAから逆転写反応によりcDNAを合成して,より安定な形の複合体を形成する。上述のようにして得られたmRNA−核酸リンカー−蛋白質複合体にdNTPの存在下で逆転写酵素を作用させて,mRNAと相補的なcDNAを合成する。このとき,本発明の核酸リンカーの一本鎖ポリヌクレオチドの3’末端の配列は合成のプライマーとして作用する。このようにして得られたmRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体は,mRNA/cDNAのハイブリッドの形のまま用いられる。
【0029】
蛋白質のスクリーニング
別の観点においては,本発明は,上述の本発明の核酸リンカーを利用して,標的分子と結合する蛋白質をコードするcDNAを選択する方法に関する。標的分子とは,その分子に結合する蛋白質を探索し研究するために設定される任意の分子である。例えば,本発明の方法を用いてあるレセプターに結合する蛋白質を探索する場合,そのレセプターを標的分子とよぶ。本発明の方法では,まず上述のようにして,mRNAと、これに相補的なcDNAと,前記mRNAによりコードされる蛋白質とが上述の本発明の核酸リンカーを介して連結されているmRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を調製する。次に,このmRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を標的分子と接触させた後に,標的分子と結合しないmRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を除去する。接触および除去の条件は,標的分子と蛋白質との結合親和性の程度に応じて,適宜設定することができる。例えば,結合親和性が高い場合や高いと予測される場合には,より厳しい条件(例えば,より高い塩濃度,より高い界面活性剤濃度,より長い時間など)を設定することができる。
【0030】
次に,核酸リンカーのアーム部分が光切断性基を有する場合には,光を照射して,標的分子と結合したmRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を核酸リンカーの光切断性基の部位で切断する。あるいは,核酸リンカーのアーム部分が1本鎖核酸切断酵素切断部位を有する場合には,1本鎖核酸切断酵素を作用させて,標的分子と結合したmRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を核酸リンカーの1本鎖核酸切断酵素切断部位で切断する。このようにしてmRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体から切断されたcDNAを回収することにより,標的分子と結合する蛋白質をコードするcDNAを得ることができる。本発明の方法にしたがえば,高い親和性をもって標的分子と結合する蛋白質に対応するcDNAを,標的分子と蛋白質を解離させることなく,効率よく回収することができる。
【0031】
さらに,このようにして回収されたcDNAの塩基配列を定法により決定することにより,回収されたcDNAがコードする蛋白質,すなわち標的分子と結合する蛋白質のアミノ酸配列を得ることができる。
【0032】
特に好ましい態様においては,本発明の方法は,cDNAディスプレイ法による分子進化手法において用いる。適当なmRNAまたはDNAライブラリを用意し,上述したmRNA合成,蛋白質合成,cDNA合成,標的分子と結合する蛋白質の選択,およびcDNA回収の各工程を実施した後に,回収されたcDNAを用いて各工程を反復して実施する。数回から数十回の反復により,標的分子と高い親和性をもつ蛋白質をコードするDNAを濃縮することができる。ピューロマイシンを使用したこのような分子進化手法は,当該技術分野においてよく知られている。
【0033】
本発明の方法は,標的分子と蛋白質とを解離させることなく,蛋白質を同定することができるため,標的分子との結合親和性の高い蛋白質を探索するのに特に有用である。
【0034】
以下に実施例により本発明をより詳細に説明するが,本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【実施例】
【0035】
本発明の技術を実証するために以下のような新規のピューロマイシン・リンカー(図2)をデザイン及び合成し,紫外線(UV)による切断効率を検討した。その際,ピューロマイシン・リンカーが液相中に存在する場合だけでなく磁性体ビーズによるUVの遮蔽の問題も検討するため磁性体ビーズ上に固定化した場合についても検討を行った。
【0036】
ピューロマイシン・リンカーの合成
1-1 材料
以下,3種類(1),(2)の材料は(株)ジーンワールド社より購入した。
(1)Short Biotin Flagment(26mer)[配列;5'-CC(rG)C(T-B) C(rG)CCC CGCCG CCCCC CG(T)CC T-3’ (配列番号1):ここで,(rG)はリボG,(T)はAmino-Modifier C6 dT,(T-B)はBiotin-dTであり,すべてGlen Research Search社製である。
(2) Puro-F-S*[配列:5'-(S)-(PL)-C(F)-(Spc18)-(Spc18)-(Spc18)-(Spc18)-CC-(Puro)-3']
ただし,(S): Thiol-Modifier C6 S-S,(PL): PC Linker Phosphoramidite,(F): Fluorescent-dT,(Spc18):Spacer Phosphoramidite 18,(Puro): Puromycin CPG*いずれもGlen research社の表記に従う。
架橋剤EMCS(344-05051)はDojindoから購入した。
【0037】
1-2 合成,精製法
材料(2)Puro-F-S* 10nmolを100ulの50mMリン酸バッファー(pH7.0)に溶かし,100mM TCEPを1ul加え(final 1mM),室温で6時間放置し,材料(2)Puro-F-S*のThiolを還元した。架橋反応を行う直前に50mMリン酸バッファー(pH7.0)で平衡化したNAP5(アマシャム,17-0853-02)を用いてTCEPを除いた。0.2M リン酸バッファー(pH7.0) 100ulに,500pmol/ul 材料(1)Short Biotin Flagment 20ul,100mM EMCS 20μl,を加え,良く攪拌した後,37℃で30分放置した後に,未反応のEMCSを取り除いた。沈殿を減圧下で乾燥させた後,0.2Mリン酸バッファー(pH7.0) 10ulに溶かし,上記の還元したPuro-F-S*(〜10nmol)を加えて4℃で一晩放置した。サンプルに最終で4mMになるようにTCEPを加え室温で15分放置した後,未反応のPuro-F-S*をエタノール沈殿で取り除き,未反応の材料(2)Short Biotin Flagmentを取り除くために以下の条件でHPLC精製を行った。
カラム;nacalai tesque CSOMOSIL 37918-31 10x250mm C18-AR-300(Waters)
BufferA;0.1M TEAA,BufferB;80%アセトニトリル(超純水で希釈したもの)
流速:0.5ml/min (B%:15-35% 33min)
【0038】
HPLCの分画は18%アクリルアミドゲル(8M尿素,62℃)で解析し,目的の分画を減圧下で乾燥させた後,DEPC処理水で溶かして,10pmol/μlにした。
【0039】
紫外線による液相中のリンカーの切断
20 pmolのPuro-PF-S*を20mMのPBSバッファー20μlに1.5mlのエッペンドルフチューブで溶解した後,UVランプ(365nm:UVP社,型番UVL-56)を用いてチューブから2cmの距離で照射した。照射時間は5分,15分,30分とした。それぞれのサンプルから10μlを取り出して,20%の8M尿素ポリアクリルアミドゲル電気泳動にて泳動した。FITCのバンドを確認することによって切断されたリンカーの量を測定した。
【0040】
液相中でのUVによるピューロマイシン・リンカーの切断に要する時間を図3に示す。紫外線を5分ほど照射することにより蛋白質を連結する部分とmRNA/cDNA部分を連結する部分がほぼ90%の効率で切断されることがわかった。
【0041】
紫外線による磁性体ビーズ上に固相化したリンカーの切断
ストレプトアビジンコート磁性体ビーズ「ダイナビーズ(Dynal社,ノルウェー)」400μgを添付のプロトコールに従ってmRNA仕様の洗浄を行った。洗浄したビーズはトータル40pmolの上述の方法で合成したピューロマイシン・リンカーと,1×Binding buffer(10mM Tris-HCl (pH 8.0), 1mM EDTA, 1M NaCl, 0.1% Triton X-100)80μlで混合後,10分間インキュベートした。以上の操作によりピューロマイシン・リンカーを磁性体ビーズ上に固定化した。次にマグネットにセットしビーズを回収し上清を捨てた。回収したビーズは4分割しそれぞれ20μlの20mMリン酸バッファーの入ったチューブに分注した。
【0042】
これら4本のチューブにUVを0分,5分,15分,30分間照射した。UV照射により切断されたリンカーの蛋白質連結部分は溶液中に存在することになる。さらに,この部分はFITCを持つため,UV照射後,溶液を電気泳動しFITCのバンドを確認することによって切断されたリンカーの量を測定した。また,UVによって切断されずに磁性体ビーズ上に残ったリンカーは,別途RNAseT1によってビーズ表面から切り離し,同様に確認することで切断されなかったリンカーの量も測定した。これらのサンプルは20%の8M 尿素変性ポリアクリルアミドゲル電気泳動後,蛍光イメージャーTyphoon(GE社)によって解析した。ビオチンを介してビーズ上に固定化されたリンカーのUV照射による切断に要する時間を図4に示す。これらの結果から、磁性体ビーズ上に本発明によるピューロマイシン・リンカーが存在する場合は,UVを30分照射することでほぼ90%の効率で切断できることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】図1は,本発明の核酸リンカーの構造を示す。
【図2】図2は,実施例で合成した本発明の核酸リンカーの1つの態様を示す。
【図3】図3は,UV照射による核酸リンカーの切断を示す。
【図4】図4は,UV照射によるビーズ固定化核酸リンカーの切断を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
mRNAと,前記mRNAによりコードされる蛋白質との複合体を製造するための核酸リンカーであって,前記核酸リンカーは,
前記mRNAとハイブリダイズしうる1本鎖ポリヌクレオチド部分;および
前記1本鎖ポリヌクレオチド部分から枝分かれした状態で結合しており,末端に蛋白質連結部分を有するアーム部分;
を含み,前記アーム部分は光切断性部位または1本鎖核酸切断酵素切断部位を含むことを特徴とする核酸リンカー。
【請求項2】
1本鎖ポリヌクレオチド部分がその3’側の領域に前記mRNAの3’末端領域とハイブリダイズしうる配列を有し,3’末端が前記mRNAからcDNAへの逆転写のプライマーとして機能する,請求項1記載の核酸リンカー。
【請求項3】
1本鎖ポリヌクレオチド部分が,その3’側の領域に前記mRNAの3’末端領域とハイブリダイズしうる配列を有し,その5’側の領域に制限酵素認識部位を有する,請求項1記載の核酸リンカー。
【請求項4】
1本鎖ポリヌクレオチド部分が,その3’側の領域に前記mRNAの3’末端領域とハイブリダイズしうる配列を有し,その5’側の領域に1本鎖RNA核酸切断酵素切断部位を有する,請求項1記載の核酸リンカー。
【請求項5】
蛋白質連結部分が,ピューロマイシン,3’−N−アミノアシルピューロマイシンアミノヌクレオシドまたは,3’−N−アミノアシルアデノシンアミノヌクレオシドの化学構造骨格を含む,請求項1記載の核酸リンカー。
【請求項6】
mRNAと、これに相補的なcDNAと,前記mRNAによりコードされる蛋白質と,請求項1〜5のいずれかに記載の核酸リンカーとを含み,前記mRNA/cDNAと前記蛋白質とが前記核酸リンカーを介して連結されているmRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体。
【請求項7】
mRNAと、これに相補的なcDNAと,前記mRNAによりコードされる蛋白質とが請求項1〜5のいずれかに記載の核酸リンカーを介して連結されているmRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を製造する方法であって,
前記mRNAと前記核酸リンカーとをアニーリングさせ,
前記mRNAの3’末端と前記核酸リンカーの5’末端とをライゲーションさせ,
無細胞蛋白質翻訳系で前記mRNAから蛋白質を合成することにより,蛋白質のC末端が前記核酸リンカーの蛋白質連結部分と結合しているmRNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を生成し,
前記mRNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を逆転写反応に供して,mRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を生成する,
の各工程を含む方法。
【請求項8】
標的分子と結合する蛋白質をコードするcDNAを選択する方法であって,
mRNAと、これに相補的なcDNAと,前記mRNAによりコードされる蛋白質とが請求項1〜5のいずれかに記載の核酸リンカーを介して連結されているmRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を調製し,
前記mRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を標的分子と接触させ,
光を照射して標的分子と結合したmRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を核酸リンカーの光切断性基の部位で切断するか,または1本鎖核酸切断酵素を作用させて標的分子と結合したmRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を核酸リンカーの1本鎖核酸切断酵素切断部位で切断し,
mRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体から切断されたmRNA/cDNAを回収する,
の各工程を含む方法。
【請求項9】
標的分子と結合する蛋白質を同定する方法であって,
mRNAと、これに相補的なcDNAと,前記mRNAによりコードされる蛋白質とが請求項1〜5のいずれかに記載の核酸リンカーを介して連結されているmRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を調製し,前記mRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を標的分子と接触させ,
光を照射して標的分子と結合したmRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体を核酸リンカーの光切断性基の部位で切断するか,または1本鎖核酸切断酵素を作用させて標的分子と結合したmRNA/cDNA−核酸リンカー−蛋白質複合体からmRNA/cDNAを回収し,回収されたcDNAの塩基配列を決定することにより,前記回収されたcDNAがコードする蛋白質を同定する,
の各工程を含む方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−253176(P2008−253176A)
【公開日】平成20年10月23日(2008.10.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−97572(P2007−97572)
【出願日】平成19年4月3日(2007.4.3)
【出願人】(506367434)ジェナシス株式会社 (6)
【Fターム(参考)】