説明

高電流密度ガスシールドアーク溶接方法

【課題】高溶着量を得ながら、大幅なスパッタ低減を実現することが可能な高電流密度ガスシールドアーク溶接方法を提供することにある。
【解決手段】フラックス入りワイヤを電極ワイヤとしてパルスアーク溶接を行なう高電流密度ガスシールドアーク溶接方法であって、パルスアーク溶接のパルス電流において、パルスピーク期間Tpのパルスピーク電流密度を400〜950A/mm、パルスベース期間Tbのパルスベース電流密度を200A/mm以上、かつ、そのときのパルスピーク電流密度との差を200〜400A/mm、平均電流密度を350〜750A/mmとして溶接することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、輸送機、建設機械等の分野におけるすみ肉や開先内を1層あるいは多層盛り溶接する場合等に用いられる高電流密度ガスシールドアーク溶接方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
輸送機、建設機械等の分野では、消耗電極式ガスシールドアーク溶接を用いて、すみ肉や開先内を1層あるいは多層盛り溶接することが多い。その際、高能率化を狙い、高電流を用いてワイヤ溶融速度を増加させる手法がとられている。しかし、電流密度の増加に伴い、スパッタが多量に発生するため、溶接部の外観が損なわれる上、スパッタ除去工程の手間が増え、生産効率を低下させている。
【0003】
前記分野で一般的に使用されるのはソリッドワイヤであるが、ソリッドワイヤを用いて300A/mm以上の高電流密度で溶接すると、ローテーティング移行と呼ばれる溶滴移行形態を呈する。すなわち、図2(a)に示すように、給電チップからアーク発生点までのワイヤ突出し部1において、ジュール発熱が過大となり、軟化・溶融したワイヤがその先端部より伸び、その先端溶融部2がアーク4を伴って回転しながら移行する。
【0004】
また、溶滴移行形態には、ローテーティング移行以外にも、例えば、図2(b)に示すようなワイヤ突出し部1の外径よりも大きな溶滴3が反発しながら移行するグロビュラー移行、図2(c)に示すようなワイヤ突出し部1の外径よりも小さな溶滴3が移行するスプレー移行等がある。そして、ローテーティング移行では、離脱した溶滴の大半が周囲に飛散することとなり、このときのスパッタ発生量は著しいものとなる。グロビュラー移行では、大粒スパッタが多量に発生する。スプレー移行では、スパッタの発生量が少ないものとなる。したがって、スパッタ発生量の低減には、スプレー移行の安定化が重要なこととなる。
【0005】
一方、すみ肉溶接や多層盛り溶接等に用いられる高電流密度ガスシールドアーク溶接方法として、特許文献1〜3では、以下のような溶接方法が提案されている。
特許文献1では、ソリッドワイヤを電極ワイヤとして用い、40〜70体積%のアルゴン、25〜60体積%のヘリウム、3〜10体積%の二酸化炭素、0.1〜1体積%の酸素を含有する4種混合ガスをシールドガスとして用いることによって、高溶着量を得る溶接方法が提案されている。
【0006】
特許文献2では、スラグ系フラックス入りワイヤを電極ワイヤとして用い、更に炭酸ガスをシールドガスとして用い、300A/mm以上の電流密度で溶接することによって、高溶着量を得ると同時にスラグによるビード平滑効果も得られる溶接方法が提案されている。
【0007】
特許文献3では、比抵抗ρが25〜65μΩcm、かつSを0.010〜0.040質量%含有し、K=20〜40(K=505・S+0.41・ρ)を満足するソリッドワイヤを用い、シールドガスとしてCO:2〜20体積%、O:1〜10体積%の一方または双方がCO+2×Oで20体積%以下かつ残りがArよりなる混合ガスを用い、300A/mm以上の電流密度で溶接することによって、良好な溶込み形状が得られる溶接方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開昭59−45084号公報
【特許文献2】特開平03−169485号公報
【特許文献3】特開平03−35881号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1の溶接方法においては、スプレー移行(図2(c)参照)を安定化させることを目的としているが、更に電流密度が高くなった場合のローテーティング移行を改善するまでには至らず、多量のスパッタを発生させるという問題がある。
【0010】
また、特許文献2の溶接方法においては、炭酸ガスをシールドガスとして用いるため、グロビュラー移行(図2(b)参照)となり、大粒スパッタが多量に発生するという問題がある。
【0011】
さらに、特許文献3の溶接方法においては、ローテーティング移行(図2(a)参照)の安定化による溶込み形状の安定化を狙ったものであるが、ローテーティング移行に伴う小粒スパッタの発生を抑制することはできず、ビード近傍には多量のスパッタが付着するという問題がある。このような微小スパッタの付着は、除去が困難であり、生産効率の低下につながる。
【0012】
そこで、本発明は、このような問題を解決すべく創案されたもので、その目的は、高溶着量を得ながら、大幅なスパッタ低減を実現することが可能な高電流密度ガスシールドアーク溶接方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記課題を解決するために、本発明に係る高電流密度ガスシールドアーク溶接方法は、フラックス入りワイヤを電極ワイヤとしてパルスアーク溶接を行なう高電流密度ガスシールドアーク溶接方法であって、前記パルスアーク溶接のパルス電流において、パルスピーク期間のパルスピーク電流密度を400〜950A/mm、パルスベース期間のパルスベース電流密度を200A/mm以上、かつ、そのときのパルスピーク電流密度との差を200〜400A/mm、平均電流密度を350〜750A/mmとして溶接することを特徴とする。
【0014】
前記構成によれば、フラックス入りワイヤと共にパルスアーク溶接におけるパルスピーク電流密度、パルスベース電流密度および平均電流密度を所定範囲に設定することによって、高電流密度溶接時でもスプレー移行が安定化してスパッタ発生量を低減できると共に、従来の溶接方法と比較して同一溶接電流時の溶着量を大幅に増加させることができる。
【0015】
本発明に係る高電流密度ガスシールドアーク溶接方法は、前記シールドガスとして、CO:5〜35体積%で残部がArである混合ガスを用いることを特徴とする。
【0016】
前記構成によれば、所定のシールドガスを用いることによって、高電流密度パルスアーク溶接の際のスパッタ発生量を低減できると共に、酸化物の生成を抑制でき、スラグ発生量を低減できる。さらに、ArとCOの2種混合ガスは、シールドガスとして特殊なガスではなく広く用いられているガスであるため、汎用性および経済性が向上する。
【0017】
本発明に係る高電流密度ガスシールドアーク溶接方法は、前記フラックス入りワイヤにおいて、鋼製外皮に充填されるフラックスの充填率がワイヤ全質量に対して10〜25質量%であり、ワイヤ全質量に対して、C:0.08質量%以下、Si:0.5〜1.5質量%、Mn:1.5〜2.5質量%、Ti:0.1〜0.3質量%を含有することを特徴とする。
【0018】
前記構成によれば、所定の成分組成を有するフラックス入りワイヤであることによって、パルスアーク溶接の際の溶滴移行の乱れを少なくでき、スパッタ発生量を低減できると共に、スラグ発生量も低減できる。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る高電流密度ガスシールドアーク溶接方法によれば、パルスアーク溶接の際の電流密度を所定範囲とすることによって、高溶着量を得ながら、大幅なスパッタ低減を実現することが可能となる。その結果、従来以上の高能率溶接が実現できると共に、スパッタ除去工程の手間を低減できるため、更に溶接工程の能率が向上する。また、多層盛り溶接時のスラグ除去工程の手間を低減できる。加えて、美しい外観を有する溶接部を得ることができる。
【0020】
本発明に係る高電流密度ガスシールドアーク溶接方法によれば、パルスアーク溶接の際に所定組成のAr−CO混合ガスを用いることによって、スパッタ発生量を低減しながら、スラグ発生量を低減することが可能となる。加えて、Ar-COはシールドガスとして広く用いられているガスであるため、汎用性および経済性に優れたものとなる。
【0021】
本発明に係る高電流密度ガスシールドアーク溶接方法によれば、パルスアーク溶接の際に所定組成のフラックス入りワイヤを用いることによって、スパッタ発生量およびスラグ発生量をさらに低減することが可能となる。加えて、ビード形状が良好な溶接部を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明に係る高電流密度ガスシールドアーク溶接方法におけるパルス波形の名称を示す模式図である。
【図2】溶接における溶滴の移行形態であって、(a)はローテーティング移行、(b)はグロビュラー移行、(c)はスプレー移行を示す模式図である。
【図3】高電流密度ガスシールドアーク溶接方法に用いる溶接装置の一例を模式的に示す構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
まず、本発明に係る高電流密度ガスシールドアーク溶接方法に用いる溶接装置について説明する。溶接装置は、ガスシールドパルスアーク溶接を行う溶接装置であれば、特に限定されるものではなく、従来公知の溶接装置が用いられる。
【0024】
例えば、図3に示すように、溶接装置100は、消耗電極となるフラックス入りワイヤ108とそのフラックス入りワイヤ108の外周部にシールドガスを供給するシールドガスノズル(図示せず)とを先端に備える溶接トーチ106と、溶接トーチ106が先端に取り付けられ、その溶接トーチ106を被溶接材107の溶接線に沿って移動させるロボット104と、溶接トーチ106にフラックス入りワイヤ108を供給するワイヤ供給部101と、ワイヤ供給部101を介してフラックス入りワイヤ108にパルス電流を供給してフラックス入りワイヤ108と被溶接材107との間でパルスアークを発生させる溶接電源部102と、溶接電源部102のパルス電流を制御する電源制御部103とを備える。また、溶接装置100は、溶接トーチ106を移動させるためのロボット動作を制御するロボット制御部105をさらに備えてもよい。なお、電源制御部103およびロボット制御部105は、CPU、ROM、RAM、HDD、入出力インタフェース等を備えている。
【0025】
本発明に係る高電流密度ガスシールドアーク溶接方法は、前記した溶接装置を用いてパルスアーク溶接を行う際に、電源制御部でのパルス電流の制御を所定条件で行う、具体的にはパルス電流密度の範囲を規定することを特徴とするものである。以下、本発明に係る高電流密度ガスシールドアーク溶接方法について説明する。
【0026】
本発明に係る高電流密度ガスシールドアーク溶接方法は、フラックス入りワイヤを電極ワイヤとしてパルスアーク溶接を行なうもので、パルスアーク溶接のパルス電流におけるパルスピーク期間のパルスピーク電流密度、パルスベース期間のパルスベース電流密度および平均電流密度を所定範囲に規定したものである。
【0027】
ここで、パルスは、図1に示すように、パルス電源を用いて作りだされる矩形もしくは台形の形を繰り返す電流波形である(図1では矩形)。そして、本発明では、矩形もしくは台形の上底部分の時間をパルスピーク期間Tp、下底部分の時間をパルスベース期間Tb、それぞれの電流をパルスピーク電流Ipおよびパルスベース電流Ibとし、平均電流Iaは、溶接電流の時間積分を時間的に平均化したものとする。図1の矩形波の場合、Ia=(Ip・Tp+Ib・Tb)/(Tp+Tb)となる。なお、それぞれの電流値をワイヤ中の電流経路断面積で除したものを電流密度とする。
【0028】
本発明にフラックス入りワイヤを用いる理由について、以下に説明する。
ソリッドワイヤを用いた高電流密度ガスシールドアーク溶接では、ローテーティング移行となり、多量のスパッタが発生する。このローテーティング移行(現象)は、ソリッドワイヤが均一断面を有していることと、不安定アークの電磁気力の作用に起因している。すなわち、均一断面を有するソリッドワイヤの先端部は、高電流密度時に軟化して伸びやすく、高電流により不安定となったアークがわずかでも偏向すると、伸びた先端溶融部2に流れる高電流と形成された磁場の相互作用により、先端溶融部2に向心力が働く。このような過程によって先端溶融部2がわずかでも揺れだすと、ローレンツ力により定常的に回転を始める(図2(a)参照)。
【0029】
そして、ローテーティング現象は平均電流密度が300A/mm以上となると発生し易くなり、これにパルス溶接を適用しても、それ以下の電流で実施されるようなパルススプレー移行(図2(c)参照)にならない上、ローテーティング現象(図2(a)参照)を抑制することはできず、パルス溶接におけるパルスピーク期間Tp(図1参照)の高電流により逆にローテーティング現象を助長してしまう場合もある。したがって、ソリッドワイヤでは、高電流密度時にパルスアーク溶接を適用しても低スパッタ化の実現が極めて困難である。
【0030】
一方、フラックス入りワイヤは、筒状に形成された鋼製外皮部と、その筒内に充填されたフラックスとからなるものである。したがって、フラックス入りワイヤでは、中心にフラックスが存在する不均一断面であるため、ワイヤ断面の温度分布が不連続となり、高電流密度時でも突出し部が軟化・溶融して先端が伸びる現象を低減できる。また、これにパルスアークを適用すると、自身が形成する磁場およびプラズマ気流によりアークの硬直性を高めることができ、高電流密度時でも不安定アークを抑制できるため、ローテーティング現象のきっかけを生まない。その結果、高電流密度時でもパルススプレー移行が可能となり、その溶滴はパルスピーク期間Tpの高い電磁ピンチ力によってワイヤ先端からスムーズに離脱し、溶融池に吸収される。さらに、パルス電流を用いることにより、ワイヤ突出し部におけるジュール発熱効果が高くなるため、同一平均電流において溶着量を増加させることができる。故に、本発明では、フラックス入りワイヤを用いる。
【0031】
しかしながら、フラックス入りワイヤでは、実質的に電流の流れないフラックス中心部を有し、主に鋼製外皮部に高電流が流れるため、その電流密度は極めて高くなり、場合によっては鋼製外皮部のみ局所的に溶融する不安定現象を誘発し、アーク安定性が劣化してスパッタが発生する。これは、鋼製外皮部のジュール発熱が過大になることに起因しており、特に、ソリッドワイヤのパルスアーク溶接で一般的に適用されるようなパルスピーク電流Ipとパルスベース電流Ibをそのまま適用し、パルスピーク期間Tpとパルスベース期間Tbの電流密度差が400A/mm以上と大きくなった場合に生じやすい。したがって、一般的に用いられるパルスアーク溶接の電流波形をそのままフラックス入りワイヤに転用してもローテーティング現象は防止できるがスパッタを低減することはできない。
【0032】
本発明の発明者は、前記したように、フラックス入りワイヤを用いることにより、先端溶融部が伸びる頻度を低減し、パルス電流を用いることにより、アーク自身の硬直性を高めて不安定アークを抑制した結果、高電流密度ガスシールドアーク溶接でもスプレー移行が可能となることを見出した。ただし、従来のソリッドワイヤに適用される一般的なパルス電流波形では、ローテーティング現象は防止できるが鋼製外皮部の局所的溶融による不安定現象が発生し、スパッタを低減できない。そこで、発明者は鋭意研究の結果、パルスピーク期間Tpのパルスピーク電流密度、パルスベース期間Tbのパルスベース電流密度および平均電流密度に着目し、フラックス入りワイヤに最適な電流密度範囲をそれぞれ規定することにより、高電流密度ガスシールドアーク溶接でもスパッタを低減できる溶接法を見出した。
【0033】
そして、その最適な電流密度範囲は、パルスピーク期間Tpのパルスピーク電流密度が400〜950A/mm、パルスベース期間Tbのパルスベース電流密度が200A/mm以上、かつ、そのときのパルスピーク電流密度との差が200〜400A/mm、平均電流密度が350〜750A/mmである。このような電流密度範囲で溶接を行うことによって、鋼製外皮部が均一に溶融し、溶融したフラックスと共にワイヤ先端で溶滴が形成され、パルスピーク期間Tpの電磁ピンチ力がこの溶滴をスムーズに離脱させる安定したスプレー移行が実施されるため、スパッタ発生量が極めて少ない。更にパルス化による溶着量向上効果も得られる。以下に、電流密度範囲の限定理由について述べる。
【0034】
(パルスピーク電流密度:400〜950A/mm
パルスピーク電流密度が400A/mm未満であると、アークの硬直性が不十分である上、パルス化による溶着量向上効果を得ることができない。また、パルスピーク電流密度が950A/mmを超えると、電流密度が過大となるため、鋼製外皮部の溶融が不均一となり、アーク安定性を劣化させてしまい、スパッタ発生量が増加する。
【0035】
(パルスベース電流密度:200A/mm以上、かつ、パルスピーク電流密度との差が200〜400A/mm
パルスベース電流密度が200A/mm未満であると、パルスベース期間Tpのアーク硬直性が不足し、不安定アークを誘発し、スパッタ発生量が増加する。また、そのときのパルスピーク電流密度との差が200A/mm未満であると、パルス化による溶着量向上効果が望めない。パルスピーク電流密度との差が400A/mmを超えると、鋼製外皮部の溶融が不均一となり、スパッタ発生量が増加する。
【0036】
(平均電流密度:350〜750A/mm
平均電流密度が350A/mm未満であると、溶着量が不足する。また、平均電流密度が750A/mmを超えると、溶着量が過大となり、アークによる掘下げ効果が有効に作用せず、溶込み不足や多層盛り溶接における融合不良等の溶接欠陥が発生する上、スパッタ発生量も増加する。
【0037】
本発明において、シールドガスは、その種類および成分組成等は特に限定されるものではない。好ましい例としては、シールドガスを、CO:5〜35体積%で残部がArである混合ガスとする。このような成分組成の混合ガスを用いることによって、パルスアーク溶接の際のスパッタ発生量およびスラグ発生量をさらに低減できる。
【0038】
(シールドガス:CO:5〜35体積%で残部がAr)
シールドガス中のCOが5体積%未満であると、フラックス入りワイヤを用いてもアークが溶滴上方へ這い上がり、高電流密度溶接時にワイヤ先端が溶融・軟化して伸びて、ローテーティング移行となり易い。その結果、アークが不安定となり、スパッタが多量に発生し易く、アークが蛇行してビード形状の揃いが不良となり易い。そして、COが35体積%を超えると、酸化性ガスとしてのCO分子の分解に伴う吸熱反応でアークが冷却され、溶滴の移行形態がグロビュラー移行(図2(b)参照)となり易く、大粒のスパッタが発生し易い。また、酸化性ガス(CO)の含有量が多くなるため、酸化物が生成し易く、スラグが多量に発生し易い。
【0039】
本発明において、フラックス入りワイヤは、その成分組成、鋼製外皮の材質、ワイヤ全断面積に対する鋼製外皮の断面積の比率、ワイヤ断面形状、ワイヤ径、フラックスの充填率等は特に限定されるものではない。
【0040】
好ましい例としては、フラックス入りワイヤを、鋼製外皮に充填されるフラックスの充填率がワイヤ全質量に対して10〜25質量%であり、ワイヤ全質量に対して、C:0.08質量%以下、Si:0.5〜1.5質量%、Mn:1.5〜2.5質量%、Ti:0.1〜0.3質量%を含有するものとする。なお、フラックス入りワイヤは、前記したC、Si、Mn、Tiを含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなるものである。そして、フラックス入りワイヤが前記した成分組成であることによって、スパッタ発生量およびスラグ発生量が低減されると共に、ビード形状が良好な溶接部を得ることができる。また、前記したC、Si、Mn、TiおよびFeは、鋼製外皮部およびフラックスの少なくとも一方に含有されている。
【0041】
(フラックスの充填率:10〜25質量%)
充填率が10質量%未満であると、アークの安定性が悪くなり、スパッタ発生量が増加すると共に、ビード外観不良が発生し易くなる。一方、充填率が25質量%を超えると、フラックス入りワイヤの断線等が発生し易くなる。
【0042】
(C:0.08質量%以下)
Cは、黒鉛の他、鋼製外皮、フェロマンガン、フェロシリコンマンガンおよび鉄粉等に含まれ、溶接金属の強度を確保するために重要な成分である。また、特にAr−CO混合ガスを用いた高電流密度ガスシールドアーク溶接では、アークの安定性に及ぼす影響が大きく、アークの集中性と安定性を確保するためにはCが必要となる。ただし、Cが0.08質量%を超えると、シールドガス中の酸素と反応してガス化したCOが溶滴内から放出され、溶滴移行を乱しやすく、スパッタ発生量が増大し易くなる。また、Cは、アーク安定性の観点から0.02質量%以上であることがさらに好ましい。
【0043】
(Si:0.5〜1.5質量%)
Siは、鋼製外皮、金属シリコン、フェロシリコンおよびフェロシリコンマンガン等から添加され、溶接金属の強度を確保するために必要な成分であり、脱酸剤としても必要である。また、ビードのなじみを良好にする効果もある。Siが0.5質量%未満であると、溶接金属の強度が不足する上、350A/mm以上の高電流密度ガスシールアーク溶接では脱酸不足となり、ブローホール等の欠陥が発生し易くなる。また、溶滴の離脱性が劣化して先端が伸び易く、スパッタ発生量がやや多くなる。更にビードのなじみが劣化し、美しいビード形状が得難くなる。一方、Siが1.5質量%を超えると、スラグ発生量が増加し易くなる。
【0044】
(Mn:1.5〜2.5質量%)
Mnは、鋼製外皮、金属マンガン、フェロマンガンおよびフェロシリコンマンガン等により添加され、溶接金属の強度および靭性を確保するために必要な成分であり、脱酸剤としても必要である。350A/mm以上の高電流密度ガスシールドアーク溶接において、Mnが1.5質量%未満であると脱酸不足となり、ブローホール等の欠陥が発生し易くなる。また、溶滴の離脱性が劣化して先端が伸び易く、スパッタ発生量がやや多くなる。一方、Mnが2.5質量%を超えるとスラグ発生量が増加し易くなる。
【0045】
(Ti:0.1〜0.3質量%)
Tiは、鋼製外皮、金属チタン、フェロチタンおよびTiO等により添加される強脱酸剤である。また、溶接金属の強度および靭性を確保するために必要な成分である。特に、Tiが0.1質量%未満であると、溶滴の離脱性が劣化して先端が伸びやすく、スパッタ発生量がやや多くなる。一方、Tiが0.3質量%を超えると、スラグ発生量が増加する上、スラグ剥離性も劣化し易くなる。なお、Ti含有量はメタルTiとして換算する。
【0046】
フラックス入りワイヤは、前記の各成分に加えて、通常のフラックス入りワイヤに含まれるスラグ生成材、脱酸素剤及び弗化物等を含有してもよい。なお、フラックス入りワイヤは、高電流密度で高溶着量を得る観点から、ワイヤ径が1.2〜1.6mmφであることが好ましい。
【実施例1】
【0047】
本発明の第1の実施例について説明する。
以下に示す溶接条件、および、表1に示すシールドガスおよびパルスパラメータ(パルス電流密度)を用いて、アーク溶接を行い、スパッタ発生量および溶着量を測定、評価した。その結果を表1に示す。
なお、スパッタ発生量は、銅箱内にてビードオンプレート溶接を行い、銅箱内に捕集されたスパッタの重量で評価し、1g/min以上のものをスパッタ発生量が多い(不良:×)、1g/min未満のものをスパッタ発生量が少ない(良好:○)とした。
また、溶着量は、溶接前後の試験板重量変化量で評価し、150g/min未満のものを溶着量が低い(不良:×)、150g/min以上のものを溶着量が高い(良好:○)とした。
そして、総合評価としては、スパッタ発生量および溶着量のいずれもが良好である場合を合格(○)、スパッタ発生量および溶着量の少なくとも一方が不良の場合を不合格(×)とした。
【0048】
(溶接条件)
ワイヤ(ソリッド):JIS Z3312:1999 YGW11
ワイヤ(FCW ):JIS Z3313:1999 YFW−C50DM
(C)0.04質量%、(Si)1.0質量%、(Mn)2.0質量%、(Ti)0.2質量%、(フラックス充填率)15質量%
試験板(母材):SS400 25mmt
チップ母材間距離:25mm
トーチ前進角:20度
溶接速度:60cm/分
【0049】
【表1】

【0050】
表1に示すように、本発明の要件を満足する実施例(No.17〜23)は、スパッタ発生量が少なく、高溶着量であるため、合格であった。
【0051】
これに対し、本発明の要件を満足しない比較例(No.1〜16)は、以下の通りであった。比較例(No.1〜3)は、Ar−COをシールドガスとしてソリッドワイヤを用いているため、ローテーティング移行となり、スパッタ発生量が多く、不合格であった。比較例(No.4〜5)は、100体積%COをシールドガスとして用いているため、グロビュラー移行となり、スパッタ発生量が多く、不合格であった。比較例(No.6〜7)は、溶接電流としてパルス電流を用いていないため、スパッタ発生量が多く、不合格であった。
【0052】
比較例(No.8〜9)は、パルスベース電流密度が下限値未満であり、パルスピーク電流密度とパルスベース電流密度との差が上限値を超えるため、鋼製外皮部の溶融が不均一となり、スパッタ発生量が多く、不合格であった。比較例(No.10)は、平均電流密度が下限値未満であるため、溶着量が低く、不合格であった。比較例(No.11)は、パルスピーク電流密度、パルスベース電流密度および平均電流密度が下限値未満であるため、溶着量が低い上、スパッタ発生量が多く、不合格であった。比較例(No.12)は、パルスベース電流密度が下限値未満であるため、スパッタ発生量が多く、不合格であった。比較例(No.13)は、パルスピーク電流密度、パルスピーク電流密度とパルスベース電流密度との差、および、平均電流密度が下限値未満であるため、溶着量が低く、不合格であった。比較例(No.14)は、パルスピーク電流密度、および、パルスピーク電流密度とパルスベース電流密度との差が上限値を超えるため、スパッタ発生量が多く、不合格であった。比較例(No.15)は、パルスピーク電流密度、パルスベース電流密度および平均電流密度が下限値未満であるため、スパッタ発生量が多くなると共に、溶着量も低く、不合格であった。比較例(No.16)は、平均電流密度が上限値を超えるため、スパッタ発生量が多く、不合格であった。
【実施例2】
【0053】
本発明の第2の実施例について説明する。
以下に示す溶接条件、および、表1に示すフラックス入りワイヤを用いて、前記した実施例1と同様にしてアーク溶接を行い、スパッタ発生量およびスラグ発生量を測定、評価した。その結果を表2に示す。
なお、スパッタ発生量は、前記した実施例1と同様にして測定、評価し、0.6g/min以上1g/min未満のものをスパッタ発生量が少ない(○)、0.6g/min未満のものをスパッタ発生量がさらに少ない(◎)とした。
また、スラグ発生量は、開先角度35度のレ型開先内を2層2パス(溶接長30cm)で溶接し、発生したスラグを全量捕集し、その重量で評価した。7g以下のものをスラグ発生量が少ない(◎)、7gを超えるものをスラグ発生量が多い(○)とした。
そして、総合評価としては、スパッタ発生量およびスラグ発生量のいずれもが(◎)である場合を優れている(◎)、スパッタ発生量およびスラグ発生量の少なくとも一方が(○)である場合を良好(○)とした。
【0054】
(溶接条件)
ワイヤ径:1.4mm
シールドガス:Ar−20体積%CO
試験板(母材):SS400 25mmt
チップ母材間距離:25mm
溶接速度:60cm/分
パルスピーク電流密度:520A/mm
パルスベース電流密度:280A/mm
平均電流密度:460A/mm
【0055】
【表2】

【0056】
表2に示すように、本発明の要件を満足する実施例(No.24〜38)において、ワイヤ成分の含有量が好適範囲内である実施例(No.31〜38)は、ワイヤ成分の含有量が好適範囲を外れる実施例(No.24〜30)に比べて、スパッタ発生量およびスラグ発生量が少なく、優れていた。なお、実施例1と同様にして溶着量を測定した結果、実施例(No.24〜38)の溶着量は全て150g/min以上と高いものであった。
【符号の説明】
【0057】
1 ワイヤ突出し部
2 先端溶融部
3 溶滴
4 アーク
Tp パルスピーク期間
Tb パルスベース期間
Ip パルスピーク電流
Ib パルスベース電流

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フラックス入りワイヤを電極ワイヤとしてパルスアーク溶接を行なう高電流密度ガスシールドアーク溶接方法であって、
前記パルスアーク溶接のパルス電流において、パルスピーク期間Tpのパルスピーク電流密度を400〜950A/mm、パルスベース期間Tbのパルスベース電流密度を200A/mm以上、かつ、そのときのパルスピーク電流密度との差を200〜400A/mm、平均電流密度を350〜750A/mmとして溶接することを特徴とする高電流密度ガスシールドアーク溶接方法。
【請求項2】
前記シールドガスとして、CO:5〜35体積%で残部がArである混合ガスを用いることを特徴とする請求項1に記載の高電流密度ガスシールドアーク溶接方法。
【請求項3】
前記フラックス入りワイヤは、鋼製外皮に充填されるフラックスの充填率がワイヤ全質量に対して10〜25質量%であり、ワイヤ全質量に対して、C:0.08質量%以下、Si:0.5〜1.5質量%、Mn:1.5〜2.5質量%、Ti:0.1〜0.3質量%を含有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の高電流密度ガスシールドアーク溶接方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2011−218437(P2011−218437A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−92998(P2010−92998)
【出願日】平成22年4月14日(2010.4.14)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】