説明

AL−Cr−B−N/Ti−Al−N多層被覆を有する切削工具

本発明は、固体本体表面の少なくとも部分の上に堆積され、物理蒸着法によって堆積されたAl−Cr−B−N個別層を多層構造中に含有する多層被覆システムであって、多層被覆システムの全体厚みの少なくとも部分において、Al−Cr−B−N個別層はTi−Al−N個別層と組合され、Al−Cr−B−NおよびTi−Al−N個別層は互いに交互に堆積され、Al−Cr−B−N個別層の厚みはTi−Al−N個別層の厚みよりも大きく、これにより多層被覆システムの残留応力は対応の類似のAl−Cr−B−N単層被覆の残留応力と比較してかなり低いことを特徴とする、多層被覆システムに関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物理蒸着法を用いて堆積される被覆に関する。これらの被覆は、主にアルミニウム、クロム、および硼素の窒化物に基づいており、改良された耐摩耗性を有している。さらに、これらの被覆は特に切削工具に適用されてもよい。
【0002】
本発明に従うと、Al−Cr−B−N膜は多層被覆構造の一部である。
【背景技術】
【0003】
現行技術
Ti−Al−NおよびCr−Al−Nの両者とも十分に確立された耐摩耗性被覆システムである。一方で、Ti−Al−Nはたとえば硬化鋼の機械加工に広く用いられている。これは酸素の存在下で約900℃まで構造的に安定している。しかしながら、Ti−Al−Nは600℃よりも高い温度で著しく硬度を失ってしまう。他方で、Cr−Al−Nは、少なくとも酸素雰囲気中での高温適用例の後で、Ti−Al−Nよりも高い硬度と、より優れた耐酸化性とを有している。Cr−Al−Nは、酸素の存在下で1100℃まで構造的に安定ですらある。しかしながら、他の被覆と比較して、Cr−Al−Nは、硬化鋼を機械加工する際に被覆切削工具の性能を本質的に向上させることはない。
【0004】
チタンおよびアルミニウムの窒化物、ならびにクロムおよびアルミニウムの窒化物の非常に興味深い性質により、被覆システムの多数の新たな設計は、依然としてこれらの窒化物を含んでいるかまたはそれらに基づいている。
【0005】
文献WO2006084404は、摩耗に対する保護も必要とする切削工具を保護するための、耐酸化性が極めて高い硬い被覆として特に用いられるように設計された被覆システムを開示する。記載の被覆システムは、少なくとも、基板の表面上の主層と、埋込層と、外側表面層とを備え、表面層はAlCrZを備え、ここでZは、N、C、B、CN、BN、CBN、NO、CO、BO、CNO、BCNO、またはCBNOであり得る。埋込層は、金属の窒化物、炭化物、もしくは炭窒化物、金属窒化珪素、炭化珪素、または窒炭化珪素の材料のうちいずれか1つを備え、金属は、IVB、VBもしくはVIB族の少なくとも1つの遷移金属、または材料の多層、または少なくとも1つの金属もしくは好ましくはダイヤモンドライクカーボン層である炭素を備える材料のうちの1つの材料もしくはその組合せもしくはその多層である。主層は、窒化物、炭化物、もしくは窒炭化物、または窒化物、炭化物、もしくは窒炭化物材料の多層を備える。主層は、好ましくはAlCr、AlTi、Cr、Ti、AlCrN、AlTiN、TiN、またはCrNである上述の遷移金属または金属窒化物であり得る介入接着層を介してまたは直接に、被加工物上に堆積可能である。
【0006】
同様に、WO2008037556には、TiAlNとの組合せも企図するAlCrNベースの被覆システムが開示される。より正確には、文献WO2008037556には、(Al1-a-b-cCrabc)Xという組成を有する少なくとも1つの層からなる、耐摩耗性を向上させるための被覆システムであって、Xは、N、C、CN、NO、CO、CNOのうち少なくとも1つであり、Zは、(Nbとも称される)W、Mo、Ta、Cbのうち少なくとも1つであり、有効な0.2≦a≦0.5、0.01≦b≦0.2、かつ0.001≦c≦0.04である、被覆システムが開示される。さらに、扱われる少なくとも1つのAlCrBZX層は、これにより、被加工物本体の表面上に直接に塗布されてもよく、または被覆システムの最外層を形成するように塗布されてもよいと開示されている。同様に、少なくとも1つのAlCrBZX層は、被加工物本体の表面側の第1の層サブシステムと被覆本体の表面側の第2の層サブシステムとの間の多層システム内に埋込まれてもよいと言及されている。またさらに、多層システムでは、化学量論組成および/または材料組成が等しいまたは異なる、扱われるAlCrBZX層のうち2つ以上を設けてもよいと言及されている。これにより、AlCrBZX型のそのような層は、異なる化学量論組成および/または材料組成で互いの上に直接に存在してもよく、またはそれぞれの被覆層サブシステムによって離間されてもよい。さらに、被覆システムは、基板と最外層との間に(TidAle)Nまたは(CrfAlg)Nの少なくとも1つの中間層を備えてもよく、ここで、0.4≦d0.6、0.4≦e≦0.6、0.4≦f≦0.7、かつ0.3≦g≦0.6である。これにより、本体の表面とAlCrBZX層との間の多層サブシステムの1つの層となるように、扱われるTiAlNまたはCrAlN中間層を設けてもよい。さらに、被覆システムは、扱われる中間層の少なくとも1つとAlCrBZX層の少なくとも1つとの交互の層の多層を備えてもよい。
【0007】
さらに、文献特開2009−012139は、層の厚みが0.8−5μmである硬いAlCrBN被覆層でその表面が被覆された切削工具を開示する。記載のAlCrBN被覆層は、溶接性が高い材料の高速切削において高い硬度、優れた潤滑性、および耐摩耗性を与えると言及されている。開示されるAlCrBN被覆は、(AlXCr1-XY)NZという組成を有する基板表面上に堆積された第1の膜であって、0.5≦X≦0.7、0.001≦Y≦0.1、0.9≦Z≦1.25、X+Y<0.75である第1の膜と、(AlaCr1-ab)Ncという組成を有する、第1の膜上に堆積される第2の膜であって、0.4≦a≦0.7、1≦b≦2.5、0.25≦c≦0.68である第2の膜とからなる。被覆全体は、0.5≦α≦0.7、0.003≦β≦0.12、0.8≦γ≦1.25であるAlαCr1-αβγという平均組成を有する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
発明の目的
発明者らは、Al−Cr−B−Nの有効に単一の層の被覆が、十分に確立されたAl−Cr−N被覆と比較して、改良された硬度および摩擦挙動を呈することを観察した。しかしながら、さらなる改良の必要性が依然として存在する。Al−Cr−B−N被覆は、それらの興味深い性質にも拘らず、非常に高い残留応力も呈する。これは、これらの有望な被膜で被覆された工具の切削性能を悪化させる。これは、被覆の層間剥離を回避するために被覆中の特に低い残留応力が要件とされる、大きな被覆厚みを要件とする適用例においては特に不利である。
【0009】
本発明の目的は、Al−Cr−NおよびAl−Cr−B−N単層被覆と比較して低い残留応力、向上した硬度、および改良された摩耗係数を呈する被覆を提供することである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
発明の説明
Al−Cr−B−N被覆中で低減された残留応力を達成するため、好ましくは反応性陰極アークイオンプレーティング堆積法を用いて、物理蒸着プロセスによって異なる多層構造を形成した。
【0011】
発明者らは、驚くべきことに、Al−Cr−B−NおよびTi−Al−N個別層を交互に特に組合せる多層被覆構造が、特にAl−Cr−B−N個別層の厚みがTi−Al−N個別層の厚みよりも大きく、基本的にTi−Al−N個別層の厚みに対するAl−Cr−B−N個別層の厚みに関する比率2:1を支配的に維持する場合に、印象的な低い残留応力と印象的な高い硬度とを同時に呈することを観察した。Ti−Al−N個別層を加えることにより、被覆の弾性を大きく改良することができた。その結果、被覆の被覆接着強さ、耐久強さ、および靭性を全体的にかなり改良することができた。
【0012】
このように、発明者らは、向上した硬度および良好な摩擦性と組合せて低い残留応力を有する被覆を開示する。
【0013】
本発明の実施形態に従うと、Al−Cr−B−NとTi−Al−Nとの組合せは、少なくとも2つのTi−Al−N層と少なくとも2つのAl−Cr−B−N層とが交互に堆積され、基板表面に最も近い個別層がTi−Al−N層であり、被覆表面に最も近い個別層がAl−Cr−B−N層である多層構造中で実現される。より好ましくは、少なくとも3つのTi−Al−N層と少なくとも3つのAl−Cr−B−N層とが交互に堆積される。最初のTi−Al−N層は、他のTi−Al−N個別層と比較して異なる層厚みを有してもよく、接着層として用いるために基板表面上に直接に堆積されてもよい。最後のAl−Cr−B−N層は、他のAl−Cr−B−N個別層と比較して異なる厚みを有してもよく、最外層として堆積されてもよい。
【0014】
本発明の好ましい実施形態に従うと、Al−Cr−B−N/Ti−Al−N多層被覆は、工業規模のOerlikon Balzers INNOVA堆積システム中で3.5Paおよび500℃でN2雰囲気中で陰極アーク蒸発によって形成される。多層構造を形成するため、Al−Cr−B−N層は、AlxCryzという元素組成を有する、アルミニウム、クロム、および硼素を含有する少なくとも1つの合金化原料ターゲットから堆積され、ここで、x+y+z=1、x=1.8・y、かつ0.1≦z≦0.3である(x、yおよびzの値はここでは原子分率で与えられる)。Ti−Al−N層は、アルミニウムとチタンとを含有する少なくとも1つの合金化原料ターゲットから堆積される。この好ましい実施形態では、原子百分率で50:50の元素組成を有するTiAlターゲットを用いた。さらに、この実施形態に従う多層被覆の設計は、基板表面上に堆積された0.3μm厚のTi−Al−Nの最初の層、その後に引き続く交互に堆積した0.2μmのAl−Cr−B−Nおよび0.1μmのTi−Al−N個別層(多層のうちの2層周期の厚み:0.3μm)の8回の繰返し、ならびに最外層としての0.8μmのAl−Cr−B−N層からなって終わり、その結果、全体被覆厚みが約3.5μmになる。
【0015】
X線回折によって、すべての被覆がアズデポ状態で面心立方構造を呈することがわかった。X線光電子分光法は、Al−Cr−B−N最外層中のBxy相の形成を示すピークを示した。
【0016】
Bの含有量が増大する結果、粒子が微細になることも観察された。
元素組成および厚みを異ならせて単純な単層被覆として堆積された異なるAl−Cr−B−N被覆の機械的および摩擦性質を調べると、Al−Cr−B−N単層被覆は、約−1.5GPaの基本的に残留する応力および良好な耐摩耗性により、約43GPaの最大硬度を呈すると判断できた。
【0017】
同様の機械的および摩擦性質の調査は、本発明に従って形成された被覆においても行なわれた。Al−Cr−B−N単層被覆と比較して、本発明に従って形成されたAl−Cr−B−N/Ti−Al−N多層被覆の利点についての代表的な結論を得るため、多層被覆のAl−Cr−B−N個別層を、調査されたAl−Cr−B−N単層被覆の堆積で用いるのと類似の被覆パラメータによって形成した。比較のため、本発明に従って形成されたAl−Cr−B−N/Ti−Al−N多層被覆は、類似のAl−Cr−B−N単層被覆と同様の全体被覆厚みを有するように堆積された。
【0018】
この特許明細書の文脈では、類似のという用語は、その
−それぞれのAl−Cr−B−N層が、ターゲットの元素組成が等しい同種類の原料ターゲットを用いてかつ同じ被覆パラメータによって堆積され、かつ
−全体被覆厚みがほぼ等しい
Al−Cr−B−N単層被覆とAl−Cr−B−N/Ti−Al−N多層被覆とを関連付けるように用いられる。
【0019】
比較により、機械的および摩擦性質の顕著な改良がわかった。
特に驚くべきことは、本発明に従って形成された多層被覆が呈する、非常に高い硬度および非常に低い残留応力が同時に組合せて得られていることである。
【0020】
Al−Cr−B−N個別層の堆積のために、zの値が0.15から0.25の間にある合金化原料ターゲットAlxCryzを用いて本発明に従って形成された多層被覆は、最良の機械的および摩擦性質を呈した。約−0.25GPaという非常に低い残留応力および約50GPaという向上した硬度、ならびに500℃で4×10163/Nmの範囲の摩擦係数を含む改良された摩擦性質が測定できた。
【0021】
本発明に従って形成されたAl−Cr−B−N/Ti−Al−N多層被覆によって観察された極めて低い残留応力と、結果的に全体的に改良された被覆接着強さおよび耐久強さとに特によって、発明のさらなる好ましい実施形態は、たとえばスパッタリングおよびアーク蒸発法によって堆積される、従来の物理蒸着プロセスと比較して相対的な厚みの被覆厚みを有するAl−Cr−B−N/Ti−Al−N多層被覆の形成である。本発明のこの実施形態に従うと、全体的な被覆厚みが3μm以上、好ましくは5μm以上であるAl−Cr−B−N/Ti−Al−N多層被覆が堆積される。10μm、20μmよりも厚い、および30μmまでですらある被覆厚みを実現することができ、被覆は依然として上述のような優れた性質を保つ。いくつかの適用例ではそのような厚みが好ましい。というのも、それは寿命をさらに長くすらし得るからである。30μmよりも遥かに大きな厚みを実現することができる。
【0022】
本発明のさらなる好ましい実施形態に従うと、Al−Cr−B−N/Ti−Al−N多層被覆、被覆は、反応性陰極アーク蒸発によって形成される。アーク蒸発を用いた堆積により、ターゲットからの金属性材料の大きな粒子が被覆中に存在し、それらは組成および性質において被覆の残余から大きく乖離している。これは、アーク蒸発の際に反応性ガスと完全に反応しなかった典型的な液滴の発生の結果によるものである。これらの大きな粒子(液滴)は十分に小さく保たれ得るので、それらは本発明に従って形成されるAl−Cr−B−N/Ti−Al−N多層被覆の機械的、熱的、化学的、および摩擦性質を悪化させることがない。しかしながら、同時に、これらの大きな粒子は依然として、可塑性を加えることによって全体的な被覆耐久強さを改良するのに寄与する。
【0023】
本発明のさらなる好ましい実施形態に従うと、Al−Cr−B−N/Ti−Al−N多層被覆はナノ積層被覆であり、そのAl−Cr−B−N個別層は≦100nmの厚みを有し、好ましくは75から15nmの間のAl−Cr−B−NおよびTi−Al−Nナノ層の2層周期を有する。
【0024】
本発明のさらなる好ましい実施形態に従うと、Al−Cr−B−N/Ti−Al−N多層被覆、被覆は、基板への被覆接着のさらなる改良のための付加的な接着層および/またはたとえば装飾層もしくはなじみ層(running-in layer)であり得る付加的な最外層もしくは頂面層を含有する。
【0025】
本発明のさらなる好ましい実施形態に従うと、Al−Cr−B−N/Ti−Al−N多層被覆、被覆は、少なくとも1μmの厚みを有する少なくとも1つの区域を被覆厚み方向に有し、Al−Cr−B−N/Ti−Al−N多層構造は、Al−Cr−B−NおよびTi−Al−N個別層の2層周期が一定であることを特徴とする。
【0026】
本発明のさらなる好ましい実施形態に従うと、Al−Cr−B−N/Ti−Al−N多層被覆、被覆は、以前の実施形態で規定されるような一定の2層周期を有する少なくとも1つのAl−Cr−B−N/Ti−Al−N多層構造区域を被覆厚み方向に有し、さらに一定の2層周期を有する少なくとも1つの多層構造区域の中に含有されるTi−Al−N個別層として厚みが異なる少なくとも1つのTi−Al−N層を有する。
【0027】
本発明のさらなる好ましい実施形態に従うと、Al−Cr−B−N/Ti−Al−N多層被覆、被覆は、以前の実施形態で規定されるような一定の2層周期を有する少なくとも1つのAl−Cr−B−N/Ti−Al−N多層構造区域を被覆厚み方向に有し、さらに一定の2層周期を有する少なくとも1つの多層構造区域に含有されるAl−Cr−B−N個別層として厚みが異なる少なくとも1つのAl−Cr−B−N層を有する。
【0028】
固体本体表面の少なくとも部分の上に堆積され、物理蒸着法によって堆積されたAl−Cr−B−N個別層を多層構造中に含有する多層被覆システムが開示され、これは、多層被覆システムの全体厚みのうちの少なくとも部分において、Al−Cr−B−N個別層がTi−Al−N個別層と組合され、Al−Cr−B−NおよびTi−Al−N個別層が互いに交互に堆積され、Al−Cr−B−N個別層の厚みはTi−Al−N個別層の厚みよりも大きく、これにより多層被覆システムの残留応力は対応の類似のAl−Cr−B−N単層被覆システムの残留応力と比較してかなり低く、好ましくは多層被覆システムの硬度は対応の類似のAl−Cr−B−N単層被覆の硬度以上であることを特徴とする。
【0029】
前に言及したような多層被覆システムにおいて、Al−Cr−B−NおよびTi−Al−N個別層が互いに交互に堆積される被覆部分におけるTi−Al−N個別層に対するAl−Cr−B−N個別層の厚みの比率は、基本的に2:1であり得る。
【0030】
前に言及したような多層被覆システムにおいて、Al−Cr−B−NおよびTi−Al−N個別層が互いに交互に堆積される被覆部分に含有されるAl−Cr−B−N層の層組成はAlaCrbcdであり得、ここでa+b+c=1、a=9/5・y、0.1≦z0.3であり、a、b、およびcは、元素のバランスについて元素Al、CrおよびBのみを考慮する元素分析後に判断された原子分率である。
【0031】
前に言及したような多層被覆システムにおいて、Al−Cr−B−NおよびTi−Al−N個別層が互いに交互に堆積されるc被覆部分は少なくとも2つのTi−Al−Nおよび2つのAl−Cr−B−N個別層、より好ましくは少なくとも3つのTi−Al−Nおよび3つのAl−Cr−B−N個別層を含有することができる。
【0032】
前に言及したような多層被覆システムにおいて、Al−Cr−B−NおよびTi−Al−N個別層が互いに交互に堆積される被覆部分中のTi−Al−NおよびAl−Cr−B−N個別層の厚みは好ましくは一定のままである。
【0033】
前に言及したような多層被覆システムにおいて、Al−Cr−B−NおよびTi−Al−N個別層が互いに交互に堆積される被覆部分中のAl−Cr−B−N個別層の元素組成は好ましくは一定である。
【0034】
前に言及したような多層被覆システムにおいて、Al−Cr−B−NおよびTi−Al−N個別層が互いに交互に堆積される被覆部分中のAl−Cr−B−NおよびTi−Al−N個別層はナノ層であり得、その対応の個別厚みは各々1つ≦100nmであり、好ましくは1つのAl−Cr−B−Nおよび1つのTi−Al−N個別ナノ層に対応する厚みの和として規定される2層周期は≦100nmであり、好ましくは2層周期は75から15nmの間である。
【0035】
前に言及したような多層被覆システムにおいて、Al−Cr−B−NおよびTi−Al−N個別層が互いに交互に堆積される被覆部分と基板表面との間に付加的なTi−Al−N個別層を堆積することができ、その厚みおよび元素濃度の値は、Al−Cr−B−NおよびTi−Al−N個別層が互いに交互に堆積される被覆部分中に含有されるTi−Al−N個別層の対応する値に等しいかまたはこれとは異なる。
【0036】
前に言及したような多層被覆システムにおいて、Al−Cr−B−NおよびTi−Al−N個別層が互いに交互に堆積される被覆部分と被覆表面との間に付加的なAl−Cr−B−N個別層を堆積することができ、その厚みおよび元素濃度の値は、Al−Cr−B−NおよびTi−Al−N個別層が互いに交互に堆積される被覆部分に含有されるAl−Cr−B−N個別層の対応する値に等しいかまたはこれとは異なる。
【0037】
前に言及したような多層被覆システムにおいて、付加的なTi−Al−N個別層を基板表面上に直接に堆積することができ、および/または付加的なAl−Cr−B−N個別層を最外層として堆積する。
【0038】
前に言及したような多層被覆システムにおいて、Ti−Al−Nからならない付加的な接着層を基板表面上に直接に堆積して基板に対する被覆接着を改良することができ、および/またはAl−Cr−B−Nからならない付加的な最外層を頂面層として被覆表面上に堆積し、この層は、たとえば、薄い装飾層またはなじみ層であり得る。
【0039】
前で言及したような多層被覆システムにおいて、多層被覆システムの全体被覆厚みは、3μm以上、好ましくは5μm以上となるように選択可能である。また、全体被覆厚みは、適用例の要件に応じて、10μm、20μm以上、および30μm以上までですらになるように選択することができる。
【0040】
前に言及したような多層被覆システムにおいて、Al−Cr−B−NおよびTi−Al−N個別層が互いに交互に堆積される少なくとも被覆部分は、好ましくは反応性陰極アーク蒸発によって形成される。アーク蒸発を用いた堆積により、ターゲットからの金属性材料の大きな粒子が被覆中に存在し、これはそれらの組成および性質において被覆の残余から大きく乖離している。これらの大きな粒子は、弾性を加えることによって全体的な被覆の耐久強さを改良するのに寄与し、それらはAl−Cr−B−N/Ti−Al−N多層被覆の機械的、熱的、化学的、かつ摩擦性質を悪化させることはない。
【0041】
前に言及したような多層被覆システムにおいて、Al−Cr−B−NおよびTi−Al−N個別層が好ましくは互いに交互に堆積される少なくとも被覆部分は、アズデポ状態で面心立方構造を呈する。
【0042】
前で言及したような多層被覆システムにおいて、最外層はBxyの形成を呈するAl−Cr−B−N層であり得る。
【0043】
発明に従うと、固体本体は、前述されたものの多層被覆システムの変形で少なくとも部分的に被覆され得る。固体本体は、たとえば、切削工具、または成形工具もしくは金型もしくはダイ、または精密構成要素、または自動車構成要素、またはたとえばタービン構成要素のような自動車業界もしくは航空宇宙業界で用いる構成要素であり得る。
【0044】
特に、発明を以下の適用例に用いることができる。
特に、発明を以下の適用例に用いることができる。
【0045】
1.工具
−フライス削り、旋削、または穿孔用の、硬質金属、サーメット、窒化硼素、窒化珪素、または炭化珪素に基づくスローアウェイチップ
−ボールヘッドカッターおよびエンドミルカッターなどのフライス
−ねじ切りフライス
−ホブカッター
−形切断カッター(shape cutter)
−スティックブレード
−ドリル
−雌ねじ切り
−穴あけ機
−型彫り工具
−リーマ
2.成形および打ち抜き工具
−アルミニウム圧力ダイカスト用の型
−プラスチック被覆用の型
−押出成形ダイ
−シート成形用の工具
−金属を打ち抜くための打ち抜き機
−スミスジョー、特に熱間鍛造用
−熱間圧着用の工具
3.特に自動車業界における構成要素および部品
−弁
−キータペット(key tappet)
−ブッシングニードル
−バルブロッカー
−タペット
−ローラスピンドル
−ロッカーフィンガー(rocker finger)
−カムフォロワ
−カムシャフト
−カムシャフト軸受
−弁タペット
−チルトレバー
−ピストンリング
−ピストンピン
−インジェクタおよびインジェクタ部品
−タービン翼
−ポンプ部品
−高圧ポンプ
−ギア
−ギアホイール
−スラストワッシャ
−電気制御および加速システムの構成要素
−ABSシステム中の構成要素
−軸受
−玉軸受
−ころ軸受
−カムシャフト軸受
この特許文献に開示される発明は、本発明に従って前述された多層被覆システムを用いて被覆された固体本体を製造するための方法を含む。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体本体表面の少なくとも部分の上に堆積され、物理蒸着法によって堆積されたAl−Cr−B−N個別層を多層構造中に含有する多層被覆システムであって、
前記多層被覆システムの全体厚みの少なくとも部分において、前記Al−Cr−B−N個別層がTi−Al−N個別層と組合され、前記Al−Cr−B−NおよびTi−Al−N個別層は互いに交互に堆積され、前記Al−Cr−B−N個別層の厚みは前記Ti−Al−N個別層の厚みよりも大きく、これにより前記多層被覆システムの残留応力は対応の類似のAl−Cr−B−N単層被覆システムの残留応力と比較してかなり低く、好ましくは前記多層被覆システムの硬度は対応の類似のAl−Cr−B−N単層被覆の硬度以上であることを特徴とする、多層被覆システム。
【請求項2】
前記Al−Cr−B−NおよびTi−Al−N個別層が互いに交互に堆積される被覆部分中の前記Ti−Al−N個別層に対する前記Al−Cr−B−N個別層の厚みの比率は、基本的に2:1であることを特徴とする、請求項1に記載の多層被覆システム。
【請求項3】
前記Al−Cr−B−NおよびTi−Al−N個別層が互いに交互に堆積される被覆部分中に含有されるAl−Cr−B−N層の層組成はAlaCrbcdであり、ここでa+b+c=1、a=9/5・y、0.1≦z0.3であり、a、b、およびcは、Al、Cr、およびBという元素のみを元素バランスについて考慮した元素分析後に判断された原子分率であることを特徴とする、請求項1または2に記載の多層被覆システム。
【請求項4】
前記Al−Cr−B−NおよびTi−Al−N個別層が互いに交互に堆積される被覆部分は、少なくとも2つのTi−Al−Nおよび2つのAl−Cr−B−N個別層、より好ましくは少なくとも3つのTi−Al−Nおよび3つのAl−Cr−B−N個別層を含有することを特徴とする、請求項1−3に記載の多層被覆システム。
【請求項5】
前記Al−Cr−B−NおよびTi−Al−N個別層が互いに交互に堆積される被覆部分中の前記Ti−Al−NおよびAl−Cr−B−N個別層の厚みは一定のままであることを特徴とする、請求項1−4に記載の多層被覆システム。
【請求項6】
前記Al−Cr−B−NおよびTi−Al−N個別層が互いに交互に堆積される被覆部分中の前記Al−Cr−B−N個別層の元素組成は一定のままであることを特徴とする、請求項1−5に記載の多層被覆システム。
【請求項7】
前記Al−Cr−B−NおよびTi−Al−N個別層が互いに交互に堆積される被覆部分中の前記Al−Cr−B−NおよびTi−Al−N個別層はナノ層であり、その対応の個別厚みは各々1つ≦100nmであり、好ましくは、1つのAl−Cr−B−Nおよび1つのTi−Al−N個別ナノ層に対応する厚みの和として規定される2層周期は≦100nmであり、好ましくは2層周期は75から15nmの間であることを特徴とする、請求項1−6に記載の多層被覆システム。
【請求項8】
前記Al−Cr−B−NおよびTi−Al−N個別層が互いに交互に堆積される被覆部分と基板表面との間に付加的なTi−Al−N個別層が堆積され、その厚みおよび元素濃度の値は、前記Al−Cr−B−NおよびTi−Al−N個別層が互いに交互に堆積される被覆部分中に含有される前記Ti−Al−N個別層の対応する値に等しいかまたはこれとは異なることを特徴とする、請求項1−7に記載の多層被覆システム。
【請求項9】
前記Al−Cr−B−NおよびTi−Al−N個別層が互いに交互に堆積される被覆部分と被覆表面との間に付加的なAl−Cr−B−N個別層が堆積され、その厚みおよび元素濃度の値は、前記Al−Cr−B−NおよびTi−Al−N個別層が互いに交互に堆積される被覆部分中に含有される前記Al−Cr−B−N個別層の対応する値に等しいかまたはこれとは異なることを特徴とする、請求項1−8に記載の多層被覆システム。
【請求項10】
前記付加的なTi−Al−N個別層は基板表面上に直接に堆積され、および/または前記付加的なAl−Cr−B−N個別層は最外層として堆積されることを特徴とする、請求項8−9に記載の多層被覆システム。
【請求項11】
Ti−Al−Nからならない付加的な接着層が基板表面上に直接に堆積されて基板に対する被覆接着を改良し、および/またはAl−Cr−B−Nからならない付加的な最外層が頂面層として被覆表面上に堆積され、この層は、たとえば薄い装飾層またはなじみ層であり得ることを特徴とする、請求項1−9に記載の多層被覆システム。
【請求項12】
前記多層被覆システムの全体被覆厚みは3μm以上、好ましくは5μm以上であることを特徴とする、請求項1−11に記載の多層被覆システム。
【請求項13】
前記Al−Cr−B−NおよびTi−Al−N個別層が互いに交互に堆積される少なくとも被覆部分は反応性陰極アーク蒸発によって形成され、アーク蒸発を用いた堆積により、ターゲットからの金属性材料の大きな粒子が被覆中に存在し、これらの大きな粒子は弾性を加えることによって全体被覆耐久強さを改良するのに寄与し、それらはAl−Cr−B−N/Ti−Al−N多層被覆の機械的、熱的、化学的、および摩擦性質を悪化させないことを特徴とする、請求項1−12に記載の多層被覆システム。
【請求項14】
前記Al−Cr−B−NおよびTi−Al−N個別層が互いに交互に堆積される少なくとも被覆部分は、アズデポ状態で面心立方構造を呈することを特徴とする、請求項1−13に記載の多層被覆システム。
【請求項15】
最外層はBxNyの形成を呈するAl−Cr−B−N層であることを特徴とする、請求項1−10または12−14に記載の多層被覆システム。
【請求項16】
請求項1−15に記載の多層被覆システムで少なくとも部分的に被覆される固体本体。
【請求項17】
前記固体本体は、切削工具もしくは成形工具もしくは打ち抜き工具、または車両の構成要素もしくは部品、または自動車産業もしくは航空宇宙産業で用いられる構成要素もしくは部品であり、最後の場合たとえばこれはタービン構成要素であることを特徴とする、請求項16に記載の固体本体。
【請求項18】
請求項16−17に記載の固体本体を製造するための方法。

【公表番号】特表2013−518987(P2013−518987A)
【公表日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−551531(P2012−551531)
【出願日】平成23年1月25日(2011.1.25)
【国際出願番号】PCT/EP2011/000295
【国際公開番号】WO2011/095292
【国際公開日】平成23年8月11日(2011.8.11)
【出願人】(598051691)エリコン・トレーディング・アクチェンゲゼルシャフト,トリュープバッハ (44)
【氏名又は名称原語表記】Oerlikon Trading AG,Truebbach
【Fターム(参考)】