説明

BNA結晶

【課題】高品質のBNA単結晶を製造する方法を提供する。
【解決手段】種結晶を得る工程、及び、得られた種結晶を溶液中で成長させる結晶成長工程、を含む溶液法によるBNA結晶の製造方法であって、結晶成長工程において、種結晶は、結晶保持部材により保持されており、かつ、種結晶の主成長方向における端部で保持部材に保持され、結晶成長工程で用いる溶液は、種結晶を得る工程において種結晶が析出した後の上澄み溶液である。得られたBNA結晶は、X線回折法によるロッキングカーブ計測において、回折ピークX線強度の半値幅が100秒以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機非線形光学結晶であるN−benzyl−2−methyl−4−nitroaniline(以下、BNAともいう。)の結晶、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高出力テラヘルツ波発生や高効率波長変換、超高速光変調デバイス等への応用の為、高い非線形感受率、およびピコ秒以下と言われる超高速応答性を有する有機材料の開発が盛んに行われている。有機材料である4−dimethylamino−N−methyl−4−stilbazolium tosylate(以下、DASTともいう。)については、高品質単結晶化技術が開発されており、その製造方法が提案されている(特許文献1及び2参照)。
【0003】
上記DASTは高い非線形性を有しているものの潮解性を有しているため、結晶の加工や耐久性という観点からは問題がある。具体的には、その潮解性のため、通常の水と砥粒を用いた光学研磨では加工ができず、更に大気中の水蒸気を吸収してしまうために経時劣化があり、産業応用には困難性が存在した。
【0004】
これに対し、新たな有機非線形光学結晶であるBNAは、上記DASTと同程度の高い非線形分極率を有しているにもかかわらず、潮解性がなく化学的に安定であり、光学研磨・加工も容易で、通常環境下で使用・保管しても優れた経時安定性を示す。そのため、今後広帯域波長可変性を有する単色テラヘルツ波発生素子や光デバイスとして産業応用を考えた場合には、有用な非線形光学結晶である。
【0005】
このようなBNA結晶については、垂直ブリッジマン法を用いて融液からの単結晶成長を試み、実用サイズ(8×10mm)のBNA結晶を得たことが報告されている(非特許文献1)。また、上記BNA単結晶の屈折率や吸収係数などを決定したことも報告されている(非特許文献2、3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000−256100号公報
【特許文献2】特開2001−247400号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】“Second Order Nonliner Optical Properties of the Single Crystal of N−Benzyl 2−methyl−4−nitroaniline: Anomalous Enhancement of the d333 Component and ItsPossible Origin” M.Fujiwara,etc. Japanese Journal of Applied Physics,Vol45,No.11,8676−8685(2006)
【非特許文献2】“Determination of Refractive Indices and Absorption Coefficients of Highly Purified N−Benzyl 2−methyl−4−nitroaniline Crystal in Terahertz Frequency Regime” K.Kuroyanagi,etc. Japanese Journal of Applied Physics,Vol45,No.29,L761−L764(2006)
【非特許文献3】“Determination of the d−Tensor Compounds of a Single Crystal of N−Benzyl 2−methyl−4−nitroaniline” M.Fujiwara,etc. Japanese Journal of Applied Physics,Vol46,No.4A,1528−1530(2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記非特許文献で報告されているBNA結晶を製造するための方法としては、融液法の一つである垂直ブリッジマン法が採用されている。垂直ブリッジマン法のような融液からの結晶育成手法は、大型の単結晶育成が可能になるという利点を有する反面、融液を結晶化させる為に成長界面において大きな温度勾配が必要であり、また結晶とそれを入れるアンブルとの熱膨張の差から生じる機械的な応力も受ける。その結果、結晶に格子歪みが生じ易く、欠陥密度も高くなりやすい。現在報告されているBNA結晶は、品質が十分ではないため、ポンプ光に対する損傷閾値が低いという問題がある。
【0009】
また、垂直ブリッジマン法による結晶育成手法によると、結晶育成に必要となる装置に関しては、原料を融解させるための高温加熱システムが必要となることや、温度勾配を設ける炉の必要性、加えて材料が高い蒸気圧を持つ場合には封管を使用せざるを得ないなど、大型で複雑な装置を構築する必要があった。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ね、上記垂直ブリッジマン法などの融液法とは異なる方法を採用し、その結晶育成方法を改良することで、従来にはない、高品質のBNA単結晶を製造することに成功し、本発明を完成させた。本発明は、
X線回折法によるロッキングカーブ計測において、回折ピークX線強度の半値幅が100秒以下であることを特徴とするBNA結晶である。
【0011】
また、溶液法により製造されたことが好ましい態様であり、長辺・短辺の長さ5mm以上であり、かつ厚さが0.5mm以上であることが、好ましい態様である。
【0012】
また、本発明の別の態様は、
種結晶を得る工程、及び、得られた種結晶を溶液中で成長させる成長工程、を含む溶液法によるBNA結晶の製造方法であって、
前記結晶成長工程において、前記種結晶は、結晶保持部材により保持されており、かつ、種結晶の主成長方向における端部で前記保持部材に保持され、
前記結晶成長工程で用いる溶液は、前記種結晶を得る工程において種結晶が析出した後の上澄み溶液であることを特徴とする、BNA結晶の製造方法である。
【0013】
また、前記種結晶を得る工程、及び前記成長工程において、溶液を徐冷することにより結晶を析出及び成長させることが好ましい態様である。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、従来報告されていた融液法により製造されたBNA結晶と比較して、結晶品質が格段に優れたBNA結晶を提供することが可能となる。そのため、励起光に対する損傷閾値が高く、より高出力のテラヘルツ波を発生させることも可能となる。また、本発明の別の態様によっては、融液法による結晶の製造に必要となる大掛かりな装置を必要とせず、簡易な方法で良質なBNA結晶を提供することが可能となる。また、結晶の製造に費やされるエネルギーも大幅に低減することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明のBNA結晶、および融液法により製造されたBNA結晶に対する、X線回折法によるロッキングカーブ計測結果を示すグラフである。
【図2】本発明の結晶成長工程の態様を示す模式図である。
【図3】本発明の結晶成長工程の態様のうち、種結晶を保持する態様を示す模式図である。
【図4】本発明により提供されるBNA結晶である(図面代用写真)。
【図5】本発明のBNA結晶、および融液法により製造されたBNA結晶に対する、損傷ピークパワー密度の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明のBNA結晶は、X線回折法によるロッキングカーブ計測において、回折ピークX線強度の半値幅が100秒以下であることを特徴とするBNA結晶である。
【0017】
BNAは、4−nitroaniline型の材料を用いた有機非線形光学結晶である。BNAは結晶の化学的安定性にも優れており、潮解性が無いので通常環境下で使用しても経時劣化がない。そのため、良質なBNA単結晶は、次世代の広帯域テラヘルツ波発生素子や電界センサー、超高速光変調・スイッチング素子等としての市場応用が期待されている。
【0018】
本発明のBNA結晶は、X線回折法によるロッキングカーブ計測において、回折ピークX線強度の半値幅が100秒以下という従来のBNA結晶にはない物性を有するものである。
X線回折法によるロッキングカーブとは、単結晶に一定方向からX線を照射し、ブラッグ条件を満たす条件下で検出器角度を固定し、入射X線角度のみを僅かに偏移させた時の回折X線の強度分布曲線である。ロッキングカーブの測定は、測定前に試料の特別な処理が不要であり、かつ非破壊的測定で簡便なものである。通常、結晶方位や面指数のバラツキはX線回折法によるロッキングカーブ測定により評価される。具体的には、結晶が理想的な状態であればロッキングカーブ計測結果はシャープなピークを示す。従って、半値幅の狭いシャープなピークを示すBNA結晶は、理想的な結晶状態に近いと推定できる。
【0019】
X線回折法によるロッキングカーブの計測は、一般的な、市販のX線回折装置を用いて測定を行うことができる。また、X線の波長により計測結果が変化することがないため、計測の際のX線の波長は特段限定されない。例えば、実施例のように、CuKα線で波長1.54Åとすることができる。
【0020】
現在までに知られている、融液法により製造されたBNA結晶は、上記ロッキングカーブ計測において、回折ピークX線強度の半値幅が200秒程度であり(図1参照)、本発明のBNA結晶と比較して品質の差は歴然としていることは、当業者は容易に理解できる。
【0021】
本発明のBNA結晶は、上記ロッキングカーブ計測において、回折ピークX線強度の半値幅が90秒以下であることが好ましく、85秒以下であることがより好ましく、75秒以下であることが更に好ましい。なお、半値幅は狭いほど良く、下限値については特に限定されないことは技術常識から明らかである。
【0022】
本発明のBNA結晶が、上記ロッキングカーブ計測において、回折ピークX線強度の半値幅100秒以下を達成するための方法を以下に示す。
まず、垂直ブリッジマン法など、融液法により製造されるBNA結晶は、既に述べたように、大型の単結晶育成が可能になるという利点を有する反面、融液を結晶化させる為に成長界面において大きな温度勾配が必要であり、また結晶とそれを入れるアンブルとの熱膨張の差から生じる機械的な応力も受ける。その結果、結晶に格子歪みが生じ易く、欠陥密度も高くなりやすい。そのため、溶液法によりBNA結晶を製造することが好ましい。
【0023】
また、溶液法において、用いる溶液は有機溶媒であるが、アルコールを用いることでより高品質のBNA結晶を得ることができ、特にエタノールを用いることが高品質のBNA結晶を得るためには好ましい。
加えて、種結晶を作成するために、高純度のBNAを原料として用いることが高品質のBNA結晶を得るためには好ましく、また種結晶を析出させる際、及び種結晶を成長させる際には徐冷によることが、高品質のBNA結晶を得るためには、好ましい。
【0024】
また、種結晶を成長させる際に、種結晶育成用の溶液として、種結晶を析出させた後の上澄み溶液を用いることが、高品質の結晶を得るためには好ましい。更に、種結晶の成長の方向を考慮した態様で結晶を成長させることも、大型の高品質結晶を得るためには好ましい。
特許文献1では、発生した種結晶は傾斜により下方部へ移動し、設置した溝により保持され、成長する。しかしながら、BNA結晶において高品質で大型の結晶を製造するためには、その成長の方向が非常に重要であるという知見を発明者らは得た。そのため、結晶の成長の方向を考慮した態様で結晶を成長させることが、大型の高品質BNA単結晶を得るためには、好ましい。
【0025】
本発明のBNA結晶は、上記説明したような高品質であることに加え、大型であることも特徴としている。具体的には、長辺・短辺の長さ5mm以上であり、かつ厚さが0.5mm以上であることが好ましい。本発明のBNA結晶の長辺とは、直方体形状の3方向のうち最も長い方向の長さを示すものとし、短辺とは、3方向のうち2番目に長い方向の長さを示すものとする。厚さは、上記長辺、短辺を含む面に対して垂直方向の長さである。本発明のBNA結晶は高品質かつ大型の結晶であり、高出力テラヘルツ波発生の為の有機非線形光学結晶としての実用化が期待される。本発明のBNA結晶は、長辺が5mm以上であることがより好ましく、10mm以上であることが更に好ましく、12mm以上であることが特に好ましい。15mm以上であることが最も好ましい。また、短辺は5mm以上であることがより好ましく、8mm以上であることが更に好ましい。
【0026】
本発明のBNA結晶は、高品質に加え光強度に対する耐久性も優れる。具体的には、1064nmのNd:YAG励起光に対する損傷ピークパワー密度(損傷閾値)が20MW/cm2以上である。損傷ピークパワー密度(損傷閾値)とは、この値を超えるピークパワー密度を持つ光が結晶に当てられると、波長変換結晶にダメージが発生する値であり、高い値であるほど耐久性が高く実用的であることを示す。22MW/cm2以上であることが好ましく、24MW/cm2以上であることがより好ましい。
【0027】
損傷ピークパワー密度の測定方法は以下のとおりである。
まず、BNA結晶の吸収端は470nm付近に存在するため、これより長波長の励起光が必要である。また、テラヘルツ発生の為の位相整合条件から、励起波長帯域としては1000nm近傍が適している事が明らかになっている。従って、励起光損傷ピークパワー密度の計測においては、波長1064nmの基本波Nd:YAGレーザーシステムを用いた。
本測定に使用したレーザーの発振パルス幅は6nsで、繰り返し100Hzである。また、サンプルへの照射時間は1分であり、ビーム径は1mm程度である。レーザーのエネルギーを変えることで、結晶への入射ピークパワー密度を1MW/cm2程度で段階的に変化させる。各ピークパワー密度値において測定終了時に、光学顕微鏡を用いて結晶表面を観察し、表面が損傷しているかどうかを調べる。損傷がなければエネルギーを段階的に上げて同様の照射試験を行い、評価を繰り返す。損傷が確認された際のピークパワー密度の値を、損傷ピークパワー密度と定義する。
【0028】
以下、本発明のBNA結晶を製造する方法について説明する。
本発明のBNA結晶は、溶液法により製造されることが好ましい。融液法によるBNA結晶は既に知られているものの、大型ではあるが結晶品質が低いことは先に説明した。そのため、本発明においては溶液法によりBNA結晶を製造することが好ましい。
【0029】
溶液法は、結晶製造の分野において公知の方法ではあるが、溶液法により高品質で大型のBNA結晶を製造したという報告はない。この事実を本発明者らは以下のように考えている。
BNAは結晶核の臨界核半径が大きく、飽和溶液の過飽和度が極めて高くなる。そのため、飽和溶液を単に冷却しても、結晶を適度に析出させることや結晶の成長速度を制御することは極めて難しかったと考えられる。このような高過飽和状態においては、適度な結晶を析出させることが困難である反面、何らかの原因により溶液中でひとたび結晶の析出が始まると、溶液の結晶成長駆動力が極めて高い状態となっているため、雑晶の大量発生や結晶形状の針状化、析出した多量の結晶同士が付着して多結晶化してしまう等の問題が生じる。
これらの理由から、BNA結晶の製造の際に単純に公知の溶液法を適用しても、本発明に想到できないものであったと考えられる。以下、好ましい態様である溶液法により本発明のBNA結晶の製造方法結晶を製造する方法を説明する。
【0030】
溶液法による結晶製造方法は、種結晶を得る工程と、種結晶を成長させる工程の2つに大別される。まず種結晶を得る工程では、BNA原料を溶液中に溶解させ、温度を下げることにより結晶を析出させ、種結晶を得る方法が挙げられる。
【0031】
<種結晶を得る工程>
溶液法に用いる溶媒は、一般的に有機溶媒が用いられる。有機溶媒の種類は、結晶化させるターゲット化合物により適宜選択されるが、BNA結晶の場合には、溶解性の観点からアルコール溶媒を用いることが好ましく、炭素数1〜4の低級アルコールを用いることがより好ましく、エタノールを用いることが更に好ましい。BNAは、飽和溶液の過飽和度が極めて高いため、溶解性が適当であるエタノールを用いることが好ましい。
【0032】
上記アルコール溶媒を用いる場合には、水など他の溶媒と混合して用いることも可能であるが、アルコール純度が高い方が好ましい。アルコール溶媒の濃度は70重量%以上であることが好ましく、80重量%以上であることがより好ましく、90重量%以上であることが更に好ましく、95重量%以上であることが特に好ましく、限りなく純度の高いアルコールであることが最も好ましい。また、複数種のアルコールを含むアルコール溶媒としてよい。
【0033】
結晶製造に用いるBNA原料は、例えば、Hashimoto et.al(1997)Jpn.J.Appl.Phys.Vol.36,Pt.1,No11に記載の方法により、有機合成を行うことにより得られる。
【0034】
BNA原料は、結晶の品質の観点から、高純度のものを用いることが好ましい。純度を上げるためには、再結晶、抽出、蒸留など、公知の精製方法を用いることができる。純度を上げるため、精製は複数回行うことが好ましく、特に抽出、蒸留の場合には5回以上行うことが好ましく、再結晶の場合には10回以上行うことが好ましい。BNA結晶の製造方法原料の純度は2N以上であることが好ましく、3N以上であることがより好ましく、4N以上であることが更に好ましい。
【0035】
溶液法による種結晶の析出は、上記BNA原料を溶媒中に溶解させたBNA溶液を冷却することにより行うことができる。具体的には、溶媒の温度を上げることで高濃度のBNA溶液を調製し、冷却させることで種結晶の析出が可能である。BNA原料を溶解させる溶媒の温度は、40℃〜80℃であることが好ましく、45℃〜75℃であることがより好ましく、50℃〜70℃であることが更に好ましい。また冷却については特段限定されず適宜設定することができるが、通常0.02〜0.15℃/時間程度の冷却速度でよい。
【0036】
また、溶液の温度をあまり上げることなく、低濃度の溶液を調製し冷却させることでも種結晶の析出が可能である。この場合の溶媒の温度は5℃〜40℃であることが好ましく、10℃〜35℃であることがより好ましく、15℃〜30℃であることが更に好ましい。低濃度の溶液から種結晶の析出をする場合には徐冷によることが好ましく、徐冷の速度としては、3℃以下/日であることが好ましく、1.5℃以下/日であることがより好ましく、0.5℃以下/日であることが更に好ましい。上記徐冷の速度が遅くなればなるほど結晶析出には時間を有するため、結晶析出までに通常5日〜20日程度要するが、徐冷の速度が遅いほど雑晶の発生や多結晶化を抑制するのに有効である。
【0037】
一般的に、溶液法で溶液の冷却により結晶を析出させる方法では、結晶の発生数や発生位置を制御することは困難である。そのため、上記方法により溶液中には、種結晶が複数個析出すると考えられるが、この時点で最も品質が高い結晶を選択し、その他の結晶は、溶液から排除することが好ましい。
このようにして得られた種結晶は、長辺・短辺の長さが最大3mm程度、厚さが最大0.2mm程度であり、次工程である結晶成長工程の種結晶として用いられる。
【0038】
<結晶成長工程>
本発明の結晶成長工程は、上記得られた種結晶を溶液中で成長させる工程である。
得られた種結晶は、再びBNA溶液の中に静置することで結晶の成長を行う。ここで用いるBNA溶液としては、適宜その濃度を調整して用いることができるが、濃度が高すぎる場合には雑晶が析出する可能性が高く、低すぎる場合には十分に結晶が成長しないばかりか、種結晶が溶解してしまうため、この濃度の決定が重要であるという知見を本発明者らは得た。そして、上記種結晶を得る工程において種結晶が析出した後の溶液の上澄み溶液を用いることにより、溶液法においても質の高い、大型のBNA結晶を得ることができることに想到した。上澄み溶液とは、上記種結晶が析出した際に種結晶を選択し、その他の結晶を溶液から排除するために濾過を行い、その濾過後の濾液をいう。
【0039】
種結晶析出後の上澄み溶液は、BNA結晶が既に析出しているため過飽和度が低下しており、雑晶や大量の結晶が更に析出する可能性が低いと考えられる。また、他の余分な析出結晶を排除しているので、溶液の養分が成長させたい種結晶に集中的に供給されることになり、効率良く種結晶を成長させることができる。加えて、新たな育成用の溶液を調製する必要もなく、製造方法が簡易となる。
【0040】
また、上記種結晶析出後の上澄み溶液を用いることで、種結晶が溶解してしまうこともなく、良質な結晶を成長させることが可能である。なお、種結晶析出後の上澄み溶液中で結晶を成長させることが好ましい態様ではあるが、この手法によらずとも、溶液の導電率の測定により、同様のBNA濃度の溶液を調製し結晶成長用の溶液として用いることも可能であるため、種結晶析出後の上澄み溶液を用いることが、本発明の高品質のBNA結晶を製造するための唯一の方法ではないことは当業者が理解できる。
【0041】
得られた種結晶は、BNA溶液中で成長させることとなるが、BNA溶液中において結晶保持部材により保持されている。結晶保持部材は、結晶を保持することができ、有機溶媒と反応しにくければその材質、大きさ、形などは制限されない。例えば材質としてはガラスプレートなどが例示され、大きさは結晶を保持できる程度の大きさであって溶液を満たす容器に入る大きさであればよく、形は円柱、角柱、板状、フィルム状などが例示される。
【0042】
上記結晶保持部材により保持されている種結晶は、種結晶の主成長方向における端部で保持部材に保持されていることが好ましい。このような保持方法により、BNA結晶を成長させる工程において、結晶の成長方向を考慮することで結晶の成長を阻害しないようにし、品質の高い結晶を得ることができる。ここでいう結晶の主成長方向とは、結晶が最も成長しやすい方向である。また、斜方晶系に属するBNA結晶の単位格子を形成している3つの稜を表す基本ベクトルであるa軸、b軸、c軸方向と、主成長方向との関係は、a軸、c軸に対してほぼ45度、b軸に対してほぼ90度の角度を成す方向に主成長方向が存在する。また、斜方晶の場合はa軸、b軸、c軸は互いに直交している。結晶の主成長方向は、種結晶と、成長後の結晶形状を比較することにより決定することが可能である。また、結晶軸方向はX線回折構造解析及び、テラヘルツ発生試験により決定することが可能である。また主成長方向における端部とは、結晶の主成長方向における長さに対して、一端から3分の1以内を意味する。好ましくは4分の1以内を意味し、より好ましくは5分の1以内を意味する。種結晶が、結晶の主成長方向における端部で保持部材に保持されることで、結晶の成長方向への阻害が少なく、大型で良好な品質の結晶が得られやすい。
【0043】
上記結晶保持部材による種結晶の保持の方法は特段限定されないが、結晶成長阻害の観点から、種結晶の主成長方向と略平行に存在する1面において、結晶保持部材と接着剤固定による保持が好ましい。BNA種結晶は小さいため、複数の結晶保持部材で挟持することはかなり難しく、また支持体の上に置くことで保持する場合には、結晶と支持体の接触面が大きく、機械的な応力も受けやすい。
上記結晶を結晶保持部材に接着する接着剤は特段限定されないが、ガラス用の瞬間接着剤を用いることが好ましい。
【0044】
種結晶を溶液中で保持する位置は、溶液の底部には析出した結晶が沈殿する可能性があり、種結晶とこれらが結合することによる多結晶化を防ぐために、溶液中の上部に位置することが好ましい。また、接着剤が溶液に触れることによる溶液への悪影響及び、有機溶剤による接着剤の溶解等を防ぐため、溶液は種結晶と結晶保持部材の固定箇所よりも低い位置を液面とし、接着剤と液面が触れないようにすることが好ましい。
【0045】
図2及び図3に、本発明の結晶成長工程の態様を示す。図2は、種結晶5を容器内において上方から結晶保持部材により吊している。図3は種結晶5と結晶保持部材3との固定部分についての拡大図であるが、BNA種結晶5において最も成長率の大きい結晶の主成長方向は6dであり、結晶主成長方向と平行に存在する面は4面存在する。そのうちの1面において結晶保持部材に固定されている。BNA種結晶5のうち、結晶の主成長方向における端部は5aであり、このように結晶の主成長方向の端部で結晶保持部材と固定されることにより、結晶成長の阻害が少ないため、良質な結晶を成長させることができる。
【0046】
上記のように、種結晶をBNA溶液中で保持し、結晶を成長させる。品質の高い結晶成長のためには、ここでも徐冷することが好ましい。徐冷の速度としては、3℃以下/日であることが好ましく、1.5℃以下/日であることがより好ましく、0.5℃以下/日であることが更に好ましい。上記徐冷の速度が遅くなればなるほど結晶成長には時間を有するため、結晶成長までに通常10日〜50日程度要するが、徐冷の速度が遅いほど高品質化および、雑晶の発生や多結晶化を抑制するのに有効である。
【0047】
なお、本発明のBNA結晶の製造方法は、他の有機化合物への適用が可能である。一般的に有機化合物の多くは熱的に不安定で、融点あるいはそれ以下で熱分解してしまうものが多く、このような有機化合物に対しては融液成長法を適用することは難しい。本発明の製造方法は、融点よりも遙かに低い温度で結晶成長が可能となるため、融点が特に低い有機化合物に適用することで、高品質な結晶の成長が見込まれる。具体的には、融点200℃以下、好ましくは融点150℃以下の有機化合物を製造する方法に好適である。また、200℃以下、好ましくは150℃以下で熱分解してしまう有機化合物を製造する方法に好適である。上記熱分解とは、熱により有機化合物の構造に変化が生じた時点で、熱分解が生じたものとする。
【実施例】
【0048】
以下実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明がかかる実施例のみに限定されないことはいうまでもない。
【0049】
<高純度BNA原料の作成>
MNA(2−methyl−4−nitroaniline)とBenzyl bromideを原料とし、 Hashimoto et.al(1997)Jpn.J.Appl.Phys.Vol.36,Pt.1,No11に開示された手順に沿って、BNA結晶の製造方法の有機合成を行った。得られたBNA原料について、エノール溶液を用いて再結晶を10回行い、高純度BNA原料を得た。
【0050】
<種結晶の析出>
得られた高純度BNA原料をエタノールに溶解して、20℃における高純度BNA含有エタノール溶液を調製し、0.5℃/日の速度で徐冷した。2週間程度で結晶が析出し始めたが、そのまま溶液の温度が0℃となるまで徐冷を続けた。
徐冷により析出した結晶のうち、最も品質が高いと思われる結晶を種結晶として選別した。種結晶の選別は透明度や線状欠陥の有無、結晶の形状などを総合的に判断して行い、大きさとしては、最終的に3mm×2mm×0.3mm程度のものが得られる。残りの析出結晶は濾過により除去し、上澄み溶液を得た。
【0051】
<種結晶の成長>
図2に示すように、ガラスプレートに種結晶を貼り付けた。用いた接着剤は市販のガラス用瞬間接着剤である。また、種結晶の主成長方向の長さは3mmであり、そのうち上端1mm部分でガラスプレートと固定した。得られた上澄み溶液をガラスプレートがぎりぎり浸かる程度までビーカーに注入したところ、種結晶のうち下部から2mm程度が上澄み溶液中に含浸した。
つぎに、種結晶の析出の際に得られた上澄み溶液が注入されたビーカーを再び0.5℃/日の速度で徐冷した。徐冷を開始した際の溶液の温度は18℃である。30日経過後、15mm×5mm×0.6mmの結晶1を得た。結晶1の写真を図4に示す。
【0052】
<結晶品質の評価>
得られた結晶1、および融液法により得られた結晶2について、X線回折法によるロッキングカーブ計測を行った。計測方法は以下のとおり。結果を図1に示す。
計測方法:市販のX線回折装置(フィリップス社製)を用いて、BNA結晶の(010)面からのX線回折ロッキングカーブ計測を行った。使用した波長は、CuKα線で波長1.54Åである。
【0053】
<結晶耐久性の評価>
得られた結晶1、および融液法により得られた結晶2について、損傷ピークパワー密度の測定を行った。測定方法は以下のとおり。結果を図5に示す。
測定方法:光源は波長1064nmのNd:YAGレーザーシステム(SOLAR社製)を用いた。レーザーの発振パルス幅は6nmで、繰り返し100Hzである。また、サンプルへの照射時間は1分であり、ビーム径は1mm程度である。
【0054】
上記結晶品質の評価から明らかなように、本発明のBNA結晶は品質が従来のBNA結晶とは明らかに異なる。従来このようなBNA結晶は存在しなかった。また、上記結晶耐久性の評価から明らかなように、耐久性についても従来のBNA結晶と比較して向上している。
【符号の説明】
【0055】
1 蓋
2 ビーカー
3 結晶保持部材
4 BNA溶液
5 BNA結晶
5a BNA結晶の端部
6a a軸
6b b軸
6c c軸
6d 主成長方向

【特許請求の範囲】
【請求項1】
X線回折法によるロッキングカーブ計測において、回折ピークX線強度の半値幅が100秒以下であることを特徴とする、BNA結晶。
【請求項2】
溶液法により製造されたことを特徴とする、請求項1に記載のBNA結晶。
【請求項3】
長辺5mm以上であり、かつ短辺が5mm以上であり、かつ厚さが0.5mm以上である請求項1または2に記載のBNA結晶。
【請求項4】
種結晶を得る工程、及び、得られた種結晶を溶液中で成長させる結晶成長工程、を含む溶液法によるBNA結晶の製造方法であって、
前記結晶成長工程において、前記種結晶は、結晶保持部材により保持されており、かつ、種結晶の主成長方向における端部で前記保持部材に保持され、
前記結晶成長工程で用いる溶液は、前記種結晶を得る工程において種結晶が析出した後の上澄み溶液であることを特徴とする、BNA結晶の製造方法。
【請求項5】
前記種結晶を得る工程、及び/又は前記成長工程において、溶液を徐冷することにより結晶を析出及び成長させることを特徴とする請求項4に記載のBNA結晶の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−12236(P2012−12236A)
【公開日】平成24年1月19日(2012.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−148073(P2010−148073)
【出願日】平成22年6月29日(2010.6.29)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】