説明

Helicobacterpyloriの生育阻害剤およびその製造方法

【課題】微生物の生菌を胃内へ供給することなくHelicobacter pyloriの生育を阻害するための新たな技術を開発する。
【解決手段】かんきつ類の果汁を培地として麹菌を培養した際の培養上清または該培養上清からの抽出物を含有しているHelicobacter pyloriの生育阻害剤を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Helicobacter pyloriの生育阻害剤およびその製造方法に関するものであり、より詳細には、麹菌の培養上清およびその抽出物を含有している生育阻害剤およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、日本人の約50%、特に50歳以上の70%がHelicobacter pylori(ピロリ菌)に感染していると言われている。ピロリ菌の感染は胃潰瘍や十二指腸潰瘍の原因となり、さらには胃癌の発生にも深く関わっていることが明らかになっている。
【0003】
ピロリ菌は、人の胃粘膜にて生息可能な、微好気性のらせん型グラム陰性桿菌である。ピロリ菌は、菌体の大きさが0.5〜1.0μm×2.5〜5.0μmであり、数本の鞭毛を有し、活発な運動性を示す。ピロリ菌の発育至適温度は37℃であり、発育至適pHは7.0〜7.4であり、pH4以下の環境では生きることができない。さらに、ピロリ菌はカタラーゼ陽性、オキシダーゼ陽性、ウレアーゼ陽性を示す。ウレアーゼは人の胃粘膜上皮細胞中の尿素をアンモニアと二酸化炭素に変換する酵素であり、ウレアーゼの触媒作用によって生成されたアンモニアが胃酸を中和することにより、ピロリ菌は胃粘膜中にて生存し得る。したがって、ピロリ菌のウレアーゼ産生能はピロリ菌の胃粘膜中での生存に不可欠と言える。
【0004】
ピロリ菌の除菌治療としては、プロトンポンプインヒビターおよび2種類の抗生物質を用いた3剤併用が行われている。しかし、抗生物質に耐性のピロリ菌が出現するなど、この方法は効果的治療となっていない。また、抗生物質を一定期間にわたって集中的に服用するため、患者は体調を崩すことが多く、抗生物質の服用が大きなストレスとなっている。よって、抗生物質を用いることなくピロリ菌の生育を阻害し得る技術が必要とされている。
【0005】
特許文献1には、特定の乳酸菌(Lactobacillus gasseri)を含有するピロリ菌の除菌性/感染防御性飲食品が開示されている。特許文献2には、特定の乳酸菌(Lactobacillus salivariusまたはLactobacillus brevis)を有効成分とする、胃または十二指腸からピロリ菌を除菌しうる薬剤および醗酵食品が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2001−143号公報(平成13年1月9日公開)
【特許文献2】特開平9−241173号公報(平成9年9月16日公開)
【特許文献3】特開2006−42796号公報(平成18年2月16日公開)
【特許文献4】特開2003−102430号公報(平成15年4月8日公開)
【特許文献5】特開2008−184385号公報(平成20年8月14日公開)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に記載の乳酸菌を活用した機能性食品(特に、醗酵食品)は非常に注目を集めている。しかし、特許文献1等に記載の技術は、乳酸菌の生成する乳酸によるピロリ菌生育阻害であり、胃内へ供給された乳酸菌が生育し続けることが必要である。生菌の状態にて微生物を必要量胃内へ供給することは容易ではない。
【0008】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、微生物の生菌を胃内へ供給することなくピロリ菌の生育を阻害するための新たな技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、かんきつ類の果汁を用いて麹菌を培養した際の培養上清中に抗ピロリ活性が存在することを見出した。また、本発明者らは、上記抗ピロリ活性の本体がヘスペレチンであることを見出した。
【0010】
特許文献4には、アスペルギルス・ニガー、アスペルギルス・アワモリ及びアスペルギルス・サイトイ等の黒麹菌を用いてかんきつ類を醗酵させることにより、かんきつ類に含まれているヘスペリジンをヘスペレチンに変換すること、そして、上記醗酵による醗酵物は抗酸化作用が改善されていることが記載されている。しかし、抗酸化作用と抗ピロリ活性との関係や、麹菌による抗ピロリ活性の生成、ヘスペレチンが抗ピロリ活性を有していることについては、何ら示されていない。
【0011】
本発明にかかるHelicobacter pyloriの生育阻害剤は、麹菌の培養上清または該培養上清からの抽出物を含有しており、該培養上清が、果汁または野菜汁を培地として用いた培養によって得られることを特徴としている。本発明にかかる生育阻害剤において、上記麹菌は、A. awamori、A. kawachi、A. oryzaeおよびA. sojaeからなる群より選択されることが好ましく、A. sojaeであることが最も好ましい。また、上記培地は、かんきつ類の果汁であることが好ましいが、モモ果汁であってもよい。
【0012】
本発明にかかる機能性食品は、上記の生育阻害剤を含んでいることを特徴としている。
【0013】
本発明にかかる製造方法は、Helicobacter pyloriの生育阻害剤を製造するために、麹菌を、果汁または野菜汁を培地として用いて培養する工程、および該麹菌を培養した後の培養上清を得る工程を包含することを特徴としている。本発明にかかる製造方法において、上記麹菌は、A. awamori、A. kawachi、A. oryzaeおよびA. sojaeからなる群より選択されることが好ましく、A. sojaeであることが最も好ましい。また、上記培地は、かんきつ類の果汁であることが好ましいが、モモ果汁であってもよい。
【0014】
本発明にかかる組成物は、Helicobacter pyloriの生育阻害剤を製造するために、麹菌の生菌を生存可能に含有していることを特徴としている。本発明にかかる組成物において、上記麹菌は、A. awamori、A. kawachi、A. oryzaeおよびA. sojaeからなる群より選択されることが好ましく、A. sojaeであることが最も好ましい。本発明にかかる組成物は、上記生菌によって醗酵する醗酵原料をさらに含有していてもよい。この場合、上記醗酵原料は、乳、果汁または野菜汁であってもよい。
【0015】
本発明にかかるヘスペレチンの製造方法は、を、かんきつ類の果汁を培地として用いて培養する工程、およびA. sojaeを培養した後の培養上清を得る工程を包含することを特徴としている。本製造方法において、上記培地はオレンジ果汁であることが好ましい。
【0016】
本発明にかかるHelicobacter pyloriの生育阻害剤は、ヘスペレチンを含有していることを特徴としている。
【発明の効果】
【0017】
本発明を用いれば、微生物の生菌を胃内へ供給することなくピロリ菌の生育を阻害することができる。よって、本発明を用いれば、抗ピロリ活性を有する機能性食品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】ヘスペリジンおよびヘスペレチンの構造を示す図である。
【図2】オレンジ果汁を培地として麹菌((a)A. niger、(b)A. oryzae、(c)A. sojae)を培養した際の培養上清をHPLCに供し、得られたヘスペレチン画分のピークを示す図である。
【図3】ミカン果汁またはオレンジ果汁を培地として麹菌((A)A. niger、(B)A. oryzae、(C)A. sojae)を2日間または8日間培養した際の培養上清におけるヘスペレチン画分のピーク面積を示す図である。
【図4】オレンジ果汁を培地として麹菌(A. sojae)を培養した際の培養上清におけるヘスペレチン画分のピークを示す図である。
【図5】市販のヘスペレチンおよびオレンジ果汁を培地として麹菌(A. nigerまたはA. sojae)を培養した際の培養上清を、薄層クロマトグラフィーに供した結果を示す図である。
【図6】ディスク拡散法を用いた、ヘスペリジンおよびヘスペレチンの抗ピロリ活性を確認した結果を示す図である。
【図7】ウレアーゼ活性の低下を指標に測定した、麹菌培養上清および乳酸菌培養上清における抗ピロリ活性を確認した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
〔1〕Helicobacter pyloriの生育阻害剤およびその製造方法
上述したように、本発明者らは、かんきつ類の果汁を用いて麹菌を培養した際の培養上清中に抗ピロリ活性が存在するが、かんきつ類の果汁自体には抗ピロリ活性が存在しないことを見出した。また、モモ果汁自体には抗ピロリ活性が存在しないが、モモ果汁を用いて麹菌を培養した際の培養上清中にも抗ピロリ活性が存在することを見出した。本発明は上記知見に基づいて完成されたものであり、すなわち、本発明は、麹菌の新たな用途を提供する。なお、本明細書中で使用される場合、「抗ピロリ活性」は、ピロリ菌(Helicobacter pylori)の生育を阻害する活性が意図され、具体的にはピロリ菌を殺傷する活性、ピロリ菌の増殖を抑制/阻害する活性が意図される。
【0020】
本発明は、Helicobacter pyloriの生育阻害剤を提供する。本発明に係る生育阻害剤には、果汁または野菜汁を培地として用いて培養した麹菌の培養上清またはその培養上清の抽出物を含んでいることを特徴としている。
【0021】
本発明に好適に用いられる麹菌としては、A. awamori、A. kawachi、A. oryzaeおよびA. sojaeが挙げられ、抗ピロリ活性が顕著に高いという点から、A. sojaeが特に好ましい。なお、本発明において、上述した麹菌が単独で用いられてもよいが、2種以上を組み合わせて用いられてもよい。また、果汁としては、例えば、モモ、ナシ、リンゴ、イチゴ、ザクロ、ブドウ、マンゴー、ミカン、オレンジ等の汁液が挙げられるがこれらに限定されない。また、野菜汁としては、例えば、ニンジン、トマト、キャベツ等の汁液が挙げられるがこれらに限定されない。本発明に好適に用いられる培地としては、かんきつ類の果汁およびモモ果汁が挙げられるがこれらに限定されない。かんきつ類としては、ヘスペリジンの含有量が多いのものが好ましく、ミカン、オレンジ、ダイダイ、レモン、ライム、ユズ等が挙げられ、特にオレンジが好ましい。モモ果汁はヘスペリジンを含有していないが、後述する実施例にて示すように、麹菌、中でもA. sojaeの培養によってその培養上清中に抗ピロリ活性が生成される。
【0022】
本発明に係る生育阻害剤は、果汁または野菜汁を培地として用いて麹菌を培養する工程を包含する製造方法を用いて製造される。培養後の培養上清は、そのまま用いられてもその抽出物が用いられてもよい。すなわち、本発明に係る生育阻害剤の製造方法は、培養上清からの抽出物を得る工程をさらに包含してもよい。
【0023】
また、本発明に係る生育阻害剤の製造方法は、培養培地に酒粕もしくは焼酎蒸留残渣またはこれらの抽出物を添加することをさらに含んでもよい。なお、酒粕もしくは焼酎蒸留残渣またはこれらの抽出物については、本明細書中において参考として援用される特許文献3にその詳細が記載されており、当業者は容易に理解し得る。
【0024】
本発明に好適に用いられる培養培地としては、かんきつ類の果汁およびモモ果汁であることが好ましいが、果皮および薄皮であってもよい。かんきつ類としては、例えば、ミカン、オレンジ、ダイダイ、レモン、ライム、ユズ等が挙げられるが、これらに限定されない。果汁は、果物をミキサー等で摩砕し、必要に応じて更に搾汁することにより得られる。このような果汁は、適宜濃縮されてもよく、濃縮液は、そのままであっても、蒸留水等で適当な濃度に希釈して用いられてもよい。上述した果汁は、それぞれが単独で用いられても、目的に応じて組み合わせて用いられてもよい。なお、本明細書中において用いられる場合、「果汁」は果物のピューレであってもよい。果物のピューレは、超高圧下(例えば、100MPa)にて酵素処理を行うことによって得られ、食物繊維を豊富に含んでいる。この酵素処理に用いられる酵素は、果物または野菜の種類に応じて適宜選択され得る。
【0025】
このような培地を用いることにより、抗ピロリ活性を含んだ培養上清を得ることができる。なお、かんきつ類の果汁を培地として用いた培養においては、その培養上清中の抗ピロリ活性の活性本体としては、ヘスペレチンが挙げられる。抽出物は、そのまま利用されてもよく、希釈、濃縮または凍結乾燥した後に、必要に応じて粉末又はペースト状に調製して用いられてもよい。また、抗ピロリ活性以外の夾雑物を除去したものや、必要に応じて、公知の方法で脱臭、脱色等の処理を施したものも、上記抽出物の範囲内であることが意図される。
【0026】
なお、本発明に係る生育阻害剤の製造方法における培養工程は、醗酵原料を麹菌の生菌で醗酵させる醗酵工程であり得る。かんきつ類の果汁を醗酵原料として用いる場合、果汁または果汁に他の原料を添加した溶液を醗酵させ、醗酵終了後に冷却したものを醗酵物(醗酵果汁)として用いればよい。このような醗酵果汁醗酵野菜汁は、そのまま飲料としてもよく、さらには希釈または殺菌を行い醗酵果汁飲料とすることができる。なお、醗酵物を得る際には、醗酵原料以外に、醗酵飲料の製造に通常使用されている原料を添加することもできる。
【0027】
本発明に係る生育阻害剤は、ピロリ菌の生育を阻害するための試薬であっても、医薬組成物または食用組成物を製造する際の添加剤であってもよく、医薬組成物または食用組成物として用いられてもよい。本発明に係る生育阻害剤は、ピロリ菌の生育を阻害し得る機能性食品を製造するに特に有用である。なお、本明細書中で使用される場合、用語「組成物」はその含有成分を単一組成物中に含有する態様と、単一キット中に別個に備えている態様であってもよい。
【0028】
本発明を用いて製造される医薬組成物は、製薬分野における公知の方法により製造することができる。本発明に係る医薬組成物における抗ピロリ活性の含有量は、投与形態、投与方法などを考慮し、この医薬組成物を適切な量にて投与できるような量であれば特に限定されない。本発明に係る医薬組成物は経口投与されることが好ましく、経口投与に好ましい錠剤、カプセルなどの形態として調製され得る。経口投与される態様(すなわち経口剤)の場合、例えばデンプン、乳糖、白糖、マンニット、カルボキシメチルセルロース、コーンスターチ、無機塩などが医薬用担体として利用される。また経口剤を調製する際、更に結合剤、崩壊剤、界面活性剤、潤滑剤、流動性促進剤、矯味剤、着色剤、香料などを配合してもよい。安定化剤、抗酸化剤などのような補助物質もまた、本発明に係る医薬組成物中に存在し得る。本発明に係る医薬組成物はそのまま経口投与するほか、任意の飲食品に添加して日常的に摂取させることもできる。投与および摂取は、所望の投与量範囲内において、1日内において単回で、または数回に分けて行ってもよい。
【0029】
本発明を用いて製造される食用組成物は、ピロリ菌の生育を阻害するための食用組成物(すなわち、食品、飲料など)であり、健康食品(機能性食品)として極めて有用である。本発明に係る食用組成物の製造法は特に限定されず、調理、加工および一般に用いられている食品または飲料の製造法による製造を挙げることができ、本発明によって得られた抗ピロリ活性が、その食品または飲料中に含有されていればよい。本発明に係る食用組成物としては、例えば、健康食品(例えば、カプセル、タブレット、粉末)、飲料(例えば、果物飲料など)、ドリンク剤などが挙げられるがこれらに限定されない。
【0030】
〔2〕Helicobacter pyloriの生育阻害剤を製造するための組成物
本発明は、麹菌の生菌を生存可能に含有している組成物を提供する。本発明に係る組成物を用いれば、Helicobacter pyloriの生育阻害剤を製造することができる。本発明に係る組成物に用いられる麹菌としては、A. awamori、A. kawachi、A. oryzaeおよびA. sojaeが挙げられ、特にA. sojaeが好ましい。本発明に係る組成物は、上記麹菌によって醗酵する醗酵原料をさらに含有していてもよい。また、本発明に係る組成物は、酒粕もしくは焼酎蒸留残渣またはこれらの抽出物をさらに含有していてもよい。
【0031】
上述したように、本明細書中で使用される場合、用語「組成物」はその含有成分を単一組成物中に含有する態様と、単一キット中に別個に備えている態様であってもよい。すなわち、本発明に係る組成物は培地をさらに含んでいてもよいが、上記麹菌の生菌を生存可能に含有している組成物と醗酵原料とを別々に備えているキットの形態であってもよい。また、本発明に係る組成物は、麹菌による米醗酵物または酒粕もしくは焼酎蒸留残渣またはこれらの抽出物をさらに含んでいてもよいが、本発明に係る組成物と酒粕もしくは焼酎蒸留残渣またはこれらの抽出物とを別々に備えているキットの形態であってもよい。
【0032】
本発明に用いられる醗酵原料は、麹菌によって醗酵する原料であればよいので、上述したようなかんきつ類の果汁やモモ果汁に限定されず、例えば、乳、果汁および野菜汁からなる群より選択され得る。乳としては、動物乳(例えば、牛乳、ヤギ乳、めん羊乳等)が挙げられ、特に牛乳が好ましい。乳は、未殺菌乳および殺菌乳の何れであってもよく、また、これらの乳から調製した濃縮乳もしくは練乳、これらの脱脂乳、部分脱脂乳またはこれらを乾燥して粉末にした粉乳等であってもよい。果汁としては、例えば、モモ、ナシ、リンゴ、イチゴ、ザクロ、ブドウ、マンゴー、ミカン、オレンジ等の汁液が挙げられるがこれらに限定されない。また、野菜汁としては、例えば、ニンジン、トマト、キャベツ等の汁液が挙げられるがこれらに限定されない。なお、生育阻害剤を製造する観点から、本発明に用いられる醗酵原料は、生育阻害剤を製造する際に用いる培地と同一であることが好ましい。もちろん、上述したように果皮および薄皮であってもよい。また、上述したように、果汁は、果物のピューレであってもよい。
【0033】
本明細書中において、用語「生菌を生存可能に含有している」は、目的の菌株が死滅することなく組成物中に維持されている態様であれば特に限定されない。すなわち、上記組成物中では、目的の生菌が増殖していても休眠していてもよい。本発明に係る組成物は、上記麹菌の生菌を、適切な賦形剤とともに含んでいる。麹菌の生存に影響を与えない賦形剤は当該分野において周知であり、例えば、デンプン、乾燥酵母、乳糖、白糖などが挙げられ、また、組成物を錠剤に加工するためのもの(例えば、コーンペプチド、麦芽糖など)であってもよい。このように、本発明に係るHelicobacter pyloriの生育阻害剤を製造するための組成物は、いわゆる「醗酵種」として用いられるべきものであることが意図される。
【0034】
〔3〕ヘスペレチン
本発明者らは、かんきつ類の果汁を用いて麹菌を培養した際の培養上清中に生成される抗ピロリ活性の本体がヘスペレチンであることを見出した。すなわち、本発明は、ヘスペレチンの新たな用途を提供する。
【0035】
ヘスペレチンは、天然には、糖が結合した配糖体の形態(ヘスペリジン)として存在し、動物に摂取されると、糖が加水分解されてアグリコンであるヘスペレチンに変換される。ヘスペリジンは、ポリフェノールの一種であり、かんきつ類の果実中に多量に存在する。温州ミカンやハッサク、ダイダイなどの果皮および薄皮に特に多く含まれているフラボノイドであるヘスペリジンは、漢方の「陳皮」の主成分であることも知られており、毛細血管を強化し、血管透過性を抑える働きを有している。また、ラットのin vivo実験において、ヘスペリジンが血中コレステロール値を改善することも報告されている。さらに、ヘスペリジンは抗アレルギー作用や癌の抑制作用を有していることも報告されている。
【0036】
ヘスペリジンからヘスペレチンへの変換をヘスペリジナーゼが触媒していることが知られている(図1参照)。本発明者らによる上記知見は、培養に用いられた麹菌が、かんきつ類の果汁に含まれるヘスペリジンをヘスペレチンに変換する酵素(ヘスペリジナーゼ)を生成していることを示す。文献によると、へスペリジナーゼの安全性試験のための単回投与試験が行われ、へスペリジナーゼ(へスペリジナーゼ活性110unit/g)の急性経口LD50はマウスで40g/kg〜、ラットで24g/kg〜であった。さらに、反復投与/発癌性試験では、ddYマウスを用いたヘスペリジナーゼ(へスペリジナーゼ活性110unit/g)の混餌(0.4、2、10g/kg)投与による35日間の反復投与試験において、毒性学的影響は認められていない。また、無毒性量は10g/kgと考えられる。また、SDラットを用いたヘスペリジナーゼ(へスペリジナーゼ活性110unit/g)の混餌(0.4、2、10g/kg)投与による35日間の反復投与試験において、毒性学的影響は認められていない。無毒性量は10g/kgと考えられる。さらに、細菌を用いた復帰変異試験において陰性と判断されている。このように、へスペリジナーゼの安全性はすでに確認されており、本発明が生体(特に哺乳動物)に適用されるにあたり、何ら障害はない。実際に、ヘスペリジナーゼは食品添加物としても使用されている酵素であり、Aspergillus niger由来のヘスペリジナーゼが試薬として市販されている。
【0037】
ヘスペリジンおよびヘスペレチンは、非常に優れた生理作用(例えば、抗酸化作用、血圧降下作用、抗アレルギー作用、血中コレステロール値を改善する作用、抗癌作用など)を有している。例えば、改善された抗酸化作用を発揮するかんきつ類の醗酵物が開示されている(例えば、特許文献4等参照)。しかし、ヘスペリジンおよびヘスペレチンは、水にはほとんど溶解しないので、その利用はかなり限定されている。特に、ヘスペレチンは、水への溶解度が低く容易に沈殿するので、飲料などに添加しても体内へは有効に取り込まれない。ヘスペレチンを有効利用するために、ヘスペレチンを水溶液中に安定して分散させる技術も提案されている(例えば、特許文献5参照)。
【0038】
このように、ヘスペレチンについてのこれまでの知見の中に、抗ピロリ活性を記載または示唆するものはない。また、A. sojae由来のヘスペリジナーゼが従来のヘスペリジナーゼよりも優れていることは全く知られていないばかりか予想することも困難であった。
【0039】
本発明は、ヘスペレチンを含有するHelicobacter pyloriの生育阻害剤およびその製造方法提供する。本発明に係るヘスペレチンの製造方法は、麹菌の培養上清を得る工程を包含し、好ましくは、培養上清からの抽出物を得る工程をさらに包含し得る。また、本発明に係るヘスペレチンの製造方法は、培養培地に酒粕もしくは焼酎蒸留残渣またはこれらの抽出物を添加することをさらに含んでもよい。このように、本発明に係るヘスペレチンの製造方法は、上述したHelicobacter pyloriの生育阻害剤の製造方法であり得ることを、本明細書を読んだ当業者は容易に理解し得る。また、本発明にかかるHelicobacter pyloriの生育阻害剤に含有されるべきヘスペレチンは、上記製造方法によって得られるものが好ましいが、これに限定されず、例えば従来公知の手法に従って得られたヘスペレチンであってもよい。
【0040】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【0041】
また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。
【実施例】
【0042】
濃縮オレンジ果汁(5.8倍濃縮)を100%に還元したものに、2%クエン酸ナトリウムを添加し、pHを5.2に調整した後に、麹菌(A. awamori、A. kawachi、A. oryzaeまたはA. sojae)の分生胞子を最終濃度が1%になるように接種し、37℃にて8日間培養した。培養上清に対しメタノールを1:1(容量)にて添加したものをHPLC(YMC-Pack ODS-AQ column)にアプライし、0.1%酢酸を含む50%メタノールを移動相として用いて溶出した。オレンジ果汁を培地として麹菌を培養した際の培養上清をHPLCに供し、得られたヘスペレチン画分のピークを、図2に示す。なお、(a)はA. niger、(b)はA. oryzae、(c)はA. sojaeを用いた結果を示している。示すように、100%オレンジ果汁を培地として麹菌を培養した際に、いずれにおいてもヘスペレチンの産生が検出されたが、A. sojaeを用いた際にヘスペレチンが最も多く生産されていた(図2中の矢印)。
【0043】
100%オレンジ果汁にグルコースまたはヘスペリジンを添加したものを培地として麹菌を培養した(図3)。上記と同様に、濃縮オレンジ果汁(5.8倍濃縮)または濃縮ミカン果汁(6倍濃縮)(いずれもアヲハタ株式会社)を100%に還元した培地(a)、aの培地にグルコースを添加したもの(b)、およびaの培地にヘスペリジンを添加したもの(c)に、2%クエン酸ナトリウムを添加し、pHを5.2に調整した後に、麹菌(A. awamori、A. kawachi、A. oryzaeまたはA. sojae)の分生胞子を最終濃度が1%になるように接種し、37℃にて2日間または8日間培養した。培養上清に対しメタノールを1:1(容量)にて添加したものをHPLC(YMC-Pack ODS-AQ column)にアプライし、0.1%酢酸を含む50%メタノールを移動相として用いて溶出した。図中、A、BおよびCはそれぞれA. niger、A. oryzaeおよびA. sojaeを示し、1および3はミカン果汁、2および4はオレンジ果汁を示し、1および2は2日間培養、3および4は8日間培養を示す。100%オレンジ果汁にグルコースまたはヘスペリジンを添加したものを培地として麹菌を培養した場合には、ヘスペレチンの生産量は増加しなかった(図3)。
【0044】
また、図3に示すように、果汁としてはミカン果汁よりもオレンジ果汁が好ましく、麹菌としてA. nigerまたはA. oryzaeよりもA. sojaeが好ましいといえる。そこで、オレンジ果汁を培地としてA. sojaeを培養した際の培養上清におけるヘスペレチン画分のピークを確認した(図4)。示すように、果汁としてオレンジ果汁を用い、麹菌としてA. sojaeを用いた場合には、ヘスペレチンの生産量が非常に高いことがわかった。
【0045】
HPLCによって得られたヘスペレチン画分を凍結乾燥した後にベンゼンに溶解し、薄層クロマトグラフィーに供した。薄層クロマトグラフィーにおいて、ベンゼン:トルエン:酢酸=2:2:1の溶媒を用いて展開を行った。市販のヘスペレチンおよびオレンジ果汁を培地として麹菌(A. nigerまたはA. sojae)を培養した際の培養上清を、薄層クロマトグラフィーに供した結果を、図5に示す。また、A. nigerまたはA. sojaeの培養上清におけるRf値は、市販のヘスペレチン(Sigma)と同じく0.56であった(結果は示さず)。
【0046】
寒天拡散法によって培養上清の抗ピロリ活性を確認した。ピロリ菌(約1×10個)の懸濁液を塗布した寒天培地上に、培養上清20μLを浸透させたペーパーディスクを配置し、37℃で72時間培養した後に、形成された阻止円を観察した(図6)。市販のヘスペリジン(a)およびヘスペレチン(b)を用いた寒天拡散法による抗菌活性のアッセイの結果を図中四角で囲んだ。
【0047】
培養上清の希釈率に応じて、阻止円の直径が変化していることがわかる。すなわち、麹菌の培養上清がピロリ菌の発育を阻害したことがわかった。また、ピロリ菌の発育阻害は、ヘスペレチン(5mg/ml)によって生じたが、ヘスペリジン溶液(5mg/ml)によっては生じなかった。なお、培養上清、ならびにヘスペリジンまたはヘスペレチン以外のコントロールでは阻止円が全く観察されなかった。
【0048】
〔モモ果汁培養上清を用いた寒天拡散法〕
モモ果汁(5倍濃縮)を100%に還元したものに、1%クエン酸ナトリウムを添加し、pHを5.2に調整した後に、A. sojaeの分生胞子を最終濃度が1%になるように接種し、37℃にて6日間培養した。また、モモ果汁(5倍濃縮)を100%に還元したものに、1%クエン酸ナトリウムを添加し、pHを5.2に調整した後に、MRS brothを用いて37℃で24時間培養した乳酸菌(L. plantarum 13T株)を最終濃度2%になるように接種し、37℃で30時間培養した。L. plantarum 13T株は、モモ果汁培地を用いて培養した際に強い抗ピロリ活性を生成することを本発明者らが見出した乳酸菌であり、抗ピロリ活性が生成されていることを示すポジティブコントロールである。なお、L. plantarum 13T株は、特許文献1等に記載の乳酸菌のように乳酸によってピロリ菌の生育を阻害するものではない(PCT/JP2009/055952:未公開)。
【0049】
これらの培養上清のpHを7.0に調整した後に凍結乾燥し、3倍濃度に濃縮した。これらのサンプルを用いて、上述した手順に従って寒天拡散法を行った。モモ果汁を培地に用いて培養した場合、A. sojae およびL. plantarum 13T株の培養上清において、阻止円が観察された(結果は示さず)。
【0050】
〔モモ果汁培養上清を用いたウレアーゼ活性測定〕
37℃で72時間培養したピロリ菌の培地から採取した1×10CFU/mLのピロリ菌液に、上記3倍濃度に濃縮したサンプル(1:コントロール、2:乳酸菌(L. plantarum 13T株)、3:A. sojae)を、5%になるように接種した。ピロリ菌懸濁液とサンプル1〜3とを混合した時点、混合6時間後、混合24時間後に、混合液中のウレアーゼ活性を測定した。ウレアーゼ活性の測定には、尿素とフェノールレッドなどで構成されるウレア培地を用いた。これは、混合培養液中のピロリ菌がウレアーゼを産生していれば、ウレア培地中の尿素がアンモニアに分解され、産生されたアンモニアによってpHが上昇すると、指示薬であるフェノールレッドがピンク色になることを利用している。なお、ピロリ菌の活性が低下すると、ウレアーゼ活性が低下し、尿素からアンモニアが産生されず、吸光度は低下する。このようなウレアーゼ活性の低下を指標に抗ピロリ活性を測定した。測定した吸光度は550nmである。
【0051】
結果を図7に示す。図中の縦軸は550nmでの吸光度(すなわち、ウレアーゼ活性)を示す。示すように、モモ果汁を培地に用いて培養した場合、A. sojae およびL. plantarum 13T株の培養上清において、培養時間に応じて抗ピロリ活性が優位に生成することが観察された。
【0052】
上述したように、本発明者らは、果汁または野菜汁を培地として培養した際に、麹菌が抗ピロリ活性を生成することを見出した。また、ヘスペリチンが高い抗ピロリ活性を有していることを見出した。特に、A. sojaeが高いヘスペリジナーゼ活性を有しており、かんきつ類を培地に用いた際に強い抗ピロリ活性を生成することを見出した。このような知見に基づく本発明は、果汁または野菜汁に関与する既存の産業(例えばジュースおよびその加工品)に適用可能であり、本発明を適用することにより従来の製品を高付加価値化し得、これらの産業の活性化に寄与する。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明によれば、Helicobacter pyloriの生育を阻害するための新たな技術が提供される。このように、本発明は、医薬や食品などに関連する分野における産業の発達に大いに寄与する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
麹菌の培養上清または該培養上清からの抽出物を含有している、Helicobacter pyloriの生育阻害剤であって、
該培養上清が、果汁または野菜汁を培地として用いた培養によって得られることを特徴とする生育阻害剤。
【請求項2】
上記麹菌が、A. awamori、A. kawachi、A. oryzaeおよびA. sojaeからなる群より選択されることを特徴とする請求項1に記載の生育阻害剤。
【請求項3】
上記麹菌がA. sojaeであることを特徴とする請求項1に記載の生育阻害剤。
【請求項4】
上記培地がかんきつ類の果汁であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の生育阻害剤。
【請求項5】
上記培地がモモ果汁であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の生育阻害剤。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の生育阻害剤を含んでいることを特徴とする機能性食品。
【請求項7】
Helicobacter pyloriの生育阻害剤を製造する方法であって、
果汁または野菜汁を培地として用いて麹菌を培養する工程、および
該麹菌を培養した後の培養上清を得る工程
を包含することを特徴とする製造方法。
【請求項8】
上記麹菌が、A. awamori、A. kawachi、A. oryzaeおよびA. sojaeからなる群より選択されることを特徴とする請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
上記麹菌がA. sojaeであることを特徴とする請求項8に記載の製造方法。
【請求項10】
麹菌の生菌を生存可能に含有していることを特徴とするHelicobacter pyloriの生育阻害剤を製造するための組成物。
【請求項11】
上記麹菌が、A. awamori、A. kawachi、A. oryzaeおよびA. sojaeからなる群より選択されることを特徴とする請求項10に記載の組成物。
【請求項12】
上記麹菌がA. sojaeであることを特徴とする請求項11に記載の組成物。
【請求項13】
上記生菌によって醗酵する醗酵原料をさらに含有していることを特徴とする請求項10〜12のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項14】
上記醗酵原料が、乳、果汁または野菜汁であることを特徴とする請求項13に記載の組成物。
【請求項15】
ヘスペレチンの製造方法であって、
かんきつ類の果汁を培地として用いてA. sojaeを培養する工程、および
該A. sojaeを培養した後の培養上清を得る工程
であることを特徴とする製造方法。
【請求項16】
上記培地がオレンジ果汁であることを特徴とする請求項15に記載の製造方法。
【請求項17】
ヘスペレチンを含有していることを特徴とするHelicobacter pyloriの生育阻害剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図7】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−285353(P2010−285353A)
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−138136(P2009−138136)
【出願日】平成21年6月9日(2009.6.9)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】