説明

KIT切断促進剤

【課題】細胞表面上のc−KITの切断を促進し、医薬、食品又は化粧料として有用なKIT切断促進剤の提供。
【解決手段】ドウカンソウ又はその抽出物を有効成分とするKIT切断促進剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、c−KITの切断を促進するKIT切断促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
日焼け後の色素沈着やシミ・ソバカスは、一般に皮膚の紫外線暴露による刺激やホルモンの異常又は遺伝的要素等によって皮膚内に存在する色素細胞(メラノサイト)が活性化されメラニン産生が亢進した結果生じるものと考えられている。
【0003】
SCF〔(stem cell factor)幹細胞因子〕は、造血幹細胞の表面に発現しているc−KITレセプター〔c−KIT受容体型チロシンキナーゼ;c−KIT〕のリガンドであり、造血細胞の増殖・分化を促す膜結合型の増殖因子として知られているが、近年、c−KITが造血細胞の他に、メラノサイト及び生殖細胞の表面にも発現していることが明らかになり(非特許文献1)、SCFの生体内作用に関する研究が進められている。最近では、皮膚にのみSCFを発現させるトンラスジェニックマウスにおいて、肥満細胞の誘導とメラノサイトの増殖により、メラニン合成が増強されること(非特許文献2)、メラノサイト上のc−KITのリン酸化によって、メラノジェネシスが亢進することが報告され(非特許文献3)、メラニンの過剰生産にSCFが深く関与すると考えられている。
【0004】
また、メラノサイトにおいて、c−KITの細胞外ドメインはTNF−α変換酵素やマトリックスメタロプロテアーゼにより切断されることが報告されており、切断が促進されると産生されたs−KITがデコイレセプターとして機能してSCFと結合すること及び完全長c−KITが減少することにより、SCFによるc−KITのリン酸化が抑制されて、メラノジェネシスが抑制されることが明らかになっている(非特許文献4)。
【0005】
従って、メラノサイト上のc−KITの切断を促進することができれば、メラニンの過剰産生を抑制することができ、皮膚の褐色化、シミ・ソバカスを予防又は改善することが可能であると考えられる。
【0006】
一方、ドウカンソウはナデシコ科に属する一年草であるが、ドウカンソウ又はその抽出物にc−KIT切断促進作用があることは全く知られていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】J.Exp.Med.,183,2681-2686,1996
【非特許文献2】J.Exp.Med.,187,1565-1573,1998
【非特許文献3】Mol.Biol.Cell,3,197-209,1992
【非特許文献4】J.Invest.Dermatol.,128,1763-1772,2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、細胞表面上のc−KITの切断を促進し、医薬、食品又は化粧料として有用なKIT切断促進剤を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、細胞表面上のc−KITの切断を促進する物質を探索したところ、特定の植物又はその抽出物にKIT切断促進作用があることを見出した。
【0010】
すなわち、本発明は、ドウカンソウ又はその抽出物を有効成分とするKIT切断促進剤を提供するものである。
また、本発明は、ドウカンソウ又はその抽出物を有効成分とする美白剤を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明のKIT切断促進剤によれば、細胞表面上のc−KITの切断が促進され、メラニンの過剰産生を抑制することができ、これに起因する皮膚の褐色化、シミ・ソバカス等を予防及び/又は改善することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明のKIT切断促進剤とは、細胞表面、特にメラノサイト表面上のc−KITを切断し、c−KIT活性化によるメラニンの過剰産生等を抑制することによって皮膚の褐色化、シミ・ソバカス等の予防及び/又は改善効果を有するものをいう。
【0013】
本発明において、ドウカンソウとは、ナデシコ科(Caryophyllaceae)のドウカンソウ(Vaccaria segetalis (Neck.) Garcke)を意味する。ドウカンソウは、王不留行の原料として利用されることがある。ドウカンソウの使用部位は、全草、花、花弁、果実、果皮、茎、葉、枝、枝葉、幹、樹皮、根茎、根皮、根又は種子等を用いることができるが、主として種子を用いるのが好ましい。
植物体はそのまま又は乾燥粉砕して用いることができる。
【0014】
ドウカンソウの抽出物は、ドウカンソウをそのままあるいは乾燥した後に適当な大きさに切断したり、粉砕加工したりしたものを抽出して得られる抽出物、その希釈液、その濃縮液、その乾燥末又はペースト状などが包含される。抽出方法は、浸漬、煎出、浸出、還流抽出、超臨界抽出、超音波抽出、マイクロ波抽出等のいずれでもよい。
【0015】
抽出溶剤としては、極性溶剤、非極性溶剤のいずれをも使用することができ、これらを混合して用いることもできる。例えば、水;メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等のアルコール類;エチレングリコール、プロピレングリコール、ブチレングリコール等の多価アルコール類;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類;酢酸メチル、酢酸エチル等のエステル類;テトラヒドロフラン、ジエチルエーテル等の鎖状及び環状エーテル類;ポリエチレングリコール等のポリエーテル類;ジクロロメタン、クロロホルム、四塩化炭素等のハロゲン化炭化水素類;ヘキサン、シクロヘキサン、石油エーテル等の炭化水素類;ベンゼン、トルエン等の芳香族炭化水素類;ピリジン類;超臨界二酸化炭素;油脂、ワックス、その他菜種油、オリーブ油、大豆油などのオイルなどが挙げられ、これらは単独で又は2種以上を組み合わせて使用でき、溶剤を変えて繰り返し行うことも可能である。
【0016】
抽出は、例えばドウカンソウ1質量部に対して1〜50質量部の溶剤を用い、室温(25℃)〜100℃で数時間〜数週間、好ましくは24時間〜2週間浸漬又は加熱還流するのが好ましい。
【0017】
本発明に用いられるドウカンソウの抽出物は、食品上・医薬品上許容し得る規格に適合し本発明の効果を発揮するものであれば粗精製物であってもよく、さらに得られた粗精製物を公知の分離精製方法を適宜組み合わせてこれらの純度を高めてもよい。精製手段としては、有機溶剤沈殿、遠心分離、限界濾過膜、高速液体クロマトグラフやカラムクロマトグラフ等が挙げられる。
【0018】
本発明のドウカンソウ又はその抽出物は、後記実施例に示すように、優れたKIT切断促進作用を有することから、メラノサイトにおけるc−KIT活性化によるメラニンの過剰産生を抑制することができると考えられる。従って、本発明のドウカンソウ又はその抽出物は、KIT切断促進剤や美白剤等(以下、「KIT切断促進剤等」)として使用でき、さらにこれらの剤を製造するために使用することができる。
【0019】
斯かるKIT切断促進剤等は、例えば皮膚の褐色化、シミ・ソバカスの予防及び/又は改善等の各効果を発揮する、ヒト若しくは動物用の医薬品、医薬部外品、食品、機能性食品、化粧料等として使用することができる。そして、当該KIT切断促進剤等は、例えば皮膚の褐色化、シミ・ソバカスの予防及び/又は改善をコンセプトとし、必要に応じてその旨を表示した食品、機能性食品、病者用食品、特定保健用食品に応用できる。
【0020】
本発明のKIT切断促進剤等を、医薬品として使用する場合、任意の投与形態で投与され得る。投与形態としては、経口、経腸、経粘膜、注射等が挙げられる。経口投与のための製剤の剤型としては、例えば錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤等が挙げられる。非経口投与としては、静脈内注射、筋肉注射剤、坐剤、吸入薬、経皮吸収剤、点眼剤、点鼻剤等が挙げられる。
【0021】
また、斯かる製剤では、本発明のドウカンソウ及びその抽出物から選ばれる1種以上と、薬学的に許容される担体とを組み合わせて使用してもよい。斯かる担体としては、例えば、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、希釈剤、浸透圧調整剤、pH調整剤、乳化剤、防腐剤、安定剤、酸化防止剤、着色剤、紫外線吸収剤、保湿剤、増粘剤、光沢剤、活性増強剤、抗炎症剤、殺菌剤、矯味剤、矯臭剤、増量剤、界面活性剤、分散剤、緩衝剤、保存剤、香料、被膜剤等が挙げられる。
【0022】
これらの投与形態のうち、経口投与が好ましく、経口投与用製剤として用いる場合の該製剤中の本発明のドウカンソウの含有量は、乾燥固形分換算で、0.1〜20質量%が好ましく、特に0.5〜10質量%であるのが好ましい。また、ドウカンソウ抽出物の含有量は、乾燥固形分換算で、0.0001〜10質量%が好ましく、特に0.001〜5質量%であるのが好ましい。
【0023】
上記製剤の投与量は、患者の状態、体重、性別、年齢又はその他の要因に従って変動し得るが、経口投与の場合の成人1人当たりの1日の投与量は、通常、ドウカンソウ又はその抽出物(乾燥固形分換算)として0.001〜1000mg、特に0.01〜100mgがより好ましい。また、上記製剤は、任意の投与計画に従って投与され得るが、1日1回〜数回に分けて投与することが好ましい。
【0024】
本発明のKIT切断促進剤等を、食品として使用する場合、その形態は、固形、半固形または液状であり得る。食品の例としては、パン類、麺類、菓子類、ゼリー類、乳製品、冷凍食品、インスタント食品、でんぷん加工製品、加工肉製品、その他加工食品、飲料、スープ類、調味料、栄養補助食品等、およびそれらの原料が挙げられる。また、上記の経口投与製剤と同様、錠剤形態、丸剤形態、カプセル形態、液剤形態、シロップ形態、粉末形態、顆粒形態等であってもよい。
【0025】
種々の形態の食品を調製するには、ドウカンソウ及びその抽出物から選ばれる1種以上と、他の食品材料や、溶剤、軟化剤、油、乳化剤、防腐剤、香科、安定剤、着色剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、保湿剤、増粘剤等を適宜組み合わせて用いることができる。
【0026】
また、食品中におけるドウカンソウの含有量は、その使用形態により異なるが、乾燥固形分換算で、飲料の形態では、0.001〜2質量%であり、0.002〜1質量%が好ましく、0.01〜0.5質量%がより好ましい。また、錠剤や加工食品などの固形食品形態では、通常0.01〜20質量%であり、0.02〜10質量%が好ましく、0.1〜5質量%がより好ましい。
また、ドウカンソウ抽出物の含有量としては、乾燥固形分換算で、飲料の形態では、0.001〜5質量%であり、0.002〜1質量%が好ましく、0.01〜0.5質量%がより好ましい。また、錠剤や加工食品などの固形食品形態では、通常0.01〜20質量%であり、0.02〜10質量%が好ましく、0.1〜5質量%がより好ましい。
【0027】
本発明のKIT切断促進剤等を医薬部外品や化粧料として用いる場合は、皮膚外用剤、洗浄剤、メイクアップ化粧料等とすることができ、使用方法に応じて、ローション、乳液、ゲル、クリーム、軟膏剤、粉末、顆粒等の種々の剤型で提供することができる。このような種々の剤型の医薬部外品や化粧料は、本発明のドウカンソウ及びその抽出物から選ばれる1種以上と、医薬部外品、皮膚化粧料及び洗浄料に配合される、油性成分、保湿剤、粉体、色素、乳化剤、可溶化剤、洗浄剤、紫外線吸収剤、増粘剤、薬剤(例えば、抗炎症剤、殺菌剤、酸化防止剤、ビタミン類、脂肪代謝促進作用又は脱共役蛋白質発現促進作用が知られている薬物或いは天然物)、香料、樹脂、防菌防黴剤、植物抽出物、アルコール類等を適宜組み合わせることにより調製することができる。
【0028】
当該医薬部外品、化粧料中の本発明のドウカンソウの含有量は、乾燥固形分換算で、0.1〜20質量%が好ましく、特に0.5〜10質量%であるのが好ましい。また、ドウカンソウ抽出物の含有量は、乾燥固形分換算で、0.0001〜10質量%が好ましく、特に0.001〜5質量%であるのが好ましい。
【実施例】
【0029】
製造例1 植物抽出物の製造
市販のドウカンソウ(新和物産株式会社製)の種子200gを、室温下、50(v/v)%エタノール水溶液500mLで4日間抽出後ろ過し、エキス350mLを得た(固形分0.2(w/v)%)。得られたエキスは濃縮し、蒸発残分を1(w/v)%に調整し、下記実施例において評価サンプルとして用いた。
【0030】
実施例1 ヒト培養メラノサイトからのs−KIT検出方法
6ウェルプレートにヒト培養メラノサイト(倉敷紡績株式会社)を4×105個/ウェルで播き込んだ。培地はMedium254(倉敷紡績株式会社)にHMGS2(倉敷紡績株式会社)を添加した培地を用いた。3日後、Medium254に5μg/ml インスリン、5ng/ml リコンビナントFGF、3μg/mlヘパリン(いずれも倉敷紡績株式会社)に評価サンプル(ドウカンソウエキス)を終濃度0.1(v/v)%となるように添加した培地に交換した。また、コントロールとして50%エタノールを添加した群を作製した。4時間後、培養上清を回収しフィルターろ過を行い、セントリコンプラス20(日本ミリポア株式会社)を用いて40倍に濃縮した。濃縮サンプルはs−KIT認識抗体(Santacruz)を用いて定法に従いウェスタンブロット法によりバンドを検出し、定量を行った。結果を表1に示す。得られた定量値はコントロールの値を100として相対値で表した。
【0031】
【表1】

【0032】
表1に示すとおり、本発明の植物抽出物によりs−KITが切り出され、メラノサイト上のc−KIT切断が促進されることが認められる。
【0033】
実施例2 3D皮膚モデルにおけるメラニン産生量測定方法
メラノサイト入りMEL−300皮膚モデルカップ(倉敷紡績株式会社)に、メラノサイト活性化因子エンドセリン−1(ET−1)、幹細胞増殖因子(SCF)をそれぞれ培地中終濃度で10nMになるように添加したEPI−100−NMM113培地を添加し、37℃の条件化で培養した。培養期間中は3日に1度、培地交換を行った。培養1日目より評価サンプル(ドウカンソウエキス)をそれぞれ0.25(v/v)%となるよう添加した。培地交換時には再度評価サンプルをそれぞれ0.25(v/v)%となるよう添加した。また、コントロールとして50%エタノールを添加した群を作製した。
培養開始から14日後、皮膚モデルカップをPBS(リン酸緩衝生理食塩水)で十分洗浄した後、ピンセットで個々の皮膚モデルを剥離してエッペンドルフチューブに移し、PBSで更に3回洗浄した。続いて50%エタノールで3回洗浄、100%エタノールで2回洗浄した後、室温で1晩乾燥させた。乾燥させた皮膚モデルに2N NaOHを加え、50℃で1時間インキュベートを行い、モデル皮膚を完全に溶解させた。この溶液について405nmの吸光度を計測することでメラニン量の測定を行った。この際、合成メラニン標準品(シグマ)の希釈系列を作製し405nmの吸光度を計測することで検量線を作成し、3D皮膚モデルにおけるメラニン量を算出した。結果を表2に示す。得られたメラニン量はコントロールの値を100として相対値で表した。
【0034】
【表2】

【0035】
表2に示すとおり、本発明の植物抽出物はメラニン産生抑制効果を有することが認められた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ドウカンソウ又はその抽出物を有効成分とするKIT切断促進剤。
【請求項2】
ドウカンソウ又はその抽出物を有効成分とする美白剤。

【公開番号】特開2010−248082(P2010−248082A)
【公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−96243(P2009−96243)
【出願日】平成21年4月10日(2009.4.10)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】