説明

N−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合するレクチン

【課題】 従来のレクチンとは異なる糖鎖特異性を示す新たなレクチンを見出し、その用途を提供する。
【解決手段】 下記の(d)、(e)、又は(f)のレクチンを含む、N−結合型1〜3本側鎖糖鎖の吸着又は結合剤。
(d) 配列番号3のアミノ酸配列からなるレクチン
(e) 配列番号3の部分アミノ酸配列からなり、かつN−結合型1〜3本側鎖糖鎖に結合活性を有するレクチン
(f) 配列番号3のアミノ酸配列又はその部分アミノ酸配列において1〜数個のアミノ酸が付加、欠失、又は置換されたアミノ酸配列からなり、かつN−結合型1〜3本側鎖糖鎖に結合活性を有するレクチン

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、N−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合するレクチン及びその製造方法、N−結合型の1〜3本側鎖糖鎖の吸着又は結合剤、被験試料中のN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖を分離する方法、ガンの検出方法、並びにN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
レクチンは糖鎖に親和性を持つタンパク質の総称である。レクチンは動植物を問わず生物界に幅広く存在し、これまでに100種類以上が分離されている。レクチンは糖鎖を特異的に認識し可逆的に結合するため、糖鎖結合特異性の異なる複数のレクチンを用いて、被験試料中の糖タンパク質のレクチン結合パターンを調べることにより、糖鎖構造を推定又は同定することができる。
また、細胞表面には固有の糖鎖が存在し、細胞間の認識や接着などのコミュニケーションに糖鎖が使われている。細胞の状態によって表面に存在する糖鎖が変化することから、被験細胞に特定レクチンに結合する糖鎖が存在するか否かを調べることにより細胞の同定やその状態の推定を行うことができる。例えば、ガン細胞表面にはガンマーカーとなる糖鎖が存在することから、目的とするガンマーカー糖鎖に特異的に結合するレクチンと血清などの細胞含有試料とを接触させて、そのレクチンと結合する糖鎖を検出することにより、ガン細胞を検出することができる。
また、レクチンを固定したカラムやビーズを複数種用いて、糖タンパク質や細胞を含む被験試料中の特定の糖タンパク質や細胞を分画又は濃縮することができる。
【0003】
ここで、糖タンパク質の糖鎖は、アスパラギン(Asn)残基に結合するN−結合型糖鎖と、セリン(Ser)あるいはスレオニン(Thr)残基に結合するO−結合型(ムチン型)糖鎖とに大別することができる。N−結合型糖鎖は、ペプチド中のAsnの酸アミド基に糖鎖の還元末端のN−アセチルグルコサミンがN−グリコシド結合した糖鎖群であり、トリマンノシルコアと呼ばれる、ManGlcNAcGlcNAcの5糖を共通の母核としている。これに付加した糖残基の構造と部位に基づいて、N−結合型糖鎖は以下の3つのサブグループに分類される。それは、2〜6個のα-マンノシル残基のみが結合した高マンノース型糖鎖、母核の2つのα-マンノシル残基にN−アセチルグルコサミンから始まる多様な糖鎖が1〜5本結合した複合型糖鎖、及び両者の混成体の混成型糖鎖である。β-マンノシル残基のC−4位に結合したN−アセチルグルコサミンは複合型及び混成型糖鎖に見られ、糖鎖の立体構造を大きく変えることから、バイセクティング(Bisecting)GlcNAcと呼ばれている。さらに、還元末端がフコース修飾されたものも存在する。また、トリマンノシルコアから分岐する糖鎖の数により、2本側鎖糖鎖、3本側鎖型鎖などと呼ばれる。N−結合型糖鎖の分類を図1に示す。
【0004】
いずれの糖鎖も様々な修飾を受けてさらに多様な構造を取ることが知られている。また、糖タンパク質の多くは複数の糖鎖を持つことが多く、糖鎖自体も複雑な混合物である。このため、レクチンとの親和性だけで特定の糖タンパク質を分離又は同定することは難しいが、レクチンアフィニティークロマトグラフィーやレクチンアレイを糖タンパク質や細胞の分離精製工程や、同定工程に加えることで、これらの精度を向上させることができる。また、糖タンパク質や細胞の分離・濃縮工程においては、収率を向上させることができる。
従って、従来のレクチンにない新たな糖鎖結合特異性を示すレクチンを見出すことが望まれている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、従来のレクチンとは異なる糖鎖特異性を示す新たなレクチンを見出し、その用途を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために本発明者らは研究を重ね、アスペルギルス・オリゼが菌体内に生産する新規レクチンを見出した。また、このレクチンがN−結合型糖鎖のうち、1〜3本側鎖糖鎖に強く結合するが、4本側鎖糖鎖には結合しないことを見出した。
本発明は、上記知見に基づき完成されたものであり、下記のレクチンなどを提供する。
【0007】
項1. 下記の(a)、(b)、又は(c)のポリペプチドからなる、N−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合するレクチン。
(a) 配列番号3のアミノ酸配列からなるポリペプチド
(b) 配列番号3の部分アミノ酸配列からなり、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合活性を有するポリペプチド
(c) 配列番号3のアミノ酸配列又はその部分アミノ酸配列において1〜数個のアミノ酸が付加、欠失、又は置換されたアミノ酸配列からなり、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合活性を有するポリペプチド
項2. 下記の(d)、(e)、又は(f)のレクチンを含む、N−結合型の1〜3本側鎖糖鎖の吸着又は結合剤。
(d) 配列番号3のアミノ酸配列からなるレクチン
(e) 配列番号3の部分アミノ酸配列からなり、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合活性を有するレクチン
(f) 配列番号3のアミノ酸配列又はその部分アミノ酸配列において1〜数個のアミノ酸が付加、欠失、又は置換されたアミノ酸配列からなり、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合活性を有するレクチン
項3. 糖鎖を含む被験試料と下記の(d)、(e)、又は(f)のレクチンとを接触させて、レクチンにN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖を吸着又は結合させる工程と、N−結合型の1〜3本側鎖糖鎖とレクチンとの吸着又は結合による複合物を分離する工程とを含む、N−結合型の1〜3本側鎖糖鎖の分離方法。
(d) 配列番号3のアミノ酸配列からなるレクチン
(e) 配列番号3の部分アミノ酸配列からなり、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合活性を有するレクチン
(f) 配列番号3のアミノ酸配列又はその部分アミノ酸配列において1〜数個のアミノ酸が付加、欠失、又は置換されたアミノ酸配列からなり、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合活性を有するレクチン
項4. 糖タンパク質又は細胞を含む被験試料と下記の(d)、(e)、又は(f)のレクチンとを接触させて、レクチンにN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖を吸着又は結合させる工程と、N−結合型の1〜3本側鎖糖鎖とレクチンとの吸着又は結合による複合物を被験試料から除去する工程と、この複合物を除去した被験試料中のN−結合型の4本以上の側鎖を有する糖鎖を検出する工程とを含む、ガンの検出方法。
(d) 配列番号3のアミノ酸配列からなるレクチン
(e) 配列番号3の部分アミノ酸配列からなり、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合活性を有するレクチン
(f) 配列番号3のアミノ酸配列又はその部分アミノ酸配列において1〜数個のアミノ酸が付加、欠失、又は置換されたアミノ酸配列からなり、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合活性を有するレクチン
項5. 糖鎖を含む被験試料と下記の(d)、(e)、又は(f)のレクチンとを接触させる工程と、レクチンとN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖との吸着又は結合による複合物を検出する工程とを含む、N−結合型の1〜3本側鎖糖鎖の検出方法
(d) 配列番号3のアミノ酸配列からなるレクチン
(e) 配列番号3の部分アミノ酸配列からなり、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合活性を有するレクチン
(f) 配列番号3のアミノ酸配列又はその部分アミノ酸配列において1〜数個のアミノ酸が付加、欠失、又は置換されたアミノ酸配列からなり、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合活性を有するレクチン
項6. 下記の(g)、(h)、又は(i)のDNAを発現可能に保持するベクターが真核細胞に導入された形質転換体を培養する工程と、培養物からN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合するレクチンを回収する工程とを含む、N−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合するレクチンの製造方法。
(g) 配列番号1の塩基配列からなるDNA
(h) 配列番号1の部分塩基配列からなり、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合活性を有するポリペプチドをコードするDNA
(i) 配列番号1の塩基配列又はその部分塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合するポリペプチドをコードするDNA
項7. 下記の(j)、(k)、又は(l)のDNAを発現可能に保持するベクターが導入された形質転換体を培養する工程と、培養物からN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合するレクチンを回収する工程とを含む、N−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合するレクチンの製造方法。
(j) 配列番号2の塩基配列からなるDNA
(k) 配列番号2の部分塩基配列からなり、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合活性を有するポリペプチドをコードするDNA
(l) 配列番号2の塩基配列又はその部分塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合するポリペプチドをコードするDNA
【発明の効果】
【0008】
本発明のレクチンは、N−結合型糖鎖のうちトリマンノシルコアから分岐する糖鎖側鎖の本数が少ないものに対するほど強い親和性を示す。本発明のレクチンは、N−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に吸着又は結合し、N−結合型の4本側鎖糖鎖には親和性を示さない。即ち、本発明のレクチンは、N−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に特異的に吸着又は結合する。
この糖鎖結合特異性を利用して、他の糖鎖結合特異性を有するレクチンと組み合わせることにより、糖タンパク質の糖鎖構造の推定又は同定や、糖タンパク質又は細胞の分画又は濃縮などを行うことができる。
【0009】
前述したように、本発明のレクチンは、N−結合型糖鎖のうちの1〜3本側鎖糖鎖に結合し、4本側鎖糖鎖には実質的に全く結合しない。ガンになると、細胞表面の糖タンパク質の糖鎖において高分岐側鎖が増加する。また、ガン細胞表面に存在する糖鎖のうち4本以上の側鎖を有する糖鎖はガンの悪性化や転移能の獲得に関与していることが知られている。従って、血液中や組織における4本以上の側鎖を有する糖鎖の増加はガンの診断指標の一つとなる。一方、血清などの体液中に大量に存在する糖タンパク質であるIgA、IgG、fetuinなどは主にN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖を有する。従って、血清などの体液を被験サンプルとして4本側鎖糖鎖をガンマーカーとして検出するに当たり、予め被験サンプル中のN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖を本発明のレクチンに吸着又は結合させて除去しておけば、被験試料中のN−結合型の4本以上の側鎖を有する糖鎖の検出感度を向上させることができる。
【0010】
N−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に特異的に親和性を示す従来のレクチンとして、タチナタマメレクチンConA、サトイモの一種のレクチン(AMA)などが挙げられる。これらを含めてN−結合型糖鎖に親和性を示す従来のレクチンは、植物由来のものが殆どである。植物から目的レクチンを取得する場合、他のレクチンや各種タンパク質を植物成分中に含むため、目的レクチン以外のタンパク質が混入し易い。また、土壌その他の植物の生育条件により植物の成長や生産物量が変化することから、得られるレクチンの量が一定しない。また、植物の成長は遅いことから、レクチンの製造に時間がかかる。これらの点について本発明のレクチンは、レクチン遺伝子を導入した麹菌などの微生物の培養により製造されることから、大量に、かつ高純度で安定して生産することができる。
【0011】
また、本発明のレクチンは、pH4.6〜9程度の広いpH範囲で赤血球凝集活性を示す。レクチンを固定化した担体を洗浄する洗浄液は中性でない場合も多いが、本発明のレクチンは広いpH範囲で安定であるため、レクチンカラムを洗浄してもレクチン活性が損なわれ難い。
また、本発明のレクチンは、分子量12000のサブユニットからなるテトラマーである。一方、前述した麹菌のフコース特異的レクチンは分子量35000のサブユニットからなるダイマーであり(特開2002−112786号公報)、N−結合型1〜3本側鎖糖鎖に特異的なレクチンであるConAは分子量26000のサブユニットからなるテトラマーである。このように、本発明のレクチンは分子量が小さいため、担体に高密度に固定することができ、その結果、分離効率や検出感度の高いレクチン結合担体が得られる。
【0012】
また、本発明のレクチンは凍結融解に対して極めて安定であり、4回の凍結融解後にも全く赤血球凝集活性が低下しない。このため、流通や保存に当たり凍結することができ、遠方への流通や長期にわたる保存が可能である。
また、本発明のレクチンは、赤血球凝集活性を示す最小濃度が低く、即ちレクチンの糖鎖への親和力が高い。このため、糖鎖の検出感度、分離精度が高いものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
(I)本発明のレクチン
本発明のレクチンは、下記の(a)、(b)、又は(c)のポリペプチドからなる、N−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合するレクチンである。
(a) 配列番号3のアミノ酸配列からなるポリペプチド
(b) 配列番号3の部分アミノ酸配列からなり、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合活性を有するポリペプチド
(c) 配列番号3のアミノ酸配列又はその部分アミノ酸配列において1〜数個のアミノ酸が付加、欠失、又は置換されたアミノ酸配列からなり、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合活性を有するポリペプチド
【0014】
このレクチンは、N−結合型の4本側鎖糖鎖には結合せず、即ちN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に特異的に結合するレクチンである。本発明において結合の様式は限定されず、共有結合、イオン結合、水素結合、疎水結合、ファンデルワールス結合などの全ての様式の結合が含まれる。このように、「結合」には物理的な「吸着」も含まれる。
(a)の配列番号3のアミノ酸配列からなるレクチンは、後述するように、麹菌が生産するレクチンである。(b)の部分配列からなるレクチンは、N−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合するレクチン活性を有する限り特に限定されない。また、(c)のアミノ酸配列からなるレクチンには、(a)の麹菌レクチンと同じ糖鎖結合特異性を示す麹菌以外の生物が生産する対応レクチン、及びN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合するレクチン活性を有するその部分ペプチドが含まれる。(c)のアミノ酸配列は、配列番号3のアミノ酸配列又はその部分配列において1〜5個程度、中でも1〜3個程度のアミノ酸が付加、欠失、又は置換されたものであることが好ましい。
【0015】
(a)又は(b)のアミノ酸配列に基づき(c)のアミノ酸配列を得る方法について述べれば、生物学的機能を喪失しない改変は、例えば、翻訳後に得られるタンパク質の構造保持の観点から、極性、電荷、可溶性、親水性/疎水性等の点で、置換前のアミノ酸と類似した性質を有するアミノ酸に置換することにより行える。例えば、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリンは非極性アミノ酸に分類され;セリン、トレオニン、システイン、メチオニン、アスパラギン、グルタミンは極性アミノ酸に分類され;フェニルアラニン、チロシン、トリプトファンは芳香族側鎖を有するアミノ酸に分類され;リジン、アルギニン、ヒスチジンは塩基性アミノ酸に分類され;アスパラギン酸、グルタミン酸は酸性アミノ酸に分類される。従って、同じ群のアミノ酸から選択して置換することができる。
【0016】
上記の本発明のレクチンは、単独で、又は担体に固定した状態でN−結合型1〜3本側鎖糖鎖の吸着又は結合剤として使用することができる。担体としては、カラムアフィニティクロマトグラフィーに一般に使用される公知のカラム担体、ビーズ、基板などが挙げられる。基板やビーズの材料は特に限定されず、例えばガラス、プラスティック、金属、ニトロセルロースなどが挙げられる。これらの担体へのレクチンの固定化方法は周知である。例えば水不溶性の担体にレクチンを物理的又は疎水的吸着、イオン結合、共有結合を介して固定化する担体結合法;グルタルアルデヒドなどの二価性官能基をもつ試薬で架橋固定化する架橋法;網目構造をもつゲルや半透性膜の中にレクチンを閉じこめる包括法などの方法で固定化することができる。
(II)本発明のレクチンの使用方法
N−結合型1〜3本側鎖糖鎖の分離方法
【0017】
本発明の被験試料中のN−結合型1〜3本側鎖糖鎖の分離方法は、糖鎖を含む被験試料と上記説明した本発明のレクチンとを接触させて、レクチンにN−結合型1〜3本側鎖糖鎖を吸着又は結合させる工程と、被験試料から、N−結合型1〜3本側鎖糖鎖とレクチンとの吸着又は結合による複合体を分離する工程とを含む方法である。
本発明のレクチンは、通常は、カラム担体、ビーズ、基板のような担体に固定化させた状態で使用すればよい。
【0018】
糖鎖を含む被験試料としては、糖鎖混合物、糖タンパク質混合物の他、生体試料(血液、血清、尿、腹水、唾液、生検で採取された組織の懸濁液など)が挙げられる。これらの生体試料中には、糖鎖が、糖鎖として、又は糖タンパク質や細胞として含まれる。試料はそのままレクチンと接触させることができ、又は生理濃度の食塩水を加えたバッファーなどで希釈してからレクチンと接触させることもできる。
また、被験試料として糖タンパク質混合物や生体試料などを用いる場合は、トリプシンやシアリダーゼで処理した被験試料を使うこともできる。これらの処理により、レクチンの認識する糖鎖が露出、または逆に消失して吸着活性が変化することがあるため、非処理のものとは異なったマーカー検出が期待できる。さらにはヒドラジン分解法やTFMS法などの化学的方法やグリコシダーゼを用いた酵素法により糖タンパク質から糖鎖を遊離させて接触させることもできる。また、本発明のレクチンは、pH4.6〜9程度で強い活性を示すため、試料のpHがこの範囲を大きく外れるときは、このpH範囲に調整したものを使用するのが好ましい。また、非特異的吸着を防ぐ目的で0.01%程度の界面活性剤(Tween 20)や0.15M程度の塩化ナトリウムを加えても良い。
【0019】
レクチンを固定化したカラムを使用する場合は、カラムに被験試料をアプライすれば、本発明のレクチンに結合親和性を示すN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖や、このような糖鎖を表面に有する細胞がカラム担体に固定化されたレクチンに吸着され、その他の成分は吸着されずに溶出する。溶出液とカラム担体とを分離することにより、被験試料からレクチンと1〜3本鎖型のN−結合型糖鎖との複合物を分離することができる。
また、レクチンを固定化したビーズ又は基板を使用する場合は、容器内でビーズ又は基板と被験試料とを混合すれば、レクチン固定化ビーズ又は基板にN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖や、このような糖鎖を表面に有する細胞が吸着するため、上清である被験試料とビーズ又は基板とを分離すればよい。
【0020】
上記方法でN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖を分離、除去した被験試料中には、その他の型の糖鎖が濃縮されている。このため、この濃縮液を被験試料として用いればN−結合型1〜3本側鎖糖鎖以外の糖鎖を高感度で検出することができる。
従って、本発明の分離方法は、N−結合型の1〜3本側鎖糖鎖以外の糖鎖の検出の前処理方法と捉えることもできる。例えば、正常細胞からガン細胞へ変化した際に増加する特定の糖たんぱく質のN−結合型の4本以上の側鎖を有する糖鎖、又はガン細胞そのものを検出する際の前処理方法と捉えることができる。
ガンの検出方法
【0021】
本発明のガンの検出方法は、糖タンパク質又は細胞を含む被験試料と上記説明した本発明のレクチンとを接触させて、レクチンにN−結合型1〜3本側鎖糖鎖を吸着又は結合させる工程と、被験試料からレクチンとN−結合型1〜3本側鎖糖鎖との吸着又は結合による複合物を除去する工程と、この複合物を除去した被験試料中のN−結合型の4本以上の側鎖を有する糖鎖を検出する工程とを含む方法である。
【0022】
糖タンパク質又は細胞を含む被験試料としては、例えば前述した生体試料を使用できる。レクチンとN−結合型1〜3本側鎖糖鎖との吸着又は結合による複合物を除去した被験試料中には、N−結合型の4本以上の側鎖が、糖鎖として、又は糖タンパク質や細胞として含まれている。
本方法において、N−結合型1〜3本側鎖糖鎖を除去した試料中のN−結合型の4本以上の側鎖を有する糖鎖を検出する手法は、公知の手法を用いることができる。例えば、N−結合型の3本側鎖以上の糖鎖に特異的な小麦胚芽レクチン(WGA)を用い、このレクチンとN−結合型の4本以上の側鎖を有する糖鎖との結合を検出すればよい。レクチンと糖鎖との結合の検出方法については後述する。
【0023】
また、表面プラズモン共鳴(SPR)法によっても、N−結合型の4本以上の側鎖を有する糖鎖に特異的なレクチンと糖鎖との結合を検出することができる。
また、N−結合型の4本以上の側鎖を有する糖鎖に特異的な抗体を用いる免疫測定法によっても、N−結合型の4本以上の側鎖を有する糖鎖を検出することができる。このような免疫測定法として、酵素免疫測定法、放射免疫測定法、ラテックス凝集免疫測定法、レクチン電気泳動法と抗体親和転写法とを組み合わせた方法(レクチン親和電気泳動法)、液相中で測定対象である抗原と標識抗体との反応を行った後、遊離の標識抗体と抗原抗体複合物とをカラムを用いてB/F分離を行うLBA(Liquid-phasebindingassay)法などが挙げられる。これらの抗体は、周知の製造方法(例えばCurrent protocols in Molecular Biology edit. Ausubel et al.(1987) Publish. John Wiley and Sons. Section 11.12〜11.13)に従って製造することができる。
また、糖鎖をタンデムマス(MSn)測定することで糖鎖構造の同定することからも4本鎖型糖鎖の存在を確認できる。
【0024】
被験者の被験試料について、以前より、N−結合型の4本以上の側鎖を有する糖鎖やそれを含む糖タンパク質、細胞の検出量が増加すれば、ガンに罹患している可能性ありと判断することができる。これらの検出量の増加は、上記検出量を定量した上で比較して増加分を求めてもよく、又は、検出量を例えば目視により定性的に比較して増加しているか否かを判断することもできる。また、糖鎖、糖タンパク質、又は細胞の全体に占めるN−結合型の4本以上の側鎖を有する糖鎖、糖タンパク質、又は細胞の検出比率が増加すれば、ガンに罹患している可能性ありと判断することもできる。検出比率の増加も定量的又は定性的に判断することができる。
N−結合型1〜3本側鎖糖鎖の検出方法
【0025】
本発明のN−結合型1〜3本側鎖糖鎖の検出方法は、糖鎖を含む被験試料と上記説明した本発明のレクチンとを接触させる工程と、レクチンとN−結合型1〜3本側鎖糖鎖との吸着又は結合による複合物を検出する工程とを含む方法である。
本発明のレクチンは、そのまま、又はカラム担体、ビーズ、基板などに固定化された状態で使用すればよい。
糖鎖を含む被験試料としては、糖鎖混合物や糖タンパク質混合物の他、糖鎖、糖タンパク質、細胞などを含む前述した生体試料を使用できる。
【0026】
具体的には、本発明のレクチンを固定化したアフィニティクロマトグラフィーカラムに被験試料をアプライし、吸着した糖鎖を適当な競合糖や酸、塩基、塩などを用いて溶出させる。例えば、高濃度のマンノース溶液を用いることによりN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖を溶出させることができる。溶出させた被験糖鎖やその糖質分解酵素処理(シアリダーゼ、b−ガラクトシダーゼ、マンノシダーゼ、フコシダーゼ)を行った被験糖鎖を逆相HPLCにより分離し、各種糖質分解酵素標準物質の溶出位置との比較により、糖鎖構造を推定することができる。溶出糖鎖の構造決定は、MSn分析により行うことが好ましい。
互いに異なる糖結合特異性を有するレクチンを固定化した複数のアフィニティクロマトグラフィーカラムに、被験試料を順次アプライして、これらのレクチンとの結合の有無を検出することにより、被験試料中の糖鎖のレクチン結合パターン(結合プロファイル)を決定し、糖鎖構造を推定又は同定することができる。この方法に供するレクチンカラムの一つとして本発明のレクチンを固定化したカラムを用いることができる。
【0027】
また、本発明のレクチンを含め、糖鎖結合特異性が互いに異なる複数のレクチンを基板上に固定化したアレイを用い、被験糖鎖が結合するレクチンを検出することにより、被験糖鎖のレクチン結合パターンを効率よく決定することができる。また、フロンタルアフィニティクロマトグラフィー(平林 淳・荒田洋一郎・笠井献一(2003)蛋白質・核酸・酵素 48:1206-1212)において、レクチンの一つとして本発明のレクチンを用いることもできる。
(III)本発明のレクチンの製造方法
【0028】
上記説明した本発明のN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合するレクチンは、麹菌又は他の生物種の細胞ないしは組織から単離する方法、又は化学合成法等により製造することができる。また、後述するように(g)、(h)、又は(i)のDNAを真核生物細胞に導入した形質転換体、又は(j)、(k)、又は(l)のDNAを真核細胞若しくは原核細胞に導入した形質転換体から単離することによっても得ることができる。
【0029】
中でも、下記の方法で効率よく製造することができる。即ち、本発明のN−結合型1〜3本側鎖糖鎖に結合するレクチンの第1の製造方法は、下記の(g)、(h)、又は(i)のDNAを発現できるように有するベクターを真核細胞に導入した形質転換体を培養する工程と、培養物からN−結合型1〜3本側鎖糖鎖に結合するレクチンを回収する工程とを含む方法である。
(g) 配列番号1の塩基配列からなるDNA
(h) 配列番号1の部分塩基配列からなり、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合活性を有するポリペプチドをコードするDNA
(i) 配列番号1の塩基配列又はその部分塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合するポリペプチドをコードするDNA
【0030】
また、本発明のN−結合型1〜3本側鎖糖鎖に結合するレクチンの第2の製造方法は、下記の(j)、(k)、又は(l)のDNAを発現できるように有するベクターを導入した形質転換体を培養する工程と、培養物からN−結合型1〜3本側鎖糖鎖に結合するレクチンを回収する工程とを含む方法である。
(j) 配列番号2の塩基配列からなるDNA
(k) 配列番号2の部分塩基配列からなり、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合活性を有するポリペプチドをコードするDNA
(l) 配列番号2の塩基配列又はその部分塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合するポリペプチドをコードするDNA
レクチン遺伝子
【0031】
本発明において、DNAには、当該塩基配列を有するDNA及びそれに相補的なDNAが含まれる。
(g)の配列番号1の塩基配列は、配列番号3のアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードするアスペルギルス・オリゼのゲノムDNA配列である。配列番号1の塩基配列からなるDNAは、例えば、アスペルギルス・オリゼ(以下、「麹菌」ということもある。)ゲノムDNAライブラリーから、配列番号1に基づき設計したプローブを用いてハイブリダイゼーションによるスクリーニングにより得ることができる。麹菌ゲノムDNAライブラリーは、例えば、麹菌ゲノムDNAをSau3AIなどの制限酵素で部分消化し、EMBL3などのファージベクターに挿入することにより得られる。
【0032】
(j)の配列番号2の塩基配列は、配列番号3のアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードするアスペルギルス・オリゼのcDNA配列である。配列番号1のゲノムDNAの配列において、塩基番号204〜323はイントロンであり、この領域を除いた配列が配列番号2の塩基配列である。配列番号2のDNAは、例えば、アスペルギルス・オリゼのcDNAライブラリーから、配列番号2に基づき設計したプローブを用いてハイブリダイゼーションによるスクリーニングにより得ることができる。麹菌cDNAライブラリーは、例えば、麹菌mRNAをもとに合成したcDNAに、NotI部位などのアダプターを付加し、lambda gt10などのファージベクターに挿入することにより得られる。
(h)及び(k)の部分塩基配列からなるDNAは、N−結合型1〜3本側鎖糖鎖に結合活性を有するポリペプチドをコードするDNAであればよく、限定されない。
【0033】
本発明において、配列番号1若しくは配列番号2の塩基配列からなるDNA、又は配列番号1若しくは配列番号2の部分塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドは、例えばMolecular Cloning:A Laboratory Manual(Sambrookら編、コールド・スプリング・ハーバー・ラボラトリー・プレス、コールド・スプリング・ハーバー、ニューヨーク、1989年)に記載の方法等によって得ることができる。
本発明において「ストリンジェント」な条件としては、6×SSC(standard saline citrate;1×SSC=0.15M NaCl,0.015M Sodium citrate)、0.5%SDS及び50%ホルムアミドの溶液中において42℃で一夜加温した後、0.1×SSC、0.5%SDSの溶液中において68℃で30分間洗浄した場合にそのポリヌクレオチドから脱離しない条件が挙げられる。
【0034】
アミノ酸の構造の類似性を利用して(g)又は(h)のDNAを改変して(i)のDNAを得る方法、及び(j)又は(k)のDNAを改変して(l)のDNAを得る方法は前述した通りである。また、一つのアミノ酸が数個の翻訳コドンを有する場合、この翻訳コドン内での塩基の置換も可能である。例えば、アラニンは、GCA、GCC、GCG、GCTの4つの翻訳コドンを有するところ、当該コドンの3番目の塩基はATGC間で相互に置換可能である。
配列番号1又は配列番号2のDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつN−結合型1〜3本鎖型糖鎖に結合活性を示すポリペプチドをコードするDNAには、例えば麹菌のDNAに対応する他の生物種のDNAが含まれる。このようなDNAは、例えばNCBIのblastサーチ(www.ncbi.nlm.nih.gov/BLAST/)により選抜することができる。具体的には、例えば配列番号1又は配列番号2の塩基配列をNCBIのblastサーチにかけて、他の生物種の塩基配列データベース及びESTデータベースより相同性の高い配列を検索する。検索により選択された塩基配列の相同性が例えば90%以上の塩基配列を選抜することにより、対応する他の生物種の対応遺伝子を選抜することができる。
ベクター
【0035】
上記のレクチン遺伝子(上記の(g)〜(l)の各DNAをいう。以下同じ。)を発現させるためのベクターは、使用可能な宿主内で機能できるものであればよい。例えばアスペルギルス・オリゼで機能できるベクター、酵母で機能できるベクターなどが挙げられる。本発明のレクチンは麹菌に由来するものであるため、宿主として麹菌を用いればセルフクローニングとなって、組み換え体にならないため、ベクターとしては、麹菌で機能できるベクターが特に好ましい。
アスペルギルス・オリゼでは、自律複製能を有するプラスミドは継代的に維持できないため、染色体組み込み型のプラスミドベクターが用いられる。この場合、pUC118などの汎用ベクターに麹菌で機能するプロモーター、ターミネーター、選択マーカーを挿入したものを用いればよい。特に、sodM(特開2001−224381)、glaB(特開2000−245465、特開平11−243965)、又はmelO(特開2001−46078)などの麹菌由来高活性プロモーターを有し、glaBのターミネーター(特開2000−245465、特開平11−243965)などの麹菌由来のターミネーターを有するものが好ましい。選択マーカーとしては、niaD(Mol.Gen.Genet., 218, 99-104, (1989))、ptrA(Biosci.Biotechnol.Biochem., 64, 1464-1421, (2000))などを使用できる。
【0036】
酵母で機能できるベクターとしては、YIp5、YEp24のような公知のベクターを制限なく使用できる。また、高活性プロモーターである酵母SED1プロモーター(特開2003−265177号)、GAPDHプロモーター(特公平7−24594)、PGK1プロモーター(EMBO J.(1982),1,603-Tuite,M.F. et.al)、又はADH1プロモーター(Nature(1981),293,717- Hitzeman,R.A.et.al)により外来遺伝子を発現できるベクターを好ましく挙げることができる。これらのベクターに使用できるターミネーターとしては、ADH1(アルデヒドデヒドロゲナーゼ)ターミネーター、GAPDH(グリセルアルデヒド3’-リン酸デヒドロゲナーゼ)ターミネーター等が挙げられる。
また、AcNPV等の昆虫細胞で機能できるベクターも使用できる。
宿主
【0037】
上記の第1の製造方法で使用する、本発明のレクチンをコードするゲノムDNAを導入する宿主細胞は真核細胞である。例えば、真菌細胞、昆虫細胞、動物細胞、植物細胞などを制限無く使用できる。上記の第2の製造方法で使用する、本発明のレクチンをコードするcDNAを導入する宿主細胞は真核細胞又は原核細胞のいずれであってもよい。上記真核細胞の他、細菌細胞、酵母細胞などを制限無く使用できる。
【0038】
アスペルギルス・オリゼでは、leu-5 (特開2006-55090)などが挙げられる。
また酵母では、各種培養ストレスに強い実用酵母を使用すればよく、例えば清酒酵母の「きょうかい酵母」(日本醸造協会頒布)などが挙げられる。形質転換マーカーとして栄養要求性遺伝子を用いる場合は、これら清酒酵母に突然変異などの手法を用いて栄養要求性を付与した株を用いればよく、そのような栄養要求性としてはウラシル要求性、トリプトファン要求性、ロイシン要求性、ヒスチジン要求性、アデニン要求性などが挙げられる。清酒酵母にウラシル要求性を付与した例としては「きょうかい9号酵母」を宿主として、紫外線、EMS、 NTGなどの変異原性化学試薬を用いた変異法により、5フルオロオロチジン酸耐性により選択したSaccharomyces cerevisiae GRI−117−Uが挙げられる。
形質転換方法
【0039】
本発明のレクチン遺伝子の宿主への導入方法(形質転換方法)は、特に限定されず、リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法、リポフェクション法、DEAEデキストラン法、酢酸リチウム法、プロトプラスト法などのトランスフェクション法やマイクロインジェクション法のような公知の方法を制限なく使用できる。
形質転換体の培養・レクチンの回収
【0040】
上記のようにして得られる、本発明のレクチン遺伝子を含むベクターを導入した形質転換体を培養し、培養物からレクチンを回収すればよい。
麹菌にレクチンを生産させる場合は、形質転換体を培養する培地は、宿主である麹菌の培養に適した培地とすればよい。例えば、ポテトデキストロース培地(ニッスイ社)またはCzapek-Dox最少培地(2%グルコース(又はスターチ)、0.3%NaNO、0.2%KCl、0.1%KHPO、0.05%MgSO、0.002%FeSO、pH6.0)等を使用できる。培地は、固体培地でも液体培地でもよい。なお、固体培地にする場合は、1〜3%程度の寒天を添加した培地を用いればよい。
【0041】
培養温度は、形質転換体の生育可能温度範囲であればよく、例えば25〜42℃程度が挙げられる。培養時間は、その他の条件によって異なるが、通常2〜7日間程度とすればよい。
酵母にレクチンを生産させる場合は、形質転換体を培養する培地は、宿主である酵母の培養に適した培地とすればよい。例えば、YPD培地、適当な選択圧をかけたSD培地等を使用できる。
培養温度は、形質転換体の生育可能温度範囲であればよく、例えば15〜40℃程度が挙げられる。培養時間は、その他の条件によって異なるが、通常2〜7日間程度とすればよい。
【0042】
また、本発明のレクチンは麹菌や酵母の細胞内に蓄積されるものであるため、濾紙、ガラスフィルターなどで集菌し、通常は、液体窒素で凍結し粉砕したり、海砂Bですり潰したりすればよい。また、別法としてポリトロンやホモジナイザーなども菌体の破砕に利用できる。得られた破砕液を5000〜12000g程度で5〜20分間程度遠心分離し、上清を回収すればよい。
さらに、これらの上清を、公知のタンパク質精製方法、例えばイオン交換、疎水、ゲルろ過、アフィニティなどの各種クロマトグラフィーに供することによりレクチンを精製してもよい。
【0043】
実施例
以下、本発明を実施例及び試験例を示してより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【実施例1】
【0044】
麹菌の新規レクチン遺伝子の取得
麹菌ゲノムデータベース(http://www.bio.nite.go.jp/dogan/MicroTop?GENOME_ID=ao)の解析から、麹菌ゲノムにはレクチン様遺伝子が55個存在する。しかし、これらの遺伝子はレクチン活性を有さないタンパク質をコードする偽遺伝子や、高発現系で高発現させても発現しない遺伝子が殆どであった。また、ゲノムデータベース中の遺伝子はcDNAを取得して開始コドンを同定しているものではないため、塩基配列から予測される開始コドンは実際には開始コドンでないことが多い。さらに、仮にcDNAを取得しようとしても、発現条件が不明で、必ずしもすべてのcDNAを取得できるわけではない。このような状況下で、我々はレクチン活性を有するタンパク質をコードする遺伝子であり、かつ高発現するレクチン遺伝子を麹菌から見出した。
【0045】
配列番号3のレクチンをコードするゲノムDNAの塩基配列を配列番号1に示し、cDNAの塩基配列を配列番号2に示す。配列番号1において、開始コドンは塩基番号1〜3であり、終止コドンは塩基番号463〜465である。イントロンは1つ存在し、塩基番号204〜323である。このオープンリーディングフレームがコードする、114アミノ酸からなる推定アミノ酸配列を配列番号3に示す。
【実施例2】
【0046】
麹菌のレクチン遺伝子の液体培養での発現
<麹菌宿主>
遺伝子を形質転換する麹菌(Aspergillus oryzae)宿主としては、麹菌Aspergillus oryzae O-1013 (FERM P−16528として産業技術総合研究所特許生物寄託センター(日本国茨城県つくば市東1−1−1つくばセンター中央第6)に寄託されている)から公知の紫外線照射変異導入法を用いて取得した、ロイシン要求性変異麹菌株Aspergillus oryzae leu-5(産業技術総合研究所特許生物寄託センターにFERM P−20079として寄託されている(寄託日:平成16年6月7日))を使用した。
<選択マーカープラスミド>
【0047】
選択マーカーとしては、上記ロイシン要求性変異麹菌株Aspergillus oryzae leu-5のロイシン要求性変異を相補できる、β-イソプロピルリンゴ酸デヒドロゲナーゼをコードするAspergillus nidulans由来の遺伝子ANleu2を利用した。Nleu2は、イントロン2つを含む遺伝子であり、370アミノ酸残基からなるβ-イソプロピルリンゴ酸デヒドロゲナーゼをコードする。
選択マーカープラスミド作成に供した、ANleu2の塩基配列を配列番号4に示す。配列番号4の塩基番号1〜319はプロモーター領域であり、塩基番号320〜1549はオープンリーディング領域であり、塩基番号1550〜3560はターミネーター領域である。また配列番号4の塩基番号320〜1549までのオープンリーディング領域のうち、2つのイントロンは、塩基番号795〜851、及び塩基番号1273〜1332である。
このANleu2は、アスペルギルス・ニドランス(Aspergillus nidulans)ゲノムDNAを鋳型としてLA-Taq(宝バイオ)によるPCRにより増幅させた。PCRプライマーとしては、プライマー (5’-TGCCAGTTTTACCAGCTTGACC-3’:配列番号5)及びプライマー (5’-
CTTTCATGTCATGTCCCTAGAAG-3’:配列番号6)を使用した。
【0048】
<PCR条件>
・96℃ (5分),1サイクル
・96℃ (20秒), 60℃ (30秒), 72℃ (5分), 30サイクル
・72℃ (7分), 1サイクル
上記条件のPCRの結果、ANleu2遺伝子が増幅した。得られたPCR増幅産物をフェノール-クロロホルム抽出した後、エタノール沈殿を行った。得られた増幅産物をアガロースゲル電気泳動で切り出し、QIAquick Gel Extraction kit (QIAGEN)で抽出した。切り出したANleu2遺伝子断片は、LA-Taqの増幅産物よりその末端にアデニンが追出しており、TベクターであるpGEM-T(プロメガ社)へ、T4 DNAリガーゼ(プロメガ社)を用いて4℃で20時間処理することによりライゲーションさせた。その後、ライゲーション液を大腸菌JM109コンピテントセル(タカラバイオ)へ形質転換した。形質転換体はアンピシリン、IPTG及び X-galを添加したLB培地を用いて白色コロニーとして単離された。形質転換体から、定法に従いプラスミドを調製した。ANleu2がサブクローニングされたプラスミドをpANLAと命名した。
<レクチン遺伝子発現プラスミドの構築>
【0049】
麹菌の液体培養で強力に遺伝子を発現させるsodMプロモーター支配下で、配列番号2記載のレクチン遺伝子の発現を試みた。sodMプロモーターの塩基配列を配列番号7に示す。また、配列番号8に示すglaBターミネーターを用いた。
具体的には、レクチン遺伝子発現プラスミドを作成するために、先ずPCRを行った。第一PCR反応として、麹菌ゲノムDNAを鋳型として、sodMプロモーターについてはプライマー(5’- ttatgtactc cgtactcggt tgaattatta-3’:配列番号9)及びプライマー(5’-
ttaccaagagtgttgggcattttgggtggtttggttggtattctggtt -3’:配列番号10)を用いてLA-PCR(タカラバイオ)により増幅し、レクチン遺伝子は、プライマー(5’- aaccagaataccaaccaaaccacccaaaatgcccaacactcttggtaacggtgaatgg
-3’:配列番号11)及びプライマー(5’- acacgcactggaaagtacattcagtgaccggtgttgctggcccagagaggcgtgc -3’
:配列番号12) を用いてLA-PCR(タカラバイオ)により増幅し、glaBターミネーターはプライマー(5’-
ctgggccagcaacaccggtcactgaatgtactttccagtgcgtgtagtctactctgacctc-3’ :配列番号13)とプライマー(5’-
gcgaacagagctataccttcacataccttctggacgaa -3’ :配列番号14) を用いてLA-PCR(タカラバイオ)により増幅した。
<PCR条件>
・96℃ (5分),1サイクル
・96℃ (20秒), 60℃ (30秒), 72℃ (5分), 30サイクル
・72℃ (7分), 1サイクル
【0050】
それぞれの増幅産物をアガロースゲル電気泳動により分離し、ゲル抽出を行った。これらの3つの遺伝子断片を混合し、2回目のPCRを行った。プライマーは(5’-
ttatgtactc cgtactcggt tgaattatta-3’ :配列番号15)とプライマー(5’- gcgaacagagctataccttcacataccttctggacgaa
-3’ :配列番号16)により、それぞれ単独にLA-PCR(タカラバイオ)により増幅した。
<PCR条件>
・96℃ (5分),1サイクル
・96℃ (20秒), 68℃ (5分), 30サイクル
・72℃ (7分), 1サイクル
【0051】
その結果、単一の適正なゲノム遺伝子産物が増幅した。得られたPCR増幅産物をアガロースゲル電気泳動で切り出し、QIAquick Gel Extraction kit (QIAGEN)で抽出した。本PCR産物はその末端にアデニンが突出しており、TベクターであるpGEM-T(プロメガ社)へ、T4 DNAリガーゼ(プロメガ社)を用いて4℃で20時間処理することによりライゲーションさせた。その後、ライゲーション液を大腸菌JM109コンピテントセル(タカラバイオ)へ形質転換した。形質転換体はアンピシリン、IPTG及び X-galを添加したLB培地を用いて白色コロニーとして単離された。上記の融合遺伝子がpGEM-TベクターへサブクローニングされたプラスミドをpML1とした。
<レクチン遺伝子高発現プラスミドpML1による麹菌の形質転換>
【0052】
Aspergillus oryzae leu-5をpML1とpANLAにより、コトランスフォーメーションにより、上記プロトプラスト-PEG-カルシウム法で形質転換した。対照はAspergillus oryzae
leu-5をpANLAにより形質転換した。
具体的には、麹菌ロイシン要求性変異株Aspergillus oryzae leu-5をpML1及びpANLAにより共形質転換する手法は、定法であるプロトプラスト-PEG-カルシウム法を用いた(Mol. Gen. Genet., 218, 99-104, (1989))。プロトプラストは、GPY(2% グルコース、1%ポリペプトン、0.5%酵母エキス)で30℃、1日間培養したAspergillus oryzae leu-5をガラスフィルター3G1で集菌し、0.8M NaClを含むプロトプラスト化溶液(5mg/mlヤタラーゼ(タカラバイオ)、5mg/mlセルラーゼ(和光純薬)、5mg/ml lysing enzyme(sigma)も含む)中で、30℃で3時間反応させた。
【0053】
ガラスフィルター3G2でろ過した濾液をプロトプラスト液として、定法であるプロトプラスト-PEG-カルシウム法に用いた。この定法であるプロトプラスト-PEG-カルシウム法におけるプラスミドなどの添加段階においては、選択マーカーを含むプラスミドと、選択マーカーを含まないこれとは異なる任意のプラスミドを任意の割合で添加することにより、最少培地で選択した形質転換体の染色体に両プラスミド断片を挿入することができる定法コトランスフォーメーション(Cotransformation)が可能である。ここでは、レクチン発現プラスミドpML1及び選択マーカープラスミドpANLAを用いた。
形質転換体の選択培地としては、Czapek-Dox最少培地(グルコース3%、硫酸マグネシウム0.1%、リン酸水素2カリウム0.1%、塩化カリウム0.05%、硝酸ナトリウム0.3%、硫酸鉄0.00001M、0.8M NaCl、1.5%寒天、pH6.3)を用いた。30℃で7日間培養した後、複数の形質転換体が得られた。
複数の形質転換体からレクチン生産性を有する3株を選択し、ゲノムDNAを抽出し、PCRによりその遺伝子のゲノムへの挿入を確認した。
【実施例3】
【0054】
形質転換体の液体培養と生産物の確認
pML1とpANLAとによる形質転換体と、対照であるpANLAのみによる形質転換体をそれぞれ40mlのCzapek-Dox液体培地(グルコース3%、硫酸マグネシウム0.1%、リン酸水素2カリウム0.1%、塩化カリウム0.05%、硝酸ナトリウム0.3%、硫酸鉄0.00001M、pH6.3)で30℃3日間培養後、ガラスフィルターで菌体を集菌した。得られた菌体を、液体窒素で破砕し、PBSバッファー(100mMリン酸ナトリウムpH7.2、0.9%塩化ナトリウム含む)で抽出後、遠心し、その上清を回収した。
これをSDS-PAGEに供し、クマシー染色した結果を図2に示す。図2から、pML1とpANLAとによる形質転換体抽出物には、分子量約12kDaの位置に、対照であるpANLAのみによる形質転換体にはないタンパク質が発現していることが明らかとなった。
【実施例4】
【0055】
形質転換体抽出物のレクチン活性
2%ウサギ赤血球溶液25μLと、pML1とpANLAとによる形質転換体の抽出液、又はpANLAのみによる形質転換体の抽出液(それぞれタンパク質濃度1μg/μLから段階的にPBSバッファーで2倍ずつ希釈した液)25μLとを混合し、室温で30分放置した。混合物の写真を図3(A)に示す。図3(A)の結果、pML1及びpANLAによる共形質転換体の抽出物を用いた場合にだけ凝集反応が観察された。このことから、配列番号2に記載される遺伝子の産物はレクチン活性を有することが示された。
【0056】
また、このレクチンのα−メチルマンノシドに対する親和性を調べた。即ち、2%ウサギ赤血球溶液25μLと、pML1とpANLAとによる形質転換体の抽出液をタンパク質濃度1μg/μLになるように水で希釈した溶液25μLと、α−メチル−D−マンノシド(最終濃度0.5Mから段階的に2倍希釈)とを混合した溶液を室温で30分放置した。混合物の写真を図3(B)に示す。α−メチル−D−マンノシドにより赤血球凝集の阻害は観察されなかった。このことから、本レクチンはαメチルマンノシドへの吸着能を有さないことが分かる。
【実施例5】
【0057】
形質転換体によるレクチンの生産
実施例3で得た形質転換株の培養物中から、以下のようにしてレクチンを単離した。即ち、レクチン活性を示した上記形質転換株を、Czapek-Dox培地 (0.3% NaNO3, 0.2% KCl, 0.1% KH2PO4, 0.05% MgSO4・7H2O, 0.002% FeSO4・7H2O, 3% glucose, pH 6.0)を基本培地 としてこれに追加窒素源としてyeast nitrogen base(Difco社製)を最終濃度0.5%となるように加えた培地を用いて、30℃で5日間培養した。菌糸を回収し、1.0 mM PMSFを含む20 mM 酢酸バッファー (pH 5.0)中で海砂を用いて磨り潰し、細胞抽出液を得た。このホモジネートを10,000×g で10分間遠心し、上清を分離した。30ml培地あたり23.4 mg、つまり1000ml培地あたりにすると780mgの粗タンパク質を含む粗タンパク質溶液が得られた。
【実施例6】
【0058】
レクチンの精製
実施例5で得た粗タンパク質溶液を、50 mM リン酸カリウムバッファー(pH 7.0)で平衡化したResource Qカラム( 1.6 cm x 3 cm )(アマシャムバイオサイエンス社)にアプライした。50 mM リン酸カリウムバッファー(pH 7.0)中に0-500 mM塩化ナトリウムの直線的勾配を付けて本麹菌レクチン(AOSL)を溶出させた。赤血球凝集活性のピーク分画を分取した。
活性画分を20 mM 酢酸バッファー (pH 5.0)で終夜透析し、濃縮後これを精製AOSL(Aspergillus oryzae small lectin)とした。実施例5で得た粗タンパク質、及びここで得られた精製タンパク質について、液量、タンパク質濃度、タンパク質量、凝集濃度、凝集比活性、総活性を表1にまとめて示す。
【0059】
【表1】

【0060】
表1中の凝集比活性は、100μg/mlが最小凝集量であるレクチン活性を1U/mgとして、最小凝集濃度から算出した。
また、図4に示すように、精製AOSLはSDS−PAGEにおいて単一バンドを与えた。SDS−PAGEにより得られるAOSLの分子量は12,000であった。
【0061】
また、本レクチンの赤血球凝集活性を、同じ麹菌レクチンであるフコース特異的レクチン(特開2002−112786号公報)と比較した。即ち、2%ウサギ赤血球溶液25μlと、各レクチンの水溶液(本レクチンはタンパク質濃度75μg /mlから段階的に水で2倍ずつ希釈した液、フコース特異的レクチンはタンパク質濃度500μg /mlから段階的に水で2倍ずつ希釈した液)25μLとを混合し、室温で30分放置した。混合物の写真を図5に示す。本レクチンは、0.6μg/mlの赤血球最小凝集濃度活性を有しており、麹菌フコース特異的レクチンの最小凝集濃度2.0〜15.6 μg/ml(平均3.9 μg/ml程度)よりも高い凝集活性を有していた。
【実施例7】
【0062】
レクチンの凍結融解に対する安定性
本レクチンの安定性を確認した。即ち、実施例5で得た細胞抽出液上清(2.5 mg/ml, 600μl, 赤血球最小凝集濃度活性0.6 [μg/ml])を-20℃にて凍結した。1日後に常温20℃で融解し、100μlずつサンプリングを行った。サンプリング終了後は直ちに-20℃で凍結させた。このようにして1日間の凍結及び融解を5回繰り返し、融解する度にサンプリングした100μl溶液の残存する赤血球最小凝集濃度活性を測定し、レクチン活性を定めた。また、凍結せずに5日間常温20℃保存したサンプル、及び5日間冷蔵(4℃)保存したサンプルの赤血球最小凝集濃度活性も測定した。赤血球最小凝集濃度活性の測定方法は実施例6と同様である。
【0063】
結果を図6に示す。図6中横軸は保存日数を示し、縦軸は各サンプルの赤血球最小凝集濃度活性の保存開始時の細胞抽出液上清の赤血球最小凝集濃度活性0.6 [μg/ml]に対する比率を示す。本レクチンは凍結融解に対して極めて安定であることが分かる。
【実施例8】
【0064】
レクチンのpH安定性
実施例6で得た精製酵素(タンパク質濃度541μg/ml) 90μlに1M各バッファー(グリシン-塩酸pH2.1、同pH2.7、クエン酸-水酸化ナトリウムpH4.6、酢酸-酢酸ナトリウムpH5.0、リン酸ナトリウムpH6.2、リン酸ナトリウムpH7.0、トリス-塩酸pH8.1、ホウ酸-炭酸ナトリウムpH9.2、同pH10.3、同pH11.2)を10μl加えて、全量を100μlとし、室温(25℃)で30分間インキュベートした。
インキュベート後、それぞれをPBSバッファー900μlを加えることにより10倍に希釈した後、赤血球凝集活性を測定した。赤血球凝集活性の測定方法は実施例6と同様である。
結果を図7に示す。図7より、本麹菌レクチンはpH5.0で最も安定でpH4.6〜9.0で安定に活性を示すことが示された。
【実施例9】
【0065】
フロンタルアフィニティークロマトグラフィー(FAC)による結合糖鎖解析
本レクチンを固定化したレクチンアフィニティカラムを以下のようにして作製した。即ち、実施例6で得た精製酵素を10mM リン酸バッファー(pH7.4, 0.8% NaClを含む)に溶解し、NHS-activated Sepharose ゲル(アマシャムバイオサイエンス)の取り扱い説明書に従い固定化を行った。ゲルへの固定化濃度は 2.9 mg/mlであった。同バッファーにて洗浄し、過剰のNHSを1Mモノエタノールアミン処理することによりNHS基をブロックした後、レクチン−セファロースゲルは10mM トリス-塩酸バッファー(pH7.4, 0.8% NaClを含む)に溶解した。スラリーをカプセル型ミニカラム(内径, 2mm; 長さ, 10mm; ベッド体積, 31.4μL)に詰めレクチンカラムとし自動化FAC 装置FAC-1(島津製作所)に取り付けた。固定化レクチンカラムを装着した自動化FAC 装置を用いて、ピリジルアミノ(PA)化糖鎖(タカラバイオ社製)49 種類に対する本レクチンの結合特異性を解析した。即ち移動相は10mM トリス-塩酸バッファー(pH7.4, 0.8% NaClを含む)とし、レクチンカラムをこのバッファーにより平衡化した。流速0.125 ml/min、25℃で各PA化糖鎖(タカラバイオ)2.5〜5.0nM、300 μLをカラムにインジェクトし溶出位置(時間)を蛍光により検出(励起310 nm, 検出380 nm)することで、その溶出遅れから結合糖鎖を定量した。
【0066】
これら49種の糖鎖について結合糖鎖解析の結果を図8に示す。図8中の各クロマトグラムの糖鎖の構造を図9〜図14に示す。
糖鎖5、6、8及び9について大きな溶出遅れが観察され、糖鎖12、13及び2、10について小さい溶出遅れが観察された。このように、本レクチンはN結合型糖鎖に結合するレクチンであり、そのうち高マンノース型糖鎖には弱くしか結合せず、複合型糖鎖に結合を示した。複合型糖鎖のうち、1〜3本側鎖糖鎖には、ガラクトースの有無にかかわらずきわめて強く結合するが、側鎖の数が増えるほど結合は低下し、4本側鎖糖鎖には全く結合しなくなった。還元末端付近の糖付加であるコアフコースの影響は無かった。一方、2,6シアル酸の付加で結合力は低下した。
【実施例10】
【0067】
本レクチンカラムを用いた4本鎖糖鎖の濃縮
前述したPA化糖鎖(タカラバイオ社製)のうち46(標準糖鎖STD:chitotriose)、5(1本鎖)、9(2本鎖)、13(3本鎖)、15(4本鎖)を10mM トリス-塩酸バッファー(pH7.4, 0.8% NaClを含む)で希釈したものを50μlずつ調製した。標準糖鎖は20pmol、その他の糖鎖は10pmolになるように上記バッファーで希釈した。これらの糖鎖は、いずれもトリマンノシルコア構造を有し、還元末端GlcNAcにフコシル化されたN−結合型複合糖鎖であり、トリマンノシルコアに結合している側鎖の数が互いに異なる。
これらをそれぞれ25μLずつに2等分し、一方を、実施例9と同様にしてAOSLレクチンカラムにアプライし、4℃で一夜保存し、その後実施例9と同様のトリス−塩酸バッファーで溶出させ、HPLC解析を行い蛍光により検出(励起310 nm、検出380 nm)することで各糖鎖を定量した。もう一方は対照として、レクチンカラムにアプライせずにそのままHPLCで同様に定量した。
【0068】
HPLCによる逆相クロマト分析条件は以下の通りである。カラムとしてPALPAK Type R(タカラバイオ社製)を使用し、温度40℃で、溶媒Aとして100mM 酢酸−トリエチルアミンバッファー(pH4.0)、溶液Bとして溶液Aにおいてさらに0.5% 1-ブチルアルコールを含む溶液をそれぞれ使用し、流速1ml/分で、0→100分間で溶液Bの比率が5%から100%になるように溶液Bの濃度勾配を上げた。
結果を図15に示す。図15のグラフで、縦軸は、標準糖鎖のHPLC溶出パターンの面積を100%としたときの各糖鎖のHPLC溶出パターンの面積の比率である。この結果、本レクチンはN−結合型1〜3本側鎖糖鎖と結合し、4本側鎖糖鎖とは全く結合しないことが判明した。このことから、本発明のレクチンを固定したカラムを用いることによりN−結合型1〜3本側鎖糖鎖と4本側鎖糖鎖とを分離できることが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】N−結合型糖鎖の分類を示す図である。
【図2】本発明のレクチン遺伝子による形質転換体の細胞抽出液のSDS−PAGEの結果を示す図である。
【図3】図(A)は本発明のレクチン遺伝子を導入した形質転換体によるウサギ赤血球の凝集活性を示し、図(B)はこの凝集活性がα−メチル−D−マンノシドにより阻害されないことを示す図である。
【図4】精製した本発明のレクチンのSDS−PAGEの結果を示す図である。
【図5】本発明のレクチンと麹菌フコースレクチンとの間で、ウサギ赤血球凝集活性を比較した図である。
【図6】本発明のレクチンの凍結融解に対する安定性を示す図である。
【図7】本発明のレクチンのpHに対する安定性を示す図である。
【図8】本発明のレクチンの各種糖鎖に対する親和性をフロンタルアフィニティクロマトグラフィーで調べた結果を示す図である。
【図9】図8のフロンタルアフィニティクロマトグラフィーに供した糖鎖の構造を示す図である。
【図10】図8のフロンタルアフィニティクロマトグラフィーに供した糖鎖の構造を示す図である。
【図11】図8のフロンタルアフィニティクロマトグラフィーに供した糖鎖の構造を示す図である。
【図12】図8のフロンタルアフィニティクロマトグラフィーに供した糖鎖の構造を示す図である。
【図13】図8のフロンタルアフィニティクロマトグラフィーに供した糖鎖の構造を示す図である。
【図14】図8のフロンタルアフィニティクロマトグラフィーに供した糖鎖の構造を示す図である。
【図15】本発明のレクチンを固定したカラムがN−結合型1〜3本側鎖糖鎖を結合できることを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の(a)、(b)、又は(c)のポリペプチドからなる、N−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合するレクチン。
(a) 配列番号3のアミノ酸配列からなるポリペプチド
(b) 配列番号3の部分アミノ酸配列からなり、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合活性を有するポリペプチド
(c) 配列番号3のアミノ酸配列又はその部分アミノ酸配列において1〜数個のアミノ酸が付加、欠失、又は置換されたアミノ酸配列からなり、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合活性を有するポリペプチド
【請求項2】
下記の(d)、(e)、又は(f)のレクチンを含む、N−結合型の1〜3本側鎖糖鎖の吸着又は結合剤。
(d) 配列番号3のアミノ酸配列からなるレクチン
(e) 配列番号3の部分アミノ酸配列からなり、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合活性を有するレクチン
(f) 配列番号3のアミノ酸配列又はその部分アミノ酸配列において1〜数個のアミノ酸が付加、欠失、又は置換されたアミノ酸配列からなり、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合活性を有するレクチン
【請求項3】
糖鎖を含む被験試料と下記の(d)、(e)、又は(f)のレクチンとを接触させて、レクチンにN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖を吸着又は結合させる工程と、N−結合型の1〜3本側鎖糖鎖とレクチンとの吸着又は結合による複合物を分離する工程とを含む、N−結合型の1〜3本側鎖糖鎖の分離方法。
(d) 配列番号3のアミノ酸配列からなるレクチン
(e) 配列番号3の部分アミノ酸配列からなり、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合活性を有するレクチン
(f) 配列番号3のアミノ酸配列又はその部分アミノ酸配列において1〜数個のアミノ酸が付加、欠失、又は置換されたアミノ酸配列からなり、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合活性を有するレクチン
【請求項4】
糖タンパク質又は細胞を含む被験試料と下記の(d)、(e)、又は(f)のレクチンとを接触させて、レクチンにN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖を吸着又は結合させる工程と、N−結合型の1〜3本側鎖糖鎖とレクチンとの吸着又は結合による複合物を被験試料から除去する工程と、この複合物を除去した被験試料中のN−結合型の4本以上の側鎖を有する糖鎖を検出する工程とを含む、ガンの検出方法。
(d) 配列番号3のアミノ酸配列からなるレクチン
(e) 配列番号3の部分アミノ酸配列からなり、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合活性を有するレクチン
(f) 配列番号3のアミノ酸配列又はその部分アミノ酸配列において1〜数個のアミノ酸が付加、欠失、又は置換されたアミノ酸配列からなり、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合活性を有するレクチン
【請求項5】
糖鎖を含む被験試料と下記の(d)、(e)、又は(f)のレクチンとを接触させる工程と、レクチンとN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖との吸着又は結合による複合物を検出する工程とを含む、N−結合型の1〜3本側鎖糖鎖の検出方法
(d) 配列番号3のアミノ酸配列からなるレクチン
(e) 配列番号3の部分アミノ酸配列からなり、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合活性を有するレクチン
(f) 配列番号3のアミノ酸配列又はその部分アミノ酸配列において1〜数個のアミノ酸が付加、欠失、又は置換されたアミノ酸配列からなり、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合活性を有するレクチン
【請求項6】
下記の(g)、(h)、又は(i)のDNAを発現可能に保持するベクターが真核細胞に導入された形質転換体を培養する工程と、培養物からN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合するレクチンを回収する工程とを含む、N−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合するレクチンの製造方法。
(g) 配列番号1の塩基配列からなるDNA
(h) 配列番号1の部分塩基配列からなり、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合活性を有するポリペプチドをコードするDNA
(i) 配列番号1の塩基配列又はその部分塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合するポリペプチドをコードするDNA
【請求項7】
下記の(j)、(k)、又は(l)のDNAを発現可能に保持するベクターが導入された形質転換体を培養する工程と、培養物からN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合するレクチンを回収する工程とを含む、N−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合するレクチンの製造方法。
(j) 配列番号2の塩基配列からなるDNA
(k) 配列番号2の部分塩基配列からなり、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合活性を有するポリペプチドをコードするDNA
(l) 配列番号2の塩基配列又はその部分塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつN−結合型の1〜3本側鎖糖鎖に結合するポリペプチドをコードするDNA

【図1】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−184404(P2008−184404A)
【公開日】平成20年8月14日(2008.8.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−18248(P2007−18248)
【出願日】平成19年1月29日(2007.1.29)
【出願人】(000165251)月桂冠株式会社 (88)
【Fターム(参考)】