説明

RNA干渉誘導エレメント及びその用途

本発明は、以下の(a)〜(c)のヌクレオチド配列から選択されるヌクレオチド配列を含むRNA干渉誘導エレメントを提供する:
(a)配列番号1又はその相補配列からなるヌクレオチド配列;
(b)上記(a)のヌクレオチド配列に含まれる少なくとも15個の連続したヌクレオチドからなり、かつ、RNA干渉誘導能を有するヌクレオチド配列;
(c)上記(a)〜(b)のいずれか1つのヌクレオチド配列に少なくとも70%の相同性を有し
、かつ、RNA干渉誘導能を有するヌクレオチド配列。
本発明のRNA干渉誘導エレメントを用いることにより、容易に所望の遺伝子をノックダウンしたり、所望の標的遺伝子に対するsiRNAを作成することが出来る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、RNA干渉誘導エレメント及びその用途に関する。より詳細には、本発明は、配列番号1又はその相補配列等からなるヌクレオチド配列を含むRNA干渉誘導エレメント、該エレメントを含むベクター、該ベクターを含む細胞、該エレメントを用いて標的遺伝子の発現が抑制された細胞や、標的遺伝子に対するsiRNAを製造する方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
RNA干渉(RNAi)は、2本鎖RNA(dsRNA)等によってその配列特異的にmRNAが分解され、その結果遺伝子の発現が抑制される現象である。RNA干渉は、線虫、酵母等の菌類、昆虫、植物、哺乳動物等の様々な生物種の間で保存された現象であることが示され、生物共通のシステムであることが示唆されている。
RNA干渉の生物学的役割としては、分裂酵母等におけるヘテロクロマチンの制御や、テトラヒメナ等におけるDNA欠失制御等が知られている。RNAi経路に重要な役割を果たすDicer (dcr1)、Argonaute (ago1)、又はRdRp (rdp1)を欠失させた3つの分裂酵母変異株dcr1、ago1、rdp1では、セントロメア外側領域のヘテロクロマチン反復配列に由来する相補的転写産物の蓄積異常が生じ、これに伴ってセントロメアに組み込んだ導入遺伝子の転写抑制解除、ヒストンH3リジン-9のメチル化の消失、セントロメア機能の障害がみられたことが報告されている(Science, 297巻, p.1833-1837, 2002年)。また、分裂酵母においてセントロメア繰り返し配列由来の短いRNAが存在することが示唆されている(Science, 297巻, p.1831, 2002年)。
RNA干渉は、所望の遺伝子を選択的にノックダウンすることを可能とするため、生化学等の基礎科学の分野のみならず、農作物の品種改良等のバイオテクノロジー分野、遺伝子治療等の医療分野等における応用が大きく期待されている。
RNA干渉により遺伝子をノックダウンする主な二つの方法としては、siRNA(short interfering RNA)を直接細胞に導入する方法とsiRNA発現ベクターを細胞に導入する方法がある。前者の方法は極めて簡潔な方法であるが、導入されたsiRNAが分解されるとその効果が長期間持続しないという欠点を有する。一方、後者のsiRNA発現ベクター法は効果が長期間持続するため、ノックダウン細胞株やノックダウン動物を作成可能であるというメリットを有する。しかし、細胞内のRNA干渉は2本鎖RNAの形成が引き金となるため、ヘアピンRNA等の2本鎖RNAを産物とするsiRNA発現ベクターが多く、結果としてベクターDNA自身もステムループ構造をとって大腸菌内で不安定になる場合があり、siRNA発現ベクターの構築は容易ではなかった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
上記事情に鑑み、本発明は、所望の遺伝子について、容易にRNA干渉を誘導する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を進め、分裂酵母のセントロメアのsiRNAをノザンブロットによりセントロメア反復配列中にマップしたところ、該siRNAは特定の共通なヌクレオチド配列の近傍に富んでいることを見出した。該ヌクレオチド配列が連結された所望の遺伝子を含むポリヌクレオチドを細胞へ導入することにより、該遺伝子に対するRNA干渉が誘導された。発明者らは、このようにして該ヌクレオチド配列がRNA干渉誘導エレメントとして機能することを見いだし、本発明を開発するに至った。即ち、本発明は以下に関する。
【0005】
[1]以下の(a)〜(c)のヌクレオチド配列から選択されるヌクレオチド配列を含むRNA干渉誘導エレメント:
(a)配列番号1又はその相補配列からなるヌクレオチド配列;
(b)上記(a)のヌクレオチド配列に含まれる少なくとも15個の連続したヌクレオチドからなり、かつ、RNA干渉誘導能を有するヌクレオチド配列;
(c)上記(a)〜(b)のいずれか1つのヌクレオチド配列に少なくとも70%の相同性を有し、かつ、RNA干渉誘導能を有するヌクレオチド配列。
[2]標的遺伝子の転写産物をコードするヌクレオチド配列又はその相補配列に含まれる少なくとも15個の連続したヌクレオチドからなるヌクレオチド配列が、該標的遺伝子に対するRNA干渉誘導能が発揮され得る様に連結された上記[1]記載のエレメントを含むポリヌクレオチド。
[3]該ヌクレオチド配列は該エレメントの5’側に連結されている、上記[2]記載のポリヌクレオチド。
[4]複数コピー数の該エレメントをタンデムに連結された態様で含む、上記[2]記載のポリヌクレオチド。
[5]上記[1]記載のエレメントを含むベクター。
[6]複数コピー数の該エレメントをタンデムに連結された態様で含む、上記[5]記載のベクター。
[7]更に、プロモーターを含み、該プロモーターは、該エレメントの発現を制御し得る様に、該エレメントに接続されている、上記[5]又は[6]記載のベクター。
[8]更に、少なくとも1つのクローニング部位を含み、該クローニング部位は、該部位に標的遺伝子の転写産物をコードするヌクレオチド配列又はその相補配列に含まれる少なくとも15個の連続したヌクレオチドからなるヌクレオチド配列が挿入されたときに、該標的遺伝子に対するRNA干渉誘導能が発揮され得る様に、該エレメントに連結されている、上記[5]又は[6]記載のベクター。
[9]該クローニング部位は該エレメントの5’側に連結されている、上記[8]記載のベクター。
[10]更に、プロモーターを含み、該プロモーターは、該エレメント及び該クローニング部位の発現を制御し得る様に、該エレメント又は該クローニング部位に接続されている、上記[8]又は[9]記載のベクター。
[11]上記[2]〜[4]のいずれか記載のポリヌクレオチドを含むベクター。
[12]更に、プロモーターを含み、該プロモーターは、該ポリヌクレオチドの発現を制御し得る様に、該ポリヌクレオチドに接続されている、上記[11]記載のベクター。
[13]上記[2]〜[4]のいずれか記載のポリヌクレオチドが導入された細胞。
[14]上記[5]〜[12]のいずれか記載のベクターが導入された細胞。
[15]標的遺伝子の発現が抑制された細胞を製造する方法であって、上記[2]〜[4]のいずれか記載のポリヌクレオチド、或いは上記[11]又は[12]記載のベクターを細胞内に導入する工程、及び前記ポリヌクレオチド又はベクターが導入された細胞を選択する工程を含む、方法。
[16]標的遺伝子の発現を抑制する方法であって、上記[2]〜[4]のいずれか記載のポリヌクレオチド、或いは上記[11]又は[12]記載のベクターを細胞内に導入する工程を含む、方法。
[17]標的遺伝子に対するsiRNAを製造する方法であって、上記[2]〜[4]のいずれか記載のポリヌクレオチド、或いは上記[11]又は[12]記載のベクターを細胞内に導入する工程、及び前記ポリヌクレオチド又はベクターが導入された細胞から標的遺伝子に対するsiRNAを獲得する工程を含む、方法。
[18]上記[2]〜[4]のいずれか記載のポリヌクレオチド、或いは上記[11]又は[12]記載のベクターを含有してなるRNA干渉誘導剤。
[19]複数遺伝子の各転写産物をコードするヌクレオチド配列又はその相補配列に含まれる少なくとも15個の連続したヌクレオチドからなるヌクレオチド配列をそれぞれ含み、各ヌクレオチド配列は、上記[1]記載のエレメントに該遺伝子に対するRNA干渉誘導能が発揮され得る様に連結されている、複数のポリヌクレオチドを含む、遺伝子ノックダウンポリヌクレオチドライブラリー。
[20]各ポリヌクレオチドはベクターに含まれる、上記[19]記載のライブラリー。
[21]上記[19]又は[20]記載のライブラリーが導入された細胞集団。
[22]以下の工程(a)〜(c)を含む、機能遺伝子の探索方法:
(a)上記[19]又は[20]記載のライブラリーが導入された細胞集団の表現型を解析すること;
(b)該細胞集団から、表現型が変化していた細胞を単離すること;
(c)単離された細胞内に導入されたポリヌクレオチド又はベクター中のヌクレオチド配列に基づいて機能遺伝子を獲得すること。
[23]以下の(a)〜(c)のヌクレオチド配列から選択されるヌクレオチド配列を含むRNA依存性RNA合成反応誘導エレメント:
(a)配列番号1又はその相補配列からなるヌクレオチド配列;
(b)上記(a)のヌクレオチド配列に含まれる少なくとも15個の連続したヌクレオチドからなり、かつ、RNA依存性RNA合成反応誘導能を有するヌクレオチド配列;
(c)上記(a)〜(b)のいずれか1つのヌクレオチド配列に少なくとも70%の相同性を有し、かつ、RNA依存性RNA合成反応誘導能を有するヌクレオチド配列。
[24]上記[23]記載のエレメントを含む、RNA依存性RNA合成反応用テンプレート。
[25]上記[24]記載のテンプレートを発現し得るベクター。
[26]上記[25]記載のベクターが導入された細胞。
[27]以下の工程を含む、RNAの合成方法:
(a) 上記[23]のエレメントを含むRNA依存性RNA合成反応用テンプレートを提供する工程;
(b) (a)のテンプレートをRNA依存性RNAポリメラーゼに接触させ、RNA依存性RNA合成反応を生じさせる工程。
[28]以下の(a)〜(c)のヌクレオチド配列から選択されるヌクレオチド配列を含む遺伝子発現抑制エレメント:
(a)配列番号1又はその相補配列からなるヌクレオチド配列;
(b)上記(a)のヌクレオチド配列に含まれる少なくとも15個の連続したヌクレオチドからなり、かつ、遺伝子発現抑制能を有するヌクレオチド配列;
(c)上記(a)〜(b)のいずれか1つのヌクレオチド配列に少なくとも70%の相同性を有し、かつ、遺伝子発現抑制能を有するヌクレオチド配列。
【発明の効果】
【0006】
本発明のRNA干渉誘導エレメントを用いれば、容易に所望の標的遺伝子をノックダウンしたり、所望の標的遺伝子に対するsiRNAを製造したりすることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下、本発明を詳細に説明する。本明細書の全体にわたり、単数形の表現は、特に言及しない限り、その複数形の概念をも含み得る。また、本明細書において使用される用語は、特に言及しない限り、当該分野で通常用いられる意味で用いられる。
【0008】
以下に本明細書において頻用される用語の定義を列挙する。
【0009】
本明細書において「ポリヌクレオチド」とは、「オリゴヌクレオチド」、「核酸」、「核酸分子」と同じ意味で使用され、任意の長さのヌクレオチドのポリマーをいう。ポリヌクレオチドはDNAであってもRNAであってもよく、あるいはDNA/RNAキメラであってもよいが、好ましくはDNA又はRNAである。また、ポリヌクレオチドは2本鎖であっても、1本鎖であってもよい。2本鎖の場合は、2本鎖DNA、2本鎖RNA又はDNA:RNAのハイブリッドでもよい。さらにポリヌクレオチドは、非修飾ポリヌクレオチド(または非修飾オリゴヌクレオチド);さらには公知の修飾の付加されたポリヌクレオチド、例えば当該分野で知られた標識のあるもの、キャップの付いたもの、メチル化されたもの、1個以上の天然のヌクレオチドを類縁物で置換したもの;分子内で修飾されたヌクレオチドを有するポリヌクレオチド、例えば非荷電結合(例えば、メチルホスホネート、ホスホトリエステル、ホスホルアミデート、カルバメートなど)を持つもの、電荷を有する結合または硫黄含有結合(例えば、ホスホロチオエート、ホスホロジチオエートなど)を持つもの、修飾された結合を持つもの(例えば、αアノマー型の核酸など)であってもよい。ここで「ヌクレオシド」、「ヌクレオチド」および「核酸」とは、プリンおよびピリミジン塩基を含有するのみでなく、修飾されたその他の複素環型塩基をもつようなものを含んでいて良い。こうした修飾物は、メチル化されたプリンおよびピリミジン、アシル化されたプリンおよびピリミジン、あるいはその他の複素環を含むものであってよい。修飾されたヌクレオチドおよび修飾されたヌクレオチドはまた糖部分が修飾されていてよく、例えば、1個以上の水酸基がハロゲン、脂肪族基などで置換されていたり、あるいはエーテル、アミンなどの官能基に変換されていてよい。
【0010】
なお、本明細書においてヌクレオチド配列は、特にことわりのない限りDNAの配列として記載するが、ポリヌクレオチドがRNAである場合は、チミン(T)をウラシル(U)に適宜読み替えるものとする。
【0011】
本明細書において、「遺伝子」とは、遺伝形質を規定する因子をいう。通常染色体上に一定の順序に配列している。タンパク質の一次構造を規定するものを構造遺伝子といい、その発現を左右するものを調節遺伝子(たとえば、プロモーター)という。本明細書では、遺伝子は、特に言及しない限り、構造遺伝子および調節遺伝子を包含する。本明細書では、「遺伝子」は、「ポリヌクレオチド」、「オリゴヌクレオチド」および「核酸」ならびに/または「タンパク質」、「ポリペプチド」、「オリゴペプチド」および「ペプチド」を指すことがある。本明細書においてはまた、「遺伝子産物」は、遺伝子によって発現された「ポリヌクレオチド」、「オリゴヌクレオチド」および「核酸」ならびに/または「タンパク質」、「ポリペプチド」、「オリゴペプチド」および「ペプチド」を包含する。当業者であれば、遺伝子産物が何たるかはその状況に応じて理解することができる。
【0012】
本明細書において遺伝子(例えば、ヌクレオチド配列、アミノ酸配列など)の「相同性」とは、2以上の遺伝子配列の、互いに対する同一性の程度をいう。従って、ある2つの遺伝子の相同性が高いほど、それらの配列の同一性または類似性は高い。2種類の遺伝子が相同性を有するか否かは、配列の直接の比較、またはポリヌクレオチドの場合ストリンジェントな条件下でのハイブリダイゼーション法によって調べられ得る。2つの遺伝子配列を直接比較する場合、その遺伝子配列間でヌクレオチド配列が、代表的には少なくとも50%同一である場合、好ましくは少なくとも70%同一である場合、より好ましくは少なくとも80%、90%、95%、96%、97%、98%または99%同一である場合、それらの遺伝子は相同性を有する。本明細書において、遺伝子(例えば、ヌクレオチド配列、アミノ酸配列など)の「類似性」とは、上記相同性において、保存的置換をポジティブ(同一)とみなした場合の、2以上の遺伝子配列の、互いに対する同一性の程度をいう。従って、保存的置換がある場合は、その保存的置換の存在に応じて同一性と類似性とは異なる。また、保存的置換がない場合は、同一性と類似性とは同じ数値を示す。
【0013】
遺伝子の相同性を決定するためのアルゴリズムとしては、例えば、Karlinら, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 90: 5873-5877 (1993)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはNBLASTおよびXBLASTプログラム(version 2.0)に組み込まれている(Altschulら, Nucleic Acids Res., 25: 3389-3402 (1997))]、Needlemanら, J. Mol. Biol., 48: 444-453 (1970)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはGCGソフトウェアパッケージ中のGAPプログラムに組み込まれている]、MyersおよびMiller, CABIOS, 4: 11-17 (1988)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはCGC配列アラインメントソフトウェアパッケージの一部であるALIGNプログラム(version 2.0)に組み込まれている]、Pearsonら, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 85: 2444-2448 (1988)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはGCGソフトウェアパッケージ中のFASTAプログラムに組み込まれている]等が挙げられるが、それらに限定されない。遺伝子の相同性は、上記プログラムにより、そのデフォルトパラメータを用いて適宜算出され得る。例えばヌクレオチド配列の相同性は、相同性計算アルゴリズムNCBI BLAST(National Center for Biotechnology Information Basic Local Alignment Search Tool)を用い、以下の条件(期待値=10;ギャップを許す;フィルタリング=ON;マッチスコア=1;ミスマッチスコア=-3)にて計算することができる。
【0014】
本明細書において、ポリヌクレオチドの長さは、それぞれヌクレオチドの個数で表すことができるが、上述の個数は絶対的なものではなく、同じ機能を有する限り、上限または下限としての上述の個数は、その個数の上下数個(または例えば上下10%)のものも含むことが意図される。そのような意図を表現するために、本明細書では、個数の前に「約」を付けて表現することがある。しかし、本明細書では、「約」のあるなしはその数値の解釈に影響を与えないことが理解されるべきである。
【0015】
本発明において「転写産物」とは、遺伝子の転写により産生されるRNA(mRNA等)をいう。転写産物には初期転写産物(未成熟mRNA)、転写後プロセッシング(スプライシング)により生じる成熟転写産物(成熟mRNA)、及びそのスプライシング変異体が含まれる。
【0016】
本明細書において遺伝子、ポリヌクレオチド、ポリペプチドなど遺伝子産物の「発現」とは、その遺伝子などがインビボ(細胞内)で一定の作用を受けて、別の形態になる現象を意味する。好ましくは、「発現」は、遺伝子、ポリヌクレオチドなどが、転写および翻訳されて、ポリペプチドの形態になることをいうが、転写されて転写産物(mRNA等)が作製されることもまた発現の一形態であり得る。
【0017】
従って、本明細書において遺伝子、ポリヌクレオチド、ポリペプチドなどの「発現」の「抑制」とは、ある因子を作用させたときに、作用させないときよりも、発現の量が有意に減少することをいう。好ましくは、発現の抑制は、ポリペプチドの発現量の減少を含む。本明細書において遺伝子の「発現」の「誘導」とは、ある細胞にある因子を作用させてその遺伝子の発現量を増加させることをいう。したがって、発現の誘導は、まったくその遺伝子の発現が見られなかった場合にその遺伝子が発現するようにすること、およびすでにその遺伝子の発現が見られていた場合にその遺伝子の発現が増大することを包含する。
【0018】
本明細書において遺伝子発現(たとえば、mRNA発現、ポリペプチド発現)の「検出」または「定量」は、例えば、mRNAの測定および免疫学的測定方法を含む適切な方法を用いて達成され得る。分子生物学的測定方法としては、例えば、ノザンブロット法、ドットブロット法またはPCR法などが例示される。免疫学的測定方法としては、例えば、マイクロタイタープレートを用いるELISA法、RIA法、蛍光抗体法、ウェスタンブロット法、免疫組織染色法などが例示される。また、定量方法としては、ELISA法またはRIA法などが例示される。アレイ(例えば、DNAアレイ、プロテインアレイ)を用いた遺伝子解析方法によっても行われ得る。DNAアレイについては、秀潤社編、細胞工学別冊「DNAマイクロアレイと最新PCR法」に広く概説されている。プロテインアレイについては、Nat Genet.2002 Dec;32 Suppl:526−32に詳述されている。遺伝子発現の分析法としては、上述に加えて、RT−PCR、RACE法、SSCP法、免疫沈降法、two−hybridシステム、インビトロ翻訳などが挙げられるがそれらに限定されない。そのような分析方法は、例えば、ゲノム解析実験法・中村祐輔ラボ・マニュアル、編集・中村祐輔 羊土社(2002)およびその他に記載されている。
【0019】
本明細書において「RNA干渉(RNAiともいう)」とは、2本鎖RNA(dsRNAともいう)やsiRNAのようなRNA干渉を引き起こす因子を細胞に導入することにより、相同なmRNAが特異的に分解され、遺伝子産物の発現(合成)が抑制される現象およびそれに用いられる技術をいう。
【0020】
本明細書において「siRNA」とは、short interfering RNAの略称であり、人工的に化学合成されるかまたは生化学的に合成されたものか、あるいは細胞内で合成されたものか、あるいは約40塩基以上の2本鎖RNAが細胞内で分解されてできた10塩基対以上の短鎖2本鎖RNAをいい;通常、5’−リン酸、3’−OHの構造を有しており、3’末端は約2塩基突出している。siRNAの長さは、通常、約20塩基前後(例えば、代表的には約21〜23塩基長)またはそれ未満の長さであるが、RNA干渉を引き起こすことが出来る限り、特に限定されない。
【0021】
理論に束縛されないが、RNA干渉が働く機構として考えられるものの一つとして、dsRNAのようなRNA干渉を引き起こす分子が細胞に導入されると、比較的長い(例えば、40塩基対以上)RNAの場合、ヘリカーゼドメインを持つダイサー(Dicer)と呼ばれるRNaseIII様のヌクレアーゼがATP存在下で、その分子を3’末端から約20塩基対ずつ切り出し、短鎖dsRNA(siRNA)を生じる。このsiRNAに特異的なタンパク質が結合して、RISC(RNA−induced−silencing−complex)が形成される。この複合体は、siRNAと同じ配列を有するmRNAを認識して結合し、RNaseIII様の酵素活性によってsiRNAの中央部でmRNAを切断する。siRNAの配列と標的として切断するmRNAの配列の関係については、100%一致することが好ましい。しかし、siRNAの中央から外れた位置についての塩基の変異(当該変異は少なくとも70%、好ましくは80%、より好ましくは90%、最も好ましくは95%以上の相同性の範囲内であり得る)については、完全にRNAiによる切断活性がなくなるのではなく、部分的な活性が残存し得る。他方、siRNAの中央部の塩基の変異は影響が大きく、RNAiによるmRNAの切断活性が極度に低下し得る。
【0022】
また、理論に束縛されないが、siRNAに対する別の経路が提案されている。siRNAのアンチセンス鎖がmRNAに結合してRNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRP)のプライマーとして作用し、dsRNAが合成される。このdsRNAが再びダイサーの基質となり、新たなsiRNAを生じて作用を増幅する。
【0023】
本明細書において使用される「細胞」は、当該分野において用いられる最も広義の意味と同様に定義され、単細胞生物の個体単位又は多細胞生物の組織の構成単位であって、外界を隔離する膜構造に包まれ、内部に自己再生能を備え、遺伝情報およびその発現機構を有する生命体をいう。本明細書において使用される細胞は、天然に存在する細胞であっても、人工的に改変された細胞(例えば、融合細胞、遺伝子改変細胞)であってもよい。細胞の供給源としては、例えば、単一の細胞培養物であり得、あるいは、正常に成長した野生型又はトランスジェニック動物の胚、血液、または体組織、または正常に成長した細胞株由来の細胞のような細胞混合物が挙げられるがそれらに限定されない。
【0024】
本明細書において「単離された」とは、通常の環境において対象物に天然に付随する物質が少なくとも低減されていること、好ましくは対象物に実質的に含まないことをいう。従って、単離された細胞とは、天然の環境において付随する他の物質(たとえば、他の細胞、タンパク質、核酸など)を実質的に含まない細胞をいう。ポリヌクレオチドまたはポリペプチドについていう場合、「単離された」とは、たとえば、組換えDNA技術により作製された場合には細胞物質または培養培地を実質的に含まず、化学合成された場合には前駆体化学物質またはその他の化学物質を実質的に含まない、ポリヌクレオチドまたはポリペプチドを指す。単離されたポリヌクレオチドは、好ましくは、そのヌクレオチドが由来する生物において天然に該ポリヌクレオチドに隣接している(flanking)配列(即ち、該核酸の5’末端および3’末端に位置する配列)を含まない。
【0025】
本明細書において「精製された」生物学的因子(例えば、ポリヌクレオチドまたはポリペプチドなど)とは、その生物学的因子に天然に随伴する因子の少なくとも一部が除去されたものをいう。したがって、通常、精製された生物学的因子におけるその生物学的因子の純度は、その生物学的因子が通常存在する状態よりも高い(すなわち濃縮されている)。
【0026】
本明細書中で使用される用語「精製された」および「単離された」は、好ましくは少なくとも75重量%、より好ましくは少なくとも85重量%、よりさらに好ましくは少なくとも95重量%、そして最も好ましくは少なくとも98重量%の、同型の生物学的因子が存在することを意味する。
【0027】
以下に本発明の好ましい形態を説明する。以下に提供される実施形態は、本発明のよりよい理解のために提供されるものであり、本発明の範囲は以下の記載に限定されるべきでないことが理解される。従って、当業者は、本明細書中の記載を参酌して、本発明の範囲内で適宜改変を行うことができることは明らかである。
【0028】
1.RNA干渉誘導エレメント
一つの局面において、本発明は、以下の(a)〜(c)のヌクレオチド配列から選択されるヌクレオチド配列を含むRNA干渉誘導エレメント:
(a)配列番号1又はその相補配列からなるヌクレオチド配列;
(b)上記(a)のヌクレオチド配列に含まれる少なくとも15個の連続したヌクレオチドからなり、かつ、RNA干渉誘導能を有するヌクレオチド配列;
(c)上記(a)〜(b)のいずれか1つのヌクレオチド配列に少なくとも70%の相同性を有し、かつ、RNA干渉誘導能を有するヌクレオチド配列、
を提供するものである。
【0029】
本明細書において、「エレメント」とは、特定の機能を有するヌクレオチド配列(又はポリヌクレオチド)、或いはその領域をいう。
【0030】
本明細書において、「RNA干渉誘導能」とは、機能的に連結された標的遺伝子に対してRNA干渉を誘導し得る能力をいう。より詳細には、「RNA干渉誘導能」とは、任意に選ばれた標的遺伝子の転写産物(mRNA)をコードするヌクレオチド配列又はその相補配列に含まれる少なくとも15個の連続したヌクレオチドからなるヌクレオチド配列(標的ヌクレオチド配列)に連結された態様で、細胞に導入されたときに、該標的遺伝子に対するRNA干渉を誘導したり、該標的遺伝子に対するsiRNAを誘導したり、或いは該標的遺伝子の発現を抑制し得るヌクレオチド配列(又はポリヌクレオチド)の能力をいう。従って、本明細書において「RNA干渉誘導能」と互換可能に、用語「siRNA誘導能」、「遺伝子発現抑制能」を使用し得る。
【0031】
従って、本明細書において、「RNA干渉誘導エレメント」とは、上記RNA干渉誘導能を有するヌクレオチド配列(又はポリヌクレオチド)、あるいはその領域をいう。上記と同様に本明細書において「RNA干渉誘導エレメント」と互換可能に、用語「siRNA誘導エレメント」、「遺伝子発現抑制エレメント」を使用し得る。
【0032】
また、本発明のRNA干渉誘導エレメントを含む1本鎖のRNAが細胞内に導入されると、該エレメントの近傍(5’側又は3’側)において、導入されたRNAに相補的なRNAの転写が誘導され、その結果、導入されたRNA及びそれに相補的なRNAを含む2本鎖RNAが生じ得る。一態様として、RNA依存性RNA合成(伸長)反応は、本発明のエレメントを開始部位として、該部位から3’方向(該方向は導入されたRNAの相補鎖における方向である)に向かって進行し得る。即ち、本発明のRNA干渉誘導エレメントはRNA依存性RNA合成(伸長)反応の「開始部位(エレメント)」、「プライミング機能を有する部位(エレメント)」、又は「RNA依存性RNA合成(伸長)反応誘導エレメント」であり得る。
【0033】
1つの好ましい実施形態において、上記(b)のヌクレオチド配列は、配列番号1又はその相補配列に含まれる少なくとも15個、例えば50個以上、100個以上、150個以上、200個以上、250個以上、300個以上、310個以上、320個以上、330個以上、340個以上、350個以上、360個以上、370個以上の連続したヌクレオチドからなり、RNA干渉誘導能を有するヌクレオチド配列であることが好ましい。より長いヌクレオチド配列であることが好ましいが、RNA干渉誘導能を有する限り、長さが短くてもよい。
【0034】
別の1つの好ましい実施形態において、上記(c)のヌクレオチド配列は、上記(a)〜(b)のいずれか1つのヌクレオチド配列に少なくとも70%、例えば80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上の相同性を有し、RNA干渉誘導能を有するヌクレオチド配列であることが好ましい。より高い相同性であることが好ましいが、RNA干渉誘導能を有する限り、相同性は低くてもよい。
【0035】
上記(b)及び(c)において、RNA干渉誘導能の強度は、配列番号1又はその相補配列を含むRNA干渉誘導エレメントと同等(例、約0.01〜100倍、好ましくは約0.1〜10倍、より好ましくは約0.5〜2倍)であることが好ましい。
【0036】
配列番号1のヌクレオチド配列は、分裂酵母染色体DNAのセントロメア領域に由来する配列であるので、本発明のRNA干渉誘導エレメントを含むポリヌクレオチドは、分裂酵母染色体DNAをテンプレートとして配列番号1のヌクレオチド配列の一部分を含有する合成DNAプライマーを用いて、周知のPCR法により得ることが出来る。或いは、分裂酵母染色体DNAライブラリーより、ハイブリダイゼーション法により得ることも出来る。ハイブリダイゼーションの方法は、例えば、Molecular Cloning 2nd(J. Sambrook et al., Cold Spring Harbor Lab. Press, 1989)に記載の方法などに従って行なうことができる。或いは、市販の核酸合成装置を用いて、化学合成法により得てもよい。また、これらの方法に、自体公知の部位特異的変異誘発法(ODA-LA PCR法、Gapped duplex法、Kunkel法等)あるいはそれらに準じる方法を組み合わせてもよい。
【0037】
得られたポリヌクレオチドのRNA干渉誘導能の有無や強度は、該ポリヌクレオチドを任意の標的遺伝子の転写産物(mRNA)をコードするヌクレオチド配列又はその相補配列に含まれる少なくとも15個の連続したヌクレオチドからなるヌクレオチド配列(標的ヌクレオチド配列)に連結することにより後述の本発明のポリヌクレオチドを得て、これを細胞へ導入し、該標的遺伝子に対するRNA干渉の誘導、該標的遺伝子に対するsiRNAの誘導、又は該標的遺伝子の発現抑制の有無や程度を検出・定量することにより確認することができる。
【0038】
本発明のRNA干渉誘導エレメントを使用すると、所望の遺伝子に対するRNA干渉を誘導したり、siRNAを誘導したり、発現を抑制することが可能となる。
【0039】
2.RNA干渉誘導エレメントを含むポリヌクレオチド
一つの局面において、本発明は、標的遺伝子の転写産物をコードするヌクレオチド配列又はその相補配列に含まれる少なくとも15個の連続したヌクレオチドからなるヌクレオチド配列(標的ヌクレオチド配列という場合がある)が、該標的遺伝子に対するRNA干渉
誘導能が発揮され得る様に連結された上記本発明のRNA干渉誘導エレメントを含むポリヌクレオチドを提供する。
【0040】
本明細書において「標的遺伝子」とは、その遺伝子の発現をRNA干渉により抑制することが意図された遺伝子であり、任意に選択することができる。この標的遺伝子として例えば、配列は判明しているがどのような機能を有するかを解明したい遺伝子や、その発現が疾患の原因と考えられる遺伝子などを好適に選択することができる。標的遺伝子は、その転写産物(mRNA等)のヌクレオチド配列の一部、少なくとも15塩基以上が判明しているものであれば、全長ゲノム配列や全長mRNA配列まで判明していない遺伝子であっても選択することができる。したがって、Expressed Sequence Tag(EST)などのmRNAの一部は判明しているが、全長が判明していない遺伝子なども本発明における標的遺伝子として選択することができる。
【0041】
転写産物としては、初期転写産物、成熟転写産物、そのスプライシング変異体のいずれをも用いることが出来るが、好ましくは成熟転写産物が用いられる。
【0042】
標的ヌクレオチド配列の長さは、本発明のポリヌクレオチドが細胞に導入されたときに標的遺伝子に対してRNA干渉を誘導し得る限り特に限定されないが、siRNAの長さが、通常、約20塩基前後(例えば、代表的には約21〜23塩基長)であることを考慮すれば、標的ヌクレオチド配列は、標的遺伝子の転写産物をコードするヌクレオチド配列又はその相補配列に含まれる少なくとも15個、例えば20個以上、21個以上、23個以上、40個以上、60個以上、100個以上の連続したヌクレオチドからなるヌクレオチド配列である。より強力に標的遺伝子に対するRNA干渉が誘導する観点からは、標的ヌクレオチド配列の長さはより長いほど好ましく、好ましい標的ヌクレオチド配列として、例えば、標的遺伝子の転写産物をコードするヌクレオチド配列の全長又はその相補配列、標的遺伝子の転写産物のヌクレオチド配列のORF領域の全長又はその相補配列等を挙げることが出来るが、これらに限定されない。
【0043】
また、標的ヌクレオチド配列は、標的遺伝子に対するRNA干渉誘導能が発揮され得る限り、本発明のRNA干渉誘導エレメントと隣接して(即ち、スペーサー領域を介さずに)連結されていてもよく、或いはスペーサー領域を介して連結されていてもよい。スペーサー領域の長さは、標的ヌクレオチド配列から本発明のRNA干渉誘導エレメントまでの各構成要素が途切れることなく1つのポリヌクレオチド鎖に安定に存在し得、且つ、標的遺伝子に対するRNA干渉誘導能が発揮され得る限り、特に限定されないが、多くとも10Kbp、例えば5Kbp以下、3Kbp以下、1Kbp以下、500bp以下、200bp以下、100bp以下、50bp以下、25bp以下であることが好ましい。スペーサー領域を構成するヌクレオチド配列は、特に限定されず、任意の配列とすることができる。
【0044】
標的ヌクレオチド配列は、標的遺伝子に対するRNA干渉誘導能が発揮され得る限り、本発明のRNA干渉誘導エレメントの5’側に連結されていても3’側に連結されていてもよいが、5’側に連結されていることが好ましい。
【0045】
ここで、便宜上、上記本発明のRNA干渉誘導エレメントにおいて、
(a’)配列番号1からなるヌクレオチド配列、
(b’)上記(a’)のヌクレオチド配列に含まれる少なくとも15個の連続したヌクレオチドからなり、かつ、RNA干渉誘導能を有するヌクレオチド配列、又は、
(c’)上記(a’)〜(b’)のいずれか1つのヌクレオチド配列に少なくとも70%の相同性を有し、かつ、RNA干渉誘導能を有するヌクレオチド配列、
を含むエレメントを「センスエレメント」、
(a’’)配列番号1の相補配列からなるヌクレオチド配列、
(b’’)上記(a’’)のヌクレオチド配列に含まれる少なくとも15個の連続したヌクレオチドからなり、かつ、RNA干渉誘導能を有するヌクレオチド配列、又は
(c’’)上記(a’’)〜(b’’)のいずれか1つのヌクレオチド配列に少なくとも70%の相同性を有し、かつ、RNA干渉誘導能を有するヌクレオチド配列、
を含むエレメントを「アンチセンスエレメント」、と呼ぶこととする。
【0046】
また、本発明のポリペプチドにおいて、
「標的遺伝子の転写産物をコードするヌクレオチド配列に含まれる少なくとも15個の連続したヌクレオチドからなるヌクレオチド配列」を「センス標的ヌクレオチド配列」、
「標的遺伝子の転写産物をコードするヌクレオチド配列の相補配列に含まれる少なくとも15個の連続したヌクレオチドからなるヌクレオチド配列」を「アンチセンス標的ヌクレオチド配列」と呼ぶこととする。
【0047】
標的ヌクレオチド配列が、本発明のRNA干渉誘導エレメントの5’側に連結されている場合には、以下の(A)〜(D)の4つの態様が有り得、いずれの態様も用いることができる。
(A) 5’−センス標的ヌクレオチド配列−センスエレメント−3’
(B) 5’−アンチセンス標的ヌクレオチド配列−センスエレメント−3’
(C) 5’−センス標的ヌクレオチド配列−アンチセンスエレメント−3’
(D) 5’−アンチセンス標的ヌクレオチド配列−アンチセンスエレメント−3’
【0048】
標的ヌクレオチド配列が、本発明のRNA干渉誘導エレメントの3’側に連結されている場合には、以下の(A’)〜(D’)の4つの態様が有り得る。
(A’) 5’−センスエレメント−センス標的ヌクレオチド配列−3’
(B’) 5’−センスエレメント−アンチセンス標的ヌクレオチド配列−3’
(C’) 5’−アンチセンスエレメント−センス標的ヌクレオチド配列−3’
(D’) 5’−アンチセンスエレメント−アンチセンス標的ヌクレオチド配列−3’
【0049】
また、本発明のポリヌクレオチドは、標的ヌクレオチド配列の途中に、本発明のRNA干渉誘導エレメントが挿入された態様であってもよい。この場合、標的ヌクレオチド配列におけるRNA干渉誘導エレメント挿入部位の5’側のヌクレオチド配列、又は該挿入部位の3’側のヌクレオチド配列の少なくとも一方が、上述の「標的ヌクレオチド配列の長さ」と同様の長さを有することが好ましい。
【0050】
また、挿入されるRNA干渉誘導エレメントは、標的遺伝子に対するRNA干渉誘導能が発揮され得る限り、その5’側及び/又は3’側において、標的ヌクレオチド配列と隣接して(即ち、スペーサー領域を介さずに)連結されていてもよく、或いはスペーサー領域を介して連結されていてもよい。スペーサー領域の長さ/配列は、上述と同様である。
【0051】
1本鎖のRNAである本発明のポリヌクレオチドが細胞内に導入されると、該エレメントの近傍(5’側又は3’側)において、標的ヌクレオチド配列に相補的なRNAの転写が誘導され、その結果、標的ヌクレオチド配列を有する2本鎖RNAが合成され得る。一態様として、このRNA依存性RNA合成(伸長)反応は、本発明のエレメントを開始部位として、該部位から3’方向(該方向は導入されたRNAの相補鎖における方向である)に向かって進行し得る。2本鎖RNAは細胞内におけるsiRNA合成機構(Dicer (dcr1)等)を介して切断等の修飾を受け、標的遺伝子に対するsiRNAが生じ、標的遺伝子に対するRNA干渉が誘導され得る。
【0052】
従って、本明細書において、「RNA干渉誘導能」と互換可能に、用語「RNA依存性RNA合成(伸長)反応開始機能」、「RNA依存性RNA合成(伸長)反応のプライミング機能」又は「RNA依存性RNA合成(伸長)反応誘導能」を使用し得る。
【0053】
また、本発明のポリヌクレオチドにおいて、1本のポリヌクレオチド鎖内に含まれる本発明のRNA干渉誘導エレメントのコピー数は特に限定されず、1本のポリヌクレオチド鎖内に該RNA干渉誘導エレメントが1コピーのみ含まれていてもよく、あるいは、複数コピー数の該RNA干渉誘導エレメントがタンデムに連結された態様で1本のポリヌクレオチド鎖内に含まれていてもよい。複数コピー数の該RNA干渉誘導エレメントをタンデムに連結して用いることにより、より強力なRNA干渉誘導能が得られ得る。複数コピー数の該RNA干渉誘導エレメントをタンデムに連結して用いる場合において、連結される該RNA干渉誘導エレメントのコピー数は、標的遺伝子に対するRNA干渉誘導能が得られ得る限り特に限定されないが、例えば2〜50コピー、好ましくは2〜20コピー、より好ましくは2〜10コピー程度である。ポリヌクレオチドの連結操作の容易性及び他の要因を考慮すると、2〜5コピー程度が好ましい。
【0054】
複数コピー数のRNA干渉誘導エレメントをタンデムに連結して使用する場合、それぞれのRNA干渉誘導エレメントのヌクレオチド配列は、お互いに同一であっても異なっていてもよい。RNA干渉誘導エレメント同士は、隣接して(即ち、スペーサー領域を介さずに)連結されていてもよく、或いはスペーサー領域を介して連結されていてもよい。スペーサー領域の長さは、標的ヌクレオチド配列から連結された複数コピー数のRNA干渉誘導エレメントまでの各構成要素が途切れることなく1つのポリヌクレオチド鎖に安定に存在し得、且つ、標的遺伝子に対するRNA干渉誘導能が発揮され得る限り、特に限定されないが、多くとも10Kbp、例えば5Kbp以下、3Kbp以下、1Kbp以下、500bp以下、200bp以下、100bp以下、50bp以下、25bp以下であることが好ましい。スペーサー領域を構成するヌクレオチド配列は、特に限定されず、任意の配列とすることができる。
【0055】
3.RNA干渉誘導エレメントを含むベクター (I)
一つの局面において、本発明は、上記本発明のRNA干渉誘導エレメントを含むベクター(本発明のベクター(I))を提供するものである。該ベクターを用いることで、容易に、所望の標的遺伝子についてRNA干渉を誘導したり、siRNAを製造したりすることが可能となる。
【0056】
本明細書において「ベクター」とは、目的のポリヌクレオチド配列を目的の細胞へと移入させることができる核酸構造物をいう。そのようなベクターとしては、原核細胞、酵母、動物細胞、植物細胞、昆虫細胞、動物個体および植物個体などの宿主細胞において自立複製が可能、または染色体中への組込みが可能なものが例示される。
【0057】
ベクターの種類は、特に限定されず、使用目的や、導入対象の細胞の種類等に応じて適宜選択することが可能である。ベクターとしては、プラスミドベクター(大腸菌由来のプラスミド(例、pBR322,pBR325,pUC12,pUC13)、枯草菌由来のプラスミド(例、pUB110,pTP5,pC194)、酵母由来プラスミド(例、pSH19,pSH15,pAU001)等)、λファージなどのバクテリオファージ、ウイルスベクター(レトロウィルス,ワクシニアウィルス,バキュロウィルスなどの動物ウィルス等)などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0058】
本発明のベクター(I)において、1つのベクターに含まれる本発明のRNA干渉誘導エレメントのコピー数は、上記本発明のポリヌクレオチドと同様に、特に限定されず、1つのベクター内に該RNA干渉誘導エレメントが1コピーのみ含まれていてもよく、あるいは、複数コピー数の該RNA干渉誘導エレメントがタンデムに連結された態様で1つのベクター内に含まれていてもよい。複数コピー数の該RNA干渉誘導エレメントをタンデムに連結して用いる場合において、連結される該RNA干渉誘導エレメントのコピー数の範囲は、上記本発明のポリヌクレオチドと同様である。また、複数コピー数のRNA干渉誘導エレメントをタンデムに連結して使用する場合、それぞれのRNA干渉誘導エレメントのヌクレオチド配列は、お互いに同一であっても異なっていてもよい。RNA干渉誘導エレメント同士は、隣接して(即ち、スペーサー領域を介さずに)連結されていてもよく、或いはスペーサー領域を介して連結されていてもよい。スペーサー領域の長さの範囲、及びスペーサー領域を構成するヌクレオチド配列は、上記本発明のポリヌクレオチドと同様である。
【0059】
一つの好ましい態様として、本発明のベクター(I)は、更にプロモーターを含み、該プロモーターは、本発明のRNA干渉誘導エレメントの発現を制御し得る様に、該エレメントに連結されていることが好ましい。即ち、該プロモーターは、該プロモーターの機能により生じ得る転写産物(RNA)中に本発明のRNA干渉誘導エレメントが含まれ得る様に、該エレメントに連結され、ベクター中に配置され得る。
【0060】
本明細書において「プロモーター」とは、遺伝子の転写の開始部位を決定し、またその頻度を直接的に調節するDNA上の領域をいい、通常RNAポリメラーゼが結合して転写を始めるヌクレオチド配列である。
【0061】
プロモーターは、本発明のRNA干渉誘導エレメントの発現を制御し得る限り、ベクター中のいかなる場所に配置されていてもよいが、プロモーターは、通常、転写開始点から約20〜30bp程度上流(5’側)に位置するため、上記プロモーターは本発明のRNA干渉誘導エレメントの5’側に結合されていることが好ましい。また、本発明のRNA干渉誘導エレメントは、該プロモーターにより規定される転写開始点よりも下流(3’側)に位置することが好ましい。
【0062】
プロモーターの種類は、特に限定されず、使用目的や、導入対象の細胞の種類等に応じて適宜選択することが可能である。プロモーターとしては、polI系プロモーター、polII系プロモーター、polIII系プロモーター等を使用することができる。動物細胞へ導入して用いる場合は、SRαプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、CMVプロモーター、HSV-TKプロモーターなどを用いることが出来る。大腸菌へ導入して用いる場合は、trpプロモーター、lacプロモーター、recAプロモーター、λPLプロモーター、lppプロモーター、T7プロモーターなどを用いることが出来る。酵母へ導入して用いる場合は、PHO5プロモーター、PGKプロモーター、GAPプロモーター、ADHプロモーター、NMT1プロモーターなどを用いることが出来る。昆虫細胞へ導入して用いる場合は、ポリヘドリンプロモーター、P10プロモーターなどを用いることが出来る。また、インビトロ転写を行う場合には、SP6、T3、T7プロモーター等を用いることが出来る。
【0063】
また、別の好ましい態様として、本発明のベクター(I)は、更に、少なくとも1つのクローニング部位を含み得、該クローニング部位は、該部位に標的遺伝子の転写産物をコードするヌクレオチド配列又はその相補配列に含まれる少なくとも15個の連続したヌクレオチドからなるヌクレオチド配列(標的ヌクレオチド配列)が挿入されたときに、該標的遺伝子に対するRNA干渉誘導能が発揮され得る様に、該エレメントに連結され得る。クローニング部位に所望の遺伝子等を挿入することで、容易に、所望の遺伝子についてRNA干渉を誘導したり、siRNAを製造したりすることが可能となる。
【0064】
クローニング部位とは一般に、外来遺伝子を組み込むための制限酵素認識配列を一種類以上含む連続したヌクレオチド配列を意味する。クローニング部位は制限酵素で切断したときに粘着末端を生成する制限酵素認識配列を一種類以上含ことが好ましい。クローニング部位に含まれる前記制限酵素認識配列は、ベクター内に一箇所しか存在しないユニークな制限酵素認識配列であることが好ましい。クローニング部位は、好ましくは制限酵素認識配列を複数含むマルチプルクローニング部位である。
【0065】
また、クローニング部位は、該部位に標的ヌクレオチド配列が挿入されたときに、標的遺伝子に対するRNA干渉誘導能が発揮され得る限り、本発明のRNA干渉誘導エレメントと隣接して(即ち、スペーサー領域を介さずに)連結されていてもよく、或いはスペーサー領域を介して連結されていてもよい。スペーサー領域の長さは、該クローニング部位に標的ヌクレオチド配列が挿入されたときに、標的ヌクレオチド配列からRNA干渉誘導エレメントまでの各構成要素が途切れることなく1つのベクター(又は転写産物)内に安定に存在し得、且つ、標的遺伝子に対するRNA干渉誘導能が発揮され得る限り、特に限定されないが、多くとも10Kbp、例えば5Kbp以下、3Kbp以下、1Kbp以下、500bp以下、200bp以下、100bp以下、50bp以下、25bp以下であることが好ましい。スペーサー領域を構成するヌクレオチド配列は、特に限定されず、任意の配列とすることができる。
【0066】
クローニング部位は、該部位に標的ヌクレオチド配列が挿入されたときに、標的遺伝子に対するRNA干渉誘導能が発揮され得る限り、本発明のRNA干渉誘導エレメントの5’側に連結されていても3’側に連結されていてもよいが、5’側に連結されていることが好ましい。
【0067】
また、本態様のベクターは、クローニング部位に加え、更にプロモーターを含み得、該プロモーターは、本発明のRNA干渉誘導エレメント及びクローニング部位の発現を制御し得る様に、該エレメント又は該クローニング部位に接続され得る。即ち、該ベクターに含まれ得るプロモーターは、該プロモーターの機能により生じ得る転写産物(RNA)中に、本発明のRNA干渉誘導エレメント及びクローニング部位が含まれ得る様に、該エレメント又は該クローニング部位に連結され、ベクター中に配置され得る。従って、該プロモーターの機能により生じ得る転写産物においては、該クローニング部位は、該部位に標的ヌクレオチド配列が挿入されたときに、標的遺伝子に対するRNA干渉誘導能が発揮され得る様に、本発明のRNA干渉誘導エレメントに連結されている。
【0068】
プロモーターは、本発明のRNA干渉誘導エレメント及びクローニング部位の発現を制御し得る限り、ベクター中のいかなる場所に配置されていてもよいが、プロモーターは、通常、転写開始点から約20〜30bp程度上流(5’側)に位置するため、該プロモーターは本発明のRNA干渉誘導エレメント及びクローニング部位の5’側に結合されていることが好ましい。また、本発明のRNA干渉誘導エレメント及びクローニング部位は、該プロモーターにより規定される転写開始点よりも下流(3’側)に位置することが好ましい。クローニング部位は、本発明のRNA干渉誘導エレメントの5’側に連結されていることが好ましいので、プロモーター、クローニング部位、及びRNA干渉誘導エレメントは、
5’−プロモーター−クローニング部位−RNA干渉誘導エレメント−3’
の順で配置されていることがより好ましい。
【0069】
プロモーターは、上述と同様のものを用いることが出来る。
【0070】
本発明のベクター(I)は、更に、ターミネーター、エンハンサー、選択マーカー(テトラサイクリン、アンピシリン、カナマイシン、ハイグロマイシン、ホスフィノスリシン等の薬剤に対する抵抗性を付与する遺伝子、栄養要求性変異を相補する遺伝子、蛍光タンパク質をコードする遺伝子等)等を含有することもできる。
【0071】
本明細書において「ターミネーター」とは、転写され得る遺伝子(ヌクレオチド配列)をコードする領域の下流に位置し、DNAがmRNAに転写される際の転写の終結、ポリA配列の付加に関与する配列である。ターミネーターは、mRNAの安定性に関与して遺伝子の発現量に影響を及ぼすことが知られている。本明細書において「エンハンサー」とは、目的遺伝子の発現効率を高めるために用いられるヌクレオチド配列をいう。そのようなエンハンサーは当該分野において周知である。エンハンサーは複数個用い得るが、1個用いてもよいし、用いなくともよい。
【0072】
4.RNA干渉誘導エレメントを含むベクター (II)
また、別の局面において、本発明は、上記本発明のポリヌクレオチドを含むベクター(本発明のベクター(II))を提供する。該ベクターを用いることで、容易に、標的遺伝子に対するRNA干渉を誘導したり、siRNAを製造したりすることが可能となる。
【0073】
使用可能なベクターの態様は上述の本発明のベクター(I)と同様である。
【0074】
一つの好ましい態様として、本発明のベクターは、更にプロモーターを含み、該プロモーターは、上記本発明のポリヌクレオチドの発現を制御し得る様に、該ポリヌクレオチドに接続されていることが好ましい。即ち、該ベクターに含まれ得るプロモーターの作用により、1本鎖RNAである上記本発明のポリヌクレオチドが転写産物(RNA)として生じ得る。
【0075】
プロモーターは、本発明のポリヌクレオチドの発現を制御し得る限り、ベクター中のいかなる場所に配置されていてもよいが、プロモーターは、通常、転写開始点から約20〜30bp程度上流(5’側)に位置するため、上記プロモーターは本発明のポリヌクレオチドの5’側に結合されていることが好ましい。また、本発明のポリヌクレオチドは、該プロモーターにより規定される転写開始点よりも下流(3’側)に位置することが好ましい。本発明のポリヌクレオチドにおいては、標的ヌクレオチド配列がRNA干渉誘導エレメントの5’側に連結されていることが好ましいので、プロモーター、標的ヌクレオチド配列、及びRNA干渉誘導エレメントは、
5’−プロモーター−標的ヌクレオチド配列−RNA干渉誘導エレメント−3’
の順で配置されていることがより好ましい。
【0076】
プロモーターの種類は、上述の本発明のベクター(I)と同様のものを使用できる。また、上記と同様に、本態様のベクターもターミネーター、エンハンサー、選択マーカー等をさらに含有することができる。
【0077】
5.本発明のポリヌクレオチド又はベクターが導入された細胞
一つの局面において、本発明は、上記本発明のポリヌクレオチド又はベクターが導入された細胞(本発明の細胞(I))を提供する。
【0078】
本発明において用いられる細胞は、どの生物(原核生物、真核生物等)由来の細胞でもよい。原核生物としては、大腸菌、サルモネラ菌等の細菌等が挙げられる。真核生物としては、真菌(カビ、キノコ、酵母(分裂酵母、発芽酵母等)等)、植物(単子葉植物、双子葉植物等)、動物(無脊椎動物、脊椎動物等)等が挙げられる。無脊椎動物としては、線虫、甲殻類(昆虫等)等が挙げられる。脊椎動物としては、メクラウナギ類、ヤツメウナギ類、軟骨魚類、硬骨魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳動物等が挙げられる。哺乳動物としては、例えば、単孔類、有袋類、貧歯類、皮翼類、翼手類、食肉類、食虫類、長鼻類、奇蹄類、偶蹄類、管歯類、有鱗類、海牛類、クジラ目、霊長類、齧歯類、ウサギ目等が挙げられる。齧歯類としては、マウス、ラット等が挙げられる。霊長類としては、例えば、チンパンジー、ニホンザル、ヒト等が挙げられる。
【0079】
ポリヌクレオチドを細胞に導入する技術は、どのような技術でもよく、例えば、形質転換、形質導入、トランスフェクションなどが挙げられる。そのような核酸分子の導入技術は、当該分野において周知であり、かつ、慣用されるものであり、例えば、Ausubel F.A.ら編(1988)、Current Protocols in Molecular Biology、Wiley、New York、NY;Sambrook Jら(1987)Molecular Cloning:A Laboratory Manual,2nd Ed.およびその第三版,Cold Spring Harbor Laboratory Press,Cold Spring Harbor,NY、別冊実験医学「遺伝子導入&発現解析実験法」羊土社、1997などに記載される。ポリペプチドの導入は、ノザンブロット、ウェスタンブロット分析のような本明細書に記載される方法または他の周知慣用技術を用いて確認することができる。
【0080】
また、ベクターの導入方法としては、細胞にポリヌクレオチドを導入する上述のような方法であればいずれも用いることができ、例えば、トランスフェクション、形質導入、形質転換など(例えば、リン酸カルシウム法、リポソーム法、DEAEデキストラン法、エレクトロポレーション法、パーティクルガン(遺伝子銃)を用いる方法など)が挙げられる。
【0081】
ポリヌクレオチドやベクターが導入された安定な形質転換細胞を得るためには、例えば、選択マーカーを含むポリヌクレオチドやベクターを使用し、該選択マーカーの性質に応じた方法で細胞を培養すればよい。例えば選択マーカーが宿主細胞に致死活性を示す選抜薬剤に対する薬剤耐性を付与する遺伝子である場合には、該薬剤を添加した培地を用いて、ポリヌクレオチドやベクターが導入された細胞を培養すれば良い。薬剤耐性付与遺伝子と選抜薬剤の組み合わせとしては、例えば、アンピシリン耐性付与遺伝子とアンピシリンとの組み合わせ、ネオマイシン耐性付与遺伝子とネオマイシンとの組み合わせ、ハイグロマイシン耐性付与遺伝子とハイグロマイシンとの組み合わせ、ブラストサイジンS耐性付与遺伝子とブラストサイジンSとの組み合わせなどをあげることができる。また、選択マーカーが蛍光タンパク質(GFP、YFP等)をコードする遺伝子である場合には、セルソーター等により、ポリヌクレオチドやベクターが導入された細胞から蛍光強度の高い細胞を選択すればよい。
【0082】
6.標的遺伝子の発現が抑制された細胞を製造する方法
一つの局面において、本発明は、標的遺伝子の発現が抑制された細胞を製造する方法であって、上記本発明のポリヌクレオチド、或いは該ポリヌクレオチドを含むベクターを細胞内に導入する工程、及び前記ポリヌクレオチド又はベクターが導入された細胞を選択する工程を含む、方法を提供するものである。本発明はまた、標的遺伝子の発現を抑制する方法であって、上記本発明のポリヌクレオチド、或いは該ポリヌクレオチドを含むベクターを細胞内に導入する工程を含む、方法を提供する。細胞内に上記本発明のポリヌクレオチド、或いは該ポリヌクレオチドを含むベクターを導入することにより、標的遺伝子に対するsiRNAが生じ、標的遺伝子に対するRNA干渉が誘導され、標的遺伝子の発現が抑制される。
【0083】
細胞としては、所望の標的遺伝子を発現した上述の細胞を用いることが出来る。細胞へのポリヌクレオチドやベクターの導入方法は上述と同様のものを使用することが出来る。
【0084】
一つの好ましい態様として、1本鎖RNAであって、標的ヌクレオチド配列がRNA干渉誘導エレメントの5’側に連結された本発明のポリヌクレオチドが細胞内へ導入される。その結果、標的遺伝子に対するsiRNAが生じ、標的遺伝子に対するRNA干渉が誘導され、標的遺伝子の発現が抑制される。
【0085】
また、別の好ましい態様として、プロモーターを含み、該プロモーターにより、転写産物として標的ヌクレオチド配列がRNA干渉誘導エレメントの5’側に連結された1本鎖RNAである本発明のポリヌクレオチドが生じ得るような上記本発明のベクターが細胞内へ導入される。プロモーターは、導入対象の細胞内で作動可能なものが適宜選択される。該ベクターが細胞内へ導入されると、転写産物として、標的ヌクレオチド配列がRNA干渉誘導エレメントの5’側に連結された1本鎖RNAである本発明のポリヌクレオチドが生じる。その結果、標的遺伝子に対するsiRNAが生じ、標的遺伝子に対するRNA干渉が誘導され、標的遺伝子の発現が抑制される。
【0086】
本発明のポリヌクレオチド又は該ポリヌクレオチドを含むベクターが導入された細胞を選択する方法としては、本発明のポリヌクレオチドまたは該ポリヌクレオチドを含むベクターに特異的なヌクレオチド配列をプローブあるいはプライマーとしてハイブリダイゼーション、PCR法等の公知の手法により選択することもできるが、選択マーカーを備えたポリヌクレオチド又はベクターを用いる場合には、その選択マーカーによる表現型を指標に選択することができる。
【0087】
また、本発明のポリヌクレオチド又は該ポリヌクレオチドを含むベクターが導入された細胞において、標的遺伝子の発現が抑制されているか否かを確認してもよい。この確認は、例えば、コントロールとして本発明のポリヌクレオチドまたは該ポリヌクレオチドを含むベクターが導入されていない細胞における標的遺伝子の発現と比較することにより行うことができる。確認方法としては、特に限定されないが、ハイブリダイゼーション、PCR法等の公知の手法を用いることが出来る。或いは、標的遺伝子の発現の有無により生じる細胞の表現型の変化を調べてもよい。標的遺伝子に対するsiRNAの存在の有無をハイブリダイゼーション等により調べてもよい。
【0088】
上記のように本発明のポリヌクレオチドまたは該ポリヌクレオチドを含むベクターが導入された細胞は、標的遺伝子の発現が抑制された細胞(ノックダウン細胞)となる。ここで「ノックダウン細胞」には、標的遺伝子の発現が完全に抑制された細胞と、標的遺伝子の発現が完全には抑制されていないが低減されている細胞とが含まれる。従来、このような細胞は、標的遺伝子をあるいはその制御領域を欠損・改変させることにより創生されていたが、本発明を用いることにより、染色体上の標的遺伝子を改変することなく、本発明のポリヌクレオチドまたは該ポリヌクレオチドを含むベクターを細胞に導入し、導入された細胞を選択するという簡易な方法により標的遺伝子の発現が抑制された細胞を作ることができる。このように創生されたノックダウン細胞は、標的遺伝子の機能解析のための研究材料として、また疾患原因遺伝子を標的遺伝子として発現が抑制されている細胞では疾患モデル細胞などとして利用することが可能となる。また、生殖細胞や多能性幹細胞に本発明のポリヌクレオチドまたは該ポリヌクレオチドを含むベクターを導入し、標的遺伝子ノックダウン生殖細胞、標的遺伝子ノックダウン多能性幹細胞より生物個体や組織を発生させることにより、標的遺伝子ノックダウン動物、疾患モデル動物、標的遺伝子ノックダウン組織などを創生することも可能となる。本発明には、本発明によって生産される上記ノックダウン細胞も含まれ、さらに上記本発明のポリヌクレオチドもしくはベクターを保持する生物個体(例えば、標的遺伝子ノックダウン非ヒト動物等)、組織(標的遺伝子ノックダウン組織)等も本発明に含まれる。本発明における上記生物としては、例えば、マウス、ラット、ウサギ、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、サル、またはチンパンジー等を挙げることができる。
【0089】
また、本発明のポリヌクレオチドまたは該ポリヌクレオチドを含むベクターが導入された細胞より、siRNAを獲得(単離・精製等)することにより、標的遺伝子に対するsiRNAを製造することが出来る。従って、本発明は標的遺伝子に対するsiRNAを製造する方法であって、本発明のポリヌクレオチド、或いは該ポリヌクレオチドを含むベクターを細胞内に導入する工程、及び前記ポリヌクレオチド又はベクターが導入された細胞から標的遺伝子に対するsiRNAを獲得する工程を含む、方法を提供するものである。細胞からのsiRNAの単離・精製は、自体公知のRNA精製法やゲル濾過カラムクロマトグラフィー等により行うことが出来る。
【0090】
7.RNA干渉誘導剤
上述の様に本発明のポリヌクレオチド、又は該ポリヌクレオチドを含むベクターを用いることにより、所望の標的遺伝子に対するRNA干渉を誘導し、該遺伝子の発現を抑制することが可能である。従って、本発明は、上記本発明のポリヌクレオチド、又は該ポリヌクレオチドを含むベクターを含有してなるRNA干渉誘導剤を提供するものである。
【0091】
本発明の剤は、有効量の上記本発明のポリヌクレオチド、又は該ポリヌクレオチドを含むベクターに加え、任意の担体、例えば生理的に許容され得る担体を含むことができる。
【0092】
生理的に許容され得る担体としては、例えば、ショ糖、デンプン、マンニット、ソルビット、乳糖、グルコース、セルロース、タルク、リン酸カルシウム、炭酸カルシウム等の賦形剤、セルロース、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリプロピルピロリドン、ゼラチン、アラビアゴム、ポリエチレングリコール、ショ糖、デンプン等の結合剤、デンプン、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルスターチ、ナトリウム−グリコール−スターチ、炭酸水素ナトリウム、リン酸カルシウム、クエン酸カルシウム等の崩壊剤、ステアリン酸マグネシウム、エアロジル、タルク、ラウリル硫酸ナトリウム等の滑剤、クエン酸、メントール、グリチルリチン・アンモニウム塩、グリシン、オレンジ粉等の芳香剤、安息香酸ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム、メチルパラベン、プロピルパラベン等の保存剤、クエン酸、クエン酸ナトリウム、酢酸等の安定剤、メチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ステアリン酸アルミニウム等の懸濁剤、界面活性剤等の分散剤、水、生理食塩水、オレンジジュース等の希釈剤、カカオ脂、ポリエチレングリコール、白灯油等のベースワックスなどが挙げられるが、それらに限定されるものではない。
【0093】
また、ポリヌクレオチドやベクターの細胞内への導入を促進するために、本発明の剤は更に核酸導入用試薬を含むことができる。有効成分がウイルスベクター、特にレトロウイルスベクターである場合には、遺伝子導入試薬としてレトロネクチン、ファイブロネクチン、ポリブレン等を用いることができる。また、有効成分がポリヌクレオチド、プラスミドベクター等である場合は、リポフェクチン、リプフェクタミン(lipfectamine)、DOGS(トランスフェクタム;ジオクタデシルアミドグリシルスペルミン)、DOPE(1,2-ジオレオイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン)、DOTAP(1,2-ジオレオイル-3-トリメチルアンモニウムプロパン)、DDAB(ジメチルジオクタデシルアンモニウム臭化物)、DHDEAB(N,N-ジ-n-ヘキサアデシル-N,N-ジヒドロキシエチルアンモニウム臭化物)、HDEAB(N-n-ヘキサデシル-N,N-ジヒドロキシエチルアンモニウム臭化物)、ポリブレン、あるいはポリ(エチレンイミン)(PEI)等の陽イオン性脂質を用いることが出来る。
【0094】
本発明の剤を用いれば、所望の標的遺伝子の発現を抑制し得るため、例えば本発明の剤を患者に投与し、疾患の原因となる遺伝子発現を抑制することにより、該疾患を治療または予防することができる。さらに本発明の剤は、所望の遺伝子の機能を検討するための試薬としても有用である。
【0095】
8.遺伝子ノックダウンポリヌクレオチドライブラリー
一つの局面において、本発明は、複数遺伝子の各転写産物をコードするヌクレオチド配列又はその相補配列に含まれる少なくとも15個の連続したヌクレオチドからなるヌクレオチド配列をそれぞれ含み、各ヌクレオチド配列は、本発明のRNA干渉誘導エレメントに該遺伝子に対するRNA干渉誘導能が発揮され得る様に連結されている、複数のポリヌクレオチドを含む、遺伝子ノックダウンポリヌクレオチドライブラリーを提供するものである。該ライブラリーに含まれる各ポリヌクレオチドはベクターに含まれ得る。本発明のライブラリーに含まれる各ポリヌクレオチド又はベクターは、上述の本発明のポリヌクレオチド又は該ポリヌクレオチドを含むベクターと同じ態様であり得る。本発明のライブラリーを細胞集団へ導入することにより機能遺伝子の探索が可能となる。
【0096】
「複数遺伝子」は、意図した目的等に応じて適宜選択することができ、例えば、所望の細胞や組織等に発現している遺伝子の集合(遺伝子ライブラリー)等を用いることが出来る。
【0097】
本発明のライブラリーは、例えば、一般的な方法によりcDNAライブラリーを合成し、該cDNAライブラリーを本発明のRNA干渉誘導エレメントと機能的に連結させることにより得ることが出来る。一般的なcDNAライブラリーの合成法は、組織等から抽出した全RNAから精製したmRNAを鋳型としてオリゴdT(オリゴデオキシチミジン)あるいはランダムヘキサマーをプライマーとした逆転写酵素反応によりcDNAを合成し、該反応産物cDNAを酵素的に2本鎖DNAとし、該DNAをクローニングベクターに結合することからなる(Molecular Cloning‐A Laboratory Manual-Second Edition,1989)。
【0098】
この場合、例えば、
5’−プロモーター−クローニング部位−RNA干渉誘導エレメント−3’
の順でそれぞれの要素が配置された上記本発明のベクターを用い、該クローニング部位にcDNAライブラリーを挿入することにより、容易に本発明のライブラリーを作製することが出来る。また、該ライブラリーを細胞集団へ導入し、ベクター中のプロモーターの作用により挿入物を発現させると、それぞれの細胞内において、cDNAライブラリー中のいずれかの遺伝子のcDNA配列又はその相補配列の3’側にRNA干渉誘導エレメントが結合された1本鎖RNAが発現し、該エレメントの作用により、該遺伝子に対するsiRNAが生じる。そしてこのsiRNAが該遺伝子の発現を阻害することにより、細胞の機能や表現型に変化を生じさせ得る。
【0099】
本発明は、上記遺伝子ノックダウンヌクレオチドライブラリーが導入された細胞集団の表現型を解析する工程、該細胞集団から、表現型が変化していた細胞を単離する工程、単離された細胞内に導入されたポリヌクレオチド又はベクター中の標的ヌクレオチド配列に基づいて機能遺伝子を獲得する工程、を含む機能遺伝子探索方法を提供する。
【0100】
上記方法における、遺伝子ノックダウンヌクレオチドライブラリーが導入された細胞集団は上述と同様に製造することができる。
【0101】
次に、該細胞集団の表現型が解析される。この表現型の解析は、例えば、コントロールとして遺伝子ノックダウンヌクレオチドライブラリーが導入されていない細胞集団の表現型と比較することにより行うことができる。この表現型は、細胞表面に生じるものだけではなく、例えば、細胞内の変化なども含まれる。そして、該細胞集団から、所望の表現型の変化が認められた細胞が単離される。細胞の単離はセルソーター等の自体公知の手段により行うことが可能である。
【0102】
表現型が変化した細胞には、何らかの機能遺伝子の発現を抑制し得るsiRNAを生じるポリヌクレオチド(又はベクター)が導入されている可能性が高い。そのため、機能遺伝子を探索するために、例えば、この単離された細胞に導入されたポリヌクレオチド又はベクター中の標的ヌクレオチド配列に基づき、プローブ、プライマーを構築する。そして、このプローブ、プライマーを用いて、ハイブリダイゼーションまたはPCRを行うことにより、機能遺伝子のクローニングを行うことができる。また、標的ヌクレオチド配列に基づいて、データベースから機能遺伝子を検索することもできる。
【0103】
上記方法を用いれば、まず、ランダムなノックダウン変異表現型を有する細胞集団から、興味ある変異表現型を有する細胞を単離し、次にその原因遺伝子をクローン化するという「正遺伝学的」アプローチが高等生物の細胞でも可能となり、遺伝学的解析手法が飛躍的に向上する。
【0104】
9.RNA依存性RNA合成反応用テンプレート
上述の様に、本発明のRNA干渉誘導エレメントを含む1本鎖のRNAが細胞内に導入されると、該RNAはRNA依存性RNA合成反応のテンプレートとして良好に作用し、該エレメントの近傍(5’側又は3’側)において、導入されたRNAに相補的なRNAの転写が誘導される。即ち、本発明のRNA干渉誘導エレメントは「RNA依存性RNA合成反応誘導エレメント」として機能し得る。
【0105】
従って、更なる局面において、本発明は、本発明のRNA依存性RNA合成反応誘導エレメントを含むRNA依存性RNA合成反応用テンプレートを提供する。該テンプレートはRNAである。
【0106】
本発明のテンプレートは、上記のRNA依存性RNA合成反応誘導エレメントに加え、更に「標的鋳型配列」を含む。「標的鋳型配列」とは、その配列に相補的なRNAの合成反応を起すことが意図されるヌクレオチド配列であり、任意に選択することが出来る。標的鋳型配列は、本発明のテンプレートを用いてRNA依存性RNA合成反応を行ったときに、該配列に相補的なRNA合成反応が生じ得る様に、RNA依存性RNA合成反応誘導エレメントに連結されている。
【0107】
標的鋳型配列の長さは、本発明のテンプレートを用いてRNA依存性RNA合成反応を行ったときに、該配列に相補的なRNA合成反応が生じ得る限り、特に限定されない。
【0108】
また、標的鋳型配列は、本発明のテンプレートを用いてRNA依存性RNA合成反応を行ったときに、該配列に相補的なRNA合成反応が生じ得る限り、RNA依存性RNA合成反応誘導エレメントと隣接して(即ち、スペーサー領域を介さずに)連結されていてもよく、或いはスペーサー領域を介して連結されていてもよい。スペーサー領域の長さは、標的鋳型配列から該エレメントまでの各構成要素が途切れることなく1つのポリヌクレオチド鎖に安定に存在し得、且つ、標的鋳型配列に相補的なRNA合成反応が生じ得る限り、特に限定されないが、多くとも10Kbp、例えば5Kbp以下、3Kbp以下、1Kbp以下、500bp以下、200bp以下、100bp以下、50bp以下、25bp以下であることが好ましい。スペーサー領域を構成するヌクレオチド配列は、特に限定されず、任意の配列とすることができる。
【0109】
標的鋳型配列は、該配列に相補的なRNA合成反応が生じ得る限り、RNA依存性RNA合成反応誘導エレメントの5’側及び3’側のいずれに連結されていてもよい。しかしながら、本発明のテンプレートを用いると、RNA依存性RNA合成反応が、該エレメントの近傍から3’方向(該テンプレートの相補鎖における方向である)に向かって、RNA依存性RNAポリメラーゼ依存的に生じるので、標的鋳型配列はRNA依存性RNA合成反応誘導エレメントの5’側に連結されていることが好ましい。
【0110】
また、本発明のテンプレートにおいて、1本のテンプレート内に含まれるRNA依存性RNA合成反応誘導エレメントのコピー数は特に限定されず、1本のテンプレート内に該エレメントが1コピーのみ含まれていてもよく、あるいは、複数コピー数の該エレメントがタンデムに連結された態様で1本のテンプレート内に含まれていてもよい。複数コピー数の該エレメントをタンデムに連結して用いることにより、より強力なRNA依存性RNA合成反応誘導能が得られ得る。複数コピー数の該エレメントをタンデムに連結して用いる場合において、連結される該エレメントのコピー数は、標的鋳型配列に相補的なRNA合成反応が生じ得る限り特に限定されないが、例えば2〜50コピー、好ましくは2〜20コピー、より好ましくは2〜10コピー程度である。ポリヌクレオチドの連結操作の容易性などを考慮すると、2〜5コピー程度が好ましい。
【0111】
複数コピー数のRNA依存性RNA合成反応誘導エレメントをタンデムに連結して使用する場合、それぞれのエレメントのヌクレオチド配列は、同一であっても異なっていてもよい。該エレメント同士は、隣接して(即ち、スペーサー領域を介さずに)連結されていてもよく、或いはスペーサー領域を介して連結されていてもよい。スペーサー領域の長さは、標的鋳型配列から連結された複数コピー数のRNA依存性RNA合成反応誘導エレメントまでの各構成要素が途切れることなく1つのポリヌクレオチド鎖に安定に存在し得、且つ、標的鋳型配列に相補的なRNA合成反応が生じ得る限り、特に限定されないが、多くとも10Kbp、例えば5Kbp以下、3Kbp以下、1Kbp以下、500bp以下、200bp以下、100bp以下、50bp以下、25bp以下であることが好ましい。スペーサー領域を構成するヌクレオチド配列は、特に限定されず、任意の配列とすることができる。
【0112】
10.RNA依存性RNA合成反応用テンプレートを発現し得るベクター
また、更なる局面において、本発明は、上記本発明のテンプレートを発現し得るベクター(本発明のベクター(III))を提供する。該ベクターを用いることで、容易に、上記本発明のテンプレートを製造したり、細胞内でRNA依存性RNA合成反応を誘導したりすることが可能となる。
【0113】
使用可能なベクターの態様は上述の本発明のベクター(I)や(II)と同様である。
【0114】
一つの好ましい態様として、本発明のベクター(III)は、更にプロモーターを含み、該プロモーターは、上記本発明のテンプレートの発現を制御し得る様に、該テンプレートをコードする領域に接続されていることが好ましい。即ち、該ベクターに含まれるプロモーターの作用により、本発明のテンプレートが転写産物(RNA)として生じ得る。
【0115】
プロモーターは、本発明のテンプレートの発現を制御し得る限り、ベクター中のいかなる場所に配置されていてもよいが、プロモーターは、通常、転写開始点から約20〜30bp程度上流(5’側)に位置するため、上記プロモーターは本発明のテンプレートをコードする領域の5’側に結合されていることが好ましい。また、本発明のテンプレートをコードする領域は、該プロモーターにより規定される転写開始点よりも下流(3’側)に位置することが好ましい。本発明のテンプレートにおいては、標的鋳型配列が本発明のRNA依存性RNA合成反応誘導エレメントの5’側に連結されていることが好ましいので、プロモーター、標的鋳型配列、及びRNA依存性RNA合成反応誘導エレメントは、
5’−プロモーター−標的鋳型配列−RNA依存性RNA合成反応誘導エレメント−3’
の順で配置されていることがより好ましい。
【0116】
プロモーターの種類は、上述の本発明のベクター(I)や(II)と同様のものを使用できる。また、本発明のベクター(I)や(II)と同様に、本態様のベクターもターミネーター、エンハンサー、選択マーカー等をさらに含有することができる。
【0117】
11.RNA依存性RNA合成反応用テンプレートを発現し得るベクターが導入された細胞
更なる局面において、本発明は、上記本発明のベクター(III)が導入された細胞(本発明の細胞(II))を提供する。
【0118】
本発明において用いることができる細胞の種類は、上記本発明の細胞(I)で挙げた細胞と同様である。細胞内において、導入されたベクターから本発明のテンプレートが発現し、該テンプレートに基づくRNA依存性RNA合成反応を生じさせることが可能となるので、RNA依存性RNAポリメラーゼを有する細胞を用いることが好ましい。
【0119】
本発明の細胞(II)は、上述のベクター導入方法を用いて製造することができる。
【0120】
12.RNAの合成方法
更なる局面において、本発明は、以下の工程を含む、RNAの合成方法を提供する:
(a) 本発明のRNA依存性RNA合成反応誘導エレメントを含むRNA依存性RNA合成反応用テンプレートを提供する工程;
(b) (a)のテンプレートをRNA依存性RNAポリメラーゼに接触させ、RNA依存性RNA合成反応を生じさせる工程。
【0121】
例えば、インビトロでRNA合成反応を行う場合、核酸合成装置やインビトロ転写等を用いて本発明のRNA依存性RNA合成反応用テンプレートを調製する(工程(a))。得られたテンプレートを、RNA依存性RNA合成反応が生じ得る条件下で、RNA依存性RNAポリメラーゼに接触させることにより、RNA依存性RNA合成反応が生じ、標的鋳型配列に相補的なRNAが合成される(工程(b))。RNA依存性RNA合成反応は、好ましくは、RNA依存性RNA合成反応に必須な基質(例えばNTP等)が添加された適切な緩衝液中で行われる。
【0122】
また、細胞内においてRNAを合成させる方法も、本発明に包含される。例えば、RNA依存性RNAポリメラーゼを有する細胞内に上記本発明のベクター(III)を導入することにより、本発明のRNA依存性RNA合成反応用テンプレートが発現される(工程(a))。生じた該テンプレートは、細胞内でRNA依存性RNAポリメラーゼと接触し、RNA依存性RNA合成反応が生じ、標的鋳型配列に相補的なRNAが合成される(工程(b))。
【0123】
本発明の方法を用いれば、所望の標的鋳型配列を有するRNAから、該配列に相補的なRNAを製造することができる。例えば、工程(a)で用いるテンプレート中の標的鋳型配列として、構造遺伝子の逆方向転写産物のヌクレオチド配列を用いると、RNA依存性RNA合成反応の結果、該構造遺伝子の順方向転写産物(RNA)が生じる。従って、該反応が細胞内で行われた場合には、該構造遺伝子の順方向転写産物から、該構造遺伝子の翻訳産物(タンパク質)が生じることとなる。
【0124】
以下、本発明を次の実施例にて、より具体的に説明するが、それらは本発明の範囲を何ら限定するものではない。
【実施例】
【0125】
実施例1:分裂酵母セントロメアのsiRNAはSIRE近傍に由来する
分裂酵母野生株(h-及びh90)は共通の研究実験株972、968を用いた。RNAi装置の変異株(Δago1、Δrdp1、Δdcr1)はそれぞれSPCC736.11、SPAC6F12.09、SPCC584.10c遺伝子をG418耐性遺伝子に置き換えることにより作成した。
分裂酵母第一染色体セントロメア左腕のotr反復配列を8つ(領域1〜8)に区分して、これらの領域をプローブとして用い、ノザンブロットにより分裂酵母中の小分子RNAを検出した(図1)。
領域1のプローブはコスミドSPAP7G5(GenBank アクセッション番号:AL353014)の塩基番号19814-21497の領域に、
領域2のプローブはセントロメアプラスミドpRS140のEcoRI-HindIII断片の領域に、
領域3のプローブはセントロメアプラスミドpRS140のHindIII-AatII断片の領域に、
領域4のプローブはセントロメアプラスミドpRS140のAatII-BamHI断片の領域に、
領域5のプローブはセントロメアプラスミドpRS140のBamHI-SpeI断片の領域に、
領域6のプローブはセントロメアプラスミドpRS140のSpeI-KpnI断片の領域に、
領域7のプローブはセントロメアプラスミドpRS140のKpnI-HindIII断片の領域に、
領域8のプローブはセントロメアプラスミドpRS140のHindIII-EcoRI断片の領域に、
それぞれ該当する。
その結果、プローブ2、6および7を用いた場合に特異的に野生株(h-及びh90)より抽出したRNAにsiRNAの蓄積が検出された。それらの蓄積はRNAi装置の変異株(Δago1、Δrdp1、Δdcr1)から抽出したRNAには見られなかった。
pRS140には含まれないが、分裂酵母の通常のdh反復ユニットのプローブ2の領域内に配列番号1又はその相同配列からなる本発明のRNA干渉誘導エレメント(以下SIREと表記する)を含む配列が挿入されている(図2参照)。そこで、その挿入部位の前後で2つのプローブ(プローブ2.1と2.2)を作成し、同様のノザンブロットを行なったところ、プローブ2.2側により多くのsiRNAが見出された(図1)。これはSIREとの相対関係におけるプローブ6と7との検出量の違いと合致する。
図2は、分裂酵母の3本の染色体のセントロメアDNAの構造を模式的に示した図である。上の灰色背景部分にはセントロメア全体を描き、下には3つのセントロメアに共通なotr反復配列のユニットとしての特徴、およびセントロメア以外の配列との相同部分を示した。pRS140に含まれるdhユニット以外のdhユニットにはSIREが存在する。特に第三染色体セントロメアotrにおいては、多くの場合SIREを遷移点にdgとdhが混合してひとつの反復ユニットが形成されている。またSIREを含むotr類似領域はmat2-3のcenHやSPAC212.11内にも見出される。
【0126】
実施例2:SIREが挿入されたura4遺伝子の発現は内在性ura4+遺伝子の発現を抑制する
pAU001ベクター中のnmt1プロモーター支配下にあるura4+遺伝子に配列番号1の配列からなるSIREを両方向で1〜3個挿入し(順方向挿入の場合にはSIRE、逆方向挿入の場合にはERISと表記)、内在性ura4+遺伝子が正常に機能している分裂酵母に発現させて効果を調べた(図3)。ura4+遺伝子としては、ura4+遺伝子のゲノム配列(開始コドン、ORF全長及びターミネーター配列を含む領域)(配列番号2)を用いた。配列番号2において塩基番号1〜795の領域がORFに相当する。SIRE又はERISは、配列番号2における第679位のEcoRV制限酵素部位に挿入された。nmt1プロモーターに機能的に連結されたヌクレオチド配列を、それぞれ、配列番号2〜7に示す。
挿入体が発現している各々の酵母株の液体培養を10倍ずつ希釈して各培地上に6段階スポットし、33℃で培養して生育能を観察した。図3において、パネルYESは完全培地にスポットして得られた対照結果を示し、パネルYES +FOAは完全培地にura4+遺伝子発現株を生育不能にする薬剤5-FOAを添加した培地にて得られた結果を示し、パネルEMM2 +AA +FOAは5-FOAが添加された合成培地にて得られた結果を示し、後の2つのパネルでは、ura4+遺伝子発現が抑制された細胞の割合を示している。EMM2 +AA -Uraはウラシルを欠く合成培地で、ura4+遺伝子発現細胞しか増殖できない。
対照となる無発現(none)やura4+遺伝子の発現(ura4+)では内在性ura4+遺伝子は正常に発現したままで、FOA培地上での生育は全く見られなかった。一方、SIREが挿入されたura4遺伝子を発現するとFOA培地上でも生育する細胞が確認された(ura4SIRE(RV))。このことは、SIREが挿入されたura4遺伝子の発現により、内在性ura4+遺伝子の発現が抑制されたことを示す。また、挿入されるSIREの数が多いほど、FOA培地上で生育する細胞数が増大した(ura4SIREx2(RV))。このことは、挿入されるSIREの数が多いほど、内在性ura4+遺伝子の発現がより強力に抑制されることを示す。更に、SIREの相補配列である、ERISが挿入されたura4遺伝子を発現させた場合においても、FOA培地上でも生育する細胞が確認され、内在性ura4+遺伝子の発現が抑制されたことが示された(ura4ERIS(RV))。また、SIREと同様に、挿入されるERISの数が多いほど、FOA培地上で生育する細胞数が増大し、内在性ura4+遺伝子の発現がより強力に抑制されることが示された(ura4ERISx2(RV), ura4ERISx3(RV))。無関係な非特異的配列を挿入してもこのような効果は見られなかった(ura4 stuffer(RV))。
【0127】
実施例3:ura4ERISx2発現株ではura4由来のsiRNAが検出される
内在性ura4+遺伝子が正常に機能している野生株、およびura4ERISx2発現株(nmt1プロモーター支配下で、ERISを2個挿入したura4+遺伝子を発現させた株)よりRNAを抽出し、小分子RNA検出ノザンブロットでura4由来のsiRNAを調べた。プローブとしてはura4+遺伝子のORF領域を用いた。ura4ERISx2発現株については、通常の完全培地での液体培養(1)と完全培地に5-FOAを含む選択的条件下での液体培養(2)の2つをRNA抽出に用いた。結果を図4に示す。
野性株では見られないバンドが2つのura4ERISx2発現株抽出RNAには検出される。このことは、ura4ERISx2発現株ではura4由来のsiRNAが存在することを示す。対照としてセントロメア由来のsiRNA(プローブ6使用)の結果を下段に示した。検出量に多少はあるものの全サンプルにセントロメア由来siRNAが確認された。これより、ura4ERISx2発現株でのみura4由来siRNAが検出され、野生株では検出されないのは、実験に用いた全RNA量の違いによるものではないことが把握される。
【0128】
実施例4:ura4ERISx3発現株ではura4由来のsiRNAが検出される
内在性ura4+遺伝子が正常に機能している野生株、およびura4ERISx3発現株(nmt1プロモーター支配下で、ERISを3個挿入したura4+遺伝子を発現させた株)よりRNAを抽出し、小分子RNA検出ノザンブロットでura4由来のsiRNAを解析した。プローブとしてはura4+遺伝子のORF領域を用いた。ura4ERISx3発現株については、通常の完全培地での液体培養と完全培地に5-FOAを添加した選択的条件下での液体培養(+FOA)の2つをRNA抽出に用いた。結果を図5に示す。
野性株では見られないバンドがura4ERISx3発現株から抽出される2つのRNAには検出された。無関係な非特異的配列が挿入されたura4 stuffer発現株の抽出RNAにはそのようなバンドは見られない。このことは、ura4ERISx3発現株では特異的にura4由来のsiRNAが存在することを示す。対照としてセントロメア由来のsiRNA(プローブ6使用)を下段に示した。検出量に多少はあるものの全サンプルにセントロメア由来siRNAが確認された。これより、ura4ERISx3発現株でのみura4由来siRNAが検出され、野生株では検出されないのは、実験に用いた全RNA量の違いによるものではないことが把握される。
【0129】
実施例5:SIREが挿入されたura4による内在性ura4+遺伝子の抑制はRNA干渉機構に依存している
実施例2と同様に、内在性ura4+遺伝子が正常に機能している分裂酵母野生株(wt)、及びRNAi装置の変異が導入された株(Δdcr1、Δago1、Δrdp1)において、nmt1プロモーター支配下でERISが2個挿入されたura4+遺伝子を発現させ、その効果を調べた。結果を図6に示す。
野生株(wt)ではura4+遺伝子が正常に機能しているため、5-FOAを含む培地での生育は見られなかった。ERISが2個挿入されたura4の発現株(wt ura4ERISx2)ではこの内在性ura4+遺伝子が発現抑制を受け、5-FOA培地上の増殖が見られた。しかしながら、5-FOA培地での増殖は、RNAi装置の変異を導入した株(Δdcr1 ura4ERISx2、Δago1 ura4ERISx2、Δrdp1 ura4ERISx2)では阻害されることが判明した。
以上より、SIRE(又はERIS)によるura4+の発現抑制はRNA干渉機構に依存していることが示された。
【0130】
実施例6:SIREによるヒト遺伝子のsiRNA誘導と、siRNA分解酵素の欠損株で感知できるSIRE1コピーでのsiRNA誘導能力
pREP1ベクター中のnmt1プロモーター支配下にあるヒトcDNA(c10orf96)とura4+の融合遺伝子の融合部位にSIRE又はERISを1〜3個挿入し(図7)、該遺伝子を野生型又はeri1欠失変異株(Δeri1)の分裂酵母中で発現させた。各コンストラクトにおけるインサートのヌクレオチド配列を、それぞれ、配列番号8〜14に示す。Eri1はsiRNAを分解するリボヌクレアーゼであり、Δeri1はSPBC30B4.08遺伝子をハイグロマイシン耐性遺伝子に置き換えることで破壊することにより作成された。各ベクターが導入された分裂酵母よりRNAを抽出し、小分子RNA検出ノザンブロットでc10orf96又はura4由来のsiRNAの存在を調べた。プローブとしてはc10orf96遺伝子cDNAのORF領域又はura4+遺伝子全長(配列番号2)を用いた。結果を図8に示す。
野生株において、2又は3個のSIRE又はERISが挿入されたc10orf96-ura4+融合遺伝子を発現させると、c10orf96遺伝子由来のsiRNAが検出された(A)。この結果は、SIREによるsiRNA誘導は分裂酵母の遺伝子に限定されないことを示す。また、ura4をプローブとしたノザンブロットを同じ細胞抽出RNAに対して行った結果、SIREよりも3’側に相当するura4遺伝子部分のsiRNAは検出されないことが判明した(B)。対照として、各サンプルのセントロメア由来siRNAをプローブ6によるノザンブロットの結果も示している。これらの結果より、SIREはテンプレート転写産物の中で、SIREの5’側に位置する配列から、優先的にsiRNAを誘導し得ることが示唆された。
野生株では1個のSIRE又はERISが挿入されたc10orf96-ura4+融合遺伝子を発現させてもc10orf96遺伝子由来のsiRNAはほとんど検出されなかった(A,C,D)。一方、Δeri1においては、複数個のSIREを挿入した場合のみならず、1個のSIRE又はERISを挿入した場合においても、c10orf96遺伝子由来のsiRNAが検出された(C,D)。これは、宿主細胞のsiRNA分解酵素を欠損させることで、siRNAの回収効率が上昇したことによるものと考えられる。これらの結果から、SIRE及びERISは1コピーでもsiRNA誘導能を有していることが示された。
【0131】
実施例7:SIREはRNAを鋳型にしたRNA逆転写を誘導する
pAU001ベクター中のnmt1プロモーター支配下にhis5+遺伝子を逆方向に連結し、その3’側に3個のSIREをタンデムに連結した(図9、d)。得られたコンストラクトを(コンストラクト-d)を野生型の分裂酵母に導入し、その効果を調べた。his5+遺伝子はヒスチジン合成遺伝子の1つである。コンストラクトa-dのインサートのヌクレオチド配列を、それぞれ、配列番号15〜18に示す。
分裂酵母の液体培養物を10倍ずつ希釈して各培地上に6段階スポットし、33℃で培養して生育能を観察した。EMM2 +aaは完全培地であり、スポット量の対照値を示す。EMM2 +aa -Hisはヒスチジン不含培地で、his5+遺伝子を発現した株のみ該培地中で増殖することが出来る。
その結果、コンストラクト-dが導入された株は低頻度ながらEMM2 +aa -His培地上での増殖が認められた(図10、d)。これに対して、nmt1プロモーターを有さない対照コンストラクト(図9、a及びb)や、SIREを有さない対照コンストラクト(図9、a及びc)が導入された株は、非導入株と同様にEMM2 +aa -His培地上で増殖することができなかった(図10、a-c)。
これらの結果は、SIREがhis5+遺伝子の逆方向転写産物からのhis5+遺伝子の順方向転写産物の合成を促進し、該順方向転写産物からhis5+の機能タンパク質が生じ、コンストラクト-dが導入された株がヒスチジン不含培地中での増殖能を獲得したことを示す。
更に、コンストラクト-dをRNAi装置の変異株(Δdcr1、Δago1及びΔrdp1)に導入し、その効果を調べた。その結果、コンストラクト-dをΔdcr1やΔago1に導入した場合には、野生型株を用いた場合と同様にEMM2 +aa -His培地上での増殖が観察された。これに対して、
Δrdp1、即ちRNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRP)の欠損株にコンストラクト-dを導入した場合には、EMM2 +aa -His培地上での増殖の著しい低下が認められた(図11、Δrdp1)。
この結果は、SIREにより誘導されたhis5+遺伝子の逆方向転写産物からの順方向転写産物の合成がRNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRP)に依存していることを示す。
以上より、本発明のRNA干渉誘導エレメントは、RNAを鋳型にしたRNA逆転写反応を誘導する活性を有し、該活性はRdRPに依存していることが示された(図12)。
【0132】
実施例8:ヒト細胞でのSIREの遺伝子抑制効果
GFとCenp-Aとの融合タンパク質をコードする発現ベクターpBabe-Hygro-EGFP-CENPAを導入することにより、GFPとCenp-Aとの融合タンパク質を安定に発現するHela細胞及びSVts8細胞を作製した。Cenp-Aはセントロメア局在タンパク質の一種である。
pcDNA3ベクター中のCMVプロモーター支配下に、開始コドンに変異を導入したGFP遺伝子のcDNA全長(ΨGFP2-238)もしくはその3’末端欠失DNA(ΨGFP2-163)を正方向に連結し、更にその3’側に3個のSIREをタンデムに連結した(図13、ΨGFP2-238-SIREx3及びΨGFP2-163-SIREx3)。ΨGFP2-238はGFP遺伝子の2-238位のアミノ酸のコード領域に相当し、ΨGFP2-163はGFP遺伝子の2-163位のアミノ酸のコード領域に相当する。何れのコンストラクトも転写は起きるがタンパク質への翻訳は起きないため、遺伝子産物が細胞内で自ら蛍光シグナルを発することはない。得られたコンストラクトをリン酸カルシウム法を用いて上述のGFP発現トランスフェクタントに導入し、72時間培養後、蛍光顕微鏡下でGFPの蛍光を観察した。各コンストラクトのインサートのヌクレオチド配列を、それぞれ、配列番号19〜22に示す。
その結果、GFP-Cenp-Aタンパク質を発現しているHela細胞又はSVts8細胞に、ΨGFP2-238-SIREx3又はΨGFP2-163-SIREx3を導入すると、GFPの蛍光が減弱した(図14)。SIREを含まない対照コンストラクト(図13、ΨGFP2-238又はΨGFP2-163)を用いた場合には、このような効果は観察されなかった(図14)。バーは10mm。
これらの細胞からライセートを調製し、ウェスタンブロッティングにより細胞内のGFP-Cenp-Aタンパク質量を定量した。蛍光顕微鏡での観察結果と一致して、ΨGFP2-238-SIREx3又はΨGFP2-163-SIREx3の導入によりGFPのタンパク質量は減少した。(図15)。
これらの結果より、本発明のRNA干渉誘導エレメントは、ヒト細胞等の哺乳動物細胞においても、遺伝子発現抑制能を発揮することが示された。
【産業上の利用可能性】
【0133】
本発明のRNA干渉誘導エレメントを用いれば、容易に所望の遺伝子をノックダウンした
り、所望の遺伝子に対するsiRNAを製造したりすることが可能となる。
本出願は日本で出願された特願2005−145876(出願日:2005年5月18日)を基礎としており、その内容は本明細書に全て包含されるものである。
【図面の簡単な説明】
【0134】
【図1】分裂酵母中の小分子RNAを検出するために、プローブとして、分裂酵母第一染色体セントロメア左腕のotr反復配列(pRS140)を8つに区分することによって得た領域1〜8を用いたノザンブロットの結果を示す。
【図2】分裂酵母の3本の染色体のセントロメアDNAの構造を模式的に示した図である。
【図3】SIREが挿入されたura4遺伝子発現による内在性ura4+遺伝子の発現抑制を示した図である。
【図4】SIREが挿入されたura4遺伝子発現株におけるura4由来のsiRNAの存在を示した図である。
【図5】SIREが挿入されたura4遺伝子発現株におけるura4由来のsiRNAの存在を示した図である。
【図6】SIREによるura4+の発現抑制のRNA干渉機構依存性を示した図である。
【図7】実施例6において用いられたコンストラクトを模式的に示した図である。
【図8A】SIRE又はERISが挿入されたc10orf96-ura4融合遺伝子発現株におけるc10orf96又はura4由来のsiRNAをノザンブロットにより検出した結果を示す図である。SIRE又はERISによりc10orf96由来のsiRNAが誘導された。
【図8B】SIRE又はERISが挿入されたc10orf96-ura4融合遺伝子発現株におけるc10orf96又はura4由来のsiRNAをノザンブロットにより検出した結果を示す図である。SIRE又はERISによりc10orf96由来のsiRNAが誘導された。ERISの5’側に連結されたc10orf96に由来するsiRNAが優先的に誘導された(B)。
【図8C】SIRE又はERISが挿入されたc10orf96-ura4融合遺伝子発現株におけるc10orf96又はura4由来のsiRNAをノザンブロットにより検出した結果を示す図である。SIRE又はERISによりc10orf96由来のsiRNAが誘導された。Δeri1においては、1個のSIRE又はERISが挿入されたc10orf96-ura4融合遺伝子を発現させた場合においても、c10orf96遺伝子由来のsiRNAが認められる。
【図8D】SIRE又はERISが挿入されたc10orf96-ura4融合遺伝子発現株におけるc10orf96又はura4由来のsiRNAをノザンブロットにより検出した結果を示す図である。SIRE又はERISによりc10orf96由来のsiRNAが誘導された。Δeri1においては、1個のSIRE又はERISが挿入されたc10orf96-ura4融合遺伝子を発現させた場合においても、c10orf96遺伝子由来のsiRNAが認められる。
【図9】実施例7において用いられたコンストラクトを模式的に示した図である。
【図10】完全培地(EMM2+aa)及びヒスチジン不含培地(EMM2+aa-His)上での分裂酵母の増殖を示した図である。図中、レーンa-dは、図9のコンストラクトa-dに対応する。コンストラクト-dが導入された株の増殖がヒスチジン不含培地上で認められる。
【図11】完全培地(EMM2+aa)及びヒスチジン不含培地(EMM2+aa-His)上での分裂酵母の増殖を示した図である。図中、レーンa-dは、図9のコンストラクトa-dに対応する。Δrdp1にコンストラクト-dを導入しても、ヒスチジン不含培地上での増殖は認められない。
【図12】SIREにより誘導されるRNA依存性RNA逆転写反応を模式的に示した図である。
【図13】実施例8において用いられたコンストラクトを模式的に示した図である。
【図14】GFP-Cenp-Aを安定に発現するHela細胞及びSVts8細胞を蛍光顕微鏡下で観察した結果を示す。ΨGFP2-238-SIREx3又はΨGFP2-163-SIREx3の導入により、GFPの蛍光が減弱した。
【図15】GFP-Cenp-Aを安定に発現するHela細胞及びSVts8細胞内のGFP-Cenp-Aタンパク質量をウェスタンブロッティングにより解析した結果である。グラフは、HEC1により標準化されたGFPの相対的シグナル強度を示す。α-GFP:抗GFP抗体、α-Cenp-A:抗Cenp-A抗体、α-HEC1:抗HEC1抗体。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)〜(c)のヌクレオチド配列から選択されるヌクレオチド配列を含むRNA干渉誘導エレメント:
(a)配列番号1又はその相補配列からなるヌクレオチド配列;
(b)上記(a)のヌクレオチド配列に含まれる少なくとも15個の連続したヌクレオチドからなり、かつ、RNA干渉誘導能を有するヌクレオチド配列;
(c)上記(a)〜(b)のいずれか1つのヌクレオチド配列に少なくとも70%の相同性を有し、かつ、RNA干渉誘導能を有するヌクレオチド配列。
【請求項2】
標的遺伝子の転写産物をコードするヌクレオチド配列又はその相補配列に含まれる少なくとも15個の連続したヌクレオチドからなるヌクレオチド配列が、該標的遺伝子に対するRNA干渉誘導能が発揮され得る様に連結された請求項1記載のエレメントを含むポリヌクレオチド。
【請求項3】
該ヌクレオチド配列は該エレメントの5’側に連結されている、請求項2記載のポリヌクレオチド。
【請求項4】
複数コピー数の該エレメントをタンデムに連結された態様で含む、請求項2記載のポリヌクレオチド。
【請求項5】
請求項1記載のエレメントを含むベクター。
【請求項6】
複数コピー数の該エレメントをタンデムに連結された態様で含む、請求項5記載のベクター。
【請求項7】
更に、プロモーターを含み、該プロモーターは、該エレメントの発現を制御し得る様に、該エレメントに接続されている、請求項5又は6記載のベクター。
【請求項8】
更に、少なくとも1つのクローニング部位を含み、該クローニング部位は、該部位に標的遺伝子の転写産物をコードするヌクレオチド配列又はその相補配列に含まれる少なくとも15個の連続したヌクレオチドからなるヌクレオチド配列が挿入されたときに、該標的遺伝子に対するRNA干渉誘導能が発揮され得る様に、該エレメントに連結されている、請求項5又は6記載のベクター。
【請求項9】
該クローニング部位は該エレメントの5’側に連結されている、請求項8記載のベクター。
【請求項10】
更に、プロモーターを含み、該プロモーターは、該エレメント及び該クローニング部位の発現を制御し得る様に、該エレメント又は該クローニング部位に接続されている、請求項8又は9記載のベクター。
【請求項11】
請求項2〜4のいずれか記載のポリヌクレオチドを含むベクター。
【請求項12】
更に、プロモーターを含み、該プロモーターは、該ポリヌクレオチドの発現を制御し得る様に、該ポリヌクレオチドに接続されている、請求項11記載のベクター。
【請求項13】
請求項2〜4のいずれか記載のポリヌクレオチドが導入された細胞。
【請求項14】
請求項5〜12のいずれか記載のベクターが導入された細胞。
【請求項15】
標的遺伝子の発現が抑制された細胞を製造する方法であって、請求項2〜4のいずれか記載のポリヌクレオチド、或いは請求項11又は12記載のベクターを細胞内に導入する工程、及び前記ポリヌクレオチド又はベクターが導入された細胞を選択する工程を含む、方法。
【請求項16】
標的遺伝子の発現を抑制する方法であって、請求項2〜4のいずれか記載のポリヌクレオチド、或いは請求項11又は12記載のベクターを細胞内に導入する工程を含む、方法。
【請求項17】
標的遺伝子に対するsiRNAを製造する方法であって、請求項2〜4のいずれか記載のポリヌクレオチド、或いは請求項11又は12記載のベクターを細胞内に導入する工程、及び前記ポリヌクレオチド又はベクターが導入された細胞から標的遺伝子に対するsiRNAを獲得する工程を含む、方法。
【請求項18】
請求項2〜4のいずれか記載のポリヌクレオチド、或いは請求項11又は12記載のベクターを含有してなるRNA干渉誘導剤。
【請求項19】
複数遺伝子の各転写産物をコードするヌクレオチド配列又はその相補配列に含まれる少なくとも15個の連続したヌクレオチドからなるヌクレオチド配列をそれぞれ含み、各ヌクレオチド配列は、請求項1記載のエレメントに該遺伝子に対するRNA干渉誘導能が発揮され得る様に連結されている、複数のポリヌクレオチドを含む、遺伝子ノックダウンポリヌクレオチドライブラリー。
【請求項20】
各ポリヌクレオチドはベクターに含まれる、請求項19記載のライブラリー。
【請求項21】
請求項19又は20記載のライブラリーが導入された細胞集団。
【請求項22】
以下の工程(a)〜(c)を含む、機能遺伝子の探索方法:
(a)請求項19又は20記載のライブラリーが導入された細胞集団の表現型を解析すること;
(b)該細胞集団から、表現型が変化していた細胞を単離すること;
(c)単離された細胞内に導入されたポリヌクレオチド又はベクター中のヌクレオチド配列に基づいて機能遺伝子を獲得すること。
【請求項23】
以下の(a)〜(c)のヌクレオチド配列から選択されるヌクレオチド配列を含むRNA依存性RNA合成反応誘導エレメント:
(a)配列番号1又はその相補配列からなるヌクレオチド配列;
(b)上記(a)のヌクレオチド配列に含まれる少なくとも15個の連続したヌクレオチドからなり、かつ、RNA干渉誘導能を有するヌクレオチド配列;
(c)上記(a)〜(b)のいずれか1つのヌクレオチド配列に少なくとも70%の相同性を有し、かつ、RNA干渉誘導能を有するヌクレオチド配列。
【請求項24】
請求項23記載のエレメントを含む、RNA依存性RNA合成反応用テンプレート。
【請求項25】
請求項24記載のテンプレートを発現し得るベクター。
【請求項26】
請求項25記載のベクターが導入された細胞。
【請求項27】
以下の工程を含む、RNAの合成方法:
(a) 請求項23記載のエレメントを含むRNA依存性RNA合成反応用テンプレートを提供する工程;
(b) (a)のテンプレートをRNA依存性RNAポリメラーゼに接触させ、RNA依存性RNA合成反応を生じさせる工程。
【請求項28】
以下の(a)〜(c)のヌクレオチド配列から選択されるヌクレオチド配列を含む遺伝子発現抑制エレメント:
(a)配列番号1又はその相補配列からなるヌクレオチド配列;
(b)上記(a)のヌクレオチド配列に含まれる少なくとも15個の連続したヌクレオチドからなり、かつ、遺伝子発現抑制能を有するヌクレオチド配列;
(c)上記(a)〜(b)のいずれか1つのヌクレオチド配列に少なくとも70%の相同性を有し、かつ、遺伝子発現抑制能を有するヌクレオチド配列。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8A】
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【図8B】
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【図8C】
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【図8D】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公表番号】特表2008−539695(P2008−539695A)
【公表日】平成20年11月20日(2008.11.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−551502(P2007−551502)
【出願日】平成18年5月15日(2006.5.15)
【国際出願番号】PCT/JP2006/310079
【国際公開番号】WO2006/123800
【国際公開日】平成18年11月23日(2006.11.23)
【出願人】(599045903)学校法人 久留米大学 (72)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】