説明

T字型完全溶込み溶接構造体の脆性き裂伝播停止性能の品質管理方法

【課題】T継手溶接部に沿って伝播する脆性き裂の伝播を精度良く停止できる品質管理方法を提供する。
【解決手段】鋼板Aの表面に生じる延性破壊領域および脆性破壊を生じない領域を有する解析モデルに基づき、高靭性CO2溶接部の溶接金属における板厚t/4部(t:鋼板Aの厚さ)の脆性破面遷移温度vrs(L)および低靱性CO2溶接部の溶接金属における板厚t/4部の脆性破面遷移温度vrs(X)と、高靭性CO2溶接部のCO2溶接長Lおよび前記低靱性CO2溶接部のCO2溶接長Xと、鋼板Bの脆性き裂伝播停止性能Kcaと、の関係式を求める第1の工程と、この関係式に基づき、鋼板Aの突合せ溶接継手に沿って伝播する脆性き裂の停止に有用な、脆性破面遷移温度vrs(L)および脆性破面遷移温度vrs(X)などの範囲を決定する第2の工程と、を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、T字型完全溶込み溶接構造体の脆性き裂伝播停止性能(アレスト特性)を精度良く管理する品質管理方法に関するものである。具体的には、例えば、ハッチコーミング部(突合せ溶接継手部材)とアッパーデッキ部(突合せ溶接継手部材と交差するように完全溶込み溶接で接合された脆性き裂伝播停止用接合部材)とのT継手溶接構造を有するコンテナ船やバルクキャリヤー船などの船舶(溶接構造体)において、ハッチコーミング部の突合せ溶接継手に沿って伝播する脆性き裂の伝播をアッパーデッキ部で精度良く停止させることが可能な品質管理方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
図1(a)および図1(b)に、本発明で対象となるコンテナ船などの上甲板部の概略を示す。図1(a)のAに示す上甲板部は、図1(b)の拡大図に示すように、大きな開口部(hatch、ハッチ)を有するアッパーデッキ部(強力甲板)1と、ハッチをハッチカバーで開閉させるようにしたハッチコーミング部2とが溶接されたT継手溶接構造体を有している。
【0003】
詳細には、ハッチコーミング部2は、複数の鋼板が突合せ溶接継手によって接合されて構成されており、この突合せ溶接継手と交差(T溶接継手)するようにアッパーデッキ部1が接合されている。ハッチコーミング部2とアッパーデッキ部1とは、通常、CO2
接によって完全溶込み溶接されている。完全溶込み溶接とは、溶接継手の板厚全域に亘っている溶込みを意味する。ハッチコーミング部2を構成する2枚の鋼板は、通常、エレクトロガスアーク(EG)溶接などの大入熱溶接によって突合せ溶接される。しかしながら、EG溶接は溶接入熱量が大きいために溶接熱影響部(HAZ)が形成され、溶接継手の靱性低下や脆性き裂の発生を招き、船舶が破断する恐れがある。そこで、突合せ溶接の際は、図1(b)に示すように、下端部近傍を残してEG溶接を行い、下端部近傍は溶接入熱量が小さいCO2溶接を行なうことが多い。
【0004】
船舶の大型化に伴い、船舶用鋼板は益々厚肉化されている。鋼板の板厚が厚くなると、脆性き裂が母材(ハッチコーミング側)に逸れることなく、HAZに沿って伝播する可能性がある。最近の研究では、板厚50mm以上のハッチコーミング用厚鋼板が突合せ溶接された大入熱溶接部で脆性き裂が発生した場合、脆性き裂が溶接金属に沿って伝播することが報告されている。図1(b)に、脆性き裂が伝播する方向を矢印で示す。溶接金属を直進したき裂がアッパーデッキ部1に進展すると、船舶本体の破壊に至る危険がある。
【0005】
そこで、大型船舶の十分な安全性を保証するため、大入熱溶接部を伝播する脆性き裂をアッパーデッキ部に進展させずに、確実に停止させる技術が求められている。脆性き裂の伝播を停止させる性能は「アレスト特性」とも呼ばれ、脆性き裂伝播停止性能の指標としてKca値が用いられている。
【0006】
一般に、アレスト特性Kcaの高い厚鋼板をアッパーデッキ部に使用すれば、溶接構造体の突合せ溶接継手(ハッチコーミング部を構成する厚鋼板同士の溶接部)に脆性き裂が発生したとしても、溶接構造体が破断する前に脆性き裂の伝播を停止できると考えられている。例えば、非特許文献1及び2には、アッパーデッキ部にKcaが7000N/mm3/2
以上の厚鋼板を使用すれば、脆性き裂の進展を停止できることが示されている。しかし、厚鋼板のアレスト特性Kcaを7000N/mm3/2以上に高めるためには、例えば、組織を超微細化する;Niを多量に含める;特殊な圧延工程を実施する;などの手段が必要であり、コストの上昇を招く。
【0007】
一方、非特許文献3には「鋼材の脆性き裂伝播・停止の力学モデル」について記載されている。ここには、鋼材の脆性き裂は、鋼板表面に生じるシアリップ(延性破壊領域)を伴いながら伝播する様子が示す図が示されている。本明細書では、この図を、前述した図1(b)中の「亀裂が溶接部に沿って伝播する方向」との対応関係が明確になるように、図1(c)として掲載する。図1(c)に示すように、き裂先端より後方の鋼板表面付近では、脆性破壊を生じない領域(サイドリガメント)が存在し、その後方では、サイドリガメントが延性破壊して破面にシアリップを生成する。脆性破壊の停止にはシアリップの影響が大きく、サイドリガメントは降伏応力にほぼ等しい応力を有するため、き裂を閉じる作用を有しているといわれている。また、非特許文献4には、船体用鋼板の破壊靱性値推定手法について記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】平松秀基ら、日本船舶海洋工学会講演論文集、第5E号(2007)、pp.135−138
【非特許文献2】田村栄一ら、日本船舶海洋工学会講演論文集、第5K号(2007)、pp.87−90
【非特許文献3】町田進ら、日本造船学会論文集、Vol.177(1995)、pp.243−258
【非特許文献4】北田博重、博士論文「TMCPによる降伏点40kgf/mm2級鋼板の実船適用にあたっての靱性要求基準に関する研究」(1990)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、船舶のアッパーデッキ部とハッチコーミング部のようなT字型完全溶込み溶接構造体において、T継手溶接部に沿って伝播する脆性き裂の伝播を精度良く停止できる品質管理方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成し得た本発明の品質管理方法は、T字型完全溶込み溶接構造体の脆性き裂伝播停止性能の品質管理方法であって、前記溶接構造体は、突合せ溶接継手によって接合された鋼板Aと、前記突合せ溶接継手と交差するように完全溶込み溶接で接合された脆性き裂伝播停止用鋼板Bと、からなり、前記鋼板Aの突合せ溶接継手における下端部近傍はCO2溶接によってCO2溶接部を形成し、前記CO2溶接部のCO2溶接長の全長をlCO2としたとき、lCO2は、靱性レベルがL>Xの関係を満足する高靭性CO2溶接部のCO2溶接長Lと低靭性CO2溶接部のCO2溶接長Xとから構成され、lCO2=L+Xであり、前記鋼板Aの表面に生じる延性破壊領域(シアリップ)および脆性破壊を生じない領域(サイドリガメント)を有する解析モデルに基づき、(ア)前記高靭性CO2溶接部の溶接金属における板厚t/4部(t:鋼板Aの厚さ)の脆性破面遷移温度vrs(L)および前記低靱性CO2溶接部の溶接金属における板厚t/4部の脆性破面遷移温度vrs(X)と、(イ)前記高靭性CO2溶接部のCO2溶接長Lおよび前記低靱性CO2溶接部のCO2溶接長Xと、(ウ)前記鋼板Bの脆性き裂伝播停止性能Kcaと、の関係式を求める第1の工程と、前記関係式に基づき、前記鋼板Aの突合せ溶接継手に沿って伝播する脆性き裂の停止に有用な、(ア)前記脆性破面遷移温度vrs(L)および前記脆性破面遷移温度vrs(X)の範囲、(イ)前記CO2溶接長Lおよび前記CO2溶接長Xの範囲、または(ウ)前記脆性き裂伝播停止性能Kcaの範囲のいずれかを決定する第2の工程と、を含むところに要旨を有している。
【0011】
好ましい実施形態において、前記第1の工程は、
(1)前記鋼板Aの表面付近に未破断で残るサイドリガメント部の長さlslを、下記(13)式から算出する工程と、
(2)前記工程によって算出されたサイドリガメント部の長さlslと前記CO2溶接長lCO2の関係に基づき(但しlCO2=L+X)
(a)サイドリガメント部の長さlsl≦CO2溶接長lCO2の場合は下記(20)式を、
(b)サイドリガメント部の長さlsl>CO2溶接長lCO2の場合は下記(21)式を、
導出する工程と、
を含む。
(13)式・・・
sl=2π・ks2・[1/(8π)・{(−92・(L・vrs(L)+X・vrs(X))/(L+X)+32700)/800}22・εF2・G2/[K{(3−ν)/(1+ν)−1}]2
(20)式・・・
ca≧Knom・[1−{1/(2π2)}・[{(−92・(L・vrs(L)+X・vrs(X))/(L+X)+32700)/800}2/t]・(σY1/σ0)・cos-1{(a−2π・ks2・[1/(8π)・{(−92・(L・vrs(L)+X・vrs(X))/(L+X)+32700)/800}22・εF2・G2・/[K{(3−ν)/(1+ν)−1}]2)/a}]
(21)式・・・
ca≧Knom・[1−{1/(2π2)}・[{(−92・(L・vrs(L)+X・vrs(X))/(L+X)+32700)/800}2/t]・(σY1/σ0)・cos-1{(a−lCO2)/a}]
上記式中、
t:鋼板Aの厚さ(mm)。
nom:サイドリガメントによる低減を考慮に入れない場合の応力拡大係数で
あり、
nom=7000N/mm3/2とする。
σY1:温度T0(=−10℃)における鋼板Aの表層近傍の高速引張変形時の降伏
応力であり、σY1=800MPaとする。
ν:ポアソン比であり、ν=0.3とする。
s:係数であり、ks=1とする。
G:横弾性係数であり、G=8×104N/mm2とする。
εF:延性破壊の限界ひずみであり、εF=0.1とする。
K:外力から計算される応力拡大係数であり、
K=σ0(3.14a)0.5とする。
σ0:負荷応力であり、σ0=252MPaとする。
a:き裂長さであり、a=700mmとする。
【0012】
好ましい実施形態において、前記鋼板Aの厚さは50mm以上である。
【0013】
好ましい実施形態において、前記溶接構造体は船舶であり、前記鋼板Aはハッチコーミング部を構成する鋼板であり、前記鋼板Bはアッパーデッキ部を構成する鋼板である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、ハッチコーミング材などの突合せ溶接鋼板と当該突合せ溶接鋼板と交差するように完全溶込みで接合されたアッパーデッキ材などの鋼板とを有するT字型完全溶込み溶接構造体において、T継手溶接部における脆性き裂の伝播を停止させることが可能な精度の高い品質管理方法(評価方法、予測方法または決定方法を含む)を提供することができた。本発明によれば、特に、板厚が50mm以上の厚鋼板を有する溶接構造体において、鋼材性能(靱性およびアレスト特性)および溶接条件の両方の観点に基づき、精度の高い評価方法を提供できた点で、極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1(a)は、上甲板部を有する船舶の概略図であり、図1(b)は、図1(a)のAの拡大図であり、図1(c)は、厚鋼板中での脆性き裂の進展を示す模式図である。
【図2】図2は、CO2溶接部のCO2溶接長lCO2(全長)と、高靭性CO2溶接部のCO2溶接長Lと、低靭性CO2溶接部のCO2溶接長Xとの関係を模式的に示す図である。
【図3】図3は、T継手溶接部の脆性き裂伝播を停止するために必要な、脆性き裂伝播停止用鋼板(アッパーデッキ用鋼板)に要求されるアレスト特性Kcaを予測するための工程概略図である。
【図4A】図4Aは、ハッチコーミング部におけるCO2溶接長lCO2=200mm、アッパーデッキ材のアレスト特性Kca:5000N/mm3/2、ハッチコーミング部における低靭性CO2溶接部の溶接金属におけるt/4位置の脆性破面遷移温度vrs(X) =−40℃の条件下において、低靱性CO2溶接長X1(下端部からの距離)ごとに、ハッチコーミング部における高靱性CO2溶接部の溶接金属におけるt/4位置の脆性破面遷移温度vrs((L)と高靱性CO2溶接長Lとの関係を示すグラフである。
【図4B】図4Bは、ハッチコーミング部におけるCO2溶接長lCO2=200mm、ハッチコーミング部における低靭性CO2溶接部の溶接金属におけるt/4位置の脆性破面遷移温度vrs(X) =−40℃、低靱性CO2溶接長X1=80mmの条件下において、高靱性CO2溶接長Lごとに、Keffと、ハッチコーミング部における高靱性CO2溶接部の溶接金属におけるt/4位置の脆性破面遷移温度vrs((L)との関係を示すグラフである。
【図5】図5は、σy0=500MPa、ハッチコーミング用鋼板の板厚t=60mm、温度T0=−10℃のときの脆性破面遷移温度vrsと破壊靱性値Kciとの関係を示すグラフである。
【図6】図6は、ハッチコーミング用鋼板のCO2溶接部断面を示す概略図である。
【図7A】図7Aは、実施例で使用した試験体の形状を示す概略図である。
【図7B】図7Bは、実施例で使用した試験体の寸法を示す概略図である。
【図8】図8は、実験例1〜3における、高靱性CO2溶接部の脆性破面遷移温度vrs((L)と高靱性CO2溶接長Lとの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者は、コンテナ船の上甲板のような、ハッチコーミング部(本発明における鋼板A)とアッパーデッキ部(本発明における鋼板B)とのT継手完全溶込み溶接構造体において、T継手溶接部に沿って発生する脆性き裂の伝播を停止させることが可能な品質管理方法を提供するため、検討を行なった。特に、ハッチコーミング部およびアッパーデッキ部の両方に、厚さが50mm以上の厚鋼板が用いられているT継手溶接部における脆性き裂伝播停止特性(アレスト特性)について、鋼材性能および溶接条件の観点から詳細に検討を行なった。
【0017】
その結果、下記(a)〜(c)のパラメータを用いた関係式により、T字型完全溶込み溶接構造体のT継手溶接部(具体的には、ハッチコーミング部におけるCO2溶接部の溶接金属)における脆性き裂伝播停止挙動を精度良く把握できることが判明した。そして、この関係式を利用すれば、上記ハッチコーミング部のT継手溶接部における脆性き裂伝播を停止するためのアッパーデッキ用鋼材側の性能(アレスト特性や靱性)およびハッチコーミング部のCO2溶接条件(溶接材料や入熱条件など)を正確に精度良く管理、評価、予測、または決定できることを突き止め、先に出願を行なった(特願2009−105351、以下、先願発明と呼ぶ場合がある。)。
(a)板厚t/4部の脆性破面遷移温度vrs(℃)
t:ハッチコーミング用鋼板の厚さ
(b)ハッチコーミング部におけるCO2溶接部のCO2溶接長lCO2(mm)
(c)アッパーデッキ用鋼板のアレスト特性Kca(N/mm3/2
【0018】
具体的には、ハッチコーミング部におけるCO2溶接部の溶接金属における脆性き裂の伝播停止に必要な上記(c)の「アッパーデッキ用鋼板のアレスト特性Kca」の範囲は、上記(a)の「板厚t/4部の脆性破面遷移温度vrs」、および上記(b)の「CO2溶接長lCO2」、更には他の既知のパラメータにより、下記(i)または(ii)のように定式化できることが判明した。そしてこれらの関係式を利用すれば、ハッチコーミング部の突合せ溶接継手から進展した脆性き裂がアッパーデッキ部にまで進展するか否かを正確に精度良く管理することができることを実証した。
【0019】
(i)アレスト特性に最も大きな影響を及ぼすCO2溶接部の表層付近(鋼板Aの板厚tのt/4位置付近であり、2つの表層部が存在する)の各靱性が同一であると仮定した場合
下記(13)で表される、鋼板Aの表面付近に未破断で残るサイドリガメント部の長さlslと、CO2溶接長lCO2の関係に基づき、
サイドリガメント部の長さlsl≦CO2溶接長lCO2の場合は下記(20)式を、
サイドリガメント部の長さlsl>CO2溶接長lCO2の場合は下記(21)式を利用する。
(13)式・・・
sl=2π・ks2・[1/(8π)・{(−92vrs+32700)/800}22・εF2・G2/[K{(3−ν)/(1+ν)−1}]2
(20)式・・・
ca≧Knom・[1−{1/(2π2)}・[{(−92vrs+32700)/80
0}2/t]・(σY1/σ0)・cos-1{(a−2π・ks2・[1/(8π)・{(−92vrs+32700)/800}22・εF2・G2/[K{(3−ν)/(1+ν)−1}]2)/a}]
(21)式・・・
ca≧Knom・[1−{1/(2π2)}・[{(−92vrs+32700)/800}2/t]・(σY1/σ0)・cos-1{(a−lCO2)/a}]
上記式中、
t:鋼板Aの厚さ(mm)。
nom:サイドリガメントによる低減を考慮に入れない場合の応力拡大係数で
あり、
nom=7000N/mm3/2とする。
σY1:温度T0(=−10℃)における鋼板Aの表層近傍の高速引張変形時の降伏
応力であり、σY1=800MPaとする。
ν:ポアソン比であり、ν=0.3とする。
s:係数であり、ks=1とする。
G:横弾性係数であり、G=8×104N/mm2とする。
εF:延性破壊の限界ひずみであり、εF=0.1とする。
K:外力から計算される応力拡大係数であり、
K=σ0(3.14a)0.5とする。
σ0:負荷応力であり、σ0=252MPaとする。
a:き裂長さであり、a=700mmとする。
【0020】
(ii)上記CO2溶接部の表層付近の各靱性が異なっていると仮定した場合
下記(33)で表される、鋼板Aの表面付近に未破断で残るサイドリガメント部の長さlslと、CO2溶接長lCO2の関係に基づき、
サイドリガメント部の長さlsl≦CO2溶接長lCO2の場合は下記(34)式を、
サイドリガメント部の長さlsl>CO2溶接長lCO2の場合は下記(35)式を利用する。
(33)式・・・
sl=2π・ks2・[1/(8π)・{(−92vrs1+32700)2+(−92vrs2+32700)2}/2/80022・εF2・G2/[K{(3−ν)/(1+ν)
−1}]2
(34)式・・・
ca≧Knom・[1−{1/(2π2)}・[{(−92vrs1+32700)2+(
−92vrs2+32700)2}/2/8002/t]・(σY1/σ0)・cos-1{(a
−2π・ks2・[1/(8π)・{(−92vrs1+32700)2+(−92vrs2
32700)2}/2/80022・εF2・G2/[K{(3−ν)/(1+ν)−1}]2)/a}]
(35)式・・・
ca≧Knom・[1−{1/(2π2)}・[{(−92vrs1+32700)2+(
−92vrs2+32700)2}/2/8002/t]・(σY1/σ0)・cos-1{(a
−lco2)/a}]
上記式中の各パラメメータ(t、Knom、σY1、ν、ks、G、εF、K、σ0、a)は、前と同じ意味である。
【0021】
本発明者は、上記の出願後も更に検討を進めてきた。その結果、先願発明では、CO2溶接部のCO2溶接長lCO2(全長)に亘って靱性レベルが一律に高くなるように、CO2溶接条件を一定にしたときの関係式を導き出したが、CO2溶接条件はこれに限定されず、CO2溶接条件を変えてCO2溶接長lCO2に靱性レベルが異なる領域(LとX)が存在している場合であっても、先願発明に記載の定式化手段を利用できること;そして、このようにして導き出される関係式[本発明に規定する式(20)および(21)式]を活用すれば、先願発明と同様に、アッパーデッキ用鋼材側の性能およびハッチコーミング部のCO2溶接条件を精度良く管理などできることを見出し、本発明を完成した。
【0022】
すなわち、本発明は、CO2溶接長lCO2中、靱性が高い領域Lと、それよりも靱性が低い領域Xが混在するようにCO2溶接条件を変えたことに伴い、(ア)先願発明に記載のCO2溶接部のCO2溶接長lCO2を、高靭性CO2溶接部のCO2溶接長Lと、低靱性CO2溶接部のCO2溶接長Xに置き換えた点(lCO2=L+X)、(イ)先願発明に記載のCO2溶接部の溶接金属における板厚t/4部の脆性破面遷移温度vrsを、高靭性CO2溶接部の溶接金属における板厚t/4部の脆性破面遷移温度vrs(L)と、低靱性CO2溶接部の溶接金属における板厚t/4部の脆性破面遷移温度vrs(X)に置き換えた点でのみ、先願発明と相違しており、それ以外の基本的思想(定式化のための導出方法)は、先願発明と全く同じである。
【0023】
関係式について言えば、先願発明で規定する式(13)、(20)、および(21)はそれぞれ、本発明で規定する式(13)、(20)、および(21)に対応する。定式化の詳細は後に詳述する。
【0024】
以下、本発明について詳しく説明する。
【0025】
まず、本発明では先願発明と同様、下記(I)及び(II)の2点を前提条件とした。
【0026】
(I)溶接条件は、図1(b)に示す条件とした。すなわち、ハッチコーミング部2を構成する複数のハッチコーミング用鋼板(鋼板A)は、下端部近傍(完全溶込み溶接側)を残してEG溶接(大入熱溶接)による突合せ溶接を行い、下端部近傍はCO2溶接(小入熱溶接)を行なった。また、ハッチコーミング部2とアッパーデッキ部1とは、CO2溶接によって完全溶込み溶接を行なった。CO2溶接部は、大入熱溶接部に比べて靱性が高い傾向にあり、脆性き裂の進展に対してもより大きな抵抗として働く可能性がある。
【0027】
なお、本発明では、CO2溶接部のCO2溶接長の全長lCO2は、靱性レベルが異なるLとXとから構成されるようにCO2溶接条件を変えている点で、先願発明と相違している。
【0028】
参考のため、本発明におけるCO2溶接長lCO2の代表的な態様を図2(a)および(b)に示す。このうち図2(a)では、CO2溶接長lCO2は、鋼板Aと鋼板Bの交差点(下端部)から上方に向って順に、低靱性CO2溶接部Xと高靭性CO2溶接部Lとから構成されている(lCO2=L+X)。あるいは、低靱性CO2溶接部Xは不連続に構成されていても良く、図2(b)では、CO2溶接長lCO2は、上記下端部から上方に向って順に、低靱性CO2溶接部X1(下端部からの距離)と高靭性CO2溶接部Lと低靱性CO2溶接部X2とから構成されている(lCO2=X1+L+X2)。X1とX2の靱性レベルは同じである。後記する図4Aおよび図4Bでは、この下端部からの距離X1ごとの関係式を示している。
【0029】
(II)アレスト特性の解析には、図1(c)に示すシアリップとサイドリガメントを有する解析モデルを用いた。厚鋼板の脆性き裂伝播停止挙動に関する研究において、アレスト特性に大きく寄与するのは、脆性き裂伝播時において厚鋼板表層部に発生する「シアリップ」と呼ばれる塑性変形量の大きい延性破壊領域であり、脆性き裂の有する伝播エネルギーがシアリップの形成に費やされる場合には、脆性き裂が早期に停止してアレスト性が飛躍的に向上することが知られている。従って、鋼材全体のアレスト性を均一に高めなくても、鋼材表層部の一定領域のアレスト性を高めることによって鋼材全体のアレスト性が向上すると考えられる。
【0030】
その結果、下記(a)〜(c)のパラメータ[詳細には、先願発明で規定する3つのパラメーターとは異なって、(a1)、(a2)、(b1)、(b2)、(c)の5つのパラメーター]を用いた関係式により、T字型完全溶込み溶接構造体のT継手溶接部(具体的には、ハッチコーミング部におけるCO2溶接部の溶接金属)における脆性き裂伝播停止挙動を精度良く把握できることが判明した。そして、上記の関係式を利用すれば、上記ハッチコーミング部のT継手溶接部における脆性き裂伝播を停止するためのアッパーデッキ用鋼材側の性能(アレスト特性や靱性)およびハッチコーミング部のCO2溶接条件(溶接材料や入熱条件など)を正確に精度良く管理、評価、予測、または決定できることを突き止め、本発明を完成した。
(a)板厚t/4部の脆性破面遷移温度vrs(℃)、詳細には、(a1)高靭性CO2溶接部の溶接金属における板厚t/4部の脆性破面遷移温度vrs(L)および(a2)低靱性CO2溶接部の溶接金属における板厚t/4部の脆性破面遷移温度vrs(X)と、
(b)ハッチコーミング部におけるCO2溶接部のCO2溶接長lCO2(mm)、詳細には、(b1)高靭性CO2溶接部のCO2溶接長L、および(b2)前記低靱性CO2溶接部のCO2溶接長X、
(c)アッパーデッキ用鋼板のアレスト特性Kca(N/mm3/2
【0031】
具体的には、ハッチコーミング部におけるCO2溶接部の溶接金属における脆性き裂の伝播停止に必要な上記(c)の「アッパーデッキ用鋼板のアレスト特性Kca」の範囲は、後に詳しく説明する定式化手順に従い、上記(a1)および(a2)の板厚t/4部の脆性破面遷移温度vrs(L)およびvrs(X)、並びに上記(b1)および(b2)のCO2溶接長LおよびX、更には他の既知のパラメータによって定式化することができる[後記する(20)及び(21)式を参照]。これらの関係式を利用すれば、ハッチコーミング部の突合せ溶接継手から進展した脆性き裂がアッパーデッキ部にまで進展するか否かを正確に精度良く管理することができた(後記する実施例を参照)。
【0032】
(20)及び(21)式において、(a1)および(a2)で規定するハッチコーミング部の脆性破面遷移温度vrs(L)およびvrs(X)、(b1)および(b2)で規定するハッチコーミング部のCO2溶接長lCO2を構成するLおよびX、並びに(c)アッパーデッキ部のアレスト特性Kca以外のパラメータは既知であり、式中に実数値を代入できる。実数値を代入した各式が、(20−1)及び(21−1)式である(後記する)。よって、上記関係式の利用態様として、例えば、上記(a)〜(c)に規定する合計5つのパラメータのうち、一つのみが不明で残りが判明(既知)している場合は、当該既知のパラメータを上記(20−1)及び(21−1)式に代入することにより、残りのパラメータを決定することができる。
【0033】
具体的には、(20−1)及び(21−1)式を利用して、例えば、下記(ア)または(イ)の品質管理システムに適用することができる。
【0034】
(ア)T継手溶接部の脆性き裂伝播を停止するために必要な、アッパーデッキ用鋼板に要求されるアレスト特性Kcaを評価、予測、決定するためのシステム
上記システムの工程概略図を図3に示す。このシステムは、上記(a)〜(c)の合計5つのパラメータのうち、(c)が不明で、残りの(a)と(b)の4つのパラメータが既知(測定可能)の場合に適用される。
【0035】
詳細には、ハッチコーミング部に用いられる鋼板の種類(鋼種)およびCO2溶接条件(ワイヤなどの溶接材料や入熱条件などを含む)が既知[すなわち、上記(a)の脆性破面遷移温度vrs(L)およびvrs(X)、並びに上記(b)のCO2溶接長LおよびXが既知]の場合、(20)及び(21)式に基づき、アッパーデッキ用鋼板に必要なアレスト特性Kca[上記(c)]の範囲を決定することができる。このシステムによって算出されたKcaを満足するアッパーデッキ用鋼板を用いれば、たとえ、ハッチコーミング部突合せ溶接継手に脆性き裂が発生したとしても、CO2溶接部分でき裂の伝播が停止するため、アッパーデッキ部へのき裂の進展が抑えられ、船体の破壊を防止することができる。その結果、従来のように、一律に非常に高いアレスト特性を有するアッパーデッキ用厚鋼板(例えば、Kca≧7000N/mm3/2)を使用する必要がなくなり、コストを低減することができる。
【0036】
(イ)T継手溶接部の脆性き裂伝播を停止するために必要な溶接条件を評価、予測、決定するためのシステム
このシステムは、上記(ア)とは異なって、上記(a)〜(c)の合計5つのパラメータのうち、(a)または(b)の合計4つのパラメータのうちいずれか一つが不明で、残りが既知(算出可能)の場合に適用される。
【0037】
詳細には、アッパーデッキ部に用いられる鋼板の種類(鋼種)が既知[すなわち、上記(c)のアッパーデッキ用鋼板のアレスト特性Kcaが既知]で、ハッチコーミング部に用いられる鋼板の種類(鋼種)も既知であるが、ハッチコーミング部の溶接継手における溶接条件[上記(b1)、(b2)で規定するCO2溶接長LとX、および上記(a1)、(a2)で規定する溶接金属におけるt/4位置の脆性破面遷移温度vrs(L)vrs(X)]のいずれか一つが未定で残りが既知の場合は、T継手溶接部の脆性き裂伝播を停止するために必要な残りの条件(範囲)を決定することができる。
【0038】
以下、図4Aおよび図4Bを用い、本発明法の活用方法を説明する。
【0039】
(図4A)
上記の関係式を利用し、高靭性CO2溶接部のCO2溶接長L(高靭性部の施工長さ)を決定することができる。
【0040】
図4Aは、ハッチコーミング部におけるCO2溶接長lCO2=200mm、アッパーデッキ材のアレスト特性Kca:5000N/mm3/2、ハッチコーミング部における低靭性CO2溶接部の溶接金属におけるt/4位置の脆性破面遷移温度vrs(X) =−40℃の条件下において、下端部からの低靱性CO2溶接長の距離X1ごとに、ハッチコーミング部における高靱性CO2溶接部の溶接金属におけるt/4位置の脆性破面遷移温度vrs((L)と高靱性CO2溶接長Lとの関係を示すグラフであり、後記する(20−1)及び(21−1)式をグラフ化したものである。
【0041】
参考のため、図4Aの見方を説明する。例えば下端部からの低靱性CO2溶接長の距離X1=120mmの場合を例に挙げて説明すると、CO2溶接長lCO2(全長)=200mmであるから、高低靱性CO2溶接長Lは、最大で80mm(=200mm−120mm)であり、このときlCO2は、図2(a)の態様となる(lCO2=X1+L)。あるいは、lCO2は、図2(b)のように下端部から順にX1とLとX2とから構成されていても良く(lCO2=X1+L+X2)、この場合、Lは80mm未満となる。例えば、図4Aにおいて、L=60mmの場合、X2=20mm(=200mm−120mm−60mm)である。図4Aでは、便宜上、L=60〜80mmのときのグラフのみを示している。X1=20mm以外のグラフ(X1=40mm、60mm、80mm、100mm)についても同様であり、計算上有し得る全てのLの範囲をグラフ化したものではない。
【0042】
そして、図4Aに示すように、各X1ごとに、vrs((L)−LのラインよりもLが上にくるような条件で高靭性CO2溶接を行なえば、ハッチコーミング部で発生した脆性き裂をアッパーデッキ部で停止させることができる。よって、図4Aに示すグラフに基づき、脆性き裂の伝播を停止可能な、ハッチコーミング部における高靱性CO2溶接長Lを決定することができる。図4Aより、下端部からの低靱性CO2溶接長の距離X1が短くなるほど(従って、高靱性CO2溶接長Lは相対的に長くなる)、vrs((L)を高く設定でき靱性を低減できることが分かる。
【0043】
(図4B)
上記の関係式を利用し、高靭性CO2溶接部の溶接金属に必要とされる脆性破面遷移温度を決定することができる。
【0044】
図4Bは、ハッチコーミング部におけるCO2溶接長lCO2=200mm、ハッチコーミング部における低靭性CO2溶接部の溶接金属におけるt/4位置の脆性破面遷移温度vrs(X) =−40℃、下端部からの低靱性CO2溶接長の距離X1=80mmの条件下において、高靱性CO2溶接長Lごとに、Keffと、ハッチコーミング部における高靱性CO2溶接部の溶接金属におけるt/4位置の脆性破面遷移温度vrs((L)との関係を示すグラフである。ここで、Keffは、非特許文献3に記載の、サイドリガメントの閉口効果により低減されたK値である。後に詳しく説明するが、アッパーデッキ材に必要なアレスト特性Kcaは、上記Keffとの関係において、下記(19)式を満足するように制御されていれば脆性き裂が停止することから、各Lにおいて、Keffvrs((L)のラインよりもvrs((L)が下にくるような条件で高靱性CO2溶接を行なえば、ハッチコーミング部で発生した脆性き裂をアッパーデッキ部で停止させることができる。よって、図4Bに示すグラフに基づき、脆性き裂の伝播を停止可能な、ハッチコーミング部における高靭性CO2溶接部の溶接金属に必要とされる脆性破面遷移温度vrs(L)(t/4位置の値)を決定することができる。
ca≧Keff ・・・ (19)
【0045】
本明細書において、「溶接構造体」とは、船舶のアッパーデッキ部とハッチコーミング部のようなT継手溶接部を有するT字型完全溶込み溶接構造体を意味する。また、本明細書において、「船舶」とは、上記の溶接構造体を有するものを意味する。上記の溶接構造体およびその溶接条件は、図1(b)に示すとおりである。
【0046】
本明細書において、鋼板Aは、突合せ溶接継手によって接合されたものであり、代表的には、ハッチコーミング部を構成する鋼板が挙げられる。また、鋼板Bは、上記の突合せ溶接継手と交差するように完全溶込み溶接で接合された脆性き裂伝播停止用鋼板を意味し、代表的には、アッパーデッキ部を構成する鋼板が挙げられる。以下では、ハッチコーミング部を構成する鋼板をハッチコーミング用鋼板またはハッチコーミング材と呼び、アッパーデッキ部を構成する鋼板をアッパーデッキ用鋼板またはアッパーデッキ材と呼ぶ。
【0047】
上記のアッパーデッキ材としては、例えば、JIS規格SM570などに準拠する鋼材が挙げられ、ハッチコーミング材としては、例えば、JIS規格SM570などに準拠する鋼材が挙げられる。
【0048】
また、本明細書における「アレスト特性Kca」には、脆性き裂の伝播停止に必要なアレスト特性の範囲(要求範囲)と、実際の実測値の両方の意味を含んでいる。前者の要求範囲を意味するときは、適宜、「必要アレスト特性Kca」と記載する場合がある。
【0049】
また、本明細書では、CO2溶接部のCO2溶接長(全長)をlCO2、高靭性CO2溶接部のCO2溶接長(高靭性CO2溶接長)をL、低靱性CO2溶接部のCO2溶接長(低靭性CO2溶接長)をXとする。lCO2=L+Xである。Xは、例えば図2(b)に代表されるように不連続に構成されていても良く、下端部からの距離をX1とする。図2(b)において、X=X1+X2である。
【0050】
また、本明細書では、CO2溶接部の溶接金属における板厚t/4部の脆性破面遷移温度vrsにおいて、高靭性CO2溶接部の溶接金属における板厚t/4部の脆性破面遷移温度をvrs(L)、低靱性CO2溶接部の溶接金属における板厚t/4部の脆性破面遷移温度をvrs(X)とする。以下では、vrs(L)を、「高靭性CO2溶接部の脆性破面遷移温度」、vrs(X)を「低靭性CO2溶接部の脆性破面遷移温度」と呼ぶ場合がある。
【0051】
以下、本発明に到達した経緯および本発明の好ましい実施形態を、図面を用いて詳細に説明する。以下では、本発明の好ましい実施形態として、図1に示すハッチコーミング部とアッパーデッキ部からなるT溶接継手構造体を用いて説明するが、これに限定する趣旨ではない。
【0052】
まず、図1(c)に示す解析モデルについて、改めて説明する。
【0053】
脆性き裂が厚鋼板中で進展する場合、き裂は板厚中央部を先頭に図1(c)に示すように進展し、板表層部は破壊しないままの状態となる。この破壊しない表層部の領域は「サイドリガメント(sl)」と呼ばれている。
【0054】
き裂は、き裂先端が開口することによって駆動力が発生し進展する。しかしサイドリガメントがあると、き裂先端の開口が抑制され、き裂進展の駆動力が低下する。これは、き裂先端開口に相反する効果であり、「き裂先端閉口効果」と呼ばれている。
【0055】
そして、サイドリガメントの幅tslが大きいほど、またサイドリガメントの長さlslが長いほど、き裂先端閉口効果は大きく、き裂進展の駆動力は低減する。
【0056】
図1(b)に示すハッチコーミング部2で脆性き裂進展の駆動力が低下すると、アッパーデッキ部1に到達するき裂の進展駆動力も小さくなり、その結果、アレスト特性Kcaが低い厚鋼板をアッパーデッキ部に使用しても、き裂を停止することができる。
【0057】
次に、アッパーデッキ部に用いられる厚鋼板に必要なアレスト特性Kcaに影響する因子について説明する。
【0058】
繰返し述べるように、本発明では、下記(a)〜(c)のパラメータを用いているが、以下に説明するように、この(a)及び(b)が、(c)のアレスト特性に重要な影響を及ぼしている。
(a)板厚t/4部(t:ハッチコーミング材の厚さ)の高靭性CO2溶接部の脆性破面遷移温度vrs(L)、および低靭性CO2溶接部の脆性破面遷移温度vrs(X)
(b)CO2溶接長lCO2(mm)において、高靭性CO2溶接部のCO2溶接長L、低靱性CO2溶接部のCO2溶接長X
(c)アッパーデッキ材に必要なアレスト特性Kca(N/mm3/2
【0059】
上記図1(c)に示す解析モデルにおいて、サイドリガメント幅tsl及びサイドリガメント長lslに対して、ハッチコーミングCO2溶接部の溶接金属におけるt/4位置の靱性(脆性破面遷移温度vrs)が大きな影響を及ぼす。
【0060】
なお、本発明において、「板厚t/4部」の脆性破面遷移温度vrsを規定したのは、アッパーデッキ材のアレスト特性向上のためには、ハッチコーミング材のCO2溶接部の少なくとも表層部近傍(t/4位置付近)の脆性破面遷移温度vrsを高く制御すれば良く、ハッチコーミング用鋼板の板厚全体に亘って、CO2溶接部のvrsを高める必要は必ずしもない、という観点に基づくものである。アレスト特性に最も大きな影響を及ぼすのは、CO2溶接部の表層付近だからである。すなわち、CO2溶接部に関していえば、図6のCO2溶接部断面図に示すように、多層盛溶接を行ったCO2溶接部のうち少なくともt/4位置のvrsが高く制御されたハッチコーミング用鋼板を用いれば充分であり、例えば、t/2位置のvrsを高くする必要はない。従って、CO2溶接条件についても、そのようなハッチコーミング用鋼板が得られるように、適宜条件を変更すれば良い。このように本発明によれば、従来のように板厚全体に亘って高靭性のハッチコーミング用鋼板を用いる必要はなく、アッパーデッキ用鋼板に必要なアレスト特性も低減できるため、溶接材料費用の低コスト化を実現できる。
【0061】
ハッチコーミング部の大入熱溶接部に発生した脆性き裂は、下部溶接部(CO2溶接部)に進展してアッパーデッキ部に達する。このCO2溶接部の溶接金属におけるt/4位置の靱性が高いほど、サイドリガメント幅tslが大きくなり、アッパーデッキ到達時の脆性き裂の駆動力もより大幅に低下する。またCO2溶接部の溶接金属におけるt/4位置の靱性が高いほど、サイドリガメント長lslも大きくなり、脆性き裂の駆動力が大幅に低下する。そのためCO2溶接部の溶接金属におけるt/4位置の靱性が高いハッチコーミング材を用いた場合には、アッパーデッキ用材のアレスト特性Kcaを低く抑えることができる。
【0062】
また、CO2溶接長lCO2も、アッパーデッキ部に使用される厚鋼板の必要アレスト特性Kcaに影響を及ぼしている。すなわち、脆性き裂がアッパーデッキ部に到達する時点において、CO2溶接部に発生するサイドリガメント長lslは、CO2溶接長lCO2より大きくならず、lslは、lCO2と等しいかlCO2よりも小さくなり、常に、lsl≦lCO2の関係が成立する。そのため、後述する方法で計算されるlslよりもlCO2が大きい場合に比べて、計算lslよりもlCO2が小さい場合の方が、脆性き裂進展の駆動力がより一層小さくなる。すなわちCO2溶接長lCO2も、脆性き裂の駆動力に影響を及ぼし、その結果、アッパーデッキ部に使用される厚鋼板の必要アレスト特性Kcaに影響を及ぼすのである。
【0063】
以上のようにアッパーデッキ用厚鋼板の必要アレスト特性Kcaは、CO2溶接部の靱性
及びCO2溶接長の影響を受けることが分かる。
【0064】
上記の観点に基づき、本発明では、(a)高靭性CO2溶接部の脆性破面遷移温度vrs(L)、および低靭性CO2溶接部の脆性破面遷移温度vrs(X)、(b)CO2溶接長lCO2、高靭性CO2溶接部のCO2溶接長L、低靱性CO2溶接部のCO2溶接長X、及び(c)アッパーデッキ部に使用される厚鋼板の必要Kcaとの定式化を試みることにした。定式化の手順を以下に示す。
【0065】
〈脆性破面遷移温度vrs及びCO2溶接長lCO2と、アッパーデッキ部に使用される厚鋼板の必要Kcaとの定式化について〉
【0066】
(ア)vrsとサイドリガメント幅tslとの関係
サイドリガメント幅tsl(単位:mm)は、非特許文献3から下記(1)式のように表される。
sl=ksl・rp ・・・ (1)
【0067】
ここでkslは係数であり、tslの実測結果との比較よりksl=0.75とする。またrpは塑性域寸法(単位:mm)であり、下記(2)式のように表される。
p=1/(6π)・(KD(B)/σY12 ・・・ (2)
【0068】
ここでKD(B)は表層部近傍の動的破壊靱性値[単位:MPa・mm1/2(=N/mm3/2)]である。非特許文献3によると、シアリップ発生部ではき裂進展速度は極めて低速とのことから、KD(B)は、通常の破壊靱性値Kciと同等とする。即ち下記(3)式のとおりである。
D(B)=Kci ・・・ (3)
【0069】
非特許文献4では、下記(4)〜(6)式のような破壊靱性値Kciと脆性破面遷移温度vrsとの相関が示されている。
ci=3.81・σy0/9.8・exp{k0(1/ik−1/T0)} ・・・ (4)
0=6.65・ik−290 ・・・ (5)
ik=(0.00321・σy0/9.8+0.391)vrs+2.74(t)1/2+17.3 ・・・ (6)
【0070】
ここでσy0=500MPa、板厚t=60mm、温度T0=−10℃のときの脆性破面遷移温度vrsと破壊靱性値Kciとの関係を求めると図5のようになる。この関係より、表層部のKci(Kci(B))を用いて下記(7)式が得られる。
D(B)=Kci(B)=−92vrs+32700 ・・・ (7)
【0071】
また上記(2)式中のσY1は、温度T0(=−10℃)におけるハッチコーミング用鋼材表層近傍の高速引張変形時の降伏応力(単位:MPa)であり、表層近傍のき裂進展速度に依存する。表層近傍のき裂進展速度を非特許文献3に基づき100m/secとすると、非特許文献3から降伏応力σY1=800MPaが得られる。
【0072】
以上より、サイドリガメント幅tslは、以下のようにCO2溶接部の溶接金属におけるt/4位置の脆性破面遷移温度vrsの関数(下記(8)式)として定式化される。
sl=ksl・rp
=0.75・1/(6π)・(KD(B)/σY12
=1/(8π)・{(−92vrs+32700)/800}2 ・・・ (8)
【0073】
(イ)脆性破面遷移温度vrsとサイドリガメント長lslとの関係
非特許文献3から、サイドリガメント長lslは、下記(9)式のように表される。
2uy[a−lsl]=ks・tsl・εF ・・・ (9)
【0074】
ここで2uy[a−lsl]は、き裂先端からき裂進展方向に対してlslだけ後方でのき裂開口変位である。き裂開口変位2uy[a−lsl]は、サイドリガメントの影響を受けるため、サイドリガメントがない場合に比べてサイドリガメントがある場合の方が小さくなる。しかしサイドリガメント長lslは、き裂長さよりも充分に小さいため、き裂開口変位への影響は小さくて無視できると考えた。そのためサイドリガメントがない場合のき裂先端からlslだけ後方でのき裂開口変位として、下記(10)式が適用できると考えた。
2uy[a−lsl
=((3−ν)/(1+ν)−1)・(lsl/(2π))0.5・K/G ・・・ (10)
【0075】
上記(9)及び(10)式から、下記(11)式が得られる。
s・tsl・εF
=((3−ν)/(1+ν)−1)・(lsl/(2π))0.5・K/G ・・・ (11)
【0076】
上記(11)式から、lslは下記(12)式のように表される。
sl=2π・ks2・tsl2・εF2・G2/[K{(3−ν)/(1+ν)−1}]2
・・・ (12)
【0077】
ここでサイドリガメント幅tslは、CO2溶接部の溶接金属におけるt/4位置の脆性破面遷移温度vrs(L)vrs(X)と関連づけられているため(上記(8)式)、サイドリガメント長lslは下記(13)式のように表される。
sl=2π・ks2・[1/(8π)・[{(−92・(L・tsl(L)+X・tsl(X))/(L+X)+32700)/800}22・εF2・G2/[K{(3−ν)/(1+ν)−1}]2 ・・・ (13)
【0078】
ここで
ν:ポアソン比であり、ν=0.3。
s:係数であり、非特許文献3からks=1とする。
G:横弾性係数であり、G=8×104(N/mm2)。
εF:延性破壊の限界ひずみであり、非特許文献3からεF=0.1とする。
K:外力から計算される応力拡大係数であり、K=σ0(3.14a)0.5で計算される。
σ0:負荷応力。船舶の場合、設計要件から設計応力が決められることが多く、この設計応力でのき裂停止性能を把握することが最も合理的である。そこでABS規格(アメリカ船級協会規格)EH40に対する設計使用応力を用いて、本発明ではσ0=252MPaとする。
a:き裂長さであり、非特許文献2のa=700mmのき裂長さの実験により実船相当のき裂進展駆動力を得られることが分かっていることから、本発明ではa=700mmとする。
【0079】
上記(13)式で示すように、サイドリガメント長lslは、CO2溶接部の溶接金属におけるt/4位置の脆性破面遷移温度vrs(L)vrs(X)及び他の既知パラメータ(ν、G、εF、K、σ0、a)で定式化される。
【0080】
また前述のCO2溶接長lCO2との関連より、ハッチコーミング−アッパーデッキ溶接継手構造体のサイドリガメント長lsl’は、下記(14)及び(15)式のように表される。
【0081】
(a)サイドリガメント長lsl≦CO2溶接長lCO2である場合
サイドリガメント長lsl’=lsl ・・・ (14)
【0082】
(b)サイドリガメント長lsl>CO2溶接長lCO2である場合
サイドリガメント長lsl’=lCO2 ・・・ (15)
【0083】
(ウ)脆性破面遷移温度vrs、サイドリガメント幅tsl及びサイドリガメント長lslとアッパーデッキ部に使用される厚鋼板の必要アレスト特性Kcaとの関係
非特許文献3から、サイドリガメントの閉口効果により低減されたK値(Keff)は、下記(16)式のように表される(下記(16)式中、rはK値の低減率である。)。
eff
=Knom・(1−r)
=Knom・[1−(4/π)(tsl/t)(σY1/σ0)cos-1{(a−lsl)/a}]
・・・ (16)
【0084】
ここで前述のtslvrsとの関係(上記(8)式)、lslvrsとの関係(上記式(13)式)、及びlsl’とlCO2との関係(上記(14)及び(15)式)から、Keffを表す上記(16)式は、下記(17)及び(18)式のように変形できる。
【0085】
(a)サイドリガメント長lsl≦CO2溶接長lCO2である場合
eff
=Knom・[1−(4/π)(tsl/t)(σY1/σ0)cos-1{(a−lsl’)/a}]
=Knom・[1−(4/π)(tsl/t)(σY1/σ0)cos-1{(a−lsl)/a}]
=Knom・[1−{1/(2π2)}・[{(−92・tsl+32700)/800}2/t]・(σY1/σ0)・cos-1{(a−2π・ks2・[1/(8π)・{(−92・tsl+32700)/800}22・εF2・G2・/[K{(3−ν)/(1+ν)−1}]2)/a}]
・・・ (17)
【0086】
(b)サイドリガメント長lsl>CO2溶接長lCO2である場合
eff
=Knom・[1−(4/π)(tsl/t)(σY1/σ0)cos-1{(a−lsl’)/a}]
=Knom・[1−(4/π)(tsl/t)(σY1/σ0)cos-1{(a−lCO2)/a}]
=Knom・[1−{1/(2π2)}・[{(−92・tsl+32700)/800}2/t](σY1/σ0)・cos-1{(a−lCO2)/a}]
・・・ (18)
【0087】
ここで、
nom:サイドリガメントによる低減を考慮に入れない場合の応力拡大係数。従来は6000N/mm3/2と考えられていたが、非特許文献2から、厚みtが50mmを超える厚鋼板の場合には7000N/mm3/2とされている。
σ0:負荷応力。上述のように、本発明ではσ0=252MPaとする。
a:き裂長さ。上述のように、本発明ではa=700mmとする。
【0088】
また、アッパーデッキ部に使用される厚鋼板のアレスト特性が、上式のKeff以上であれば脆性き裂をアッパーデッキ部で停止できることから、脆性き裂の伝播停止に必要なアッパーデッキ材のアレスト特性Kcaは下記(19)式のように表される。
ca≧Keff ・・・ (19)
【0089】
上記(19)式に上記(17)及び(18)式を代入すると、Kcaは下記(20)及び(21)式のように表される。
【0090】
(a)サイドリガメント長lsl≦CO2溶接長lCO2である場合
ca≧Knom・[1−{1/(2π2)}・[{(−92・tsl+32700)/800}2/t](σY1/σ0)・cos-1{(a−2π・ks2・[1/(8π)・{(−92・tsl+32700)/800}22・εF2・G2・/[K{(3−ν)/(1+ν)−1}]2)/a}]
・・・ (20)
【0091】
(b)サイドリガメント長lsl>CO2溶接長lCO2である場合
ca≧Knom・[1−{1/(2π2)}・[{(−92・tsl+32700)/800}2/t](σY1/σ0)・cos-1{(a−lCO2)/a}] ・・・ (21)
【0092】
ここで上記(a)及び(b)の場合分けのためにCO2溶接長lCO2と対比されるサイドリガメント長lslは、上述したように、下記(13)式(再掲する。)から計算される。
sl=2π・ks2・[1/(8π)・{(−92・(L・vrs(L)+X・vrs(X))/(L+X)+32700)/800}22・εF2・G2/[K{(3−ν)/(1+ν)−1}]2 ・・・ (13)
【0093】
また上記式(20)、(21)及び(13)式中の既知パラメータは、以下の通りである(再掲する。)。
上記式中、
t:ハッチコーミング用鋼板の厚さ(mm)。
nom:サイドリガメントによる低減を考慮に入れない場合の応力拡大係数で
あり、
nom=7000N/mm3/2とする。
σY1:温度T0(=−10℃)におけるハッチコーミング用厚鋼板表層近傍の高速
引張変形時の降伏応力であり、σY1=800MPaとする。
ν:ポアソン比であり、ν=0.3とする。
s:係数であり、ks=1とする。
G:横弾性係数であり、G=8×104N/mm2とする。
εF:延性破壊の限界ひずみであり、εF=0.1とする。
K:外力から計算される応力拡大係数であり、
K=σ0(3.14a)0.5とする。
σ0:負荷応力であり、σ0=252MPaとする。
a:き裂長さであり、a=700mmとする。
【0094】
以上のように本発明によれば、アッパーデッキ部に使用される厚鋼板に脆性き裂が伝播しないために必要とされるKca値は、上記(13)、(20)及び(21)式から、高靱性CO2溶接部の溶接金属における板厚t/4部(t:鋼板Aの厚さ)の脆性破面遷移温度vrs(L)、低靱性CO2溶接部の溶接金属における板厚t/4部の脆性破面遷移温度vrs(X)、CO2溶接長lCO2、、高靱性CO2溶接部のCO2溶接長L、低靱性CO2溶接部のCO2溶接長X、及び他の既知パラメータ(t、Knom、σY1、ν、ks、G、εF、K、σ0、a)から決定することができる。
【0095】
ここで、上記(13)、(20)及び(21)式において、既知パラメータの数値を代入して計算したものを、参考のため、(13−1)、(20−1)及び(21−1)式として示す。
【0096】
(13−1)式・・・
sl=2π・[1/(8π)・{(−92・(L・vrs(L)+X・vrs(X))/(L+X)+32700)/800}22・0.3916
(20−1)式・・・
ca≧7000・[1−{1/(2π2)}・[{(−92・(L・vrs(L)+X・vrs(X))/(L+X)+32700)/800}2/t]・3.175・cos-1{(700−2π・[1/(8π)・{(−92・(L・vrs(L)+X・vrs(X))/(L+X)+32700)/800}22・0.3916)/700}]
(21−1)式・・・
ca≧7000・[1−{1/(2π2)}・[{(−92・(L・vrs(L)+X・vrs(X))/(L+X)+32700)/800}2/t]・3.175・cos-1{(700−lCO2)/700}]
【0097】
上記式(20−1)および(21−1)を利用して、アッパーデッキ材に必要なアレスト特性Kca値の範囲や、ハッチコーミング部に必要とされるCO2溶接条件(CO2溶接長lCO2または溶接金属におけるt/4位置の脆性破面遷移温度vrs)の範囲を決定することができる。
【0098】
なお、上記では、CO2溶接長(全長)lCO2=L+Xとして定式化を行なったが、低靱性CO2溶接長Xは、例えば図2(b)に示すようにX1とX2から構成されていても良い(X=X1+X2)。その場合は、上記(20)、(21)、(20−1)、(21−1)式において、(L・vrs(L)+X・vrs(X))/(L+X)を、(L・vrs(L)+X1・vrs(X1)+X2・vrs(X2))/(L+X1+X2)とすれば良い(ただし、vrs(X1)vrs(X2)である。)。
【実施例】
【0099】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例によって制限を受けるものではなく、上記・下記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0100】
実施例
(実験例1〜3)
以下の実験例では、本発明によって導き出される前述した図4Aに示すグラフに従えば、現実に、溶接構造体のT継手溶接部における脆性き裂の伝播を停止できることを実証する。詳細には、ハッチコーミング部におけるCO2溶接長lCO2、ハッチコーミング部における低靭性CO2溶接部の脆性破面遷移温度vrs(X)および下端部からの低靱性CO2溶接長の距離X1、アッパーデッキ材のアレスト特性Kcaがすべて判明している場合において、前述した図4に示すグラフ(高靱性CO2溶接部の脆性破面遷移温度vrs(L)と高靱性CO2溶接長Lのライン)よりも上にくるように高靭性CO2溶接を行なえば、ハッチコーミング部で発生した脆性き裂をアッパーデッキ部で停止させることができることを実証する。
【0101】
具体的には、図7に示す形状(図7A)および寸法(図7B、単位はすべてmm)のハッチコーミング2とアッパーデッキ1の十字溶接試験体を用い、T字溶接部(CO2溶接部分)に脆性き裂を進展させたときのアッパーデッキ材への進展の有無を調べた。
【0102】
〈脆性き裂の進展〉
試験体を−10℃に冷却し、矢印方向に252MPaの応力を加えることによって、脆性き裂を進展させた。
【0103】
〈CO2溶接部の溶接金属におけるt/4位置の脆性破面遷移温度vrsの測定法〉
Vノッチシャルピー試験を行い、脆性破面遷移曲線から脆性破面遷移温度vrsを求めた。詳しくは、CO2溶接部の表層t/4部からNK U14A試験片を採取し、JIS Z2242に従って試験を実施した。このとき各温度(最低4温度以上)の測定につきn=3で試験を実施し、n=3で最も脆性破面率の高い点を通るように脆性破面遷移曲線を描き、脆性破面50%の温度を脆性破面遷移温度vrsとして算出した。
【0104】
下記のハッチコーミング材及びアッパーデッキ材を下記条件で溶接し、実験例1〜3の試験体を作製した。実験例1〜3は、以下に示すようにCO2溶接部の溶接条件[下記(3)の(イ)]が異なること以外は、すべて同じである。
(1)ハッチコーミング材:JIS規格SM570に準拠する鋼材
ハッチコーミング材の厚み:60mm
(2)アッパーデッキ材:JIS規格SM570に準拠する鋼材
アッパーデッキ材の厚み:60mm
アッパーデッキ材のアレスト特性Kca:5000N/mm3/2
(3)溶接条件
(ア)EG(エレクトロガス)溶接:V開先による突合せ条件で1電極エレクトロガスアーク溶接(シールドガス:CO2
(イ)CO2溶接:合計12層のCO2溶接
CO2溶接長lCO2:200mm
シールドガス:CO2
実験例1〜3における高靭性・低靱性CO2溶接部の詳細は表1を参照
(なお、合計12層のCO2溶接中、上記実施例1〜3における高靱性CO2
接部L、低靱性CO2溶接長部の距離X1、及び低靱性CO2溶接長部の距離
X2におけるCO2溶接層はいずれも、4層である。)
【0105】
前述した(13)式により、サイドリガメント部の長さlsl=69〜81mmとなる。この値は、CO2溶接長lCO2に比べて小さいため、試験体のハッチコーミング材2の高靭性CO2溶接長Lの算出は、前述した(17)式を用いて行った。
【0106】
その結果、図8に示すvrs(L)−LのラインよりもLが上にくるような条件で高靭性CO2溶接を行なえば、ハッチコーミング部で発生した脆性き裂をアッパーデッキ部で停止させることができる。一方、実験例1のLは60mmであり、vrs((L)−Lのラインよりも下に位置しており、脆性き裂の進展を停止できないと予想される。そして予想どおり、実験例1の試験体ではき裂の進展が止まらなかった(表1の結果×)。
【0107】
これに対し、実験例2のLは100mm、実験例3のLは40mmであり、vrs(L)−Lのラインよりも上に位置しており、脆性き裂の進展を停止できると予想される。そして予想どおり、実験例2および3の試験体ではき裂の進展を停止できた(表1の結果○)。
【0108】
【表1】

【符号の説明】
【0109】
1 アッパーデッキ部(強力甲板)
2 ハッチコーミング部
t ハッチコーミング部の厚み
sl サイドリガメント幅
sl サイドリガメント長

【特許請求の範囲】
【請求項1】
T字型完全溶込み溶接構造体の脆性き裂伝播停止性能の品質管理方法であって、
前記溶接構造体は、突合せ溶接継手によって接合された鋼板Aと、前記突合せ溶接継手と交差するように完全溶込み溶接で接合された脆性き裂伝播停止用鋼板Bと、からなり、
前記鋼板Aの突合せ溶接継手における下端部近傍はCO2溶接によってCO2溶接部を形成し、前記CO2溶接部のCO2溶接長の全長をlCO2としたとき、lCO2は、靱性レベルがL>Xの関係を満足する高靭性CO2溶接部のCO2溶接長Lと低靭性CO2溶接部のCO2溶接長Xとから構成され、lCO2=L+Xであり、
前記鋼板Aの表面に生じる延性破壊領域(シアリップ)および脆性破壊を生じない領域(サイドリガメント)を有する解析モデルに基づき、
(ア)前記高靭性CO2溶接部の溶接金属における板厚t/4部(t:鋼板Aの厚さ)の脆性破面遷移温度vrs(L)および前記低靱性CO2溶接部の溶接金属における板厚t/4部の脆性破面遷移温度vrs(X)と、
(イ)前記高靭性CO2溶接部のCO2溶接長Lおよび前記低靱性CO2溶接部のCO2溶接長Xと、
(ウ)前記鋼板Bの脆性き裂伝播停止性能Kcaと、の関係式を求める第1の工程と、
前記関係式に基づき、前記鋼板Aの突合せ溶接継手に沿って伝播する脆性き裂の停止に有用な、(ア)前記脆性破面遷移温度vrs(L)および前記脆性破面遷移温度vrs(X)の範囲、(イ)前記CO2溶接長Lおよび前記CO2溶接長Xの範囲、または(ウ)前記脆性き裂伝播停止性能Kcaの範囲のいずれかを決定する第2の工程と、
を含むことを特徴とする脆性き裂伝播停止性能の品質管理方法。
【請求項2】
前記第1の工程は、
(1)前記鋼板Aの表面付近に未破断で残るサイドリガメント部の長さlslを、下記(13)式から算出する工程と、
(2)前記工程によって算出されたサイドリガメント部の長さlslと前記CO2溶接長lCO2の関係に基づき(但しlCO2=L+X)、
(a)サイドリガメント部の長さlsl≦CO2溶接長lCO2の場合は下記(20)式を、
(b)サイドリガメント部の長さlsl>CO2溶接長lCO2の場合は下記(21)式を、
導出する工程と、
を含むものである請求項1に記載の品質管理方法。
(13)式・・・
sl=2π・ks2・[1/(8π)・{(−92・(L・vrs(L)+X・vrs(X))/(L+X)+32700)/800}22・εF2・G2/[K{(3−ν)/(1+ν)−1}]2
(20)式・・・
ca≧Knom・[1−{1/(2π2)}・[{(−92・(L・vrs(L)+X・vrs(X))/(L+X)+32700)/800}2/t]・(σY1/σ0)・cos-1{(a−2π・ks2・[1/(8π)・{(−92・(L・vrs(L)+X・vrs(X))/(L+X)+32700)/800}22・εF2・G2・/[K{(3−ν)/(1+ν)−1}]2)/a}]
(21)式・・・
ca≧Knom・[1−{1/(2π2)}・[{(−92・(L・vrs(L)+X・vrs(X))/(L+X)+32700)/800}2/t]・(σY1/σ0)・cos-1{(a−lCO2)/a}]
上記式中、
t:鋼板Aの厚さ(mm)。
nom:サイドリガメントによる低減を考慮に入れない場合の応力拡大係数で
あり、
nom=7000N/mm3/2とする。
σY1:温度T0(=−10℃)における鋼板Aの表層近傍の高速引張変形時の降伏
応力であり、σY1=800MPaとする。
ν:ポアソン比であり、ν=0.3とする。
s:係数であり、ks=1とする。
G:横弾性係数であり、G=8×104N/mm2とする。
εF:延性破壊の限界ひずみであり、εF=0.1とする。
K:外力から計算される応力拡大係数であり、
K=σ0(3.14a)0.5とする。
σ0:負荷応力であり、σ0=252MPaとする。
a:き裂長さであり、a=700mmとする。
【請求項3】
前記鋼板Aの厚さは50mm以上である請求項1または2に記載の品質管理方法。
【請求項4】
前記溶接構造体は船舶であり、前記鋼板Aはハッチコーミング部を構成する鋼板であり、前記鋼板Bはアッパーデッキ部を構成する鋼板である請求項1〜3のいずれかに記載の品質管理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4A】
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【図4B】
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【図5】
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【図6】
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【図7A】
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【図7B】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−279963(P2010−279963A)
【公開日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−133866(P2009−133866)
【出願日】平成21年6月3日(2009.6.3)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】