説明

X線分析装置

【課題】 外部磁場がTESに与える影響を大幅に抑制することが可能なX線分析装置を提供すること。
【解決手段】 X線を受けてそのエネルギーを温度変化として検出し電流信号として出力するTES7と、TES7を内部に配置すると共に超伝導状態となる超伝導磁気シールド8と、超伝導磁気シールド8を被包すると共に該超伝導磁気シールド8が超伝導状態になるまで外部磁場を遮蔽する室温磁気シールド9と、を備え、超伝導磁気シールド8と室温磁気シールド9とが、互いに同心円状に配置された円筒状である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子顕微鏡や蛍光X線分析装置等に用いられ、発生したX線のエネルギーを弁別することにより発生源の元素種を特定するためのX線分析装置であって、特にX線のエネルギーを熱エネルギーに変換する超伝導転移端センサをX線検出器として使用したX線分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
X線のエネルギーを弁別することが可能なX線分析装置として、エネルギー分散型X線検出器(Energy Dispersive Spectroscopy、以後EDSと呼ぶ)やWDS(Wavelength Dispersive Spectroscopy、以後WDSと呼ぶ)がある。
上記EDSは、検出器に取り込まれたX線のエネルギーを検出器内で電気信号に変換し、その電気信号の大きさによってエネルギーを算出するタイプのX線検出器である。また、上記WDSはX線を分光器で単色化し(エネルギー弁別)、単色化されたX線を比例計数管で検出するタイプのX線検出器である。
【0003】
EDSとしては、SiLi(シリコンリチウム)型検出器などの半導体検出器が知られている。この半導体検出器を用いることで、0〜20keV程度の広範囲のエネルギーを検出できるが、エネルギー分解能は130eV程度と狭く、WDSと比較して10倍以上劣る点がある。
【0004】
近年、エネルギー分散型でかつWDSと同等のエネルギー分解能を有する超伝導X線検出器が注目されている。この超伝導X線検出器の中で超伝導転移端センサ(Transition Edge Sensor、以後TESと呼ぶ)と呼ばれる検出器は、金属薄膜の超伝導−常伝導遷移時の急激な抵抗変化(ΔT〜数mKにてΔR〜0.1Ω)を利用した高感度の温度計である。なお、このTESは、マイクロカロリーメータとも呼ばれる。
【0005】
このTESでは、線源から一次X線や一次電子線などの放射線をサンプルに照射し、サンプルから発生した蛍光X線や特性X線を入射させることで、TES内の温度が可変して、それを制御することでサンプルの分析をするものである。現在では、TESのエネルギー分解能は、例えば5.9keVの特性X線において10eV以下のエネルギー分解能を得ることができる(非特許文献1参照)。
【0006】
なお、TESを電子発生源としてサーマル型(タングステンフィラメント型など)の走査電子顕微鏡に取り付けたとき、電子線が照射されたサンプルから発生する特性X線を取得した結果、半導体型X線検出器では分離不可能な特性X線(Si−Ka、W−Ma,b)をTESは容易に分離することが可能である(非特許文献2参照)。
【0007】
このTESは、従来の半導体型EDSと同様に冷却装置に取り付けられ検出器をサンプルに近づけるためのコールドフィンガーといわれる棒状の部材の先端に設けられている。また、超伝導材料を用いるTESは地磁気程度の磁場が外部磁場としてセンサに加わると影響を受けて感度が劣化するため、上記コールドフィンガーを収納するスノートには、従来、地磁気を遮蔽するための磁気シールドが設けられている。
【0008】
【非特許文献1】K.D.Irwin,“An application of electrothermal feedback for high resolution cryogenic particle detection ”, Applied Physics Letters 66号 1995年 1998ページ.
【非特許文献2】K.Tanaka 他,“A microcalorimeter EDS system suitable for low acceleration voltage analysis”, Surface and Interface Analysis 38号 2006年 1646ページ.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記従来の技術には、以下の課題が残されている。
例えば、非特許文献2に記載のTESでは、サーマル型(タングステンフィラメント型)の電子顕微鏡とTESとの位置が数センチ離れていること、また磁場が電子顕微鏡の鏡筒から漏れにくい構造となっていたため、外部磁場によるTESの感度への影響はみられなかったが、高分解能型の電子顕微鏡(例えば、フィールドエミッション(電界放出)型電子顕微鏡)においては漏れ磁場によるTESの感度への影響が懸念される。すなわち、このような電子顕微鏡では、鏡筒の外に磁場を漏らすインレンズ型やセミインレンズ型の対物レンズが主流であり、電界放出型陰極から放射された一次電子を収束するために強磁場を印加しているため、漏れ磁場がTESの特性に影響するおそれがあった。また、電子顕微鏡や蛍光X線分析装置以外にも地磁気以上の磁場が発生する中でTESを利用することは大いに考えられ、地磁気以上の強磁場下で安定してTESが動作することが望まれている。
【0010】
本発明は、前述の課題に鑑みてなされたもので、外部磁場がTESに与える影響を大幅に抑制することが可能なX線分析装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、前記課題を解決するために以下の構成を採用した。すなわち、本発明のX線分析装置は、X線を受けてそのエネルギーを温度変化として検出し電流信号として出力する超伝導転移端センサと、該超伝導転移端センサを内部に配置すると共に超伝導材料で形成された超伝導磁気シールドと、前記超伝導磁気シールドを被包すると共に該超伝導磁気シールドが超伝導状態になるまで外部磁場を遮蔽する室温磁気シールドと、前記超伝導転移端センサ及び前記超伝導磁気シールドを冷却する冷却機構と、を備え、前記超伝導磁気シールドと前記室温磁気シールドとが、互いに同心円状に配置された円筒状であることを特徴とする。
【0012】
このX線分析装置では、超伝導磁気シールドと室温磁気シールドとが、互いに同心円状に配置された円筒状であるので、超伝導磁気シールド及び室温磁気シールドが外部磁場に対して一定の曲率の外周面を有することから磁束密度を高めてしまう角部等が外周面に存在せず、磁束の集中によって外部磁場が臨界磁場に達することを抑制することができる。したがって、良好な磁気シールド効果を維持することができ、TESの感度を安定かつ高精度に得ることができる。
【0013】
また、本発明のX線分析装置は、前記超伝導磁気シールドの臨界磁場が、最大外部磁場の強度の2倍以上に設定されていることを特徴とする。後述するように円筒状の超伝導磁気シールドにおいて側面から垂直に磁場が印加された際に、超伝導磁気シールドの外周面で磁束密度が外部磁場の強度の最大2倍になる。したがって、本発明のX線分析装置では、超伝導磁気シールドの臨界磁場が、最大外部磁場の強度の2倍以上に設定されているので、超伝導磁気シールドの外周面において生じる最大磁束密度に対して必要な耐磁場性を得ることができる。
【0014】
また、本発明のX線分析装置は、前記超伝導磁気シールドが、複数の超伝導体層を同心円状に積層されて形成されていることを特徴とする。すなわち、このX線分析装置では、超伝導磁気シールドが、複数の超伝導体層を同心円状に積層されて形成されているので、超伝導体の表面数が増えて流れる磁気シールド電流の増加により、単層で構成された場合に比べて大幅に高い磁場シールド効果を得ることができる。
【0015】
また、本発明のX線分析装置は、前記超伝導磁気シールドに積層された銅層部を備えていることを特徴とする。すなわち、このX線分析装置では、超伝導磁気シールドに積層された銅層部を備えているので、熱伝導率の高い銅層部が超伝導磁気シールドの熱を吸収して外部に伝えることで良好な冷却状態を維持することができる。
【0016】
また、本発明のX線分析装置は、前記超伝導磁気シールドの基端部に先端部が連結されていると共に基端部が前記冷却機構に接続された熱伝導部材を備え、前記超伝導磁気シールドの基端部と前記熱伝導部材の先端部とが、互いに嵌合可能な断面段差状に形成されていることを特徴とする。すなわち、このX線分析装置では、超伝導磁気シールドの基端部と熱伝導部材の先端部とが、互いに嵌合可能な断面段差状に形成されているので、連結部の互いの接触面積が多くなり、良好な熱伝導が可能になる。
【0017】
さらに、本発明のX線分析装置は、前記超伝導磁気シールドの基端部と前記熱伝導部材の先端部とに跨ってこれらの外周面を覆うアルミニウム又は銅で形成された高熱伝導補助部材を備えていることを特徴とする。すなわち、このX線分析装置では、超伝導磁気シールドの基端部と熱伝導部材の先端部との外周面がアルミニウム又は銅の高熱伝導補助部材で覆われているので、超伝導磁気シールドと熱伝導部材との連結部による直接的な熱伝導だけでなく高熱伝導補助部材を介しても高い熱伝導が行われることで、高い熱伝導性を得ることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、以下の効果を奏する。
すなわち、本発明に係るX線分析装置によれば、超伝導磁気シールドと室温磁気シールドとが、互いに同心円状に配置された円筒状であるので、外部磁場が臨界磁場に達することを抑制し、良好な磁気シールド効果を維持することで、TESの感度を安定かつ高精度に得ることができる。さらに、超伝導磁気シールドの臨界磁場を、最大外部磁場の強度の2倍以上に設定することで、装置に加わる最大外部磁場の強さに応じた磁気シールド効果を有する超伝導磁気シールドを得ることができ、確実に超伝導X線検出器であるTESを高精度に動作させることができる。その結果、常に高エネルギー分解能を維持したX線分析装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明に係るX線分析装置の一実施形態を、図1から図6を参照しながら説明する。なお、以下の説明に用いる各図面では、各部材を認識可能又は認識容易な大きさとするために縮尺を適宜変更している。
【0020】
本実施形態のX線分析装置は、例えば電子顕微鏡、イオン顕微鏡、X線顕微鏡、蛍光X線分析装置等の組成分析装置として利用可能な装置であって、図1に示すように、X線を受けてそのエネルギーを温度変化として検出し電流信号として出力するX線検出器であるTES(Transition Edge Sensor:超伝導転移端センサ)7と、該TES7を内部に配置すると共に超伝導材料で形成された超伝導磁気シールド8と、超伝導磁気シールド8を被包すると共に該超伝導磁気シールド8が超伝導状態になるまで外部磁場を遮蔽する室温磁気シールド9と、を備えている。
【0021】
すなわち、このX線分析装置は、装置全体を取り囲む真空容器1と、真空容器1に対して水平方向に突出して取り付けられた真空管2と、真空容器1内を冷却するための予備冷却機構3と、超伝導磁気シールド8の基端部に先端部が連結されていると共に基端部が予備冷却機構3に接続され冷却される熱シールド板(熱伝導部材)4と、熱シールド板4内に囲まれており300mK以下まで冷却可能な冷却装置5と、冷却装置5から水平方向に取り付けられたコールドフィンガー6と、コールドフィンガー6の先端部に取り付けられたTES7と、該TES7を覆って熱シールド板4の一部に取り付けられた超伝導磁気シールド8と、該超伝導磁気シールド8を覆って真空管2の外装に設けられた室温磁気シールド9と、超伝導磁気シールド9に積層された銅層部10と、を備えている。
【0022】
また、上記室温磁気シールド9は、超伝導磁気シールド8を接触又は非接触で囲んで配されている。なお、本実施形態の室温磁気シールド9は、非接触状態で超伝導磁気シールド8を囲んで配されている。さらに、上記超伝導磁気シールド8と上記室温磁気シールド9とは、コールドフィンガー6を中心軸にして互いに同心円状に配置された円筒状とされている。
また、超伝導磁気シールド8の臨界磁場は、少なくとも最大外部磁場の強度の2倍以上になるように設定されている。
【0023】
また、超伝導磁気シールド8は、複数の超伝導体層(図示略)を同心円状に積層されて形成されている。この積層構造の超伝導磁気シールド8では、超伝導体層の積層数をNとし、最大外部磁場をBとしたとき、超伝導体層一層の臨界磁場が2B/N以上に設定されている。
なお、図2は、図1に示された超伝導磁気シールド8の断面図であり、熱伝導率の高い銅層部10が超伝導磁気シールド8に設けられた様子を示す。
【0024】
上記真空容器1と真空管2とは、一つの真空チャンバーを形成する。この真空チャンバー内に設けられた予備冷却機構3と冷却装置5とコールドフィンガー6とは、熱シールド板4からの熱伝導をなくすために必要な真空を用いて断熱される。
上記予備冷却機構3は、熱シールド板4を冷却するため、及び冷却装置5が運転可能な温度まで室温から冷却するために用いられる。
【0025】
上記コールドフィンガー6は、TES7をX線発生源まで出来るだけ近づけるために利用される円柱棒状部材である。このコールドフィンガー6の材料は、TES7を冷却装置5の温度近傍まで冷却する必要があるため熱伝導率の高い銅等が用いられる。また熱シールド板4に装着された超伝導磁気シールド8は、熱シールド板4と同等の温度とすることが望まれる。この装着方法は、これに限定されないが熱シールド板4と超伝導磁気シールド8と間に銅ペーストを用い、金属的に両者を接続する方法がよい。また、超伝導磁気シールド8の外側には、高温部からの熱輻射をカットするためにマイラー(登録商標)等のPETフィルムを数層設ける方がよい。
【0026】
また、上記冷却装置5は、100mK近傍まで冷却が可能な冷凍機からなり、例えば希釈冷凍機、断熱消磁冷凍機を用いることができる。上記希釈冷凍機は、混合室内で3Heと4Heとが2層分離した状態にあり、3Heが4Heに溶け込むときのエンタルピー差を利用して冷却する冷凍機である。また、上記断熱消磁冷凍機は、磁性塩に加えられた磁場を下げ、磁性塩のエントロピーを増大させることにより冷却対象物の熱を吸収する冷凍機である。
【0027】
上記希釈冷凍機、断熱消磁冷凍機ともに、100mK以下の温度を得ることができる。コールドフィンガー6の先端の温度は、TES7の発熱量、コールドフィンガー6の熱伝導度、及び熱シールド板4からの熱輻射により決定される。また、コールドフィンガー6の材料を無酸素銅とし、熱シールド板4の材料を同様に無酸素銅とすると共に予備冷却機構3の到達温度が5K以下であれば、コールドフィンガー6の先端温度と冷却装置5の温度との差は、冷却装置5の温度が100mK近傍の場合、数十ミリケルビン程度である。
このように、予備冷却機構3と冷却装置5とコールドフィンガー6とは、TES7及び超伝導磁気シールド8を冷却する冷却機構として機能する。
【0028】
次に、本装置の冷却過程について説明する。
真空容器1と真空管2とからなる真空チャンバーを真空引きした後に、予備冷却機構3で熱シールド板4、冷却装置5及びコールドフィンガー6を冷却させる。なお、予備冷却機構3の到達温度は使用する冷却媒体により異なる。例えば、5K以下まで熱シールド板4、冷却装置5及びコールドフィンガー6を冷却させる場合、予備冷却機構3は、液体ヘリウムまたは機械式冷凍機が使用される。
【0029】
液体ヘリウムの場合、ヘリウムタンクが予備冷却機構3に相当する。また、機械式冷凍機は、ギフォード・マクマフォン型冷凍機(GM冷凍機)、またはパルスチューブ冷凍機が使用される。なお、予備冷却機構3と冷却装置5とは、熱的に緩く接続されている。例えば、予備冷却機構3と冷却装置5との間は、熱伝導率の悪い薄肉(<0.5mm)のステンレスパイプ等を使用することができる。
【0030】
上記のように予備冷却機構3と冷却装置5との間を熱伝導率の悪い材料で接続した場合、冷却装置5の温度が5K以下まで下がる時間が、熱伝導率のよい材料と比較し遅くなる問題が発生する。この問題を解決する手段として、例えば、予備冷却機構3と冷却装置5との間に熱伝導率のよい材料からなる棒を挿入し、この棒が数ミリ移動できるような工夫をすればよい。
【0031】
予備冷却機構3は、熱伝導率のよい材料からなる棒を介して冷却装置5を5K以下まで冷却した後、棒を冷却装置5から数ミリ切り離すことで、予備冷却機構3と冷却装置5とを熱的に分離することが出来る。また、予備冷却機構3に減圧された液体ヘリウムを使用すると、3K以下まで熱シールド板4、冷却装置5及びコールドフィンガー6を冷却することができる。
【0032】
真空管2の外装に設けられた室温磁気シールド9は、予備冷却機構3で熱シールド板4、冷却装置5及びコールドフィンガー6を冷却するとき、外部磁場が真空管2内に漏れないようにするために使用される。この室温磁気シールド9の材料としては、例えばパーマロイと呼ばれる鉄ニッケル合金を使うことができる。図3のグラフは、円筒状の室温磁気シールド9の中にホール素子を設け、外部磁場強度を変化させたときの室温磁気シールド9内の漏れ磁場強度を測定した結果である。
【0033】
室温磁気シールド9は、一方の片側は完全開放であって、他方の片側は閉じているがφ6の孔がTES7に対向した位置に設けられている。また、真空容器1、銅層部10及び超伝導磁気シールド8にもTES7に対向した位置に、同様に孔が設けられている。これらの孔は、外部からX線を導入するために用いられ、アルミニウムと有機膜との積層体又はベリリウムで形成された窓部材Wが閉塞状態にそれぞれ取り付けられている。
【0034】
図3のグラフにおいて、横軸が外部磁場(外部磁場)、縦軸が室温磁気シールド9内の漏れ磁場強度である。このグラフから、外部磁場が100〜200ガウス(10〜20ミリテスラ)になると、磁場が漏れ出す様子がわかる。また、10〜20ミリテスラ以上の磁場環境下でパーマロイでは磁場遮蔽できないことがわかる。なお、室温磁気シールド材として他に電磁鋼板材があるが、外部磁場100ミリテスラ以上では室温磁気シールド9内に漏れ磁場が発生する。
【0035】
また、100ミリテスラ以上の環境下でTES7を動作させるために、室温磁気シールド9ではなく超伝導磁気シールド8を使用する。なお、上述したように、室温磁気シールド9は、超伝導磁気シールド8が超伝導状態になるまで外部磁場を遮蔽するために用いられる。また、室温磁気シールド9の耐磁場性は10ミリテスラ程度であるため、超伝導磁気シールド8を冷却するとき、外部磁場は1ミリテスラ以下にすることが望ましい。
【0036】
なお、コールドフィンガー6は、室温から70Kまで冷却するときに、熱収縮のため移動することが知られている。このため、コールドフィンガー6がどの方向に移動しても熱シールド板4に接触しないようにするために、熱シールド板4の形状は円筒であることが好ましい。すなわち、熱シールド板4の形状が円筒状となるため、超伝導磁気シールド8の形状も円筒状となる。
【0037】
超伝導磁気シールド8を構成する超伝導材料としては、5Kより超伝導転移温度が高いニオブ、ニオブチタン、及び2ホウ化マグネシウムを使うことができる。
この超伝導磁気シールド8において、円筒状の側面から垂直に磁場を加えたときの様子を図4に示す。このとき、超伝導磁気シールド8において、円筒のθ方向(円筒座標系)の内部磁場は、次の式で与えられる。
【0038】
【数1】

【0039】
上記式において、aは円筒の半径、λLは磁場侵入長である。ただし、超伝導磁気シールド8における円筒の厚みは、磁場侵入長より十分厚いことが前提であるが、超伝導磁気シールド8の使用温度が、使用する超伝導体の転移温度より十分低ければ磁場侵入長はナノメートルオーダーとなり、円筒の肉厚(数百マイクロメートルオーダー)より十分厚い。
【0040】
上記式は、θ=90度のとき、Bmax=−2Hとなり、円筒の端部は、印加磁場の2倍の磁場強度が加わることがわかる。そのため、超伝導磁気シールド8の臨界磁場は、外部磁場の2倍以上の値をもっていないと耐磁場性を得ることができない。
【0041】
なお、超伝導磁気シールド8の耐磁場性を確保するために、超伝導体1層ではなく、複数の超伝導体層による多層にすることが有効である。室温磁気シールド9に使われるパーマロイは、飽和磁場を超えると耐磁場性がなくなるため、磁気を吸い込むための断面積を増やすことが有効であるが、超伝導体は表面(磁場侵入長の深さ)に流れる磁気シールド電流により磁場を排除するため、この表面数を増やすことが重要である。すなわち、表面数を増やすことは、磁気シールドの総数を増やすことに他ならない。また、超伝導磁気シールド8が複数の超伝導体層の積層体からなる場合、上述したように、シールド内部を冷却するために積層体内に熱伝導率が高い銅層部10を積層することが有効である。
【0042】
なお、図5は、ニオブチタンと銅とが30層積層された超伝導磁気シールド8を熱シールド板4に取り付け、超伝導体であるTES7の臨界電流と外部磁場との関係を示す図である。
【0043】
上記TES7は、X線を吸収するための金属帯、半金属、超伝導体等の吸収体と、該吸収体で発生した熱を温度変化として検知する超伝導体からなる温度計と、温度計とコールドフィンガー6との間を熱的に緩く接続し、熱槽に逃げる熱流量を制御するメンブレンと、から構成される。例えば、吸収体としてアルミニウム、温度計としてチタンと金との2層からなる材料、メンブレンと熱槽としてはシリコンがそれぞれ採用可能である。
【0044】
上記TES7は、並列にTES7の常伝導時の抵抗値より小さいシャント抵抗(図示略)が並列に、またTES7で発生した電流変化を読み出すための超伝導量子干渉素子型アンプ(SQUIDアンプ)(図示略)がTES7に直列に設けられている。
このTES7にバイアス電流を100mA加えたとき、TES7が超伝導状態のときバイアス電流はシャント抵抗に流れずTES7に全電流が流れる。
【0045】
本実施形態では、TES7に流れる電流が100mA以下となったとき、TES7への磁場影響が発生したと定義した。結果、NbTiが30層の場合、耐外部磁場の最大値は130mTであった。この結果は、パーマロイ単独では得られない数値である。本結果から、例えば500mT程度の耐磁場性を持たせるためには、30層ではなく、120層程度NbTiを重ねればよいことがわかる。
【0046】
このように本実施形態では、真空管2の外装に設けられた室温磁気シールド9と室温磁気シールド9の内部に設けられた超伝導磁気シールド8とが、互いに同心円状に配置された円筒状であるので、超伝導磁気シールド8及び室温磁気シールド9が外部磁場に対して一定の曲率の外周面を有することから磁束密度を高めてしまう角部等が外周面に存在せず、磁束の集中によって外部磁場が臨界磁場に達することを抑制することができる。したがって、良好な磁気シールド効果を維持することができ、TES7の感度を安定かつ高精度に得ることができる。
【0047】
また、超伝導磁気シールド8の臨界磁場が、最大外部磁場の強度の2倍以上に設定されているので、超伝導磁気シールド8の外周面において生じる最大磁束密度に対して必要な耐磁場性を得ることができる。
以上のように、本発明によれば、室温磁気シールド9と超伝導磁気シールド8とが同心円状に設置されており、超伝導磁気シールド8の臨界磁場が最大外部磁場の2倍以上であることにより、100mT以上の磁場環境下でX線分析システムを確実に動作させることができる。
【0048】
さらに、超伝導磁気シールド8が、複数の超伝導体層を同心円状に積層されて形成されているので、超伝導体の表面数が増えて流れる磁気シールド電流の増加により、単層で構成された場合に比べて大幅に高い磁場シールド効果を得ることができる。
また、超伝導磁気シールド8に積層された銅層部10を備えているので、熱伝導率の高い銅層部10が超伝導磁気シールド8の熱を吸収して外部に伝えることで良好な冷却状態を維持することができる。
【0049】
次に、本発明に係るX線分析装置の一実施形態について、図6を参照して別の例を説明する。
【0050】
本実施形態の別の例であるX線分析装置では、超伝導磁気シールド8の基端部と熱シールド板4の先端部とが、互いに嵌合可能な断面段差状に形成されている。
この本実施形態の別の例では、超伝導磁気シールド8の基端部と熱シールド板4の先端部とが、互いに嵌合可能な断面段差状に形成されているので、連結部の互いの接触面積が多くなり、良好な熱伝導が可能になる。
【0051】
また、このX線分析装置では、超伝導磁気シールド8の基端部と熱シールド板4の先端部とに跨ってこれらの外周面を覆うアルミニウム又は銅で形成された円筒状の高熱伝導補助部材20を備えている。
この場合、超伝導磁気シールド8の基端部と熱シールド板4の先端部との外周面がアルミニウム又は銅の高熱伝導補助部材20で覆われているので、超伝導磁気シールド8と熱シールド板4との連結部による直接的な熱伝導だけでなく高熱伝導補助部材20を介しても高い熱伝導が行われることで、高い熱伝導性を得ることができる。
【0052】
なお、高熱伝導補助部材20を設けない場合、熱シールド板4と超伝導磁気シールド8とがはめ込み型であって、熱シールド板4と超伝導磁気シールド8との面が同じとなって面一となることで、両者間で段差がなくなる。特に、真空管2の径が細い場合、異なる温度の熱シールド板4との接触を防ぐために、できるだけ熱シールド板4の厚みを薄くした方がよい。このような要求下では、上記はめ込み型は有効である。
【0053】
なお、本発明の技術範囲は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
例えば、超伝導磁気シールドが超伝導転移する前に、臨界磁場より高い磁界中に入らないようにモニターする機構を設けておくことにより、超伝導磁気シールドへの磁束トラップを確実に排除することができる。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】本発明によるX線分析装置の一実施形態を示す概略的な縦断面図である。
【図2】図1のA−A線断面図である。
【図3】室温磁気シールド1層に磁場を加えたときの磁気シールド内の残留磁場特性を示すグラフである。
【図4】円筒状の超伝導磁気シールドの側面から垂直に磁場を加えたときの内部磁場を示す説明図である。
【図5】室温磁気シールド1層と超伝導磁気シールドとを併用し、超伝導磁気シールド内に超伝導体からなるX線検出器(TES)を配置させたときの磁場に対する臨界電流特性を示すグラフである。
【図6】本発明によるX線分析装置の一実施形態において、別の例を示す熱シールド板と超伝導磁気シールドとのはめ込み部分の拡大断面図である。
【符号の説明】
【0055】
1…真空容器、2…真空管、3…予備冷却機構、4…熱シールド板(熱伝導部材)、5…冷却装置、6…コールドフィンガー、7…TES(超伝導転移端センサ)、8…超伝導磁気シールド、9…室温磁気シールド、10…銅層部、20…高熱伝導補助部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
X線を受けてそのエネルギーを温度変化として検出し電流信号として出力する超伝導転移端センサと、
該超伝導転移端センサを内部に配置すると共に超伝導材料で形成された超伝導磁気シールドと、
前記超伝導磁気シールドを被包すると共に該超伝導磁気シールドが超伝導状態になるまで外部磁場を遮蔽する室温磁気シールドと、
前記超伝導転移端センサ及び前記超伝導磁気シールドを冷却する冷却機構と、を備え、
前記超伝導磁気シールドと前記室温磁気シールドとが、互いに同心円状に配置された円筒状であることを特徴とするX線分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載のX線分析装置において、
前記超伝導磁気シールドの臨界磁場が、最大外部磁場の強度の2倍以上に設定されていることを特徴とするX線分析装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のX線分析装置において、
前記超伝導磁気シールドが、複数の超伝導体層を同心円状に積層されて形成されていることを特徴とするX線分析装置。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか一項に記載のX線分析装置において、
前記超伝導磁気シールドに積層された銅層部を備えていることを特徴とするX線分析装置。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか一項に記載のX線分析装置において、
前記超伝導磁気シールドの基端部に先端部が連結されていると共に基端部が前記冷却機構に接続された熱伝導部材を備え、
前記超伝導磁気シールドの基端部と前記熱伝導部材の先端部とが、互いに嵌合可能な断面段差状に形成されていることを特徴とするX線分析装置。
【請求項6】
請求項5に記載のX線分析装置において、
前記超伝導磁気シールドの基端部と前記熱伝導部材の先端部とに跨ってこれらの外周面を覆うアルミニウム又は銅で形成された高熱伝導補助部材を備えていることを特徴とするX線分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−175117(P2009−175117A)
【公開日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−124057(P2008−124057)
【出願日】平成20年5月9日(2008.5.9)
【出願人】(503460323)エスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社 (330)
【Fターム(参考)】