説明

pH応答性マイクロカプセルの調製方法

【課題】 pH応答性マイクロカプセルの応答pHや内包物を放出する速度を調整する方法を提供する
【解決手段】 高分子化合物からなる外壁内に防腐剤を内蔵するマイクロカプセルの調製方法において、前記高分子化合物としてスチレン系モノマーとアミン含有モノマーとからなる共重合体を選択し、この共重合比を調整することにより、所望のpH以下で前記防腐剤の放出時間が短くなるように制御されたマイクロカプセルを得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子化合物からなる外壁内に防腐剤を内蔵するpH応答性マイクロカプセルの調製方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
マイクロカプセルとは、期待する効果を発揮させる薬剤を天然高分子あるいは合成高分子で包み込んでいる微小な容器のことを言い、通常は数百ナノメートル程度から数ミリメートル程度の大きさの容器を指して呼称されている。
【0003】
マイクロカプセルが初めて実用化されたのは1954年のことで、カーボン紙を用いない感圧複写紙がアメリカのNCR社によって開発された。ここで用いられたマイクロカプセルは発色剤をゼラチン粒子で包み込んだ形態をしており、このマイクロカプセルを紙表面に塗布させたものが感圧複写紙である(特許文献1)。通常は発色しないが、筆圧によってこのマイクロカプセルが崩壊し、内包されていた発色剤が流出して発色するといった機能を有する。これと同様な用途として接着剤内包マイクロカプセルがある(特許文献2)。ボルトのネジ部に接着剤内包マイクロカプセルを塗布したもので、外圧がかかっていない時は通常のボルト表面と大差ないが、ネジ穴にこのボルトを締め付けるとマイクロカプセルが崩壊し、内包させている接着剤が滲み出す事によってボルトを接着させ、ボルトの緩みやネジ部からの液体漏れなどを防止できるといったもので、自動車、建設用機械、家庭用電気機器などのネジ部品処理用として上市されている。
【0004】
このように、マイクロカプセルは高分子化合物などで種々の薬品を包埋させ、必要な時に外部からの圧力などでカプセルを崩壊させ、種々薬品の機能を発揮させるといった非常に有用かつユニークな特徴を有している。また、マイクロカプセルの有用性はこればかりではなく、その構造的特長から温度、湿度、酸化、光などの環境変化によって引き起こされる化学変化、分解、変質などといった外的要因から薬剤を保護できるといった利点がある。さらに、包埋された薬物が高分子膜を拡散して粒子表面から滲み出してくるような徐放性も期待できる。
【0005】
このようなマイクロカプセルの特徴や有用性が着目されるようになり、上記した感圧複写紙や接着剤への応用はもちろんのこと、トナー(特許文献3及び4、非特許文献1)、塗料(特許文献5及び6)、化粧品・香料(特許文献7及び8)、土木・建築(特許文献9及び10)、農薬(特許文献11)、食品(特許文献12)、医薬品用材料(特許文献13及び14)として幅広く実用化されており、近年ではがん治療、人工細胞、人工臓器用材料としての応用が検討されている(非特許文献2)。
【0006】
近年、環境低負荷・安全性・高機能・高性能化・経済性といった観点から、外部刺激によって芯物質の放出量が制御できる機能を有する高性能マイクロカプセルが望まれるようになってきた。これは、1)内包薬物を長期にわたってその効力を発揮させる、2)内包薬物が効力を発揮する必要最小限の濃度がフィールド内で常に一定に保たれるようにする事で安全性をより高める、3)内包薬物を必要な時に、必要なものを、必要な量だけ放出できるようにする、といった機能をマイクロカプセルに付与させることで経済性・安全性をより向上させようという狙いである。
【0007】
もうひとつの要求として、内包薬物を放出し終えた空のマイクロカプセルは通常フィールド内に残渣として残ってしまうので、その役目を終えた空のマイクロカプセルは分解などによりフィールド中から除去されるような分解性を有する高分子材料である方が好ましい。
【0008】
この二つの要求特性を満足する高分子化合物としてポリ乳酸・ポリラクトンなどの脂肪族ポリエステルが挙げられる。脂肪族ポリエステルは生分解性材料として良く知られているが、酸やアルカリ環境下で比較的容易に加水分解することから、残渣を残さないマイクロカプセル用高分子材料として着目され、この高分子材料を用いたマイクロカプセルに関する研究が非常に盛んである(非特許文献3〜5)。特に、ポリ乳酸、ポリ乳酸−ポリグリコール酸共重合体は生体適合性、生体内分解性、粒子成形性に優れていることから、ドラッグ・デリバリー・システム(DDS)製剤用材料としての応用が期待されている(非特許文献6〜8)。
【0009】
一般に、高分子化合物から成るマイクロカプセルにおける内包薬物の放出は、内包薬物が外壁膜内を拡散することによって起こる。したがって、薬物の放出速度は粒子径や外壁膜厚に大きく依存することになる(非特許文献9)。また、ポリラクチド・ポリラクトンなどの脂肪族ポリエステルのような分解性高分子の場合は高分子の分解速度も薬物放出挙動に大きく依存する。脂肪族ポリエステルの加水分解は酸やアルカリの濃度・温度・分子量・共重合組成などに依存するから(非特許文献10〜12)、内包薬物の放出制御は粒子径、外壁膜厚、酸・アルカリ濃度、温度、分子量、共重合組成等を制御しなければならず、これは非常に煩雑且つ困難である。仮に内包薬物の放出が制御できたとしても、限られた範囲内での制御しかできないと考えられ、必要な時に必要な量だけ放出させるといった高度な放出速度制御は脂肪族ポリエステル単独では非常に困難であると考えられる。
【0010】
より高度な内包薬物の放出制御を実現させるためには高分子化合物やマイクロカプセルの構造に何らかの工夫が必要になってくる。例えばひとつの試みとして、pHによって高分子化合物の溶解性が変化するいわゆるpH応答性高分子化合物から成るマイクロカプセルを用いて、pHの変化によって内包されている薬物の放出量あるいは放出速度を制御しようといった試みがなされており、多くの研究報告がなされている(特許文献15、非特許文献13〜16)。中でも脂肪族ポリエステルをベースとしたマイクロカプセル表面にポリエチレンイミンを吸着させ、このポリエチレンイミンのpHに対する溶解性変化によってpH応答性を発現させ、高度な放出制御を実現させようといった報告がなされている(非特許文献17及び18)。この方法で得られるマイクロカプセルは二種類の高分子化合物を用いて二層構造をとらせる必要があり、このことからマイクロカプセルの調製工程は、「マイクロカプセル調製」と「pH応答性高分子の吸着」といった一つ多くの調製工程が必要となるという問題があった。
【0011】
この問題を解決するものとして、生分解性を有し、且つpH応答性を有するようなマイクロカプセル用高分子材料として、本発明者らが開発した、末端にアミノ基を有する脂肪族エステル鎖をグラフト鎖とするグラフト共重合体をマイクロカプセル用外壁材料とした新規pH応答性マイクロカプセルがある(特許文献16)。
【0012】
しかしながら、内包薬物を必要な時に、必要な量だけ放出できるようにするためには、より高度な制御、すなわち、応答するpHや放出速度を調整することが求められている。
【0013】
【特許文献1】米国特許第2730456号明細書
【特許文献2】米国特許第3642937号明細書
【特許文献3】特開昭56−64349号公報
【特許文献4】特開昭59−148066号公報
【特許文献5】特開昭57−65704号公報
【特許文献6】特開昭54−54164号公報
【特許文献7】特開昭60−224604号公報
【特許文献8】特開昭61−15811号公報
【特許文献9】特公昭58−34818号公報
【特許文献10】特公昭56−113382号公報
【特許文献11】特開昭61−115006号公報
【特許文献12】特開昭59−21334号公報
【特許文献13】特公昭57−197214号公報
【特許文献14】特公昭59−10512号公報
【特許文献15】特開平10−113553号公報
【特許文献16】特開2003−200035号公報
【非特許文献1】島田仁章,槙野勝昭,須田康晴、三菱重工技報、Vol.34, No.2, 80-83
【非特許文献2】後藤 茂、川田昌和、中村正宏、青山敏信、薬学雑誌、1985, 105(11) 1087-1095, Indian J. Pharm. Sci., 55(6), 1993 221-224, R. H. Li, Advanced Drug Delivery Reviews, 1998, 33, 87-109
【非特許文献3】K. Makino, H. Ohshima and T. Kondo, J. Microencapsulation, 1987, Vol.4, No.1, 47-56
【非特許文献4】R. Bodmeier and J. W. McGinity, International J. Pharmaceutics, 1988, 43, 179-186
【非特許文献5】K. Hong, S. Park, Polymer, 2000, 41, 4567-4572
【非特許文献6】Y. Ogawa, H. Okada, T. Heya and T. Shimamoto, J. Pharm. Pharmacol. 41, 1989 439-444
【非特許文献7】Y. Ogawa, Drug Delivery System 15-5, 2000 429-436
【非特許文献8】B. H. Woo, J. W. Kostanski, S. Gebrekidan, B. A. Dani, B. C. Thanoo, P. P. DeLuca, J. Controlled Release 75, 2001 307-315
【非特許文献9】K. Suzuki and J. C. Price, J. Pharmaceutical Science, 1985, Vol.74 No.1 21-24
【非特許文献10】R. A. Miller, J. M. Brady, D. E. Cutright, J. Biomed. Mater. Res., 1997, 11, 711-719
【非特許文献11】Y. Ogawa, M. Yamamoto, T. Shimamoto, Chem. Pharm. Bull., 1988, 36, 2576-2581
【非特許文献12】T. Tice, D. R. Cowsar,Pharmaceutical Technol., 1984, Nov., 26-35
【非特許文献13】Y. Okahata, K. Ozaki, and T. Seki, J. Chem. Soc. Commun., 1984 519-521
【非特許文献14】S. Goto, M. Kawata, M. Nakamura, K. Maekawa and T. Aoyama, J. Microencapsulation, 1986, Vol.3, No.4 305-316
【非特許文献15】Y. Okahata, H. Noguchi, and T. Seki, Macromolecules, 20, 1987 15-21
【非特許文献16】E. Kokufuta, Bioseparation, 1999, 7, 241-252
【非特許文献17】K. Kono, F. Tabata and T. Takagishi, J. Membrane Science, 1993, 76 233-243
【非特許文献18】K. Makino, PHARM TECH JAPAN Vol.10 No.8, 1994 61-68
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、このような事情に鑑み、pH応答性マイクロカプセルの応答pHや内包物を放出する速度を調整する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
前記課題を解決する本発明の第1の態様は、高分子化合物からなる外壁内に防腐剤を内蔵するマイクロカプセルの調製方法において、前記高分子化合物としてスチレン系モノマーとアミン含有モノマーとからなる共重合体を選択し、この共重合比を調整することにより、所望のpH以下で前記防腐剤の放出時間が短くなるように制御されたマイクロカプセルを得ることを特徴とするpH応答性マイクロカプセルの調製方法にある。
【0016】
本発明の第2の態様は、第1の態様において、前記スチレン系モノマーがスチレン(St)、スチレン誘導体、α−メチルスチレン(α−MSt)又はα−メチルスチレン誘導体であり、前記アミン含有モノマーが2−(ジメチルアミノ)エチルメタクリレート(AMA)、2−(ジエチルアミノ)エチルメタクリレート(DEAEMA)、ジメチルアミノメチルスチレン(ASt)、又は窒素含有塩基性モノマーであることを特徴とするpH応答性マイクロカプセルの調製方法にある。
【0017】
本発明の第3の態様は、第1又は2の態様において、前記所望のpHでの放出時間が、該pHより1高いpHでの放出時間の1/3以下であることを特徴とするpH応答性マイクロカプセルの調製方法にある。
【0018】
本発明の第4の態様は、第1〜3の何れかの態様において、前記所望のpHが3〜9であることを特徴とするpH応答性マイクロカプセルの調製方法にある。
【0019】
本発明の第5の態様は、第1〜4の何れかの態様において、前記スチレン系モノマーと前記アミン含有モノマーとの共重合比が80:20〜30:70(モル比)であることを特徴とするpH応答性マイクロカプセルの調製方法にある。
【0020】
本発明の第6の態様は、第1〜5の何れかの態様において、前記共重合体以外の高分子をさらに混合した高分子材料を前記外壁の材料とすることにより、前記防腐剤の放出時間を調整することを特徴とするpH応答性マイクロカプセルの調製方法にある。
【0021】
本発明の第7の態様は、第1〜6の何れかの態様において、粒径を調整することにより前記防腐剤の放出時間を制御することを特徴とするpH応答性マイクロカプセルの調製方法にある。
【発明の効果】
【0022】
外壁を形成する高分子化合物としてスチレン系モノマーとアミン含有モノマーとからなる共重合体を選択し、且つこの共重合比を調整することにより、応答pHを調整することができ、また、共重合体に高分子を混合することにより防腐剤の放出速度を調整することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明をさらに詳細に説明する。
【0024】
本発明のpH応答性マイクロカプセルの調製方法は、スチレン系モノマーとアミン含有モノマーとの共重合体からなる外壁内に防腐剤を内蔵するマイクロカプセルの、共重合比を調整することにより、所望のpH以下で防腐剤の放出時間が短くなるように制御されたマイクロカプセルを得る方法である。
【0025】
本発明は、外壁を形成する高分子化合物としてスチレン系モノマーとアミン含有モノマーとからなる共重合体を選択し、且つこの共重合比を調整することにより、pH応答性マイクロカプセルの応答pHを調整することができるという知見に基づく。
【0026】
「pH応答性マイクロカプセル」とは、高分子化合物からなる外壁内に内蔵された内包物が、pHによって放出が抑えられたり放出が促進されたりできる、いわゆる内包薬物の徐放がpHによって制御できるマイクロカプセルである。また、「放出時間」とは、外壁内に内蔵された内包物(防腐剤)を放出するのに要する時間をいい、放出時間が短いほど、「放出速度が速い」ということになる。なお、本明細書では内包物を60%放出するのにかかる時間を「放出時間」の基準とする。「応答pH」とは、pHによる放出時間の変化量が最も大きいpHをいい、本発明はこの応答pHを所望のpHに設定することができる。「pH応答性が良い」ということは、応答pH前後での放出時間の差が大きく、応答pHより高いpHでは放出量が抑えられているが、応答pHより低くなると急激に放出量が増大することを表す。
【0027】
外壁を形成する共重合体の原料となるスチレン系モノマーは、特に限定されないが、例えば、スチレン(St)、スチレン誘導体、α−メチルスチレン(α−MSt)、α−メチルスチレン誘導体等が挙げられる。単独で用いても各モノマーを併用してもよい。
【0028】
【化1】

【0029】
スチレン系モノマーと共重合体を形成するアミン含有モノマーも特に限定されないが、例えば、2−(ジメチルアミノ)エチルメタクリレート(AMA)、2−(ジエチルアミノ)エチルメタクリレート(DEAEMA)、ジメチルアミノメチルスチレン(ASt)、窒素含有塩基性モノマー等を挙げることができる。単独で用いても各モノマーを併用してもよい。
【0030】
【化2】

【0031】
応答pHは、共重合比によって所望のpHに調整することができるが、例えばpH3〜9の間に設定することができる。応答pHをpH3〜9にするとアルカリ側での防腐剤の放出量を抑制し中性〜酸性で防腐剤を多量に放出することができるため、アルカリ性物質で時間が経過すると中性になり急激に菌が繁殖しやすくなる水溶性金属加工油、水溶性塗料、接着剤等に本発明のpH応答性マイクロカプセルを用いると、防腐剤単独での使用に比べて腐敗防止効果を延長することができる。
【0032】
共重合比は所望の応答pHに合わせて調整すればよく、特に限定されないが、例えば、スチレン系モノマーとアミン含有モノマーが80:20〜30:70(モル比)とすることが好ましい。スチレン系モノマーの割合を多くすると応答pHは低くなり、アミン含有モノマーの割合を多くすると応答pHは高くなる。但し、スチレン系モノマーの割合が80%より多くなると放出速度が著しく低下して放出時間が長くなり、また、アミン含有モノマーの割合が70%より多くなるとpH応答性が悪くなるため、好ましくない。共重合比を上記範囲にすると、所望のpHでの防腐剤の放出時間を、該pHより1高いpHでの放出時間の1/3以下とすることができる。具体的に例示すると、共重合比を調整することにより、所望のpHを7、すなわち応答pHをpH7とした場合、pH7での放出時間をpH8での放出時間の1/3以下とすることができる。また、特に共重合比をスチレン系モノマー:アミン含有モノマー=80:20〜50:50(モル比)とすると、応答pHの放出時間を応答pHより1高いpHでの防腐剤の放出時間の1/10以下とすることもできる。
【0033】
共重合体で形成される外壁内に内蔵する防腐剤は、特に限定されず、親水性防腐剤でも疎水性防腐剤でもよいが、1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン(BIT)、2−ブチル−4−ベンズイソチアゾリン−3−オン(Bu−BIT)等を挙げることができる。防腐剤の導入率も特に限定されないが、マイクロカプセルに対して、1.0〜20重量%とすることが好ましい。
【0034】
【化3】

【0035】
上記共重合体にさらに高分子を混合した高分子材料を外壁の材料とすると、応答pHをほとんど変えずに防腐剤の放出速度を調整することができる。例えば、共重合体よりも疎水性の高分子を混合すると、pH応答性マイクロカプセルの防腐剤放出速度を遅くすることができる。
【0036】
共重合体に混合する高分子はpH応答性に影響を与えない高分子であれば特に限定されないが、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリスチレン(PSt)等を挙げることができる。例えば、共重合比がSt:AMA=50:50の共重合体(SA−50)であれば、PMMAを混合すると内包物放出速度を速くすることができ、PStを混合すると内包物放出速度を遅くすることができる。したがって二種類の高分子の混合量によって、所望の防腐剤放出速度のpH応答性マイクロカプセルを調製することができる。
【0037】
また、共重合体に混合する高分子の含有割合は、所望の放出速度になるように調整すればよく特に限定されないが、例えば、共重合体:高分子=100〜20:0〜80(重量比)とすることができる。
【0038】
pH応答性マイクロカプセルの内包物放出速度は、マイクロカプセルの粒子径によっても調整することができる。粒子径を大きくすると高いpHでの内包物放出速度が減少し、粒子径を小さくすると内包物放出速度が増大する。マイクロカプセルの粒子径は特に限定されないが、0.5〜100μm程度とすることが可能である。
【0039】
以下にpH応答性マイクロカプセルの製造方法を例示する。まず、スチレン系モノマーとアミン含有モノマーとからなる共重合体を合成する。所望の比率で共重合させる方法は特に限定されないが、例えば、ラジカル重合・アニオン重合・カチオン重合が挙げられる。この共重合体、または、共重合体に放出速度を調整するための高分子を混合したものを外壁材とし、防腐剤を内蔵させることにより、pH応答性マイクロカプセルが製造できる。
【0040】
マイクロカプセルを形成する方法は特に限定されず、これまでに良く知られている既知のマイクロカプセル調製方法、例えば、化学的製法、物理化学的製法、物理的・機械的製法、以上三手法に大別される調製方法(鷺谷昭二郎、加工技術、Vol.25, No.3, 157-165, T. Kondo, J. Oleo Sci., 2001, Vol.50 No.1 1-11)の何れも採用することができる。
【0041】
例えば物理化学的手法には多数調製法があるが、代表的な調製法としては液中乾燥法や相分離法が挙げられる。液中乾燥法を適用した場合、共重合体と防腐剤と必要に応じて添加する高分子とを疎水性有機溶媒に溶解させ、適当な界面活性剤と分散安定剤が溶解された水に分散させて微小な油滴、いわゆるO/Wエマルジョンを形成せしめ、必要に応じて加熱処理あるいは減圧乾燥処理によって疎水性有機溶媒を除去することによってマイクロカプセルが調製される。更にこの手法を応用して複合エマルジョン、いわゆるW/O/Wエマルジョンを形成させてマイクロカプセルを調製することもできる。ここで用いられる有機溶媒は、共重合体と防腐剤と必要に応じて添加する高分子とが溶解し且つ水と相溶しない有機溶媒であれば特に限定されない。有機溶媒はマイクロカプセル調製後除去しなければならないので、塩化メチレンなどのような比較的低沸点の疎水性有機溶媒がより好ましい。また、液中乾燥法によってエマルジョンを形成させる際、エマルジョンの粒径調整や分散安定性を向上させる目的で界面活性剤が添加される。界面活性剤としてカチオン系、アニオン系、ノニオン系界面活性剤が利用できるが、ポリビニルアルコールやポリエチレングリコールなどのノニオン系界面活性剤単独かもしくはイオン系界面活性剤とノニオン系界面活性剤との複合使用が好ましい。
【0042】
また、スプレードライ法では、共重合体と防腐剤と必要に応じて添加する高分子とを、共通の溶媒に溶解させ、スプレーすることで溶媒を揮発させて、マイクロカプセルを製造することができる。
【0043】
なお、マイクロカプセルの粒子径は、液中乾燥法では、エマルジョン濃度・攪拌条件等で制御できる。また、スプレードライ法では、溶液の濃度・スプレー条件等で粒子径を制御できる。
【実施例】
【0044】
以下実施例に基づいて更に詳細に説明するが、本発明は実施例に制限されるものではない。
【0045】
(実施例1) スチレン(St)と2−(ジメチルアミノ)エチルメタクリレート(AMA)との共重合体(SA−80)の合成
精製したSt 8.80mL、AMA 3.26mLを300mLナスフラスコに秤量した。これを溶媒トルエン30mLに溶解し、開始剤としてアゾビスイゾブチロニトリル(AIBN)を0.16g用いて、80℃×48時間、100℃×24時間重合した。重合転化率は91%であった。これをメタノールと蒸留水の混合溶媒にて洗浄し、未反応物を除去して、St:AMA=80:20(モル比)の共重合体を得た。
【0046】
(実施例2) スチレンと2−(ジエチルアミノ)エチルメタクリレート(DEAEMA)との共重合体の合成
精製したSt 8.80mL、DEAEMA 3.86mLを用いて、実施例1と同条件で重合した。重合転化率は93%であった。これをメタノールと蒸留水の混合溶媒にて洗浄し、未反応物を除去して、St:DEAEMA=80:20(モル比)の共重合体を得た。
【0047】
(実施例3) スチレンとジメチルアミノメチルスチレン(ASt)との共重合体の合成
精製したSt 8.80mL、ASt 3.36mLを用いて、実施例1と同条件で重合した。重合転化率は82%あった。これを、メタノールと蒸留水の混合溶媒にて洗浄し、未反応物を除去して、St:ASt=80:20(モル比)の共重合体を得た。
【0048】
(実施例4) SA−67の合成
St:AMA=67:33となるようにした以外は、実施例1と同様の方法で共重合体を得た。
【0049】
(実施例5) SA−50の合成
St:AMA=50:50となるようにした以外は、実施例1と同様の方法で共重合体を得た。
【0050】
(実施例6) SA−50+PSt
実施例5のSA−50とPStとを、SA−50:PSt:相溶化剤(AS200、日本油脂製 熱可塑性エラストマーとビニル系ポリマーのグラフトポリマー)=14:86:10(重量比)となるように混合した。
【0051】
(実施例7) SA−50+PSt+PMMA
実施例5のSA−50とPStとPMMAを、SA−50:PSt:PMMA:AS200=14:56:30:10(重量比)となるように混合した。
【0052】
(実施例8) SA−50+PSt
SA−50:PSt:AS200=30:70:10(重量比)となるように混合した以外は、実施例6と同様にした。
【0053】
(実施例9) SA−33+PSt
St:AMA=33:67となるようにした以外は実施例1と同様の方法で共重合体SA−33を得、このSA−33とPStとを、SA−33:PSt:AS200=30:70:10(重量比)となるように混合した。
【0054】
(比較例1) SA−100(PSt)
ポリスチレン(PSt)を比較例1とした。
【0055】
(比較例2) SA−20+PSt
St:AMA=20:80となるようにした以外は、実施例1と同様の方法で共重合体SA−20を得、このSA−20とPStとを、SA−20:PSt:AS200=30:70:10(重量比)となるように混合した。
【0056】
(比較例3) メタクリル酸メチル(MMA)とAMA=50:50の共重合体(MA−50)の共重合体の合成
精製したMMA 5.30mL、AMA 8.40mLを用いて実施例1と同条件で重合した。重合転化率は97%であった。これをメタノールと蒸留水の混合溶媒にて洗浄し、未反応物を除去して、MMA:AMA=50:50(モル比)の共重合体を得た。
【0057】
(試験例1)
実施例1〜3の各共重合体とBITとを、溶媒テトラヒドロフラン(THF)に、固形分濃度が20%になるように溶解させた溶液を、室温下でスプレーして溶媒を揮発させ、共重合体からなる外壁内にBITを20重量%内包したマイクロカプセルを調製した。このマイクロカプセルの粒子径は、30μmであった。尚、スプレーはTAMIYA−BADGER 250IIにアルゴンボンベを接続し、10L/min.のアルゴン流量で行った。これらのマイクロカプセルを各pHの緩衝液に添加して、BIT放出量の経時変化を測定した。BITを60%放出するのに要した時間を放出時間として、結果を図1に示す。BIT放出量は、緩衝液中のBIT量/粒子に内包されたBIT量×100(%)として計算した。
【0058】
図1に示すように、スチレンにAMA、DEAEMAまたはAStを共重合させた実施例1〜3では、pH4以上でBITの放出が抑えられ、pH応答性が良好だった。
【0059】
(試験例2)
実施例1、4〜5及び比較例1の各重合体用いて、試験例1と同様の方法で、BITを20重量%内包した粒子径30μmのマイクロカプセルを得た。これらのマイクロカプセルを各pHの緩衝液に添加して、BIT放出量の経時変化を測定した。BITを60%放出するのに要した時間を放出時間として、結果を図2に示す。
【0060】
図2に示すように、応答pHは例えば実施例1ではpH4、実施例5ではpH7付近となり、共重合比を変化させると応答pH調整できることがわかった。また、スチレンの共重合比が80〜50%の実施例1、4、5では、応答pH前後のBIT放出時間が1/10以下となり、良好なpH応答性を示していた。さらに、スチレンの共重合比が少ないほど、より低pHでのBITの放出量が増大し放出時間が短くなるが、pHによる放出量の差が小さくなることが分かった。一方、アミン含有モノマーを共重合させなかった比較例1では、全てのpHにおいてBIT放出量が少なくpH応答性は無かった。また、2000時間経過しても放出量が60%に達しなかった。
【0061】
(試験例3)
実施例5〜7の共重合体または混合物を用いて、試験例1と同様の方法で、BITを20重量%内包した粒子径30μmのマイクロカプセルを得た。各マイクロカプセルを各pHの緩衝液に添加して、BIT放出量の経時変化を測定した。BITを60%放出するのに要した時間を放出時間として、図3に示す。
【0062】
図3に示すように、PStを混合した実施例6では、PStを混合しない実施例5と比較して、応答するpHは変わらずに、BIT放出時間が長くなった。また、実施例6のPStを一部PMMAに変更した実施例7でも応答pHは変わらなかったが、BIT放出時間は実施例5と実施例6の中間程度だった。したがって、高分子を共重合体に添加することにより、応答するpHをほとんど変化させずに、内包物の放出速度を調整できることが分かった。BIT放出速度が速いポリマー(例えばPMMA)をブレンドすると粒子全体の放出速度は速くなり、BIT放出速度が遅いポリマー(例えばPSt)を混合するとマイクロカプセル全体の放出速度は遅くなると推測される。
【0063】
(試験例4)
実施例8〜9及び比較例2の各混合物を用いて、試験例1と同様の方法で、BITを10重量%内包した粒子径30μmのマイクロカプセルを得た。各マイクロカプセルを各pHの緩衝液に添加して、BIT放出量の経時変化を測定した。BITを60%放出するのに要した時間を放出時間として、図4に示す。
【0064】
試験例2と同様に、スチレンの共重合比が少ないほど、より低pHでのBITの放出量が増大し放出時間が短くなるが、スチレンの共重合比が少ないほどpHによる放出量の差が小さくなるため、スチレン比が20%の比較例2では、pH応答性が良くないことが分かった。
【0065】
(試験例5)
実施例8の混合物とBITとを、溶媒テトラヒドロフラン(THF)に、固形分濃度が20%になるように溶解させた溶液を、室温下でスプレーして溶媒を揮発させ、BITを10重量%内包したマイクロカプセルを調製した。このマイクロカプセルの粒子径は、30μmであった。尚、スプレーはTAMIYA−BADGER 250IIにアルゴンボンベを接続し、10L/min.のアルゴン流量で行った。顕微鏡により観察した結果を図5に示す。
【0066】
また、実施例8の混合物とBITを、溶媒 テトラヒドロフラン(THF)に、固形分濃度が10%になるように溶解させた後、スプレードライヤーを用いてマイクロカプセルを調製した。尚、スプレードライヤーは日本ビュッヒ製 B−290型 スプレードライヤーを用い、設定温度80℃、窒素流量 350L/hour、ポリマー溶液スプレー速度 3.0mL/min.で行った。また、得られたマイクロカプセルは、BITを10重量%内包し、平均粒径は3μmであった。顕微鏡により観察した結果を図6に示す。
【0067】
これらのマイクロカプセルを各pHの緩衝液に添加して、BIT放出量の経時変化を測定した。BITを60%放出するのに要した時間を放出時間として、結果を図7に示す。この結果から、粒径が大きいほど高pHでのBITの放出時間は長くなり、放出量が減少していることが分かった。
【0068】
(試験例6)
試験例1と同様の方法で、実施例5及び比較例3の各重合体にBITを10重量%内包させ、粒子径30μmのマイクロカプセルを得た。これらのマイクロカプセルを各pHの緩衝液に添加して、BIT放出量の経時変化を測定した。BITを60%放出するのに要した時間を放出時間として、結果を図8に示す。
【0069】
図8に示すように、実施例5の共重合体では良好なpH応答性を示した。一方、スチレンを同様に疎水性モノマーであるMMAに変更した比較例3の共重合体では、応答pHが高くなり、測定したpH7〜10の範囲では、pHによる放出量の差はわずかで、pH応答性は良くなかった。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】試験例1の測定結果を示す図である。
【図2】試験例2の測定結果を示す図である。
【図3】試験例3の測定結果を示す図である。
【図4】試験例4の測定結果を示す図である。
【図5】試験例5で調整した平均粒径30μmのマイクロカプセルの顕微鏡観察結果を示す図である。
【図6】試験例5で調整した平均粒径3μmのマイクロカプセルの顕微鏡観察結果を示す図である。
【図7】試験例5の測定結果を示す図である。
【図8】試験例6の測定結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子化合物からなる外壁内に防腐剤を内蔵するマイクロカプセルの調製方法において、前記高分子化合物としてスチレン系モノマーとアミン含有モノマーとからなる共重合体を選択し、この共重合比を調整することにより、所望のpH以下で前記防腐剤の放出時間が短くなるように制御されたマイクロカプセルを得ることを特徴とするpH応答性マイクロカプセルの調製方法。
【請求項2】
請求項1において、前記スチレン系モノマーがスチレン(St)、スチレン誘導体、α−メチルスチレン(α−MSt)又はα−メチルスチレン誘導体であり、前記アミン含有モノマーが2−(ジメチルアミノ)エチルメタクリレート(AMA)、2−(ジエチルアミノ)エチルメタクリレート(DEAEMA)、ジメチルアミノメチルスチレン(ASt)、又は窒素含有塩基性モノマーであることを特徴とするpH応答性マイクロカプセルの調製方法。
【請求項3】
請求項1又は2において、前記所望のpHでの放出時間が、該pHより1高いpHでの放出時間の1/3以下であることを特徴とするpH応答性マイクロカプセルの調製方法。
【請求項4】
請求項1〜3の何れかにおいて、前記所望のpHが3〜9であることを特徴とするpH応答性マイクロカプセルの調製方法。
【請求項5】
請求項1〜4の何れかにおいて、前記スチレン系モノマーと前記アミン含有モノマーとの共重合比が80:20〜30:70(モル比)であることを特徴とするpH応答性マイクロカプセルの調製方法。
【請求項6】
請求項1〜5の何れかにおいて、前記共重合体以外の高分子をさらに混合した高分子材料を前記外壁の材料とすることにより、前記防腐剤の放出時間を調整することを特徴とするpH応答性マイクロカプセルの調製方法。
【請求項7】
請求項1〜6の何れかにおいて、粒径を調整することにより前記防腐剤の放出時間を制御することを特徴とするpH応答性マイクロカプセルの調製方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−255536(P2006−255536A)
【公開日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−73905(P2005−73905)
【出願日】平成17年3月15日(2005.3.15)
【出願人】(304063912)株式会社トランスパレント (7)
【出願人】(390019518)三愛石油株式会社 (2)
【出願人】(000242426)北辰工業株式会社 (55)
【Fターム(参考)】