説明

表皮ターンオーバーの評価方法及びその用途

【課題】表皮ターンオーバーを非侵襲的な手法で短時間に定量化する方法を提供することを課題とする。
【解決手段】
本発明の表皮ターンオーバーの評価方法は、角質に含まれるミトコンドリアDNAの量を指標に測定することから、非侵襲的であり、且つ短時間で実施可能なものである。表皮ターンオーバーの状態を評価することは、健康な皮膚を維持するための有効な手段であり、ターンオーバーの異常に伴う皮膚性状の変化を評価できる。同時にゲノムDNAの含有量を測定してミトコンドリアDNAとゲノムDNAの含有量の比率を用いることにより、細胞あたりのミトコンドリアDNA量を測定することが可能となり、精度の高い評価が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表皮ターンオーバーの評価方法及び用途に関する。より詳細には、角質に含まれるDNA中のミトコンドリアDNAとゲノムDNAの含有量の比率を指標とする表皮ターンオーバーの評価方法及びその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚は、生体のもっとも面積の広い組織であり、その人の外観や生活の質を決める上で、極めて重要な要素である。多くの人たちが、健康な皮膚を維持するために、皮膚を清潔に保ち、保湿クリームなどの化粧品でスキンケアを日常的に行っている。したがって、皮膚の状態を的確に把握することは、健康な皮膚を維持するためにスキンケアをする上で重要である。
【0003】
皮膚の上皮組織である表皮は、真皮側から基底細胞層、有棘細胞層、顆粒細胞層、角質細胞層の4層からなる。基底部にある角化細胞が細胞分裂を繰り返し、その一部が基底細胞層を去って上層へ移行し、有棘層、顆粒層を経て角化し、最終的に角質となり体外へ脱落する。この過程の中で、角化細胞が分化して形態や性状が変化し、同時に産生された脂質やアミノ酸などと層状構造を形成することにより、体内の水分を保持し、異物の侵入を防ぐ皮膚の重要な機能が構築される。
【0004】
基底細胞の分裂から、最終的に体外へ脱落するまでの過程をターンオーバーといい、正常な表皮では、約4週間を要する。ターンオーバーに要する時間は、角化細胞の増殖速度と密接に関連しており、角化細胞の分裂が亢進すると、表皮のターンオーバー時間は短縮され、逆に細胞分裂が低下するとターンオーバー時間は延長される。角化はいろいろな要素が複雑にからみあった時間のかかるプロセスであるため、ターンオーバーの時間が短縮すると、正常な角化のための時間が足りなくなり、不完全な角化となる。尋常性乾癬が代表的な例であるが、健常な皮膚であっても、保水成分が不足し、バリア機能が低下することで、皮膚の乾燥、肌荒れや刺激感を感じるなどの美容上の問題が発生する。逆に、老化などに伴い細胞分裂が低下すると、ターンオーバー時間は延長され、角質層が厚くなり、皮膚表面が乾燥し、キメが粗く、ざらざらし、くすんだ皮膚色になる問題がある。したがって、表皮ターンオーバーの状態を評価することは、健康な皮膚を維持するための有効な手段である。
【0005】
これまで、表皮ターンオーバーを評価するために、ダンシルクロライドを皮膚に塗布し、数日かけてダンシルクロライドが消失する時間を測定する方法(非特許文献1)や、皮膚からテープストリッピングにより得られた角層における角層蛋白質の発現を蛍光抗体法により染色する方法(特許文献1)が考案されていた。しかしながら、前者は測定するまでに数日間かかり、後者は同一部位を複数回剥離して角質を採取する必要があり、被験者の苦痛を伴うことや、蛍光抗体法による染色の評価では定量性に乏しい問題があった。したがって、表皮ターンオーバーを非侵襲的な手法で短時間に定量化する方法が望まれていた。
【0006】
一方、化粧品や美白剤、抗炎症剤などの医薬品の外用、マッサージなどのトリートメント、レーザーなどの美容外科的な処置を行った際、皮膚の改善状態を評価するためには、皮膚の外観変化から評価するしかなく、皮膚の健康状態や創傷治癒、色素沈着の改善程度を的確に捉える方法が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−199053号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】日本美容皮膚科学会、美容皮膚科プラクティス、南山堂、2001、p65.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
表皮ターンオーバーは基底細胞層の細胞分裂と関連しているので、表皮ターンオーバーを評価するためには、基底細胞層の細胞分裂速度を測定すればよい。しかしながら、基底細胞層の細胞を入手するには生検サンプルが必要であり、被験者の苦痛を伴い、しかも傷が残る危険性がある。したがって、本発明は、表皮ターンオーバーを非侵襲的な手法で短時間に定量化する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
以上の課題の下、本発明者は、表皮ターンオーバーが角化細胞増殖と密接に関連していることに注目して鋭意検討した。その結果、角質に含まれるミトコンドリアDNAの量を測定することで、表皮ターンオーバーを評価できることを見出した。ミトコンドリアは生体内のATP産生を担う真核細胞の細胞小器官の一つであり、細胞核のDNAとは異なる独自のDNAを含有する。ミトコンドリアDNAは、細胞内に多数のコピーが存在し、そのコピー数は細胞のエネルギー需要と並行している。つまり、エネルギー需要の高い細胞増殖期には増加する。DNAは比較的安定であり、皮膚の最外層である角質細胞層においても十分に検出可能である。すなわち、皮膚の最外層にある角質に含まれるミトコンドリアDNAの含有量を指標とすることで、これまで非侵襲的な手法では評価できなかった基底細胞層における細胞の分裂状態、つまり表皮ターンオーバーを評価できることを発見した。さらに、同時にゲノムDNAの含有量を測定し、標準化することにより、細胞あたりのミトコンドリアDNA量を算出することが可能となり、精度の高い評価が可能となった。
【0011】
本発明は主として当該知見及び成果に基づくものであり、以下に列挙する、表皮ターンオーバーの評価方法等を提供する。
[1]角質中のミトコンドリアDNAの含有量を測定することを特徴とする表皮ターンオーバーの評価方法。
[2]角質中のミトコンドリアDNAとゲノムDNAの含有量の比率を測定することを特徴とする表皮ターンオーバーの評価方法。
[3]表皮ターンオーバーの評価方法であって、
a)被検体の皮膚から角質を獲得する工程と、
b)角質からDNAを抽出する工程と、
c)工程bで得られたDNA中のミトコンドリアDNAとゲノムDNAの含有量の比率を測定する工程と、
d)工程cで測定したミトコンドリアDNAとゲノムDNAの含有量の比率をデータベースと比較する工程とを備え、
データベースが、表皮ターンオーバーが正常な皮膚と異常な皮膚におけるミトコンドリアDNAとゲノムDNAの含有量の比率に関連したデータを含んでいる、
ことを特徴とする方法。
[4]前記データベースが、紫外線暴露又は皮膚刺激性物質の接触により表皮ターンオーバーが亢進した皮膚におけるミトコンドリアDNAとゲノムDNAの含有量の比率に関連したデータを含んでいる[3]に記載の方法。
[5]前記データベースが、老化により表皮ターンオーバーが遅延した皮膚におけるミトコンドリアDNAとゲノムDNAの含有量の比率に関連したデータを含んでいる[3]に記載の方法。
[6]前記ミトコンドリアDNA及び/又はゲノムDNAの含有量を測定する工程が、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を用いてミトコンドリアDNA及び/又はゲノムDNAを増幅して行われる、[1]〜[5]いずれかに記載の方法。
[7]前記被検体の皮膚から角質を獲得する工程が、テープストリップ法により皮膚から角質を剥離することによって行われる、[1]〜[6]いずれかに記載の方法。
[8]被験体の色素沈着部位に[1]〜[7]いずれかに記載の方法を実施して、色素沈着の治癒速度を評価する方法。
[9]被験体に対して、トリートメント手段を施す前及び後にそれぞれ、[1]〜[8]いずれかに記載の方法を実施し、得られた評価結果を比較することによって該トリートメント手段の有効性を評価することを特徴とする、皮膚に対するトリートメント手段を評価する方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の表皮ターンオーバーの評価方法は、角質に含まれるミトコンドリアDNAの量を指標に測定することから、非侵襲的であり、且つ短時間で実施可能なものである。表皮ターンオーバーの状態を評価することは、健康な皮膚を維持するための有効な手段であり、ターンオーバーの異常に伴う皮膚性状の変化を評価できる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、表皮ターンオーバーの評価方法を提供する。角質に含まれるDNA中のミトコンドリアDNAとゲノムDNAの含有量の比率を測定し、その結果によって表皮ターンオーバーの速さを評価する。
【0014】
本発明において「ミトコンドリアDNA」(以下、「mtDNA」ともいう)は、検査を受ける被験者の細胞のミトコンドリア内部に見られる遺伝物質を意味する。この遺伝物質は、全ての遺伝子、特にコード配列及びその調節エレメントを含む。さらに、角化して死細胞となった角質に残留するミトコンドリア由来の遺伝物質も含む。
【0015】
本発明において「ゲノムDNA」(以下、「gDNA」ともいう)は、検査を受ける被験者の細胞の核内部に見られる遺伝物質を意味する。この遺伝物質は、全ての遺伝子、特にコード配列およびその調節エレメントを含む。さらに、角化して死細胞となった角質に残留する核由来の遺伝物質も含む。
【0016】
本発明の「角質」とは、皮膚の中で最外層に存在する角質層における細胞を示す。皮膚の中で最外層に存在する角質におけるDNAを解析することから、本発明の表皮ターンオーバーの評価方法は、低侵襲的であり、且つ容易に実施可能なものとなる。
【0017】
皮膚から角質を獲得する方法は特に限定されないが、可能な限り非侵襲的な採取方法を採用することが好ましい。つまり、角質の採取の際、顆粒層や有棘細胞層などの角質層以外の部分をできる限り傷つけないことが望まれる。例えば、粘着性のテープや接着剤などを皮膚へ付着させた後に剥がす方法や、粗面の材料(例えば不織布)で皮膚表面を擦る方法によって角質を採取することができる。本発明の「テープストリップ法」とは、粘着性のテープを皮膚へ付着させた後に剥がす方法を示す。非常に簡便に実施できる点において、テープストリップ法は特に好ましい。尚、以降に実施される遺伝子発現解析に影響しないものである限り、粘着性のテープや接着剤に用いられる材料(接着成分)は特に限定されない。
【0018】
本発明におけるDNAは、周知の核酸抽出法に準じた方法や市販されたキットを用いた方法により抽出できる。例えばグアニジンイソチオシアネート、フェノール及びクロロホルムを用いたDNA抽出法やニッポンジーン社のISOGEN、インビトロジェン社のTRISOL Reagent、Quiagen社のQIAamp DNA Kitなどを用いる方法などでDNAを抽出する。
【0019】
本発明における「ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)」は、mtDNA又はgDNAに特異的に相補的なオリゴヌクレロチドをプライマーとして、常法に従って実施すればよい。各方法について様々なプロトコールが報告されており、当業者であれば公知のプロトコールに従い、又は公知のプロトコールを適宜修正・変更したプロトコールによって、適切な測定系を構築し、そして実施することができる。増幅する遺伝子配列部位は、mtDNA又はgDNAを特定できるならば特に限定されないが、変異が少ない部位が好ましい。
【0020】
本発明における「ミトコンドリアDNAの含有量」及び「ゲノムDNAの含有量」は、角質より抽出したDNAからポリメラーゼ連鎖反応により増幅されたDNA断片を、アガロース電気泳動法、サイバーグリーン法、蛍光プローブ法などで定量することが可能である。測定されたミトコンドリアDNAの含有量は、得られた角質の量やDNAの抽出効率により変化するので、得られた角質の重量やアミノ酸量、DNAの量などで割ることで、標準化(ノーマライズ)することが好ましい。特に好ましくは、mtDNAの含有量をgDNAの含有量で標準化したmtDNAとgDNAの含有量の比率(以下、「mtDNA/gDNA」ともいう)がよい。標準化することで、他のデータ、すなわち過去の測定値やデータベースに含まれるデータとの比較が可能となる。また、mtDNAの含有量及びgDNAの含有量は、標準品を用いて、重量(ng)や濃度(ng/μl、mM)などの絶対値として測定できる。また、mtDNAとgDNAの含有量の比率が算出されればよいので、バンドの発光強度やリアルタイムPCRの増幅曲線から求めたCt値を用いて算出してもよい(ΔΔCt法)。
【0021】
本発明において、データベースの構築に用いる「表皮ターンオーバーが正常な皮膚」とは、皮膚の疾患を持たない健常人の、日常的に外部からの刺激がなく炎症が起こりにくい部位、例えば日常的に衣服に覆われている部位である上腕内側部、前腕内側部、背部、臀部、及び上腿内側部の皮膚である。
【0022】
本発明において、「表皮ターンオーバーが異常な皮膚」とは、皮膚障害を発症した皮膚であり、例えば紫外線暴露又は皮膚刺激性物質の接触、感染症、アレルギー反応により表皮ターンオーバーが亢進した皮膚があげられる。また、表皮ターンオーバーは加齢とともに遅延するので、低年齢者の皮膚を「表皮ターンオーバーが正常な皮膚」、高年齢者の皮膚を「表皮ターンオーバーが異常な皮膚」としてもよい。データベースに用いるデータの量は、多いほど好ましく、正確な評価が可能となる。
【0023】
表皮ターンオーバーの評価は、被験者のmtDNA/gDNAと、データベースに含まれるmtDNA/gDNAを比較して行われる。例えば、被験者のmtDNA/gDNAが、表皮ターンオーバーの速度に関連付けられた複数の区分の中のいずれに該当するのかを調べる。区分の設定に関する具体例を以下に示す。
(例1)
表皮ターンオーバーの速度(遅い):比率<a、(中度):a≦比率<b、(速い):b≦比率
【0024】
例1では区分の数を3としているが、区分の数は特に限定されるものではない。例えば、区分の数を2〜10のいずれかにすることができる。区分の数、及び各区分に関連付けられる基準値の範囲は、予備実験の結果を基に任意に設定可能である。
【0025】
本発明は第2の局面として、色素沈着の治癒速度を評価する方法を提供する。
【0026】
本発明の色素沈着の治癒速度を評価する方法では、本発明の表皮ターンオーバーの評価方法を利用する。本発明の「色素沈着」とは、老人性色素斑、肝斑、雀卵斑、紫外線暴露による色素沈着、炎症による色素沈着があげられる。色素沈着の程度は、表皮に存在するメラニン量により決まることから、表皮ターンオーバーが速ければメラニンの排出速度が速く、すなわち色素沈着の治癒速度が速いと評価できる。具体的には、被験対象の色素沈着部位に、本発明の表皮ターンオーバーの評価方法を実施し、得られた結果から色素沈着の治癒速度を評価する。
【0027】
本発明は第3の局面として、皮膚に対するトリートメント手段を評価する方法(以下、「トリートメント手段評価法」ともいう)を提供する。
【0028】
本発明のトリートメント手段評価法では、本発明の表皮ターンオーバーの評価方法を利用する。具体的には、被験対象に対してトリートメント手段を施す前と後にそれぞれ、本発明の表皮ターンオーバーの評価方法を実施し、得られた評価結果を比較することによって、当該トリートメント手段の有効性を評価する。本発明の「トリートメント手段」とは、皮膚疾患の改善又は回復を目的として皮膚に施される手段をいい、その代表例は医薬品及び化粧品の使用である。具体的には、保湿剤や美白剤、抗炎症剤などの化粧品、医薬品の外用、マッサージなどのトリートメント、レーザーなどの美容外科的な処置が含まれる。
【実施例】
【0029】
1.角質に含まれるDNAの抽出
被験者の頬部皮膚に半径1cmの円状のテープ(3M、Blenderm)を一枚貼付し、十分に接着していることを確認した後、テープを剥がし取り、角質を含むテープを得た。得られた角質に含まれるDNAをDNA抽出キット(Quiagen社製、QIAamp DNA Micro Kit)を用いて抽出した。すなわち、角質の付着したテープをテープごと300μLのLysis/Binding Solutionに入れ、proteinase K(Invitrogen社製)及びdithiothreitol(和光純薬社製)を添加し、56℃で2時間インキュベートした。その後、テープを取り除き、角質抽出液を得た。付属のfilter cartridgeにDNAを吸着させた後に、100μLの溶出液でDNAを溶出した。得られた溶出液にRNaseを加え、残存しているRNAを完全に除去し、角質に含まれるDNAを得た。
【0030】
2.角質に含まれるmtDNA及びgDNAのPCR解析
顔面部に炎症を伴う肌荒れが生じている被験者5名と正常な皮膚である被験者5名の、顔面頬部の角質より上記1.の方法でDNAを得た。各DNAをリアルタイムPCRキット(Invitrogen社製、Platinum SYBR Green qPCR Super−Mix−UDG kit)を用いた定量PCR反応に供し、mtDNAを定量した。同時に、gDNAを定量し、規格化(ノーマライズ)した。尚、mtDNA及びgDNA量の測定に使用したプライマーは次の通りである。
【0031】
mtDNA用のプライマーセット
GATTTGGGTACCACCCAAGTATTG(配列番号1)
AATATTCATGGTGGCTGGCAGTA(配列番号2)
gDNA用のプライマーセット
CACTCTTCCAGCCTTCCTTCC(配列番号3)
GTGTTGGCGTACAGGTCTTG(配列番号4)
【0032】
定量化は、標準品の段階希釈サンプルにて作成した検量線を用いた。mtDNA標準品としては、和光純薬社製のmtDNA Extractor CT kitを用いて精製されたmtDNAを用いた。gDNA標準品としては、Biochain社製のControl Genomic DNAを用いた。検量線から得られた値を用いて、以下の式よりmtDNA/gDNAを算出した。
mtDNA/gDNA=mtDNAの定量値(ng/μl)/gDNAの定量値(ng/μl)
【0033】
その結果を表1に示す。mtDNA/gDNAは、炎症の症状を有する被験者の方が高かった。すなわち、表皮のターンオーバーが促進されて肌荒れが生じた状態では、mtDNA/gDNAは高いことが示された。また、これらのデータをデータベースとして用いて、被検体のmtDNA/gDNAと比較することで、被検体の表皮ターンオーバーの速さを評価することが可能となる。
【0034】
【表1】

【0035】
3.色素沈着の治癒速度の評価
皮膚に色素沈着が生じている被験者5名の、色素沈着部位及び近傍の非色素沈着部位の角質より上記1.の方法でDNAを得た。各DNAをリアルタイムPCRキット(Invitrogen社製、Platinum SYBR Green qPCR Super−Mix−UDG kit)を用いた定量PCR反応に供し、mtDNAを定量した。同時に、gDNAを定量し、規格化(ノーマライズ)した。尚、mtDNA及びgDNA量の測定に使用したプライマーは、上記2.の方法で用いたものを使用した。
【0036】
定量化は、ΔΔCt法を行い、mtDNA/gDNAを測定した。この場合、近傍の非色素沈着部位のmtDNA/gDNAを1とした場合の、色素沈着部位のmtDNA/gDNAが算出される。
ΔΔCt=(色素沈着部位のmtDNAのCt値―色素沈着部位のgDNAのCt値)―(近傍の非色素沈着部位のmtDNAのCt値―近傍の非色素沈着部位のgDNAのCt値)
(色素沈着部位のmtDNA/gDNA)/(近傍の非色素沈着部位のmtDNA/gDNA)=2−ΔΔCt
【0037】
その結果を表2に示す。色素沈着部位におけるmtDNA/gDNAは、非色素沈着部位のmtDNA/gDNAの含有量の比率よりも低かった。すなわち、色素沈着部位では表皮のターンオーバーが遅延しており、表皮に存在するメラニンの排出が遅れていると考えられた。これらのデータをデータベースとして用いて、非色素沈着部位のmtDNA/gDNAに対する色素沈着部位のmtDNA/gDNAが1に近づけば、表皮ターンオーバーが正常化されて、メラニンの排出速度が速く、すなわち色素沈着の治癒速度が速いと評価できる。
【0038】
【表2】

【0039】
4.皮膚に対するトリートメント手段を評価する方法
本発明の表皮ターンオーバーの評価結果から、被験者の皮膚の性状にあったスキンケアないしトリートメント方法を選択することが可能である。すなわち、スキンケアないしトリートメントを行う前後にmtDNA/gDNAを測定し、mtDNA/gDNAが増加すれば、表皮のターンオーバーが促進され、皮膚の新陳代謝が活性化されていることがわかる。また、データベースに含まれる炎症が生じた場合のmtDNA/gDNAに近い値であれば、そのスキンケアないしトリートメント方法はその被験者には炎症を誘導する刺激となりうる可能性があることがわかる。逆に、mtDNA/gDNAが低下すれば、表皮のターンオーバーは遅延しており、そのスキンケアないしトリートメント方法はその被験者には合っていないことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明の表皮ターンオーバーの評価方法は、角質に含まれるmtDNAの量を指標に測定することから、非侵襲的であり、且つ短時間で実施可能なものである。表皮ターンオーバーの状態を評価することは、健康な皮膚を維持するための有効な手段であり、ターンオーバーの異常に伴う皮膚性状の変化を評価できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
角質中のミトコンドリアDNAの含有量を測定することを特徴とする表皮ターンオーバーの評価方法。
【請求項2】
角質中のミトコンドリアDNAとゲノムDNAの含有量の比率を測定することを特徴とする表皮ターンオーバーの評価方法。
【請求項3】
表皮ターンオーバーの評価方法であって、
a)被検体の皮膚から角質を獲得する工程と、
b)角質からDNAを抽出する工程と、
c)工程bで得られたDNA中のミトコンドリアDNAとゲノムDNAの含有量の比率を測定する工程と、
d)工程cで測定したミトコンドリアDNAとゲノムDNAの含有量の比率をデータベースと比較する工程とを備え、
データベースが、表皮ターンオーバーが正常な皮膚と異常な皮膚におけるミトコンドリアDNAとゲノムDNAの含有量の比率に関連したデータを含んでいる、
ことを特徴とする方法。
【請求項4】
前記データベースが、紫外線暴露又は皮膚刺激性物質の接触により表皮ターンオーバーが亢進した皮膚におけるミトコンドリアDNAとゲノムDNAの含有量の比率に関連したデータを含んでいる請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記データベースが、老化により表皮ターンオーバーが遅延した皮膚におけるミトコンドリアDNAとゲノムDNAの含有量の比率に関連したデータを含んでいる請求項3に記載の方法。
【請求項6】
前記ミトコンドリアDNA及び/又はゲノムDNAの含有量を測定する工程が、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を用いてミトコンドリアDNA及び/又はゲノムDNAを増幅して行われる、請求項1〜5いずれかに記載の方法。
【請求項7】
前記被検体の皮膚から角質を獲得する工程が、テープストリップ法により皮膚から角質を剥離することによって行われる、請求項1〜6いずれかに記載の方法。
【請求項8】
被験体の色素沈着部位に請求項1〜7のいずれかに記載の方法を実施して、色素沈着の治癒速度を評価する方法。
【請求項9】
被験体に対して、トリートメント手段を施す前及び後にそれぞれ、請求項1〜8のいずれかに記載の方法を実施し、得られた評価結果を比較することによって該トリートメント手段の有効性を評価することを特徴とする、皮膚に対するトリートメント手段を評価する方法。


【公開番号】特開2011−83207(P2011−83207A)
【公開日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−236973(P2009−236973)
【出願日】平成21年10月14日(2009.10.14)
【出願人】(592262543)日本メナード化粧品株式会社 (223)
【Fターム(参考)】