説明

ばねの製造方法とばね

【課題】 ばねの寸法が大きくなることを抑制しながら、ばねに所望の機械的硬度と耐久性を付与するための技術を提供する。
【解決手段】 オーステナイト領域まで加熱して冷却された鋼材を準備する準備工程と、準備された鋼材をT℃まで昇温する昇温工程と、T℃まで昇温された鋼材を、T℃で保持時間t秒の間保持する保持工程と、鋼材を冷却する冷却工程と、を備える。保持工程では、T℃が450℃から500℃であって、
【数1】


【数2】


を満たす。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書は、ばねの製造方法を開示する。具体的には、ばねの製造方法における熱処理に関する技術を開示する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に、ばねの一種である皿ばねの製造方法が開示されている。この皿ばねの製造方法では、皿ばねに用いられる鋼材を所望の機械的硬度にするために、熱処理が実施されている。この熱処理では、鋼材が所定の温度まで昇温され(昇温工程)、その温度で一定時間保持される(保持工程)。熱処理には、通常、加熱炉(バッチ式、連続式)が用いられる。熱処理における鋼材の昇温温度と保持時間は、ばねに要求される機械的硬度によって決定される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2000−27915号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ばねは、機械的硬度の他に、耐久性も強く要求される。ばねに用いられる鋼材の耐久性が低い場合、ばねに所望の耐久性を付与するためには、ばねの寸法を大きくして、ばねに作用する応力を低く抑えなければならない。しかしながら、ばねの寸法を大きくすると、ばねの重量が増加し、エネルギー効率を低下させてしまう。本明細書では、ばねの寸法が大きくなることを抑制しながら、ばねに所望の機械的硬度と耐久性を付与するための技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
ばねの寸法が大きくなることを抑制しながら、ばねに所望の耐久性を付与するためには、ばねに用いられる鋼材の耐久性を向上する必要がある。発明者らが鋭意検討した結果、ばね用の鋼材の熱処理後の組織が、その耐久性に大きく影響することを見出した。すなわち、ばね用の鋼材の耐久性を向上させるためには、熱処理後の鋼材に含まれる炭化物(セメンタイト相)をできるだけ小さくすればよいことが分かった。通常、熱処理後の鋼材に含まれる炭化物を小さくするためには、保持工程における鋼材の温度を低く設定すればよい。しかしながら、保持工程における鋼材の温度を低くすると、ばねに要求される機械的硬度を満足するために、保持工程に要する時間が長くなってしまう。この結果、炭化物が増加し、それら炭化物同士が結合することによって、炭化物が粗大化することとなる。発明者らは、ばね用の鋼材の熱処理条件を適切に設定することによって、ばねの寸法が大きくなることを抑制しながら、ばねに所望の機械的硬度と耐久性を付与することができる新規な製造方法を見出した。
【0006】
本明細書は、新規なばねの製造方法を提供する。この製造方法は、準備工程と、昇温工程と、保持工程と、冷却工程とを備える。準備工程では、オーステナイト領域まで加熱して急冷されたばね用の鋼材を準備する。昇温工程では、準備された鋼材をT℃まで昇温する。保持工程では、T℃まで昇温された鋼材を、T℃で保持時間t秒の間保持する。冷却工程では、鋼材を冷却する。保持工程では、T℃が450℃から500℃であって、以下の条件を満たす。
【0007】
【数1】

【0008】
【数2】

【0009】
保持工程における保持温度T℃が500℃よりも高くなると、鋼材内の炭化物が粗大化し、耐久性が低下する。また、保持温度T℃が450℃未満では、機械的硬度を維持するために、保持時間tを長くしなければならず、製造効率が悪くなる。また、保持時間が長くなると、炭化物が粗大化し、耐久性が低下する。これに対して、上記した製造方法では、保持工程における保持温度T℃が450℃から500℃であって、上記した条件を満たすように保持時間tを設定することによって、機械的硬度を満足しながら鋼材内の炭化物の粗大化を抑制することができる。上記した製造方法によれば、ばねの寸法が大きくなることを抑制しながら、ばねに所望の機械的硬度と耐久性が付与されたばねを製造することができる。
【0010】
準備された鋼材は、貫通孔を有しており、その貫通孔の周囲を一巡する電流経路が形成可能であることが好ましい。昇温工程は、誘導加熱によって前記鋼材を加熱し、その昇温時間が30秒以下であることが好ましい。昇温時間が30秒を越えると、昇温工程の昇温時間によって、熱処理後に形成される鋼材内の炭化物の大きさが変化する。この場合、炭化物の大きさをコントロールするためには、昇温工程と保持工程の両方の時間を適正に設定しなければならず、炭化物の大きさをコントロールすることが難しい。これに対して、昇温時間が30秒以下である場合には、熱処理後に形成される鋼材内の炭化物の大きさは、昇温工程に殆ど影響されることはなく、保持工程の保持時間によって決定される。このため、鋼材内の炭化物の大きさを容易にコントロールすることができる。
【0011】
保持工程における保持時間t秒が1秒以上645秒以下であることが好ましい。この構成によれば、鋼材内の炭化物の粗大化をより抑制することができる。
【0012】
上記した製造方法によって、製造されたばねも新規で有用である。このばねを形成する鋼材は、ラス状のマルテンサイト組織を有している。ラス状のマルテンサイト組織には、セメンタイト相が含まれている。このセメンタイト相のうち、20%以上が球状セメンタイト相である。球状セメンタイト相とは、その平均等価直径が112nm未満であって、その長径が、その短径と比較して3倍以下であるセメンタイト相である。なお、平均等価直径とは、鋼材の表面又は断面に観察されるセメンタイト相の面積を測定し、測定された面積が真円の面積であると仮定した場合の真円の直径である。
【0013】
上記したばねによれば、寸法が大きくなることを抑制しながら、ばねに所望の機械的硬度と耐久性を付与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本実施形態に用いられる加熱装置の概略構成を示す図。
【図2】加熱装置への皿ばねの設置状態を説明するための図。
【図3】本実施形態の加熱対象である皿ばねを説明するための図。
【図4】本実施形態の熱処理によって製造されるばねの組織の観察結果を示す写真。
【図5】比較のための熱処理によって製造されるばねの組織の観察結果を示す写真。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本明細書が提供する技術について、皿ばねを製造する場合を例に図面を参照して説明する。まず、本実施形態の皿ばね32(図2,3参照)の製造方法について詳しく説明する。皿ばね32の製造方法では、最初に、平板状の鋼板を、皿ばね32と同一の形状に成形する。皿ばね32は、貫通孔34回りに電気的に連続する連続体であり、貫通孔34の周囲を一巡する電流経路が形成可能となっている。皿ばね32の製造に用いられる鋼材は、SK85である。続いて、成形された皿ばね32に焼入れ処理を実施する。焼入れ処理とは、鋼材をオーステナイト領域まで加熱し急冷する処理である。この結果、鋼材の組織は、マルテンサイト相を含む組織に変化される。続いて、焼入れ処理された皿ばね32に焼戻し処理を実施する。焼戻し処理では、図1に示す加熱装置10によって皿ばね32を熱処理する。焼戻し処理が終了すると、ショットピーニング、防錆処理等、要求される性能に合わせた処理を実施して、皿ばね32が製造される。
【0016】
次いで、上記した焼戻し処理について詳しく説明する。最初に、熱戻し処理を実行するための加熱装置10の概略構成について説明する。図1に示すように、加熱装置10は、第1鉄心12と第2鉄心16と第3鉄心14を備えている。各鉄心12,14,16は、積層された電磁鋼板によって構成されており、その断面は矩形状となっている。
【0017】
第1鉄心12は、その先端が下方に折れ曲がっている。第1鉄心12の基端は、上下方向にスライド移動可能に第3鉄心14に組付けられている。第1鉄心12は、図示しない昇降機構によって上下方向に駆動される。第2鉄心16は、その先端が上方に折れ曲がり、第1鉄心12の先端面と対向している。第2鉄心16の基端は、第3鉄心14に組付けられている。第1鉄心12と第2鉄心16は、第3鉄心14によって磁気的に接続されている。
【0018】
第1鉄心12の先端面と第2鉄心16の先端面との間には補助鉄心30が配置されている。補助鉄心30は、上述した鉄心12,14,16と同様、積層された電磁鋼板によって構成されている。補助鉄心30は、第1鉄心12に固定されている。このため、第1鉄心12が昇降機構によって上下に移動すると、補助鉄心30も上下に移動する。これによって、第1鉄心12の先端面と第2鉄心16の先端面との間に被加熱物32をセットする際に、補助鉄心30が邪魔となることはない。補助鉄心30が第2鉄心16に接続されると、第1鉄心12と第2鉄心16と第3鉄心14と補助鉄心30によって磁気回路が形成される。
【0019】
第1鉄心12には第1コイル26が巻回されている。第2鉄心16には第2コイル36が巻回されている。第1コイル26と第2コイル36は電源装置22に接続されている。電源装置22は、第1コイル26と第2コイル36に所定電圧及び所定周波数の交流を印加する。これによって、第1鉄心12と第2鉄心16と第3鉄心14と補助鉄心30によって形成される磁気回路に交番磁束が発生する。第1コイル26と第2コイル36に流れる電流は、電流計24によって計測される。電流計24で計測された電流値は、制御装置20に入力される。制御装置20は、電流計24で計測される電流値に基づいて電源装置22を制御する。これによって、第1コイル26と第2コイル36に所望の電圧及び周波数の交流が印加される。また、制御装置20は皿ばね32を支持する支持装置28を制御する。なお、制御装置20は、第1鉄心12を上下方向に駆動する昇降機構(図示省略)や、被加熱物32の搬送等を行う搬送装置(図示省略)等を制御する。
【0020】
皿ばね32は、図2に示すように、支持装置28にセットされる。支持装置28は、支持板44と押え板46を備える。皿ばね32は、支持板44上に戴置されている。支持板44は、加熱装置10の第1鉄心12と第2鉄心16との間に設置されている。支持板44の中心には、貫通孔44aが形成されている。皿ばね32が支持板44上に戴置された状態では、皿ばね32の貫通孔34の位置と支持板44の貫通孔44aの位置が一致している。皿ばね32を熱処理する際には、皿ばね32の貫通孔34と支持板44の貫通孔44a内に、補助鉄心30を配置する。この状態で第1コイル26及び第2コイル36に交流を印加し、鉄心12,14,16及び補助鉄心30に交番磁束を発生させる。この交番磁束によって皿ばね32に二次電流が誘導され、その二次電流のジュール熱によって皿ばね32が加熱される。
【0021】
支持板44上に戴置された皿ばね32には、図示しない加圧装置からの圧縮力(皿ばねの軸方向の力)が押え板46を介して付与される。皿ばね32に圧縮力が付与されることで、加熱処理時の騒音を低減することができる。すなわち、補助鉄心30に発生する交番磁束の周波数を低くすると、加熱装置10が振動、あるいは、皿ばね32が振動して騒音が発生する。加熱処理時に皿ばね32に圧縮力を付与することで、加熱処理時に発生する騒音を低減することができる。なお、圧縮力を発生させる加圧装置(図示省略)は、制御装置20によって制御される。
【0022】
加熱装置10によって皿ばね32を熱処理する際の手順を説明する。まず、制御装置20は、昇降機構を駆動して第1鉄心12を上方に移動させる。これによって、補助鉄心30も上方に移動し、補助鉄心30と第2鉄心36との間にスペースが形成される。その結果、支持板44上に皿ばね32を設置することが可能となる。
【0023】
次いで、制御装置20は、搬送装置を駆動し、支持板44の上に皿ばね32を戴置する。この際、皿ばね32の貫通孔34と支持板44の貫通孔44aとが一致するように戴置する。支持板44上に皿ばね32を戴置すると、次に、制御装置20は、昇降機構を駆動して第1鉄心12を下方に移動させる。これによって、支持板44上に戴置された皿ばね32の貫通孔34を補助鉄心30が貫通し、補助鉄心30と第2鉄心16が接続される。その結果、鉄心12,14,16,30によって磁気回路が形成される。
【0024】
次いで、制御装置20は、加圧装置を駆動して押え板46を皿ばね32に向かって移動させ、皿ばね32に圧縮力を作用させる。皿ばね32に作用させる圧縮力は、0.4〜1.0MPaの圧力とすることができる。加熱装置10への皿ばね32の設置が終了すると、制御装置20は、電源装置22を駆動して第1コイル26及び第2コイル36に交流を印加する。その結果、補助鉄心30に交番磁束が発生し、皿ばね32に二次電流(補助鉄心30の周りを一巡する渦電流)が誘導される。皿ばね32は、誘導された二次電流によるジュール熱によって加熱され、焼戻し処理が行われる。この焼戻し処理は、皿ばね32を所定温度まで昇温する昇温工程と、所定温度に昇温した皿ばね32をその温度で保持する保持工程と、保持工程後に皿ばね32を冷却する冷却工程を有している。
【0025】
(昇温工程) 昇温工程では、第1コイル26及び第2コイル36に周波数f1の交流を印加し、皿ばね32を所定温度まで昇温する。皿ばね32を昇温する所定温度は、450〜500℃に設定される。また、皿ばね32を所定温度まで昇温する時間は、30秒以下に設定される。これにより、焼戻し処理後の皿ばね32内に形成されるセメンタイト相(炭化物)の大きさを容易にコントロールすることができる。すなわち、昇温時間が30秒以上であると、焼戻し処理後の鋼材内に形成されるセメンタイト相(炭化物)の大きさに昇温工程が大きく影響する。このため、セメンタイト相(炭化物)の大きさを制御するためには、昇温工程と後述する保持工程の両者を制御しなければならない。一方、昇温時間が30秒未満であると、セメンタイト相(炭化物)の大きさに昇温工程が殆ど影響せず、保持工程のみを制御すればよいためである。
【0026】
なお、昇温工程における交番磁束の周波数f1は、50〜400Hzとすることが好ましい。周波数が50Hz未満となると、皿ばね32の振動が大きくなり、騒音が発生する。また、皿ばね32が振動すると、熱処理の均一性が低下してしまう。皿ばね32に作用する圧縮力を大きくすれば、加熱時の皿ばね32の振動を抑えることはできるが、皿ばね32が大きな圧縮力によって変形してしまうという問題が発生する。一方、周波数が400Hzを超えると、加熱時間が30秒よりも長くなってしまう。
【0027】
(保持工程) 保持工程では、第1コイル26及び第2コイル36に周波数f2の交流を印加し、昇温工程で所定温度(450〜500℃)に昇温された皿ばね32を、所定時間だけ保持する。なお、保持工程における交番磁束の周波数f2は、昇温工程と同様に、50〜400Hzとすることが好ましい。皿ばね32を所定温度に保持する保持時間は、1〜645秒である。これにより、機械的硬度と耐久性を満足することができる。また、所定温度をT℃とし、保持時間をt秒と定義すると、Tとtとは、以下の式を満足する。
【0028】
【数1】

【0029】
【数2】

【0030】
(冷却工程) 冷却工程では、保持工程によって所定温度に保持された皿ばね32を冷却する。冷却工程における皿ばね32の冷却速度は、皿ばね32に求められる他の機械的特性に応じて適宜決定することができる。なお、皿ばね32の冷却速度を制御するために、必要に応じて第1コイル26及び第2コイル36に交流を印加することができる。
【0031】
冷却工程が終了すると、制御装置20は、押え板46を上方に移動させると共に、第1鉄心12及び補助鉄心30を上方に移動させる。これによって、皿ばね32が搬出可能な状態となる。次いで、制御装置20は、搬出装置を駆動して皿ばね32を加熱装置10から搬出する。なお、上述した実施形態では、加熱装置10に設置した状態で皿ばね32を冷却し、その後に加熱装置10から皿ばね32を搬出したが、保持工程後直ちに加熱装置10から皿ばね32を搬出し、その後に皿ばね32を冷却してもよい。
【0032】
上記した製造方法で製造された皿ばね32は、少なくとも、鋼材の板厚の中央付近であって、かつ、板幅の中央付近において、ラス状のマルテンサイト組織を有している。ラス状のマルテンサイト組織内には、セメンタイト相が形成されている。セメンタイト相のうち、20%以上が球状セメンタイト相である。球状セメンタイト相とは、その平均等価直径が112nm未満であって、その長径が、その短径と比較して3倍以下であるセメンタイト相である。なお、等価直径とは、鋼材の表面又は断面に観察されるセメンタイト相の面積を測定し、測定された面積が真円の面積であると仮定した場合の真円の直径である。平均等価直径とは、各セメンタイト相の等価直径を平均したものである。
【0033】
(組織観察) 次いで、上記した製造方法で製造した皿ばね32の鋼材の組織を観察した観察結果について説明する。図4は、加熱工程における加熱時間が22秒、保持工程における保持温度が480℃及び保持時間が99秒で焼戻し処理を実施した場合の鋼材(以下では「本実施形態の鋼材」と呼ぶ)内の組織の観察結果を示している。組織観察は、TEM(透過型電子顕微鏡)を用いて実施した。本観察では、加速電圧を200kVとした。また、本観察では、熱処理された鋼材の板厚の中央付近で、かつ、板幅の中央付近の鋼材を採取し、電解研磨によって表面をエッチングした。図5は、比較例として、加熱工程における加熱時間が2500秒、保持工程における保持温度が420℃及び保持時間が4920秒で焼戻し処理を実施した場合の鋼材(以下では「比較例の鋼材」と呼ぶ)内の組織を観察結果を示している。比較例も、上記した観察方法で観察した。なお、保持工程における保持時間は、焼戻し処理後の鋼材の機械的硬度が、ビッカース硬さでHV450となるように決定した。
【0034】
図4,5を比較すると、本実施形態の鋼材に形成されたセメンタイト相は、比較例の鋼材に形成されたセメンタイト相よりも小さくなっていることが分かった。本実施形態の鋼材の組織と比較例の鋼材の組織を比較するために、図4,5の写真を画像処理して、ラス状のマルテンサイト組織内のセメンタイト相の平均等価直径を測定した。等価直径は、観察されたセメンタイト相の面積を測定し、セメンタイト相が真円であると仮定した場合の真円の直径であり、平均等価直径は、観察された組織内の各セメンタイト相の等価直径を平均したものである。その結果、本実施形態の鋼材では平均等価直径が68nmであるのに対して、比較例の鋼材では平均等価直径が176nmであった。即ち、本実施形態の鋼材の方が、ラス状のマルテンサイト組織内のセメンタイト相が小さくなっていることが分かった。また、セメンタイト相のうちの球状セメンタイト相は、本実施形態の鋼材では30%であるのに対して、比較例の鋼材では1.0%であった。球状セメンタイト相とは、平均等価直径が112nm未満であって、長径が短径の3倍以下のセメンタイト相である。
【0035】
これらの結果から、本実施形態の鋼材は、比較例の鋼材と比較して、炭化物であるセメンタイト相が小さくなることが分かった。
【0036】
上記した製造方法によれば、焼戻し処理後の皿ばね32の鋼材に含まれるセメンタイト相を小さくすることができる。この結果、皿ばね32の鋼材の耐久性を高くすることができる。また、昇温工程における昇温時間を30秒以下としている。この結果、焼戻し処理後のセメンタイト相の大きさは、昇温時間に影響されず、保持工程における保持時間のみによって決定される。このため、セメンタイト相の大きさをコントロールすることが容易となる。また、上記した製造方法では、誘導加熱によって皿ばね32を加熱することによって、30秒以下で皿ばね32を450〜500℃に昇温することができる。
【0037】
また、保持工程における保持温度を450〜500℃としている。保持工程における保持温度が500℃よりも高くなると、セメンタイト相が粗大化し、皿ばね32の鋼材の耐久性が低下する。また、保持温度が450℃未満では、機械的硬度を維持するために、保持時間を長くしなければならず、製造効率が悪くなる。また、保持時間が長くなると、セメンタイト相が粗大化し、皿ばね32の鋼材の耐久性が低下する。保持温度を450〜500℃とすることによって、皿ばね32の鋼材の耐久性が低下することを防止することができる。
【0038】
従来では、皿ばね32の焼戻し処理では、加熱炉を用いて、保持温度を400℃、保持時間を2時間程度とすることによって、皿ばね32の機械的硬度を確保している。これに対して、保持工程における保持温度を450〜500℃とすることによって、保持時間を1秒以上645秒以下で、皿ばね32の機械的硬度を従来と同等のレベルに維持しつつ、セメンタイト相が粗大化することを抑制することができる。また、上記した製造方法によれば、保持時間を短縮することができるため、皿ばね32の製造時間を短縮することができる。
【0039】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例をさまざまに変形、変更したものが含まれる。
【0040】
例えば、加熱装置10を構成する各部は、種々の改良・変更を行うことができる。例えば、被加熱物を支持する支持板44は、被加熱物を3点支持にて支持するようにしてもよい。すなわち、被加熱物の放熱は大気だけではなく、接触する支持板へも生じる。したがって、被加熱物と支持板との接触面積をできるだけ小さくするために、支持板は被加熱物を3点支持にて支持することが好ましい。また、上記した製造方法における焼入れ処理を、加熱装置10を用いて実施してもよい。
【0041】
また、上記した製造方法は、皿ばね32以外に、貫通孔を有する様々なばねに適用することができる。一例として、ばねは、ワッシャ等であってもよい。なお、上記した加熱装置10を用いる場合は、被加熱物は熱処理時において貫通孔を有し、その貫通孔の周囲を一巡する電流経路が形成可能であることが好ましく、熱処理後はこの条件が満足されなくてもよい。このため、リング状の鋼材として熱処理を行った後に、リング状の鋼材の一部を除去して最終製品としてもよい。例えば、最終製品がスナップリングであってもよい。また、皿ばね32等の熱処理の対象ばねの貫通孔のサイズに制限はない。対象ばねの貫通孔のサイズに合わせて補助鉄心30を変更すればよいためである。
【0042】
また、支持装置28は、支持板44の外周に、被加熱物32を取り囲む防風壁を備えていてもよい。被加熱物32の外周を防風壁が取囲むことで、被加熱物32からの放熱が抑制される。防風壁は、断熱効果が高いセラミックなどの材料を用いて製作することができる。なお、防風壁は、皿ばね32の周囲を切れ目なく取囲む形状とすることができる。この場合は、防風壁の材料を不導体(例えば、セラミック等)とすることが好ましい。防風壁を不導体とすることで、防風壁内に二次電流が誘導されることを防止することができる。これによって、皿ばね32は、皿ばね32内を流れる二次電流のみによって加熱されることとなり、皿ばね32を安定して加熱することができる。防風壁を設けることによって、皿ばね32からの放熱が抑えられ、少ない電力で皿ばね32を所定温度に維持することができる。
【0043】
あるいは、防風壁の周方向の一部に開放部(切れ目)が形成されていてもよい。防風壁に開放部を形成することで、皿ばね32を観察することが可能となる。かかる構成を採用する場合は、例えば、皿ばね32の温度を、開放部を介して非接触式温度計(サーモグラフィ,放射温度計等)によって計測することができる。すなわち、加熱時には皿ばね32に二次電流が誘導されるため、接触式温度計(例えば、熱電対)では皿ばね32の温度を正確に計測できない。防風壁に開放部を形成することで、非接触で皿ばね32の温度を計測することができ、皿ばね32の温度を正確に計測することができる。制御装置20は、計測した皿ばね32の温度に基づいて電源装置22を制御することで、皿ばね32の温度を所望の温度に制御することができる。
【0044】
なお、防風壁に設ける開放部を大きくすると、皿ばね32を観察し易くなる反面、開放部を介して皿ばね32からの放熱が促進され、また、皿ばね32の周囲の気流が影響を受ける。このため、開放部は、これらの影響が最小限となるように、非接触式温度計の最小測定寸法を確保できるだけの寸法とすることが望ましい。
【0045】
本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組み合わせによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組み合わせに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数目的を同時に達成するものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。
【符号の説明】
【0046】
10:熱処理装置
12:第1鉄心
14:第3鉄心
16:第2鉄心
20:制御装置
22:電源装置
24:電流計
26,36:コイル
30:補助鉄心
32:皿ばね

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ばねの製造方法であって、
オーステナイト領域まで加熱して急冷されたばね用の鋼材を準備する準備工程と、
準備された前記鋼材をT℃まで昇温する昇温工程と、
前記T℃まで昇温された前記鋼材を、前記T℃で保持時間t秒の間保持する保持工程と、
前記鋼材を冷却する冷却工程と、を備え、
前記保持工程では、
T℃が450℃から500℃であって、
【数1】

【数2】

を満たす、ばねの製造方法。
【請求項2】
前記準備された鋼材は、貫通孔を有しており、その貫通孔の周囲を一巡する電流経路が形成可能であり、
前記昇温工程は、誘導加熱によって前記鋼材を加熱し、その昇温時間が30秒以下である、請求項1に記載のばねの製造方法。
【請求項3】
前記保持工程における前記保持時間t秒が1秒以上645秒以下である、請求項1又は2に記載のばねの製造方法。
【請求項4】
ラス状のマルテンサイト組織を有しており、前記ラス状のマルテンサイト組織には、セメンタイト相が含まれており、前記セメンタイト相のうち、20%以上が球状セメンタイト相である鋼材で形成されたばね。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−111646(P2011−111646A)
【公開日】平成23年6月9日(2011.6.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−268411(P2009−268411)
【出願日】平成21年11月26日(2009.11.26)
【出願人】(000210986)中央発條株式会社 (173)
【Fターム(参考)】