説明

アイド針及びアイド針の製造方法

【課題】 孔明け加工が可能で、かつ、柱折れのないアイド針を提供する。
【解決手段】 本発明のアイド針1は、炭素含有量が0.1〜0.15Wt%、ニッケル含有量が8.00〜10.00Wt%、クロム含有量が17〜20Wt%、マンガン含有量が0.7Wt%以下のステンレス鋼を所望の径と形状にした素材の端部1aに、弾性を備えた一対の孔柱6、6と、これらの間に形成された弾機孔2とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はアイド針とその製造方法に関し、特に、柱折れの少ないアイド針とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
手術用縫合針は、縫合糸を容易に挿通できるものであること、また、挿通された縫合糸が離脱しないことが必要とされている。
【0003】
縫合針としては、針材の基端部から針材の軸心に沿って穴を穿設し、この穴に縫合糸を挿入してかしめるアイレス針と、針材の針元部に針材の軸心と直交する方向の弾機孔を貫通形成したアイド針とがある。アイド針は針の基端部に弾機孔という通し孔を穿設したものである。弾機孔の両側には、バネ効果を有する孔柱が形成され、孔柱間に形成されたスリットから縫合糸を弾機孔に入れて使用する。
【0004】
図1(a)から(f)は、特許文献1(特許第2706677号)に記載された従来のバネ手段を備えた孔柱を有するアイド針の製造方法を説明する図である。
【0005】
この従来例では、アイド針の素材としてはオーステナイト系ステンレス鋼を使用している。オーステナイト系ステンレス鋼は、熱処理により硬化させることができないので、太い径の線材を線引き加工して徐々に目的の径へと細くし、線引き加工によって加工硬化させたものを使用する。1回の線引き加工では、目的の径にすることはできない場合が多く、通常複数回の線引き加工がされる。
【0006】
線引き加工を受けた線材は、加工硬化するが、これを繰り返しても、無限に硬度が上昇していくのではなく、硬度の限界がある。そのため、実際の線引き加工では、所望の径の線材となったときに、最大の硬度になるように、中間で何回か線材を焼鈍処理している。
【0007】
このようにして得られた所定の径の細い棒状の素材を、アイド針の長さに切断し、端部をプレス機で平らに潰し、弾機孔となる孔を形成する。このとき、素材の端部のみを予め焼鈍処理し、プレス加工を可能にしている。
【0008】
この孔の形成の仕方は以下の通りである。まず、図1(a)に示すように、針1の平らに潰された端部1aに、プレス等で片側から弾機孔の形状をした凹部2”を形成する。凹部2”は底部が平らで深さは端部1aの厚さの約1/2である。
【0009】
次いで針1を反転し、(b)に示すように、反対側からプレス加工をして凹部2”を形成し、さらに、ポンチを貫通させて貫通した孔2’とする(c)。
【0010】
次に針材1の端面から孔2’の底辺までの間をプレス成形して、針材1の軸方向にV型の糸逃溝3を形成する(d)。このとき、糸逃溝3の両端には、突起3a,3bが軸方向の両側に突出する。
【0011】
次に、プレス加工により、針材1の端面を底辺とする略三角状の切欠4を形成する(e)。そして切欠4の頂点と孔2’の底辺との間を切削加工して糸入口5を形成する(f)。こうすることによって、孔2’の両側にバネ効果を有する孔柱6が形成され、孔2’は弾機孔2となる。この後、針材の先端を鋭利に尖らす研削加工を行い、所定の形状になるよう湾曲させ、アイド針となる。アイド針を使用する際、弾機孔2には、縫合糸7が挿通されるが、糸逃溝3の弾機孔2側にできた突起3aによって縫合糸7の抜けだしを防止することができる。
【0012】
上記の如きアイド針は、針材の径が約φ0.1〜φ1.6と非常に細いため、針材に弾機孔2を形成するには微細な加工技術が必要となる。まず、針材を加工する際に細い針材を固定することが困難である。また、バネ効果を有するアイド針は針元部の構造が複雑である。更に、近年に至り、縫合針の材料としてオーステナイト系ステンレスを用いることが一般的となってきたが、この材料は熱処理硬化ができない。そのため、太い径の素材を細い径にする線引き加工をおこなって、結晶構造をファイバー構造にし、加工硬化により所望の硬度を得るようにしている。しかし、弾機孔を形成するために部分的に熱処理をして軟化させ、プレス加工を可能にさせる必要があり、加工工数も増加する。
【0013】
このような問題に対し、上記特許文献1では、レーザ加工により弾機孔2や三角状の切欠4等を形成している。レーザ加工であれば、固定も簡単でよく、加工が容易になり、しかも、軟化させる必要もないので加工工数を減らして生産コストを下げることができる。
【0014】
しかしながら、レーザ加工した場合、切断面が粗くなり、またレーザにより加熱されることから硬度が低下してしまう。そのため、プレス加工で製造することが望ましい。
【0015】
また、このようなアイド針は、前述したようにステンレス鋼を素材としているが、従来は、ステンレス鋼の中で、SUS304が使用されてきた。SUS304を素材として使用すれば、上記の問題を解決してアイド針の弾機孔をプレス加工で形成することは可能であった。
【特許文献1】特許第2706677号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
しかしながら、SUS304で製造されたアイド針は、柱折れを起こすことがあるという問題がある。柱折れとは、外科医がアイド針を使用しているときに、孔柱6が折れる現象をいう。アイド針を持針器で掴む場合、弾機孔2のない部分を掴めば、柱折れは防止できるのであるが、アイド針の端部を把持した方が縫合作業がやり易い場合もある。そのため、弾機孔2の部分を掴むことがあり、このような柱折れが生じるのである。
【0017】
本発明は、斯かる実情に鑑みてなされたもので、プレス加工による孔明けが可能で、かつ、柱折れのないアイド針を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記の目的を達成するために本発明のアイド針は、炭素含有量が0.1〜0.15WtWt%、ニッケル含有量が8.00〜10.00Wt%、クロム含有量が17〜20Wt%、マンガン含有量が0.7Wt%以下のステンレス鋼を所望の径と形状にした素材の端部に、弾性を備えた一対の孔柱と、これらの間に形成された弾機孔とを有することを特徴としている。
【0019】
前記アイド針が、引張強度が2000N/mm以上で、且つ、ダクティリティが5回以上である構成としても良い。
【0020】
上記の目的を達成するために本発明のアイド針の製造方法は、炭素含有量が0.1〜0.15Wt%、ニッケル含有量が8.00〜10.00Wt%、クロム含有量が17〜20Wt%、マンガン含有量が0.7Wt%以下のステンレス鋼を1回以上の線引き加工により所望の径にする工程と、前記針材の一端側にプレス加工により弾機孔を穿設する工程と、を有することを特徴としている。
【0021】
前記ステンレス鋼を所望の径にする工程が複数回の線引き加工工程を含み、線引き加工と線引き加工との間に少なくとも1回の熱処理工程を有し、該熱処理工程が、不活性ガスの雰囲気中で行われることとしてもよい。不活性ガスとしては、窒素又はアルゴンを使用することができる。
【発明の効果】
【0022】
本発明のアイド針によれば、素材に炭素含有量が0.1〜0.15Wt%、ニッケル含有量が8.00〜10.00Wt%、クロム含有量が17〜20Wt%、マンガン含有量が0.7Wt%以下のステンレス鋼を使用していることで、弾機孔の孔明けが可能となり、かつ、柱折れを防止できるという優れた効果を奏し得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明の実施例について説明する。
【0024】
柱折れの防止策としては、SUS302のステンレス鋼を使用することが考えられる。SUS304に比べ、SUS302は炭素含有量が若干多く、靱性に優れているので、柱折れを防止できるものと予想されていた。
【0025】
しかしながら、理由は不明であるが、SUS302のステンレス鋼は、プレスにより孔明けをしても、孔が開かないという問題があった。すなわち、図1の(b)から(c)への段階で、通し孔2’の部分が抜け落ちず、孔2’の一方に付いたままになってしまうのである。
【0026】
本願の発明者は、この現象について鋭意、研究した結果、SUS302のステンレス鋼と言っても、含有される元素の割合が少しずつ相違していることに着目した。
【0027】
ステンレス鋼に含まれる元素としては、クロム、ニッケルの他に、炭素、硫黄、燐、マンガン等がある。各元素の作用は、以下の通りである。
【0028】
クロムは、鋼の表面に薄い酸化被膜を作り、錆を防止するもので、ステンレス鋼には欠かせない元素である。また、ステンレス鋼の耐熱性、機械的性質も向上させる。また、フェライト化も促進される。
【0029】
ニッケルは、機械的性質を向上させる元素である。多量に添加すると耐熱性も向上する。クロムと共に用いることで、耐食性も高まる。また、合金のオーステナイト化を促進する。
【0030】
炭素は、含有量が減ると、耐粒界腐食性が向上する。加熱部にも使用できるようになる。炭素量を増やすと機械的性質を向上させるが、耐食性がやや落ち、脆くなる。加熱部には適さない。オーステナイト化を促進する。
【0031】
硫黄及び燐は、切削性を向上させる作用があるが、多量に添加すると脆くなる。
【0032】
マンガンは、ニッケルの節約のために開発された。マンガンを含有するステンレス鋼は、製鋼時や溶接時に有毒ガスが発生する。また、熱間、冷間加工性が悪いために圧延負荷が大きい。
【0033】
以上の事実を踏まえ、含有する元素の割合が少しずつ相違したステンレス鋼(いずれもSUS302の範囲内)について、孔明け試験を行った結果を表1に示す。孔明け方法は、従来例で説明したのと同じ方法である。ただし、針材の製造方法が相違している。すなわち、従来例では、線引き加工中に行われる熱処理(焼鈍)が大気中又は、素材の硬度を上昇させるため水素雰囲気中で行われていたのに対し、本発明では、不活性ガスの雰囲気中でおこなった。不活性ガスとしては、窒素とアルゴンのいずれでもよいが、本発明の実施例では、アルゴンを使用した。アルゴンは、窒素と同様に不活性ガスであるが、窒素と異なり、空気より重い。そのため、熱処理中に炉内を加圧することで、ステンレス鋼から揮発性の金属が蒸発することを防止することができる。また、従来技術(SUS304等)のように硬度を上昇させるため水素を使用しないため、素材の水素脆性が引き起こされず、柱折れを防止すると考えられる。
【0034】
【表1】

【0035】
表1によれば、試料番号3は孔が開かなかった。また、試料番号7は、孔が開くものもあったが、開かないものもかなりあった。その他の試料は、全て孔明けは良好であった。
【0036】
そこで、試料番号3、7と、その他のものとの相違点を探したが、炭素、珪素、燐、硫黄については、特に相違が見つからなかった。しかし、マンガンの含有量では相違が見つかった。試料番号3のマンガン含有量は0.820Wt%であり、試料番号7のマンガン含有量は0.720Wt%であるが、その他のものは、全て、0.70Wt%以下である。また、マンガンは、前述のように、含有量が多くなると、熱間、冷間加工性が悪く、圧延負荷が大きくなるという性質を有する。以上のことから、マンガン含有量が0.70Wt%以下であれば、弾機孔2をプレス加工で明けることが可能であることが分かった。
【0037】
同時に、本願発明者は、素材の引張強度が高く(=硬度が高く)粘り気が低いほど、孔明けがし易いのではないかと推測した。そこで、各試料の引張強度は外径に影響されることを踏まえた上で各試料の引張強度についても比較したところ、試料1は2230N/mm、試料2は2250N/mm、試料3は1900N/mm、試料4は2200N/mm、試料5は2120N/mm、試料6は2080N/mm、試料7は1960N/mm、試料8は2320N/mmであり、外径の違いを加味したとしても、マンガンの含有量および孔の明け易さと、引張強度とが対応している(引張強度が低いものはマンガンの含有量が高く孔が明けにくい)ことがわかった。以上の結果から、引張強度が2000N/mm以上であれば、孔が明け易いということができる。
【0038】
次に、柱折れのしにくさを調査するため、試料1〜8について、素材の端部を把持し、素材の中央部を中心に90度繰返し曲げて破断するまでの回数を調査する、ダクティリティ(繰り返し曲げ強度)試験を行ったところ、試料1、2、8は6回、試料3は9回、試料4,5は7回、試料6は5回、試料7は8回であった。ダクティリティは、通常の縫合針としては3回以上、好ましくは5回以上であれば十分に折れにくく、市場の要求を満たしているということがわかっており、同時に柱折れがしにくいということも推測できる。試験から、試料1〜8は全てダクティリティの要求を備えていることが分かった。本発明のアイド針としては、ダクティリティが5回以上であれば柱折れがしにくく、好ましいといえる。
【0039】
上記各試験は、相反する特性(引張強度とダクティリティ)を試験したものであるが、各試験結果から、引張強度が2000N/mm以上であり且つダクティリティが5回以上であるとき、孔明けがしやすく、且つ柱折れのしにくいアイド針とすることができることがわかった。
【0040】
上記の実施例における孔明け方法は、図1で説明したのと同じ方法に限定されるものではない。たとえば、糸逃溝3と凹部2”とを1工程でプレス加工したり、凹部2”を形成することなく、孔2’を一気に片側から打ち抜いて穿設してもよい。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明は、アイド針についてであるが、SUS302のステンレス鋼で、プレス加工を受ける医療器具全体について、適用可能なものである。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】(a)から(f)は、アイド針の弾機孔をプレス加工で形成する工程を説明する図である。
【符号の説明】
【0043】
1 針材
1a 端部
2 弾機孔
3 糸逃溝
5 糸入口
6 孔柱
7 縫合糸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素含有量が0.1〜0.15Wt%、ニッケル含有量が8.00〜10.00Wt%、クロム含有量が17〜20Wt%、マンガン含有量が0.7Wt%以下のステンレス鋼を所望の径と形状にした素材の端部に、弾性を備えた一対の孔柱と、これらの間に形成された弾機孔とを有することを特徴とするアイド針。
【請求項2】
引張強度が2000N/mm以上で、且つ、ダクティリティが5回以上であることを特徴とする、請求項1のアイド針。
【請求項3】
炭素含有量が0.1〜0.15Wt%、ニッケル含有量が8.00〜10.00Wt%、クロム含有量が17〜20Wt%、マンガン含有量が0.7Wt%以下のステンレス鋼を1回以上の線引き加工により所望の径にする工程と、前記針材の一端側にプレス加工により弾機孔を穿設する工程と、を有することを特徴とするアイド針の製造方法。
【請求項4】
前記ステンレス鋼を所望の径にする工程が、複数回の線引き加工を含み、線引き加工と線引き加工との間に少なくとも1回の熱処理工程を有することを特徴とする請求項3に記載のアイド針の製造方法。
【請求項5】
前記熱処理工程が、窒素又はアルゴンの雰囲気中で行われることを特徴とする請求項4に記載のアイド針の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2008−264523(P2008−264523A)
【公開日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−77257(P2008−77257)
【出願日】平成20年3月25日(2008.3.25)
【出願人】(390003229)マニー株式会社 (66)
【Fターム(参考)】