説明

アクチュエータの制御装置

【課題】アクチュエータの動作限界付近での入力外乱抑圧性能を向上させる。
【解決手段】入力外乱抑圧性能を持つフィードバック制御器(スライディングモード制御器)と、そのフィードバック制御器で生成した制御入力と入力制限値との差にゲインを乗じた値を上記フィードバック制御器の入力側にフィードバックするアンチワインドアップ制御器とを備えたアクチュエータの制御装置において、上記入力制限値を、アクチュエータの動作限界値から決定される入力量に、入力外乱抑圧性能を持つフィードバック制御器で補償すべき入力外乱を加えた値に設定する。このような設定により、アクチュエータの動作限界値まで制御入力の演算が可能になり、その動作限界付近での入力外乱抑圧性能が向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アクチュエータの制御装置に関し、例えば、車両に搭載される自動化マニュアルトランスミッションなどのアクチュエータの制御に利用することができる。
【背景技術】
【0002】
アクチュエータの駆動を制御する装置においては、例えば、目標値と実ストロークとの偏差が0となるように制御入力を算出して制御対象に与える制御(フィードバック制御)を行っている。アクチュエータのフィードバック制御系では、制御入力の飽和が生じた場合、制御対象が指令値に追従できなくなって出力応答にオーバーシュート(いわゆる、ワインドアップ現象)が生じる。こうしたワインドアップ現象が生じると、制御性能劣化や制御系の不安定化を引き起こすことがある。その対策の1つとして、フィードバック制御系にアンチワインドアップ制御器を設けている(例えば、特許文献1〜3参照)。
【0003】
アンチワインドアップ制御器としては、例えば、フィードバック制御器で生成した制御入力と、アクチュエータの動作限界値で制限した入力値との差にゲインを乗じた値をフィードバックすることにより、ワインドアップ現象を抑制するものがある。
【0004】
また、アクチュエータの制御装置において、フィードバック制御器として、入力外乱抑圧性能を持つフィードバック制御器(例えば、スライディングモード制御器)が適用されている。スライディングモード制御器は、制御対象の状態量を変数とする切換関数によって表される切換超平面に、制御対象の状態量を切換入力(非線形入力)によって収束させる(切換関数の値を0に収束させる)とともに、等価制御入力(線形入力)によって切換関数上を滑る(スライディング)ようにして、制御対象の状態量を超切換平面上に拘束する制御器である。このようなスライディングモード制御器では、入力外乱や制御対象の特性変化などに対するロバスト性を十分に確保しながら、制御対象の状態量を切換超平面上に安定して拘束することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−005153号公報
【特許文献2】特開2004−240516号公報
【特許文献3】特許第3387451号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、上記入力外乱抑圧性能を持つフィードバック制御器とアンチワインドアップ制御器とを備えたアクチュエータ制御装置において、入力外乱による出力変動が生じた場合、アクチュエータの動作限界値まで制御入力を生成することができなくなり、その動作限界値付近での入力外乱抑圧性能が低下する場合がある。
【0007】
本発明はそのような実情を考慮してなされたもので、入力外乱抑圧性能を持つフィードバック制御器とアンチワインドアップ制御器とを備えたアクチュエータの制御装置において、入力外乱抑圧性能を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、入力外乱抑圧性能を持つフィードバック制御器と、前記フィードバック制御器で生成された制御入力とその制御入力を入力制限値で制限した制限入力(=入力制限値)とが入力されるアンチワインドアップ制御器と、を備えたアクチュエータの制御装置において、前記入力制限値を、アクチュエータ動作に必要な入力量と入力外乱とから設定することを技術的特徴としている。より具体的には、上記入力制限値を、アクチュエータの動作限界値から決定される入力量に、入力外乱抑圧性能を持つフィードバック制御器で補償すべき入力外乱を加えた値に設定することを特徴としている。
【0009】
本発明において、入力外乱抑圧性能を持つフィードバック制御器の具体的な例として、スライディングモード制御器を挙げることができる。また、アンチワインドアップ制御器の具体的な構成として、例えば、入力外乱抑圧性能を持つフィードバック制御器(スライディングモード制御器)で生成した制御入力と入力制限値との差にゲインを乗じた値を、入力外乱抑圧性能を持つフィードバック制御器の入力側にフィードバックするという構成を挙げることができる。
【0010】
本発明によれば、アンチワインドアップ制御器への入力制限値を、アクチュエータ動作に必要な入力量と入力外乱とから設定しているので、アクチュエータの動作限界付近での入力外乱抑圧性能を向上させることができる。この点に以下に説明する。
【0011】
まず、従来制御では、アクチュエータ動作確保に必要な出力量(アクチュエータの動作限界値(飽和特性))のみを考慮して入力制限値を設定している。このような設定では、入力外乱によって入出力特性が変動した場合に、アクチュエータの動作限界値まで制御入力を生成できなくなるので(図5及び図6参照)、動作限界値付近での外乱抑圧性能を十分に発揮できない可能性がある。
【0012】
これに対し、例えば図5及び図6に示すように、入力制限値を、アクチュエータの動作限界値から決定される入力量(従来制御の入力制限値)に、入力外乱抑圧性能を持つフィードバック制御器(例えば、スライディングモード制御器)で補償すべき入力外乱(補償入力外乱範囲の半分)を加えた値とすることにより、アクチュエータの動作限界値まで制御入力の演算が可能になる。これによって、入力外乱抑圧性能を持つフィードバック制御器(スライディングモード制御器)の演算余裕代ができるので、アクチュエータの動作限界付近での入力外乱抑圧性能が向上する。
【0013】
そして、このようにして入力制限値を決定(設定)した上で、所望のアンチワインドアップ性能(オーバーシュート抑制)が得られるように、アンチワインドアップ制御器を調整(例えば、上記制御入力と制限入力との差に乗じるゲインをチューニング)することによって、入力外乱抑圧性能とアンチワインドアップ効果とを両立することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、入力外乱抑圧性能を持つフィードバック制御器とアンチワインドアップ制御器とを備えたアクチュエータの制御装置において、入力制限値を、アクチュエータ動作に必要な入力量と入力外乱とから設定しているので、入力外乱抑圧性能を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明を適用するアクチュエータが搭載された車両の概略構成図である。
【図2】セレクトアクチュエータ、シフトアクチュエータ及びクラッチアクチュエータの作動油流量(油圧)を制御する油圧制御回路の構成、及び、ECU等の制御系の構成を示すブロック図である。
【図3】アクチュエータ制御装置の制御系の構成を示す制御ブロック図である。
【図4】図3の制御系に用いるアンチワインドアップ制御器の構成を示す図である。
【図5】入力制限値の説明図である。
【図6】入力制限値の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0017】
この例では、シフト変速(ギヤ段切り替え)が自動化された自動化マニュアルトランスミッションを対象としており、その自動化マニュアルトランスミッションのアクチュエータ(自動クラッチのアクチュエータも含む)を制御する制御装置に本発明を適用した例について説明する。
【0018】
まず、自動化マニュアルトランスミッションが搭載された車両について、図1を参照して説明する。この例の車両には、エンジン1、自動クラッチ2、上記自動化マニュアルトランスミッション3、油圧制御回路400、及び、ECU(Electronic Control Unit)100などが搭載されている。
【0019】
エンジン1は、ガソリンエンジンやディーゼルエンジン等の内燃機関であって、その出力軸であるクランクシャフト11は自動クラッチ2(摩擦クラッチ20)に連結されている。
【0020】
自動クラッチ2は、乾式単板の摩擦クラッチ20及びクラッチ操作装置200を備えている。摩擦クラッチ20は、エンジン1のクランクシャフト11に連結されるフライホイール、クラッチディスク、プレッシャプレート、ダイヤフラムスプリング、及び、クラッチカバーなどを備えている(例えば、特開2010−203586公報参照)。
【0021】
クラッチ操作装置200は、レリーズベアリング、レリーズフォーク、及び、油圧式のクラッチアクチュエータ201などを備えており、そのクラッチアクチュエータ201の駆動力(前進・後進運動)をレリーズフォーク及びレリーズベアリングを介してダイヤフラムスプリングに与えることにより、上記摩擦クラッチ20のプレッシャプレートを変位させることによって、当該プレッシャプレートとフライホイールとの間にクラッチディスクを強く挟む状態(クラッチ係合状態)、または、プレッシャプレートをクラッチディスクから引き離す状態(クラッチ切断状態)に設定することができる(例えば、特開2010−203586公報参照)。なお、クラッチアクチュエータ201の駆動(作動油流量制御)は油圧制御回路400及びECU100によって制御される。
【0022】
自動化マニュアルトランスミッション3は、例えば前進6段・後進1段の平行歯車式変速機などの一般的な手動変速機と同様の構成を有している。
【0023】
自動化マニュアルトランスミッション3(以下、「トランスミッション3」ともいう)は、シンクロメッシュ機構300を備えた常時噛み合い式の有段変速機であって、入力軸31及び出力軸32と、これら入力軸31及び出力軸32に設けられた減速比の異なる6組のギヤ対311,312・・316とを備えており、それらギヤ対311,312・・316のうちの1つが選択されて動力伝達状態となることにより、前進6段の変速比が設定される。なお、図1には、3組のギヤ対311(ギヤ311aと311b)、ギヤ対312(ギヤ312aと312b)及びギヤ対316(316aと316b)のみを模式的に示している。
【0024】
ギヤ対311,312・・316を構成する一方(入力軸側)のギヤ311a,312a・・316aは、トランスミッション3の入力軸31に一体的に回転または空転するように支持されており、他方(出力軸側)のギヤ311b,312b・・316bは、トランスミッション3の出力軸32に一体的に回転または空転するように支持されている。この例では、入力軸側のギヤ311a,312a・・316aが入力軸31と一体的に回転するように支持されており、出力軸側のギヤ311b,312b・・316bが出力軸32に対して空転するように支持されている。
【0025】
そして、これらのギヤ対311,312・・316のギヤ311a,312a・・316aとギヤ311b,312b・・316bとが、それぞれ、常に噛み合うように配置されており、ギヤ対311,312・・316のうちの1つのギヤ対、例えばギヤ対311の出力軸側のギヤ311bを、シンクロメッシュ機構300によって出力軸32の連結することによりギヤ対311が動力伝達状態となり、そのギヤ対に対応するギヤ段(例えば第1速(1st))を得ることができる。
【0026】
また、ギヤ対316の入力軸側のギヤ316bをシンクロメッシュ機構300によって出力軸32に連結することによりギヤ対316が動力伝達状態となり、そのギヤ対に対応するギヤ段(例えば第6速(6th))を得ることができる。なお、図示はしないが、例えば、トランスミッション3の入力軸31には後進ギヤ対が設けられており、その後進ギヤ対がカウンタシャフトに設けられたアイドルギヤが噛み合うことによって後進ギヤ段を設定できるようになっている。
【0027】
トランスミッション3の入力軸31は上記摩擦クラッチ20(クラッチディスク)に連結されている。また、トランスミッション3の出力軸32の回転は、ディファレンシャルギヤ5及び車軸6などを介して駆動輪7に伝達される。
【0028】
シンクロメッシュ機構300は、セレクトアクチュエータ301及びシフトアクチュエータ302を駆動源としている。それらセレクトアクチュエータ301及びシフトアクチュエータ302の各駆動(作動油流量制御)は油圧制御回路400及びECU100によって制御される。
【0029】
油圧制御回路400は、図2に示すように、セレクトソレノイドバルブ401、シフトソレノイドバルブ402、クラッチソレノイドバルブ403、及び、オイルポンプ404などを備えている。セレクトソレノイドバルブ401、シフトソレノイドバルブ402及びクラッチソレノイドバルブ403はいずれもリニアソレノイドバルブである。また、オイルポンプ404としては、エンジン1の作動によって駆動される機械式オイルポンプや電動オイルポンプが用いられる。
【0030】
セレクトソレノイドバルブ401は、ECU100からの指令信号(駆動電流)に応じて、上記自動化マニュアルトランスミッション3のセレクトアクチュエータ301に供給する作動油の流量(油圧:セレクトアクチュエータ301のストローク)を調整するように構成されている。このセレクトアクチュエータ301のピストンロッドがセレクト方向に前進または後退することにより、上記自動化マニュアルトランスミッション3のシンクロメッシュ機構300のセレクト操作が行われる(例えば、特開2010−203586公報参照)。セレクトアクチュエータ301のピストンロッドの移動量(セレクトストローク)はセレクトストロークセンサ501によって検出される。
【0031】
シフトソレノイドバルブ402は、ECU100からの指令信号(駆動電流)に応じて上記自動化マニュアルトランスミッション3のシフトアクチュエータ302に供給する作動油の流量(油圧:シフトアクチュエータ302のストローク)を調整するように構成されている。このシフトアクチュエータ302のピストンロッドがシフト方向に前進または後退することにより、上記自動化マニュアルトランスミッション3のシンクロメッシュ機構300のシフト操作が行われる(例えば、特開2010−203586公報参照)。シフトアクチュエータ302のピストンロッドの移動量(シフトストローク)はシフトストロークセンサ502によって検出される。
【0032】
クラッチソレノイドバルブ403は、ECU100からの指令信号(駆動電流)に応じて、上記自動クラッチ2のクラッチアクチュエータ201に供給する作動油の流量(油圧:クラッチアクチュエータ201のストローク)を調整するように構成されている。このクラッチアクチュエータ201のピストンロッドが前進または後退することにより自動クラッチ2(摩擦クラッチ2)の切断または係合操作が行われる。クラッチアクチュエータ201のピストンロッドの移動量(クラッチストローク)はクラッチストロークセンサ503によって検出される。
【0033】
なお、セレクトソレノイドバルブ401、シフトソレノイドバルブ402、及び、クラッチソレノイドバルブ403の各駆動制御時には駆動電流が連続的に供給される。また、例えばPWM等の高速な電流ON−OFF制御(デューティ制御)であっても出力は実質的に連続となるので、このような場合の通電制御も含まれる。
【0034】
−ECU−
次に、ECU100について図2を参照して説明する。ECU100は、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、バックアップRAMなどを備えている。
【0035】
ROMには、各種制御プログラムや、それら各種制御プログラムを実行する際に参照されるマップ等が記憶されている。CPUは、ROMに記憶された各種制御プログラムやマップに基づいて各種の演算処理を実行する。また、RAMは、CPUでの演算結果や各センサから入力されたデータ等を一時的に記憶するメモリであり、バックアップRAMは、例えばエンジンの停止時などにおいて、その保存すべきデータ等を記憶する不揮発性のメモリである。
【0036】
また、ECU100は、後述するアクチュエータ制御装置を構成するスライディングモード制御器(SMC)101、アンチワインドアップ制御器(AWC)102、オブザーバ103、リミッタ104、及び、加減算器15などを備えている。
【0037】
ECU100には、エンジン1の運転状態を検出する各種センサが接続されている。さらに、ECU100には、上記したセレクトストロークセンサ501、シフトストロークセンサ502及びクラッチストロークセンサ503などが接続されている。
【0038】
そして、ECU100は、エンジン運転状態を検出する各種センサの出力信号に基づいて、吸入空気量制御(スロットルバルブの開度制御)、燃料噴射量制御(インジェクタの開閉制御)などを含むエンジン1の各種制御、及び、各アクチュエータ301,302,201の駆動制御などを実行する。
【0039】
−アクチュエータ制御装置−
次に、アクチュエータ制御装置について図3を参照して説明する。図3はアクチュエータ制御装置の制御系の構成を示す制御ブロック図である。
【0040】
この図3の制御系において、制御対象Tは、上記自動化マニュアルトランスミッション3の各アクチュエータ(セレクトアクチュエータ301、シフトアクチュエータ302)であり、そのアクチュエータの作動油流量(油圧)を制御するように構成されている。ただし、この例では、アクチュエータの作動油流量はソレノイドバルブ(セレクトソレノイドバルブ401、シフトソレノイドバルブ402)によって調整されるので、そのソレノイドバルブの駆動電流の変動(駆動電流ばらつき)を入力外乱として扱っている。
【0041】
図3に示す制御系(アクチュエータ制御装置)は、入力外乱抑圧性能を持つフィードバック制御器としてのスライディングモード制御器(SMC)101、アンチワインドアップ制御器(AWC)102、オブザーバ(観測器)103、リミッタ104、及び、加減算器105などによって構成されている。
【0042】
オブザーバ103は、スライディングモード制御器101で生成された制御入力u(もしくは、リミッタ104にて制限された制御入力[u-])、及び、制御対象Tの実ストロークy(例えば、ストロークセンサ501,502の検出値)に基づいて、推定状態量[x0^](ストローク変位)、[x1^](ストローク変位速度)、[x2^](ストローク変位加速度)、及び、推定ストローク[y^]を推定する。このオブザーバ103で推定された推定状態量([x0^]、[x1^]、[x2^])はスライディングモード制御器101に入力され、推定ストローク[y^]は加減算器105に入力される。
【0043】
なお、上記[x0^]、[x1^]、[x2^]、[y^]は、推定値を表現する一般的な表記である「ハット」の代わりに以後使用するものとし、図面(図3)では一般的な表記を使用するものとする。また、[u-]は、「uアッパーバー」の代わりに以後使用するものとし、図面(図3)では一般的な表記を使用するものとする。
【0044】
アンチワインドアップ制御器102は、ワインドアップ現象を抑制するための一般的な制御器であって、図4に示すように、減算器121及び増幅器122などによって構成されている。
【0045】
アンチワインドアップ制御器102の減算器121には、スライディングモード制御器101で生成された制御入力u(リミッタ前の制御入力)と、リミッタ104で制御入力uが制限された場合に、その制限後の制御入力[u-](リミッタ後の制御入力=入力制限値)とが入力され、これら制御入力の偏差eawc([u-]−u)が算出される。そして、その偏差eawcに、増幅器122において所定のゲインkawcを乗じることによって帰還信号uawcが生成される。この帰還信号uawcは加減算器105に入力(スライディングモード制御器101の入力側にフィードバック)される。
【0046】
ここで、スライディングモード制御器101で生成された制御入力uがリミッタ104の制限値(入力制限値)を超えない範囲では、リミッタ前の制御入力uとリミッタ後の制御入力[u-]とは同じであり、上記偏差euawcは0となる(帰還信号uawc=0)。
【0047】
一方、制御入力uがリミッタ104の制限値以上になった場合(飽和状態になった場合)は、偏差uawcは負の値([u-]−u<0)となり、負の値の帰還信号uawcが加減算器105に入力される。上記リミッタ104の入力制限値については後述する。
【0048】
そして、このような構成のアンチワインドアップ制御器102において、上記eawc([u-]−u)に乗じるゲインkawcをチューニングすることによって、ワインドアップ現象(オーバーシュート)を抑制することができる。
【0049】
加減算器105は、目標ストローク(目標値)r、上記オブザーバ103が推定した推定ストローク[y^](実ストローク(出力)y)、及び、上記アンチワインドアップ制御器102からの帰還信号uawcが入力される。加減算器105では、目標ストロークrと推定ストローク[y^]との偏差(r−[y^])が算出される。
【0050】
その偏差算出の際に、スライディングモード制御器101で生成された制御入力uがリミッタ104の制限値を超えない場合には、アンチワインドアップ制御器102からの帰還信号uawcは0であるので、制御対象Tの出力と目標値との偏差(r−[y^])がそのままスライディングモード制御器101に入力される。一方、制御入力uがリミッタ104の制限値以上になった場合には、上記偏差(r−[y^])に帰還信号uawc(負の値)が加算されるので、上記偏差(r−[y^])から帰還信号uawcを減じた値((r−[y^])−uawc)がスライディングモード制御器101に入力される。つまり、制御入力uがリミッタ104の上限制限値で制限された場合(飽和状態になった場合)、スライディングモード制御器101に入力される制御偏差は、制御対象Tの出力と目標値との偏差(r−[y^])よりも小さくなる。
【0051】
スライディングモード制御器101は、例えば、制御対象Tの状態量に目標値rと出力yとの差の積分値zを付加した拡大系を用いて構成した1型サーボ系の公知の制御器であって、制御対象Tの状態量を変数とする切換関数(σ(x)=Sx)によって表される切換超平面Sに、制御対象Tの状態量を切換入力(非線形入力)unlによって収束させる(切換関数の値を0に収束させる(σ(x)→0))とともに、等価制御入力(線形入力)ueqによって切換関数上を滑る(スライディング)ようにして、制御対象Tの状態量を超切換平面S上に拘束するフィードバック制御器である。
【0052】
このようなスライディングモード制御器101では、入力外乱(マッチング条件を満たす外乱:上記した駆動電流ばらつき)に対しロバスト性を補償しながら、制御対象Tの状態量を切換超平面上に安定して拘束することができる。そして、このスライディングモード制御器101で生成された制御入力u(u=ueq+unl)がリミッタ104を通じて制御対象Tに与えられる。
【0053】
−入力制限値について−
次に、リミッタ104の入力制限値について図5及び図6を参照して説明する。
【0054】
図5及び図6において、横軸は入力(ソレノイドバルブの駆動電流)であり、縦軸は出力(ストローク(作動油流量))である。また、図5に示す実線は、流量要求値(ストローク要求値)から駆動電流を求めるためのマップ(入出力特性マップ)である。なお、この図5に示す入出力特性マップは、ノミナル品を用いて実験・計算等によって算出されており、ECU100内に記憶されている。
【0055】
まず、図5及び図6に示すように、従来制御では、アクチュエータの動作限界値から決定される入力量(アクチュエータ動作に必要な入力量(サーボ性能確保流量))のみを考慮して入力制限値を設定している。このような設定では、入出力の実特性がマップ特性(図5の実線)に対しずれが生じていない場合(入力外乱による入出力特性の変動がない場合)には、アクチュエータの動作限界値まで制御入力を生成することができるので、制御入力の演算(スライディングモード制御器101の演算)が動作限界値付近まで可能になる。しかし、入力外乱によって入出力特性が変動した場合、例えば図5に示すようにマップ特性(実線)に対し実特性(破線)がずれた場合(同じ入力値(電流値)に対して出力(流量)が低い側にばらついた場合)、動作限界値まで制御入力を生成できなくなるので(図6参照)、動作限界値付近の制御入力の演算結果は外乱抑圧性能を十分に発揮できない可能性がある。
【0056】
このような点を考慮し、この例では、図5及び図6に示すように、リミッタ104の入力制限値を、アクチュエータの動作限界値から決定される入力量(アクチュエータ動作に必要な入力量(サーボ性能確保流量))と、スライディングモード制御器101で補償すべき入力外乱(駆動電流ばらつき)とから設定する。つまり、従来制御の入力制限値に、補償入力外乱範囲の半分(1/2)を加えた値をリミッタ104の入力制限値とする。このように、入力外乱を考慮してリミッタ104の入力制限値を設定することにより、図6に示すように、アクチュエータの動作限界値まで制御入力の演算が可能となり、これによってスライディングモード制御器101の演算余裕代ができるので、アクチュエータの動作限界付近での入力外乱抑圧性能が向上する。
【0057】
そして、このようにしてリミッタ104の入力制限値を決定(設定)した上で、所望のアンチワインドアップ性能(オーバーシュート抑制)が得られるように、アンチワインドアップ制御器102の増幅器122のゲインkawcを実験・シミュレーション等によってチューニングすることによって、入力外乱抑圧性能とアンチワインドアップ効果とを両立することができる。
【0058】
なお、以上の例では、自動化マニュアルトランスミッション3のセレクトアクチュエータ301及びシフトアクチュエータ302の制御の例について説明したが、自動クラッチ2のクラッチアクチュエータ201についても同様な制御を適用することができる。
【0059】
−他の実施形態−
以上の例では、入力外乱抑圧性能を持つフィードバック制御器として、スライディングモード制御器を用いているが、本発明はこれに限られることなく、制御対象の出力を目標値に一致させるフィードバック制御を実行する制御器であって、入力外乱を抑圧する性能を持つフィードバック制御器であれば、他の任意の構成の入力外乱抑圧型制御器を適用してもよい。また、アンチワインドアップ制御器についても、図4に示す構成のものに限られることなく、一般に用いられている他の構成のアンチワインドアップ制御器を適用してもよい。
【0060】
以上の例では、自動化マニュアルトランスミッションのアクチュエータ制御装置について説明したが、本発明はこれに限られることなく、例えば、クラッチ及びブレーキと遊星歯車装置とを用いてギヤ段を設定する自動変速機や、変速比を無段階に調整するベルト式の無段変速機(CVT:Continuously Variable Transmission)などの他の変速機のアクチュエータ制御にも本発明は適用可能である。
【0061】
また、本発明は、油圧アクチュエータに限られることなく、電動式や負圧式(空気式)のアクチュエータなどの制御にも適用可能であり、さらに、変速機のほか、例えば内燃機関、制動装置(ブレーキ)などの各種機器・装置を駆動するアクチュエータの制御装置にも適用可能である。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明は、入力外乱抑圧性能を持つフィードバック制御器と、アンチワインドアップ制御器とを備えたアクチュエータの制御装置に利用可能であり、例えば、車両に搭載される自動化マニュアルトランスミッションなどのアクチュエータの制御に有効に利用することができる。
【符号の説明】
【0063】
2 自動クラッチ
201 クラッチアクチュエータ
3 自動化マニュアルトランスミッション
301 セレクトアクチュエータ
302 シフトアクチュエータ
100 ECU
101 スライディングモード制御器(入力外乱抑圧性能を持つフィードバック制御器)
102 アンチワインドアップ制御器
104 リミッタ
T 制御対象
400 油圧制御回路
401 セレクトソレノイドバルブ
402 シフトソレノイドバルブ
403 クラッチソレノイドバルブ
501 セレクトストロークセンサ
502 シフトストロークセンサ
503 クラッチストロークセンサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力外乱抑圧性能を持つフィードバック制御器と、前記フィードバック制御器で生成された制御入力とその制御入力を入力制限値で制限した制限入力とが入力されるアンチワインドアップ制御器と、を備えたアクチュエータの制御装置において、
前記入力制限値を、アクチュエータ動作に必要な入力量と入力外乱とから設定することを特徴とするアクチュエータの制御装置。
【請求項2】
請求項1記載のアクチュエータの制御装置において、
前記入力制限値を、アクチュエータの動作限界値から決定される入力量に、前記入力外乱抑圧性能を持つフィードバック制御器で補償すべき入力外乱を加えた値に設定することを特徴とするアクチュエータの制御装置。
【請求項3】
請求項1または2記載のアクチュエータの制御装置において、
前記入力外乱抑圧性能を持つフィードバック制御器は、スライディングモード制御器であることを特徴とするアクチュエータの制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−113588(P2012−113588A)
【公開日】平成24年6月14日(2012.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−263238(P2010−263238)
【出願日】平成22年11月26日(2010.11.26)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】