説明

アブラナ科野菜のアンジオテンシン変換酵素阻害活性を高める方法

【課題】 アブラナ科野菜そのもののACE阻害活性を高める方法、この方法によりACE阻害活性を高めたアブラナ科野菜、並びに、当該アブラナ科野菜を含有する飲食品を提供すること。
【解決手段】 アブラナ科野菜を50〜80℃に加熱処理することによるアブラナ科野菜のアンジオテンシン変換酵素阻害活性を高める方法、該方法によりアンジオテンシン変換酵素阻害活性を高めたアブラナ科野菜、並びに、それを含有する食品または飲料を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アブラナ科野菜のアンジオテンシン変換酵素(以下、ACEと称する)阻害活性を高める方法に関する。本発明においてACEとは、アンジオテンシンIを分解することにより、強い昇圧作用のあるアンジオテンシンIIを生成する酵素を指す。
【背景技術】
【0002】
高血圧は、脳卒中、心臓病及び動脈硬化を起こす原因の一つである。高血圧症は、日本高血圧学会によれば我が国で3300万人の患者がいるとされている。高血圧症は自覚症状がないため、放置しておくと死を招く場合もあり、サイレントキラーと呼ばれている。この高血圧症を改善するため、降圧剤及び血圧を調整する食品の開発が進んでいる。
【0003】
生体において、血圧を上昇させるシステムの一つに、レニン・アンジオテンシン系がある。この系において、ACEがアンジオテンシンIを分解し、強い昇圧作用のあるアンジオテンシンIIを生成することで、血圧が上昇する。従って、ACE活性を阻害する物質は血圧の上昇抑制効果が期待できるので、そこに焦点をあわせた医薬品及び阻害物質を含む食品が開発されている。
【0004】
近年、健康の維持・増進のため、積極的な野菜の摂取が望まれている。これまでに、アブラナ科に属する一部の野菜、特に中島菜及びカラシナに、強いACE阻害活性があることが明らかになっている(非特許文献1、2参照)。これらアブラナ科野菜は、地元で古くから食べ続けられている安心・安全な野菜であり、血圧上昇抑制効果を期待して摂取するには好適である。
【0005】
【非特許文献1】日本農芸化学会誌、Vol.57、No.11、1143〜1146頁、1983
【非特許文献2】地域特産物の生理機能・活用便覧、187〜191、2004年、サイエンスフォーラム
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
さらに、アブラナ科野菜自体のACE阻害活性を高めることができれば、より大きな血圧上昇抑制効果が期待できる。
従って、本発明の目的は、アブラナ科野菜そのもののACE阻害活性を高める方法、この方法によりACE阻害活性を高めたアブラナ科野菜、並びに、当該アブラナ科野菜を含有する飲食品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、アブラナ科野菜のACE阻害活性を高めることを目的として、アブラナ科野菜の処理方法について鋭意検討を重ね、アブラナ科野菜を適当な温度で加熱処理することにより、アブラナ科野菜のACE阻害活性を著しく高めることができることを見出し、本発明を完成させたものである。
【0008】
すなわち、請求項1に係る本発明は、アブラナ科野菜を50〜80℃に加熱処理することによる、アブラナ科野菜のアンジオテンシン変換酵素阻害活性を高める方法である。
請求項2に係る本発明は、加熱処理を、アブラナ科野菜のスラリー化物に対して15分間以上行う、請求項1に記載の方法である。
請求項3に係る本発明は、アブラナ科野菜が中島菜(Brassica campestris cultivar Nakajimana)である、請求項1又は2に記載の方法である。
請求項4に係る本発明は、請求項1〜3のいずれかに記載の方法により、アンジオテンシン変換酵素阻害活性を高めたアブラナ科野菜である。
請求項5に係る本発明は、請求項4に記載のアブラナ科野菜を含有する食品または飲料である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法によれば、アブラナ科野菜のスラリー化物を加熱処理することにより、アブラナ科野菜のACE阻害活性を高めることができるため、より大きな血圧上昇抑制効果を得ることができる。
また、この方法によってACE阻害活性を高めたアブラナ科野菜を原料として、ACE阻害活性の高い食品素材を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下に、本発明を詳細に説明する。
請求項1に係る本発明は、アブラナ科野菜を50〜80℃に加熱処理することによる、アブラナ科野菜のアンジオテンシン変換酵素阻害活性を高める方法である。
【0011】
本発明におけるアブラナ科野菜としては、アブラナ科(Brassicaceae)に属する野菜であればよく、例えば中島菜(Brassica campestris cultivar Nakajimana)、シロナ、菜の花、小松菜、ブロッコリー、カリフラワー、キャベツ、ワサビ、水菜、ハクサイ、ケール、カラシナなどが挙げられる。中でも、請求項3に記載したように、中島菜が特に好ましい。
本発明において中島菜とは、能登半島の中央に位置する七尾市中島町を中心に栽培されているツケナ類を指す。中島菜の葉形はダイコンのような羽深裂で葉縁は粗い鋸歯状となり、やや硬く濃緑である。春先の3月から4月にかけて収穫され、主として漬物、他には和え物、煮物、炒め物として食されている。
なお、本発明においてアブラナ科野菜としては、その全体あるいは葉、茎、花などの一部の部位のみであってもよい。
【0012】
本発明の方法において、アブラナ科野菜は、付着した泥などを水などで洗浄した生鮮物、又は、洗浄後凍結保存してあったものを使用する。
また、本発明の方法においては、上記のアブラナ科野菜の生鮮物又は解凍物をそのままの形態で加熱処理に供することもでき、裁断やスラリー化したものを用いてもよいが、好ましくは、請求項2に記載の如く、スラリー化物として用いる。
【0013】
本発明の方法におけるアブラナ科野菜のスラリー化物は、アブラナ科野菜を適度に裁断後、スラリー化して得られる。スラリー化はジューサー、ブレンダー、マスコロイダー等で処理して行われる。これにより得られるアブラナ科野菜のスラリー化物は、どろどろした粥状である。
上記のスラリー化処理は、適量の水を添加して行うことが好ましい。水の添加量は、アブラナ科野菜100重量部に対し、10重量部〜1000重量部程度、好ましくは50〜200重量部程度が好ましい。
【0014】
請求項1に係る本発明の方法は、上記のアブラナ科野菜を加熱処理することにより、アブラナ科野菜のACE阻害活性を高めることを特徴とする。
上記加熱処理における温度条件は約50〜80℃が好ましく、55〜75℃がより好ましく、特に約60℃前後が好適である。温度条件が上記範囲外であると、ACE阻害活性を十分に高めることができない。
【0015】
また、上記加熱処理の時間は、請求項2に記載したように、約15分間以上が好ましく、15〜45分間がより好ましく、さらに好適には約30分間程度である。加熱処理が下限未満であると、ACE阻害活性を十分に高めることができない。一方、加熱処理が上限を超えると、加熱に要するエネルギーに見合ったACE阻害効果が得られない。
【0016】
さらに、上記加熱処理は、振とうしながら行うことが好ましい。振とう回数は75〜160回/分とすることが好ましく、120〜150回/分がより好ましく、さらに好適には140回/分である。
加熱処理後は、常温以下、好ましくは0℃以下に急冷することにより反応を停止させる。
【0017】
上記の方法により、アブラナ科野菜が本来持つACE阻害活性をより高めることができる。
なお、当該ACE阻害活性を高めたアブラナ科野菜は、必要に応じて、例えば気流殺菌、高圧殺菌、加熱殺菌などの常法により、殺菌してもよい。
【0018】
請求項4に係る本発明は、上記した本発明の方法によりACE阻害活性を高めたアブラナ科野菜である。
当該ACE阻害活性を高めたアブラナ科野菜は、そのままの形態で食品素材とすることができるし、圧搾した搾汁又はその濃縮物の形態で食品素材とすることもできる。また、これらの乾燥物を食品素材としてもよい。
以下、請求項4に係る本発明のアブラナ科野菜としては、本発明の方法によりACE阻害活性を高めたアブラナ科野菜のそのままの形態のものだけでなく、その搾汁、濃縮物、及び、これらの乾燥物をも包含するものとする。
【0019】
また、請求項4に係る本発明のアブラナ科野菜を原料にして、ACE阻害成分の粗精製物を得ることもできる。
この粗精製物は、血圧上昇抑制剤として有効性が期待でき、しかも従来食品として利用されてきたアブラナ科野菜を原料としているため安全である。
【0020】
請求項5に係る本発明は、請求項4に記載のアブラナ科野菜を含有する食品または飲料である。
上記飲食品におけるアブラナ科野菜の含有量は特に制限されない。
請求項4に記載のアブラナ科野菜を配合して各種飲食品を製造するときは、必要に応じて、賦形剤、増量剤、結合材、増粘剤、乳化剤、着色料、香料、調味料等の食品添加物を使用することができる。
また、上記飲食品の種類には特に制限はなく、食品の場合は必要に応じて粉末、顆粒、錠剤等の形態に成形することもできる。
【実施例】
【0021】
以下に、本発明を実施例等により説明する。
【0022】
実施例1
原料として中島菜を用いた。収穫した中島菜を水洗いして、付着した泥を洗い流し、3cm角程度に切断し、実験まで凍結保存した。
次いで、中島菜をスラリー化した。中島菜のスラリー化は、家庭用ジューサーに、凍結した中島菜100g、水100ml、砕氷50gを加え、約1分間処理することで行った。
スラリー化処理は、実験に必要な量のスラリー化物が得られるまで上記の配合で繰り返し行い、すべてのスラリー化物を一つの容器に回収し、よく混合した後、150mlずつ三角フラスコに分注した。
スラリー化処理から加熱処理までの間、中島菜のスラリー化物は、熱が加わらないように氷温中に保管した。
【0023】
加熱処理は、中島菜スラリー化物を入れた三角フラスコを、表1に記載の種々の温度に設定した恒温水槽にて30分間振とう(140回/分)することで行った。
加熱処理後、直ちに三角フラスコを氷冷することで、反応を停止した。
その後、加熱処理後の中島菜を凍結乾燥し、粉砕することで乾燥粉末を製造した。
この加熱処理後の中島菜乾燥粉末について、下記の方法でACE阻害活性を測定した。結果を表1に示す。
【0024】
<試薬>
リン酸バッファー:400mMリン酸一カリウム600mM塩化ナトリウム水溶液と、400mMリン酸ニカリウム600mM塩化ナトリウム水溶液とを混合し、pH8.5に調整した。
基質溶液:ヒプリル−L−ヒスチジル−L−ロイシン四水和物(和光純薬工業社製)10mgをリン酸バッファー10mlに溶解した。
酵素溶液:ウサギ肺由来アンジオテンシン変換酵素(シグマ社製)0.25Uをリン酸バッファー10mlにて溶解した。
抽出液:加熱処理後の中島菜乾燥粉末0.25gをリン酸バッファー10mlで振とう抽出し、濾過することにより、濾液を得た。この濾液をリン酸バッファーで適宜希釈して抽出液とし、以下のACE阻害活性試験に供した。
【0025】
<ACE阻害活性測定>
試験管に基質溶液50μl、抽出液100μlを加え混合し、37℃で5分間プレインキュベーションした。これに、酵素溶液200μlを添加し、37℃で1時間インキュベーションすることにより、酵素反応を行った。その後、3%メタリン酸を100μl添加し酵素反応を停止した。
本酵素反応溶液を下記に示す条件のHPLCに供し、得られた馬尿酸のピーク面積より、以下の数1を基にACE阻害活性(%)を求めた。
ACE阻害活性50%のときの、抽出液の濃度をIC50とした。抽出液の濃度(mg/ml)は、乾燥粉末換算である。
【0026】
(数1) ACE阻害活性(%)=〔1−(B−C)/A〕×100

式中、Aは抽出液のかわりにリン酸バッファーを加えたときのピーク面積を、Bは抽出液を加えたときのピーク面積を、Cは酵素液のかわりにリン酸バッファーを加えたときのピーク面積を、それぞれ示す。
【0027】
<HPLC分析条件>
カラム:MightysilRP−18GP250×4.6mm(関東化学)
カラム温度:40℃
移動相A:0.01M リン酸カリウムバッファー(pH2.8)
移動相B:100%アセトニトリル
グラジエント:0分から15分までA液80%B液20%からA液75%B液25%のリニアグラジエント、15分から20分までA液80%B液20%で保持
流量:0.75ml/min
注入量:50μl
検出:UV226nm
【0028】
【表1】

【0029】
表1より、加熱温度50℃から80℃の間で、IC50が小さくなり、ACE阻害活性が高まっていることが分かる。特に、好ましい加熱処理温度は60℃であることが分かる。
【0030】
実施例2
実施例1と同様に調製した中島菜スラリー化物を恒温水槽にて60℃に保持しながら、表2に記載の種々の時間にて振とう(140回/分)することにより、加熱処理を行った。加熱処理後、直ちに氷冷することで、反応を停止した。その後、凍結乾燥し、粉砕することで、加熱処理後の中島菜乾燥粉末を製造した。
加熱処理後の中島菜乾燥粉末について、実施例1と同様にACE阻害活性を測定した。結果を表2に示す。
【0031】
【表2】

【0032】
表2より、15分以上加熱処理を行うことで、IC50が小さくなり、ACE阻害活性が高まっていることがわかる。特に、好ましい加熱処理時間は30分程度であることがわかる。
なお、実施例1における測定値(表1)と若干のズレが生じているが、これは中島菜のACE阻害活性の個体間差などに起因するものと考えられる。
【0033】
実施例3
アブラナ科野菜であるハクサイ、ブロッコリー、チンゲンサイから、実施例1と同様にスラリー化物を調製した。これらスラリー化物を60℃に設定した恒温水槽にて30分間振とう(140回/分)することにより、加熱処理を行った。加熱処理後、直ちに氷冷することで反応を停止した。その後、凍結乾燥し、粉砕することで加熱処理後の凍結乾燥粉末を調製した。
その後、加熱処理後の凍結乾燥粉末について、実施例1と同様にACE阻害活性を測定した。なお、対照として、加熱処理をしないスラリー化物の凍結乾燥粉末を用いた(無処理)。結果を表3に示す。
【0034】
【表3】

【0035】
表3より、本発明の方法における加熱処理が、中島菜のみならず、本来ACE阻害活性の低い他のアブラナ科野菜であるハクサイ、ブロッコリー、チンゲンサイにおいても、ACE阻害活性を高める効果があることが分かった。
特に、一年中入手できるチンゲンサイを加熱処理することで、加熱処理しない中島菜と同等のACE阻害活性を保有させることができた。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
アブラナ科野菜を50〜80℃に加熱処理することによる、アブラナ科野菜のアンジオテンシン変換酵素阻害活性を高める方法。
【請求項2】
加熱処理を、アブラナ科野菜のスラリー化物に対して15分間以上行う、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
アブラナ科野菜が中島菜(Brassica campestris cultivar Nakajimana)である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の方法により、アンジオテンシン変換酵素阻害活性を高めたアブラナ科野菜。
【請求項5】
請求項4に記載のアブラナ科野菜を含有する食品または飲料。




【公開番号】特開2007−244313(P2007−244313A)
【公開日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−73640(P2006−73640)
【出願日】平成18年3月17日(2006.3.17)
【出願人】(591040236)石川県 (70)
【Fターム(参考)】