説明

アポトーシス抑制活性を有するペプチド

配列番号8に示されるアミノ酸配列の一部からなり、配列番号1や配列番号2のアミノ酸配列を有するペプチド、例えば、配列番号1〜5に示されるアミノ酸配列からなるペプチドは、優れたアポトーシス抑制活性を有する。従って、配列番号8に示されるアミノ酸配列の一部からなり、配列番号2のアミノ酸配列、特に配列番号1のアミノ酸配列を有するペプチドは、神経変性疾患などのBax依存的アポトーシス誘導性疾患に対する医薬組成物として有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アポトーシス抑制活性を有するペプチド、ポリヌクレオチド、組換えベクター、細胞またはウイルス、融合ポリヌクレオチド、融合タンパク質、及びBax依存的アポトーシス誘導性疾患に対する医薬組成物、Baxのミトコンドリアへの移行を抑制する抑制剤、並びにアポトーシス促進活性の抑制方法、及びアポトーシス誘導性疾患の治療、予防、又は進行抑制方法に関する。
【背景技術】
【0002】
脳虚血やアルツハイマー症などの神経変性疾患は、神経細胞死(アポトーシス)が原因により引き起こされる疾患であることが知られている。このアポトーシスは、Baxなどのアポトーシス促進タンパク質の活性化が誘導されることにより生じる。そのため、神経変性疾患の治療薬や進行抑制剤としてのアポトーシスを抑制する物質の開発が求められている。
【0003】
近年、細胞におけるアポトーシス促進活性の抑制にBaxのART(Apoptotic Regulation of Targeting)ドメイン(GenBank accession number AAA03619又はAAA03620のN末端の19アミノ酸)からなるペプチドを含むポリペプチドが有用であることが報告されている(例えば、特表2002−539760号公報参照)。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、アポトーシスにより引き起こされる疾患や、その疾患の治療、予防、又は進行抑制や、アポトーシス促進活性の抑制などに対して有用な、アポトーシス抑制活性を有するペプチド、ポリヌクレオチド、組換えベクター、細胞またはウイルス、融合ポリヌクレオチド、融合タンパク質、医薬組成物、又はBaxのミトコンドリアへの移行を抑制する抑制剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、アポトーシスにより引き起こされる疾患に対して有用な医薬組成物を提供すべく鋭意研究した結果、BaxのARTドメインからなるペプチドMDGSGEQPRGGGPTSSEQIM(BaxのN末端側20個のアミノ酸配列からなるペプチド:配列番号8)の13〜20番目のアミノ酸配列からなるペプチド(配列番号2)が優れたアポトーシス抑制活性を有することを見い出した。また、ARTドメインの14〜20番目のアミノ酸配列からなるペプチド(配列番号1)は、ARTドメインの13〜20番目のアミノ酸配列からなるペプチド(配列番号2)に比べ、優れたアポトーシス抑制活性を有することを見い出した。従って、配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるペプチド、特に、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチドは、アポトーシス抑制活性のARTにおけるコアドメインと考えられるため、配列番号8に示されるアミノ酸配列からなるARTの部分配列であって、配列番号1又は配列番号2に示されるアミノ酸配列を含めば、優れたアポトーシス抑制活性を有すると考えられる。実際、実施例において示されるように、配列番号1〜5に示されるアミノ酸配列を有するARTの部分配列は優れたアポトーシス抑制活性を有していた。こうして本発明者は、本発明を完成するに至った。
【0006】
すなわち本発明に係るペプチドは、配列番号8に示されるアミノ酸配列の一部からなり、配列番号1に示されるアミノ酸配列を有することを特徴とする。
【0007】
また、本発明に係るペプチドは、配列番号8に示されるアミノ酸配列の一部からなり、配列番号2に示されるアミノ酸配列を有することを特徴とする。
【0008】
例えば、配列番号1〜5のいずれかに示されるアミノ酸配列からなるペプチドである。また、上記ペプチドにおいて、1若しくは数個のアミノ酸が置換、欠失若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、アポトーシス抑制活性を有するペプチドであってもよく、例えば、PTAAEQIM(配列番号6)、VTSSEQIM(配列番号7)などである。なお、本発明に係るペプチドにはARTは含まれない。
【0009】
本発明に係るポリヌクレオチド又はその塩基配列に相補的な塩基配列を有するポリヌクレオチドは、アポトーシス抑制活性を有するペプチドをコードすることを特徴とする。これらのポリヌクレオチドは後述するようにBaxのARTドメインからなるペプチドより有用なペプチドをコードしている。これらのポリヌクレオチドは、2本鎖DNA又は1本鎖DNAを構成してもよいし、2本鎖RNA又は1本鎖RNAを構成してもよい。
【0010】
本発明に係る組換えベクターは、上述のポリヌクレオチドを含有することを特徴とする。上述のポリヌクレオチドを含有する組換えベクターは、例えば、アデノウイルスベクター、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクター、HIVベクター等のウイルスベクターや、トランスポゾン又はプラスミドベクターなどである。本発明に係る細胞は、前記組換えベクターを含有することを特徴とする。本発明に係る細胞として用いられる宿主細胞は、例えば、大腸菌などの微生物細胞から哺乳類動物細胞までどのようなものでもよい。本発明に係るウイルスは、遺伝子導入できるものであればどのようなものでもよく、例えば、アデノウイルス、レトロウイルス、レンチウイルス、アデノ随伴ウイルス、ヘルペスウイルス、HIV等のウイルスなどである。
【0011】
さらに、本発明にかかる融合ポリヌクレオチドは、上述のポリヌクレオチドと、タグをコードするポリヌクレオチドとが融合し、これらがコードするペプチドが融合ペプチドとして発現することができるように構成されていることを特徴とする。タグは、細胞内で発現させたアポトーシス抑制活性を有するペプチドを精製するために用いることが可能な分子であればどのようなものでもよく、例えば、Hisタグ、GSTタグ、FLAGタグなどがある。
【0012】
本発明に係る融合タンパク質は、本発明に係るペプチドと、前記ペプチドを細胞内に導入するための細胞膜透過性ペプチドとが融合していることを特徴とする。細胞膜透過性ペプチドは、例えば、疎水性のシグナルペプチド(J.Biol.Chem.,270,14255−14258,1995、Nat.Biotechnol.,16,370−375,1998)、HIV−1 TATペプチドなどである。なお、マガイニン2などの抗菌性ペプチドを細胞膜透過性ペプチドとして用いることとしてもよい。
【0013】
本発明に係るBax依存的アポトーシス誘導性疾患に対する医薬組成物は、上述のペプチド、ポリヌクレオチド、組換えベクター、細胞またはウイルス、融合タンパク質からなるグループから選ばれる少なくとも1つの物質を有効成分として含有することを特徴とする。
【0014】
また、本発明に係る、Bax依存的アポトーシス誘導性疾患の治療、予防、又は進行抑制方法は、上述のペプチド、ポリヌクレオチド、組換えベクター、細胞またはウイルス、融合タンパク質からなるグループから選ばれる少なくとも1つの物質を用いることとする。なお、Bax依存的アポトーシス誘導性疾患を伴う脊椎動物としては、ヒトでもよいし、マウス、ラット等のヒト以外の脊椎動物であってもよい。
【0015】
なお、Bax依存的アポトーシス誘導性疾患とは、Baxが誘導するアポトーシスにより引き起こされる疾患であり、例えば、虚血性疾患、神経変性疾患、糖尿病、自己免疫疾患、アレルギー性疾患等である。虚血性疾患としては、例えば、脳虚血、網膜虚血、虚血性心疾患などであり、神経変性疾患としては、例えば、アルツハイマー病、パーキンソン病、ポリグルタミン病、プリオン病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、後天性免疫不全症候群(AIDS)脳症などであり、自己免疫疾患としては、例えば、多発性硬化症や重症筋無力症などである。
【0016】
さらに、本発明に係るBaxのミトコンドリアへの移行を抑制する抑制剤は、上述のペプチド、ポリヌクレオチド、組換えベクター、細胞またはウイルス、融合タンパク質からなるグループから選ばれる少なくとも1つの物質を有効成分として含有する。
【0017】
また、本発明に係るアポトーシス促進活性の抑制方法は、上述のペプチド、ポリヌクレオチド、組換えベクター、細胞またはウイルス、融合タンパク質からなるグループから選ばれる少なくとも1つの物質を用いることを特徴とする。
【0018】
関連文献とのクロスリファレンス
なお、本願は、2003年6月24日付けで出願した日本国特願2003−180131号に基づく優先権を主張する。この文献を本明細書に援用する。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1は、本発明の実施例2において、Baxが誘導するアポトーシス促進活性に対する、野生型ART及び変異型ARTの効果を示す図である。
図2は、本発明の実施例2において、Baxが誘導するアポトーシス促進活性に対する、細胞に導入した野生型ART及び変異型ARTの発現ベクターの量の効果を示す図である。
図3は、本発明の実施例2において、ウエスタンブロット法により調べた野生型ART及び変異型ARTの発現量、及びBaxが誘導するアポトーシス促進活性に対する、各発現量における野生型ART及び変異型ARTの効果を示す図である。
図4は、本発明の実施例3において、作製したHTA1320のアミノ酸配列を示す図である。
図5は、本発明の実施例4において、Baxが誘導するアポトーシス促進活性によるHTA1320の効果を示す図である。
図6は、本発明の実施例5において、Bax又はBakが誘導するアポトーシスに対するTAT−ART1320の効果を示す図である。
図7は、本発明の実施例6において、STSが誘導するBax依存性アポトーシスに対するTAT−ART1320の抑制効果を示す図である。
図8は、本発明の実施例7において、STSが誘導するBaxのミトコンドリア移行に対するTAT−ART1320の効果を示す図である。
図9は、本発明の実施例8において、STSが誘導するアポトーシスに対する、TAT−ART1320、TAT−ART1420、又はTAT−ART1320P13Vの効果を示す図である。
図10は、本発明の実施例9において、脳虚血モデルスナネズミから単離した海馬神経細胞の細胞死に対するTAT−ART1320の抑制作用を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
これまでに、BaxのARTドメインが膜貫通ドメインと分子内結合してBaxのミトコンドリアへの局在を抑制することにより、Baxのアポトーシス促進活性を抑制しているという仮説が提唱されている。実際に、ARTドメインを欠失したBaxは野生型Baxに比べてアポトーシス促進活性が高い。また、ARTドメインのアミノ酸配列(以下、ART配列と略す)を有するペプチド(以下、ARTと略す)を単独で発現させても、Baxのアポトーシス促進活性を抑制することができる。
【0021】
本発明者は、ARTをコードする塩基配列(配列番号9)をGFP遺伝子に融合させたコンストラクト(GFP−ART)を作製し、遺伝子導入により細胞で発現させることにより、Baxが誘導する細胞死を抑制することを確認した。しかし、GFP−ARTとBaxとの結合を調べたところ、従来考えられていた仮説を否定する実験結果、すなわち、ARTとBaxとが直接結合することなく、単独で発現させたARTはBaxが誘導するアポトーシス促進活性を阻害することを見い出した。
【0022】
そこで、本発明者は、ARTのアミノ酸残基の様々な欠失変異体や点変異体を構築し、Baxが誘導するアポトーシス促進活性の阻害について調べたところ、ARTの一部からなるペプチド、例えば、ART配列のN末端から数えて13番目のプロリンから20番目のメチオニンからなるペプチドをコードするポリヌクレオチドを含有するコンストラクトがARTに比べて10〜100倍強いアポトーシス抑制活性を示すことを見い出した。
【0023】
また、本発明者らは、配列番号1又は配列番号7に示されるアミノ酸配列を有するペプチドが、配列番号2に示されるアミノ酸配列を有するペプチドより優れた、スタウロスポリン(STS)誘導性アポトーシスに対する抑制活性を有することを見い出した。
【0024】
以下、上記知見に基づき完成した本発明の実施の形態を、実施例を挙げながら詳細に説明する。実施の形態及び実施例に特に説明がない場合には、J.Sambrook,E.F.Fritsch & T.Maniatis(Ed.),Molecular cloning,a laboratory manual(3rd edition),Cold Spring Harbor Press,Cold Spring Harbor,New York(2001);F.M.Ausubel,R.Brent,R.E.Kingston,D.D.Moore,J.G.Seidman,J.A.Smith,K.Struhl(Ed.),Current Protocols in Molecular Biology,John Wiley & Sons Ltd.などの標準的なプロトコール集に記載の方法、あるいはそれを修飾したり、改変した方法を用いる。また、市販の試薬キットや測定装置を用いている場合には、特に説明が無い場合、それらに添付のプロトコールを用いる。
【0025】
なお、本発明の目的、特徴、利点、及びそのアイデアは、本明細書の記載により、当業者には明らかであり、本明細書の記載から、当業者であれば、容易に本発明を再現できる。以下に記載された発明の実施の形態及び具体的に実施例などは、本発明の好ましい実施態様を示すものであり、例示又は説明のために示されているのであって、本発明をそれらに限定するものではない。本明細書で開示されている本発明の意図並びに範囲内で、本明細書の記載に基づき、様々な改変並びに修飾ができることは、当業者にとって明らかである。
【0026】
(1)アポトーシス抑制活性を有するペプチド
本発明に係るアポトーシス抑制活性を有するペプチドは、ART配列の一部からなり、配列番号2に示されるアミノ酸配列(特に配列番号1に示されるアミノ酸配列)を有し、ARTが有するアポトーシス抑制活性、特にBaxが誘導するアポトーシスの抑制活性、に対し、優れたアポトーシス抑制活性を有する。具体的には、ART配列のN末端から数えて14番目のスレオニンから20番目のメチオニンまでのアミノ酸配列(配列番号1)からなるペプチド、ART配列のN末端から数えて13番目のプロリンから20番目のメチオニンまでのアミノ酸配列(配列番号2)からなるペプチド、ART配列のN末端から数えて10番目のグリシンから20番目のメチオニンまでのアミノ酸配列(配列番号3)からなるペプチド、ART配列のN末端から数えて7番目のグルタミンから20番目のメチオニンまでのアミノ酸配列(配列番号4)からなるペプチド、又はART配列のN末端から数えて4番目のセリンから20番目のメチオニンまでのアミノ酸配列(配列番号5)からなるペプチドなどである。また、配列番号2に示されるアミノ酸配列のうち3番目と4番目のセリンをアラニンに置換したペプチド(配列番号6)や、配列番号2に示されるアミノ酸配列のうち1番目のプロリンをバリンに置換したペプチド(配列番号7)も、配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるペプチドと同様のアポトーシス抑制活性を有する。したがって、本発明に係るアポトーシス抑制活性を有するペプチド、前記ペプチドと細胞内導入ペプチドとの融合タンパク質、前記ペプチド又は前記融合タンパク質をコードするポリヌクレオチド、前記ポリヌクレオチドを含有する組換えベクター、前記組換えベクターを含有する細胞またはウイルスなどは、アポトーシス抑制活性を有するペプチドを供給することができ、アポトーシス誘導性疾患に対する医薬組成物として有用である。
【0027】
また、配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるペプチドは、STSが誘導するBaxのミトコンドリア移行を抑制する作用を有する。従って、本発明に係るアポトーシス抑制活性を有するペプチド、前記ペプチドと細胞内導入ペプチドとの融合タンパク質、前記ペプチド又は前記融合タンパク質をコードするポリヌクレオチド、前記ポリヌクレオチドを含有する組換えベクター、前記組換えベクターを含有する細胞またはウイルスなども、Baxのミトコンドリアへの移行を抑制することができ、Baxのミトコンドリア移行を抑制する抑制剤として有用である。
【0028】
なお、本発明に係るアポトーシス抑制活性を有するペプチドはARTより短いアミノ酸配列からなることから、より効率よく作製することができる。
【0029】
(2)アポトーシス抑制活性を有する医薬組成物の作製方法
アポトーシス抑制活性を有するペプチドの作製は、有機化学的に合成してもよいし、またタンパク質を酵素法等の種々の方法を用いて、加水分解して取得することとしてもよい。また、適切なエンハンサー/プロモーターをもつ発現ベクターに、アポトーシス抑制活性を有するペプチドをコードするポリヌクレオチドを挿入し、組換えベクターを作製してもよいが、Hisタグ、GSTタグなどのタグをコードするポリヌクレオチドと、アポトーシス抑制活性を有するペプチドをコードするポリヌクレオチドとを融合した融合ポリヌクレオチドを挿入し、この融合ポリヌクレオチドを含有する組換えベクターを大腸菌、サルモネラ菌等の菌や、イースト、動物細胞などに導入し、融合タンパク質を発現させるのがより好ましい。この場合、発現させた融合タンパク質をタグを利用して精製することができるからである。また、上記ポリヌクレオチド又は上記融合ポリヌクレオチドをin vitroで転写させて得られたmRNAを、ウサギ網状赤血球抽出液、大腸菌S30抽出液、麦芽抽出液、小麦胚抽出液などを用いたインビトロ翻訳システムにより翻訳させてもよい。融合タンパク質の場合、同様にタグを利用して精製することができる。なお、タグは、最終段階で除去し、HPLC(high−performance(−speed)liquid chromatography)などでアポトーシス抑制活性を有するペプチドだけを精製することもできる。このように作製した本発明のアポトーシス抑制活性を有するペプチドをアポトーシス誘導性疾患の治療、予防、進行抑制などに用いることができる。
【0030】
ここで、医薬組成物として、アポトーシス抑制活性を有するペプチドの代わりに、アポトーシス抑制活性を有するペプチドを発現することのできる組換えベクターを用いてもよい。例えば、導入対象の患部に前記ベクターを導入すると、アポトーシス抑制活性を有するペプチドを発現させることが可能となる。
【0031】
また、医薬組成物として、前記組換えベクターを含有する細胞またはウイルスを用いてもよい。これらにより、生体内標的部位で、組換え細胞内で発現したアポトーシス抑制活性を有するペプチドを放出させることができる。本発明に係る組換え細胞は、例えば、動物細胞に、アポトーシス抑制活性を有するペプチドを発現できる組換えベクターをエレクトロポレーション法、マイクロインジェクション法、リポフェクション法、アデノウイルス、レトロウイルス等のウイルスベクターなどを用いたウイルス感染法、又はカルシウムを用いたトランスフェクション法等によって導入することにより作製できる。また、前記ペプチドをコードするDNAを含有する組換えベクターを含有する細胞、細菌、又はウイルスなどを患者に投与してもよい。この際、毒性や副作用の生じないようにするために、細菌やウイルスを無害化しておくことが好ましい。例えば、感染はするが、複製しないように改変されたレトロウイルスやアデノウイルスにアポトーシス抑制活性を有するペプチドを発現することができる組換えベクターを組み込んでもよい。
【0032】
(3)医薬組成物の投与
上述したように、アポトーシス抑制活性を有するペプチド、前記ペプチドと細胞内導入ペプチドとの融合タンパク質、前記ペプチド又は前記融合タンパク質を発現することができる組換えベクター、前記組換えベクターを含有する細胞やウイルスなどは、アポトーシス誘導性疾患に対する医薬組成物として有用である。
【0033】
なお、アポトーシス抑制活性を有するペプチド又はそれをコードするポリヌクレオチドを封入したリポソームも医薬組成物として有用である。この場合、Trans IT In Vivo Gene Delivery System(TaKaRaの商品名)などを用いることもできる。また、薬物キャリアとして優れた特性を有する高分子ミセルに、上記ペプチドやポリヌクレオチドなどを内包した高分子ミセルも医薬組成物として有用である。
【0034】
また、アポトーシス抑制活性を有するペプチドを発現することができるプラスミドと、高分子キャリアとの複合体も、標的組織にプラスミドを運び、そこで薬物を遊離することが可能であることから、アポトーシス誘導性疾患に対する医薬組成物として有用である。高分子キャリアは、前記ポリヌクレオチドを細胞内に導入することが可能な物質であり、例えば、ポリリジン、ポリエチレンイミン、ポロタミン、キトサン、合成ペプチド、又はデンドリマーなどである。
【0035】
また、使用する部位又は目的に応じて、薬理学的に許容された適切な賦形剤又は基剤を医薬組成物にさらに含有することとしてもよい。
【0036】
以上のように作製された、アポトーシス抑制活性を有するペプチド、前記ペプチドと細胞内導入ペプチドとの融合タンパク質、前記ペプチド又は前記融合タンパク質を発現することができる組換えベクター、前記組換えベクターを含有する細胞やウイルスなどを有効成分として含み、上記のように、投与のための他の成分を含んだ医薬組成物を、ヒトまたはヒト以外の脊椎動物に対し、導入対象の患部の近傍に、直接投与するか、医薬組成物によっては非経口、経口、皮内、皮下、静脈内、筋肉内、又は腹腔内に投与するのが好ましい。
【0037】
以上のように、生体内にアポトーシス抑制活性を有するペプチドを導入すると、疾患の原因となるアポトーシスを抑制することが可能となる。
【0038】
(4)アポトーシス誘導性疾患
本発明の医薬組成物は、Baxによるアポトーシスを抑制するため、Baxが誘導するアポトーシスにより引き起こされるBax依存的アポトーシス誘導性疾患は、すべてその適用となり得る。
【0039】
例えば、従来、虚血性疾患である網膜虚血に対してBaxアンチセンスがアポトーシスを抑制することが報告されている(Neurosci.Res.,Suppl.22,pp.S357,1998)。また、脳虚血による細胞死(第三回日本ミトコンドリア研究会年会要旨集 演題番号S1)やアルツハイマー症による神経細胞死あるいはその発症過程でBaxが関与することが知られている。
【0040】
他の例としては、糖尿病のモデルマウスであるAkitaマウスにおいて、小胞体ストレスを介する膵β細胞のアポトーシスが生じているが、このアポトーシスは小胞体ストレス−CHOP誘導−Baxのミトコンドリア移行−ミトコンドリア経路の活性化−アポトーシスという経路を通じて引き起こされることが報告されている(第三回日本ミトコンドリア研究会年会要旨集 演題番号S1)。
【0041】
また、Baxノックアウトマウスでは、自己免疫疾患である多発性硬化症の動物モデルであるMOG(myelin oligodendrocyte glycoprotein)誘導自己免疫性脳脊髄炎の発症が抑制されたり(Neurosci Lett.2004 Apr 15,359(3),139−42)、重症筋無力症の程度が増加するにつれ、Baxの発現が上昇したりする(Eur J Cardiothorac Surg.2001 Oct,20(4),712−21.)ことが知られている。このように、Baxがこれらの自己免疫疾患の病因となるアポトーシスにも関与することが明らかになっている。
【0042】
以上のことから、本発明の医薬組成物は、心筋梗塞、肝臓虚血、脳虚血、網膜虚血などの虚血性疾患、アルツハイマー病、パーキンソン病、ポリグルタミン病、プリオン病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、後天性免疫不全症候群(AIDS)脳症などの神経変性疾患、糖尿病、多発性硬化症や重症筋無力症などの自己免疫疾患等の治療薬、予防薬、あるいは進行抑制剤となりうる。
【0043】
また、ヨード造影剤がアポトーシスによる腎障害を引き起こすことが知られているが、それは腎尿細管培養細胞においてもアポトーシスを誘導する。この培養細胞系を用いて、ヨード造影剤によりBaxの発現量が増加することが明らかにされた(Kidney Int.,64,2052−2063,2003)。従って、ヨード造影剤を用いる際(血管や臓器の造影検査)に、本発明の医薬組成物を用いれば、Baxによるアポトーシスを抑制し、腎障害を防止することができると考えられる。
【実施例】
【0044】
以下、本発明の実施例について詳細に述べる。
【0045】
[実施例1]変異型ARTプラスミドの構築
1−1 pCI−GFP−ARTプラスミドの構築
まず、変異型ARTプラスミドの構築について説明する。GFP遺伝子の上流側に位置するセンスプライマーGFP−ART(S)、及び、BaxのART配列(配列番号8)をコードする塩基配列(配列番号9)と相補的な配列を5′側に有しGFP遺伝子の下流側に位置するアンチセンスプライマーGFP−ART(AS)を作製し、pEGFP−CI(Clontech社製)を鋳型として、AccurPower PCR PreMix(BIONEER社製)を用いてPCR反応を行い、インサートGFP−ARTを得た。これをpCI−neo Vector(Promega社製)にサブクローニングし、pCI−GFP−ART(pCI−GFP−ART/1−20)プラスミドを得た。
GFP−ART(S):

GFP−ART(AS):

【0046】
1−2 pCI−GFP−ART/1−9プラスミド及びpCI−GFP−ART/1−16プラスミドの構築
pCI−GFP−ARTを鋳型として、BaxのARTドメインのアミノ酸配列の1〜9もしくは1〜16の配列に相当する塩基配列をアンチセンスプライマーとし、GFP遺伝子の上流側のセンスプライマーと共にPCR反応を行い、目的の変異型ARTの配列を有するインサートGFP−ART/1−9及びGFP−ART/1−16を得た。これをpCI−neo vectorにサブクローニングし、pCI−GFP−ART/1−9及びpCI−GFP−ART/1−16プラスミドを得た。
【0047】
<GFP−ART/1−9のPCR用プライマー>
GFP(S):

GFP−ART/1−9(AS):

<GFP−ART/1−16のPCR用プライマー>
GFP(S):

GFP−ART/1−16(AS):

【0048】
1−3 pCI−GFP−ART/4−20プラスミド、pCI−GFP−ART/7−20プラスミド、pCI−GFP−ART/10−20プラスミド及びGFP−ART/13−20プラスミドの構築
センスプライマーGFP(S)、及び、目的の変異型ART配列をコードする塩基配列に相補的な配列を5′側に有し、GFP遺伝子の下流側に位置する以下のアンチセンスプライマーGFP−ART(AS)をプライマーとし、pEGFP−CI(Clontech社製)を鋳型として、AccurPower PCR PreMix(BIONEER社製)を用いてPCR反応を行い、GFPと融合した変異型ARTをコードするインサートを得た。これをpCI−neo Vector(Promega社製)にサブクローニングし、pCI−GFP−ART/4−20プラスミド、pCI−GFP−ART/7−20プラスミド、pCI−GFP−ART/10−20プラスミド、及びpCI−GFP−ART/13−20プラスミドを得た。
【0049】
<GFP−ART/4−20のPCR用プライマー>
GFP(S):

GFP−ART/4−20(AS):

<GFP−ART/7−20のPCR用プライマー>
GFP(S):

GFP−ART/7−20(AS):

<GFP−ART/10−20のPCR用プライマー>
GFP(S):

GFP−ART/10−20(AS):

<GFP−ART/13−20のPCR用プライマー>
GFP(S):

GFP−ART/13−20(AS):

【0050】
[実施例2]変異型ARTのアポトーシス抑制活性の評価
実施例1により作製した各プラスミドを用いて、Baxの誘導するアポトーシス促進活性に対する変異型ARTの阻害効果を調べた。HEK293T細胞を12穴プレートに1ウエル当たり1×10個の細胞をまき、一晩培養した。その後、Opti−MEM(Gibco BRL社製)及びLipofect Amine(Gibco BRL社製)を用いて、リポフェクション法により0.1ng/mlの野生型もしくは変異型ARTプラスミド及びpCI−Baxプラスミドの細胞への遺伝子導入を行った。5時間後に培地を10%FBS(Bioserum社製)/DMEM(日水製薬社製)に交換し、40時間後の細胞生存率をトリパンブルー細胞外排出試験法により評価した。その結果を図1に示す。
その結果、pCI−GFP−ART/4−20プラスミド、pCI−GFP−ART/7−20プラスミド、pCI−GFP−ART/10−20プラスミド、及びpCI−GFP−ART/13−20プラスミドを導入した細胞の生存率は、pCI−GFP−ARTプラスミドを導入した細胞の生存率と顕著な差は見られなかった。従って、ART配列のC末端部は、Baxが誘導するアポトーシス促進活性を阻害するために重要な部分であることがわかった。
【0051】
そこで、細胞に導入するプラスミドの量を変化させ、各プラスミド量におけるアポトーシス抑制活性について調べるため、上記と同様に各プラスミドを細胞に導入し、細胞の生存率をトリパンブルー細胞外排出試験法により評価した。細胞に導入するプラスミドとしては、pCI−GFP−ARTプラスミド、pCI−GFP−ART/7−20プラスミド、pCI−GFP−ART/10−20プラスミド、及びpCI−GFP−ART/13−20プラスミドを用いた。その結果を図2に示す。その結果、0.01ng/mlのpCI−GFP−ARTプラスミドを導入した場合には、Baxが誘導するアポトーシス促進活性をほとんど阻害しなかったのに対して、変異型ARTプラスミドでは、0.01ng/mlという低濃度のプラスミドを導入した場合でも高濃度のpCI−GFP−ARTプラスミドを導入した場合と同様のアポトーシス抑制活性を示した。
【0052】
次に、導入したプラスミドによる発現量が、各プラスミドにより差のないことを確認した。HEK293T細胞を60mmシャーレに4×10個の細胞をまき、一晩培養した。その後、Opti−MEM(Gibco BRL社製)及びLipofect Amine(Gibco BRL社製)を用いて、リポフェクション法によりpCI−GFP−ARTプラスミドもしくはpCI−GFP−ART/13−20プラスミド及びpCI−Baxプラスミドの細胞への遺伝子導入を行った。5時間後に培地を10%FBS(Bioserum社製)/DMEM(日水製薬社製)に交換し、24時間後に細胞を回収し、RIPA Buffer(50mM Tris,125mM NaCl,0.5%NP−40,0.1g/ml leupeptin,1mM PMSF:pH6.8)にて可溶化して細胞可溶化液を得た。この可溶化液に1/2量のSDS−sample bufferを加え、電気泳動用サンプルを得た。それらのサンプルでSDS−PAGEを行い、anti−GFP monoclonal antibody(clontech社製)を用いて、ウエスタン・ブロッティングを行い、それぞれの発現量を確認した。また、プラスミドを導入した細胞の生存率を30時間後及び45時間後にトリパンブルー細胞外排出試験法により評価した。その結果を図3に示す。このことから、野生型ART及び変異型ARTの発現量は、等量のプラスミドを導入したとき、ほぼ同程度であり、細胞に導入するプラスミドの量に依存して変異型ARTの発現量も変化することがわかった。その結果、変異型ARTは野生型ARTに比べて10〜100倍強いアポトーシス抑制活性を示すことが明らかとなった。
【0053】
[実施例3]HTA1320の作製
次に、BaxのARTドメインの13〜20番目のアミノ酸配列からなるペプチド(配列番号2)が、アポトーシス誘導性疾患に有用であるかどうかを調べるために、BaxのARTドメインの13〜20番目のアミノ酸配列からなるペプチド(HTA1320)を以下のように作製した。なお、本実施例においては細胞膜透過性を向上させるためにHTA1320のN末端側にHIVのTat配列を結合させた。また、ペプチド精製を容易にするためにHis配列を付加した。
【0054】
3−1 HTA1320発現ベクターの構築
アンチセンスプライマーT3、及び、5′側にHIV−TATの配列を有し、ARTの上流側のセンスプライマーTAT−ART/13−20(S)を用い、pCI−ARTを鋳型として、AccurPower PCR PreMix(BIONEER社製)を用いてPCR反応を行い、インサートTAT−ART1320(配列番号19)を得た(図4参照)。これをpRAET C(invitrogen社製)にサブクローニングし、pRAET C−TAT−ART13/20を得た。
TAT−ART/13−20(S):

T3:

【0055】
3−2 HTA1320の精製
pRSET C−TAT−ART13/20を導入した大腸菌株BL21(DE3)pLysS(invitrogen社製)を培養後、培地のOD600=0.6〜0.7の時点で1mMのIsopropyl β−D−thiogalactopyranoside(IPTG)(Stratagene社製)を添加して、His−TAT−ART13/20(配列番号20)の発現を誘導した。IPTG添加後、6時間培養し菌体を回収した。Lysis buffer(8M urea,100mM NaCl,20mM Hepes,pH8.0)により可溶化し、Ni−NTA agaroseカラム(QIAGEN社製)にかけ、25mMイミダゾールを含むLysis bufferで洗浄し、250mMイミダゾールを含むLysis bufferで溶出した。この溶出画分をPD−10 columns(Amersham Biosciences社製)を用いて脱塩を行い、純粋なHTA1320(配列番号20)を得た(図4参照)。
【0056】
[実施例4]HTA1320のアポトーシス抑制活性の評価
実施例3により作製したHTA1320がBaxの誘導するアポトーシス促進活性を阻害するかどうかを調べた。HEK293T細胞を12穴プレートに1ウエル当たり1×10個の濃度でまき、一晩培養した。その後、Opti−MEM(Gibco BRL社製)及びLipofect Amine(Gibco BRL社製)を用いて、リポフェクション法によりpCI−Baxを細胞へ導入した。5時間培養後培地を交換し、種々の濃度のHTA1320を添加し、40時間後の細胞生存率をトリパンブルー細胞外排出試験法により評価した。その結果を図5に示す。その結果、HTA1320はBaxが誘導するアポトーシス促進活性を阻害した。また、HTA1320は低濃度でも高濃度と同程度のアポトーシス抑制活性を示すことがわかった。
【0057】
[実施例5]Baxが誘導するアポトーシスに対するTAT−ART1320の効果
また、ARTの13〜20番目のアミノ酸配列からなるペプチドが、Baxの過剰発現により誘導されるアポトーシスも抑制できるかどうかを検討した。なお、本実施例においては、ペプチド合成機により作製したTAT−ART1320(配列番号19)を用いて以下の実験を行った。
【0058】
5−1 pCI−myc、pCI−myc−Bax、又はpCI−myc−Bakのプラスミドの作製
myc−tagをコードするDNA断片を、EcoRIで切断し平滑化したpCI−neo vectorにサブクローニングし、pCI−myc vectorとした。
【0059】
また、pGEM−T Easy−Bax(理化学研究所清水史郎先生から供与された。)をEcoRIで処理し、それをpCI−myc vectorのEcoRI部位にサブクローニングし、pCI−myc−Baxプラスミドとした。
【0060】
フォワードプライマーとリバースプライマーとを用いて、pCMV−bak(大阪大学大学院医学系研究科辻本賀英先生から供与された。)を鋳型にPCRを行い、産物をEcoRIで処理し、pCI−myc vectorのEcoRI部位にサブクローニングし、pCI−myc−Bakプラスミドとした。
フォワードプライマー:

リバースプライマー:

【0061】
5−2 実験
HEK293T細胞(1×10個)を12穴プレートに播種し、24時間培養した。その後、pCI−myc、pCI−myc−Bax、又はpCI−myc−BakのプラスミドをそれぞれHEK293T細胞に導入することによりmyc、myc−Bax、又はmyc−Bakを細胞内で過剰発現させた。17時間培養した後、最終濃度が100、300、又は1000nMとなるようにTAT−ART1320を添加して更に24時間培養した。なお、対照として、TAT−ART1320を添加しない細胞も準備した。培養後、トリパンブルー細胞外排出試験法により細胞死を評価した。その結果、図6に示すように、TAT−ART1320は、Baxの過剰発現により誘導されたアポトーシスを阻害するが、Bakの過剰発現により誘導されたアポトーシスを阻害できないことが確認できた。以上のことから、ARTの13〜20番目のアミノ酸配列からなるペプチドは、Baxの過剰発現により誘導されたアポトーシスを特異的に抑制することができることが明らかになった。
【0062】
[実施例6]STSが誘導するBax依存性アポトーシスに対するTAT−ART1320の抑制効果
スタウロスポリン(STS)が誘導するアポトーシスはBax依存性であることが知られている。そこで、TAT−ART1320が、STSが誘導するアポトーシスを抑制できるかどうかを検討した。
【0063】
5×10個のHEK293T細胞もしくはHeLa細胞を12穴プレートに播種し、24時間培養した。その後、最終濃度が1、10、100、300、又は1000nMとなるようにTAT−ART1320を添加して1時間前処理し、HEK293T細胞には0.5μMの、HeLa細胞には0.2μMのSTSを添加して24時間培養した。なお、対照として、TAT−ART1320及びSTSを添加しない細胞や、TAT−ART1320を添加しない細胞も準備した。培養後、細胞死をトリパンブルー細胞外排出試験法により評価した。その結果、図7に示すように、TAT−ART1320は、HEK293T細胞において1〜100nMの濃度で、HeLa細胞では100〜1000nMの濃度でSTSが誘導するアポトーシスを抑制することがわかった。
【0064】
[実施例7]STSが誘導するBaxのミトコンドリア移行に対するTAT−ART1320の効果
Baxが細胞死を誘導するためには、Baxがミトコンドリアに局在することが必須であると考えられている。そこで、TAT−ART1320が、STSによるBaxのミトコンドリア移行に及ぼす影響を検討した。
【0065】
COS7細胞(4×10個)を12穴プレートに播種して24時間培養後、1μgのpCI−myc−Baxを遺伝子導入した。その後、更に23時間培養し、1000nMのTAT−ART1320を添加して1時間前処理した。なお、対照として、TAT−ART1320で前処理しない細胞も準備した。さらに、1.0μMのSTSと100nMのMito Tracker Orange(Molecular Probes社製)を添加し、1時間後に細胞を3%のホルムアルデヒド溶液で固定した。なお、対照として、STSを添加しない細胞も準備した。その後、抗Myc抗体(Santa Cruz社製:TBS(20mM Tris、137mM NaCl;pH7.6)で2500倍に希釈した溶液)で1時間処理した後、Alexa Fluor488標識抗マウスIgG(Molecular Probes社製;3%BSA(Bovine Serum Albumin)を含むTBSで2500倍に希釈した溶液)で1時間処理し、共焦点レーザー顕微鏡で観察することにより細胞内におけるBaxの局在を観察した。その結果を図8に示す。
図8に示すように、STSで処理した細胞においては、Baxがミトコンドリアに局在していたが、TAT−ART1320及びSTSで処理した細胞においては、Baxがミトコンドリアに局在していなかった。このことから、TAT−ART1320により、STSが誘導するBaxのミトコンドリア移行を抑制できることがわかった。
【0066】
[実施例8]STSが誘導するアポトーシスに対する、TAT−ART1320、TAT−ART1420、又はTAT−ART1320P13Vの効果
より活性の強いペプチドの開発を目的に、TAT−ART1320の改変ペプチドを作製し、STS誘導性アポトーシスの抑制活性を検討した。なお、TAT−ART1320の改変ペプチドとしては、ペプチド合成機により作製したTAT−ART1420(配列番号25)及びTAT−ART1320P13V(配列番号26)を用いた。
【0067】
HeLa細胞(5×10個)を12穴プレートに播種し、24時間培養した。その後、最終濃度が100、300、1000nMとなるようにTAT−ART1320又はその改変ペプチドを添加して1時間前処理した後、0.2μMのSTSを添加して24時間培養した。なお、対照として、TAT−ART1320及びSTSを添加しない細胞や、TAT−ART1320を添加しない細胞も準備した。)。培養後、細胞死をトリパンブルー細胞外排出試験法により評価した。その結果を図9に示す。
図9に示すように、TAT−ART1420やTAT−ART1320P13Vは、TAT−ART1320に比べて同等もしくはそれ以上にアポトーシスを抑制することが明らかになった。このことから、アポトーシスの抑制活性には、特に、ART配列の14〜20番目のアミノ酸配列からなるペプチドが重要であることが明らかになった。
【0068】
[実施例9]in vivoにおけるTAT−ART1320の抑制作用
次に、神経変性疾患などのアポトーシスにより引き起こされる疾患に対する、本発明に係るペプチドの効果を確認するために、スナネズミ両側総頚動脈4分間閉塞による脳虚血モデルを用いて、TAT−ART1320(3,30mg/kg)の再灌流後の神経症状スコアおよび再灌流4日後の脳海馬遅発性神経細胞死に及ぼす影響を検討した。
【0069】
9−1 試験動物
13週齢の雄性スナネズミ(SPF、日本エスエルシー)を、温度(23±2℃)、湿度(55±15%)、換気(回数:15回/時間以上)および照明(12時間照明:午前6時30分〜午後6時30分)がそれぞれ調節されたバリアーシステム動物室で1週間以上予備飼育し、そのスナネズミ(体重60〜80g)を試験動物として用いた。なお、飼育は自由摂餌摂水下にて行った。
【0070】
9−2 両側総頚動脈閉塞−再灌流
試験動物をエーテル麻酔下で頚正中部皮膚を切開し、両側総頚動脈を露出させて(両側総頚動脈を露出と同時にエーテル麻酔を中止)、動脈クレンメにて両側同時に閉塞し、脳虚血を誘導した。閉塞から4分後に動脈クレンメを取り外し、血流を再開通させて皮膚を縫合した後、すぐにTAT−ART1320又は生理食塩水を投与し、その後、試験動物が再び活動を始めるまで、試験動物を赤外線ランプで温めた。
【0071】
9−3 TAT−ART1320の投与
TAT−ART1320の投与には、3mg又は30mgのTAT−ART1320を10mlの生理食塩水に溶解して調製したものを用いた。投与液量は10ml/kg−体重とした。血流再開通直後に、試験動物に対して、3mg/kg−体重又は30mg/kg−体重でTAT−ART1320を尾静脈内投与し、5時間後にもう一回静脈内投与した(3mg/kg−体重でTAT−ART1320を投与した試験動物(n=13)を3mg/kg群と、30mg/kg−体重でTAT−ART1320を投与した試験動物(n=13)を30mg/kg群とそれぞれ称する。)。翌日、静脈内投与を皮下投与に切り換え、当量のTAT−ART1320を5時間間隔で2回投与した。それ以後は、1日1回皮下投与した。なお、生理食塩水のみを投与した試験動物(n=13;コントロール群)を対照として用いた。
【0072】
9−4 症状観察
血流再開通−TAT−ART1320又は生理食塩水の投与直後から、中枢神経症状(意識障害、痙攣、運動抑制、眼瞼下垂)の観察を開始し、30分、1、2、4、又は6時間後、およびその後1日1回観察した。各症状の発現の程度及び持続時間により各症状のスコア化を行い、各個体のスコアを算出して集計した。
その結果、脳虚血を伴うコントロール群(n=13)では、意識障害、痙攣発作、眼瞼下垂などの神経症状スコアが8.2±1.4であったが、TAT−ART1320を投与した試験動物では、TAT−ART1320の用量依存的に神経症状スコアの低下が見られ、30mg/kg群では特に有意な低下(2.8±0.6,P<0.05)が認められた。
【0073】
9−5 脳採材
脳虚血−再灌流4日後に、スナネズミをエーテル麻酔し、経心的に10%の中性ホルマリン緩衝液を15分灌流し、脳を固定して全脳を摘出した。摘出した脳は、10%の中性ホルマリン緩衝液により1日以上浸漬し、十分に固定して以下の実験に用いた。
【0074】
9−6 病理組織検査
固定した脳から左右の海馬領域を切り出し、それぞれ厚さ4μmのパラフィン切片(Bregma後方約1.5mmの部分)を作製し、クレシル紫(ニッスル小体を染色)とルクソールファースト青(髄鞘を染色)を用いたクリューバー・バレラ染色(kluver−Barrera staining)を行った。その後、画像解析装置(MacSCOPE)を用いて、左右の海馬CA1領域の長さを計測し、また、顕微鏡を用いて、各切片における生存神経細胞数をそれぞれ計数し、左右の海馬CA1領域の単位長さ当りの生存神経細胞数の平均値を各個体の生存神経細胞数とした。その結果、図10に示すように、30mg/kg群における生存神経細胞(SN)数(74.5±23.1)はコントロール群のもの(15.4±5.2)に比べ遙かに高く、TAT−ART1320が用量依存的に脳海馬CA1神経細胞死を有意に抑制することがわかった。このことから、TAT−ART1320は、脳虚血による神経細胞死に対して抑制作用を有することが明らかになった。
【0075】
以上のことから、本発明に係るペプチド、それをコードするヌクレオチド等は、脳虚血モデルスナネズミにおいて、機能障害のみならず細胞死に対しても改善効果を有することが明らかとなり、神経変性疾患などのアポトーシスにより引き起こされる疾患に対する治療、予防、又は進行抑制に有用であると考えられる。
産業上の利用の可能性
【0076】
以上のように、本発明によると、アポトーシスにより引き起こされる疾患や、その疾患の治療、予防、又は進行抑制や、アポトーシス促進活性の抑制などに対して有用な、アポトーシス抑制活性を有するペプチド、ポリヌクレオチド、組換えベクター、細胞またはウイルス、融合ポリヌクレオチド、融合タンパク質、医薬組成物、又はBaxのミトコンドリアへの移行を抑制する抑制剤を提供することができる。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】

【図8】

【図9】

【図10】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号8に示されるアミノ酸配列の一部からなり、配列番号1に示されるアミノ酸配列を有するペプチド。
【請求項2】
配列番号8に示されるアミノ酸配列の一部からなり、配列番号2に示されるアミノ酸配列を有するペプチド。
【請求項3】
配列番号1〜5のいずれかに示されるアミノ酸配列からなるペプチド。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のペプチドにおいて、1若しくは数個のアミノ酸が置換、欠失若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、アポトーシス抑制活性を有するペプチド。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載のペプチドをコードするポリヌクレオチド、又はその塩基配列に相補的な塩基配列を有するポリヌクレオチド。
【請求項6】
請求項5に記載のポリヌクレオチドを含有する組換えベクター。
【請求項7】
請求項6に記載の組換えベクターを含有する細胞。
【請求項8】
請求項6に記載の組換えベクターを含有するウイルス。
【請求項9】
請求項5に記載のポリヌクレオチドと、タグをコードするポリヌクレオチドとの融合ポリヌクレオチドであって、
前記ペプチドが前記タグと融合し、一つのポリペプチドとして発現することができるように構成された融合ポリヌクレオチド。
【請求項10】
請求項1〜4のいずれかに記載のペプチドと、細胞膜透過性ペプチドとの融合タンパク質。
【請求項11】
請求項1〜4のいずれかに記載のペプチド、請求項5または9に記載のポリヌクレオチド、請求項6に記載の組換えベクター、請求項7に記載の細胞、請求項8に記載のウイルス、請求項10に記載の融合タンパク質からなるグループから選ばれる少なくとも1つの物質を有効成分として含有するBax依存的アポトーシス誘導性疾患に対する医薬組成物。
【請求項12】
請求項11に記載のBax依存的アポトーシス誘導性疾患が、虚血性疾患、神経変性疾患、糖尿病、及び自己免疫疾患、からなるグループから選ばれるいずれかの疾患であることを特徴とする医薬組成物。
【請求項13】
請求項11に記載のBax依存的アポトーシス誘導性疾患が、心筋梗塞、肝臓虚血、脳虚血、網膜虚血、アルツハイマー病、パーキンソン病、ポリグルタミン病、プリオン病、筋萎縮性側索硬化症、後天性免疫不全症候群脳症、多発性硬化症、及び重症筋無力症からなるグループから選ばれるいずれかの疾患であることを特徴とする医薬組成物。
【請求項14】
請求項1〜4のいずれかに記載のペプチド、請求項5または9に記載のポリヌクレオチド、請求項6に記載の組換えベクター、請求項7に記載の細胞、請求項8に記載のウイルス、請求項10に記載の融合タンパク質からなるグループから選ばれる少なくとも1つの物質を有効成分として含有するBaxのミトコンドリアへの移行を抑制する抑制剤。
【請求項15】
請求項1〜4のいずれかに記載のペプチド、請求項5または9に記載のポリヌクレオチド、請求項6に記載の組換えベクター、請求項7に記載の細胞、請求項8に記載のウイルス、請求項10に記載の融合タンパク質からなるグループから選ばれる少なくとも1つの物質を用いることを特徴とするアポトーシス促進活性の抑制方法。
【請求項16】
請求項1〜4のいずれかに記載のペプチド、請求項5または9に記載のポリヌクレオチド、請求項6に記載の組換えベクター、請求項7に記載の細胞、請求項8に記載のウイルス、請求項10に記載の融合タンパク質からなるグループから選ばれる少なくとも1つの物質を用いることを特徴とするBax依存的アポトーシス誘導性疾患の治療、予防、又は進行抑制方法。

【国際公開番号】WO2004/113367
【国際公開日】平成16年12月29日(2004.12.29)
【発行日】平成19年4月12日(2007.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−507280(P2005−507280)
【国際出願番号】PCT/JP2004/008891
【国際出願日】平成16年6月24日(2004.6.24)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】