説明

アミノ酸エステルまたはペプチドエステルまたはこれらの塩の製造方法

【課題】 アミノ酸エステルまたはペプチドエステルまたはこれらの塩を高収率で製造すると同時に、操作的に有利なアルコール溶媒を使用し、脱水剤の不使用、リフラックスを伴わず、加熱操作を行わなくても良い方法を提供する。
【解決手段】 上記課題は、アミノ酸またはペプチドを吸着させた陽イオン交換体カラムにアルコールを通液して水を除去しつつアミノ酸またはペプチドのエステル化をおこなうことを特徴とするアミノ酸エステルもしくはペプチドエステルまたはこれらの塩の製造方法によって達成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、陽イオン交換体、特に陽イオン交換樹脂を使ったアミノ酸エステルまたはペプチドエステルまたはこれらの塩の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アミノ酸またはペプチドの、陽イオン交換樹脂を用いたエステル化方法としては、(A)アミノ酸をイオン交換樹脂存在下でアルコールをリフラックスさせながら反応する方法(非特許文献1、非特許文献2、特許文献1)、(B)ジオキサン等を溶媒とし、イオン交換樹脂存在下でアミノ酸のエステルを合成する方法(特許文献2)、(C)アミノ酸をイオン交換樹脂、および脱水剤存在下でアルコールと反応させる方法(非特許文献3、非特許文献4)、(D)塩化水素およびイオン交換樹脂存在下でアミノ酸とアルコールを反応させる方法(特許文献3)、(E)イオン交換樹脂存在下で水酸基を有するアクリル系物質とアミノ酸を反応させる方法(特許文献4)が知られている。
【特許文献1】東独国特許第12677号明細書
【特許文献2】米国特許第3、496、219号明細書
【特許文献3】特開平8−176188号公報
【特許文献4】米国特許第5、945、558号明細書
【非特許文献1】J. Herzig and K. Landsteiner, Biochem. Z., 61(1914)463
【非特許文献2】Asfhana, N. S., Chemical Industries (Boca Ration, FL, United States)(2005)、 104(Catalysis of Organic Reactions)373−378、 CODEN; CHEIDI, ISSN; 0737−8025
【非特許文献3】J. C., Proc. Ion−Exch. Symp.(1978), 242−5, Chem. Res. Inst., Bhavnagar, India. CODEN:41JAA4
【非特許文献4】Jain, J. C., Proc. Ion−Exch. Symp.(1978), 233−5, Chem. Res. Inst., Bhavnagar, India. CODEN:41JAA4
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、(A)の方法ではアルコールのリフラックスの為に余分なエネルギーが必要であることが問題である。また、(B)の方法では脱水剤の使用により追加の費用や操作が必要となり産業上の利用に不利である。さらに、(C)の方法では使用する溶媒の分離・廃棄または回収工程が必要なため産業上の利用に不利である。(D)の方法では塩化水素存在下でプロセスを実施するため塩化メタン、ジメチルエーテル等の有害物質が生成する点で問題がある。(E)の方法は水酸基を有するアクリル系物質にしか適用できず汎用性に問題がある。
【0004】
また、エステル化収率を向上させるためには、反応平衡をエステル化側に移動させることが有効である。そのための手段として、アルコールを大量に使用することや反応生成物である水を反応の場より除去することが行われてきた。しかしながら、使用するアルコール量が多くなる点でコスト上の問題がある。一方、反応の際に生成する水を反応の場より除去することは、従来、蒸留による水の留去、特許文献5や、パーベパレーションによる脱水、非特許文献5や、上記(C)のごとく脱水剤を作用させることが試みられてきた。しかしながら、蒸留による水の除去には大量のエネルギーが必要となる為、コスト的に不利である。特に沸点が水より低いアルコールの場合、水の蒸発と同時に多量のアルコールの蒸発を伴う点で問題がある。殊に、メタノール中の水の蒸留除去は、エタノールや2−プロパノールの場合と異なり共沸を起こさない為、大過剰のメタノールの蒸発を要する。一方、パーベパレーションによる脱水では、多くのアミノ酸はアルコールへの溶解性に劣るため反応自体の進行が困難であること、また酸触媒を使う場合パーベパレーション膜の耐酸性が課題となること等の問題がある。また、脱水剤を使用する場合、脱水剤にかかる費用や脱水により生成した物質と目的のエステルを分離する困難があった。
【0005】
本発明の課題は、アミノ酸またはペプチドのエステルまたはこれらの塩を陽イオン交換体を使用して製造する方法において、効率的なエステル化製造方法を見出し解決することにある。具体的には、これらのエステルまたはその塩を高収率で製造すると同時に、操作的に有利なアルコールを使用し、脱水剤の不使用、リフラックスを伴わず、加熱操作を行わなくてもよい方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、陽イオン交換体、特に陽イオン交換樹脂を充填したカラムに、L−アラニン水溶液を吸着し、その後メタノールを通液することによりエステル化させ、塩溶離剤を通液することでL−アラニンメチルエステルを溶離できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
さらに、エステル化反応の際に行うアルコールの樹脂への通液操作により、エステル化反応の際に生じた水が反応系外に除去される。このことにより、蒸発やパーベパレーションや脱水剤を使用せず反応平衡がエステル化側に移動し、さらに高い収率でエステル化を行う事が出来るという利点を有する。
【0008】
すなわち、本発明は、
1.アミノ酸またはペプチドを吸着させた陽イオン交換体カラムに、アルコールを通液して水を除去しつつアミノ酸またはペプチドのエステル化を行うことを特徴とするアミノ酸エステルもしくはペプチドエステルまたはこれらの塩の製造方法、
2.アミノ酸またはペプチド水溶液を陽イオン交換体が充填されたカラムに通液してアミノ酸またはペプチドを吸着させる工程、このアミノ酸を吸着させた陽イオン交換体カラムに、アルコールを通液して水を除去しつつアミノ酸またはペプチドのエステル化を行う工程、その後、この陽イオン交換体カラムに溶離剤を通液してアミノ酸エステルまたはペプチドエステルを溶離する工程からなる、アミノ酸エステルもしくはペプチドエステルまたはこれらの塩の製造方法、
3.陽イオン交換体が陽イオン交換樹脂である上記1または2記載の製造方法、
4.アルコールを通液して水を除去しつつアミノ酸のエステル化をする工程において、貫流液の水分含量が10%以下となるまで行う上記2または3記載の製造方法、
5.アルコールを通液して水を除去しつつアミノ酸のエステル化をする工程において、貫流液の水分含量が40%以下となるまで、当該陽イオン交換体カラム体積に対する1時間当たりのアルコール通液量の比を0.5〜4.0で行い、その後、当該陽イオン交換体カラム体積に対する1時間当たりのアルコール通液量の比を0〜1.0で行う、上記2乃至4のいずれかに記載の製造方法、
6.上記1乃至5のいずれかの項において、アミノ酸水溶液がL−アラニン水溶液であり、アルコールがメタノールであるL−アラニンメチルエステルまたはL−アラニンメチルエステル塩の製造方法、
7.上記1乃至5のいずれかの項において、アミノ酸水溶液が酸性アミノ酸水溶液であり、アルコールがメタノールである酸性アミノ酸ジメチルエステルまたは酸性アミノ酸ジメチルエステル塩の製造方法。
に関するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、アミノ酸エステルおよびペプチドエステルまたはこれらの塩を製造するにあたり、アルコール溶媒を使用し、脱水剤が不要で、リフラックスを伴わず、また加熱操作を必須としない有利な製造法であって、アミノ酸エステルおよびペプチドエステルまたはこれらの塩を高収率で取得できる。さらに、本発明の実施により、反応で生じる水が反応の場より除去されることでさらに高い収率でアミノ酸エステルおよびペプチドエステルまたはこれらの塩を得ることが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明で使用するアミノ酸は、同一分子内にアミノ基とカルボキシル基を有する化合物の総称であり、カルボキシル基の結合している炭素原子を基準にアミノ基が結合している炭素原子の位置によりα−、β−、γ−アミノ酸に区分される(ダイヤイオンII応用編、120ページ、三菱化学株式会社、H5.4.1)が、いずれのアミノ酸も使用することが出来る。また、α−アミノ酸は不斉炭素を有し立体配置によりL体及びD体と分類されるが、そのいずれも、または両者の混合物であるラセミ体も利用することが出来る。典型的なものは天然系由来のものであり、それらは中性アミノ酸(モノアミノモノカルボン酸)、酸性アミノ酸(モノアミノジカルボン酸)、塩基性アミノ酸(ジアミノモノカルボン酸等)に分けられる。中性アミノ酸の例として、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、セリン、スレオニン、システイン、シスチン、メチオニン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン、グルタミン、プロリン等、酸性アミノ酸の例として、グルタミン酸、アスパラギン酸等、塩基性アミノ酸の例としては、リジン、アルギニン、オルニチン、ヒスチジン等を挙げることができる。特に好ましいアミノ酸は、アラニンとアスパラギン酸である。
【0011】
本発明で使用するペプチドとは、複数のアミノ酸がペプチド結合で重合した高分子である。ペプチドもアミノ酸と同様に荷電を有している。溶液中でのペプチドの荷電はその溶液のpHとペプチドが持つ解離基のpKに依存する(ハーパー 生化学 原書25版、40−51、上代 淑人監訳、丸善株式会社 H13.1.30)。したがって、アミノ酸と同様に陽イオン交換樹脂への吸着・溶離が可能である。また、遊離のカルボキシル基を有しているので本法によりエステル化を行う事が可能である。アミノ酸の統合数としては2〜4個、好ましくは、2〜3個である。好ましいペプチドとして、L−アスパラチル−L−フェニルアラニンなどがある。
【0012】
本発明で使用する陽イオン交換体は有機質のイオン交換体と無機質のイオン交換体に大別される。有機質のイオン交換体は陽イオン交換樹脂、陽イオン交換膜などがあるがこれらに限らない。一方、無機質のイオン交換体にはアルミノケイ酸塩(ゼオライト等)などが挙げられる(化学工学便覧 改定6版、696、化学工学会編、丸善、H11.2.25)。本発明の実施には陽イオン交換樹脂、特に強酸性陽イオン交換樹脂が望ましい。強酸性陽イオン交換樹脂は、例えば、スチレン・ジビニルベンゼン共重合体にスルホン基をイオン交換基として導入したもので、例としてAmberlite IR−120B、DIAION SK1B、Dowex HCR−S等の市販の陽イオン交換樹脂が使用できる。陽イオン交換樹脂には、その他、中酸性、弱酸性のものもあるが、これらは塩基性アミノ酸に使用できる。また、本発明で用いるイオン交換体は、カラムのような固定した容器に充填された状態で使用されるものであり、本発明でいう「陽イオン交換体カラム」とは、陽イオン交換体が固定されたカラムに充填されたものをさし、そのようなものであれば何でも良い。
【0013】
アルコールは鎖式または脂環式の炭化水素の水素原子を水酸基で置換した化合物である(理化学辞典
第4版、44ページ、株式会社岩波書店、1987/10/12)。アルコールの内、本発明の〔0012〕に示した操作温度において液体であるアルコールが使用できる。このアルコールは、陽イオン交換体から水を除去する、通液前半の作用と、エステル化行う後半の作用があり、前半では、アセトンの様な水溶性の溶媒を用いて、水分除去作用を果たすことも出来るが、特段の事情がなければ同じアルコールを用いる。使用するアルコールは、取得しようとするエステルに応じて定まるが、脂肪族、脂環式、芳香族、などから選ばれる。脂肪族アルコールは、飽和、不飽和、直鎖、分岐鎖のいずれでもよく、炭素数は1〜6程度、好ましくは、1〜3程度である。好ましいアルコールの例としては、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノールが挙げられる。
【0014】
アルコール通液に用いるアルコールは水分含量が10%より低いもの、より好ましくは水分含量が5%より低いもの、さらに好ましくは水分含量が2%より低いものが適当である。
【0015】
本発明の方法は、アミノ酸またはペプチドを陽イオン交換体に吸着させる工程、アミノ酸またはペプチドを吸着している陽イオン交換体が充填されているカラムにアルコールを通液してカラム内の水(陽イオン交換体に内蔵されているものも含む。)を除去しつつアミノ酸をエステル化する工程よりなる。エステル化後は、通常は、エステルを吸着している陽イオン交換体のカラムに溶離剤を通液してアミノ酸エステルまたはペプチドエステルを溶離回収する。
【0016】
アミノ酸またはペプチドを陽イオン交換体に吸着させる工程は以下の様に行う。
先ず、アミノ酸またはペプチドを水に溶解する。このとき、水への溶解が十分でない場合は塩酸や硫酸等の酸を添加することでアミノ酸、またはペプチドを水に溶解させても良い。アミノ酸やペプチドの水溶液の濃度は、各アミノ酸やペプチドについて公知であり、あるいは使用する陽イオン交換体の操作手引書等によって設定することができる。通常は1〜500g/l程度、特に、10〜200g/l程度でよい。溶解に酸を用いる場合には、pHが陽イオン交換体に吸着しうる範囲を逸脱しないよう注意する。陽イオン交換体をH型で使用する場合にはpH0以上、14以下、塩型で使用する場合には、当該アミノ酸が陽イオンとして存在するpH範囲、例えば中性アミノ酸の場合0以上、pH1以下、塩基性アミノ酸または酸性アミノ酸の場合は0以上、等電点以下とする。
【0017】
アミノ酸またはペプチドを吸着させる陽イオン交換体はH型、塩型のいずれでもよい。塩型の種類は問わないが、典型的なものはナトリウム型、アンモニウム型などである。
【0018】
アミノ酸またはペプチドを陽イオン交換体に吸着させる方法は、格別なものではなく、通常の方法に従えばよい。カラムは陽イオン交換体に使用されている通常のものでよく、通液方法もダウンフロー、アップフローのいずれでもよい。カラムは単塔方式で用いても、多塔方式で用いてもよく、多塔方式では、通液を順次切替えていく連塔方式を採用することができる。アミノ酸またはペプチドの吸着量は陽イオン交換体の交換容量の50〜98%程度、好ましくは80〜98%程度が適当である。
【0019】
アミノ酸またはペプチドを吸着させた後はそのまま次のアルコール通液工程を行うことが出来るが、水洗浄を行った後にアルコールを通液しても良い。また、アルコール通液の前にカラム内の水を除去し排水することには、次のアルコールを通液する工程の水分除去効率を上げる点で有利である。カラム内の水を除去する方法としては、空気の通気、脱水アルコールの通液等が挙げられる。なお脱水アルコールとは水分を除去したアルコールを意味している。
【0020】
次に、アルコールを通液する工程は以下の様に行う。アミノ酸またはペプチドを吸着させた陽イオン交換体カラムにアルコールを通液する。アルコールを通液する方向は、一般には水より比重の軽いアルコールの場合はダウンフローに、水より比重の重いアルコールの場合はアップフローとすることが有利であるが、これに限らない。アルコールを通液する速度は、当該陽イオン交換体カラムからの貫流液の水分が約40%より多い初期段階では、アルコール通液による当該陽イオン交換体カラム内に残存する水の除去が主な目的であるから、圧力損失が工程操作上問題の無い範囲で速くすることが有利である。一般的には、アルコール通液の初期段階では当該陽イオン交換体カラム体積に対する1時間当たりのアルコール通液体積の比(以下SVという)が0.5以上、4.0以下、好ましくは1.0以上、4.0以下であるがこの範囲に限らない。一方、当該陽イオン交換体カラムからの貫流液の水分が約40%より低い段階では、エステル化反応による水の生成速度に見合った低速度で通液する事が有利である。エステル化反応による水の生成速度は、アミノ酸およびアルコールの種類、またはアルコール通液温度に依存して一概には示すことが出来ないが、一般的には、SVが0.05以上、1.0以下、好ましくは0.1以上0.7以下であるが、この範囲にアルコールの通液速度は限らない。アルコールの通液は、連続的に行う外、途中で一旦通液を停止、すなわち断続的に行うこともできる。アルコールの全体の通液時間は、エステル化が80%以上、好ましくは90%以上達成されるように設定するのがよく、これは種々の要因によって変わるので、実験によって求めるのがよい。エステル化率の測定は、溶離液中のアミノ酸またはペプチドのモル濃度、および溶離液中のアミノ酸エステルまたはペプチドエステルのモル濃度を求め、次式により算出する。これらのモル濃度については、例えば、高速液体クロマトグラフィーにて測定できる。
Y=C÷(C+C)×100
ただし、Yはエステル化率(%)を、Cは溶離液中のアミノ酸またはペプチドのモル濃度(mol/L)を、Cは溶離液中のアミノ酸エステルまたはペプチドエステルのモル濃度(mol/L)を示す。
また、アルコールの通液は5℃〜30℃で行っても良いが、加温することにより反応速度が速くなるのでより有利である。加温する温度は、陽イオン交換体カラム内の操作圧力に於けるアルコールの沸点または陽イオン交換体の耐熱温度の何れか低い温度以下、アルコールまたは水の凝固点のうち高い温度以上であれば任意に選択することが出来る。好ましい温度は、陽イオン交換体の耐熱温度以下であって、アルコールの沸点−4℃〜水の凝固点+5℃の範囲である。アルコールの通液後は、次の溶離工程を行うことが出来るが、アルコール通液後さらに加熱しながら保持すること、あるいは単に保持することでエステル化収率を高めることが出来る。
アルコールの通液量は、アルコール貫流液の水分含量が10%以下、より好ましくはアルコール貫流液の水分含量が5%以下、さらに好ましくはアルコール貫流液の水分含量が2%以下となる量とし、これは、実験で容易に求めることができる。この水分含量は、例えば、カールフィッシャー水分計で測定できる。
【0021】
次に、溶離工程は以下の様に行う。溶離工程ではアルコール通液後の陽イオン交換体カラムに溶離剤溶液を通液する。用いる溶離剤は塩酸や硫酸、または有機酸等の酸、または食塩や硫酸アンモニウム、酢酸アンモニウム等の塩を用いる事ができる。有機酸の例としては酢酸などを挙げることができる。溶離剤に酸、または塩を使用する場合、本発明によりアミノ酸エステルまたはペプチドエステル類は塩の形で得られる。また、アルカリを溶離剤に用いることはエステル加水分解を誘引するので好ましくないが、エステルのアルカリ加水分解速度はエステルの電子的、立体的因子の両者に影響される(モリソン ボイド有機化学(中)第5版、1103ページ、東京化学同人、1989/4/1)為、加水分解速度の低いエステルの場合にはアルカリを溶離剤に使用することも可能である。アルカリを溶離剤として使用する場合、本発明によりアミノ酸エステルまたはペプチドエステルが得られる。
【0022】
一般に溶離剤は水溶液の形で用いるが、酢酸アンモニウムなどアルコールに可溶な塩についてはアルコール溶液の形で用いても良い。濃度は、特に限定されないが、一般に0.1〜2M程度である。溶離剤の通液量は、一般にはイオン交換樹脂の交換容量に相当する量以上の再生剤を通液する事が必要である。
【0023】
また、溶離剤の使用量や通液速度については、例えば、ダイヤイオンII応用編(三菱化学株式会社、H5.4.1)に記載されている条件が利用可能であるが、必ずしもこの条件に合致しなくてもよい。
【実施例1】
【0024】
陽イオン交換樹脂の準備は以下の様に行った。
三菱化学株式会社製の陽イオン交換樹脂SK-1B(交換容量2.0meq/ml)を150ml測り取り、GE−ヘルスケアバイオサイエンスXK−26/40カラムに充填した。これに、450mlの1M塩酸を10℃〜20℃で3時間かけて通液し、さらに300mlの純水を10℃〜20℃で2時間かけて通液し、以下の実験に用いた。
【0025】
樹脂へのL−アラニン吸着は以下の様に行った。
13.4gのL−アラニンを純水に溶解して150mlにメスアップし、これを10℃〜20℃で1時間かけて前述のカラムに通液した。引き続き135mlの純水を10℃〜20℃で1時間かけてカラムに通液した。
【0026】
メチルエステル化は以下の様に行った。
L−アラニンを吸着させたカラムに、450mlのメタノールを10℃〜20℃で3時間かけて通液した。メタノール通液終了後136時間放置し、その後に、135mlの水を10℃〜20℃で1時間かけて通液した。
【0027】
上記反応より得られたL−アラニンメチルエステルの溶離は以下の様に行った。
引き続き450mlの1M塩酸を10℃〜20℃で3時間かけて通液した。その後、180mlの純水を10℃〜20℃で1.2時間かけて通液し、溶離液を得た。溶離液の分析の結果、L−アラニンメチルエステルの収率は溶離液中のL−アラニンとL−アラニンメチルエステルの合計に対し(以下同様)88%であった。
【実施例2】
【0028】
実施例1と同様の操作で陽イオン交換樹脂の準備、L−アラニン吸着、メタノール通液を行った。メタノール通液終了後17時間後にXK−26/40カラムのジャケットに60℃の水を4時間循環することでカラムを加熱した。その後、同様に10℃〜20℃にて、水押し、L−アラニンメチルエステルの溶離を行った。溶離液および溶離後の水押し液の分析の結果、L−アラニンメチルエステルの収率は86%であった。
【実施例3】
【0029】
実施例1と同様の操作で陽イオン交換樹脂の準備、L−アラニン吸着を行った。その後、XK−26/40カラムのジャケットに60℃の水を循環しながら450mlのメタノールを7時間かけて通液した。このとき、初めのメタノール180mlはSV1で、続く135mlはSV0.6で、その後2.8時間は60℃に保持しつつメタノール通液を止めた。最後の135mlのメタノールはSV0.6で通液した。メタノール通液のときの、貫流液の水分含量をカールフィッシャー水分計で測定した結果を図1に示す。上記のSV1からSV0.6への切替えは、概ね貫流液の水分含量が40%を下回った時点であった。
【0030】
メタノール通液終了後、18時間放置し、その後に、180mlの純水を10℃〜20℃で通液した。その後、実施例1と同様に10℃〜20℃にて、L−アラニンメチルエステルの溶離を行った。溶離液および溶離後の水押し液の分析の結果、L−アラニンメチルエステルの収率は92%であった。
【実施例4】
【0031】
実施例1と同様の操作で陽イオン交換樹脂の準備を行った。その後、64.2g(0.72mol)のL−アラニンを純水に溶解し744mlにメスアップし、これを10℃〜20℃で5時間かけてカラムに通液した。引き続き135mlの純水を10℃〜20℃で1時間かけてカラムに通液した。その後、XK−26/40カラムのジャケットに60℃の水を循環しながら450mlのメタノールを6.5時間かけて通液した。このとき、初めのメタノール135mlはSV1で、次の45mlはSV0.5で通液し、その後1.5時間60℃に保持しつつメタノール通液を止めた。最後の270mlはSV0.5で通液した。メタノール通液のときの、貫流液の水分含量をカールフィッシャー水分計で測定した結果を図2に示す。上記のSV1からSV0.5への切替えは、概ね貫流液の水分含量が40%を下回った時点であった。また、貫流液の水分含量の挙動は図1、図2とで非常に近似しており、以下の実施例でも、貫流液の水分含量の推移はほぼ同一挙動を示した。
【0032】
メタノール通液終了後65時間放置し、その後に180mlの純水を10℃〜20℃で通液した。その後、同様に10℃〜20℃にて、L−アラニンメチルエステルの溶離を行った。溶離液および溶離後の水押し液の分析の結果、L−アラニンメチルエステルの収率は95%であった。
【実施例5】
【0033】
陽イオン交換樹脂の準備は以下の様に行った。
三菱化学株式会社製の陽イオン交換樹脂UBK−550(交換容量1.9meq/ml)を25ml測り取り、GE−ヘルスケアバイオサイエンス製XK−16/20カラムに充填した。これに、100mlの1M塩酸を10℃〜20℃で4時間かけて通液した。その後、50mlの純水を10℃〜20℃で2時間かけて通液し、実験に用いた。
【0034】
樹脂へのL−アラニン吸着は以下の様に行った。
4.5gのL−アラニンを純水に溶解し50mlにメスアップし、これを10℃〜20℃で2時間かけて前述のカラムに通液した。引き続き23mlの純水を1時間かけて通液した。
【0035】
メチルエステル化は以下の様に行った。
XK−16/20カラムのジャケットに60℃の水を循環しながら、75mlのメタノールを6時間かけて通液した。このとき、初めのメタノール22.5mlはSV1で、次の7.5mlはSV0.5で通液し、その後1.5時間60℃に保持しつつメタノール通液を止めた。最後のメタノール45mlはSV0.5で通液した。メタノール通液終了65時間放置し、その後に、23mlの純水を10℃〜20℃で1時間かけて通液した。
【0036】
L−アラニンメチルエステルの溶離は以下の様に行った。
引き続き75mlの1M塩化ナトリウム水溶液を10℃〜20℃で3時間かけて通液した。その後、30mlの純水を10℃〜20℃で1.2時間かけて通液した。塩化ナトリウム水溶液と純水通液で得られた貫流液を溶離液とした。溶離液の分析の結果、L−アラニンメチルエステルの収率は97%であった。
【実施例6】
【0037】
実施例5と同様に陽イオン交換樹脂の準備、L−アラニン吸着を行った。その後、XK−16/20カラムのジャケットに60℃の水を循環しながら、75mlのメタノールを6時間かけて通液した。このとき、初めのメタノール22.5mlはSV1で、次の7.5mlはSV0.5で通液し、その後1.5時間60℃に保持しつつメタノール通液を止めた。最後のメタノール45mlはSV0.5で通液した。メタノール通液終了66時間放置し、その後に、75mlの1M酢酸アンモニウムのメタノール溶液を10℃〜20℃で3時間かけて通液した。その後、30mlのメタノールを10℃〜20℃で1.2時間かけて通液した。酢酸アンモニウムのメタノール溶液および30mlのメタノール通液で得られた貫流液を溶離液とした。溶離液の分析の結果、L−アラニンメチルエステルの収率は97%であった。
【実施例7】
【0038】
ペプチドのメチルエステル化は以下の様に行った。
実施例5と同様の方法で陽イオン交換樹脂の準備を行った。
引き続き12.8gのL−アスパラチルL−フェニルアラニンを150mlの水に懸濁し、35%塩酸でpHを1.0に調整したところ、結晶は溶解した。これに水を加え200mlにメスアップした。この液180mlをカラムに10℃〜20℃で6時間かけて通液した。引き続き16mlの純水を10℃〜20℃で0.6時間かけて通液した。
【0039】
メチルエステル化は以下の様に行った。
XK−16/20カラムのジャケットに60℃の水を循環しながら、75mlのメタノールを6時間かけて通液した。このとき、初めのメタノール22.5mlはSV1で、次の7.5mlはSV0.5で通液し、その後1.5時間60℃に保持しつつメタノール通液を止めた。最後のメタノール45mlはSV0.5で通液した。メタノール通液終了65時間放置し、その後に、23mlの純水を10℃〜20℃で1時間かけて通液した。
【0040】
上記反応で得られたL−アスパラチル−L−フェニルアラニンジメチルエステルの溶離は以下の様に行った。
360mlの0.2M塩酸を10℃〜20℃で7時間かけて通液した。その後、30mlの純水を10℃〜20℃で0.6時間かけて通液した。塩酸および純水30mlの通液で得られた貫流液を合わせて溶離液とした。溶離液の分析の結果、溶離液中のL−アスパラチル−L−フェニルアラニン、L−アスパラチル−L−フェニルアラニンモノメチルエステルとL−アスパラチル−L−フェニルアラニンジメチルエステルの合計に対しL−アスパラチル−L−フェニルアラニンジメチルエステルの収率は72%であった。
【実施例8】
【0041】
L−アスパラギン酸のメチルエステル化は以下の様に行った。
実施例5と同様の方法で陽イオン交換樹脂の準備を行った。
次に、6・6g(0.05mol)のL−アスパラギン酸を60mlの純水に懸濁し、6.2gの35%塩酸を添加し結晶を溶解した。これに純水を添加して75mlにメスアップした。
この液、73mlをカラムに10℃〜20℃で3時間かけて通液した。引き続き25mlの純水を10℃〜20℃で1時間かけて通液した。
【0042】
メチルエステル化は以下の様に行った。XK−16/20カラムのジャケットに60℃の水を循環しながら、75mlのメタノールを6.15時間かけて通液した。このとき、初めのメタノール22.5mlはSV1で、次の52.5mlはSV0.4で通液した。
エステルの溶離は実施例5と同様に行った。その結果、L−アスパラギン酸、L−アスパラギン酸モノメチルエステル、およびL−アスパラギン酸ジメチルエステルの合計に対し、L−アスパラギン酸ジメチルエステルの収率は91%であった。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明により得られるアミノ酸エステル、ペプチドエステルまたはこれらの塩は、様々な化学製品やその中間体として利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】実施例3におけるメタノール通液の際の貫流液の水分含量推移を示すグラフである。
【図2】実施例4におけるメタノール通液の際の貫流液の水分含量推移を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミノ酸またはペプチドを吸着させた陽イオン交換体カラムに、アルコールを通液して水を除去しつつアミノ酸またはペプチドのエステル化を行うことを特徴とするアミノ酸エステルもしくはペプチドエステルまたはこれらの塩の製造方法。
【請求項2】
アミノ酸またはペプチド水溶液を陽イオン交換体が充填されたカラムに通液してアミノ酸またはペプチドを吸着させる工程、このアミノ酸を吸着させた陽イオン交換体カラムに、アルコールを通液して水を除去しつつアミノ酸またはペプチドのエステル化を行う工程、その後、この陽イオン交換体カラムに溶離剤を通液してアミノ酸エステルまたはペプチドエステルを溶離する工程からなる、アミノ酸エステルもしくはペプチドエステルまたはこれらの塩の製造方法。
【請求項3】
陽イオン交換体が陽イオン交換樹脂である請求項1または2記載の製造方法。
【請求項4】
アルコールを通液して水を除去しつつアミノ酸のエステル化をする工程において、貫流液の水分含量が10%以下となるまで行う請求項2または3記載の製造方法。
【請求項5】
アルコールを通液して水を除去しつつアミノ酸のエステル化をする工程において、貫流液の水分含量が40%以下となるまで、当該陽イオン交換体カラム体積に対する1時間当たりのアルコール通液量の比を0.5〜4.0で行い、その後、当該陽イオン交換体カラム体積に対する1時間当たりのアルコール通液量の比を0〜1.0で行う、請求項2乃至4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれかの請求項において、アミノ酸水溶液がL−アラニン水溶液であり、アルコールがメタノールであるL−アラニンメチルエステルまたはL−アラニンメチルエステル塩の製造方法。
【請求項7】
請求項1乃至5のいずれかの請求項において、アミノ酸水溶液が酸性アミノ酸水溶液であり、アルコールがメタノールである酸性アミノ酸ジメチルエステルまたは酸性アミノ酸ジメチルエステル塩の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−120890(P2010−120890A)
【公開日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−297488(P2008−297488)
【出願日】平成20年11月21日(2008.11.21)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【Fターム(参考)】