説明

アルコール飲料に混入した昆虫の混入時期の判定方法

【課題】測定原理が消費者に理解されやすく、検査に伴う検体の破壊を最小限にできる、簡便かつ効率的な昆虫の混入時期の判定方法の提供。
【解決手段】本発明によれば、アルコール飲料に混入した昆虫の体内のエタノール含有量を測定し、その量から昆虫がアルコール飲料へ混入した時期を判定することを特徴とする、アルコール飲料に混入した昆虫の混入時期の判定方法が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルコール飲料に混入した昆虫の混入時期の判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
死亡昆虫が飲食品に混入していた場合、飲食品の製造業者は消費者から苦情を受けることとなる。この場合、その昆虫が製造工程中に混入したのか、開栓後に混入したかはメーカー側にとって大きな問題となる。製造工程中に混入したのであれば、メーカー側は製品の回収を含めて再発防止に努力する必要がある。開栓後に混入したのであれば、消費者にその旨を伝えれば良いこととなる。
【0003】
飲食品中に昆虫が混入した場合、昆虫体内の特定の酵素の活性は死後日数を経るにつれて減少することが知られている。このことを利用して、発見された昆虫自身の持つ酵素の減少度合を調べることによって、死後日数を推定し、その昆虫が製造工程中に混入したのか、開栓後に混入したのかを判定することが行われていた。
【0004】
このような昆虫体内の酵素活性を測定する判定方法において測定対象となる酵素としては、カタラーゼ、コリンエステラーゼ、およびアセチルコリンエステラーゼなどを利用することが報告されている(特開2003−169698号公報(特許文献1)、特開平8−56696号公報(特許文献2)、および特開平10−253611号公報(特許文献3))。
【0005】
しかしながら、これらの方法は、昆虫が死亡した時期を判定するものであり、昆虫が飲食品に混入した時期を直接判定するものではないため、既に死亡した昆虫が混入した場合には、混入時期を正確に測定できないことがある。また、これらの方法では、消費者が酵素活性の低下にもとづく判定手法の原理について理解するのが難しいことがあり、その場合、判定結果について消費者の十分な理解が得られないことがある。またこれら方法は、検体である昆虫の破壊を伴う破壊検査であることから、証拠隠滅に繋がるのではないかとの懸念を消費者に持たれ、判定法自体の適用を忌避される場合もある。さらに、製造業者による判定結果に納得しない消費者の中には、第三者機関による再検査をさらに希望し、検体の返却を求められることがある。この場合、製造業者は、検体が全て消失してしまう破壊検査を回避する必要がある。
【0006】
昆虫体内の酵素を測定する方法以外の方法としては、例えば、特開2005−055252号公報(特許文献4)に、炭酸性の飲料のように、製品製造から消費者が製品を入手するまで飲料に加圧履歴を有する飲食品について、加圧履歴に伴う、昆虫体内のタンパク質総量、ミオシン量および色素量の変化を測定し、それにより昆虫の混入時期を判定できることが開示されている。しかしながら、この方法は、検体である昆虫の体全てを使用するものではないものの、昆虫の頭部や、胸部、脚部のような主要部を採取してしまう。このため、再検査のために検体の返却を求める消費者の要望を満たすことが難しくなる場合がある。
【0007】
そこで、検体の非破壊検査が可能な判定方法として、飲食品中に混入した昆虫の体表面の元素比(カリウム/硫黄)から混入時期を判定する方法が提案されている(特開2004−198326号公報(特許文献5))。この方法は、飲食品に浸かって死亡した昆虫の体に存在するカリウムは溶出して減少する一方、硫黄はほとんど溶出せず変化しないことに基づくものであり、カリウムと硫黄の比率を求めることによって、飲食品に浸かって死亡したか否かを判定するものである。この方法においては、元素分析を非破壊法である蛍光X線法によって行うため、検体が破壊されることはなく、必要であれば、検査をさらに他の方法での再検査に利用できる。
【0008】
しかしながら、昆虫におけるカリウム溶出に伴う元素比率の変化に基づく判定法の原理は一般には難しいため、判定方法の適切性について理解が得られず、その結果、判定結果について消費者の十分な理解が得られないことがある。
【0009】
特開2004−279275号公報(特許文献6)には、液体食品に混入した昆虫中の糖類やアミノ酸類の複数成分の組成比の変化から、昆虫の混入時期を判定する方法が開示されている。この方法では、検体としてゴキブリの脚のみを使用して、測定に成功している。この方法は、飲料中に含まれる糖類およびプロリンの昆虫体内への浸透と、昆虫体内に多く存在するプロリン以外のアミノ酸(アルギニン、ヒスチジン等)の飲料への拡散とを利用して、これら糖類とアミノ酸の組成比を測定し、昆虫の混入時期を判定しようとするものである。
【0010】
しかしながら、この方法の糖類測定の場合には、サンプル昆虫の飲料への浸漬から20週後までの間での昆虫への糖類の浸透レベルを経時的に求め、その結果から昆虫の混入時期を判定しようとするものであり、飲料への昆虫の混入期間が、1日間やそれ以下のようなごく短い場合には、実際の判定は困難であると考えられる。またアミノ酸類を測定する場合にも、実際に測定して変化が見られるのは、飲料への昆虫の混入後1、2週間経たものであり、昆虫の混入期間が1日間といったごく短い場合には、実際の判定は困難であると考えられる。また、アミノ酸類測定の場合、複数のアミノ酸を指標として測定して、それら総合的に判断することが必要であることから、消費者への測定法の分かり易さという観点からは十分とは言えないと考えられる。
【0011】
このため、判定方法が消費者に理解されやすく、検査に伴う検体である昆虫の破壊を最小限にできる簡便かつ効率的な判定方法が、依然として求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2003−169698号公報
【特許文献2】特開平8−56696号公報
【特許文献3】特開平10−253611号公報
【特許文献4】特開2005−055252号公報
【特許文献5】特開2004−198326号公報
【特許文献6】特開2004−279275号公報
【発明の概要】
【0013】
本発明者は今般、アルコール飲料に混入した昆虫の一部を採取して、そのエタノール(エチルアルコール)含有量を測定し、その量から昆虫がアルコール飲料へ混入した時期を判定することに成功した。このとき、アルコール飲料としては、5%程度の発泡酒を使用し、かつ、検体としては昆虫の脚を一本のみ使用するのみであった。昆虫には、血管がなく、体内に外部の液体が浸透するには、体表面の気門を通じて徐々に浸透できるのみである。このため、このような比較的低濃度のアルコール飲料に関し、検体についても極一部を使用するのみで、このように、混入時期を判定できたことは、予想外のことであった。
また、使用して判定したサンプル検体の飲料への浸漬時間は、1日未満であったことから、混入されていた期間が比較的短いものであっても検出し判定が可能であると分かった。一方、飲料を開封後にサンプル検体が混入してから検出のために採取されるまでの時間が、6日程度と比較的長時間、サンプル検体と飲料が接触していた場合であっても、この混入が、開封前の製造時ではなく、開封後の混入であることを正確に判定することにも成功した。このように、エタノール含有量測定という消費者に理解され易い簡潔な手法で、昆虫の混入時期を確実に判定することができたのは予想外であった。本発明はこれら知見に基づくものである。
【0014】
よって本発明は、測定原理が消費者に理解されやすく、検査に伴う検体の破壊を最小限にできる、簡便かつ効率的な、昆虫の混入時期の判定方法の提供をその目的とする。
【0015】
本発明によれば、アルコール飲料に混入した昆虫の体内のエタノール含有量を測定し、その量から昆虫がアルコール飲料へ混入した時期を判定することを特徴とする、アルコール飲料に混入した昆虫の混入時期の判定方法が提供される。
【0016】
本発明の一つの好ましい態様によれば、前記方法において、アルコール飲料は、密閉容器内において加圧条件下にて保存された履歴を有するものである。
【0017】
本発明の一つのより好ましい態様によれば、前記方法において、アルコール飲料は、アルコール濃度2〜8%の炭酸アルコール飲料である。
【0018】
本発明の一つのさらに好ましい態様によれば、アルコール飲料は、ビール、発泡酒、または他のビール様炭酸アルコール飲料である。
【0019】
本発明の好ましい態様によれば、前記方法において、昆虫体内のエタノール含有量の測定を、昆虫の体の一部を採取し、それを加熱装置付きガスクロマトグラフ/質量分析器(GC/MS)に付すことによって行う。
【0020】
本発明のより好ましい態様によれば、前記方法において、昆虫はハエである。
【0021】
本発明によれば、検査に伴う検体である昆虫の破壊を最小限にしつつ、アルコール濃度のそれほど高くないビール系アルコール飲料に混入した昆虫の混入時期を簡便で効率的に、かつ確実に判定することができる。このように、昆虫の破壊を最小限にできることは、さらなる再検査のために検体である昆虫の返却を希望する消費者を満足させることができ、これは、製造業者が消費者からの苦情に誠実に対応する上で極めて重要である。また、本発明によれば、混入した昆虫の飲料への浸漬時間が1日程度かそれ以下という比較的短い場合であっても、混入時期の判別を行うことができる。一方、飲料を開封後に混入した昆虫の浸漬時間が数日程度かそれ以上という比較的長い場合には、昆虫へのアルコールの浸透が進行してコントロールとの違いが減衰され、却って、判定が難しくなる可能性も考えられた。しかしながら、本発明によれば、開封後に昆虫が飲料へ混入していた時間が比較的長い場合であっても、その混入時期が飲料の開封前(製造時)であるのか開封後であるのかを明確に判定することができる。
さらに本発明による方法は、アルコール飲料に含まれているエタノールの昆虫体内の含有量を測定するものであるため、その判定原理が簡潔であり、消費者に理解され易いものである。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】実施例1の結果を示す図である。
【図2】実施例2の結果を示す図である。
【図3】実施例3の結果を示す図である。
【図4】実施例4の結果を示す図である。
【図5】実施例5の結果を示す図である。
【発明の具体的説明】
【0023】
本発明によれば、前記したように、アルコール飲料に混入した昆虫の体内のエタノール含有量を測定し、その量から昆虫がアルコール飲料へ混入した時期を判定することを特徴とする、アルコール飲料に混入した昆虫の混入時期の判定方法が提供される。ここで、アルコール飲料は、密閉容器内において加圧条件下にて保存された履歴を有するものであることが好ましい。このとき加圧状態は、アルコール飲料が炭酸性である場合、それが製品容器に密閉されることにより飲料由来の炭酸ガスを主として自然発生する加圧された状態を意味する。
【0024】
昆虫には、血管がなく、体内に外部の液体が浸透するには、体表面の気門を通じて徐々に浸透できるのみであり、液体は気門からさらに全身に張り巡らされている気管を通じて浸透すると考えられる。しかしながら、常圧下では、気門を通じて浸透し、さらに気管を通して全身に浸透するには不十分である一方、常圧を超えた加圧状態に昆虫が混入した飲料が置かれると、外部の飲料の昆虫体内の浸透がより一層進むと考えられる。本発明においては、加圧履歴のある飲料を使用することで、昆虫が飲料に混入していた場合には、飲料の体内への浸透が一層進み、その結果、検体の一部のみを使用することで、飲料のアルコール濃度が比較的低濃度であっても、エタノール含有量を測定するには十分とすることできると考えられる。その結果、混入していた昆虫におけるエタノール含有量が多い場合には、その検体である昆虫は、飲料が密閉状態にあるとき(加圧条件下にあるとき)から混入していたこととなり、混入が製造工程などの製造業者の責任で行う工程で生じたと考えることができる。一方、エタノール量が少量であると言える場合には、昆虫は、加圧条件下を経ていないということができ、したがって、昆虫は、飲料製品の開封後に混入したと考えることができる。なおこれらは、本発明者の実験結果等に基づく推定もしくは理論であって、本発明を限定するものではない。
【0025】
本発明において「アルコール飲料」とは、通常、炭酸アルコール飲料である。好ましくは、アルコール濃度約2〜約8%の炭酸アルコール飲料である。このとき、アルコール濃度は、より好ましくは約3〜約7%であり、さらに好ましくは約4〜約6%、さらにより好ましいくは5%程度である。具体的には、アルコール飲料は、例えば、ビールや発泡酒のようなビール系アルコール飲料、チューハイ、スパークリングワインなどが挙げられる。
【0026】
本発明の好ましい態様によれば、アルコール飲料は、ビール系アルコール飲料である。
ここでビール系アルコール飲料とは、麦芽発酵アルコール飲料の他、麦芽発酵アルコール飲料(特にビール)と同等もしくは類似した風味およびテイストを有する、穀物を原料とするビール様炭酸アルコール飲料が挙げられる。ここで、麦芽発酵アルコール飲料とは、麦芽を用いて得られた加ホップ麦汁を主成分とする原料を、発酵させることによって得られる飲料をいい、例えば、ビール、発泡酒等が挙げられる。またビール様炭酸アルコール飲料の具体例としては、大豆やエンドウ豆のような豆類由来成分とホップとを原料として発酵させることによって得られる飲料や、麦芽発酵アルコール飲料に大麦スピリッツなどの追加の酒成分を添加するなどして得られた飲料が挙げられる。
【0027】
よって前記したように、本発明の一つのさらに好ましい態様によれば、アルコール飲料は、ビール、発泡酒、または他のビール様炭酸アルコール飲料である。
【0028】
本発明において、判定方法が適用できる昆虫としては、例えば、ハエ、ゴキブリ、ハチ、アリ、蛾、蚊などが挙げられ、好ましくはハエ、ゴキブリであり、より好ましくはハエである。ハエには、イエバエ、ショウジョウバエが含まれる。
【0029】
本発明においては、飲料に混入した昆虫を得、この一部を採取して使用する。ここで昆虫の体の一部は、例えば、頭部や、胸部、脚部であり、好ましくは、脚部(脚)である。
例えば、昆虫がハエである場合、通常、使用するのは脚一本で十分である。
【0030】
本発明では、昆虫より採取したその一部を使用して、昆虫の体内のエタノール含有量を測定する。測定方法は特に制限はないが、好ましくは、加熱装置付きガスクロマトグラフ/質量分析(GC/MS)により行う。よって、本発明の好ましい態様によれば、昆虫体内のエタノール含有量の測定を、昆虫の体の一部を採取し、それを加熱装置付きガスクロマトグラフ/質量分析器に付すことによって行う。ガスクロマトグラフ/質量分析(GC/MS)における設定条件は、エタノール測定や、香料などの測定条件を参考にして、常法に従って適宜設定することができる。
【0031】
本発明では、飲料に混入した昆虫から得られた体内のエタノール含有量(または濃度)に基づいて、昆虫がアルコール飲料へ混入した時期を判定する。好ましくは、検体となる昆虫と同じ種類の昆虫を入手し、これをコントロールとして使用して、実際の測定結果と比較し、混入時期を判定する。より好ましくは、複数の同じ種類の昆虫を入手しておき、飲料に浸漬密封することなしに、所定の時間(例えば14日間)、飲料に入れておいたものと、飲料に浸漬・密封して同様に保管しておいたものとの両方の昆虫体内のエタノール量を測定し、これらコントロールにおける値を、実際の検体で求められたエタノール量の測定結果と比較することによって、混入時期を判定することができる。コントロールの場合の値と、実際の検体のエタノール測定値との比較に際しては、予め測定しておいたコントロール値に基づいて判定のための基準値を設定しておき、これにより実際の検体の測定値がこの基準値よりも高いか低いかで、混入時期を判定することができる。あるいは、前記コントロール値に対して、実際の検体のエタノール測定値が、所定の割合、例えば、2倍以上、好ましくは10倍以上となっているか否かで、混入時期を判定することができる。
【0032】
またこのとき、飲料から昆虫を採取してから測定に使用するまでの時間や、保管条件も確認しておくことが好ましい。通常であれば、採取から14日間以内であることが望ましく、好ましくは10日以内、より好ましくは1週間以内(例えば、6日間程度)である。また保管条件は、常温常圧であれば特に問題ないと言える。さらに、飲料中に昆虫の混入が確認されてから測定に使用されるまで、昆虫は、飲料から取り出されず、飲料中に混入されたままでもあっても良い。
【0033】
さらに、使用するコントロール値は、飲料への混入の可能性のある昆虫を種々用意し、これらそれぞれについて、測定するまでの時間や、保存条件を種々変更したサンプルを用意し、それぞれのエタノール量を測定しておき、想定される様々な検体および条件に対応できるようなコントロール値のデータベースを作成しておいても良い。このようにして、種々の昆虫検体と、検体の保存条件に応じたエタノール値のデータベースを用意しておくことで、実際に消費者からの申し出が有った際、消費者より提供された昆虫と同等のものが直ちに入手できない場合にも、迅速に対応することができる。また提供された昆虫と同等のものがデータベースに無い場合でも、近似する昆虫種や、昆虫種が異なっても部位の構造が近いもの等を考慮して、できるだけ適切なコントロール値を選択することが可能である。
【0034】
したがって、本発明の一つの好ましい態様によれば、本発明の方法は、測定して得られたエタノール含有量が、予め設定した基準値より低い場合、昆虫がアルコール飲料へ混入した時期を、飲料製品の開封後であると判定することを含むことができる。
【0035】
また本発明の別の一つの好ましい態様によれば、本発明の方法は、測定して得られたエタノール含有量が、予め測定しておいたコントロール値の2倍以上、好ましくは10倍以上である場合、昆虫がアルコール飲料へ混入した時期を、飲料製品の開封前、すなわち製造工程であると判定することを含むことができる。
【0036】
実際に本発明の方法を使用する場合には、消費者より申し出があって提供を受けた検体の昆虫とできるだけ同じ種類の昆虫を用意し、これを申し出があった製品と同等の製造条件および消費者が開封するまでの期間・保管条件を考慮して調製したコントロールを使用し、このコントロールにおけるエタノール含有量との比較において、本発明に従う判定を行うことが好ましい。実施の具体例としては後述する実施例4および実施例5の場合などが挙げられる。
【0037】
このようにして本発明の方法により、アルコール飲料に混入した昆虫の混入時期が、飲料の製造工程であったのか、または、飲料製品の開栓後であったのか、を判定することができる。
【0038】
なお本明細書において、「約」および「程度」を用いた値の表現は、その値を設定することによる目的を達成する上で、当業者であれば許容することができる値の変動を含む意味である。例えば、所定の値または範囲の20%以内、好ましくは10%以内、より好ましくは5%以内の変動を許容し得ることを意味する。
【実施例】
【0039】
以下の例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0040】
実施例1
(1)試料の準備
昆虫のショウジョウバエ(体長2〜3.5mm、重さ0.8〜2mg)を氷冷後、開封した発泡酒(商品名「キリン淡麗生」、麒麟麦酒株式会社製)(アルコール濃度5.5%、633ml壜)に入れ、これを直ちに再打栓することにより密封し、容器内の昆虫を発泡酒に浸漬させ20℃で保管した。16時間後に開封して、昆虫を取り出し、これを試料(検体)とした。
次いで試料をイオン交換水で軽く濯ぎ、ペーパーワイパーに軽く包み、体表面の水分を除去し、脚一本をメスで切り取った。
【0041】
(2)エタノール量の分析
切り取った脚を秤量し、加熱装置(GERSTER社製TDU)付ガスクロマトグラフ(アジレントテクノロジー株式会社製、タイプ6890)/質量分析器(アジレントテクノロジー株式会社製、タイプ5973)を表1に示す条件に設定して、試料の分析を行い、それに含まれるエタノールを分析(定性・定量)した。
【0042】
結果は図1に示されるとおりであった。
【0043】
結果から、浸漬・密封16時間後にショウジョウバエの脚のエタノールは40倍以上に増加し、発泡酒中のエタノールが昆虫の体内に浸透したことが確認された。
【0044】
実施例2
(1)試料の準備
ショウジョウバエ(体長2〜3.5mm、重さ0.8〜2mg)を実施例1と同様に、発泡酒に入れて、密封・浸漬して20℃で28日間保管した後、開封して取り出し、これを試料とした。
次いで試料をイオン交換水で軽く濯ぎ、ペーパーワイパーに軽く包み、体表面の水分を除去した後、室温(25℃)で14日間保管した。このとき、1日目、2日目、3日目、4日目、5日目、7日目、10日目、および14日目の各時点で、試料から脚をメスで切り取りとった。
【0045】
(2)エタノール量の分析
切り取った脚を秤量し、実施例1と同様にして、加熱装置付ガスクロマトグラフ/質量分析器にて試料の分析を行い、それに含まれるエタノールを分析(定性・定量)した。
【0046】
結果は図2に示されるとおりであった。
【0047】
結果から、発泡酒に28日間浸漬・密封し室温(25℃)に保管後、発泡酒より取り出したショウジョウバエの脚には、14日間経過しても発泡酒由来のエタノールが残存していることがわかった。
【0048】
実施例3
(1)試料の準備
イエバエ(体長5〜8mm、重さ5〜10mg)を実施例1と同様に、発泡酒に入れて、密封・浸漬して20℃で28日間保管した後、開封して取り出し、これを試料とした。
次いで試料をイオン交換水で軽く濯ぎ、ペーパーワイパーに軽く包み、体表面の水分を除去した後、室温(25℃)で14日間保管した。このとき、1日目、2日目、3日目、5日目、7日目、10日目、および14日目の各時点で、試料から脚をメスで切り取りとった。
【0049】
(2)エタノール量の分析
切り取った脚を秤量し、実施例1と同様にして、加熱装置付ガスクロマトグラフ/質量分析器にて試料の分析を行い、それに含まれるエタノールを分析(定性・定量)した。
【0050】
結果は図3に示されるとおりであった。
【0051】
結果から、発泡酒に28日間浸漬・密封した後、発泡酒より取り出し室温(25℃)で保管したイエバエの脚には、14日間経過しても発泡酒由来のエタノールが残存していることがわかった。
【0052】
実施例4 (モデルケース)
(1)消費者からの申し出内容
消費者から下記のような申し出があったと仮定し、本判定法の適用を検討した:
「購入した発泡酒350ml(製造から開封まで30日間)を缶から飲用し、2〜3口目あたりで舌に違和感があったので確認したところ小さな虫が出てきた。」
【0053】
(2)試料の準備とエタノール量の分析
消費者より提供を受けた、申し出があった「小さな虫」(体長3mm、重さ0.73mgのショウジョウバエ)を、実施例1と同様にして、イオン交換水で軽く濯ぎ、ペーパーワイパーに軽く包み、体表面の水分を除去した。次いで、その脚を切り取り、秤量した後、実施例1と同様にして、表1に示す条件にて分析を行った。
【0054】
対照として発泡酒に20℃で14日間浸漬・密封したショウジョウバエを取り出した。
4日(消費者発見〜(室温1日)〜回収〜(冷蔵3日)〜ラボ到着)後、試料をイオン交換水で軽く濯ぎ、ペーパーワイパーに軽く包んで体表面の水分を除去した。脚をメスで切り取り、表1の条件で分析を行ない申し出の小さな虫のデータと比較した。
【0055】
結果は図4に示されるとおりであった。
【0056】
申し出の昆虫と対照の昆虫のエタノール含有量には大きな差が確認された。
申し出の昆虫には製品(発泡酒)由来のエタノールが浸透した様子はないことから、この昆虫は製造時に混入したものではないことを判定することができた。
【0057】
実施例5 (飲料開封後に昆虫が混入した場合)
消費者が購入した飲料がビール(商品名「一番搾り」、麒麟麦酒株式会社製)(アルコール濃度5%、633ml壜))であって、混入していたとの申し出のあった虫が、イエバエ(体長5mm、重さ5mg)であり、また消費者発見からラボ到着までビールに混入した状態のまま6日間が経過していた以外は、実施例4と同様にして実験を行った。6日間経過後に採取したイエバエの脚を切り取り、秤量して、分析を行ったところ、エタノール含有量は12ppmであった。
また、本実施例では、イエバエの脚中のエタノール量の推移を確認するため、コップに注いだビールにイエバエを落とし、0、3、5および6日目に採取してそれぞれ脚のエタノール含有量も測定した。
【0058】
結果は図5に示されるとおりであった。
図のように、昆虫の脚のエタノール含有量は殆ど変化しなかった。
【0059】
結果を、実施例3の結果(図3)と比較した。申し出の昆虫と、対照の昆虫(実施例3の28日間浸漬・密封し室温にて保管したもの)のエタノール含有量には大きな差が確認された。
申し出の昆虫には製品のエタノールが浸透した様子はないことから、この昆虫は製造時に混入したものではないことを判定することができた。
【0060】
このため、飲料開封後に昆虫が混入した場合であって、さらにその後6日間という比較的長期間、飲料に混入されたままとされた場合であっても、開封が製造時であるか否かを判定することができた。
したがって、製造時に昆虫が混入した場合のように、昆虫が密封・加圧条件下にて混入していた場合と、飲料開封後に昆虫が混入し、開放・常圧条件下にて比較的長時間維持された場合とを、本発明によって、明確に区別することができた。
【0061】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルコール飲料に混入した昆虫の体内のエタノール含有量を測定し、その量から昆虫がアルコール飲料へ混入した時期を判定することを特徴とする、アルコール飲料に混入した昆虫の混入時期の判定方法。
【請求項2】
アルコール飲料が、密閉容器内において加圧条件下にて保存された履歴を有するものである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
アルコール飲料が、アルコール濃度2〜8%の炭酸アルコール飲料である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
アルコール飲料が、ビール、発泡酒、または他のビール様炭酸アルコール飲料である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
昆虫体内のエタノール含有量の測定を、昆虫の体の一部を採取し、それを加熱装置付きガスクロマトグラフ/質量分析器(GC/MS)に付すことによって行う、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
昆虫がハエである、請求項1〜5のいずれか一項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−190881(P2010−190881A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−145373(P2009−145373)
【出願日】平成21年6月18日(2009.6.18)
【出願人】(307027577)麒麟麦酒株式会社 (350)
【Fターム(参考)】