説明

アルドール縮合化合物の製造方法

【課題】金属化合物触媒や非極性有機溶媒を用いることなく、常温でも効率的にアルドール縮合化合物を製造できる方法を提供する。
【解決手段】触媒の存在下、無溶媒または水溶媒中で原料アルデヒド化合物を縮合させる工程を含み;触媒として下記式(1)で表される塩基性アミノ酸またはその塩を用い;炭素数が6以上の原料アルデヒド化合物を用い;且つ、触媒と原料アルデヒド化合物から形成されるシッフ塩基の濃度が臨界ミセル濃度以上となるように、反応液中における触媒と原料アルデヒド化合物の濃度を調整することを特徴とするアルドール縮合化合物の製造方法。


[式中、Xは、メチレン、エチレン、トリメチレン、テトラメチレン、またはこれら基における何れかの−CH2−基が−O−もしくは−S−で置換されている基を示す]

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルドール縮合化合物を製造するための方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アルドール縮合化合物は合成中間体などとして有用であり、アルデヒド化合物からアルドール縮合反応という古典的な反応により合成される。このアルドール縮合反応は、水酸化ナトリウムなどの強塩基の水溶液中、加熱条件下で行われる。また、ナトリウムエトキシドやリチウムジイソプロピルアミドなどの強塩基や、特殊な試薬が触媒として用いられることがある。さらに、原料であるアルデヒド化合物が有機化合物であるので、均一状態で反応を円滑に進行せしめるために、水溶媒ではなく有機溶媒が使用されることも多い。
【0003】
しかし環境への配慮から、金属化合物はできる限り用いるべきでない。特に大量合成においては、その使用量は比較的少ないとはいえるものの、使用後における金属化合物や強塩基の処理が問題となる。また、通常のアルドール縮合反応は加熱する必要がある上に、比較的長時間を要する。
【0004】
そこで本発明者らは研究を進め、非特許文献1〜2に示すとおり、リジンやオルニチンなどの塩基性アミノ酸がアルドール縮合反応における触媒として有効に作用することを見出した。より詳しくは、クロロホルムなどの非極性有機溶媒中、リジンなどの塩基性アミノ酸の存在下でアルデヒドを反応させたところ、アルドール化合物を常温で効率的に製造することに成功した。この反応では、通常、リジンなどは非極性有機溶媒に溶解しないにもかかわらず、触媒として有効に作用することができた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】渡邉裕ら,「日本化学会春季年会 講演予稿集II」,第882頁(2007年)
【非特許文献2】森岡孝志ら,「第24回有機合成化学セミナー 講演予稿集」,第103頁(2007年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述した様に、本発明者らは、金属を含む強塩基の代わりにリジンなどの安全な塩基性アミノ酸を触媒として用いても、アルドール縮合反応が効率的に進行することを見出している。また、当時における知見によれば、塩基性アミノ酸を触媒として用いるアルドール縮合反応においては、クロロホルムやベンゼンなどの非極性有機溶媒中では良好な結果が得られるのに対して、テトラヒドロフランなどの極性溶媒中ではほとんど反応が進行せず、水中では全く反応しなかった。
【0007】
しかし工業的な大量合成においては、溶媒も大量に使用しなければならないため、環境に悪影響を与える非極性の有機溶媒はできる限り使用すべきではない。
【0008】
そこで本発明では、金属化合物触媒や非極性有機溶媒を用いることなく、常温でも効率的にアルドール縮合化合物を製造できる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、塩基性アミノ酸を触媒として用いるアルドール縮合反応において、先ずは水溶媒中で反応が進まない原因について検討を重ねた。その結果、特に原料アルデヒド化合物と塩基性アミノ酸の濃度が十分でないと反応が進行しないことを見出した。その理由としては、以下のことが考えられる。即ち、本発明者らは、塩基性アミノ酸を用いるアルドール縮合反応の反応機構として、先ず塩基性アミノ酸と原料アルデヒド化合物との間でシッフ塩基が形成され、当該シッフ塩基と原料アルデヒド化合物あるいは当該シッフ塩基同士がさらに反応するものを考えていた。当該反応機構によれば、塩基性アミノ酸に比べて当該シッフ塩基は水溶性に劣るため、水溶媒中では十分に分散することができず、反応が進行しないと考えられる。そこで本発明者らは、原料アルデヒド化合物として炭素数が多くより脂溶性の高いものを用いて上記シッフ塩基が界面活性剤様の性状を呈するものとし、且つその濃度を十分に高め、水溶媒中でミセル様粒子を形成させることにより反応を常温でも良好に進行せしめることに成功して本発明を完成した。
【0010】
本発明に係るアルドール縮合化合物の製造方法は、触媒の存在下、無溶媒または水溶媒中で原料アルデヒド化合物を縮合させる工程を含み;触媒として下記式(1)で表される塩基性アミノ酸またはその塩を用い
【0011】
【化1】

【0012】
[式中、Xは、メチレン、エチレン、トリメチレン、テトラメチレン、またはこれら基における何れかの−CH2−基が−O−もしくは−S−で置換されている基を示す];
炭素数が6以上の原料アルデヒド化合物を用い;且つ、触媒と原料アルデヒド化合物から形成されるシッフ塩基の濃度が臨界ミセル濃度以上となるように、反応液中における触媒と原料アルデヒド化合物の濃度を調整する;ことを特徴とする。
【0013】
本発明方法においては、水溶媒中における原料アルデヒド化合物の濃度を0.75mol/L以上とすることが好ましい。原料アルデヒド化合物の濃度をこの範囲まで高めれば、より確実にシッフ塩基からなるミセル様粒子を形成させることができる。
【0014】
また、本発明方法においては、原料アルデヒド化合物に対する触媒の割合を5mol%以上、50mol%以下とすることが好ましい。触媒量が少ないと、シッフ塩基が反応の進行に必要なミセル様粒子を十分に形成できず、効率的に反応が進まないおそれがあり得る。一方、触媒量が多いほど反応は良好に進行するが、多過ぎると副生物が生じる可能性があり得る。
【0015】
上記触媒としては、豊富に得られる天然アミノ酸であるリジンまたはオルニチンが好適である。
【発明の効果】
【0016】
本発明方法によれば、金属を含む有害な触媒を用いることなく、且つ無溶媒または水溶媒中で、加熱しなくとも、環境に優しい設計でアルドール縮合化合物を効率的に製造することができる。よって本発明は、合成中間体などとして有用なアルドール縮合化合物の工業的な大量生産にも適用され得るものとして、産業上非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明方法に係る反応液の写真である。乳化状態にあることが分かる。
【図2】図1に示した反応液の位相差顕微鏡写真である。ミセル様粒子が形成されていることが分かる。
【図3】本発明方法において、溶媒を用いない場合の反応液の位相差顕微鏡写真である。ミセル様粒子が形成されていることが分かる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明に係るアルドール縮合化合物の製造方法は、触媒の存在下、無溶媒または水溶媒中で原料アルデヒド化合物を縮合させる工程を含む。
【0019】
本発明で用いる水溶媒とは、水を含む溶媒をいい、水単独であってもよいし、水と水混和性有機溶媒との混合溶媒であってもよい。ここでいう水の種類は特に制限されず、蒸留水、純水、超純水、水道水などいずれも用いることができる。水と水混和性有機溶媒との混合溶媒を用いる場合には、ミセル様粒子をより確実に形成せしめるために、当該混合溶媒における水の割合を10容量%以上とする。当該割合としては、20容量%以上がより好ましく、40容量%以上がさらに好ましく、50容量%以上が特に好ましい。より好適には、水のみを溶媒として用いる。
【0020】
一方、特に疎水性の高い原料アルデヒドを用いる場合には、その溶解性を高めるために、水と水混和性有機溶媒との混合溶媒を用いることができる。水と混合して用いる水混和性有機溶媒としては、メタノールやエタノールなどのアルコール;テトラヒドロフランなどのエーテル;アセトンなどのケトン;ジメチルホルムアミドやジメチルアセトアミドなどのアミドを挙げることができる。なお、テトラヒドロフロンなどと水との混合溶媒を用いる場合には、原料アルデヒド化合物の添加により二層に分離する場合がある。この様な場合には、混合溶媒を用いないか或いは水の割合を高めることが好ましい。なお、混合溶媒を用いて反応を行う場合、反応液は見かけ上乳化状態しないが、ミセル様粒子の形成は、反応液にレーザーを照射し、その光散乱により確認できる。
【0021】
本発明方法において、原料アルデヒド化合物の縮合工程は、無溶媒でも実施することが可能である。本発明方法では、原料アルデヒド化合物と触媒とでシッフ塩基を形成させ、当該シッフ塩基からなるミセル様粒子中で反応を進行せしめる。このシッフ塩基が形成される際には水が放出されるので、水溶媒を用いない場合であってもシッフ塩基からなるミセル様粒子が形成され、反応が進行する。
【0022】
本発明方法では、触媒として下記式(1)で表される塩基性アミノ酸またはその塩を用いる。
【0023】
【化2】

【0024】
[式中、Xは、メチレン、エチレン、トリメチレン、テトラメチレン、またはこれら基における何れかの−CH2−基が−O−もしくは−S−で置換されている基を示す]
【0025】
Xがエチレンである塩基性アミノ酸(1)はオルニチンであり、Xがトリメチレンである塩基性アミノ酸(1)はリジンであって、いずれも天然アミノ酸であり、容易に入手することができる。また、Xがテトラメチレンである塩基性アミノ酸(1)や、何れかの−CH2−基が−S−で置換されている塩基性アミノ酸(1)の触媒能を評価したところ、リジンと同様の触媒効果が得られた。一方、リジンとアラニンからジペプチドを合成してその触媒能を評価したが、その触媒効果は大きく低下した。その原因は、末端カルボキシ基と末端アミノ基との距離が大きくなったことによると考えている。
【0026】
塩基性アミノ酸(1)は、塩であってもよい。当該塩を構成する酸は、特に制限されないが、例えば、塩酸、臭化水素酸、硫酸、リン酸などの無機酸や;酢酸、マロン酸、酒石酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、ギ酸、トルエンスルホン酸塩、トリフルオロ酢酸などの有機酸を用いることができる。但しこの場合には、酸を中和するために、等モルの塩基を加えて反応させる。かかる塩基としては、炭酸カリウムや炭酸ナトリウム;炭酸水素カリウムや炭酸水素ナトリウムなどを挙げることができる。
【0027】
塩基性アミノ酸(1)は不斉炭素を有するので、光学異性体が存在する。本発明方法にではD体とL体或いはラセミ体の何れも用いることができるが、光学活性体を用いれば、光学純度の高い目的化合物を選択的に合成できる可能性があり得る。
【0028】
本発明方法で原料として用いるアルデヒド化合物は、炭素数が6以上のものを用いる。
【0029】
原料アルデヒド化合物のアルデヒド基は、上記塩基性アミノ酸のαアミノ基と反応してシッフ塩基を形成する。本発明においては、当該シッフ塩基にミセル様粒子を形成させ、反応を促進する。よって、原料アルデヒド化合物に由来する疎水性部分により当該シッフ塩基に界面活性剤様の性状を持たせなければならないことから、原料アルデヒド化合物としてはその炭素数が6以上のものを用いるものとする。また、本発明方法においてはより疎水性の高い原料アルデヒド化合物を用いた方がよいので、好適には炭素数が7以上の原料アルデヒド化合物を用い、さらに好適には炭素数が8以上の原料アルデヒド化合物を用いる。
【0030】
原料アルデヒド化合物としては、炭素数が6以上のものであれば、脂肪族アルデヒドと芳香族アルデヒド化合物の何れも用いることができる。脂肪族アルデヒドとしては、直鎖状脂肪族アルデヒドと分枝状脂肪族アルデヒドの何れも用いることができる。芳香族アルデヒドは、脂肪族アルデヒドで芳香族基に置換されているものをいう。当該芳香族基としては、フェニル基、ナフチル基、フラニル基、チオフェニル基などを挙げることができる。また、当該原料アルデヒド化合物としては、疎水性が過剰に低くならない限り、上記脂肪族アルデヒドや芳香族アルデヒド化合物において、−CH2−基が−O−または−S−で置換されているものであってもよい。
【0031】
原料アルデヒド化合物の炭素数の上限は特に制限されないが、主鎖の炭素数を20以下とすることが好ましい。当該炭素数が20を超えると、塩基性アミノ酸(1)との間で形成されるシッフ塩基の疎水性が過剰に高まり、当該シッフ塩基がミセル様粒子を形成し難くなるおそれがある。
【0032】
本発明方法においては、触媒と原料アルデヒド化合物から形成されるシッフ塩基の濃度が臨界ミセル濃度以上となるように水溶媒中における触媒と原料アルデヒド化合物の濃度を調整することにより、アルドール縮合反応を促進せしめる。即ち、原料アルデヒド化合物と塩基性アミノ酸(1)は、それらによるシッフ塩基がミセル様粒子を形成できる程度に十分量用いる必要がある。
【0033】
シッフ塩基がミセル様粒子を形成できる程度の原料アルデヒド化合物の濃度は、使用する水溶媒や原料アルデヒド化合物自体にも依存するが、反応液中の濃度として0.75mol/L以上であれば、より確実にシッフ塩基によるミセル様粒子の形成が可能になる。より好ましくは1.0mol/L以上とし、さらに好ましくは1.5mol/L以上とする。
【0034】
塩基性アミノ酸(1)の使用量が多いほど、シッフ塩基の濃度も高まるため、ミセル様粒子が形成されやすく、反応効率も高まるといえる。しかし本発明者らの知見によれば、塩基性アミノ酸(1)の濃度が高過ぎると副生物が生じる場合がある。よって、塩基性アミノ酸(1)の使用量は、原料アルデヒド化合物に対する割合として、5mol%以上、50mol%以下とすることが好ましい。より好ましくは、7mol%以上、20mol%以下程度とする。
【0035】
本発明においては、塩基性アミノ酸(1)と原料アルデヒド化合物から界面活性物質様のシッフ塩基を形成させ、当該シッフ塩基を反応液中で乳化状態とし、反応を促進する。かかる乳化状態のために、水溶媒中における当該シッフ塩基の濃度を臨界ミセル濃度以上とする。当該臨界ミセル濃度は、塩基性アミノ酸(1)と原料アルデヒド化合物の種類などにより異なるので、予備実験などにより決定することが好ましい。おおよその目安としては、炭素数が6の原料アルデヒド化合物を用いた場合、5mol/L以上、10mol/L以下程度とすることができる。また、炭素数7以上の原料アルデヒド化合物を用いた場合、0.5mol/L以上、5mol/L以下程度とすることができる。
【0036】
本発明方法においては、水溶媒を用いる場合には、水溶媒中に塩基性アミノ酸(1)と原料アルデヒド化合物を添加して反応させるが、各化合物の添加の順番は特に制限されない。但し、少なくともこれらを混合した後は、シッフ塩基の形成とミセル様粒子化を促進するために、よく攪拌することが好ましい。或いは、数分程度の超音波照射後に、通常の攪拌を行うのも有効である。無溶媒で反応を行う場合には、原料アルデヒドを攪拌しつつ、塩基性アミノ酸(1)を添加すればよい。
【0037】
本発明方法における反応温度は特に制限されず、加熱してもかまわないが、常温でも効率的に反応は進行することから加熱は必要でない。
【0038】
反応時間も特に制限されず、予備実験で決定したり、或いはクロマトグラフィなどにより原料化合物が消失するまで反応を継続してもよいが、本発明方法は非常に効率的であるので、通常は1〜5時間程度で反応は終了する。
【0039】
反応終了後においては、目的物であるアルドール縮合化合物を常法により精製すればよい。例えば、本発明に係るアルドール縮合化合物は、炭素数が6以上であり脂溶性の高いアルデヒド化合物の縮合体であるので、脂溶性が高い。よって、反応終了後の反応混合液に、クロロホルム、酢酸エチル、ジエチルエーテルなど水と混和しない有機溶媒を加えて分液し、目的化合物を抽出することができる。或いは、反応液へ飽和食塩水やクエン酸水溶液などを加えて二層に分離させ、アルドール縮合化合物が含まれる有機相を分離してもよい。次いで、得られた有機相を無水硫酸ナトリウムなどにより乾燥した上で濃縮し、さらに残渣をクロマトグラフィや蒸留などの常法により精製すればよい。
【実施例】
【0040】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例により制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0041】
実施例1 水中での3−フェニルプロパナールのアルドール縮合
【0042】
【化3】

【0043】
水(2.0ml)にリジン(28.2mg,0.19mmol,0.1eq.)を溶解した。得られた水溶液に、3−フェニルプロパナール(258.8mg,1.93mmol,1.0eq.)を加えて常温で3時間撹拌した。反応終了後、ジエチルエーテルを加えて有機相を分取し、無水硫酸ナトリウムで乾燥した。溶媒を留去した後、フラッシュカラムクロマトグラフィ(溶離溶媒:酢酸エチル/ヘキサン=1/10)により精製し、アルドール縮合化合物(159.2mg,収率66%)を得た。
【0044】
実施例2 水中でのノナナールのアルドール縮合
【0045】
【化4】

【0046】
水(1.9ml)にリジン(21.2mg,0.15mmol,0.1eq.)を溶解した。得られた水溶液にn−ノナナール(206.3mg,1.45mmol,1.0eq.)を加え、常温で3時間撹拌した。反応終了後、ジエチルエーテルを加えて有機相を分取し、無水硫酸ナトリウムで乾燥させた。溶媒を留去した後、フラッシュカラムクロマトグラフィ(溶離溶媒:酢酸エチル/ヘキサン=1/30)により精製し、アルドール縮合化合物(108.0mg,収率56%)を得た。
【0047】
実施例3 水−メタノール混合溶媒中での3−フェニルプロパナールのアルドール縮合
【0048】
【化5】

【0049】
3−フェニルプロパナール(254.0mg,1.89mmol,1.0eq.)、メタノール(0.95ml)および水(0.95ml)を混合した。当該反応混合液を攪拌しながらリジン(27.7mg,0.19mmol,0.1eq.)を加え、常温で2時間攪拌した。反応終了後、エーテルを加えて有機相を分取し、無水硫酸ナトリウムで乾燥させた。溶媒を留去した後、フラッシュカラムクロマトグラフィ(溶離溶媒:酢酸エチル/ヘキサン=1/10)により精製し、アルドール縮合化合物(172.0mg,収率73%)を得た。
【0050】
実施例4 アセトニトリル−水混合溶媒中での3−フェニルプロパナールのアルドール縮合
【0051】
【化6】

【0052】
3−フェニルプロパナール(251.6mg,1.88mmol,1.0eq.)、乾燥アセトニトリル(1.9ml)および水(211μl)の混合液を攪拌しながらリジン(27.4mg,0.19mmol,0.1eq.)を加え、さらに常温で2時間攪拌した。反応終了後、酢酸エチルを加えて有機相を分取し、無水硫酸ナトリウムで乾燥させた。溶媒を留去した後、フラッシュカラムクロマトグラフィ(溶離溶媒:酢酸エチル/ヘキサン=1/10)により精製し、アルドール縮合化合物(167.5mg,収率71%)を得た。
【0053】
比較例1 水中での3−フェニルプロパナールのアルドール縮合
リジン(13.9mg,0.096mmol)に水(9.6mL)を加え、室温で攪拌した。リジンの溶解を確認してから3−フェニルプロパナール(128.8mg,0.96mmol)を加え、室温で2時間反応させた。次いで、エーテルを加えて分液し、有機相を無水硫酸ナトリウムで乾燥させた。溶媒留去後、残渣をNMRにより分析したが、アルドール縮合化合物に由来するシグナルはほとんど存在していなかった。
【0054】
反応が進行しなかった原因としては、溶媒である水に対するリジンと3−フェニルプロパナールの量が少なかったために、これら原料化合物に由来するシッフ塩基の濃度も十分でなく、反応に有効なミセル状態が形成されなかったことが考えられる。
【0055】
実施例5 水中でのアルドール縮合
触媒であるリジンまたはオルニチン(0.1mmol、反応が遅い場合には0.3mmol)を水(1.0mL)に溶解した。当該溶液を激しく攪拌しつつ、表1に示す原料アルデヒドを滴下した。滴下後、室温で2時間反応させた。なお、2時間後でも反応が十分に進行しない場合は、反応時間を延長した。反応終了後、反応液へ適量の水を加え、ジエチルエーテルで3回抽出した。抽出液を合わせた後、抽出液を水と飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムまたは無水硫酸マグネシウムで乾燥した。溶媒を留去した後、残渣をフラッシュカラムクロマトグラフィで精製した。精製物に未反応の原料アルデヒドが含まれている場合には、H−NMRで分析してアルドール縮合体の収率とE/Z比を算出した。結果を表1に示す。
【0056】
【表1】

【0057】
上記結果のとおり、本発明方法によれば、安全な水を溶媒として用いてもアルドール縮合化合物を室温で効率的に製造することができる。
【0058】
なお、上記反応においては、原料アルデヒドの添加により、反応液が懸濁状態となった。上記反応例のうち、原料アルデヒドとして3−フェニルプロパナールを用い、触媒としてオルニチンを用いた場合の反応液の写真を図1に、当該反応液の位相差顕微鏡写真を図2に示す。原料アルデヒドと触媒が反応してシッフ塩基が生じ、このシッフ塩基からなるミセル様粒子が形成され、反応液がエマルション状態となる。その結果、当該シッフ塩基と、他方の反応基質である原料アルデヒドまたは当該シッフ塩基の互変異性体であるエナミンとが、ミセル様粒子中で濃縮されることで、反応が良好に進行することになると考えられる。
【0059】
実施例6 水中での加熱下のアルドール縮合
触媒であるリジン(0.1mmol)を水(1.0mL)に溶解し、表2に示す温度まで加熱した。当該溶液を激しく攪拌しつつ、表2に示す原料アルデヒド(1.0mmol)を滴下した。滴下後、同温で2時間反応させた。反応終了後、反応液を冷却し、上記実施例5と同様に処理して、アルドール縮合体の収率とE/Z比を算出した。結果を表2に示す。
【0060】
【表2】

【0061】
表1の結果と表2の結果を比べると、多少の収率の向上が見られた。よって、本発明反応においては、加熱した方が収率は良いことが分かったが、有意に収率が向上するわけではなく、室温でも十分に反応が進行することが明らかになった。
【0062】
実施例7 超音波を用いた水中でのオクタナールのアルドール縮合
【0063】
【化7】

【0064】
触媒であるリジン(79.6mg,0.54mmol,0.1eq.)を水(5.4mL)に溶解した。当該溶液にオクタナール(850μL,697.9mg,5.44mmol)を加え、超音波ホモジェナイザー(日本精機製作所社製,US−150T)によって超音波を1分間照射した。その後、室温下で反応液をマグネティックスターラーで攪拌し、2時間反応を続けた。反応終了後、反応液に水を加え、エーテルで3回抽出した。抽出液を無水硫酸ナトリウムで乾燥させた。溶媒を留去した後、フラッシュカラムクロマトグラフィ(溶離溶媒:酢酸エチル/ヘキサン=1/30)により精製し、アルドール縮合化合物(E/Z=97/3,収量:492.7mg,収率:76%)を得た。
【0065】
上記の結果では、上記実施例5で超音波を用いずに反応させた場合に比べて、E体の選択率と収量が高くなった。この結果は、超音波の照射によりミセル様粒子の形成が促進され、反応場として好適な高濃度のエマルションが生成した結果であると考えられる。
【0066】
実施例8 反応条件の検討
好適な反応条件を検討するために、触媒であるリジン(0.1mmol)を水(1.0mL)に溶解し、当該溶液を激しく攪拌しつつ、表3のとおり、炭素数の異なる原料アルデヒドを様々な濃度で加えた。添加後、室温で2時間反応させた。反応終了後、上記実施例5と同様に処理して、アルドール縮合体の収率を算出した。但し、炭素数の少ないアルデヒドを用いた場合、蒸留によりアルドール縮合化合物を単離した例もある。結果を表3に示す。
【0067】
【表3】

【0068】
上記結果のとおり、押し並べていえば、原料アルデヒドの炭素数が多く、また、その濃度が高いほど、反応収率は良いといえる。
【0069】
より詳しくは、炭素数が8以上のアルデヒドでは、濃度0.5mol/Lと1.0mol/Lとの間で収率が大きく変わった。また、炭素数が6のアルデヒドでは、濃度1.0mol/Lと2.0mol/Lとの間で収率が大きく変わった。同一濃度の場合でいえば、濃度1.0mol/Lにおいては、炭素数6と炭素数7のアルデヒド間で収率が大きく変わった。
【0070】
このように、収率の高さは、原料アルデヒドの炭素数の多さと濃度、即ちミセル様粒子の形成され易さに依存するという結果が得られた。実際、収率が高い場合の反応液は速やかに乳化状態になる一方で、収率が低い場合の反応液は、希薄な懸濁状態であった。よって、本発明方法においては、原料アルデヒドの炭素数に応じて、触媒との間で形成されるシッフ塩基の濃度が臨界ミセル濃度以上になるように原料アルデヒドと触媒の濃度を調整する必要がある。
【0071】
実施例9 無溶媒でのアルドール縮合
表4の原料アルデヒド(1.0mmol)を反応器に入れ、室温で攪拌しつつリジン(0.1mmol)を加え、2時間反応させた。その後、上記実施例5と同様に処理し、アルドール縮合体の収率とE/Z比を算出した。結果を表4に示す。
【0072】
【表4】

【0073】
上記結果のとおり、リジンを触媒として用いれば、無溶媒状態でも反応は良好に進行することが明らかとなった。
【0074】
なお、上記反応においては、リジンを添加して反応が進行するにつれ、反応液は乳化状態となった。上記反応例のうち、原料アルデヒドとしてオクタナールを用いた場合の反応液の位相差顕微鏡写真を図3に示す。
【0075】
図3のとおり、無溶媒の場合でも、ミセル様粒子が形成されて反応が進行していることが分かる。これは、原料アルデヒドとリジンとが反応してシッフ塩基を形成する際に水が放出され、生じた水中にシッフ塩基からなるミセル様粒子が分散することによると考えられる。溶媒を用いない場合の水の量は限られており、ミセル様粒子濃度が非常に高い状態にあるため、炭素数が6のヘキサナールを用いた場合でも、水溶媒を用いて原料アルデヒド濃度を8mol/Lと高濃度にした場合の収率(実施例8の表3を参照。63%)と同等の収率(64%)が得られている。この事実は、水溶媒系と無溶媒系で同じエマルション環境が反応場となっていることを支持している。
【0076】
実施例10 リジン塩酸塩を触媒として用いるアルドール縮合
【0077】
【化8】

【0078】
水(1.8mL)にリジン塩酸塩(33.0mg,0.18mmol,0.1eq.)と炭酸カリウム(25.0mg,0.18mmol,0.1eq.)を溶解させた。得られた水溶液に、3−フェニルプロパナール(242.4mg,238μL,1.81mmol)を加えて常温で2時間撹拌した。反応終了後、酢酸エチルを加えて有機相を分取し、無水硫酸ナトリウムで乾燥した。溶媒を留去した後、フラッシュカラムクロマトグラフィ(溶離溶媒:酢酸エチル/ヘキサン=1/10)により精製し、アルドール縮合化合物(160.2mg,収率71%)を得た。
【0079】
実施例11 S−ホモリジンを触媒として用いるアルドール縮合
【0080】
【化9】

【0081】
水(1.1ml)にS−ホモリジン(20.3mg,0.11mmol,0.1eq.)を溶解させた。得られた水溶液に、3−フェニルプロパナール(148.8mg,1.10mmol)を加えて常温で2時間撹拌した。反応終了後、酢酸エチルを加えて有機相を分取し、無水硫酸ナトリウムで乾燥した。溶媒を留去した後、フラッシュカラムクロマトグラフィ(溶離溶媒:酢酸エチル/ヘキサン=1/10)により精製し、アルドール縮合化合物(96.3mg,収率69%)を得た。
【0082】
実施例12 抽出溶媒を使わない後処理法による水中でのアルドール縮合
【0083】
【化10】

【0084】
水(1.63mL)にリジン(23.8mg,0.16mmol,0.1eq.)を加えて室温で攪拌し、リジンが溶解したのを確認してからオクタナール(253μL,207.6mg,1.60mmol,1.0eq.)を加えて2時間反応させた。反応系に5%酒石酸水溶液(3mL)を加えて有機相と水相を分離させ、有機相を取り出した。有機相を無水硫酸ナトリウムで乾燥した後、減圧濃縮した。得られた残渣をフラッシュカラムクロマトグラフィ(ヘキサン/酢酸エチル=40/1)で精製し、H−NMRのアルデヒドピーク比から収率を算出した。収率は60%(115.7mg,0.49mmol)、E/Zは87/13であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルドール縮合化合物を製造するための方法であって、
触媒の存在下、無溶媒または水溶媒中で原料アルデヒド化合物を縮合させる工程を含み;
触媒として下記式(1)で表される塩基性アミノ酸またはその塩を用い
【化1】

[式中、Xは、メチレン、エチレン、トリメチレン、テトラメチレン、またはこれら基における何れかの−CH2−基が−O−もしくは−S−で置換されている基を示す];
炭素数が6以上の原料アルデヒド化合物を用い;且つ
触媒と原料アルデヒド化合物から形成されるシッフ塩基の濃度が臨界ミセル濃度以上となるように、反応液中における触媒と原料アルデヒド化合物の濃度を調整する;
ことを特徴とする製造方法。
【請求項2】
反応液中における原料アルデヒド化合物の濃度を、0.75mol/L以上とする請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
原料アルデヒド化合物に対する触媒の割合を、5mol%以上、50mol%以下とする請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
触媒として、リジンまたはオルニチンを用いる請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2010−65020(P2010−65020A)
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−31734(P2009−31734)
【出願日】平成21年2月13日(2009.2.13)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年3月12日 社団法人日本化学会発行の「日本化学会第88春季年会(2008)講演予稿集II」に発表
【出願人】(504147254)国立大学法人愛媛大学 (214)
【Fターム(参考)】