説明

アンテナ装置

【課題】素子アンテナの数よりも多い評価点に対して所望の指向性合成を実現するアンテナ装置を得る。
【解決手段】N個(Nは2以上の整数)の素子アンテナ1により受信した信号のそれぞれの振幅および位相を調整して合成する機能を有するアンテナ装置において、M個(MはNより大きい整数)の空間的な評価点の観測方向、および観測方向ごとの所望電力の設定に基づいて、それぞれの観測方向における素子アンテナの合成電力と所望電力との差の自乗に関して、すべての観測方向の総和を取ったものを評価関数値とし、評価関数値が最小となるように振幅および位相を調整する振幅位相計算手段17を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数の素子アンテナを配列したアレーアンテナにおいて、所望の方向に必要なだけの電波の放射レベルを持つように、複数の素子アンテナの振幅および位相を調整するアンテナ装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電波環境が厳しくなっている現在の通信事情において、信号を送信したい領域、または受信したい信号の到来する領域における電波の放射レベルあるいは受信レベルを上げる一方で、干渉を避けたい領域、または干渉信号の到来する領域における電波の放射レベルあるいは受信レベルを下げるアンテナ装置が要求されている。
【0003】
このようなアンテナ装置の一例として、電波伝搬環境の変化を検出して、各素子アンテナに与えるウェイトを調整するアンテナ装置が従来技術として知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
このアンテナ装置は、受信手段の受信レベルの変動を受信レベル検出/監視部で検出し、平均的な受信レベルが受信スレッショルドレベルよりも低下すると、マイクロプロセッサが電波伝搬環境の変化を判断して、所望波の信号レベルを高くして不要波の到来方向の純真レベルを低下させるように、各素子アンテナに与えるウェイトを決定して、電波環境の変化に応じた指向性合成を実現しようとしている。
【0005】
従来技術における適応処理アルゴリズムとしては、MSN(Maximum Signal to Noise ratio)法やCMA(Constant Modulus Algorithm)法などが示されている。
【0006】
また、各素子アンテナの信号に遅延線路を設け、それぞれに振幅調整器、位相調整器を有した構造のアンテナ装置に関する文献もある(例えば、非特許文献1参照)。
【0007】
【特許文献1】特開2000−332666号公報(第1頁、図1)
【非特許文献1】科学技術出版 アレーアンテナによる適応信号処理(20頁、図2.6)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、従来技術には次のような課題がある。これらの手法は、いずれも素子アンテナの数と同じ個数の評価点のみの指向性を決定するアルゴリズムであり、素子アンテナの数を超えた数の評価点に対応する場合には、その精度、特性を保証するものではなかった。近年の厳しさを増す電波環境では、その評価点の数は増大し、また、コスト的な観点から素子アンテナの数の増大は、抑えるほうが望ましい。また、伝送信号量が増えるに従い、信号の周波数帯域も広がっていくが、従来のアンテナ装置は、このような帯域の広がりに対応する機能を有していなかった。
【0009】
また、非特許文献1におけるアンテナ装置は、周波数帯域の広がりに応じてハードウェアの規模が多大となり、実用上の障害となっていた。
【0010】
本発明は上述のような課題を解決するためになされたもので、素子アンテナの数よりも多い評価点に対して所望の指向性合成を実現するアンテナ装置を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係るアンテナ装置は、N個(Nは2以上の整数)の素子アンテナにより受信した信号のそれぞれの振幅および位相を調整して合成する機能を有するアンテナ装置において、M個(MはNより大きい整数)の空間的な評価点の観測方向、および観測方向ごとの所望電力の設定に基づいて、それぞれの観測方向における素子アンテナの合成電力と所望電力との差の自乗に関して、すべての観測方向の総和を取ったものを評価関数値とし、評価関数値が最小となるように振幅および位相を調整する振幅位相計算手段を備えたものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、観測方向、および観測方向ごとの所望電力の設定に基づいて、それぞれの観測方向における素子アンテナの合成電力と所望電力との差の自乗に関して、すべての観測方向の総和を取ったものを評価関数値とし、評価関数値が最小となるように振幅および位相を調整することにより、素子アンテナの数よりも多い評価点に対して所望の指向性合成を実現するアンテナ装置を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の好適な実施の形態につき図面を用いて説明する。
【0014】
実施の形態1.
図1は、本発明の実施の形態1におけるアンテナ装置の構成図である。複数の素子アンテナ1のそれぞれで受信された信号は、低雑音増幅器(LNA)2で増幅され、次に、ダウンコンバータ(DC)3で周波数が落とされる。さらに、A/D変換器4により、信号処理ができるサンプリング周波数でベースバンド信号に変換される。この変換されたベースバンド信号のそれぞれは、ディジタル信号処理手段10で処理される。
【0015】
ここで、複数のベースバンド信号の処理を行うディジタル信号処理手段10は、振幅調整器11、位相調整器12、合成器13、信号復調器14、指向性制御方向入力手段15、所望電力入力手段16、および振幅位相計算手段17で構成される。
【0016】
振幅調整器11は、各素子アンテナ1で受信された信号に基づくベースバンド信号の振幅を調整する。さらに、位相調整器12は、ベースバンド信号の位相を調整する。その後、合成器13は、振幅および位相が調整されたそれぞれのベースバンド信号を合成する。さらに、信号復調器14は、システムに応じた復調方式で、合成した信号を復調する。
【0017】
ここで、振幅調整器11および位相調整器12は、振幅位相計算手段17により決定された振幅および位相に基づいて制御されることとなり、具体的には、次のように動作する。まず、指向性制御方向入力手段15により、複数の空間的な評価点の観測方向が、必要な方向の情報として入力される。ここでは、さらに、利得を保持するエリア干渉を防ぐ意味から、指向性を低くするエリアの分別情報も合わせて入力される。
【0018】
なお、この実施の形態1では、これら方向に関する情報を、指向性制御方向入力手段15を介して入力する入力形態を例に挙げているが、種々のアダプティブアルゴリズムによって、これらの情報が自動的に決定されるシステムを適用することも可能である。
【0019】
次に、先に指向性制御方向入力手段15で入力された方向に対応する各エリアに必要な電力の所望値が、所望電力入力手段16により入力される。さらに、指向性制御方向入力手段15および所望電力入力手段16によるそれぞれの入力情報に基づいて、振幅位相計算手段17は、次のようにしてそれぞれのベースバンド信号の振幅および位相を決定する。
【0020】
アダプティブアレーアルゴリズムとしては、CMA(Constant Modulus Algorithm)が従来から知られている。CMAは、最近の移動通信で用いられているPSK(Phase Shift Keying)系の変調信号が、基本的に定包絡線性を持っていることを利用して、基準信号を用いずにアダプティブアレーを実現するものである。
【0021】
ここで、定包絡線性を持つ変調信号に干渉信号が加わると、その定包絡線性が大きく崩れることになる。CMAでは、アンテナのウェイトを制御して信号の包絡線を元の一定値に戻すことにより、干渉信号の除去を行うものである。CMAでは、下式(1)の評価関数Jを用いる。
【0022】
【数1】

【0023】
ここで,yはアレー合成信号,σは所望の包絡線値である。また、E[]は、統計期待値を表す。式(1)は、電力の差のさらに2乗を評価する形になっており、これを最小にするウェイト(振幅、位相を複素数で表現したもの)は、下式(2)のような更新式で与えられる。
【0024】
【数2】

【0025】
上式(2)において、W(k)、X(k)、y(k)は、それぞれ、時刻kにおけるウェイトベクトル、入力信号ベクトル、アレー出力を示す。また、上付き添字*は、複素共役を表す。さらに、μは、ステップサイズを表す。
【0026】
CMAは、変調された信号の包絡線、すなわち、受信電力の時系列のデータを一定にするように評価関数を定めたものである。ここで、評価関数を時系列から空間に変換して示すことを考える。具体的には、式(1)の期待値は、時系列データに関してとられていたが、これを空間ごとの評価に移し、一定にしていた包絡線値σを観測方向mごとの所望の値、すなわち所望のアレー電力利得P0mにすることで電力指向性合成が実現できる。これを評価関数で表すと下式(3)(4)の表現となる。
【0027】
【数3】

【0028】
上式(4)において、Mは、指向性制御方向入力手段15で設定されたM通りの観測方向に相当し、P0mは、所望電力入力手段16で設定された観測方向m(m=1〜Mの整数)におけるそれぞれの電力の所望値であり、Xは、観測方向mの素子電界ベクトルである。ここで、N個の素子アンテナの中のn番目(n=1〜Nの整数)の素子アンテナにおける観測方向mの振幅をEmn、位相をφmnとすると、素子電界ベクトルXは、下式(5)で表される。
【0029】
【数4】

【0030】
この素子電界ベクトルXは、N個の素子アンテナの配置からあらかじめ求めることができる。また、上式(4)において、Wは、ウェイトベクトルであり、N個の素子アンテナのそれぞれの励振振幅をa、励振位相をφとすれば、下式(6)で表される。
【0031】
【数5】

【0032】
ここで、Tは、転置を表す。この式(6)は、次の更新式(7)によって最適化される。
【0033】
【数6】

【0034】
式(7)にしたがってN個の要素からなるウェイトベクトルWの更新を行なうことにより、結果的に式(3)の評価関数を最小化でき、M通りの観測方向mにおけるそれぞれのアレー合成電力をP0mに近づけるように、N個の素子アンテナからのベースバンド信号に対する振幅と位相を求めることができる。
【0035】
すなわち、定包絡線アルゴリズムを空間領域に変換した原理に従う更新式(7)を用いてウェイトベクトルWを算出することにより、観測方向mにより規定される複数の空間的な評価点において、複数の素子アンテナ1の観測方向mにおけるそれぞれの電力の合成電力値と、所望の電力値との差の自乗和を最小にするように、各素子アンテナ1からのベースバンド信号に対する振幅と位相を求めることができ、素子アンテナの数よりも多い評価点に対して所望の指向性合成を実現できる。
【0036】
次に、一連の処理について説明する。図2は、本発明の実施の形態1におけるアレー信号合成処理のフローチャートである。ステップS201において、M通りの観測方向mが、方向データ入力として指向性制御方向入力手段15により設定される。次に、ステップS202において、それぞれの観測方向mに対する所望の電力値P0mが、所望電力入力手段16により設定される。
【0037】
次に、ステップS203において、振幅位相計算手段17は、観測方向mに基づいて算出された素子電界ベクトルXに基づいて、式(7)を逐次更新処理することにより、それぞれの観測方向mに対する電力値が所望の電力値P0mに近づく最適なウェイトベクトルWを算出する。次に、ステップS204において、振幅位相計算手段17は、最適なウェイトベクトルWから各ベースバンド信号に対応する振幅および位相を求め、N個の素子アンテナ1に対応するそれぞれの振幅調整器11の振幅および位相調整器12の位相を設定する。
【0038】
そして、最終的に、ステップS205において、合成器13は、振幅および位相が調整されたそれぞれのベースバンド信号を合成処理することにより、素子アンテナの数よりも多い評価点に対して所望の指向性合成を実現できる。
【0039】
実施の形態1によれば、素子アンテナの数よりも多い評価点に対して、各評価点の電力値が所望値に近づくように、各素子アンテナからの信号に対する振幅および位相を最適に設定でき、所望の指向性合成を実現できる。
【0040】
実施の形態2.
図3は、本発明の実施の形態2におけるアンテナ装置の構成図である。この実施の形態2は、広帯域な周波数に適応するアンテナ装置において、複数の周波数成分ごとに所望の電力値を設定して、所望の指向性合成を実現するものである。この実施の形態2におけるアンテナ装置は、実施の形態1のアンテナ装置と比較すると、指向性制御方向入力手段15と所望電力入力手段16との間に、周波数ポイント入力手段18をさらに備えている点が異なる。
【0041】
本実施の形態2では、実施の形態1で示した式(4)の中の観測方向mの素子電界ベクトルXを、必要な複数の周波数成分に対応して用意する。そして、周波数成分に関する添え字をi(i=1〜Iの整数)とした場合、実施の形態2における振幅位相計算手段17は、このI通りの周波数ポイントである周波数成分ごとに式(3)〜(7)における最適化を演算することとなる。
【0042】
式(3)(4)に対応して、複数の周波数成分を含む評価関数は、下式(8)(9)の表現となる。
【0043】
【数7】

【0044】
ここで、Ximは、観測方向mの周波数成分iに対応する素子電界ベクトルである。そこで、N個の素子アンテナの中のn番目の素子アンテナにおける観測方向mの周波数成分iに対応する振幅をEimn、位相をφimnとすると、素子電界ベクトルXimは、下式(10)で表される。
【0045】
【数8】

【0046】
この素子電界ベクトルXimは、N個の素子アンテナの配置、観測方向mおよび対象とする周波数成分iの指定値からあらかじめ求めることができる。ウェイトベクトルWは、実施の形態1における式(6)と同じであり、次の更新式(11)によって最適化される。
【0047】
【数9】

【0048】
式(11)にしたがってN個の要素からなるウェイトベクトルWの更新を行なうことにより、式(8)の評価関数を最小化でき、I通りの周波数成分iごとのM通りの観測方向mにおけるそれぞれのアレー合成電力をP0imに近づけるように、N個の素子アンテナからのベースバンド信号に対する振幅と位相を求めることができる。
【0049】
すなわち、定包絡線アルゴリズムを空間領域に変換した原理に従う更新式(11)を用いてウェイトベクトルWを算出することにより、観測方向mおよび周波数成分iにより規定される複数の空間的な評価点において、複数の素子アンテナ1の観測方向mの各周波数成分iにおけるそれぞれの電力の合成電力値と、所望の電力値との差の自乗和を最小にするように、各素子アンテナからのベースバンド信号に対する振幅と位相を求めることができ、素子アンテナの数よりも多い評価点に対して複数の周波数成分を加味した所望の指向性合成を実現できる。
【0050】
次に、一連の処理について説明する。図4は、本発明の実施の形態2におけるアレー信号合成処理のフローチャートである。ステップS401において、M通りの観測方向mが、方向データ入力として指向性制御方向入力手段15により設定される。次に、ステップS402において、I通りの周波数ポイントの周波数成分が、広帯域な周波数の中から選択され、周波数データ入力として周波数ポイント入力手段18により設定される。
【0051】
次に、ステップS403において、それぞれの観測方向mにおけるそれぞれの周波数成分iに対する所望の電力値P0imが、所望電力入力手段16により設定される。
【0052】
次に、ステップS404において、振幅位相計算手段17は、素子電界ベクトルXimを算出し、式(11)を逐次更新処理することにより、それぞれの観測方向mにおけるそれぞれの周波数成分iに対する電力値が所望の電力値P0imに近づく最適なウェイトベクトルWを算出する。次に、ステップS405において、振幅位相計算手段17は、最適なウェイトベクトルWから各ベースバンド信号に対応する振幅および位相を求め、N個の素子アンテナ1に対応するそれぞれの振幅調整器11の振幅および位相調整器12の位相を設定する。
【0053】
そして、最終的に、ステップS406において、合成器13は、振幅および位相が調整されたそれぞれのベースバンド信号を合成処理することにより、素子アンテナの数よりも多い評価点に対して所望の指向性合成を実現できる。
【0054】
実施の形態2によれば、素子アンテナの数よりも多い評価点に対して、各評価点の周波数成分ごとの電力値が所望値に近づくように、各素子アンテナからの信号に対する振幅および位相を最適に設定でき、所望の指向性合成を実現できる。
【0055】
なお、上記の実施の形態においては、観測方向m、周波数成分iの入力情報に基づいて素子電界ベクトルXあるいはXimを算出する場合を説明したが、素子電界ベクトルの値を直接入力した場合にも同様の効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明の実施の形態1におけるアンテナ装置の構成図である。
【図2】本発明の実施の形態1におけるアレー信号合成処理のフローチャートである。
【図3】本発明の実施の形態2におけるアンテナ装置の構成図である。
【図4】本発明の実施の形態2におけるアレー信号合成処理のフローチャートである。
【符号の説明】
【0057】
1 素子アンテナ、2 低雑音増幅器、3 ダウンコンバータ、4 A/D変換器、10 ディジタル信号処理手段、11 振幅調整器、12 位相調整器、13 合成器、14 信号復調器、15 指向性制御方向入力手段、16 所望電力入力手段、17 振幅位相計算手段、18 周波数ポイント入力手段。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
N個(Nは2以上の整数)の素子アンテナにより受信した信号のそれぞれの振幅および位相を調整して合成する機能を有するアンテナ装置において、
M個(MはNより大きい整数)の空間的な評価点の観測方向、および前記観測方向ごとの所望電力の設定に基づいて、それぞれの前記観測方向における前記素子アンテナの合成電力と前記所望電力との差の自乗に関して、すべての観測方向の総和を取ったものを評価関数値とし、前記評価関数値が最小となるように前記振幅および前記位相を調整する振幅位相計算手段を備えたことを特徴とするアンテナ装置。
【請求項2】
請求項1に記載のアンテナ装置において、
前記振幅位相計算手段は、前記素子アンテナの合成電力を、前記N個の素子アンテナの配置に基づく前記観測方向の素子電界ベクトルから算出することを特徴とするアンテナ装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載のアンテナ装置において、
前記振幅位相計算手段は、前記観測方向、および前記観測方向ごとの複数の周波数ポイントに対する所望電力の設定に基づいて、それぞれの前記観測方向および前記周波数ポイントにおける前記素子アンテナの合成電力と前記所望電力との差の自乗に関して、すべての観測方向およびすべての周波数ポイントの総和を取ったものを評価関数値とし、前記評価関数値が最小となるように前記振幅および前記位相を調整することを特徴とするアンテナ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−253809(P2006−253809A)
【公開日】平成18年9月21日(2006.9.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−64113(P2005−64113)
【出願日】平成17年3月8日(2005.3.8)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】