説明

イオン解離性機能分子の製造方法

【課題】 高いイオン伝導性を有し、燃料電池などの電気化学装置に求められる動作条件の下で化学的にも熱的にも安定であり、燃料電池のプロトン伝導体等の材料として好適なイオン解離性機能分子を、従来よりも容易に、能率よく、安価に、そして、安全に製造できる製造方法を提供すること。
【解決手段】 第1工程で、フラーレンと、イオン解離性基の前駆体基とハロゲン原子とがスペーサー基と結合している原料分子とを反応させることによって、スペーサー基を介して前駆体基がフラーレン核に結合している第1反応生成物を合成する。図1は、フラーレンがC60 、前駆体基が−SO2F、イオン解離性基が−SO3H、前記スペーサー基が−CF2-CF2-O-CF2-CF2−、そしてハロゲン原子がヨウ素原子Iである場合を示す。この際、反応温度と同程度以上の沸点を有する溶媒、例えばトリクロロベンゼンを用いて、常圧下、或いはわずかな加圧状態で反応を行わせる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池のプロトン伝導体などの材料として好適なイオン解離性機能分子の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
固体高分子電解質型燃料電池等に最も広く使用されているプロトン伝導体の1つはNafion(商品名;DoPont社製パーフルオロスルホン酸樹脂)であり、これは、その構造が下記の化学式11で表される、パーフルオロ化されたスルホン酸系高分子樹脂である。
【0003】
化学式11:
【化1】

【0004】
Nafionの分子構造は、本質的に特性が異なる2つのサブ構造体、即ち、(1)疎水性の分子骨格をなす、パーフルオロ化された1本鎖の主鎖と、(2)親水性のスルホン酸基を含み、プロトン供与サイトとして機能する、パーフルオロ化された側鎖とからなる。この構造は、不飽和結合を含まず、パーフルオロ化された構造であるため、熱的にも化学的にも安定であるが、乾燥雰囲気下や高温下では、樹脂内部に吸蔵した、プロトン伝導性発現に必要な水を失い、プロトン伝導度が低下しやすい。
【0005】
一方、本出願人の一人は、既に後述の特許文献1において、図7(A)および(B)に例示する、フラーレン等のカーボンクラスターに硫酸水素エステル基(-OSO3H)又はスルホン酸基(-SO3H)のようなプロトン解離性の基を導入したカーボンクラスター誘導体を主成分とする材料が、固体構造内でプロトンを伝導できることを示した。また、後述の特許文献2において、プロトン伝導性を有するフラーレン誘導体として、図7(C)および(D)に示す化合物を例示した。プロトン解離性の基は、(A)や(B)のようにフラーレン核に直接結合させることも、或いは(C)や(D)のように種々のスペーサー基を介して間接的にフラーレン核に結合させることもできる。これらの化合物は、固体構造内に含まれる水の量を最適化することにより、10-2S/cmを超えるプロトン伝導率を発現する。
【0006】
このように、本出願人の一人は、フラーレンなどのカーボンクラスターへ官能基を導入することにより、プロトンなどのイオンを伝導させる材料とすることができることを見出したが、例えば、上記材料中の有するプロトン伝導機能を燃料電池等の電気化学装置へ応用する際、その電気化学装置で求められる条件の下で、上記材料が化学的にも熱的にも安定であることが求められる。
【0007】
このような要求に応え得るように、本出願人の一人は、特許文献2において、化学的および熱的安定性にも優れたプロトン伝導性フラーレン誘導体を報告した。図8に例示するプロトン解離性機能分子は、少なくとも一部分がフッ素化されたアルキレン基などからなるスペーサー基を介して、プロトン解離性の基がフラーレン核に結合しているため、優れた化学的安定性や耐熱性を有する材料である。
【0008】
なお、上記の「プロトン解離性の基」とは、その基から水素原子がプロトン(H+)として電離し、離脱し得る官能基を意味する。この定義は、本発明においても同様とする。また、本発明において、金属イオン等をイオンとして離脱し得る官能基を、「イオン解離性の基」と呼ぶことにする。また、「官能基」には、結合手が1つのみの原子団のみならず、結合手を2つ以上有する原子団をも含む。「官能基」は分子端に結合していてもよく、また、分子鎖中に存在していてもよい。
【0009】
【特許文献1】WO 01/06519(第6−11頁、図1及び2)
【特許文献2】特開2003−303513(第7−10頁、図1及び4)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
図9は、特許文献2に示されている、上記プロトン解離性機能分子の合成フロー図である。この方法では、まず、第1工程で、フラーレン分子と、プロトン解離性基の前駆体基とハロゲン原子とが上記スペーサー基と結合している原料分子とを反応させることによって、スペーサー基を介して前駆体基がフラーレン核に結合している第1反応生成物を合成する。
【0011】
図9には、フラーレン分子がC60であり、原料分子がI−CF2-CF2-O-CF2-CF2−SO2Fである例を示した。この原料分子において、スルホニルフルオリド基−SO2Fがプロトン解離性基−SO3Hの前駆体基であり、フッ素化アルキレンエーテル鎖−CF2-CF2-O-CF2-CF2−がスペーサー基であり、ヨウ素原子Iがハロゲン原子である。
【0012】
続いて、第2工程で、第1反応生成物中の前駆体基−SO2Fを水酸化ナトリウム水溶液を用いて加水分解し、スルホン酸基のナトリウム塩−SO3Naに変換する。次に、第3工程で、第2反応生成物中の−SO3Naのナトリウムイオンを水素イオンで置換して、図8(A)に示した、スペーサー基−CF2-CF2-O-CF2-CF2−を介して、スルホン酸基−SO3Hがフラーレン核C60に結合しているプロトン解離性機能分子を得る。
【0013】
特許文献2では、第1工程の反応溶媒として、フラーレンを溶解させることのできる溶媒である二硫化炭素と、原料分子および第1反応生成物であるフッ素系フラーレン誘導体を溶解させることのできる溶媒であるヘキサフルオロベンゼンとの混合溶媒を用いている。この混合溶媒を用いることにより、原料系と生成物系のどちらの溶解性をも高く保ち、反応の初期から終期に至るまで沈殿生成などの相分離を起こさず、均一な液相反応系を維持する。この結果として、多数のプロトン解離性の基をフラーレンに導入することができ、高いプロトン伝導度を有するプロトン解離性機能分子を合成することができると考えられる。
【0014】
ところで、第1工程の反応は、原料分子であるハロゲン化合物を熱分解し、生じたハロゲンラジカルをフラーレンと反応させることによって開始させる。上記のように、原料ハロゲン化合物として、フッ素化された炭素鎖にハロゲン原子が結合した化合物を用いる場合、原料ハロゲン化合物を熱分解してハロゲンラジカルを脱離させるには、ハロゲンがヨウ素であって分解温度が最も低い場合でも、200℃前後の温度に加熱することが必要である。また、ハロゲンがヨウ素以外である場合には、更に高い温度に加熱することが必要になる。
【0015】
しかしながら、上記混合溶媒に用いられている溶媒の沸点は、二硫化炭素で46.3℃、ヘキサフルオロベンゼンで80.3℃と低いため、溶媒の沸点を超えた200℃前後の反応温度において液体状態に保ち、熱分解反応の進行に必要な熱エネルギーを供給するためには、反応容器としてオートクレーブなどの耐圧容器を用い、高圧下で反応を行わせることが必要になる。
【0016】
オートクレーブなどを用いる高圧下での反応は、高い圧力にも耐え得る反応装置と、安全性を確保するための安全設備が必要になり、大掛かりな設備投資が必要となるため、工業的にはコスト面でのデメリットが大きい。また、常圧下の反応に比べ、制御が難しく、作業能率も低くなる。また、第1工程の反応系においては、ヨウ素ラジカルなどの活性化学種の発生をともなうため、オートクレーブなどの耐圧容器に用いる材料には、高い化学的耐性(耐食性)などが要求される。200℃の高温下でヨウ素ラジカルなどによる腐食に耐えるためには、ハステロイなどの高価な材料を用いる必要がある。更に、経時劣化の進行を考えると、定期的にメンテナンスを行う必要があり、メンテナンスのためにも相当のコストがかかることが予想される。
【0017】
本発明の目的は、上記のような実情に鑑み、高いイオン伝導性を有し、燃料電池などの電気化学装置に求められる動作条件の下で化学的にも熱的にも安定であり、燃料電池のプロトン伝導体等の材料として好適なイオン解離性機能分子を、従来よりも容易に、能率よく、安価に、そして、安全に製造できる製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
即ち、本発明は、フラーレン分子に、少なくとも一部分がフッ素化されたスペーサー基を介してイオン解離性基が結合してなるイオン解離性機能分子の製造方法において、
150℃以上の沸点を有する溶媒中で、前記フラーレン分子と、前記イオン解離性基 の前駆体基とハロゲン原子とが前記スペーサー基と結合している原料分子とを反応させ ることによって、前記スペーサー基を介して前記フラーレン分子に前記前駆体基が結合 した反応生成物を合成する工程を有する
ことを特徴とする、第1のイオン解離性機能分子の製造方法に係わり、また、
常圧下で、前記フラーレン分子と、前記イオン解離性基の前駆体基とハロゲン原子と が前記スペーサー基と結合している原料分子とを反応させることによって、前記スペー サー基を介して前記フラーレン分子に前記前駆体基が結合した反応生成物を合成する工 程を有する
ことを特徴とする、第2のイオン解離性機能分子の製造方法に係わるものである。
【発明の効果】
【0019】
前述したように、特許文献2では、前記合成工程における前記反応の溶媒を選択するに際し、フラーレンや、フッ素系の前記原料分子を溶解させる性能の高い溶媒であることを重視し、さらに、反応中に系内に発生するラジカルなどの反応活性種と副次的な反応を起こさない化学的安定性を有する溶媒であることが必要であると考え、二硫化炭素とヘキサフルオロベンゼンとの混合溶媒を選択していた。これらの溶媒の沸点は100℃以下で比較的低く、液体状態のまま、ラジカルを発生させる熱分解反応に必要な160℃以上、通常200℃前後の温度に昇温するためには、オートクレーブなどの高圧に耐える反応容器が必要であった。
【0020】
しかし、本発明者が鋭意検討した結果、トリクロロベンゼンなどの溶媒は、フラーレン類を溶解させる能力が高いだけではなく、前記原料分子であるハロゲン化合物を溶解させる能力も二硫化炭素などに比べて高く、トリクロロベンゼンなどを溶媒として用いると、前記原料分子を溶解させるために従来用いていたヘキサフルオロベンゼンなどのフッ素系溶媒が不要であることが判明した。
【0021】
トリクロロベンゼンなどの溶媒の沸点は150℃以上である。従って、これらの溶媒を用いて160℃以上、通常200℃前後の温度で前記反応を行わせても、沸点以下、或いは沸点より10℃〜数十℃程度高い温度範囲内で反応させることができ、常圧下、或いはわずかな加圧状態下で前記反応を行わせることができる。但し、このわずかな加圧状態とは、常圧下の設備と大差ない設備を用いて前記反応を遂行でき、常圧下と実質的に変わりない作業能率を確保でき、常圧下と同程度の製造コストを実現できる加圧状態を言い、具体的には、常圧に比べて0〜10atm、望ましくは0〜2atm、更に望ましくは0〜1atmの範囲内に加圧した状態を言うものとする。
【0022】
また、前記反応生成物の溶解性に関しても、後に実施例1において説明するように、前記反応生成物に導入された前記前駆体基の数が、二硫化炭素とヘキサフルオロベンゼンとの混合溶媒を用いた場合に比べて遜色がないことが実験的に確かめられたことから、少なくとも反応中の高温状態にあるときには、ほとんど問題がないことが実証された。さらに、当初懸念された、トリクロロベンゼンなどの中に存在する塩素と、反応中に発生するラジカルとの副次的反応についても、まったく観測されないことが判明した。
【0023】
以上のことから、トリクロロベンゼンなどが前記反応の溶媒として有効であることが確認され、イオン解離性機能分子を合成する本発明の完成に至った。
【0024】
即ち、フラーレン分子に、少なくとも一部分がフッ素化されたスペーサー基を介してイオン解離性基が結合してなるイオン解離性機能分子を製造する、本発明の第1のイオン解離性機能分子の製造方法によれば、前記フラーレン分子と、前記イオン解離性基の前駆体基とハロゲン原子とが前記スペーサー基と結合している原料分子とを反応させることによって、前記スペーサー基を介して前記フラーレン分子に前記前駆体基が結合した反応生成物を合成する工程を、150℃以上の沸点を有する溶媒中で行うので、常圧下、或いはわずかな加圧状態下で行うことができる。このため、オートクレーブなどの高耐圧性の反応容器を用いる必要がなく、ガラス容器など、耐圧性はさほど高くはないものの、耐食性に優れた材料で構成された反応容器を用いることができる。このため、製造設備やそのメンテナンスに要する設備コストを大幅に低下させることができる。また、高圧下での工程に比べて、作業能率や生産性も向上することから、ランニングコストも低下させることができる。
【0025】
また、本発明の第2のイオン解離性機能分子の製造方法によれば、前記合成工程を常圧下で行うので、本発明の第1のイオン解離性機能分子の製造方法と同様、設備コストを大幅に低下させることができ、作業能率や生産性も向上することから、ランニングコストも低下させることができる。
【0026】
いずれの方法も、常圧下、或いはわずかな加圧状態下で行う反応であるため、前記合成工程の途中で、反応溶液をサンプリングして、前記反応生成物に導入された前記前駆体基の数を調べることができる。これは、反応を継続しつつ、常に反応の進行度をモニタリングできることを意味しており、例えば、前記前駆体基の数が所定の値になったかどうかをチェックして、反応時間を必要最低限にして十分な時間にコントロールすることが可能になる。この他にも、前記反応の進行に合わせ、前記反応で失われた前記原料分子を補うことによって、前記原料分子の濃度の変動を小さく抑えるなど、必要に応じて前記反応の制御を行うための種々の方策をとることが容易になり、製品品質や歩留まりが向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
本発明において、前記反応の温度よりも高い沸点を有する溶媒を用いて前記合成工程を行うのがよい。これによって、前記合成工程を常圧下で行うことができる。
【0028】
また、前記反応の温度は、上記した理由から160℃以上とするのがよく、また反応原料および反応生成物の熱的な分解等を防ぐために300℃以下とするのがよい。そして、前記反応の溶媒を下記の群の中から選ばれた少なくとも1種の溶媒で構成するのがよい。なお、溶媒名に付した括弧内の数値は、常圧(1atm)下での溶媒の沸点である。
【0029】
溶媒の群:
1,2,4−トリクロロベンゼン(210℃)、1,2,3−トリクロロベンゼン(21 8〜219℃)、n−プロピルベンゼン(159℃)、クメン(イソプロピルベンゼン )(153℃)、n−ブチルベンゼン(183℃)、iso−ブチルベンゼン(173℃ )、sec−ブチルベンゼン(173〜4℃)、tert−ブチルベンゼン(168℃)、o −ジブロモベンゼン(224℃)、m−ジブロモベンゼン(219.5℃)、p−ジブ ロモベンゼン(218〜219℃)、o−ジクロロベンゼン(180〜183℃)、m −ジクロロベンゼン(172℃)、p−ジクロロベンゼン(174℃)、1−フェニル ナフタレン(334℃)、および1−クロロナフタレン(263℃)
【0030】
また、前記反応の溶媒は、単一溶媒であっても、混合溶媒であってもよい。単一溶媒であれば、作業が簡易であるメリットがあり、混合溶媒であれば、単一溶媒では実現できない特性を実現できるメリットがある。例えば、前記溶媒が1,2,4−トリクロロベンゼンの単一溶媒からなるのがよい。
【0031】
また、前記フラーレン分子を前記溶媒に溶解させた溶液に、前記原料分子を前記反応の進行に合わせて徐々に滴下するのがよい。特許文献2に記載されている、初めに前記原料分子の全量を反応系に投入する方法では、前記原料分子の濃度は反応開始時に最大で、その後、前記反応の進行につれて単調に減少し、反応終了時には初期にあった前記原料分子の大半が消費され、前記合成工程中での前記原料分子の濃度の変化が大きい。それに対し、上記のようにすれば、前記反応の進行によって失われた前記原料分子を補うことによって、前記合成工程中での前記原料分子の濃度の変化を小さく抑え、変動が小さい条件下で安定に前記反応を行わせることができ、例えば、前記原料分子同士の2量体化反応を極力防止することができる。また、前記原料分子の濃度は、特許文献2の方法の初期濃度に比べてはるかに小さくできるので、特許文献2の方法に比べて、前記原料分子を溶解させる能力の小さい溶媒を用いることができる利点がある。
【0032】
この際、前記滴下後も撹拌を続け、前記反応を行わせるのがよい。前記滴下が終了しても反応が終了したということではないので、撹拌を続け、できるだけ多くのフラーレンに前記反応を行わせるのがよい。
【0033】
また、前記合成工程において、前記原料分子から前記ハロゲン原子が解離し、前記前駆体基と結合した前記スペーサー基が前記フラーレン分子に付加するのがよい。
【0034】
また、前記ハロゲン原子がヨウ素原子又は臭素原子であるのがよい。炭素原子との結合は、ハロゲン原子の中でヨウ素原子が最も弱く、次に臭素原子が弱い。前記ハロゲン原子と炭素原子との結合が弱いほど、前記原料分子を解離させるのに必要なエネルギーが小さくなり、より低い温度で前記合成工程を行うことができるので、好都合である。
【0035】
また、本発明に用いられる前記フラーレン分子として、いずれの周知のフラーレン分子も使用できる。例えば、フラーレン分子には、C36、C60、C70、C76、C78、C82、C84、C90、C96、C266等が例として挙げられる。前記フラーレン分子がC36のように、球状炭素分子の一部が欠けた分子であってもよい。
【0036】
現在用いられているフラーレンの製造方法では、C60及びC70の生成比率が圧倒的に大きく、製造コスト的にもC60及び/又はC70を用いるメリットが大きいこと、そして一般的に、フラーレン分子のサイズが増すにつれて、その反応性は低下することから、C60及びC70又はそれらの混合物が特に好適に使用可能である。前記フラーレン分子は、プロトンキャリアが移動する方向とは無関係に一様な形状を有するので、前記フラーレン分子を使用するとプロトンの向上した移動度が発現され、高いプロトン伝導性能が得られる。
【0037】
また、前記スペーサー基が−CF2-CF2-O-CF2-CF2−であるのがよい。このスペーサー基は十分な長さを有し、すべての水素原子がフッ素原子で置換されているので、前記イオン解離性機能性分子の化学的又は熱的安定性が向上する。また、前記スペーサー基は−CF2−(図8(E))であってもよく、特許文献2に示された非フッ素化スペーサー部分を有するスペーサー基(図8(B)〜(D))であってもよい。
【0038】
また、前記前駆体基がスルホニルフルオリド基−SO2Fであるのがよい。この前駆体基は容易に加水分解されて、スルホン酸基またはその塩を生成する。
【0039】
また、前記反応における反応容器として、ガラス製の容器を用いるのがよい。あるいは、前記反応における反応容器として、金属表面にガラス層をライニングしたものを用いるのがよい。ガラスは、耐圧性はさほど高くはないものの、耐食性に優れた材料であり、安価でもあり、本発明で可能となった、常圧下、或いはわずかな加圧状態下での前記合成工程に最適な反応容器である。
【0040】
また、前記反応生成物の前記前駆体基を加水分解して第2反応生成物を合成する第2工程と、必要なら、前記第2反応生成物において前記イオン解離性基に結合しているイオンを所定のイオンに置換して前記イオン解離性機能分子を得る第3工程とを更に有するのがよい。前記第2工程で前記前駆体基を加水分解するには、塩基性下で加水分解するのが好ましい。この結果、前記前駆体基は、スルホン酸基のナトリウム塩−SO3Naなどの、前記イオン解離性基に変換され、前記第2反応生成物としてアルカリ金属イオンなどを含む前記イオン解離性機能分子が得られる。
【0041】
ここで、必要なら、更に前記第3工程で、前記第2反応生成物に含まれるアルカリ金属イオンなどを、所望のイオン、例えば水素イオンで置換して、所望のイオンを含む前記イオン解離性機能分子を得るのがよい。すなわち、前記第2反応生成物も、アルカリ金属イオンなどが存在してイオン解離性を示し、前記イオン解離性機能分子として用い得るが、さらに前記第3工程でアルカリ金属イオンなどを水素イオンに置換すると、プロトン解離性機能分子を得ることができる。
【0042】
また、前記イオン解離性機能分子としてプロトン解離性機能分子を得るのがよい。プロトン解離性機能分子は、燃料電池のプロトン伝導膜などの材料として、期待されている。
【0043】
また、前記イオン解離性基が、硫酸水素エステル基−OSO2OH、スルホン酸基−SO2OH、リン酸二水素エステル基−OPO(OH)2 、リン酸一水素エステル基−OPO(OH)−、ホスホノ基−PO(OH)2 、カルボキシル基−COOH、スルホンアミド基−SO2−NH2 、スルホンイミド基−SO2−NH−SO2−、メタンジスルホニル基−SO2−CH2−SO2−、カルボキサミド基−CO−NH2 、及びカルボキシミド基−CO−NH−CO−からなる群の中から選ばれたプロトン解離性の基であるのがよい。これらの官能基に含まれる水素は、プロトンとして放出されやすく、これらの官能基は優れたプロトン解離性の官能基である。
【0044】
前記官能基は、上記の状態ではプロトン解離性の基であるが、水素イオンが別の陽イオンで置換されている状態では、その陽イオンのイオン解離性の基として機能する。その陽イオンとしては、アルカリ金属原子等の陽イオンがよく、具体的には、リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、ルビジウムイオン、及びセシウムイオンを挙げることができる。
【0045】
次に、本発明の好ましい実施の形態を図面参照下に具体的に説明する。
【0046】
図1は、本発明の実施の形態に基づくイオン解離性機能分子の合成フロー図である。この方法では、まず、前記合成工程である第1工程で、前記フラーレン分子と、イオン解離性基の前駆体基と前記ハロゲン原子とが前記スペーサー基と結合している前記原料分子とを反応させることによって、スペーサー基を介して前駆体基がフラーレン核に結合している第1反応生成物を合成する。
【0047】
図1には、前記フラーレン分子がC60であり、前記原料分子がI−CF2-CF2-O-CF2-CF2−SO2Fである例を示した。この原料分子において、スルホニルフルオリド基−SO2Fがプロトン解離性基−SO3Hの前記前駆体基であり、フッ素化アルキレンエーテル鎖−CF2-CF2-O-CF2-CF2−が前記スペーサー基であり、ヨウ素原子Iが前記ハロゲン原子である。
【0048】
続いて、第2工程で、第1反応生成物中の前駆体基−SO2Fを水酸化ナトリウム水溶液を用いて加水分解し、スルホン酸基のナトリウム塩−SO3Naに変換する。次に、第3工程で、第2反応生成物中の−SO3Naのナトリウムイオンを水素イオンで置換して、図8(A)に示した、スペーサー基−CF2-CF2-O-CF2-CF2−を介して、スルホン酸基−SO3Hがフラーレン核C60に結合しているプロトン解離性機能分子を得る。
【0049】
特許文献2では、第1工程の反応溶媒として、沸点の低いヘキサフルオロベンゼンと二硫化炭素との混合溶媒を用いていたので、200℃前後の反応温度では高圧になり、オートクレーブなどの耐圧容器中で反応を行う必要があった。それに対し、本実施の形態では、前記150℃以上の沸点を有する溶媒、例えば沸点が210℃の1,2,4−トリクロロベンゼンを用いるので、200℃前後の反応温度では常圧、或いはわずかな加圧状態で反応が可能になる。常圧下、或いはわずかな加圧状態下で反応を行うため、さまざまなメリットが生じる。
【0050】
例えば、ガラス製の、耐圧性はさほど高くはないものの、耐食性に優れた、安価な反応容器を用いることができ、製造設備やそのメンテナンスに要する設備コストを大幅に低下させることができる。また、高圧下での工程に比べて、作業能率や生産性も向上することから、ランニングコストも低下させることができる。
【0051】
また、実施例1において後述するように、反応溶液をサンプリングして、反応を継続しつつ、常に反応の進行度をモニタリングでき、必要に応じて前記反応の制御を行うための種々の方策をとることが容易になる。
【0052】
また、フラーレン分子を溶解させた溶液に、原料分子を、初めに全量を加えてしまうのではなく、反応の進行に合わせて徐々に滴下するようにすることができる。図9に示した、初めに原料分子の全量を反応系に加える方法では、原料分子の濃度は反応開始時に最大で、その後、反応の進行につれて単調に減少し、合成工程中での原料分子の濃度の変化が大きい。それに対し、上記のようにすれば、反応の進行に合わせて反応で失われた原料分子を補うことによって、合成工程中での反応溶液中の原料分子の濃度の変化を小さく抑えることができ、最適な濃度の近辺で反応を安定に効率よく行わせることができる。また、原料分子の濃度を、初めに原料分子の全量を反応系に加える方法での初期濃度に比べてはるかに小さくできるので、特許文献2の方法に比べて、原料分子を溶解させる能力の小さいより多様な溶媒を用いることができる利点がある
【0053】
図2は、C60フラーレンの1,2,4−トリクロロベンゼンに対する溶解度曲線である。溶解度は、1,2,4−トリクロロベンゼン100mlに溶けるC60フラーレンのg数で表してある。C60フラーレンの溶解度は、常温ではやや小さいものの、温度上昇につれて増大し、反応温度である200℃前後(180〜240℃)では十分な大きさに達する。
【実施例】
【0054】
次に、本発明の好ましい実施例を挙げて、本発明に基づくイオン解離性機能分子の製造方法を具体的に説明し、その方法によって製造されたイオン解離性機能分子であるプロトン解離性機能分子の分析結果、および、そのプロトン解離性機能分子からなるプロトン伝導体のプロトン伝導度を測定した結果を説明する。
【0055】

実施例1(耐圧容器を用いず、フラーレン単量体からなるイオン解離性機能分子を合成する製造方法)
図1に示した合成フローに従い、プロトン解離性機能分子を合成した。第1工程は、1,2,4−トリクロロベンゼンの単一溶媒を用い、ガラス容器中の常圧下で行った。この際、合成工程を常圧下で行う実施例1では、合成工程の途中で反応溶液をサンプリングして、反応生成物に導入された前駆体基の数を調べ、反応の進行度をモニタリングして、最適な反応時間などを調整した。
【0056】
第1工程:
第1工程では、フラーレンC60と、前記原料分子としての前駆体原料分子である2−(2−ヨード−1,1,2,2−テトラフルオロエトキシ)−1,1,2,2−テトラフルオロエタンスルホニルフルオリド(I-CF2-CF2-O-CF2-CF2-SO2F)とを反応させ、下記の反応によってフラーレンC60にスペーサー基−CF2-CF2-O-CF2-CF2−を介してイオン解離性基の前駆体基であるスルホニルフルオリド基−SO2Fを導入し、一般式:C60-(CF2-CF2-O-CF2-CF2-SO2F)n(但し、nは6〜10程度。)で表される第1反応生成物(これは、導入された官能基の数nや導入位置が異なる複数の生成物からなる。以下、同様。)を得た。
【0057】
【化2】

【0058】
まず、500mlのガラス製3つ口フラスコに滴下ロート、コンデンサー、温度計および攪拌機を装着し、窒素気流雰囲気下で、C60フラーレン3.0gを3つ口フラスコに移し、1,2,4−トリクロロベンゼン300mlを加えた。攪拌しながら、反応温度を200℃に保持して、液体の前駆体原料分子(I-CF2-CF2-O-CF2-CF2-SO2F)42.6g(フラーレンの物質量の24倍の物質量;フラーレン1当量に対して24当量)は溶媒などには溶解させず、そのまま約1日かけて滴下ロートから滴下した。このように徐々に加えると、原料分子同士が反応して2量体を生成してしまうのをできるだけ防止することができる。また、反応温度をできるだけコントロールしやすくすることもできる。滴下終了後、攪拌しながら200℃にて6日間反応させた。反応は比較的遅いので、所望の官能基付加数を得るためには、この程度の時間が必要である。
【0059】
反応終了後、反応混合物から1,2,4−トリクロロベンゼンを減圧留去し、その後150℃で終夜真空乾燥した。残渣にヘキサン200mlを加え、30分加熱還流させた。冷却後、デカンテーションにてヘキサン層を除き、残渣を真空乾燥し、暗茶色の粉末である第1反応生成物9.20gを得た。
【0060】
上記の反応では、前駆体原料分子は、ヨウ素原子側の端部でヨウ素原子とラジカル(・CF2-CF2-O-CF2-CF2-SO2F)に熱分解し、この結果生じたラジカルが、ヨウ素原子と結合していた不対電子によってフラーレン分子に付加する。このようにしてフラーレンに導入された前駆体基であるスルホニルフルオリド基−SO2Fは、後続の反応工程で加水分解され、スルホン酸基に変換される。
【0061】
第1反応生成物の19F−NMRを測定したところ、図3に示すNMRスペクトルが得られた。これから、第1反応生成物が、スペーサー基(−CF2-CF2-O-CF2-CF2−)を介して前駆体基(−SO2F)がC60フラーレンに付加した化合物C60-(CF2-CF2-O-CF2-CF2-SO2F)n(但し、nは6〜10程度の整数。)であることが示された。なお、図3における0ppmの吸収ピークは、標準物質として加えたテトラフルオロベンゼンC66による吸収ピークである。
【0062】
また、第1反応生成物の元素分析を行った結果、フッ素含量は44.25質量%、硫黄含量は8.26質量%であった。これより、第1反応生成物においてC60フラーレン1分子に導入された、前駆体基とスペーサー基とからなる前駆体含有スペーサー基(−CF2-CF2-O-CF2-CF2-SO2F)の平均導入個数は、8.2と求められた。
【0063】
また、第1反応生成物の飛行時間型質量分析法(TOF−MS)により、第1反応生成物の分子量を測定した結果、図4に示す質量スペクトルが得られた。これから、第1反応生成物は、C60フラーレン1個に前駆体含有スペーサー基が6個から10個結合した化合物を主成分とする混合物であることが判明した。
【0064】
この質量スペクトルは、合成工程の途中でも反応溶液をサンプリングして、測定した。これにより、第1反応生成物に導入された前駆体含有スペーサー基の導入個数nを調べ、反応の進行度をモニタリングして、n=8のピークが最大になるところで反応を終了させた。
【0065】
第1反応生成物の合成反応の反応温度および反応時間は、上記の例に限られるものではなく、常圧反応を行なえる範囲において適宜変更することができる。すなわち、反応温度および反応時間を決定するに当たり、反応温度が高い場合には反応時間を短くし、反応温度が低い場合には反応時間を長くするのがよい。多くの場合、反応温度を高くすると、フラーレン1分子につき導入される前駆体含有スペーサー基の導入個数を多くすることができ、ひいてはプロトン解離性機能分子におけるプロトン解離性の基の密度を増加させ、より高いプロトン伝導性を発揮させることができる。
【0066】
しかしながら、反応温度が高すぎると、前駆体原料分子の分解が著しくなり、フラーレンと反応しない分解物が多量に生じるので、そのような温度より低い温度で反応させることが必要である。
【0067】
つまり、反応温度は、フラーレンに導入される前駆体含有スペーサー基の数をできるだけ多くすると同時に、フラーレンとの反応以外の、前駆体原料分子の副反応を最小限に抑えるように選ばれる。具体的には、本実施例の場合、好ましい温度範囲は、約100時間の反応時間で約180〜240℃である。
【0068】
第2工程:
第2工程では、上記の第1反応生成物を水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液や水酸化カリウム(KOH)水溶液のようなアルカリ水溶液と反応させ、下記のようにスルホニルフルオリド基−SO2Fを加水分解し、第2反応生成物としてC60フラーレンにスペーサー基を介してスルホン酸基のナトリウム塩が結合しているC60フラーレン誘導体を得た。
【0069】
【化3】

具体的には、ヘキサフルオロベンゼン65mlにTHF50mlを加えた混合有機溶媒に、第一反応生成物を0.2g溶解させ、1M 水酸化ナトリウム水溶液10mlを加えて攪拌して反応させた。このとき、第1反応生成物の加水分解によって生成した第2反応生成物が有機溶媒相から水酸化ナトリウム水溶液相に移動する。
【0070】
反応後、水とTHFとを1:1の体積比で混合した混合溶媒を溶出液として用い、シリカゲルカラムクロマトグラフィによって、上記の水溶液相から過剰の水酸化ナトリウムを分離して、精製された第2反応生成物を得ることができた。
【0071】
この工程で使用する反応溶液は、第1反応生成物を加水分解するための水酸化ナトリウム水溶液に、ヘキサフルオロベンゼン(C66)とTHF(テトラヒドロフラン)とを加えて構成するのがよい。
【0072】
すなわち、乾燥した第1反応生成物は、水やTHFには溶解しにくいため、第1反応生成物を溶解させて溶液状にするには、ヘキサフルオロベンゼンを溶媒として反応溶液に添加するのが好ましい。このヘキサフルオロベンゼンを添加する比率は、第1反応生成物が全量溶解して溶液が形成される限り、特に限定されるものではなく、ヘキサフルオロベンゼンの量は適宜変更できる。
【0073】
また、ここでTHFを加える理由は、界面での活性を向上させ、反応を速やかに進行させるためである。即ち、THFを加えない場合には、水酸化ナトリウム水溶液相と、第1反応生成物を溶解させたヘキサフルオロベンゼン溶液相とは、完全に水と油の分離状態であり、撹拌しても反応が進行しにくい。それに対し、THFを少量添加すると、水溶液相とヘキサフルオロベンゼン溶液相とがなじみはじめ、すみやかに反応が進行するようになる。但し、THFの添加量が多すぎると、水酸化ナトリウム水溶液相とヘキサフルオロベンゼン溶液相とが相分離しなくなり、反応後に第2反応生成物を回収する工程で、ヘキサフルオロベンゼンをエバポレータを用いて蒸発除去する必要が生じる。従って、適量のTHFを添加することが必要である。
【0074】
1molのスルホニルフルオリド基−SO2Fを加水分解するのに1molの水酸化ナトリウムが必要であるから、フラーレン1分子当たりに導入されたスペーサー付きプロトン伝導性官能基前駆体の数を10とすると、フラーレン分子に導入されたスルホニルフルオリド基を全量分解するのに必要な水酸化ナトリウムの物質量は、最少でフラーレンの物質量の10倍(つまり、フラーレン1当量に対して最少で10当量)である。通常は、この最少量より過剰の水酸化ナトリウムの存在下で加水分解を行い、スルホニルフルオリド基の全量を加水分解できるようにする。
【0075】
加水分解反応後の上記水酸化ナトリウム水溶液相には、目的の第2反応生成物以外に副生成物と過剰の水酸化ナトリウムが含まれている。この水溶液から第2反応生成物を前述のシリカゲルカラムクロマトグラフィによって回収するにあたって、水酸化ナトリウムを除去する効果を向上させるために、溶出液として上記の水とTHFとの混合溶媒を用いるのがよい。溶出液として水を単独で用いると、溶出液の極性が強いため、シリカゲルにいったん吸着された水酸化ナトリウムが徐々に抜け出してしまい、溶出液に水酸化ナトリウムが混入する。一方、THFを添加して溶出液の極性を低下させると、シリカゲルに吸着された水酸化ナトリウムは吸着されたままとなり、溶出液に混入することはない。
【0076】
このようにして、極めて水溶性の高い第2反応生成物のみを含む中性の溶液を得ることができる。この時点で、この溶出液から溶媒(THFと水)を取り除くことが好ましい。溶媒を取り除く方法としては、溶出液から溶媒をエバポレータで減圧除去するのがよい。
【0077】
第2反応生成物の19F−NMRを測定したところ、図5に示すNMRスペクトルが得られた。このスペクトルでは、図3に示した第1反応生成物の19F−NMRにおいて存在していた、スルホニルフルオリド基−SO2Fによる208ppmの吸収ピークが消失している。これは、第2工程においてスルホニルフルオリド基が完全に加水分解されたことを示している。
【0078】
第3工程:
第3工程では、第2反応生成物中のスルホン酸基のアルカリ塩をプロトン化することによって、C−60フラーレンにスペーサー基を介してスルホン酸基が結合したC−60フラーレン誘導体からなるプロトン解離性機能分子を得た。
【0079】
【化4】

【0080】
具体的には、上記のように第2反応生成物から溶媒(水とTHF)を取り除いた後、第2反応生成物を水に溶解させた水溶液を作り、この溶液を水素イオンで置換された陽イオン交換樹脂カラムに注入した。このとき、カラム中で第2反応生成物のナトリウムイオンNaが水素イオンHによって置換され、流出液中に上記プロトン解離性機能分子を得ることができた。
【0081】
なお、プロトン化は、陽イオン交換樹脂を用いる他に、HCl、H2SO4、HClO4若しくはHNO3のような無機系の強酸を用いることによって行うことができる。或いは、その他の任意の好適な方法を用いてもよい。
【0082】
得られたプロトン解離性機能分子の一部を純水に完全に溶解させ、濃度の確定している水酸化ナトリウム水溶液を用いて中和滴定し、この滴定量からプロトン解離性機能分子に導入されたスルホン酸基の個数を求めた。この結果、フラーレン1分子につきスルホン酸基が平均8.2個導入されていることがわかった。この値は、後述する比較例1で得られたプロトン解離性機能分子について同様にして求めた、フラーレン1分子につきスルホン酸基が平均7.8個とほぼ同じで、平均では、両者はほぼ同数のスルホン酸基が導入されたことがわかった。
【0083】
比較例1(耐圧容器を必要とする、フラーレン単量体からなるイオン解離性機能分子を合成する製造方法)
図9に示した合成フローに従い、実施例1と同じプロトン解離性機能分子を合成した。第1工程は、ヘキサフルオロベンゼンと二硫化炭素との混合溶媒を用い、耐圧容器中の高圧下で行った。
【0084】
第1工程:
まず、C60フラーレン3.0gをはかり取った。他方、イオン解離性基前駆体分子である2−(2−ヨード−1,1,2,2−テトラフルオロエトキシ)−1,1,2,2−テトラフルオロエタンスルホニルフルオリド(I-CF2-CF2-O-CF2-CF2-SO2F)を、フラーレンの物質量の24倍の物質量(フラーレン1当量に対して24当量)である42.6gはかり取り、ヘキサフルオロベンゼンC66と二硫化炭素CS2とを1:1の体積比で混合した混合溶媒600mlに溶解させた。その後、はかり取っておいたフラーレンをこの溶液に溶解させた。
【0085】
次に、その混合溶液を200℃に加熱し、94時間反応させたところ、理論収量の70%以上の反応生成物が得られた(収量9.7g)。大気圧の下ではヘキサフルオロベンゼンと二硫化炭素との混合溶媒は約50℃で沸騰するので、上記の反応は、オートクレーブ中の加圧条件下で反応を行わせ、第1反応生成物を得た。
【0086】
第2工程および第3工程は、実施例1と同様に行った。
【0087】
実施例2(プロトン伝導度の評価)
実施例1で合成したプロトン解離性機能分子からなる試料、比較例1で合成したプロトン解離性機能分子からなる試料、および参考例としてNafion(商品名)からなる試料について、プロトン伝導体としてのプロトン伝導度を測定した。
【0088】
実施例1と比較例1で合成したプロトン解離性機能分子および参考例としてNafion(商品名)からなる各試料を室温下で12時間真空乾燥後、実施例1の場合、得られた粉末を錠剤成型器で厚さ約30μmのペレットに成型した。ペレット作製時に金電極に挟み込みこむことにより、加圧成型後は金電極にはさまれた状態でペレットが得られる。比較例1についても同様にして、金電極に挟持した試料を作製した。Nafion(商品名)の場合は、膜を切り抜き、金電極間に挟持した試料を作製した。
【0089】
上記のペレット状の試料をインピーダンスアナライザーを用いた分析した測定データから、各試料のプロトン伝導度を算出した。その結果を表1に示す。表1中の乾燥状態での伝導度とは、そのペレット試料をロータリーポンプで排気した真空中でのプロトン伝導度の値である。乾燥状態での測定が終了した後、相対湿度(RH)70%の雰囲気中に一日置き、相対湿度(RH)70%の下でのプロトン伝導度を測定した。
【0090】
表1 インピーダンス測定によるプロトン伝導度
【表1】

【0091】
表1の結果から、実施例1で合成したプロトン解離性機能分子は、比較例1のプロトン解離性機能分子を上回るプロトン伝導度を有することがわかる。このことから、本発明の製造方法によれば、これまでの耐圧容器を用いる製造方法と比べて、同等以上の高品質なプロトン伝導性材料を得ることが可能であるといえる。
【0092】
実施例1で合成したプロトン解離性機能分子のプロトン伝導度が、比較例1で合成したプロトン解離性機能分子のプロトン伝導度を上回る傾向が見られた原因は、第1反応生成物の合成工程の制御性が向上したことによる。すなわち、合成工程を耐圧容器中で行う比較例1では事実上不可能であったが、合成工程を常圧下で行う実施例1では、合成工程の途中で反応溶液をサンプリングして、反応生成物に導入された前駆体基の数を調べることができ、反応を継続しつつ常に反応の進行度をモニタリングできるため、反応生成物の品質管理が容易になり、最適な反応時間などを調整することが可能となったためである。
【0093】
実施例1で合成したプロトン解離性機能分子は、燃料電池のプロトン伝導体などの材料として好適な材料である。
【0094】
図6は、燃料電池の構成の一例を示す概略断面図である。この装置において、本発明に基づく製造方法で製造されたプロトン解離性機能分子からなるプロトン伝導体2は、薄膜状に成膜され、その両面に燃料電極3と酸素電極1とが、図示省略した電極触媒等と共に接合されて、膜−電極接合体(MEA)4を形成する。そして、膜−電極接合体(MEA)4は、セル上半部7とセル下半部8との間に挟持されて、燃料電池に組み込まれる。
【0095】
セル上半部7及びセル下半部8には、それぞれガス供給管9及び10が設けられており、例えば、ガス供給管9からは水素、またガス供給管10からは空気もしくは酸素が送気される。各ガスは図示省略した通気孔を有するガス供給部5及び6を通過して燃料電極3および酸素電極1に供給される。ガス供給部5は燃料電極3とセル上半部7を電気的に接続し、ガス供給部6は酸素電極1とセル下半部8を電気的に接続する。また、セル上半部7には水素ガスの漏洩を防ぐためにOリング11が配置されている。
【0096】
発電は、上記のガスを供給しながら、セル上半部7及びセル下半部8に接続されている外部回路12を閉じることで行うことができる。この時、燃料電極3の表面上では下記(式1)
2H2 → 4H+ + 4e- (式1)
の反応により水素が酸化され、燃料電極3に電子を与える。生じた水素イオンHはプロトン伝導体膜2を介して酸素電極1へ移動する。
【0097】
酸素電極1へ移動した水素イオンは、酸素電極1に供給される酸素と下記(式2)
2 + 4H+ + 4e- → 2H2O (式2)
のように反応し、水を生成する。このとき、酸素は、酸素電極1から電子を取り込み、還元される。
【0098】
この際、プロトン伝導体膜2の厚さを十分薄く作製しておけば、酸素電極1で発生した水でプロトン伝導体膜2を加湿し、プロトン伝導体膜2に高いプロトン伝導性を発揮させることができる。また、従来のNafion(商品名)を使用したプロトン伝導体膜と比べると、燃料電池の運転温度を上げ、水分が存在しない条件下で運転することも可能になり、プロトン伝導体膜の水分管理システムが不要、或いは簡素化可能になるメリットがある。
【0099】
また、燃料電極3に燃料としてメタノールを供給し、いわゆるダイレクトメタノール方式の燃料電池とすることも可能である。
【0100】
以上に述べてきたように、本発明の実施の形態及び実施例によれば、高度のプロトン伝導性を有し、電気化学装置で求められる条件の下で熱的にも化学的にも安定であるフラーレン系プロトン伝導性材料をより安価に安全に、かつ品質管理が行いやすい状態で製造することが可能となる。
【0101】
以上、本発明を実施の形態及び実施例に基づいて説明したが、本発明はこれらの例に何ら限定されるものではなく、発明の主旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能であることは言うまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0102】
本発明は、イオン伝導体膜が対向電極間に挟持され、電気化学反応部を構成する、燃料電池やセンサーなどの電気化学デバイスのイオン伝導体膜などの製造に適用され、これらの装置の低価格化や高性能化に寄与できる。
【図面の簡単な説明】
【0103】
【図1】本発明の実施の形態に基づく、イオン解離性機能分子の合成フロー図である。
【図2】同、C60フラーレンの1,2,4−トリクロロベンゼンに対する溶解度曲線である。
【図3】実施例1における第1反応生成物の19F−NMRスペクトルである。
【図4】同、第一反応生成物のTOF−MSによる質量スペクトルである。
【図5】同、第1反応生成物の19F−NMRスペクトルである。
【図6】同、燃料電池の構成を示す概略断面図である。
【図7】特許文献1に示されているプロトン伝導性を有するフラーレン誘導体の例(A、B)と、特許文献2に示されているプロトン伝導性を有するフラーレン誘導体の例(C、D)とである。
【図8】特許文献2に示されている、化学的および熱的安定性に優れたプロトン解離性機能分子の例である。
【図9】特許文献2に示されている、プロトン解離性機能分子の合成フロー図である。
【符号の説明】
【0104】
1…酸素電極、2…プロトン伝導体膜、3…燃料電極、4…膜−電極接合体(MEA)、5、6…ガス供給部、7…セル上半部、8…セル下半部、9、10…ガス供給管、
11…Oリング、12…外部回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フラーレン分子に、少なくとも一部分がフッ素化されたスペーサー基を介してイオン解離性基が結合してなるイオン解離性機能分子の製造方法において、
150℃以上の沸点を有する溶媒中で、前記フラーレン分子と、前記イオン解離性基 の前駆体基とハロゲン原子とが前記スペーサー基と結合している原料分子とを反応させ ることによって、前記スペーサー基を介して前記フラーレン分子に前記前駆体基が結合 した反応生成物を合成する工程を有する
ことを特徴とする、イオン解離性機能分子の製造方法。
【請求項2】
フラーレン分子に、少なくとも一部分がフッ素化されたスペーサー基を介してイオン解離性基が結合してなるイオン解離性機能分子の製造方法において、
常圧下で、前記フラーレン分子と、前記イオン解離性基の前駆体基とハロゲン原子と が前記スペーサー基と結合している原料分子とを反応させることによって、前記スペー サー基を介して前記フラーレン分子に前記前駆体基が結合した反応生成物を合成する工 程を有する
ことを特徴とする、イオン解離性機能分子の製造方法。
【請求項3】
前記反応の温度よりも高い沸点を有する溶媒を用いて前記合成工程を行う、請求項1又は2に記載したイオン解離性機能分子の製造方法。
【請求項4】
前記反応の温度が160℃〜300℃であり、前記溶媒が、トリクロロベンゼン、n−プロピルベンゼン、イソプロピルベンゼン、n−ブチルベンゼン、sec-ブチルベンゼン、tert−ブチルベンゼン、o−ジブロモベンゼン、m−ジブロモベンゼン、o−ジクロロベンゼン、m−ジクロロベンゼン、1-フェニルナフタレンおよび1-クロロナフタレンからなる群の中から選ばれた少なくとも1種の溶媒からなる、請求項1又は2に記載したイオン解離性機能分子の製造方法。
【請求項5】
前記溶媒が1,2,4−トリクロロベンゼンの単一溶媒からなる、請求項4に記載したイオン解離性機能分子の製造方法。
【請求項6】
前記フラーレン分子を前記溶媒に溶解させた溶液に、前記原料分子を前記反応の進行に合わせて徐々に滴下する、請求項1又は2に記載したイオン解離性機能分子の製造方法。
【請求項7】
前記滴下後も撹拌を続け、前記反応を行わせる、請求項6に記載したイオン解離性機能分子の製造方法。
【請求項8】
前記合成工程において、前記原料分子から前記ハロゲン原子が解離し、前記前駆体基と結合した前記スペーサー基が前記フラーレン分子に付加する、請求項1又は2に記載したイオン解離性機能分子の製造方法。
【請求項9】
前記ハロゲン原子がヨウ素原子又は臭素原子である、請求項1又は2に記載したイオン解離性機能分子の製造方法。
【請求項10】
前記フラーレン分子がC(f=36、60、70、76、78、80、82、84等)である、請求項1又は2に記載したイオン解離性機能分子の製造方法。
【請求項11】
前記フラーレン分子がC60又はC70である、請求項10に記載したイオン解離性機能分子の製造方法。
【請求項12】
前記スペーサー基が−CF2-CF2-O-CF2-CF2−である、請求項1又は2に記載したイオン解離性機能分子の製造方法。
【請求項13】
前記前駆体基がスルホニルフルオリド基−SO2Fである、請求項1又は2に記載したイオン解離性機能分子の製造方法。
【請求項14】
前記反応における反応容器として、ガラス製の容器を用いる、請求項1又は2に記載したイオン解離性機能分子の製造方法。
【請求項15】
前記反応における反応容器として、金属表面にガラス層をライニングしたものを用いる、請求項1又は2に記載したイオン解離性機能分子の製造方法。
【請求項16】
前記反応生成物の前記前駆体基を加水分解して第2反応生成物を合成する第2工程と、必要なら、前記第2反応生成物において前記イオン解離性基に結合しているイオンを所定のイオンに置換して前記イオン伝導性機能分子を得る第3工程とを更に有する、請求項1又は2に記載したイオン解離性機能分子の製造方法。
【請求項17】
前記イオン解離性機能分子としてプロトン解離性機能分子を得る、請求項16に記載したイオン解離性機能分子の製造方法。
【請求項18】
前記イオン解離性基が、硫酸水素エステル基−OSO2OH、スルホン酸基−SO2OH、リン酸二水素エステル基−OPO(OH)2 、リン酸一水素エステル基−OPO(OH)−、ホスホノ基−PO(OH)2 、カルボキシル基−COOH、スルホンアミド基−SO2−NH2 、スルホンイミド基−SO2−NH−SO2−、メタンジスルホニル基−SO2−CH2−SO2−、カルボキサミド基−CO−NH2 、及びカルボキシミド基−CO−NH−CO−からなる群の中から選ばれたプロトン解離性の基である、請求項17に記載したイオン解離性機能分子の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−131517(P2006−131517A)
【公開日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−320072(P2004−320072)
【出願日】平成16年11月4日(2004.11.4)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【出願人】(000001100)株式会社クレハ (477)
【Fターム(参考)】