イオン軸方向空間分布の収束方法と装置
本発明は、前駆イオンを発生するためのイオン源と、前駆イオンからフラグメントイオンを発生するためのイオンフラグメンテーション手段と、イオンの運動エネルギー分布を収束するためのリフレクトロンと、イオン検出器とを含む質量分析計を提供し、質量分析計は、使用に際してイオンフラグメンテーション手段より後かつリフレクトロンより前にイオンに作用する軸方向空間分布の収束手段も含み、軸方向空間分布の収束手段は、分析計のイオン光軸方向におけるイオンの空間分布を縮小するように動作可能である。適切には、軸方向空間分布の収束手段は、開口または高透過率のグリッドであってもよい2つの電極(52、54)を有するセルを備える。パルス静電場は、対象前駆イオン(56、58)がパルサ(50)へと入った時点で第1の電極(52)へ高電圧パルス(60)を印加することによって発生される。この間、第2の電極(54)は0Vに保持される。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は質量分析計のための、特にはTOF(「飛行時間」)質量分析計のための方法と装置に関する。具体的には、本発明は、イオンの軸方向空間分布を収束するための方法と装置に関する。
【背景技術】
【0002】
TOF質量分析は、イオンを加速して検出器までのその飛行時間を測定することによりイオンの質量電荷比を測定するための分析技術である。
【0003】
TOF質量分析の知られている2方法は、マトリクス支援レーザ脱離/イオン化TOF質量分析法(「MALDI TOF」質量分析法)、およびタンデムTOF質量分析法(「TOF−MS/MS」質量分析法)である。MALDI TOF−MSおよびTOF−MS/MSは、長い間、例えば生体系における高分子化合物を同定する方法として確立されている。
【0004】
MALDI TOF−MSでは、試料プレート上の生体物質試料と光吸収マトリクスとの混合物の上の小さいスポット(「レーザスポット」)へレーザパルスが収束され、イオンのパルスが生成される。
【0005】
このイオンパルスは、飛行時間質量分析計、すなわちTOF−MSによって分析かつ検出され、イオンの質量電荷比が測定される。
【0006】
TOF−MS/MS質量分析法では、イオンはフラグメンテーションを受けた後に分析されかつ検出される。イオンは、例えば準安定崩壊(ポストソース崩壊、PSD)によって、または衝突誘起解離(CID)によって解裂されてもよい。TOF−MS/MSは、前駆イオン(非フラグメントイオン)および生成イオン(フラグメントイオン)の双方の分析を可能にすることから有益である。TOF−MS/MS質量分析法は、MALDI TOF質量分析法と組み合わせて使用されることが可能である。言い替えれば、MALDIイオン源は、イオンが検出より前にフラグメンテーションを受ける質量分析計において使用されることが可能である。
【0007】
TOF質量分析計のイオン源では、イオンを抽出する時点で、その初期の方向、位置およびエネルギーを特徴づけるイオンの異なる分布が存在している。例えば、半径方向位置のレンジ(イオン光軸からの距離)は、図1に示すようにスポットサイズによって決定される。したがって、試料プレート1から脱離した後、イオン2、4はイオン光軸6(分析計の主軸)から距離Rだけ離隔される。MALDI源の場合、Rのサイズは、レーザビームによって試料からイオンが生成される領域である「レーザスポット」の直径によって決定される。
【0008】
図2に示すように、イオン源における各点は、初期方向の、またはイオン光軸に対してある角度を成して分布を生成することができる。したがって、イオン10は、イオンを源からイオン光軸6に対して角度θで進ませるような半径方向成分を有する速度を有する場合がある。これは、イオンプルーム12のスポット14の中心から外側への拡張を特徴づける。
【0009】
またイオンは、図3に示すように、初期のエネルギーまたは速度のレンジを備えて生成される。したがって、イオンプルーム内のイオン20、22は異なるエネルギーまたは速度を有し、よって、例えばイオン20のエネルギーE1はイオン22のエネルギーE2より小さい場合がある。
【0010】
MALDI試料の場合、軸方向の速度分布は、一般にジェット速度として知られる、典型的には約数100ms−1である分布に相当する。
【0011】
また、図4に示すように、イオンには、試料表面に対して軸方向に直角な空間分布も存在する。これは、試料のトポグラフィおよび/または厚さに起因してイオンの始動位置が異なることによる可能性がある。またこれは、軸方向速度とカップリングされるイオンの始動時間が異なることによる可能性もある。したがって、イオン30、32は、(イオン光軸6に平行する)軸方向の空間で距離Zだけ分離される。
【0012】
これらの分布は各々TOF−MS(およびTOF−MS/MS)のパフォーマンスに影響し、結果は単一の質量が荷電するピークの幅によって測定され、つまりはこれが質量分解能を決定する。
【0013】
影響の大きさは、様々な手段によって制御されることが可能である。例えば、半径方向の空間分布は焦点を合わされるレーザスポットのサイズによって設定され、かつ質量分析計内のイオン光学レンズのコリメーションによって制御される。同様に、角度分布の影響もイオン光学系内のレンズによって制御される。
【0014】
軸方向空間分布または遅延引き出し法による速度分布の何れかは、イオンの空間分布とパルス静電場との組合せを使用して飛行管内に空間収束を生成することにより補償することが可能である[W.C.WileyおよびI.H.McLaren共著「Time−of−Flight Mass Spectrometer with Improved Resolution」Rev.Sci.Instrum.、26、1150(1955年)]。空間収束は、速度分布内の全てのイオンが同時に集まる点である。空間収束は、線形飛行時間型の事例では検出器に存在する可能性があり、またはリフレクトロン飛行時間型ではイオンミラーの前側焦点がそれである可能性がある。
【0015】
しかしながら、イオン源からの遅延引き出し法を使用する場合、軸方向分布は一度に1つしか収束され得ないことは知られている。初期の軸方向空間分布または初期の軸方向速度分布は何れも空間収束へと至らされ得るが、双方が同時的にではない。
【0016】
エレクトロスプレーTOF−MS等、ビームからのイオンの直交引き出しの場合、軸方向の空間分布は遅延引き出しによって収束されるが、飛行時間用の軸方向速度分布は直交方向にあって極く少量である。
【0017】
MALDIまたはSIMSイオン源等のイオン源では、イオンは遅延引き出し法を使用することによってプレート上に蒸着された試料の表面から脱離され、これにより、速度分布が収束される。これは、初期の軸方向空間分布のサイズが、遅延引き出しより前の遅延時間の間に速度分布によって生成されるイオンの空間分布より遙かに小さいことを基礎として動作する。しかしながら、これは、試料が極薄(数ミクロン)である場合、かつ/またはレーザ出力が、イオンが試料表面のみから生じるようにイオンを発生させるためのしきい値に極めて近い場合にしか該当しない。
【0018】
したがって、脱離される試料の深度が極めて薄くかつレーザ出力がしきい値に極めて近い遅延引き出しイオン源と結合されたイオンビームをコリメートすることに適するイオン光学系設計を使用すれば、TOF−MSのための極めて高い質量分解能を達成することが可能である。
【0019】
TOF−MSでは、試料からの分子の質量電荷比が測定されるように、イオン源から引き出されたイオンはそのまま検出器に到達する。イオンがより小さい小片またはフラグメントに分裂するように製造されていれば、フィールドフリー領域では、リフレクトロンTOF−MSによってフラグメントイオンの質量電荷比を測定することが可能であり、よってTOF−MS/MSを実行することが可能である。タンデムTOFまたはTOF/TOFとしても知られるこの技術は、試料から脱離された分子の構造分析を可能にする。よって、例えばペプチドまたはタンパク質試料のアミノ酸配列は、TOF−MS/MSまたはフラグメントスペクトルから決定されることが可能である。
【0020】
TOF−MS/MSでは、イオンはTOFのフィールドフリー領域において解裂し、かつ準安定崩壊の過程および/または高圧領域における中性ガスとの衝突(CID)の何れかによっても解裂する。
【0021】
イオンが外力の存在しない飛行管または衝突セル等のフィールドフリー領域内で解裂するとき、フラグメントは、効果的には親(前駆)イオンの速度と同じである速度を続ける。つまりこれは、フラグメントイオンのエネルギーが、フラグメント質量の親質量に対する割合における親イオンエネルギーの一部にまで低減されることを意味する。言い替えれば、下記の関係式が当てはまる。但し、Efはフラグメントイオンの運動エネルギーであり、Epは親イオンの運動エネルギーであり、mfはフラグメントイオンの質量であり、かつmpは親イオンの質量である。
【数1】
【0022】
線形TOF−MSの場合、フラグメントイオンと親(前駆)イオンとの間には、これらが同じ速度を有し、したがって検出器まで同じ飛行時間を有することに起因して区別する方法がない。しかしながら、先に述べたように、リフレクトロンを使用すればフラグメントイオン同士を区別することは可能である。イオンによってリフレクトロン内へ進入される距離は、イオンのリフレクトロンへの進入に伴って静電位がイオンの運動エネルギーと等しくなる点によって決定されることから、リフレクトロンは、効果的にはエネルギー分析器である。フラグメントイオンの場合、リフレクトロン内へ進入される距離は、フラグメント質量の親質量に対する割合によって決定されるエネルギーの関数である。リフレクトロンを通る飛行時間はリフレクトロン内へ進入される距離に依存することから、フラグメントイオンの飛行時間は、フラグメント質量の親質量に対する割合の関数となる。
【0023】
したがって、原則的には、どのリフレクトロンもTOF−MS/MSスペクトルを生成することができる。しかしながら、親イオンは初期のエネルギー分布を有することから、フラグメントイオンもあるエネルギー分布を有する。公称イオンエネルギーと、リフレクトロンから初期エネルギーの異なるイオンが収束される検出器までの距離との関係は、リフレクトロン内のフィールドまたは電圧分布の形状に依存する。最も一般的なリフレクトロンは、前から後ろへ線形的に変わる電圧分布を有する。リフレクトロン内には、(これらをより小型化するために)しばしば2つ以上のセクションが存在し、その各々が異なる電圧勾配を有する。このような線形場リフレクトロンの場合、リフレクトロンと検出器の適切なロケーションとの距離もやはり公称イオンエネルギーに伴って線形的に変わる。その結果、最適な質量分解能のための検出器の位置はフラグメント質量に伴って線形的に変わることになる。しかしながら、実際には、検出器はリフレクトロンから定距離にあることから、フラグメントの質量分解能は質量が親質量から減るにつれて急速に降下する。結果、線形場リフレクトロンは、完全なフラグメント質量レンジが収束されかつ優れた質量分解能を有するTOF−MS/MSスペクトルをそれ自体で生成することはできない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0024】
【特許文献1】米国特許第6,512,225号明細書
【特許文献2】米国特許第6,703,608号明細書
【特許文献3】米国特許第5,464,985号明細書
【特許文献4】米国特許第5,739,529号明細書
【特許文献5】米国特許第4,625,112号明細書
【特許文献6】米国特許第7,075,065号明細書
【非特許文献】
【0025】
【非特許文献1】W.C.WileyおよびI.H.McLaren共著「Time−of−Flight Mass Spectrometer with Improved Resolution」Rev.Sci.Instrum.、26、1150(1955年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0026】
初期の計器は、リフレクトロン電圧をステッピングしてフラグメントスペクトルの小セグメントを一度に分析することによってこの問題点を回避した。これの主な欠点は、複数のスペクトルを収集しかつ次にこれらを「縫い」合わせなければならなかったことにある。その結果、実験時間は長くなり、かつ試料消費がかさむ。
【0027】
最近では、製造者は、フラグメントエネルギーのレンジが線形リフレクトロンにより優れた質量分解能が生成される狭いレンジに効果的に圧縮されるように、イオンをフラグメンテーションが発生した後に再加速することによってこの問題を回避している。いわゆるTOF/TOF計器[例えば、米国特許第6,512,225号明細書(Vestal)および米国特許第6,703,608号明細書(Holle)参照]は、典型的には1keVから8keVまでである低エネルギーで始動するか、イオンをこの低エネルギーまで減速させ、次に第2の遅延引き出し領域によってイオンを約20keVまたはこれを超える公称エネルギーにまで再加速する。このような計器は、パルス化された高圧場を追加する必要があることから複雑かつ高価であるという欠点を有する。
【0028】
ある代替方法は、異なるフラグメントイオン質量の検出器までの距離レンジが線形リフレクトロンの場合より遙かに小さくなるように、電位分布が非線形であるリフレクトロンを使用するものである。このようなリフレクトロンは、米国特許第5,464,985号明細書(Cotter)に記載されているように曲面場リフレクトロンとして知られる。この場合は、フラグメントイオンを再加速することなく、完全なTOF−MS/MSスペクトルを優れたフラグメントイオン質量分解能で測定することが可能である。したがって、イオンは、源からリフレクトロンまで20keVの公称エネルギーを有する。この方法は、複雑さおよびコストが低いという利点を有し、しかもより高い初期エネルギーおよびそれゆえにCIDを使用する場合にはより高い衝突エネルギーも許容する。しかしながら、1つの欠点は、フラグメントイオンに対して達成可能な最良の質量分解能でも再加速が使用される計器ほどは高くないことにある。
【0029】
フラグメントイオンが準安定崩壊(ポストソース崩壊、PSD)によって生成される場合、フラグメントイオンの生成は前駆イオンを解裂させる前駆イオン内の余分な内部エネルギーに依存する。余分なエネルギーは、MALDIイオン源において、レーザフルエンスをイオン発生に必要なしきい値を遙かに超える値にまで増大することによって生成される。
【0030】
衝突誘起解離(CID)の場合、フラグメンテーションは、中性ガス分子との高エネルギー衝突によって生じる。しかしながら、MALDIイオン源から効率的なCIDを達成するためには、レーザ出力はやはりしきい値レベルを超えていなければならない。
【0031】
TOF−MS/MSに必要とされる余分なレーザ出力の帰結として、前駆イオン、ひいてはフラグメントイオンの質量分解能は、レーザ出力がしきい値に近いTOF−MSの場合より遙かに低い。
【0032】
米国特許第5,739,529号明細書(Laukien)は、リフレクトロンTOF−MSにおける軸方向の空間分布を補償するための方法について記述している。この方法では、リフレクトロンまたはリフレクトロンと検出器との間の何れかに位置決めされる電極を使用してパルス静電場が印加され、空間分布が検出器に収束される。この方法は、極めて狭い質量レンジに渡ってTOF−MSイオンの質量分解能の向上をもたらす。
【0033】
しかしながら、本発明の発明者達は、この方法が、フラグメントイオンはリフレクトロンによって時間的に分離され、よってフラグメントの狭い質量レンジしか収束され得ないことに起因してTOF−MS/MSの空間分布の補償に適さないことに留意している。
【0034】
本発明は、上述のTOF−MS/MSを実行する知られている方法に付随するこの欠点および他の欠点に対処しようとするものである。
【0035】
本発明者達は、TOF−MS/MSの場合に観察される質量分解能の低減は、イオン源における速度および半径方向空間分布の増大だけでなく、軸方向空間分布の増大にも起因することに留意している。軸方向空間分布は、遅延引き出し法では初期の速度分布の収束を失わずには補償され得ず、かつTOFを介するイオンビームのコリメーションに使用されるようなDC静電場によっても補償され得ない。
【0036】
具体的には、本発明者達は、TOF−MS/MSに必要な増大されるレーザ出力は軸方向空間分布の増大に繋がることに留意している。
【課題を解決するための手段】
【0037】
以下で説明するように、本発明は、イオン源の軸方向空間分布の影響を速度分布等の他の分布に影響を与えずに補償することによってTOF−MS/MSの質量分解能を向上させる方法および装置を提供する。
【0038】
本発明は、具体的には、初期の速度分布を補償するために遅延引き出し法を使用して既にイオン源からイオンが引き出されているリフレクトロン飛行時間型質量分析計において、イオンの初期軸方向空間分布を収束するための方法および装置に関する。
【0039】
その最も一般的な意味において、本発明は、パルス静電場は速度分布が空間収束に至りかつ唯一初期の軸方向空間分布に起因してイオンが軸方向に分散されるフィールドフリー領域における1点でイオンに印加され得ることを提案する。本明細書における本発明の説明から明らかとなるが、具体的な利点は、TOF−MS/MSの高い質量分解能が達成されるように曲面場リフレクトロンとの組合せで達成されることが可能であることである。
【0040】
速度分布空間収束で静電場をパルス化することによりTOF−MS/MSの質量分解能を向上させるためのこの方法は、本明細書では「軸方向空間分布収束」または「ASDF」と称される。
【0041】
第1の態様において、本発明が提供する質量分析計は、
前駆イオンを発生するためのイオン源と、
前駆イオンからフラグメントイオンを発生するためのイオンフラグメンテーション手段と、
イオンの運動エネルギー分布を収束するためのリフレクトロンと、
イオン検出器とを含み、
さらに、使用に際して、イオンフラグメンテーション手段より後かつリフレクトロンより前にイオンに作用する軸方向空間分布の収束手段も含み、
軸方向空間分布の収束手段は、分析計のイオン光軸方向におけるイオンの空間分布を縮小するように動作可能である。
【0042】
好ましくは、軸方向空間分布の収束手段は、同じ質量のフラグメントイオンが検出器へ互いに略同時に到達するようにイオンの軸方向空間分布を縮小すべく動作可能である。
【0043】
好ましくは、軸方向空間分布の収束手段は、イオン源から軸方向の遠位へと静電位を低下させる軸方向の静電場を発生するための手段を含む。
【0044】
好ましくは、軸方向空間分布の収束手段は、イオン源から軸方向の遠位へと静電位を増大させる軸方向の静電場を発生するための手段を含む。
【0045】
好ましくは、軸方向の静電場を発生するための手段は、軸方向に互いに離隔された1対の電極を含む。適切には、電極は2mmから20mmまでの距離で、好ましくは2mmから10mmまで、より好ましくは2mmから5mmまでの距離で分離される。
【0046】
好ましくは、軸方向の静電場を発生するための手段は、イオン源に最も近い電極へ高電圧パルスを印加し、一方で他の電極を約0ボルト電位に保持するように動作可能である。
【0047】
適切には、電極には1kVから10kVまでの範囲の電圧、より好ましくは5kVから9kVまでの範囲の電圧が印加される。これらの範囲は、電極間のスペーシングが約5mmである場合に特に好ましい。
【0048】
好ましくは、軸方向の静電場を発生するための手段は、イオン源から最も遠い電極へ高電圧パルスを印加し、一方で他の電極を約0ボルト電位に保持するように動作可能である。
【0049】
好ましくは、軸方向の静電場を発生するための手段は、前駆イオンがイオン源に最も近い電極に存在するとき、またはイオン源に最も近い電極を通過した時点で高電圧パルスを印加するように動作可能である。
【0050】
好ましくは、軸方向の静電場を発生するための手段は、前駆イオンが電極対の間に存在するときに高電圧パルスを印加するように動作可能である。
【0051】
好ましくは、軸方向の静電場を発生するための手段は、前駆イオンがイオン源から最も遠い電極に存在するとき、またはイオン源から最も遠い電極を通過した時点で高電圧パルスを印加するように動作可能である。
【0052】
好ましくは、軸方向の静電場を発生するための手段は、少なくとも全ての前駆イオンおよびフラグメントイオンが軸方向空間分布の収束手段を通過するまで高電圧パルスを保持するように動作可能である。
【0053】
適切には、軸方向の静電場(ひいては電圧パルス)は、5μsから50μsまでの期間、より好ましくは5μsから20μsまで、かつ最も好ましくは10μsから15μsまでの期間に渡って保持される。軸方向静電場の持続時間は、実際には、親イオンの質量電荷比および初期のイオンエネルギーを基礎として選択される。
【0054】
適切には、質量分析計は、軸方向の静電場を制御するための制御手段を含む。適切には、制御手段はプロセッサまたはコンピュータである。好ましくは、制御手段は、軸方向の静電場が対象イオンに関して適時にオンおよびオフに切換されるように、軸方向静電場の動作をイオン源からのイオンの発生および/または引き出しと調和(例えば、同期)させる。適切には、制御手段は、イオン源からのイオンの発生および/または引き出しと、軸方向の静電場の動作との間に遅延を与える(例えば、計算する、かつ/またはメモリから取り出す)。
【0055】
好ましくは、質量分析計は、軸方向空間分布の収束手段とリフレクトロンとの間に位置決めされる電極を含み、この電極は、使用に際して軸方向空間分布収束手段によって生成される軸方向静電場を終わらせるように作用する。
【0056】
好ましくは、イオン源は、使用に際して同じ質量のフラグメントイオンが略同時に検出器に到達するように前駆イオンの運動エネルギー分布を収束する遅延引き出し源である。
【0057】
好ましくは、軸方向空間分布の収束手段は、イオン源によって生成される速度分布の空間収束点に略位置決めされる。
【0058】
実際には、空間収束およびASDFパルスが印加されるときにイオンが存在する点の個々のロケーションには幾分かの許容差がある。適切には、軸方向空間分布の収束手段は空間収束から10mm未満、好ましくは5mm未満、より好ましくは3mm未満、かつ最も好ましくは1mm未満を隔てて位置決めされる。
【0059】
イオン源からのイオンの遅延引き出しは、イオン源における異なる速度を有する全てのイオンが同時に一点に至らされる空間収束を生成するために使用されることが可能である。この時点で、イオンは、唯一イオン源における軸方向空間分布に起因する軸方向空間分布を有する。この空間収束においてパルス静電場を印加することにより、本発明の発明者達は、イオンが初期の軸方向空間分布に対応する追加の速度分布を取得することを発見している。この配置は、イオンが空間収束に存在するためにパルス静電場に起因する元々の速度分布の変化がないことから、特に有利である。静電場の強さは、余分な速度分布によって検出器に第2の空間収束が生じるように調整されることが可能である。これは速度分布の空間収束と同じ位置であることから、初期の速度分布および初期の軸方向空間分布の双方における全てのイオンが検出器に同時に到達する。その結果、1つの公称質量対電荷のピークの幅は縮小され、質量分解能は適宜向上される。
【0060】
好ましくは、リフレクトロンは曲面場リフレクトロンまたは二次場リフレクトロンの何れかである。
【0061】
リフレクトロンが曲面場リフレクトロンである場合、TOF−MSまたは前駆イオンのピーク幅が縮小されるだけでなく、TOF−MS/MSまたはフラグメントイオンのピーク幅も収束される前駆物質から生成されることが分かる。これは、フラグメントイオンが前駆イオンと同じ公称速度を有し、よって、フラグメントイオンの空間収束が前駆イオンのそれに接近するように同じ速度分布および曲面場リフレクトロンが設計されることに起因する。
【0062】
曲面場リフレクトロンが好ましい一方で、フラグメントイオンの検出器における空間収束は公称的に親イオンのそれと同じである、またはこれに極めて近いことにおいて曲面場リフレクトロンに類似する挙動を生み出すために他のリフレクトロンが使用されることも可能である。これらの例には、米国特許第4,625,112号明細書(Yoshida)および米国特許第7,075,065号明細書(Colburn)に記述されているような略二次である場形状が含まれる。ASDFをこれらのタイプのリフレクトロンと共に使用すれば、曲面場リフレクトロンと比較し得る結果を達成することが可能である。同様に、フラグメントイオンおよび親イオンの近同時的収束を生成することができる任意タイプのリフレクトロンが、ASDF法と共に使用される可能性もある。
【0063】
好ましくは、イオンフラグメンテーション手段は衝突誘起解離(CID)デバイスである。
【0064】
好ましくは、分析計は、所望の質量のイオンのみがイオンゲートを通過するように、所望の質量のイオンを選択するためのイオンゲートを含み、イオンゲートは、イオン源と軸方向空間分布の収束手段との間に位置決めされる。
【0065】
好ましくは、イオンゲートは、イオンがイオンゲートを通過することを防止される第1のモード、およびイオンがイオンゲートを通過することができる第2のモードにおいて動作可能である。適切には、イオンゲートは、所望の質量レンジの前駆イオンを選択するように第1および第2のモード間で切換される。好ましくは、前駆イオンの切換および選択は、同じイオンパルスから複数の前駆イオンセットが解裂されて分析され得るように反復される。
【0066】
したがって、本発明は、一度に2つ以上の前駆物質からTOF−MS/MSスペクトルを収集するために使用されることが可能である。これは、複数の前駆物質のMS/MSデータが個々の前駆物質毎にTOF−MS/MS実験を反復する必要なしに取得され得るという利点を有する。これは、合計実験時間および試料消費量の双方を低減する。前駆イオン(およびこれに伴うそのフラグメントイオン)は、飛行管を通過するにつれてその質量にしたがって分離する。前駆イオンの質量は、前駆イオンがゲート内に存在する間はオフに切換されるパルスイオンゲートによって選択される。イオンゲートを複数回オフに切換することによって、複数の前駆イオン(およびそのフラグメント)を質量順に、質量の少ないものから送ることが可能である。最も少ない質量の前駆イオンがASDFパルサに到着すると、ASDFパルサは軸方向空間分布をその前駆物質に応じて適切に収束するようにパルス化される。ASDFパルサは、次の前駆物質が到着するまで再度オフに切換され、次の前駆物質が到達した時点で、新しい前駆物質に適する静電場でオンに切換される。各前駆物質のTOF−MS/MSスペクトルは分離された後に検出され、かつ曲面場リフレクトロンによって収束される。
【0067】
実際には、隣接する前駆物質からのTOF−MS/MSスペクトルは時間的に重なってもよい。重なる度合いは、前駆物質の飛行時間の差に依存する。重なりが発生する場所は、異なる前駆物質からのフラグメントが混同する原因となる可能性もある。重なりの効果を低減する方法としては、幾つか可能性がある。第1に、前駆物質の質量分離は、隣接する前駆物質間の重なりがフラグメント質量の実用的範囲に制限されるように、イオンゲートの選択的切換によって最小値に設定されることが可能である。第2に、ピーク幅または質量分解能の差によって、ある前駆物質の低質量フラグメントを次の前駆物質の高質量フラグメントから区別することが可能である。第3に、フラグメントのキャリブレーションはそれらの起源である前駆物質のフラグメントについてのみ有効であることから、正しいフラグメントを同位体スペーシングから区別することが可能である。これは、フラグメントが適切な前駆物質のキャリブレーションを有する場合にのみ、必ずしも1Daではない特定の値になる。
【0068】
さらなる態様において、本発明は質量分析法を実行するための方法を提供し、方法は、順次下記のステップ:
(a)イオン源から前駆イオンを発生するステップと、
(b)イオンフラグメンテーション手段を使用して、前駆イオンからフラグメントイオンを発生するステップと、
(c)分析計の軸方向に関連して、幾つかのイオンまたは全てのイオンの空間分布を縮小するステップと、
(d)リフレクトロンを使用して、イオンの運動エネルギー分布を収束するステップと、
(e)検出器においてイオンを検出するステップと、を含む。
【0069】
好ましくは、軸方向空間分布は、同じ質量のフラグメントイオンが検出器へ互いに略同時に到達するように縮小される。
【0070】
好ましくは、軸方向空間分布は、静電位をイオン源から軸方向に遠位へと減少させる軸方向静電場を発生することによって縮小される。
【0071】
好ましくは、軸方向空間分布は、静電位をイオン源から軸方向に遠位へと増大させる軸方向静電場を発生することによって縮小される。
【0072】
好ましくは、軸方向静電場は軸方向に互いに離隔された1対の電極によって提供され、イオン源に最も近い電極に高電圧パルスが印加される一方で他方の電極は約ゼロボルト電位に保持される。
【0073】
好ましくは、軸方向静電場は軸方向に互いに離隔された1対の電極によって提供され、イオン源から最も遠い電極に高電圧パルスが印加される一方で他方の電極は約ゼロボルト電位に保持される。
【0074】
好ましくは、高電圧パルスは、前駆イオンがイオン源に最も近い電極に存在するとき、またはイオン源に最も近い電極を通過した時点で印加される。
【0075】
好ましくは、高電圧パルスは、前駆イオンが電極対の間に存在する時点で印加される。
【0076】
好ましくは、高電圧パルスは、前駆イオンがイオン源から最も遠い電極に存在するとき、またはイオン源から最も遠い電極を通過した時点で印加される。
【0077】
好ましくは、高電圧パルスは、少なくとも全ての前駆イオンおよびフラグメントイオンが電極対を通過するまで保持される。
【0078】
好ましくは、イオン源は、同じ質量のフラグメントイオンが略同時に検出器に到達するように前駆イオンの運動エネルギー分布を収束する遅延引き出し源である。
【0079】
好ましくは、分析計の軸方向に関連して幾つかのイオンまたは全てのイオンの空間分布を縮小するステップは、イオン源によって生成される速度分布の空間収束点で発生する。
【0080】
好ましくは、方法は、軸方向の空間分布を縮小することに先行して所望の質量レンジのイオンを選択することを含む。
【0081】
好ましくは、所望の質量レンジのイオンは、イオンが分析計に沿って軸方向へ検出器を通過することを防止するためのイオン選択静電場を提供し、かつイオン選択静電場をオフに切換して所望の質量レンジのイオンを分析計に沿って軸方向へ通過させることによって選択される。
【0082】
好ましくは、方法は、(i)第1の所望の質量レンジを有する第1のイオンセットを選択して、分析計の軸方向における第1のイオンセットの空間分布を縮小するステップと、(ii)第2の所望の質量レンジを有する第2のイオンセットを選択して、分析計の軸方向における第2のイオンセットの空間分布を縮小するステップとを含む。
【0083】
本発明の任意の1つの態様の任意選択の特徴および/または好ましい特徴は全て、他の態様の任意の1つに当てはめられてもよい。具体的には、分析計の態様に関連づけられる任意選択の特徴および好ましい特徴は、方法の態様にも当てはまり、逆もまた同様である。本発明の任意の1つの態様は、任意の1つまたは複数の他の態様に関連づけられてもよい。
【0084】
以下、添付の図面を参照して、本発明に関する実施形態および実験について説明する。
【図面の簡単な説明】
【0085】
【図1】イオン源における半径方向の空間分布を示す。
【図2】イオン源における角度分布を示す。
【図3】イオン源における軸方向の速度分布を示す。
【図4】イオン源における軸方向の空間分布を示す。
【図5】前駆イオンおよびフラグメントイオンが進入する直前のASDFパルサを示す略図である。
【図6】前駆イオンおよびフラグメントイオンが進入した直後のASDFパルサを示す略図である。
【図7】本発明の一実施形態を示す略ブロック図である。
【図8】あるイオンモデルの初期のイオンの軌跡を示す。
【図9】ASDFパルサを介して曲面場リフレクトロンの方へ、かつ検出器へと戻るイオンの軌跡を示す。
【図10】ASDFなしの50μm軸方向空間分布に対する前駆物質ACTH 18−39(m/z 2466Da)のフラグメントイオンのピーク幅および質量分解能を示す。
【図11】ASDFを行った50μm軸方向空間分布に対する前駆物質ACTH 18−39(m/z 2466Da)のフラグメントイオンのピーク幅および質量分解能を示す。
【図12】ASDFを行った場合と行わない場合の、50μm軸方向空間分布に対する前駆物質ACTH 18−39(m/z 2466Da)のフラグメントの質量分解能の比較を示す。
【発明を実施するための形態】
【0086】
図5に示されている実施形態では、ASDFパルサ50は、開口または高透過性グリッドであってもよい2つの電極52、54を有するセルからなる。この実施形態では、電極は数mmで離隔されているが、他にも例えば2mmから20mmまでのスペーシングが可能である。図5には示されていないが、パルサ50は、CIDセルの後ろ、かつ準安定崩壊によりフラグメントイオン形成が発生するポイントの後ろ、但しリフレクトロンより前である飛行管内のポイントに位置合わせされる。好適であるように、イオン源における遅延引き出しは、初期速度分布の空間収束点がASDFパルサの位置である、またはASDFパルサの位置に接近するように仕組まれる。パルス静電場は、対象前駆イオン56、58がパルサ50へ進入した時点で第1の電極52へ高電圧パルス60を印加することによって発生される。この間、第2の電極54は0Vに保持される。
【0087】
初期の軸方向空間分布を収束するに十分な適切な静電場は、第1の電極52上の電圧パルスの振幅を調整することによって生成される。したがって、図6に示されているように、電位V1は、対象イオンが全てセル内に進入した(すなわち、第1の電極を通過した)時点で第1の電極52へ印加される。適切な電圧は、1kVから10kVまでの範囲内、より好ましくは5kVから9kVまでの範囲内である。電圧は、少なくとも全ての前駆イオンおよびフラグメントイオンがパルサを通過する時点まで保持される。適切なパルス持続時間は5μsから50μsまで、5μsから20μsまで、かつ10μsから15μsまでである。この間、第2の電極54は0Vに保持され、よってパルサ内の静電位はイオン光軸に沿って(すなわち、軸方向で)変わる。したがって、軸方向静電場は、対象イオンがパルサ内に存在する間に提供される。図6から認識され得るように、静電位は第1の電極に近いほど高く、第1の電極からの距離が長くなるほど低くなる。電極間のこの電位勾配は、第1の電極により近いイオンの方が第2の電極により近いイオンより長く加速を経験することを意味する。このようにして、後にパルサへ到達する対象イオンは、先に到達したイオンより大きい速度増加を経験する。これにより、対象イオンは互いにまとまり、それによって初期の軸方向分布は縮小され、またはなくされる。
【0088】
この実施形態および他の実施形態では、印加される電位の極性は正である可能性も負である可能性もあり、よって軸方向静電場はイオンを加速または減速する。
【0089】
さらなる実施形態では、配置は図5および図6に示されているものに等しいが、高電圧パルスは第2の電極54へ印加され、一方で第1の電極が接地される点が異なる。さらに、ある動作モードでは、パルスのタイミングは、対象イオンが第2の電極54の背後にある(たとえば、第1および第2の電極間に位置決めされる)時点でパルスが印加されるというものである。さらなる動作モードでは、パルスは、対象イオンが第2の電極54の前(すなわち、第2の電極と検出器との間)にある時点で印加される。
【0090】
パルスが第2の電極へ印加されるこのさらなる実施形態では、軸方向の静電場が適切に終了されるように、第2の電極の後ろに位置決めされる接地された第3の電極が存在する。
【0091】
図7には、完全なTOF−MS/MS計器70のブロック図が示されている。ASDFパルサ/セル72は、CIDセル74とリフレクトロン76との間に位置決めされている。したがって、MALDI源78から発生される前駆イオンは初期の軸方向空間分布を有し、線形TOF80を通過しかつCIDセル74内で衝突誘起解離を経験して(前駆イオンの初期の軸方向空間分布を有する)フラグメントイオンを生成する。フラグメントイオンは次にASDFパルサ/セル72を通過し、イオンには、リフレクトロン82への入口でイオンが収束される(すなわち、もはや初期の軸方向空間分布を持たない)ようにイオンに補正速度を与えるべく軸方向の静電場が印加される。
【0092】
本発明の有効性は、飛行時間質量分析計(SIMION 3d V8)のイオン軌跡モデリングで例証されることが可能である。図8は、半径方向の空間分布100μm、角度分布30゜および軸方向速度分布350から650ms−1に対応する試料表面上の3点90からの親(前駆)イオンの初期軌跡を示している。また、初期軌跡は同じであるがMS/MSイオンを生成するためのレーザ出力の増加によって生じる軸方向空間分布を表すために(かつ/または厚い試料から発生されるイオンを表すために)試料表面より50μm上の点を起点とするイオン92も含まれている。
【0093】
図9は、親イオンの遅延引き出し、フラグメントイオンを形成するためのCID、(ASDFセル102内の)ASDFパルシングおよび曲面場リフレクトロン(図示せず)を辿る検出器100において親質量の50%を有するフラグメントイオンの軌跡を示している。
【0094】
図10のグラフは、公称質量電荷比は2466Daであるが、ASDFパルサを使用しない最良の質量分解能のためにセットアップされた質量分析計を用いてペプチドACTH18−39の異なる質量フラグメントに関して、検出器におけるピーク幅および対応する質量分解能を示している。ピーク幅は、典型的には、フラグメントイオンの2000未満である質量分解能に対応する14ns前後であることが分かる。この質量分解能は、フラグメントイオンの同位体分布を分解するには不十分であると思われる。
【0095】
図11のグラフは、同じイオンに関する結果を示しているが、この場合、イオン源の遅延引き出しはASDFパルサにおいて空間収束を生成するように調整され、かつASDFパルサの9kVパルスが第1の電極(グリッドであるが、電極は例えば開口である別の形を有する可能性もある)へ印加された。9kVパルスは、フラグメントイオンがパルサに入った後に第1の電極へ印加されている。この事例では、ピーク幅は、最大10,000までのフラグメント質量分解能で2ns前後まで低減されている。この分解能は、フラグメント同位体分布における個々のピークを容易に分離するに十分であるフラグメントのピーク幅、約0.25Daに相当する。
【0096】
図12には、ASDFを行う場合と行わない場合の本例のTOF−MS/MS質量分解能の直接的比較が示されている。明らかに、フラグメント質量の範囲全体に渡って、質量分解能の著しい向上が達成されている。
【技術分野】
【0001】
本発明は質量分析計のための、特にはTOF(「飛行時間」)質量分析計のための方法と装置に関する。具体的には、本発明は、イオンの軸方向空間分布を収束するための方法と装置に関する。
【背景技術】
【0002】
TOF質量分析は、イオンを加速して検出器までのその飛行時間を測定することによりイオンの質量電荷比を測定するための分析技術である。
【0003】
TOF質量分析の知られている2方法は、マトリクス支援レーザ脱離/イオン化TOF質量分析法(「MALDI TOF」質量分析法)、およびタンデムTOF質量分析法(「TOF−MS/MS」質量分析法)である。MALDI TOF−MSおよびTOF−MS/MSは、長い間、例えば生体系における高分子化合物を同定する方法として確立されている。
【0004】
MALDI TOF−MSでは、試料プレート上の生体物質試料と光吸収マトリクスとの混合物の上の小さいスポット(「レーザスポット」)へレーザパルスが収束され、イオンのパルスが生成される。
【0005】
このイオンパルスは、飛行時間質量分析計、すなわちTOF−MSによって分析かつ検出され、イオンの質量電荷比が測定される。
【0006】
TOF−MS/MS質量分析法では、イオンはフラグメンテーションを受けた後に分析されかつ検出される。イオンは、例えば準安定崩壊(ポストソース崩壊、PSD)によって、または衝突誘起解離(CID)によって解裂されてもよい。TOF−MS/MSは、前駆イオン(非フラグメントイオン)および生成イオン(フラグメントイオン)の双方の分析を可能にすることから有益である。TOF−MS/MS質量分析法は、MALDI TOF質量分析法と組み合わせて使用されることが可能である。言い替えれば、MALDIイオン源は、イオンが検出より前にフラグメンテーションを受ける質量分析計において使用されることが可能である。
【0007】
TOF質量分析計のイオン源では、イオンを抽出する時点で、その初期の方向、位置およびエネルギーを特徴づけるイオンの異なる分布が存在している。例えば、半径方向位置のレンジ(イオン光軸からの距離)は、図1に示すようにスポットサイズによって決定される。したがって、試料プレート1から脱離した後、イオン2、4はイオン光軸6(分析計の主軸)から距離Rだけ離隔される。MALDI源の場合、Rのサイズは、レーザビームによって試料からイオンが生成される領域である「レーザスポット」の直径によって決定される。
【0008】
図2に示すように、イオン源における各点は、初期方向の、またはイオン光軸に対してある角度を成して分布を生成することができる。したがって、イオン10は、イオンを源からイオン光軸6に対して角度θで進ませるような半径方向成分を有する速度を有する場合がある。これは、イオンプルーム12のスポット14の中心から外側への拡張を特徴づける。
【0009】
またイオンは、図3に示すように、初期のエネルギーまたは速度のレンジを備えて生成される。したがって、イオンプルーム内のイオン20、22は異なるエネルギーまたは速度を有し、よって、例えばイオン20のエネルギーE1はイオン22のエネルギーE2より小さい場合がある。
【0010】
MALDI試料の場合、軸方向の速度分布は、一般にジェット速度として知られる、典型的には約数100ms−1である分布に相当する。
【0011】
また、図4に示すように、イオンには、試料表面に対して軸方向に直角な空間分布も存在する。これは、試料のトポグラフィおよび/または厚さに起因してイオンの始動位置が異なることによる可能性がある。またこれは、軸方向速度とカップリングされるイオンの始動時間が異なることによる可能性もある。したがって、イオン30、32は、(イオン光軸6に平行する)軸方向の空間で距離Zだけ分離される。
【0012】
これらの分布は各々TOF−MS(およびTOF−MS/MS)のパフォーマンスに影響し、結果は単一の質量が荷電するピークの幅によって測定され、つまりはこれが質量分解能を決定する。
【0013】
影響の大きさは、様々な手段によって制御されることが可能である。例えば、半径方向の空間分布は焦点を合わされるレーザスポットのサイズによって設定され、かつ質量分析計内のイオン光学レンズのコリメーションによって制御される。同様に、角度分布の影響もイオン光学系内のレンズによって制御される。
【0014】
軸方向空間分布または遅延引き出し法による速度分布の何れかは、イオンの空間分布とパルス静電場との組合せを使用して飛行管内に空間収束を生成することにより補償することが可能である[W.C.WileyおよびI.H.McLaren共著「Time−of−Flight Mass Spectrometer with Improved Resolution」Rev.Sci.Instrum.、26、1150(1955年)]。空間収束は、速度分布内の全てのイオンが同時に集まる点である。空間収束は、線形飛行時間型の事例では検出器に存在する可能性があり、またはリフレクトロン飛行時間型ではイオンミラーの前側焦点がそれである可能性がある。
【0015】
しかしながら、イオン源からの遅延引き出し法を使用する場合、軸方向分布は一度に1つしか収束され得ないことは知られている。初期の軸方向空間分布または初期の軸方向速度分布は何れも空間収束へと至らされ得るが、双方が同時的にではない。
【0016】
エレクトロスプレーTOF−MS等、ビームからのイオンの直交引き出しの場合、軸方向の空間分布は遅延引き出しによって収束されるが、飛行時間用の軸方向速度分布は直交方向にあって極く少量である。
【0017】
MALDIまたはSIMSイオン源等のイオン源では、イオンは遅延引き出し法を使用することによってプレート上に蒸着された試料の表面から脱離され、これにより、速度分布が収束される。これは、初期の軸方向空間分布のサイズが、遅延引き出しより前の遅延時間の間に速度分布によって生成されるイオンの空間分布より遙かに小さいことを基礎として動作する。しかしながら、これは、試料が極薄(数ミクロン)である場合、かつ/またはレーザ出力が、イオンが試料表面のみから生じるようにイオンを発生させるためのしきい値に極めて近い場合にしか該当しない。
【0018】
したがって、脱離される試料の深度が極めて薄くかつレーザ出力がしきい値に極めて近い遅延引き出しイオン源と結合されたイオンビームをコリメートすることに適するイオン光学系設計を使用すれば、TOF−MSのための極めて高い質量分解能を達成することが可能である。
【0019】
TOF−MSでは、試料からの分子の質量電荷比が測定されるように、イオン源から引き出されたイオンはそのまま検出器に到達する。イオンがより小さい小片またはフラグメントに分裂するように製造されていれば、フィールドフリー領域では、リフレクトロンTOF−MSによってフラグメントイオンの質量電荷比を測定することが可能であり、よってTOF−MS/MSを実行することが可能である。タンデムTOFまたはTOF/TOFとしても知られるこの技術は、試料から脱離された分子の構造分析を可能にする。よって、例えばペプチドまたはタンパク質試料のアミノ酸配列は、TOF−MS/MSまたはフラグメントスペクトルから決定されることが可能である。
【0020】
TOF−MS/MSでは、イオンはTOFのフィールドフリー領域において解裂し、かつ準安定崩壊の過程および/または高圧領域における中性ガスとの衝突(CID)の何れかによっても解裂する。
【0021】
イオンが外力の存在しない飛行管または衝突セル等のフィールドフリー領域内で解裂するとき、フラグメントは、効果的には親(前駆)イオンの速度と同じである速度を続ける。つまりこれは、フラグメントイオンのエネルギーが、フラグメント質量の親質量に対する割合における親イオンエネルギーの一部にまで低減されることを意味する。言い替えれば、下記の関係式が当てはまる。但し、Efはフラグメントイオンの運動エネルギーであり、Epは親イオンの運動エネルギーであり、mfはフラグメントイオンの質量であり、かつmpは親イオンの質量である。
【数1】
【0022】
線形TOF−MSの場合、フラグメントイオンと親(前駆)イオンとの間には、これらが同じ速度を有し、したがって検出器まで同じ飛行時間を有することに起因して区別する方法がない。しかしながら、先に述べたように、リフレクトロンを使用すればフラグメントイオン同士を区別することは可能である。イオンによってリフレクトロン内へ進入される距離は、イオンのリフレクトロンへの進入に伴って静電位がイオンの運動エネルギーと等しくなる点によって決定されることから、リフレクトロンは、効果的にはエネルギー分析器である。フラグメントイオンの場合、リフレクトロン内へ進入される距離は、フラグメント質量の親質量に対する割合によって決定されるエネルギーの関数である。リフレクトロンを通る飛行時間はリフレクトロン内へ進入される距離に依存することから、フラグメントイオンの飛行時間は、フラグメント質量の親質量に対する割合の関数となる。
【0023】
したがって、原則的には、どのリフレクトロンもTOF−MS/MSスペクトルを生成することができる。しかしながら、親イオンは初期のエネルギー分布を有することから、フラグメントイオンもあるエネルギー分布を有する。公称イオンエネルギーと、リフレクトロンから初期エネルギーの異なるイオンが収束される検出器までの距離との関係は、リフレクトロン内のフィールドまたは電圧分布の形状に依存する。最も一般的なリフレクトロンは、前から後ろへ線形的に変わる電圧分布を有する。リフレクトロン内には、(これらをより小型化するために)しばしば2つ以上のセクションが存在し、その各々が異なる電圧勾配を有する。このような線形場リフレクトロンの場合、リフレクトロンと検出器の適切なロケーションとの距離もやはり公称イオンエネルギーに伴って線形的に変わる。その結果、最適な質量分解能のための検出器の位置はフラグメント質量に伴って線形的に変わることになる。しかしながら、実際には、検出器はリフレクトロンから定距離にあることから、フラグメントの質量分解能は質量が親質量から減るにつれて急速に降下する。結果、線形場リフレクトロンは、完全なフラグメント質量レンジが収束されかつ優れた質量分解能を有するTOF−MS/MSスペクトルをそれ自体で生成することはできない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0024】
【特許文献1】米国特許第6,512,225号明細書
【特許文献2】米国特許第6,703,608号明細書
【特許文献3】米国特許第5,464,985号明細書
【特許文献4】米国特許第5,739,529号明細書
【特許文献5】米国特許第4,625,112号明細書
【特許文献6】米国特許第7,075,065号明細書
【非特許文献】
【0025】
【非特許文献1】W.C.WileyおよびI.H.McLaren共著「Time−of−Flight Mass Spectrometer with Improved Resolution」Rev.Sci.Instrum.、26、1150(1955年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0026】
初期の計器は、リフレクトロン電圧をステッピングしてフラグメントスペクトルの小セグメントを一度に分析することによってこの問題点を回避した。これの主な欠点は、複数のスペクトルを収集しかつ次にこれらを「縫い」合わせなければならなかったことにある。その結果、実験時間は長くなり、かつ試料消費がかさむ。
【0027】
最近では、製造者は、フラグメントエネルギーのレンジが線形リフレクトロンにより優れた質量分解能が生成される狭いレンジに効果的に圧縮されるように、イオンをフラグメンテーションが発生した後に再加速することによってこの問題を回避している。いわゆるTOF/TOF計器[例えば、米国特許第6,512,225号明細書(Vestal)および米国特許第6,703,608号明細書(Holle)参照]は、典型的には1keVから8keVまでである低エネルギーで始動するか、イオンをこの低エネルギーまで減速させ、次に第2の遅延引き出し領域によってイオンを約20keVまたはこれを超える公称エネルギーにまで再加速する。このような計器は、パルス化された高圧場を追加する必要があることから複雑かつ高価であるという欠点を有する。
【0028】
ある代替方法は、異なるフラグメントイオン質量の検出器までの距離レンジが線形リフレクトロンの場合より遙かに小さくなるように、電位分布が非線形であるリフレクトロンを使用するものである。このようなリフレクトロンは、米国特許第5,464,985号明細書(Cotter)に記載されているように曲面場リフレクトロンとして知られる。この場合は、フラグメントイオンを再加速することなく、完全なTOF−MS/MSスペクトルを優れたフラグメントイオン質量分解能で測定することが可能である。したがって、イオンは、源からリフレクトロンまで20keVの公称エネルギーを有する。この方法は、複雑さおよびコストが低いという利点を有し、しかもより高い初期エネルギーおよびそれゆえにCIDを使用する場合にはより高い衝突エネルギーも許容する。しかしながら、1つの欠点は、フラグメントイオンに対して達成可能な最良の質量分解能でも再加速が使用される計器ほどは高くないことにある。
【0029】
フラグメントイオンが準安定崩壊(ポストソース崩壊、PSD)によって生成される場合、フラグメントイオンの生成は前駆イオンを解裂させる前駆イオン内の余分な内部エネルギーに依存する。余分なエネルギーは、MALDIイオン源において、レーザフルエンスをイオン発生に必要なしきい値を遙かに超える値にまで増大することによって生成される。
【0030】
衝突誘起解離(CID)の場合、フラグメンテーションは、中性ガス分子との高エネルギー衝突によって生じる。しかしながら、MALDIイオン源から効率的なCIDを達成するためには、レーザ出力はやはりしきい値レベルを超えていなければならない。
【0031】
TOF−MS/MSに必要とされる余分なレーザ出力の帰結として、前駆イオン、ひいてはフラグメントイオンの質量分解能は、レーザ出力がしきい値に近いTOF−MSの場合より遙かに低い。
【0032】
米国特許第5,739,529号明細書(Laukien)は、リフレクトロンTOF−MSにおける軸方向の空間分布を補償するための方法について記述している。この方法では、リフレクトロンまたはリフレクトロンと検出器との間の何れかに位置決めされる電極を使用してパルス静電場が印加され、空間分布が検出器に収束される。この方法は、極めて狭い質量レンジに渡ってTOF−MSイオンの質量分解能の向上をもたらす。
【0033】
しかしながら、本発明の発明者達は、この方法が、フラグメントイオンはリフレクトロンによって時間的に分離され、よってフラグメントの狭い質量レンジしか収束され得ないことに起因してTOF−MS/MSの空間分布の補償に適さないことに留意している。
【0034】
本発明は、上述のTOF−MS/MSを実行する知られている方法に付随するこの欠点および他の欠点に対処しようとするものである。
【0035】
本発明者達は、TOF−MS/MSの場合に観察される質量分解能の低減は、イオン源における速度および半径方向空間分布の増大だけでなく、軸方向空間分布の増大にも起因することに留意している。軸方向空間分布は、遅延引き出し法では初期の速度分布の収束を失わずには補償され得ず、かつTOFを介するイオンビームのコリメーションに使用されるようなDC静電場によっても補償され得ない。
【0036】
具体的には、本発明者達は、TOF−MS/MSに必要な増大されるレーザ出力は軸方向空間分布の増大に繋がることに留意している。
【課題を解決するための手段】
【0037】
以下で説明するように、本発明は、イオン源の軸方向空間分布の影響を速度分布等の他の分布に影響を与えずに補償することによってTOF−MS/MSの質量分解能を向上させる方法および装置を提供する。
【0038】
本発明は、具体的には、初期の速度分布を補償するために遅延引き出し法を使用して既にイオン源からイオンが引き出されているリフレクトロン飛行時間型質量分析計において、イオンの初期軸方向空間分布を収束するための方法および装置に関する。
【0039】
その最も一般的な意味において、本発明は、パルス静電場は速度分布が空間収束に至りかつ唯一初期の軸方向空間分布に起因してイオンが軸方向に分散されるフィールドフリー領域における1点でイオンに印加され得ることを提案する。本明細書における本発明の説明から明らかとなるが、具体的な利点は、TOF−MS/MSの高い質量分解能が達成されるように曲面場リフレクトロンとの組合せで達成されることが可能であることである。
【0040】
速度分布空間収束で静電場をパルス化することによりTOF−MS/MSの質量分解能を向上させるためのこの方法は、本明細書では「軸方向空間分布収束」または「ASDF」と称される。
【0041】
第1の態様において、本発明が提供する質量分析計は、
前駆イオンを発生するためのイオン源と、
前駆イオンからフラグメントイオンを発生するためのイオンフラグメンテーション手段と、
イオンの運動エネルギー分布を収束するためのリフレクトロンと、
イオン検出器とを含み、
さらに、使用に際して、イオンフラグメンテーション手段より後かつリフレクトロンより前にイオンに作用する軸方向空間分布の収束手段も含み、
軸方向空間分布の収束手段は、分析計のイオン光軸方向におけるイオンの空間分布を縮小するように動作可能である。
【0042】
好ましくは、軸方向空間分布の収束手段は、同じ質量のフラグメントイオンが検出器へ互いに略同時に到達するようにイオンの軸方向空間分布を縮小すべく動作可能である。
【0043】
好ましくは、軸方向空間分布の収束手段は、イオン源から軸方向の遠位へと静電位を低下させる軸方向の静電場を発生するための手段を含む。
【0044】
好ましくは、軸方向空間分布の収束手段は、イオン源から軸方向の遠位へと静電位を増大させる軸方向の静電場を発生するための手段を含む。
【0045】
好ましくは、軸方向の静電場を発生するための手段は、軸方向に互いに離隔された1対の電極を含む。適切には、電極は2mmから20mmまでの距離で、好ましくは2mmから10mmまで、より好ましくは2mmから5mmまでの距離で分離される。
【0046】
好ましくは、軸方向の静電場を発生するための手段は、イオン源に最も近い電極へ高電圧パルスを印加し、一方で他の電極を約0ボルト電位に保持するように動作可能である。
【0047】
適切には、電極には1kVから10kVまでの範囲の電圧、より好ましくは5kVから9kVまでの範囲の電圧が印加される。これらの範囲は、電極間のスペーシングが約5mmである場合に特に好ましい。
【0048】
好ましくは、軸方向の静電場を発生するための手段は、イオン源から最も遠い電極へ高電圧パルスを印加し、一方で他の電極を約0ボルト電位に保持するように動作可能である。
【0049】
好ましくは、軸方向の静電場を発生するための手段は、前駆イオンがイオン源に最も近い電極に存在するとき、またはイオン源に最も近い電極を通過した時点で高電圧パルスを印加するように動作可能である。
【0050】
好ましくは、軸方向の静電場を発生するための手段は、前駆イオンが電極対の間に存在するときに高電圧パルスを印加するように動作可能である。
【0051】
好ましくは、軸方向の静電場を発生するための手段は、前駆イオンがイオン源から最も遠い電極に存在するとき、またはイオン源から最も遠い電極を通過した時点で高電圧パルスを印加するように動作可能である。
【0052】
好ましくは、軸方向の静電場を発生するための手段は、少なくとも全ての前駆イオンおよびフラグメントイオンが軸方向空間分布の収束手段を通過するまで高電圧パルスを保持するように動作可能である。
【0053】
適切には、軸方向の静電場(ひいては電圧パルス)は、5μsから50μsまでの期間、より好ましくは5μsから20μsまで、かつ最も好ましくは10μsから15μsまでの期間に渡って保持される。軸方向静電場の持続時間は、実際には、親イオンの質量電荷比および初期のイオンエネルギーを基礎として選択される。
【0054】
適切には、質量分析計は、軸方向の静電場を制御するための制御手段を含む。適切には、制御手段はプロセッサまたはコンピュータである。好ましくは、制御手段は、軸方向の静電場が対象イオンに関して適時にオンおよびオフに切換されるように、軸方向静電場の動作をイオン源からのイオンの発生および/または引き出しと調和(例えば、同期)させる。適切には、制御手段は、イオン源からのイオンの発生および/または引き出しと、軸方向の静電場の動作との間に遅延を与える(例えば、計算する、かつ/またはメモリから取り出す)。
【0055】
好ましくは、質量分析計は、軸方向空間分布の収束手段とリフレクトロンとの間に位置決めされる電極を含み、この電極は、使用に際して軸方向空間分布収束手段によって生成される軸方向静電場を終わらせるように作用する。
【0056】
好ましくは、イオン源は、使用に際して同じ質量のフラグメントイオンが略同時に検出器に到達するように前駆イオンの運動エネルギー分布を収束する遅延引き出し源である。
【0057】
好ましくは、軸方向空間分布の収束手段は、イオン源によって生成される速度分布の空間収束点に略位置決めされる。
【0058】
実際には、空間収束およびASDFパルスが印加されるときにイオンが存在する点の個々のロケーションには幾分かの許容差がある。適切には、軸方向空間分布の収束手段は空間収束から10mm未満、好ましくは5mm未満、より好ましくは3mm未満、かつ最も好ましくは1mm未満を隔てて位置決めされる。
【0059】
イオン源からのイオンの遅延引き出しは、イオン源における異なる速度を有する全てのイオンが同時に一点に至らされる空間収束を生成するために使用されることが可能である。この時点で、イオンは、唯一イオン源における軸方向空間分布に起因する軸方向空間分布を有する。この空間収束においてパルス静電場を印加することにより、本発明の発明者達は、イオンが初期の軸方向空間分布に対応する追加の速度分布を取得することを発見している。この配置は、イオンが空間収束に存在するためにパルス静電場に起因する元々の速度分布の変化がないことから、特に有利である。静電場の強さは、余分な速度分布によって検出器に第2の空間収束が生じるように調整されることが可能である。これは速度分布の空間収束と同じ位置であることから、初期の速度分布および初期の軸方向空間分布の双方における全てのイオンが検出器に同時に到達する。その結果、1つの公称質量対電荷のピークの幅は縮小され、質量分解能は適宜向上される。
【0060】
好ましくは、リフレクトロンは曲面場リフレクトロンまたは二次場リフレクトロンの何れかである。
【0061】
リフレクトロンが曲面場リフレクトロンである場合、TOF−MSまたは前駆イオンのピーク幅が縮小されるだけでなく、TOF−MS/MSまたはフラグメントイオンのピーク幅も収束される前駆物質から生成されることが分かる。これは、フラグメントイオンが前駆イオンと同じ公称速度を有し、よって、フラグメントイオンの空間収束が前駆イオンのそれに接近するように同じ速度分布および曲面場リフレクトロンが設計されることに起因する。
【0062】
曲面場リフレクトロンが好ましい一方で、フラグメントイオンの検出器における空間収束は公称的に親イオンのそれと同じである、またはこれに極めて近いことにおいて曲面場リフレクトロンに類似する挙動を生み出すために他のリフレクトロンが使用されることも可能である。これらの例には、米国特許第4,625,112号明細書(Yoshida)および米国特許第7,075,065号明細書(Colburn)に記述されているような略二次である場形状が含まれる。ASDFをこれらのタイプのリフレクトロンと共に使用すれば、曲面場リフレクトロンと比較し得る結果を達成することが可能である。同様に、フラグメントイオンおよび親イオンの近同時的収束を生成することができる任意タイプのリフレクトロンが、ASDF法と共に使用される可能性もある。
【0063】
好ましくは、イオンフラグメンテーション手段は衝突誘起解離(CID)デバイスである。
【0064】
好ましくは、分析計は、所望の質量のイオンのみがイオンゲートを通過するように、所望の質量のイオンを選択するためのイオンゲートを含み、イオンゲートは、イオン源と軸方向空間分布の収束手段との間に位置決めされる。
【0065】
好ましくは、イオンゲートは、イオンがイオンゲートを通過することを防止される第1のモード、およびイオンがイオンゲートを通過することができる第2のモードにおいて動作可能である。適切には、イオンゲートは、所望の質量レンジの前駆イオンを選択するように第1および第2のモード間で切換される。好ましくは、前駆イオンの切換および選択は、同じイオンパルスから複数の前駆イオンセットが解裂されて分析され得るように反復される。
【0066】
したがって、本発明は、一度に2つ以上の前駆物質からTOF−MS/MSスペクトルを収集するために使用されることが可能である。これは、複数の前駆物質のMS/MSデータが個々の前駆物質毎にTOF−MS/MS実験を反復する必要なしに取得され得るという利点を有する。これは、合計実験時間および試料消費量の双方を低減する。前駆イオン(およびこれに伴うそのフラグメントイオン)は、飛行管を通過するにつれてその質量にしたがって分離する。前駆イオンの質量は、前駆イオンがゲート内に存在する間はオフに切換されるパルスイオンゲートによって選択される。イオンゲートを複数回オフに切換することによって、複数の前駆イオン(およびそのフラグメント)を質量順に、質量の少ないものから送ることが可能である。最も少ない質量の前駆イオンがASDFパルサに到着すると、ASDFパルサは軸方向空間分布をその前駆物質に応じて適切に収束するようにパルス化される。ASDFパルサは、次の前駆物質が到着するまで再度オフに切換され、次の前駆物質が到達した時点で、新しい前駆物質に適する静電場でオンに切換される。各前駆物質のTOF−MS/MSスペクトルは分離された後に検出され、かつ曲面場リフレクトロンによって収束される。
【0067】
実際には、隣接する前駆物質からのTOF−MS/MSスペクトルは時間的に重なってもよい。重なる度合いは、前駆物質の飛行時間の差に依存する。重なりが発生する場所は、異なる前駆物質からのフラグメントが混同する原因となる可能性もある。重なりの効果を低減する方法としては、幾つか可能性がある。第1に、前駆物質の質量分離は、隣接する前駆物質間の重なりがフラグメント質量の実用的範囲に制限されるように、イオンゲートの選択的切換によって最小値に設定されることが可能である。第2に、ピーク幅または質量分解能の差によって、ある前駆物質の低質量フラグメントを次の前駆物質の高質量フラグメントから区別することが可能である。第3に、フラグメントのキャリブレーションはそれらの起源である前駆物質のフラグメントについてのみ有効であることから、正しいフラグメントを同位体スペーシングから区別することが可能である。これは、フラグメントが適切な前駆物質のキャリブレーションを有する場合にのみ、必ずしも1Daではない特定の値になる。
【0068】
さらなる態様において、本発明は質量分析法を実行するための方法を提供し、方法は、順次下記のステップ:
(a)イオン源から前駆イオンを発生するステップと、
(b)イオンフラグメンテーション手段を使用して、前駆イオンからフラグメントイオンを発生するステップと、
(c)分析計の軸方向に関連して、幾つかのイオンまたは全てのイオンの空間分布を縮小するステップと、
(d)リフレクトロンを使用して、イオンの運動エネルギー分布を収束するステップと、
(e)検出器においてイオンを検出するステップと、を含む。
【0069】
好ましくは、軸方向空間分布は、同じ質量のフラグメントイオンが検出器へ互いに略同時に到達するように縮小される。
【0070】
好ましくは、軸方向空間分布は、静電位をイオン源から軸方向に遠位へと減少させる軸方向静電場を発生することによって縮小される。
【0071】
好ましくは、軸方向空間分布は、静電位をイオン源から軸方向に遠位へと増大させる軸方向静電場を発生することによって縮小される。
【0072】
好ましくは、軸方向静電場は軸方向に互いに離隔された1対の電極によって提供され、イオン源に最も近い電極に高電圧パルスが印加される一方で他方の電極は約ゼロボルト電位に保持される。
【0073】
好ましくは、軸方向静電場は軸方向に互いに離隔された1対の電極によって提供され、イオン源から最も遠い電極に高電圧パルスが印加される一方で他方の電極は約ゼロボルト電位に保持される。
【0074】
好ましくは、高電圧パルスは、前駆イオンがイオン源に最も近い電極に存在するとき、またはイオン源に最も近い電極を通過した時点で印加される。
【0075】
好ましくは、高電圧パルスは、前駆イオンが電極対の間に存在する時点で印加される。
【0076】
好ましくは、高電圧パルスは、前駆イオンがイオン源から最も遠い電極に存在するとき、またはイオン源から最も遠い電極を通過した時点で印加される。
【0077】
好ましくは、高電圧パルスは、少なくとも全ての前駆イオンおよびフラグメントイオンが電極対を通過するまで保持される。
【0078】
好ましくは、イオン源は、同じ質量のフラグメントイオンが略同時に検出器に到達するように前駆イオンの運動エネルギー分布を収束する遅延引き出し源である。
【0079】
好ましくは、分析計の軸方向に関連して幾つかのイオンまたは全てのイオンの空間分布を縮小するステップは、イオン源によって生成される速度分布の空間収束点で発生する。
【0080】
好ましくは、方法は、軸方向の空間分布を縮小することに先行して所望の質量レンジのイオンを選択することを含む。
【0081】
好ましくは、所望の質量レンジのイオンは、イオンが分析計に沿って軸方向へ検出器を通過することを防止するためのイオン選択静電場を提供し、かつイオン選択静電場をオフに切換して所望の質量レンジのイオンを分析計に沿って軸方向へ通過させることによって選択される。
【0082】
好ましくは、方法は、(i)第1の所望の質量レンジを有する第1のイオンセットを選択して、分析計の軸方向における第1のイオンセットの空間分布を縮小するステップと、(ii)第2の所望の質量レンジを有する第2のイオンセットを選択して、分析計の軸方向における第2のイオンセットの空間分布を縮小するステップとを含む。
【0083】
本発明の任意の1つの態様の任意選択の特徴および/または好ましい特徴は全て、他の態様の任意の1つに当てはめられてもよい。具体的には、分析計の態様に関連づけられる任意選択の特徴および好ましい特徴は、方法の態様にも当てはまり、逆もまた同様である。本発明の任意の1つの態様は、任意の1つまたは複数の他の態様に関連づけられてもよい。
【0084】
以下、添付の図面を参照して、本発明に関する実施形態および実験について説明する。
【図面の簡単な説明】
【0085】
【図1】イオン源における半径方向の空間分布を示す。
【図2】イオン源における角度分布を示す。
【図3】イオン源における軸方向の速度分布を示す。
【図4】イオン源における軸方向の空間分布を示す。
【図5】前駆イオンおよびフラグメントイオンが進入する直前のASDFパルサを示す略図である。
【図6】前駆イオンおよびフラグメントイオンが進入した直後のASDFパルサを示す略図である。
【図7】本発明の一実施形態を示す略ブロック図である。
【図8】あるイオンモデルの初期のイオンの軌跡を示す。
【図9】ASDFパルサを介して曲面場リフレクトロンの方へ、かつ検出器へと戻るイオンの軌跡を示す。
【図10】ASDFなしの50μm軸方向空間分布に対する前駆物質ACTH 18−39(m/z 2466Da)のフラグメントイオンのピーク幅および質量分解能を示す。
【図11】ASDFを行った50μm軸方向空間分布に対する前駆物質ACTH 18−39(m/z 2466Da)のフラグメントイオンのピーク幅および質量分解能を示す。
【図12】ASDFを行った場合と行わない場合の、50μm軸方向空間分布に対する前駆物質ACTH 18−39(m/z 2466Da)のフラグメントの質量分解能の比較を示す。
【発明を実施するための形態】
【0086】
図5に示されている実施形態では、ASDFパルサ50は、開口または高透過性グリッドであってもよい2つの電極52、54を有するセルからなる。この実施形態では、電極は数mmで離隔されているが、他にも例えば2mmから20mmまでのスペーシングが可能である。図5には示されていないが、パルサ50は、CIDセルの後ろ、かつ準安定崩壊によりフラグメントイオン形成が発生するポイントの後ろ、但しリフレクトロンより前である飛行管内のポイントに位置合わせされる。好適であるように、イオン源における遅延引き出しは、初期速度分布の空間収束点がASDFパルサの位置である、またはASDFパルサの位置に接近するように仕組まれる。パルス静電場は、対象前駆イオン56、58がパルサ50へ進入した時点で第1の電極52へ高電圧パルス60を印加することによって発生される。この間、第2の電極54は0Vに保持される。
【0087】
初期の軸方向空間分布を収束するに十分な適切な静電場は、第1の電極52上の電圧パルスの振幅を調整することによって生成される。したがって、図6に示されているように、電位V1は、対象イオンが全てセル内に進入した(すなわち、第1の電極を通過した)時点で第1の電極52へ印加される。適切な電圧は、1kVから10kVまでの範囲内、より好ましくは5kVから9kVまでの範囲内である。電圧は、少なくとも全ての前駆イオンおよびフラグメントイオンがパルサを通過する時点まで保持される。適切なパルス持続時間は5μsから50μsまで、5μsから20μsまで、かつ10μsから15μsまでである。この間、第2の電極54は0Vに保持され、よってパルサ内の静電位はイオン光軸に沿って(すなわち、軸方向で)変わる。したがって、軸方向静電場は、対象イオンがパルサ内に存在する間に提供される。図6から認識され得るように、静電位は第1の電極に近いほど高く、第1の電極からの距離が長くなるほど低くなる。電極間のこの電位勾配は、第1の電極により近いイオンの方が第2の電極により近いイオンより長く加速を経験することを意味する。このようにして、後にパルサへ到達する対象イオンは、先に到達したイオンより大きい速度増加を経験する。これにより、対象イオンは互いにまとまり、それによって初期の軸方向分布は縮小され、またはなくされる。
【0088】
この実施形態および他の実施形態では、印加される電位の極性は正である可能性も負である可能性もあり、よって軸方向静電場はイオンを加速または減速する。
【0089】
さらなる実施形態では、配置は図5および図6に示されているものに等しいが、高電圧パルスは第2の電極54へ印加され、一方で第1の電極が接地される点が異なる。さらに、ある動作モードでは、パルスのタイミングは、対象イオンが第2の電極54の背後にある(たとえば、第1および第2の電極間に位置決めされる)時点でパルスが印加されるというものである。さらなる動作モードでは、パルスは、対象イオンが第2の電極54の前(すなわち、第2の電極と検出器との間)にある時点で印加される。
【0090】
パルスが第2の電極へ印加されるこのさらなる実施形態では、軸方向の静電場が適切に終了されるように、第2の電極の後ろに位置決めされる接地された第3の電極が存在する。
【0091】
図7には、完全なTOF−MS/MS計器70のブロック図が示されている。ASDFパルサ/セル72は、CIDセル74とリフレクトロン76との間に位置決めされている。したがって、MALDI源78から発生される前駆イオンは初期の軸方向空間分布を有し、線形TOF80を通過しかつCIDセル74内で衝突誘起解離を経験して(前駆イオンの初期の軸方向空間分布を有する)フラグメントイオンを生成する。フラグメントイオンは次にASDFパルサ/セル72を通過し、イオンには、リフレクトロン82への入口でイオンが収束される(すなわち、もはや初期の軸方向空間分布を持たない)ようにイオンに補正速度を与えるべく軸方向の静電場が印加される。
【0092】
本発明の有効性は、飛行時間質量分析計(SIMION 3d V8)のイオン軌跡モデリングで例証されることが可能である。図8は、半径方向の空間分布100μm、角度分布30゜および軸方向速度分布350から650ms−1に対応する試料表面上の3点90からの親(前駆)イオンの初期軌跡を示している。また、初期軌跡は同じであるがMS/MSイオンを生成するためのレーザ出力の増加によって生じる軸方向空間分布を表すために(かつ/または厚い試料から発生されるイオンを表すために)試料表面より50μm上の点を起点とするイオン92も含まれている。
【0093】
図9は、親イオンの遅延引き出し、フラグメントイオンを形成するためのCID、(ASDFセル102内の)ASDFパルシングおよび曲面場リフレクトロン(図示せず)を辿る検出器100において親質量の50%を有するフラグメントイオンの軌跡を示している。
【0094】
図10のグラフは、公称質量電荷比は2466Daであるが、ASDFパルサを使用しない最良の質量分解能のためにセットアップされた質量分析計を用いてペプチドACTH18−39の異なる質量フラグメントに関して、検出器におけるピーク幅および対応する質量分解能を示している。ピーク幅は、典型的には、フラグメントイオンの2000未満である質量分解能に対応する14ns前後であることが分かる。この質量分解能は、フラグメントイオンの同位体分布を分解するには不十分であると思われる。
【0095】
図11のグラフは、同じイオンに関する結果を示しているが、この場合、イオン源の遅延引き出しはASDFパルサにおいて空間収束を生成するように調整され、かつASDFパルサの9kVパルスが第1の電極(グリッドであるが、電極は例えば開口である別の形を有する可能性もある)へ印加された。9kVパルスは、フラグメントイオンがパルサに入った後に第1の電極へ印加されている。この事例では、ピーク幅は、最大10,000までのフラグメント質量分解能で2ns前後まで低減されている。この分解能は、フラグメント同位体分布における個々のピークを容易に分離するに十分であるフラグメントのピーク幅、約0.25Daに相当する。
【0096】
図12には、ASDFを行う場合と行わない場合の本例のTOF−MS/MS質量分解能の直接的比較が示されている。明らかに、フラグメント質量の範囲全体に渡って、質量分解能の著しい向上が達成されている。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
前駆イオンを発生するためのイオン源と、
前駆イオンからフラグメントイオンを発生するためのイオンフラグメンテーション手段と、
イオンの運動エネルギー分布を収束するためのリフレクトロンと、
イオン検出器とを含み、さらに
使用に際して、イオンフラグメンテーション手段より後かつリフレクトロンより前にイオンに作用する軸方向空間分布の収束手段も含み、
軸方向空間分布の収束手段が、分析計のイオン光軸方向におけるイオンの空間分布を縮小するように動作可能である、質量分析計。
【請求項2】
軸方向空間分布の収束手段が、同じ質量のフラグメントイオンが検出器へ互いに略同時に到達するようにイオンの軸方向空間分布を縮小すべく動作可能である、請求項1に記載の質量分析計。
【請求項3】
軸方向空間分布の収束手段が、(A)イオン源から軸方向の遠位へと静電位を低下させる軸方向の静電場を発生するための手段、または(B)イオン源から軸方向の遠位へと静電位を増大させる軸方向の静電場を発生するための手段を含む、請求項1または2に記載の質量分析計。
【請求項4】
軸方向の静電場を発生するための手段が、軸方向に互いに離隔された1対の電極を含み、かつ(A)軸方向の静電場を発生するための手段が、イオン源に最も近い電極へ高電圧パルスを印加し、一方で他の電極を約0ボルト電位に保持するように動作可能であり、または(B)軸方向の静電場を発生するための手段が、イオン源から最も遠い電極へ高電圧パルスを印加し、一方で他の電極を約0ボルト電位に保持するように動作可能である、請求項3に記載の質量分析計。
【請求項5】
(1)軸方向の静電場を発生するための手段が、前駆イオンがイオン源に最も近い電極に存在するとき、またはイオン源に最も近い電極を通過した時点で高電圧パルスを印加するように動作可能であり、(2)軸方向の静電場を発生するための手段が、前駆イオンが電極対の間に存在するときに高電圧パルスを印加するように動作可能であり、または(3)軸方向の静電場を発生するための手段が、前駆イオンがイオン源から最も遠い電極に存在するとき、またはイオン源から最も遠い電極を通過した時点で高電圧パルスを印加するように動作可能である、請求項4に記載の質量分析計。
【請求項6】
軸方向の静電場を発生するための手段が、少なくとも全ての前駆イオンおよびフラグメントイオンが軸方向空間分布の収束手段を通過するまで高電圧パルスを保持するように動作可能である、請求項4または5に記載の質量分析計。
【請求項7】
質量分析計が、軸方向空間分布の収束手段とリフレクトロンとの間に位置決めされる電極を含み、電極が、使用に際して軸方向空間分布収束手段によって生成される軸方向静電場を終わらせるように作用する、請求項1から6のいずれか一項に記載の質量分析計。
【請求項8】
イオン源が、使用に際して同じ質量のフラグメントイオンが略同時に検出器に到達するように前駆イオンの運動エネルギー分布を収束する遅延引き出し源である、請求項1から7のいずれか一項に記載の質量分析計。
【請求項9】
軸方向空間分布の収束手段が、イオン源によって生成される速度分布の空間収束点に略位置決めされる、請求項1から8のいずれか一項に記載の質量分析計。
【請求項10】
リフレクトロンが曲面場リフレクトロンまたは二次場リフレクトロンの何れかであり、かつイオンフラグメンテーション手段が衝突誘起解離(CID)デバイスである、請求項1から9のいずれか一項に記載の質量分析計。
【請求項11】
分析計が、所望の質量のイオンのみがイオンゲートを通過するように、所望の質量のイオンを選択するためのイオンゲートを含み、イオンゲートが、イオン源と軸方向空間分布の収束手段との間に位置決めされ、かつイオンゲートが、イオンがイオンゲートを通過することを防止される第1のモード、およびイオンがイオンゲートを通過することができる第2のモードにおいて動作可能である、請求項1から10のいずれか一項に記載の質量分析計。
【請求項12】
質量分析法を実行するための方法であって、順次
(a)イオン源から前駆イオンを発生するステップと、
(b)イオンフラグメンテーション手段を使用して、前駆イオンからフラグメントイオンを発生するステップと、
(c)分析計の軸方向に関連して、幾つかのイオンまたは全てのイオンの空間分布を縮小するステップと、
(d)リフレクトロンを使用して、イオンの運動エネルギー分布を収束するステップと、
(e)検出器においてイオンを検出するステップとを含む、方法。
【請求項13】
軸方向空間分布が、同じ質量のフラグメントイオンが検出器へ互いに略同時に到達するように縮小される、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
軸方向空間分布が、(A)静電位をイオン源から軸方向に遠位へと減少させる軸方向静電場を発生することによって、または(B)静電位をイオン源から軸方向に遠位へと増大させる軸方向静電場を発生することによって縮小され、かつ軸方向静電場が軸方向に互いに離隔された1対の電極によって提供され、かつ(A)イオン源に最も近い電極に高電圧パルスが印加される一方で他方の電極が約ゼロボルト電位に保持され、または(B)イオン源から最も遠い電極に高電圧パルスが印加される一方で他方の電極が約ゼロボルト電位に保持され、かつ高電圧パルスが、(1)前駆イオンがイオン源に最も近い電極に存在するとき、またはイオン源に最も近い電極を通過した時点で、(2)前駆イオンが電極対の間に存在する時点で、または(3)前駆イオンがイオン源から最も遠い電極に存在するとき、またはイオン源から最も遠い電極を通過した時点で印加される、請求項12または13に記載の方法。
【請求項15】
イオン源、リフレクトロンおよびイオンフラグメンテーション手段が請求項8および10に規定されている通りのものである、請求項12から14のいずれか一項に記載の方法。
【請求項16】
分析計の軸方向に関連して幾つかのイオンまたは全てのイオンの空間分布を縮小するステップが、イオン源によって生成される速度分布の空間収束点で発生する、請求項12から15のいずれか一項に記載の方法。
【請求項17】
方法が、軸方向の空間分布を縮小することに先行して所望の質量レンジのイオンを選択することを含み、かつ所望の質量レンジのイオンが、イオンが分析計に沿って軸方向へ検出器を通過することを防止するためのイオン選択静電場を提供し、かつイオン選択静電場をオフに切換して所望の質量レンジのイオンを分析計に沿って軸方向へ通過させることによって選択される、請求項12から16のいずれか一項に記載の方法。
【請求項18】
方法が、(i)第1の所望の質量レンジを有する第1のイオンセットを選択して、分析計の軸方向における第1のイオンセットの空間分布を縮小するステップと、(ii)第2の所望の質量レンジを有する第2のイオンセットを選択して、分析計の軸方向における第2のイオンセットの空間分布を縮小するステップとを含む、請求項17に記載の方法。
【請求項1】
前駆イオンを発生するためのイオン源と、
前駆イオンからフラグメントイオンを発生するためのイオンフラグメンテーション手段と、
イオンの運動エネルギー分布を収束するためのリフレクトロンと、
イオン検出器とを含み、さらに
使用に際して、イオンフラグメンテーション手段より後かつリフレクトロンより前にイオンに作用する軸方向空間分布の収束手段も含み、
軸方向空間分布の収束手段が、分析計のイオン光軸方向におけるイオンの空間分布を縮小するように動作可能である、質量分析計。
【請求項2】
軸方向空間分布の収束手段が、同じ質量のフラグメントイオンが検出器へ互いに略同時に到達するようにイオンの軸方向空間分布を縮小すべく動作可能である、請求項1に記載の質量分析計。
【請求項3】
軸方向空間分布の収束手段が、(A)イオン源から軸方向の遠位へと静電位を低下させる軸方向の静電場を発生するための手段、または(B)イオン源から軸方向の遠位へと静電位を増大させる軸方向の静電場を発生するための手段を含む、請求項1または2に記載の質量分析計。
【請求項4】
軸方向の静電場を発生するための手段が、軸方向に互いに離隔された1対の電極を含み、かつ(A)軸方向の静電場を発生するための手段が、イオン源に最も近い電極へ高電圧パルスを印加し、一方で他の電極を約0ボルト電位に保持するように動作可能であり、または(B)軸方向の静電場を発生するための手段が、イオン源から最も遠い電極へ高電圧パルスを印加し、一方で他の電極を約0ボルト電位に保持するように動作可能である、請求項3に記載の質量分析計。
【請求項5】
(1)軸方向の静電場を発生するための手段が、前駆イオンがイオン源に最も近い電極に存在するとき、またはイオン源に最も近い電極を通過した時点で高電圧パルスを印加するように動作可能であり、(2)軸方向の静電場を発生するための手段が、前駆イオンが電極対の間に存在するときに高電圧パルスを印加するように動作可能であり、または(3)軸方向の静電場を発生するための手段が、前駆イオンがイオン源から最も遠い電極に存在するとき、またはイオン源から最も遠い電極を通過した時点で高電圧パルスを印加するように動作可能である、請求項4に記載の質量分析計。
【請求項6】
軸方向の静電場を発生するための手段が、少なくとも全ての前駆イオンおよびフラグメントイオンが軸方向空間分布の収束手段を通過するまで高電圧パルスを保持するように動作可能である、請求項4または5に記載の質量分析計。
【請求項7】
質量分析計が、軸方向空間分布の収束手段とリフレクトロンとの間に位置決めされる電極を含み、電極が、使用に際して軸方向空間分布収束手段によって生成される軸方向静電場を終わらせるように作用する、請求項1から6のいずれか一項に記載の質量分析計。
【請求項8】
イオン源が、使用に際して同じ質量のフラグメントイオンが略同時に検出器に到達するように前駆イオンの運動エネルギー分布を収束する遅延引き出し源である、請求項1から7のいずれか一項に記載の質量分析計。
【請求項9】
軸方向空間分布の収束手段が、イオン源によって生成される速度分布の空間収束点に略位置決めされる、請求項1から8のいずれか一項に記載の質量分析計。
【請求項10】
リフレクトロンが曲面場リフレクトロンまたは二次場リフレクトロンの何れかであり、かつイオンフラグメンテーション手段が衝突誘起解離(CID)デバイスである、請求項1から9のいずれか一項に記載の質量分析計。
【請求項11】
分析計が、所望の質量のイオンのみがイオンゲートを通過するように、所望の質量のイオンを選択するためのイオンゲートを含み、イオンゲートが、イオン源と軸方向空間分布の収束手段との間に位置決めされ、かつイオンゲートが、イオンがイオンゲートを通過することを防止される第1のモード、およびイオンがイオンゲートを通過することができる第2のモードにおいて動作可能である、請求項1から10のいずれか一項に記載の質量分析計。
【請求項12】
質量分析法を実行するための方法であって、順次
(a)イオン源から前駆イオンを発生するステップと、
(b)イオンフラグメンテーション手段を使用して、前駆イオンからフラグメントイオンを発生するステップと、
(c)分析計の軸方向に関連して、幾つかのイオンまたは全てのイオンの空間分布を縮小するステップと、
(d)リフレクトロンを使用して、イオンの運動エネルギー分布を収束するステップと、
(e)検出器においてイオンを検出するステップとを含む、方法。
【請求項13】
軸方向空間分布が、同じ質量のフラグメントイオンが検出器へ互いに略同時に到達するように縮小される、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
軸方向空間分布が、(A)静電位をイオン源から軸方向に遠位へと減少させる軸方向静電場を発生することによって、または(B)静電位をイオン源から軸方向に遠位へと増大させる軸方向静電場を発生することによって縮小され、かつ軸方向静電場が軸方向に互いに離隔された1対の電極によって提供され、かつ(A)イオン源に最も近い電極に高電圧パルスが印加される一方で他方の電極が約ゼロボルト電位に保持され、または(B)イオン源から最も遠い電極に高電圧パルスが印加される一方で他方の電極が約ゼロボルト電位に保持され、かつ高電圧パルスが、(1)前駆イオンがイオン源に最も近い電極に存在するとき、またはイオン源に最も近い電極を通過した時点で、(2)前駆イオンが電極対の間に存在する時点で、または(3)前駆イオンがイオン源から最も遠い電極に存在するとき、またはイオン源から最も遠い電極を通過した時点で印加される、請求項12または13に記載の方法。
【請求項15】
イオン源、リフレクトロンおよびイオンフラグメンテーション手段が請求項8および10に規定されている通りのものである、請求項12から14のいずれか一項に記載の方法。
【請求項16】
分析計の軸方向に関連して幾つかのイオンまたは全てのイオンの空間分布を縮小するステップが、イオン源によって生成される速度分布の空間収束点で発生する、請求項12から15のいずれか一項に記載の方法。
【請求項17】
方法が、軸方向の空間分布を縮小することに先行して所望の質量レンジのイオンを選択することを含み、かつ所望の質量レンジのイオンが、イオンが分析計に沿って軸方向へ検出器を通過することを防止するためのイオン選択静電場を提供し、かつイオン選択静電場をオフに切換して所望の質量レンジのイオンを分析計に沿って軸方向へ通過させることによって選択される、請求項12から16のいずれか一項に記載の方法。
【請求項18】
方法が、(i)第1の所望の質量レンジを有する第1のイオンセットを選択して、分析計の軸方向における第1のイオンセットの空間分布を縮小するステップと、(ii)第2の所望の質量レンジを有する第2のイオンセットを選択して、分析計の軸方向における第2のイオンセットの空間分布を縮小するステップとを含む、請求項17に記載の方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公表番号】特表2011−529247(P2011−529247A)
【公表日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−519230(P2011−519230)
【出願日】平成21年7月21日(2009.7.21)
【国際出願番号】PCT/GB2009/001792
【国際公開番号】WO2010/010333
【国際公開日】平成22年1月28日(2010.1.28)
【出願人】(501350833)クラトス・アナリテイカル・リミテツド (4)
【Fターム(参考)】
【公表日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年7月21日(2009.7.21)
【国際出願番号】PCT/GB2009/001792
【国際公開番号】WO2010/010333
【国際公開日】平成22年1月28日(2010.1.28)
【出願人】(501350833)クラトス・アナリテイカル・リミテツド (4)
【Fターム(参考)】
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