説明

イクラの製造方法

【課題】 透明度の低下や卵膜の硬化が抑制され、イクラ本来の食味・食感が長期間保持される商品価値の高いイクラと、その製造方法を提供する。
【解決手段】 イクラをα,α−トレハロース及び/又はα,α−トレハロースの糖質誘導体を共存せしめて加熱処理するイクラの製造方法、及び、この方法により調製したイクラにより解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な透明度の低下及び卵膜の硬化が抑制されたイクラとその製造方法並びにイクラの透明度の低下及び卵膜の硬化抑制方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イクラは採取の季節が限定されるため、イクラが採取できる時期以外は、塩漬けした塩蔵イクラや、この塩蔵イクラや生イクラの冷凍品が使用されている。塩蔵イクラはもとより、イクラを−20℃以下で保存した冷凍イクラであっても、解凍後は、イクラ全体の白濁やその卵膜の白濁によるイクラの透明感の低下(以下、本明細書では卵膜の白濁及びイクラ全体の白濁を併せて「イクラの透明度の低下」という場合がある)が進行するだけではなく、卵膜が徐々に硬化して、食後口中に卵膜が残るようになるなどして、口当たりが低下し、イクラ本来の食味・食感が失われるため、これらのイクラの商品価値の低下が問題となっている。また、このイクラの透明度の低下や卵膜の硬化の進行は、冷凍イクラを解凍した場合だけでなく、生のイクラでも発生し、このイクラの卵膜の硬化や白濁は、その卵膜に存在する酵素(トランスグルタミナーゼ)が、卵膜中の蛋白質同士を結合させることが原因とされている。しかも、これらのイクラを、冷蔵状態で流通させると、イクラの透明度の低下やその卵膜の硬化の問題に加えて、殺菌剤の使用等による風味の低下、腐敗による廃棄、賞味期間が不十分等の種々の問題も発生する。
【0003】
これらの問題を解決するために、イクラを、そのままで、或いは、加熱処理後に、高濃度の糖や糖アルコール水溶液に浸漬したり、或いは、高濃度の糖や糖アルコール水溶液に浸漬後、低温加熱殺菌する調味イクラの製造方法(例えば、特許文献1、特許文献2参照)などが提案されているものの、これらの方法は、糖や糖アルコールの高濃度水溶液は粘度も高く、加熱処理時間も長いために、その操作や洗浄も煩雑なものとなる。また、糖や糖アルコールは甘味を有することから、これらの高濃度水溶液で処理したイクラは、甘味付けされるため、その用途が制限される場合があり、簡便かつ効果的なイクラの透明度の低下や卵膜の硬化を抑制する方法の確立が望まれている。
【0004】
α,α−トレハロース及びα,α−トレハロースの糖質誘導体は公知の物質であり、例えば、同じ出願人により、これら糖質の製造方法やその用途に関する特許も多数出願されている(例えば、特許文献3乃至特許文献6参照)。しかしながら、これらの特許文献には、冷蔵や塩蔵イクラ、冷凍イクラを解凍する際やそれを冷蔵保存する際などに起こるイクラの透明度の低下や卵膜の硬化や、その解決方法についての記載や示唆は何もされていない。
【0005】
【特許文献1】特開平9−271364号公報
【特許文献2】特開2000−2662253号公報
【特許文献3】特開平7−143876号公報
【特許文献4】特開平7−213283号公報
【特許文献5】特開2000−228980号公報
【特許文献6】国際公開WO 2004/056216号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記問題点を解決するためになされたものであり、イクラの透明度の低下や卵膜の硬化が抑制されて、イクラ本来の食味・食感を保持した商品価値の高いイクラの製造方法及びその方法で製造したイクラを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究、試作を重ねた結果、本来、加熱時の熱変性から酵素などの蛋白質を保護する作用を有する糖質として知られているα,α−トレハロースやその糖質誘導体が(例えば、特許文献3乃至特許文献6参照)、イクラの加熱処理の際には、これらの糖質の共存下で処理した方が、イクラの卵膜の硬化や白濁の原因とされる卵膜中の酵素を変性、失活させ易いことを新たに見出した。そして、イクラを、比較的低濃度のα,α−トレハロース及び/又はα,α−トレハロースの糖質誘導体を共存せしめて加熱処理することにより、驚くべきことに、イクラの卵膜の硬化やイクラの白濁の進行が抑制され、しかも、イクラ本来の食味・食感と旨味の保持されたイクラが調製できることを、新たに見出し、本発明を完成した。
【発明の効果】
【0008】
本発明は、イクラを、α,α−トレハロース及び/又はα,α−トレハロースの糖質誘導体を共存せしめて加熱処理することにより、冷蔵、或いは、冷凍保存後、解凍しても、透明度の低下や卵膜の硬化が抑制され、イクラ本来の食味・食感、旨味が保持されるという優れた効果を有するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明で使用するイクラとは、その種類や生育海域等に特に制限はなく、サケ・マス類の卵巣から分離した卵粒をいう。通常は、これらの魚種から、採卵後、不要な付着組織、粘性物、毛細血管等を除去した生のイクラや、これを食塩水中で10分乃至30分程度塩漬けした、いわゆる、塩蔵イクラ、さらには、これらのイクラを冷凍したものを解凍したものであってもよい。
【0010】
本発明で使用する、α,α−トレハロース及びα,α−トレハロースの糖質誘導体は、その由来や起源は問わず、発酵法、酵素法、合成法など種々の方法で調製することができる。経済性を問題にするのであれば、例えば、特許文献3乃至特許文献6などに開示された非還元性糖質生成酵素やトレハロース遊離酵素を適宜、澱粉部分加水分解物に作用させる方法が好適である。この方法によると、廉価な材料である澱粉から、α,α−トレハロースやその糖質誘導体が高収率で得られる。なお、α,α−トレハロースの糖質誘導体としては、冷凍イクラの食味・食感の保持作用の強い、特許文献3乃至特許文献6等に開示されたα−マルトシルα,α−トレハロースを主成分として含有し、他に、α−グルコシルα,α−トレハロース、α−マルトトリオシルα,α−トレハロース、α−グリコシルα−グルコースから選ばれる1種又は2種以上を含有する糖質が望ましい。この場合、全糖質に対して、α−マルトシルα,α−トレハロースを、無水物換算で、約5質量%以上、望ましくは約10質量%以上、さらに望ましくは約30質量%以上含有する糖質が望ましい(以下、本明細書では、特にことわりのない限り「質量%」を「%」と表記する。)。
【0011】
これらの糖質は、必ずしも高度に精製されておらずともよく、調製の過程で共存する他の糖質との未分離組成物としての形態、それらを部分精製、或いは、高度に精製したものであってもよく、或いは、製造工程で共存する還元性糖を水素添加して糖アルコールに変換したものであってもよい。ちなみに、斯かる方法により調製されたα,α−トレハロースの市販品としては、食品級の含水結晶α,α−トレハロース粉末(株式会社林原商事販売、商品名「トレハ」)がある。また、α,α−トレハロースの糖質誘導体の市販品としては、無水物換算でα−マルトシルα,α−トレハロースを約52%含有し、その他のα,α−トレハロースの糖質誘導体を、合計で約6%含有するシラップ(株式会社林原商事販売、商品名「ハローデックス」)や、これを水素添加して共存する還元性糖質をその糖アルコールに変換したシラップ(株式会社林原生物化学研究所販売、商品名「トルナーレ」)がある。
【0012】
本発明のイクラの製造方法は、イクラにα,α−トレハロース及び/又はα,α−トレハロースの糖質誘導体を共存せしめ、これを加熱処理する工程、これを洗浄及び/又は冷却する工程、液切り後、包装して製品化する工程からなり、冷凍イクラを製造する場合には、これを冷凍すればよい。本発明のイクラにα,α−トレハロース及び/又はα,α−トレハロースの糖質誘導体を共存せしめる方法は、所期の効果が得られるのであれば、特に制限はなく、例えば、水に溶解した水溶液を、所定の温度に加温しておき、これにイクラを浸漬、加熱処理してもよい。また、予め、イクラを、α,α−トレハロース及び/又はα,α−トレハロースの糖質誘導体を含有する水溶液に浸漬して加熱処理しても、イクラに、この水溶液を噴霧或いは塗布して加熱処理してもよく、イクラをα,α−トレハロース及び/又はα,α−トレハロースの糖質誘導体の粉末で被覆して、これを加熱処理することもできる。
【0013】
本発明のイクラの加熱処理方法は、所期の効果が得られるのであれば、特に制限はなく、当業界で既知のブランチング操作法により行うことができるし、オーブン、電子レンジ或いはスチームを用いて加熱してもよい。なお、水溶液中で加熱処理を行う際は、水溶液を常時加温しなくてもよいが、水溶液の液量が処理するイクラの量に比べて少なく、イクラを浸漬した際、水溶液の液温が急激に下がる場合などは、加温或いは保温して、水溶液の温度が急激に低しないように保つのが望ましい。
【0014】
加熱処理する際に、イクラに共存せしめるα,α−トレハロース及び/又はα,α−トレハロースの糖質誘導体の濃度は、本発明の作用効果が得られる濃度であれば、特に制限はない。水溶液中で加熱処理を行う場合やその水溶液をイクラに噴霧或いは塗布する場合には、通常は、α,α−トレハロース及び/又はα,α−トレハロースの糖質誘導体を合計で、0.1%乃至20%含有する水溶液が使用され、0.5%乃至20%含有するものが望ましく、1%乃至20%含有するものが特に望ましい。20%を超える濃度としても、その作用効果に差は認められず、また、水溶液の粘度の上昇や甘味度の上昇などの問題が生じる場合があるので、これを上限の濃度とした。水溶液中で加熱処理する際の、水溶液の液量は、イクラが浸漬でき、均質に加熱できる液量であれば、特に制限はないが、短時間で所定の温度にイクラを均一に加温するためには、通常、処理するイクラ1質量部に対して0.5質量部以上の液量を使用し、1質量部以上が望ましく、5質量部以上が特に望ましい。
【0015】
この加熱処理をイクラに施す時期は、イクラが新鮮なものほどその鮮度を保てることから、採卵後、できるだけ早く施すことが鮮度維持、歩留まり等の観点から好ましいが、塩蔵のイクラや、これらを凍結保存したものを、解凍後加熱処理することもできる。
【0016】
本発明の方法において、このα,α−トレハロースやα,α−トレハロースの糖質誘導体を共存せしめてイクラを加熱処理することにより、驚くべきことに、このイクラをそのまま、或いは、冷凍保存後解凍して、冷蔵保存しても、その透明度の低下や卵膜の硬化が抑制されると共に、冷凍・冷蔵保存中の味の変化(旨味成分の減少と異味・異臭の生成)を抑えることができる。その理由は、明らかではないが、本発明者は、加熱処理によりイクラの卵膜中に存在するトランスグルタミナーゼの失活により卵膜の白濁や硬化が抑制されると共に、α,α−トレハロースやα,α−トレハロースの糖質誘導体が、イクラの蛋白質等の変成を抑制して食感や旨味を保持し、脂質の変敗を抑制したりトリメチルアミンの前駆物質を安定化するなどして、アルデヒド類やアミン類などの発生を抑制するためではないかと推定している。また、α,α−トレハロースやα,α−トレハロースの糖質誘導体を含有する水溶液中で加熱処理すると、これらの糖質を含くまない水溶液中で加熱処理した場合に比して、各イクラ粒間の透明度や卵膜の硬化の程度が均一化されて、ばらつきを小さくすることができる上に、加熱処理後、破裂するイクラの割合も低く抑えることができるので、加熱処理後の歩留まりを向上することができる。
【0017】
加熱処理の温度及び時間は、イクラの透明度の低下や卵膜の硬化が抑制されてその透明感が維持され、卵膜の食味・食感の劣化が抑制される条件であれば、特に制限はなく、通常は、加熱処理後、冷却して保存した際の卵膜の硬さが下記の範囲となるように、その処理時間、処理温度を、イクラの種類、大きさ、鮮度等に応じて適宜設定すればよい。通常、加熱処理の温度は、60℃乃至100℃で行われ、70℃乃至95℃が望ましく、80℃乃至90℃が特に望ましい。また、加熱処理時間は、通常、10秒乃至300秒間程度行われ、30秒乃至120秒間が望ましく、60秒乃至90秒が特に望ましい。加熱温度が低すぎたり、加熱時間が短すぎると、卵膜内のトランスグルタミナーゼが完全に失活しないため、卵膜の白濁、硬化が発生し、逆に、加熱温度が高すぎたり、加熱時間が長すぎると、蛋白質の熱変性が起こるため、透明度が低下して、何れの場合にもイクラの商品価値が低下する。
【0018】
加熱処理後冷却して保存したり、冷凍後解凍した際のイクラは、その硬さ(レオメーターを用いて、プランジャーでイクラが潰れるまで加圧したときのイクラが潰れる破断強度(以下、「卵膜の硬度」という))が、50g乃至140gの範囲で保持されるものが望ましく、60g乃至130gの範囲で保持されるものが特に望ましい。50g以下のものでは、柔らかすぎてイクラ特有の食感が得られない場合があり、逆に、140g以上になると、硬すぎて食感が悪くなるばかりでなく、卵膜が口の中に残るようになり、何れの場合にも、イクラの商品価値が低下する。
【0019】
このようにして加熱処理したイクラはそのままで、塩漬けして、或いは、これらを冷蔵して市場に出荷することができる。また、これらを、さらに冷却して冷凍イクラとして長期間保存することも随意である。この冷凍イクラの製造は、イクラを加熱処理後、直ちに冷凍して行うこともできるが、0℃乃至20℃程度とした水、α,α−トレハロース、α,α−トレハロースの糖質誘導体及び/又は食塩などを含有する水溶液で洗浄及び/又は冷却した後に行うことが、イクラを均一に冷却できるので加熱処理のむらがなく、品質等を考慮すると好ましい。加熱処理後のイクラの凍結は、通常のイクラの冷凍条件、冷凍操作で行うことができる。凍結温度および時間は、イクラの大きさ等に応じて適宜設定できる。冷凍条件として、一例を挙げると、−10℃乃至−30℃の温度で、30分乃至120分程度の処理で凍結させることができる。また、この際に用いる冷凍器具も、当業者が通常使用する器具(例えば、トンネルフリーザ、エアーブラスト、ガス凍結等)を用いることができる。
【0020】
このようにして製造された本発明の冷凍イクラは、解凍するまで通常の凍結温度で保管される。また、解凍する際の条件にも特に制限はなく自然解凍によっても、冷蔵庫で内で低温解凍することも、電子レンジ、スチーム、熱湯等による加熱によっても解凍することができる。本発明の冷凍イクラは、α,α−トレハロース及び/又はα,α−トレハロースの糖質誘導体で処理されているので、耐熱性も向上することから、熱湯や電子レンジで解凍する場合でも、未処理のイクラで発生する透明度の低下が抑制されるので、その商品価値が高い。
【0021】
本発明のイクラの加熱に使用する水溶液には、α,α−トレハロース及び/又はα,α−トレハロースの糖質誘導体に加えて、本発明の作用効果を妨げない範囲で、食塩(精製塩、並塩等)、ミネラル、海洋深層水、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、有機酸、有機酸の塩、ブドウ糖、果糖、グルコサミン、ラクトース、蔗糖、α,β−トレハロース、β,β−トレハロース、ラクトスクロース、マルトオリゴ糖、水飴などの糖類、サイクロデキストリンや同じ出願人による国際公開WO 02/10361号明細書などに記載のサイクロ{→6)−α−D−グルコピラノシル−(1→3)−α−D−グルコピラノシル−(1→6)−α−D−グルコピラノシル−(1→3)−α−D−グルコピラノシル−(1→}の構造を有する環状四糖、或いは、特開平2005−95148号公報(特願2004−174880号明細書)などに記載のサイクロ{→6)−α−D−グルコピラノシル−(1→4)−α−D−グルコピラノシル−(1→6)−α−D−グルコピラノシル−(1→4)−α−D−グルコピラノシル−(1→}の構造を有する環状四糖などの環状の糖類、エリスリトール、マンニトール、ソルビトール、キシリトール、マルチトール、還元水飴などの糖アルコール類、プルラン、カラギーナン、コンドロイチン硫酸やヒアルロン酸などのムコ多糖体やその塩類、天然ガム類、キチン、キトサン、カルボキシメチルセルロースをはじめとする合成高分子ポリマー、コラーゲン、ゼラチンなどの増粘剤の何れか1種又は2種以上を添加することができる。とりわけ、食塩、ミネラル、海洋深層水などとの併用が、卵膜の透明度の低下化防止、鮮度保持などの点で望ましく、特に食塩が望ましい。この場合の食塩の添加濃度は、通常、0.1%乃至5%程度が望ましく、1%乃至4%程度が特に望ましい。5%を超える量添加して加熱処理すると、卵膜が硬化し過ぎる場合があり、0.1%よりも低い濃度では、イクラが破裂しやすく製品の歩留まりが悪くなることがある。また、特に、卵膜の硬化の抑制の点からは、炭酸ナトリウムや炭酸水素ナトリウムなどを併用するなどして、水溶液のpHを、通常、5乃至11に調節すればよく、7乃至10程度に調節することが望ましい。
【0022】
また、調味イクラを製造する場合には、加熱処理後のイクラを調味液に浸漬することもできるが、本発明の効果を妨げない範囲で、上記成分に加えて、醤油、みりん、市販の調味液、調味料、香料、アスパルテーム、ステビア抽出物、スクラロース、アセスルファムKなどの高甘味度甘味料などの調味成分や、香料、色素等の1種又は2種以上を必要に応じて配合した水溶液中で加熱処理することも、加熱後これらの成分を配合した水溶液でイクラを冷却しながら調味することも随意である。さらに、必要があれば、水溶液に、抗菌剤、キレート剤、酸化防止剤等を配合することもできる。
【0023】
以下、実験に基づき、本発明をさらに詳しく説明する。
【0024】
<実験1>
<イクラの加熱処理に及ぼすα,α−トレハロース及び/又はα,α−トレハロースの糖質誘導体の影響>
イクラの加熱処理に及ぼすα,α−トレハロース及び/又はα,α−トレハロースの糖質誘導体の影響を調べる実験を以下のようにして行った。すなわち、含水結晶α,α−トレハロース(株式会社林原商事販売、商品名「トレハ」)、含水結晶マルトース、及び、α−マルトシルα,α−トレハロース粉末(株式会社林原生物化学研究所製造、純度98%以上)の何れかと、食塩(精製塩)に水を加えて、表1に示す配合組成の水溶液を調製した(糖質の配合量は無水物換算)。予め80℃又は90℃に加熱した各々の水溶液40質量部に対して、イクラ3質量部をザルに入れて60秒間或いは120秒間浸漬して、加熱処理をおこなった。加熱処理後に、このイクラ3質量部を、ザルごと、10℃に冷却した加熱処理に使用したものと同じ組成の水溶液40質量部に、10分間浸漬して、イクラを冷却・洗浄した。イクラを水溶液からあげて、液をきり、常法により、−20℃で凍結して冷凍イクラを調製した。この冷凍イクラを−20℃で一晩保存後、4℃で16時間低温解凍し、さらに4℃で24時間冷蔵保存した。この冷蔵保存後のイクラの透明感を目視により、イクラの食味・食感を試食して検査した。イクラの透明感の評価は、イクラが白濁して、不透明である(×)、イクラの卵膜が白濁して透明感が低下している(△)、イクラの卵膜は透明で濁りがない(○)の3段階とした。イクラの食味・食感の評価は、卵膜が硬く口の中に卵膜が残り、イクラ特有の食味・食感が失われている(×)、卵膜が硬く、イクラ特有の食味・食感が失われている(△)、卵膜は加熱処理前に比べて硬化しているもののイクラ特有の食味・食感がある(○)、卵膜の硬化がほぼ抑制されており、加熱処理前のイクラと同等の食味・食感がある(◎)の4段階とした。イクラの卵膜の透明度及び食味・食感の評価は11名のパネラーにより行い、9名以上のパネラーが同じ評価した段階を、そのイクラの透明感、食味・食感の段階とした。また、低温解凍処理16時間目と、それを、さらに24時間冷蔵保存した卵膜の硬度を測定した。これらの検査及び測定の結果を表1に示す。
<卵膜の硬度の測定>
レオメーター(株式会社レオテック販売、型番「NRM−2010J−CW」)のプレートに、イクラを1粒乗せ、直径2cmのプランジャーを用い、テーブル速度6cm/分、チャートスピード15cm/分で、イクラが潰れるまで加圧し、潰れた強度(破断強度)を卵膜の硬度とした。1試験区につき10粒のイクラを用いて卵膜の硬度を測定し、その値を平均して、その試験区のイクラの硬度とした。
【0025】
【表1】

【0026】
表1から明らかなように、加熱処理をしていない無処理のイクラは、冷蔵保存すると、白濁して透明感を喪失し、卵膜も硬化しての品質が低下する。また、糖質を含まない水溶液或いはマルトースを含有する水溶液中で80℃で60秒間加熱処理したイクラは、処理前と比較してイクラの透明度が低下し、卵膜も硬化して、口当たりが悪くなった。また、これらの溶液中で80℃で120秒間処理したイクラは、卵膜の効果は抑制されたものの、透明度が低下した。これに対して、α,α−トレハロース或いはα,α−トレハロースの糖質誘導体を含有する水溶液中で、80℃で60秒間或いは120秒間、90℃で60秒間加熱処理したイクラは、透明で卵膜の硬化も抑制された。これに対して、α,α−トレハロース或いはα,α−トレハロースの糖質誘導体を含有する水溶液中で、90℃で120秒間加熱処理したイクラは、卵膜の硬化は抑制されたものの、蛋白質の熱変性に起因すると思われる透明度の低下が認められた。この結果は、イクラを、糖質を含有していない水溶液或いはマルトースを含有する水溶液中で加熱処理するよりも、α,α−トレハロース或いはα,α−トレハロースの糖質誘導体を含有する水溶液で加熱処理する方が、卵膜の硬化、透明度の低下や白濁を抑制できることを物語っている。
【0027】
<実験2>
<イクラの加熱処理に及ぼす加熱温度、α,α−トレハロースの影響>
実験1で、α,α−トレハロース或いはα,α−トレハロースの糖質誘導体を含有する水溶液中で、イクラを80又は90℃で加熱処理することにより、透明度の低下及び卵膜の硬化が抑制されたイクラが調製できることが確認されたので、イクラの透明度の低下及び卵膜の硬化に及ぼす、加熱処理の温度、α,α−トレハロースの影響を調べる実験を以下のようにして行った。すなわち、食塩(並塩)と含水結晶α,α−トレハロース(株式会社林原商事販売、商品名「トレハ」)に水を加えて、表2に示すの配合組成の水溶液を調製した(糖質の配合量は無水物換算)。予め60℃、70℃、80℃、90℃、或いは100℃に加熱した各々の水溶液40質量部に対して、イクラ3質量部をザルに入れて30秒間、60秒間又は90秒間浸漬して、加熱処理をおこなった。加熱処理後に、このイクラ3質量部をザルごと10℃に冷却した水溶液40質量部に10分間浸漬して、イクラを冷却・洗浄した。イクラを水溶液からあげて、液をきり、常法により、−20℃で凍結して冷凍イクラを調製した。この冷凍イクラを−20℃で一晩保存後、4℃で16時間低温解凍し、さらに4℃で24時間冷蔵保存した。実験1と同じ、評価方法、評価基準を用いて、冷蔵保存後のイクラの透明感を目視により、イクラの食味・食感を試食して検査した。また、解凍後と、それを冷蔵保存後の卵膜の硬度を測定した。これらの検査及び測定結果を表2に示す。
【0028】
【表2】

【0029】
表2から明らかなように、60℃で60秒間又は90秒間、或いは70℃で30秒間、加熱処理したイクラでは、未失活のトランスグルタミナーゼに起因すると思われる透明度の低下と卵膜の硬化が発生し、その食味・食感が低下した。これに対して、70℃で60秒間、80℃乃至100℃で30秒間加熱処理したイクラは、多少卵膜は硬化したものの、透明度の低下はなく、イクラ特有の食味・食感を有していた。また、イクラを、70℃乃至90℃で90秒間、80℃乃至90℃で60秒間加熱処理したイクラは、透明で透明度の低下もなく、その硬化も抑制されて、加熱処理前のイクラとほぼ同等の食味・食感を有していた。しかしながら、100℃で60秒間或いは120秒間加熱処理したイクラは、卵膜の硬化化は抑制されたものの、蛋白質の熱変性に起因すると思われる透明度の低下が認められた。この結果は、イクラをα,α−トレハロースを含有する水溶液中で、70℃で60秒乃至90秒間、80乃至90℃で30秒乃至90秒間、或いは、100℃で30秒間加熱処理することにより、卵膜の硬化、透明度の低下や白濁を抑制することができ、加熱処理時間は、卵膜の硬化を抑制する点からは30秒よりは60秒乃至90秒が、より好ましいことを物語っている。
【0030】
<実験3>
<イクラの加熱処理に及ぼすα,α−トレハロース又はα,α−トレハロースの糖質誘導体の濃度の影響>
イクラの加熱処理に及ぼすα,α−トレハロース又はα,α−トレハロースの糖質誘導体の濃度の影響を調べる実験を以下のように行った。すなわち、食塩(精製塩)と含水結晶α,α−トレハロース(株式会社林原商事販売、商品名「トレハ」)に、水を加えて表3に示す組成の水溶液を調製した。また、精製塩と含水結晶α,α−トレハロースの糖質誘導体含有シラップ(株式会社林原商事販売、商品名「ハローデックス」に、水を加えて、表3に示す配合組成の水溶液を調製した(糖質の配合量は無水物換算)。85℃に加熱した、各々の水溶液40質量部に対して、塩蔵処理した冷凍塩イクラを3%精製食塩水溶液に浸漬して解凍したもの3質量部をザルに入れて90秒間浸漬して、加熱処理をおこなった。加熱処理後に、このイクラ3質量部を、ザルごと、10℃に冷却した加熱処理に使用したものと同じ組成の水溶液40質量部に10分間浸漬して、イクラを冷却・洗浄した。イクラを水溶液からあげて、液をきり、常法により、−20℃で凍結して冷凍イクラを調製した。この冷凍イクラを−20℃で一晩保存後、4℃で16時間低温解凍し、さらに4℃で24時間冷蔵保存した。実験1と同じ、評価方法、評価基準を用いて、冷蔵保存後のイクラの透明感を目視により、イクラの食味・食感を試食して検査した。また、解凍後とそれを冷蔵保存後の卵膜の硬度を測定した。これらの検査或いは測定結果を表3に示す。なお、含水結晶α,α−トレハロースは、α,α−トレハロースが無水物換算で、表3に示す配合量となるように、また、α,α−トレハロースの糖質誘導体含有シラップは、α,α−トレハロースの糖質誘導体が、無水物換算で、表3に示す配合量となるように、それぞれ水溶液に添加した。
【0031】
【表3】

【0032】
表3から明らかなように、0.05%のα,α−トレハロース或いは0.05%のα,α−トレハロースの糖質誘導体を含有する水溶液中で加熱したイクラは、何れも、透明度が低下して、卵膜が硬化し、α,α−トレハロースの糖質誘導体を含有する水溶液中で処理したものは、試食すると卵膜が、口に残った。これに対して、0.1%及び0.5%のα,α−トレハロース或いはα,α−トレハロースの糖質誘導体を含有する水溶液中で加熱したイクラは、何れも、透明で、卵膜は少し硬化したものの、イクラ特有の食味・食感を保持していた。また、1%乃至20%のα,α−トレハロース或いはα,α−トレハロースの糖質誘導体を含有する水溶液中で加熱したイクラは、何れも、透明で、その硬化も抑制されており、加熱処理前のイクラと同等の食味・食感を保持していた。この結果は、イクラを0.1%乃至20%、望ましくは、1%乃至20%α,α−トレハロース或いはα,α−トレハロースの糖質誘導体を含有する水溶液中で加熱処理することにより、その卵膜の硬化、透明度の低下や白濁が抑制できることを物語っている。
【0033】
これらの実験結果は、イクラをα,α−トレハロースやα,α−トレハロースの糖質誘導体の共存下で加熱処理すれば、イクラの透明度の低下や卵膜の硬化を抑制できるので、イクラ特有の食味・食感を保持することが可能となり、市場に流通するイクラの品質を維持し、その商品価値を向上できることを物語っている。
【0034】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明は、この実施例により何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0035】
並塩2質量部と含水結晶α,α−トレハロース(株式会社林原商事販売、商品名「トレハ」)3質量部に水を加えて100質量部の水溶液を調製した。予め、85℃に加熱した水溶液40質量部に対して、塩蔵イクラ3質量部をザルに入れて90秒間浸漬して、加熱処理を行った。加熱処理後に、このイクラ3質量部をザルごと、別途調製した前記水溶液40質量部(10℃に冷却したもの)に10分間浸漬して、イクラを冷却・洗浄した。イクラを水溶液からあげて、液をきり、常法により、−30℃で凍結して冷凍イクラを調製した。
【0036】
本品を−20℃で4ヶ月間保存した後、4℃で16時間低温解凍し、さらに4℃で24時間保存して、試食したところ、卵膜は柔らかく、口に残ることもなかった。また、本品は、透明度の低下、異味や異臭の発生もなく、イクラ特有の食味・食感がよく保持されていた。
【実施例2】
【0037】
精製塩8質量部、α,α−トレハロースの糖質誘導体含有シラップ(株式会社林原商事販売、商品名「ハローデックス」、α,α−トレハロースの糖質誘導体を無水物換算で約58%含有)8質量部、乳酸1質量部、乳酸ナトリウム4質量部に水を加えて200質量部の水溶液を調製した。予め80℃に加熱したこの水溶液50質量部に対して、塩蔵した冷凍塩イクラを解凍したもの3質量部をザルに入れて90秒間浸漬して、加熱処理をおこなった。加熱処理後に、このイクラ3質量部をザルごと10℃に冷却した水溶液40質量部に10分間浸漬して、イクラを冷却・洗浄した。イクラを水溶液からあげて、液をきり、加熱処理イクラを調製した。本品は、透明度の低下もなく、卵膜の硬化が抑制され、イクラ特有の食味・食感の劣化がないので、そのままで、或いは、冷蔵して流通させることができる。
【0038】
また、本品を、常法により−20℃で凍結して冷凍イクラを調製し、−20℃で4ヶ月間保存した。これを、4℃で16時間低温解凍し、さらに4℃で24時間保存して、試食したところ、卵膜は柔らかく、口に残ることもなかった。また、本品は、透明度の低下、異味や異臭の発生もなく、イクラ特有の食味・食感がよく保持されていた。
【実施例3】
【0039】
濾過、滅菌した海洋深層水に含水結晶α,α−トレハロース(株式会社林原商事販売、商品名「トレハ」)1質量部、α,α−トレハロースの糖質誘導体(株式会社林原商事販売、商品名「ハローデックス」、α,α−トレハロースの糖質誘導体を無水物換算で約58%含有)1質量部に水を加えて60質量部の水溶液を調製した。この水溶液に炭酸水素ナトリウムを添加して、pHを9.0に調整し、85℃に加熱したこの水溶液5質量部に対して、生イクラ1質量部をザルに入れて60秒間浸漬して、加熱処理をおこなった。加熱処理後に、このイクラ3質量部をザルごと10℃に冷却した水溶液10質量部に10分間浸漬して、イクラを冷却・洗浄した。イクラを水溶液からあげて、液をきり、加熱処理イクラを調製した。海洋深層水とα,α−トレハロースを含有する水溶液は鮮度保持効果も強いので、この水溶液で処理した本品は、透明度の低下もなく、卵膜の硬化も抑制され、食味・食感の劣化がないので、そのままで、或いは、冷蔵して流通させることができる。
【0040】
また、本品を、常法により、−30℃で凍結して冷凍イクラを調製し、−20℃で6ヶ月間保存した。これを、4℃で16時間低温解凍し、さらに4℃で24時間保存して、試食したところ、卵膜は柔らかく、口に残ることもなかった。また、本品は、透明度の低下、異味や異臭の発生もなく、イクラ特有の食味・食感がよく保持されていた。
【実施例4】
【0041】
実施例1の方法で加熱処理し、冷却・洗浄したイクラを、水切りした後、イクラ10質量部を、5℃に冷却した3質量部の調味液に一晩間浸漬して味付けした。このイクラを、小分け・包装して、常法により、−30℃で凍結して冷凍調味イクラを調製し、−20℃で2ヶ月間保存した。これを、電子レンジで解凍し、さらに4℃で24時間保存して、試食したところ、卵膜は透明で、柔らかく、口に残ることもなかった。また、本品は、透明度の低下、異味や異臭の発生もなく、すっきりした味のイクラであった。
【実施例5】
【0042】
並塩2質量部と含水結晶α,α−トレハロース(株式会社林原商事販売、商品名「トレハ」)3質量部に水を加えて100質量部の水溶液を調製した。この水溶液1質量部を、バットに拡げた生イクラを緩く攪拌しながら、イクラ全体にこの水溶液が塗布されるように噴霧した。噴霧後、20℃で15分間置いた後、600ワットの電子レンジで30秒間加熱した。加熱処理後すぐに電子レンジから取り出し、このイクラ3質量部を、別途調製した前記水溶液10質量部(10℃に冷却したもの)の中に流し込み、10分間浸漬して、イクラを冷却・洗浄した。イクラを水溶液からあげて、液をきり、常法により、−30℃で凍結して冷凍イクラを調製した。本品は、透明度の低下もなく、卵膜の硬化も抑制され、食味・食感の劣化がないので、そのままで、或いは、冷蔵して流通させることができる。
【0043】
本品を−20℃で2ヶ月間保存した後、4℃で16時間低温解凍し、さらに4℃で24時間保存して、試食したところ、卵膜は柔らかく、口に残ることもなかった。また、本品は、透明度の低下、異味や異臭の発生もなく、イクラ特有の食味・食感がよく保持されていた。
【産業上の利用可能性】
【0044】
以上説明したように、本発明の方法において、α,α−トレハロース及び/又はα,α−トレハロースの糖質誘導体を共存せしめてイクラを加熱処理することにより、従来は不可能であったイクラの透明度の低下やその卵膜の硬化を抑制すると共に、イクラ本来の食味・食感を維持することが可能となった。また、本発明の方法で加熱処理したイクラは、冷凍後長期間保存して解凍しても、さらに、これを冷蔵保存しても、透明度の低下や卵膜の硬化が抑制され、イクラ本来の食味・食感を維持することができ、異味や異臭の発生もないので、極めて商品価値が高い。しかも、イクラの採取できる季節は、限られているので、本発明の方法を用いることにより、一年を通じて、イクラ本来の食味・食感を有する高品質のイクラを安定して市場に供給することが可能となる。本発明は、斯くも顕著な作用効果を奏する発明であり、斯界に多大の貢献をする、誠に意義のある発明である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イクラにα,α−トレハロース及び/又はα,α−トレハロースの糖質誘導体を共存せしめ、加熱処理することを特徴とする透明度の低下及び卵膜の硬化が抑制されたイクラの製造方法。
【請求項2】
α,α−トレハロース及び/又はα,α−トレハロースの糖質誘導体と共に食塩を共存せしめ、加熱処理することを特徴とする請求項1記載のイクラの製造方法。
【請求項3】
α,α−トレハロース及び/又はα,α−トレハロースの糖質誘導体を無水物換算で、合計で、0.1質量%乃至20質量%含有する水溶液中で、加熱処理することを特徴とする請求項1又は2に記載のイクラの製造方法。
【請求項4】
レオメーターを用いて測定した時のイクラの卵膜の硬度が、50g乃至140gであることを特徴とする請求項1乃至3の何れかに記載のイクラの製造方法。
【請求項5】
請求項1乃至4の何れかに記載の製造方法で製造した加熱処理後のイクラを、さらに、冷却及び/又は冷凍処理する、冷凍イクラの製造方法。
【請求項6】
請求項1乃至5の何れかに記載の方法により製造されたイクラ。

【公開番号】特開2007−49939(P2007−49939A)
【公開日】平成19年3月1日(2007.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−237697(P2005−237697)
【出願日】平成17年8月18日(2005.8.18)
【出願人】(000155908)株式会社林原生物化学研究所 (168)
【Fターム(参考)】