説明

イメージング質量分析装置

【課題】本発明は、試料を構成する原子および分子の空間的な位置情報と質量情報との両方を同時に高分解能で,しかも高速に測定できるイメージング飛行時間型質量分析装置を提供する
【解決手段】本発明にかかるイメージング質量分析装置1は、レンズ系60を備えるイオン源10と、分析部20と、検出部30とを備えている。イオン源10では、試料の広い範囲を同時にイオン化し、上記レンズ系60を用いて、上記試料のイオン像をそのまま引き出す。その後、分析部20では、上記試料の上記試料のイオン像をそのまま維持し、上記試料のイオンの質量分離を行う。次に、検出部30では、試料イオンの到達位置と飛行時間とを同時に検出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イメージング質量分析装置に関するものであり、特に、試料を構成する原子および分子の空間的な位置情報と質量情報との両方を同時に測定できるイメージング飛行時間型質量分析装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
イメージング質量分析とは、イオン生成が行われる試料表面上の部位を極小化し、かつ、その部位を任意に制御することにより、試料表面上における物質の局在状態を観察する技術である。簡単に言えば、イメージング質量分析とは、試料の微細な2次元空間イメージと、試料を構成する原子および分子の質量情報とを同時に取得する技術である。
【0003】
図10に従来型のイメージング質量分析装置の構成例を示す。図10に示すように、従来型のイメージング質量分析装置500は、イオン源100と、分析部200と、検出部300と、データ処理部400とからなる。イオン源100では、レーザーや、高速荷電粒子、中性粒子試料を用いて、試料をイオン化する。試料のイオン化にレーザーを用いる場合には、レーザー光を微小に絞り、試料に照射する。同様に、高速荷電粒子や中性粒子試料を用いて試料をイオン化する場合には、高速荷電粒子や中性粒子を収束させて照射する。
【0004】
上記イオン源100において上記試料の微小スポットから脱離/イオン化したイオンを、分析部200に導入し、質量分析を行う。図10(b)に示すように、分析部200として飛行時間型質量分析計を用いている。飛行時間型質量分析計を用いると、全質量範囲について同時に質量分析を行えるため、効率よくイメージング質量分析を行うことができる。ただし、この場合、レーザー光や荷電粒子ビームのビーム径が空間的な分解能を制限する。例えば、レーザー光の場合、波長程度までしか収束させることができないため、空間分解能は1ミクロン程度が限界となる。また、荷電粒子ビームの場合、空間電荷効果があるため、0.1ミクロン程度が限界である。
【0005】
また、このように微小に収束させたレーザー光などを用いて広い空間のイメージを取得するためには、微小に絞ったビームを2次元に連続的にスキャンする必要があり、全範囲のスキャンには多大な時間を要する。
【0006】
さらに、上記分析部200としては、磁場型質量分析計を用いることもできる。磁場型質量分析計を用いる場合には、上記イオン源100では、試料の広い範囲に荷電粒子ビームを照射し、試料をイオン化させ、出てきたイオンを磁場型質量分析装置で質量選択し、位置情報を取得できる検出部300(位置検出器)でイオン強度と位置情報とを得る。分析部200が空間的な収束を満たしていれば、サンプル表面の位置情報を維持したまま検出部300に到達するので、イメージング質量分析を行うことができる。
【0007】
ところで、近年、本発明者らは、質量分解能が高く、さらにイオン像を歪ませない質量分析計を開発した(非特許文献1を参照)。具体的には、上記質量分析計は、複数の扇形電場と、複数の四重極レンズとを用いて構成される、イオンが同一飛行空間を複数回、周回することができる多重周回飛行時間型質量分析計である。当該質量分析計では、イオンの飛行距離が従来の飛行時間型質量分析計よりも大幅に長いので、質量分解能を向上させることができる。
【特許文献1】米国特許第5808300号(1998年9月15日登録)
【非特許文献1】Michisato Toyoda, Daisuke Okumura, Morio Ishihara and Itsuo Katakuse : Multi-turn Time-of-Flight Mass Spectrometers with Electrostatic Sectors, J. Mass Spectrom., 38 (2003), 1125-1142.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
近年、生物学や医学、薬学分野などにおいて、細胞や組織といった生物試料のように、比較的大きな試料に対して、イメージング質量分析を行うことが求められている。生物試料のイメージング質量分析では、測定対象が組織のような比較的大きな試料である。また、測定に求められる分解能は、細胞レベルでの測定が可能な高い分解能である。さらに、生物試料は、構成成分が非常に多いが、これらの構成成分をできるだけ多く、同時に測定することが求められる。
【0009】
しかしながら、従来のイメージング質量分析装置では、試料の広い範囲を、短時間に、高い空間分解能で測定することはできない。具体的には、質量分析計として飛行時間型質量分析計を備える従来のイメージング質量分析装置では、微小に絞ったレーザー光や荷電粒子ビームなどをサンプルに照射してスキャンするので、空間分解能が制限され、かつ広い範囲の測定には時間を要するという問題がある。
【0010】
一方、磁場型質量分析計を備えるイメージング質量分析装置では、磁場で特定の質量のみを選択し、それ以外は排除してしまうため、同じ位置について全質量範囲の測定はできないという問題がある。
【0011】
また、イメージング質量分析装置において、試料の広い範囲を、短時間に、高い空間分解能で測定することを実現するには、質量分析計の改良のみならず、イオン源や検出器などの改良も行う必要がある。そのため、上記非特許文献1に記載されているような質量分析計が存在するものの、試料の広い範囲を、短時間に、高い空間分解能で測定するイメージング質量分析装置は開発されていない。
【0012】
本発明は、上記問題点に鑑みなされたものであり、その目的は、試料を構成する原子および分子の空間的な位置情報と質量情報との両方を同時に高分解能で、しかも高速に測定できるイメージング飛行時間型質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明にかかるイメージング質量分析装置は、上記課題を解決するために、試料の広い範囲を同時にイオン化するイオン源と、上記イオン源で生じる試料のイオン像をそのまま維持し、かつ、イオンを質量分離する分析部と、イオンの到達位置および飛行時間を同時に検出する検出部と、を備え、上記イオン源には、上記試料のイオン像をそのまま引き出すレンズ系が備えられていることを特徴としている。
【0014】
上記構成によれば、イオン源では、試料の広い範囲が同時にイオン化される。上記イオン源は、上記試料のイオン像を崩すことなく、そのまま引き出すレンズ系を備えているため、当該試料のイオンは、そのイオン像を保ったまま、分析部に送られる。上記分析部では、上記イオン源で生じる試料のイオン像を崩すことなく、そのままのイオン像を維持したまま、試料の各イオンは質量分離される。また、検出部では、上記分析部から送られてきた上記試料のそれぞれのイオンの到達位置を検出するとともに、イオンの飛行時間を測定する。そのため、試料の各イオンの位置情報を元に、イオン像を像として捉えることが可能となり、高い位置分解能で、検出部である検出器の像に反映することができるという効果を奏する。さらに、試料のイオンの質量を知ることができるため、検出部で検出したイオン像と、質量情報とを統合することにより、試料のイメージング質量分析を行うことができるという効果を奏する。
【0015】
また、上記イオン源では、試料の広い範囲が同時にイオン化されるため、分析対象となる試料が大きい場合であっても、測定回数(スキャン回数)は、少なくてよい。それゆえ、短い時間で試料の広い範囲のイメージング質量分析を行えるという効果を奏する。
【0016】
本発明にかかるイメージング質量分析装置において、上記イオン源は、ビーム径が大きなレーザー光、荷電粒子または中性粒子ビームを試料に照射し、試料をイオン化することが好ましい。
【0017】
上記構成によれば、試料のイオン化に用いるレーザー光、荷電粒子または中性粒子ビームは、細く収束されておらず、ビーム径が大きいため、レーザー光、荷電粒子または中性粒子ビームは、試料の広い範囲に同時に照射される。それゆえ、試料の広い範囲を同時にイオン化できるという効果を奏する。
【0018】
また、レーザー光、荷電粒子または中性粒子ビームを試料の広い範囲に照射するため、レーザー光、荷電粒子または中性粒子ビームの径によって、位置分解能が制限されることがない。それゆえ、試料の広い範囲のイメージを同時に取得できるという効果を奏する。
【0019】
本発明にかかるイメージング質量分析装置において、上記レンズ系は、引き出し電極と、静電レンズ群とから構成されることが好ましい。
【0020】
上記構成によれば、イオン源に備えられる試料台を、分析する脱離イオンと同じ符号の直流の高電位に保ち、上記引き出し電極を、接地電位に保つことにより、試料からの脱離イオンは、上記試料台と引き出し電極との間の高電界によって加速され、上記試料台の法線方向に大きな速度成分を獲得することができる。さらに、上記脱離イオンの上記試料台の法線方向への速度成分を大きくするために、上記試料台と引き出し電極との間隔は、放電を発生しない程度に十分短くすることが好ましい。
【0021】
したがって、上記構成によれば、上記速度成分は、脱離イオンの等方位的な初速度よりも十分大きく、脱離イオンの射出角の分散は相対的に圧縮されるため、脱離イオン像を、そのまま保持した状態で引き出すことができるという効果を奏する。
【0022】
また、上記レンズ系においては、上記引き出し電極の後方に、静電レンズ群が配置される。それゆえ、脱離イオンビームの広がりが抑制され、試料のイオン像をそのまま引き出すことができるという効果を奏する。
【0023】
本発明にかかるイメージング質量分析装置は、上記課題を解決するために、上記イオン像を拡大または縮小する拡大・縮小レンズ群をさらに備えることが好ましい。
【0024】
上記構成によれば、自由にイオン像を拡大縮小することが可能となるため、イオン像の大きさを、検出部として用いる検出器のサイズに合わせて変更することができる。それゆえ、検出器の空間分解能が不十分な場合であっても、像を拡大することで必要な空間分解能を得ることができるという効果を奏する。
【0025】
本発明にかかるイメージング質量分析装置において、上記拡大・縮小レンズ群は、静電レンズ群であることが好ましい。
【0026】
上記静電レンズ群は、質量収差がないため、上記構成とすることにより、全ての質量域において分析を行うことができるという効果を奏する。
【0027】
本発明にかかるイメージング質量分析装置において、上記分析部は、直線型飛行時間型質量分析計であることが好ましい。
【0028】
上記構成によれば、分析部として、飛行時間型質量分析計を備えているため、全質量範囲の測定も同時に行えるという効果を奏する。
【0029】
また、本発明にかかるイメージング質量分析装置において、上記分析部は、複数の扇形電場で構成される飛行時間型質量分析計であることが好ましい。
【0030】
上記構成によれば、試料のイオンの飛行距離が長くなる。飛行時間型質量分析計の特性として、イオンの飛行距離を延ばすと、質量分解能が高くなる傾向がある。また、上記扇形電場を用いることにより、イオンを時間的に収束させることができる。それゆえ、上記構成とよれば、質量分解能を向上させることができるという効果を奏する。
【0031】
さらに、本発明にかかるイメージング質量分析装置において、上記分析部は、直線型飛行時間型質量分析計と、複数の扇形電場で構成され、同一飛行空間を複数回周回させる多重周回飛行時間型質量分析計とからなることが好ましい。
【0032】
上記構成によれば、試料のイオンは、同一軌道上を複数回周回することが可能となるため、上記試料のイオンの飛行距離が長くなる。さらに、扇形電場を用いているので、イオンを時間的に収束させることができる。それゆえ、質量分解能を向上させることができるという効果を奏する。また、イオンは、空間的に収束されるため、空間分解能を向上させることができる。
【発明の効果】
【0033】
本発明にかかるイメージング質量分析装置は、以上のように、試料の広い範囲を同時にイオン化し、当該試料のイオン像を崩すことなく検出し、かつ当該試料の各イオンの質量を測定する構成である。それゆえ、試料表面の化学的微細構造をサブミクロンオーダーの空間分解能で高速に解析できるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0034】
〔実施の形態1〕
本発明の一実施形態について図1および図2に基づいて説明すると以下の通りであるが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0035】
本実施形態にかかるイメージング質量分析装置1は、図1に示すように、試料の広い範囲を同時にイオン化することができるイオン源10と、上記イオン源で生じる試料のイオン像をそのまま維持し、かつ、イオンを質量分離する分析部20と、イオンの到達位置および飛行時間を同時に検出可能な検出部30と、データ処理部40とを備えている。また、イオン源10には、図2に示すように上記試料のイオン像をそのまま引き出すレンズ系60が備えられている。
【0036】
上記イオン源10は、試料の広い範囲を同時にイオン化することができるものであればよく、具体的な構成は特に限定されるものではない。具体的には、ビーム径が大きなレーザー光、荷電粒子または中性粒子ビームを試料に照射することにより、試料の広い範囲を同時にイオン化するものであることが好ましい。より具体的には、上記ビーム径は、0.5mm〜1mmであることが好ましい。
【0037】
また、上記試料は、一般的に固相(凝縮相)であるので、上記イオン源10は、気体状のイオンを固相から直接生成できる脱離イオン化法により試料をイオン化できるものであることが好ましい。さらに、イオン生成部位を制御することができるイオン化法により、試料をイオン化できるものであることが好ましい。
【0038】
上記のようなイオン源としては、例えば、イオンビームを試料に照射する2次イオン質量分析(secondary ion mass spectrometry; SIMS)、レーザービームを照射するレーザー脱離イオン化(laser desorption/ionization; LDI)、高分子化合物のイオン化を補助するマトリックス(matrix)を試料表面に添加してレーザービームを照射するマトリックス支援レーザー脱離イオン化(matrix-assisted lase desorption/ionization; MALDI)、および高速原子衝撃イオン(fast atom bombardment; FAB)を挙げることができる。
【0039】
上記のようなイオン源を用いることにより、イオン源10において、一次ビーム、すなわち、レーザー光あるいは荷電粒子ビームを試料の広い範囲に照射し、試料をイオン化することができる。
【0040】
イオン源10について、図2に基づき、より具体的に説明すると、以下の通りであるが、本発明にかかるイオン源はこれに限定されるものではない。
【0041】
図2は、イオン源10の要部を模式的に示したものである。図2に示すように、イオン源10には、上記試料のイオン像をそのまま引き出すレンズ系60が備えられている。上記レンズ系60は、引き出し電極とアインツェルレンズとから構成される。上記引き出し電極は、一次ビームの進路を干渉しないように、複数の電極を配置した構造となっている。
【0042】
また、イオン源10では、上述したように、一次ビーム、すなわち、レーザー光あるいは荷電粒子ビームを試料の広い範囲に照射し、試料をイオン化する。このとき、一次ビーム用の光学部品が脱離イオンの軌道を干渉すると、試料のイオン像が乱れることとなる。したがって、イオン源10では、一次ビーム用の光学部品が脱離イオンの軌道を干渉しないように、一次ビーム用の光学部品を配置した構造とする必要がある。
【0043】
イオン源10に備えられる試料台は、分析する脱離イオンと同じ符号の直流の高電位に保たれる。また、上記引き出し電極は、接地電位に保たれる。さらに、上記試料台と引き出し電極との間隔は、放電を発生しない程度に十分短くする。
【0044】
このような構成とすることにより、脱離イオンは、上記試料台と引き出し電極との間の高電界によって加速され、上記試料台の法線方向に大きな速度成分を獲得することができる。また、上記速度成分は、脱離イオンの等方位的な初速度よりも十分大きく、脱離イオンの射出角の分散は相対的に圧縮される。そのため、脱離イオン像を、そのまま保持した状態で引き出すことができる。
【0045】
また、レンズ系60は、上記引き出し電極の後方に、加速型アインツェルレンズを配置している。それゆえ、脱離イオンビームの広がりを抑制する、つまり、試料のイオンが分散してイオン像が乱れるのを抑制することができる。
【0046】
レンズ系60には、さらにアインツェルレンズの後方に、脱離イオンビームをコリメートするための四重極型界浸レンズを配置してもよい。これにより、さらに、脱離イオンビームの広がりを抑制することができる。
【0047】
なお、上記レンズ系60は、加速型アインツェルレンズを備えているが、本発明はこれに限定されるものではなく、加速型アインツェルレンズ以外の静電レンズ群を加速型アインツェルレンズの代わりに用いることができる。
【0048】
上記試料は、特に限定されるものではないが、固体であることが好ましい。例えば、生物の細胞や組織、半導体などを挙げることができるが、これに限定されるものはない。
【0049】
また、「試料の広い範囲」とは、特にその面積や形状を限定するものではないが、一辺が0.5mm〜1mmの正方形や、それと同じ面積を有する円、楕円や多角形の範囲であることが好ましい。
【0050】
分析部20は、上記イオン源で生じる試料のイオン像を崩すことなく維持し、イオンの質量の違いにより、それぞれのイオンを分離する。本実施形態では、分析部20は、図1(b)に示すように、直線型飛行時間型質量分析計である。分析部20として直線型飛行時間型質量分析計を用いる場合、複数個の多重極レンズを配置することが好ましい。上記構成とすれば、分析部20においてイオン像を維持する、すなわち、(x|α)=(x|δ)=(y|β)=0を満足することができる。すなわち、イオン源10でのイオン像を、そのまま、検出部30に像として到達させることができる。
【0051】
上記検出部30は、イオンの到達位置と飛行時間とを同時に検出できるものであればよく、特に限定されるものではない。上記検出部30では、イオン源10からのイオンの飛行時間を測定する。これにより、そのイオンの質量を知ることができる。
【0052】
また、上記検出部30では、イオン源10からのイオンの到達位置を検出する。イオンが到達した位置は、イオン源10での出発位置、すなわち試料表面での位置に相当する。すなわち、検出部30は、試料を構成する原子および分子の空間的な位置情報(換言すれば、試料のイメージ)と、質量情報(換言すれば、試料の構成物質)とを検出するものである。
【0053】
上記検出部30としては、具体的には、高速MCP位置/時間検出システム(株式会社東京インスツルメンツ製)を用いることができる。また、検出部30は、MCP(マイクロチャンネルプレート)、蛍光板、および高速CCDカメラを組み合わせることによっても実現することができる。
【0054】
上記データ処理部40は、試料の質量と像との関係を処理するものであり、その具体的な構成は特に限定されるものではない。例えば、ソフトウェアなどにより実現することが可能である。また、本実施形態では、イメージング質量分析装置1は、データ処理部40を備えているが、本発明にかかるイメージング質量分析装置は、データ処理部40を備えていないものであってもよい。
【0055】
〔実施の形態2〕
本発明の他の実施形態について図3に基づいて説明すれば以下の通りである。なお、説明の便宜上、実施の形態1で用いた部材と同一の機能を有する部材には同一の部材番号を付記し、その説明を省略する。
【0056】
本実施形態にかかるイメージング質量分析装置2は、図3に示すように、イオン源10と、分析部20と、イオン像を拡大または縮小する拡大・縮小レンズ群50と、検出部30と、データ処理部40とを備えている。実施の形態1でも述べたように、データ処理部40は、本発明にかかるイメージング質量分析装置に備えられていなくてもよい。
【0057】
上記拡大・縮小レンズ群50は、イオン像を崩すことなく拡大または縮小するものであればよく、その具体的な構成は特に限定されるものではない。例えば、静電レンズを1つまたは複数組み合わせた静電レンズ群、例えば、四重極レンズのトリプレット対により実現することができる。
【0058】
これによれば、検出部30として用いる検出器のサイズに合わせて自由に像を拡大縮小することができる。また、検出部30に用いる検出器の空間分解能が不十分な場合であっても、像を拡大することで必要な空間分解能を得ることができる。
【0059】
〔実施の形態3〕
本発明の他の実施形態について図4および図5に基づいて説明すれば以下の通りである。なお、説明の便宜上、実施の形態1および2で用いた部材と同一の機能を有する部材には同一の部材番号を付記し、その説明を省略する。
【0060】
本実施形態にかかるイメージング質量分析装置3は、図4に示すように、イオン源10と、分析部21と、拡大・縮小レンズ群50と、検出部30と、データ処理部40とを備えている。実施の形態1でも述べたように、データ処理部40は、本発明にかかるイメージング質量分析装置に備えられていなくてもよい。
【0061】
本実施形態において、分析部21は、図4(b)に示すように、時間的・空間的な収束を満たす、複数の扇形電場を用いた飛行時間型質量分析計である。しかし、分析部21に用いる複数の扇形電場を用いた飛行時間型質量分析計は、図4(b)の構成に限定されるものではない。具体的には、イオンの時間的・空間的な収束を満たすように複数の扇形電場を配置し、イオンの進行方向を変更させることができる飛行時間型質量分析計であればよい。例えば、図5に示すような、4つの扇形電場をイオンが蛇行するように配置した飛行時間型質量分析計を用いることができる。これによれば、試料のイオンの飛行距離が延びるため、質量分解能を向上させることができる。なお、「イオンの時間的・空間的な収束」との用語については、後述するので、そちらを参照されたい。
【0062】
〔実施の形態4〕
本発明の他の実施形態について図6および図7に基づいて説明すれば以下の通りである。なお、説明の便宜上、実施の形態1〜3で用いた部材と同一の機能を有する部材には同一の部材番号を付記し、その説明を省略する。
【0063】
本実施形態にかかるイメージング質量分析装置4は、図6に示すように、イオン源10と、分析部22と、拡大・縮小レンズ群50と、検出部30と、データ処理部40とを備えている。実施の形態1でも述べたように、データ処理部40は、本発明にかかるイメージング質量分析装置に備えられていなくてもよい。
【0064】
本実施形態において、分析部22は、図6(b)に示すように、扇形電場を用いた多重周回飛行時間型質量分析計と直線型飛行時間型質量分析計とを組み合わせた質量分析計である。このように、多重周回飛行時間型質量分析計と直線型飛行時間型質量分析計とを組み合わせることにより、分析部22にイオンを投入したり、検出部30にイオンを送るために、分析部22からイオンを取り出したりすることができる。
【0065】
試料が、細胞などの生体試料である場合、分析部には、高い質量分解能を有する質量分析計を用いることが好ましい。より具体的にいえば、一般に用いられている直線型飛行時間型質量分析計や、リフレクトロン型飛行時間型質量分析計、扇形電場型の飛行時間型質量分析計よりも、さらに高い質量分解能を有する質量分析計を用いることが望ましい。
【0066】
本実施形態における分析部22は、上記の要件を満たす高質量分解能を有する質量分析計である。このような質量分析計では、イオンを、同一軌道上で複数回周回させることが可能であるため、飛行距離を伸ばすことができる。それゆえ、質量分解能を向上させることができる。
【0067】
さらに、分析部22は、時間的・空間的にイオンを収束させる光学系を有するものである。
【0068】
なお、本明細書において、「イオンを時間的に収束させる」とは、分析部に入る前と、分析部から出てきた後とで、質量の違いにより生じる飛行時間の違い以外については全く同じになる、すなわち、初期条件の違いに関係なく全く同じになることを意味する。
【0069】
また、「イオンを空間的に収束させる」とは、分析部に入る前と、分析部から出てきた後とで、イオンの位置および角度が全く同じであることを意味するが、分析部に入る前と、分析部から出てきた後とで、イオン像は拡大または縮小されていてもよい。
【0070】
つまり、「イオンを時間的・空間的に収束させる」とは、上記の時間的な収束と、空間的な収束とをともに満足させることであり、「イオンを完全収束させる」と称することもできる。
【0071】
上記構成によれば、イオンを複数回周回させても、イオンが時間的および空間的に広がることがない。つまり、同一飛行空間を複数回周回させても、空間的に像がゆがむことはなく,また質量以外の違いで飛行時間が異なることもない。それゆえ、感度および分解能を低下させることなく、周回を増やせば増やすほど、質量分解能を向上させることができる。その結果、イオン源部のイオン像を維持したまま、飛行距離(時間)を長くすることが可能となり、高い空間分解能および高い質量分解能で、高速測定することができる。
【0072】
分析部22について、図7を用いてより具体的に説明すると、以下の通りであるが、分析部22は、以下に詳述する多重周回飛行時間型質量分析計と直線型飛行時間型質量分析計とを組み合わせた質量分析計に限定されるものではない。つまり、分析部22は、イオンを時間的・空間的に収束させることができるように、複数の電気四重極レンズ、および円筒状の静電扇形を配置した多重周回飛行時間型質量分析計と、直線型飛行時間型質量分析計とを組み合わせた質量分析計であればよい。
【0073】
上記多重周回飛行時間型質量分析計としては、非特許文献1に開示されるMULTUMを用いることができる。MULTUMは、別々の4つのユニットから構成される。それぞれのユニットは、2つの静電四重極レンズ、および円筒状の静電扇形から構成される。上記円筒状の静電扇形の偏向半径は50mmである。また、偏向角度は156.87°、電極間の隙間は7.5mmである。また、イオンの加速電圧が1500Vである場合の印加電圧は、±225Vである。上記の四重極レンズの長さは10mmで、電極の内接円の半径は5mmである。交差点付近に位置する4つの四重極レンズ(図7中、Q4、Q5、Q12、およびQ13)に印加される電圧は、±16.57Vであり、その他のレンズ(図7中、Q2、Q7、Q10、およびQ15)に印加される電圧は、±49.04Vである。1周回の飛行距離は、1.284mである。
【0074】
上記分析部22は、上記MULTUMと直線型飛行時間型質量分析計とを組み合わせることにより実現できる。なお、上記MULTUMと直線型飛行時間型質量分析計とを組み合わせた質量分析計を以下「MULTUM Linear plus」とも称する。上記MULTUMを直線型飛行時間型質量分析計と組み合わせることにより、分析部22にイオンを投入したり、検出部30にイオンを送るために、分析部22からイオンを取り出したりすることが可能となる。
【0075】
また、分析部22には、上記MULTUM Linear plus以外にも、MULTUM Linear plusを改変した質量分析計を用いることもできる。そのような質量分析計としては、非特許文献1に記載のMULTUM IIを挙げることができる。なお、本明細書においては、上記MULTUM、MULTUM Linear plus、およびMULTUM IIの詳細については述べないが、これらについては、非特許文献1を参照されたい。
【0076】
上記実施形態1〜4で説明したイメージング質量分析装置の動作を制御する方法は、特に限定されるものではない。イメージング質量分析装置の構成に応じて、試料を構成する原子および分子の空間的な位置情報と質量情報との両方を同時に高分解能で、しかも高速に測定できるように、その動作を制御すればよい。例えば、それらの制御は、ソフトウェアなどにより行うことができる。
【0077】
なお本発明は、以上説示した各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0078】
本発明について、実施例、並びに図8および図9に基づいてより具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。当業者は本発明の範囲を逸脱することなく、種々の変更、修正、および改変を行うことができる。
【0079】
〔実施例1:イメージング質量分析装置の空間分解能および質量分解能のシミュレーション〕
分析部に、図5に示すように扇形電場を配置した飛行時間型質量分析計を備えるイメージング質量分析装置を用いて、試料を測定した場合に得られる空間分解能および質量分解能をシミュレーションにより検証した。その結果を図8に示す。
【0080】
なお、シミュレーションは、大阪大学において開発されたイオン軌道シミュレーションプログラム「TRIO−DRAW」を用いて、transfer matrix法により行った(M. Toyoda and T. Matsuo, Computer Program "TRIO-DRAW" for Displaying Ion Trajectory and Flight Time, Nucl. Instr. and Meth. A, 427 375-381 (1999)を参照)。図8(a)は、グラフの下左側に記載の初期条件で、グラフ上実線の形状のイオンパケットで出発した時に、周回後にどのような飛行時間ピークになっているかをシミュレーションしたものである。グラフ上破線は、シミュレーションした周回後のイオンの飛行時間ピークを示す。また、図8(b)は、左側パネル(Initial profile)に示す空間形状でイオンをパネル下に記載の初期条件で出射した時に、周回後にどのような空間形状で戻ってくるかをシミュレーションしたものである。右側パネル(Final profile)は、周回後のイオンの空間形状である。
【0081】
図8(a)に示すように、質量分解能は、FWHMで10367と非常に高いものであった。また、図8(b)に示すように、イオンは、質量分析計内を飛行した後でも、分散することはなく、そのイオン像はほとんど歪まなかった。
【0082】
〔実施例2:イメージング質量分析装置の空間分解能および質量分解能のシミュレーション〕
分析部に上述のMULTUM II(非特許文献1を参照)を備えるイメージング質量分析装置を用いて、試料を測定した場合に得られる空間分解能および質量分解能をシミュレーションにより検証した。その結果を図9に示す。
【0083】
なお、シミュレーションは、実施例1と同様、大阪大学において開発されたイオン軌道シミュレーションプログラム「TRIO−DRAW」を用いて、transfer matrix法により行った(M. Toyoda and T. Matsuo, Computer Program "TRIO-DRAW" for Displaying Ion Trajectory and Flight Time, Nucl. Instr. and Meth. A, 427 375-381 (1999)を参照)。図9(a)は、グラフの下左側に記載の初期条件で、グラフ上実線の形状のイオンパケットで出発した時に、周回後にどのような飛行時間ピークになっているかをシミュレーションしたものである。グラフ上破線は、シミュレーションした周回後のイオンの飛行時間ピークを示す。また、図9(b)は、左側パネル(Initial profile)に示す空間形状でイオンをパネル下に記載の初期条件で出射した時に、周回後にどのような空間形状で戻ってくるかをシミュレーションしたものである。右側パネル(Final profile)は、周回後のイオンの空間形状である。
【0084】
図9(a)に示すように、質量分解能は、FWHMで5592と非常に高いものであった。また、図9(b)に示すように、イオンは複数周回、質量分析計内を飛行しても、分散することはなく、そのイオン像はほとんど歪まなかった。
【0085】
なお本発明は、以上説示した各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態や実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態や実施例についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された学術文献及び特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。
【産業上の利用可能性】
【0086】
以上のように、本発明では、試料の広い範囲を同時にイオン化し、当該試料のイオン像を崩すことなく検出し、かつ同時に当該試料の各イオンの質量を測定するため、試料表面の化学的微細構造をサブミクロンオーダーの空間分解能で高速に解析できる。そのため、本発明は、半導体における不純物および母体原子の位置検出装置や、生命科学分野における細胞などのタンパク質や代謝物を含めたあらゆる生体分子について、サブミクロンオーダーの空間分解能で高速にイメージングを行う装置として用いることができる。本発明は、それだけではなく、病理診断方法、薬物動態研究、再生医療の基礎研究、組織工学での品質管理、プロテオーム解析やメタボローム解析を通した創薬研究、システムバイオロジーの構築などの生物学や医学分野の多岐の用途に用いることができる。さらには、質量に基づいて物質分布を観察することが求められるあらゆる産業技術分野に広く応用することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0087】
【図1】図1(a)は、本発明の実施形態にかかるイメージング質量分析装置の概要を示すブロック図である。図1(b)は、図1(a)のイメージング質量分析装置の動作を模式的に示す図である。
【図2】図2は、本発明の実施形態にかかるイメージング質量分析装置のイオン源の要部を模式的に示す図である。
【図3】図3(a)は、本発明の別の実施形態にかかるイメージング質量分析装置の概要を示すブロック図である。図3(b)は、図3(a)のイメージング質量分析装置の動作を模式的に示す図である。
【図4】図4(a)は、本発明の別の実施形態にかかるイメージング質量分析装置の概要を示すブロック図である。図4(b)は、図4(a)のイメージング質量分析装置の動作を模式的に示す図である。
【図5】図5は、本発明の実施形態にかかるイメージング質量分析装置の分析部において、扇形電場の配置を模式的に示す図である。
【図6】図6(a)は、本発明の別の実施形態にかかるイメージング質量分析装置の概要を示すブロック図である。図6(b)は、図6(a)のイメージング質量分析装置の動作を模式的に示す図である。
【図7】本発明の実施形態にかかるイメージング質量分析装置の分析部の要部を示す模式図である。
【図8】本発明の実施形態にかかるイメージング質量分析装置の質量分解能(図8(a))および空間分解能(図8(b))をシミュレーションした結果を示す図である。
【図9】本発明の別の実施形態にかかるイメージング質量分析装置の質量分解能(図9(a))および空間分解能(図9(b))をシミュレーションした結果を示す図である。
【図10】図10(a)は、従来技術にかかるイメージング質量分析装置の概要を示すブロック図である。図10(b)は、図10(a)のイメージング質量分析装置の動作を模式的に示す図である。
【符号の説明】
【0088】
1〜4 イメージング質量分析装置
10 イオン源
20〜22 分析部
30 検出部
40 データ処理部
50 拡大・縮小レンズ群
60 レンズ系

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料の広い範囲を同時にイオン化するイオン源と、
上記イオン源で生じる試料のイオン像をそのまま維持し、かつ、イオンを質量分離する分析部と、
イオンの到達位置および飛行時間を同時に検出する検出部と、を備え、
上記イオン源には、上記試料のイオン像をそのまま引き出すレンズ系が備えられていることを特徴とするイメージング質量分析装置。
【請求項2】
上記イオン源は、ビーム径が大きなレーザー光、荷電粒子または中性粒子ビームを試料に照射することにより、試料をイオン化することを特徴とする請求項1に記載のイメージング質量分析装置。
【請求項3】
上記レンズ系が、引き出し電極と、静電レンズ群とから構成されることを特徴とする請求項1または2に記載のイメージング質量分析装置。
【請求項4】
上記イオン像を拡大または縮小する拡大・縮小レンズ群をさらに備えることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のイメージング質量分析装置。
【請求項5】
上記拡大・縮小レンズ群は、静電レンズ群であることを特徴とする請求項4に記載のイメージング質量分析装置。
【請求項6】
上記分析部は、直線型飛行時間型質量分析計であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載のイメージング質量分析装置。
【請求項7】
上記分析部は、複数の扇形電場で構成される飛行時間型質量分析計であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載のイメージング質量分析装置。
【請求項8】
上記分析部は、
直線型飛行時間型質量分析計と、
複数の扇形電場で構成され、同一飛行空間を複数回周回させる多重周回飛行時間型質量分析計と、からなることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載のイメージング質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−157353(P2007−157353A)
【公開日】平成19年6月21日(2007.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−346872(P2005−346872)
【出願日】平成17年11月30日(2005.11.30)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年6月1日 日本質量分析学会発行の「Journal of the Mass Spectrometry Society of Japan 53巻 3号(通231号)」に発表
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(505125945)学校法人光産業創成大学院大学 (49)
【Fターム(参考)】