説明

エッチング加工用電磁鋼板

【課題】エッチング加工法に適した電磁鋼板を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.01%以下、Si:7%以下、Al:4%以下、Mn:5%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、少なくとも片側の鋼板表面には絶縁被膜を有せず、前記絶縁被膜を有しない鋼板表面より10nmまでの深さの平均C濃度が20at%以下であることを特徴とするエッチング加工用電磁鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータコアなどに用いられる電磁鋼板、特に、エッチング加工性に優れた電磁鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、モータには小型化が強く求められており、特に、ハイブリット電気自動車のメインモータなどの軽量化が要求される自動車用のモータでは、その傾向が強くなっている。モータの小型化には、回転数を高めることが効果的であることから、モータの高周波駆動が指向されている。それに応じて、モータコア材としては高周波鉄損の低い電磁鋼板が要望されており、SiやAl量を増加して固有抵抗を高めたり、板厚を薄くして渦電流損を低減する試みがなされている。
【0003】
一般的に、電磁鋼板をモータコアに加工する方法としては、例えば特許文献1に提案されているような打ち抜き加工法が用いられる。しかし、鉄損を低減するために板厚を薄くした電磁鋼板を従来の打ち抜き加工法で打ち抜き加工すると、クリアランスを非常に小さくする必要があることから、金型の磨耗が大きくなったり、チッピングなどが生じやすくなる。
【0004】
一方、極薄鋼板が用いられるテレビのシャドウマスクなどの加工では、エッチング加工法が用いられているが、このエッチング加工法には、金型を用いる打ち抜き加工法に比べ、次のようなメリットがある。
【0005】
i) 金型を作製する必要がないため、コア形状の変更が容易である。
【0006】
ii) 加工形状の変更が容易であり、微細加工も可能である。
【0007】
iii) 加工時に歪が入らないため、加工後の磁気特性劣化がなく、モータ効率が向上する。
【0008】
そのため、エッチング加工法は、今後需要増が期待される板厚の薄い電磁鋼板に対する加工法として有望であるといえる。
【特許文献1】特開2003‐53445号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、従来の電磁鋼板は、エッチングによる加工を想定して製造されていないため、エッチングが全くできないか、あるいはできる場合においてもエッチング加工性が著しく劣るという問題があった。
【0010】
本発明は、エッチング加工法に適した電磁鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らが、電磁鋼板のエッチング加工性について鋭意検討したところ、鋼板表面より10nmの深さまでの平均C濃度を制御することによりエッチング加工性が向上することを見出した。
【0012】
本発明は、このような知見に基づきなされたもので、質量%で、C:0.01%以下、Si:7%以下、Al:4%以下、Mn:5%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、少なくとも片側の鋼板表面には絶縁被膜を有せず、前記絶縁被膜を有しない鋼板表面より10nmの深さまでの平均C濃度が20at%以下であることを特徴とするエッチング加工用電磁鋼板を提供する。
【0013】
本発明のエッチング加工用電磁鋼板では、質量%で、Cu:0.04%以下であることが好ましい。また、さらに、質量%で、Sb:0.005〜0.05%およびSn:0.005〜0.05%のうち少なくとも1種を含有することや、Ni:0.05〜5%およびCo:0.05〜10%のうち少なくとも1種を含有することが好ましい。
【0014】
鋼板の板厚は0.03〜0.25mmであることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、エッチング加工法に適した電磁鋼板を製造できるようになった。そのため、従来より板厚の薄い電磁鋼板を、歪を付加せずに、容易にモータコア材に加工でき、モータの高周波鉄損の低減を効果的に図れるようになった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下に、本発明の詳細を説明する。(なお、成分に関する「%」表示は、特に断らない限り質量%を意味するものとする。)
1) 成分
C:0.01%以下
C量が0.01%を超えると、磁気時効が生じて磁気特性が劣化するだけでなく、後述するように、鋼板表層のC濃度が増大してエッチング加工性が低下する。そのため、C量の上限は0.01%とする。
【0017】
Si:7%以下
Siは、鋼板の固有抵抗を上げ、鉄損の低下に有効な元素である。しかし、その量が7%を超えると、外部酸化層が形成されやすくなり、エッチング加工性が低下する。そのため、Si量は7%以下とする。
【0018】
Al:4%以下
Alは、Siと同様、鋼板の固有抵抗を上げるために有効な元素である。しかし、その量が4%を超えると、緻密な外部酸化層が形成されやすくなり、エッチング加工性が低下する。そのため、Al量は4%以下とする。
【0019】
Mn:5%以下
Mnは、SiやAlと同様、鋼板の固有抵抗を上げるために有効な元素である。しかし、その量が5%を超えると、コストアップになる。そのため、Mn量は5%以下とする。
【0020】
残部はFeおよび不可避的不純物であるが、Cuは鋼板表面に偏析しやくすく、エッチングされにくい外部酸化層を形成するため、その量は0.04%以下とすることが好ましい。また、Sbは集合組織を改善し、磁束密度を向上させる効果があるため、0.005〜0.05%の添加により磁束密度を一層向上させることが可能である。Snも、Sb同様、集合組織を改善し、磁束密度を向上させる効果があるため、0.005〜0.05%の添加により磁束密度を一層向上させることが可能である。さらに、Ni、Coは飽和磁化の向上を通じて磁束密度を向上させる元素であるため、これら元素はそれぞれ0.05〜5%、0.05〜10%の範囲で添加することが可能である。
【0021】
2) 絶縁被膜
本発明のエッチング加工用電磁鋼板では、少なくとも片側の鋼板表面には絶縁被膜が存在しない。そして、エッチング加工はこの絶縁被膜が存在しない面に対して行われる。そのため、片面のみに絶縁被膜を形成することが好ましいが、この場合には、絶縁被膜が存在しない側の表層部のC濃度が高くなることは避けられず、後述するように、エッチング加工性が低下するため、酸洗や研削等を行って鋼板表層部のC濃度を本発明範囲内とする必要がある。また、両面に絶縁被膜を形成する場合には、エッチング加工前にこの絶縁被膜を剥離し、さらに酸洗や研削等を行って鋼板表層部のC濃度を本発明範囲内とする必要がある。
【0022】
3) 絶縁被膜のない鋼板表層部の平均C濃度:20at%以下
最初に、電磁鋼板のエッチング加工上の問題を調査するため、C:0.003%、Si:2.3%、Mn:0.605、Al:1.2%の鋼を溶解し、スラブとなし、熱間圧延後、1000℃×30sの熱延板焼鈍を行い、板厚0.10mmまで冷間圧延を行い、引き続き20%H2-80%N2雰囲気にて1000℃×10sの仕上焼鈍を行った後、絶縁被膜用のコータロールを開放して(コータパン内に樹脂コーティング液が入ったまま)樹脂コーティングせずに、焼付け炉内を通過させた試料を作製した。そして、エッチング加工性を以下のようにして調査した。すなわち、試料である鋼板の表面にレジストを塗布し、直径10cmの円の外側に20μm幅の環状パターンを露光し、現像後環状パターンを溶解し、塩化第二鉄水溶液(45ボーメ、液温45℃)を用いてスプレーエッチングを行い、モータのロータ相当の直径10cmの円板に加工するときのエッチング速度を測定した。
【0023】
その結果、エッチング速度は試料により0.6〜1.2μm/sと大きくばらついた。本発明者らは、エッチングが鋼板表面から進行する腐食反応であることから、エッチング速度のばらつきの原因は何らかの表面状態の違いにあるのではないかと考え、試料を洗浄した後、試料表層部の成分を調査した。ここで、分析にはオージェ電子分光法を用い、鋼板表面からArスパッタリングを行いながら深さ方向の成分分析を行った。その結果、エッチング速度の遅い試料では表層部のC濃度が高いことが明らかとなった。また、試料により表層部のC濃度が異なった原因を調査したところ、電磁鋼板では一般に絶縁被膜形成のためにCを含む樹脂コーティングを行っているため、樹脂中のCが焼き付け炉内に存在しており、そのCが本試料表面に不均一に付着し、試料内部に拡散したためであることがわかった。
【0024】
そこで、鋼板表層部のC濃度とエッチング速度との関係を調査するため、C:0.0030%、Si:2.50%、Mn:0.50%、Al:0.70%の鋼を溶解し、スラブとなし、熱間圧延後、1000℃×30sの熱延板焼鈍を行い、板厚0.10mmまで冷間圧延を行い、引き続き20%H2-80%N2雰囲気にて1000℃×10sの仕上焼鈍を行った後、焼き付け炉内を通過させるにあたり、焼き付け炉の温度を変化させて、鋼板表層部のC濃度を変化させた試料を作製した。なお、このとき、コータロールを開放して(コータパン内に樹脂コーティング液が入ったまま)樹脂コーティングせずに試料を通した。そして、上記と同様な方法で、モータのロータ相当の直径10cmの円板に加工するときのエッチング速度を測定した。
【0025】
図1に、鋼板表面より10nmの深さまでの平均C濃度とエッチング速度の関係を示す。ここで、深さを10nmとしたのは、それ以上の深さではCがほとんど検出されなかったため、鋼板表面より深さ10nmまでの範囲を測定することで表層のC濃度が評価できるからである。
【0026】
図1より、鋼板表面より10nmの深さまでの平均C濃度が20at%を超えると、エッチング速度が急速に低下し、エッチング加工性が低下することがわかる。このことから、鋼板表面より10nmの深さまでの平均C濃度は20at%以下、好ましくは10at%以下とする。
【0027】
なお、レジスト膜コーティング前には鋼板表面を洗浄しているが、焼き付け炉内の温度が300℃程度であるため、鋼板表面に付着したCが表層に侵入し、洗浄では除去できず、エッチング加工性に影響を及ぼしたものと考えられる。
【0028】
4) 板厚:0.03〜0.25mm
鋼板の板厚は、0.03mm以下では鋼板を圧延するのが困難となり、0.25mmを超えると高周波鉄損が増大する傾向にある。また、エッチング時間を短くして生産性を向上させる観点からも板厚は0.25mm以下とすることが好ましい。したがって、板厚は0.03〜0.25mmとすることが好ましい。
【0029】
本発明のエッチング加工用電磁鋼板は、通常の方法によって製造できる。すなわち、転炉で吹練した溶鋼を脱ガス処理し、上記のような成分に調整し、スラブに鋳造後、熱間圧延を行い、そのままあるいは熱延板焼鈍後、1回の冷間圧延、もしくは中間焼鈍をはさんだ2回以上の冷間圧延により所定の板厚とし、仕上焼鈍後、少なくとも片側の表面に樹脂コーティングし、焼き付け炉内で焼き付け処理が行われる。このとき、鋼板表層部のC濃度を極力低減するため、焼き付け炉内のC源は少なくする必要があり、コータパン内の樹脂コーティング液を除去後に鋼板を通すことが望ましい。また、焼き付け炉内に樹脂コーティング液等が存在する場合には、鋼板とCが反応しないように鋼板温度を低減する必要があり、焼き付け炉内温度を300℃以下とすることが好ましい。絶縁被膜を片面のみに塗布した場合には、焼き付け後における被膜未塗布面の表面C量が所定の範囲を超えることは避けられず、酸洗や研削等により鋼板表面のCを除去する必要がある。
【実施例】
【0030】
転炉で吹練した後に脱ガス処理を行って表1、2に示す成分に調整した鋼をスラブに鋳造後、板厚2.3mmの熱延板に熱間圧延を行った。熱間圧延後の熱延板にN2雰囲気にて950℃×10sの熱延板焼鈍を施し、酸洗後、表1、2に示す板厚の冷延板に冷間圧延を行い、20%H2-80%N2雰囲気にて表1、2に示す仕上焼鈍温度で10sの仕上焼鈍を行った後、表1、2に示す焼き付け炉通過時の鋼板温度で熱処理して鋼板表層部のC濃度を変えた試料No.1〜33を作製した。なお、試料No.1〜6では、コータパン内に樹脂コーティング液が入った状態でコータロールを開放し、絶縁被膜の形成は行わなかった。試料No.7〜25および28〜33では、コータパン内の樹脂コーティング液を除去するとともに、焼き付け炉内の掃除を行い、極力Cが少なくなるようにして熱処理を行った。試料No.26、27では、片側の面のみに樹脂コーティング後焼き付け処理を行い、絶縁被膜の形成を行った。その後、No.26は未塗布側を酸洗処理し、No.27は酸洗処理を施さないままエッチング処理を行った。
【0031】
そして、上述したように、各試料の絶縁被膜のない表層部のC濃度をオージェ電子分光法により求めた。この際、深さ方向10nmまでの平均C濃度を求めるため、Arスパッタを行い、深さ約1nmごとに分析を行った。また、各試料の絶縁被膜のない表面にレジストを塗布、露光、現像を行い、塩化第二鉄水溶液(45ボーメ、液温45℃)を用いてスプレーエッチングを行い、エッチング孔が試料を貫通するまでのエッチング時間およびエッチング速度を測定した。さらに、各試料よりワイヤーカットにより幅30mm、長さ280mmのエプスタインサンプルを圧延方向および圧延直角方向よりそれぞれ切り出し、JIS C2550に準拠して鉄損W10/400を測定した。
【0032】
結果を表1、2に示す。本発明の成分を有し、かつ試料表層部の平均C濃度が本発明範囲内にある試料No.3〜18、22〜26、28〜33では、エッチング速度が大きく、優れたエッチング加工性を有していることがわかる。
【0033】
【表1】

【0034】
【表2】

【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】鋼板表層部の平均C濃度とエッチング速度との関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.01%以下、Si:7%以下、Al:4%以下、Mn:5%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、少なくとも片側の鋼板表面には絶縁被膜を有せず、前記絶縁被膜を有しない鋼板表面より10nmまでの深さの平均C濃度が20at%以下であることを特徴とするエッチング加工用電磁鋼板。
【請求項2】
質量%で、Cu:0.04%以下であることを特徴とする請求項1に記載のエッチング加工用電磁鋼板。
【請求項3】
さらに、質量%で、Sb:0.005〜0.05%およびSn:0.005〜0.05%のうち少なくとも1種を含有することを特徴とする請求項1または2に記載のエッチング加工用電磁鋼板。
【請求項4】
さらに、質量%で、Ni:0.05〜5%およびCo:0.05〜10%のうち少なくとも1種を含有することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のエッチング加工用電磁鋼板。
【請求項5】
板厚が0.03〜0.25mmであることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のエッチング加工用電磁鋼板。

【図1】
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【公開番号】特開2009−46729(P2009−46729A)
【公開日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−213727(P2007−213727)
【出願日】平成19年8月20日(2007.8.20)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】