説明

エマルジョンバインダー及びそれを含有するインクジェット用水性顔料インク、並びにエマルジョンバインダーの製造方法

【課題】優れた吐出安定性を有するとともに、耐水性及び基材に対する密着性に優れた印字皮膜を形成可能であり、かつ、吐出口(ヘッド)等で乾燥しても再溶解させて容易に除去可能なインクジェット用水性顔料インクを調製可能なエマルジョンバインダーを提供する。
【解決手段】A−Bブロックコポリマーを含有するエマルジョンバインダーである。A−Bブロックコポリマーの数平均分子量が5,000〜100,000であるとともに、分子量分布(重量平均分子量/数平均分子量)が1.7以下であり、Aポリマーブロックの酸価が0〜30mgKOH/gであるとともに、ガラス転移点が60℃以下であり、Bポリマーブロックの酸価が75〜250mgKOH/gであり、A−Bブロックコポリマーがアルカリ物質で中和されて水系媒体中に自己乳化しており、その平均粒子径が30〜300nmのエマルジョン粒子が形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インクジェット印刷方式に適した皮膜成分であるエマルジョンバインダー、及びそれを含有するインクジェットインク用水性顔料インク、並びにエマルジョンバインダーの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
インクジェットプリンターの用途は、近年の高機能化に伴って多岐にわたっている。例えば、個人用、事務用、業務用、記録用、カラー表示用、カラー写真用だけでなく、産業用のインクジェットプリンターとして、その用途はさらに拡大している。なかでも産業用のインクジェットプリンターについては、特に、高速印刷に対応できることが要求されている。このようなインクジェットプリンターに用いられる水性顔料インクにおいては、鮮明性、色の冴え、及び色濃度などの向上を図るため、顔料粒子の微細化が進んでいる。一方、プリンター装置の改良による高速化及び高画質化に対応するため、吐出液滴(インク液滴)の微小化が進んでいる。このような改良は、インクジェット用の加工紙、特に写真紙、ワイドフォーマット用紙などに対しては優れた高画質をもたらすこととなった。しかしながら、様々な紙質に対しての印字に適応するまでには至っていない。特に、紙の種類によっては、こすると印字物が欠落してしまうといった新たな問題が生じている。
【0003】
また、近年、産業用として塩化ビニル、ポリオレフィン、PET、及びポリスチレンなどからなる様々なフィルム基材に対する印刷が多く行なわれている。これらのフィルム基材に対しても、密着性の高い印刷皮膜(印字物)を形成する必要がある。
【0004】
上記種々の問題を解決すべく、印刷皮膜を形成するバインダーがインク中に添加されている。そして、様々な紙質に対応可能であるとともに、様々なフィルムに対して高い密着性の高い印刷皮膜を形成することができ、かつ、インクジェット印刷適性(高速印刷性、吐出安定性)の良好な皮膜形成用バインダーが必要とされている。なお、以下、紙やフィルムを併せて「基材」とも記す。
【0005】
ところで、印刷機のヘッドにおいてインクが乾燥する場合がある。このため、インクジェットインクは、ヘッドにおいて乾燥及び固着した場合であっても、洗浄液などに容易に溶解又は分散することにより除去可能な再溶解性が必要とされる。
【0006】
このような背景下、近年、様々な皮膜形成用バインダーが開発されている。具体的には、通常の皮膜成分となりうるアクリル系、ウレタン系、ビニル系などの水溶性ポリマーを含有する溶液やエマルジョンがバインダーとして知られている。しかしながら、水溶性ポリマーは、水性顔料インクの水系媒体に溶解する成分であるため、インクの粘度が高くなるという問題がある。また、水溶性ポリマーの中には、カルボキシル基の濃度を高くしておき、アルカリ中和物で中和することで水溶性を向上させているものがある。このようなポリマーは、確かに再溶解性は良好となるが、ポリマーのほとんどが水系媒体に溶解している。このため、インクの粘度がさらに高くなってしまう傾向にある。また、インクが非ニュートン性の粘性を示し、ヘッドから良好に吐出できない場合がある。さらには、ポリマー中のカルボキシル基が多いために、形成される皮膜の耐水性が良好ではない場合がある。
【0007】
これに対して、カルボキシル基の濃度を下げることでポリマーの溶解性を低下させて粒子化し、水分散体やエマルジョンとしたもの(ポリマーエマルジョン)をバインダーとして用いる試みがなされている。このようなバインダーは、インクの粘度を低下させることができるとともに、ポリマー中のカルボキシル基濃度が低いので、形成される皮膜の耐水性が良好となる。さらには、ポリマー自体が疎水性であるために、形成される皮膜と基材との密着性が向上する。しかしながら、このようなポリマーは水溶性が乏しいため、インクの再溶解性が不良となる傾向にある。このため、水溶性の溶剤を用いる必要がある。
【0008】
また、バインダーとして用いられるポリマーエマルジョンとしては、従来公知の低分子界面活性剤や反応性界面活性剤を使用した乳化重合によって得られるエマルジョン;カルボキシル基を有するモノマーを少量添加して重合した後、中和して得られる自己乳化型のエマルジョンが提案されている(特許文献1〜3参照)。これらのエマルジョンに含有されるポリマーは高分子量であるため、形成される皮膜と基材との密着性は向上する。しかしながら、これらのエマルジョンに含有されるポリマーは、乾燥して皮膜になると水系媒体に溶解し難くなるので、インクの再分散性が不良となる傾向にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特表2003−520279号公報
【特許文献2】特開2004−197090号公報
【特許文献3】特開2005−179679号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、このような従来技術の有する問題点に鑑みてなされたものであり、その課題とするところは、優れた吐出安定性を有するとともに、耐水性及び基材に対する密着性に優れた印字皮膜を形成可能であり、かつ、吐出口(ヘッド)等で乾燥しても再溶解させて容易に除去可能なインクジェット用水性顔料インクを調製可能なエマルジョンバインダー、並びにその製造方法を提供することにある。
【0011】
また、本発明の課題とするところは、優れた吐出安定性を有するとともに、耐水性及び基材に対する密着性に優れた印字皮膜を形成可能であり、かつ、吐出口(ヘッド)等で乾燥しても再溶解させて容易に除去可能なインクジェット用水性顔料インクを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは鋭意研究を行った結果、皮膜高密着成分となる実質的に水に不溶なAポリマーブロックと、カルボキシル基を高濃度で含有する水溶解性の高いBポリマーブロックとからなるアクリル系ブロックコポリマー(A−Bブロックコポリマー)を含有するエマルジョンバインダーを、インクの皮膜形成用バインダーとすることで、上記問題を解決するに至った。
【0013】
従って、上記課題は、以下に示す本発明によって解決される。すなわち、本発明によれば、構成成分の90質量%以上が(メタ)アクリレート系モノマーである、Aポリマーブロック及びBポリマーブロックを含むA−Bブロックコポリマーを含有するエマルジョンバインダーであって、前記A−Bブロックコポリマーの数平均分子量が5,000〜100,000であるとともに、分子量分布(重量平均分子量/数平均分子量)が1.7以下であり、前記Aポリマーブロックの酸価が0〜30mgKOH/gであるとともに、ガラス転移点が60℃以下であり、前記Bポリマーブロックの酸価が75〜250mgKOH/gであり、前記A−Bブロックコポリマーがアルカリ物質で中和されて水系媒体中に自己乳化しており、その数平均粒子径が30〜300nmのエマルジョン粒子が形成されていることを特徴とするエマルジョンバインダーが提供される。
【0014】
また、本発明によれば、顔料及び皮膜形成用バインダーを含有するインクジェット用水性顔料インクにおいて、前記皮膜形成用バインダーが、上記のエマルジョンバインダーであることを特徴とするインクジェット用水性顔料インクが提供される。
【0015】
本発明においては、前記顔料が、カラーインデックスナンバー(C.I.)ピグメントブルー−15:3、及び15:4;C.I.ピグメントレッド−122、及び269;C.I.ピグメントバイオレット−19;C.I.ピグメントイエロ−74、155、180、及び183;C.I.ピグメントグリーン−7、36、及び58;C.I.ピグメントオレンジ−43;C.I.ピグメントブラック−7;並びにC.I.ピグメントホワイト−6からなる群より選択される少なくとも一種であるとともに、数平均一次粒子径が350nm未満であり、インク全量(100質量%)に対する、前記顔料の含有割合が4〜15質量%であり、前記皮膜形成用バインダーの含有割合が5〜20質量%であることが好ましい。
【0016】
さらに、本発明によれば、上記のエマルジョンバインダーの製造方法であって、少なくともヨウ素化合物を重合開始化合物として使用し、前記(メタ)アクリレート系モノマーをリビングラジカル重合して前記A−Bブロックコポリマーを合成する工程を含むことを特徴とするエマルジョンバインダーの製造方法が提供される。
【0017】
本発明においては、ハロゲン化リン、フォスファイト系化合物、及びフォスフィネート化合物からなるリン系化合物群;イミド系化合物からなる窒素系化合物群;フェノール系化合物からなる酸素系化合物群;並びにジフェニルメタン系化合物、及びシクロペンタジエン系化合物からなる炭化水素化合物群からなる化合物群より選択される少なくとも一種の化合物を触媒として使用して、前記A−Bブロックコポリマーを合成することが好ましい。また、前記リビングラジカル重合する際の重合温度が30〜50℃であることが好ましい。
【0018】
本発明においては、水溶性有機溶剤中で前記リビングラジカル重合した後、アルカリ物質を加えて中和し、次いで水と混合して前記A−Bブロックコポリマーを自己乳化させることが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明のエマルジョンバインダーに含まれる特定のブロックコポリマーは、インク中に存在する際には溶解せず、粒子として存在しうる。このため、本発明のエマルジョンバインダーを用いれば、粘度が低く、吐出安定性に優れ、高速印刷に適応することが可能なインクジェット用水性顔料インクを提供することができる。また、本発明のエマルジョンバインダーを用いれば、耐水性及び紙やフィルムなどの基材に対するに優れた密着性を有する印字皮膜を形成可能なインクジェット用水性顔料インクを調製することができる。さらに、本発明のエマルジョンバインダーを用いれば、吐出口(ヘッド)等で乾燥しても再溶解させて容易に除去可能な(再溶解性を有する)インクジェット用水性顔料インクを調製することができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
1.エマルジョンバインダー
以下、本発明の詳細について、本発明を実施するための形態を例に挙げて説明する。本発明のエマルジョンバインダーに含有されるポリマーは、構成成分の90質量%以上が(メタ)アクリレート系モノマーであるA−Bブロックコポリマーである。このA−Bブロックコポリマーの数平均分子量は5,000〜100,000であるとともに、分子量分布(重量平均分子量/数平均分子量)は1.7以下である。なお、A−Bブロックコポリマーは、AポリマーブロックとBポリマーブロックとを含んでいる。Aポリマーブロックは、酸価が0〜30mgKOH/gであるとともに、ガラス転移点が60℃以下の、実質的に水に不溶なポリマーブロックである。また、Bポリマーブロックは、酸価が75〜250mgKOH/gの、実質的に水に可溶なポリマーブロックである。
【0021】
A−Bブロックコポリマーは、構成成分の90質量%以上、好ましくは95質量%以上が(メタ)アクリレート系モノマーである。(メタ)アクリレート系モノマーとしては従来公知のものが使用され、特に限定されない。(メタ)アクリレート系モノマーの具体例としては、メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸n−ブチル、(メタ)アクリル酸シクロヘキシルなどの脂肪族又は脂環族アルコールの(メタ)アクリレート;(メタ)アクリル酸ベンジル、(メタ)アクリル酸フェノキシエチルなどの芳香環を含有する(メタ)アクリレート;(メタ)アクリル酸メトキシエチル、(メタ)アクリル酸エトキシエトキシエチル、(メタ)アクリル酸ポリ(n=2以上)エチレングリコールなどのグリコールの(メタ)アクリレート;(メタ)アクリル酸2−ヒドロキシエチル、(メタ)アクリル酸2−ヒドロキシプロピルなどの水酸基含有(メタ)アクリレート;(メタ)アクリル酸ジメチルアミノエチル、(メタ)アクリル酸ジエチルアミノエチルなどのアミノ基含有(メタ)アクリレート;(メタ)アクリル酸グリシジル、(メタ)アクリル酸テトラヒドロフルフリル、(メタ)アクリル酸オキセタニルなどの酸素環状(メタ)アクリレート;(メタ)アクリル酸1,1,2,2−テトラフロロエチルなどのフッ素原子含有(メタ)アクリレート;末端が(メタ)アクリレート基であるスチレンマクロモノマー、シリコーンマクロモノマー、ポリε−カプロラクトンマクロモノマー;メタクリル酸2−[3−(2H−ベンゾトリアゾール−2−イル)−4−ヒドロキシフェニル]エチルや(メタ)アクリル酸3,3,5,5−テトラメチルピペリジニルなどの耐光性を向上させる(メタ)アクリレートなどを挙げることができる。
【0022】
構成成分の90質量%以上が(メタ)アクリレート系モノマーであれば、(メタ)アクリレート系モノマーとともに、「他の付加重合性モノマー」を使用してもよい。「他の付加重合性モノマー」の具体例としては、スチレン、ビニルトルエン、(メタ)アクリルアミド系モノマー、(メタ)アクリロニトリル系モノマー、アルカン酸ビニル系モノマーなどを挙げることができる。
【0023】
A−Bブロックコポリマーの酸価は、特定の数値範囲内である。このため、A−Bブロックコポリマーを構成するモノマーとして、酸基を有する(メタ)アクリル酸系化合物を用いることが好ましい。この酸基としては、例えば、カルボキシル基、スルホン酸基、リン酸基などが挙げられる。なかでも、耐水性と入手のしやすさから、カルボキシル基を有する(メタ)アクリル酸系化合物を用いることが好ましい。カルボキシル基を有する(メタ)アクリル酸系化合物としては、例えば、(メタ)アクリル酸、アクリル酸二量体、イタコン酸、マレイン酸、フタル酸、クロトン酸、フタル酸やマレイン酸などの二塩基酸に(メタ)アクリル酸2−ヒドロキシエチルなどの水酸基含有モノマーをハーフエステル化して得られるモノマーなどが挙げられる。なかでも、重合性の観点から(メタ)アクリル酸が特に好ましい。
【0024】
次に、A−Bブロックコポリマーを構成するAポリマーブロックとBポリマーブロックについてそれぞれ説明する。なお、A−Bブロックコポリマーは、2つのブロックが結合したブロックコポリマーであり、便宜的に一方のポリマーブロックを「Aポリマーブロック」、他方を「Bポリマーブロック」と称する。
【0025】
(Aポリマーブロック)
Aポリマーブロックは、上述した各種のモノマーを適宜選択して重合してなるポリマーブロックである。Aポリマーブロックの酸価は0〜30mgKOH/gであり、好ましくは0〜20mgKOH/gである。酸価が上記範囲であるため、Aポリマーブロックは実質的に水に不溶となる。このため、Aポリマーブロックを含むA−Bブロックコポリマーを水系媒体中に分散させてエマルジョン化した場合には、Aポリマーブロックは粒子を形成する部分になると考えられる。なお、上記の酸価の範囲内で、Aポリマーブロック中に少量の酸基を含ませることで、基材との密着性やエマルジョン粒子の粒子径を調整することができる。
【0026】
Aポリマーブロックのガラス転移点(以下、「Tg」とも記す)は60℃以下であり、好ましくは5〜50℃である。Tgが上記範囲であるため、エマルジョンバインダーの造膜性が向上する。さらに好ましいTgは室温(25℃)以下であるが、Tgが60℃以下であれば、インクに造膜助剤を添加することなどによって造膜性を高めることができる。
【0027】
AポリマーブロックのTgは、Aポリマーブロックを重合した後、熱分析にて測定してもよいし、簡易的に求めてもよい。例えば、x成分のモノマーを共重合したポリマー(共重合体)の場合、それぞれモノマーの質量(g)を「W1、W2、・・・Wx」と仮定し、それぞれのモノマーのホモポリマーのTg(℃)を「T1、T2、・・・Tx」と仮定すると、以下の式(1)からこの共重合体のTg(T(℃))を算出することができる。
1/T=W1/(T1+273)+W2/(T2+273)+・・・Wx/(Tx+273) ・・・(1)
【0028】
ホモポリマーのTgの値は、「ポリマーハンドブック 第4版」に記載の値を使用してもよいし、その他、様々な文献の値を使用してもよい。なお、本発明においては、「ポリマーハンドブック 第4版」に記載の値を使用する。
【0029】
Aポリマーブロックが存在することで、A−Bブロックコポリマーは粒子化されるとともに、実質的に水に不溶となる。このため、A−Bブロックコポリマーを含有するエマルジョンバインダーの粘度は低くなる。従って、このエマルジョンバインダーをインクに添加しても、インクの粘度をあまり上昇させることなく、インクの吐出安定性が良好となる。また、A−Bブロックコポリマーは実質的に水に不溶であるため、このA−Bブロックコポリマーを含有するエマルジョンバインダーを用いたインクを使用すれば、基材に対して高い密着性を示す印字皮膜を形成することができる。
【0030】
(Bポリマーブロック)
Bポリマーブロックの酸価は75〜250mgKOH/gであり、好ましくは100〜200mgKOH/gである。酸価が上記範囲であるため、Bポリマーブロックは実質的に水に可溶となる。Bポリマーブロックの酸価が75mgKOH/g未満であると、再溶解性が低下する。一方、Bポリマーブロックの酸価が250mgKOH/gを超えると、形成される印字皮膜の耐水性が劣る場合がある。なお、Bポリマーブロック中の酸基をアンモニア、アミン、水酸化ナトリウムなどのアルカリ物質で中和することにより、Bポリマーブロックは水に可溶なポリマーブロックとなる。Aポリマーブロックが粒子化した際に、Bポリマーブロックが水に溶解する。これにより、A−Bブロックコポリマーの粒子径が制御され、A−Bブロックコポリマーの粒子を水系媒体中に安定的に存在(分散)させることができる。また、このA−Bブロックコポリマーを用いて調製したインクジェット用水性顔料インクは、ヘッドで乾燥しても、Bポリマーブロックの高い水溶性によって優れた再溶解性を示すことになる。
【0031】
Bポリマーブロック中の酸基は、インク中では中和されている。このため、Bポリマーブロックは、水に対する溶解性を示すブロックであると言える。従って、Bポリマーブロックを有するA−Bブロックコポリマーを含有するエマルジョンバインダーを用いたインクは、吐出口(ヘッド)等で乾燥しても、水などの洗浄液で容易に溶解させることが可能であり、優れた再分散性を示す。
【0032】
(A−Bブロックコポリマー)
A−Bブロックコポリマーの数平均分子量(以下、「Mn」とも記す)は5,000〜100,000であり、好ましくは8,000〜50,000である。なお、Mnは、断りがない限り、ゲルパーミエーションクロマトグラフ(以下、「GPC」とも記す)により測定されるポリスチレン換算の値である。A−BブロックコポリマーのMnは、AポリマーブロックのMnと、BポリマーブロックのMnの合計である。従って、A−BブロックコポリマーのMnが上記の数値範囲内であれば、AポリマーブロックとBポリマーブロックのそれぞれのMnは特に限定されない。
【0033】
A−BブロックコポリマーのMnが5,000未満であると、分子量が小さすぎるために、インクジェット用水性顔料インクを用いて形成される印字皮膜の密着性などの物性が向上し難い。一方、A−BブロックコポリマーのMnが大きすぎると、インクジェット用水性顔料インクに再溶解性が付与されない。
【0034】
A−Bブロックコポリマーの、数平均分子量(Mn)に対する重量平均分子量(以下、「Mw」とも記す)の比の値(Mw/Mn)で表される分子量分布(以下、「PDI」とも記す)は、1.7以下であり、好ましくは1.6以下である。
【0035】
A−Bブロックコポリマーに含まれる、AポリマーブロックとBポリマーブロックとの質量比は、A/B=20/80〜95/5であることが好ましく、A/B=30/70〜90/10であることがさらに好ましい。AポリマーブロックとBポリマーブロックとの質量比が上記の範囲内にあると、A−Bブロックコポリマーを構成する水不溶性の部分(Aポリマーブロック)と、水溶性の部分(Bポリマーブロック)とのバランスが良好となる。
【0036】
A−Bブロックコポリマーは、例えば、一方のポリマーブロックを重合した後、他方のポリマーブロックを構成するモノマー成分を添加してさらに重合することにより合成することができる。ここで、はじめに重合する一方のポリマーブロックのPDIが大きいと、後で重合する他方のポリマーブロックのPDIがさらに大きくなる。得られたA−BブロックコポリマーのPDIが大きすぎると、A−Bブロックコポリマーのエマルジョン化が困難になるとともに、インクジェット用水性顔料インクの再溶解性が不十分になる傾向にある。このため、はじめに重合する一方のポリマーブロックのPDIをある程度狭くしておき、最終的に得られるA−BブロックコポリマーのPDIを1.7以下とすることで、A−Bブロックコポリマーを良好にエマルジョン化させることが可能になるとともに、インクジェット用水性顔料インクの再溶解性を向上させることができる。
【0037】
(エマルジョンバインダー)
本発明のエマルジョンバインダーは、A−Bブロックコポリマーがアルカリ物質によって中和され、水系媒体中に自己乳化してエマルジョン粒子を形成したものである。また、形成されたエマルジョン粒子の数平均粒子径は30〜300nmであり、好ましくは50〜200nmである。エマルジョン粒子の数平均粒子径が30nm未満であると、エマルジョン粒子が細かすぎてインクの粘度が上がってしまう場合がある。一方、エマルジョン粒子の数平均粒子径が300nmを超えると、インクジェットヘッドがつまりやすくなり、吐出が困難になる場合がある。
【0038】
例えば、A−Bブロックコポリマーは、重合後にそのまま、又は一旦取り出した後に、水系媒体中でアルカリ物質が添加され、A−Bブロックコポリマーの酸基が中和される。Aポリマーブロックは、実質的に水に不溶なブロックであるため、A−Bブロックコポリマーの粒子化に寄与する。一方、Bポリマーブロックは、実質的に水に可溶なブロックであるため、A−Bブロックコポリマーを自己乳化させて安定なエマルジョン粒子を形成することになる。なお、エマルジョン粒子の数平均粒子径は、従来公知の方法で測定することができる。本発明における数平均粒子径は、光散乱による粒子径測定装置(例えば商品名「N4PLUS」、COULTER社製)により測定することができる。
【0039】
A−Bブロックコポリマーの酸基を中和するために用いられるアルカリ物質としては、特に限定されないが、アンモニア;トリエチルアミン、ジメチルアミノエタノール、トリエタノールアミンなどの有機アミン;水酸化ナトリウムや水酸化カリウムなどのアルカリ金属水酸化物を挙げることができる。
【0040】
また、上記水系媒体は、水単独でもよいが、水と水溶性有機溶剤との混合溶媒であってもよい。水溶性有機溶剤の具体例としては、エタノール、イソプロパノールなどの水可溶性低級脂肪族アルコール;アセトンなどのケトン系水溶性溶媒;乳酸エチルなどの水可溶性エステル溶媒;テトラヒドロフラン、エチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールジメチルエーテルなどの水可溶性エーテル系溶媒;プロピレングリコール、エチレングリコール及びそのモノアルキルエーテルなどの水可溶性グリコール系溶媒;N−メチルピロリドンなどの水溶性アミド系溶媒;グリセリン、1,2−ヘキサンジオールなどの水可溶性ポリオール溶媒などを挙げることができる。なお、これらの水溶性有機溶剤は、一種単独で又は二種以上を組み合わせて用いることができる。なお、併用する水溶性有機溶剤の量は任意である。
【0041】
本発明のエマルジョンバインダーは、水溶性有機溶剤中でA−Bブロックコポリマーを重合した後、(i)アルカリ物質の水溶液を添加してA−Bブロックコポリマーの酸基を中和して自己乳化させて調製するか、或いは(ii)アルカリ物質を添加してA−Bブロックコポリマーの酸基を中和した後、さらに水を添加して自己乳化させて調製することが好ましい。エマルジョンバインダーをこのように調製することで、析出や増粘することなく、微粒子化を達成することができる。
【0042】
2.インクジェット用水性顔料インク
次に、本発明のインクジェット用水性顔料インクの詳細について説明する。本発明のインクジェット用水性顔料インクには、顔料及び皮膜形成用バインダーが含有される。そして、この皮膜形成用バインダーが、前述のエマルジョンバインダーである。前述のエマルジョンバインダーを皮膜形成用バインダーとして用いることにより、高速印刷性及び優れた吐出安定性を有するとともに、耐水性及び基材に対する密着性に優れた印字皮膜を形成可能であり、かつ、吐出口(ヘッド)等で乾燥しても再溶解させて容易に除去可能なインクジェット用水性顔料分散インクとすることができる。なお、本発明のインクジェット用水性顔料インクに含有されるエマルジョンバインダーの割合は、インク全量(100質量%)に対して、固形分濃度で5〜20質量%であることが好ましく、7.5〜15質量%であることがさらに好ましい。
【0043】
(顔料)
顔料としては、従来使用されてきた有機顔料や無機顔料を一種単独で又は二種以上を組み合わせて用いることができる。顔料の具体例としては、カーボンブラック顔料、キナクリドン系顔料、フタロシアニン系顔料、ベンズイミダゾロン系顔料、イソインドリノン系顔料、アゾ系顔料、酸化チタン顔料などが挙げられる。
【0044】
なかでも顔料としては、インクジェットインクで使用される顔料である、カラーインデックスナンバー(C.I.)ピグメントブルー−15:3、及び15:4;C.I.ピグメントレッド−122、及び269;C.I.ピグメントバイオレット−19;C.I.ピグメントイエロ−74、155、180、及び183;C.I.ピグメントグリーン−7、36、及び58;C.I.ピグメントオレンジ−43;C.I.ピグメントブラック−7;並びにC.I.ピグメントホワイト−6からなる群より選択される少なくとも一種が好ましい。
【0045】
また、顔料の数平均一次粒子径は350nm未満であることが好ましく、有機顔料においては150nm以下であることが好ましい。特に、顔料としてC.I.ピグメントブルー−15:3、及び15:4;C.I.ピグメントレッド−122、及び269;C.I.ピグメントバイオレット−19;C.I.ピグメントイエロ−74、155、180、及び183;C.I.ピグメントグリーン−7、36、及び58;C.I.ピグメントオレンジ−43;並びにC.I.ピグメントブラック−7を用いる場合には、これらの顔料の数平均一次粒子径は150nm以下であることが好ましい。
【0046】
さらに、顔料としてC.I.ピグメントホワイト−6を用いる場合には、C.I.ピグメントホワイト−6の数平均一次粒子径は300nm以下であることが好ましい。特に、ヘッドのつまりや、形成される画像の鮮鋭性を考慮すると、数平均一次粒子径が小さいほうが好ましい。
【0047】
顔料は、その表面に官能基が導入された自己分散性顔料でもよいし、カップリング剤や活性剤などの表面処理剤や樹脂などでその表面が処理された、或いはカプセル化などされた処理顔料でもよい。なお、インクジェット用水性顔料インクに含有される顔料の割合は、インク全量(100質量%)に対して2〜15質量%であることが好ましく、4〜10質量%であることがさらに好ましい。
【0048】
(顔料分散剤)
インクジェット用水性顔料インクには、顔料分散剤を含有させることが好ましい。特に、顔料として自己分散性顔料を用いず、自己分散性を有しない通常の顔料(無機顔料、有機顔料)を用いる場合において、これらの顔料を好適な状態で分散させることができるために好ましい。顔料分散剤としては、従来公知のものを使用することができ、特に限定されない。顔料分散剤の具体例としては、アクリル系ポリマーやスチレン系ポリマーなどのランダム重合物、ブロックコポリマー型分散剤、グラフトポリマー型分散剤、星型ポリマー型分散剤、ハイパーブランチ型分散剤などが挙げられる。なお、インクジェット用水性顔料インクに含有される顔料分散剤の割合は、インク全量(100質量%)に対して0.5〜15質量%であることが好ましく、2〜10質量%であることがさらに好ましい。
【0049】
(その他の成分)
本発明のインクジェット用水性顔料インクには、顔料及び顔料分散剤以外の「その他の成分」が必要に応じてさらに含有されていてもよい。「その他の成分」としては、媒体や各種添加剤などを例示することができる。
【0050】
媒体としては、水や前述の水溶性有機溶剤を挙げることができる。有機性溶剤の具体例としては、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、トリエチレングリコールモノブチルエーテル、グリセリン、プロピレングリコール、1,2−ヘキサンジオール、2−ピロリドン、N−メチル−2−ピロリドンなどを挙げることができる。これらの有機性溶剤を用いることで、ヘッドの乾燥をより効果的に防止することができる。なお、これらの水溶性有機溶剤を一種以上用いることが好ましく、水と併用することも好ましい。インクジェット用水性顔料インクに含有される水溶性有機溶剤の割合は、インク全量(100質量%)に対して1〜40質量%であることが好ましく、5〜20質量%であることがさらに好ましい。
【0051】
各種添加剤の具体例としては、界面活性剤、顔料誘導体、染料、レベリング剤、消泡剤、紫外線吸収剤などを挙げることができる。これらの添加剤の含有割合は、本発明の効果を損なわない範囲内であれば特に限定されない。
【0052】
3.エマルジョンバインダーの製造方法
次に、エマルジョンバインダーの製造方法について説明する。本発明のエマルジョンバインダーの製造方法は、少なくともヨウ素化合物を重合開始化合物として使用し、(メタ)アクリレート系モノマーをリビングラジカル重合してA−Bブロックコポリマーを合成する工程を含む。以下、その詳細について説明する。
【0053】
(A−Bブロックコポリマーの合成工程)
A−Bブロックコポリマーは、従来のリビングラジカル重合方法でも合成することができる。但し、本発明においては、A−Bブロックコポリマーを、前述の(メタ)アクリレート系モノマーをリビングラジカル重合して合成する。また、リビングラジカル重合するに際しては、ヨウ素化合物を重合開始化合物として用いる。ヨウ素化合物を重合開始化合物として用いると、熱や光により発生したヨウ素ラジカルがモノマーと反応し、ポリマー末端ラジカルが生成する。逐次発生したヨウ素ラジカルはポリマー末端ラジカルと結合して安定化するので、停止反応が生ずるのを防止することができる。この繰り返しによりリビングラジカル重合が進行するため、得られるA−Bブロックコポリマー分子量や構造を容易に制御することができる。
【0054】
ヨウ素化合物は、熱や光の作用によりヨウ素ラジカルを発生しうるものであれば特に限定されない。ヨウ素化合物の具体例としては、2−アイオド−1−フェニルエタン、1−アイオド−1−フェニルエタンなどのアルキルヨウ化物;2−シアノ−2アイオドプロパン、2−シアノ−2−アイオドブタン、1−シアノ−1−アイオドシクロヘキサン、2−シアノ−2−アイオドバレロニトリルなどのシアノ基含有ヨウ化物などを挙げることができる。
【0055】
市販品のヨウ素化合物をそのまま使用してもよいし、従来公知の方法で合成したヨウ素化合物を使用してもよい。ヨウ素化合物は、例えば、アゾビスイソブチロニトリルなどのアゾ化合物とヨウ素を反応させることで得ることができる。また、臭素や塩素などのヨウ素以外のハロゲン原子を有する有機ハロゲン化物とともに、第4級アンモニウムアイオダイドやヨウ化ナトリウムなどのヨウ化物塩とを使用し、反応系中でハロゲン交換反応を起こさせてヨウ素化合物を発生させてもよい。
【0056】
また、リビングラジカル重合においては、ヨウ素化合物からヨウ素原子を引き抜いてヨウ素ラジカルを生じさせうる触媒を使用することが好ましい。このような触媒としては、ハロゲン化リン、フォスファイト系化合物、フォスフィネート化合物などのリン系化合物;イミド系化合物などの窒素系化合物;フェノール系化合物などの酸素系化合物;ジフェニルメタン系化合物、シクロペンタジエン系化合物などの活性な炭素原子を含む炭化水素化合物を挙げることができる。なお、これらの触媒を一種単独で又は二種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0057】
リン系化合物の具体例としては、三ヨウ化リン、ジエチルフォスファイト、ジブチルフォスファイト、エトキシフェニルフォスフィネート、フェニルフェノキシフォスフィネートなどが挙げられる。窒素系化合物の具体例としては、スクシンイミド、2,2−ジメチルスクシンイミド、マレイミド、フタルイミド、N−アイオドスクシンイミド、ヒダントインなどが挙げられる。酸素系化合物の具体例としては、フェノール、ヒドロキノン、メトキシヒドロキノン、t−ブチルフェノール、カテコール、ジ−t−ブチルヒドロキシトルエンなどが挙げられる。炭化水素化合物の具体例としては、シクロヘキサジエン、ジフェニルメタンなどが挙げられる。触媒の使用量(モル数)は、後述する重合開始剤の使用量(モル数)未満である。触媒の使用量が多すぎると、重合が進行し難くなる場合がある。
【0058】
リビングラジカル重合する際の温度は30〜50℃とすることが好ましい。特に、酸基を有する(メタ)アクリル酸系化合物としてメタクリル酸を用いる場合には、リビングラジカル重合する際の温度を上記の温度範囲内とすることが好ましい。温度が高すぎると、重合末端のヨウ素ラジカルがメタクリル酸によって分解しやすく、形成されるポリマー末端が安定せずに、リビングラジカル重合が進行し難くなる場合がある。
【0059】
リビングラジカル重合の際には、ヨウ素ラジカルが発生しやすいように重合開始剤を添加することが好ましい。この重合開始剤としては、アゾ系開始剤や過酸化物系開始剤などの従来公知の化合物が使用される。但し、重合開始剤としては、上記の重合温度で十分にヨウ素ラジカルを発生させうる化合物が好ましい。具体的には、2,2’−アゾビス(4−メトキシ−2,4−ジメチルバレロニトリル)などのアゾ系開始剤を挙げることができる。重合開始剤の使用量は、重合するモノマーの0.001〜0.1モル倍とすることが好ましく、0.002〜0.05モル倍とすることがさらに好ましい。重合開始剤の使用量が少なすぎると、リビングラジカル重合が十分に進行しない場合がある。一方、重合開始剤の使用量が多すぎると、リビングラジカル重合ではない通常のラジカル重合が副反応として進行する可能性がある。
【0060】
リビングラジカル重合は、有機溶剤を使用しないバルク重合としてもよいが、溶媒を使用する溶液重合とすることが好ましい。溶媒は、ヨウ素化合物、触媒、モノマー、及び重合開始剤を溶解可能な溶媒であることが好ましい。なかでも、顔料を分散させることを考慮すると、水溶性有機溶剤が好ましい。
【0061】
溶液重合するに際し、重合液の固形分濃度(モノマー濃度)は特に限定されないが、好ましくは5〜80質量%、より好ましくは20〜60質量%とする。固形分濃度が5質量%未満であると、モノマー濃度が低すぎて重合が完結しない可能性がある。一方、固形分濃度が80質量%を超えると、実質的にバルク重合となって重合液の粘度が高くなりすぎてしまう。このため、撹拌が困難になるとともに、重合収率が低下する傾向にある。
【0062】
リビングラジカル重合は、モノマーがなくなるまで行うことが好ましい。具体的には、重合時間は0.5〜48時間とすることが好ましく、実質的には1〜24時間とすることがさらに好ましい。また、重合雰囲気は特に限定されず、通常の範囲内で酸素が存在する雰囲気であっても、窒素気流雰囲気であってもよい。また、重合に使用する材料(モノマーなど)は、蒸留、活性炭処理、又はアルミナ処理などにより不純物を除去したものを用いてもよいし、市販品をそのまま用いてもよい。さらに、遮光下で重合を行ってもよいし、ガラスなどの透明容器中で重合を行ってもよい。
【0063】
次に、重合の順序について説明する。A−Bブロックコポリマーの重合順序としては、(i)疎水性のモノマーを重合してAポリマーブロックを形成した後、(ii)Bポリマーブロックを構成するモノマーを添加してさらに重合することが好ましい。Bポリマーブロックを構成するモノマーを先に重合すると、重合が完結せずにメタクリル酸などの酸基を有するモノマーが反応系内に残存する場合がある。このような場合、酸基を有するモノマーがAポリマーブロックに導入されやすくなり、形成されるAポリマーブロックの疎水性が損なわれてしまう(酸価が所定の範囲を超えてしまう)場合がある。これに対して、Aポリマーブロックを構成するモノマーを先に重合すれば、重合が完結せずにモノマーが反応系内に残存した場合であっても、得られるA−Bブロックコポリマーの構成成分の90質量%以上が(メタ)アクリレート系モノマーとなるようにBポリマーブロックを導入すれば、A−Bブロックコポリマーを容易に得ることができる。
【0064】
重合開始化合物(ヨウ素化合物)の使用量を調整することによって、得られるA−Bブロックコポリマーの分子量を制御することができる。具体的には、重合開始化合物のモル数に対して、モノマーのモル数を適切に設定することで、任意の分子量のA−Bブロックコポリマーを得ることができる。例えば、重合開始化合物を1モル使用し、分子量100のモノマーを500モル使用して重合した場合、「1×100×500=50,000」の理論分子量を有するA−Bブロックコポリマーを得ることができる。すなわち、A−Bブロックコポリマーの理論分子量を下記式(2)で算出することができる。なお、上記の「分子量」は、数平均分子量(Mn)と重量平均分子量(Mw)のいずれをも含む概念である。
「A−Bブロックコポリマーの理論分子量」=「重合開始化合物1モル」×「モノマー分子量」×「モノマーのモル数/重合開始化合物のモル数」 ・・・(2)
【0065】
なお、上述のリビングラジカル重合では、二分子停止や不均化の副反応を伴う場合があるので、上記の理論分子量を有するA−Bブロックコポリマーが得られない場合がある。A−Bブロックコポリマーは、これらの副反応が起こらずに得られたものであることが好ましい。但し、カップリングによって得られるA−Bブロックコポリマーの分子量が多少大きくなっても、重合反応が途中で停止して得られるA−Bブロックコポリマーの分子量が多少小さくなってもよい。また、重合率は100%でなくてもよい。さらに、重合を一旦終了した後、重合開始剤や触媒を添加して残存するモノマーを消費させて重合を完結させてもよい。すなわち、A−Bブロックコポリマーが生成していればよい。
【0066】
得られたA−Bブロックコポリマーは、重合開始化合物として用いたヨウ素化合物に由来するヨウ素原子が結合した状態のままであってもよいが、ヨウ素原子を脱離させることが好ましい。ヨウ素原子をA−Bブロックコポリマーから脱離させる方法としては、従来公知の方法であれば特に限定されない。具体的には、A−Bブロックコポリマーを加熱したり、酸やアルカリで処理したりすればよい。また、A−Bブロックコポリマーをチオ硫酸ナトリウムなどで処理してもよい。脱離したヨウ素は、活性炭やアルミナなどのヨウ素吸着剤で処理して除去するとよい。
【0067】
得られたA−Bブロックコポリマーをアルカリ物質で中和し、水系媒体中に自己乳化させれば、その数平均粒子径が30〜300nmであるエマルジョン粒子を含有するエマルジョンバインダーを得ることができる。なお、本発明においては、(i)上記のリビングラジカル重合を水溶性有機溶剤中で行い、(ii)その後、反応系中にアルカリ物質を加えて中和し、(iii)次いで水と混合してA−Bブロックコポリマーを自己乳化させることが好ましい。これにより、形成されるエマルジョン粒子の数平均粒子径を容易に調整することができる。
【0068】
4.インクジェット用水性顔料インクの製造方法
次に、インクジェット用水性顔料インクの製造方法について説明する。インクジェット用水性顔料インクは、例えば、(i)水系媒体に顔料を分散させて顔料分散体を得、(ii)得られた顔料分散体とエマルジョンバインダーとを混合し、(iii)必要に応じて添加剤などを添加することにより製造することができる。
【0069】
顔料分散体は、従来公知の方法により調製することができる。例えば、顔料、顔料分散剤、及び水系媒体を混合し、必要に応じて活性剤などの添加剤を添加すれば顔料分散体を得ることができる。顔料として有機顔料を用いる場合、顔料分散体に含まれる有機顔料の割合を、インク全量に対して10〜30質量%とすることが好ましい。また、顔料として無機顔料を用いる場合、顔料分散体に含まれる無機顔料の割合を、インク全量に対して40〜70質量%とすることが好ましい。
【0070】
顔料分散体に含まれる顔料分散剤の割合は、顔料100質量部に対して5〜30質量部とすることが好ましい。なお、顔料として自己分散性顔料を用いる場合には、顔料分散剤は用いなくてもよい。各成分を混合して顔料を分散させるには、例えば、ニーダー、二本ロール、三本ロール、ミラクルKCK(浅田鉄鋼社製、商品名)といった混練機;超音波分散機;マイクロフルイダイザー(みずほ社製、商品名)、ナノマイザー(吉田機械興業社製、商品名)、スターバースト(スギノマシン社製、商品名)、G−スマッシャー(リックス社製、商品名)などの高圧ホモジナイザーを用いることができる。また、ボールミル、サンドミル、横型メディアミル分散機、コロイドミルなどのビーズメディアを用いたものを使用することもできる。
【0071】
インクの発色性、印字品質、及びインク中の顔料の沈降などを考慮すると、有機顔料を用いる場合には、顔料分散体中の有機顔料の数平均一次粒子径は150nm以下であることが好ましい。また、無機顔料を用いる場合には、顔料分散体中の無機顔料の数平均一次粒子径は300nm以下であることが好ましい。なお、所望の粒度分布で顔料が分散した顔料分散体を得るためには、例えば(i)分散機の粉砕メディアのサイズを小さくする、(ii)粉砕メディアの充填率を大きくする、(iii)処理時間を長くする、(iv)吐出速度を遅くする、(v)粉砕後にフィルターや遠心分離機などで分級する、などの手法が用いられる。また、これらの手法を組み合わせてもよい。さらに、ソルトミリング法などの従来公知の方法であらかじめ細かくした顔料を用いてもよい。各成分の混合及び分散後は、遠心分離機やフィルターで粗大粒子を除去することが好ましい。
【0072】
得られた顔料分散体、水系媒体、及び皮膜形成用バインダーであるエマルジョンバインダー、さらに必要に応じて用いられる添加剤を定法に従って混合すれば、本発明のインクジェット用水性顔料インクを得ることができる。
【0073】
インクジェットで印字するドット径を最適な幅に広げるという観点からは、インクジェット用水性顔料インクの表面張力は20〜40mN/mであることが好ましい。インクジェット用水性顔料インクの表面張力を上記数値範囲とするには、インクジェット用水性顔料インクに界面活性剤を添加することが好ましい。界面活性剤としては、従来公知のものを使用することができる。界面活性剤の添加量が多すぎると、顔料の分散安定性が損なわれる場合がある。このため、インクジェット用水性顔料インクに含有される界面活性剤の割合は0.01〜5質量%とすることが好ましく、0.1〜2質量%とすることがさらに好ましい。
【0074】
本発明のインクジェット用水性顔料インクの粘度は、特に限定されないが、有機顔料を用いた場合には2〜10mPa・sであることが好ましい。また、無機顔料を用いた場合には5〜30mPa・sであることが好ましい。
【実施例】
【0075】
次に、実施例及び比較例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明は、これらの例によってなんら限定されるものではない。なお、文中「部」及び「%」とあるのは、いずれも質量基準である。
【0076】
(1)エマルジョンバインダーの調製
(実施例1:エマルジョンバインダー(1)の調製)
撹拌機、逆流コンデンサー、温度計、及び窒素導入管を備えた1Lセパラブルフラスコに、ジエチレングリコールジメチルエーテル(以下、「DMDG」と記す)131.7部、ヨウ素1.0部、2,2’−アゾビス(4−メトキシ−2,4−ジメチルバレロニトリル)(以下、「V−70」と記す)4.9部、メタクリル酸ベンジル(以下、「BzMA」と記す)44部、メタクリル酸2−ヒドロキシエチル(以下、「HEMA」と記す)13部、及びN−アイオドスクシンイミド0.11部を仕込んだ。撹拌して40℃に加温し、重合を行った。3時間後、ヨウ素の褐色が消失していた。このことから、ヨウ素とV−70が反応し、反応系内でヨウ素化合物(重合開始化合物)が生成したことを確認できた。温度を一定に保持してさらに4時間重合を行った後、自然冷却してAポリマーブロックの溶液を得た。
【0077】
溶液の一部をサンプリングして固形分濃度を測定したところ27.5%であった。また、測定した固形分濃度から算出した重合率は約85%であった。さらに、GPCにてAポリマーブロックを分析したところ、Mnが7,500、PDIが1.31であった。得られたAポリマーブロックの組成はBzMA/HEMA≒77/23であり、理論計算により算出したTgは54.2℃であり、酸価は0mgKOH/gであった。サンプリングした溶液の一部を水に添加したところ、樹脂が析出した。これにより、得られたAポリマーブロックは、実質的に水に不溶なポリマーであることが確認された。
【0078】
得られたAポリマーブロックの溶液に、メタクリル酸メチル(以下、「MMA」と記す)52.8部、メタクリル酸(以下、「MAA」と記す)12.9部、及びV−70の0.45部の混合物を添加して4.5時間重合を行い、Bポリマーブロックを形成してA−Bブロックコポリマーの溶液を得た。重合率は約100%であった。Bポリマーブロックの構造中には、残留モノマーであるBzMAとHEMAに由来する構成単位が含まれていた。収率から換算したBポリマーブロックの組成は、MMA/MAA/残留モノマー≒71/17/12であった。また、MAAの含有量から算出したBポリマーブロックの酸価は110mgKOH/gであった。
【0079】
得られたA−BブロックコポリマーのMnは14,000、PDIは1.45であった。サンプリングしたA−Bブロックコポリマー0.5部を、トルエン/エタノール=3/2(体積比)50部に溶解して得られた試料に、指示薬としてフェノールフタレインを添加し、0.1NのKOHエタノール溶液により中和滴定を行った。その結果、A−Bブロックコポリマーの酸価は69.0mgKOH/gであった。また、重合収率の結果から算出したAポリマーブロックとBポリマーブロックとの質量比は、A/B=39.5/60.5であった。
【0080】
A−Bブロックコポリマーの溶液を激しく撹拌して、28%アンモニア水10部と水10部との混合液を添加したところ、粘性を有する半透明の液体が得られた。水243.4部を徐々に添加すると、若干黄味がかった、透明性のある低粘度エマルジョン(エマルジョンバインダー(1))が得られた。B型粘度計で測定した低粘度エマルジョンの粘度は85.5mPa・sであり、固形分濃度は24.6%であった。また、光散乱粒度分布測定機にて測定したエマルジョン粒子の数平均粒子径は86nmであった。
【0081】
(実施例2:エマルジョンバインダー(2)の調製)
DMDG362.3部、ヨウ素1.0部、V−70を4.9部、MMA105部、メタクリル酸2−エチルヘキシル(以下、「2EHMA」と記す)148.5部、HEMA45.5部、及びジフェニルメタン0.17部を用いたこと以外は、前述の実施例1と同様にしてAポリマーブロックの溶液を得た。重合率は80.5%であった。得られたAポリマーブロックのMn22,000、PDIは1.56、ポリマー組成はMMA/2EHMA/HEMA≒35/50/15、理論計算により算出したTgは31.5℃であり、酸価は0mgKOH/gであった。また、サンプリングした溶液の一部を水に添加したところ、軟質なポリマーが析出した。これにより、得られたAポリマーブロックは、実質的に水に不溶なポリマーであることが確認された。
【0082】
得られたAポリマーブロックの溶液に、MMA40部、MAA17.2部、及びV−70の0.6部の混合物を添加したこと以外は、前述の実施例1と同様にして6時間重合を行い、Bポリマーブロックを形成してA−Bブロックコポリマーの溶液を得た。重合率は約100%であった。収率から換算したBポリマーブロックの組成は、MMA/MAA/残留モノマー≒35/15/50であった。また、MAAの含有量から算出したBポリマーブロックの酸価は97.8mgKOH/gであった。
【0083】
得られたA−BブロックコポリマーのMnは28,000、PDIは1.67、酸価は31.0mgKOH/gであった。また、重合収率の結果から算出したAポリマーブロックとBポリマーブロックとの質量比は、A/B=67.5/32.5であった。A−Bブロックコポリマーの溶液を激しく撹拌して、ジメチルアミノエタノール17.8部と水17.8部との混合液を添加したところ、青味のある白濁状の高粘性液体が得られた。水885.7部を添加したところ、青味のある低粘性の白色エマルジョン(エマルジョンバインダー(2))が得られた。B型粘度計で測定した白色エマルジョンの粘度は44.9mPa・sであり、固形分濃度は26.3%であった。また、エマルジョン粒子の数平均粒子径は153nmであった。
【0084】
(実施例3:エマルジョンバインダー(3)の調製)
DMDG197.1部、ヨウ素0.4部、V−70を2.4部、MMA54部、メタクリル酸ブチル(以下、「BMA」と記す)49部、メタクリル酸ドデシル(以下、「LMA」と記す)50部、MAA3部、及びジ−t−ブチルヒドロキシトルエン(以下、「BHT」と記す)0.1部を用いて6時間重合を行ったこと以外は、前述の実施例1と同様にしてAポリマーブロックの溶液を得た。重合率は約100%であった。得られたAポリマーブロックのMnは30,000、PDIは1.61、ポリマー組成はMMA/BMA/LMA/MAA≒35/31/32/2理論計算により算出したTgは7.7℃であり、酸価は12.6mgKOH/gであった。
【0085】
また、サンプリングした溶液の一部を水に添加したところ、軟質なポリマーが析出した。Aポリマーブロックはカルボキシル基を有するので、アルカリ性の水に溶解する可能性がある。このため、0.1NのNaOH水溶液1mLに、サンプリングしたAポリマーブロック0.2g添加し、マグネチックスターラーで24時間撹拌して溶解性を確認した。その結果、白いゴム状の樹脂が析出した。以上のことから、得られたAポリマーブロックは、中性やアルカリ性の水に溶解しないことが確認できた。
【0086】
得られたAポリマーブロックの溶液に、MMA24部、MAA13.6部、及びV−70の0.6部の混合液を添加したこと以外は、前述の実施例1と同様にして6時間重合を行い、Bポリマーブロックを形成してA−Bブロックコポリマーの溶液を得た。重合率は約100%であった。収率から換算したBポリマーブロックの組成は、MMA/MAA≒64/36であった。また、MAAの含有量から算出したBポリマーブロックの酸価は235mgKOH/gであった。
【0087】
得られたA−BブロックコポリマーのMnは35,000、PDIは1.62、酸価は55mgKOH/gであった。また、重合収率の結果から算出したAポリマーブロックとBポリマーブロックとの質量比は、A/B=80.5/19.5であった。A−Bブロックコポリマーの溶液を激しく撹拌して、28%アンモニア水12.9部と水12.9部との混合液を添加したところ、青味のある白濁状の高粘性液体が得られた。水368.4部を添加したところ、青味のある低粘性の白色エマルジョン(エマルジョンバインダー(3))が得られた。B型粘度計で測定した白色エマルジョンの粘度は56.1mPa・sであり、固形分濃度は24.9%であった。また、エマルジョン粒子の数平均粒子径は132nmであった。
【0088】
(比較例1:水溶性ポリマー)
撹拌機、逆流コンデンサー、温度計、窒素導入管、及び滴下ロートを備えた1Lセパラブルフラスコに、DMDG100部を入れて40℃に加温した。BzMA35.8部、HEMA10.6部、MMA43.1部、MAA10.5部、及びV−70の3部を別容器に入れ、撹拌してモノマー混合液を調製した。調製したモノマー混合液の1/2量を滴下ロートに入れて滴化した。さらに、1.5時間かけてモノマー溶液の残りの1/2量を滴下した後、40℃で6時間重合を行ってポリマーの溶液を得た。重合率は約100%であった。また、得られたポリマーのMnは12,500、PDIは1.96、酸価は69.1mgKOH/gであった。
【0089】
ポリマーの溶液を激しく撹拌して、28%アンモニア水8.2部と水41.8部との混合液を添加したところ、透明性のある粘性の液体が得られた。水150部を添加すると、透明なポリマー液(水溶性ポリマー)が得られた。B型粘度計で測定したポリマー液の粘度は251mPa・sであり、固形分濃度は24.6%であった。得られた水溶性ポリマーはランダム共重合体であり、その組成は、実施例1で得られたエマルジョンバインダー(1)に含まれるA−Bブロックコポリマーの組成と同じであった。
【0090】
(比較例2:エマルジョンポリマー(1))
ヨウ素とジフェニルメタンを用いなかったこと以外は、前述の実施例2と同様にして一段目の重合を行って一段目のポリマーブロックの溶液を得た。重合率は98%であった。得られた一段目のポリマーブロックのMnは37,000、PDIは1.90であった。得られた一段目のポリマーブロックの溶液を使用して、前述の実施例2と同様にして6時間重合を行い、二段目のポリマーブロックを形成してブロックポリマーの溶液を得た。重合率は約100%であった。得られたブロックポリマーのMnは27,000、PDIは1.95であった。
【0091】
ブロックポリマーの溶液を激しく撹拌して、ジメチルアミノエタノール17.8部と水17.8部との混合液を添加したところ、白濁して白い塊状の不溶物が生成し、撹拌が困難となった。さらに水を添加したところ、エマルジョン化せずに、多量の析出物を含む非流動性のない白色ペースト(エマルジョンポリマー(1))が得られた。
【0092】
エマルジョン化しなかった理由は以下のように考えられる。実施例1〜3では、水不溶性のAポリマーブロックが粒子化した一方、水溶性のBポリマーブロックにより自己乳化したと考えられる。このため、これにより、良好な状態のエマルジョンが得られたと考えられる。これに対して、比較例2では、一段目のポリマーブロックと第二段目のポリマーブロックが、それぞれ独立した構成の異なるポリマーであるため、二段目のポリマーによって、一段目のポリマーをうまく乳化させることができなかったと考えられる。このことから、A−Bブロックコポリマーを特定の構造とすることで、良好な状態でエマルジョン化(乳化安定化)可能であることが明らかである。
【0093】
(比較例3:エマルジョンポリマー(2))
撹拌機、逆流コンデンサー、温度計、窒素導入管、及び滴下ロートを備えた1Lセパラブルフラスコに、水450部、及びフォスファノールRD−720(リン酸エステル系界面活性剤、東邦化学社製)2.5部を入れて70℃に加温した。MMA52部、BMA47部、LMA48部、及びMAA3部を別容器に入れて混合し、モノマー混合液を調製した。セパラブルフラスコ内に過硫酸カリウム4部を添加するとともに、調製したモノマー混合液を滴下ロートに入れ、1/4量を添加した後、残りを1.5時間かけて滴下した。70℃でさらに4時間熟成させてポリマー溶液を得た。得られたポリマー溶液は、青味を有する白濁エマルジョンであり、反応系内と撹拌軸に若干の析出物が観察された。
【0094】
得られたポリマー溶液に28%アンモニア水2.5部を添加したところ、若干透明感のある白色エマルジョン(エマルジョンポリマー(2))が得られた。B型粘度計で測定した得られた白色エマルジョンの粘度は23mPa・sであり、固形分濃度は25.1%であった。また、エマルジョン粒子の数平均粒子径は104nmであった。また、得られたポリマーのMnは123,000、PDIは3.63であった。得られたポリマーの酸価は、実施例3で得られたAポリマーブロックの酸価に比して低いものであった。
【0095】
(実施例4:赤色インクジェットインク(1)の調製)
赤色顔料としてのC.I.ピグメントレッド122(ジメチルキナクリドン顔料、大日精化工業社製)200部、スチレンアクリル酸共重合体(Mn:5,000、酸価:215mgKOH/g)のアンモニア中和水溶液(固形分濃度:20%)200部、ブチルジグリコール80部、及び水320部をディスパーで混合撹拌してミルベースを調製した。横型媒体分散機「ダイノミル0.6リットルECM型」(商品名、シンマルエンタープライゼス社製、ジルコニア製ビーズの径:0.5mm)を使用し、周速10m/sで調製したミルベースの分散処理を2時間行って分散液を得た。得られた分散液を遠心分離処理(7,500回転、20分間)した後、ポアサイズ10μmのメンブレンフィルターでろ過し、イオン交換水を添加して顔料濃度14%の赤色顔料分散体(1)を得た。粒度測定器「NICOMP 380ZLS−S」(インターナショナル・ビジネス社製)を使用し、得られた赤色顔料分散体(1)に含まれる顔料粒子の数平均粒子径を測定したところ122nmであった。なお、B型粘度計で測定した赤色顔料分散体(1)の粘度は3.59mPa・sであった。
【0096】
得られた赤色顔料分散体(1)40部、実施例1で得たエマルジョンバインダー(1)24.4部、BDG1.8部、1,2−ヘキサンジオール5部、グリセリン10部、「サーフィノール465」(商品名、エア・プロダクツ社製)1部、及び水17.6部を混合して十分撹拌した後、ポアサイズ10μmのメンブレンフィルターでろ過し、赤色インクジェットインク(1)を得た。得られた赤色インクジェットインク(1)の粘度は2.81mPa・sであった。
【0097】
(比較例4:赤色インクジェットインク(2)の調製)
エマルジョンバインダー(1)に代えて、比較例1で得た水溶性ポリマーを用いたこと以外は、前述の実施例4と同様にして赤色インクジェットインク(2)を得た。得られた赤色インクジェットインク(2)の粘度は5.69mPa・sであった。このように高い粘度となったのは、水溶性ポリマーを用いたためであると考えられる。
【0098】
(実施例5〜7:青色インクジェットインク(1)、黄色インクジェットインク(1)、黒色インクジェットインク(1)の調製)
赤色顔料(C.I.ピグメントレッド122)に代えて、青色顔料としてのC.I.ピグメントブルー15:3(大日精化工業社製、シアニンブルーA220JC)、黄色顔料としてのC.I.ピグメントエロー74(大日精化工業社製、セイカファーストエロー2016G)、黒色顔料としてのC.I.ピグメントブラック7(デグサ社製、S170)を用いたこと以外は、前述の実施例4と同様にして青色顔料分散体(1)、黄色顔料分散体(1)、及び黒色顔料分散体(1)を得た。得られた顔料分散体に含まれる顔料粒子の数平均粒子径、及び顔料分散体の粘度の測定結果を表1に示す。
【0099】

【0100】
さらに、得られた各色の顔料分散体を用いたこと以外は、前述の実施例4と同様にして青色インクジェットインク(1)、黄色インクジェットインク(1)、及び黒色インクジェットインク(1)を得た。得られたインクの粘度の測定結果を表2に示す。
【0101】

【0102】
表2に示すように、実施例4〜7で得たインクジェットインクは、比較例4で得たインクジェットインクに比して低粘度であることが明らかである。
【0103】
(印刷適性評価)
実施例4〜7及び比較例4で得たインクジェットインクをそれぞれカートリッジに充填し、セイコーエプソン社製のインクジェットプリンター「EM930C」を使用して、米国ゼロックス社製の「ゼロックス紙4024」に、高速印刷ドラフトモードにてベタ印刷を行った。その結果、実施例4〜7で得たインクジェットインクを用いた場合には、100枚印刷してもヘッドにつまりが発生せず、印画物にかすれや筋が発生せず、良好な印画状態を示した。これに対して、比較例4で得たインクジェットインクを用いた場合には、7枚印刷したところで印画部に筋が発生した。その後、徐々に筋やかすれが多く発生し、23枚目で印画不能となった。比較例4で得たインクジェットインクは、水溶性ポリマーを用いているために粘度が高く、溶解しているポリマーが多い。このため、非ニュートニアン的粘性に起因して吐出安定性が低下したと考えられる。一方、実施例4〜7で得たインクジェットインクは、その皮膜形成成分(皮膜形成用バインダー)が粒子化しているために低粘度であり、吐出安定性が顕著に向上したと考えられる。
【0104】
さらに、ベタ印刷終了後にプリンターを一旦停止して24時間放置した。放置後、再度ベタ印刷を行った。その結果、実施例4〜7で得たインクジェットインクを用いた場合には問題なく印刷することができた。これに対して、比較例4で得たインクジェットインクを用いた場合には印刷することができなかった。実施例4〜7で得たインクジェットインクに含まれるA−Bブロックコポリマーは、Bポリマーブロックの酸価が高く、容易に水に溶解するため、インクがヘッドで乾燥しても再溶解し、印画できるようになったと考えられる。なお、実施例2で得たエマルジョンバインダー(2)を用いてインクジェットインクを調製し、同様に印刷適性を評価したところ、実施例4〜7で得たインクジェットインクと同様の結果を示した。
【0105】
(実施例8:赤色インクジェットインク(3)の調製)
撹拌機、逆流コンデンサー、温度計、及び窒素導入管を備えた1Lセパラブルフラスコに、DMDG295.68部、ヨウ素3.03部、V−70を14.8部、BHT0.66部、及びメタクリル酸シクロヘキシル(以下、「CHMA」と記す)176.4部を仕込んだ。窒素を流しながら撹拌して40℃に加温し、6.5時間重合を行って第一のポリマーの溶液を得た。溶液の一部をサンプリングして固形分濃度を測定したところ21.1%であり、収率(不揮発分)は67%であった。さらに、GPCにて第一のポリマーを分析したところ、Mnが4,000、PDIが1.37であった。
【0106】
得られた第一のポリマーの溶液に、MMA75部、MAA25.8部、及びV−70の0.45部の混合物を添加して4.5時間重合を行い、第二のポリマーを形成してA−B型のブロックコポリマーの溶液を得た。不揮発分は48.3%であり、ほとんどのモノマーが重合していることが確認された。第二のポリマーの構造中には、残留モノマーであるCHMAに由来する構成単位が含まれていた。収率から換算したBポリマーブロックの組成は、MMA/MAA/CHMA=59/20/21であった。得られたブロックコポリマーのMnは6,200、PDIは1.41、酸価は61.3mgKOH/gであった。
【0107】
ブロックコポリマーの溶液にBDG147.8部を添加した。さらに、水酸化ナトリウム18.5部と水129.3部との混合液を添加して中和したところ、透明な液体(ブロックコポリマー型の顔料分散剤)が得られた。なお、析出物は全くなく、固形分濃度は34.4%であった。
【0108】
上記ブロックコポリマー型の顔料分散剤143部、BDG80部、及び純水377部を混合して、透明で析出物や濁りのない均一な溶液を得た。得られた溶液に、赤色顔料としてのC.I.ピグメントレッド122(ジメチルキナクリドン顔料、大日精化工業社製)200部を添加し、ディスパーで解膠してミルベースを調製した。横型媒体分散機「ダイノミル0.6リットルECM型」(商品名、シンマルエンタープライゼス社製、ジルコニア製ビーズの径:0.5mm)を使用し、周速10m/sで調製したミルベースの分散処理を2時間行って分散液を得た。得られた分散液800部に対して、顔料濃度が14%となるようイオン交換水3,200部を加えた。撹拌しながら5%酢酸を滴下した。なお、初期のpHは9.5であり、5%酢酸を滴下することでpH4.5まで下げて水性顔料分散液を得た。得られた水性顔料分散液をろ過した後、イオン交換水でよく洗浄し、顔料分散剤で被覆された顔料ペースト(固形分濃度:30.5%)を得た。
【0109】
上記顔料ペースト700部に、BDG9.4部と水酸化ナトリウム1.15部を水29.2部に溶解した溶液を添加した。撹拌して解膠させた後、前述の横型メディア分散機を用いて分散処理を行った。次いで、超高圧ホモジナイザー「マイクロフルイダイザー」(マイクロフルイディクス社製)を使用し、150MPaで3パスして分散処理を行って分散液を得た。得られた分散液を遠心分離処理(7,500回転、20分間)した後、ポアサイズ10μmのメンブレンフィルターでろ過し、イオン交換水を添加して顔料濃度14%の赤色顔料分散体(2)を得た。粒度測定器「NICOMP 380ZLS−S」(インターナショナル・ビジネス社製)を使用し、得られた赤色顔料分散体(2)に含まれる顔料粒子の数平均粒子径を測定したところ108nmであった。なお、B型粘度計で測定した赤色顔料分散体(2)の粘度は2.22mPa・sであった。この赤色顔料分散体(2)を70℃で一週間保存したところ、顔料の粒子径及び粘度に変化は見られず、保存安定性は良好であった。
【0110】
得られた赤色顔料分散体(2)40部、実施例3で得たエマルジョンバインダー(3)24.4部、BDG1.8部、1,2−ヘキサンジオール5部、グリセリン10部、「サーフィノール465」(商品名、エア・プロダクツ社製)1部、及び水35.6部を混合して十分撹拌した後、ポアサイズ10μmのメンブレンフィルターでろ過し、赤色インクジェットインク(3)を得た。得られた赤色インクジェットインク(3)の粘度は3.0mPa・sであった。また、赤色インクジェットインク(3)に含まれる顔料粒子の数平均粒子径は108nmであった。
【0111】
(実施例9〜11:青色インクジェットインク(2)、黄色インクジェットインク(2)、黒色インクジェットインク(2)の調製)
赤色顔料(C.I.ピグメントレッド122)に代えて、青色顔料としてのC.I.ピグメントブルー15:3(大日精化工業社製、シアニンブルーA220JC)、黄色顔料としてのC.I.ピグメントエロー74(大日精化工業社製、セイカファーストエロー2016G)、黒色顔料としてのC.I.ピグメントブラック7(デグサ社製、S170)を用いたこと以外は、前述の実施例8と同様にして青色顔料分散体(2)、黄色顔料分散体(2)、及び黒色顔料分散体(2)を得た。得られた顔料分散体に含まれる顔料粒子の数平均粒子径、及び顔料分散体の粘度の測定結果を表3に示す。
【0112】

【0113】
さらに、得られた各色の顔料分散体を用いて、グリセリンの量と水の量を調整して、粘度をすべて3.5mPa・sにしたこと以外は、前述の実施例8と同様にして青色インクジェットインク(2)、黄色インクジェットインク(2)、及び黒色インクジェットインク(2)を得た。得られたインクに含まれる顔料粒子の数平均粒子径、及びインクの粘度の測定結果を表4に示す。
【0114】
(比較例5:赤色インクジェットインク(4)の調製)
エマルジョンバインダー(3)に代えて、比較例3で得たエマルジョンポリマー(2)を用いたこと以外は、前述の実施例8と同様にして赤色インクジェットインク(4)を得た。得られたインクに含まれる顔料粒子の数平均粒子径、及びインクの粘度の測定結果を表4に示す。
【0115】

【0116】
ブロックコポリマー型の顔料分散剤を用いた場合、顔料分散体と、それを用いたインクジェットインクのいずれも低粘度化した。また、界面活性剤を含有するエマルジョンポリマー(2)を用いた赤色インクジェットインク(4)についても低粘度化することができた。これは、いずれも場合も粒子化した低粘度のエマルジョンを添加しているためであると考えられる。
【0117】
前述の「印刷適性試験」と同様の手順で、実施例8〜11及び比較例5で得たインクジェットインクを用いて高速印刷(ベタ印刷)を行った。その結果、いずれのインクジェットインクを用いた場合でも良好な印画状態を示した。また、前述の「印刷適性試験」と同様の手順で、ベタ印刷終了後にプリンターを一旦停止して24時間放置し後、再度ベタ印刷を行った。その結果、実施例8〜11で得たインクジェットインクを用いた場合には問題なく印刷することができた。これに対して、比較例5で得たインクジェットインクを用いた場合には印刷することができなかった。比較例5の赤色インクジェットインク(4)を調製する際に添加したエマルジョンポリマー(2)は、ヘッドで乾燥してしまうと、膜となったまま再溶解性を示さないためと考えられる。これに対して、実施例8〜11のインクジェットインクを調製する際に添加したエマルジョンバインダー(3)は、酸価の高いBポリマーブロックを含む水溶性のA−Bブロックコポリマーを含有する。このため、インクがヘッドで乾燥しても、再度の印刷の際にはすぐに溶解したものと考えられる。
【0118】
また、実施例8〜11で得たインクジェットインクを使用し、基材(PETフィルム及び塩化ビニルシート)に印刷した。印刷後、基材を70℃の乾燥機に5分入れて乾燥した。基材の印刷面にセロハンテープを張って一気に引き剥がすセロハンテープ剥離試験(JIS−K5600)の類似試験を行ったところ、いずれのインクジェットインクを使用した場合であっても印画物は剥離しなかった。また、印画物を爪で引っ掻いても印画物は剥離せず、いずれも良好な膜物性を有することが明らかであった。以上より、本発明のエマルジョンバインダーを用いて得られたインクジェットインクは、基材に対して良好な密着性を示す皮膜を形成可能であることが明らかである。また、印画物を70℃の水浴恒温槽に1時間浸漬した後、膨れ、白化、及びひび割れなどが生ずるか否かを観察する耐水性試験を行った。その結果、試験前後でほとんど変化が見られなかった。また、上述のセロハンテープ剥離試験を行っても、印画物は剥離しなかった。
【産業上の利用可能性】
【0119】
本発明のエマルジョンバインダーを用いれば、特に高速印刷に対応可能なインクジェット用水性顔料インクを提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
構成成分の90質量%以上が(メタ)アクリレート系モノマーである、Aポリマーブロック及びBポリマーブロックを含むA−Bブロックコポリマーを含有するエマルジョンバインダーであって、
前記A−Bブロックコポリマーの数平均分子量が5,000〜100,000であるとともに、分子量分布(重量平均分子量/数平均分子量)が1.7以下であり、
前記Aポリマーブロックの酸価が0〜30mgKOH/gであるとともに、ガラス転移点が60℃以下であり、
前記Bポリマーブロックの酸価が75〜250mgKOH/gであり、
前記A−Bブロックコポリマーがアルカリ物質で中和されて水系媒体中に自己乳化しており、その数平均粒子径が30〜300nmのエマルジョン粒子が形成されていることを特徴とするエマルジョンバインダー。
【請求項2】
顔料及び皮膜形成用バインダーを含有するインクジェット用水性顔料インクにおいて、
前記皮膜形成用バインダーが、請求項1に記載のエマルジョンバインダーであることを特徴とするインクジェット用水性顔料インク。
【請求項3】
前記顔料が、カラーインデックスナンバー(C.I.)ピグメントブルー−15:3、及び15:4;C.I.ピグメントレッド−122、及び269;C.I.ピグメントバイオレット−19;C.I.ピグメントイエロ−74、155、180、及び183;C.I.ピグメントグリーン−7、36、及び58;C.I.ピグメントオレンジ−43;C.I.ピグメントブラック−7;並びにC.I.ピグメントホワイト−6からなる群より選択される少なくとも一種であるとともに、数平均一次粒子径が350nm未満であり、
インク全量(100質量%)に対する、前記顔料の含有割合が4〜15質量%であり、前記皮膜形成用バインダーの含有割合が5〜20質量%である請求項2に記載のインクジェット用水性顔料インク。
【請求項4】
請求項1に記載のエマルジョンバインダーの製造方法であって、
少なくともヨウ素化合物を重合開始化合物として使用し、前記(メタ)アクリレート系モノマーをリビングラジカル重合して前記A−Bブロックコポリマーを合成する工程を含むことを特徴とするエマルジョンバインダーの製造方法。
【請求項5】
ハロゲン化リン、フォスファイト系化合物、及びフォスフィネート化合物からなるリン系化合物群;イミド系化合物からなる窒素系化合物群;フェノール系化合物からなる酸素系化合物群;並びにジフェニルメタン系化合物、及びシクロペンタジエン系化合物からなる炭化水素化合物群からなる化合物群より選択される少なくとも一種の化合物を触媒として使用して、前記A−Bブロックコポリマーを合成する請求項4に記載のエマルジョンバインダーの製造方法。
【請求項6】
前記リビングラジカル重合する際の重合温度が30〜50℃である請求項4又は5に記載のエマルジョンバインダーの製造方法。
【請求項7】
水溶性有機溶剤中で前記リビングラジカル重合した後、アルカリ物質を加えて中和し、次いで水と混合して前記A−Bブロックコポリマーを自己乳化させる請求項4〜6のいずれか一項に記載のエマルジョンバインダーの製造方法。

【公開番号】特開2012−193249(P2012−193249A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−57040(P2011−57040)
【出願日】平成23年3月15日(2011.3.15)
【出願人】(000002820)大日精化工業株式会社 (387)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】