説明

オイルクリアランスの設定方法

【課題】シリンダブロックを分解せずにオイルクリアランスの設定できる方法を提供する。
【解決手段】加工ファイナルトルク1と組立ファイナルトルク2からファイナルトルク差3を算出する。そして、トルク差から内径再現性を演算する。そして、算出した内径再現性4と予め測定した加工後の軸孔内径5から組立て後の軸孔内径11を算出する。一方、加工後の軸孔内径5と測定したロアメタルのクラッシュハイト6及びアッパメタルのクラッシュハイト7から組立て後の軸孔内径の拡大量8を算出する。そして、組立て後の軸孔内径の拡大量8、アッパメタルの肉厚9、ロアメタルの肉厚10及び組立て後の軸孔内径11からメタルを装着した軸孔の内径12を算出する。この後、メタルを装着した軸孔の内径12から予め測定したクランクシャフトの外径13を引くことでオイルクリアランス14を算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばクランク軸とこれを受けるメタル部材との間のオイルクリアランスを設定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エンジンのシリンダブロックはアッパシリンダブロックとロアシリンダブロックをボルトで締め付けた状態で、クランクシャフトが挿通される軸孔が形成される。クランクシャフトは高速で回転するため、軸孔の内周には耐摩耗性に優れた合金製の環状メタル部材が嵌着されている。そして、クランクシャフト外周面とメタル部材内周面との間には潤滑オイルが入り込める間隔のクリアランスが形成されている。
【0003】
前記クリアランスが小さすぎると焼き付きの原因となり、大きすぎるとエンジンの爆発圧力、補機ベルト張力等による挙動により部分的にメタル部材とクランクシャフトが干渉して異音が発生する。このため、従来にあっては、クランク軸外径と軸孔の内径を測定し、これらの間に所定のクリアランスが形成されるメタル部材の厚みを選択して組みつけていた。
【0004】
しかしながら、軸孔には前記したようにメタル部材が嵌着されており、このメタル部材は反発性があり、また組立後の軸孔内径は加工後の軸孔内径との寸法誤差があるためオイルクリアランスの設定が困難であった。そのため、プラスチゲージを用いた検査法が行われている。この方法は既に組立てられたシリンダブロックからロアブロックを取り外し、クランクシャフトとメタル部材との隙間に該ゲージを差し込んで測定するものである。
【0005】
上記の方法はシリンダブロックを分解した後に再度組み立てるため、分解前の状態を再現できず、分解前とは僅かに異なったオイルクリアランスとなり、実用時の的確なクリアランスを把握することが難しい。
【0006】
これに対し、特許文献1ではクランク軸ウェブにオイルクリアランスを計測するための穴を形成し、この穴から計測用具を挿入するようにしている.
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭59−140918号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
シリンダブロックを分解しオイルクリアランスを確認して再度組み立てる場合では、再度組み立てた際にオイルクリアランスが変化してしまうことが考えら れる。
また、特許文献1に開示されるように、クランク軸ウェブに穴を形成するのは計測自体が狭いため面倒で、更にクランク軸の回転バランスが崩れる恐れがあり、量産エンジンでの適応は難しい。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため本発明に係るオイルクリアランスを設定する方法は、軸孔にメタル部材を嵌着しない状態でボルトなどの締結具でワークを構成する2つのブロックを結合して軸孔を仕上げ加工し、次いで前記2つのブロックを分離し、軸孔に前記メタル部材を構成する一対のメタル部材半体をセットし、これらメタル部材半体間に軸部材を挿入した状態で前記2つのブロックを締結具で組立てるにあたり、前記仕上げ加工の際の締結具の加工ファイナルトルクと前記2つのブロックの組立て時の組立ファイナルトルクのトルク差から内径再現性演算値を算出し、この内径再現性演算値と前記仕上げ加工後に測定した軸孔加工内径から軸孔組立内径を算出し、また前記メタル部材を構成する一対のメタル部材半体を軸孔にセットした状態で測定した各メタル部材半体のクラッシュハイトと前記軸孔加工内径からメタルを嵌着したことによる軸孔の拡大量を算出し、この軸孔の拡大量、前記軸孔組立内径及び一対のメタル部材半体の厚みからメタル部材を嵌着した状態での内径を算出し、このメタル部材を嵌着した状態での内径と軸部材の外径との差からオイルクリアランスを測定し、このオイルクリアランスが所定の範囲内にない場合には、前記仕上げ加工後の軸孔径、加工ファイナルトルク、メタル部材のクラッシュハイト、メタル部材の厚みまたは軸部材の外径のいずれかを変更し、オイルクリアランスが所定の範囲内になるようにした。
【0010】
本発明に係るオイルクリアランスの設定方法は全てのワークに対して行う必要はなく、機種が変更された場合などに行えばよい。また、前記組立ファイナルトルクのデータは、同一機種のワークが加工された後の一定数の平均値を別途求めて得たデータとすることで、信頼性が向上する。
【0011】
本発明方法は、エンジンのシリンダブロックに挿入されるクランクシャフトとメタル部材間のオイルクリアランスの設定に最も適合する。
【発明の効果】
【0012】
従来のようなクランクシャフトを組付けた後に、シリンダブロックを分解して確認するといった手間が省け、作業性が向上する。
【0013】
特に本願発明にあっては、軸孔の加工径やメタル部材の肉厚などの情報を実測値として得るとともに、この実測値に基づいた演算値としてオイルクリアランスを把握することが出来るため、組み付け後にオイルクリアランスが規定値外になることを防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】(a)〜(d)は本発明方法の手順を説明した図
【図2】メタル部材のクラッシュハイトを説明した図
【図3】メタル部材とクランクシャフトとの間のオイルクリアランスを示す図
【図4】実測値に基づいた演算工程を説明した図
【発明を実施するための形態】
【0015】
実施例ではエンジンのシリンダブロックにクランクシャフトを組み付ける例を説明する。
先ず、図1(a)に示すように、搬入されたシリンダブロックはアッパシリンダブロック1とロアシリンダブロック2に分離している。これらアッパシリンダブロック1とロアシリンダブロック2には予めクランクシャフトが挿入される軸孔の半分が形成されている。
【0016】
次いで、図1(b)に示すように、アッパシリンダブロック1とロアシリンダブロック2とをボルト3で締め付けてファイナルトルク(加工軸力)を測定し、その後、軸孔4を形成する。そして、軸孔4に対して真円となる仕上げ加工を施す。
【0017】
仕上げ加工が終了したら、加工後の軸孔4の径を測定する。
【0018】
次いで、図1(c)に示すように、再びシリンダブロックをアッパシリンダブロック1とロアシリンダブロック2に分解し、アッパシリンダブロック1とロアシリンダブロック2それぞれに、アッパメタル5とロアメタル6をセットする。
【0019】
アッパメタル5とロアメタル6をセットする際に、クラッシュハイトを測定する。クラッシュハイトは図2に示すように、ロアメタル6を半円形の測定基準治具に隙間なくセットし、片側端部を規定圧力にて押し付けた際のもう一方の端部から突出するロアメタル6の長さをクラッシュハイトとする。アッパメタル5についても同様である。
【0020】
図1(d)に示すように、上記クラッシュハイトはアッパメタル5とロアメタル6をセットした状態で、アッパシリンダブロック1とロアシリンダブロック2をボルト3で結合して組み立てる際に突出した分が軸孔4に沿って押し込まれ、その結果アッパメタル5及びロアメタル6は軸孔4内周面に強く密着し、軸孔4を外側に押す。このため、加工後の軸孔4の内径よりも組立て後の軸孔4の内径は若干拡大する。
この内径の拡大は予め検量線を作っておくか、若しくは下記の表(一例を示している)に示すクラッシュハイトと軸孔径の拡大値から拡大値を割り出す。
【0021】
【表1】

【0022】
また、組み付け後のシリンダブロックは図3に示すように、アッパメタル5及びロアメタル6は軸孔4内周面に強く密着し、これらアッパメタル5及びロアメタル6からなるメタル部材とクランクシャフト7との間にはオイルクリアランス8が形成される。
【0023】
次に、具体的な数値を挙げて実際の適用例を説明する。以下の表2に示すように、適用例はENG1〜ENG9であり、このうち加工ファイナルトルク、組立ファイナルトルク、軸孔加工内径、ロアメタルクラッシュハイト、アッパメタルクラッシュハイト、ロアメタル肉厚、アッパメタル肉厚及びクランクシャフト外径は実測値であり、トルク差、軸孔内径再現性、メタルによる軸孔拡大量、組立て後の軸孔内径、メタルを装着した後の軸孔内径は演算値である。
【0024】
【表2】

【0025】
演算によってオイルクリアランスを検出するには、図4に示すように、先ず加工ファイナルトルク(1)と組立ファイナルトルク(2)からファイナルトルク差(3)を算出する。そして、トルク差から内径再現性を演算する。
【0026】
この内径再現性は仕上げ加工時と再組立て時の締め付け軸力の差に起因して発生するもので、仕上げ加工時と再組立て時の締め付け軸力が同じなら内径再現性の値は0である。
以下の(表3)はトルク差と組立後の軸孔の内径差との関係を示した表であり、この表に基づいて内径再現性(4)を算出する。
【0027】
【表3】

【0028】
そして、算出した内径再現性(4)と予め測定した加工後の軸孔内径(5)から組立て後の軸孔内径(11)を算出する。
【0029】
一方、加工後の軸孔内径(5)と測定したロアメタルのクラッシュハイト(6)及びアッパメタルのクラッシュハイト(7)から組立て後の軸孔内径の拡大値(8)を算出する。
【0030】
そして、組立て後の軸孔内径の拡大値(8)、アッパメタルの肉厚(9)、ロアメタルの肉厚(10)及び組立て後の軸孔内径(11)からメタルを装着した軸孔の内径(12)を算出する。
算出方法は、組立て後の軸孔内径の拡大値(8)と組立て後の軸孔内径(11)の合計値からアッパメタルの肉厚(9)とロアメタルの肉厚(10)を引く。
【0031】
この後、メタルを装着した軸孔の内径(12)から予め測定したクランクシャフトの外径を引くことでオイルクリアランスを算出する。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明はエンジンのシリンダブロックに形成される軸孔に挿入されるクランクシャフトとメタルとの間のオイルクリアランスを計算によって知るだけでなく、他の軸のオイルクリアランスにも適用できる。
【符号の説明】
【0033】
1…アッパシリンダブロック、2…ロアシリンダブロック、3…ボルト、4…軸孔、5…アッパメタル、6…ロアメタル、7…クランクシャフト、8…オイルクリアランス。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸孔にメタル部材を嵌着しない状態でボルトなどの締結具でワークを構成する2つのブロックを結合して軸孔を仕上げ加工し、次いで前記2つのブロックを分離し、軸孔に前記メタル部材を構成する一対のメタル部材半体をセットし、これらメタル部材半体間に軸部材を挿入した状態で前記2つのブロックを締結具で組立て、この状態でのメタル部材内周面と軸部材外周面との間に形成されるオイルクリアランスを設定する方法であって、
前記仕上げ加工の際の締結具の加工ファイナルトルクと前記2つのブロックの組立て時の組立ファイナルトルクのトルク差から内径再現性演算値を算出し、この内径再現性演算値と前記仕上げ加工後に測定した軸孔加工内径から軸孔組立内径を算出し、また前記メタル部材を構成する一対のメタル部材半体を軸孔にセットした状態で測定した各メタル部材半体のクラッシュハイトと前記軸孔加工内径からメタルを嵌着したことによる軸孔の拡大量を算出し、この軸孔の拡大量、前記軸孔組立内径及び一対のメタル部材半体の厚みからメタル部材を嵌着した状態での内径を算出し、このメタル部材を嵌着した状態での内径と軸部材の外径との差からオイルクリアランスを測定し、このオイルクリアランスが所定の範囲内にない場合には、前記仕上げ加工後の軸孔径、加工ファイナルトルク、メタル部材のクラッシュハイト、メタル部材の厚みまたは軸部材の外径のいずれかを変更し、オイルクリアランスが所定の範囲内になるようにすることを特徴とするオイルクリアランスの設定方法。
【請求項2】
請求項1に記載のオイルクリアランスの設定方法において、前記組立ファイナルトルクのデータは、同一機種のワークが加工された後の一定数の平均値を別途求めて得たデータであることを特徴とするオイルクリアランスの設定方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載のオイルクリアランスの設定方法において、前記ワークはエンジンのシリンダブロックであることを特徴とするオイルクリアランスの設定方法。
【請求項4】
請求項1乃至3の何れかに記載のオイルクリアランスの設定方法において、前記軸部材はエンジンのクランクシャフトであることを特徴とするオイルクリアランスの設定方法。




【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2013−61020(P2013−61020A)
【公開日】平成25年4月4日(2013.4.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−200132(P2011−200132)
【出願日】平成23年9月14日(2011.9.14)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】