説明

カーボンナノコイル製造用触媒、その製造方法及びカーボンナノコイル

【課題】CNC製造過程で生ずる炭化層を低減して、CNC合成に必要なアセチレンガス等の炭化水素ガスや触媒金属を余分に消費することなく、製造時間の削減、低コスト化及びCNC合成効率の向上を図ることのできるカーボンナノコイル製造用触媒、その製造方法及びその製法により製造されたカーボンナノコイルを提供することである。
【解決手段】担持基板材料1上にスズ化合物溶液を基板表面に塗布して乾燥させた後、酸化処理により焼成して基板1上に酸化スズ層2を形成した中間触媒体を形成する。酸化スズ層2の形成後には、湿式触媒による触媒層の形成が行われる。触媒乾燥の後は600〜1100℃の温度で大気中での焼成処理が行われ、CNC製造用触媒層3が酸化スズ層2上に形成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素原子を螺旋状に巻回成長させた外直径が1000nm以下のカーボンナノコイル(以下、CNCという。)の製造に用いるカーボンナノコイル製造用触媒及びその触媒を用いてCNCを製造する製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
CNCの合成は、特許文献1〜3等に開示されているように、内部を加熱した反応器内部にアセチレンガス等の炭化水素ガスを流通させ、この炭化水素ガスの中にCNC製造用触媒を粒子状に分散させ、炭化水素を触媒近傍で分解しながら触媒粒子の表面にカーボンナノコイルを成長させて行われる。カーボンナノコイルはnmサイズの線径を有し、長さ数10μmのコイル状物質からなるものである。
【0003】
CNCを化学気相成長法(CVD法)により高効率で合成できる触媒として、非特許文献1に示すように、Fe−In−Sn系酸化物が有効であることが既に知られている。
【0004】
CNC合成において、例えば、湿式触媒を用いるとき、触媒は触媒金属塩化物及び硝酸塩の水又はエタノール溶液として成長基板上に塗布され、乾燥の後に800℃付近の高温で酸化処理することにより前駆体が形成される。CVD開始時に炭素源であるアセチレンガスが触媒に到達すると同時に還元されて最適な組成や粒径を持つ触媒粒子が形成され、CNCが基板上に成長していく。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−214021号公報
【特許文献2】WO2004/105940号公報
【特許文献3】特開2004−2616301号公報
【非特許文献1】N.Okazaki,J.Phys.Chem.B 2005,109,17366−17371)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
CNC合成のとき、CVD後の生成物の断面を電子顕微鏡で観察すると、担持材質と成長したCNCとの間には、黒鉛及び触媒金属からなる厚い炭化層が形成される。炭化層の厚さは成長したCNCの長さと同じオーダーにまで達する。
【0007】
しかしながら、かかる炭化層の形成は、CNC合成に必要なアセチレンガス等の炭化水素ガスや触媒金属を余分に消費してしまうため、CNC合成コストの上昇を招き、また、所要製造時間の無駄を生じ、更に製造効率の低下を招くといった問題を生じていた。
【0008】
本発明の目的は、上記課題に鑑み、CNC製造過程で生ずる炭化層を低減して、CNC合成に必要なアセチレンガス等の炭化水素ガスや触媒金属を余分に消費することなく、製造時間の削減、低コスト化及びCNC合成効率の向上を図ることのできるカーボンナノコイル製造用触媒、その製造方法及びその製法により製造されたカーボンナノコイルを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、基板材質と触媒層の界面に予め酸化スズ層からなるバッファー層を形成することによりCNC合成過程で生ずる炭化層の低減に成功した。
本発明の第1の形態は、基板と、前記基板表面に形成された酸化スズ層と、前記酸化スズ層の表面に形成されたカーボンナノコイル製造用触媒層を少なくとも有するカーボンナノコイル製造用触媒である。
【0010】
本発明の第2の形態は、第1形態において、前記カーボンナノコイル製造用触媒層がFeMgSn、FeMgSnCo、FeMgCo、FeInSn、FeInSnCo、FeInCoの1種以上からなるカーボンナノコイル製造用触媒である。
【0011】
本発明の第3の形態は、第1又は第2形態において、前記基板が、Si、SiO、Al、Siの1種以上からなるカーボンナノコイル製造用触媒である。
【0012】
本発明の第4の形態は、スズ化合物溶液を調製し、前記スズ化合物溶液を基板表面に塗布して乾燥、焼成し、前記基板上に酸化スズ層を形成した中間触媒体を形成し、前記中間触媒体の酸化スズ層の表面にカーボンナノコイル製造用触媒層を形成するカーボンナノコイル製造用触媒の製造方法である。
【0013】
本発明の第5の形態は、第4形態において、前記スズ化合物溶液が、塩化スズ水和物と、水、アルコール又は水及びアルコールとの混合溶液であるカーボンナノコイル製造用触媒の製造方法である。
【0014】
本発明の第6の形態は、第4又は第5の形態において、前記乾燥を100〜150℃で行い、前記焼成を300〜500℃の酸化処理で行うカーボンナノコイル製造用触媒の製造方法である。
【0015】
本発明の第7の形態は、第4、第5又は第6の形態において、前記酸化スズ層の層厚が10〜100nmであり、前記カーボンナノコイル製造用触媒層の層厚が100〜700nmであるカーボンナノコイル製造用触媒の製造方法である。
【0016】
本発明の第8の形態は、第4〜第7のいずれかの形態に係る製造方法により製造した前記中間触媒体及び前記カーボンナノコイル製造用触媒層を形成した基板を反応器内部に設置し、前記反応器内部を加熱して炭化水素ガスを流通させ、この炭化水素ガスの中に前記カーボンナノコイル製造用触媒層を粒子状に分散させ、炭化水素を触媒近傍で分解しながら触媒粒子の表面にカーボンナノコイルを成長させるカーボンナノコイルの製造方法である。
【0017】
本発明の第9の形態は、第8の形態に係る製造方法により触媒粒子の表面に成長されたカーボンナノコイルからなることを特徴とするカーボンナノコイルである。
【発明の効果】
【0018】
本発明の第1の形態によれば、基板材質とCNC製造用触媒層の界面に予め形成した酸化スズ層がバッファー層として機能してCNC合成過程で生ずる炭化層を低減することができる。従って、CNC製造過程で生ずる炭化層を低減できるため、CNC合成に必要なアセチレンガス等の炭化水素ガスや触媒金属を余分に消費することなく、製造時間の削減、低コスト化及びCNC合成効率の向上を図ることができる。
【0019】
本発明の第2の形態によれば、前記カーボンナノコイル製造用触媒層として、FeInSnやFeInCoのFe−In−Sn系触媒の他、Inを安価なMgに代替したFe−Mg−Sn系触媒のFeMgSnやFeMgCo、更に、Coを添加したFe−Mg−Sn−Co系触媒のFeInSnCo、FeMgSnCoの1種以上からなるので、より高効率にカーボンナノコイルを製造することが可能になる。
【0020】
本発明の第3の形態によれば、Si、SiO、Al、Siの1種以上からなるCNC合成に好適な担持基板上にカーボンナノコイルを高効率に製造することが可能になる。
【0021】
本発明の第4の形態によれば、スズ化合物溶液を調製し、前記スズ化合物溶液を基板表面に塗布して乾燥、焼成し、前記基板上に酸化スズ層を形成した中間触媒体を形成し、前記中間触媒体の酸化スズ層の表面にカーボンナノコイル製造用触媒層を形成するので、基板材質とCNC製造用触媒層の界面に酸化スズ層をバッファー層として形成でき、CNC合成過程で生ずる炭化層を低減することができる。
【0022】
本発明の第5の形態によれば、前記スズ化合物溶液が、塩化スズ水和物と、水、アルコール又は水及びアルコールとの混合溶液であるので、湿式法により簡単に酸化スズ層を形成することができ、炭化層の低減を低コストで行うことができる。
【0023】
本発明の第6の形態によれば、前記乾燥を100〜150℃で行い、前記焼成を300〜500℃の酸化処理で行うので、通常の乾燥処理及び酸化処理を用いて炭化層の低減処理を簡易且つ低コストで行うことができる。
【0024】
本発明の第7の形態は、前記酸化スズ層の層厚が10〜100nmであり、前記カーボンナノコイル製造用触媒層の層厚が100〜700nmであるので、CNC製造過程で簡易にカーボンナノコイル製造用触媒を製造することができる。
【0025】
本発明の第8の形態によれば、前記中間触媒体及び前記カーボンナノコイル製造用触媒層を形成した基板を反応器内部に設置し、前記反応器内部を加熱して炭化水素ガスを流通させ、この炭化水素ガスの中に前記カーボンナノコイル製造用触媒層を粒子状に分散させ、炭化水素を触媒近傍で分解しながら触媒粒子の表面にカーボンナノコイルを成長させるので、酸化スズ層がバッファー層として機能してCNC合成過程で生ずる炭化層を低減することができる。しかも、炭化層の低減化によりCNC合成に必要なアセチレンガス等の炭化水素ガスや触媒金属を余分に消費しなくて済み、また、比較的簡単な酸化スズ層形成工程を付与するだけであり、製造時間の削減、低コスト化及びCNC合成効率の向上を図ることができる。炭化水素ガスにはアセチレンに限らず、炭化水素ガスである限り特に制限されず、例えば、メタン、エタン、プロパン、ブタンなどのアルカン類、エチレンなどのアルケン類、アセチレン以外のアルキン類等が用いられる。
【0026】
本発明者らの検証実験によれば、酸化スズ層がバッファー層として機能することにより、以下の効果を奏することに基づきCNC合成効率が向上すると考察される。
1)基板材質と触媒金属との化学反応が抑制され、CNC触媒組成がより効果的に調整できた。
2)触媒焼成段階で昇華しやすい低融点のスズをあえて触媒層とは別の酸化スズ層として提供することができ、CVD開始時と同時にスズが効果的に気相中に供給され、CNC触媒組成の安定化を促進した。
【0027】
本発明の第9の形態によれば、第8の形態に係る製造方法によって製造されることにより、低コスト化に良質のカーボンナノコイル得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明の実施形態に係るCNC合成プロセスを示す工程フロー図である。
【図2】CNC合成の様子を模式的に示す図である。
【図3】従来のCNC合成プロセスを示す工程フロー図である。
【図4】アルミナ基板上に作製した酸化スズ層のSEM断層写真及び焼成後の酸化スズ層上の触媒粒子のSEM写真である。
【図5】アルミナ基板上に生成したCNC試料のSEM断層写真及びCNC主要部分、アルミナ基板との界面付近のSEM写真である。
【図6】従来の合成プロセスによるアルミナ基板上に作製した触媒粒子のSEM写真である。
【図7】従来の合成プロセスによるCNCの合成例を示すSEM写真である。
【図8】別の実施例によるCNCのSEM写真及び従来法による場合のCNCのSEM写真である。
【図9】図8(A)の拡大SEM写真である。
【図10】図8(A)の別の拡大SEM写真である。
【図11】アルミナ基板上に厚さの異なる酸化スズ層形成を行ったCVD処理後のCNCのSEM写真である。
【図12】Fe−Mg−Co系触媒層によるCNC成長高さの影響を調べた結果をまとめた表である。
【図13】Fe−Mg−Sn−Co系触媒層によるCNC成長高さの影響を調べた結果をまとめた表である
【図14】Fe−Mg−Sn−Co系触媒を使用し、窒化物基板におけるCVD15分処理の結果を示すSEM断層写真である。
【図15】触媒にFe−In−Sn−Co系触媒(Fe:In:Sn:Co=10:1:1:0.5)を使用し、基板に酸化シリコンを使用してCNC成長させたときのSEM写真である。
【図16】触媒にFe−In−Sn−Co系触媒(Fe:In:Sn:Co=10:1:1:0.5)及びFe−In−Co系触媒(Fe:In:Co=10:1:0.5)を使用し、基板に酸化シリコンを使用し、更にSnコート処理をしてCNC成長させたときのSEM写真である。
【図17】触媒にFe−In−Sn−Co系触媒(Fe:In:Sn:Co=10:1:1:0.5)を使用し、基板にアルミナを使用し、更にSnコートの厚さを変えてCNC成長させたときのSEM写真である。
【図18】触媒にFe−In−Sn−Co系触媒(Fe:In:Sn:Co=10:1:1:0.5)を使用し、基板にアルミナを使用し、更にSnコートの厚さを変えてCNC成長させたときのSEM写真である。
【図19】触媒にFe−In−Sn(Fe:In:Sn=10:1:1)を使用し、基板にアルミナを使用してCNC成長させた場合のSEM写真である。
【図20】Snを含まない触媒(Fe:In:Co=10:1:0.5)を薄く(約100nm)塗布して担持させた基板を、Snを含む触媒を担持させた別の基板と一緒にCVD処理したときのCNCのSEM写真である。
【図21】酸化スズ層を設けた場合と設けない場合のCVD処理開始3秒後のSEM写真である。
【図22】図21(A)のCVD処理におけるCVD処理開始10秒後のSEM写真である。
【図23】図22のCVD処理前のSEM断層写真である。
【図24】Snコート処理して触媒を担持させたアルミナ基板を用いた場合のCVD開始後1分のSEM写真である。
【図25】Snコート処理しない場合のCVD開始後1分のSEM写真である。
【図26】Fe−Mg−Sn−Co系触媒とFe−In−Sn−Co系触媒につき、各種基板とSnコートの有無との関係をまとめた表である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の実施形態に係るCNC製造用触媒を用いたCNC製造方法を説明する。
【0030】
図1は本発明の実施形態に係るCNC合成プロセスを示す。図2はCNC合成の様子を模式的に示す図である。CNC担持基板材料にはアルミナAl、シリコンSi、酸化シリコンSiO、窒化ケイ素Si等を使用する。図2において担持基板材料を用意してからの工程Aが本実施形態に対応する。
【0031】
ステップS1〜S2は、カーボンナノコイル製造用触媒で形成工程である。上記担持基板材料1上にスズ化合物溶液を基板表面に塗布して乾燥させた後(ステップS1)、酸化処理により焼成して基板1上に酸化スズ層2を形成した中間触媒体を形成する(ステップS2)。スズ化合物溶液は、四塩化スズ・六水和物を水又はエタノールで溶解して調製される。酸化スズ層2は10〜100nmの層厚に形成される。
【0032】
ステップS1の乾燥は100〜150℃の温度で行われ、ステップS2の焼成は300〜500℃の大気中酸化処理で行われる。スズ化合物溶液の塗布処理はディップコート法やスピンコート法を用いて行われる。
【0033】
酸化スズ層2の形成後には、湿式触媒による触媒層の形成が行われる。予め触媒種に応じて調整された触媒溶液が酸化スズ層2上に塗布されて大気中での乾燥が行われる(ステップS3)。触媒物質としては、FeMgSn、FeMgSnCo、FeMgCo、FeInSn、FeInCo、FeInSnCoの1種以上を選択的に使用することができる。触媒溶液としては、Fe、Mg、Sn、Coの塩化物又は硝酸塩の混合エタノール溶液を使用することができ、例えば、FeMgSnCo触媒の場合には、硝酸鉄、塩化スズ、塩化マグネシウム、塩化コバルトの主成分に水又はエタノールの溶媒を混合した混合溶液により触媒溶液が調製される。
【0034】
触媒乾燥の後は600〜1100℃の温度で大気中での焼成処理が行われ、CNC製造用触媒層3が酸化スズ層2上に形成される(ステップS4)。例えば、Fe−(In又はMg)−Sn系触媒の場合には乾燥処理により粒径30〜200nm程度の酸化物微粒子が生成される。CNC製造用触媒層3は100〜700nmの層厚に形成される。
【0035】
上記ステップS1〜S4により製造した中間触媒体及びCNC製造用触媒層を形成した基板1を反応炉(図示せず)内部に導入する(ステップS5)。当該反応炉内部はHe、Ar、N2等の不活性ガスで置換された後、700℃に昇温される。ついで、加熱反応炉に炭化水素ガス(例えば、アセチレンガス)を流通させることにより(ステップS6)、炭化水素ガスの中にCNC製造用触媒層を粒子状に分散させ、炭化水素を触媒近傍で分解しながら触媒粒子の表面にカーボンナノコイル4を成長させる(ステップS7)。
【0036】
本発明との比較のために、図3に従来のCNC合成プロセスを示す。図2において担持基板材料を用意してからの工程Bが従来プロセスに対応する。従来のCNC合成プロセスでは、図1の合成プロセスと比較して、酸化スズ層の中間触媒体形成工程はなく、触媒溶液の塗布・乾燥(ステップS10)、焼成(ステップS11)、反応炉導入(ステップS12)、アセチレンガス導入(ステップS13)、CNC成長(ステップS14)の手順だけで行われる。
【0037】
従来の合成プロセスでは、図2に示すように、CNC合成過程で厚い炭化層5が生じ、その上にCNC6が成長する。一方、本実施形態に係るCNC合成プロセスによれば、基板1とCNC製造用触媒層3の界面に予め形成した酸化スズ層2がバッファー層として機能するため、炭化層を生じず、あるいは大幅に低減することができ、CNC4の合成に必要なアセチレンガス等の炭化水素ガスや触媒金属を余分に消費することなく、製造時間の削減、低コスト化及びCNC合成効率の向上を図ることができる。
【0038】
本実施形態に係るCNC製造方法及び触媒の優位性につき、以下の実施例及び各種検証実験に基づいて詳述する。
<実施例1>
まず、アルミナとシリカ基板を用いて酸化スズ層を形成した。酸化スズ層の作製は、四塩化スズ・五水和物のエタノールもしくはエタノール:水=1:1溶液0.1〜0.5mol/L濃度の溶液を滴下して、スピンコート法(1000〜1500rpm、15〜45秒)により塗布、あるいは、0.02mol/L濃度の溶液へ含浸して塗布した後100〜150℃で乾燥させ、基板の端に凝集した液滴を吸い取りながら100〜150℃で乾燥させ、更に300〜500℃で酸化処理した。触媒には、Fe−Mg−Sn−Co系酸化物触媒とSnを含まないものを2種類使用した。つまり、夫々の配合比は、Fe:Mg:Sn:Co=10:1:1:0.5〜1、Fe:Mg:Co=10:1:0.5である。
【0039】
図4の(4A)はアルミナ基板上に作製した酸化スズ層のSEM断層写真を示す。酸化スズ層の厚さ4aは30〜60nmである。図4の(4B)は焼成後の酸化スズ層上の触媒粒子のSEM写真である。触媒粒子層の厚さは250〜600nmである。触媒粒子のSEM写真(4B)から明らかなように、炭化層が形成されずに触媒粒子が分散している。(4B)の4bは酸化スズ層である。触媒には、Fe−Mg−Sn−Co系酸化物触媒と、上記配合のSnを含まないものを使用したが、Snを含まない場合には、塗布厚さが薄くなる傾向にある。なお、CNCの成長効率には塗布ムラが大きく影響された。
【0040】
上記の酸化スズ層及び触媒層の形成後、CVD法によるCNC成長を15分実施した。図5の(5A)は上記実施例において、アルミナ基板上に生成したCNC試料のSEM断層写真である。同図(5B)、(5C)は夫々、(5A)のCNC主要部分、アルミナ基板との界面付近のSEM写真である。この試料におけるアルミナ基板上の酸化スズ層の厚さは約30nmであり、その上の触媒層の厚さは約200nmである。
【0041】
本実施例によれば、炭化層が生成されず、基板根元から直接CNCを成長させることができる。従って、CVD法によるCNC成長が従来の合成プロセスと比較して約3倍の成長速度で行われた。成長速度の高速化によって、触媒組成比を調製することにより、触媒塗布量が従来の50%以下にすることが可能になる。
【0042】
図6及び図7は従来の合成プロセスによる合成例を示すSEM写真である。この従来例はアルミナ基板にFe−Mg−Sn−Co系酸化物触媒を用いて、実施例1と同様に、15分間CVDにより合成した場合である。図6は焼成後のアルミナ基板上の触媒粒子を示すSEM写真である。図7の(7A)及び(7B)は、夫々、触媒塗布厚さを約180nmとした場合のCNC写真、断層写真である。図7の(7C)及び(7D)は、夫々、触媒塗布厚さを約650nmとした場合のCNC写真、断層写真である。図7の(7B)及び(7D)から分かるように、CNCが成長していない炭化層((7B)の7e参照)がアルミナ基板上に生成されている。炭化層の厚さはCNC高さと同程度の大きさまで形成されている。これがCVD開始時に基板界面付近の触媒組成に変化を与えてしまい、CNC成長開始を遅延させ、アセチレンガスや触媒材料の浪費を生ずる原因となっている。一方、実施例1では、酸化スズ層のバッファー機能によりCNCが成長していない層がなくなり、高速CNC成長を可能にした。
【0043】
<実施例2>
図8の(8A)は実施例1と同様にして、アルミナ基板上に厚さ約30nmの酸化スズ層、厚さ約500nmのFe−Mg−Sn−Co系触媒層を形成したときのCNC断層写真である。同図(8B)は、同種の触媒を使用したときの、酸化スズ層を形成しない従来法による場合のSEM写真である。この実施例では、CVD処理開始から15分間においてCNCの高さHが75μmまで、従来より3倍の速度で成長した。
【0044】
図9及び図10は実施例2の拡大SEM写真である。図10の(10A)は基板を剥がした状態でのCNC根元部分を示し、同図(10B)、(10C)は夫々、(10A)の部分拡大写真である。この拡大写真からCNCが根元まで視認でき、基板表面に成長していることが確認できた。
上記の実施例1及び2から、酸化スズ層を介在させることによる合成効率の向上の要因は以下の理由によると考察される。
1)基板材質と触媒金属との化学反応がバッファー層により抑制され、CNC触媒組成がより効果的に調整できた。
2)触媒焼成段階では昇華しやすい低融点のスズをあえて触媒層とは別の酸化スズ層として提供することにより、CVD開始と同時にスズが効果的に機相中を介して供給され、CNC触媒組成の安定化を促進したことによる。
【0045】
次に、酸化スズ層の研究過程で、酸化スズ層の厚さによる生成物の変化が認められた。図11は、アルミナ基板上に厚さの異なる層形成を行い、その上にFe−Mg−Co系触媒層(Fe:Mg:Co=10:1:0.5)を厚さ約200nm形成して15分CVD処理したとき成長したCNCのSEM写真である。同図(11A)は約30nmの酸化スズ層を形成したときであり、このときのCNC11cは約30μmに成長した。一方、同図(11B)は約8nmの酸化スズ層を形成したときであり、このときのCNCは約12μmの繊維状の物質11eの上に約17μmCNC11eが成長しただけであった。
【0046】
CVD15分処理における酸化スズ層の厚さがCNC成長に与える影響ないしその依存性を検証するために各種条件を変えて実験した。
図12はFe−Mg−Co系触媒層(Fe:Mg:Co=10:1:0.5;Snなし)によるCNC成長高さの影響を調べた結果をまとめた表である。
図13はFe−Mg−Sn−Co系触媒層(Fe:Mg:Sn:Co=10:1:1:0.5)によるCNC成長高さの影響を調べた結果をまとめた表である。図12及び図13において、触媒層の厚さを4種類(300〜500nm;200〜300nm;80〜120nm;Snコートなし)に分類している。また、Sn層の厚さを4段階(80±30μm、60±30μm、40±30μm、0〜60μm)に変えている。図表における×、△は夫々、CNCの未成長、低収率を示す。図表中の上段の数値がCNC又は繊維状の生成物の高さ(μm)を示し、下段が炭化層の厚さ(μm)を示す。
【0047】
この検証実験によれば、Fe−Mg−Co系触媒層の場合には、炭化層は完全になくならなかったが、Fe−Mg−Sn−Co系触媒層をそのまま基板上に担持させたときよりもCNC成長速度が1.5倍以上になった。また、酸化スズ層を予め40〜60nm作製しておくことにより、Fe−Mg−Sn−Co系触媒を300〜600nm担持したとき、Fe−Mg−Sn−Co系触媒を直接担持させたときよりも炭化層を低減することができる。
【0048】
アルミナ基板に変えて窒化物基板(Si)を使用して酸化スズ層の形成による効果を検証した。触媒には、Fe−Mg−Sn−Co系触媒(Fe:Mg:Sn:Co=10:1:1:0.5)を使用し、300〜500nmの層厚にした。図14は窒化物基板におけるCVD15分処理の結果を示すSEM写真である。図14の(14A)及び(14B)は酸化スズ層を形成した場合であり、同図(14C)及び(14D)は酸化スズ層を形成しない場合である。(14A)及び(14C)では、Heを230sccm、アセチレンCを30sccm反応炉に供給した。(14B)及び(14D)では、Heを460sccm、アセチレンCを60sccm反応炉に供給した。この検証実験によれば、Snコートしたとき酸化シリコン基板と同様のCNC成長が確認できた。また、反応ガスの流速を上げるとCNC形状が安定化し、炭化層も減少した((14A)及び(14B)参照)。
【0049】
図15は触媒にFe−In−Sn−Co系触媒(Fe:In:Sn:Co=10:1:1:0.5)を使用し、基板に酸化シリコンを使用してCNC成長させたときのSEM写真である。図15の(15A)、(15B)は夫々、酸化スズ層を形成しない場合と、形成する場合(本発明の製造方法による場合)を示す。酸化スズ層を形成する場合には、炭化層が6〜8μm生じ、CNCは30〜40μm成長した。Snコートなし(15A)ではほとんど炭化層のみであり、厚さも30μmあった。
【0050】
図16は基板に酸化シリコンを使用し、更にSnコート処理をしてCNC成長させたときのSEM写真である。図16の(16A)は触媒にFe−In−Sn−Co系触媒(Fe:In:Sn:Co=10:1:1:0.5)を使用したとき、(16B)は触媒にSnを含まないFe−In−Co系触媒(Fe:In:Sn:Co=10:1:0.5)を使用したときの15分CVD処理した結果を示す。酸化スズ層を形成することにより、いずれの場合も、炭化層が減少し、CNC成長効率の向上が確認された。
【0051】
図17は触媒にFe−In−Sn−Co系触媒(Fe:In:Sn:Co=10:1:1:0.5)を使用し、基板にアルミナを使用し、更にSnコートの厚さを変えてCNC成長させたときのSEM写真である。図17の(17A)、(17B)及び(17C)は夫々、酸化スズ層なし、薄めの酸化スズ層を形成した場合、厚めの酸化スズ層を形成した場合である。図18は図17の場合と同様に、触媒にFe−In−Sn−Co系触媒(Fe:In:Sn:Co=10:1:1:0.5)を使用し、基板に酸化シリコンを使用し、更にSnコートの厚さを変えてCNC成長させたときのSEM写真である。図18の(18A)、(18B)及び(18C)は夫々、酸化スズ層なし、薄めの酸化スズ層を形成した場合、厚めの酸化スズ層を形成した場合である。図19は図17及び図18の場合と同様に、触媒にFe−In−Sn系触媒を使用し、配合比をFe:In:Sn=10:1:1にした場合である。
図17〜図19による実験によれば、少なくとも、CNC成長速度の向上及びCNC成長の高密度化を確認することができた。
【0052】
触媒のSn含有有無についても酸化スズ層の効果を検証した。図20はSnを含まない触媒(Fe:In:Co=10:1:0.5)を薄く(約100nm)塗布して担持させた基板を、Snを含む触媒を担持させた別の基板と一緒にCVD処理したときのCNCのSEM写真である。この比較結果から図20の矢印に示すように、Snを含まない触媒を担持させた基板に、別の基板からSnがCVD開始後にも気相中を拡散していき当該基板のFeと合金化することが確認できた。
【0053】
次に、Snコート有無の違いによるCNC成長初期過程をアルミナ基板で観察した。図21の(21A)は酸化スズ層を設けた場合のCVD処理開始3秒後のSEM写真である。図21の(21B)及び(21C)は酸化スズ層を設けない場合のCVD処理開始3秒後のSEM写真である。Snコートしたときには、触媒層との界面付近の細かい粒子は消滅し、触媒粒子の隙間やアルミナ基板の隙間に析出物が見られた。一方、Snコートをしない場合には、CNCでなく、直径10nm程度のカーボンナノチューブ(CNT)が成長した。
【0054】
図22は図21のCNC処理におけるCVD処理開始10秒後のSEM写真である。図23は図22のCVD処理前のSEM断層写真である。
CVD処理前の触媒担持基板は50〜100nmの触媒粒子が凝集しており多孔質状態になっている。CVD処理開始して10秒経過したとき、触媒層と担持基板との界面に細いCNTが多数成長している。
【0055】
図24はSnコート処理して上記触媒を担持させたアルミナ基板を用いた場合のCVD開始後1分のSEM写真である。図25は同様にSnコート処理しない場合のSEM写真である。
CVD開始から1分経過した段階では、CNCが3〜6μmに成長し始め、触媒粒子の隙間にCNTが成長していく。Snコートした場合は、しない場合よりもCNTの密度が小さくなる傾向にある。
【0056】
触媒含有元素と基板材質の関係も酸化スズ層の有無の観点で検証した。
図26はFe−Mg−Sn−Co系触媒とFe−In−Sn−Co系触媒につき、各種基板とSnコートの有無との関係をまとめた表である。同表において、×は20〜30μm以上の炭化層が形成されたことを、△は8〜15μm程度の炭化層が形成されたことを示す。また、符号○は、炭化層はやや軽減するかあるいは低減しないが(割合にして40%〜0%)、CNC成長長さ及び密度の向上が見られたことを表す。特に、符号◎は、炭化層を大幅に軽減且つCNC成長長さ及び密度が顕著に向上したことを表す。Mg系とIn系触媒との比較でいえば、Mg系触媒における酸化スズ層の効果が一層大きい。
【0057】
本発明は、上記実施形態や変形例に限定されるものではなく、本発明の技術的思想を逸脱しない範囲における種々変形例、設計変更などをその技術的範囲内に包含するものであることは云うまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明によれば、CNC製造用触媒担持材質の表面改質に好適なCNC製造用触媒を提供することができる。特に、各種担持材質のうち炭化層の形成が顕著であるアルミナ基板の場合にも、炭化層の低減化を実現できるので、比較的安価なアルミナ基板を用いて高効率且つ低コストで良質のカーボンナノコイルを製造することができる。本発明に係るCNC製造方法により製造されたCNCは、高伝導性、バネ的な機械特性、電磁波活性に優れており、GHz電磁波遮蔽(吸収)材、透明電極膜、制震材料等に好適である。
【符号の説明】
【0059】
1 基板
2 酸化スズ層
3 触媒層
4 CNC
5 炭化層
6 CNC

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、前記基板表面に形成された酸化スズ層と、前記酸化スズ層の表面に形成されたカーボンナノコイル製造用触媒層を少なくとも有することを特徴とするカーボンナノコイル製造用触媒。
【請求項2】
前記カーボンナノコイル製造用触媒層がFeMgSn、FeMgSnCo、FeMgCo、FeInSn、FeInSnCo、FeInCoの1種以上からなる請求項1に記載のカーボンナノコイル製造用触媒。
【請求項3】
前記基板が、Si、SiO、Al、Siの1種以上からなる請求項1又は2に記載のカーボンナノコイル製造用触媒。
【請求項4】
スズ化合物溶液を調製し、前記スズ化合物溶液を基板表面に塗布して乾燥、焼成し、前記基板上に酸化スズ層を形成した中間触媒体を形成し、前記中間触媒体の酸化スズ層の表面にカーボンナノコイル製造用触媒層を形成することを特徴とするカーボンナノコイル製造用触媒の製造方法。
【請求項5】
前記スズ化合物溶液が、塩化スズ水和物と、水、アルコール又は水及びアルコールとの混合溶液である請求項4に記載のカーボンナノコイル製造用触媒の製造方法。
【請求項6】
前記乾燥を100〜150℃で行い、前記焼成を300〜500℃の酸化処理で行う請求項4又は5に記載のカーボンナノコイル製造用触媒の製造方法。
【請求項7】
前記酸化スズ層の層厚が10〜100nmであり、前記カーボンナノコイル製造用触媒層の層厚が100〜700nmである請求項4、5又は6に記載のカーボンナノコイル製造用触媒の製造方法。
【請求項8】
請求項4〜7のいずれかに記載の製造方法により製造した前記中間触媒体及び前記カーボンナノコイル製造用触媒層を形成した基板を反応器内部に設置し、前記反応器内部を加熱して炭化水素ガスを流通させ、この炭化水素ガスの中に前記カーボンナノコイル製造用触媒層を粒子状に分散させ、炭化水素を触媒近傍で分解しながら触媒粒子の表面にカーボンナノコイルを成長させることを特徴とするカーボンナノコイルの製造方法。
【請求項9】
請求項8に記載の製造方法により触媒粒子の表面に成長されたカーボンナノコイルからなることを特徴とするカーボンナノコイル。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【公開番号】特開2011−167598(P2011−167598A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−31574(P2010−31574)
【出願日】平成22年2月16日(2010.2.16)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、独立行政法人科学技術振興機構、大阪府地域結集型共同研究事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】