説明

カーボンナノチューブを用いた酸化還元反応システムおよびこの反応システムに基づいた酵素反応システム

【課題】 疎水性電子伝達物質を介した酸化還元反応システム、代表的には疎水性電子伝達物質を介して、酸化還元剤と蛋白質またはポリペプチドとの間での電子伝達反応システム、およびこの反応システムに基づいた酵素反応システムを提供する。
【解決手段】 疎水性電子伝達物質として単層カーボンナノチューブを用い、これを介して、酸化還元剤と被酸化還元物との間で電子授受を行うことを特徴とする酸化還元反応システム及びこの反応システムに基づいた酵素反応システム。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、単層カーボンナノチューブを電子伝達経路として用いた、触媒または酵素反応を非天然酸化還元剤からの電子供与または電子受容によって進行可能な酸化還元反応システムであり、この酸化還元システムを利用し、非天然の還元剤を電子源として用いた酵素反応システムである。

【背景技術】
【0002】
蛋白質内および蛋白質間の電子伝達は生体内における酸化還元反応を伴う物質変換反応において重要なプロセスである。これらの反応の具体例として、呼吸による生命エネルギー獲得や毒物代謝が挙げられ、酸化還元酵素および電子伝達蛋白質によってなされる。上記の反応は、常温常圧条件下において1サイクルがミリ秒の時間スケールで進行することから、酸化還元酵素の生物工学的な応用は高効率かつ省エネルギー型生産プロセスとして期待されている。
【0003】
生物工学的応用を果たす形態として、細胞反応系と無細胞反応系に大別される。これらのうち、細胞反応系は細胞を培養するための培地が高価であるため酵素反応の利用による大量の物質変換には不向きである。また、無細胞反応系において、酸化還元酵素を生物工学的に利用する場合、しばしば随伴する問題は必要な酸化還元当量を与えるために天然の補因子(たとえばNADHまたはNADPH)を使用すると、許容できない高コストに結びつくことである。この問題を解決するため、従来技術では亜鉛/コバルト(III)セパルクレート電子供与体系を用いて実施されていた(特許文献1)。しかし、上記の従来技術では適用可能な系がある種のP450モノオキシゲナーゼに限定されるため、応用範囲が極めて限定されるという問題があった。
また、一般的には、非天然の還元剤を酵素反応システムに直接加えた場合、還元剤の影響で化学的に不安定な蛋白質の変性が起こることによって、酵素反応サイクルが進行しない可能性があり、問題であった。
【0004】
上記の問題を解決すべく、酸化還元酵素を直接酸化還元できるシステムの構築も試みられてきた。このシステム構築に際し、従来は化学修飾された金属電極が用いられてきた(特許文献2)。しかし、蛋白質の固定化および電極との電子伝達経路を構築するためには、各蛋白質に応じた化学修飾を必要とする。具体的には、蛋白質と電極とを共有結合で固定化させる方法、電極面を疎水性修飾する方法などがあった(非特許文献1)。反応効率を上げるための最適電極修飾方法の開発が困難であったため、これまでの方法においては、実用に供するものではなかった。

【0005】
【特許文献1】特許公表2003−505066号公報
【特許文献2】特許公開2004−294231号公報
【特許文献3】特許公表2003−521889号公報
【特許文献4】特許公開2004−261121号公報
【非特許文献1】「Angewante Chemie International Edition」誌、vol.39、2000(2000年4月3日発行)、p1180
【非特許文献2】「Chemistry Letters」誌、1997(1997年6月発行)、p561
【非特許文献3】「Biochemical Journal」誌、364巻、2002(2002年6月15日発行)、p807
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで本発明は上記問題点を解決すべく、疎水性電子伝達物質を用い、その上に還元剤と酸化剤を別々に滴下して、二液が接触することなく疎水性電子伝達物質を介して電子が還元剤溶液側から被還元物溶液側への電子伝達を進行させること(図1)、およびこの反応を使った産業応用を提供することを目的とする。

【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、前期課題を解決すべく鋭意検討した結果、疎水性電子伝達物質に単層カーボンナノチューブのシートを用い、この単層カーボンナノチューブシート上に酸化還元剤と被酸化還元物を滴下することにより、二液が接触することなく単層カーボンナノチューブを介して電子伝達され、被酸化還元物の酸化還元反応を行わせることを知見し、本発明に到達した。
すなわち、本発明は
単層カーボンナノチューブを介して、酸化還元剤と被酸化還元物との間で電子授受を行うことを特徴とする酸化還元反応システムである。
また、本発明は、被酸化還元物を、蛋白質またはポリペプチドとすることができる。
さらに本発明は、蛋白質またはポリペプチドを、酸化還元中心を有する蛋白質またはポリペプチドとすることができる。
また本発明は、酸化還元剤が、リンモリブデン酸ナトリウム(Na[PO・12MoO])、水素化ホウ素ナトリウム(NaBH)またはジチオナイト(Na)を用いることができる。
さらに、本発明は、ポリペプチドとして、シトクロムcを用いることが好ましい。
さらにまた、本発明はこのような酸化還元反応システムによって、還元または酸化された蛋白質を、電子供与体または電子受容体として利用した触媒あるいは酵素反応システムである。
また、本発明は、酸化還元反応システムを用いて、NaBHまたはNaによって、単層カーボンナノチューブに電子を送り込み、単層カーボンナノチューブから電子を酸化型シトクロムcに伝達し、還元されたシトクロムcが亜酸化窒素還元酵素に電子を供与することによって進行するNOのNへの変換反応を利用した亜酸化窒素(NO)処理システムである。
さらに、本発明は、酸化還元反応システムを用いて、NaBHまたはNaによって、単層カーボンナノチューブに電子を送り込み、単層カーボンナノチューブから電子をシトクロムP450またはそのレドックスパートナーに供与することにより進行する基質酸化および酸素分子添加反応を用いた有機化合物の位置選択的水酸化反応システムである。
またさらに、本発明は、酸化還元反応システムを用いて、NaBHまたはNaによってカーボンナノチューブを還元し、単層カーボンナノチューブから電子をシトクロムP450またはそのレドックスパートナーに供与することにより進行する脱ハロゲン化反応による環境浄化を目的としたハロゲン化炭化水素処理システムである。

【発明の効果】
【0008】
本発明のカーボンナノチューブ電子伝達システムは、非天然の還元剤によってカーボンナノチューブを介することによってヘム蛋白質をはじめ蛋白質内の酸化還元中心分子を還元できる特長を有しており、カーボンナノチューブの酵素反応を利用した省エネルギー型工業化学反応システム作製の基礎技術となる。長距離で電子伝達が可能なため、デバイス加工が可能となる。さらに、酵素を目的に応じて選択することにより、温室効果ガス変換または有害物質除去などの環境浄化にも適用可能である。
【0009】
一般的に、酸化還元を伴う酵素反応はNADHを必要とするが、これを工業的に用いた場合、許容できない高コストに結びつく。そのために、安価な還元剤で酵素反応を進行させる技術が望まれている。そこで、本反応系を用いることにより、高い還元ポテンシャルを有する安価な還元剤(ジチオナイトまたはNaBH)で酵素反応サイクルを進行できる。
【0010】
亜酸化窒素(NO)は温室効果ガスであり、その温室効果はCOの150倍である。ウシ等の家畜が大量のNOを産出するため、NOガスを大気中に出さないことは重要な課題の一つである。亜酸化窒素還元酵素はNOのN変換を行う酵素であり、この酵素は脱窒菌内に存在し脱窒サイクルの一端を担っている。NO除去をこの酵素で行うことは省エネルギープロセスになると思われるが、上記の還元剤の問題で精製酵素を用いる利点が少なかった。亜酸化窒素還元酵素のレドックスパートナーであるシトクロムcがカーボンナノチューブからの電子供与で還元されることを利用して、ジチオナイトがカーボンナノチューブを還元し、その電子をシトクロムc、および亜酸化窒素還元酵素に授受する(図2)ことにより、酵素反応サイクルを回し、安価でかつ高効率でNOをNに変換できる。
【0011】
Oと同様に環境汚染物質となるガスは複数存在し、ハロゲン化エタンもそのひとつである。これらのガスは肝臓癌などの原因になる可能性があり、地下水汚染で最近大きな問題となっている。ペンタクロロエタン、ヘキサクロロエタン、トリクロロエチレンなどは、ラット肝臓P450のCYP1A2遺伝子が導入されたパン酵母の基質となる。酵母内で発現されたCYP1A2が空気中の酸素分子を利用して上記のハロゲン化エタンの酸化的脱ハロゲン化を行い、別の化学物質に変換することでそれらのガスを無害化する(非特許文献2参照)(図3)。上記のNOの場合と同じように、NaBHがカーボンナノチューブを還元し、その電子をP450またはP450のレドックスパートナーに供与することにより、酵素反応サイクルを回し、高効率でヘキサクロロエタンを酸化することによって、ハロゲンの脱離ができる。
【0012】
さらに、シトクロムP450またはオキシゲナーゼによる有機化合物の選択的合成系についても、この技術を応用できる。有機合成では位置選択性を与えるためには、不斉触媒を設計および合成する必要がある。これらの系では副反応が起こるなど、設計どおりの反応生成物が得られないことがある。一方、酵素を用いた場合、反応場は既に設計されており、副生成物を分離する必要がない。また、常温常圧で進行することから、簡単なプラントを設計することが可能である。特に、シトクロムP450の場合、P450の種類を選択することにより適用したい反応を選ぶことが可能である。実際、この酵素反応を利用してインドールから青色色素インジゴの合成(図4A)(特許文献3参照)、および、フェノール化合物から医薬品中間体として有用なパラヒドロキノン化合物の位置選択的合成が行われている(図4B)(特許文献4参照)。P450は、ヘム、鉄硫黄クラスター、フラビンを有する複数の蛋白質から電子を受け取ることにより酵素反応を行うため、上記のP450の酵素反応を応用する際にこの電子伝達系を適用すれば、NADHやNADPHの代わりにNaBHやジチオナイトを電子源とした酵素反応が可能になる。その結果、P450を用いた酵素反応を利用した物質変換プロセスの工業的有用性が増すという効果がある。
【0013】
このように、蛋白質間の電子伝達は生化学において基本的な反応であるために、温室効果ガスNO変換、ハロゲン化エタンの脱ハロゲン化、または、色素または医薬品の選択的合成だけにとどまらず、数多くの電子伝達蛋白質および酸化還元酵素に対して本技術を適用可能である。

【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明の酸化還元反応システムは、疎水性電子伝達物質、酸化還元剤および被酸化還元物の3つの要素で構成される(図1)。これらの要素について以下にその特徴を具体的に説明する。以下の説明は、本願発明の理解を容易にするためのものであり、これらの具体例に制限されるものではない。すなわち、本願発明の技術思想に基づく変形、実施態様、他の例は、本願発明に含まれるものである。
【0015】
本発明の最大の特徴は疎水性電子伝達物質として単層カーボンナノチューブを用いる点にある。本発明においては疎水性電子伝達物質として、シート状の単層カーボンナノチューブを用いるのが望ましい。シート内におけるナノチューブの配向は一様またはランダムであっても、また、シート表面は平滑あるいは凸凹であっても、いずれの形態においても好ましく用いられる。
【0016】
本発明によれば上記単層カーボンナノチューブシートを使用して、シート上に酸化還元剤水溶液を滴下し、その液滴から液滴が接触しないように離れた場所に被酸化還元物水溶液を滴下することによって、二液が接触することなく単層カーボンナノチューブを介して電子伝達されることとなり、電子伝達蛋白質を酸化還元させることが可能である。この際、二液を循環させることにより電子伝達が効率よく行われる。また、空気が遮断されている環境で還元剤を循環させれば空気中の酸素が原因で起こる還元剤の自動酸化による劣化を防ぐことができるために、電子伝達反応効率が上昇する。さらに、70%エタノールで使用後のシートを洗浄し、風乾させることにより、シートの再利用も可能である。
【0017】
電子伝達反応を進行させるための酸化還元剤の選択に関して以下に述べる。本発明においては、疎水性電子伝達物質として単層カーボンナノチューブを使用しているため、酸化還元電位が−0.6〜0.2Vであることが知られている単層カーボンナノチューブを還元または酸化することが必要である。すなわち、本発明において還元剤には酸化還元電位が低い(還元力が強い)水素化ホウ素ナトリウム(NaBH:−1.4V vsNHE)またはジチオナイト(Na:−1.2V)を使用することが好ましい。また、酸化剤としては、リンモリブデン酸ナトリウム(Na[PO・12MoO]、約1V)が挙げられ、これら以外にも上記の条件を満たす酸化還元剤であれば、本発明の酸化還元反応システムにおいて好ましく用いることができる。
【0018】
本発明で用いることのできる被酸化還元物として、酸化還元中心を有するポリペプチドが挙げられる。具体的には、酸化還元電位が単層カーボンナノチューブ(最小−0.6V)よりも低い酸化還元中心(例えば、ニコチン酸アミド(−0.4V)、フラビン(−0.25V)、キノン類(0.05V)、ヘム(−0.2〜0.2V)、鉄硫黄クラスター(−0.4〜0.4V)、銅クラスター(0.3V))を有する蛋白質の酸化還元が起こり得る。そのため、これらの酸化還元中心を有する蛋白質またはポリペプチドを本発明においては好ましく用いることができる。具体的には、ヘム蛋白質であるシトクロムcおよびミオグロビンを挙げることができる。これらの蛋白質は吸収スペクトルでの評価が容易なため、電子伝達経路の構成に関して容易に情報を得られる。また、これらの酸化還元電位は、それぞれ約+0.25および+0.01Vであり、単層カーボンナノチューブのそれよりも高いために、いずれも電子伝達経路が構成された場合、単層カーボンナノチューブから電子の授受が可能となる。(図5)
【0019】
上記の手法で得られたカーボンナノチューブを介した電子伝達システムは、温室効果ガスNOのNへの変換やハロゲン化エタンの脱ハロゲン化といった汚染物質の除去に貢献できる。また、色素または医薬品の選択的合成への応用も可能である。
【0020】
以下、本発明を実施例に基づき、さらに具体的に説明する。ただし、本発明は下記実施例に限定されるものではない。

【実施例1】
【0021】
(単層カーボンナノチューブを介した電子伝達)
2cm四方のシート状単層カーボンナノチューブを用意し、ジチオナイト(和光純薬社製)溶液20μl(ジチオナイト17.4mg/水1 ml)を滴下し、約5mm程度離れた場所に野生型ウマ心筋由来シトクロムc(和光純薬社製)−pH7.4、50mMリン酸ナトリウム緩衝溶液20μl(約0.5mM)を数度ピペッティングすることにより反応を進行させた。還元反応の進行を検証するために、ピペッティング後の被還元物質側の溶液を50分の1程度に希釈して吸収スペクトルを測定した。
【0022】
被還元物質にヘム蛋白質シトクロムcおよびミオグロビン(pH7.4)を使用した際、それらのヘム鉄の3価から2価への還元を吸収スペクトル変化から評価した結果を図4に示す。シトクロムcについて、反応前の酸化型(鉄3価)の吸収極大は407nmで、還元型(鉄2価)のそれは416nmであった。シート状で反応を進行させた場合、吸収極大は409〜411nmであった(図6A)。このことは還元型の割合が上昇していることを示す。これらのスペクトルから約6〜7割のシトクロムcが還元されていることが分かった。一方、ミオグロビンの場合(図6B)、吸収極大値の変化は約1nm程度しか無かったものの、スペクトルの形状は酸化型とは若干違っており、約1割程度のミオグロビンが還元されていると思われる。両蛋白質で還元される割合が異なっていたことから、還元剤が蛋白質溶液と混合されることなく単層カーボンナノチューブシートからの電子伝達により反応が進行していると解釈することができる。シトクロムcで電子伝達経路が構成され、ミオグロビンでは構成されない点に関していくつかの理由が考えられるが、特に、ポルフィリン環のプロピオン酸(COO−基)がシトクロムcでは蛋白質内部に存在する(図7A)のに対し、ミオグロビンでは蛋白質表面に露出している(図7B2つの丸印)。そのために、ミオグロビンは負に帯電しているカーボンナノチューブ表面に相互作用しにくいと考えられる。従って、シトクロムcにおいてヘムに近い蛋白質表面との疎水性相互作用による電子伝達経路が構築されることが重要であると解釈している。

【実施例2】
【0023】
(酸化還元剤溶液および被酸化還元物溶液を循環させる反応システムの構築)
スリットを引いたガラス上に気相成長させた単層カーボンナノチューブを載せて、ガラスを合わせて、図8に示すような単層カーボンナノチューブシートで構成される反応場を作製した。図8の断面図に示されるように、還元剤溶液と非還元物溶液は隔てられている。図8のようにポンプ(ジーエルサイエンス社製)を接続し、それぞれの液を循環させたところ、次第に吸収スペクトルの変化が観測された。両溶液が循環中に混合されていないことを示すために、片側に赤色色素ローダミン(和光純薬社製)溶液、青色色素ブロモフェノール(和光純薬社製)溶液を循環させた結果、両側の溶液ともに赤色または青色のままであり、循環中に二液が混合された様子はなかった。また、この反応システムを用いることにより、還元剤自身の空気中の酸素による自動酸化を防ぐことができ、効率よく被還元物に電子を供給することが可能となる。

【実施例3】
【0024】
(NOのN変換反応システム)
OのN変換反応の進行を調べるために、図9に示す2種の溶液を準備した。ある種の亜酸化窒素還元酵素は酸素に弱いために、嫌気下で実験を行うのが望ましい場合がある。亜酸化窒素還元酵素は(非特許文献3参照)を参照して発現、単離、精製した。実施例2の酸化還元反応装置をもとにして図9のように流路を構成し、被還元物溶液側にシトクロムcと亜酸化窒素還元酵素を含む緩衝液を添加した。サンプル瓶内に茶色の亜酸化窒素ガス約10mlを加えると瓶内が茶色になった。還元剤溶液側に約0.1Mのジチオナイト溶液を巡回させた。反応を進行させるにつれ、サンプル瓶内の亜酸化窒素に由来する茶色い気体が消えてゆくのが確認された。

【実施例4】
【0025】
(P450による脱ハロゲン化反応システム)
実施例2に記載された装置について、還元剤側にジチオナイトを、CYP1A2ミクロソーム(シグマアルドリッチ社製)を被還元物側に入れ、ペンタクロロエタンをバブリングさせたpH7.4、50mMリン酸カリウム緩衝液または上記のハロゲン化エタンを含むろ過した汚染地下水を添加し、上記の反応システム内で循環反応を約1時間行った。その後、被還元物水溶液をジエチルエーテルで抽出した。抽出した液をガスクロマトグラフ質量分析計GCMS−QP2010(島津製作所社製)で分析することにより、酸化的脱ハロゲン化の進行を観測した。その結果、トリクロロアセトアルデヒドおよび2、2、2−トリクロロエタノールが生成していることが判明した。

【実施例5】
【0026】
(P450によるインドールからインジゴの生成反応)
P−450BM3の発現および精製は文献(特許文献3参照)に従った。インドール−ヒドロキシル化のための活性試験は次のようにして行った。DMSO中の10〜500mMのインドール溶液80μl、8.5mlのトリス−HClバッファー(0.1M、pH8.2)及び6ナノモルのP450 BM−3野生型又は変異体を10mlの最終容量で含有する溶液を実施例2に記載された装置内に導入し、上記の反応システム内で循環反応を約1時間行った。5〜30秒(好気的条件下に)以内に、酵素生成物は完全にインジゴ([Δ2,2′−ビインドリン]−3,3′−ジオン)に変換されることが知られている。そのため、インジゴ生成反応を670nmでの吸光度上昇によって観測できるため、被酸化還元物循環系内にフロー分光セルを装備し、電子伝達反応に伴う吸光度変化を観測した。1時間後に二液の循環を終了し、被酸化還元物溶液をTHFで抽出した。THF中に溶解したインジゴの純度を薄層クロマトグラフィーによって分析した。青色顔料の吸収スペクトルを、UV3000分光光度計(島津製作所社製)を使用して400〜800nmの範囲内で測定した。更に青色色素をガスクロマトグラフ質量分析計GCMS−QP2010(島津製作所社製)によって分析したところ、インジゴの生成が確認された。

【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明のカーボンナノチューブを電子伝達経路として用いた酸化還元反応系は、新規な反応系であり、安価な酸化還元剤を使用可能であるために汎用性が高い。この反応系の応用例としては、環境浄化システム、省エネルギー型有機選択酸化反応による薬剤の合成などが考えられ、産業上の利用可能性は高いものである。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本電子伝達システムの模式図
【図2】A:亜酸化窒素還元酵素とシトクロムc、B:両蛋白質間の電子移動
【図3】ミクロソーム内のP4502A1によるハロゲン化エタンの脱ハロゲン化反 応スキーム
【図4】シトクロムP450BM3によるインジゴの合成スキーム
【図5】還元剤と単層カーボンナノチューブと被還元物における酸化還元電位の関係
【図6】本伝達系を用いたシトクロムcおよびミオグロビンの還元 A:cyt cの吸収スペクトル B:ミオグロビンの吸収スペクトル 破線:酸化型(Fe3+) 点線:シトクロムcでは還元型(Fe2+)、ミオグロビンでは還元酸素結合型(Fe2+) 実線:NaBH−単層カーボンナノチューブによる還元反応進行時
【図7】A:シトクロムc、B:ミオグロビンのヘムを含む蛋白質表面の構造、C:シトクロムc、D:ミオグロビンのヘムの構造式
【図8】二液を循環させることのできる電子伝達システム
【図9】NOガス変換実験システム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
単層カーボンナノチューブを介して、酸化還元剤と被酸化還元物との間で電子授受を行うことを特徴とする酸化還元反応システム。

【請求項2】
被酸化還元物が、蛋白質またはポリペプチドであることを特徴とする請求項1記載の酸化還元反応システム。

【請求項3】
蛋白質またはポリペプチドが、酸化還元中心を有する蛋白質またはポリペプチドであることを特徴とする請求項2記載の酸化還元反応システム。

【請求項4】
酸化還元剤が、リンモリブデン酸ナトリウム(Na[PO・12MoO])、水素化ホウ素ナトリウム(NaBH)またはジチオナイト(Na)であることを特徴とする請求項1記載の酸化還元反応システム。

【請求項5】
ポリペプチドが、シトクロムcである請求項1記載の酸化還元反応システム。

【請求項6】
請求項1乃至5に何れかに記載の酸化還元反応システムによって、還元または酸化された蛋白質を、電子供与体または電子受容体として利用した触媒あるいは酵素反応システム。

【請求項7】
請求項1乃至5の何れかに記載の酸化還元反応システムを用いて、NaBHまたはNaによって、単層カーボンナノチューブに電子を送り込み、単層カーボンナノチューブから電子を酸化型シトクロムcに伝達し、還元されたシトクロムcが亜酸化窒素還元酵素に電子を供与することによって進行するNOのNへの変換反応を利用した亜酸化窒素(NO)処理システム。

【請求項8】
請求項1乃至5の何れかに記載の酸化還元反応システムを用いて、NaBHまたはNaによって、単層カーボンナノチューブに電子を送り込み、単層カーボンナノチューブから電子をシトクロムP450またはそのレドックスパートナーに供与することにより進行する基質酸化および酸素分子添加反応を用いた有機化合物の位置選択的水酸化反応システム。

【請求項9】
請求項1乃至5の何れかに記載の酸化還元反応システムを用いて、NaBHまたはNaによってカーボンナノチューブを還元し、単層カーボンナノチューブから電子をシトクロムP450またはそのレドックスパートナーに供与することにより進行する脱ハロゲン化反応による環境浄化を目的としたハロゲン化炭化水素処理システム。

【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図8】
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【図9】
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【図1】
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【図2】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−297334(P2007−297334A)
【公開日】平成19年11月15日(2007.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−126862(P2006−126862)
【出願日】平成18年4月28日(2006.4.28)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】