説明

ガラスの表面処理法、ガラスの研磨方法および光学素子の製造方法。

【課題】アルカリ土類金属を含むガラスを効率的に研磨する方法、及び本発明の研磨方法を利用した光学素子の製造方法を提供すること。
【解決手段】アルカリ土類を含有するガラスの表面を硫酸イオン及び/または炭酸イオンで修飾する。修飾は、硫酸イオン及び/または炭酸イオンを含有した溶液に浸漬するか、二酸化硫黄、三酸化硫黄、炭酸ガスからなる群から選ばれる一種以上のガス雰囲気下におくことにより行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルカリ土類金属を含むガラスの表面処理方法、特に、アルカリ土類金属を含むガラスを効率的に研磨する方法に関する。
また、本発明は、本発明の研磨方法を利用した光学素子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ガラスレンズは一般に、荒摺りした後、精研削と研磨が施され、レンズの光学面を精密に仕上げることにより製造されている。これらの研磨工程では、ホルダーで保持したレンズを加工皿に載せ、ラップ剤をレンズ加工面に注水させながら、レンズと加工皿を相対的に摺動させることにより、レンズ表面を研磨し、加工後そのまま使用できるような精度まで仕上げる(特許文献1)。
【0003】
光学ガラスの中でも特にアルカリ土類金属イオンを多量に含むフツリン酸ガラスは、超低分散性、異常分散性を示し、レンズ、プリズム、光学フィルタなどの材料として多用されている(特許文献2)。このガラスの場合、成分として含まれるアルカリ土類金属イオンがガラス最表面で大気中の炭酸ガスと反応し炭酸塩を形成するが、このアルカリ土類金属炭酸塩は耐水性に優れておりガラス表面を保護している。しかし研磨、洗浄時に研磨剤や洗剤等との反応により炭酸イオンが脱離し水酸化物となる。
【0004】
このアルカリ土類金属水酸化物は容易に脱水縮合を起こし変質層を形成しヤケの原因となる。また水酸化物が脱水され再炭酸塩化するまでは表面の反応性が高いため汚れと強く結合しやすく、硬度も低いため樹脂部材などの接触でも傷つけられるという問題があった。
【0005】
光学ガラスの中でも特にリン酸をガラスネットワーク形成成分〔NWF〕に利用しているものはアルカリ土類金属イオンを多量に含み低硬度、低耐水性のために研磨、洗浄が難しかった。そのためこれらのガラスに適した、高品質、低コストを実現する方法が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特公平07−90455号公報
【特許文献2】特開2010−59021号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記問題点を解決するためになされたもので、アルカリ土類金属を含むガラスを効率的に表面処理する方法、特に、アルカリ土類金属を含むガラスを効率的に研磨する方法を提供することを目的とする。
また、本発明は、本発明の研磨方法を利用した光学素子の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、ガラス成分としてアルカリ土類金属を含有するガラスの研磨、または洗浄において、前記ガラスの表面を硫酸イオン及び/または炭酸イオンで修飾することを特徴とするものである。
【0009】
本発明における、アルカリ土類金属を含むガラスとは、Ca2+,Sr2+,Ba2+を合計で30カチオン%以上含むガラスをいう。
光学ガラスに適したリン酸系ガラスは、通常、Ca2+,Sr2+,Ba2+を合計で30カチオン%以上含み、本発明の方法が好適に利用できる。Ca2+,Sr2+,Ba2+の中では、Ba2+が最もガラスの表面変質に大きな影響を与えることから、本発明は、Ba2+を10カチオン%以上含むガラスに特に有効である。リン酸系ガラスの代表的なものは、フツリン酸ガラス、リン酸ガラスである。
【0010】
本発明において、ガラスの表面を硫酸イオン及び/または炭酸イオンで修飾するとは、ガラス表面のアルカリ土類金属を硫酸イオン及び/または炭酸イオンと反応させ硫酸塩及び/または炭酸塩とすることをいう。
本発明によりガラス表面に形成される硫酸塩及び/または炭酸塩は、非常に安定しているので、ガラスの耐候性能や耐化学的耐久性を向上させることができる。
【0011】
ガラス表面のアルカリ土類金属が硫酸イオン及び/または炭酸イオンと有効に反応するものであれば、ガラスの表面を硫酸イオン及び/または炭酸イオンで修飾する手段は問わないが、硫酸イオン及び/または炭酸イオンを含む溶液中に処理すべきガラスを浸漬するのが効率的である。
【0012】
または、二酸化硫黄、三酸化硫黄、炭酸ガスからなる群から選ばれる一種以上のガス雰囲気下におくことによっても目的が達成される。なお、炭酸ガスを使用する場合には、通常空気中に存在する濃度よりも高くすることが望ましい。
【0013】
硫酸イオンの供給源としては、希硫酸、硫酸ナトリウム水溶液、硫酸亜鉛水溶液などが挙げられる。非常に安定なアルカリ土類金属硫酸塩を生成できるという理由から、硫酸イオンの供給源として水溶性の硫酸塩が好ましい。
【0014】
また、炭酸イオンの供給源としては、炭酸水、炭酸ナトリウム水溶液、炭酸水素ナトリウム水溶液などが挙げられる。このように、炭酸イオンの供給源として水溶性の炭酸塩を使用することが、未溶解の炭酸塩結晶がガラス表面に滞留してガラスを傷付けたり、表面の凹凸を発生させることを防止する上から、好ましい。
【0015】
溶液中の硫酸塩の濃度、炭酸塩の濃度は、それぞれ再硫酸塩化の効果あるいは再炭酸塩化の効果を得る上から各々0.1質量%以上であることが好ましい。また、硫酸塩、炭酸塩の溶媒として好ましいものは、水、アルコールなどである。
水溶性硫酸塩、水溶性炭酸塩は、中性、弱酸性、弱アルカリ性のいずれかであることが、ガラス構造そのものの急速な破壊を防止する上から好ましく、いずれもpHが4〜9の範囲であることが好ましい。
これらの溶液への浸漬時間は、水溶液中のイオン濃度によっても異なるが、10秒〜30分が好ましい。
【0016】
液体の代わりに硫酸ガス、亜硫酸ガス、二酸化炭素などの気体を使用することもできる。硫酸ガス、亜硫酸ガスを使用する場合、前記気体の濃度を5体積%以上とすることが再硫酸塩化の効果を得る上から好ましく、二酸化炭素を使用する場合、気体の濃度を10体積%以上とすることが再炭酸塩化の効果を得る上から好ましい。
【0017】
ガラス表面に含まれるアルカリ土類金属を硫酸イオン及び/または炭酸イオンで修飾する時期は、研磨、洗浄時に研磨剤や洗剤等との反応により炭酸イオンが脱離し水酸化物となった直後が好ましい。
この時期であれば、水酸化物の反応性が高く硫酸イオン及び/または炭酸イオンでの修飾が短時間で完了する。
【0018】
また、硫酸イオンを使用すれば、炭酸塩よりも安定なアルカリ土類金属硫酸塩が形成されるので、炭酸塩が形成されている状態の研磨、洗浄済のガラスを、硫酸イオンを含む溶液で処理することにより、より耐水性、耐酸性、耐アルカリ性に優れた硫酸塩が形成され、再洗浄耐性や耐侯性を更に向上させることができる。
【0019】
また、研磨時であれば、循環使用される研磨液に硫酸イオン及び/または炭酸イオンを含有させて研磨すれば、研磨と修飾が同時に実行されるので効率が良い。特に、フツリン酸ガラスを含むリン酸系ガラスの場合、研削によって生成されるスラリーには、アルカリ土類金属の水酸化物が多く含まれているので、脱水縮合によりゲル化あるいは固着を起こし研削パッドの目詰まりや傷の原因となっているが、研削液中に硫酸イオン及び/または炭酸イオンを含有させことで、目詰まりや傷の原因となる固着物の生成が防止できるというメリットもある。
【0020】
なお、硫酸イオン及び/または炭酸イオンを含有した溶液へのガラスの浸漬
は、洗浄前に行ってもよい。洗浄時に薬液と反応しない塩を生成させるため、洗浄前でも上記浸漬による効果を期待することができる。
また、硫酸イオン及び/または炭酸イオンを含有した溶液へのガラスの浸漬は、洗浄後に行ってもよい。洗浄後にガラスを硫酸イオン及び/または炭酸イオンを含有した溶液へ浸漬する場合は、上記のように洗浄によってガラス表面のアルカリ土類金属が水酸化物となった直後に浸漬を行い、硫酸イオン及び/または炭酸イオンにより修飾することが望ましい。
【発明の効果】
【0021】
本発明の方法によれば、アルカリ土類金属イオンを多量に含み低硬度、低耐水性のフツリン酸ガラスなどのリン酸系ガラスの耐候性能を、簡単な方法で向上させることができるので、精密に研磨、洗浄することが可能となり、高品質の光学素子を効率的かつ低コストで製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0022】
実施例により、本発明を具体的に説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
表1に示すガラス組成になるように、各成分を導入するための原料としてそれぞれ相当するリン酸塩、フッ化物、酸化物などを用い、原料を秤量し、十分に混合して調合原料とし、これを白金坩堝に入れ、加熱、熔融した。熔融後、熔融ガラスを鋳型に流し込み、ガラス転移温度付近まで放冷してから直ちにアニール炉に入れ、ガラスの転移温度範囲で約1時間アニール処理した後、炉内で室温まで放冷し光学ガラスNo.1〜3を得た。得られた光学ガラス中には、顕微鏡で観察できる結晶は析出しなかった。このようにして得られた光学ガラスの特性を表1に示す。
【0023】
【表1】

【0024】
なお、光学ガラスの諸特性は、以下に示す方法により測定した。
(1)屈折率nd、アッベ数νd
降温速度−30℃/時間で降温して得られたガラスについて、日本光学硝子工業会規格の屈折率測定法により、屈折率nd、アッベ数νdを測定した。
(2)ガラス転移温度Tg
株式会社リガク製の熱機械分析装置(TMA)を使用し、昇温速度を10℃/分にして測定した。
次に上記各光学ガラスが得られるように調合したガラス原料を熔融、清澄、均質化して熔融ガラスを作り、白金製のパイプから連続的に流出して鋳型に鋳込み、ガラスブロックに成形した後、アニールし、切断して複数個のガラス片を得た。これらガラス片をバレル研磨して上記各種ガラスからなるプレス成形用ガラスゴブを作製した。得られたガラスゴブの内部は光学的に均質であり、失透も認められなかった。
次にガラスゴブの表面に粉末状離型剤を均一に塗布してから大気中で加熱、軟化し、プレス成形型でプレス成形し、球面凸メニスカスレンズ、球面凹メニスカスレンズ、球面両凸レンズ、球面両凹レンズの各種レンズのブランクを作製した。このようにして上記各種光学ガラスからなるレンズブランクを作製した。
また、上記各熔融ガラスを流出し、シアを用いて熔融ガラス流を切断して熔融ガラス塊を分離し、プレス成形型を用いてプレス成形し、球面凸メニスカスレンズ、球面凹メニスカスレンズ、球面両凸レンズ、球面両凹レンズの各種レンズのブランクを作製した。このようにして上記各種ガラスからなるレンズブランクを作製した。得られたレンズブランクの内部は光学的に均質であり、失透も認められなかった。
このように作製したレンズブランクをアニールして歪を除くとともに屈折率を所望値に合わせた後、平面研削盤、カーブジェネレータ等の荒摺機を用いて平面研削、凸面・凹面研削、くり抜き研削等の作業を行った。目視、ダイヤルゲージ、リングゲージ等を用いて、荒摺加工後、形状検査を行い、所要の形状に加工されていることを確認したレンズブランクを精研削・砂かけ工程へ送った。
精研削・砂かけ工程では、メタル砥石、ダイヤモンドペレット、研削砂を用いてレンズブランクの表面を削り、レンズブランクを目的とする最終形状に加工した。精研削・砂かけ工程終了後、形状を検査したレンズブランクを研磨工程へ送った。研磨工程では、目的とするレンズの面を反転させた形状の曲面に扇形のウレタン樹脂を貼り付けた研磨皿とレンズブランクを炭酸塩溶液または硫酸塩溶液を添加したスラリーを供給しながら摺り合わせて、レンズの光学機能面に仕上げた。スラリーに添加した炭酸塩溶液、硫酸塩溶液を表2に示す。
【0025】
【表2】

【0026】
研磨工程終了後、心取りを行ったレンズを水で充分に洗浄し、乾燥させた後、形状を検査して所要のレンズが得られたことを確認した。
このようにして作製した球面凸メニスカスレンズ、球面凹メニスカスレンズ、球面両凸レンズ、球面両凹レンズなどの各種レンズを空気中に放置し、レンズ表面の変化を観察したところ、ヤケなどの変質は認められなかった。
なお、スラリーに炭酸塩や硫酸塩を添加する代わりに、研磨工程後にレンズを水で充分に洗浄し、乾燥させた後、炭酸ガスで満たされた容器の中に入れて3日間保持し、その後、空気中に放置し、レンズ表面の変化を観察したところ、ヤケなどの変質は認められなかった。炭酸ガスの代わりに、二酸化硫黄あるいは三酸化硫黄で満たされた容器の中に研磨レンズを3日間保持し、その後、空気中に放置しても、レンズ表面にヤケなどの変質は認められなかった。
このようにして得たレンズ表面に反射防止膜をコートした。
上記いずれの例においても、ガラス表面が硫酸イオン、炭酸イオンで修飾され、ガラス表面の耐候性能、耐アルカリ性、耐酸性、耐水性など化学耐久性が改善されている。
(実施例2)
研磨工程においてスラリーに炭酸塩溶液も硫酸塩溶液も添加せず、研磨工程終了後の洗浄工程における洗剤を使用した洗浄の後に、表2に示す炭酸塩溶液あるいは硫酸塩溶液(いずれの溶液ともスラリーを含まず)にレンズを浸漬した以外は、実施例1と同様にしてレンズを作製した。このようにして作製した球面凸メニスカスレンズ、球面凹メニスカスレンズ、球面両凸レンズ、球面両凹レンズなどの各種レンズを空気中に放置し、レンズ表面の変化を観察したところ、ヤケなどの変質は認められなかった。このようにガラス表面に硫酸塩、あるいは炭酸塩が生成し、ガラス表面の耐候性能、耐アルカリ性、耐酸性、耐水性など化学耐久性が改善されている。
(実施例3)
実施例2において、研磨工程終了後の洗浄工程における洗剤を使用した洗浄の前に、表2に示す炭酸塩溶液あるいは硫酸塩溶液(いずれの溶液ともスラリーを含まず)にレンズを浸漬しても、同様の効果を得ることができる。
[比較例]
研磨工程においてスラリーに炭酸塩溶液も硫酸塩溶液も添加せず、研磨工程終了後、炭酸ガスで満たされた容器にも入れない点を除き、実施例と同様にしてレンズを作製した。得られたレンズを水で充分に洗浄し、乾燥させた後、空気中に放置したところ、レンズ表面にヤケ(変質層)が生じた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガラス成分としてアルカリ土類金属を含有するガラスの研磨、または洗浄において、前記ガラスの表面を硫酸イオン及び/または炭酸イオンで修飾することを特徴とするガラスの耐候性能向上法。
【請求項2】
ガラス成分としてアルカリ土類金属を含有するガラスの研磨方法において、
硫酸イオン及び/または炭酸イオンを含有した研磨液を用いることを特徴とするガラスの研磨方法。
【請求項3】
研磨後のガラスであって、ガラス成分としてアルカリ土類金属を含有するガラスを硫酸イオン及び/または炭酸イオンを含有した溶液に浸漬して前記ガラスの表面に硫酸塩及び/または炭酸塩を生成させることを特徴とするガラス表面処理方法。
【請求項4】
ガラス成分としてアルカリ土類金属を含有するガラスを洗剤による洗浄前または洗浄後に、硫酸イオン及び/または炭酸イオンを含有した溶液に浸漬し前記ガラスの表面に炭酸塩及び/または硫酸塩を生成させることを特徴とするガラス洗浄方法。
【請求項5】
ガラス成分としてアルカリ土類を含有するガラスを二酸化硫黄、三酸化硫黄、炭酸ガスからなる群から選ばれる一種以上のガス雰囲気下におくことを特徴とするガラスの化学的耐久性向上法。
【請求項6】
アルカリ土類金属を含有するガラスが光学素子である請求項1ないし5に記載される方法。
【請求項7】
ガラス成分としてアルカリ土類金属を含有する光学ガラスを用いて光学素子を作製する光学素子の製造方法において、
前記光学素子の製造方法における工程に、請求項6に記載される方法を含むことを特徴とする光学素子の製造方法。

【公開番号】特開2012−91952(P2012−91952A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−239380(P2010−239380)
【出願日】平成22年10月26日(2010.10.26)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】