説明

キネマティックGPSを活用した計器校正飛行試験方法

【課題】高高度領域の航空機の幾何高度を精密かつ簡易に測定して当該航空機の計器を校正する試験方法を提供する。
【解決手段】(3)飛行試験場所近傍に座標の確定した基準点を設け、ここと航空機の双方にK-GPS受信装置を装備する。(5)基準点の地上気圧(P0)及び地上気温(T0)を測定する。(6)航空機の幾何高度をK-GPS受信装置で計測する。(7)航空機と基準点の各幾何高度の差から求めた航空機の幾何高度(H)、地上気圧(P0)及び地上気温(T0)を次式(A)に代入して、飛行高度の大気気圧(P)を換算し、(8)大気気圧Pで航空機搭載ADCの大気気圧を校正して計測誤差等を補正する。P=P0×{1−0.0065H/(273.15+T0)}5.256…(A)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、航空機に搭載されて計器に気圧情報を提供するADC(Air Data Computer) を飛行高度において校正する計器校正試験のため、キネマティックGPS(Global Positioning System) を使用して基線解析法により当該航空機の飛行高度を幾何学的に計測し、当該飛行高度における気圧を正確に求めることができるキネマティックGPSを活用した計器校正飛行試験方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、航空機の高度計や速度計は、航空機に搭載されているADC(Air Data Computer) から気圧情報を供給されて機能しているが、このADCの気圧情報の校正は、当該航空機の飛行高度に基づいて行なうことができる。例えば、従来の小型航空機の計器校正飛行試験においては、光学計測用セオドライト板を使用して飛行高度を計測し、これを大気気圧に換算するタワーフライバイ法が実施されている。この方法は、低高度領域(例えば100ft〜300ft、約35m〜100m)で飛行試験が実施可能な小型機に適応される試験方法として知られている。
【0003】
ところが、大型機の計器校正試験は、エンジンからの排気の地上への影響、騒音、また緊急時の回避高度等の関係から、小型機よりも高高度領域(例えば1000ft〜1500ft、約350m〜500m)で実施する必要がある。このような高高度領域にある航空機に対して、従来の光学計測を使用したタワーフライバイ法を適用すると、光学計測距離の伸張及び仰角による誤差が加算され得るため、幾何高度の計測誤差が大きくなる可能性がある。このため、タワーフライバイ法は大型機の計器校正試験には適用が困難であると考えられる。
【0004】
大型機の計器校正試験のために、大型機の飛行試験高度の大気気圧を直接計測する方法として、試験航空機で静圧ピトー管を曳航する方法や、気球に気圧計を装着して航空機近傍に展張する方法が知られているが、試験準備や試験実施に膨大な経費等が必要となる。また、試験設備も大規模になる可能性があるため、これらは現実的に適当な手法とはいえない。
【0005】
このような事情から、特に大型機の計器校正試験のために、精度が高く、かつ簡易に実施可能な計器校正飛行試験方法が必要とされていた。
【0006】
このように移動体の幾何位置高度を高精度かつ簡易に計測する手段としては、GPSを使用する方法も提案されているが、従来のGPS測位である単独測位や相対測位のデファレンシャルGPSでは、位置精度や基準局の補正等の問題が懸念されるため、航空機のような高速移動体に搭載して飛行高度を幾何位置高度として測定する目的には適切ではなかった。
【0007】
例えば、移動体に搭載し、相応の精度を有する幾何位置高度を簡易に測定できる手段として、下記特許文献1には、リアルタイムキネマティックGPSを使用して幾何位置高度を測量する方法が提案されているが、これは航空機のような高速移動体とは異なる船舶のような低速の移動体を対象とし、基準局と移動局(船舶)の位置データと位相カウントにより移動局の位置データを測量する方法であり、短時間で計測を行なう航空機のような高速移動体には適していないと考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平10−48321号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、前述した従来の技術を踏まえてなされたものであり、高速移動体である航空機を対象とし、特に高高度領域における航空機の幾何高度を精密かつ簡易に測定して当該幾何高度における航空機の計器を校正する試験方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
請求項1に記載されたキネマティックGPSを活用した計器校正飛行試験方法は、
飛行試験実施場所の近傍で座標が既知の地上計測基準点に設けた第1のキネマティックGPS受信装置と、飛行試験実施場所で飛行中の航空機に設けた第2のキネマティックGPS受信装置によって、同一の衛星からの送信電波を互いに同期してそれぞれ受信し、
前記第1のキネマティックGPS受信装置と前記第2のキネマティックGPS受信装置がそれぞれ受信した送信電波の搬送波の各位相角から、前記地上計測基準点と前記航空機の前記衛星に関する行路差を求め、基線解析法により前記航空機の基線長を算出して前記航空機の幾何高度Hを求め、
前記地上計測基準点の地上気圧P0 及び地上気温T0 を測定し、
前記地上気圧P0 と、前記地上気温T0 と、前記航空機の幾何高度Hから、下記式(A)に示す大気気圧逓減校正式によって前記航空機の幾何高度Hにおける大気気圧Pを算出し、
前記航空機に搭載された計器の誤差を補正するために、前記航空機に搭載されて前記計器に気圧情報を提供するADCの大気気圧P’を幾何高度Hにおける前記大気気圧Pで校正することを特徴としている。
P=P0 ×{1−0.0065H/(273.15+T0 )}5.256 …(A)
【0011】
請求項2に記載された発明は、請求項1記載のキネマティックGPSを活用した計器校正飛行試験方法において、
前記地上計測基準点を、国土交通省電子基準点を基にして飛行試験実施場所の近傍に任意に設定することを特徴としている。
【発明の効果】
【0012】
飛行試験実施場所の近傍に座標が既知の地上計測基準点を設けることによって航空機との基線長を可及的に短縮化して測定精度の向上を図り、さらに従来に比較して特に高速移動体についての計測精度が高いキネマティックGPSを利用してGPS衛星に関する地上計測基準点と航空機の行路差を計測し、得られたデータを基線解析法(RTD:Real Time Dynamics) で解析することにより地上計測基準点から航空機への基線長を短時間の計測で高精度に算出し、地上計測基準点の近傍上空にある航空機の幾何高度を精密に測定できる。さらに、大気気圧逓減計算式を用いて航空機の幾何高度での大気気圧を換算算出するにあたり、飛行試験実施場所の近傍である地上計測基準点で地上気圧及び地上気温を測定し、これを換算の基礎に用いることにより精度を高めているので、航空機の幾何高度における大気気圧を高精度で算出することができ、航空機に装備されたADCの補正を従来より簡易に、かつより高精度で実施することができる。これにより、低高度領域から高高度領域(500〜1,500ft)に至るまで、航空機の幾何高度計測が可能となり、短時間で高精度に計器校正飛行試験を行なうことが可能となった。
【0013】
また、地上計測基準点は、国土交通省電子基準点を基にして飛行試験を実施しようとする場所の近傍に任意に設定できるので、計器校正飛行試験を実施するに際して試験場所の制約が少なくなり便利である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】キネマティックGPSを活用した相対測位の原理を説明するための原理図である。
【図2】本発明に係るキネマティックGPSを活用した計器校正飛行試験方法を実施するための構成を示すブロック図である。
【図3】本発明に係るキネマティックGPSを活用した計器校正飛行試験方法を実施するための構成を示す全体概念図である。
【図4】本発明に係るキネマティックGPSを活用した計器校正飛行試験方法を実施する手順を示す流れ図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
最初に本発明の試験方法で採用されているGPSによる測位の原理を説明する。
本発明におけるキネマティックGPS測位は受信機間の相対位置を決定する干渉測位である。図1に示すように、キネマティックGPS測位では、基準局にある受信機100と、移動局(図示の航空機101)にある受信機から、ある衛星Sまでの距離の差(行路差)を搬送波の位相を使用して求め、後述する基線解析法により基線長を決定する。これにより、受信機100と航空機101の間の距離と、受信機100から航空機101への方位が測定され、移動局(航空機)の座標が確定する。試験中は、各受信機ではそれぞれの搬送波の位相角を測定しておき、基線解析法によるデータの解析は両受信機のデータを用いて後で行なう。
【0016】
前述した行路差Lは、下記式(2)により、波長の整数個分の長さと位相角θに相当する端数分の長さの和として算出される。
L=(N+θ)×19cm …(2)
N:整数値バイアス
【0017】
前記行路差L及び前記基線長は基線解析法により求められる。基線解析法は、観測点間の幾何学的な位置関係を求める計算手法であり、上述した基準局100と移動局(航空機101)のように観測点が2点であれば、2点間の基線長(2点間の距離だけでなく方位も含む)を求めて両点の位置関係を算出することができる。
【0018】
次に、本発明の計器校正飛行試験方法を実施するための構成を、図2を参照して説明する。
航空機1と、飛行試験実施場所の近傍に設定した地上の地上計測基準点2(国土交通省の電子基準点を基準として基線長が測定され、座標は既知である。)には、それぞれキネマティックGPS(K−GPS)受信装置3、3が装備される。K−GPS受信装置3は、GPS衛星からの電波を受信するK−GPSアンテナ4及びK−GPS受信機5と、受信したデータを保存に適当なフォーマットに変換するデータロガー6と、データを保存するメモリ7とを備えている。K−GPS受信装置3は、GPS衛星からの搬送波の位相角を受信してメモリ7に記憶しておき、これらのデータは後で演算装置10に入力されて解析され、航空機位置諸元が算出される。この演算装置10には、GPS衛星位置情報と、電子基準点位置情報とが与えられるが、電子基準点位置情報は地上の地上計測基準点2を設定する段階で校正に利用する。なお、GPS衛星位置情報と電子基準点位置情報は、汎用のデータフォーマットであるRINEX (ライネックス)フォーマットで与えられ、解析に用いられる。
【0019】
次に、本発明の計器校正飛行試験方法の実施手順について図3及び図4を参照して説明する。なお、以下の説明にはかっこ付き番号を付し、図3及び図4中の箇所で説明と対応する部分には同じかっこ付き番号を付するものとする。
【0020】
(1) 飛行試験を計画するにあたり、キネマティックGPS受信装置3を試験航空機(以下航空機1と称する。)に搭載する場合の電磁干渉等の適合性を確認する。
【0021】
(2) 飛行試験実施場所におけるGPS衛星の配置状況、受信衛星数を確認する。
【0022】
(3) 飛行試験実施場所の近傍に地上計測基準点2を設ける。この地上計測基準点2と、後述するように航空機1の双方に、K−GPS受信装置3を装備する。
【0023】
(4) 地上計測基準点2と国土交通省電子基準点の基線長測定を行なう。すなわち、電子基準点を基準とした地上計測基準点2の基線長を測定し、地上計測基準点2の座標(幾何高度を含む)を確定する。
【0024】
(5) 地上計測基準点2のK−GPS受信装置3が設置された位置において、気圧計及び温度計により地上気圧(P0 )及び地上気温(T0 )を測定する。
【0025】
(6) 航空機1にキネマティックGPS受信装置3を搭載し、定常状態にて地上計測基準点2の近傍上空を飛行し、試験実施飛行高度における幾何高度を計測し、幾何高度のばらつき度を考慮し、平均値を測定値とする。この幾何高度は、飛行している当該航空機1の実際の幾何高度である。
【0026】
(7) (6) でキネマティックGPS受信装置3で測定した航空機1の幾何高度と、(4) で測定した地上計測基準点2の幾何高度の差から、航空機1の幾何高度(H)を求める。この幾何高度(H)と、地上気圧(P0 )及び地上温度(T0 )とを、次式の大気気圧逓減計算式に代入して、飛行高度における大気気圧(P)を換算する。
P=P0 ×{1−0.0065H/(273.15+T0 )}5.256 …(A)
P:大気気圧[hPa] P0 :地上気圧[hPa]
H:幾何高度[m] T0 :地上温度[℃]
【0027】
(8) 大気気圧逓減計算式(A)から得られたキネマティックGPS計測大気気圧である大気気圧(P)を用いて、航空機1に搭載したADCの大気気圧(P' )を校正し、ADCの計測誤差等を補正する。これによって航空機1の計器校正が行なわれる。
【0028】
以上説明したように、本発明の方法によれば、飛行試験実施場所になるべく近い位置に座標が既知の地上計測基準点を設けて航空機との距離を可能な限り短縮化し、さらに特に高速移動体についての計測精度が高いキネマティックGPSを用いて基線解析法により航空機の幾何高度を測定し、さらにまた大気気圧逓減計算式を用いて航空機の幾何高度での大気気圧を換算算出するにあたり、飛行試験実施場所の近傍である地上計測基準点で地上気圧及び地上気温を測定し、これを換算の基礎に用いている。従って、本方法によれば、航空機の幾何高度を短時間で高精度に測定でき、航空機の幾何高度における大気気圧を高精度で換算・算出することができ、これによって航空機に装備されたADCの補正を従来より簡易に、かつより高精度で実施することができる。このため、低高度領域から高高度領域(500〜1,500ft)に至るまで、航空機の幾何高度計測が可能となり、短時間で高精度に計器校正飛行試験を行なうことが可能となった。
【符号の説明】
【0029】
1…移動局としての航空機
2…地上計測基準点
3…キネマティックGPS受信装置(K−GPS受信装置)
10…演算装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
飛行試験実施場所の近傍で座標が既知の地上計測基準点に設けた第1のキネマティックGPS受信装置と、飛行試験実施場所で飛行中の航空機に設けた第2のキネマティックGPS受信装置によって、同一の衛星からの送信電波を互いに同期してそれぞれ受信し、
前記第1のキネマティックGPS受信装置と前記第2のキネマティックGPS受信装置がそれぞれ受信した送信電波の搬送波の各位相角から、前記地上計測基準点と前記航空機の前記衛星に関する行路差を求め、基線解析法により前記航空機の基線長を算出して前記航空機の幾何高度Hを求め、
前記地上計測基準点の地上気圧P0 及び地上気温T0 を測定し、
前記地上気圧P0 と、前記地上気温T0 と、前記航空機の幾何高度Hから、下記式(A)に示す大気気圧逓減校正式によって前記航空機の幾何高度Hにおける大気気圧Pを算出し、
前記航空機に搭載された計器の誤差を補正するために、前記航空機に搭載されて前記計器に気圧情報を提供するADCの大気気圧P’を幾何高度Hにおける前記大気気圧Pで校正することを特徴とするキネマティックGPSを活用した計器校正飛行試験方法。
P=P0 ×{1−0.0065H/(273.15+T0 )}5.256 …(A)
【請求項2】
前記地上計測基準点は、国土交通省電子基準点を基にして飛行試験実施場所の近傍に任意に設定することを特徴とする請求項1記載のキネマティックGPSを活用した計器校正飛行試験方法。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−164473(P2010−164473A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−7758(P2009−7758)
【出願日】平成21年1月16日(2009.1.16)
【出願人】(390014306)防衛省技術研究本部長 (169)
【Fターム(参考)】