説明

キレート形成性繊維およびその製法、並びにその利用法

【課題】 金属や類金属に対して優れたキレート捕捉能を有し、焼却処理などが容易で簡単かつ安全な方法で安価に製造することのできる新たなキレート形成性繊維を提供するとともに、その製法と利用法を開発すること。
【解決手段】 繊維分子中に、下記式(1)で示される基を有し、金属あるいは類金属元素とのキレート形成能を与えたキレート形成性繊維、とその製法並びに該繊維を用いた金属あるいは類金属の捕捉法を開示する。


[式中、R1は水素原子、炭素数1〜4のアルキル基、ヒドロキシエチル基、またはヒドロキシプロピル基、R2は炭素数1〜4のアルキル基、ヒドロキシエチル基、またはヒドロキシプロピル基を表し、R1とR2とは同一もしくは異なる基であってもよい]

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、金属あるいは類金属とのキレート形成能を有する新規な繊維とその製法、並びにその利用法に関し、この繊維は、例えば水中に微量存在する銅、ニッケル、鉄等の金属イオン、あるいはホウ素等の類金属を選択的に効率よく吸着する性能を有しており、工業用水や農業用水の浄化、空気の清浄化、更には資源の回収などとして、工業的に幅広く活用することができ、また該繊維が金属あるいは類金属とキレート結合したキレート繊維は、キレート結合した該金属あるいは類金属の活性を利用して、各種の触媒、防カビ剤、抗菌・殺菌剤、静電気防止材、電磁波シールド材、光遮蔽材、着色衣料・装飾品、肥料、金属防錆剤等として活用できる。
【0002】
【従来の技術】産業排水には様々の有害イオンが含まれていることがあり、環境汚染防止の観点からそれら金属イオンは、排水処理によって十分に除去することが必要とされる。また河川や地下水中に含まれる重金属成分も人体に悪影響を及ぼすので、これらを飲料水や食品加工用水などとして利用するに当たっては十分に配慮しなければならない。更に、食用油や食品加工油などを製造する際に水素化触媒等として混入してくる可能性のある金属も、保存安定性や人体に悪影響を及ぼすため可及的に除去する必要がある。
【0003】またホウ素などの類金属や類金属化合物も自然界に広く分布しているが、例えばホウ素は平成11年2月に新たに環境基準物質に設定されるなど、その有害性が注目されている。
【0004】他方、ホウ素やその化合物は超電導材料、半導体材料、中性子吸収材料など、現在の先端産業を支える新素材の開発に極めて重要な成分であり、各国でホウ素資源の開発も積極的に進められている。
【0005】本発明は上記の様な状況の下で、これら金属イオンや類金属イオンおよびそれらの化合物を、水あるいは食用油等の被処理液から効率よく捕捉・除去し、清浄化あるいは回収することのできるキレート形成性繊維を提供し、更には、該キレート形成性繊維を用いて水や油などの被処理液を清浄化することのできる技術の開発を期してかねてより研究を進めてきた。
【0006】従来から、用排水等の中に含まれる有害金属イオンの除去あるいは有益金属イオンの捕捉にはイオン交換樹脂が広く利用されているが、低濃度の金属イオンを選択的に吸着し分離する効果は必ずしも満足し得るものとは言えない。
【0007】また、金属イオンあるいは類金属イオンとの間でキレートを形成してこれらを選択的に捕捉する性質をもったキレート樹脂は、金属イオンあるいは類金属イオンに対して優れた選択捕捉性を有しているので、水処理分野などで利用されている。しかしながら、キレート樹脂の大半は単純にキレート形成性官能基を導入したものであって、必ずしも満足のいくキレート形成能を示すものとはいえない。
【0008】また通常のイオン交換樹脂やキレート樹脂は、ジビニルベンゼン等の架橋剤によって剛直な三次元構造が与えられたビーズ状であり、樹脂内部への金属イオンや再生剤の拡散速度が遅いため、処理効率にも問題がある。更に、再生せずに使い捨てにするタイプのものでは、焼却処分が困難であるため、使用済み樹脂を如何に減容するかも大きな問題となってくる。
【0009】こうしたビーズ状キレート樹脂の問題点を解消するものとして、繊維状あるいはシート状のキレート材が提案されている(特開平7−10925号)。この繊維状あるいはシート状のキレート材は、比表面積が大きく、金属イオンあるいは類金属イオンの吸・脱着点となるキレート形成性官能基が表面に存在するため、吸・脱着効率が高められ、更には焼却処分等も容易に行なえるなど、多くの利点を有している。しかしながら、該繊維状あるいはシート状のキレート材は、その製造法が煩雑であり、また電離性放射線を用いた方法を採用しなければならないため、設備面、安全性、製造コスト等の点で多くの問題が指摘される。
【0010】本発明者らはこうした状況の下で、金属あるいは類金属に対して優れた捕捉性能を有している他、焼却処理などが容易であり且つ簡単かつ安全な方法で安価に製造し得る様な繊維状のキレート材の開発を期してかねてより研究を進めており、こうした研究の一環として、先にWO98/42910号に開示のキレート形成性繊維を提供した。
【0011】該公報に開示されたキレート形成性繊維は、繊維分子中に下記一般式(3)で示されるキレート形成性官能基を導入したもので、該官能基は金属や類金属に対して優れたキレート形成能を有し、且つ該官能基が繊維分子の表面に導入されており、その実質的に全てが金属や類金属のキレート捕捉に有効に作用することから、キレート捕捉材として極めて有用である。


[式中、Gは糖アルコール残基または多価アルコール残基、Rは水素原子、(低級)アルキル基または−G(Gは上記と同じ意味を表わし、上記Gと同一もしくは異なる基であってもよい)を表わす]。
【0012】本発明者らは上記公報に開示した様な繊維状キレート形成材の基本思想を活かし、これと同程度もしくはこれを上回るキレート捕捉能を有する新たなキレート形成性繊維の開発を期してその後も引き続いて研究を進めている。
【0013】
【発明が解決しようとする課題】本発明は上記の様な状況の下でなされたものであり、その課題は、新たなキレート形成性官能基を繊維分子中に導入することによって、金属や類金属に対して上記公報に開示したキレート形成性繊維に優るとも劣らないキレート捕捉能を有し、焼却処理などが容易で簡単かつ安全な方法で安価に製造することのできる新たなキレート形成性繊維を提供し、更にはその様なキレート形成性繊維を、簡単且つ安全に効率よく製造することのできる方法を提供することにある。また本発明の更に他の目的は、水中や空気中に微量含まれる金属あるいは類金属を簡単な方法で効率よく捕捉することのできる方法を提供し、加えて、該キレート形成性繊維の表面に様々の金属あるいは類金属をキレート結合させ、該金属および/または類金属の触媒活性や抗菌活性等を有効に活用できる様にした金属および/または類金属キレート繊維を提供することにある。
【0014】
【課題を解決するための手段】上記課題を解決することのできた本発明に係るキレート形成性繊維とは、繊維分子中に下記式(1)で示される基を有し、金属あるいは類金属元素とのキレート形成能を有しているところに要旨がある。


[式中、R1は水素原子、炭素数1〜4のアルキル基、ヒドロキシエチル基、またはヒドロキシプロピル基、R2は炭素数1〜4のアルキル基、ヒドロキシエチル基、またはヒドロキシプロピル基を表し、R1とR2とは同一もしくは異なる基であってもよい]
その中でも好ましいのは、前記式(1)中のR1が水素原子、メチル基あるいはヒドロキシエチル基であり、R2がヒドロキシエチル基である。
【0015】これら金属あるいは類金属元素とのキレート形成能を与えるために繊維分子中に導入される好ましい基は、繊維分子中の反応性官能基(ヒドロキシル基、アミノ基、イミノ基、アルデヒド基、カルボキシル基、チオール基など)等に直接結合していてもよく、あるいは架橋剤を介して間接的に結合していても構わない。またベースとなる繊維としては、天然繊維、再生繊維、合成繊維のいずれも使用可能であるが、上記の様なキレート形成能を有する基を効率よく導入するうえで特に好ましいのは天然繊維もしくは再生繊維であり、中でも繊維の強度、安定性等を考慮して最も好ましいのはセルロース系繊維である。
【0016】また本発明にかかるキレート形成性繊維の製法とは、繊維分子中の反応性官能基に、下記式(2)で示されるアミノ化合物を直接反応させ、

あるいは、繊維分子中の反応性官能基に、分子中にエポキシ基、反応性二重結合、ハロゲン基、酸無水物基から選ばれる2個以上の官能基を有する化合物を反応させた後、前記式(2)で示されるアミノ化合物を反応させるところに特徴を有している。ここで用いられるアミノ化合物としては、金属あるいは類金属とのキレート形成能、繊維分子との反応性、コスト等を総合的に考えて最も実用的なのはジエタノールアミン、モノエタノールアミン、N−メチルエタノールアミンである。
【0017】また本発明の更に他の構成は、前記キレート形成性繊維を使用し、銅、ニッケル、鉄などの金属あるいはホウ素などの類金属を捕捉するところに特徴があり、この場合、該キレート形成性繊維を、金属あるいは類金属を含む液と接触させることによって該液中の金属あるいは類金属を捕捉し、あるいは該キレート形成性繊維を、金属あるいは類金属を含む気体と接触させることによって該気体中の金属あるいは類金属を捕捉する方法が採用できる。また、上記キレート形成性繊維が金属あるいは類金属とキレート結合したキレート繊維は、当該金属あるいは類金属の種類に応じて触媒活性や抗菌活性などを示すものとなるので、該金属あるいは類金属キレート繊維も本発明の範囲に含まれる。
【0018】
【発明の実施の形態】本発明のキレート形成性繊維は、上記の様に、繊維の分子中に前記式(1)で示される基を導入することによって、金属あるいは類金属とのキレート形成能を与えたところに特徴を有している。
【0019】即ち本発明では、前記式(1)で示される基を導入することにより、金属あるいは類金属に対して優れたキレート形成能を与えることができ、それにより金属あるいは類金属を効果的に捕捉することが可能となる。
【0020】本発明で、キレート形成能が付与されるベース繊維の種類は特に制限されず、例えば綿、麻などを始めとする種々の植物繊維;絹、羊毛などを始めとする種々の動物性繊維;ビスコースレーヨンなどを始めとする種々の再生繊維;ポリアミド、アクリル、ポリエステルなどを始めとする様々の合成繊維を使用することができ、これらの繊維は必要に応じて各種の変性を加えたものであっても構わない。
【0021】これらベース繊維の中でも特に好ましいのは、繊維分子中にヒドロキシル基やアミノ基などの反応性官能基を有する植物性繊維や動物性繊維、再生繊維であり、更に繊維の安定性、強度を考慮して、最も好ましいのはセルロース系繊維である。これらの繊維であれば、該繊維分子中の反応性官能基を利用して前記式(1)で示される基を容易に導入することができるので好ましい。もっとも、原料繊維自体が反応性官能基を有していない場合であっても、これを酸化など任意の手段で変性して繊維分子中に反応性官能基を導入し、この官能基を利用して前述の様な基を導入することも可能である。
【0022】上記ベース繊維の形状にも格別の制限はなく、長繊維のモノフィラメント、マルチフィラメント、短繊維の紡績糸あるいはこれらを織物状もしくは編物状に製織もしくは製編した布帛、更には不織布であってもよい。また、2種以上の繊維を複合もしくは混紡した繊維や織・編物を使用することもできる。
【0023】更に被処理流体との接触効率を上げるため、上記基材繊維を短繊維状の粉末あるいはフィルター状の素材として使用することも有効である。
【0024】ここで用いられる短繊維状粉末の好ましい形状は、長さ0.01〜5mm、好ましくは0.03〜3mmで、単繊維径が1〜50μm程度、好ましくは5〜30μmであり、アスペクト比としては1〜600程度、好ましくは1〜100程度のものである。
【0025】この様な短繊維状の粉末素材を使用すれば、金属イオンあるいは類金属イオンを含む水性あるいは油性液に該短繊維粉末状のキレート形成性繊維を添加して攪拌し、通常の濾過処理を行うという非常に簡単な方法で、且つ短時間の処理で被処理流体中に含まれる金属イオンあるいは類金属イオンを効率よく捕捉して清浄化することができる。また場合によっては、該短繊維粉末状のキレート形成性繊維をカラム等に充填して被処理流体を通過させることによっても、同様の金属イオンあるいは類金属イオン捕捉効果を得ることができる。また短繊維状の粉末素材に、前述した様な方法でキレート形成性官能基を導入してから成形等の加工を行なえば、キレート捕捉能を有する濾過材を容易に得ることができる。
【0026】更に、この様にして得られる短繊維粉末状のキレート形成性繊維に銅、銀、亜鉛の如き殺菌作用を有する金属を捕捉させた金属キレート繊維は、樹脂等に練り込んで消臭・脱臭・防カビ性や抗菌性、殺菌性を付与することができ、また鉄等の酸化還元作用を有する金属イオンを捕捉させた金属キレート繊維は、各種反応の触媒として使用することも可能である。
【0027】またフィルター状の素材も格別特殊なものではなく、その用途に応じて任意の繊維間隙を有する織・編物もしくは不織布などからなる単層もしくは複層構造のマット状に成形して適当な支持体に組み付けた構造、あるいは通液性支持筒の外周側に紐状の繊維を綾巻状に複数層巻回した構造、または同繊維からなる織・編物もしくは不織布シートをプリーツ状に折り曲げて支持部材に装着した構造、同繊維を用いて作製した織・編物や不織布を袋状に成形したバグフィルタータイプなど、公知のあらゆる形態のものが使用できる。
【0028】これらフィルター状の素材を使用する場合も、該フィルター状の繊維素材に直接あるいは架橋剤を反応させた後、前記式(1)で示される基を導入し、これを上記の様なフィルター状に加工して使用すればよいが、この他、上記繊維素材をフィルター状に加工してフィルター装置内へ組み込み、該装置内に組込まれた繊維フィルターに直接あるいは架橋剤を反応させた後、前記式(2)で示されるアミノ化合物を含む処理液と接触させることにより、繊維フィルターに事後的にキレート形成性官能基を導入することも可能である。
【0029】この様に、フィルター状の繊維素材にキレート形成性官能基を導入すれば、キレート捕捉能と不溶性夾雑物捕捉能を併せ持ったフィルターを得ることができ、被処理液や被処理ガス中に含まれる不溶性夾雑物の大きさに応じた網目サイズとなる様に繊維密度を調整した繊維素材を使用すれば、被処理液や被処理ガスが該フィルターを通過する際に、該被処理液や被処理ガス中に含まれる金属イオンや類金属イオンがキレート形成性官能基によって捕捉されると共に、不溶性夾雑物は該フィルターの網目によって通過を阻止され、金属イオンあるいは類金属イオンと不溶性介在物の除去を同時に行なうことが可能となる。
【0030】このとき、使用する繊維素材の太さや織・編密度、積層数や積層密度などを調整し、また紐状のキレート形成性繊維を複数層に巻回してフィルターとする場合は、巻回の密度や層厚、巻回張力などを調整することによって、繊維間隙間を任意に調整できるので、被処理流体中に混入している不溶性夾雑物の粒径に応じて該繊維間隙間を調整すれば、必要に応じた清浄化性能を持ったフィルターを得ることができる。
【0031】本発明において上記ベース繊維と反応させる前記式(2)で示されるアミノ化合物としては、例えば各種アミンにエチレンオキサイドあるいはプロピレンオキサイドを付加させたものを用いることができるが、金属あるいは類金属とのキレート形成能、繊維分子との反応性、コスト等を総合的に考えて最も実用的なのはジエタノールアミン、モノエタノールアミン、N−メチルエタノールアミンである。
【0032】これらキレート形成能を与えるため繊維分子中に導入される基は、繊維分子中の反応性官能基(例えば、ヒドロキシル基、アミノ基、イミノ基、カルボキシル基、アルデヒド基、チオール基など)等に直接結合していてもよく、あるいは架橋剤を介して間接的に結合していても構わないが、繊維分子への導入の容易性を考えると、後述する様な架橋剤を介して間接的に導入したものが、実用性の高いものとして推奨される。
【0033】また本発明にかかるキレート形成性繊維を製造する方法としては、繊維分子が元々有している前述の様な反応性官能基もしくは変性によって導入した反応性官能基に、前記式(2)で示されるアミノ化合物を直接反応させ、あるいは、該反応性官能基に、架橋剤として分子中にエポキシ基、反応性二重結合、ハロゲン基、酸無水物から選ばれる2個以上の官能基を有するを反応させた後、前記式(2)で示されるアミノ化合物を反応させる方法が採用される。
【0034】例えば、繊維分子中にカルボキシル基やカルボキシル基等を有している場合は、これに前記式(2)で示されるアミノ化合物を直接反応させ、これを繊維分子にペンダント状に導入することができ、この場合の代表的な反応を例示すると下記の通りである。
【0035】
【化1】


【0036】また繊維分子中の反応性官能基と前記式(2)で示されるアミノ化合物との反応性が乏しい場合は、繊維に先ず架橋剤を反応させることによって、前記式(2)で示されるアミノ化合物との反応性の高い官能基をペンダント状に導入し、次いでこの官能基に前記式(2)で示されるアミノ化合物を反応させることによって、キレート形成能を有する基をペンダント状に導入することができる。特に後者の方法を採用すれば、繊維に対する架橋剤および前記式(2)で示されるアミノ化合物の使用量を調整することによって、使用目的に応じた金属あるいは類金属捕捉能(即ち、キレート形成能を有する基の導入量)を任意に制御することができるので好ましい。
【0037】ここで用いられる好ましい架橋剤としては、分子中にエポキシ基、反応性二重結合、ハロゲン基、酸無水物、アルデヒド基、カルボキシル基、イソシアネート基などを2個以上、好ましくは2個有する化合物が挙げられ、好ましい架橋剤の具体例としては、グリシジルメタクリレート、グリシジルアクリレート、アリルグリシジルエーテル、グリシジルソルベート、エピクロルヒドリン、エピブロモヒドリン、エチレングリコールジグリシジルエーテル、ネオペンチルグリコールジグリシジルエーテル、グリセリンジグリシジルエーテル、ポリプロピレングリコールジグリシジルエーテル、無水マレイン酸、無水イタコン酸、無水アコニット酸、無水シトラコン酸、マレイン化メチルシクロヘキセン四塩基酸無水物、無水エンドメチレンテトラヒドロフタル酸、無水クロレンド酸、無水クロトン酸、無水アクリル酸、無水メタクリル酸、マレイン酸、こはく酸、アジピン酸、グリオキザール、グリオキシル酸、トリレンジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネートなどが例示され、繊維分子へ導入する際の反応効率やコスト等を考慮して、中でも特に好ましいのはメタクリル酸グリシジル、アクリル酸グリシジル、アリルグリシジルエーテル、エピクロルヒドリン、エチレングリコールジグリシジルエーテル、無水マレイン酸、無水イタコン酸等である。
【0038】上記の様な架橋剤を用いて、繊維分子中に前記式(2)で示されるアミノ化合物を導入する際の具体的な反応を例示すると、次の通りである。
【0039】
【化2】


【0040】これらの架橋剤を用いて前記式(1)で示される基を繊維に導入する際の反応は特に制限されないが、好ましい方法を挙げると、ベース繊維と前記架橋剤を水あるいはN,N’−ジメチルホルムアミドやジメチルスルホキシド等の極性溶媒中で、必要により反応触媒、乳化剤等を併用して、60〜100℃程度で30分〜数十時間程度反応させる方法であり、この反応により、架橋剤が繊維分子中の反応性官能基(例えば、ヒドロキシル基やアミノ基など)と反応して繊維と結合し、前記式(2)で示されるアミノ化合物と容易に反応する官能基を繊維分子中に導入することができる。次いで、該官能基を導入した繊維と前記式(2)で示されるアミノ化合物を、水やN,N’−ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド等の極性溶媒中で、必要により反応触媒を用いて60〜100℃で30分〜数十時間程度反応させると、前記式(2)で示されるアミノ化合物のアミノ基が架橋剤の反応性官能基(例えばエポキシ基やハロゲン基など)と反応し、金属あるいは類金属キレート形成能を有する基が繊維分子中にペンダント状に導入される。
【0041】この反応は、上記の様に通常は逐次的に行なわれるが、反応系によっては架橋剤と前記式(2)で示されるアミノ化合物を同時に共存させ、繊維に対して同時並行的に反応させることも可能である。この反応に使用するベース繊維としては、長繊維のモノフィラメント、マルチフィラメント、短繊維の紡績糸あるいはこれらを織物状もしくは編物状に製織もしくは製編した布帛、更には不織布等を任意に選択して使用することができ、また、2種以上の繊維を複合もしくは混紡した繊維や織・編物を使用し得ることは、先に説明した通りである。
【0042】ベース繊維に対する前記前記式(2)で示されるアミノ化合物の導入量は、ベース繊維分子中の反応性官能基の量を考慮し、その導入反応に用いるアミノ化合物の量、あるいは架橋剤とアミノ化合物の量や反応条件などによって任意に調整できるが、繊維に十分なキレート捕捉能を与えるには、下記式によって計算される置換率が10質量%程度以上、より好ましくは20質量%程度以上となる様に調整することが望ましい。
置換率(質量%)
=[(置換基導入後の繊維質量−置換基導入前の繊維質量)/ 置換基導入前の繊維質量]×100(ただし置換基とは、前記式(1)で示されるアミノ基を表わす)
【0043】金属あるいは類金属捕捉能を高めるうえでは、上記置換率は高い程好ましく、従って置換率の上限は特に規定されないが、置換率が高くなり過ぎると置換基導入繊維の結晶性が高くなって繊維が脆弱になる傾向があり、また濾材やフィルター等として金属あるいは類金属捕捉材に使用する際に圧力損失が高くなる傾向が生じてくるので、該捕捉材としての実用性や経済性などを総合的に考慮すると、置換率は130質量%程度以下、より好ましくは100質量%程度以下に抑えることが望ましい。ただし、繊維分子中の官能基や架橋剤の種類、あるいは用途等によっては、150〜200質量%といった高レベルの置換率とすることにより、金属あるいは類金属捕捉能を高めることも可能である。
【0044】上記の様にして得られるキレート形成性繊維は、用いるベース繊維の性状に応じてモノフィラメント状、マルチフィラメント状、紡績糸状、不織布状、繊維織・編物状など任意の性状のものとして得ることができるが、いずれにしても細径の繊維の分子表面に導入された前述のキレート形成性を有する基の実質的に全てが、金属あるいは類金属捕捉性能を有効に発揮するので、例えば顆粒状やフィルム状などの捕捉材に比べると非常に優れた捕捉能を発揮する。
【0045】従ってこの繊維を金属イオンあるいは類金属イオンを含む液や気体と接触させ、具体的には該繊維を任意の厚さで積層したり或はカラム内に充填して被処理液や被処理気体を通すと、被処理液や被処理気体中に含まれる該成分を選択的に捕捉することができる。
【0046】しかも、上記の様にして金属あるいは類金属を捕捉した繊維を、例えば塩酸や硫酸等の強酸水溶液で処理すると、キレートを形成して捕捉された該成分は簡単に離脱するので、こうした特性を利用すれば再生液から金属あるいは類金属を有価成分として有効に回収することも可能となる。
【0047】
【実施例】次に本発明の実施例を示すが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0048】実施例1蒸留水1000mlに、硫酸第一鉄アンモニウム6水和物0.025gを溶解後、綿糸(染色試材社製 40/1綿単糸晒品)50gを添加し、室温で30分撹拌後、メタクリル酸グリシジル50g、非イオン系界面活性剤(日本油脂社製ノニオン「OT−221」)1g、31%H22水0.81g、二酸化チオ尿素0.31gを添加し、60℃で1時間撹拌する。次いで、処理を終えた綿糸を蒸留水で洗浄し、脱液した後50℃で15時間乾燥することにより、グリシジルメタクリレートがグラフトしたグラフト繊維68.0gを得た。
【0049】次に、ジメチルスルホキシド350gと蒸留水350gの混合溶液にジエタノールアミン300gを溶解させた溶液に上記グラフト繊維を浸漬し、80℃で2時間加熱処理する。次いで十分に水洗し脱液した後、50℃で15時間乾燥することにより、キレート形成性繊維(キレート繊維A)78.2g(置換率:56.4質量%)を得た。
【0050】得られたキレート繊維Aの1gを、5mmol/リットルの硫酸アンモニウム鉄(III)水溶液1リットルに添加し、20℃で20時間攪拌した後、溶液中に残存する鉄イオンを定量することによって鉄捕捉能を調べたところ、キレート繊維Aの1g当たり0.6mmolの鉄捕捉能を発揮していることが確認された。
【0051】一方比較のため、上記キレート繊維Aに代えて、市販のビーズ状スチレンイミノジ酢酸系キレート樹脂(三菱化学社製商品名「ダイヤイオンCR11」)を使用した以外は上記と同様にして鉄捕捉能を調べたところ、該キレート樹脂1g(固形分換算)当たり0.4mmolの鉄捕捉能を発揮することが確認された。
【0052】また、上記キレート繊維Aの1gを、5mmol/リットルのホウ酸水溶液500mlに添加し、20℃で20時間攪拌した後、溶液中に残存するホウ素を定量することによってホウ素捕捉能を調べたところ、キレート繊維Aの1g当たり0.3mmolのホウ素捕捉能を発揮していることが確認された。
【0053】一方比較のため、キレート繊維Aに代えて、上記市販ビーズ状キレート樹脂を使用した以外は上記と同様にしてホウ素捕捉能を調べたが、ホウ素捕捉能は認められなかった。
【0054】(鉄イオン吸着速度試験)本発明のキレート繊維Aの鉄イオン吸着速度を確認するため、キレート繊維Aの1gを、鉄イオン濃度100ppmの硫酸アンモニウム鉄(III)水溶液1リットルに添加し、該溶液中の鉄イオン濃度の経時変化を調べた。
【0055】結果は図1に示す通りであり、市販のビーズ状キレート樹脂では、鉄捕捉性能が飽和するのに約4時間もかかるのに対し、本発明のキレート繊維Aを使用したときの鉄捕捉性能が飽和するのに要する時間は僅か1時間であり、本発明のキレート繊維Aは、従来のキレート樹脂に比べて、速度にして約4倍の鉄捕捉性能を有していることが分かる。
【0056】実施例2実施例1において、ジエタノールアミンに代えて、モノエタノールアミンを使用した以外は実施例1と同様にして、キレート形成性繊維(キレート繊維B)73.6g(置換率:47.2質量%)を得た。このキレート繊維Bを用いて実施例1と同様の吸着試験を行ったところ、キレート繊維Bの1g当たり、鉄0.5mmol、ホウ素0.1mmolの捕捉能を発揮することが確認された。
【0057】実施例3無水マレイン酸500gをN,N'−ジメチルホルムアミド1000mlに溶解した溶液に、綿糸10gを浸漬し、80℃で10時間加熱処理する。次いで、処理を終えた綿糸をアセトンおよび蒸留水で洗浄し、脱液した後40℃で15時間乾燥することにより、反応性二重結合の導入された繊維13.0gを得た。
【0058】次に蒸留水800mlにN−メチルエタノールアミン200gを溶解させた溶液に上記反応性二重結合の導入された繊維を浸漬し、25℃で20時間加熱処理する。次いで十分に水洗し脱液した後、50℃で15時間乾燥することにより、キレート形成性繊維(キレート繊維C)15.0g(置換率:50.0質量%)を得た。このキレート繊維Cを用いて実施例1と同様の吸着試験を行ったところ、キレート繊維Cの1g当たり、鉄0.5mmol、ホウ素0.1mmolの捕捉能を発揮することが確認された。
【0059】実施例4イソプロピルアルコール500mlに6匁付絹羽二重10g、エピクロルヒドリン6gを添加後、50℃で5時間加熱処理を行った。次いで、処理を終えた絹布をメタノールおよび蒸留水で洗浄し、脱液した後40℃で15時間乾燥することにより、ハロゲンの導入された繊維11.9gを得た。
【0060】次に蒸留水350mlにモノエタノールアミン150gを溶解させた溶液に上記ハロゲンの導入された繊維を浸漬し、80℃で5時間加熱処理する。次いで十分に水洗し脱液した後、50℃で15時間乾燥することにより、キレート形成性繊維(キレート繊維D)15.0g(置換率:50.0質量%)を得た。このキレート繊維Dを用いて実施例1と同様の吸着試験を行ったところ、キレート繊維Dの1g当たり、鉄0.4mmol、ホウ素0.15mmol、ゲルマニウム0.3mmolの捕捉能を発揮することが確認された。
【0061】実施例5蒸留水400mlに6匁付絹羽二重10g、エチレングリコールジグリシジルエーテル2gを添加し、70℃に加熱後、ジエタノールアミン30gを蒸留水70gに溶解させた溶液を1時間かけて滴下させ、更に70℃で2時間加熱処理する。次いで蒸留水とメタノールで十分に洗浄し脱液した後、50℃で15時間加熱処理することにより、キレート形成性繊維(キレート繊維E)12.9g(置換率29質量%)を得た。このキレート繊維Eを用いて実施例1と同様の吸着試験を行ったところ、キレート繊維Eの1g当たり、鉄0.4mmol、ホウ素0.1mmol、の捕捉能を発揮することが確認された。
【0062】
【発明の効果】本発明は以上の様に構成されており、金属イオンだけでなく類金属イオンに対しても捕捉能を有しているばかりでなく、捕捉速度も格段に優れており、従来のイオン交換樹脂やキレート樹脂に較べて用排水や空気(各種排ガス等を含む)中の金属あるいは類金属を極めて効率よく捕捉・除去することができ、それらの清浄化を極めて効果的に行なうことができる。しかも、該成分を捕捉した本発明のキレート形成性繊維は、酸水溶液による処理によって簡単に該成分を離脱するので、その再生が簡単で繰り返し使用できるばかりでなく、該成分の濃縮採取にも利用することができる。また不織布状もしくは布帛状等のキレート形成性繊維を使用すれば、これらをカートリッジ方式として交換その他の作業性を高めることも容易であり、更には繰り返し使用によって捕捉性能を失った場合は、通常の焼却炉などによって簡単に焼却処分することが可能である。
【0063】更に本発明の製法を採用すれば、電離性放射線など特別の装置や処理をせずとも、水や汎用の極性溶媒中での加熱処理といった簡単な方法で、安全且つ簡単に高性能のキレート形成性繊維を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】実施例1で得たキレート繊維Aと市販のビーズ状キレート樹脂を用いた鉄イオンの捕捉速度を対比して示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 繊維分子中に、下記式(1)で示される基を有し、金属あるいは類金属元素とのキレート形成能を有することを特徴とするキレート形成性繊維。


[式中、R1は水素原子、炭素数1〜4のアルキル基、ヒドロキシエチル基、またはヒドロキシプロピル基、R2は炭素数1〜4のアルキル基、ヒドロキシエチル基、またはヒドロキシプロピル基を表し、R1とR2とは同一もしくは異なる基であってもよい]
【請求項2】 前記式(1)中のR1およびR2がいずれもヒドロキシエチル基である請求項1に記載のキレート形成性繊維。
【請求項3】 前記式(1)中のR1が水素原子またはメチル基、R2がヒドロキシエチル基である請求項1に記載のキレート形成性繊維。
【請求項4】 前記式(1)で示される基が、繊維分子中の反応性官能基に直接結合している請求項1〜3のいずれかに記載のキレート形成性繊維。
【請求項5】 前記式(1)で示される基が、繊維分子中の反応性官能基に架橋剤を介して導入されている請求項1〜3のいずれかに記載のキレート形成性繊維。
【請求項6】 前記架橋剤が分子中にエポキシ基、反応性二重結合、ハロゲン基、酸無水物基から選ばれる2個以上の官能基を有する化合物である請求項5に記載のキレート形成性繊維。
【請求項7】 前記架橋剤が、メタクリル酸グリシジル、アクリル酸グリシジル、アリルグリシジルエーテル、エピクロルヒドリン、エチレングリコールジグリシジルエーテル、無水マレイン酸、無水イタコン酸よりなる群から選択される少なくとも1種である請求項6に記載のキレート形成性繊維。
【請求項8】 繊維が天然繊維または再生繊維である請求項1〜7のいずれかに記載のキレート形成性繊維。
【請求項9】 天然繊維または再生繊維がセルロース系繊維である請求項8に記載のキレート形成性繊維。
【請求項10】 繊維が合成繊維である請求項1〜7のいずれかに記載のキレート形成性繊維。
【請求項11】 繊維分子中の反応性官能基に、下記式(2)で示されるアミノ化合物を直接反応させ、金属あるいは類金属とのキレート形成能を与えることを特徴とするキレート形成性繊維の製法。


[式中、R1は水素原子、炭素数1〜4のアルキル基、ヒドロキシエチル基、またはヒドロキシプロピル基、R2は炭素数1〜4のアルキル基、ヒドロキシエチル基、またはヒドロキシプロピル基を表し、R1とR2とは同一もしくは異なる基であってもよい]
【請求項12】 繊維分子中の反応性官能基に、架橋剤として分子中にエポキシ基、反応性二重結合、ハロゲン基、酸無水物から選ばれる2個以上の官能基を有する化合物を反応させた後、前記式(2)で示されるアミノ化合物を反応させ、金属あるいは類金属とのキレート形成能を与えることを特徴とするキレート形成性繊維の製法。
【請求項13】 前記架橋剤が、メタクリル酸グリシジル、アクリル酸グリシジル、アリルグリシジルエーテル、エピクロルヒドリン、エチレングリコールジグリシジルエーテル、無水マレイン酸、無水イタコン酸よりなる群から選択される少なくとも1種である請求項12に記載の製法。
【請求項14】 アミノ化合物として、モノエタノールアミンあるいはN−メチルエタノールアミンを使用する請求項11〜13のいずれかに記載の製法。
【請求項15】 アミノ化合物として、ジエタノールアミンを使用する請求項11〜13のいずれかに記載の製法。
【請求項16】 請求項1〜10のいずれかに記載のキレート形成性繊維を使用し、金属あるいは類金属元素を捕捉することを特徴とする金属あるいは類金属元素の捕捉法。
【請求項17】 請求項1〜10のいずれかに記載のキレート形成性繊維を、金属あるいは類金属元素を含む水性液あるいは油性液と接触させ、該液中の金属あるいは類金属元素を捕捉する請求項16記載の捕捉法。
【請求項18】 請求項1〜10のいずれかに記載のキレート形成性繊維を、金属あるいは類金属元素を含む気体と接触させ、該気体中の金属あるいは類金属元素を捕捉する請求項16記載の捕捉法。
【請求項19】 請求項1〜10のいずれかに記載のキレート形成性繊維が、金属および/または類金属とキレート結合したものであることを特徴とする金属および/または類金属キレート繊維。

【図1】
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【公開番号】特開2001−123379(P2001−123379A)
【公開日】平成13年5月8日(2001.5.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平11−298753
【出願日】平成11年10月20日(1999.10.20)
【出願人】(592211194)キレスト株式会社 (30)
【出願人】(596148629)中部キレスト株式会社 (31)
【Fターム(参考)】