説明

クライゼン転位化合物とその合成装置

【課題】無触媒条件下、アリルエーテル類からクライゼン転位化合物を短時間、連続的に、エネルギー消費量、廃棄物量を低減しつつ高収率・高選択率で合成する方法及びその反応組成物及びその装置を提供する。
【解決手段】温度100〜400℃、圧力0.1〜40MPaの亜臨界流体、超臨界流体を反応溶媒として使用し、無触媒条件で、流通式高温高圧装置に、基質及び反応溶媒を導入し、選択的に逐次クライゼン転位化合物をエネルギー消費量、廃棄物量を低減しつつ高収率、高選択率、高速・連続的に合成するクライゼン転位化合物の製造方法、その反応組成物、及びその装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クライゼン転位生成物、その製造方法と装置に関するものであり、更に詳しくは、高温高圧状態の水あるいは酢酸それらの混合溶媒を反応溶媒とし、無触媒かつ一段階でクライゼン転位化合物を製造する方法及びその合成装置に関するものである。本発明は、常温水あるいは温度100〜400℃、圧力0.1〜40MPaの水、それらの混合溶媒を反応溶媒として、触媒無添加でクライゼン転位化合物を一段階の合成反応で、短時間、かつ連続的に合成する方法及びその反応組成物を提供するものである。ここで、クライゼン転位におけるヘテロ原子としては、酸素、窒素、硫黄が挙げられ、それぞれアリルエーテル、アリルアミン、アリルチオエーテルに対応し、更に複数のヘテロ原子が組合わされたアリル化合物も含む。
【0002】
クライゼン転位は、基質・原料に対して生成物の機能性と同時に付加価値をも向上するため、香料、医薬品、食品分野において有用である。通常、クライゼン転位化合物を合成する場合、従来法では、非プロトン性有機溶媒に加えて、酸・塩基触媒が必要であり、食品、医薬品に利用される場合、残存する有機溶媒、触媒の除去は、大きな労力とエネルギーを必要とし、環境に影響を与えるのみならず生体に有害である等の問題点を有していた。本発明は、アリルエーテル類から、無触媒で、水を用いるプロセスのみでクライゼン転位化合物を合成する方法とその反応組成物及びその合成装置を提供するものであり、香料、医薬品や食品のみならず、化成品合成にも応用可能であり、クライゼン転位化合物を良好な収率で、短時間に、良好なエネルギー効率で、環境に影響を与えることなく、大量に生産し、提供することを可能にするものである。
【背景技術】
【0003】
従来、クライゼン転位を利用し、アリルエーテル類からアリルフェノール類を合成する方法が種々報告されている(例えば、非特許文献1参照)。ここで、アリルエーテル類からのアリルフェノール類を合成するクライゼン転位合成技術を完成すれば、通常は、他のヘテロ原子を有するクライゼン転位は可能となるため、特に酸素を含有する置換アリルエーテルから置換アリルフェノールを合成する技術の報告例は非常に多い(図1、図2)。
【0004】
図1のように、オルト位にクライゼン転位する場合、R,R,R,R,R,R,R,Rは、水素又はアルキル基及びヘテロ原子を含む置換基、Xはヘテロ原子又は置換ヘテロ原子であり、具体的には酸素(O)、硫黄(S)、窒化水素(NH)、アルキル置換窒素(NR’)である。また、図2のように、芳香環のオルト位のR,R10がアルキル基及びヘテロ原子を含む置換基の場合、パラ位にクライゼン転位が起こる。ここで、R,R,R,R,R,R,Rは水素又はアルキル基及びヘテロ原子を含む置換基、Xはヘテロ原子又は置換ヘテロ原子であり、具体的には酸素(O)、硫黄(S)、窒化水素(NH)、アルキル置換窒素(NR’)である。
【0005】
先行技術文献によれば、無溶媒条件での加熱(非特許文献2)、無溶媒又は非プロトン性有機溶媒中でのマイクロ波加熱(非特許文献3)、あるいは有機溶媒中、BCl(非特許文献4、5)、RAlCl(非特許文献6)、PdCl(MeCN)(非特許文献7)等のルイス酸が使用されてきた。
【0006】
ここで、上記の先行技術文献では、無溶媒条件での加熱では、フェニルアリルエーテルから温度220℃、反応時間6時間で収率85%でクライゼン転位化合物であるo−アリルフェノールが得られる。また、マイクロ波を利用した場合には、フェニルアリルエーテルからのo−アリルフェノール合成は、無溶媒条件で、温度325−361℃、反応時間10分で21%と低収率であるが、DMFを溶媒とし、温度300−315℃、反応時間6分とすることで92%の高収率で得られる。
【0007】
ルイス酸を用いた場合には、熱エネルギー利用の場合よりも常温でも反応が1010倍もの反応加速があるが、p−体が増加する。例えば、通常加熱でo−トルイルアリルエーテルを基質とした場合、o−メチルフェノールとp−メチルフェノールがそれぞれ収率85%、15%で得られるが、BClのルイス酸を用いた場合、o−メチルフェノールとp−メチルフェノールがそれぞれ60%、31%で得られ、結局、反応の加速がある反面、選択性が低下することが報告されている(非特許文献1)。
【0008】
したがって、無溶媒で熱エネルギーを利用するか、あるいはマイクロ波のような外場と有機溶媒、ルイス酸、金属錯体のような触媒に加えて、有機溶媒が、クライゼン転位にとって必要不可欠である。
【0009】
一方、クライゼン転位における溶媒としての水の可能性に関しては、水とクロロナフチルエーテルを常温付近23℃で120時間激しく攪拌するOn water反応(非特許文献8)で収率100%で得られることが報告されている。しかし、多数のクライゼン転位に対する適用可能性については言及されていない(非特許文献9)。
【0010】
反応後における後処理は、通常、触媒・有機溶媒中クライゼン転位では、反応混合物に中和剤を添加して中和後、抽出溶媒と水あるいは飽和食塩水を加え、分液し、溶媒層はその後、乾燥、溶媒除去、蒸留あるいは精留のプロセスを得て目的物を得るが、水層には水の他に、触媒、有機溶媒、酢酸、基質、生成物、副生成物、無機物の複雑な混合物が含有される。ここで、水層からの触媒の分離が容易である場合には、回収再生され、再使用されるが、分離が困難である場合には、そのまま廃棄・処分される(図3)。無触媒・高温高圧水中クライゼン転位のように、水層に触媒、有機溶媒が含有されず、水、生成物のみが含有されるならば、生成物をデカンテーションだけで分離が可能である。このことは、水の再生を可能にし、通常法に比べて、環境低減型のプロセスであることを意味する(図4)。
【0011】
なお、あるプロセスが環境低減型であるかどうかは、E−ファクターで判断可能である。これは、あるプロセスにおける製品単位重量あたりの廃棄物重量の比率であり、あるプロセスのE−ファクターの値が小さいほど、生産に対しての廃棄物割合が少ないことから、環境低減型プロセスであると言える(非特許文献10、11)。
【0012】
このように、従来法では、クライゼン転位の場合、外場又は触媒及び有機溶媒が必要であるため、製品の品質上、反応後の分離操作において、触媒、有機溶媒やカルボン酸の除去が必要であり、分離操作後の水層は廃棄物となりやすく廃液の問題を生じる。更に、環境に対する影響や生体への有害性への配慮から、また、ヒトが経口する食品・医薬品の安全性から、触媒・有機溶媒のより高度分離が要求される。高度分離に必要なコストは、合成操作と同程度であり、望ましくは触媒と有機溶媒を使用しない方が良い。
【0013】
以上のことから、当該技術分野においては、簡単、低コスト、環境低減型の合成プロセスで、分離操作が容易かつ高度分離が可能で、触媒や有機溶媒の残存しないクライゼン転位の連続的合成を可能とする合成手法が強く要請されていた。
【0014】
【非特許文献1】A.M.M.Castro,Chem.Rev.,2004,104,2939
【非特許文献2】W.N.White,D.Gwynn,R.Schlitts,C.Giraed and W.Fifea,J.Amer.Chem.Soc,1958,80,3271
【非特許文献3】C.Raymond,J.Giguere,T.L.Bray, and S.M.Duncan,Tetrahedron Lett.,1986,27,41,4945
【非特許文献4】Lutz,R.P.Chem.Rev.1984,84,205
【非特許文献5】Borgulya,J.;Madeja,R.;Fahrni,P.;Hansen,H.−J.;Schmid,H.;Barner,R.Helv.Chim.Acta 1973,56,14
【非特許文献6】Sonnenberg,F.M.J.Org.Chem.1970,35,3166
【非特許文献7】Baan,J.L.;Bickelhaupt,F.Tetrahedron Lett.1986,27,6267
【非特許文献8】J.E.Clijin and B.F.N.Engbert,Nature,2005,435(9),746
【非特許文献9】S.N.J.Muldoon,M.G.Finn,V.V.Fokin,H.C.Kolb and K.B Sharpless,Angew.Chem.Int.Ed.Engl.,2005,44,3275
【非特許文献10】R.A.Sherdon,Chem.Ind.(London),1997,12−15:1992,903−906
【非特許文献11】R.A.Sherdon,Pure Appl.Chem.,2000,72,1233−1246
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
このような状況の中で、本発明者らは、上記従来技術に鑑みて、低コストで、環境に優しい簡単な高速合成プロセスで、上記クライゼン転位化合物を連続的かつ選択的に合成することができる新しい合成方法を開発することを目標として鋭意研究を積み重ねた結果、高温高圧水、亜臨界水又は超臨界水を反応溶媒とすることで、無触媒でアリルエーテル類からクライゼン転位化合物を選択的に合成できることを見出し、本発明を完成するに至った。本発明は、アリルエーテル類からクライゼン転位化合物を無触媒で、短時間の反応条件下で連続的に合成する方法、その反応組成物及びその合成装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するための本発明は、以下の技術的手段から構成される。
(1)クライゼン転位反応によるクライゼン転位反応組成物において、触媒及び有機溶媒の残存がないことを特徴とするクライゼン転位反応組成物。
(2)クライゼン転位化合物を合成する方法において、高温高圧状態の亜臨界流体ないしは超臨界流体を反応溶媒として使用し、触媒を用いることなく、アリルエーテル類から一段階の合成反応でアリルフェノール類を選択的に合成することを特徴とするクライゼン転位化合物の製造方法。
(3)温度100〜400℃、圧力0.1〜40MPaの亜臨界流体ないし超臨界流体を反応溶媒として使用する、前記(2)記載の方法。
(4)亜臨界流体ないし超臨界流体として、水、酢酸、それ以外の無機溶媒、もしくは有機溶媒もしくは無機溶媒と有機溶媒の混合溶媒を用いる、前記(2)記載の方法。
(5)流通式高温高圧装置に、基質及び反応溶媒を導入し、反応時間を3〜180秒の範囲で変化させることで合成反応を実施する、前記(2)記載の方法。
(6)エネルギー消費量、廃棄物排出量(E−ファクター)を低減しつつ高効率で一段階の合成反応で目的化合物を選択的に合成する、前記(2)記載の方法。
(7)水を送液する水送液ポンプ、水加熱用コイル、高温高圧フローセル、基質を送液する反応物送液ポンプ、炉体、反応物を炉体に導入する反応物導入管、反応溶液を排出する排出液ライン、冷却フランジ及び圧力を設定する背圧弁を具備していることを特徴とするクライゼン転位化合物の合成装置。
(8)前記(2)から(6)のいずれかに記載の方法において、クライゼン転位後、回収水溶液に水を注入してデカンテーションし、油/水二層溶液に分離後、クライゼン転位化合物を含む油層を分液回収する簡易な連続分離法。
【0017】
次に、本発明について更に詳細に説明する。
本発明は、化1のアリルエーテル類から化2又は化3のクライゼン転位化合物を、一段階の反応プロセスで、触媒無添加、短時間の反応条件下で、選択的かつ連続的に合成することを特徴とするものである。本発明では、上記反応溶媒として、温度100〜400℃、圧力0.1〜40MPaの亜臨界流体、超臨界流体が用いられ、好適には亜臨界水が用いられる。また、反応条件として、好適には、温度265℃、圧力5MPa、反応時間は3〜180秒の範囲、好適には反応時間が142秒程度に調整される。ここで、化1、化2、化3の式中、R,R,R,R,R,R,R,Rは、水素又はアルキル基及びヘテロ原子を含む置換基、Xはヘテロ原子又は置換ヘテロ原子であり、具体的には酸素(O)、硫黄(S)、窒化水素(NH)、アルキル置換窒素(NR’)である。
【0018】
また、本発明により、化4のアリルエーテル類の場合は、化5のクライゼン転位化合物を一段階の反応プロセスで、触媒無添加、短時間の反応条件下で、選択的かつ連続的に合成することも可能とするものである。R,R,R,R,R,R,Rは水素又はアルキル基及びヘテロ原子を含む置換基、Xはヘテロ原子又は置換ヘテロ原子であり、具体的には酸素(O)、硫黄(S)、窒化水素(NH)、アルキル置換窒素(NR’)である。
【0019】
【化1】

【0020】
【化2】

【0021】
【化3】

【0022】
【化4】

【0023】
【化5】

【0024】
本発明においては、上記基質及び反応溶媒を反応容器に導入して所定の反応時間で合成反応を実施するものである。したがって、上記反応器としては、例えば、バッチ式の常温高圧装置又は高温高圧反応容器、及び連続型の流通式常温高圧装置又は流通式高温高圧反応装置を使用することができるが、本発明は、これらの反応装置型式に特に制限されるものでない。
【0025】
本発明の方法では、反応溶媒として、上記常温流体又は高温高圧状態にある亜臨界流体、超臨界流体が用いられるが、具体的には、亜臨界二酸化炭素(常温以上、0.1MPa以上)、亜臨界水(100℃以上、0.1MPa以上)、亜臨界メタノール(100℃以上、0.1MPa以上)、亜臨界エタノール(100℃以上、0.1MPa以上)、超臨界二酸化炭素(34℃以上、7.38MPa以上)、超臨界水(375℃以上、22MPa以上)、超臨界メタノール(239℃以上、8.1MPa以上)、超臨界エタノール(241℃以上、6.1MPa以上)、同じ状態の混合溶媒が例示され、好適には、亜臨界水(200−250℃、5MPa以上)が用いられる。反応溶媒としては、上記以外の有機溶媒や無機溶媒を任意の割合で含むことができ、具体的には、有機溶媒として、アセトン、アセトニトリル、テトラヒドロフラン等、無機溶媒として酢酸、アンモニア等を含む反応溶液に代替することも可能である。
【0026】
本発明では、上記常温流体、亜臨界流体、超臨界流体の反応溶媒の組成、温度及び圧力条件、基質の種類及びその使用量、反応時間を調整することにより、短時間で、効率良く、反応生成物を合成することができる。また、本発明では、例えば、基質及び反応溶媒を流通式高温高圧装置に導入し、それらの反応時間を3〜180秒の範囲で変えることにより、所定の反応生成物を合成することができる。上記反応条件は、使用する出発原料、目的とする反応生成物の種類等により適宜設定することができる。
【0027】
本発明の方法では、従来、触媒存在下で行われていた、クライゼン転位化合物の合成を、高速で連続的に、しかも、無触媒で実施できるため、長時間を要するプロセスを効率化することができる。また、本発明の方法では、従来用いられた触媒を全く使用しないので、反応後の溶液の中和処理、無害化処理等の後処理・処分の必要がなく、環境負荷低減を達成可能である。更に、反応後は静置分離操作のみであるため、触媒や有機溶媒の分離回収の必要性はなく、生成物分離が容易になる。本発明によれば、触媒無添加で、142秒程度の短時間で、転化率98%以上、選択率100%以上で合成反応を行い、対応するクライゼン転位化合物を合成可能である。本発明の合成方法は、香料、医薬品、食品に利用可能な、クライゼン転位化合物を効率良く、大量に高速で連続的に生産することを可能にするものとして有用である。
【0028】
従来、クライゼン転位化合物をエネルギー消費量、廃棄物量(E−ファクター)を低減しつつ選択的に合成することを実証した例はなく、本発明の対象とするクライゼン転位化合物の省エネ、環境負荷低減型選択的合成反応法は、本発明者らによって初めてその有効性が実証されたものである。しかも、従来法ではアリルエーテル類から合成されるクライゼン転位化合物は、触媒及び有機溶媒の残存が問題とされていたが、本発明でアリルエーテル類から合成される反応組成物は、触媒及び有機溶媒の残存がなく、本発明のクライゼン転位化合物組成物は、従来製品にない利点を有している。
【0029】
本発明では、無触媒条件で無水カルボン酸とポリヘテロ水素化物の合成反応を実現するために、例えば、基質をあらかじめ溶媒に溶解した溶液を送液し、常温流体、亜臨界流体、超臨界流体中の反応経過を高温高圧赤外フローセル(図5)により赤外分光分析によって観察する流通型高温高圧赤外分光その場測定装置(図6)を用いることも可能である。しかしながら、高温高圧赤外フローセルを窓なし高温高圧フローセル(図7)に交換し、超臨界流体の流れに対して直接反応物の流れを接触反応するように配管配置した方が、高温高圧赤外フローセルにおけるセル窓付近におけるリーク等の問題が発生せず、より高流量で短時間に合成を実施することが可能である。これらのことから、この窓なし高温高圧フローセルを装着した装置を後述する実施例で用いた。
【0030】
ここで、窓なし高温高圧フローセル本体(図7)は、例えば、市販のSUS316製のクロス1にネジを切り、次に説明する温度センサーシース(図7の12)に固定できるようにする。炉体雰囲気の温度を測定せずに、セル温度を示すように温度センサー位置を調節し、シース固定ネジとオネジ3でネジ止めする。SUS316の配管4はクロス1にワンリングフェラル付きのテーパーネジ2でクロス1に接続される。もちろん、クロス1は、エンドネジで一つの流路を塞ぐことによってティーとしても使用可能である。
【0031】
図8は、窓なし高温高圧フローセルを装着した流通式高温高圧反応装置の炉体部分であり、反応装置本体である。これを、図6の流通型高温高圧流体その場赤外分光測定装置の斜線位置に設置すれば、赤外分光は測定できないものの、温度、圧力、流量が可変な亜臨界・超臨界流体接触型の合成反応装置として利用可能となる。なお、この場合における反応観察は、排出後の水溶液を採取し、GC−FIDにより、生成物の純品を用いた検量線から定量を実施し、GC/MSにより定性分析を実施した。また、NMRにより定量・定性分析を実施した。
【0032】
以下、図8について説明すると、水送液ポンプ5から水が送液され、冷却フランジ8を通過後、炉体13へ送液される。水加熱コイル(管コイル)9を通過後、高温高圧状態で温度センサー11が挿入された温度センサーシース12に支持固定された高温高圧フローセル14に導入される。一方、反応物が反応物送液ポンプ6から送液され、冷却フランジ8を通過後、炉体13へ送液される。コイル状の反応物導入管10を通過後、温度センサーシース12に固定された高温高圧フローセル14に導入される。また、洗浄水が洗浄水送液ポンプ7により送液され、溶媒導入管16を通過後、ティー18に導入され、洗浄用に用いられる。
【0033】
高温高圧フローセルを通過した溶液は、排出配管17を通過後、冷却フランジ8を通過して、炉体外を空冷されながら通過する。その後、圧力を設定している背圧弁19からの排出液を採取し、サンプルとする。ここで、反応物や生成物を含む排出液の加熱による影響を排除する場合には、急速昇温を実施し、反応物導入管10と排出配管17の配管をできるだけ短く、水加熱コイル9をできるだけ長くすることが望ましい。本発明は、これらに限らず、これらと同効の反応装置であれば同様に使用することができる。
【発明の効果】
【0034】
本発明により、次のような効果が奏される。
(1)アリルエーテル類から高速で連続的にクライゼン転位化合物を合成することができる。
(2)クライゼン転位化合物をエネルギー消費量、廃棄物量(E−ファクター)を低減しつつ高効率で選択的に合成することができる。
(3)触媒及び有機溶媒を用いない合成プロセスを実現できる。
(4)そのため、触媒及び有機溶媒の残存がなく、生体に対して有害性のない安全性の高いクライゼン転位反応組成物を提供できる。
(5)生成物が水に溶解しない場合には、排出された油水分散水溶液に対して更に水を注入することで、洗浄しつつ油水二層に分液し、高純度の生成物を容易に回収できる。
(6)香料、医薬品、食品として有用なクライゼン転位反応組成物の新しい大量生産プロセスとして、既存の生産プロセスに代替し得る新しい生産技術を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0035】
次に、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0036】
まず、本発明の実施方法を示した後、実施例を示す。
(実施方法)
本実施例では、図8の流通式高温高圧反応装置を用いて、合成条件を、無触媒、温度200〜300℃、圧力5MPa、滞留時間36〜142秒で実施した。図8の流通式高温高圧反応装置の本体(主要部分)を、図6の流通型高温高圧流体その場赤外分光測定装置に設置した装置に、まず、温度265℃、圧力5MPaに設定し、窓なしセル(ティー1)の水加熱コイル(配管コイル)9との接続穴をエンドで塞ぎ、水送液ポンプ5により配管コイル9への流路を塞ぎ、純水は、流量5.0ml/minで、炉体外のティー18へ送液した。
【0037】
その後、トルエンを内標準として添加した(基質の5mol%)、アリルフェノール混合溶液0.5ml/minをポンプで送液した(混合後の水溶液濃度:0.28mol/kg)。基質送液後、40分後の背圧弁からの排出水溶液を1ml採取した。加熱炉から背圧弁出口までの配管内容積を反応体積とした場合、反応時間は72秒であった。
【0038】
回収された1mlの水溶液に1mlのアセトンを加え、振とうし、組成をGC/MS分析計(Hewlett Packard社製HP6890、カラムHP−5、注入口温度150℃、初期カラム温度60℃(保持時間2分)、昇温速度10℃/分、最終カラム温度250℃(保持時間2分))で実施し、得られたマススペクトルは、Willey データベースで一致度90%以上で確認した。また、定量及び市販試薬がある場合の定性は、トルエンを内標準としてGC−FID(Agilent社製GC6890,カラムDB−WAX、注入口温度230℃、スプリット比5.61、初期カラム温度50℃(保持時間0.5分)、昇温速度20℃/分、最終カラム温度230℃(保持時間3分))で実施した。
【0039】
また、得られた生成物水溶液が油水分散状態で白濁している場合には、水を20ml/minで3分注入し、デカンテーションすると油水2層溶液となり、下(上)層の油層にクライゼン転位化合物を、上(下)層の水相に水を得た(GCにより確認)。このことは、生成物が水に溶解しない場合、反応終了後の油水分散水溶液に、水を更に注入することで、油水二層に変化してクライゼン転位化合物と酢酸水溶液を分液することができる。したがって、分離精製に高度な手法や膨大なエネルギーを必要とする精留は必要ない。
【0040】
(実施例)
実施例1〜6
アリルフェノール(化1の式中、R,R,R,R,R,R,R,Rは水素であり、Xは酸素原子)を圧力5MPa、滞留時間72秒で温度を200℃〜300℃で温度依存性を検討したところ、図9のようになり、アリルフェノール(化2の式中、R,R,R,R,R,R,R,Rは水素であり、Xは酸素原子)を温度265℃で、転化率99%、選択率74%、収率73%で得た。このことから、265℃を最適温度とした。
【0041】
実施例7〜13
アリルフェノール(化1の式中、R,R,R,R,R,R,R,Rは水素であり、Xは酸素原子)を温度265℃、滞留時間72秒で、圧力を0.1〜20MPaで圧力依存性を検討したところ、図10のようになり、アリルフェノール(化2の式中、R,R,R,R,R,R,R,Rは水素であり、Xは酸素原子)を圧力5MPaで、転化率99%、選択率74%、収率73%で得、圧力10MPaで、転化率99.6%、選択率76%、収率76%で得た。圧力5MPaと10MPaの結果は誤差範囲と考え、圧力5MPaを採用した。
【0042】
実施例14〜17
アリルフェノール(化1の式中、R,R,R,R,R,R,R,Rは水素であり、Xは酸素原子)を温度265℃、圧力5MPa、基質流量を変化させ、滞留時間を0〜143秒で滞留時間依存性を検討したところ、図11のようになり、アリルフェノール(化2の式中、R,R,R,R,R,R,R,Rは水素であり、Xは酸素原子)を滞留時間143秒で、転化率99.4%、選択率85%、収率84%で得た。このことから、滞留時間143秒を最適滞留時間とした。
【0043】
実施例18〜20
アリルフェノール(化1の式中、R,R,R,R,R,R,R,Rは水素であり、Xは酸素原子)を温度265℃、圧力5MPa、水流量を変化させ、滞留時間を0〜72.8秒で滞留時間依存性を検討したところ、図12のようになり、アリルフェノール(化2の式中、R,R,R,R,R,R,R,Rは水素であり、Xは酸素原子)を滞留時間71.6秒で、転化率99.6%、選択率93%、収率92%で得た。このことから、滞留時間143秒を最適滞留時間とした。
【0044】
実施例21
実施例20までの結果から、総合的に判断して、アリルフェノール(化1の式中、R,R,R,R,R,R,R,Rは水素であり、Xは酸素原子)を温度265℃、圧力5MPa、滞留時間142秒(水流量7ml/min、基質流量0.25ml/min、基質濃度0.11mol/kg)で反応させたところ、アリルフェノール(化2の式中、R,R,R,R,R,R,R,Rは水素であり、Xは酸素原子)を転化率99.8%、選択率98%、収率98%で得た。
【0045】
実施例22
他方、亜臨界水の効果を調べるために、水を流さない無溶媒条件で同じ装置を用いて行った。アリルフェノール(化1の式中、R,R,R,R,R,R,R,Rは水素であり、Xは酸素原子)を温度265℃、圧力5MPa、滞留時間165秒(水流量0ml/min、基質流量0.25ml/min、基質濃度0.38mol/kg)で反応させたところ、アリルフェノール(化2の式中、R,R,R,R,R,R,R,Rは水素であり、Xは酸素原子)を転化率55%、選択率68%、収率37%で得られ、亜臨界水により反応が促進することが明らかとなった。
【0046】
以上の本発明の実施例21(μ亜臨界水と略記),22(μ無溶媒と略記)の結果と、無溶媒マイクロ波加熱(マイクロ波−無溶媒と略記、非特許文献3)、DMF添加マイクロ波加熱(マイクロ波−DMFと略記、非特許文献3)、通常加熱無溶媒(通常加熱−無溶媒と略記、非特許文献2)の結果を、収率、エネルギー原単位、E−ファクターで比較した結果が、図13、図14、図15である。良好な収率を示し、高効率であるのが、μ亜臨界水(98%)、マイクロ波−DMF(92%)、通常加熱−無溶媒(85%)であり、その中で、エネルギー原単位とE−ファクターを同時に低い値を有するのが、本発明のμ亜臨界水である。したがって、本発明は、エネルギー消費量と廃棄物量(E−ファクター)を低減しつつ高効率を達成していることが分かる。
【0047】
以上の実施例から、高温高圧水を反応溶媒として、無触媒でクライゼン転位化合物がエネルギー消費量、廃棄物量を低減しつつ高収率で合成可能であることが明らかとなった。また、クライゼン転位化後、回収水溶液に水を注入してデカンテーションし、油/水二層溶液に分離後、クライゼン転位化合物を含む油層を分液回収する一方、水層からは水を分離し、回収する簡易な連続分離法も明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0048】
以上詳述したように、本発明は、アリルフェノール類から有機溶媒を用いることなく、高温高圧流体を反応溶媒として、無触媒でクライゼン転位化合物を合成する方法及びその反応組成物に係るものであり、従来法では、アリルフェノール類からクライゼン転位化合物の合成は、無溶媒の加熱では省エネ・高効率合成が達成不可能であり、有機溶媒中のマイクロ波加熱では、有機溶媒を除去した環境低減プロセスの実現ができず、有機溶媒に触媒を添加した数時間の反応でも、有機溶媒・触媒を除去した環境低減型プロセスが実現できなかったが、本発明で示した常温流体、亜臨界流体・超臨界流体を用いることにより、触媒無添加で、有機溶媒を使用することなく、エネルギー消費量及び廃棄物量を低減しつつ高速で連続的に選択的にクライゼン転位化合物を合成することが可能となった。
【0049】
このことは、香料、医薬品、食品として有用なクライゼン転位化合物を短時間で、大量に連続的に生産できるというメリットをもたらす。また、クライゼン転位後、回収水溶液に水を注入してデカンテーションし、油/水二層溶液に分離後、クライゼン転位化合物を含む油層を分液回収する一方、水層からは水を回収し、水をリサイクルすることが可能である。これらのことから、合成・分離プロセスを単純化させることで、プロセスの初期コスト及びランニングコストを圧縮することが可能である。更に、中和処理の後処理も不必要であり、環境調和型生産が可能となる。本発明は、香料、医薬品、食品として有用なクライゼン転位化合物の新しい大量生産プロセスとして、既存の生産プロセスに代替し得るものである。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】o−置換フェノール類を生成するクライゼン転位を示す。
【図2】p−置換フェノール類を生成するクライゼン転位を示す。
【図3】触媒・有機溶媒を用いるクライゼン転位の後処理フローチャートを示す。
【図4】無触媒・水溶媒を用いるクライゼン転位の後処理フローチャートを示す。
【図5】高温高圧赤外フローセルを示す。
【図6】実施例で用いた流通型高温高圧流体その場赤外分光測定装置を示す。
【図7】窓なし高温高圧フローセルを示す。
【図8】実施例で用いた流通式高温高圧反応装置の主要部分を示す。
【図9】アリルエーテルのクライゼン転位における温度依存性を示す。
【図10】アリルエーテルのクライゼン転位における圧力依存性を示す。
【図11】アリルエーテルのクライゼン転位における基質流量を変化させた場合の滞留時間依存性を示す。
【図12】アリルエーテルのクライゼン転位における水流量を変化させた場合の滞留時間依存性を示す。
【図13】本発明と他の方法との収率比較を示す。
【図14】本発明と他の方法とのエネルギー原単位比較を示す。
【図15】本発明と他の方法とのE−ファクター比較を示す。
【符号の説明】
【0051】
1 ティー又はクロス(片側口φ4mmネジ切り)
2 φ4mm×5.0mmL六角ネジ
3 ワンリングフェラル付オネジ
4 SUS316チューブ
5 水送液ポンプ
6 反応物送液ポンプ
7 洗浄水送液ポンプ
8 冷却フランジ(冷却水が循環する)
9 水加熱コイル
10 反応物導入管
11 温度センサー
12 温度センサーシース
13 炉体
14 高温高圧フローセル(通常昇温ではティー型、急速昇温ではクロス型)
15 ZnSe窓
16 溶媒導入管
17 排出配管
18 ティー
19 背圧弁
21 水溶液
22 洗浄水
23 水溶液ポンプ
24 洗浄用純水送液ポンプ
25 炉体加熱システム
26 炉体
27 高温高圧赤外フローセル
28 冷却水(入口)
29 冷却水(出口)
30 背圧弁
31 排出水溶液受器
32 可動鏡
33 可動鏡
34 干渉計
35 光源
36 赤外レーザー
37 MCT受光器
38 TGS受光器
39 解析モニター
40 反応物送液ポンプ
41 基質送液ポンプ
42 水送液ポンプ
43 反応ティー
44 配管
45 混合ティー
46 排出配管
47 冷却器
48 背圧弁
49 回収容器
50 温度センサー
51 温度センサー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クライゼン転位反応によるクライゼン転位反応組成物において、触媒及び有機溶媒の残存がないことを特徴とするクライゼン転位反応組成物。
【請求項2】
クライゼン転位化合物を合成する方法において、高温高圧状態の亜臨界流体ないしは超臨界流体を反応溶媒として使用し、触媒を用いることなく、アリルエーテル類から一段階の合成反応でアリルフェノール類を選択的に合成することを特徴とするクライゼン転位化合物の製造方法。
【請求項3】
温度100〜400℃、圧力0.1〜40MPaの亜臨界流体ないし超臨界流体を反応溶媒として使用する、請求項2記載の方法。
【請求項4】
亜臨界流体ないし超臨界流体として、水、酢酸、それ以外の無機溶媒、もしくは有機溶媒もしくは無機溶媒と有機溶媒の混合溶媒を用いる、請求項2記載の方法。
【請求項5】
流通式高温高圧装置に、基質及び反応溶媒を導入し、反応時間を3〜180秒の範囲で変化させることで合成反応を実施する、請求項2記載の方法。
【請求項6】
エネルギー消費量、廃棄物排出量(E−ファクター)を低減しつつ高効率で一段階の合成反応で目的化合物を選択的に合成する、請求項2記載の方法。
【請求項7】
水を送液する水送液ポンプ、水加熱用コイル、高温高圧フローセル、基質を送液する反応物送液ポンプ、炉体、反応物を炉体に導入する反応物導入管、反応溶液を排出する排出液ライン、冷却フランジ及び圧力を設定する背圧弁を具備していることを特徴とするクライゼン転位化合物の合成装置。
【請求項8】
請求項2から6のいずれかに記載の方法において、クライゼン転位後、回収水溶液に水を注入してデカンテーションし、油/水二層溶液に分離後、クライゼン転位化合物を含む油層を分液回収する簡易な連続分離法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2008−255015(P2008−255015A)
【公開日】平成20年10月23日(2008.10.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−95644(P2007−95644)
【出願日】平成19年3月30日(2007.3.30)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】