説明

クロストリジウム属菌由来成分を含む医薬製剤

【課題】経口投与が困難な薬物の経口投与を可能にする医薬製剤を提供することを課題とする。
【解決手段】クロストリジウム ボツリヌス菌が産生するボツリヌス神経毒素複合体または赤血球凝集活性物質あるいはこれらの構成成分は、生体の上皮細胞のバリア機能を低下させて、蛋白質やポリペプチドを上皮細胞バリアを横断させて体内へ送達させる機能を有するため、これらの無毒化したものを、生理活性蛋白質やポリペプチドなどの薬物と共に用いることにより、経口投与が困難とされている生理活性蛋白質や生理活性ポリペプチドなどの薬物の経口投与可能な医薬製剤が得られる。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、薬物と共にクロストリジウム属菌由来成分を含む医薬製剤に関する。更に詳細には、本発明は、生体の上皮細胞バリアを横断するのが困難とされている、あるいは上皮細胞へ運搬するのが困難とされている生理活性蛋白質、生理活性ポリペプチド、中・低分子量薬物などの薬物を、経口投与、経皮投与または経鼻投与するのに好適な医薬製剤であって、好ましくは、クロストリジウム ボツリヌス菌が産生する、無毒化されたボツリヌス神経毒素複合体、赤血球凝集活性物質、それらの構成成分、あるいはその構成成分の断片を含有する医薬製剤に関する。
【0002】
【従来の技術】
インシュリン、成長ホルモン、エリスロポイエチンなどのポリペプチドもしくは蛋白質から構成される高分子量の薬物は、胃酸による分解作用、小腸や大腸などの消化管における蛋白分解酵素の作用、消化管の上皮細胞のバリアを横断することができないなどの理由から、経口投与することが出来ないため、現在では多くの場合、注射により投与されている。また、水溶性あるいは親水性の高い中・低分子量の薬物も、上皮細胞のバリアを横断することが難しく、同様に経口投与が困難とされ注射により投与されている。
しかしながら、これらのポリペプチドや蛋白質などは、一般的に生体内での半減期が短いために、有効血中濃度を維持するために頻回投与が必要であり、注射に伴う患者の肉体的負担は無視できないものがある。従って、ポリペプチドや蛋白質などの薬物を注射せずに経口投与で効果的に体内へ送達させて、有効血中濃度を長時間維持できる投与方法の開発が望まれている。
ポリペプチドや蛋白質を経口投与する方法として、消化管における蛋白分解酵素の作用を防ぐためアプロチニンなどの蛋白分解酵素阻害剤と共に投与する方法、胃酸による分解を防ぐために腸溶性コーティングを施した製剤を利用する方法、リポソームに封入して投与する方法(非特許文献1;非特許文献2)などが提案されている。しかしながら、未だ満足の行く方法がないのが現状である。
他方、クロストリジウジム ボツリヌス(Clostridium botulinum)菌は自然界に広く存在し食品中毒の原因となる菌として知られている。この食品中毒の原因物質であるボツリヌス神経毒素には、抗原性の相違からA型からG型の8種類があり、ボツリヌス神経毒素は分子量約 150 kDa の易熱性の蛋白質(7S 毒素)であるが、食品中では無毒成分と結合し、分子量 300 kDa の 12S 毒素または M 毒素、分子量 500 kDa の 16S 毒素または L 毒素、分子量 900 kDa の 19S 毒素または LL 毒素の複合体として存在している(非特許文献3および非特許文献4)。また、ボツリヌス神経毒素は、斜視、眼瞼痙攣、片側顔面痙攣、ジストニアなどに対して治療効果を有することも知られている(非特許文献3および非特許文献4)。
【0003】
【非特許文献1】
Pharm. Res. 13, 896, (1996)
【非特許文献2】
Biol. Pharma. Bull. 19, 1055, 1996)
【非特許文献3】
脳21、Vol.5, No.4, 2002, 53(389)
【非特許文献4】
蛋白質 核酸 酵素 Vol.42, No.13 23(1997)
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
本発明の目的は、ボツリヌス神経毒素などのクロストリジウム属菌由来成分を利用した、ポリペプチドや蛋白質などの薬物を経口投与、経皮投与または経鼻投与するための医薬製剤を提供することにある。
【0005】
【課題を解決するための手段】
本発明者は、分子量 150 kDa の蛋白質であるボツリヌス神経毒素(7S 毒素)が、食品中毒を起こす際に、消化管上皮細胞のバリアを通過する機構の解明を目的とする研究の課程で、クロストリジウム ボツリヌス菌が産生するボツリヌス神経毒素複合体および赤血球凝集活性物質(Free hemagglutinin, Free-HAと略すこともある)に上皮細胞のバリア機能を著しく低下させる作用があることを見出した。そして、この作用を利用することにより、上皮細胞のバリアを調節して、ポリペプチドや蛋白質などの薬物を効率よく経口投与、経皮投与あるいは経鼻投与することができ、また脳関門のバリアも低下させるため、脳に移行させたい薬物の投与にも有効であることを見出し、この知見に基き更に研究を進めて本発明を完成させた。
即ち、本発明は、薬物と共に、クロストリジウム属菌由来成分を含有する医薬製剤である。
【0006】
【発明の実施の形態】
以下、本発明をより具体的に説明する。
本発明の医薬製剤においては、薬物と共にクロストリジウム属菌由来成分を用いる。クロストリジウム属菌由来成分としては、生体の上皮細胞のバリア機能を低下させて薬物を上皮細胞バリアを横断させて体内へ送達させる機能、あるいは薬物を生体の上皮細胞へ運搬する機能を有するものであれば、いずれの成分を用いてもよい。例えば、クロストリジウム ボツリヌス菌、クロストリジウム ディフィシル菌、クロストリジウム パーフリンジェンス菌などが産生する成分が挙げられ、なかでもクロストリジウム ボツリヌス菌由来成分が好ましい。より具体的には、クロストリジウム ボツリヌス菌が産生する、無毒化されたボツリヌス神経毒素複合体、赤血球凝集活性物質、これらの構成成分、あるいはその構成成分の断片が挙げられる。
クロストリジウム ボツリヌス菌が産生するボツリヌス神経毒素には、抗原性の相違からA型からG型の 7 種類があり、ボツリヌス神経毒素は分子量約 150 kDaの易熱性の蛋白質(7S 毒素)であるが、食品中では無毒成分と結合し、分子量 300 kDa の 12S 毒素または M 毒素、分子量 900 kDa の 16S 毒素または L毒素、分子量 900 kDa の 19S 毒素または LL 毒素の複合体として存在している(非特許文献3および非特許文献4)。本発明では、好ましくは、このボツリヌス神経毒素と無毒成分とが結合したボツリヌス神経毒素複合体を用いる。ボツリヌス神経毒素複合体としては、特に、ボツリヌスA、BまたはC型菌が産生する 16S 毒素(蛋白質 核酸 酵素 Vol.42, No.13, 23 (1997))が好ましく、特にボツリヌスB型 16S 毒素が好ましい。ボツリヌスB型 16S 毒素は、分子量約 500 kDa で、神経毒素活性、赤血球凝集活性およびラクトース結合活性を有する。より具体的には、ボツリヌスB型 16S 毒素は、ボツリヌス神経毒素(7S毒素、分子量約 160 kDa)、毒性がなく赤血球凝集活性のないNTNH(nontoxic non-hemagglutininの略名、分子量約 130 kDa)および赤血球凝集活性をもつHA(hemagglutininの略名、HA1、HA2、HA3a、HA3b の 4 つのサブコンポーネントからなる。分子量約 150 kDa)が非共有結合により結合した安定な複合体蛋白質である。ボツリヌスB型 16S 毒素は公知の方法により容易に取得可能である(Infection and Immunity, 71, 1599-1603, 2003)。本発明では、これらのボツリヌス神経毒素複合体は、無毒化されたものを用いる。無毒化は、ボツリヌス神経毒素複合体中に存在する毒素成分である 7S 毒素を除去するなり、7S 毒素の毒性を無くすよう処理するなどの方法により容易に実施できる。例えば pH 8 のリン酸緩衝液中で、ボツリヌス神経毒素複合体を神経毒部分である 7S 毒素と無毒成分に分離し、無毒部分を例えばラクトースカラムを用いて分離精製することにより実施できる。また、必要に応じて、更に抗神経毒素抗体で、混入している神経毒を除去することもできる。
【0007】
本発明では、好ましくは、クロストリジウム ボツリヌスA、BまたはC型菌が産生する赤血球凝集活性物質を用いることもできる(蛋白質 核酸 酵素 Vol.42, No.13, 23 (1997))。特に、ボツリヌスB型菌が産生する赤血球凝集活性物質が好ましい。赤血球凝集活性物質は、赤血球凝集活性およびラクトース結合活性を有するが致死活性などの毒性はない。赤血球凝集活性物質は単独で菌の培養液中に存在し、培養上清から、陽イオン交換クロマトグラフィーおよびラクトースゲルを用いたアフィニティーカラムクロマトグラフィーにより精製することができる。ボツリヌス菌が産生する赤血球凝集活性物質には、毒性が無いため、特に無毒化させる必要はないが、必要に応じて、上記したと同様の無毒化処理を施してもよい。
本発明では、上記したボツリヌス神経毒素複合体または赤血球凝集活性物質の構成成分、あるいはその構成成分の断片を用いることもできる。これらの構成成分あるいはその断片が毒性を有する場合には、上記したと同様の方法で無毒化することができる。ボツリヌス神経毒素複合体の構成成分としては、ボツリヌスB型 16S 毒素の構成成分である NTNH および HA(Infection and Immunity, Mar. 2003, p.1599-1603; Infection and Immunity, May 1996, p.1589-1594)などが挙げられ、赤血球凝集活性物質の構成成分としては、 HA1、HA2、HA3、HA3a、HA3b などが挙げられる。
【0008】
本発明で用いる薬物は、いずれでもよく特に限定されないが、経口投与、経皮投与、経鼻投与などが難しいとされている薬物が好適な対象である。このような薬物としては、例えば、分子量約 100 kDa から 500 kDa の生理活性蛋白質または生理活性ポリペプチドが挙げられる。生理活性蛋白質または生理活性ポリペプヂドとしては、具体的には、例えば、インスリン、成長ホルモン、プロラクチンなどのホルモン;インターフェロン、インターロイキン、腫瘍壊死因子などのサイトカイン;エリスロポイエチン、コロニー刺激因子などの造血因子;セロトニンなどの神経伝達物質;繊維芽細胞増殖因子(FGF)、神経細胞増殖因子(NGF)、骨増殖因子(BMP)などの増殖因子;ウロキナーゼ、カリクレインなどの酵素;ポリミキシンなどのポリペプチド系抗生物質;エンケファリンなどの鎮痛性ポリペプチド;ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、キメラ抗体などの抗体などが挙げられる。また、中・低分子量の薬物でもよく、このような薬物としては、水溶性あるいは親水性の高い薬物が好適な対象であり、例えば、アドリアマイシン、5Fu、メトトレキセートなどの抗腫瘍剤などが挙げられる。
【0009】
本発明の医薬製剤は、経口投与、経皮投与、経鼻投与などにより投与することができる。これらの投与経路で投与する場合の剤型としては、例えば、薬物と、クロストリジウム属菌由来成分、例えば無毒化されたボツリヌス神経毒素複合体、赤血球凝集活性物質、これらの構成成分、あるいはその構成成分の断片などとをリポソームまたはマイクロカプセルに封入して、経口製剤、経皮製剤、経鼻製剤に成形した製剤が挙げられる。
リポソームは、リン脂質を主体とする脂質と十分量の水で水和することにより形成される二分子膜を有する脂質小胞体であり、多重膜リポソーム(MLV)と、一枚膜リポソームに分類されるが、本発明ではいずれのリポソームであってもよい。具体的には、例えば、レシチン、ステロール、フォスファチジルコリン、フォスファチジルセリンなどの脂質を、例えばエタノールなどの有機溶媒で可溶化し、減圧下に溶媒を除去し、膜脂質を形成後に、これにポリペプチドまたは蛋白質などの薬物を含む水溶液を添加し、高速度で回転攪拌して、リポソーム懸濁液として得ることができる。得られた懸濁液を、液状のまま、あるいは凍結乾燥した後に、通常の方法により、錠剤、顆粒剤、粉末剤、カプセル剤などに成形して経口投与用製剤とすることができる。また、通常の方法により、軟膏剤、クリーム剤、パッチ型製剤などに成形して経皮投与用製剤とし、また通常の方法により、噴霧剤、スプレー剤などに成形することにより、経鼻投与用製剤とすることもできる。
【0010】
マイクロカプセルとしては、例えば、ポリ(d,l−ラクチド−コ−グリコライド)などの生体内分解性合成ポリマーに、薬物とクロストリジウム属菌由来成分とを分散させ微小胞体としたものなどが挙げられる。より具体的には、例えば、生体内分解性合成ポリマーを塩化メチレンなどの有機溶媒に溶解し、これに薬物と、クロストリジウム属菌由来成分、例えば無毒化されたボツリヌス神経毒素複合体、赤血球凝集活性物質、これらの構成成分、あるいはその構成成分の断片とを含む水溶液を加え、高速攪拌し、共乳化し、次いで生体内分解性合成ポリマーに非溶解の溶媒を加えて、マイクロカプセルを形成させ、安定化剤などを加えて、溶媒を除去することにより得ることができける。これ以外にも、通常採用されているマイクロカプセルの調製法を採用することも勿論できる。このようにして得られたマイクロカプセルを、通常の方法により、錠剤、顆粒剤、粉末剤、カプセル剤などに成形して経口投与用製剤とすることができる。また、通常の方法により、軟膏剤、クリーム剤、パッチ型製剤などに成形して経皮投与用製剤とし、また通常の方法により、噴霧剤、スプレー剤などに成形することにより、経鼻投与用製剤とすることもできる。
【0011】
経鼻投与用製剤の場合には、薬物と、例えば無毒化されたボツリヌス神経毒素複合体、赤血球凝集活性物質、これらの構成成分、あるいはその断片とを、ヒドロキシプロピルメチルセルロースの粉末と良く混合して粉末製剤とすることもできる。腸溶性ポリマーでコーティングした錠剤などの腸溶性製剤として経口投与用製剤とすることもできる。また、クロストリジウム属菌由来成分と薬物とを、生理食塩水などに添加して溶液剤として、あるいは通常のゲル剤として、経皮投与用製剤、経鼻投与用製剤とすることもできる。
また、本発明においては、中・低高分子量の薬物の場合には、薬物をクロストリジウム菌由来成分と通常の方法により共有結合させて用いることも出来る。生理活性蛋白質または生理活性ポリペプチドの場合には、これらの薬物とクロストリジウム菌由来成分とを融合させた融合蛋白質または融合ポリペプチドを遺伝子工学的に作製して、本発明に用いることができる。この場合には、上記したリポソーム、マイクロカプセルに成形して投与するのが好ましい。
本発明の医薬製剤においては、クロストリジウム菌由来成分の使用量は、用いる薬物、投与経路などに応じて変動するが、通常、薬物に対して、0.01 から 10重量%、好ましくは、0.1 から 5 重量%である。
本発明の医薬製剤においては、必要に応じて、通常医薬製剤に使用されている保存剤、安定剤、界面活性剤、防腐剤などを適宜添加することができる。
【0012】
【実施例】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明はこれら実施例によって何ら限定されるのもではない。
実施例で使用する吸収促進剤
(1)B型16S毒素
クロストリジウム ボツリヌスB型菌が産生する蛋白質であり、分子量約 500 kDa で、神経毒素活性、赤血球凝集活性およびラクトース結合活性を有する。ボツリヌス神経毒素(7S毒素、分子量約 160 kDa)、毒性がなく赤血球凝集活性のないNTNH(nontoxic non-hemagglutininの略名、分子量約 130 kDa)および赤血球凝集活性をもつHA(hemagglutininの略名、HA1、HA2、HA3a、HA3b の4つのサブコンポーネントからなる。分子量約 150 kDa)が非共有結合により結合した安定な複合体蛋白質である。本物質は公知の方法により容易に取得可能である(Infection and Immunity, 71, 1599-1603, 2003)。
【0013】
(2)B型Free-HA
クロストリジウム ボツリヌスB型菌が産生する蛋白質であり、赤血球凝集活性およびラクトース結合活性を有するが致死活性などの毒性はない。Free-HAとして単独で菌の培養液に存在する。Free-HAには、図2に示すように少なくとも4つのサブコンポーネントA,B,C,Dが存在し、それらのすべてあるいは一部が複合体を形成していると考えられる。それらのサブコンポーネントを含む画分が本発明の吸収促進剤である。
精製法
クロストリジウム ボツリヌスB型菌 lamanna 株を、透析チューブ培養法で外液 14L、5 日間培養し、チューブ内の溶液を回収し、培養上清を得た。培養上清の 60 % 硫安沈殿物を 50 mM リン酸緩衝液に溶解し、同液で透析した後、2%プロタミン処理を行い、50 mM 酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.2)で透析を行った。本試料を SP-Toyopearl 650 M (トーソー社製)による陽イオン交換クロマトグラフィーにて分画した。その時の分画プロファイルを図1に示す。Free-HA 画分である peak 2 を、ラクトースゲルを用いたアフィニティーカラムに結合させ、0.2 M ラクトースで溶出されたものを 20 mM リン酸緩衝液(pH6.0)で透析し、Free-HA画分(本発明の吸収促進剤)を得た。図2に Free-HA の SDS-PAGEの結果を示す。
【0014】
実施例1
ボツリヌスB型 16S 毒素による T 84 細胞の細胞間電気抵抗値の低下の測定
ヒト大腸がん由来細胞株 T84 細胞を transwell(コースター社製、4.7cm2)を用いて培養し、3 週間ほど維持して、細胞間の tight junction を形成させ,腸管上皮細胞のバリアを構築した。Tight junction の形成は細胞間電気抵抗値(TER)を測定して判定した。この実験系の場合、400Ω・cm2 以上ある場合、tight junction が充分形成されており、細胞のバリアが構築されていることが報告されている(Journal of Clinical Investigation, 1988, 82, 1516-1524)ことから、400Ω・cm2 以上の TER を示した well を実験に用いた。TER 値は Millicell-ERS (ミリポア社製)を用いて測定した。
細胞の apical 側より、ボツリヌスB型 16S 毒素、B型 7S 毒素、B型 Free-HA を終濃度がそれぞれ 50 nMづつになるように添加した。その後、37 ℃の CO2インキュベーター中で、横軸に示した時間、細胞を培養し、電気抵抗を測定した。そこで得られた数値から細胞がない well の電気抵抗値を差し引いた値を算出し、その時間における TER とした。結果を図3に示した。縦軸は、毒素および Free-HA を添加する直前のTER値を 100% として、各時間の TER 値を%で示している。
その結果、B型 16S 毒素を添加した場合、12 時間後には明らかな TER の低下が認められた。B型 Free-HA を添加した場合はB型 16S 毒素に比較してさらに顕著な TER の低下が認められた。一方で、B型 7S や buffer のみを添加した場合は、TER の低下は全く見られなかった。以上より、B型 16S 毒素のみならず Free-HA に T84 細胞の tight junction 機能を低下させ、細胞間のバリアを消失させる作用があることが明らかとなった。さらにB型 16S 毒素がもつ本作用は、B型 16S 毒素中の 7S 毒素ではなく、NTNH と HA の両方、あるいは NTNH か HA のいずれかにあると考えられる。
【0015】
実施例2
ボツリヌスB型 16S 毒素の apical 側から basolateral 側への移行の測定
ヒト大腸がん由来細胞株 T84 細胞を transwell(コースター社製、0.33cm2)を用いて培養し、3週間ほど維持して、細胞間のtight junction を形成させ,腸管上皮細胞のバリアを構築した。Tight junction の形成は細胞間電気抵抗値(TER)を測定して判定した。この実験系の場合、800Ω・cm2 以上ある場合、tight junction が充分形成されており、細胞のバリアが構築されていることが報告されている(Journal of Clinical Investigation, 104, 903-111, 1999)ことから、800Ω・cm2 以上の TER を示した well を実験に用いた。
細胞の頭頂部(apical)側より、ボツリヌスB型 16S 毒素を終濃度がそれぞれ 50 nM づつになるように添加した。その後、37 ℃ の CO2 インキュベーター中で、図4中に示した時間細胞を培養し、apical の培養液と細胞の側底部 basolateral の培養液を採取し、トリクロロ酢酸を添加して、蛋白質を沈殿させた。この際、キャリアータンパク質として 2 マイクログラムのリゾチームを添加している。トリクロロ酢酸で沈殿した蛋白質画分を 7.5-15 % ポリアクリルアミドゲルを用いて SDS-PACE を行った。その後、ゲル中の蛋白質をニトロセルロース膜にブロッティングし、5% スキムミルクでブロッキングした後、抗 7S ウサギポリクローナル抗体を1次抗体、HRP 標識ヤギ抗ウサギ IgG 抗体(Jackson 社製)を2次抗体として用いて western blot を行った。発色は、SuperSignal West Pico (Pierce 社製)を用いて、フィルム(Kodak社製)にて、毒素のバンドを検出した。
その結果、16S を apical から添加した場合、3 時間後、6 時間後では、basolateral の medium 中に移行した毒素は、ほとんど検出できなかったが、17 時間後では、相当量の毒素が検出された。従って、上皮細胞のバリアを通過する毒素は、6 時間までは非常に少ないが、17 時間の時点では、比較的大量の毒素が通過していることが明らかとなった。この結果は、図3で示したB型 16S および Free-HA による TER 値の低下作用の経時変化とよく一致している。従ってB型 16S 毒素あるいは Free-HA により apical 側から添加後 12 時間で、上皮細胞のバリア機能が低下して、その結果 16S 分子中の少なくとも 7S 毒素が、basolateral 側へ大量に移行していると考えられる。
本実施例より、7S 毒素は分子量 150 kDa の巨大なタンパク質なので、同等あるいは、それ以下のタンパク質製剤などが、この経路で上皮細胞のバリアを通過できると考えられる。
以上の実施例より、16S 毒素中の NTNH、HA と Free-HA あるいはそれらのアミノ酸配列の一部をもつ物質に上皮細胞のバリア機能を低下させ、蛋白質質製剤などの物質を体内へ送達させる機能があることが明らかになった。
【0016】
【発明の効果】
以上に詳細に説明した通り、クロストリジウム属菌由来成分、例えばクロストリジウム ボツリヌス菌が産生するボツリヌス神経毒素複合体、赤血球凝集活性物質あるいはこれらの構成成分には、生体の上皮細胞のバリア機能を低下させて、薬物を上皮細胞バリアを横断させて体内へ送達させる機能を有する。従って、これらを無毒化したものを、生理活性蛋白質や生理活性ポリペプチドと共に用いることにより、これらの薬物を経口投与することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【図1】図1は、クロストリジウム ボツリヌスB型菌 lamanna 株の培養上清中の蛋白成分を陽イオン交換クロマトグラフィーにて分画した時の分画プロファイルを示す。
【図2】図2は、クロストリジウム ボツリヌスB型菌 lamanna 株の培養上清中の蛋白成分を陽オン交換クロマトグラフィーにて分画し、その後アフィニティークロマトグラフィーにより得られる Free-HA 画分の SDS-PAGEの結果を示す。
【図3】図3は、ヒト大腸がん由来細胞株 T84 細胞間に形成された tight junction にボツリヌスB型 16S 毒素、B型 7S 毒素、B型 Free-HA をそれぞれ添加した時の電気抵抗値の割合を示す。
【図4】図4は、ヒト大腸がん由来細胞株 T84 細胞により形成された tight junctionの頭頂部(apical)側より、ボツリヌスB型 16S 毒素を添加し、その後、細胞の側底部 (basolateral)側に移行した成分を測定した結果を示している。図4において、NTNH は nontoxic non-HA、Hc+Lc は、7S 毒素の重鎖と軽鎖、Hcは、 7S 毒素の重鎖、Lc は 7S 毒素の軽鎖、HA3b は HAサブコンポーネントの1つを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
薬物と共に、クロストリジウム属菌由来成分を含有する医薬製剤。
【請求項2】
クロストリジウム属菌由来成分が、生体の上皮細胞のバリア機能を低下させて薬物を上皮細胞バリアを横断させて体内へ送達させる機能、あるいは薬物を生体の上皮細胞へ運搬する機能を有するものである、請求項1の医薬製剤。
【請求項3】
クロストリジウム属菌由来成分が、クロストリジウム ボツリヌス菌が産生する、無毒化されたボツリヌス神経毒素複合体、赤血球凝集活性物質、それらの構成成分、あるいはその構成成分の断片である、請求項1または2の医薬製剤。
【請求項4】
クロストリジウム属菌由来成分が、クロストリジウム ボツリヌスB型菌が産生する、ボツリヌスB型 16S 毒素、ボツリヌスB型赤血球凝集活性物質、それらの構成成分、あるいはその構成成分の断片である、請求項1から3のいずれかの医薬製剤。
【請求項5】
薬物が、生理活性蛋白質、生理活性ポリペプチドまたは中・低分子量の薬物である、請求項1から4のいずれかの医薬製剤。
【請求項6】
経口投与用、経皮投与用または経鼻投与用である、請求項1から5のいずれかの医薬製剤。
【請求項7】
マイクロカプセル、リポソームまたは溶液剤の形態にある、請求項1から6のいずれかの医薬製剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−70225(P2007−70225A)
【公開日】平成19年3月22日(2007.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2003−201776(P2003−201776)
【出願日】平成15年7月25日(2003.7.25)
【出願人】(503267652)
【Fターム(参考)】