説明

グリセリンから3−ヒドロキシプロピオン酸を製造する方法

【課題】 酵素反応によりグリセリンから3−ヒドロキシプロピオン酸を効率的に製造する方法を提供する。
【解決手段】 グリセリンから酵素反応により3−ヒドロキシプロピオン酸を製造する方法であって、グリセロールデヒドラターゼ及び/又はジオールデヒドラターゼによる酵素反応を行うこと並びにヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼによる酵素反応を行うことを含む、前記方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリセリンから酵素反応により3−ヒドロキシプロピオン酸を製造する方法、該方法によって得られた3−ヒドロキシプロピオン酸を脱水することによりアクリル酸を製造する方法、並びに該方法に使用するための組換え微生物及び酵素活性物質に関する。
【背景技術】
【0002】
界面活性剤産業やバイオディーゼル燃料産業においては、グリセリンが副産物として大量に排出される。通常グリセリンは、ニトログリセリンの製造、そのほか医薬及び化粧品などに用いられるが、上記の副産物として排出されるグリセリンは不純物を含んだ水溶液の状態であるため、そのまま上記用途に用いることはできず廃棄されているのが現状である。このように廃棄物となるグリセリンを有効利用することができれば、地球環境問題など資源の有効活用の面からも非常に好ましいと考えられる。
【0003】
3−ヒドロキシプロピオン酸及びそのエステルは、脂肪族ポリエステルの原料として有用な化合物であり、また、これらから合成されるポリエステルは生分解性の環境にやさしいポリエステルとして注目されている。3−ヒドロキシプロピオン酸は、通常、アクリル酸に対する水の付加により、又はエチレンクロロヒドリンとシアン化ナトリウムとの反応により製造される。アクリル酸を水和する反応は平衡反応であるため、反応率が制限されるという問題がある。また、エチレンクロロヒドリンの反応の場合は、毒性の強い物質の使用が必要であり、さらに加水分解工程を追加しなくてはならない。この場合、塩化ナトリウム及びアンモニウム塩が大量に生じるという問題もある。
【0004】
特許文献1は、ジオールデヒドラターゼ及び/又はグリセロールデヒドラターゼ、並びにその再活性化因子を含む菌体及び/又は菌体処理物を用いて、グリセリンを脱水して3−ヒドロキシプロピオンアルデヒドを得、これを酸化して3−ヒドロキシプロピオン酸を製造する方法について記載している。特許文献1に記載される方法では、グリセリンを脱水して3−ヒドロキシプロピオンアルデヒドを得る工程のみを酵素反応によって行い、3−ヒドロキシプロピオン酸への酸化は別工程で化学的手法によって行っている。従って、3−ヒドロキシプロピオン酸への酸化反応の前に、酵素反応系において3−ヒドロキシプロピオンアルデヒドが蓄積することとなり、菌体が死滅することや酵素が失活することが問題となる。
【0005】
また、3−ヒドロキシプロピオン酸は、脱水することによりアクリル酸を製造することができる。アクリル酸は、主にアクリル酸エステル製造の中間体として使用されており、アクリル酸エステルはコーティング剤、仕上げ剤、ペイント、接着剤の製造に使用され、吸着剤や洗浄剤用添加剤の製造にも使用されている。大部分の商業用アクリル酸はプロピレンの酸化により製造されている。アクリル酸の代替製造法としては、アクリロニトリルの硫酸による加水分解が知られている。しかし、この方法では、硫酸アンモニウム廃棄物が大量に生成し、それに伴うコストのために商業的には実施されていない。
【0006】
【特許文献1】特開2005-102533号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、酵素反応によりグリセリンから3−ヒドロキシプロピオン酸を効率的に製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、グリセリンを、グリセロールデヒドラターゼ及び/又はジオールデヒドラターゼ並びにヒドロキシアルデヒドデヒドラターゼによる酵素反応に付すことにより、化学的手法を用いることなく、グリセリンから3−ヒドロキシプロピオン酸を製造できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、以下の発明を包含する。
(1)グリセリンから酵素反応により3−ヒドロキシプロピオン酸を製造する方法であって、グリセロールデヒドラターゼ及び/又はジオールデヒドラターゼによる酵素反応を行うこと並びにヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼによる酵素反応を行うことを含む、前記方法。
(2)ヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼが大腸菌由来である、(1)記載の方法。
(3)グリセロールデヒドラターゼ及び/又はジオールデヒドラターゼを産生する微生物又はその処理物並びにヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼを産生する微生物又はその処理物を含む酵素活性物質とグリセリンとを接触させることにより酵素反応を行う、(1)又は(2)記載の方法。
(4)グリセロールデヒドラターゼ及び/又はジオールデヒドラターゼ並びにヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼを産生する微生物又はその処理物とグリセリンとを接触させることにより酵素反応を行う、(1)又は(2)記載の方法。
(5)酵素反応を好気的条件下で行う、(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。
(6)(1)〜(4)のいずれかに記載の方法によって製造された3−ヒドロキシプロピオン酸を脱水することによりアクリル酸を製造する方法。
(7)グリセロールデヒドラターゼ遺伝子及び/又はジオールデヒドラターゼ遺伝子並びにヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子を含む組換え微生物。
(8)グリセロールデヒドラターゼ及び/又はジオールデヒドラターゼ並びにヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼを含む、グリセリンから3−ヒドロキシプロピオン酸を製造するための組成物。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、化学的手法を用いることなく、一連の酵素反応によりグリセリンから3−ヒドロキシプロピオン酸を製造できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明は、グリセリンから酵素反応により3−ヒドロキシプロピオン酸を製造する方法に関し、該酵素反応は、グリセロールデヒドラターゼ及び/又はジオールデヒドラターゼによる酵素反応並びにヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼによる酵素反応の双方を含む。
【0012】
本発明の酵素反応は、グリセロールデヒドラターゼ及び/又はジオールデヒドラターゼにより、グリセリンを脱水して3−ヒドロキシプロピオンアルデヒド及び水へ変換する反応、並びにヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼにより3−ヒドロキシプロピオンアルデヒドを脱水素して3−ヒドロキシプロピオン酸を生成する反応を含む。グリセロールデヒドラターゼ及び/又はジオールデヒドラターゼによる酵素反応と、ヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼによる酵素反応とは、同一の反応系において同時に行ってもよいし、別々の反応系で連続的に行ってもよいが、好ましくは、同一の反応系において同時に行う。グリセロールデヒドラターゼ及び/又はジオールデヒドラターゼによる酵素反応と、ヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼによる酵素反応とを同一の反応系で行うことにより、中間体である3−ヒドロキシプロピオンアルデヒドの蓄積による酵素産生微生物の損傷及び酵素の失活を防止することができる。
【0013】
グリセロールデヒドラターゼ及びジオールデヒドラターゼは、いずれも、グリセリンを脱水して3−ヒドロキシプロピオンアルデヒド及び水へ変換するという反応を触媒することから、本発明において、グリセロールデヒドラターゼ及び/又はジオールデヒドラターゼによる酵素反応は、グリセロールデヒドラターゼのみによる酵素反応、ジオールデヒドラターゼのみによる酵素反応、並びにグリセロールデヒドラターゼ及びジオールデヒドラターゼの両方による酵素反応のいずれも包含する。
【0014】
グリセロールデヒドラターゼ及びジオールデヒドラターゼは、補酵素B12(アデノシルコバラミンとも称される)依存型であり、グリセリンを脱水して3−ヒドロキシプロピオンアルデヒド及び水へ変換する反応には補酵素B12の存在が必須であることから、グリセロールデヒドラターゼ及び/又はジオールデヒドラターゼによる酵素反応においては、補酵素B12を共存させる。補酵素B12は、酵素反応系に添加してもよいし、補酵素B12合成酵素など、その合成系を存在させてもよい。グリセロールデヒドラターゼ及び/又はジオールデヒドラターゼによる酵素反応系における、補酵素B12の存在量は、基質であるグリセリン濃度50mMあたり、補酵素B12濃度が1nM以上、好ましくは100nM以上で、1mM以下、より好ましくは100μM以下となるような量であることが好ましい。
【0015】
また、グリセロールデヒドラターゼ及びジオールデヒドラターゼは、グリセリンを脱水して3−ヒドロキシプロピオンアルデヒド及び水へ変換する反応を触媒すると、補酵素B12がつぶれて、活性中心が失活してしまうが、グリセロールデヒドラターゼ再活性化因子及び/又はジオールデヒドラターゼ再活性化因子により、つぶれた補酵素B12を新たな補酵素B12と置換して、グリセロールデヒドラターゼ及びジオールデヒドラターゼを再活性化することができる。従って、本発明の酵素反応は、好ましくは、グリセロールデヒドラターゼ再活性化因子及び/又はジオールデヒドラターゼ再活性化因子によるグリセロールデヒドラターゼ及び/又はジオールデヒドラターゼの再活性化を行うことをさらに含む。本発明の酵素反応において、グリセロールデヒドラターゼによる酵素反応が含まれる場合は、グリセロールデヒドラターゼ再活性化因子によるグリセロールデヒドラターゼの再活性化を行うことが好ましく、ジオールデヒドラターゼによる酵素反応を行う場合は、ジオールデヒドラターゼ再活性化因子によるジオールデヒドラターゼの再活性化を行うことが好ましい。
【0016】
グリセロールデヒドラターゼは、ラージサブユニット、ミディアムサブユニット及びスモールサブユニットの3種のサブユニットから構成される酵素である。本発明においてグリセロールデヒドラターゼは、グリセリンを脱水して、3−ヒドロキシプロピオンアルデヒド及び水へ変換する反応を触媒する酵素活性を有するタンパク質であれば特に制限されず、公知のものを使用できる。具体的には、Klebsiella属、Citrobacter属、Clostridium属、Lactobacillus属、Enterobacter属、Caloramator属、Salmonella属及びListeria属に属する微生物、より詳しくは、Klebsiella pneumoniae、Citrobacter freundii、Clostridium pasteurianum、Lactobacillus leichmannii、Citrobacter intermedium、Lactobacillus reuteri、Lactobacillus buchneri、Lactobacillus brevis、Enterobacter agglomerans、Clostridium butyricum、Caloramator viterbensis、Lactobacillus collinoides、Lactobacillus hilgardii、Salmonella typhimurium、Listeria monocytogenes、及びListeria innocuaに由来するグリセロールデヒドラターゼなどが挙げられる。これらのグリセロールデヒドラターゼは、単独で使用してもよいし、2種以上の混合物として使用してもよい。
【0017】
ジオールデヒドラターゼもまた、ラージサブユニット、ミディアムサブユニット及びスモールサブユニットの3種のサブユニットから構成される酵素である。本発明において、ジオールデヒドラターゼは、グリセリンを脱水して、3−ヒドロキシプロピオンアルデヒド及び水へ変換する反応を触媒する酵素活性を有するタンパク質であれば特に制限されず、公知のものを使用できる。具体的には、Klebsiella属、Citrobacter属、Clostridium属、Lactobacillus属、Enterobacter属、Caloramator属、Salmonella属及びListeria属に属する微生物、より詳しくは、Klebsiella pneumoniae、Citrobacter freundii、Clostridium pasteurianum、Lactobacillus leichmannii、Citrobacter intermedium、Lactobacillus reuteri、Lactobacillus buchneri、Lactobacillus brevis、Enterobacter agglomerans、Clostridium butyricum、Caloramator viterbensis、Lactobacillus collinoides、Lactobacillus hilgardii、Salmonella typhimurium、Listeria monocytogenes、及びListeria innocuaに由来するジオールデヒドラターゼなどが挙げられる。これらのジオールデヒドラターゼは、単独で使用してもよいし、2種以上の混合物として使用してもよい。
【0018】
本発明において、ヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼは、3−ヒドロキシプロピオンアルデヒドから水素を脱離し電子受容体に渡す脱水素反応を触媒する酵素活性を有するタンパク質であれば特に制限されず、公知のものを使用できる。具体的には、Escherichia属、Aerobacter属、Agrobacterium属、Alcaligenes属、Arthrobacter属、Bacillus属、Corynebacterium属、Flavobacterium属、Klebsiella属、Micrococcus属、Protaminobacter属、Proteus属、Pseudomonas属、Salmonella属、Sarcina属、Staphylococcus属、Shigella属、Erwinia属、Neisseria属に属する微生物、より詳しくは、Aerobacter aerogenes、Agrobacterium radiobacter、Agrobacterium tumefaciens、Alcaligenes viscolactis、Arthrobacter simplex、Bacillus licheniformis、Bacillus megaterium、Bacillus subtilis、Corynebacterium equi、Flavobacterium sp.、Klebsiella pneumonia(locus name AB106869)、Micrococcus glutamicus、Protaminobacter alboflavus、Proteus vulgaris、Pseudomonas fluorescens、Salmonella typhimurium、Sarcina lutea、Staphylococcus aureus、Shigella flexneri(locus name AE016982)、Erwinia carotovora(locus name BX950851)、Neisseria meningitides(locus name AL162753)、Neisseria gonorrhoeae(locus name AE004969)に由来するヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼなどが挙げられる(Morita, H.; Nishimura, T.; Tani, Y.; Ogata, K.; Yamada, H.; Agric. Biol. Chem. 43, 185-186 (1979))。本発明においてはヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼとして、好ましくは大腸菌由来のヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼ、より好ましくはaldA又はaldBを用いる。これらの酵素はグリセリンの脱水によって得られる3−ヒドロキシプロピオンアルデヒドに対し基質特異性が高く、3−ヒドロキシプロピオンアルデヒドの脱水素反応において高い活性を示す。特に好ましくは、大腸菌由来のaldAを用いる。
【0019】
グリセロールデヒドラターゼ再活性化因子及びジオールデヒドラターゼ再活性化因子は、ラージサブユニット及びスモールサブユニットの2種のサブユニットから構成される。本発明においてグリセロールデヒドラターゼ再活性化因子及びジオールデヒドラターゼ再活性化因子は、グリセリンの3−ヒドロキシプロピオンアルデヒド及び水への変換反応を触媒することにより失活したグリセロールデヒドラターゼ又はジオールデヒドラターゼにおける反応中心部分の補酵素B12を入れ替えて、再度活性を取り戻させる役割を有するタンパク質であれば特に制限されず、公知のものを使用できる。グリセロールデヒドラターゼ再活性化因子としては、WO98/21341;Daniel et al., J. Bacteriol., 177, 2151(1995);Toraya and Mori, J. Biol. Chem., 274, 3372(1999);及びTobimatsu et al., J. Bacteriol. 181, 4110(1999)に記載のものなどが挙げられる。
【0020】
グリセロールデヒドラターゼ再活性化因子又はジオールデヒドラターゼ再活性化因子をコードする遺伝子としては、一般に嫌気条件下でグリセリンを資化することのできる細菌群が有するdhaレギュロン、pduオペロンと呼ばれる遺伝子郡内に存在するものが含まれ、例えば、gdrA、gdrB、pduG、pduH、ddrA、ddrB、dhaF、dhaG、orfZ、及びorfYなどが挙げられる。具体的には、Lactobacillus属、Klebsiella属、Citrobacter属、Clostridium属、及びEnterobacter属に属する微生物由来、より詳しくは、Klebsiella pneumoniae、Lactobacillus leichmannii、Citrobacter freundii、Citrobacter intermedium、Lactobacillusreuteri、Lactobacillus buchneri、Lactobacillus brevis、Clostridium pasteurianum、Enterobacter agglomerans、及びClostridium butyricum由来のものなどが挙げられる。これらのグリセロールデヒドラターゼ再活性化因子及びジオールデヒドラターゼ再活性化因子は、単独で使用してもよいし、2種以上の混合物として使用してもよい。
【0021】
一実施形態において、本発明の酵素反応は、グリセロールデヒドラターゼ及び/又はジオールデヒドラターゼを産生する微生物又はその処理物並びにヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼを産生する微生物又はその処理物を含む酵素活性物質とグリセリンとを接触させることにより実施する。
【0022】
本実施形態では、グリセロールデヒドラターゼ及び/又はジオールデヒドラターゼによる酵素反応と、ヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼによる酵素反応とが同一の反応系で行われ、中間体である3−ヒドロキシプロピオンアルデヒドの蓄積による微生物の損傷及び酵素の失活を防止することができる。
【0023】
本発明においては、さらに、グリセロールデヒドラターゼ再活性化因子及び/又はジオールデヒドラターゼ再活性化因子を産生する微生物又はその処理物を含む酵素活性物質を用いることが好ましい。あるいは、グリセロールデヒドラターゼ及び/又はジオールデヒドラターゼを産生する微生物として、さらにグリセロールデヒドラターゼ再活性化因子及び/又はジオールデヒドラターゼ再活性化因子をも産生する微生物を用いることが好ましい。
【0024】
グリセロールデヒドラターゼ及び/又はジオールデヒドラターゼを産生する微生物、並びにヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼを産生する微生物としては、上記のような各酵素を産生する公知の微生物、グリセロールデヒドラターゼ遺伝子及び/又はジオールデヒドラターゼ遺伝子を導入した組換え微生物、並びにヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子を導入した組換え微生物をそれぞれ使用できる。好ましくは各遺伝子を導入した組換え微生物を用いる。
【0025】
グリセロールデヒドラターゼ遺伝子及びジオールデヒドラターゼ遺伝子の導入は、各酵素を構成するラージサブユニット、ミディアムサブユニット及びスモールサブユニットの3種をそれぞれコードする遺伝子を導入することにより行う。また、グリセロールデヒドラターゼ再活性化因子遺伝子及びジオールデヒドラターゼ再活性化因子遺伝子の導入は、各酵素を構成するラージサブユニット及びスモールサブユニットの2種をそれぞれコードする遺伝子を導入することにより行う。
【0026】
グリセロールデヒドラターゼのラージサブユニットをコードする遺伝子の塩基配列を配列番号1に、ミディアムサブユニットをコードする遺伝子の塩基配列を配列番号3に、スモールサブユニットをコードする遺伝子の塩基配列を配列番号5に例示する。また、ジオールデヒドラターゼのラージサブユニットをコードする遺伝子の塩基配列を配列番号7に、ミディアムサブユニットをコードする遺伝子の塩基配列を配列番号9に、スモールサブユニットをコードする遺伝子の塩基配列を配列番号11に例示する。また、グリセロールデヒドラターゼ再活性化因子のラージサブユニットをコードする遺伝子の塩基配列を配列番号13に、スモールサブユニットをコードする遺伝子の塩基配列を配列番号15に、ジオールデヒドラターゼ再活性化因子のラージサブユニットをコードする遺伝子の塩基配列を配列番号17に、スモールサブユニットをコードする遺伝子の塩基配列を配列番号19に例示する。
【0027】
ここで、グリセロールデヒドラターゼのラージサブユニットをコードする遺伝子、ミディアムサブユニットをコードする遺伝子及びスモールサブユニットをコードする遺伝子には、それぞれ、配列番号1、3及び5で表される塩基配列からなる遺伝子と機能的に同等の遺伝子が包含される。ジオールデヒドラターゼの各サブユニットをコードする遺伝子についても同様である。「機能的に同等の遺伝子」とは、対象となる遺伝子によってコードされるタンパク質が、各配列番号で表される塩基配列からなる遺伝子によってコードされるタンパク質と同等の生物学的機能、生化学的機能を有することを指す。
【0028】
あるタンパク質と機能的に同等のタンパク質をコードする遺伝子を調製する当業者によく知られた方法としては、ハイブリダイゼーション技術(Sambrook, J et al., Molecular Cloning 2nd ed., 9.47-9.58, Cold Spring Harbor Lab.press (1989))を利用する方法が挙げられる。
【0029】
例えば、配列番号1で表される塩基配列の全長において、種々の人為的処理、例えば部位特異的変異導入、変異剤処理によるランダム変異、制限酵素切断による核酸断片の変異、欠失、連結等により、部分的にその配列が変化したものであっても、これらの変異型遺伝子が配列番号1で表される塩基配列と相補的な塩基配列からなる遺伝子とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、グリセロールデヒドラターゼのラージサブユニットの活性、すなわち、グリセロールデヒドラターゼのミディアムサブユニット及びスモールサブユニットと一緒になってグリセロールデヒドラターゼの活性を示すタンパク質をコードする限り、グリセロールデヒドラターゼのラージサブユニットをコードする遺伝子に含まれる。その他のサブユニットをコードする遺伝子、並びにジオールデヒドラターゼ、グリセロールデヒドラターゼ再活性化因子及びジオールデヒドラターゼ再活性化因子の各サブユニットをコードする遺伝子についても同様である。
【0030】
ストリンジェントな条件とは、特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいい、すなわち、各遺伝子に対し高い相同性を有するDNAがハイブリダイズする条件をいう。より具体的には、このような条件は、0.5〜1MのNaCl存在下42〜68℃で、又は50%ホルムアミド存在下42℃で、又は水溶液中65〜68℃で、ハイブリダイゼーションを行った後、0.1〜2倍濃度のSSC(saline sodium citrate)溶液を用いて室温〜68℃でフィルターを洗浄することにより達成できる。
【0031】
上記のようなストリンジェントな条件においては、対象となる塩基配列と少なくとも80%の同一性、好ましくは少なくとも90%の同一性、より好ましくは少なくとも95%の同一性、さらに好ましくは少なくとも99%の同一性を有する塩基配列からなる遺伝子が、対象となる塩基配列と相補的な塩基配列からなる遺伝子とハイブリダイズすることができる。
【0032】
また、グリセロールデヒドラターゼのラージサブユニットをコードする遺伝子には、配列番号2のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子が包含され、ミディアムサブユニットをコードする遺伝子には配列番号4のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子が包含され、スモールサブユニットをコードする遺伝子には配列番号6のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子が包含される。ジオールデヒドラターゼのラージサブユニットをコードする遺伝子には、配列番号8のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子が包含され、ミディアムサブユニットをコードする遺伝子には配列番号10のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子が包含され、スモールサブユニットをコードする遺伝子には配列番号12のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子が包含される。グリセロールデヒドラター再活性化因子のラージサブユニットをコードする遺伝子には、配列番号14のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子が包含され、スモールサブユニットをコードする遺伝子には配列番号16のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子が包含される。ジオールデヒドラターゼ再活性化因子のラージサブユニットをコードする遺伝子には、配列番号18のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子が包含され、スモールサブユニットをコードする遺伝子には配列番号20のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子が包含される。
【0033】
そして、各遺伝子には、各アミノ酸配列からなるタンパク質と機能的に同等のタンパク質をコードする遺伝子が包含される。例えば、配列番号2のアミノ酸配列からなるタンパク質と機能的に同等のタンパク質としては、配列番号2のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、付加、挿入又は置換されたアミノ酸配列からなるタンパク質であって、グリセロールデヒドラターゼのミディアムサブユニット及びスモールサブユニットと一緒になってグリセロールデヒドラターゼの活性を示すタンパク質が挙げられる。
【0034】
ここで、タンパク質の構成要素となるアミノ酸の側鎖は、疎水性、電荷、大きさなどにおいてそれぞれ異なるものであるが、実質的にタンパク質全体の3次元構造(立体構造とも言う)に影響を与えないという意味で保存性の高い幾つかの関係が、経験的にまた物理化学的な実測により知られている。例えば、異なるアミノ酸残基間の保存的置換の例としては、グリシン(Gly)とプロリン(Pro)、グリシンとアラニン(Ala)又はバリン(Val)、ロイシン(Leu)とイソロイシン(Ile)、グルタミン酸(Glu)とグルタミン(Gln)、アスパラギン酸(Asp)とアスパラギン(Asn)、システイン(Cys)とスレオニン(Thr)、スレオニンとセリン(Ser)又はアラニン、リジン(Lys)とアルギニン(Arg)等のアミノ酸の間での置換が知られている。
【0035】
従って、配列番号2のアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸の欠失、付加、挿入又は置換が生じた結果得られたアミノ酸配列からなる変異型タンパク質であっても、その変異が配列番号2に記載のアミノ酸配列の3次元構造において保存性が高い変異であって、その変異型タンパク質がグリセロールデヒドラターゼのラージサブユニットの活性を有しているのであれば、これらの変異型タンパク質をコードする遺伝子もまたグリセロールデヒドラターゼのラージサブユニットをコードする遺伝子に包含される。ここで、数個とは、通常2〜5個、好ましくは2〜3個である。
【0036】
またグリセロールデヒドラターゼのラージサブユニットをコードする遺伝子には、配列番号2のアミノ酸配列と少なくとも80%の同一性、好ましくは少なくとも90%の同一性、より好ましくは少なくとも95%の同一性、さらに好ましくは少なくとも99%の同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質であって、グリセロールデヒドラターゼのラージサブユニットの活性を有するタンパク質をコードする遺伝子も包含される。
【0037】
その他のサブユニットをコードする遺伝子、並びにジオールデヒドラターゼ、グリセロールデヒドラターゼ再活性化因子及びジオールデヒドラターゼ再活性化因子の各サブユニットをコードする遺伝子についても同様である。
【0038】
各サブユニットをコードする遺伝子は、同一の宿主で発現させる限り、ゲノムに導入してもよいし、同一のベクターに導入して形質転換を行ってもよいし、別々のベクターに導入して形質転換を行ってもよい。また。各サブユニットは、同一の種又は同一の株に由来するものを用いるのが好ましい。
【0039】
ヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子の塩基配列を配列番号21及び23にに例示する。ここで、ヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子には、配列番号21又は23で表される塩基配列からなる遺伝子と機能的に同等の遺伝子が包含される。すなわち、配列番号21又は23で表される塩基配列の全長において、種々の人為的処理、例えば部位特異的変異導入、変異剤処理によるランダム変異、制限酵素切断による核酸断片の変異、欠失、連結等により、部分的にその配列が変化したものであっても、これらの変異型遺伝子が配列番号21又は23で表される塩基配列と相補的な塩基配列からなる遺伝子とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、ヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼの活性を示すタンパク質をコードする限り、ヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子に含まれる。ストリンジェントな条件については上記のとおりである。
【0040】
また、ヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子には、配列番号22又は24のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子が包含される。そして、配列番号22又は24のアミノ酸配列からなるタンパク質と機能的に同等のタンパク質をコードする遺伝子が包含される。従って、配列番号22又は24のアミノ酸配列からなるタンパク質と機能的に同等のタンパク質としては、配列番号22又は24のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、付加、挿入又は置換されたアミノ酸配列からなるタンパク質であって、ヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼの活性を示すタンパク質が挙げられる。ここで、数個とは、通常2〜5個、好ましくは2〜3個である。またヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子には、配列番号22又は24のアミノ酸配列と少なくとも80%の同一性、好ましくは少なくとも90%の同一性、より好ましくは少なくとも95%の同一性、さらに好ましくは少なくとも99%の同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質であって、ヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼの活性を示すタンパク質をコードする遺伝子も包含される。
【0041】
微生物への遺伝子の導入は、上記遺伝子又はその一部を適当なベクターに連結し、得られた組換えベクターを目的の遺伝子が発現し得るように宿主中に導入することにより、又は相同組換えによってゲノム上の任意の位置に目的の遺伝子又はその一部を挿入することにより実施できる。「一部」とは、宿主中に導入された場合に各遺伝子がコードするタンパク質を発現することができる各遺伝子の一部分を指す。本発明において遺伝子には、DNA及びRNAが包含され、好ましくはDNAである。
【0042】
微生物のゲノムから所望の遺伝子をクローニングにより取得する方法は、分子生物学の分野において周知である。例えば遺伝子の配列が既知の場合、制限エンドヌクレアーゼ消化により適したゲノムライブラリを作り、所望の遺伝子配列に相補的なプローブを用いてスクリーニングすることができる。配列が単離されたら、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)(米国特許第4,683,202号)のような標準的増幅法を用いてDNAを増幅し、形質転換に適した量のDNAを得ることができる。グリセロールデヒドラターゼ遺伝子、ジオールデヒドラターゼ遺伝子及びヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子等の遺伝子は、既知の遺伝子以外にも、既知の遺伝子の塩基配列に基づいて適当に設計された合成プライマーを用いてハイブリダイゼーション法、PCR法などにより取得することもできる。
【0043】
遺伝子のクローニングに用いるゲノムDNAライブラリーの作製、ハイブリダイゼーション、PCR、プラスミドの調製、DNAの切断及び連結、形質転換等の方法は、Sambrook, J et al., Molecular Cloning 2nd ed., 9.47-9.58, Cold Spring Harbor Lab.press (1989)に記載されている。
【0044】
遺伝子を連結するベクターとしては、宿主で複製可能なものであれば特に限定されず、例えばプラスミド、ファージ及びコスミド等が挙げられる。プラスミドとしては、例えば、pHSG398、pUC18、pBR322、pSC101、pUC19、pUC118、pUC119、pACYC117、pBluescript II SK(+)、pETDuet−1、pACYCDuet−1等が挙げられ、ファージとしては、例えばλgt10、Charon 4A、EMBL−、M13mp18、M13mp19等が挙げられる。
【0045】
上記ベクターにおいては、挿入した遺伝子が確実に発現されるようにするため、該遺伝子の上流に適当な発現プロモーターを接続する。使用する発現プロモーターは、特に制限されず、宿主に応じて当業者が適宜選択すればよい。例えば宿主が大腸菌である場合には、T7プロモーター、lacプロモーター、trpプロモーター、λ−PLプロモーターなどが、宿主がBacillus属細菌である場合にはSPO系プロモーター等が使用できる。
【0046】
宿主としては、目的とする遺伝子を発現できるものであれば特に限定されず、例えば、Ralstonia属、Pseudomonas属、Bacillus属、Escherichia属、Propionibacterium属、Lactobacillus属、Salmonella属、Klebsiella属、Acetobacterium属、Flavobacterium属、Citrobacter属、Agrobacterium属、Anabaena属、Bradyrhizobium属、Brucella属、Chlorobium属、Clostridium属、Corynebacterium属、Fusobacterium属、Geobacter属、Gloeobacter属、Leptospira属、Mycobacterium属、Mycobacterium属、Photorhabdus属、Porphyromonas属、Prochlorococcus属、Rhodobacter属、Rhodopseudomonas属、Sinorhizobium属、Streptomyces属、Synechococcus属、Thermosynechococcus属、Treponema 属、Archaeoglobus属、Halobacterium属、Mesorhizobium属、Methanobacterium属、Methanococcus属、Methanopyrus属、Methanosarcina属、Methanosarcina属、Pyrobaculum属、Sulfolobus 属、Thermoplasma属に属する微生物、具体的には、大腸菌、Acetobacterium sp.、Citrobacter freundii、Flavobacterium sp.、Ralstonia solanacearum、Ralstonia eutropha、Pseudomonas putida、Pseudomonas aeruginosa、Pseudomonas denitrificans、Bacillus subtilis、Bacillus megaterium、Propionibacterium acidipropionici、Propionibacterium acnes、Propionibacterium australiense、Propionibacterium avidum、Propionibacterium cyclohexanicum、Propionibacterium granulosum、Propionibacterium jensenii、Propionibacterium microaephilum、Propionibacterium propionicum、Propionibacterium thoenii、Propionibacterium freudenreichii、Agrobacterium tumefaciens、Anabaena sp.、Bradyrhizobium japonicum、Brucella melitensis、Brucella suis、Chlorobium tepidum、Clostridium tetani、Clostridium glycolicum、Clostridium difficile、Corynebacterium diphtheriae、Fusobacterium nucleatum、Geobacter sulfurreducens、Gloeobacter violaceus、Leptospira interrogans、Mycobacterium bovis、Mycobacterium tuberculosis、Photorhabdus luminescens、Porphyromonas gingivalis、Prochlorococcus marinus、Rhodobacter capsulatus、Rhodopseudomonas palustris、Sinorhizobium meliloti、Streptomyces avermitilis、Streptomyces coelicolor、Synechococcus sp.、Thermosynechococcus elongatus、Treponema denticola、Archaeoglobus fulgidus、Halobacterium sp、Mesorhizobium loti、Methanobacterium thermoautotrophicum、Methanococcus jannaschii、Methanopyrus kandleri、Methanosarcina acetivorans、Methanosarcina mazei、Pyrobaculum aerophilum、Sulfolobus solfataricus、Sulfolobus tokodaii、Thermoplasma acidophilum、Thermoplasma volcaniumが挙げられる。
【0047】
また、Saccharomyces cerevisiaeなどのSaccharomyces属に属する酵母、Candida maltosaなどのCandida属に属する酵母、COS細胞、CHO細胞、マウスL細胞、ラットGH3、ヒトFL細胞などの動物細胞、SF9細胞などの昆虫細胞などを使用できる。
【0048】
一実施形態においては、補酵素B12合成系を有するものを宿主として使用するのが好ましい。例えば、Lactobacillus属、Salmonella属、Klebsiella属、Propionibacterium属、Agrobacterium属、Anabaena属、Bacillus属、Bradyrhizobium属、Brucella属、Chlorobium属、Clostridium属、Corynebacterium属、Fusobacterium属、Geobacter属、Gloeobacter属、Leptospira属、Mycobacterium属、Mycobacterium属、Photorhabdus属、Porphyromonas属、Prochlorococcus属、Pseudomonas属、Ralstonia属、Rhodobacter属、Rhodopseudomonas属、Sinorhizobium属、Streptomyces属、Synechococcus属、Thermosynechococcus属、Treponema属、Archaeoglobus属、Halobacterium属、Mesorhizobium属、Methanobacterium属、Methanococcus属、Methanopyrus属、Methanosarcina属、Methanosarcina属、Pyrobaculum属、Sulfolobus 属、Thermoplasma属に属する微生物を宿主として使用する。あるいは、補酵素B12合成遺伝子を組み換えにより導入した宿主を用いてもよい。
【0049】
宿主細胞においては、グリセロールデヒドロゲナーゼを発現しない宿主細胞、すなわちグリセロールデヒドロゲナーゼ遺伝子を有しない細胞及びグリセロールデヒドロゲナーゼ遺伝子をノックアウトした細胞を使用するのが好ましい。これらを用いることにより、グリセリンが酸化されてジヒドロキシアセトンに変換される経路を遮断することができ、より高い収率で3−ヒドロキシプロピオン酸を製造することができる。グリセロールデヒドロゲナーゼ遺伝子をノックアウトする方法については、公知の方法を使用できる。具体的には、該ノックアウト細菌は、細胞中のグリセロールデヒドロゲナーゼ遺伝子を標的遺伝子として、標的遺伝子の任意の位置で相同組換えを起こすベクター(ターゲティングベクター)を用いて当該遺伝子を破壊する方法(ジーンターゲティング法)や、標的遺伝子の任意の位置にトラップベクター(プロモーターを持たないレポーター遺伝子)を挿入して当該遺伝子を破壊しその機能を失わせる方法(遺伝子トラップ法)、それらを組み合わせた方法等の当技術分野でノックアウト細胞、トランスジェニック動物(ノックアウト動物含む)等を作製する際に用いられる方法を用いて該細胞中のグリセロールデヒドロゲナーゼ遺伝子を破壊することによって作製される。相同置換を起こす位置又はトラップベクターを挿入する位置は、グリセロールデヒドロゲナーゼ遺伝子の発現の消失をもたらす変異を生じる位置であれば特に限定されないが、好ましくは転写調節領域、より好ましくは第2エクソンを置換する。またグリセロールデヒドロゲナーゼ遺伝子をノックアウトする他の方法としては、グリセロールデヒドロゲナーゼ遺伝子のアンチセンスcDNAを発現するベクターを導入する方法や、グリセロールデヒドロゲナーゼ遺伝子の2重鎖RNAを発現するベクターを細胞に導入する方法が挙げられる。当該ベクターとしては、ウイルスベクターやプラスミドベクター等が包含され、通常の遺伝子工学的手法に基づき、例えばSambrook, J et al., Molecular Cloning 2nd ed., 9.47-9.58, Cold Spring Harbor Lab.press (1989)等の基本書に従い作製することができる。又、市販されているベクターを任意の制限酵素で切断し所望の遺伝子等を組み込んで半合成することもできる。
【0050】
ベクターの宿主への導入方法としては、特に制限されないが、例えば、電気パルス法、カルシウムイオンを用いる方法、プロトプラスト法、エレクトロポレーション法等を挙げることができる。
【0051】
相同組換えによってゲノム上の任意の位置に目的の遺伝子を挿入する方法は、ゲノム上の配列と相同な配列に目的遺伝子をプロモーターとともに挿入し、この核酸断片をエレクトロポレーションによって細胞内に導入して相同組換えを起こさせることにより実施できる。ゲノムへの導入の際には目的遺伝子と薬剤耐性遺伝子を連結した核酸断片を用いると容易に相同組換えが起こった株を選抜することができる。また、薬剤耐性遺伝子と特定の条件下で致死的になる遺伝子を連結した遺伝子をゲノム上に上記の方法で相同組換えによって挿入し、その後、薬剤耐性遺伝子と特定の条件下で致死的になる遺伝子を置き換える形で目的遺伝子を相同組換えを利用して導入することもできる。
【0052】
目的とする遺伝子が導入された組換え微生物を選択する方法は、特に制限されないが、目的とする遺伝子が導入された組換え微生物のみを、容易に選択できる手法によるものが好ましい。
【0053】
また、一実施形態において、本発明の酵素反応は、グリセロールデヒドラターゼ及び/又はジオールデヒドラターゼ並びにヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼを産生する微生物又はその処理物とグリセリンとを接触させることに実施する。そのような微生物としては、グリセロールデヒドラターゼ遺伝子及び/又はジオールデヒドラターゼ遺伝子並びにヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子を含む組換え微生物を使用できる。当該微生物は、さらに、グリセロールデヒドラターゼ再活性化因子遺伝子及び/又はジオールデヒドラターゼ再活性化因子遺伝子を含むことが好ましい。あるいは、グリセロールデヒドラターゼ及び/又はジオールデヒドラターゼ並びにヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼを産生する微生物又はその処理物に加え、グリセロールデヒドラターゼ再活性化因子遺伝子及び/又はジオールデヒドラターゼ再活性化因子遺伝子を含む微生物又はその処理物を含む酵素活性物質とグリセリンとを接触させることにより酵素反応を実施してもよい。遺伝子導入方法や宿主などの組換え微生物の製造方法については、すでに記載したとおりである。
【0054】
このような微生物又はその処理物を用いて酵素反応を実施することにより、グリセロールデヒドラターゼ及び/又はジオールデヒドラターゼによる酵素反応と、ヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼによる酵素反応とが同一の反応系で行われ、中間体である3−ヒドロキシプロピオンアルデヒドの蓄積による酵素産生微生物の損傷及び酵素の失活を防止することができる。
【0055】
本発明において、3−ヒドロキシプロピオン酸の製造は、上記微生物又はその処理物、あるいは複数の微生物又はその処理物を含む酵素活性物質とグリセリンとを接触させ、反応生成物中に3−ヒドロキシプロピオン酸を蓄積させ、3−ヒドロキシプロピオン酸を採取することにより実施できる。
【0056】
上記微生物又はその処理物またはそれらを含む酵素活性物質とグリセリンとを接触させるとは、グリセリンの存在下で微生物又はその処理物を培養すること、また、本発明の微生物の処理物を用いて反応を行うことを包含する。該処理物としては、アセトン、トルエン等で処理した菌体、菌死体、凍結乾燥菌体、菌体破砕物、菌体を破砕した無細胞抽出物、これらから酵素を抽出した粗酵素液、精製酵素等が挙げられる。また、常法により担体に固定化した菌体、該処理物、酵素等を用いることもできる。
【0057】
培養に用いる培地及び培養条件は、使用する微生物の種類に応じて適宜設定することができるが、窒素源、無機イオン及び必要に応じその他の有機微量栄養素を含有する通常の培地、例えば、2培地などを用いることができる。培養は、用いる微生物の生育に好適な条件で行われる。通常、培養温度10℃〜45℃で、16〜96時間実施する。また、宿主として好熱性細菌を用いる場合には、培養温度は42℃〜60℃で培養することができる。培養を連続的に行う場合には、培養は1週間〜3ヶ月間実施する。
【0058】
ヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼによる酵素反応は、ニコチンアミドヌクレオチド(NAD)依存的な反応であるが、培養を好気的条件下で行うことにより、呼吸鎖においてNADH+H→NADの酸化反応が行われ、ヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼによる酵素反応を継続的に実施することができる(図1参照)。
【0059】
また、好気培養し、菌体量を増やしてから嫌気的条件下で培養し、グリセリンを与えて発酵を行うこともできる。その場合は、呼吸鎖におけるNADH+H→NADの酸化反応が行われないが、アルコールデヒドロゲナーゼによる3−ヒドロキシプロピオンアルデヒドの1,3−プロパンジオールへの還元反応を平行して実施することにより、ヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼによる酵素反応を継続的に実施することができる(図2参照)。
【0060】
アルコールデヒドロゲナーゼによる3−ヒドロキシプロピオンアルデヒドの1,3−プロパンジオールへの還元反応は、アルコールデヒドロゲナーゼを産生する微生物又はその処理物を用いて実施できる。本発明の酵素反応に使用される微生物、すなわち、グリセロールデヒドラターゼ及び/又はジオールデヒドラターゼを産生する微生物、ヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼを産生する微生物、あるいはグリセロールデヒドラターゼ遺伝子及び/又はジオールデヒドラターゼ遺伝子並びにヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子を含む組換え微生物に、アルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子を導入してもよい。また、組換え微生物の宿主として、アルコールデヒドロゲナーゼを産生する微生物や、アルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子を導入したものを用いてもよい。
【0061】
アルコールデヒドロゲナーゼは、3−ヒドロキシプロピオンアルデヒドの1,3−プロパンジオールへの還元反応を触媒するタンパク質であれば特に制限されず、公知のものを使用できる。具体的には、例えば、Lactobacillus属、Citrobacter属、Clostridium属、Klebsiella属、Enterobacter属、Caloramator属、Salmonella属、及びListeria属等に属する細菌に由来するものが挙げられる。これらのアルコールデヒドロゲナーゼは、単独で使用してもよいし、2種以上の混合物として使用してもよい。好ましくは、プロパノールデヒドロゲナーゼを用いる。プロパノールデヒドロゲナーゼ遺伝子の塩基配列として、配列番号25の塩基配列が例示される。プロパノールデヒドロゲナーゼ遺伝子には、配列番号25の塩基配列からなる遺伝子と機能的に同等の遺伝子も包含される。
【0062】
上記のように嫌気的条件下で、アルコールデヒドロゲナーゼによる酵素反応を平行して実施することにより、3−ヒドロキシプロピオンアルデヒドと1,3−プロパンジオールの双方を製造することができる。1,3−プロパンジオールは、ポリエステル繊維の生産並びにポリウレタン及び環状化合物の製造に使用される有用なモノマーであり、本実施形態により2種の有用物質を効率的に製造することが可能である。
【0063】
生物学的系において、グリセリンは2段階の酵素触媒反応を経て、1,3−プロパンジオールに変換され、第1段階において、グリセロールデヒドラターゼがグリセリンを3−ヒドロキシプロピオンアルデヒド及び水へ変換し、第2段階において、3−ヒドロキシプロピオンアルデヒドがNAD−結合オキシドレダクターゼにより1,3−プロパンジオールに還元される。しかし、生物学的系におけるグリセリンからの1,3−プロパンジオールの生産は、一般に嫌気的条件下でグリセリンを単独の炭素源とし、他の外因性還元当量受容物質の不在下で行われるため、最初に、NAD−(又はNADP−)結合グリセロールデヒドロゲナーゼによるグリセリンのジヒドロキシアセトン(DHA)への酸化(グリセリン+NAD+→DHA+NADH+H)というグリセリンに関する平行経路が働き、DHAは、DHAキナーゼによってジヒドロキシアセトンリン酸へリン酸化され、生合成及びATP生成のために利用されるため、従来の微生物を用いた1,3−プロパンジオールの製造方法においては、原料であるグリセリンの半分が上記平行経路において消費され、原料グリセリンに対する生成物の収率が低く、効率性及びコストの点で問題があった。しかし、上記実施態様を採用することにより、原料グリセリンのロスを低減し、1,3−プロパンジオールと合わせて3−ヒドロキシプロピオン酸を製造することが可能になる。
【0064】
微生物の培養におけるpHは、宿主の生育を妨害せず、かつ培養液から酸を分離するときの障害とならない試薬を用いて調整する。pH調整には無機又は有機の酸性又はアルカリ性物質、更にアンモニアガス等を使用することができる。炭酸ナトリウム、アンモニア、ナトリウムイオン供給源、例えば塩化ナトリウムを添加してもよい。また、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、水酸化アンモニウム水溶液、水酸化カルシウム水溶液、炭酸カリウム水溶液、炭酸ナトリウム水溶液、酢酸カリウム水溶液等の一般的なアルカリ試薬を用いてもよい。培養期間中pHは、5.0以上、好ましくは5.5以上で、10.0以下、好ましくは9.7以下に保持する。
【0065】
窒素源としては、例えば、アンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、リン酸アンモニウム等のアンモニウム塩の他、ペプトン、肉エキス、酵母エキス、コーンスティープリカー等が挙げられる。また、無機物としては、例えば、リン酸第一カリウム、リン酸第二カリウム、リン酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム等が挙げられる。
【0066】
培養中は、カナマイシン、アンピシリン、テトラサイクリン等の抗生物質を培地に添加してもよい。誘導性のプロモーターを用いた発現ベクターで形質転換した微生物を培養する場合は、インデューサーを培地に添加することもできる。例えば、イソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド(IPTG)、インドール酢酸(IAA)等を培地に添加することができる。
【0067】
あるいは、上記において得られた微生物の培養物から遠心分離などによって集菌を行い、適当なバッファーや培地に懸濁する。この菌体懸濁液を、グリセリンを含むバッファーに懸濁し、反応を行うことによって、3−ヒドロキシプロピオン酸を製造することもできる。反応の条件は、例えば、反応温度は10〜80℃、好ましくは15〜50℃、反応時間は5分〜96時間、好ましくは10分〜72時間、pHは5.0以上、好ましくは5.5以上で、10.0以下、好ましくは9.7以下である。反応を連続的に行う場合には、反応を1週間〜3ヶ月間実施する。
【0068】
3−ヒドロキシプロピオン酸の精製法は当該技術分野において周知である。例えば、有機溶媒を用いる抽出、蒸留及びカラムクロマトグラフィーに反応混合物を供することにより、培地から3−ヒドロキシプロピオン酸を得ることができる(米国特許第5,356,812号)。また、限外濾過膜や水などの低分子のみが透過できるゼオライト分離膜などで発酵液の濃縮を行うのが好ましい。濃縮を行うことにより、水を蒸発させるためのエネルギーを低減することができる。培地を高圧液体クロマトグラフィー(HPLC)分析にかけることにより、3−ヒドロキシプロピオン酸を直接同定することもできる。1,3−プロパンジオールの精製についても同様である。
【0069】
一実施形態において、本発明は、上記方法によって得られた3−ヒドロキシプロピオン酸を脱水することによりアクリル酸を製造する方法に関する。3−ヒドロキシプロピオン酸は脱水は、公知の反応によって実施することができる。例えば、US2469701にも記載されているように、3−ヒドロキシプロピオン酸は、触媒の存在下で減圧蒸留することにより容易にアクリル酸に変換することができる。
【0070】
本発明はまた、グリセロールデヒドラターゼ及び/又はジオールデヒドラターゼ並びにヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼを含む、グリセリンから3−ヒドロキシプロピオン酸を製造するための組成物に関する。当該組成物は、これらの酵素を産生する微生物又はその処理物から製造することができる。
【0071】
界面活性剤産業やバイオディーゼル燃料産業において副産物として排出される不純物を含んだグリセリン水溶液は、化学合成の原料としては問題があるが、酵素反応の原料として用いる場合には問題がないことから、グリセリンを原料に有用物質を製造できる本発明は、廃棄物の有効利用という観点からも優れている。
【0072】
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明の範囲は実施例の範囲に限定されない。
【実施例】
【0073】
(実施例1)クレブジェラ・ニューモニエ(Klebsiella pneumoniae)のグリセロールデヒドラターゼ遺伝子のクローニング
クレブジェラ・ニューモニエのゲノムをテンプテレ−トとしてグリセロールデヒドラターゼ遺伝子(GD遺伝子)を下記の2つのプライマーを用いてPCRで増幅し、増幅断片の末端を制限酵素NdeI、BglIIで切断し、電気泳動によって切断断片を回収した。
【0074】
フォワードプライマー:
5'-GGGGGGCCATATGAAAAGATCAAAACGATTTGCAGTACTG-3'
リバースプライマー:
5'-CCCCGGATCCTTAGCTTCCTTTACGCAGCTTATGCCGCTGC-3'
【0075】
pHSG398プラスミドをテンプレートにして下記の2つのプライマーでベクター配列を増幅し、pHSG398プラスミドのlacプロモーターの後ろにNdeIサイトを持ち、lacZ遺伝子の終始コドンの位置にBamHIサイトを持ったDNA断片を増幅した。
【0076】
フォワードプライマー:
5'-CCCCCCCATATGTGTTTCCTGTGTGAAATTGTTATCCGCTCACAATTCCACACAATATACGAGCC-3'
リバースプライマー:
5'-CCCCGGATCCTTAGTTAAGCCAGCCCCGACACCCGCCAACACC-3'
【0077】
増幅断片を制限酵素BamHIとNdeIで切断し、電気泳動によって切断断片を分離して回収した。この2つのDNA断片をライゲーションし、大腸菌TOP10コンピテントセルに導入し、アンピシリン含有プレートに広げて培養した。得られた形質転換体からプラスミドを抽出し、制限酵素NdeIで切断し、電気泳動によって切断断片のサイズを確認したところライゲーションに使用した元の2本のDNA断片のサイズの合計と同じサイズであることがわかった。この形質転換体の一つをGD/pHSG398/TOP10と命名した。
【0078】
(実施例2)クレブジェラ・ニューモニエのグリセロールデヒドラターゼ粗酵素液の調製
上記形質転換体をLB培地にクロラムフェニコール50ppmを含む液体培地5mlで37℃、16時間培養し、LB培地にクロラムフェニコール50ppmとIPTG1mMを添加した培地50mlに全量接種し、37℃で12時間培養した。この培養液を遠心分離にかけ、菌体をペレットとして回収した。得られた菌体は約0.5gであった。
【0079】
この菌体を0.1Mリン酸カリウムバッファー(pH8.0)にOD660の吸収が10になるように懸濁し、超音波破砕機で5分処理して菌体を破砕した。破砕物を遠心分離にかけ、上清を回収してグリセロールデヒドラターゼ粗酵素液とした。
【0080】
(実施例3)大腸菌K−12株のaldA遺伝子のクローニング
大腸菌K−12 W3110株のゲノムをテンプテレ−トとしてaldA遺伝子を下記の2つのプライマーを用いてPCRで増幅し、増幅断片の末端を制限酵素NdeI、BglIIで切断し、電気泳動によって切断断片を回収した。
【0081】
フォワードプライマー:
5'-GGGGGGCCATATGTCAGTACCCGTTCAACATCCTATG-3'
リバースプライマー:
5'-CCCCAGATCTTTAAGACTGTAAATAAACCACCTGGGTC-3'
【0082】
pUC18プラスミドをテンプレートにして下記の2つのプライマーでベクター配列を増幅し、pUC18プラスミドのlacプロモーターの後ろにNdeIサイトを持ち、lacZ遺伝子の終始コドンの位置にBamHIサイトを持ったDNA断片を増幅した。
【0083】
フォワードプライマー:
5'-CCCCCCCATATGTGTTTCCTGTGTGAAATTGTTATCCGCTCACAATTCCACACAATATACGAGCC-3'
リバースプライマー:
5'-CCCCGGATCCTTAGTTAAGCCAGCCCCGACACCCGCCAACACC-3'
【0084】
増幅断片を制限酵素BamHIとNdeIで切断し、電気泳動によって切断断片を分離して回収した。この2つのDNA断片をライゲーションし、大腸菌TOP10コンピテントセルに導入し、アンピシリン含有プレートに広げて培養した。得られた形質転換体からプラスミドを抽出し、制限酵素NdeIで切断し、電気泳動によって切断断片のサイズを確認したところライゲーションに使用した元の2本のDNA断片(の合計)と同じサイズの1本のバンドを確認することができた。この形質転換体の一つをaldA/pUC18/TOP10と命名した。
【0085】
(実施例4)大腸菌K−12株のaldA粗酵素液の調製
上記形質転換体をLB培地にアンピシリン100ppmを含む液体培地5mlで37℃、16時間培養し、LB培地にアンピシリン100ppmとIPTG1mMを添加した培地50mlに全量接種し、37℃で12時間培養した。この培養液を遠心分離にかけ、菌体をペレットとして回収した。得られた菌体は約0.5gであった。
【0086】
この菌体を0.1Mリン酸カリウムバッファー(pH8.0)にOD660の吸収が10になるように懸濁し、超音波破砕機で5分処理して菌体を破砕した。破砕物を遠心分離にかけ、上清を回収してaldA粗酵素液とした。
【0087】
(実施例5)大腸菌K−12株のaldB遺伝子のクローニング
大腸菌K−12 W3110株のゲノムをテンプテレ−トとしてaldB遺伝子を下記の2つのプライマーを用いてPCRで増幅し、増幅断片の末端を制限酵素NdeI、BamHIで切断し、電気泳動によって切断断片を回収した。
【0088】
フォワードプライマー:
5'-GGGGGGCCATATGACCAATAATCCCCCTTCAGCACAG-3'
リバースプライマー:
5'-CCCCGGATCCTCAGAACAGCCCCAACGGTTTATCC-3'
【0089】
aldA遺伝子のクローニングの時と同様にpUC18をテンプレートとしたPCR増幅DNA断片を制限酵素処理したものとaldB遺伝子断片をライゲーションし、大腸菌TOP10コンピテントセルに導入し、アンピシリン含有プレートに広げて培養した。得られた形質転換体からプラスミドを抽出し、制限酵素BamHIとNdeIで切断し、電気泳動によって切断断片のサイズを確認したところライゲーションに使用した元の2本のDNA断片と同じサイズの2本のバンドを確認することができた。この形質転換体の一つをaldB/pUC18/TOP10と命名した。
【0090】
(実施例6)大腸菌K−12株のaldB粗酵素液の調製
上記形質転換体をLB培地にアンピシリン100ppmを含む液体培地5mlで37℃、16時間培養し、LB培地にアンピシリン100ppmとIPTG1mMを添加した培地50mlに全量接種し、37℃で12時間培養した。この培養液を遠心分離にかけ、菌体をペレットとして回収した。得られた菌体は約0.5gであった。
【0091】
この菌体を0.1Mリン酸カリウムバッファー(pH8.0)にOD660の吸収が10になるように懸濁し、超音波破砕機で5分処理して菌体を破砕した。破砕物を遠心分離にかけ、上清を回収してaldB粗酵素液とした。
【0092】
(実施例7)グリセロールデヒドラターゼの酵素活性の測定
(1)1.2−プロパンジオールを用いてグリセロールデヒドラターゼの活性を確認した。
まず、以下の試薬を調製し、下記表に記載の反応液組成でサンプルを調製した。
(a) バッファーA :50mMリン酸カリウムバッファー(pH8.0)
(b) 1M 1.2−プロパンジオール(1M PDO)
(c) 0.5M KCl
(d) アデノシルコバラミン 38mg/10ml(AdpB12)
(暗室で秤量し、水に溶解後、1.5mlずつ分注して凍結保存した)
(e) 0.1Mクエン酸カリウムバッファー(pH3.5、反応停止用)
(f) 1Mグリセリン
(g) 0.1%MBTH水溶液
(3−メチル−2−ベンゾシアゾリノンヒドラゾン塩酸塩、発色用)
【0093】
【表1】

【0094】
1.5mlチューブに(V)以外を加えて混合し、暗室に移動して(V)を加えた。チューブをアルミホイルで遮光して、37℃のバスにつけて10分間反応させた。1分間、氷上に移し、0.1Mクエン酸カリウムバッファー1mlを加えて反応を停止させた。この反応液0.2mlを0.1Mクエン酸カリウムバッファーで2mlに希釈した。
【0095】
得られた希釈液に0.1%MBTH溶液0.5mlを加え、37℃で15分加温して発色させた。この発色液0.5mlを水で5mlに希釈し305nmの吸収を測定した。結果を以下の表及び図3に示す。
【0096】
【表2】

【0097】
図3より、1.2−プロパンジオールを基質とした反応では、酵素量と吸光度がきれいな直線関係となり、グリセロールデヒドラターゼ発現菌体から作製した粗酵素液が1.2−プロパンジオールを基質とした脱水反応を触媒すること、酵素量とアルデヒド生成がきれいな直線関係になることが確認できた。
【0098】
(2)グリセリンでの活性確認
1.2−プロパンジオールのかわりにグリセリンを用いて、同様にグリセロールデヒドラターゼの活性測定を行った。
【0099】
【表3】

【0100】
結果を以下の表及び図4に示す。
【0101】
【表4】

【0102】
図4より、グリセリンを基質とした場合にもきれいな直線関係となり、グリセロールデヒドラターゼ発現菌体から調製した粗酵素液がグリセリンを基質とした脱水反応を触媒すること、酵素量とアルデヒド生成がきれいな直線関係になることが確認できた。
【0103】
(実施例8)aldA、aldB発現の確認と酵素活性測定
aldA及びaldBの酵素活性の確認は3−ヒドロキシプロピオンアルデヒドで行うべきところであるが、3−ヒドロキシプロピオンアルデヒドの市販標品がないため、aldAで酸化できることが確認されているグリコールアルデヒドを基質に活性確認を行った。また、大腸菌のaldBの活性を測定した文献はないため両方ともaldAの活性測定方法で評価した。
【0104】
粗酵素液の調製:
0.1MグリシンNaバッファー(pH9.5)に約0.9gの凍結保存した菌体を懸濁し、10mlとした。0.33mlずつエッペンチューブに分注し、超音波処理30秒/5秒インターバル×15分で破砕処理した。15000rpmで10分遠心分離して上清を粗酵素液として回収した。
【0105】
反応液の調製:
室温で、0.1MグリシンNaバッファー(pH9.5)に0.1Mグリコールアルデヒド及び0.25M NADを1/100量添加して反応液を調製した。分光光度計のセルに2mlの反応液を入れ、酵素液を適量添加して反応を開始した。
【0106】
NADHの生成を、340nmの吸収を10秒おきに2分間追跡することにより行った。ブランクは酵素液のかわりに水を用いた。aldAの結果を図5に、aldBの結果を図6に示す。図6において「2ml+50μl」は、反応液2mlに酵素液50μlを加えた系をさす。
【0107】
aldA発現菌体から調製した粗酵素液では、酵素量を増やすと反応速度が約2倍となり、グリコールアルデヒドの酸化に伴ってNADHの生成が確認できた。よって、aldAによりアルデヒドの酸化反応が起こっていることが確認された。aldBについても、aldAより活性は低いが、アルデヒドの酸化反応が確認された。aldAの方がaldBよりも3−ヒドロキシプロピオンアルデヒドの酸化に適していると考えられた。
【0108】
(実施例9)グリセリンからの3−ヒドロキシプロピオン酸の生成
それぞれ活性が確認できているグリセロールデヒドラターゼ発現菌体及びaldA発現菌体から超音波処理で粗酵素液を調製し、グリセリンから3−ヒドロキシプロピオン酸を製造した。
【0109】
aldA発現菌体(2培地+Ap+IPTGで10時間培養したaldA2株)、グリセロールデヒドラターゼ発現菌体(2培地+Ap+IPTGで10時間培養したGD−GDR−BglII−15株)をOD10程度の濃度になるようにバッファーAに懸濁し、1mlずつ分注して、超音波処理装置で5分破砕処理した。処理物を15000rpmで10分遠心分離し、上清部分を粗酵素液とした。
【0110】
バッファーAに150μMのNADを1/20量添加し、基質、酵素液などを加えた後、暗条件でアデノシルコバラミンを添加し反応を開始した。対照にはグリセロールデヒドラターゼを添加せず、アルデヒドが生成されない条件のものを用いた。
【0111】
アデノシルコバラミンの添加量は、対照でのスペクトルチェックの結果から添加量をグリセロールデヒドラターゼの活性測定に用いる濃度の1/10とした。反応液組成を以下に示す。
【0112】
【表5】

【0113】
340nmの吸収を10秒おきに4分まで測定した。結果を図7に示す。反応開始後から吸収が増大し始め、1分後くらいからカーブが立ち上がった。アルデヒドの生成に従ってアルデヒドの脱水素反応が進んだことがわかる。カーブの立ち上がり部分の傾きは1.377A340/分であった。アルデヒドの脱水素によってNADがNADHに還元されたことがわかる。下記の条件で生成物の確認を行ったところ、反応中間体である3−ヒドロキシプロピオンアルデヒドのピークを4.5分に、生成物である3−ヒドロキシプロピオン酸のピークを5.2分の位置に確認することができた。
【0114】
高速液体クロマトグラフィーでの分析条件:
カラム:シセイドーカプセルパックC−18 UG120 4.6mm径×150mm
移動相:0.1%トリフロオロ酢酸
流速:0.5ml/分
【0115】
上記の結果から、グリセロールデヒドラターゼ(GD)とヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼ(aldA)を用いてグリセリンから3−ヒドロキシプロピオン酸を合成できることが示された。
【0116】
(実施例10)大腸菌にグリセロールデヒドラターゼ遺伝子とaldA遺伝子を導入した菌体から調製した粗酵素液を用いた反応
実施例1で作成したGD/pHSG398プラスミドをaldA/pUC18/TOP10株に導入し、アンピシリン、クロラムフェニコール耐性となった大腸菌組換え体GD/pHSG398−aldA/pUC18/TOP10株を得た。
【0117】
この株をLB培地にアンピシリン100ppm、クロラムフェニコール50ppmを含む液体培地5mlで37℃、16時間培養し、LB培地にアンピシリン100ppmとクロラムフェニコール50ppm、IPTG1mMを添加した培地50mlに全量接種し、37℃で12時間培養した。この培養液を遠心分離にかけ、菌体をペレットとして回収した。得られた菌体は約0.5gであった。
【0118】
この菌体を0.1Mリン酸カリウムバッファー(pH8.0)にOD660の吸収が10になるように懸濁し、超音波破砕機で5分処理して菌体を破砕した。破砕物を遠心分離にかけ、上清を回収してグリセロールデヒドラターゼ−aldA粗酵素液とした。
【0119】
グリセロールデヒドラターゼとaldAの粗酵素液各0.2mlの代わりに、グリセロールデヒドラターゼとaldAを同時に発現させた菌体から調製した粗酵素液を0.4ml用いた以外は実施例9と同じ条件で、グリセリンから3−ヒドロキシプロピオン酸の生成反応を行った。
【0120】
その結果、反応開始後からNADHの生成に伴う340nmの吸収が増大しはじめ、アルデヒドの生成に従ってアルデヒドの脱水素反応が進んだことが示された。
【0121】
実施例9と同様にして生成物の確認を行ったところ、反応中間体である3−ヒドロキシプロピオンアルデヒドのピークを4.5分に、生成物である3−ヒドロキシプロピオン酸のピークを5.2分の位置に確認することができた。
【0122】
(実施例11)グリセロールデヒドラターゼ遺伝子とaldA遺伝子を導入した大腸菌菌体を用いた反応
実施例10で作成した大腸菌組換え体GD/pHSG398−aldA/pUC18/TOP10株を、LB培地にアンピシリン100ppm、クロラムフェニコール50ppmを含む液体培地5mlで37℃にて16時間培養し、LB培地にアンピシリン100ppmとクロラムフェニコール50ppm、IPTG1mMを添加した培地50mlに全量接種し、37℃で12時間培養した。この培養液を遠心分離にかけ、菌体をペレットとして回収した。得られた菌体は約0.5gであった。
【0123】
この菌体を0.1Mリン酸カリウムバッファー(pH8.0)にOD660の吸収が10になるように懸濁した。
【0124】
グリセロールデヒドラターゼとaldAの粗酵素液各0.2mlの代わりに、グリセロールデヒドラターゼとaldAを同時に発現させた菌体から調製した上記菌体懸濁液を0.4ml用いた以外は実施例9と同じ条件で、グリセリンから3−ヒドロキシプロピオン酸の生成反応を行った。
【0125】
実施例9と同様にして生成物の確認を行ったところ、反応中間体である3−ヒドロキシプロピオンアルデヒドのピークを4.5分に、生成物である3−ヒドロキシプロピオン酸のピークを5.2分の位置に確認することができた。
【図面の簡単な説明】
【0126】
【図1】好気的条件下における本発明の酵素反応を示す。
【図2】嫌気的条件下における本発明の酵素反応を示す。
【図3】1,2−プロパンジオールを基質としてグリセロールデヒドラターゼの酵素活性を測定した結果を示す。
【図4】グリセリンを基質としてグリセロールデヒドラターゼの酵素活性を測定した結果を示す。
【図5】グリコールアルデヒドを基質としてヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼ(aldA)の酵素活性を測定した結果を示す。
【図6】グリコールアルデヒドを基質としてヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼ(aldB)の酵素活性を測定した結果を示す。
【図7】グリセロールデヒドラターゼ発現菌体及びaldA発現菌体から調製した粗酵素液を用いて、グリセリンから3−ヒドロキシプロピオン酸を生成した結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グリセリンから酵素反応により3−ヒドロキシプロピオン酸を製造する方法であって、グリセロールデヒドラターゼ及び/又はジオールデヒドラターゼによる酵素反応を行うこと並びにヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼによる酵素反応を行うことを含む、前記方法。
【請求項2】
ヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼが大腸菌由来である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
グリセロールデヒドラターゼ及び/又はジオールデヒドラターゼを産生する微生物又はその処理物並びにヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼを産生する微生物又はその処理物を含む酵素活性物質とグリセリンとを接触させることにより酵素反応を行う、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
グリセロールデヒドラターゼ及び/又はジオールデヒドラターゼ並びにヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼを産生する微生物又はその処理物とグリセリンとを接触させることにより酵素反応を行う、請求項1又は2記載の方法。
【請求項5】
酵素反応を好気的条件下で行う、請求項1〜4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項記載の方法によって製造された3−ヒドロキシプロピオン酸を脱水することによりアクリル酸を製造する方法。
【請求項7】
グリセロールデヒドラターゼ遺伝子及び/又はジオールデヒドラターゼ遺伝子並びにヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子を含む組換え微生物。
【請求項8】
グリセロールデヒドラターゼ及び/又はジオールデヒドラターゼ並びにヒドロキシアルデヒドデヒドロゲナーゼを含む、グリセリンから3−ヒドロキシプロピオン酸を製造するための組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−82476(P2007−82476A)
【公開日】平成19年4月5日(2007.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−276016(P2005−276016)
【出願日】平成17年9月22日(2005.9.22)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【Fターム(参考)】