説明

コクが増強された食酢とその製造方法

【課題】食酢自体やそれを用いた調理の味に影響を及ぼすことなく、食酢にコクを増強する簡便かつ有効な手段を提供すること。
【解決手段】ニコチン酸エチルまたはニコチン酸エチル含有物を、食酢中のニコチン酸エチルが0.1〜3.0ppbの濃度範囲となるように含有することを特徴とする食酢。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コクが増強された食酢及びその食酢の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
寿司は酢、塩、砂糖などによって味付けされた「しゃり」と呼ばれるすし飯の上に、「タネ」と呼ばれる魚介類や野菜を組み合わせた伝統的な日本料理である。昨今では、寿司の多様化が進み、味付けされた焼き物や揚げ物など、これまでタネとして使用されなかったようなものも寿司に用いられるようになってきている。このように味の強いタネが使用されるようになるにつれ、タネの味に負けないコクのあるすし飯の需要が高まっている。すし飯にコクを増強する手段としては、原料であるすし酢に旨み調味料であるグルタミン酸ナトリウムや砂糖や食用油などを添加するなどの方法があるが、すし酢の旨みや甘みが強くなりすぎてしまったり、すし飯が油っこくなってしまったりするなどの問題があった。
【0003】
一方、ニコチン酸エチルは、それ自体はほとんど無味無臭の物質であって、熟成させたビール(非特許文献1)等に含まれることが報告されている。しかしながら、ニコチン酸エチルは食酢からは検出されたことはなく、ニコチン酸エチルの添加によって食酢の品質を改善させることについてはこれまで全く知られていない。
【0004】
【非特許文献1】European Food Research and Tecnology, Vol.215, No.3, pp.235-239, 2002
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、食酢自体やそれを用いた料理の味に影響を及ぼすことなく、食酢のコクを増強する簡便かつ有効な手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するために、約120種の物質に着目し、それらを食酢に含有させた場合のコクに対する影響を調べた結果、それ自体はほとんど無味無臭の物質であるニコチン酸エチルを食酢に含有させることによって、食酢のコクが増強されることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0007】
即ち、本発明は以下の発明を包含する。
(1) ニコチン酸エチルまたはニコチン酸エチル含有物を、食酢中のニコチン酸エチルが0.1〜3.0ppbの濃度範囲となるように含有することを特徴とする食酢。
(2) ニコチン酸エチル含有物が米糖化液の加熱処理物である、(1)に記載の食酢。
(3) 米糖化液の加熱処理物が、米糖化液を100〜130℃で30〜180分間加熱して得られることを特徴とする、(2)に記載の食酢。
(4) ニコチン酸エチル含有物が熟成ビールである、(1)に記載の食酢。
(5) ニコチン酸エチルまたはニコチン酸エチル含有物を、食酢中のニコチン酸エチルが0.1〜3.0ppbの濃度範囲となるように酢酸発酵工程後もしくは熟成工程後の原料食酢か、あるいは、糖化工程後の糖化もろみのろ過液もしくは酢酸発酵工程前のアルコール含有液に添加することを特徴とする、食酢の製造方法。
【0008】
(6) ニコチン酸エチル含有物が米糖化液の加熱処理物である、(5)に記載の食酢の製造方法。
(7) 米糖化液の加熱処理物が、米糖化液を100〜130℃で30〜180分間加熱して得られることを特徴とする、(6)に記載の食酢の製造方法。
(8) ニコチン酸エチル含有物が熟成ビールである、(5)に記載の食酢の製造方法。
(9) (1)から(4)のいずれかに記載の食酢を含有する飲食品。
(10) (1)から(4)のいずれかに記載の食酢を含有する調味料。
(11) 調味料が加工酢である、(10)に記載の調味料。
(12) 加工酢が、すし酢またはポン酢である、(11)に記載の調味料。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、食酢自体やそれを用いた料理の味に影響を及ぼすことなく、強いコクが付与された食酢が提供される。本発明の食酢は深いコクがあるので、例えばそれを配合したすし酢を用いるとタネの味に負けないすし飯が作製できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の食酢は、ニコチン酸エチルまたはニコチン酸エチル含有物を、食酢中のニコチン酸エチルが0.1〜3.0ppbの濃度範囲となるように含有することを特徴とする。
【0011】
本発明の食酢とは、米や麦などの穀物や果汁を原料として生産される醸造酢をいい、例えば、米酢、穀物酢、粕酢、果実酢(りんご酢、ぶどう酢)などが挙げられる。
【0012】
本発明の食酢に含有させるニコチン酸エチル(慣用名:ニコチン酸エチルエステル、3−ピリジンカルボン酸エチル、ピリジン−3−カルボン酸エチル、エチル ニコチナート、英文表記:Nicotinic acid ethyl, Nicotinic acid ethyl ester, 3-Pyridinecarboxylic acid ethyl, 3-Pyridinecarboxylic acid ethyl ester, Ethyl nicotinate)は分子式CNO(分子量:151.16)を有し、下記の構造式で示される公知の物質である。また、CAS登録番号は614−18−6である。
【0013】
【化1】

【0014】
上記ニコチン酸エチルは、公知の合成方法、例えばニコチン酸とエタノールの縮合反応によって得ることができる。
【0015】
また、ニコチン酸エチル単体に代えて、ニコチン酸含有物を用いてもよい。ニコチン酸エチルは、天然には熟成させたビール(European Food Research and Tecnology, Vol.215, No.3, pp.235-239, 2002)等にその存在が知られている。従って、ニコチン酸含有物として熟成させたビールを用いることができる。また、上記熟成させたビールとは、通常のビール製造工程において醗酵工程終了後の貯蔵タンクでの熟成工程を長期間行ったビールをいい、熟成期間としては、温度により異なるが、例えば、10〜15℃で、約2ヶ月〜約2年程度が例示できる。
【0016】
また、米に分解酵素や米麹を加えて糖化させた「米糖化液」にはニコチン酸エチルは含まれないが、「米糖化液」を100℃〜130℃で加熱処理した「米糖化液の加熱処理物」にはニコチン酸エチルが10〜100ppb程度含まれることが本発明者らにより確認された(後記実施例参照)。「米糖化液」を加熱することで液は飴色に変色し、この工程でニコチン酸エチルも生成されて増加する。従って、ニコチン酸エチル含有物として「米糖化液の加熱処理物」を使用してもよい。ニコチン酸エチル含有物として「米糖化液の加熱処理物」を使用する場合には、「米糖化液」を加熱処理することによってニコチン酸エチルが増加し、かつ「米糖化液」自体が焦げ付きによって風味を損なっていない状態の「米糖化液の加熱処理物」を用いるのが好ましい。「米糖化液の加熱処理物」の製造は、例えば以下のようにして行うことができる。まず原料米を破砕または粉砕してメッシュに通した後、水に混合する。この米混合液に、麹及び/又は酵素製剤(液化酵素、糖化酵素、タンパク質分解酵素等)を添加して分解し、圧搾ろ過して「米糖化液」を得、続いて、この「米糖化液」を100℃〜130℃で30分〜180分間加熱する。
【0017】
本明細書において、「ニコチン酸エチル含有物」は、上記に挙げたニコチン酸エチル含有物の抽出液や希釈液を含む意味で用いられる。また、ニコチン酸エチル含有物は、ニコチン酸エチル含有物の抽出液や希釈液に対して種々の処理を施し、種々の形態に加工したものであってもよい。
【0018】
ニコチン酸エチルを単体で使用する場合は、化学合成によって得られたものを使用してもよいが、上記のニコチン酸エチル含有物から抽出し、単離精製して得られたものを使用してもよい。抽出は、水、水溶性溶媒又はこれらの混合溶媒を用いて行えばよく、水溶性溶媒としては、エタノール、n−プロピルアルコール、イソプロピルアルコール等の低級アルコール類、ジメチルアセトンアミド、ジメチルホルムアミド等が挙げられる。単離精製は、上記抽出物を必要により減圧濃縮した後、常用される精製手段(例えば、イオン交換樹脂、膜分画、吸着クロマトグラフィー、(高速)液体クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、親和性クロマトグラフィーなど)を単独でまたは組合せて用いて行うことができる。
【0019】
本発明の食酢におけるニコチン酸エチルの含有量は、好ましくは0.1〜3.0ppb、より好ましくは0.2〜2.4ppb(重量割合)である。ニコチン酸エチルの含有量が0.1ppbよりも少ないと、コクが十分に増強されず好ましくない。また、ニコチン酸エチルの含有量が3.0ppbを超えても、それ以上はコクの増強効果は向上せず、かえってニコチン酸エチル自体の味が感じられるようになり、味に違和感が生じ好ましくない。
【0020】
また、「コク」とは、「酷」もしくは「濃く」とも表現されることがあり、一般的に深みのある濃い味わいのことをいうが、本発明における食酢のコクは、深みとまろやかさのある酸味と芳醇な風味のバランスの両方を含む概念である。
【0021】
本発明の食酢は、ニコチン酸エチルまたはニコチン酸エチル含有物を食酢中のニコチン酸エチルが上記の濃度範囲となるように添加することによって製造できる。
【0022】
本発明の食酢の製造は、食酢のニコチン酸エチルまたはニコチン酸エチル含有物を上記の濃度範囲になるように食酢に添加する工程を含む以外は、通常の手法で製造すればよい。例えば、食酢が米酢の場合、原料米を蒸煮し、麹菌を接種して糖化させ、糖化液を得る。得られた糖化液を圧搾またはろ過して清澄にした後、酵母を加えてアルコール発酵させ、アルコール含有液を得、次いで酢酸発酵を行い、熟成する。ニコチン酸エチルまたはニコチン酸エチル含有物の食酢への添加は、上記の製造工程における酢酸発酵終了後または熟成終了後の原料食酢に添加することによって行ってもよく、あるいは、糖化工程後の糖化もろみのろ過液または酢酸発酵前のアルコール含有液に直接添加してから酢酸発酵を行ってもよい。
【0023】
本発明の食酢は、これを含む飲食品として提供できる。本発明の食酢を含む飲食品には、食酢を原料に用いて製造される加工食酢(すし酢、甘酢、ポン酢など)やドレッシング・マヨネーズ・たれなどの調味料、および飲料が含まれる。また、本発明の食酢を含む飲食品には、上記の食酢や加工食酢を用いて調理されるすし、酢の物、ピクルス、マリネ、しめ鯖、南蛮漬けなども含む。
【0024】
これらの飲食品の製造は、食品加工の分野で用いられている通常の方法で行うことができる。例えば、すし酢の場合は、本発明の食酢に砂糖、塩、みりんなどの調味料などを適量加えることにより製造することができる。また、すし酢は、市販の米酢と上記調味料とニコチン酸エチルまたはニコチン酸エチル含有物を同時に混合することによって製造することもできる。ポン酢の場合は、本発明の生酢の食酢に砂糖、塩、醤油、油、柑橘果汁、香辛料などを加えることにより製造することができる。また、清涼飲料の場合は、本発明の食酢に果汁や蜂蜜などを加え、適宜希釈することにより製造できる。
【0025】
本発明においては、最終品として得られる食酢中のニコチン酸エチルが前記の濃度範囲内に包含されるように正確に調整するために、使用する食酢(ニコチン酸エチルを含まないことが明らかにされているものを除く)や、前記のニコチン酸エチル含有物におけるニコチン酸エチル濃度が不明な場合は、その濃度測定して適宜調整すればよい。
【0026】
本発明において、ニコチン酸エチルの含有量を測定する場合には、例えばAmerican Society of Brewing Chemists, Vol.65, No.3, p.129-137, 2007に記載の分析方法に準じ、以下のGC/MS分析法によって測定する。
【0027】
まず、試料から香気成分を抽出する。抽出方法としては、溶媒抽出法やSBSE法などが好ましく、例えば、試料(固形物の場合は適当量の水などによく均質化したもの)を2ml採取し、等量の試薬特級ジクロロメタンと充分に混合し、試料中の香気成分を抽出する。あるいは、試料(固形物の場合は適当量の水などによく均質化したもの)を20ml平底のバイアル瓶に計り取った後、ポリジメチルシロキサンコーティングされたスターラーバーを投入して密閉し、1時間撹拌する。その後、成分を吸着したスターラーバーを、加熱脱着システムを用いて処理することで液中の香気成分を得ることができる。
【0028】
上記のようにして得られたサンプルをガスクロマトグラフィー分析装置に導入し、分析を行う。ガスクロマトグラフィー分析装置としては、キャピラリーカラムが接続でき、一般的なガスクロマトグラムの性能を有するものであればよいが、例えばAgilent 6890 Series GC System(Agilent社製)を用いることができる。キャピラリーカラムは一般的な分析に用いることのできるものであればよいが、内膜にジメチルポリシロキサン及び/又はジフェニル及び/又はシアノプロピルフェニル及び/又はポリエチレングリコール及び/又はテレフタル酸修飾ポリエチレングリコールを含むものが好ましい。例えばINERTCAP-WAX(内径0.25mm、長さ60m、膜厚0.25μm)(Gl-Sciences社製)を使用することができる。キャリアガスとしては、ヘリウムガスを用いる。昇温プログラムは40℃にて5分保持し、その後、5℃/分にて230℃まで昇温した後、230℃にて20分保持する。
【0029】
その後、試料の一部を質量分析計にかけてマススペクトルをとり、ニコチン酸エチルの関連イオンで確認する。質量分析計(MS)は、一般的な質量スペクトル解析の性能を有するものであればよく、四重極型、イオントラップ型、飛行時間型、タンデム型のいずれでもよい。例えば5973 Mass Selective Detector(Agilent社製)を用いることができる。イオン化法としては、電子イオン化法(EI)、エレクトロスプレーイオン化法(ESI)、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI)、化学イオン化法(CI)、電解脱離法(FD)などいずれの方法でもよいが、電子イオン化法(EI)が好ましい。EI法では、電圧条件も一般的な条件でよく、70eVが例示できる。結果はスキャンモードで取り込み、ニコチン酸エチルに特徴的な質量電荷比78、106、123のイオンのうち、106をターゲットイオン、78と123を関連イオンとして用いて同定を行う。
【0030】
また、上記GC/MS分析法に、試料の一部を用いて高感度窒素・リン検出器より試料中の窒素化合物を分析する方法を組み合わせてもよい。高感度窒素・リン検出器は炭素系の有機物中に含まれる極微量の窒素化合物を検出し、定量することが可能である。この方法によれば、炭素系の成分がニコチン酸エチルのピークに重なり、ピーク面積比較が行い難い場合や、ニコチン酸エチルの濃度が極微量で検出定量が困難な場合にも高感度に分析定量することができる。高感度窒素・リン検出器による試料中の窒素化合物の分析は、Fresenius J Anal Chem (1995) 351: 555-562に記載の方法に準じて行う。高感度窒素・リン検出器は、一般的な高感度窒素・リン検出器であればよく、例えばAgilent 6890 Series GC System(Agilent社製)に付属のNPD(Nitrogen-phosphor-detector)検出器を用いることができる。
【0031】
また、試料とは別に、上記の条件にて、ニコチン酸エチルの標品(和光純薬工業社製)を0.5%エタノール溶液によって適当な濃度に希釈したものを分析に供する。高感度窒素・リン検出器による高い窒素成分検出能と質量分析計のマススペクトルパターンに基づく定性的な分析を組み合わせから、保持時間36.557分付近のピークをニコチン酸エチルと判定できる。ニコチン酸エチルの定量は、この保持時間36.557分付近のピークのうち、質量電荷比106のイオンをターゲットイオンとし、そのピーク面積を標品ののそれと比較することによって行うことができる。
【実施例】
【0032】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれらに限定されるものではない。
(実施例1)食酢(すし酢)のニコチン酸エチル濃度の測定
市販の「ミツカン米酢」(ミツカン社製)をベース酢としてすし酢(すし飯1升用、米酢:200ml、砂糖:大さじ2.5杯、塩:大さじ2.5杯)を調製し、このニコチン酸エチル濃度を以下の方法により測定した。
【0033】
上記すし酢を20ml平底のバイアル瓶に計り取り、SBSE(Stir Bar Sorptive Extraction)法にて試料中の香気成分を抽出した。ポリジメチルシロキサンでコーティングしたスターラーバー(Gestel社製)に吸着した香気成分を、加熱脱着システムを用いて加熱脱着させ、得られた試料をガスクロマトグラフィー分析装置に導入し、ガスクロマトグラフィー分析を行った。
【0034】
ガスクロマトグラフィー分析装置はAgilent 6890 Series GC System(Agilent社製)を用い、カラムはINERTCAP-WAX(内径0.25mm、長さ60m、膜厚0.25μm)(Gl-Sciences社製)を用い、キャリアガスはヘリウムガスを用いた。昇温プログラムは40℃にて5分間保持し、その後、5℃/分にて230℃まで昇温した後、230℃にて20分間保持した。
【0035】
その後、試料の一部を質量分析計にかけてマススペクトルを求め、ニコチン酸エチルの関連イオンで確認を行った。質量分析計は5973 Mass Selective Detector(Agilent社製)を用い、イオン化法:EI、イオン化電圧:70eVの条件でマススペクトル分析を行い、結果をスキャンモードで取り込み、ニコチン酸エチルに特徴的な質量電荷比78、106、123のイオンのうち、106をターゲットイオン、78と123を関連イオンとして用いて同定を行った。
【0036】
また、試料の一部を高感度窒素・リン検出器にかけ、質量分析計による解析と同時に試料中の窒素化合物量を分析した。高感度窒素・リン検出器は、Agilent 6890 Series GC System(Agilent社製)に付属のNPD(Nitrogen-phosphor-detector)検出器を用いた。
【0037】
また、別途、ニコチン酸エチルの標品(和光純薬工業社製)を0.5%エタノール溶液によって10ppb、1ppb、0.1ppb、0.01ppbに希釈したものを上記の条件にて分析に供した。そのマススペクトルパターンから保持時間36.557分付近のピークをニコチン酸エチルと判定し、それらのターゲットイオン(質量電荷比106)のピーク面積の比較によって、上記試料中の成分の定量を行った結果、ニコチン酸エチル濃度は検出限界(0.01ppb)以下であった。
【0038】
(実施例2)ニコチン酸エチル添加量の検討
(1)「米糖化液の加熱処理物」の調製
市販の福島県産コシヒカリ1kgを等量の水に漬けて1時間蒸煮してある程度軟化させた後、プロテアーゼ、アミラーゼ、セルラーゼの市販混合酵素剤である「ビオジアスターゼ2000」(アマノエンザイム社製)を0.3%添加し60℃で一晩静置して「米糖化液」を得た。続いて、この「米糖化液」を密閉容器に充填し、120℃で1時間加熱して「米糖化液の加熱処理物」を調製した。
【0039】
この「米糖化液の加熱処理物」の一部を試料とし、実施例1と同様にして質量分析計にかけてマススペクトルを求め、ニコチン酸エチルに特徴的な質量電荷比78、106、123のイオンのうち、106をターゲットイオン、78と123を関連イオンとして用いて同定を行った。図1は、質量電荷比106のターゲットイオンの分布、図2は、質量電荷比78の確認イオンの分布、図3は、質量電荷比123の確認イオンの分布を示す。これらの結果に示されるように、保持時間36.557分付近に上記の3つの特徴的なピークが確認された。
【0040】
また、「米糖化液の加熱処理物」の一部を試料とし、実施例1と同様にして、高感度窒素・リン検出器とGC/MSの組み合わせにより分析した結果を図4に示す。この結果から保持時間36.557分付近に特徴的なピークが確認され、その構造中に窒素を含む化合物が存在することが確認された。
【0041】
以上から、保持時間36.557分付近にニコチン酸エチルのターゲットイオン(質量電荷比106)、確認イオン(質量電荷比78、123)が高濃度に分布していること、ニコチン酸エチルの標品を同様の手法で分析した際にもほぼ同じ保持時間にピークが得らたこと、また高感度窒素・リン検出器でも同じ時間に窒素を含む化合物が検出されたことから、この保持時間36.557分付近のピークをニコチン酸エチルであると判定した。
【0042】
試料(米糖化液の加熱処理物)について得られたクロマトグラムにおける保持時間36.557分付近のターゲットイオン(質量電荷比106)のピークと、標品について得られたクロマトグラムのターゲットイオン(質量電荷比106)のピークの面積比から、試料中のニコチン酸エチルの定量を行った結果、40.0ppbであった。
【0043】
(2)米糖化液の加熱温度・加熱時間とニコチン酸エチル含量との関係
(1)で得られた「米糖化液」を異なる温度条件(100℃〜130℃)で異なる時間(0.5時間〜3時間)加熱して「米糖化液の加熱処理物」を調製し、それぞれの加熱処理物中のニコチン酸エチル濃度を測定したところ、100℃〜130℃の全ての温度条件において約5ppb〜約100ppbのニコチン酸エチルが生成され、また、加熱時間が長くなるに従ってその量が多くなることがわかった。
【0044】
(3)各種濃度のニコチン酸エチル含有すし酢の調製
(1)で調製した「米糖化液の加熱処理物」の成分を抽出した0.5%エタノール抽出液を、実施例1でニコチン酸エチル濃度が検出限界以下であることを確認したすし酢に対して任意の量を添加し、ニコチン酸エチルを、0.001ppb(試験区イ)、0.01ppb(試験区ロ)、0.1ppb(試験区ハ)、0.2ppb(試験区ニ)、1.0ppb(試験区ホ)、2.4ppb(試験区ヘ)、3.0ppb(試験区ト)、6.0ppb(試験区チ)の各濃度になるように含有させたすし酢を調製した。
【0045】
(4)官能評価
(3)で調製したニコチン酸エチル濃度が異なるすし酢を熟練した官能検査員20名による官能検査に供し、ニコチン酸エチルを添加していないすし酢を対照サンプルとして比較し、すし酢のコク増強効果について相対的に評価した。また、風味の違和感についても同官能検査員により相対的に評価した。その結果を下記表1に示す。
【0046】
なお、コクの評価は、試験区サンプルと対照サンプルを官能検査員に隠した状態で提示し、風味を総合的に判断した上でコクが付与され、強いと思われるサンプルを選択させる形式で実施した。試験区サンプルの方がコクが付与され、強いと評価した人数を集計し、試験区サンプルと対照サンプル間に統計学的に有意な差(試験区サンプルと対照サンプルのコクの強さが同じであるという帰無仮説を棄却する際の危険率によって判定)がみられるかどうかによって行った。結果は、有意差が認められないもの(20人中12人以下が選択)については「×」を、20%有意水準(20人中13人が選択)で有意差が認められるものに関しては「△」を、10%有意水準(20人中14人が選択)で有意差が認められるものについては「○」を、5%有意水準(20人中15人以上が選択)で有意差が認められるものについては「◎」として表した。すなわち、「×」「△」「○」「◎」の順にコクが増強されたサンプルであることを示している。
【0047】
また、風味の違和感についての評価についても、上記と同様に、ニコチン酸エチルを上記濃度で添加したものと、ニコチン酸エチル無添加の対照とを官能検査員に提示し、違和感が強いと思われる方を選択させる形式で実施した。その結果を集計し、有意差が認められないもの(20人中12人以下が選択)については「◎」を、20%有意水準(20人中13人が選択)で有意差が認められるものに関しては「○」を、10%有意水準(20人中14人が選択)で有意差が認められるものについては「△」を、5%有意水準(20人中15人以上が選択)で有意差が認められるものについては「×」として表した。すなわち、「×」「△」「○」「◎」の順に風味の違和感が少ないサンプルであることを示している。
【0048】
【表1】

【0049】
表1から明らかなように、ニコチン酸エチルが0.1ppb以上含まれるすし酢は、無添加のすし酢に比べて強いコクが付与されていた。また、このような効果は、ニコチン酸エチルの添加量を増加させるにつれて増大するが、その効果は0.2ppb程度で頭打ちとなることが分かった。なお、ニコチン酸エチルの含有量が増えるにつれて、風味の違和感が徐々に強くなり、3.0ppb以上であるとそれが無視しがたくなってしまい、好ましくない味になってしまうことも判明した。
以上の結果から、ニコチン酸エチルの添加量の好ましい範囲0.1〜3.0ppbであり、より好ましい範囲は0.2〜2.4ppbであることがわかった。
【0050】
(実施例3)ニコチン酸エチル添加の効果試験(1)
市販のすし酢(ミツカン社製)について、ニコチン酸エチル濃度を実施例1と同様にして測定し、検出限界以下(検出限界0.01ppb)であることを確認した。その後、該すし酢90重量部に対して、実施例2と同様の方法で調製した「米糖化液の加熱処理物」を10重量部添加し、最終的なすし酢中のニコチン酸エチル濃度が0.4ppbになるようにした。
【0051】
調製したニコチン酸エチルを0.4ppb含有させたすし酢(試験区リ)及び対照サンプルとしてニコチン酸エチルを添加していないすし酢を、実施例2と同様にして、官能検査員20名による官能検査に供し、コクの評価と風味の違和感の評価を行った。その結果を下記表2に示す。
【0052】
【表2】

【0053】
表2から明らかなように、ニコチン酸エチルを0.4ppb含有させたすし酢は、ニコチン酸エチルを含有しないすし酢に比べて強い「コク」が付与され、かつ、風味の違和感もないことが確認された。
【0054】
(実施例4)ニコチン酸エチル添加の効果試験(2)
実施例3で調製したニコチン酸エチルを0.4ppb含有するすし酢、及び対照として無添加のすし酢を用いてすし飯を作製した。すし飯の作製には平成20年度産の福島県産のコシヒカリを使用した。一般的な家庭用炊飯器を用いて炊飯を行い、上記すし酢を米1升分の米飯に対して全量使用し、団扇で扇ぎ荒熱を取りながらしゃもじですし酢と米飯をよく馴染ませた。
【0055】
このようにして作製したすし飯(試験区ヌ)及び対照サンプルとして無添加のすし酢を用いて作製したすし飯を、実施例2と同様にして、官能検査員20名による官能検査に供し、コクの評価と風味の違和感の評価を行った。その結果を下記表3に示す。
【0056】
【表3】

【0057】
表3から明らかなように、「米糖化液の加熱処理物」を添加し、ニコチン酸エチルを0.4ppb含有させたすし酢から作製したすし飯は、無添加のものに比べて強い「コク」が付与され、かつ、風味の違和感もないことが確認された。
【0058】
(実施例5)ニコチン酸エチル添加の効果試験(3)
市販の穀物酢(ミツカン社製)について、ニコチン酸エチル濃度を実施例1と同様にして測定し、検出限界以下(検出限界0.01ppb)であることを確認した。その後、該穀物酢90重量部に対して、長期熟成ビール(スワンレイク社製)を10重量部添加し、最終的な穀物酢中のニコチン酸エチル濃度が1.2ppbになるようにした。
【0059】
調製したニコチン酸エチルを1.2ppb含有させた穀物酢(試験区ル)及び対照サンプルとしてニコチン酸エチルを添加していない穀物酢を、実施例2と同様にして、官能検査員20名による官能検査に供し、コクの評価と風味の違和感の評価を行った。その結果を下記表4に示す。
【0060】
【表4】

【0061】
表4から明らかなように、ニコチン酸エチルを1.2ppb含有させた穀物酢は、ニコチン酸エチルを含有しない穀物酢に比べて強い「コク」が付与され、かつ、風味の違和感もないことが確認された。
【0062】
(実施例6)ニコチン酸エチル添加の効果試験(4)
実施例5で調製したニコチン酸エチルを1.2ppb含有する穀物酢、及び対照として無添加の穀物酢を用いてそれぞれポン酢を製造した。ポン酢は上記穀物酢大さじ5杯に対し、醤油(ミツカンナカノス社製)大さじ7杯、みりん(ミツカンナカノス社製)大さじ3杯を混ぜ合わせ、少量の柚子の絞り汁を添加することで製造した。
【0063】
製造したポン酢(試験区ヲ)及び対照サンプルとして無添加の穀物酢を用いて製造したポン酢を、実施例2と同様にして、官能検査員20名による官能検査に供し、コクの評価と風味の違和感の評価を行った。その結果を下記表5に示す。
【0064】
【表5】

【0065】
表5に示されるように、長期熟成ビールを添加し、ニコチン酸エチルを1.2ppb含有させた穀物酢から製造したポン酢は、ニコチン酸エチルを含有しないポン酢に比べて「コク」が付与され、かつ、風味の違和感もないことが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】米糖化液の加熱処理物から抽出した香気成分のGC−MS分析によって得られたクロマトグラムを示す(ターゲットイオン:質量電荷比106、保持時間36.557分の矢印:ニコチン酸エチル)。
【図2】米糖化液の加熱処理物から抽出した香気成分のGC−MS分析によって得られたクロマトグラムを示す(関連イオン:質量電荷比78、保持時間36.557分の矢印:ニコチン酸エチル)。
【図3】米糖化液の加熱処理物から抽出した香気成分のGC−MS分析によって得られたクロマトグラムを示す(関連イオン:質量電荷比123、保持時間36.557分の矢印:ニコチン酸エチル)。
【図4】米糖化液の加熱処理物から抽出した香気成分の高感度窒素・リン検出器による窒素化合物検出とGC−MS分析の組み合わせによって得られたクロマトグラムを示す(ターゲットイオン:質量電荷比106、保持時間36.557分の矢印:ニコチン酸エチル)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニコチン酸エチルまたはニコチン酸エチル含有物を、食酢中のニコチン酸エチルが0.1〜3.0ppbの濃度範囲となるように含有することを特徴とする食酢。
【請求項2】
ニコチン酸エチル含有物が米糖化液の加熱処理物である、請求項1に記載の食酢。
【請求項3】
米糖化液の加熱処理物が、米糖化液を100〜130℃で30〜180分間加熱して得られることを特徴とする、請求項2に記載の食酢。
【請求項4】
ニコチン酸エチル含有物が熟成ビールである、請求項1に記載の食酢。
【請求項5】
ニコチン酸エチルまたはニコチン酸エチル含有物を、食酢中のニコチン酸エチルが0.1〜3.0ppbの濃度範囲となるように酢酸発酵工程後もしくは熟成工程後の原料食酢か、あるいは、糖化工程後の糖化もろみのろ過液もしくは酢酸発酵工程前のアルコール含有液に添加することを特徴とする、食酢の製造方法。
【請求項6】
ニコチン酸エチル含有物が米糖化液の加熱処理物である、請求項5に記載の食酢の製造方法。
【請求項7】
米糖化液の加熱処理物が、米糖化液を100〜130℃で30〜180分間加熱して得られることを特徴とする、請求項6に記載の食酢の製造方法。
【請求項8】
ニコチン酸エチル含有物が熟成ビールである、請求項5に記載の食酢の製造方法。
【請求項9】
請求項1から4のいずれかに記載の食酢を含有する飲食品。
【請求項10】
飲食品が、調味料または飲料である、請求項9に記載の飲食品。
【請求項11】
調味料が加工酢である、請求項10に記載の飲食品。
【請求項12】
加工酢が、すし酢またはポン酢である、請求項11に記載の飲食品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−130990(P2010−130990A)
【公開日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−312722(P2008−312722)
【出願日】平成20年12月8日(2008.12.8)
【出願人】(398065531)株式会社ミツカングループ本社 (157)
【出願人】(301058344)株式会社ミツカンナカノス (28)
【Fターム(参考)】