説明

コモンモードフィルタ

【課題】 超高速差動信号を通過させ、コモンモードノイズを通過させ難くする。
【解決手段】 差動遅延線DLは、差動線路1、3中に配置された受動直列素子および受動並列素子からなる梯子型の差動4端子回路において、受動直列素子にインダクタLoを、受動並列素子にキャパシタCoを配置して形成される。差動遅延線DLは、並列素子としてのキャパシタCoが、当該キャパシタと等価にして値の等しい2個の直列接続されたキャパシタCo/2とCo/2、又はCoとCoからなる。コモンモードノイズ減衰用の抵抗R12〜R34は、直列接続されたキャパシタCo/2どうし又はCoどうしの接続点T1〜T4間に接続され、コモンモードノイズを吸収減衰させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はコモンモードフィルタに係り、特に、超高速差動線路を伝搬する望ましい超高速差動信号を通過させる一方、望ましくないコモンモードノイズを遮断し、電磁障害も引き起こし難いコモンモードフィルタに関する。
【背景技術】
【0002】
電子機器においてノイズは有害な存在であることから、ノイズを除去するための多くの提案がなされている。
【0003】
特に、最近の高速シリアル伝送では、伝送速度がGHz帯と速くなり、波長が短くなることから、その波長が回路パターン長の整数倍と一致する確率が高まり、回路パターンがアンテナとなって信号が空間に放射される電磁放射ノイズが問題となっている。
【0004】
もっとも、高速シリアル伝送では、ほとんどの場合、差動線路を用いるため、電磁界は差動線路間で結合して外部へは放射し難い。
【0005】
しかしながら、差動線路のわずかな非対称性や、ICでのわずかな位相ずれ等に起因して生じるコモンモードノイズは、差動線路間を同相信号で伝播し、差動線路間の結合がないため外部へ放射し易く、電磁放射ノイズとなり易い。
【0006】
そのため、差動線路を用いた高速シリアル伝送の分野では、コモンモードノイズ対策が必須のものとなっており、コモンモードノイズの除去手段としてコモンモード・チョークコイルが使用されることが多い。
【0007】
この種の公知例として、特開2004−266634号公報(特許文献1)のように、ノーマルモード信号の周波数帯域の下限を2MHzとした構成や、特開2000−58343号公報(特許文献2)のように、差動信号伝送用のコモンモード・チョークコイルをトロイダルコアに巻線する構成がある。
【0008】
ところで、理想的なコモンモード・チョークコイルは、図14の等価回路に示すように、磁性体磁芯に巻かれ結合係数が「1」に近い1対のコイルと、入出力間の線間容量を低く抑えたコイル間容量とによって伝送線路を形成し、特性インピーダンスを管理する構成である。
【0009】
このコモンモード・チョークコイルでは、コモンモードノイズに対して、伝送線路上に挿入される等価なインダクタンスが大きい値となり、図15の符号Scc21に示す特性のように、コモンモードノイズの通過阻止が可能である。
【0010】
他方、コモンモード・チョークコイルは、差動信号(ノーマルモード信号)に対して、インダクタンスが零に近く、しかもライン間容量と組み合わせて低損失伝送線路を形成するため、図15の符号Sdd21に示す特性のように、少ない損失で通過する。
【0011】
このような理想的なコモンモード・チョークコイルは、現状では製品化されていないので、図15は通過帯域を15GHzに設定し、本発明の効果と比較するために図示したものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2004−266634号公報
【特許文献2】特開2000−58343号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
今後、伝送速度が5〜10ギガビット/秒と高速化することは必至であり、その場合のクロック周波数は2.5〜5GHzとなるため、コモンモード・チョークコイルでの波形劣化を防ぐには、少なくともその3倍の高調波である7.5〜15GHzまでの差動信号を振幅劣化なく、かつ群遅延特性を平坦に通過させる必要があり、しかも同じ帯域のコモンモードノイズを遮断させねばならない。
【0014】
しかし、扱う周波数が5GHzを超えると磁性体の透磁率の低下により、差動信号回路に直列に等価的なインダクタンスが挿入されることが避けられなくなる。それに分布容量が加わり、差動信号の振幅特性の劣化と、それに伴う群遅延特性の直線性劣化が避けられない。
【0015】
具体的にシュミレーションしてみると、そのやり方にもよるが、図14においてインダクタ間の結合係数が0.98から0.97に下がるだけで、差動信号に対する通過帯域は半分に激減する。
【0016】
従って、5GHzを超える周波数範囲でも磁性体に巻かれたコイル間の結合係数を1に近い値に維持しなければならないコモンモード・チョークコイルは、その性能向上への限界がある。
【0017】
さらに、コモンモード・チョークコイルは、コモンモードノイズに対し、大きなインダクタンスすなわち高い直列インピーダンスで遮断するため、コモンモードノイズから見ると、入力端子部の内部は終端開放に近くなり、入力端子に印加されたコモンモードノイズが、入力端子部で終端開放線路と同様の応答を示す。
【0018】
そのため、入力端子部において、印加されたコモンモードノイズと、これが開放終端的に反射した、反射コモンモードノイズとが重畳され、入力端子部でのコモンモードノイズのピーク電圧が上昇する。
【0019】
入力端子部は、実装を容易にするためむき出しで、シールドすることが困難なため、ここから電磁放射され易く、電磁障害を引き起こす要因となり得るから、入力端子部でのコモンモードノイズのピーク電圧上昇は好ましくない。
【0020】
本発明はそのような課題を解決するためになされたもので、5GHz以上の周波数帯域において、差動信号に対する通過特性および群遅延特性を良好に維持することが容易でグランド端子が不要な小型のコモンモードフィルタの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
そのような課題を解決するために本発明の請求項1に係るコモンモードフィルタは、差動線路中に直列的に配置されたインダクタを含む受動直列素子および当該差動線路間に並列的に配置されたキャパシタを含む受動並列素子からなる梯子型の差動4端子回路で構成されてなる1区間分の集中定数差動遅延線であって、上記キャパシタが、当該キャパシタと等価にして値の等しい2個の直列接続されたキャパシタからなり、少なくとも1区間以上の区間構成で上記差動線路中に梯子型に直列配置された集中定数差動遅延線と、直列接続された上記キャパシタどうしの接続点間に接続されたコモンモードノイズ減衰用の抵抗と、を具備している。
【0022】
本発明の請求項2に係るコモンモードフィルタは、上記集中定数差動遅延線の同一区間内の差動線路間で対をなす上記インダクタ間に相互誘導を持たせ、差動信号に対してはそれらのインダクタのインダクタンスと当該相互誘導による相互インダクタンスの差分を受動直列素子として機能させ、コモンモードノイズに対してはそれらのインダクタのインダクタンスと当該相互誘導の相互インダクタンスの和分を受動直列素子として機能させる構成となっている。
【0023】
本発明の請求項3に係るコモンモードフィルタは、上記集中定数差動遅延線が、定K型構成となっている。
【0024】
本発明の請求項4に係るコモンモードフィルタは、上記集中定数差動遅延線が、誘導m型構成となっている。
【0025】
本発明の請求項5に係るコモンモードフィルタは、上記集中定数差動遅延線が、全域通過型構成となっている。
【0026】
本発明の請求項6に係るコモンモードフィルタは、上記集中定数差動遅延線が、定K型、誘導m型および全域通過型のそれら差動遅延素子中から異なる2個又は3個を複合して構成されている。
【発明の効果】
【0027】
このような本発明の請求項1に係るコモンモードフィルタでは、受動直列素子にインダクタを、受動並列素子にキャパシタを配置した1区間分の集中定数差動遅延線であって、上記キャパシタが、当該キャパシタと等価にして値の等しい2個の直列接続されたキャパシタからなり、少なくとも1区間以上の区間構成で上記差動線路中に梯子型に直列配置された集中定数差動遅延線と、直列接続された上記キャパシタどうしの接続点間に接続されたコモンモードノイズ減衰用の抵抗とを具備しているから、小型化可能な構成で超高速差動信号を通過させる一方、望ましくないコモンモードノイズを遮断・吸収し、入力端子部におけるコモンモードノイズのピーク電圧が低減されるので電磁障害も引き起こし難い。
【0028】
本発明の請求項2に係るコモンモードフィルタでは、上記集中定数差動遅延線の同一区間内の差動線路間で対をなす上記インダクタ間に相互誘導を持たせ、差動信号に対しては当該インダクタのインダクタンスと当該相互誘導の相互インダクタンスとの差分を直列素子として機能させ、コモンモードノイズに対しては、それらのインダクタのインダクタンスとそれらの相互誘導の相互インダクタンスとの和分を直列素子として機能させるから、上記構成で種々の特性を得ることが可能である。
【0029】
本発明の請求項3に係るコモンモードフィルタでは、上記集中定数差動遅延線を定K型で構成するから、定K型構成において上述した効果を得ることが可能である。
【0030】
本発明の請求項4に係るコモンモードフィルタでは、上記集中定数差動遅延線を誘導m型で構成するから、誘導m型構成において上述した効果を得ることが可能である。
【0031】
本発明の請求項5に係るコモンモードフィルタでは、上記集中定数差動遅延線を全域通過型で構成するから、全域通過型構成において上述した効果を得ることが可能である。
【0032】
本発明の請求項6に係るコモンモードフィルタでは、上記集中定数差動遅延線として、定K型、誘導m型および全域通過型の差動遅延素子中から異なる2個又は3個を複合して構成するから、種々の通過型構成において上述した効果を得ることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明のコモンモードフィルタの基となる集中定数差動遅延線の例を示す回路図である。
【図2】本発明に係るコモンモードフィルタの第1の実施の形態を示す回路図である。
【図3】図2に示す本発明のコモンモードフィルタの通過特性図である。
【図4】図2に示す本発明のコモンモードフィルタの電力配分特性図である。
【図5】本発明に係るコモンモードフィルタの第2の実施の形態を示す回路図である。
【図6】図5に示す本発明のコモンモードフィルタの通過特性図である。
【図7】図5に示す本発明のコモンモードフィルタの電力配分特性図である。
【図8】本発明に係るコモンモードフィルタの第3の実施の形態を示す回路図である。
【図9】図8に示す本発明のコモンモードフィルタの通過特性図である。
【図10】図8に示す本発明のコモンモードフィルタの電力配分特性図である。
【図11】本発明に係るコモンモードフィルタの第4の実施の形態を示す回路図である。
【図12】図11に示す本発明のコモンモードフィルタの通過特性図である。
【図13】図11に示す本発明のコモンモードフィルタの電力配分特性図である。
【図14】従来のコモンモード・チョークコイルの等価回路である。
【図15】図14に示す従来のコモンモード・チョークコイルの通過特性図である。
【図16】図14に示す従来のコモンモード・チョークコイルの電力配分特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明に係るコモンモードフィルタの実施の形態を図面を参照して説明する。
【0035】
まず、本発明のコモンモードフィルタの基となる集中定数の差動遅延線を説明する。
【0036】
図1は本発明のコモンモードフィルタに適用する集中定数差動遅延線の一例を示す回路図である。
【0037】
図1において、差動入力端子1A、1Bと差動出力端子2A、2B間の差動線路1、3には梯子型差動4端子網5が形成されている。
【0038】
梯子型差動4端子網5は、それら差動線路1、3中に直列的に配置された受動直列素子と、これら差動線路1、3間に並列的に配置された受動並列素子を組合せ接続して梯子状に構成されている。
【0039】
すなわち、差動入出力端子1A、2A間の差動線路1および差動入出力端子1B、2B間の差動線路3において、受動直列素子としてのインダクタLoが複数個、例えば3個ずつ直列接続され、個々のインダクタLoの両端には受動並列素子としてキャパシタCo/4、Co/2が接続されている。
【0040】
差動線路1、3における同位置の各インダクタLoの両端間には、それらキャパシタCo/4、Co/2が接続され、3区間からなる定Kπ型集中定数差動遅延線DLが構成されている。
【0041】
この差動遅延線DLにおける1区間分の差動遅延素子dl1、dl2、dl3は、梯子型差動4端子回路であり、差動線路1、3における一対のインダクタLoとこの両端の2個のキャパシタCo/4、Co/2によって形成されている。隣合う差動遅延素子dl1とdl2、dl2とdl3のキャパシタCo/2は、共用されている。
【0042】
しかも、差動入出力端子1A、1B、2A、2B側の差動遅延素子dl1、dl3におけるキャパシタCo/4の容量値は、中間の差動遅延素子dl2との共用がないため、中間の差動遅延素子dl2のキャパシタCo/2に比べて半分になっている。
【0043】
各差動遅延素子dl1〜dl3の遅延時間tdは、「数1」のように示される。
【0044】
【数1】

【0045】
各差動遅延素子dl1〜dl3の差動インピーダンスZdは、「数2」のように示される。
【0046】
【数2】

【0047】
図1において、差動遅延素子dl1〜dl3の1区間分のキャパシタの容量もCo/4、Co/2と表記することで、遅延時間tdの表記が一般に知られたシングルエンド遅延線における数式に一致している。
【0048】
なお、図1中、差動入力端子1A、1B側の符号+vdと−vdはインピーダンスZoの差動電源であり、差動出力端子2A、2B側の符号Zoは終端インピーダンスである。
【0049】
次に、本発明に係るコモンモードフィルタを詳細に説明する。
【0050】
図2は、本発明のコモンモードフィルタに係る第1の構成を説明する回路図であり、図1に示す集中定数差動遅延線を改良したものである。符号Vcはコモンモードノイズ源である。
【0051】
上述した図1の各差動遅延素子dl1〜dl3における差動線路1、3上の一対のインダクタLo両端間を結ぶキャパシタCo/4、Co/2は、図2に示すように、直列接続された2個のキャパシタCo/2とCo/2、又はCoとCoに分割されている。しかも、キャパシタCo/2とCo/2の直列合成容量がキャパシタCo/4と等価的に、同様に、キャパシタCoとCoの直列合成容量がキャパシタCo/2と等価的になっている。
【0052】
すなわち、分割された2個のキャパシタCo/2、Coの容量は、分割前の1個のキャパシタCo/4、Co/2の2倍の容量値を有している。
【0053】
各差動遅延素子dl1〜dl3において、キャパシタCo/2とCo/2どうし、又はCoとCoどうしの各接続点をT1、T2、T3、T4とし、接続点T1とT2間、T2とT3間およびT3とT4間にはコモンモードノイズ減衰用抵抗R12、R23およびR34が接続されている。その他の構成は図1と同様である
【0054】
このようなコモンモードフィルタでは、差動線路1、3中に形成する梯子型の差動4端子網5として、上述した梯子型4端子回路である集中定数型の差動遅延素子dl1〜dl3を用い、差動線路1、3を伝搬する差動信号を設計目標通りの振幅特性と群遅延特性で通過させることが可能である。
【0055】
すなわち、この第1の構成では、差動線路1、3を伝送する差動信号が、互いに逆位相信号であるから、これらがキャパシタCo/2どうしやCoどうしの各接続点T1〜T4に達しても互いに打ち消し合って消失する。そのため、差動信号に対しては、コモンモードノイズ減衰用抵抗は寄与しないことになり、差動遅延素子dl1〜dl3の設計通り、劣化なく差動信号が伝送される。
【0056】
他方、第1の構成では、梯子型差動4端子網5の内部にグランドへの帰還経路がないため、差動入力端子1Aおよび1Bに印加されたコモンモードノイズは、インダクタンスLoが直列インピーダンスとして寄与しない低い周波数では、インダクタンスLoを通過して差動出力端子2Aおよび2Bに出力される。周波数が高くなるに従い、インダクタンスLoの直列インピーダンスが寄与するとともにキャパシタCo/2の直列インピーダンスが無視できるようになり、コモンモードノイズはインダクタンスLoを通る経路よりも、抵抗R12、R23およびR34を経由して差動出力端子2Aおよび2Bに戻る経路を選ぶようになる。
【0057】
従って、コモンモードノイズがR12〜R34を経由するような周波数範囲では、コモンモードノイズにとっては、差動入力端子1A、1BにおいてR12〜R34および終端抵抗Zoの直列接続による不整合終端がなされたように見え、反射、通過および抵抗R12〜R34での吸収の割合がこれらの抵抗値で決まる。
【0058】
図3は、図2に示す本発明のコモンモードフィルタの特性図であり、同図中の符号Sdd21は差動信号通過特性、符号Scc21はコモンモードノイズ通過特性である。図3の特性は、1区間の遅延時間40ps、差動インピーダンス100Ωとし、2.5GHz差動クロックが通過できるよう、2.5GHzクロックの3次高調波成分である7.5GHzを上回る、約8GHzの差動信号通過帯域に設定したものである。
【0059】
図に示されるとおり、コモンモードノイズの通過特性は約5GHz以上では約−10dBでほぼ一定となり、約5GHzから上の周波数では、コモンモードノイズがR12〜R34を経由していることがわかる。
【0060】
また、2.5GHzでのコモンモードノイズの減衰量は約4dBであり、充分とは言えないが、このような構造でコモンモードノイズの減衰が得られることが示されている。
【0061】
ここで、抵抗R12〜R34によって、どの程度コモンモードノイズが吸収減衰するか調べるために、4端子回路網5に入力されたコモンモードノイズの電力を100%として、周波数毎に通過する電力の割合、反射する電力の割合および吸収される電力の割合を求めた。
【0062】
図4は、図2の本発明に係るコモンモードフィルタに入力されたコモンモードノイズ電力の通過、反射および吸収の割合である。2.5GHzでは15%、5GHz以上では約40%の電力が吸収されていることが分かる。
【0063】
また比較のため、図14に示す理想的なコモンモードチョークコイルに入力されたコモンモードノイズ電力の、通過、反射および吸収の割合を図16に示す。従来のコモンモードチョークコイルでは、入力されたコモンモードノイズ電力のほとんどが遮断されるが、その遮断された電力の約90%が反射していることが分かる。
【0064】
よって、図2の本発明に係るコモンモードフィルタは、既存のコモンモードチョークコイルに比べて、入力端子における反射コモンモードノイズのピーク電圧を低く抑えることが可能である。
図5は本発明のコモンモードフィルタに係る第2の実施の形態であり、図2の構成を改
【0065】
良して、5GHz以下の周波数でコモンモードノイズの減衰量をより大きくすることを可能にするものである。なお、以降の図においては、差動入力端子1A、1Bと差動出力端子2A、2Bとの間のみを図示する。
【0066】
図5の構成は、図2における同一区間内の一方の差動線路(正相側)1と他方の差動線路(負相側)3とのインダクタLo間に図に示す極性によって相互誘導mの結合を持たせたもので、結合の極性は、コモンモードノイズに対し正の結合となるような極性である。
【0067】
すなわち、同一区間内の差動線路間で対をなすインダクタLo間が差動信号に対しては負結合、コモンモードノイズに対しては正結合となる極性の相互誘導を持った関係になっており、コモンモードノイズに対するインダクタンスLcは「数3」、差動信号に対するインダクタンスLdは「数4」に示すようになる。
【0068】
【数3】

【0069】
【数4】

【0070】
従って、コモンモードノイズに対するインダクタンスLcは差動信号に対するインダクタンスLdよりも大きい値となり、コモンモードノイズに対して、より低い周波数からインダクタンスLcを大きな直列インピーダンスとして寄与させるものである。
【0071】
一方、差動信号に対しては、Ldが小さくなるので遅延時間も小さくでき、その結果、通過帯域を広くし易いという利点が生じる。
【0072】
図6は、図5に示す本発明のコモンモードフィルタの特性図であり、同図中の符号Sdd21は差動信号通過特性、符号Scc21はコモンモードノイズ通過特性である。
【0073】
ところで、多くの回路シミュレータでは、相互誘導mに代わって、結合係数kを用いる場合が多く、今回も結合係数kを用いて解析した。結合係数kと相互誘導mとの関係式は「数5」で与えられる。
【0074】
【数5】

【0075】
図6の特性を求めるに当たっては、k=0.5とし、差動信号に対する1区間の遅延時間が30ps、特性インピーダンスは100Ωとなるよう、各素子の値を設定した。図6に示されるとおり、5GHz以下のコモンモードノイズの減衰量が大きく改善されている上、差動信号の通過帯域は約9.5GHzであり、差動信号に対する良好な通過特性が得られていることがわかる。
【0076】
図7は、図5の本発明に係るコモンモードフィルタに入力されたコモンモードノイズ電力の通過、反射および吸収の割合である。図4に比べ、反射の割合が大きくなっている。これは、インダクタンスLcが5GHz以下のコモンモードノイズに対しても大きな直列インピーダンスとして寄与する一方、5GHz以下では、キャパシタCo/2の直列インピーダンスが無視できず、R12〜R34を通る経路に入ることができないため、反射するしか道がないことによって生じる現象である。すなわち、図5に示す構成では、既存のコモンモード・チョークコイルの機能も一部に取り入れて、コモンモードノイズを減衰させることができる。
【0077】
なお、以上の定Kπ型集中定数差動遅延線を用いる場合は、1区間構成でも、直列接続されたキャパシタどうしの接続点が2箇所となるため、コモンモード減衰用の抵抗が接続でき、コモンモードフィルタとして機能させることが可能である。
【0078】
図8は本発明のコモンモードフィルタに係る第3の実施の形態であり、4区間からなる誘導mT型集中定数差動遅延線を基にしたものである。
【0079】
すなわち、4個の差動遅延素子dl1〜dl4からなり、各差動遅延素子dl1〜dl4において、受動直列素子を形成するインダクタLoを2等分し、2等分されたインダクタLo/2どうしを直列接続するとともに互いに相互誘導m1で結合させ、2等分されたインダクタLo/2どうしの接続点の間を、上述したキャパシタの直列回路で接続した構成を有している。
【0080】
さらに、同一区間内のインダクタLo/2は、入力側の正相と負相間および出力側の正相と負相間で相互誘導m2にて結合されており、入力側の正相と出力側の負相間および出力側の正相と入力側の負相間で相互誘導m3にて結合されている。
【0081】
また、キャパシタCoとCoどうしの各接続点をT1、T2、T3、T4とし、接続点T1とT2間、T2とT3間およびT3とT4間にコモンモードノイズ減衰用抵抗R12、R23およびR34が接続されている。
【0082】
この図8における3種類の結合は、本発明の主旨の1つである小型に形成することを実現するため、各差動遅延素子dl1〜dl4の1区間分を形成する4つのインダクタLo/2を接近して配置させると、互いに相互誘導を持つことになり、図8のように3種の相互誘導が定められる。
【0083】
なお、回路解析においては、相互誘導m1、m2、m3に代わり、それぞれを結合係数に置き換えて解析した。即ちm1に対応する結合係数をk1、m2に対応する結合係数をk2、m3に対応する結合係数をk3とすると、それぞれ「数6」、「数7」、「数8」で示される。
【0084】
【数6】

【0085】
【数7】

【0086】
【数8】

【0087】
従って、図8のようにインダクタの極性を定めると、差動信号に対する直列素子としてのインダクタンスLd/2は、同一区間内で入力側の正相と負相間または出力側の正相と負相間に位置するインダクタ間の相互誘導m2との差分となり、「数9」で示される。
【0088】
【数9】

【0089】
更に、差動信号に対し誘導m型として機能する正味の相互誘導をmdとすると、mdは「数10」で示される。
【0090】
【数10】

【0091】
一方、コモンモードノイズに対する直列素子としてのインダクタンスLc/2は、同一区間内で入力側の正相と負相間または出力側の正相と負相間に位置するインダクタ間の相互誘導m2との和分となり、「数11」で示される。
【0092】
【数11】

【0093】
更に、コモンモードノイズに対して、誘導m型として機能する正味の相互誘導mcは「数12」で示される。
【0094】
【数12】

【0095】
更に、回路解析においては、相互誘導mdも結合係数kdに置き換えており、kdは「数13」で示される。
【0096】
【数13】

【0097】
図9は図8に示す本発明のコモンモードフィルタの特性図であり、kd=0.24とし、差動信号に対する1区間の遅延時間が37.5psで、特性インピーダンスが100Ωとなるように定め、更に、m2に対応する結合係数k2=0.2、m3に対応する結合係数k3=0.2とした場合である。
【0098】
なお、以上の条件からm1に対応する結合係数k1を求める数式は「数14」で示され、
【0099】
【数14】

となる。
【0100】
図9のコモンモードノイズ通過特性Scc21から分かるとおり、2GHz以上の周波数域で約10dBのコモンモードノイズ減衰量が得られており、図5の構成には若干劣るものの、コモンモードフィルタとして機能している上、差動信号の通過帯域は約10GHzであり、差動信号に対する良好な通過特性が得られていることが分かる。
【0101】
図10は、図8の本発明に係るコモンモードフィルタに入力されたコモンモードノイズ電力の通過、反射および吸収の割合である。2.5GHzで約30%の吸収が得られており、5GHz以下のコモンモード電力吸収量は、図2や図5の構成と比較して最も大きい。
【0102】
図11は本発明のコモンモードフィルタに係る第4の実施の形態である。
【0103】
すなわち、4個の差動遅延素子dl1〜dl4からなり、各差動遅延素子dl1〜dl4において、受動直列素子を形成するインダクタLoを2等分し、2等分されたインダクタLo/2どうしを直列接続するとともに互いに相互誘導m結合させ、更に、直列接続されたインダクタLo/2の両端をキャパシタCaで橋絡し、差動線路1、3の当該接続点どうしを上述したキャパシタCoの直列回路で接続したものであり、全域通過型集中定数差動遅延線の構成を有している。ただし、簡単化するため図8に示すような正相側インダクタと負相側インダクタ間の相互誘導はないものとする。
【0104】
この構成でも、並列素子を2倍の容量値のキャパシタ2個の直列接続に変換し、2個の直列接続されたキャパシタCoの接続点を差動入力端1A、1B側から順にT1、T2、T3、T4とし、接続点T1とT2間、T2とT3間およびT3とT4間に抵抗R12、R23およびR34が接続されている。
【0105】
図12は図11に示すコモンモードフィルタの特性図であり、符号Sdd21は差動信号通過特性、符号Scc21はコモンモードノイズ通過特性である。図11の特性は、1区間の遅延時間が37.5psで、差動インピーダンスは100Ωとなるように各素子の定数を定めた例である。
【0106】
この図11の構成においてもこれまでと同様に、相互誘導mの代わりに結合係数kを用いて解析した。相互誘導mと結合係数kとの関係は「数15」で示される。
【0107】
【数15】

【0108】
この場合はk=0.42である。さらに、橋絡容量Caが配置されているが、結合係数kが0.42の場合、橋絡容量Caは、キャパシタCoの1/10程度の値が使用される。
【0109】
このような構成での差動信号通過特性Sdd21およびコモンモードノイズ通過特性Scc21を図12に示す。コモンモード通過特性Scc21を、図5や図8の構成に比べると、正相側インダクタと負相側インダクタ間の相互誘導がない分、コモンモードノイズの減推量が小さくなる。しかしながら、差動信号通過特性は15GHzまでほとんど減衰がなく、また図示はしないが、群遅延特性も平坦で、差動信号に対しては理想線路に近い特性を示している。
【0110】
図13は、図11の本発明に係るコモンモードフィルタに入力されたコモンモードノイズ電力の通過、反射および吸収の割合であり、図8の構成に近い特性が得られている。
【0111】
以上、定K型、誘導m型、および全域通過型の3種類の差動遅延線を用いて、それぞれ異なった構成のコモンモードフィルタを例示してきたが、全ての差動遅延線を全ての構成のコモンモードフィルタに適用可能である。
【0112】
さらに、本発明のコモンモードフィルタでは、集中定数の差動遅延線として定K型、誘導m型又は全域通過型の3種で説明したが、その他の構成でも可能である。
【0113】
例えば、誘導m型が梯子型差動遅延線の直列素子であるインダクタの隣接区間で相互誘導を持つのに対し、例示はしないが、2区間以上離れた区間のインダクタ間に相互誘導を持たせた構成も知られており、このような構成においても本発明に係る構成の応用が可能であり、同様の効果を得ることが可能である。
【0114】
要は、集中定数差動遅延線が、定K型、誘導m型および全域通過型の差動遅延素子中から、例えば2個の定K型差動遅延素子と3個の誘導m型差動遅延素子を梯子状に接続する等、異なる2個又は3個を複合した構成であれは本発明の目的達成が可能である。
【0115】
また、例示しないが、他の差動遅延線として群遅延平坦型ローパスフィルタを用いることも可能である。
【0116】
ただし、この群遅延平坦型ローパスフィルタの構成は、一見、定K型に類似しているが、複数区間からなる構成において、シングルエンドで構成した場合の受動直列素子であるインダクタと受動並列素子であるキャパシタの値が全て異なった構成となるので、商品化する場合には煩雑となる。
【0117】
以上のことから、梯子型の差動4端子回路でその受動直列素子にインダクタを、その受動並列素子にキャパシタを配置した集中定数の差動遅延線を基に構成した本発明のコモンモードフィルタは、超高速差動伝送線路を伝搬する望ましい超高速差動信号を通過させる一方、望ましくないコモンモードノイズを減衰させて通過させず、更に反射コモンモードノイズを吸収することで、遮断された反射コモンモードノイズの電磁放射強度を低く抑えることが可能である。
【0118】
なお、本発明のコモンモードフィルタにおいて、複数区間を構成する場合、従来の差動遅延線、例えばコモンモードノイズ減衰用の抵抗R12〜R34を省略したものを一部に用いて直列接続することも可能である。
【0119】
また、接続点間に接続する抵抗は、必ずしも隣接区間の接続点間である必要はなく、2区間以上離れた接続点間に接続しても良い。
【符号の説明】
【0120】
1A、1B 差動入力端子(入力側)
2A、2B 差動出力端子(出力側)
1、3 差動線路
5 梯子型差動4端子網
Co、Co/2、Co/4、Ca キャパシタ
DL 集中定数差動遅延線
dl1、dl2、dl3、dl4 差動遅延素子(差動4端子回路)
Lo、Lo/2 インダクタ
R12、R23、R34 コモンモードノイズ減衰用抵抗
T1、T2、T3、T4 接続点
+vd、−vd 差動電源
Vc コモンモードノイズ源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
差動線路中に直列的に配置されたインダクタを含む受動直列素子および前記差動線路間に並列的に配置されたキャパシタを含む受動並列素子からなる梯子型の差動4端子回路を有してなる1区間分の集中定数差動遅延線であって、前記キャパシタが、当該キャパシタと等価にして値の等しい2個の直列接続されたキャパシタからなり、少なくとも1区間以上の区間構成で前記差動線路中に梯子型に直列配置された集中定数差動遅延線と、
直列接続された前記キャパシタどうしの接続点間に接続されたコモンモードノイズ減衰用の抵抗と、
を具備することを特徴とするコモンモードフィルタ。
【請求項2】
前記受動直列素子としての同一区間内のインダクタは該差動線路間で対をなすインダクタ間に相互誘導を持たせ、差動信号に対しては当該インダクタのインダクタンスと当該相互誘導の相互インダクタンスの差分を受動直列素子として機能させ、コモンモードノイズに対しては当該インダクタのインダクタンスと当該相互誘導の相互インダクタンスの和分を受動直列素子として機能させる請求項1記載のコモンモードフィルタ。
【請求項3】
前記集中定数差動遅延線は、定K型構成である請求項1または2記載のコモンモードフィルタ。
【請求項4】
前記集中定数差動遅延線は、誘導m型構成である請求項1または2記載のコモンモードフィルタ。
【請求項5】
前記集中定数差動遅延線は、全域通過型構成である請求項1または2記載のコモンモードフィルタ。
【請求項6】
前記集中定数差動遅延線は、定K型、誘導m型および全域通過型の差動遅延素子中から異なる2個又は3個を複合した構成である請求項3〜5いずれか1記載のコモンモードフィルタ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2011−119492(P2011−119492A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−276137(P2009−276137)
【出願日】平成21年12月4日(2009.12.4)
【出願人】(000103253)エルメック株式会社 (4)
【Fターム(参考)】