説明

コレラ菌等、毒素産生菌の毒素産生を阻害する物質

【課題】香辛料の抽出物を有効成分として含むコレラ毒素産生阻害剤、並びにコレラ毒素の産生を阻害する方法を提供する。また、香辛料の抽出物を有効成分として含むコレラを治療及び/又は予防するための薬剤、並びにコレラを治療及び/又は予防する方法を提供する。
【解決手段】熱帯諸国で好んで使用される香辛料(スパイス類)に、元々熱帯諸国の風土病でもあったコレラに対して治療や予防効果を持つ物質があると考え研究を行った。その結果、いくつかの香辛料のアルコール抽出物が、コレラ菌等の毒素産生菌による毒素産生を阻害する作用を有することを見いだした。さらに、カプサイシン、ピペリン、トランスアネソール、4−アリルアネソール等香辛料由来の薬効成分にも、コレラ菌等の毒素産生菌による毒素産生の阻害作用があることを見いだした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、香辛料の抽出物を有効成分として含むコレラ毒素産生阻害剤、並びにコレラ毒素の産生を阻害する方法に関する。また本発明は、香辛料の抽出物を有効成分として含むコレラを治療及び/又は予防するための薬剤、並びにコレラを治療及び/又は予防する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コレラは、コレラ菌(Vibrio cholera)のO1型あるいはO139型に汚染された飲食物の飲食により主として感染し、それにより引き起こされる下痢を主症状とする病気である。潜伏期間は、数時間から5日ほどである。
【0003】
WHOの報告では、2007年のコレラ菌による感染症は世界で約18万人であり、内約4,000人が死亡している(非特許文献1)。しかしながら、統計上の死亡患者数は実際上低く見積もられており、年間約12万人が死亡していると試算されている。最近ではアフリカ、ジンバブエのコレラアウトブレーク事例が報告されているが、このケースでは致死率が10-30%であった(非特許文献2)。
【0004】
コレラは主に東南アジアやアフリカ、南アメリカなどの熱帯諸国で発生しているが、上水道で水の塩素処理が行われている先進国ではコレラ患者発生の報告は少なく、先進国の患者発生報告の大部分は、発展途上国への旅行者、あるいは発展途上国からの輸入食品等による感染者である。我が国でもインドネシア産ロブスター、インド産エビ等からコレラ菌が検出されたことがある(非特許文献3, 4)。
【0005】
ヒトの体内に入ったコレラ菌は、小腸で増殖し、腸毒素(コレラ毒素)を放出する。このコレラ毒素が下痢を起こすと考えられている(非特許文献3, 4, 6)。そのため、コレラ毒素を産生する菌であることを検査で確認して、コレラの診断を確定することになる(非特許文献3, 4)。
【0006】
コレラ菌はO血清型で200以上に分類されるが、ヒトからヒトへと伝播して大流行を起こし、激しい下痢の原因となるのは全て血清型O1型のコレラ菌であった。O1型コレラ菌はその生物学的性状の違いから、古典型:Classical(アジア型)とエルトール型(El Tor)の2つの生物型 (biovar) に分けられる。またO1型以外のコレラ菌を非凝集(ナグ:NAG:non-agglutinable)型と総称され、その病原性は一般的に軽症であり、ヒトからヒトへの感染がほとんどないことから、あまり重要視されていなかった。ところが、1992年にインドのマドラスに発生したO139コレラ菌は、コレラ毒素を産生し、コレラと全く同じ症状を呈することに加え、ヒトからヒトへの感染も起こすことが明らかとなり、Vibrio cholera O139 Bengalと命名され、またたくまにインド・バングラデシュ・タイ・パキスタンとその周辺諸国に拡大した。1994年にはO139コレラ菌の流行はいったん下火になり、流行地でもO1とO139がほぼ半々に見られるようになった(非特許文献3, 4, 5)。
【0007】
コレラの典型的症状は、米のとぎ汁様の水性下痢であるが、前述したようにコレラ菌の型がClassical型からEl Tor型に変わってきており、古典的な症状よりむしろ軟便、泥状便、水様便の事が多い。コレラによる下痢は一日に数10 Lとひどく激しく、多量の便により体内からカリウムが失われ、低カリウム血症となり、また起こる脱水により口渇、頻尿、眼球の陥没、頬のこけ、脚などに痛みを伴う筋肉の痙攣などを起こすことがある(非特許文献3, 4)。ひどい脱水となると、アシドーシスや腎不全が見られ、体内を循環する血液の量が減少し、ショック状態となることもある。治療には輸液や経口補液による水分、電解質補給が中心となるが、重症の場合、我が国ではニューキノロン系抗菌薬やST合剤を用いることが多い。しかしながら、近年ニューキノロンやST合剤に耐性のコレラ菌の増加に伴い、また、小児にはニューキノロン系抗菌剤は禁忌であることから、新たな治療薬開発が望まれている(非特許文献3, 4)。
【0008】
コレラ予防のためにO1コレラ菌の不活化ワクチンなどが開発されているが、小児では6ヶ月程度、成人でも2年程度しか予防効果が持続しないなど、著効を示す物は未だ開発されていない(非特許文献2)。
【0009】
コレラの主要な発生国であるインドなどの熱帯諸国では、食欲増進作用、発汗作用、防腐、健胃整腸作用など、様々な薬理作用をもつ胡椒や唐辛子などのスパイス類を嗜好品や民間伝承薬として古来より使用してきた。インドにおける1人あたりの年間スパイスの消費量は現在でも他国に比べて格段に多い。熱帯諸国だけでなく、我が国でも唐辛子やナツメグなど、漢方薬としてよく知られている。さらに、一部のスパイスからは様々な薬効成分が検出、同定されている。
【0010】
たとえは、唐辛子からは発汗作用を持つカプサイシン、シナモンからは解熱、制吐剤といて用いられるシナミックアルデヒド、ターメリックからは肝臓薬であるクルクミンなどがよく知られている。
【0011】
また、茶ポリフェノールがコレラ菌、ブドウ球菌、腸炎ビブリオの抗毒素剤として有用であること(特許文献1)、数種の香辛料の抽出物がメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)に対する抗菌作用を有すること(特許文献2)、数種の生薬の抽出物がADP-リボシルトランスフェラーゼ阻害活性を有しており、コレラ菌のコレラトキシン活性を低下させる(特許文献3)ことなどが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開平2-306915
【特許文献2】特開平7-267873
【特許文献3】特開平10-29947
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】World Health organization. Weekly Epidemiological Record, 2008, 83: 269-84.
【非特許文献2】International Vaccine Institute. Annual Report, 2008, 15-122.
【非特許文献3】戸田新細菌学 32版、南山堂、575-588.
【非特許文献4】エマージングディジーズ、近代出版、36-41.
【非特許文献5】Shah M. Faruque et al, Emergence and evolution of Vibrio cholerae O139. PNAS(2003) 100, 1304-09.
【非特許文献6】Shah M. Faruque et al, Epidemiology, Genetics, and Ecology of ToxigenicVibrio cholerae, Microbiol Mol Biol Rev (1998) 62, 1301-1314.
【非特許文献7】Arpita Chatterjee et al, INFECTION AND IMMUNITY, Vol. 75, No. 4, p.1946-1953, 2007.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は上述の状況を鑑みてなされたものであり、コレラ菌等の毒素産生菌の毒素産生を阻害する薬剤を提供することを課題とする。具体的には本発明は、香辛料(スパイス類)の抽出物を有効成分として含む、毒素産生菌による毒素の産生を阻害するための薬剤、並びに毒素産生菌による毒素の産生を阻害する方法を提供する。また本発明は、香辛料の抽出物を有効成分として含む、コレラ菌等の毒素産生菌による疾患を治療及び/又は予防するための薬剤、並びに毒素産生菌による疾患を治療及び/又は予防する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、熱帯諸国で好んで使用される香辛料(スパイス類)に、元々熱帯諸国の風土病でもあったコレラに対して治療や予防効果を持つ物質があると考え、鋭意研究を行った。その結果、いくつかの香辛料のアルコール、ケトン、エステル抽出物が、コレラ菌等の毒素産生菌による毒素産生を阻害する作用を有することを見いだした。また本発明者らは、カプサイシン、ピペリン、トランスアネソール、4−アリルアネソール等既知の香辛料由来の薬効成分にも、コレラ菌等の毒素産生菌による毒素産生の阻害作用があることを見いだした。さらに、本発明者らは、香辛料の抽出物のコレラ毒素産生阻害作用機序に関して、いくつかの知見を得た。
本発明はこのような知見に基づくものであり、以下〔1〕から〔78〕に関する。
〔1〕香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出した抽出物を有効成分として含有する、毒素産生菌による毒素の産生を阻害するための薬剤。
〔2〕以下の工程を含む方法によって得られる香辛料の抽出物を有効成分として含有する〔1〕に記載の薬剤;
(a)香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出する工程、及び
(b)工程(a)の抽出物をエステル、エーテル及びケトンからなる群より選択される溶媒で抽出する工程。
〔3〕工程(b)の抽出物をn-ヘキサン、ペンタン、ヘプタン及びシクロヘキサンからなる群より選択される溶媒で抽出する工程をさらに含む、〔2〕に記載の薬剤。
〔4〕工程(b)の抽出物をメタノール、エタノール及びプロピルアルコールからなる群より選択される溶媒で抽出する工程をさらに含む、〔2〕に記載の薬剤。
〔5〕抽出物をクロマトグラフィーで精製する工程をさらに含む、〔3〕又は〔4〕に記載の薬剤。
〔6〕以下の工程を含む方法によって得られる香辛料の抽出物を有効成分として含有する、〔1〕に記載の薬剤;
(a)香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出する工程、及び
(b)工程(a)の抽出物をブタノールで抽出する工程。
〔7〕香辛料が唐辛子、胡椒、アニス、桂皮及び八角からなる群より選択される、〔1〕から〔6〕のいずれかに記載の薬剤。
〔8〕抽出物がカプサイシン、ピペリン、トランスアネソール、4−アリルアネソールの少なくとも1つを含有する、〔1〕から〔7〕のいずれかに記載の薬剤。
〔9〕毒素産生菌がコレラ菌又は腸管出血性大腸菌である、〔1〕から〔8〕のいずれかに記載の薬剤。
〔10〕香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出した抽出物を有効成分として含有する、毒素産生菌による疾患を治療及び/又は予防するための薬剤。
〔11〕以下の工程を含む方法によって得られる香辛料の抽出物を有効成分として含有する、〔10〕に記載の薬剤;
(a)香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出する工程、及び
(b)工程(a)の抽出物をエステル、エーテル及びケトンからなる群より選択される溶媒で抽出する工程。
〔12〕工程(b)の抽出物をn-ヘキサン、ペンタン、ヘプタン及びシクロヘキサンからなる群より選択される溶媒で抽出する工程をさらに含む、〔11〕に記載の薬剤。
〔13〕工程(b)の抽出物をメタノール、エタノール及びプロピルアルコールからなる群より選択される溶媒で抽出する工程をさらに含む、〔11〕に記載の薬剤。
〔14〕抽出物をクロマトグラフィーで精製する工程をさらに含む、〔12〕又は〔13〕に記載の薬剤。
〔15〕以下の工程を含む方法によって得られる香辛料の抽出物を有効成分として含有する、〔10〕に記載の薬剤;
(a)香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出する工程、及び
(b)工程(a)の抽出物をブタノールで抽出する工程。
〔16〕香辛料が唐辛子、胡椒、アニス、桂皮及び八角からなる群より選択される、〔10〕から〔15〕のいずれかに記載の薬剤。
〔17〕抽出物がカプサイシン、ピペリン、トランスアネソール、4−アリルアネソールの少なくとも1つを含有する、〔10〕から〔16〕のいずれかに記載の薬剤。
〔18〕毒素産生菌がコレラ菌又は腸管出血性大腸菌である、〔10〕から〔17〕のいずれかに記載の薬剤。
〔21〕香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出した抽出物を対象に投与する工程を含む、毒素産生菌による毒素の産生を阻害する方法。
〔22〕以下の工程を含む方法によって得られる香辛料の抽出物を対象に投与する工程を含む、〔21〕に記載の方法;
(a)香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出する工程、及び
(b)工程(a)の抽出物をエステル、エーテル及びケトンからなる群より選択される溶媒で抽出する工程。
〔23〕工程(b)の抽出物をn-ヘキサン、ペンタン、ヘプタン及びシクロヘキサンからなる群より選択される溶媒で抽出する工程をさらに含む、〔22〕に記載の方法。
〔24〕工程(b)の抽出物をメタノール、エタノール及びプロピルアルコールからなる群より選択される溶媒で抽出する工程をさらに含む、〔22〕に記載の方法。
〔25〕抽出物をクロマトグラフィーで精製する工程をさらに含む、〔23〕又は〔24〕に記載の方法。
〔26〕以下の工程を含む方法によって得られる香辛料の抽出物を対象に投与する工程を含む、〔21〕に記載の方法;
(a)香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出する工程、及び
(b)工程(a)の抽出物をブタノールで抽出する工程。
〔27〕香辛料が唐辛子、胡椒、アニス、桂皮、八角からなる群より選択される、〔21〕から〔26〕のいずれかに記載の方法。
〔28〕抽出物がカプサイシン、ピペリン、トランスアネソール、4−アリルアネソールの少なくとも1つを含む、〔21〕から〔27〕のいずれかに記載の方法。
〔29〕毒素産生菌がコレラ菌又は腸管出血性大腸菌である、〔21〕から〔28〕のいずれかに記載の方法。
〔30〕香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出した抽出物を対象に投与する工程を含む、毒素産生菌による疾患を治療及び/又は予防する方法。
〔31〕以下の工程を含む方法によって得られる香辛料の抽出物を対象に投与する工程を含む、〔30〕に記載の方法;
(a)香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出する工程、及び
(b)工程(a)の抽出物をエステル、エーテル及びケトンからなる群より選択される溶媒で抽出する工程。
〔32〕工程(b)の抽出物をn-ヘキサン、ペンタン、ヘプタン及びシクロヘキサンからなる群より選択される溶媒で抽出する工程をさらに含む、〔31〕に記載の方法。
〔33〕工程(b)の抽出物をメタノール、エタノール及びプロピルアルコールからなる群より選択される溶媒で抽出する工程をさらに含む、〔31〕に記載の方法。
〔34〕抽出物をクロマトグラフィーで精製する工程をさらに含む、〔32〕又は〔33〕に記載の方法。
〔35〕以下の工程を含む方法によって得られる香辛料の抽出物を対象に投与する工程を含む、〔30〕に記載の方法;
(a)香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出する工程、及び
(b)工程(a)の抽出物をブタノールで抽出する工程。
〔36〕香辛料が唐辛子、胡椒、アニス、桂皮、八角からなる群より選択される、〔30〕から〔35〕のいずれかに記載の方法。
〔37〕抽出物がカプサイシン、ピペリン、トランスアネソール、4−アリルアネソールの少なくとも1つを含む、〔30〕から〔36〕のいずれかに記載の方法。
〔38〕毒素産生菌がコレラ菌又は腸管出血性大腸菌である、〔30〕から〔37〕のいずれかに記載の方法。
〔41〕毒素産生菌による毒素の産生を阻害するための薬剤の製造における、香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出した抽出物の使用。
〔42〕香辛料の抽出物が以下の工程を含む方法によって得られる、〔41〕に記載の使用;
(a)香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出する工程、及び
(b)工程(a)の抽出物をエステル、エーテル及びケトンからなる群より選択される溶媒で抽出する工程。
〔43〕工程(b)の抽出物をn-ヘキサン、ペンタン、ヘプタン及びシクロヘキサンからなる群より選択される溶媒で抽出する工程をさらに含む、〔42〕に記載の使用。
〔44〕工程(b)の抽出物をメタノール、エタノール及びプロピルアルコールからなる群より選択される溶媒で抽出する工程をさらに含む、〔42〕に記載の使用。
〔45〕抽出物をクロマトグラフィーで精製する工程をさらに含む、〔43〕又は〔44〕に記載の使用。
〔46〕香辛料の抽出物が以下の工程を含む方法によって得られる、〔41〕に記載の使用;
(a)香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出する工程、及び
(b)工程(a)の抽出物をブタノールで抽出する工程。
〔47〕香辛料が唐辛子、胡椒、アニス、桂皮、八角からなる群より選択される、〔41〕から〔46〕のいずれかに記載の使用。
〔48〕抽出物がカプサイシン、ピペリン、トランスアネソール、4−アリルアネソールの少なくとも1つを含む、〔41〕から〔47〕のいずれかに記載の方法。
〔49〕毒素産生菌がコレラ菌又は腸管出血性大腸菌である、〔41〕から〔48〕のいずれかに記載の使用。
〔50〕毒素産生菌による疾患を治療及び/又は予防するための薬剤の製造における、香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出した抽出物の使用。
〔51〕香辛料の抽出物が以下の工程を含む方法によって得られる、〔50〕に記載の使用;
(a)香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出する工程、及び
(b)工程(a)の抽出物をエステル、エーテル及びケトンからなる群より選択される溶媒で抽出する工程。
〔52〕工程(b)の抽出物をn-ヘキサン、ペンタン、ヘプタン及びシクロヘキサンからなる群より選択される溶媒で抽出する工程をさらに含む、〔51〕に記載の使用。
〔53〕工程(b)の抽出物をメタノール、エタノール及びプロピルアルコールからなる群より選択される溶媒で抽出する工程をさらに含む、〔51〕に記載の使用。
〔54〕抽出物をクロマトグラフィーで精製する工程をさらに含む、〔52〕又は〔53〕に記載の使用。
〔55〕香辛料の抽出物が以下の工程を含む方法によって得られる、〔50〕に記載の使用;
(a)香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出する工程、及び
(b)工程(a)の抽出物をブタノールで抽出する工程。
〔56〕香辛料が唐辛子、胡椒、アニス、桂皮、八角からなる群より選択される、〔50〕から〔55〕のいずれかに記載の使用。
〔57〕抽出物がカプサイシン、ピペリン、トランスアネソール、4−アリルアネソールの少なくとも1つを含む、〔50〕から〔56〕のいずれかに記載の使用。
〔58〕毒素産生菌がコレラ菌又は腸管出血性大腸菌である、〔50〕から〔57〕のいずれかに記載の使用。
〔61〕毒素産生菌による毒素の産生を阻害するために用いられる、香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出した抽出物。
〔62〕香辛料の抽出物が以下の工程を含む方法によって得られる、〔61〕に記載の抽出物;
(a)香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出する工程、及び
(b)工程(a)の抽出物をエステル、エーテル及びケトンからなる群より選択される溶媒で抽出する工程。
〔63〕工程(b)の抽出物をn-ヘキサン、ペンタン、ヘプタン及びシクロヘキサンからなる群より選択される溶媒で抽出する工程をさらに含む、〔62〕に記載の抽出物。
〔64〕工程(b)の抽出物をメタノール、エタノール及びプロピルアルコールからなる群より選択される溶媒で抽出する工程をさらに含む、〔62〕に記載の抽出物。
〔65〕抽出物をクロマトグラフィーで精製する工程をさらに含む、〔63〕又は〔64〕に記載の抽出物。
〔66〕香辛料の抽出物が以下の工程を含む方法によって得られる、〔61〕に記載の抽出物;
(a)香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出する工程、及び
(b)工程(a)の抽出物をブタノールで抽出する工程。
〔67〕香辛料が唐辛子、胡椒、アニス、桂皮、八角からなる群より選択される、〔61〕から〔66〕のいずれかに記載の抽出物。
〔68〕抽出物がカプサイシン、ピペリン、トランスアネソール、4−アリルアネソールの少なくとも1つを含む、〔61〕から〔67〕のいずれかに記載の抽出物。
〔69〕毒素産生菌がコレラ菌又は腸管出血性大腸菌である、〔61〕から〔68〕のいずれかに記載の抽出物。
〔70〕毒素産生菌による疾患を治療及び/又は予防するために用いられる、香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出した抽出物。
〔71〕香辛料の抽出物が以下の工程を含む方法によって得られる、〔70〕に記載の抽出物;
(a)香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出する工程、及び
(b)工程(a)の抽出物をエステル、エーテル及びケトンからなる群より選択される溶媒で抽出する工程。
〔72〕工程(b)の抽出物をn-ヘキサン、ペンタン、ヘプタン及びシクロヘキサンからなる群より選択される溶媒で抽出する工程をさらに含む、〔71〕に記載の抽出物。
〔73〕工程(b)の抽出物をメタノール、エタノール及びプロピルアルコールからなる群より選択される溶媒で抽出する工程をさらに含む、〔71〕に記載の抽出物。
〔74〕抽出物をクロマトグラフィーで精製する工程をさらに含む、〔72〕又は〔73〕に記載の抽出物。
〔75〕香辛料の抽出物が以下の工程を含む方法によって得られる、〔70〕に記載の抽出物;
(a)香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出する工程、及び
(b)工程(a)の抽出物をブタノールで抽出する工程。
〔76〕香辛料が唐辛子、胡椒、アニス、桂皮、八角からなる群より選択される、〔70〕から〔75〕のいずれかに記載の抽出物。
〔77〕抽出物がカプサイシン、ピペリン、トランスアネソール、4−アリルアネソールの少なくとも1つを含む、〔70〕から〔76〕のいずれかに記載の抽出物。
〔78〕毒素産生菌がコレラ菌又は腸管出血性大腸菌である、〔70〕から〔77〕のいずれかに記載の抽出物。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、コレラ菌等の毒素産生菌の毒素産生を阻害するための薬剤、並びにコレラ菌等の毒素産生菌による疾患を治療及び/又は予防する方法が提供された。コレラの治療にはニューキノロン系抗菌薬やST合剤が用いられてきたが、近年、これらの薬剤に耐性を有するコレラ菌の増加が問題となっている。また小児にはニューキノロン系抗菌薬は禁忌という問題もある。またワクチンによる予防が行われているが、小児では6ヶ月程度、成人でも2年程度しか予防効果が持続しない。本発明はこのような問題を解決する可能性を有するものであり、コレラ菌等の毒素産生菌の毒素産生を阻害する新たな物質を報告した点において大きな意義を持つ。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】A:コレラ毒素産生阻害に対する赤唐辛子抽出物の用量依存性を示すグラフである(n=3, WOS: without spices )。B:コレラ毒素産生阻害に対するアニス抽出物の用量依存性を示すグラフである(n=3, WOS: without spices )。C:コレラ毒素産生阻害に対する白胡椒抽出物の用量依存性を示すグラフである(n=3, WOS: without spices )。
【図2】赤唐辛子からのコレラ毒素産生阻害物質の精製のフローチャートを示す図である。
【図3】赤唐辛子粗精製画分のコレラ毒素産生阻害活性を示すグラフである。n=3, Mean±S.D
【図4】A:ヘキサン抽出画分のTLC精製フラクションのコレラ毒素産生阻害活性を示すグラフである。B:90%メタノール画分のTLC精製フラクションのコレラ毒素産生阻害活性を示すグラフである。
【図5】代表的なスパイスとその主成分の構造式を示す図である。
【図6】A:スパイス主要成分のコレラ菌CRC41の増殖に対する影響を示すグラフである。Cap:カプサイシン、TA:トランスアネソール、4-A:4-アリルアネソール、Pip:ピペリン、WOS:without spice, n=3, Mean±S.D B:スパイス主要成分のコレラ毒素産生阻害活性を示すグラフである。Cap:カプサイシン、TA:トランスアネソール、4-A:4-アリルアネソール、Pip:ピペリン、WOS:without spice, n=3, Mean±S.D
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明は、香辛料をアルコール、ケトン、及びエステルからなる群より選択される溶媒(以下、アルコール等、と称する場合あり)で抽出した抽出物を有効成分として含有する、コレラ菌等の毒素産生菌の毒素産生を阻害するための薬剤(毒素産生阻害剤)に関する。また本発明は、香辛料をアルコール等で抽出した抽出物を有効成分として含有する、コレラ菌等の毒素産生菌による疾患を治療及び/又は予防するための薬剤(治療及び/又は予防剤)に関する。
本発明において「香辛料をアルコール等で抽出した抽出物」は、「香辛料をアルコール等で抽出する工程を含む抽出方法によって得られる抽出物」と表現することも出来る。
【0019】
本発明において香辛料とは、食品の調味のために用いる芳香性と刺激性を持った植物性物質であって、スパイスあるいは薬味とも言われるものを指す(調理用語辞典、第345〜346頁、平成4年第一版第10刷、編集発行者(社)全国調理師養成施設協会、発売元(株)調理栄養教育公社)。特にその種類は限定されないが、赤唐辛子、白胡椒、アニス、赤(ピンク)胡椒、桂皮、八角などが挙げられる。
これら香辛料の形態としては、生鮮品、冷蔵品、冷凍品又は乾燥品などがあるが、特に限定されない。これらの香辛料はマーケットにおいて通常の方法により入手することが出来る。
【0020】
唐辛子(赤唐辛子)は茄子科の多年生草本であり、主にその果実が広く食用に利用されている。果実は未熟の間は濃緑色、熟すると赤くなる。Capsicum. annuum(トウガラシ)、Capsicum baccatum(アヒ・アマリージョなど)、Capsicum chinense(シネンセ種。ハバネロ、ブート・ジョロキアなど)、Capsicum frutescens(キダチトウガラシ)、Capsicum pubescens(ロコト)などが知られているが、本発明の唐辛子はこれらに限定されない。
【0021】
胡椒(Piper nigrum)は、コショウ科コショウ属のつる性植物、及びその果実からなる香辛料である。胡椒は完熟してから収穫した後、乾燥させた後に水に漬けて外皮を柔らかくして剥いたものである。黒胡椒、白胡椒、赤胡椒、緑胡椒が知られている。基本的には、これらは全て同じ木から獲れる。色や味の違いはその製法の違いによる。実が熟す前に緑のまま塩漬けや短時間乾燥すると緑胡椒、赤い実になると赤胡椒が得られる。実が熟す前の実を皮ごと天日でゆっくり乾燥させると黒胡椒が得られ、熟した実を水に浸し皮をとって中身だけを乾燥させると白胡椒が得られる。本発明の胡椒は黒胡椒、白胡椒、赤胡椒、緑胡椒が挙げられるがこれらに限定されない。
【0022】
アニス(anise, Pimpinella anisum)はセリ科の一年草である。種子は褐色で広卵形である。開花期には花茎が伸びて高さ50cmほどの高さにまで成長する。種のように見える果実をアニス果(別名アニシード aniseed)と呼び、香辛料として用いられている。セリ科植物には、およそ400属3700種が含まれる。代表的なものとして、以下が挙げられるがこれらに限定されない。
・セリ属 Oenanthe(セリ)
・ニンジン属 Daucus(ニンジン)
・アメリカボウフウ属 Pastinaca(アメリカボウフウ)
・シシウド属 Angelica(アシタバ Angelica keiskei)
・セロリ属 Apium(セロリ)
・ミツバ属 Cryptotaenia(ミツバ)
・オランダゼリ属 Petroselium(オランダゼリ、パセリPetroselium crispum、イタリアンパセリPetroselinum neapolitanum)
・クミヌム属 Cuminum (クミン Cuminum cyminum)
・Carum属 Carum (キャラウェイ Carum carvi)
・イノンド属 Anethum (イノンド(ディル) Anethum graveolens)
・ウイキョウ属 Foeniculum (フェンネル(ウイキョウ・茴香) Foeniculum vulgare)
・ドクゼリ属 Cicuta (ドクゼリ Cicuta virosa)
・ドクニンジン属 Conium (ドクニンジン Conium maculatum)
・コエンドロ属 Cariandrum (コリアンダー Cariandrum sativum)
【0023】
桂皮は熱帯に生育するクスノキ科の常緑樹の樹皮から作られる香辛料である。特に肉桂属(Cinnamomum)は、クスノキ科に属する常緑の木本から成る属である。肉桂属に属する木には芳香性の成分を持つものが多く、クスノキからは樟脳、シナモンの樹皮やニッケイの根からは香料や香辛料として有用な肉桂(シナモン)が採れる。主な種として、以下が挙げられるがこれらに限定されない。
・クスノキ C. camphora (ホウショウ var. normale suvb. Hosho)
・シナニッケイ C. cassia
・マルバニッケイ(コウチニッケイ) C. daphnoides
・シバニッケイ C. doederleinii (ケシバニッケイ var. pseudodaphnoides)
・ヤブニッケイ C. japonicum
・オガサワラヤブニッケイ C. pseudo-pedunculatum
・ニッケイ C. sieboldii、シノニム:C. okinawense、C. pedunculatum
・シバヤブニッケイ Cinnamomum × takusii - シバニッケイとヤブニッケイの雑種
・シナモン(セイロンニッケイ)C. zeylanicum、シノニム:C. verum
【0024】
八角(トウシキミ(唐樒)、学名:Illicium verum)は、中国原産のシキミ科の常緑高木である。花は赤褐色で果実は香辛料になる。果実を乾燥させたものはスターアニス、八角(はっかく)、八角茴香(はっかくういきょう)、あるいは大茴香(だいういきょう)とも呼ばれる。実の形は八つの角を持つ星形をしていて、アニスやウイキョウに似た良い香りがあるためこれらの名がある。果実には精油5〜10%を含み、その主成分はアネトール(80〜90%)であり、その他エストラゴール、メチルカビコール、シネオール、リモネン、フェランドレン、ピネンなどが知られている。また、成分のひとつであるシキミ酸はインフルエンザ治療薬タミフルの合成原料のひとつとして使用されている。
【0025】
本発明の薬剤は、これら香辛料の抽出物を有効成分とする。抽出溶媒としてはアルコール類、ケトン類、エステル類が挙げられるが、脂質性物質を抽出可能である限りこれらに限定されない。アルコール類としてはメタノール、エタノール、あるいはイソプロピルアルコール、エチレングリコール、グリセリンなどの低級アルコールなどが挙げられるがこれらに限定されない。ケトン類としてはアセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、メチルイソブチルケトン、シクロヘキサノンなどが挙げられるがこれらに限定されない。またエステル類としては酢酸エチル、アセトン酢酸エチル、酪酸メチル、酪酸エチル、サリチル酸メチル、酢酸ペンチル、酢酸オクチルなどが挙げられるがこれらに限定されない。本発明の抽出溶媒はこれらの組み合わせを含む。
【0026】
抽出方法としては、一般に用いられる方法を用いることが出来る。例えば有機溶媒中に粉砕した香辛料を、一定時間(例えば12〜24時間程度)浸漬する方法、有機溶媒の沸点以下の温度で加温、攪拌しながら抽出を行い、濾過して抽出物を得る方法などがある。得られた抽出液を減圧濃縮(減圧乾固)することにより有機溶媒抽出物とする。
例えば、すりつぶした香辛料にアルコール等の溶媒を加え、室温にて分液ロートによりアルコール等の有機溶媒層を分離する。このようにして得られる抽出物は減圧乾燥や公知のクロマトグラフィー技術などの精製技術などにより精製してもよい。
香辛料に対するアルコール等の溶媒の割合や抽出方法などは特に制限されるものではない。例えば、原料に対して重量比でその5〜10倍程度の溶媒を用いることが出来る。
本発明の抽出物は、香辛料から抽出した抽出液、その抽出液を濃縮した濃縮液、あるいは当該抽出液あるいは濃縮液を乾燥して得られる物、及び、当該抽出液あるいは濃縮液をさらに精製した物が含まれるがこれらに限定されない。
なお、抽出に先立って細断、粉砕、磨砕等の物理的処理を必要によって行ってもよい。
【0027】
また本発明は、香辛料をアルコール等で抽出した後、さらにエステル、エーテル及びケトンからなる群より選択される溶媒(以下、エステル等、と称する場合あり)で抽出することによって得られる抽出物に関する。より具体的には本発明は、以下(a)及び(b)の工程を含む抽出方法によって得られる香辛料の抽出物を有効成分として含有する、毒素産生菌による毒素の産生を阻害するための薬剤に関する。また本発明は、以下(a)及び(b)の工程を含む方法によって得られる香辛料の抽出物を有効成分として含有する、毒素産生菌による疾患を治療及び/又は予防するための薬剤に関する。
(a)香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出する工程、及び
(b)工程(a)の抽出物をエステル、エーテル及びケトンからなる群より選択される溶媒で抽出する工程。
上記(a)及び(b)の工程を含む抽出方法によって得られる香辛料の抽出物は、上述の通り一般的に用いられる方法によって取得することが可能である。例えば、上述の方法によって香辛料のアルコール等による抽出物を取得する。当該香辛料のアルコール等による抽出物にエステル、エーテル及びケトンからなる群より選択される溶媒と精製水を加え、分液ロートにてエステル等の画分と水画分に分離する。最後にエステル等の画分を選択することにより、上記(a)及び(b)の工程を含む抽出方法によって得られる香辛料の抽出物を取得することが出来る。
このようにして得られるエステル等の画分は、コレラ菌等の毒素産生菌による毒素の産生を阻害するための薬剤として利用できる。エステル等と精製水の割合は特に限定されないが、例えば1:1の比率とすることが出来る。
エステルとしては、酢酸エチルなどが挙げられるがこれらに限定されない。
エーテルとしては、ジメチルエーテル、エチルメチルエーテル、ジエチルエーテルなどが挙げられるがこれらに限定されない。
ケトンとしてはアセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、メチルイソブチルケトン、シクロヘキサノンが挙げられるがこれに限定されない。
【0028】
また本発明は、香辛料をアルコール等で抽出し、その抽出物をさらにエステル等で抽出した後、さらにn-ヘキサン、ペンタン、ヘプタン及びシクロヘキサンからなる群より選択される溶媒(以下、n-ヘキサン等、と称する場合あり)又は、メタノール、エタノール及びプロピルアルコールからなる群より選択されるアルコール(以下、メタノール等、と称する場合あり)で抽出することによって得られる抽出物に関する。より具体的には本発明は、以下(a)から(c)の工程を含む抽出方法によって得られる香辛料の抽出物を有効成分として含有する、毒素産生菌による毒素の産生を阻害するための薬剤に関する。また本発明は、以下(a)から(c)の工程を含む抽出方法によって得られる香辛料の抽出物を有効成分として含有する、毒素産生菌による疾患を治療及び/又は予防するための薬剤に関する。
(a)香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出する工程、
(b)工程(a)の抽出物をエステル、エーテル及びケトンからなる群より選択される溶媒で抽出する工程、及び
(c)工程(b)の抽出物をn-ヘキサン等又は、メタノール等で抽出する工程。
上記(a)から(c)の工程を含む抽出方法によって得られる香辛料の抽出物もまた、上述の通り一般的に用いられる方法によって取得することが可能である。例えば、上述の方法によってエステル等による抽出物を取得する。そして、当該エステル等による抽出物をメタノール等及びn-ヘキサン等に溶解する。このようにして得られる溶液を分液ロートにてn-ヘキサン等の画分とメタノール等の画分に分画する。そして、n-ヘキサン等の画分及びメタノール等の画分をそれぞれ選択する。
メタノール等とn-ヘキサン等の割合は、例えば1:1の比率が挙げられるがこれらに限定されない。
n-ヘキサンに代わるものとしては、例えばペンタン、ヘキサン、ヘプタン、シクロヘキサン等の炭化水素類が挙げられるがこれらに限定されない。
またメタノール等としては、90%含水メタノール、90%含水エタノール、90%含水プロピルアルコールなどが挙げられるが、n-ヘキサンと分離する限りこれらに限定されない。
【0029】
このようにして得られるn-ヘキサン画分及びメタノール等の画分は、コレラ菌等の毒素産生菌による毒素の産生を阻害するための薬剤として有用である。n-ヘキサン画分及びメタノール等の画分はクロマトグラフィーなどの精製技術を用いて精製してもよい。クロマトグラフィーとしては薄層クロマトグラフィー、シリカゲルカラムクロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)などが挙げられるがこれらに限定されない。
【0030】
以下に精製方法の一例を示すが、本発明の精製方法は以下に限定されない。例えばn-ヘキサン画分を薄層クロマトグラフィーにてある条件下で精製すると、2つのフラクション(フラクションI、フラクションII)を得ることが出来る。フラクションIは、シリカゲルの薄層板を用いてn-ヘキサン:酢酸エチル=1:1の条件下で展開した時、Rf値が0.4以上のスポットを主成分とする分画として得られる。またフラクションIIは、シリカゲルの薄層板を用いてn-ヘキサン:酢酸エチル=1:1の条件下で展開した時、Rf値が0.4以下のスポットを主成分とする分画として得られる。これら2つのフラクションはいずれもコレラ菌等の毒素産生菌による毒素の産生抑制活性を有する。即ち本発明は、これら2つのフラクションのいずれか又は両方を有効成分として含有する、毒素産生菌による毒素の産生を阻害するための薬剤に関する。また本発明は、これら2つのフラクションのいずれか又は両方を有効成分として含有する、毒素産生菌による疾患を治療及び/又は予防するための薬剤に関する。
【0031】
またメタノール等の画分の精製方法の一例を以下に示すが、以下に限定されない。例えば、メタノール画分をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにて精製し、n-ヘキサン:酢酸エチル=5:1の条件下で溶出されるフラクションI、n-ヘキサン:酢酸エチル=3:1の条件下で溶出されるフラクションII、n-ヘキサン:酢酸エチル=1:1の条件下で溶出されるフラクションIII、アセトンで溶出されるフラクションIV の計4つのフラクションを得ることが出来る。これら4つのフラクションはいずれも、コレラ菌等の毒素産生菌による毒素の産生抑制活性を有する。即ち本発明は、これら4つのフラクションの少なくとも1つを有効成分として含有する、毒素産生菌による毒素の産生を阻害するための薬剤に関する。また本発明は、これら4つのフラクションの少なくとも1つを有効成分として含有する、毒素産生菌による疾患を治療及び/又は予防するための薬剤に関する。
なお上記のフラクションの分離、精製条件は一例であり、上に記載の条件に限定されない。n-ヘキサン画分、及びメタノール等の画分を上に記載の条件とは異なる条件で分離、精製することにより得られるフラクションも、当該フラクションが毒素産生菌の毒素産生を阻害する活性を有する限り、本発明のn-ヘキサン等の画分、及びメタノール等の画分に含まれる。
【0032】
本発明は、香辛料をアルコール等で抽出した後、さらにブタノールで抽出することによって得られる抽出物に関する。より具体的には本発明は、以下(a)及び(b)の工程を含む抽出方法によって得られる香辛料の抽出物を有効成分として含有する、毒素産生菌による毒素の産生を阻害するための薬剤に関する。また本発明は、以下(a)及び(b)の工程を含む方法によって得られる香辛料の抽出物を有効成分として含有する、毒素産生菌による疾患を治療及び/又は予防するための薬剤に関する。
(a)香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出する工程、及び
(b)工程(a)の抽出物をブタノールで抽出する工程。
上記(a)及び(b)の工程を含む抽出方法によって得られる香辛料の抽出物は、上述の通り一般的に用いられる方法によって取得することが可能である。例えば、上述の方法によって香辛料のアルコール等による抽出物を取得する。当該アルコール等による抽出物にエステル等及び水を加え、水層を選択する。選択した水層にブタノールを加え、ブタノール層を選択する。選択されたブタノール層は、クロマトグラフィー技術など公知の精製技術を用いて精製してもよい。
【0033】
また本発明は、本明細書に記載の抽出物に含まれる化合物を有効成分として含有する、毒素産生菌による毒素の産生を阻害するための薬剤に関する。抽出物に含まれる化合物としては、カプサイシン、ピペリン、トランスアネソール、4−アリルアネソールなどが挙げられるがこれらに限定されない。本発明者らは、これらの香辛料の主要な成分が強いコレラ菌等の毒素産生菌による毒素の産生を阻害する活性を有することを見出した。
カプサイシン、ピペリン、トランスアネソール、4−アリルアネソールなどの化合物が香辛料の主成分であることは当業者に周知である(PDR for Herbal Medicines, 2000, published by Medical Economics Company, Inc., SCIENTIFIC EDITORS; Joerg Gruenwald, PhD; Thomas Brendler, BA; Christof Jaenicke, MD, PHARMACEUTICAL DIRECTOR; Mukesh Mehta, RPh, CHIEF EDITOR; Thomas Fleming, RPh, ISBN: 1-56363-361-2)。このような文献や技術常識に接した当業者にとって、これらの化合物が本発明の香辛料のアルコール等による抽出物に含まれることは明らかである。
【0034】
カプサイシン(capsaicin)はアルカロイドのうちカプサイシノイドと呼ばれる化合物のひとつである。唐辛子の辛味をもたらす主成分で、辛味の指標であるスコヴィル値における基準物質として知られている。IUPAC名は8-メチル-N-バニリル-trans-6-ノネンアミドである。カプサイシンの構造式を図5に示した。
【0035】
ピペリン(piperine)は、アルカロイドに分類される有機化合物のひとつで、シス-トランス異性体のカビシン (Z,Z体。シャビシンとも言われる) とともにブラックペッパーの辛味のもととなっている成分である。IUPAC名は1-[(2E,4E)-5-(1,3-ベンゾジオキソール-5-イル)-1-オキソ- 2,4-ペンタジエノイル]ピペリジンである。ピペリンの構造式を図5に示した。
【0036】
トランスアネソール(トランスアネトール)(anethole)は芳香族化合物の一種で、アニスやフェンネル、トウシキミが持つ甘草のような特有の味の成分である。IUPAC名はtrans-1-メトキシ-4-(プロパ-1-エン-1-イル)ベンゼンである。トランスアネソールの構造式を図5に示した。
【0037】
4-アリルアネソールは4-アリル-1-メトキシベンゼンとも称される。その構造式を図5に示した。
【0038】
本発明における毒素産生菌としてはコレラ菌や腸管出血性大腸菌が挙げられるがこれらに限定されない。これらの毒素産生菌は、それぞれ、コレラ毒素、志賀毒素(Shiga toxin)を産生する。コレラ毒素に感染することにより、コレラが発症する。また腸管出血性大腸菌に感染することにより、出血性腸炎、溶血性尿毒素症症候群、脳炎等を発症する。なお本発明において「毒素産生菌による疾患」は「毒素産生菌によって引き起こされる疾患」、「毒素産生菌が原因である疾患」と表現することも出来る。
【0039】
本発明においてコレラとは、コレラ毒素を産生するコレラ菌(Vibrio cholerae)を病原体とする経口感染症を指す。コレラ毒素はコレラトキシン、コレラエンテロトキシン、コレラジェンとも言われる。コレラ毒素は、コレラ菌感染による下痢症状の原因物質である。コレラ毒素は、Aサブユニット1分子とBサブユニット5分子からなる分子量約8万4千の六量体蛋白質で、ジフテリア毒素や百日咳毒素と同様にいわゆるA-B構造をもち、そのBサブユニット(五量体)を介して動物細胞の細胞膜に結合し、Aサブユニットを細胞質内に送り込む。Aサブユニットは毒素としての活性を担う分子で、A1及びA2フラグメントに断片化される。A1フラグメントにはNADのADPリボース部分をG蛋白質αサブユニットのアルギニン残基に移転するADPリボシル化酸素活性が存在する。GS蛋白質が本毒素でADPリボシル化されると、GS蛋白質がもつGTP加水分解活性が低下して、標的分子であるアデニル酸シクラーゼを活性化し続ける。その結果、細胞内の環状AMP濃度が増加して大腸管内へ多量の水分が漏出し、下痢症状を呈すると考えられている。
【0040】
また腸管出血性大腸菌(EHEC, enterohemorrhagic E. coli)は、ベロ毒素産生性大腸菌、志賀毒素産生性大腸菌とも呼ばれる。この菌は志賀毒素(ベロ毒素)を作り出す。志賀毒素は、大腸の粘膜内に取り込まれたのち、リボゾームを破壊し蛋白質の合成を阻害する。蛋白欠乏状態となった細胞は死滅していくため、感染して2〜3日後に血便と激しい腹痛(出血性大腸炎)を引き起こす。また、血液中にも志賀毒素が取り込まれるため、血球や腎臓の尿細管細胞を破壊し、溶血性尿毒症症候群(急性腎不全・溶血性貧血)急性脳症なども起こることがある。急性脳症は死因となることがある。近年、食中毒の原因となっているものは、O157がほとんどであるが、腸管出血性大腸菌にはこの他にO26、O111、O128、O103及びO145などがある。
【0041】
香辛料の抽出物による毒素産生菌による毒素産生の阻害(抑制)活性は、以下のように測定することが出来る。例えば、毒素産生菌がコレラ菌の場合、コレラ毒素(CT)産生性のV. cholera CO533株、CRC27株、CRC41株、CRC87株、B33株、NICED-1株、NICED-3株、NICED-10株、P130株などのO1 El Tor型の菌株、CRC142株、SG24株などのO139型の菌株、VC29株、VC168株などのNAG(non O1/O139)型の菌株、569B株、O395株などのO1 classical型の菌株を用いて測定することが出来る。また毒素産生菌が腸管出血性大腸菌の場合、O157 sakai, O157 EDL933, H19B,O157 morioka, O157 okayama,O111 No.1, O121 No,5 O26 No,50などの菌株を用いて測定することが出来る。
これらの菌株を、コレラ菌の場合、AKI培地、アルカリペプトン培地、LB培地、BHI培地、HI培地、等の培地で、例えば37℃で、約2から24時間培養し、毒素産生の抑制活性測定用の菌液として用いる。また腸管出血性大腸菌の場合、LB培地、HI培地、BHI培地、TSB培地、M9培地等の培地で、例えば37℃(25〜40℃)で、約2から24時間培養し、毒素産生の抑制活性測定用の菌液として用いる。調整した菌液に、毒素産生菌による毒素産生の抑制活性を有することが期待される試験物質を加え、例えば37℃、約2から24時間、振とう培養する。培養液中に産生されたか否かは、例えばELISA法、細胞障害性試験などの方法によって測定することが出来る。また毒素産生菌の菌体内の毒素産生量は毒素のmRNA量を定量するRT-PCRなどの方法によって測定することが出来る。
【0042】
本発明においてコレラ菌等の毒素産生菌の毒素産生阻害活性を見出された抽出物及び/又は化合物は、医薬品添加物として用いることが出来る。あるいは、公知の製剤化技術を利用して医薬製剤、または医薬組成物とすることができる。すなわち、本発明の抽出物及び/又は化合物を薬学的に許容される賦形剤と配合することによって医薬製剤、または医薬組成物を得ることができる。
本発明の抽出物及び/又は化合物はそのまま、あるいは慣用の製剤担体と共に動物及び人に投与することができる。投与形態としては、特に限定がなく、必要に応じ適宜選択して使用される。具体的には、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、細粒剤、散剤等の経口剤、あるいは注射剤、坐剤等の非経口剤が挙げられる。
経口剤は、例えばデンプン、乳糖、白糖、マンニット、カルボキシメチルセルロース、コーンスターチ、無機塩類等の賦形剤を用いて常法に従って製造される。この種の製剤には、適宜、前記賦形剤の他に、結合剤、崩壊剤、界面活性剤、滑沢剤、流動性促進剤、矯味剤、着色剤、香料等を使用することができる。
また、本発明の化合物は、懸濁液、エマルジョン剤、シロップ剤、エリキシル剤としても投与することができ、これらの各種剤形には、矯味矯臭剤、着色剤を含有してもよい。
【0043】
非経口剤は常法に従って製造され、希釈剤として一般に注射用蒸留水、生理食塩水、ブドウ糖水溶液、注射用植物油、ゴマ油、ラッカセイ油、ダイズ油、トウモロコシ油、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール等を用いることができる。さらに必要に応じて、殺菌剤、防腐剤、安定剤を加えてもよい。その他の非経口剤としては、外用液剤、軟膏等の塗布剤、直腸内投与のための坐剤等が挙げられ、常法に従って製造される。
【0044】
本発明による毒素産生菌による毒素の産生を阻害するための薬剤、あるいは毒素産生菌による疾患の治療及び/又は予防のための薬剤における有効成分の含有量は、選択された投与ルートによって必要な投与量を与えることができるように適宜調整することができる。具体的には、通常の投与量は、体重1kgあたり、0.001μg〜1mg、望ましくは0.01μg〜0.1mg、より望ましくは0.1μg〜0.01mgを示すことができる。最終的な投与量は、投与の対象となる患者の、体重、年齢、性別、そして症状等を総合的に考慮して適宜調整される。
投与方法は、腸への直接投与のほかに、経口投与(腸溶剤等を含んだカプセルによる投与を含む)が最も適しているが、他の食材との混合投与、経皮粘膜投与、静脈投与などの投与法を用いても良い。本発明においては、投与した薬剤が腸へ作用するように投与することが好ましい。
腸溶剤は、医薬分野において使用されている腸溶性高分子を用いて調製することが出来る。腸溶性高分子の例としてヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート(商品名HP−50またはHP−55,信越化学製)、ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートサクシネート(商品名AQOAT、信越化学製)、カルボキシメチルエチルセルロース(商品名CMEC、フロイント産業製)、メタアクリル酸コポリマーL(商品名オイドラジットL、ロームフアーマ製)、メタアクリル酸コポリマーS(商品名オイドラジットS、ロームフアーマ製)または酢酸フタル酸セルロースなどが挙げられる。本発明の腸溶剤は、これらを単独もしくは必要に応じて複数組合せることによって調整することが出来る。
【0045】
また本発明においてコレラ菌等の毒素産生菌の毒素産生阻害活性を見出された抽出物及び/又は化合物は、食品添加物として用いることが出来る。あるいは、食品と混合し、食品組成物とすることも可能である。
【0046】
食品としては、種々の食品、例えば、固体、液体、ゾル、ゲル、粉末及び顆粒状食品に任意に配合することが可能である。配合は当業者に公知の方法によって行うことができる。未抽出の原料乾燥品換算で、食品全体に対して0.00001〜100質量%含有することが好ましく、0.01〜70質量%含有することがより好ましい。
【0047】
また添加形態としては、例えば、デキストリン、コーンスターチ、乳糖等の各種の賦形剤類や乳化剤等の副原料と共に、食品組成物を混合、造粒又はカプセル化等をすることにより製造してもよく、また、必要に応じて、保存料や香料などを添加することもできる。
【0048】
例えば、食物繊維(アルギン酸、難消化性デキストリン、グアガム酵素分解物、グルコマンナンなど)、コラーゲン、ショウガ抽出物、高麗人参エキス、プロポリス、ローヤルゼリー、ニンニク抽出物、ガラナ、パフィア、カテキン、カフェイン、カワラタケ抽出物、カンゾウ抽出物、キチン、キトサン、キナ抽出物、キラヤ抽出物、グルコサミン、クワ抽出物、ゲンチアナ抽出物、コウジ酸、ダイズサポニン、タウリン、タンニン、チャ抽出物、テオブロミン、トレハロース、パフィア抽出物、ヒメマツタケ抽出物、ブドウ果皮抽出物、ブドウ種子抽出物、ブラジルカンゾウ抽出物、プロポリス抽出物、ラクトフェリン濃縮物、ルチン、クロレラ、ココア、ブルーベリー色素、トマト色素、クレアチン、コエンエンザイムQ10、コンドリチン硫酸、ゼラチン、ドコサヘキサエン酸(DHA)、ホスファチジルセリン、リノール酸、リノレン酸、イヌリン、オリゴ糖、γ―アミノ酪酸、イコサペント酸(EPA)、コエンザイムA、アントシアニジン、オクタコサノール、スクワレン、リグナン、アリノコ、ヤツメウナギ、タツノオトシゴ、カキ(牡蠣)、肝油、魚油、シジミ、スッポン、ハチノコ、マムシ、乳酸菌、ビフィズス菌、ビール酵母等の機能性素材を添加することが出来るがこれらに限定されない。
【0049】
また、種々の調味料、例えば、グラニュー糖、蜂蜜、ソルビットなどの甘味料、アルコール、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸などの酸味料、香料、色素などを加えて、好みの味に調整することができる。
【0050】
また本発明は、香辛料をアルコール等で抽出した抽出物を対象に投与する工程を含む、毒素産生菌による毒素の産生を阻害する方法に関する。また本発明は、毒素産生菌による毒素の産生を抑制する必要がある対象に、本発明の抽出物及び/又は化合物を投与する工程を含む、毒素産生菌による疾患を治療及び/又は予防する方法に関する。
本発明において、「対象」とは、本発明の抽出物及び/又は化合物を投与する生物体、該生物体の体内の一部分をいう。生物体は、特に限定されるものではないが、動物(例えば、ヒト、家畜動物種、野生動物)を含む。上記の「生物体の体内の一部分」については特に限定されない。
「対象」は、毒素産生菌に既に感染したもののみならず、感染する前のものも含む。また毒素産生菌に感染したが特段の症状を発症していないものも含む。
【0051】
本発明において、「投与する」とは、経口的、あるいは非経口的に投与することが含まれる。経口的な投与としては、経口剤という形での投与を挙げることができ、経口剤としては、顆粒剤、散剤、錠剤、カプセル剤、溶剤、乳剤、あるいは懸濁剤等の剤型を選択することができる。
【0052】
非経口的な投与としては、注射剤という形での投与を挙げることができ、注射剤としては、静脈注射剤、皮下注射剤、筋肉注射剤、あるいは腹腔内注射剤等を挙げることができる。また、本発明の薬剤を、処置を施したい領域に局所的に投与することもできる。例えば、手術中の局所注入、カテーテルの使用より投与することも可能である。
【0053】
本発明の抽出物及び/又は化合物の対象への投与は、一回であってもよいし、複数回であってもよい。
【0054】
また、生物体より摘出または排出された生物体の一部分に投与を行う際には、本発明の抽出物及び/又は化合物を生物体の一部に「接触」させてもよい。
【0055】
また、本発明において「接触」は、生物体の状態に応じて行う。例えば、生物体の一部への本発明の抽出物及び/又は化合物の散布、あるいは、生物体の一部の破砕物への本発明の抽出物及び/又は化合物の添加等を挙げることができるが、これらの方法に制限されない。生物体の一部が培養細胞の場合には、該細胞の培養液への発明の抽出物及び/又は化合物の添加することにより、上記「接触」を行うことも可能である。
なお本明細書において引用された全ての先行技術文献は、参照として本明細書に組み入れられる。
【実施例】
【0056】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明は、これら実施例に制限されるものではない。
[実施例1]スパイス抽出物によるコレラ毒素産生阻害効果
実験に使用したスパイスを表1に示した。
乳鉢にてすりつぶした各スパイス約25 g に50 mg/ ml となるように100% メタノールを加え、分液ロートを用いて室温にてメタノール抽出を行った。得られたメタノール抽出液を濾紙にて濾過した後、減圧乾固させ、メタノール抽出物の重量を測定した。抽出物に50 mg/ mlとなるように100% メタノールを加え、溶解させ、メタノール抽出画分とした。
【0057】
【表1】

【0058】
コレラ毒素(CT)産生性のV. cholera CO533株、CRC27株、CRC41株、CRC87株をそれぞれAKI 培地にて37℃、約12時間、振とう培養し、濁度(OD 600 nm)が1となるよう菌濃度を調整した。調整した菌液にメタノール画分を終濃度100 μg(メタノール終濃度 0.2%)となるように加え、37℃、6時間、振とう培養し、培養液中に産生されたコレラ毒素をELISA法にて定量した。コントロールとして各菌株に0.2 %メタノールのみを添加して同様に培養し、培養液中に産生されたコレラ毒素量を100 %とし、各スパイス抽出物のコレラ毒素の産生を阻害した割合を算出した。
【0059】
各スパイスのメタノール抽出画分によるコレラ菌のコレラ毒素産生阻害効果を表2にまとめた。4株のO1 El Torコレラ菌のコレラ毒素産生を唐辛子、アニス、白胡椒のメタノール抽出画分では85%から99%と強く抑制した(スパイス抽出物を添加した場合のコレラ毒素の産生量が、スパイス抽出物を添加しない場合のコレラ毒素の産生量の1%から15%に減少した)。さらに、これらのスパイス抽出画分は用量依存的にコレラ毒素産生を阻害した(図1)。桂皮、赤胡椒、八角の抽出物は菌株によって阻害効果が異なり、6%から86%と比較的低いが、これらにも毒素産生阻害効果が見られた(表2)。
【0060】
【表2】

【0061】
[実施例2] コレラ毒素産生阻害物質の粗精製
精製工程のフローチャートを図2に示す。赤唐辛子のメタノール抽出画分に酢酸エチルと精製水を加え、分液ロートにて有機層(酢酸エチル画分)と水層(水画分)に分画した。得られた画分を減圧乾固し、90%メタノールにて溶解させたのち、n-ヘキサンを加え、分液ロートにてn-ヘキサン画分と90%メタノール画分に分画した。水画分にはブタノールを加え、分液ロートにてブタノール画分と水溶性画分に分画した。各画分を減圧乾固した後、メタノールにて溶解し、それぞれの画分のコレラ毒素産生阻害効果を測定した。さらにn-ヘキサン画分と90%メタノール画分について薄層クロマトグラフィー(TLC)を行い、n-ヘキサン画分からはフラクションIとフラクションII、90%メタノール画分からはフラクションIからフラクションIVのスポットを得た。それぞれのスポットをかきとったのち、メタノールを用いて抽出し、コレラ毒素産生阻害効果を測定した。
【0062】
赤唐辛子からコレラ毒素産生阻害物質の精製を試みたところ、酢酸エチルで有機層に分画されたn-ヘキサン画分、及び90% メタノール画分に強い活性が見られた。一方酢酸エチルで水溶性画分に分画されたブタノール画分にも活性が見られたが、水画分では弱い阻害活性しか見られなかった(図3)。
【0063】
強い活性が見られたn-ヘキサン画分と90%メタノール画分をそれぞれ薄層クロマトグラフィーにより分離したところ、n-ヘキサン層からは2つのフラクション、90%メタノール画分からは4つのフラクションに分離できた。これらの精製フラクションについて、同様にコレラ毒素産生阻害活性を測定したところ、n-ヘキサン画分のフラクションI、フラクションII(図4A)の両フラクションに強い活性が見られた。また、90%メタノール画分のTLC精製フラクションでは、フラクションIに強い活性が見られた(図4B)。
【0064】
[実施例3] ウサギ腸管ループテストによる抽出物のin vivo評価
さらに、赤唐辛子90%メタノール画分のコレラ毒素阻害活性について、ウサギの腸管ループテストを用いてin vivoの評価を行った。
麻酔下で開腹したウサギの小腸腸管を約6 cmの間隔で結紮して作製した複数の室に、107 cfuのコレラ菌CRC41株、菌と赤唐辛子90%メタノール抽出物5 mgを接種した。ネガティブコントロールとして、溶媒に溶かした90%メタノール抽出物5 mgのみ、PBS(-)のみを接種した。接種後、ウサギの腹腔を閉じ、6時間飼育した後、麻酔下で致死せしめ、小腸を取り出し、腸管結紮により作製した室内に貯留した貯留液を全量採取し、その液量を測定し、下痢の強さの指標とした。
結果、菌のみを投与したポジティブコントロールは腸管1 cm当たり1.1 mlの液体貯留が見られ、下痢を引き起こしていた。一方、赤唐辛子90%メタノール画分(RC)をコレラ菌と共に投与した群では、液体貯留量の減少が見られた。また、液体貯留中のコレラ毒素量も減少していた(表3)。
【0065】
【表3】

【0066】
5 mg以上のメタノール抽出物を用いて約2 kgのウサギの腸管に投与した場合に腸内液体貯留を抑える事が出来た(表3)。5 mgのメタノール抽出物をスパイスそのものに換算すると、50 mgに相当することから、スパイス類をそのまま摂取する事には無理がある。すなわち、本発明に従って抽出する事により、有効成分がより効果的に摂取出来る。
一方、メタノール抽出物2.5 mgではウサギ腸管ループ試験において著明なコレラ毒素産生抑制効果が見られなかった。また、メタノール抽出物10 mgの投与では5 mgのメタノール抽出物投与とほぼ同等の効果が認められ、また、10 mg の投与でも著明な副作用は認められなかった(データ示さず)。よってメタノール抽出物の効果的な濃度は5 mg以上(2.5 mg/kg)10 mg (5 mg/kg)以下と算出される。
ウサギ腸管ループ試験から得られたデータをヒトに換算した場合、ヒト(体重60 kg)では約150 mgから300 mgのメタノール抽出物を摂取することにより、効果を発揮すると考えられる。
【0067】
[実施例4] スパイスの主要薬効成分によるコレラ毒産生阻害活性
スパイス中の主要な薬効成分はいくつか報告されており、様々な生理作用が知られている。中でも赤唐辛子の主要薬効成分の一つであるカプサイシンは鎮痛を目的として医薬品として使用されている。図5に代表的なスパイスの主要薬効成分の構造式を示す。
本発明者らはこれらの成分にもコレラ毒素産生阻害作用があるかについて調べた。カプサイシン、ピペリン、トランスアネソール、4-アリルアネソールについて、それぞれコレラ菌CRC41株の増殖に対する影響を見たところ、高濃度のピペリン、トランスアネソールで、若干の増殖抑制が見られたが、カプサイシン、4-アリルアネソールでは増殖に対する影響はほとんど見られなかった(図6A)。
一方、コレラ毒素産生阻害活性は調べた全ての物質で認められた(図6B)。ピペリン、トランスアネソールでコレラ菌そのものの増殖を若干抑制していたが、それ以上の毒素産生阻害効果が見られていることから、これらにもコレラ毒素阻害活性があると考えられた。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明により、新たなこれらの治療及び/又は予防手段が提供された。コレラの治療にはニューキノロン系抗菌薬やST合剤が用いられてきたが、近年、これらの薬剤に耐性を有するコレラ菌の増加が問題となっている。これに対し本発明のアルコールによる香辛料の抽出物は、コレラ菌の増殖に影響しない濃度でコレラ毒素産生を抑えることができる。すなわち、本発明の香辛料のアルコール抽出物は殺菌、静菌的作用がないので、従来の抗菌物質に見られるような耐性菌の出現の可能性はほとんど無い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出した抽出物を有効成分として含有する、毒素産生菌による毒素の産生を阻害するための薬剤。
【請求項2】
以下の工程を含む方法によって得られる香辛料の抽出物を有効成分として含有する、請求項1に記載の薬剤;
(a)香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出する工程、及び
(b)工程(a)の抽出物をエステル、エーテル及びケトンからなる群より選択される溶媒で抽出する工程。
【請求項3】
工程(b)の抽出物をn-ヘキサン、ペンタン、ヘプタン及びシクロヘキサンからなる群より選択される溶媒で抽出する工程をさらに含む、請求項2に記載の薬剤。
【請求項4】
工程(b)の抽出物をメタノール、エタノール及びプロピルアルコールからなる群より選択される溶媒で抽出する工程をさらに含む、請求項2に記載の薬剤。
【請求項5】
抽出物をクロマトグラフィーで精製する工程をさらに含む、請求項3又は4に記載の薬剤。
【請求項6】
以下の工程を含む方法によって得られる香辛料の抽出物を有効成分として含有する、請求項1に記載の薬剤;
(a)香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出する工程、及び
(b)工程(a)の抽出物をブタノールで抽出する工程。
【請求項7】
香辛料が唐辛子、胡椒、アニス、桂皮及び八角からなる群より選択される、請求項1から6のいずれかに記載の薬剤。
【請求項8】
抽出物がカプサイシン、ピペリン、トランスアネソール、4−アリルアネソールの少なくとも1つを含有する、請求項1から7のいずれかに記載の薬剤。
【請求項9】
毒素産生菌がコレラ菌又は腸管出血性大腸菌である、請求項1から8のいずれかに記載の薬剤。
【請求項10】
香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出した抽出物を有効成分として含有する、毒素産生菌による疾患を治療及び/又は予防するための薬剤。
【請求項11】
以下の工程を含む方法によって得られる香辛料の抽出物を有効成分として含有する、請求項10に記載の薬剤;
(a)香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出する工程、及び
(b)工程(a)の抽出物をエステル、エーテル及びケトンからなる群より選択される溶媒で抽出する工程。
【請求項12】
工程(b)の抽出物をn-ヘキサン、ペンタン、ヘプタン及びシクロヘキサンからなる群より選択される溶媒で抽出する工程をさらに含む、請求項11に記載の薬剤。
【請求項13】
工程(b)の抽出物をメタノール、エタノール及びプロピルアルコールからなる群より選択される溶媒で抽出する工程をさらに含む、請求項11に記載の薬剤。
【請求項14】
抽出物をクロマトグラフィーで精製する工程をさらに含む、請求項12又は13に記載の薬剤。
【請求項15】
以下の工程を含む方法によって得られる香辛料の抽出物を有効成分として含有する、請求項10に記載の薬剤;
(a)香辛料をアルコール、ケトン及びエステルからなる群より選択される溶媒で抽出する工程、及び
(b)工程(a)の抽出物をブタノールで抽出する工程。
【請求項16】
香辛料が唐辛子、胡椒、アニス、桂皮及び八角からなる群より選択される、請求項10から15のいずれかに記載の薬剤。
【請求項17】
抽出物がカプサイシン、ピペリン、トランスアネソール、4−アリルアネソールの少なくとも1つを含有する、請求項10から16のいずれかに記載の薬剤。
【請求項18】
毒素産生菌がコレラ菌又は腸管出血性大腸菌である、請求項10から17のいずれかに記載の薬剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−105715(P2011−105715A)
【公開日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−236938(P2010−236938)
【出願日】平成22年10月22日(2010.10.22)
【出願人】(000238201)扶桑薬品工業株式会社 (42)
【出願人】(505127721)公立大学法人大阪府立大学 (688)
【出願人】(506208908)学校法人兵庫医科大学 (12)
【Fターム(参考)】