説明

シリカガラスルツボ、シリコンインゴットの製造方法

【課題】マルチ引き上げにおいてシリカガラスルツボの座屈や沈み込みを抑制することができるシリカガラスルツボを提供する。
【解決手段】シリコン単結晶引き上げに用いるシリカガラスルツボ1であって、前記ルツボ1の内表面に鉱化剤を備え、前記鉱化剤は、Ca、Sr、Ba、Ra、Ti、Zr、Cr、Mo、Fe、Co、Ni、Cu、及びAgのうちの少なくとも一つの原子を含み、前記内表面上での前記鉱化剤の濃度が1.0×10〜1.0×1017個/cmであるシリカガラスルツボ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリカガラスルツボ及びシリコンインゴットの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
シリコン単結晶は、一般に、シリカガラスルツボ内で高純度の多結晶シリコンを溶融させてシリコン融液を得て、このシリコン融液に種結晶の端部を浸けて回転させながら引き上げることによって製造する。
【0003】
シリコン融液は、シリコンの融点が1410℃であるので、それ以上の温度に維持される。この温度では、シリカガラスルツボとシリコン融液とが反応して、ルツボの壁の厚さが徐々に減少する。ルツボの壁の厚さが減少するとその強度が低下し、それによってルツボの座屈や沈み込みといった現象が発生するという問題が生じる。
【0004】
また、ルツボとシリコン融液の反応によってルツボの内表面に島状結晶が形成される。この島状結晶は、周囲が茶色であることから、ブラウンリングと呼ばれている。ブラウンリングは、中央部の厚さが薄いので、ブラウンリングの中心部が溶損によって剥離する場合がある。この剥離が生じると、剥離された結晶片がシリコンインゴットに混入したり、剥離された後に露出されたガラス面で新たに生成された微細な結晶(ブラウンリングと同じ成分)が剥離してシリコンインゴットに混入したりして、シリコンインゴットの結晶性を悪化させる。
【0005】
これらの問題を解決するために、ルツボの内表面にアルカリ土類金属を添加することによってルツボ内表面を結晶化させて、ルツボの強度を向上させると共にブラウンリングの発生を抑制する技術が知られている(例えば特許文献1や2を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許3046545号明細書
【特許文献2】特許3100836号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
シリカガラスルツボは、高温化では強度が十分ではないので、通常は、ルツボの外表面とほぼ同じ形状の内表面を有するカーボンサセプタ内にルツボを収容した状態でシリコンインゴットの引き上げが行われる。カーボンサセプタの内表面とルツボの外表面の間には、通常、わずかに隙間が空いている。
【0008】
内表面にアルカリ土類金属が添加されていないルツボでは、ルツボが加熱されるに従って粘度が低下し、ルツボがカーボンサセプタに馴染む。一方、特許文献1及び2のように、ルツボの内表面にアルカリ土類金属が比較的高濃度で添加されているルツボでは、引き上げの初期段階においてルツボ内面が結晶化されてルツボが柔軟性を失うので、ルツボがカーボンサセプタに馴染まない。
【0009】
これまで、ルツボは、一本のシリコンインゴットの引き上げのために利用され、引き上げ後は再利用されずに廃棄されるのが一般的であった(このような引き上げを「シングル引き上げ)と称する。)。ところが、近年は、シリコンインゴットのコスト低減のために、シリコンインゴットを一本引き上げた後、ルツボが冷える前に多結晶シリコンを再充填・溶融して、二本目以降のシリコンインゴットの引き上げが行われるようになってきた。このように、一つのルツボで複数本のシリコンインゴットの引き上げを行うことを「マルチ引き上げ」と称する。
【0010】
特許文献1及び2のルツボがシングル引き上げに使用される場合には、内表面に形成された強度の高い結晶層によってルツボの座屈や沈み込みが抑制されていた。しかし、このルツボは、上記の理由により、カーボンサセプタに馴染まないので、マルチ引き上げに使用されて溶損によりルツボの壁厚が薄くなると、ルツボの座屈や沈み込みが起こりやすくなる。内表面が結晶化されているルツボにおいて座屈が起こると、シリコン融液に多量の結晶片が混入し、シリコン結晶の歩留まりを低下させる。
【0011】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、マルチ引き上げにおいてシリカガラスルツボの座屈や沈み込みを抑制することができるシリカガラスルツボを提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明によれば、シリコン単結晶引き上げに用いるシリカガラスルツボであって、前記ルツボの内表面に鉱化剤を備え、前記鉱化剤は、Ca、Sr、Ba、Ra、Ti、Zr、Cr、Mo、Fe、Co、Ni、Cu、及びAgのうちの少なくとも一つの原子を含み、前記内表面上での前記鉱化剤の濃度が1.0×10〜1.0×1017個/cmであるシリカガラスルツボが提供される。
【0013】
本発明のルツボは、ルツボの内表面上に、Ca、Sr、Ba、Ra、Ti、Zr、Cr、Mo、Fe、Co、Ni、Cu、及びAgの少なくとも一つの原子を含む鉱化剤を備え、この鉱化剤の濃度が1.0×10〜1.0×1017個/cmであることを特徴としている。この濃度は、特許文献1及び2で開示されている濃度よりも低い濃度である。内表面上での鉱化剤がこのような低い濃度である場合、内表面の結晶化が促進される度合いが小さいので、内表面全体に結晶層が形成される前に、シリコン融液とルツボとの反応によってルツボ内表面にブラウンリングが形成される。そして、上記鉱化剤はブラウンリングの中心部の結晶化を促進して、この中心部の結晶層の厚さを増大させる。ブラウンリングは、シリコン融液との接触時間が長くなるにつれて、その径が大きくなるので、長時間経過後はルツボ内面の大部分がブラウンリングで覆われてルツボの強度が確保される。また、ブラウンリングの中心部の厚さが増大すると、ブラウンリングの剥離が抑制されるので、シリコンインゴットの結晶性の悪化が抑制される。
【0014】
特許文献1及び2のように鉱化剤を比較的高い濃度の鉱化剤をルツボ内表面に備えると、ルツボが加熱されると比較的短時間でルツボの内表面全体が結晶化されて硬直化し、シリカガラスルツボの外周にあるカーボンサセプタに馴染まない。この状態でルツボ内表面に熱歪みなどに起因する応力が加わると、内表面の結晶層にクラックが入る場合がある。クラックが入るとその奥のガラス面が露出するので、内表面に鉱化剤を有さないルツボと同様の問題が生じる。一方、本発明のルツボによれば、ブラウンリングは加熱の初期段階では内表面全体には形成されていないので、特許文献1及び2のルツボのように結晶層にクラックが入ることに起因する問題を避けることができる。
【0015】
また、本発明のルツボは、ルツボ内面の結晶化の速度が比較的遅いので、シリコンインゴットの引き上げ時にルツボが加熱されると、まず、ルツボが軟化してルツボがカーボンサセプタに馴染んで、ルツボがカーボンサセプタにしっかりと保持される。ルツボがカーボンサセプタに馴染むので、マルチ引き上げに使用されても、ルツボの座屈や沈み込みが起こりにくい。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の一実施形態のシリカガラスルツボの構造を示す断面図である。
【図2】図1中の領域Aの拡大図である。
【図3】本発明の実施例における、シリコン融液への浸漬時間とブラウンリング中央部の結晶層の厚さの関係を示すグラフである。
【図4】本発明の実施例における、鉱化剤濃度とブラウンリング密度の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
1.シリカガラスルツボの構成
以下、図1〜図2を用いて、本発明の一実施形態のシリカガラスルツボについて説明する。図1は、本実施形態のシリカガラスルツボの構造を示す断面図であり、図2は、図1中の領域Aの拡大図である。
【0018】
本実施形態のシリカガラスルツボ1は、シリコン単結晶引き上げに用いるシリカガラスルツボ1であって、ルツボ1の内表面上に鉱化剤3aを備え、鉱化剤3aは、鉱化剤は、Ca、Sr、Ba、Ra、Ti、Zr、Cr、Mo、Fe、Co、Ni、Cu、及びAgのうちの少なくとも一つの原子を含み、前記内表面上での前記鉱化剤の濃度が1.0×10〜1.0×1017個/cmである。
【0019】
以下、各構成要素について詳細に説明する。
【0020】
(1)シリカガラスルツボ1
本実施形態のシリカガラスルツボ1は、シリコン単結晶の引き上げに用いられるものであり、シングル引き上げとマルチ引き上げのどちらに用いてもよいが、マルチ引き上げに用いることが好ましい。なぜなら、本実施形態のシリカガラスルツボ1は、上記の課題の項で述べたようにマルチ引き上げにおいて顕著に現れる問題を従来のルツボよりも効果的に解決するものであるからである。
【0021】
(2)シリカガラスルツボの壁3
シリカガラスルツボ1の壁3は、図1に示す断面図のように、曲率が比較的大きいコーナー部32と、上面に開口した縁部を有する円筒状の側部31と、直線または曲率が比較的小さい曲線からなるすり鉢状の底部33を有する。尚、本発明において、コーナー部32とは、側部31と底部33を連接する部分で、コーナー部32の曲線の接線がシリカガラスルツボの側部31と重なる点から、底部33と共通接線を有する点までの部分のことを意味する。
【0022】
壁3は、ルツボ1の内面から外面に向かって鉱化剤3aと、シリカガラス層3bとを備える。
【0023】
(2−1)鉱化剤3a
鉱化剤3aは、ルツボ1の内表面に配置される。内表面上での鉱化剤3aの濃度は、1.0×10〜1.0×1017個/cmである。上述したように、このような比較的低い濃度の鉱化剤3aをルツボ1の内表面に配置すると、シリコンインゴットの引き上げ開始後にルツボ1の内表面全体に結晶層が形成される前にシリコン融液とルツボとの反応によってルツボ内表面にブラウンリングが形成され、鉱化剤3aの作用によってブラウンリングの中心部の結晶化が促進され、これによって中心部の厚さが増大し、剥離が抑制される。また、ブラウンリング中心部の厚さが増大するので、ブラウンリングの中心部の結晶が溶損されても、ガラス面が露出しない。ブラウンリングは、シリコン融液とルツボとの接触時間が長くなるにつれて、その径が大きくなる。つまり、時間が経つにつれて、ルツボ1の内表面でのブラウンリングが占める面積の割合が大きくなる。鉱化剤3aは、ブラウンリングの径方向の成長も促進し、ルツボ内表面の、シリコン融液に100時間以上接触している部位においては、ブラウンリングが示す面積の割合は、80%以上になる。つまり、ルツボ1が長時間の引き上げに使用される場合には、ルツボ1の内表面の大部分がブラウンリングに覆われる。本実施形態のルツボ1では、ブラウンリングの中央部の結晶化が促進されるので、比較的肉厚の厚い(従って、比較的強度が高い)ブラウンリングで内表面が覆われることにより、長時間の引き上げ時のルツボ1の座屈・沈み込みが抑制される。
【0024】
鉱化剤3aの濃度が1.0×1017個/cmよりも高い場合、ルツボ内表面の結晶化の速度が速まって、シリコンインゴットの引き上げ開始後の早い段階でルツボ1の内表面全体に結晶層が形成されてしまうので、「発明が解決しようとする課題」の項で述べたものと同じ問題が生じうる。また、鉱化剤の濃度が1.0×10個/cmよりも低い場合、ブラウンリングの中心部の結晶化が十分に促進されない。従って、鉱化剤の濃度は、1.0×10〜1.0×1017個/cmである。また、鉱化剤の濃度は、1.0×10〜1.0×1014個/cmであることが好ましい。1.0×10個/cm以上である場合、ブラウンリングの中心部の結晶化を促進する効果が特に高く、1.0×1014個/cm以下である場合、結晶化の速度が速すぎず、ルツボ1がカーボンサセプタに十分に馴染むからである。
【0025】
鉱化剤3aは、Ca、Sr、Ba、Ra、Ti、Zr、Cr、Mo、Fe、Co、Ni、Cu、及びAgの少なくとも一つの原子を含む。これらの原子は、ルツボ内表面の結晶化を促進する機能を有している。また、鉱化剤3aは、Ca、Ba、Fe、及びTiのうちの少なくとも一つの原子を含むことが好ましい。これらの原子は、ブラウンリングの中心部の結晶化を促進する効果が特に高いからである。また、鉱化剤3aは、Ca及びFeのうちの少なくとも一つの原子を含むことが好ましく、Caが最も好ましい。Ca又はFeを鉱化剤3aとして用いた場合に、マルチ引き上げの場合でも単結晶化率が特に良好になるからである。
【0026】
ルツボの内表面上での鉱化剤の濃度は、以下の方法によって測定することができる。まず、鉱化剤を溶かす洗浄液(高純度塩酸、高純度硝酸あるいは高純度過塩素酸+超純水で作製する。一例をあげると、多摩化学あるいは和光純薬製の高純度塩酸[36%] を250ml、高純度硝酸[68%]を20ml、高純度過塩素酸[35%]を200mlと超純水を混ぜて、1000mlの洗浄液を作製する)を、鉱化剤を備えた石英ガラスルツボの内面に吹き付けて、鉱化剤をルツボの内表面から回収する。ルツボの底部に溜まった溶液を回収し、溶液が完全に蒸発しない範囲において酸を蒸発させる。冷却後、測定の補正に用いる標準液(濃度が正確にわかっている溶液で滴定に用いる)と同種の酸を追加し、定量する。測定には、プラズマをイオン源に用い、発生したイオンを質量分析部で検出するICP-MSを用いる。測定は、標準液から作製したスタンダート液から検量線を引いた後に、定量した液体の濃度を測定する。測定された濃度、定容量、試料採取量などを以下の計算式に入力し、単位面積当たりの重量(ng/cm2)を決定する。
C(ng/cm2)=(Cs-Cb)×K×(B/M)×A/X
Cs:試料溶液中の各元素検出濃度(ppm)
Cb:空試験液中の各元素検出濃度(ppm)
B:定容量(ml or g)
M:試料採取量(ml)
A:洗浄液の使用量(ml)
K:標準液から求めた係数
X:試料面積(cm2
【0027】
(2−2)シリカガラス層3b
シリカガラス層3bは、シリカガラスからなる層である。シリカガラス層3bの構成は特に限定されないが、鉱化剤3aに接する層は、合成シリカガラス層(以下、「合成層」と称する)3cであることが好ましい。また、合成層3cの外側には天然シリカガラス層(以下、「天然層」と称する)3dを備えることが好ましい。
【0028】
合成層3cは、化学合成された非晶質又は結晶質のシリカ(二酸化シリコン)を溶融させたものを固化して形成されるガラス(以下、「合成シリカガラス」と称する)からなる層であり、不純物濃度が非常に低い。従って、ルツボ1の内層を合成層3cにすることによってシリコン融液への不純物の混入を低減することができる。シリカの化学合成の方法は、特に限定されないが、四塩化珪素(SiCl)の気相酸化(乾式合成法)や、シリコンアルコキシド(Si(OR))の加水分解(ゾル・ゲル法)が挙げられる。
化学合成によって得られたシリカは、アモルファス状であって、結晶型の微細構造が実質的に存在していないので、構造が変化しやすい。このため、このようなシリカを溶融させたものを固化して形成される合成層は、粘度が比較的小さく、かつ結晶化されやすい。
合成層3cが結晶化されやすいので、合成層3cと鉱化剤3aとを接触させた状態でルツボ1を加熱すると、鉱化剤3aの作用によって、合成層3cに容易にブラウンリングが形成され、その中心部の結晶化が促進されやすい。
【0029】
天然層3dは、合成層3cの外側に配置される層である。天然層3dは、α−石英を主成分とする天然鉱物を溶融させたものを固化することによって形成されるガラス(以下、「天然シリカガラス」と称する)からなる層である。α−石英を溶融させると粘度は大幅に低下するが、SiO結合の繰り返しによる鎖状構造は完全には切断されず、天然シリカガラス中には結晶型の微細構造が残存しているため、天然シリカガラスは、構造が変化しにくい。このため、天然層3dは、粘度が比較的大きく、天然層3dを設けることによってルツボ1の強度が向上する。
【0030】
2.シリカガラスルツボの製造方法
本実施形態のシリカガラスルツボ1のシリカガラス層3bは、(1)回転モールドの底面及び側面上に結晶質又は非晶質のシリカ粉を堆積させることによって、シリカガラス層用のシリカ粉層を形成し、(2)このシリカ粉層をアーク放電によって2000〜2600℃に加熱して溶融させて固化することによってガラス化すると共に直ちに冷却することによって、形成することができる。
【0031】
天然層を形成するためのシリカ粉(天然シリカ粉)は、α−石英を主成分とする天然鉱物を粉砕して粉状にすることによって製造することができる。合成層を形成するためのシリカ粉(合成シリカ粉)は、四塩化珪素(SiCl)の気相酸化(乾式合成法)や、シリコンアルコキシド(Si(OR))の加水分解(ゾル・ゲル法)などの化学合成による手法によって製造することができる。
【0032】
上記工程で得られたルツボ1の内表面に鉱化剤3aを添加する方法は、特に限定されない。一例では、鉱化剤3aは、Ca、Sr、Ba、Ra、Ti、Zr、Cr、Mo、Fe、Co、Ni、Cu、及びAgの酸化物や塩(例:例として、無機塩、硝酸塩、炭酸塩、硫酸塩、酢酸塩、シュウ酸塩、弗化塩、リン酸塩、酸化物、過酸化物、水酸化物、塩化物)を水、有機溶媒(例:アルコール)又はその混合物からなる溶媒に溶解又は分散させたものをシリカガラス層3b上に塗布し、必要に応じて加熱することによって形成することができる。
【0033】
また、鉱化剤3aは、シリカ粉(好ましくは合成シリカ粉)に鉱化剤を添加したもの(以下、「鉱化剤添加シリカ粉」と称する)を準備し、シリカガラス層用のシリカ粉層上に鉱化剤添加シリカ粉を堆積させた後に、アーク溶融させることによって形成してもよい。鉱化剤添加シリカ粉は、一例では、シリカ粉と鉱化剤のアルコキシドを混合し、600〜1100℃程度の温度で焼成することによってシリカ粉表面に鉱化剤を付着させることによって、シリカ粉に鉱化剤を添加することができる。
【0034】
シリカ粉層の溶融時には、モールド側からシリカ粉層を−50以上〜−95kPa未満の圧力で減圧することによって、気泡を実質的に有さない(気泡含有率が0.5%未満の)透明層を作製することができる。また、透明層を形成した後に、減圧の圧力を0以上〜−10kPa未満にすることによって、透明層の外側に、気泡含有率が1%以上50%未満の気泡含有層を形成することができる。本明細書において、気泡含有率とは、ルツボ1の一定体積(w)に対する気泡占有体積(w)の比(w/w)を意味する。
【0035】
3.シリコンインゴットの製造方法
シリコンインゴットは、(1)本実施形態のシリカガラスルツボ1内で多結晶シリコンを溶融させてシリコン融液を生成し、(2)シリコン種結晶の端部を前記シリコン融液中に浸けた状態で前記種結晶を回転させながら引き上げることによって製造することができる。シリコン単結晶の形状は、上側から円柱状のシリコン種結晶、その下に円錐状のシリコン単結晶、上部円錐底面と同じ径を持つ円柱状のシリコン単結晶(以下、直胴部と称する)、頂点が下向きである円錐状のシリコン単結晶からなる。
【0036】
本実施形態のルツボ1を用いてシリコンインゴットの引き上げを行うと、ルツボ1の内表面にブラウンリングが形成され、このブラウンリングの中央部の結晶化が促進される。従って、本実施形態のルツボ1を用いれば、ブラウンリングの内側においてガラス面が露出しないように、シリコンインゴットの引き上げを行うことが可能である。
【0037】
マルチ引き上げを行う場合には、シリカガラスルツボ1内に多結晶シリコンを再充填及び溶融させて、シリコンインゴットの再度の引き上げを行う。
特許文献1及び2のルツボでは、ルツボがカーボンサセプタに馴染む前にルツボ内表面が結晶化されるので、ルツボがカーボンサセプタに馴染まず、従って、このルツボがマルチ引き上げに使用されて溶損によりルツボ1の壁厚が薄くなると、ルツボの座屈や沈み込みが起こりやすい。
一方、本実施形態のルツボでは、ルツボ内表面の結晶化が比較的遅いので、ルツボがカーボンサセプタに十分に馴染み、かつ長時間経過後は大きく成長したブラウンリングによって内表面の全体又は大部分の領域が覆われるので、ルツボの座屈や沈み込みが起こりにくい。また、本実施形態のルツボでは、ブラウンリングの中央部での結晶化速度が促進されるので、ブラウンリングの内部でガラス面が露出されることが抑制される。
【実施例】
【0038】
1.鉱化剤の構成が結晶性に与える影響
外径が800mmであり、壁厚が15mm(内側から合成層1mm、天然層14mm)であるルツボを製造した。実施例及び比較例のルツボには、鉱化剤の水酸化物の水溶液をルツボが回転している状態で、ルツボ内表面に塗布あるいは噴霧した。その後、大気雰囲気中において、200℃まで昇温することによって、鉱化剤を内表面に固着させた。
【表1】

【0039】
実施例及び比較例のルツボを用いて直径300mmのシリコンインゴットを3本引き上げた。引き上げは、ルツボをカーボンサセプタで支持した状態で行った。シリコンインゴットを一本引き上げるごとに、多結晶シリコン塊を再充填・溶解させた。得られた3本のシリコンインゴットの結晶性を評価した。結晶性の評価は、(シリコン単結晶の直胴部の質量)/(引上げ直前にルツボに充填されているシリコン融液の質量)の値(単結晶率)に基づいて行った。その結果を表2に示す。表2における評価基準は、以下の通りである。
◎:単結晶率が0.80以上〜0.99未満
○:単結晶率が0.70以上〜0.80未満
△:単結晶率が0.60以上〜0.70未満
×:単結晶率が0.60未満
【0040】
【表2】

【0041】
表2を参照すると明らかなように、実施例及び比較例の何れのルツボを用いても、1本目のシリコンインゴットの結晶性は良好であった。しかし、2〜3本目のシリコンインゴットでは、実施例のルツボを用いた場合に得られたシリコンインゴットの結晶性は、比較例のルツボを用いた場合よりもはるかに良好であった。また、実施例2及び5のルツボを用いた場合は、3本目のシリコンインゴットの結晶性も非常に良好であった。この結果によって、本発明のルツボを用いれば、マルチ引き上げの場合でも、結晶性の良好なシリコンインゴットを得ることができることが実証された。
【0042】
2.鉱化剤の構成が結晶化速度に与える影響
表2に示す結果が得られた理由について検討するために、実施例1及び3及び比較例1〜2とルツボを1450℃のシリコン融液に浸漬させて、浸漬時間とブラウンリング中央部の結晶層の厚さの関係と、鉱化剤濃度とブラウンリング密度の関係を調べた。その結果を図3及び図4に示す。図4には、50時間経過時のブラウンリング密度を示した。
【0043】
図3及び図4を参照すると、次のことが分かる。比較例1では、ブラウンリング中央部の結晶化の速度が遅すぎて、浸漬時間が長くなるに連れて溶損によって結晶層の厚さが薄くなり、30時間後にガラス面が露出した。また、比較例2では、結晶化の速度が非常に速く且つブラウンリングの密度が高いので比較的速い段階でルツボの内表面全体が結晶化された。実施例1及び3では、結晶化の速度と溶損の速度がほぼ等しく、ほぼ同じ厚さの結晶層が長時間に渡って維持された。さらに、実施例1及び3では、ブラウンリングの密度が比較例2よりも低く、且つ各ブラウンリングの大きさも比較例2よりも小さいので、内表面全体が結晶化されることがなかった。
以上より、比較例1ではガラス面が露出したためにシリコンインゴットの結晶性が悪くなり、比較例2では、シリコンインゴットの引き上げ開始後の早い段階でルツボの内表面全体が結晶化されたため、ルツボが十分にカーボンサセプタに馴染まず、マルチ引き上げの際にシリコンインゴットの結晶性が悪化したことが分かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリコン単結晶引き上げに用いるシリカガラスルツボであって、前記ルツボの内表面に鉱化剤を備え、前記鉱化剤は、Ca、Sr、Ba、Ra、Ti、Zr、Cr、Mo、Fe、Co、Ni、Cu、及びAgのうちの少なくとも一つの原子を含み、前記内表面上での前記鉱化剤の濃度が1.0×10〜1.0×1017個/cmであるシリカガラスルツボ。
【請求項2】
前記鉱化剤は、Ca、Ba、Fe、及びTiのうちの少なくとも一つの原子を含む請求項1に記載のルツボ。
【請求項3】
前記鉱化剤は、Ca及びFeのうちの少なくとも一つの原子を含む請求項1に記載のルツボ。
【請求項4】
前記鉱化剤の濃度は、1.0×10〜1.0×1014個/cmである請求項1〜3の何れか1つに記載のルツボ。
【請求項5】
請求項1〜4の何れか1つのルツボ内で多結晶シリコンを溶融させてシリコンインゴットの引き上げを行う工程を行うシリコンインゴットの製造方法。
【請求項6】
前記引き上げを行った後、多結晶シリコンを再充填及び溶融させて、シリコンインゴットの再度の引き上げを行う工程を備える請求項5に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−25597(P2012−25597A)
【公開日】平成24年2月9日(2012.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−163331(P2010−163331)
【出願日】平成22年7月20日(2010.7.20)
【出願人】(592176044)ジャパンスーパークォーツ株式会社 (90)
【Fターム(参考)】