説明

シリコンインゴットスライス用切削液

【課題】 切削抵抗を低減することによりウエハの表面精度を良好にすることが可能で、かつワイヤーや装置の腐食や水素発生を抑制することができるシリコンインゴットスライス用切削液を提供する。
【解決手段】 有機還元剤(A)と水を必須成分として含有し、使用時のpHが4.0〜8.0であることを特徴とするシリコンインゴットスライス用切削液を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固定砥粒ワイヤーソーを用いてシリコンインゴットを切削(スライス)するときに使用する切削液に関する。
さらに詳しくは、切削時のワイヤーとの抵抗を低減することでウエハ表面精度を向上させることができる切削液に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、シリコンインゴットを切削するときにはワイヤーソーが用いられている。
ワイヤーソーによる切削には、電着などで砥粒を固定したワイヤーを用いる固定砥粒方式と、切削液に砥粒を分散させたスラリーを用いる遊離砥粒方式があり、切削時間の短縮や砥粒の使用量の削減といったメリットから固定砥粒方式が広まってきている。
近年、コストを抑えるために、ウエハの厚みのさらなる薄型化やカーフロス(切りしろ)の低減が求められている。しかし、ウエハの薄型化やカーフロスの低減のためには、スクラッチの発生を抑えたり平坦性を向上させるといった表面精度の向上が従来以上に必要となる。
そこで、硝酸とフッ化水素酸などの酸成分(例えば特許文献1)を用いたり、水酸化ナトリウムなどのアルカリ成分(たとえば特許文献2)を用いてシリコンに対するエッチング作用を利用して切削時の抵抗を低減することでウエハの表面精度を向上させる切削液が提案されている。
【0003】
しかし、酸成分によるエッチングではワイヤーや装置の腐食が問題となっており、一方、アルカリ成分によるエッチングではシリコンと水の反応で水素が発生しやすく、引火の危険性が問題となっていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−112917号公報
【特許文献2】特開2008−103690号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで本発明では、切削抵抗を低減することによりウエハの表面精度を良好にすることが可能で、かつワイヤーや装置の腐食や水素発生を抑制することができるシリコンインゴットスライス用切削液を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記の目的を達成するべく検討を行った結果、本発明に到達した。
すなわち、本発明は、有機還元剤(A)と水を必須成分として含有し、使用時のpHが4.0〜8.0であることを特徴とするシリコンインゴットスライス用切削液である。
【発明の効果】
【0007】
本発明の切削液はシリコンインゴットの切削工程において、従来と比較して表面精度の高いウエハを得ることができる。
また、装置の腐食や水素の発生といった問題を起こさない。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明の切削液は、有機還元剤(A)と水を必須成分として含有し、使用時のpHが4.0〜8.0であることを特徴とする切削液である。
【0009】
本発明において、有機還元剤とは、酸化還元反応において、他の化学種を還元する有機化合物のことを指す。
このような有機還元剤(A)としては、還元性のフェノール化合物(A1)、還元性のレダクトン類(A2)およびそのエステルまたは塩、還元性の糖(A3)、還元性の糖アルコール(A4)、還元性の有機酸類(A5)およびそのエステルまたは塩、還元性のアルデヒド類(A6)、還元性のアミン(A7)およびその塩が挙げられ、以下のものが例示できる。
【0010】
還元性のフェノール化合物(A1)としては、1価フェノール及びポリフェノールが挙げられる。
1価フェノールとしては、3−ヒドロキシフラボン及びトコフェロール(α−、β−、γ−、δ−、ε−又はη−トコフェロール等)等が挙げられる。
ポリフェノールとしては、没食子酸(3,4,5−トリヒドロキシ安息香酸)、ピロカテコール、レゾルシノール、ヒドロキノン、ナフトレゾルシノール、ピロガロール及びフロログルシノール等が挙げられる。
これらのうち、好ましいのは没食子酸である。
【0011】
還元性のレダクトン類(A2)としては、L−アスコルビン酸、イソアスコルビン酸およびこれらのエステル(、L−アスコルビン酸硫酸エステル、L−アスコルビン酸リン酸エステル、L−アスコルビン酸2−グルコシド、L−アスコルビン酸パルミチン酸エステル、テトライソパルミチン酸L−アスコルビル、アスコルビン酸イソパルミネート、エリソルビン酸、エリソルビン酸リン酸エステル、エリソルビン酸パルミチン酸エステル、テトライソパルミチン酸エリソビル)及びこれらの塩等が挙げられる。
これらのうち、好ましいのは、L−アスコルビン酸である。
【0012】
還元性の糖(A3)としては、グルコース、マンノース、ガラクトース、マルトース、ラクトース等が挙げられる。
【0013】
還元性の糖アルコール(A4)としては、アラビトール、アドニトール、キシリトール、ソルビトール、マンニトール及びズルシトール等が挙げられる。
【0014】
還元性の有機酸類(A5)およびこれらの塩としては、ケトグルタル酸、グルコン酸、ケトグロン酸、ギ酸、コハク酸、乳酸、リンゴ酸、酪酸、マレイン酸、2−オキソプロパン酸、マロン酸およびこれらの塩が挙げられる。
【0015】
還元性のアルデヒド類(A6)としては、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド及びビニルアルデヒド、ベンズアルデヒド及びシンナムアルデヒド等が挙げられる。
【0016】
還元性のアミン(A7)としては、アルキルアミン、アルカノールアミン、アルキレンジアミン、環状アミン、芳香族アミン、アミジン化合物、ポリ(n=2〜5)アルキレン(炭素数2〜6)ポリ(n=3〜6)アミン等が挙げられる。
【0017】
これらの有機還元剤(A)のうち、ウエハの表面精度の観点で、還元性のフェノール化合物(A1)、還元性のレダクトン類(A2)、還元性の糖(A3)、還元性の糖アルコール(A4)および還元性の有機酸(A5)が好ましく、さらに好ましくは還元性のフェノール化合物(A1)および還元性のレダクトン類(A2)である。
【0018】
具体的には、没食子酸、アスコルビン酸、グルコース、アラビトール、ギ酸、クエン酸、およびこれらの塩等が好ましく、特に没食子酸およびアスコルビン酸が好ましい。
なお(A)は単独で用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0019】
本発明の切削液中の使用時における有機還元剤(A)の含有量は0.0001〜10重量%であり、平坦性の観点から好ましくは0.001〜1重量%である。
【0020】
本発明の切削液のもう1つの必須成分である水としては、超純水、イオン交換水、RO水、蒸留水、水道水が挙げられるが、特に限定されない。
【0021】
本発明の切削液は、さらに、潤滑剤、粘度調整剤を含有してもよい。
潤滑剤としては、カプロン酸、エナント酸、カプリル酸、ペラルゴン酸、カプリン酸、アジピン酸、ピメリン酸、スベリン酸、アゼライン酸、セバシン酸などが挙げられる。
潤滑剤の含有量は、切削液の重量100重量%のうち、通常0.01〜10重量%、好ましくは0.01〜1重量%、さらに好ましくは0.01〜0.5重量%である。0.01重量%未満では潤滑性が不十分であり、10重量%を超えると抑泡性が不十分である。
【0022】
粘度調整剤としては、ポリエチレングリコール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン等が挙げられる。
【0023】
本発明の切削液は、ワイヤーソーによりシリコンインゴットをスライス加工する際に好適に使用され、スライス加工後に表面精度の高いウエハを得ることができる。
【0024】
シリコンインゴットをスライス加工する方法として、遊離砥粒及び固定砥粒ワイヤーを用いる方法が挙げられる。本発明の切削液はどちらの方法でも使用できるが、固定砥粒ワイヤーを用いたシリコンインゴットのスライジング加工に特に適している。
【0025】
本発明の切削液を用いてシリコンインゴットをスライスして製造されたシリコンウエハを用いて製造される電子材料としては、例えばメモリー素子、発振素子、増幅素子、トランジスタ、ダイオード、CCD、太陽電池、IC、LSI等が挙げられる。
【実施例】
【0026】
以下、実施例及び比較例により本発明をさらに説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。以下、特に定めない限り、%は重量%、部は重量部を示す。
【0027】
表1に記載の部数で配合して実施例1、2および比較例1〜3の切削液を作成した。
【0028】
【表1】

【0029】
得られた切削液について、pHの測定、ウエハの表面粗さ、スクラッチ抑制性、摩擦係数、耐腐食性、水素発生量による反応抑制性の評価を行った。その結果を表1に示す。
なお、pHメーターで25℃におけるpHを測定した。
【0030】
<ウエハ表面粗さの評価>
被切断材として市販の25mm四方の単結晶シリコンインゴットを用い、固定砥粒ワイヤー、シングルワイヤーソー型切断機「850」(SOUTH BAY TECHNOLOGY製)を用いて、切削液流量が50ml/分、SPEED CONTROLが3の切断条件で切断試験を行った。
切断後のウエハ表面粗さ(Ra)を原子間力顕微鏡「E−Sweep」(エスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社製)を用いて測定した。
【0031】
下記の判定基準に従い、表面粗さを評価した。
○:Raが0.5μm未満
△:Raが0.5μm〜0.8μm
×:Raが0.8μm以上
【0032】
<スクラッチの評価>
ウエハ表面粗さを評価した後のウエハをレーザー顕微鏡「VK−8700」(株式会社キーエンス製)を用いて、ウエハの3ヶ所について50倍の倍率で270×202μmの範囲で発生したスクラッチを観察した。その3ヶ所のスクラッチの数の合計で下記の判定基準で評価した。
○:0〜3個
△:4〜7個
×:8個以上
【0033】
<耐腐食性の評価>
(1)被めっき物の調製
鉄製のテストピース(商品名:「SPCC−SDテストピース」、パルテック社製、厚さ0.6mm)を、縦2.0cm×横0.8cmに切断し、金属表面を紙やすり(商品名:Wetordry Tri−M−ite Paper #1000、3M社製)で研磨した後、200kHzの超音波洗浄機(イオン交換水、25℃、5分間)で浸漬洗浄を行った後、窒素気流で乾燥させて、被めっき物を作成した。
【0034】
(2)金属めっきのテストピース作成
硫酸ニッケル六水和物18重量部、塩化ニッケル六水和物3.5重量部、ホウ酸2重量部およびイオン交換水76.5重量部の配合部数で作成した金属めっき液50gを50mlのビーカーに秤量し、被めっき物を浸漬させ、陰極電流密度0.44mA/cmで10分間通電して電解めっきを行うことにより、金属めっきのテストピースを作成した。
【0035】
(3)めっき後の耐腐食性の評価
各切削液50gに金属めっき物を浸漬させ、これを50℃に設定した恒温漕中で48時間静置した。
その後、取り出した試験片の表面を目視で観察し、耐腐食性を下記の判定基準で評価した。
【0036】
○:めっきがはがれていないもの
△:めっきが1〜30%はがれているもの
×:めっきが30%以上はがれているもの
【0037】
<水素発生量による反応抑制性の評価>
各切削液100gに、シリコン粉末(高純度化学研究所製、純度99%、平均粒径1μm)を10g加えてホモミキサー(特殊機化工業製TK−ROBOMICS)を用いて5000rpmで15分間撹拌してスラリーを得た。
得られたスラリーをガラスサンプル瓶に移し、ガラス管を通したゴム栓をして60℃の恒温槽中に72時間静置し、その間に発生する水素を水上置換法にてメスシリンダーに回収して水素発生量を測定した。
【0038】
反応抑制性の評価は以下の基準に従って行った。
○:水素ガス発生量が30ml未満
△:水素ガス発生量が30〜60ml
×:水素ガス発生量が60ml以上
【0039】
本発明の実施例1と2の切削液は、いずれも平坦性に優れ、摩擦係数も小さく、耐腐食性に優れ、水素ガスもほとんど発生しなかった。
一方、有機還元剤の代わりに無機還元剤を用いた比較例1は、表面粗さとスクラッチ抑制性が不十分である。
また、pHを下げて酸によるエッチングを利用した比較例2は、耐腐食性が低いだけでなく表面粗さとスクラッチ抑制性が不十分である。
一方、pHを上げてアルカリによるエッチングを利用した比較例3は、水素発生の反応抑制性が低いだけでなく、表面粗さとスクラッチ抑制性も同様に不十分である。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明の切削液は、スライス加工によって得られるウエハの表面精度が優れているため、シリコンインゴットを切削するときに使用する切削液として有用である。
また、本発明の切削液は、pHによって腐食や溶解の可能性があるガラス等の切削にも有用である。
本発明の切削液を用いてシリコンインゴットをスライスして製造されたシリコンウエハを用いて製造される電子材料としては、例えばメモリー素子、発振素子、増幅素子、トランジスタ、ダイオード、CCD 、太陽電池、IC、LSI等が挙げられ、例えばディスプレイ、パソコン、携帯電話、デジタルカメラ、携帯音楽プレーヤー等に使用する事ができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機還元剤(A)と水を必須成分として含有し、使用時のpHが4.0〜8.0であることを特徴とするシリコンインゴットスライス用切削液。
【請求項2】
該有機還元剤(A)がフェノール化合物(A1)およびレダクトン類(A2)からなる群より選ばれる1種以上である請求項1記載のシリコンインゴットスライス用切削液。
【請求項3】
該有機還元剤(A)が、没食子酸、アスコルビン酸、グルコース、アラビトール、ギ酸およびクエン酸からなる群より選ばれる1種以上である請求項1記載のシリコンインゴットスライス用切削液。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか記載のシリコンインゴットスライス用切削液を用いて、固定砥粒によりシリコンインゴットを切断する工程を含むシリコンウエハの製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4いずれか記載のシリコンインゴットスライス用切削液を用いてシリコンインゴットをスライスして製造されたシリコンウエハ。
【請求項6】
請求項5に記載のシリコンウエハを用いて製造された電子材料。


【公開番号】特開2012−253105(P2012−253105A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−122869(P2011−122869)
【出願日】平成23年5月31日(2011.5.31)
【出願人】(000002288)三洋化成工業株式会社 (1,719)
【Fターム(参考)】