説明

シリンダブロックの溶射マスキング方法および同マスキング装置

【課題】 マスキング材をシリンダブロック内に挿入する作業を容易にする。
【解決手段】 V型エンジンのシリンダブロック1における一方のバンク5のシリンダボア9に溶射ガン19を挿入してボア内面に溶射皮膜を形成する際に、他方のバンク3のシリンダボア7に、収縮状態の膨張体25を、クランクケース11と反対側の開口から挿入する。膨張体25は、空気通路31aを通して供給される空気によって膨張し、その外面25aがシリンダボア7の内面に密着する。膨張体25内に供給した空気は、前端面25cに形成した空気噴出口25dから噴出し、他方のバンク5のシリンダボア9内にて溶射ノズル21から噴出する溶射用材料23を下方へ向かわせ、溶射用材料23のシリンダボア7への付着を防止する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶射ガンから溶射用材料を噴出してシリンダボア内面に溶射皮膜を形成する際に、他の不要な部位へ溶射用材料が付着しないようにマスキングするシリンダブロックの溶射マスキング方法および同マスキング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
シリンダボア内面に溶射皮膜を形成する際に、他の不要な部位への溶射用材料の付着を防止する方法として、例えば下記特許文献1には、シリンダボア下端にクランクケース側から分解式のマスキング管を挿入した後、組み立てた状態で、クランクケースとは反対側のシリンダヘッド取付側の開口から溶射ガンを挿入して溶射を行うことが記載されている。
【特許文献1】特開平6−65711号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、上記した従来のマスキング方法では、マスキング材であるマスキング管を、クランクジャーナル部を備えたクランクケース側からシリンダブロック内に挿入するので、挿入作業を行う上で制約を受け、特に自動化を行うためには、シリンダブロックを設置するベース側にマスキング管を移動させる機構を設ける必要が生じ、設備が複雑化してコストアップを招く。
【0004】
そこで、本発明は、マスキング材をシリンダブロック内に挿入する作業を容易にすることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、溶射ガンから溶射用材料を噴出してシリンダボアの内面に溶射皮膜を形成する際に、前記シリンダボアに隣接するシリンダボア内に、流体の供給を内部に受けて膨張する膨張体を、膨張前の状態でクランクケースと反対側の開口から挿入し、この挿入した膨張体内に流体を供給して膨張させることで、この膨張した膨張体の外面を前記シリンダボアの内面に密着させることを最も主要な特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、シリンダボアに対し、クランクケースと反対側の開口から、流体の供給を受けて膨張する膨張体を膨張前の状態で挿入し、この挿入した膨張体内に流体を供給して膨張させ、その外面をシリンダボアの内面に密着させるようにしたので、マスキング材を、クランクジャーナル部を備えたクランクケース側からシリンダブロック内に挿入する場合に比較して、挿入作業を行う上で制約を受けにくく、挿入作業が容易となり、特に自動化を行うために、シリンダブロックを設置するベース側にマスキング材を移動させる機構を設ける必要がなく、設備が簡素化してコスト低下を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づき説明する。
【0008】
図1は、本発明の一実施形態に係わるシリンダブロックの溶射マスキング方法を示す断面図である。このシリンダブロック1は、シリンダブロック隔壁2を間に挟んで左右のバンク3,5をそれぞれ有する、いわゆるV型エンジンに適用するものであり、各バンク3および5に複数のシリンダボア7,9を、図1中で紙面に直交する方向にそれぞれ直列に設けている。
【0009】
すなわち、上記した左バンク3および右バンク5の各シリンダボア7および9のそれぞれの中心軸線SLおよびSRは、その各延長線が互いに交差している。
【0010】
ここでのシリンダブロック1はアルミ合金製であり、そのシリンダボア7,9の内面に形成する溶射皮膜となる溶射用材料は鉄系金属材料として、シリンダブロック1全体の軽量化を図りつつ、シリンダボア7,9の内面の耐摩耗性を高めている。
【0011】
上記したシリンダブロック1は、シリンダボア7および9の下部にクランクケース11を有し、クランクケース11の下端の図1中で左右両側に突出するフランジ部13のオイルパンレール13aを、中空のワーク架台15上に載置して固定する。なお、符号17はクランクジャーナルである。
【0012】
この状態で、溶射ガン19を、例えば右バンク5のシリンダボア9内に、クランクケース11と反対側の開口から挿入する。このとき溶射ガン19は、その中心をシリンダボア9の中心軸線SRに合わせ、この状態で、中心軸線SRを中心として回転しながら軸方向に移動しつつ、その先端に設けてある溶射ノズル21から溶射用材料23を噴出し、シリンダボア9の内面に溶射皮膜を形成する。
【0013】
そして、このシリンダボア9に対する溶射作業時には、シリンダボア9に隣接する左バンク3のシリンダボア7内に膨張体25を挿入しておく。膨張体25は、内部に流体として例えば空気を供給することで膨張して円筒形状となり、膨張した状態で外面25aがシリンダボア7の内面に密着するもので、耐熱性を有するとともに、前記した溶射用材料23が付着しにくい、袋状に形成した例えばシリコンゴムで構成する。
【0014】
図2は、膨張体25の内部に空気を供給する前の状態を示し、この状態で膨張体25をシリンダボア7内に挿入するが、このとき膨張体25の外面25aはシリンダボア7の内面に対して離間している。
【0015】
上記した膨張体25のシリンダボア7への挿入方向前後両端には、前端支持部材として前端支持板27と、後端支持部材としての後端支持板29とをそれぞれ設けている。これら各支持板27,29は、いずれもシリンダボア7,9の内径より小さい直径の円板状を呈している。
【0016】
後端支持板29は、膨張体25の外部に設置し、前端支持板27に対向する面に膨張体25の後端面25bを固定支持させている。一方、前端支持板27は、膨張体25の内部に設置して膨張体25には固定しておらず、図1に示すように、膨張体25内に空気を供給した状態で、膨張体25に対して離間した状態となる。前端支持板27に対向する膨張体25の前端面25cには、流体噴出口としての空気噴出口25dを複数設けている。
【0017】
膨張体25内には、膨張体軸部31を後端支持板29側から貫通させ、その先端を前端支持板27の中央部に連結固定する。膨張体軸部31内には流体通路としての空気通路31aを形成し、空気通路31aの下流端は、膨張体25内のほぼ中心位置にて空気放出口31bを介して膨張体25内に連通している。
【0018】
次に作用を説明する。溶射ガン19を右バンク5におけるシリンダボア9に挿入して軸方向に移動させつつ回転させながら、先端の溶射ノズル21から溶射用材料23を噴出させることで、シリンダボア9の内面全体に溶射皮膜を形成する。このとき、ワーク架台15の下方からは、図示しない換気装置によってシリンダブロック1内の空気を吸引し、換気エア33を流している。
【0019】
上記した溶射皮膜を形成する際に、図2に示すように、右バンク5のシリンダボア9に隣接する左バンク3のシリンダボア7に対し、クランクケース11と反対側の開口から、空気の供給前であって膨張する前の膨張体25を、中心軸線SLに中心を合わせた状態で挿入する。このとき膨張体25の外面25aはシリンダボア7の内面に対して離間しており、シリンダボア7への挿入作業が容易である。
【0020】
膨張体25を、前端支持板27がシリンダボア7のクランクケース11側の端部付近となるまで挿入したら、図示しない空気供給源から膨張体軸部31内の空気通路31aを経て膨張体25内に空気を供給し、膨張体25を膨張させてその外面25aを、図1に示すようにシリンダボア7の内面に密着させる。膨張体25内に供給した空気は、膨張体25の前端面25cに設けてある空気噴出口25dからクランクケース11側に向けて流出する。
【0021】
ここで、図1に示すように、溶射ガン19が、特にシリンダボア9の最下端に位置し、かつその溶射ノズル21がシリンダブロック隔壁2を向いている状態では、溶射ノズル21から噴出する溶射用材料23の一部が、隣接するシリンダボア7に向けて流れシリンダボア7内に侵入しようとするが、この流れは、外面25aをシリンダボア7の内面に密着させている膨張体25が阻止し、シリンダボア7の内面に対する溶射用材料23の不適正な状態での付着を防止する。
【0022】
このように、流体の供給により膨張する膨張体25を、シリンダボア7に対し、膨張前の状態でクランクケース11と反対側の開口から挿入し、この挿入した膨張体25内に流体を供給して膨張させてその外面25aをシリンダボア7の内面に密着させるようにしたので、マスキング材を、クランクジャーナル部を備えたクランクケース側からシリンダブロック内に挿入する場合に比較して、挿入作業を行う上で制約を受けにくく、挿入作業が容易となる。この場合、特に自動化を行うために、シリンダブロック1を設置するベース側にマスキング材を移動させる機構を設ける必要がなく、設備が簡素化してコスト低下を図ることができ、量産性を高めることができる。
【0023】
また、このとき、空気噴出口25dからクランクケース11に向けて噴出する空気35によって、溶射ノズル21から噴出する溶射用材料23が、クランクケース11の下方に向くよう進行方向が変化するので、溶射用材料23の膨張体25への衝突および付着を防止でき、膨張体25の破損を防止してその長寿命化を達成することができる。
【0024】
そして、膨張体25を、耐熱性があり、かつ溶射用材料23が付着しにくいシリコンゴムで構成することで、膨張体25の破損をより確実に防止することができ、また例え溶射用材料23が膨張体25に微量付着した場合であっても、この付着した溶射用材料23を膨張体25の収縮によって容易に脱落させることができる。
【0025】
さらに、膨張体25のシリンダボア7内への挿入方向前端部(前端面25c)を、図2に示すように、膨張前の状態で前端支持板27に支持させているので、膨張体25のシリンダボア7内への挿入作業が容易となる。
【0026】
一方、膨張体25のシリンダボア7内への挿入方向後端部(後端面25b)を、後端支持板29に固定支持させ、この後端支持板29と前端支持板27との間で、膨張体25を膨張させるので、膨張体25は、両支持板27,29相互間で、外面25aがシリンダボア7の内面に確実に密着し、溶射用材料23のシリンダボア7の内面への付着を確実に防止することができる。
【0027】
また、前端支持板27に、膨張体25内に挿入配置した膨張体軸部31の先端を連結し、この膨張体軸部31の後端側を、後端支持板29を貫通させて膨張体25の外部に引き出し、膨張体軸部31内に形成した空気通路31aから膨張体25内に空気を供給するようにしたので、膨張体25内への空気の供給を容易に行うことができる。
【0028】
上記したような右バンク5におけるシリンダボア9に対する溶射作業を行う際には、左バンク3における他のシリンダボアに対しても、図1に示してあるシリンダボア7と同様に膨張体25をそれぞれ挿入してもよい。
【0029】
この場合には、各膨張体25内に同一の空気供給源から空気をそれぞれ供給することで、シリンダボア9に対する溶射皮膜の形成後、右バンク5における他のシリンダボアに対する溶射皮膜の形成を、隣接する左バンク3側のシリンダボアに溶射用材料を付着させることなく連続して行うことができ、生産性が向上する。
【0030】
なお、このときの各膨張体25への空気供給源は、同一のものを用いずに、個別に設けて隣接する位置のシリンダボアを溶射するときのみ空気を供給するようにしてもよい。
【0031】
右バンク5の各シリンダボア9に対する溶射皮膜の形成後は、溶射ガン19を用いて左バンク3の各シリンダボア7に対して溶射皮膜をそれぞれ形成するが、このときは、上記と同様にして膨張体25をシリンダボア9に挿入した後、空気を供給して膨張させ、溶射ガン19から噴出する溶射用材料の、既に溶射作業が終了しているシリンダボア9への付着を防止する。
【0032】
なお、上記した実施形態では、膨張体25に供給する流体として空気を使用したが、水や潤滑油などの液体を使用しても、空気を使用した場合と同様の効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明の一実施形態に係わるシリンダブロックの溶射マスキング方法を示す断面図である。
【図2】図1のマスキング方法に使用する膨張体の膨張前の状態を示す断面図である。
【符号の説明】
【0034】
7,9 シリンダボア
11 クランクケース
19 溶射ガン
23 溶射用材料
25 膨張体
25a 膨張体の外面
25b 膨張体の後端面(膨張体のシリンダボア内への挿入方向後端部)
25c 膨張体の前端面(膨張体のシリンダボア内への挿入方向前端部)
25d 膨張体の空気噴出口(流体噴出口)
27 前端支持板(前端支持部材)
29 後端支持板(後端支持部材)
31 膨張体軸部
31a 空気通路(流体通路)
35 クランクケースに向けて噴出する空気(流体噴出口から噴出する流体)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶射ガンから溶射用材料を噴出してシリンダボアの内面に溶射皮膜を形成する際に、前記シリンダボアに隣接するシリンダボア内に、流体の供給を内部に受けて膨張する膨張体を、膨張前の状態でクランクケースと反対側の開口から挿入し、この挿入した膨張体内に流体を供給して膨張させることで、この膨張した膨張体の外面を前記シリンダボアの内面に密着させることを特徴とするシリンダブロックの溶射マスキング方法。
【請求項2】
前記膨張体の前記シリンダボア内への挿入方向前端部に流体噴出口を設け、この流体噴出口から噴出する流体を、クランクケース内に向けて流すことを特徴とする請求項1に記載のシリンダブロックの溶射マスキング方法。
【請求項3】
前記膨張体をシリコンゴムで構成したことを特徴とする請求項1または2に記載のシリンダブロックの溶射マスキング方法。
【請求項4】
前記膨張体の前記シリンダボア内への挿入方向前端部を、膨張体内に設置した前端支持部材に膨張前の状態で支持させることを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1項に記載のシリンダブロックの溶射マスキング方法。
【請求項5】
前記膨張体の前記シリンダボア内への挿入方向後端部を後端支持部材に固定支持させ、この後端支持部材と前記前端支持部材との間で、前記膨張体を膨張させることを特徴とする請求項4に記載のシリンダブロックの溶射マスキング方法。
【請求項6】
前記前端支持部材に、前記膨張体内に挿入配置した膨張体軸部の先端を連結し、この膨張体軸部の後端側を、前記後端支持部材を貫通させて前記膨張体の外部に引き出し、前記膨張体軸部内に形成した流体通路から前記膨張体内に流体を供給することを特徴とする請求項5に記載のシリンダブロックの溶射マスキング方法。
【請求項7】
溶射ガンから溶射用材料を噴出してシリンダボアの内面に溶射皮膜を形成する際に、前記シリンダボアに隣接するシリンダボア内に、クランクケースと反対側の開口から、膨張前の状態で挿入され、挿入後に流体の供給を内部に受けて膨張し、外面が前記シリンダボアの内面に密着する膨張体を設けたことを特徴とするシリンダブロックの溶射マスキング装置。
【請求項8】
前記膨張体は、供給された流体をクランクケース側に向けて流す流体噴出口を備えていることを特徴とする請求項7に記載のシリンダブロックの溶射マスキング装置。
【請求項9】
前記膨張体をシリコンゴムで構成したことを特徴とする請求項7または8に記載のシリンダブロックの溶射マスキング装置。
【請求項10】
前記膨張体の前記シリンダボア内への挿入方向前端部を、膨張体内に設置した前端支持部材に膨張前の状態で支持させることを特徴とする請求項7ないし9のいずれか1項に記載のシリンダブロックの溶射マスキング装置。
【請求項11】
前記膨張体の前記シリンダボア内への挿入方向後端部を後端支持部材に固定支持させ、この後端支持部材と前記前端支持部材との間で、前記膨張体を膨張させることを特徴とする請求項10に記載のシリンダブロックの溶射マスキング装置。
【請求項12】
前記前端支持部材に、前記膨張体内に挿入配置した膨張体軸部の先端を連結し、この膨張体軸部の後端側を、前記後端支持部材を貫通させて前記膨張体の外部に引き出し、前記膨張体軸部内に、前記膨張体内に流体を供給する流体通路を設けたことを特徴とする請求項11に記載のシリンダブロックの溶射マスキング装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−291336(P2006−291336A)
【公開日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−117220(P2005−117220)
【出願日】平成17年4月14日(2005.4.14)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】