説明

シーム溶接性に優れた高強度鋼板

【課題】シーム溶接性に優れた引張強度が1180MPa以上の高強度鋼板を提供する。
【解決手段】鋼板の化学成分が、C:0.12〜0.40%、Si:0.5%以下(0%を含む)、Mn:1.5%以下(0%を含まない)、Al:0.15%以下(0%を含まない)、N:0.01%以下(0%を含まない)、P:0.02%以下(0%を含まない)、S:0.01%以下(0%を含まない)、Ti:0.2%以下(0%を含まない)、およびB:0.01%以下(0%を含まない)を満たし、残部が鉄および不可避不純物からなると共に、Ceq1(=C+Mn/5+Si/13)が0.50%以下であり、鋼組織がマルテンサイト単一組織であり、かつ引張強度が1180MPa以上であることを特徴とするシーム溶接性に優れた高強度鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シーム溶接性に優れた高強度鋼板に関するものであり、特には、シーム溶接性に優れた引張強度が1180MPa以上の高強度鋼板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の安全性、軽量化のため、自動車用鋼板の高強度化が進んでいる。一方で、自動車用鋼部品製造時には上記鋼板の溶接性が求められており、高強度と優れた溶接性を兼備する鋼板が要求されている。鋼板を高強度化する方法として、一般に合金成分の増量が行われているが、合金成分量を増加させると、溶接性は劣化する傾向にある。
【0003】
優れた溶接性を確保するには低合金成分とする(合金成分量を少なくする)ことが好ましく、溶接性と高強度を兼備するには、高強度鋼板(特には引張強度が1180MPa以上の鋼板)を低合金成分で得るため、鋼板組織をマルテンサイト単相組織とすることが行われている。
【0004】
ところで、高強度鋼板の中には、部品形状に加工する際に、シーム溶接を行うものがある。シーム溶接は、抵抗溶接の一種であり、この抵抗溶接にはシーム溶接以外にスポット溶接がある。スポット溶接は、鋼板の1点を電極ではさんで溶接するため、入熱後すぐに空冷される。これに対しシーム溶接は、鋼板を電極輪ではさみこみ線状に溶接するため、溶接初期に形成された溶接部は次に溶接された溶接部の入熱の影響を受ける。よって、スポット溶接とは入熱の過程が異なる。また、連続的に溶接するため既形成のナゲットへの分流が起こるといった溶接条件の違いもある。
【0005】
溶接性確保の観点から、低合金成分とすることが好ましいと上述したが、この様に低合金成分のマルテンサイト鋼板(高強度鋼板)とした場合であっても、シーム溶接を行うと、溶接部(以下、「シーム溶接部」ということがある)の剥離強度が不足するといった問題がある。よって、上記高強度鋼板において、シーム溶接部の剥離強度を高めることが要求されている。また、シーム溶接部の曲げ加工性を更に具備することも望まれている。
【0006】
低合金成分のマルテンサイト鋼板に関する技術として、以下のようなものがある。例えば特許文献1には、Fe−C系の析出物を制御することで水素脆化の発生しないマルテンサイト主体組織の鋼板が開示されている。しかし、溶接性(特に、シーム溶接した場合のシーム溶接部の特性)に関しては一切考慮されていない。
【0007】
また、抵抗溶接に関する技術として以下のようなものがある。例えば特許文献2には、Mn添加量を制限することで溶接部の接合強度を改善する旨が記載されている。しかし、上記抵抗溶接の中でも特にシーム溶接に限定して検討されたものではなく、シーム溶接に適した成分組成ではないと思われる。
【0008】
更に特許文献3には、Si量を制限してシーム溶接性を改善する旨が記載されている。しかし具体的に検討されているのは、シーム溶接後に形成されるナゲット部の硬度低減であって、シーム溶接部の剥離強度については考慮されていない。また、シーム溶接部の加工性についても検討されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平07−197183号公報
【特許文献2】特開2007−332452号公報
【特許文献3】特開2002−363650号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は上記の様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、引張強度が1180MPa以上の高強度を示すと共に、シーム溶接部の剥離強度が高い(以下、この特性を「シーム溶接性に優れた」ということがある)鋼板(更には、シーム溶接部の加工性にも優れた鋼板)を得ることにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決し得た本発明のシーム溶接性に優れた高強度鋼板は、
C:0.12〜0.40%(化学成分において%は質量%の意味、以下同じ)、
Si:0.5%以下(0%を含む)、
Mn:1.5%以下(0%を含まない)、
Al:0.15%以下(0%を含まない)、
N:0.01%以下(0%を含まない)、
P:0.02%以下(0%を含まない)、
S:0.01%以下(0%を含まない)、
Ti:0.2%以下(0%を含まない)、および
B:0.01%以下(0%を含まない)を満たし、
残部が鉄および不可避不純物からなると共に、
下記式(1)で示されるCeq1が0.50%以下であり、
鋼組織がマルテンサイト単一組織であり、かつ
引張強度が1180MPa以上であるところに特徴を有する。
Ceq1=C+Mn/5+Si/13 …(1)
[式(1)において、C、Mn、Siは、それぞれ鋼中のC量(%)、Mn量(%)、Si量(%)を示す]
【0012】
前記高強度鋼板は、更に、下記式(2)で示されるCeq2が0.43%以下であることが好ましい。
Ceq2=C+Mn/7.5 …(2)
[式(2)において、C、Mnは、それぞれ鋼中のC量(%)、Mn量(%)を示す]
【0013】
前記高強度鋼板は、更に他の元素として、Cr:2.0%以下(0%を含まない)を含んでいてもよい。
【0014】
前記高強度鋼板は、更に他の元素として、Cu:0.5%以下(0%を含まない)および/またはNi:0.5%以下(0%を含まない)を含んでいてもよい。
【0015】
また前記高強度鋼板は、更に他の元素として、V:0.1%以下(0%を含まない)および/またはNb:0.1%以下(0%を含まない)を含んでいてもよい。
【0016】
本発明には、前記高強度鋼板に、溶融亜鉛めっきが施された溶融亜鉛めっき鋼板や、前記高強度鋼板に、合金化溶融亜鉛めっきが施された合金化溶融亜鉛めっき鋼板も含まれる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、1180MPa以上の高強度を示し、かつシーム溶接部の剥離強度が高い鋼板(更には、シーム溶接部の加工性にも優れた鋼板)を実現できる。この鋼板は、高強度かつシーム溶接部の高い剥離強度(更には、シーム溶接部の優れた加工性)が要求される、例えばバンパー等の自動車用高強度鋼部品の製造に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は、本発明で規定のCeq1とシーム溶接部の剥離強度との関係を示したグラフである。
【図2】図2は、本発明で規定のCeq2とR/tとの関係を示したグラフである。
【図3】図3は、実施例におけるピール試験用および曲げ試験用のシーム溶接試料の概略斜視図である。
【図4】図4は、実施例におけるせん断引張試験用のシーム溶接試料の概略斜視図である。
【図5】図5は、実施例におけるピール試験の方法を示した模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、特に、高強度鋼板のシーム溶接部の剥離強度を確保するには、下記に示す化学成分組成を満たすようにする(即ち、比較的低合金成分とし、かつ、シーム溶接部の高い剥離強度を確保する観点から、特にMnを1.5%以下とする)と共に、特に下記のCeq1を制御することが重要であることを見出し、本発明を完成した。以下、本発明について詳述する。
【0020】
[Ceq1(C+Mn/5+Si/13)が0.50%以下]
溶接性を評価するための溶接部の強度として、剥離強度やせん断引張強度が挙げられる。本発明者らは、従来の鋼板のシーム溶接部についてこれらの強度を確認したところ、高いせん断引張強度は確保できるが、剥離強度が低下する場合があった。
【0021】
そこで、溶接部の強度として、高いせん断引張強度と共に、高い剥離強度を示す鋼板を得るべく、以下の検討を行った。即ち、一般に溶接性に影響を及ぼすといわれている炭素当量の式をもとに、特に、シーム溶接部の剥離強度と相関関係のある式を求めるべく、鋼中の化学成分量とシーム溶接部の剥離強度との関係について調べた。その結果、下記式(1)に示すC、MnおよびSiを変数とするCeq1が、シーム溶接部の剥離強度と相関関係にあることをまず見出した。
【0022】
そして次に、本発明者らは、シーム溶接部の剥離強度:10N/mm以上を達成させるには、上記Ceq1の数値範囲をどの程度とすればよいかについて検討を行った。詳細には、種々のCeq1の鋼板を用い、後述する実施例に示す通り、シーム溶接を行ってシーム溶接部の剥離強度を測定し、Ceq1とシーム溶接部の剥離強度との関係を整理した。その結果を図1に示す。この図1に用いられたデータは全て、C、MnおよびSiが後述する各成分範囲を満足するものである。
【0023】
この図1より、Ceq1が低下するにつれて上記剥離強度は上昇する傾向にあり、シーム溶接部の剥離強度:10N/mm以上を達成させるには、Ceq1を0.50%以下とすればよいことがわかる。Ceq1は、好ましくは0.48%以下、より好ましくは0.45%以下、更に好ましくは0.43%以下、より更に好ましくは0.40%以下である。尚、Ceq1の下限は特に限定されず、本発明における化学成分組成の範囲からは、おおよそ0.12%程度である。
Ceq1=C+Mn/5+Si/13 ・・・(1)
[式(1)において、C、Mn、Siは、それぞれ鋼中のC量(%)、Mn量(%)、Si量(%)を示す]
【0024】
更に、シーム溶接部の優れた加工性をも確保するには、下記のCeq2を制御すればよいことも見出した。
【0025】
[Ceq2(C+Mn/7.5)が0.43%以下]
本発明者らは、更にシーム溶接部の優れた加工性をも具備した鋼板を得るべく、以下の検討を行った。即ち、鋼中の化学成分量とシーム溶接部の加工性との関係について調べた。その結果、下記式(2)に示すCおよびMnを変数とするCeq2が、シーム溶接部の加工性と相関関係にあることをまず見出した。
【0026】
そして次に、本発明者らは、シーム溶接部の加工性として、後述する「限界曲げR(R)/t:5.0未満」を達成させるには、上記Ceq2の数値範囲をどの程度とすればよいかについて検討を行った。詳細には、種々のCeq2の鋼板を用い、後述する実施例に示す通り、シーム溶接を行った後、シーム溶接部の曲げ試験を行って、Ceq2とR/tとの関係を整理した。その結果を図2に示す。
【0027】
この図2より、Ceq2が低下するにつれて上記R/tは小さくなる傾向にあり、R/t:5.0未満を確実に達成させるには、Ceq2を0.43%以下とすればよいことがわかる。Ceq2は、より好ましくは0.41%以下、更に好ましくは0.39%以下である。尚、Ceq2の下限は特に限定されず、本発明における化学成分組成の範囲からは、おおよそ0.12%程度である。
Ceq2=C+Mn/7.5 …(2)
[式(2)において、C、Mnは、それぞれ鋼中のC量(%)、Mn量(%)を示す]
【0028】
本発明では、上記Ceq1(好ましくは、更にCeq2)の制御によるシーム溶接部の高い剥離強度(更には、シーム溶接部の優れた加工性)を損ねることなく、引張強度が1180MPa以上の高強度を確保し、かつ鋼板に要求されるその他の特性(靭性、延性等)を確保するには、鋼板における各元素の含有量も、下記の通り制御する必要がある。
【0029】
[C:0.12〜0.40%]
Cは、焼入れ性を高めて高強度を確保するのに必要な元素であるため、0.12%以上(好ましくは0.15%以上、より好ましくは0.20%以上)含有させる。しかしC量が過剰であると、シーム溶接部の剥離強度が低下したり、母材や溶接部の靭性が低下する。また、焼入れ部に遅れ破壊が生じやすくなる。よって、C量は0.40%以下、好ましくは0.36%以下、より好ましくは0.33%以下、更に好ましくは0.30%以下とする。
【0030】
[Si:0.5%以下(0%を含む)]
Siは、焼戻し軟化抵抗に有効な元素であり、また固溶強化による強度向上にも有効な元素である。これらの効果を発揮させる観点からは、Siを0.02%以上含有させることが好ましい。しかしSiはフェライト生成元素であるため、多く含まれると、焼入れ性が損なわれて高強度を確保することが難しくなる。よってSi量は0.5%以下とする。好ましくは0.4%以下、より好ましくは0.2%以下、更に好ましくは0.1%以下、より更に好ましくは0.05%以下である。
【0031】
[Mn:1.5%以下(0%を含まない)]
Mnは、焼入れ性を向上させて強度を高めるのに有効な元素である。こうした効果を発揮させるには、0.1%以上含有させることが好ましい。より好ましくは0.5%以上、更に好ましくは0.8%以上である。しかしMn量が過剰であると、シーム溶接部の剥離強度が低下する。よって、Mn量は1.5%以下とする。好ましくは、1.3%以下である。
【0032】
[Al:0.15%以下(0%を含まない)]
Alは、脱酸剤として添加される元素であり、また鋼の耐食性を向上させる効果もある。これらの効果を十分発揮させるには、0.050%以上含有させることが好ましい。より好ましくは0.060%以上である。しかし過剰に含まれていると、C系介在物が多量に生成して表面疵の原因となるので、その上限を0.15%とする。好ましくは0.14%以下、より好ましくは0.10%以下、更に好ましくは0.07%以下である。
【0033】
[N:0.01%以下(0%を含まない)]
N量が過剰であると、窒化物の析出量が増大し、靭性に悪影響を与える。よってN量は、0.01%以下とする。好ましくは0.008%以下、より好ましくは0.006%以下である。尚、製鋼上のコスト等を考慮すると、N量は通常0.001%以上となる。
【0034】
[P:0.02%以下(0%を含まない)]
Pは、鋼を強化する作用を有するが、脆性により延性を低下させるので、0.02%以下に抑える。好ましくは0.01%以下であり、より好ましくは0.006%以下である。
【0035】
[S:0.01%以下(0%を含まない)]
Sは、硫化物系の介在物を生成し、母材の加工性、シーム溶接を含む溶接全般の溶接性を劣化させるため、少ないほどよく、本発明では0.01%以下に抑える。好ましくは0.005%以下、より好ましくは0.003%以下である。
【0036】
[Ti:0.2%以下(0%を含まない)]
Tiは、TiNとしてNを固定することで、Bと複合添加した際にBの焼入れ性を最大限引き出すのに有効に作用する。またTiは、耐食性を向上させたり、TiCの析出により耐遅れ破壊性を向上させるのに有効な元素でもあり、この効果は、特に引張強度が980MPaを超える鋼板で有効に発揮される。これらの効果を十分に発揮させるには、0.01%以上(より好ましくは0.03%以上、更に好ましくは0.05%以上)含有させることが好ましい。しかし過剰に含まれると延性や母材の加工性が劣化するため、上限は0.2%(好ましくは0.15%以下、より好ましくは0.10%以下)とする。
【0037】
[B:0.01%以下(0%を含まない)]
Bは、シーム溶接部の剥離強度を低下させることなく焼入れ性を高めるのに有効な元素である。この様な効果を十分に発揮させるには、0.0001%以上(より好ましくは0.001%以上、更に好ましくは0.005%以上)含有させることが好ましい。しかし、過剰に含まれると延性が低下するため、上限は0.01%以下(好ましくは0.0080%以下、より好ましくは0.0065%以下)とする。
【0038】
本発明鋼材の成分は上記の通りであり、残部は鉄および不可避不純物である。該不可避不純物として、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる元素の混入が許容され得る。
【0039】
また、上記元素に加えて更に、下記に示す通り(a)Cr、(b)Cuおよび/またはNi、(c)Vおよび/またはNbを適量含有させることもできる。
【0040】
[Cr:2.0%以下(0%を含まない)]
Crは、焼入れ性向上により強度を高めるのに有効な元素である。またCrは、マルテンサイト組織鋼の焼戻し軟化抵抗を高めるのに有効な元素である。これらの効果を十分に発揮させるには、0.01%以上(より好ましくは0.05%以上)含有させることが好ましい。しかし、過剰に含まれると、耐遅れ破壊性を劣化させるため、上限は2.0%以下(より好ましくは1.7%以下)とすることが好ましい。
【0041】
[Cu:0.5%以下(0%を含まない)および/またはNi:0.5%以下(0%を含まない)]
Cu、Niは、耐食性向上により耐遅れ破壊性を向上させるのに有効な元素である。この様な効果は、特に引張強度が980MPaを超える鋼板で有効に発揮される。該効果を十分発揮させるには、Cuの場合、0.01%以上(より好ましくは0.05%以上)含有させることが好ましく、またNiの場合も、0.01%以上(より好ましくは0.05%以上)が含有させることが好ましい。しかし、過剰に含まれると延性や母材の加工性が低下するため、Cu、Niの上限はいずれも0.5%以下(より好ましくは0.4%以下)とすることが好ましい。
【0042】
[V:0.1%以下(0%を含まない)および/またはNb:0.1%以下(0%を含まない)]
V、Nbはいずれも、強度の向上、およびγ(オーステナイト)粒微細化による焼入れ後の靭性改善に有効な元素である。該効果を十分発揮させるには、V、Nbいずれの場合も0.003%以上(より好ましくは0.02%以上)含有させることが好ましい。しかし、上記元素が過剰に含まれると、炭窒化物などの析出が増大し、母材の加工性および耐遅れ破壊性が低下する。よって、V、Nbいずれの場合も、0.1%以下(より好ましくは0.05%以下)とすることが好ましい。
【0043】
更に他の元素として、例えば、Se、As、Sb、Pb、Sn、Bi、Mg、Zn、Zr、W、Cs、Rb、Co、La、Tl、Nd、Y、In、Be、Hf、Tc、Ta、O、Ca等を、耐食性や耐遅れ破壊性を改善する目的で、合計0.01%以下含有させてもよい。
【0044】
[鋼組織について]
本発明の鋼板は、より高い強度(1180MPa以上、好ましくは1200MPa以上、より好ましくは1270MPa以上)を示すものである。この様な高強度は、例えば自動車用鋼板として要求される。上記高強度を達成させるにあたり、鋼組織が、フェライトの多い組織であると、高強度確保のために合金元素を増加させなければならず、結果として、上述した通りシーム溶接性が劣化するため、高強度と優れたシーム溶接性の兼備が難しくなる。よって本発明では、マルテンサイト組織の単一組織とし、合金元素量を抑える。
【0045】
尚、上記マルテンサイト組織の単一組織とは、マルテンサイト組織を94面積%以上(特には97面積%以上、100面積%でもよい)含む意味である。
【0046】
本発明の鋼板には、上記マルテンサイト組織以外に、製造工程で不可避的に含まれうる組織(フェライト組織、ベイナイト組織、残留オーステナイト組織等)も含みうる。
【0047】
本発明は、製造方法を特に限定するものではないが、本発明の鋼組織を容易に得るには、焼鈍処理を下記条件で行うことが推奨される。焼鈍処理以外は、一般的な条件を採用することができる。例えば、冷延鋼板を用いて下記条件の焼鈍処理を行う場合、常法に従って溶製し、連続鋳造によりスラブ等の鋼片を得た後、1100℃〜1250℃程度に加熱し、次いで熱間圧延を行い、巻き取った後に酸洗し、冷間圧延して鋼板を得ることができる。そして、次いで行う焼鈍処理を下記条件で行うことが推奨される。
【0048】
即ち、焼鈍温度は850℃以上とし、かつこの焼鈍温度で5〜300秒間保持することによって、まずγ単相組織とすることが好ましい。焼鈍温度が850℃未満ではγ単相組織が得られず、急冷後にマルテンサイト単相組織が得られにくい。
【0049】
上記焼鈍後は、600℃以上の温度(焼入れ開始温度)から、急冷(50℃/s以上)で室温まで冷却するのがよい。この焼入れ開始温度が600℃未満であるか、または冷却速度が50℃/s未満ではフェライト組織が析出してしまい、マルテンサイト単相組織が得られにくいからである。
【0050】
上記室温まで冷却後は、100〜600℃まで再加熱し、該温度域で0〜1200秒間保持する焼戻しを行って母材靭性を確保するのがよい。
【0051】
上記焼鈍処理は、下記溶融亜鉛めっき鋼板や合金化溶融亜鉛めっき鋼板を得る場合には、例えば溶融亜鉛めっきラインにおいて行うことができる。
【0052】
本発明には、冷延鋼板だけでなく、熱延鋼板も含まれる。また、これら熱延鋼板や冷延鋼板に、溶融亜鉛めっきを施して得られる溶融亜鉛めっき鋼板(GI鋼板)や、溶融亜鉛めっきを施した後、これを合金化処理して得られる合金化溶融亜鉛めっき鋼板(GA鋼板)も含まれる。これらのめっき処理を施すことによって耐食性を向上させることができる。尚、これらのめっき処理方法や合金化処理方法については、一般的に行われている条件を採用すればよい。
【0053】
本発明の高強度鋼板は、例えば自動車用高強度鋼部品、具体的には、例えばバンパー、フロントやリア部のサイドメンバなどの衝突部品をはじめ、センターピラーレインフォースなどのピラー類、ルーフレールレインフォース、サイドシル、フロアメンバー、キック部などの車体構成部品等の製造に用いることができる。
【実施例】
【0054】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0055】
表1に示す成分組成(残部は鉄および不可避不純物)を満たす鋼を溶製した。詳細には、転炉で一次精錬後に、取鍋にて脱硫を実施した。また、必要に応じて取鍋精錬後に真空脱ガス(例えばRH法)処理を実施した。その後、常法により連続鋳造を実施してスラブを得た。そして熱間圧延、常法で酸洗、冷間圧延を順次行って、板厚1.0mmの鋼板を得た。次いで、連続焼鈍を行った。連続焼鈍では、表2に示す焼鈍温度で120秒保持後、表2に示す焼入れ開始温度まで冷却速度10℃/sで冷却し、次いで、焼入れ開始温度から室温まで急冷(平均冷却速度50℃/s以上)し、更に、表2に示す焼戻し温度まで再加熱し、該温度で100秒保持した。尚、上記熱間圧延の条件は以下のとおりである。
【0056】
(熱間圧延の条件)
加熱温度:1250℃
仕上温度:880℃
巻取り温度:700℃
仕上厚さ:2.3〜3.2mm
上記のようにして得られた鋼板を用い、下記に示す条件で各種特性の評価を行った。
【0057】
[鋼組織の面積率の測定]
1.0mm×20mm×20mmの試験片の圧延方向と平行な断面を研磨し、ナイタール腐食を行った後に、t×1/4部(tは板厚)について1000倍でSEMにて観察を行った。
【0058】
そして、任意の10視野(1視野のサイズは90μm×120μm)において、縦横それぞれ等間隔に10本の線を引き、その交点が、マルテンサイト組織である交点の数またはマルテンサイト以外の組織(フェライト組織)である交点の数を、それぞれ全交点の数で割り、マルテンサイト組織の面積率、マルテンサイト以外の組織(フェライト組織)の面積率とした。その結果を表2に示す。
【0059】
[引張特性の評価]
引張強度(TS)は、鋼板の圧延方向に垂直な方向が長手方向となるようにJIS5号引張試験片を鋼板から採取し、JIS Z 2241に規定の方法に従って測定した。
そして本実施例では、引張強度が1180MPa以上のものを高強度であると評価した。その結果を表2に示す。参考のため、鋼板の降伏強度(YP)、伸び(EL)も表2に示している。
【0060】
[シーム溶接条件]
後述するピール試験、せん断引張試験、溶接部曲げ試験に供する試料を作製すべく、シーム溶接を下記条件で行った。
【0061】
即ち、試験片を1.0mm×250mm(圧延方向)×150mm(圧延方向と垂直な方向)のサイズに切断した。そして、ピール試験用、溶接部曲げ試験用として、図3に示すとおり、鋼板を2枚重ね合わせ、鋼板の端から30mmの位置を圧延方向と垂直な方向に、シーム溶接を下記条件で行った。また、せん断引張試験用として、図4に示すとおり、鋼板の圧延方向と垂直な方向を30mmラップさせ、ラップ部の中心を圧延方向に、シーム溶接を下記条件で行った。
【0062】
(シーム溶接の条件)
溶接機:RUG−150V1
電極輪:上8mm、下12mm(平坦)
加圧力:900kgf
溶接電流:14〜20kA
速度:2m/min
【0063】
尚、溶接部に形成されたナゲットのサイズを次の通り測定した。即ち、上記溶接した板材(本実施例では図4の通り溶接した板材を使用)から20mm(圧延方向と垂直な方向)×20mm(圧延方向)の試験片を切断し、JIS Z 3141(1996)に示されている通り、溶接線に垂直な断面をナイタール腐食し、光学顕微鏡を用いて倍率を10倍で観察し、ナゲット径を測定した。その結果、後述する表1,2のNo.1〜30のいずれにおいても、ナゲット径は5〜8mmの範囲内にあり、ナゲットは正常に形成されていることを確認した。
【0064】
[ピール試験(シーム溶接部の剥離強度の測定)]
上記溶接した板材から、125mm(圧延方向と垂直な方向)×15mm(圧延方向)の試験片を、試験片の溶接部が溶接線の中央部(図3のC)に位置するように切断した。そしてこの試験片を用い、溶接部に歪が入らないように万力で押さえながら、図5に示す通り、溶接部の端から10mmの位置を90°に曲げる曲げ加工を行った。この様にして得られたピール試験用試料を用い、ピール試験を下記の条件で行って、溶接部が剥離するまでの最高荷重を測定し、最高荷重をナゲット断面積(ナゲット径×15mm)で割り剥離強度とした。1鋼種につき、上記ピール試験用試料を3つ用意して試験を行い、剥離強度を求めて、平均値(n=3)を算出した。
そして、剥離強度が10N/mm以上である場合を、シーム溶接部の剥離強度が高いと評価した。その結果を表2に示す。
【0065】
(ピール試験の条件)
試験機:島津製作所製 100kNオートグラフ引張試験機
歪速度:10mm/min
【0066】
[せん断引張試験]
上記溶接した板材から、JIS Z 3136に従って試験片を作製し、下記の条件で試験を行って破断するまでの最高荷重を測定した。1鋼種につき、上記試験片3つを用意して試験を行い、せん断引張強度を求めて、平均値(n=3)を算出した。
そして、せん断引張強度が20kN以上である場合を、せん断引張強度が高いと評価した。その結果を表2に示す。
【0067】
(せん断引張試験の条件)
試験機:島津製作所製 100kNオートグラフ引張試験機
歪速度:10mm/min
【0068】
[溶接部曲げ試験(シーム溶接部の加工性の評価)]
溶接部に沿って、30mm(圧延方向と垂直な方向)×100mm(圧延方向)の試験片を、試験片の溶接部が中心軸となり、かつ試験片の溶接部の中心が溶接線の中央部(図3のC)に位置するように切断した。そしてこの試験片を用い、下記条件で測定を行い、曲げ加工部にクラックが生じなかった最大の曲げRをR(限界曲げR)とし、R/t(tは板厚)を求めた。1鋼種につき、上記試験片3つを用意して試験を行い、R/tを求めて、平均値(n=3)を算出した。
そして、R/tが5.0未満の場合を、シーム溶接部の加工性に優れていると評価した。その結果を表2に示す。
【0069】
(溶接部曲げ試験の条件)
試験機:アイダエンジニアリング(株)製 NC1−80(2)−B
台幅:2R+3t (R:曲げR、t;板厚)
曲げR:2R、3R、5R、10R
【0070】
【表1】

【0071】
【表2】

【0072】
表1および2より次の様に考察できる。即ち、本発明の成分組成を満たすもの(鋼種No.1〜16)は、高強度であり、かつシーム溶接部のせん断引張強度のみならず、剥離強度も高い。尚、鋼種No.4の結果より、シーム溶接部の優れた加工性も併せて具備させるには、Ceq2を推奨される範囲内とすることが好ましいことがわかる。
【0073】
これに対し、本発明の成分組成を満たさないもの(鋼種No.17〜30)は、ナゲットは正常に形成され、せん断引張強度は高いが、シーム溶接部の剥離強度が不足する結果となった。
【0074】
詳細には、鋼種No.17は、Mn量が過剰であるため、シーム溶接部の剥離強度が低くなった。
【0075】
鋼種No.18、20〜22、24〜27は、Mn量が過剰であり、かつCeq1も規定値を上回っているため、シーム溶接部の剥離強度が低くなった。
【0076】
鋼種No.19、23、29および30は、Ceq1が規定値を上回っているため、シーム溶接部の剥離強度が低くなった。
【0077】
鋼種No.28は、C量が過剰であるため、シーム溶接部の剥離強度が低くなった。
【0078】
尚、No.18、19、21〜24、28および29の結果から、シーム溶接部の優れた加工性を確保するには、Ceq2を推奨される範囲内とすることが好ましいことがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板の化学成分が、
C:0.12〜0.40%(化学成分において%は質量%の意味、以下同じ)、
Si:0.5%以下(0%を含む)、
Mn:1.5%以下(0%を含まない)、
Al:0.15%以下(0%を含まない)、
N:0.01%以下(0%を含まない)、
P:0.02%以下(0%を含まない)、
S:0.01%以下(0%を含まない)、
Ti:0.2%以下(0%を含まない)、および
B:0.01%以下(0%を含まない)を満たし、
残部が鉄および不可避不純物からなると共に、
下記式(1)で示されるCeq1が0.50%以下であり、
鋼組織がマルテンサイト単一組織であり、かつ
引張強度が1180MPa以上であることを特徴とするシーム溶接性に優れた高強度鋼板。
Ceq1=C+Mn/5+Si/13 …(1)
[式(1)において、C、Mn、Siは、それぞれ鋼中のC量(%)、Mn量(%)、Si量(%)を示す]
【請求項2】
更に、下記式(2)で示されるCeq2が0.43%以下である請求項1に記載の高強度鋼板。
Ceq2=C+Mn/7.5 …(2)
[式(2)において、C、Mnは、それぞれ鋼中のC量(%)、Mn量(%)を示す]
【請求項3】
更に他の元素として、Cr:2.0%以下(0%を含まない)を含む請求項1または2に記載の高強度鋼板。
【請求項4】
更に他の元素として、Cu:0.5%以下(0%を含まない)および/またはNi:0.5%以下(0%を含まない)を含む請求項1〜3のいずれかに記載の高強度鋼板。
【請求項5】
更に他の元素として、V:0.1%以下(0%を含まない)および/またはNb:0.1%以下(0%を含まない)を含む請求項1〜4のいずれかに記載の高強度鋼板。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の高強度鋼板に、溶融亜鉛めっきが施された溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれかに記載の高強度鋼板に、合金化溶融亜鉛めっきが施された合金化溶融亜鉛めっき鋼板。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−36112(P2013−36112A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−175281(P2011−175281)
【出願日】平成23年8月10日(2011.8.10)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】