説明

シール軸受

【課題】内外のリップをもったシールで二重の接触シールを形成するシール軸受において、ミスアライメント発生時のシール性能低下を防止する。
【解決手段】内外両方の軌道輪10、20を正規に配置したとき、軌道輪20に装着されたシール50の内側リップ51が、リップ前面51a側で軌道輪10の段差部に形成された内側密封面13とアキシアル内部すきまの半分δ1、δ2より大きなアキシアル方向締め代δaをもって面接触し、かつミスアライメント発生に伴う内側密封面13の変位に追随可能な軌道輪幅面12側への反り変形を生じた状態になるようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、転がり軸受に接触シールが付いたシール軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の車軸用等速ジョイントのサポート軸受に代表されるように、高い耐泥水性が求められるシール軸受においては、軸受内側にラジアル接触タイプの接触シールを設け、さらに、軸受外側に設けたスリンガ、又はラジアル接触タイプの接触シールを設けた2重構造により泥水浸入に対応している。さらに、前記サポート軸受のように内外輪間に大きなミスアライメントが生じ得るものでは、前記2重の接触シールを採用するとき、シールリップを外輪側と内輪側に別々に設けることにより対策したものもある。
【0003】
前記スリンガを採用すると、ミスアライメント時にシール上で締め代の強弱が異なる箇所が発生するため、リップと密封面の接触円周上で耐泥水性の低い部分が生じてしまい、耐泥水性能が周辺構造に依存する。内外に2枚に接触シールを設ける場合、両シールがそれぞれ独立しており、両シールの機能を満足させるには、シール2枚分の密封面の確保が必要である。このため、軸受幅が大きく、コンパクト化の支障になる。近年、軸受幅のコンパクト化の要求が高まっている。
【0004】
これらを改善する省スペース化、耐グリース漏洩性、及び耐ダスト性の向上を目的として、1つのシールのエラストマ部に含めた内側リップと、軌道輪の段差部とでシール機能が得られ、そのエラストマ部に含めた外側リップと、その軌道輪の段差部より軌道輪幅面側に形成された外側密封面とでシール機能を得るようにしたシール軸受が提案されている(特許文献1〜3)。
【0005】
特許文献1等のシール軸受は、軌道輪幅面側を軌道側より低くする径寸変化の急な段差部に内側密封面を形成しているので、内側密封面の幅を短くすることができる。また、内側リップと外側リップと軌道輪とでグリース溜りを形成しているので、耐漏洩性を向上させることもできる。
【0006】
中でも、特許文献2、3のシール軸受は、内側密封面と内側リップとが接触シールを形成するため、段差部と内側リップとの間にアキシアル方向のクリアランスが必要な特許文献1のものと比して、内側でのシール性能に優れ、シール設置スペースのコンパクト化にも有利である。また、一方の軌道輪中心軸が他方の軌道輪中心軸に対して傾いたミスアラインメントの場合、任意の同じ円周方向領域において、一方のリップと対応密封面との間の締め代が減少し、他方のリップと対応密封面との間の締め代が増す。このため、全周に亘って、少なくとも内外いずれかのリップと対応密封面との接触を確保することができる。特に、特許文献2のシール軸受は、円筒面状の外側密封面をもっているので、純アキシアル方向のミスアライメント発生時、外側リップと外側密封面との間の締め代変化が殆ど変化しない点で優れる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008−281072号公報
【特許文献2】特開2006−29500号公報
【特許文献3】特開2006−52768号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献2、3のシールは、内外輪を正規に配置したとき、内側リップのリップ先端が内側密封面に線接触し、アキシアル方向に僅かに圧縮する状態になることで所定の接触シール性能を奏するようになっている。このため、シールの装着時点で設定可能な正規の内側リップのアキシアル方向締め代が僅かである。車軸用等速ジョイントのサポート軸受のように、大きなアキシアル方向のミスアライメント量が発生し得る使用条件だと、内側リップと内側密封面との接触を全周に亘って維持できない恐れがある。
【0009】
そこで、この発明が解決しようとする課題は、内外のリップをもったシールで二重の接触シールを形成するシール軸受において、ミスアライメント発生時のシール性能低下を防止することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を達成するため、この発明は、内外一方の軌道輪が、段差部に形成された内側密封面と、前記内側密封面より軌道輪幅面に近いところに形成された外側密封面とを有し、内外両方の軌道輪を正規に配置したとき、前記内側密封面に内側リップが接触し、かつ前記外側密封面に外側リップが接触した状態となるように内外他方の軌道輪に装着されるシールを備えたシール軸受において、前記内外両方の軌道輪を正規に配置したとき、前記内側リップが、リップ前面側で前記内側密封面とアキシアル内部すきまの半分より大きなアキシアル方向締め代をもって面接触し、かつ前記内側密封面の変位に追随可能な前記軌道輪幅面側への反り変形を生じた状態になる構成を採用した。
【0011】
この発明の構成によれば、アキシアル方向のミスアライメント発生により、内側密封面の変位で内側リップとの間のアキシアル方向締め代が減少しても、これに追随して内側リップの反り具合が弱まる弾性反発で内側リップと内側密封面の接触シールを維持することができる。軌道輪幅面側へ反り変形を生じて内側密封面とリップ前面側で面接触することが正規の内側リップなので、シール装着時点に設定可能な正規の内側リップのアキシアル方向締め代は、リップ先端部のみを接触させることが前提のものと比して、大きくすることができる。ここで、アキシアル方向の最大ミスアライメント量は軸受のアキシアル内部すきまで決まるので、その最大ミスアライメント発生によって内側密封面が内側リップから遠ざかるアキシアル方向の最大変位量は、アキシアル内部すきまの半分と考えることができる。したがって、内外両方の軌道輪を正規に配置したとき、アキシアル内部すきまの半分より大きなアキシアル方向締め代をもって内側リップのリップ前面側で面接触するシールにしておけば、内側リップと内側密封面との接触を全周に亘って維持することができる。なお、ミスアライメント発生時、アキシアル方向締め代が増大する方へ内側密封面の変位が生じた場合、内側リップの反り変形が強まるので、シール性能が低下する懸念はない。
【0012】
前記内側密封面は、ラジアル方向に対して傾き角度0°〜15°の円錐面状に形成されていることが好ましい。従来の傾き角度は20°程度である。0°〜15°にすると、よりラジアル方向に近い傾きの内側密封面に内側リップが接触するので、内側リップの反り変形の弾性反発力を接触圧力の向上に効率よく利用することができる。また、ラジアル方向のミスアライメン発生時に内側密封面の勾配によるアキシアル方向逃げ量を小さくすることもできる。さらに、内側密封面が一方の軌道輪に占める幅をより短くすることができるので、軌道輪幅のコンパクト化に有利である。
【0013】
特に、前記シールの前面のうち、保持器の側方を前記一方の軌道輪側へ過ぎたところに、前記内側密封面に向って傾いた傾斜面が形成されており、前記傾斜面に連続する前記リップ前面が、前記傾斜面よりラジアル方向に近い傾きをもつように形成されていることがより好ましい。シールの前面を保持器の側方で遠くしても、保持器の側方を過ぎたところからシールの傾斜面が内側密封面に向って近付くので、保持器とシールとの干渉を避けつつ、内側密封面を軌道側に近付けることができ、軸受幅のコンパクト化に有利である。また、傾斜面に連続する内側リップのリップ前面は、内側密封面の側方で傾斜面よりラジアル方向に近い傾きに形成し、内側密封面との接触をより面接触に近づけることもできるので、シール性能の向上にも有利である。
【0014】
前記外側密封面が円筒面状に形成されていると、アキシアル方向のミスアライメントによって外側リップと外側密封面との間のラジアル方向締め代が変化することを防止し、これらの接触を維持することができる。
【0015】
さらに、前記円筒面状の外側密封面と、シールド装着用の嵌合面とが同一面を成すようにすれば、両面を共通の加工で形成することができる。
【0016】
前記シールが前記内側リップ及び前記外側リップのみで前記一方の軌道輪側と接触するようにすれば、スリンガやシールドに接触させるためのリップをもたないため、シールの幅をコンパクトにすることができる。
【0017】
前記内側リップと前記外側リップとは、天然ゴム又は合成樹脂で形成することができる。
【0018】
前記シールは、芯金と、加硫成形されたエラストマ部とから構成することができる。金型を用いた天然ゴム又は合成樹脂の加硫成形でエラストマ部を一体に形成しつつ芯金に付着させることができ、シールとしての機械的強度を芯金で補うことができる。
【0019】
前記芯金は、前記内側密封面に向かって傾いた円錐状の周縁部を有していることが好ましい。内側密封面に向って傾いた円錐状の周縁部により、内側リップの反り変形に抵抗する機械的強度を高めることができる。
【0020】
前記内側密封面と、前記外側密封面とは、例えば、旋削加工又は研削加工で形成することができる。研削加工の方がリップの摩耗を比較的低減することができる。
【発明の効果】
【0021】
上述のように、この発明は、内外のリップをもったシールで二重の接触シールを形成するシール軸受において、上記構成を採用することにより、アキシアル方向に大きなミスアライメントが発生しても、内側密封面の変位に追随する内側リップの反りの弾性回復によって、内側リップと内側密封面との接触が全周に亘って維持されるので、ミスアライメント発生時のシール性能低下を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】(a)は実施形態に係るシール軸受の縦断正面図、(b)は同(a)中の左方のシールの内側リップ付近の拡大図、(c)は同(a)中の右方のシールの内側リップ付近の拡大図
【図2】(a)は図1(a)の状態からアキシアル方向の最大ミスアライメントを発生したときの縦断正面図、(b)は同(a)のときの左方のシールの内側リップ付近の拡大図、(c)は同(a)のときの右方のシールの内側リップ付近の拡大図
【図3】(a)は図1(a)の状態から軸心姿勢角の最大ミスアライメントを発生したときの左方のシールの内側リップ付近の拡大図、(b)は同(a)のときの右方のシールの内側リップ付近の拡大図
【発明を実施するための形態】
【0023】
この発明の実施形態に係るシール軸受を添付図面に基づいて説明する。図1に示すように、このシール軸受は、内外両方の軌道輪10、20と、転動体30と、転動体30を保持する保持器40と、内側リップ51と外側リップ52とに分岐したエラストマ部53を有するシール50と、シールド60とを備えている。軸受形式は、シール50、シールド60が両側に付いた両シール軸受かつ両シールド軸受となっている。
【0024】
一方の軌道輪10は、転動体30との転がり接触域からなる軌道11と、軌道輪幅を定める側面とされた軌道輪幅面12とをもった内輪からなる。軌道11と軌道輪幅面12との間に位置し、軌道輪幅面12側を軌道11側より低くする径寸変化領域からなる段差部に形成された内側密封面13と、内側密封面13より軌道輪幅面12に近いところに形成された外側密封面14と、シールド60装着用の嵌合面15とを有している。
【0025】
内側密封面13は、シール50の内側リップ51と接触シールを形成し得る軌道輪10の表面部分からなる。内側密封面13は、軸受中心軸(図示省略)と同軸であって、ラジアル方向に対して傾き角度θ1の円錐角をもった円錐面状に形成されている。ラジアル方向とは、軸受中心軸に垂直な方向をいう。傾き角度θ1は、0°〜15°に設定することが好ましい。ラジアル方向に一致するθ1=0°に近くする程、内側リップ51の軌道輪幅面12側への反り変形の弾性反発力を接触圧力の向上に効率よく利用することができ、ラジアル方向のミスアライメン発生時に内側密封面13の勾配によるアキシアル方向逃げ量を小さくすることもでき、内側密封面13が軌道輪10に占める幅をより短くすることができる。また、内側リップ51と外側リップ52と軌道輪10とで囲まれたグリース溜り側から潤滑油を遠心力でシール50の前面側へ押し戻す漏洩防止効果を得易くなる。
【0026】
外側密封面14は、シール50の外側リップ52と接触シールを形成し得る軌道輪10の表面部分からなる。外側密封面14は、軸受中心軸と同軸の円筒面状に形成されている。外側密封面14を軌道輪10の段差部の最低箇所と同径で連ねることにより、外側密封面14と内側密封面13との間の高低差を大きくとり、内側リップ51よりラジアル方向に突出した外側リップ52として、前記グリース溜りの容量を大きく得ると共に、内側リップ51に大きなアキシアル方向締め代を与えて軌道輪幅面12側への反り変形を生じさせても、外側リップ52が外側密封面14から浮き上がることを防止している。
【0027】
内側密封面13と外側密封面14とは、研削加工又は旋削加工で形成することができる。
【0028】
嵌合面15は、シールド60が嵌合される軌道輪表面部分からなる。外側密封面14と嵌合面15とは、同一面を成しており、同一の研削加工により仕上げられている。
【0029】
他方の軌道輪20は、転動体30との転がり接触域からなる軌道21と、シール溝22とをもった外輪からなる。
【0030】
転動体30は、玉からなる。内外両方の軌道輪10、20と、単列の転動体30とで深溝玉軸受が構成されている。保持器40は、波形保持器からなる。
【0031】
この軸受に設定されたアキシアル内部すきまは、軸又はハウジングに取り付ける前の状態で、軸受中心軸と同軸に配置した内外両方の軌道輪10、20のうち、一方の軌道輪20を固定し、他方の固定されていない軌道輪10を、荷重を加えないでアキシアル方向一方(図中右方向)に極限まで移動させ得る量δ1と、同じくアキシアル方向他方(図中左方向)に極限まで移動させ得る量δ2の合計に相当する。アキシアル方向とは、軸受中心軸に平行な方向をいう。なお、図1では、内外両方の軌道輪10、20を正規に配置したとき、すなわち、δ1=δ2となる位置に内外両方の軌道輪10、20を同軸に配置したときを実線で描き、前記極限の移動先を、基準側面となる軌道輪幅面12の移動先として一点鎖線で描いた。
【0032】
シール50は、芯金54と、加硫成形されたエラストマ部53とからなる。
【0033】
芯金54は、ラジアル方向に沿った円環状板部55と、円環状板部55から内側密封面13に向かって傾いた円錐状の周縁部56とを有している。芯金54の他の部分は、円環状板部55からアキシアル方向に曲がったシール溝22側の周縁部のみとなっている。芯金54は、例えば、鋼板のプレス加工品からなる。ラジアル方向に沿った円環状板部55のところでシール設置幅の増大を避け、保持器40の最大幅部を軌道輪10側へ過ぎたところに周縁部56を形成することにより、シール50と保持器40との干渉を避けている。
【0034】
エラストマ部53は、芯金54から軌道輪10の段差部の側方まで突出した腰部57をもつ。内側リップ51、外側リップ52は、腰部57から分岐している。腰部57は、アキシアル方向の外力及びラジアル方向の外力に対して、内側リップ51及び外側リップ52より高剛性の部分になっている。エラストマ部53の他の部分は、芯金54のシール溝22側の周縁部を覆う圧入代部、この圧入代部から腰部57まで円環状板部55の軸受外側の側面を覆うカバー部のみとなっている。エラストマ部53にシールド60に接触するリップは存在しない。芯金54の円環状板部55のシール前面側のうち、少なくとも保持器40の最大幅部とアキシアル方向に対向する箇所を除いて付けたエラストマ部53にすることにより、シール50と保持器40との干渉を避けつつ、シール50の位置を軌道11、21にアキシアル方向に接近させ、軌道輪10、20の軌道輪幅のコンパクト化を図ることができる。
【0035】
エラストマ部53は、天然ゴム又は合成樹脂のいずれで形成してもよい。合成樹脂として、ポリブタジエン系、ニトリル系といった合成ゴムを適宜に用いることができる。エラストマ部53は、芯金54を配置した金型へゴムないし合成樹脂を射出し、成形及び架橋構造の生成を行う加硫成形によって形成されている。
【0036】
図1中にエラストマ部53の成形形状(自然状態)を一点鎖線で描く。内側リップ51は、リップ前面51a及びリップ後面51bを一側面にもつように突出している。リップ前面51a、リップ後面51bは、それぞれ軸受中心軸と同軸の円錘面状に形成されている。リップ前面51aとリップ後面51bとが連続する縁は、アキシアル方向に最も突き出たリップ先端51cになっている。内側リップ51は、リップ先端51cよりも軌道輪20側の方へ離れたところで外側リップ52と分岐させ、内側リップ51のアキシアル方向肉厚を、外側リップ52との二股状の最奥に位置した分岐始点からリップ先端51cと同径のところまで、ラジアル方向に進むに連れて次第に減少させることにより、前記正規の配置からの内側密封面13のアキシアル方向変位δ1、δ2に追随し得る可撓性をもつように形成されている。リップ後面51bと反対側の内側リップ51の側面を、リップ先端51cの反対側のところからラジアル方向に進むに連れて次第にリップ後面51bと同じ向きに近づき、やがてリップ後面51bに沿う形状とすることにより、内側密封面13とリップ後面51bとの間のくさび空間を維持することが可能な剛性を確保している。
【0037】
外側リップ52も、リップ前面52aと、リップ後面52bと、これらが連続するリップ先端52cとをもっている。リップ前面52aとリップ後面52bとは、ラジアル方向に向いたリップ先端52cを成すように形成されている。リップ先端52cは、内側リップ51よりラジアル方向に突出している。前記正規の配置のときの内側リップ51と内側密封面13との間のアキシアル方向締め代δaからの増減は、可撓性をもった内側リップ51の軌道輪幅面12側への反り変形の強弱変化で殆どが吸収され、そのモーメントによる腰部57の傾きが僅かとなるようにしている。これにより、前記腰部57の傾きで外側リップ52全体が傾いたとしても、外側リップ52と外側密封面14との間のラジアル方向締め代は、前記正規の配置時のδrから殆ど増減しないようにしている。ラジアル方向に向いたリップ先端52cが形成され、外側密封面14が軸受中心軸と同軸の円筒面状に形成されているので、前記正規の配置から前記内側リップ51の反り変形が強弱いずれの側に生じたとしても、前記腰部57の傾きに伴って、外側リップ52と外側密封面14との間のラジアル方向締め代が増す方に作用する。
【0038】
エラストマ部53の前面には、保持器40の側方を軌道輪10側へ過ぎたところに、内側密封面13に向って傾いた傾斜面53aが形成されている。保持器40の最大幅部を軌道輪10側へ過ぎたところに傾斜面53aを形成することにより、シール50と保持器40との干渉を避けている。傾斜面53aに連続するリップ前面51aは、傾斜面53aのラジアル方向に対する傾きθ2よりラジアル方向に近い傾きθ3をもつように形成されている。シール50の前面を保持器40の側方で遠くしても、保持器40の側方を過ぎたところから傾斜面53aが内側密封面13に向って近づくので、干渉を避けつつ、内側密封面13を軌道11側に近づけることができる。また、傾斜面53aに連続するリップ前面51aは、内側密封面13の側方で傾斜面53aよりラジアル方向に近い傾きに形成されているので、内側密封面13との接触をより面接触に近づけることもできる。
【0039】
シール50は、エラストマ部53の圧入代をシール溝22に対してアキシアル方向から圧入することによって軌道輪20に装着される。シール溝22、前記エラストマ部53の圧入代を省略し、軌道輪20の円筒面に前記芯金54の周縁部を圧入するように変更することもできる。
【0040】
内外両方の軌道輪10、20を正規に配置した状態でシール50を装着したとき、この装着の途中から、一点鎖線で描いた内側リップ51は、リップ先端51cから内側密封面13との接触を開始する。さらに圧入が進むに連れて、内側リップ51は、次第に軌道輪幅面12側への反り変形を強く生じていく。シール50が軌道輪20に対するアキシアル方向変位を規制された所定の装着箇所に至ったとき、シール50は、図1(b)、(c)中に実線で描いた状態となる。このとき、内側リップ51は、リップ前面51a側で内側密封面13とアキシアル方向締め代δaをもって面接触する。また、外側リップ52は、ラジアル方向締め代δrをもって外側密封面14と接触している。アキシアル方向締め代δaは、アキシアル内部すきま(δ1+δ2)の半分δ1、δ2より大きい。
【0041】
装着されたシール50は、内側リップ51及び外側リップ52のみで軌道輪10側と接触する。軌道輪10側とは、軸受運転中、軌道輪20に対して軌道輪10と一体に相対回転する部分のことをいい、図示例だと、軌道輪10及び嵌合面15に付けたシールド60が軌道輪10側を構成する。シール50にシールド60に接触させるためのリップをもたないため、シール50の幅をコンパクトにすることができる。
【0042】
図2(a)は、図1(a)の軌動輪20を固定し、軌道輪10が図中右方向に変位してアキシアル方向の最大ミスアライメントδ1を生じたときを実線で描き、前記正規の配置における軌道輪10を一点鎖線で描いたものである。図2(b)は、図2(a)中の左方のシール50の内側リップ51付近を拡大し、図2(c)は、図2(a)中の右方のシール50の内側リップ51付近を拡大し、前記正規の配置におけるエラストマ部53を一点鎖線で描いたものである。
【0043】
図2(a)、(b)に示すように、左方のシール50の内側リップ51と、左方の内側密封面13との間のアキシアル方向締め代は、正規の配置を基準にしたアキシアル方向締め代(図1(c)のδa参照)から減少し、図2(b)に示すように、内側リップ51の反り変形が弱化し、リップ先端51cと内側密封面13とが線接触に近づく。δa>δ1に設定されているので、全周に亘ってリップ先端51cと内側密封面13との接触圧力が残り、接触シールが維持される。一方、図2(a)、(c)に示すように、右方のシール50の内側リップ51と、右方の内側密封面13との間のアキシアル方向締め代は、正規の配置を基準にしたアキシアル方向締め代(図1(c)のδa参照)から増大し、図2(c)に示すように、内側リップ51の反り変形が強まり、全周に亘ってリップ前面51aと内側密封面13との接触面積が増す。このため、内側リップ51と内側密封面13とによるシール性能が低下する懸念はない。図1(a)中のアキシアル方向の最大ミスアライメントδ2が発生した場合も、左右の関係が逆転するのみで同様のことが成立する。なお、δaとδ1、δ2との差は、δ1、δ2のアキシアル方向のミスアライメント発生により、内側リップ51と内側密封面13とが線接触に近づいときでも接触圧力が残るように、軸受負荷や軸受使用温度等を考慮して適宜に設定すればよい。
【0044】
上述のように、この実施形態によれば、アキシアル方向に大きなミスアライメントが発生しても、内側密封面13の変位に追随する内側リップ51の反りの弾性回復によって、内側リップ51と内側密封面13との接触が全周に亘って維持されるので、ミスアライメント発生時のシール性能低下を防止することができる。
【0045】
また、図2(b)、(c)に示すように、内側リップ51と内側密封面13との間の締め代変化は内側リップ51の反り変形の強弱で殆ど吸収されるので、左右両方の外側リップ52の姿勢は殆ど変化せず、外側リップ52と外側密封面14との接触シールが維持される。さらに、円筒面状の外側密封面14を採用しているので、アキシアル方向のミスアライメントで内側リップ51と内側密封面13との間の締め代が増減しても、左右両方の外側リップ52と外側密封面14との間のラジアル方向締め代は、正規の配置を基準にしたラジアル方向締め代(図1(b)のδr参照)から殆ど変化せず、変化したとしても僅かに増大するに過ぎない。
【0046】
また、内側密封面13に向って傾いた芯金54の周縁部56により、内側リップ51の反り変形に抵抗するシール50の機械的強度が高められるので、ラジアル方向締め代δrの変化を防止するのに有効である。
【0047】
図3(a)は、図1(a)の軌動輪20を固定し、軌道輪10が反時計回りの方へ傾くミスアライメント(軸受の角すきまに相当する軸心姿勢角)を最大に生じたときの左方のシール50の内側リップ51付近を実線で描き、前記正規の配置のときを一点鎖線で拡大図示したものである。図3(b)は、図3(a)と同じく右方のシール50の内側リップ51付近を示したものである。
【0048】
軌道輪10、20間の軸心姿勢角のミスアライメント発生時、軌道輪10の半周域において、図3(a)に示すように、左方の内側密封面13が内側リップ51の方へ傾き、内側リップ51と内側密封面13とのアキシアル方向締め代は、正規の配置を基準にしたアキシアル方向締め代(図1(c)のδa参照)から増大する。このため、図3(a)に示すように、内側密封面13がリップ前面51aに押し付けられ、内側リップ51と内側密封面13との接触面積が増し、内側リップ51と内側密封面13とによる接触シールが強化される。このとき、外側リップ52のリップ先端52cと外側密封面14との間のラジアル方向締め代は、減少するが、前記内側リップ51等でのシール強化により、二重シールとしての耐漏洩性等の低下が防止される。一方、図3(b)に示すように、同半周域において、右方の内側密封面13は、内側リップ51のリップ前面51aから逃げるように傾くが、その逃げ量はアキシアル方向の最大ミスアライメント発生時より少ない。このため、内側リップ51と内側密封面13との間のアキシアル方向締め代は、正規の配置を基準にしたアキシアル方向締め代(図1(c)のδa参照)から減少するが、図3(b)に示すように、これらの接触が維持される。このとき、外側リップ52のリップ先端52cと外側密封面14との間のラジアル方向締め代は増し、これらによる接触シールが強化されるので、二重シールとしての耐漏洩性等の低下が防止される。残り半周域では、軌道輪10の図中左方のシール50で図3(b)と同じ変化が生じ、同図中右方のシール50で図3(a)と同じ変化が生じると考えることができる。
【0049】
したがって、この実施形態によれば、軸心姿勢角が狂うミスアライメントが生じても、全周において、内側リップ51又は外側リップ52の一方で締め代が増し、他方で締め代が減少するので、過大なトルクの発生を防止することができる。
【0050】
なお、図示を省略するが、ラジアル方向の最大ミスアライメンが発生したとしても、内側密封面13の勾配によるアキシアル方向逃げ量がアキシアル内部すきまの半分δ1、δ2を超えることはないので、このときも、左右両方のシール50の内側リップ51と内側密封面13との接触を維持することができる。
【0051】
この発明の技術的範囲は、上述の各実施形態に限定されず、特許請求の範囲の記載に基く技術的思想の範囲内での全ての変更を含むものである。例えば、片シール軸受に変更したり、自動調心軸受に適用したり、シールドを省略したり、特許文献2の図のように、密封面と外側密封面の間に周溝を形成してグリース溜りの容量を増やしたりすることができる。また、この発明に係るシール軸受は、等速ジョイントのサポート軸受以外の用途にも適用することができる。
【符号の説明】
【0052】
10、20 軌道輪
11、21 軌道
12 軌道輪幅面
13 内側密封面
14 外側密封面
15 嵌合面
22 シール溝
30 転動体
40 保持器
50 シール
51 内側リップ
51a、52a リップ前面
51b、52b リップ後面
51c、52c リップ先端
52 外側リップ
53 エラストマ部
53a 傾斜面
54 芯金
55 円環状板部
56 周縁部
57 腰部
60 シールド
δ1、δ2 アキシアル内部すきまの半分
δa アキシアル方向締め代
δr ラジアル方向締め代

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内外一方の軌道輪(10)が、段差部に形成された内側密封面(13)と、前記内側密封面(13)より軌道輪幅面(12)に近いところに形成された外側密封面(14)とを有し、
内外両方の軌道輪(10、20)を正規に配置したとき、前記内側密封面(13)に内側リップ(51)が接触し、かつ前記外側密封面(14)に外側リップ(52)が接触した状態となるように内外他方の軌道輪(20)に装着されるシール(50)を備えたシール軸受において、
前記内外両方の軌道輪(10、20)を正規に配置したとき、前記内側リップ(51)が、リップ前面(51a)側で前記内側密封面(13)とアキシアル内部すきまの半分(δ1)より大きなアキシアル方向締め代(δa)をもって面接触し、かつ前記内側密封面(13)の変位に追随可能な前記軌道輪幅面(12)側への反り変形を生じた状態になることを特徴とするシール軸受。
【請求項2】
前記内側密封面(13)が、ラジアル方向に対して傾き角度(θ1)0°〜15°の円錐面状に形成されている請求項1に記載のシール軸受。
【請求項3】
前記シール(50)の前面のうち、保持器(40)の側方を前記一方の軌道輪(10)側へ過ぎたところに、前記内側密封面(13)に向って傾いた傾斜面(53a)が形成されており、前記傾斜面(53a)に連続する前記リップ前面(51a)が、前記傾斜面(53a)よりラジアル方向に近い傾きをもつように形成されている請求項2に記載のシール軸受。
【請求項4】
前記外側密封面(14)が円筒面状に形成されている請求項1から3のいずれか1項に記載のシール軸受。
【請求項5】
前記外側密封面(14)と、シールド装着用の嵌合面(15)とが同一面を成している請求項4に記載のシール軸受。
【請求項6】
前記シール(50)が、前記内側リップ(51)及び前記外側リップ(52)のみで前記一方の軌道輪(10)側と接触する請求項1から5のいずれか1項に記載のシール軸受。
【請求項7】
前記シール(50)が、芯金(54)と、加硫成形されたエラストマ部(53)とからなる請求項1から6のいずれか1項に記載のシール軸受。
【請求項8】
前記芯金(54)が、前記内側密封面(13)に向って傾いた円錐状の周縁部(56)を有している請求項7に記載のシール軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−96433(P2013−96433A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−236996(P2011−236996)
【出願日】平成23年10月28日(2011.10.28)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】