説明

ジフルオロ酢酸クロライドの製造方法

【課題】
ジフルオロ酢酸フルオライドから効率よくジフルオロ酢酸クロライドおよび2,2−ジフ
ルオロエチルアルコールを製造する。
【解決手段】
少なくともジフルオロ酢酸フルオライドを含むジフルオロ酢酸フルオライド組成物を反
応可能な温度において塩化カルシウムと接触させる塩素化工程によるジフルオロ酢酸クロ
ライドの製造方法、および、得られたジフルオロ酢酸クロライドを接触還元させる接触還
元工程による2,2−ジフルオロエチルアルコールの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジフルオロ酢酸クロライド(以下、「DFAC」ということがある。)の製造法に関し、より詳しくは、1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタン(以下、「ATFE」ということがある。)またはその誘導体と塩化カルシウムの接触によって得られるジフルオロ酢酸クロライドの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ジフルオロ酢酸クロライドは、医農薬中間体、反応試剤、特にジフルオロメチル基またはジフルオロアセチル基を有機化合物に導入する試薬として有用であり、各種の方法で製造できることが報告されている。
【0003】
一般的にカルボン酸クロライドの製造方法としては、カルボン酸またはその塩、エステルもしくは酸無水物に塩素、五塩化リン、三塩化リン、塩化ホスホリルまたは塩化チオニルなどの塩素化剤を作用する方法が挙げられ、ジフルオロ酢酸クロライドもこの様な方法で得られることが報告されているが、これらの方法では原料であるジフルオロ酢酸またはその誘導体の入手が容易ではない。
【0004】
それに対して、ジフルオロ酢酸を経由しない方法として、HCFC−132a(1,1−ジフルオロ−3,3,3−トリクロロエタン)を酸素、塩素と共に高温下で高圧水銀灯照射する方法があるが(特許文献1)、原料がオゾン層を破壊する懸念がある物質であり、かつ、光化学反応であって長期に亘る製造には余り適さない。
【0005】
ところで、ジフルオロ酢酸フルオライド(以下、「DFAF」ということがある。)は、1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタン(ATFE)を、金属酸化物触媒の存在下に熱分解させる方法(特許文献2)、五フッ化アンチモン触媒で低温において分解する製造方法(特許文献3)が知られている。さらに、カルボン酸フルオライドからカルボン酸クロライドへ直接変換する方法として、パーフルオロカルボン酸の酸フルオライドを塩化リチウムによりハロゲン交換して対応する酸クロライドとする方法(非特許文献1)、ベンゾイルフロリドを塩化カルシウムによりベンゾイルクロリドに変換する方法が報告されている(特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平8−53388号公報
【特許文献2】特開平8−92162号公報
【特許文献3】米国特許第4357282号明細書
【特許文献4】欧州特許第293747号明細書
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】J. Chem. Soc., Perkin Trans. 1, 1996 915-920
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンから効率よくジフルオロ酢酸クロライドを製造することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタン(ATFE)を熱分解して得られるジフルオロ酢酸フルオライドを効率よくジフルオロ酢酸クロライドに変換する方法を鋭意検討した結果、加熱下でジフルオロ酢酸フルオライド(DFAF)と塩化カルシウムを接触させると、ジフルオロメチル基中の水素原子は塩素化されることなくジフルオロ酢酸クロライド(DFAC)が定量的に生成することを見出した。さらに、ATFEに同様の反応を適用するとジフルオロ酢酸フルオライドを中間体として取り出すことなく一段階の工程でジフルオロ酢酸クロライドを高選択率かつ高収率で得られることを見出し、本発明に至った。
【0010】
ここで、ATFEを出発原料とし、中間体としてジフルオロ酢酸フルオライドを経由する間接的方法とATFEから直接的方法が提案されるが、間接的方法ではモノフルオロメタン等の含フッ素有機化合物が副生するのに対し、直接的方法ではモノクロロメタン等の含塩素有機化合物が副生する特徴がある。これらは何れも有用な化合物で一定の用途を有しているものの、含塩素有機化合物は含フッ素有機化合物と比べ分解処理が容易で廃棄にあたっても望ましいという特徴を有する。
【0011】
本発明は次の通りである。
【0012】
[発明1]
1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンまたはジフルオロ酢酸フルオライドを含む原料組成物を反応可能な温度において塩化カルシウムと接触させる塩素化工程を含むジフルオロ酢酸クロライドの製造方法。
【0013】
[発明2]
原料組成物が、少なくとも1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンを含む原料組成物である発明1。
【0014】
[発明3]
原料組成物が、少なくとも1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンおよびジフルオロ酢酸フルオライドを含む原料組成物である発明1または2。
【0015】
[発明4]
塩素化工程が気相流通式である発明1〜3。
【0016】
[発明5]
塩素化工程の温度が50〜400℃である発明1〜4。
【0017】
[発明6]
さらに、塩素化工程で得られたジフルオロ酢酸クロライドとアルキルハライドを含む組成物からアルキルハライドを除去する分離工程を含む発明1〜5。
【0018】
[発明7]
1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンが1−メトキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンである発明1〜6。
【0019】
[発明8]
ジフルオロ酢酸フルオライドが、1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンを熱分解して得られたジフルオロ酢酸フルオライドである発明1〜7。
【0020】
[発明9]
発明1〜8の何れかの製造方法で得られたジフルオロ酢酸クロライドを接触還元させる接触還元工程を含む2,2−ジフルオロエチルアルコールの製造方法。
【0021】
[発明10]
接触還元工程が、パラジウムを触媒とする接触還元工程である発明9。
【発明の効果】
【0022】
本発明の塩素化工程は、1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンおよびジフルオロ酢酸フルオライドを同一の方法およびほぼ同一の反応条件で収率よく、かつ選択率よくジフルオロ酢酸クロライドに変換できる。また、この塩素化工程を組み込むことで、1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンを原料として高選択率かつ高収率で2,2−ジフルオロエチルアルコールを製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】実施例1の反応結果を示す線図(グラフ)である。
【図2】実施例2の反応結果を示す線図(グラフ)である。
【図3】実施例3、4で用いた反応装置を示す図である。
【図4】熱分解例1〜3および実施例7、8で用いた反応装置を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明のジフルオロ酢酸クロライドの製造方法は、1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタン(ATFE)またはジフルオロ酢酸フルオライド(DFAF)を含む原料組成物を反応可能な温度において塩化カルシウムと接触させる反応工程(塩素化工程)を含むジフルオロ酢酸クロライドの製造方法である。
【0025】
本発明にかかる塩素化工程が関与する反応は何れも定量的な反応であり、下式で示すことができる。
【0026】
CHFCFOR + CaCl
→ CHFCOCl + RCl + CaF (1)
2CHFCOF + CaCl
→ 2CHFCOCl + CaF (2)
反応式(1)の出発原料である一般式CHFCFOR(Rは、一価の有機基を表す。)で表される1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンのRは脱離基であるので特に限定されないが、直鎖、分岐、もしくは環状の炭素数1〜8のアルキル基または含フッ素アルキル基、アリール基を挙げることができ、これらのうちアルキル基または含フッ素アルキル基が好ましく、アルキル基がより好ましく、低級アルキル基がさらに好ましい。低級アルキル基とは、炭素数1〜4のアルキル基をいう。
【0027】
直鎖もしくは分岐の炭素数1〜8のアルキル基としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、s−ブチル基、t−ブチル基、n−ペンチル基、イソペンチル基を例として挙げることができ、低級アルキル基としては、具体的には、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、s−ブチル基、t−ブチル基が該当する。
【0028】
環状の炭素数1〜8のアルキル基としては、シクロブチル基、シクロペンチル基、2−メチルシクロペンチル基、3−メチルシクロペンチル基、2−エチルシクロペンチル基、3−エチルシクロペンチル基、シクロヘキシル基、2−メチルシクロヘキシル基、3−メチルシクロヘキシル基、4−メチルシクロヘキシル基、2−エチルシクロヘキシル基、3−エチルシクロヘキシル基、4−エチルシクロヘキシル基、シクロヘプチル基、2−メチルシクロヘプチル基、3−メチルシクロヘプチル基、3−メチルシクロヘプチル基、4−メチルシクロヘプチル基などを挙げることができる。
【0029】
アリール基としては、フェニル基、2−メチルフェニル基、3−メチルフェニル基、4−メチルフェニル基、2,3−ジメチルフェニル基、2,4−ジメチルフェニル基、2,5−ジメチルフェニル基、2,6−ジメチルフェニル基、3,4−ジメチルフェニル基、3,5−ジメチルフェニル基、3,6−ジメチルフェニル基、2−メトキシフェニル基、3−メトキシフェニル基、4−メトキシフェニル基、1−ナフチル基、2−ナフチル基などを例として挙げることができる。
【0030】
炭素数1〜8の含フッ素アルキル基としては、フルオロメチル基、ジフルオロメチル基、トリフルオロメチル基、クロロフルオロメチル基、クロロジフルオロメチル基、ブロモフルオロメチル基、ブロモジフルオロメチル基、2,2,2−トリフルオロエチル基、ペンタフルオロエチル基、2,2,3,3,3−ペンタフルオロプロピル基、n−ヘキサフルオロプロピル基、ヘキサフルオロイソプロピル基などを例として挙げることができる。
1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンは、公知の製造方法で得ることができる。例えば、アルコール(R’OH)とテトラフルオロエチレンを塩基の存在下に反応させる方法で合成できる。
【0031】
CF=CF + R’OH → CHFCFOR’ (3)
具体的には、メタノールとテトラフルオロエチレンとを水酸化カリウムの存在下に反応させる方法により1−メトキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンが合成できる(J.Am.Chem.Soc.,73,1329(1951))。
【0032】
本発明において使用できる1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンの具体例としては、以下のものが挙げられるが、これらに限定されない。1−メトキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタン(「CHFCFOMe」または「HFE−254pc」ということがある。)、1−エトキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタン(「CHFCFOEt」または「HFE−374pc−f」ということがある。)、1−(n−プロポキシ)−1,1,2,2−テトラフルオロエタン、1−イソプロポキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタン、1−(n−ブトキシ)−1,1,2,2−テトラフルオロエタン、1−(s−ブトキシ)−1,1,2,2−テトラフルオロエタン、1−(t−ブトキシ)−1,1,2,2−テトラフルオロエタン、1−トリフルオロメトキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタン、1−ジフルオロメトキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタン、1−(2,2,2−トリフルオロエトキシ)−1,1,2,2−テトラフルオロエタン、1−ペンタフルオロエトキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタン、1−(2,2,2,3,3−ペンタフルオロプロポキシ)−1,1,2,2−テトラフルオロエタン、1−ヘキサフルオロイソプロポキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンなどを挙げることができるが、分子量が小さく、気化しやすいHFE−254pcとHFE−374pc−fが特に好ましい。
【0033】
ジフルオロ酢酸フルオライド(DFAF)は、どの様な方法で製造されたものであってよい。例えば、(1)CHFCFOR’で表される1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンを三酸化硫黄とフルオロ硫酸の存在下で分解させる方法(非特許文献1)、(2)1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンを、触媒の存在下に熱分解してジフルオロ酢酸フルオライドを製造する方法(特許文献4)等の前述の方法が挙げられる。
【0034】
本発明の方法では、ジフルオロ酢酸フルオライドは、1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンを熱分解させて得られたものが好ましく用いられる。この反応は、下の式(4)で表わされる。R’はアルキル基を表す。
【0035】
CHFCFOR’ → CHFCOF + R’F (4)
熱分解に使用する触媒は、金属酸化物、部分フッ素化金属酸化物、金属フッ化物、リン酸またはリン酸塩であり、固体触媒として使用する。具体的には、特許文献2(特開平8−92162号公報)に開示された金属酸化物または部分フッ素化金属酸化物、および金属フッ化物が挙げられる。
【0036】
熱分解温度は、触媒の種類または接触時間に依存するが、通常100〜400℃であり、110〜350℃が好ましく、130〜320℃がより好ましく、130〜260℃がさらに好ましく、140〜200℃が特に好ましい。反応時間(接触時間)は反応温度に依存するが、通常0.1〜1000秒であり、1〜500秒が好ましく、10〜300秒がより好ましい。
【0037】
1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンを熱分解した場合、ジフルオロ酢酸フルオライドとアルキルフルオライド(R’F)が等モル量で生成する。熱分解反応の生成物は未反応のATFEを含むことがある。アルキルフルオライドは塩素化工程に影響しないので除去しないでもよいが、ジフルオロ酢酸フルオライドは、塩素化工程の前に予めアルキルフルオライドを分離・除去するか、少なくともアルキルフルオライドの含有量を減少させておくことが好ましい。
【0038】
アルキルフルオライドの分離法としては、特に限定されないが、反応生成物にはアルキルフルオライドの他にジフルオロ酢酸フルオライドおよび未反応のATFEを含むため、アルキルフルオライドとそれ以外の成分の沸点差を利用する蒸留法、または水もしくは溶媒への溶解度差を利用する抽出法などが適用できる。
【0039】
蒸留は、精留塔を用いる一般的な蒸留であってもよいが、目的化合物であるアルキルフルオライドと、その他の主な成分である(ジフルオロ酢酸フルオライド:沸点0℃)、未反応のATFEとの沸点差が大きい場合、単なる冷却液化によっても容易に分離できる。ATFEがHFE−254pc(沸点:40℃)のとき、モノフルオロメタン(沸点:−78℃)と沸点差は大きいので、−20℃〜−78℃に冷却液化することによって、低沸分としてのモノフルオロメタンと、高沸分としてのジフルオロ酢酸フルオライドおよびHFE−254pcの混合物に容易に分離できる。精留塔を用いる場合は、充填塔、泡鐘塔、空塔などを使用して塔頂を−78℃近傍とし、ボトムを0〜50℃程度として蒸留する。
【0040】
ジフルオロ酢酸フルオライドおよびATFEの混合物はさらに蒸留することで、ジフルオロ酢酸フルオライドとATFEの各成分とすることができ、それぞれを別々に塩素化工程に供することができる。しかしながら、本発明にかかる塩素化工程は、ジフルオロ酢酸フルオライドとATFEの混合物を分離することなく適用することができる。ジフルオロ酢酸フルオライドおよびATFEは何れもほぼ同じ反応条件で反応が進行するので、これらの混合物の各成分の比率には制限はない。また、モノフルオロメタンは塩素化工程で安定であるので、ジフルオロ酢酸フルオライド、ATFEまたはこれらの混合物に含まれていても本発明の塩素化方法が適用できる。さらに、熱分解生成物には、副生成物としてエチレン、プロピレンなどの炭化水素を含むことがある。炭化水素を除去することなく塩素化工程に供給することもできるが、除去しておくことが好ましい。
【0041】
[塩素化工程]
塩素化工程は、ジフルオロ酢酸フルオライド、ATFE、またはジフルオロ酢酸フルオライドとATFEを含む混合物を、塩化カルシウムで塩素化することからなる、ジフルオロ酢酸フルオライドとATFEの両方をジフルオロ酢酸クロライドに転換する工程である。
【0042】
本発明に使用する塩化カルシウム(CaCl)は無水物が好ましい。特に、高純度であることを必要とせず、試薬、化学品原料または乾燥剤として流通する汎用品を使用できる。結晶水を有する塩化カルシウムを使用する場合は、予め、窒素等を流通させながら300℃以上で結晶水を除去する前処理を実施することが好ましい。形状は任意であるが、反応系式が流動床やバッチ式の場合は粉体状、流通式で使用する場合は粒状が好ましい。粒径は特に限定されず、入手の容易なものが好ましいが、最大長さが1〜20mm程度の粒子を中心とする粒状が取り扱いやすくより好ましい。結晶水を持つ塩化カルシウムを使用する場合は、反応器に充填後、窒素等の不活性ガスを流通させながら加熱する前処理を実施して、実質的に無水塩化カルシウムとすることが望ましい。前処理の温度は、含水率、処理時間、粒状、粒径等に依存するが150℃〜350℃が好ましい。
【0043】
塩素化工程は、バッチ式または流通式で行うことができるが、流通式が好ましい。また、塩素化は気相または液相で行うことができるが、気相で行うことが簡便で好ましい。流通式においては、反応管に充填した粒状の塩化カルシウムを、ジフルオロ酢酸フルオライドまたはATFEがジフルオロ酢酸クロライドに変換されるのに十分な温度、すなわち、反応可能な温度とし、そこへ、ジフルオロ酢酸フルオライド、ATFE、またはジフルオロ酢酸フルオライドとATFEを含む混合物を気体状で流通させることで、ジフルオロ酢酸フルオライドおよびATFEの両者が前記式(1)または式(2)に示すようにジフルオロ酢酸クロライド等に定量的に変換される。
【0044】
気相流通式の場合、固定床でも流動床でも良い。粒状塩化カルシウムを用いた場合、粉化を防止し、抜き出しが容易なので、固定床が好ましい。通常、気固反応は、固体の表面だけが反応に寄与し、内部は反応に関与しないことが多いが、本発明にかかる塩素化反応では、粒状の塩化カルシウムは反応後においても原形を保ち、塩化カルシウムの全体を実質的に反応に寄与させることができる。使用後の塩化カルシウムをXRD(粉末X線回折法)で分析すると、各ピークはフッ化カルシウム(CaF)の回折パターンと一致し、塩化カルシウムに帰属されるピークは認められず、粒子の内部まで反応に関与することが示された。副生するフッ化カルシウムは、濃硫酸とキルン中で接触させてフッ化水素を製造する原料または光学結晶の原料として利用することができる。塩素化工程においては、不活性なガスを存在させてもよい。不活性ガスとしは、窒素、アルゴンまたは希ガス類が挙げられ、扱いやすさおよび入手しやすさ等の点から、窒素、アルゴンまたはヘリウムが好ましい。不活性ガスを存在させる場合のその比率は、特に限定されないが、多すぎる場合にはジフルオロ酢酸クロライドの回収率が下がる虞があるため、通常の場合、原料のATFE、ジフルオロ酢酸フルオライドまたは有機混合物の供給速度よりも少ない供給速度が好ましい。
【0045】
塩素化工程における圧力は任意であるが、0.05〜1MPa程度とし、実質上の常圧付近での操業が好ましい。反応温度は、原料の種類、滞在時間等に依存するが、50℃〜400℃が好ましく、100℃〜300℃がより好ましく、100℃〜250℃がさらに好ましい。50℃未満では反応速度が遅く生産効率が低く、また、400℃を超えるとジフルオロ酢酸クロライドの分解により収率を低下させるのでそれぞれ好ましくない。また、例えば、原料の種類をHFE−374pc−fとしてモノクロロエタン等の含塩素有機物の副生を望まない条件のときは、250℃〜350℃の温度とするのが好ましい。250℃未満の温度では、モノクロロエタンが、十分にエチレンと塩酸に分解しないことがある。
【0046】
滞在時間は反応温度に依存するが、1〜1000秒であり、好ましくは10〜700秒であり、50〜500秒がより好ましい。1秒未満の場合は、反応が完結しないことがあるので好ましくない。1000秒を超えても反応はするが、装置の形状が大きくなるので、装置の大きさに対する生産性が低下する。流通式において反応管を使用した場合、反応開始初期には入り口付近に局部的に10℃〜30℃発熱した状態(ヒートスポット)が発生し、徐々に、ヒートスポットが出口の方向に移動し、出口付近に達すると急激に転化率が低下する。この現象により塩化カルシウムの消費を知ることができ、交換時期を決めることができる。なお、流通式の場合、反応初期はフレッシュな塩化カルシウムが大過剰であるが、ヒートスポットが出口付近に近づくと、塩化カルシウム分が少なくなるので、滞在時間を長く設定すること(原料の供給速度を遅くすること)が好ましい。当業者の常識の範囲内の大きめの装置を用いることは、塩化カルシウムの交換頻度が少なくなるので好ましい。反応管は、ステンレス鋼、モネル(登録商標)、インコネル(登録商標)、ハステロイ(登録商標)、フッ素樹脂またはこれらでライニングされた材質で作るのが好ましい。
【0047】
塩素化工程で生成したジフルオロ酢酸クロライドを含む組成物は、未反応原料のATFE、ジフルオロ酢酸フルオライド、アルキルハライド(モノクロロメタンなどの含塩素有機化合物)およびその分解生成物などを含むことがある。これらの分離は一般的な精製法を適用して行うことができる。HFE−254pcを含む原料を塩素化した場合に生成する、ジフルオロ酢酸クロライド(沸点:28℃)とモノクロロメタン(CHCl、沸点:−24℃)は沸点差が大きいので、蒸留等により容易に分離できる。アルキルクロライドの蒸留分離は、熱分解生成物からアルキルフルオライドを分離する蒸留について前述した説明が該当する。運転条件は異なるが当業者が容易に変更することができる。モノクロロメタンなどのアルキルハライドを回収する場合は、蒸留でジフルオロ酢酸クロライドを分離除去した後、水またはアルカリ性水溶液で酸性成分を除去することができる。熱分解工程で得られたジフルオロ酢酸クロライドを含む組成物は、特に分離することなく、そのまま後述の接触還元等の各種反応においてジフルオロ酢酸クロライドとして使用できる。
【0048】
ATFEとして、HFE−254pcを用いると、モノフルオロメタンなどのアルキルハライド(RCl)が副生するが、含塩素有機物の副生を望まない場合は、HFE−374pc−f(CHFCFOCHCH)などを原料に用いると、アルキルハライドなどの含塩素有機物のかわりにエチレンと塩酸が副生し、含塩素有機物の生成物への混入を避けることができ、ジフルオロ酢酸クロライドの精製負荷を軽減できる。
【0049】
[接触還元工程]
接触還元工程は、ジフルオロ酢酸クロライドを接触還元して2,2−ジフルオロエチルアルコールに変換する工程であり、気相または液相で行うことができる。
【0050】
接触還元工程の反応は下式で示される。
【0051】
CHFCOCl + 2H → CHFCHOH + HCl (5)
ジフルオロ酢酸クロライドは、[背景技術]で述べた製造方法およびどの様な方法で製造したものであってもよいが、前記塩素化工程で得られたものを用いることができる。ATFEを原料とする塩素化工程で生成するジフルオロ酢酸クロライドは、副生成物であるモノフルオロメタン等を含み、ATFEを原料として熱分解、塩素化工程を経て途中で精製しない場合はモノフルオロメタン、モノクロロメタン等を含むので、これらのアルキルハライドは除去するのが好ましいが、これらのアルキルハライドを除去しないで使用することもできる。これは、工程の簡略化の点で好ましい。ジフルオロ酢酸クロライドはジフルオロ酢酸フルオライドを実質的に含まないものが好ましい。ジフルオロ酢酸フルオライドが含まれると、触媒の貴金属がフッ素化されて安定な塩を形成して触媒活性が低下する。その結果、未反応のジフルオロ酢酸フルオライドと生成した2,2−ジフルオロエチルアルコールが反応して、2,2−ジフルオロエチル2,2−ジフルオロアセテートが生成し、2,2−ジフルオロエチルアルコールの収率及び選択率が低下する。
【0052】
接触還元工程に使用する触媒は、公知の水素による接触還元反応に使用する金属であればよいが、貴金属が好ましい。そのうちパラジウム(Pd)、白金(Pt)、ロジウム(Rh)、ルテニウム(Ru)、イリジウム(Ir)が好ましく、Pdがより好ましい。これらの貴金属を効率的に利用するために、活性炭、アルミナ、硫酸バリウム、炭酸カルシウム、炭酸ストロンチウム、シリカゲル等の担体に担持されたものが好ましく、活性炭に担持されたものがより好ましい。具体的には、パラジウム担持活性炭、水酸化パラジウム担持活性炭、パラジウム担持硫酸バリウム、パラジウム担持炭酸カルシウム、パラジウム担持炭酸ストロンチウム、パラジウム担持シリカゲル、白金担持活性炭、ルテニウム担持活性炭、ロジウム担持活性炭などが挙げられる。特に、パラジウム担持活性炭(Pd/C)が好ましい。担持量としては担体を含む触媒質量の0.1〜10質量%であり、0.2〜5質量%が好ましい。
【0053】
気相反応の場合、ジフルオロ酢酸クロライド1モルに対して水素5〜100モルが好ましく、10〜30モルがより好ましい。水素のモル数が5モルより小さい場合(水素の少ない状態)では、転化率が低下するだけでなく、触媒が失活することがあり好ましくない。水素のモル比が100モルより大きい場合は、同一反応器で、同一接触時間の条件の場合、ジフルオロ酢酸クロライドの供給速度が減り、生産性が低下するので好ましくない。
【0054】
接触時間は、1〜200秒、特に10〜60秒が好ましい。1秒よりも接触時間が短い場合は、転化率が低下し、200秒よりも大きい場合は、同一容積の反応器での生産性が低下するので好ましくない。反応温度は、150〜300℃が好ましく、170〜230℃がより好ましい。150℃よりも低い場合は、転化率が低下し、300℃よりも高い場合は、触媒のシンタリングが懸念されるだけでなく、水素化分解等の副反応が起こることがある。気相反応は、通常大気圧付近の圧力で行うが、0.05〜1MPa程度の圧力で行うこともできる。反応器にはアルゴン、窒素などの不活性気体を導入して反応させることもできる。
【0055】
液相反応の場合、触媒としては、不均一系および均一系のいずれでも使用することができるが、触媒の分離が容易な点で不均一系触媒が好ましい。したがって、前記した担持触媒、特に貴金属担持触媒が好ましい。触媒の使用量は用いる触媒により異なるが通常ジフルオロ酢酸クロライドの0.0001〜1モル%、好ましくは0.001〜0.1モル%を用いる。
【0056】
液相反応では反応溶媒を使用することもできる。この溶媒としては、アルコール類、炭化水素類、エーテル類、カルボン酸類、エステル類、アミド類、水などを挙げることができる。これらの具体例として、メタノール、エタノール、ベンゼン、トルエン、キシレン、エチルベンゼン、イソプロピルベンゼン、テトラリン、メシチレン、テトラヒドロフラン、ジエチルエーテル、酢酸、酢酸エチル、ジメチルホルムアミドなどが例示できるが、アルコール類は2,2−ジフルオロエチルアルコールとの分離が困難であるので、炭化水素類、エーテル類が好ましい。目的物の2,2−ジフルオロエチルアルコールの溶媒としての使用は精製の際に溶媒の分離を省略でき好ましい。また、副生物として生成することのある2,2−ジフルオロエチル2,2−ジフルオロエチルアセテート(CHFCOOCHCHF)は、これが生成する反応条件の下での使用は許容される。これらの溶媒は1種または2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0057】
水素の圧力は溶媒、触媒等の条件により異なり、1〜10MPa程度を採用できるが、好ましくは0.5〜5MPaである。0.5MPa未満では、反応が遅くなることがあり、5MPaを超える圧力では、耐圧仕様の装置を有する。反応器にはアルゴン、窒素などの不活性気体を導入して反応させることもできる。
【0058】
また、反応温度は通常−20℃から溶媒の沸点の範囲であるが、0〜50℃程度が好ましく、10〜30℃の室温下でも充分反応目的を達成し得る。
【0059】
実質的にジフルオロ酢酸フルオライドを含まないジフルオロ酢酸クロライドを原料にすると触媒劣化は起こり難いが、気相反応において、経時的に触媒活性が劣化することがある。その場合は、ジフルオロ酢酸クロライドの供給を止め、250〜350℃で水素を流通させることにより触媒を再活性化させることができる。その際、窒素やアルゴンで希釈された水素を使用することができる。液相反応で使用して活性の低下した担持触媒も同様に、250〜350℃で水素を流通させることにより再活性化させることができる。その際、窒素やアルゴンで希釈された水素を使用することができる。未反応の水素は再利用可能であるが、その場合は、水洗や蒸留によって、含まれる塩化水素を分離・除去することが望ましい。
【実施例】
【0060】
以下に本発明について実施態様を挙げて具体的に説明するが、これらによって本発明は限定されない。また、別途記載のない限り、有機物の組成や純度における百分率は、FID検出器のガスクロマトグラフを用いて分析し、組成は面積%(以下、「%」と表示する。)で表した。別途記載のない限り、有機組成物の分析には「EPA METHOD624」対応カラムを用いた。
【0061】
[参考例1 FID検出器の感度測定]
ガスクロマトグラフに「EPA METHOD 624」対応カラムを装着し、モノフルオロメタンとジフルオロ酢酸フルオライドの各標品を用いて調製した等モル組成物について各成分の面積を測定した。
【0062】
モノフルオロメタンの面積:CHFCOFの面積=2.41:1.00。
【0063】
[原料調製例1]
アルドリッチ製リン酸アルミニウム(Aluminum phosphate)を5mmφ×5mmLのペレットに打錠成形し、窒素気流中700℃で5時間焼成して、リン酸アルミニウム触媒を調製した。これを気化器付ステンレス鋼製反応管(内径37.1mmφ×500mmL)に200cc充填した。窒素15cc/分を流しながら反応管を外部に設けた電気炉で加熱した。触媒の温度が50℃に達した時に、フッ化水素(HF)を0.6g/分の速度で気化器を通して導入した。HFを流通させたまま、300℃までゆっくりと昇温し、300℃で5時間保持した後、ヒーター設定温度を200℃に下げ、200℃になった時点で、HFの流通を止め、窒素流量を200cc/分に増やして2時間保持した後、1−メトキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタン(HFE−254pc)を0.2g/分の速度で、気化器を通して導入した。30分後窒素を止めて、HFE−254pcのみを流通させ、定常状態時にガスサンプリングし、ガスクロマトグラフで分析したところ、ほぼ定量的に、ジフルオロ酢酸フルオライド(CHFCOF)とフッ化メチル(CHF)が含まれていた(転化率:99.7%)。この粗ジフルオロ酢酸フルオライドを蒸留して純度99%以上の精製ジフルオロ酢酸フルオライドを得た。
【0064】
[触媒調製例1:Pd/C触媒の活性化]
内径37mm長さ500mmのステンレス鋼製反応管にエボニックデグサジャパン製の2%Pd/活性炭触媒(280cc)を充填し、窒素と水素をそれぞれ100cc/分、50cc/分で混合して室温で流通させた。局部的な発熱が起こらないように注意して、ゆっくりと8時間掛けて350℃まで昇温した。350℃に達したとき、水素流量を30分毎に50cc/分ずつ上げて、最終的に518cc/分で8時間保持した後、窒素だけを流通させながら室温までゆっくりと冷却した。活性化の操作では、局所的な発熱(ヒートスポット)が観測されたとき、水素流量を10cc/分以下に下げて発熱が収まったことを確認した後、徐々に所定の水素流量を戻した。
【0065】
[実施例1]
内径23mm長さ400mmのステンレス鋼製反応管に粒状の無水塩化カルシウム(63g、120cc、純正化学株式会社製(粒径:約2.5から〜3.5mm))を充填して、窒素を50cc/分で流しながら反応管を160℃に設定し加熱した。原料調製例1で得られたジフルオロ酢酸フルオライドを0.3g/分の速度(滞在時間:66秒)で流すと同時に、窒素の導入を止めた。入り口付近で10℃から20℃の発熱が認められて、経時的にそのヒートスポットが出口の方に移動した。出口ガスを経時的にガスクロマトグラフで分析したところ、ジフルオロ酢酸クロライド(DFAC)とジフルオロ酢酸フルオライド(DFAF)が含まれていた。結果をグラフ(図1)に示す。
【0066】
[実施例2]
反応管の温度を100℃に設定する以外実施例1と同様の実験を行った。その結果をグラフ(図2)に示す。
【0067】
[実施例3]
図3に示すように、個別にPID(proportional-integral-derivative)制御された三個の管用マントルヒーターを備え、粒状塩化カルシウム(993g、2000cc)を充填した内径45mm、長さ1500mmのステンレス鋼反応管Iの出口側に、触媒調製例1で前処理したPd/C触媒が充填された反応管IIへ接続した。反応管Iに窒素(10cc/分)を流通させながら、入り口側から電気炉をそれぞれ155℃、160℃、170℃に設定して加熱した。また、反応管IIは、その入り口直前に設けた枝管から水素(518cc/分)を流通させながら185℃に加熱した。両方の反応管の温度が安定してから3時間後、実施例1、2を繰り返して得られた生成物(主成分:DFAC、DFAF)に原料調製例1で合成したDFAFを添加して調製した原料(DFAC80%、DFAF:19.3%、その他:0.7%)を0.13g/分の速度で反応管Iの入り口側から導入した。1時間後に窒素を止め、750時間後、サンプリング口Aとサンプリング口Bのガスをガスクロマトグラフ(FID)で分析した。結果を表1に示す。
【表1】

【0068】

[実施例4]
反応管Iの塩化カルシウムを同種、同量の新たな塩化カルシウムに交換後、原料に原料調製例1で合成したDFAFを原料(DFAC99%以上、その他:1%以下)とする以外実施例3と同様の実験を行った。140時間後のサンプリング口Aとサンプリング口Bのガスをガスクロマトグラフ(FID)で分析した。結果を表1に示す。
【0069】
[比較例1]
反応管I(CaCl反応管)を通さずに、反応管IIへ原料(DFAC:80%、DFAF:19.3%、その他:0.7%)を通した以外、実施例3と同じ実験を行った。4時間後と8時間後にサンプリング口Aとサンプリング口Bのガスをガスクロマトグラフで分析した。結果を表1に示す。
【0070】
[参考例2]
実施例1の反応終了後、窒素を50cc/分の速度で流通させながら室温まで冷却した。反応管Iの内容物をすり潰してXRDで測定した結果、CaFの回折を示し、実質的にCaClの回折ピークは認められなかった。
【0071】
[実施例5]
外部に電気炉を備えた内径23mm長さ400mmのステンレス鋼製反応管に粒状(粒径約2.5〜3.5mm)の無水塩化カルシウム(純正化学株式会社製、60g、0.541mol、かさ:115cc)を充填して、窒素を50cc/minの速度で流しながら、設定温度300℃で2時間加熱した後、200℃に設定した。1−メトキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタン(HFE−254pc)を0.2g/minの速度で流すと同時に、窒素の流通を止めた。反応管の入り口付近、中央、出口付近の温度を熱電対でモニターしたところ、入り口付近で10℃から20℃の発熱が認められ、経時的にそのヒートスポットが出口の方に移動した。出口ガスを経時的にガスクロマトグラフで分析した。結果を表2に示す。
【表2】

【0072】

[実施例6]
実施例5の実験の終了後、塩化カルシウムを新品に詰めかえて(63g、0.568mol、嵩:120cc)、窒素を50cc/minの速度で流しながら、設定温度300℃で2時間加熱した後、表3に記載の温度に設定し、1−エトキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタン(HFE−374pc−f)を0.2g/minの速度で流すと同時に、窒素の流通を止めた。反応管の入り口付近、中央、出口付近の温度を熱電対でモニターしたところ、入り口付近で数10℃の発熱が認められて、経時的にそのヒートスポットが出口の方に移動した。出口ガスを経時的にガスクロマトグラフで分析した。結果を表3に示す。
【表3】

【0073】


[触媒調製例2]
マントルヒーターを備えた長さ1.5m×内径55mmのステンレス鋼(SUS316)製反応管にγ−アルミナビーズ(住友化学、KHS−46)を2kg充填した。マントルヒーター温度を50℃に制御し、窒素(1000cc/分)を流通させながら、気化器で気化させたフッ化水素(HF)を4g/分で流通させた。γ−アルミナへのHFの吸着熱および反応熱によって、特に入り口部に発熱が観測され、その発熱帯は徐々に出口方向に移動した。この時、温度が最も高いヒートスポットが300℃を超えた場合、HF供給速度を1g/分以下に下げて、局所発熱を抑制し、温度が設定温度になったことを確認後、徐々にHF供給速度を4g/分まで戻した。発熱帯が出口付近に達した後、ジャケット設定温度を50℃ずつ250℃まで上げて、前記のγ−アルミナのフッ素化を繰り返した。その後、ジャケット設定温度を300℃に設定し、HF流量を徐々に20g/分まで上げた。この時のヒートスポットの温度が350℃を超えた場合は、HF流量を1g/分に下げた。ジャケット温度300℃、HF流量20g/分の条件で、実質的にヒートスポットが観測されなくなった時点から、さらに同じ条件で24時間フッ素化処理を継続し、その後、窒素だけを流通させながら、ヒーターの電源を切り、冷却し、フッ素化処理したアルミナ触媒を得た。
【0074】
[熱分解例1]
実験に用いた装置を図4に示す。出口側にサンプリング口aを有し外部に電気炉を備えた内径37mm、長さ500mmのステンレス鋼製反応管を設け、反応管の出口にポリエチレン製の空トラップ、−15℃に保たれた冷媒浴中の蛇管、塔頂にドライアイス−アセトン浴で−78℃に保った還流冷却器と塔底にジャケット付高沸点化合物捕集器を有し出口側にサンプリング口bを有する分離塔(−15℃)、氷水トラップ、塩基性水溶液トラップ(50%KOH水溶液、氷冷)、合成ゼオライト4Aを1:1で充填した乾燥管をそれぞれフッ素樹脂またはポリエチレン製の配管で接続し、乾燥管の出口は除害装置に開放した。
【0075】
実験開始前に、図4で示す装置において、反応管と空トラップの接続を分離し、反応管の出口を除害装置に直接排気できるように配管を組み替えた。反応管に触媒調製例1で得られた触媒230ccを充填してから、窒素を15cc/分で流しながら電気炉を昇温し、触媒の温度が50℃に達した時に、気化器を通してフッ化水素(HF)を1.0g/分で導入した。HFを流通させたまま、350℃までゆっくりと昇温した。なお、昇温途中に局部的な発熱が認められた時は供給速度を0.1g/分に下げて、局部的な発熱が収束したことを確認した後に徐々に1.0g/分までゆっくりとHF供給速度をあげた。350℃に達した時点で、30時間保持後、HFの流通を止め、窒素流量を200cc/分に増やして2時間保持後、電気炉温度を180℃に下げ、1−メトキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタン(HFE−254pc)を0.2g/分の速度で気化器を通して導入し、直後に窒素の流通を停止した。反応温度が150℃になるように電気炉の設定を変更し、定常状態になった後、反応管出口と空トラップを接続し、図4に示す装置に戻した。流出ガスは、空トラップ、蛇管を通した後、分離塔(−15℃)で高沸点成分を凝縮させてジャケット付高沸点化合物捕集器(−15℃)で捕集し、凝縮しない低沸点成分を氷水トラップ、水酸化カリウム水溶液トラップ、乾燥管に通じた。
【0076】
サンプリング口a73で採取したサンプルをFID検出器のガスクロマトグラフ(「EPA METHOD 624」対応カラム)で分析したところ、CHF:54.291%、DFAF:22.126%、HFE−254pc(「Me」はメチル基を表す。以下同じ。):23.101%、その他:0.482%であった。また、サンプリング口b84で捕集したサンプルをFID検出器のガスクロマトグラフ(ケイ素系プロットカラム)で分析したところ、CH:0.001%未満、C:0.017%、CHF:0.009%、CHF:99.961%、C:0.008%、その他:0.004%であった。結果を表4に示す。
【表4】

【0077】

[熱分解例2]
反応温度を175℃にする以外、熱分解例1と同様の実験を行った。サンプリング口a73で採取したサンプルをFID検出器のガスクロマトグラフ(「EPA METHOD 624」対応カラム)で分析したところ、CHF:69.544%、DFAF:28.420%、HFE−254pc:1.351%、その他:0.685%であった。また、サンプリング口b84で捕集したサンプルをFID検出器のガスクロマトグラフ(ケイ素系プロットカラム)で分析したところ、CH:0.024%、C:0.121%、CHF:0.126%、CHF:99.455%、C:0.003%、その他:0.271%であった。結果を表4に示す。
【0078】
[実施例7]
内径23mm長さ400mmのステンレス鋼製反応管に粒状(粒径約2.5〜3.5mm)の純正化学株式会社製無水塩化カルシウム(63g、かさ:120cc)を充填して、窒素を50cc/分で流しながら160℃に加熱した。熱分解例2でジャケット付高沸点化合物捕集器76に回収された有機物(DFAF:94.181%、HFE−254pc:4.569%)を0.3g/分の速度で流すと同時に、窒素の供給を止めた。入り口付近で10℃〜20℃の発熱がみられ、経時的にそのヒートスポットが出口の方に移動した。有機物を77.9g供給した時に出口ガスをFID検出器のガスクロマトグラフ(「EPA METHOD 624」対応カラム)で分析したところ、DFAF:1.105%、CHCl:4.708%、HFE−254pc:0.001%、DFAC:93.769%、その他:0.417%であった。結果を表5に示す。
【表5】

【0079】

[熱分解例3]
実施例7において、上記の分析後、原料をHFE−254pc(99.9%)に変
更すると共に、反応温度を330℃に変更した。定常状態(30時間後)の出口ガスをF
ID検出器のガスクロマトグラフ(「EPA METHOD 624」対応カラム)で分
析した結果、組成は、C:2.406%、CHF:68.486%、CHF
OF:20.460、HFE−254pc:7.656%、その他:0.992%であ
った。結果を表1に示す。
【0080】
その後、原料の供給を止めると共に、窒素(100cc/分)を流通させながら、電気
炉の加熱を停止して室温まで除冷した。反応管の内容物は、若干の着色が認められたが、
ほとんど、粉化や凝着が見られず、反応前と同様の形状であった。内容物をメノウ鉢です
り潰して粉末XRD測定した結果、CaFと同じ回折パターンを示した。
【0081】
[実施例8]
内径23mm長さ400mmのステンレス鋼製反応管に粒状の無水塩化カルシウム(0.57mol、63g、かさ:120cc)を充填して、窒素を50cc/分で流しながら200℃に加熱した。熱分解例1でジャケット付高沸点化合物捕集器76に回収された有機物を蒸留したサンプル(純度98.1%のHFE−254pc(主な不純物:DFAF:1.1%))を0.3g/分の速度で流すと同時に、窒素の流通を止めた。生成物はドライアイストラップで捕集した。入り口付近で10℃から20℃の発熱が認められて、経時的にそのヒートスポットが出口の方に移動した。68.5g(0.52mol)のHFE−254pcを流した時、ドライアイストラップのサンプル、83.8gを回収した(回収率:97.8%)。それをFID検出器のガスクロマトグラフ(「EPA METHOD 624」対応カラム)で分析したところ、DFAF:0.857%、CHCl:68.877%、HFE−254pc:0.341%、DFAC:28.863%、その他:1.062%であった。結果を表5に示す。
【0082】
[実施例9]
外部に電気炉を備えた内径37mm長さ500mmのステンレス鋼製反応管に粒状(粒径約2.5〜3.5mm)の無水塩化カルシウム(純正化学株式会社製、150g、1.35モル、かさ:300cc)を充填して、窒素を50cc/分の速度で流しながら、設定温度300℃で2時間加熱した後、200℃に設定した。1−メトキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタン(HFE−254pc)を0.2g/分の速度で流すと同時に、窒素の流通を止めた。反応管の入り口付近、中央、出口付近の温度を熱電対でモニターしたところ、入り口付近で10℃から20℃の発熱が認められ、経時的にそのヒートスポットが出口の方に移動した。132g(1モル)のHFE−254pcを流通させた時、出口ガスを分析したところ、塩化メチル(CHCl):70.3%、ジフルオロ酢酸クロライド(CHFCOCl、DFAC):28.7%であった。分析結果を確認した後、HFE−254pcの流通を止めると共に、それまでにドライアイスで冷却して捕集した生成物をシリンダーに移した。
【0083】
同様の実験を5回繰り返して合計642gの生成物を得た。これを蒸留して、純度99.3%のDFAC(501g)を得た。
【0084】
[参考例3]
実施例1の1サイクルの反応終了後、窒素を50cc/分の速度で流通させながら反応器内容物を室温まで冷却した。内容物を観察したところ、形状は保たれ粉化はほとんど認められなかった。入り口部分および中央部分のから採取した内容物(元の塩化カルシウム)をXRDで測定した結果、CaFの回折パターンを示し、塩化カルシウムの回折ピークは、実質的に認められなかった。
【0085】
[実施例10]
触媒調製例1で調製した触媒が装填されたままの反応管に水素(783cc/分)を流通させながら185℃に昇温した。温度が安定した後、実施例9で得られたDFACを0.05g/分で1時間流通させた後、2時間かけて0.2g/分になるようにゆっくり流量を上げた。96gのDFACを供給した時、反応器出口ガスをガスクロマトグラフで分析したところ、2,2−ジフルオロエチルアルコール(CHFCHOH):99.17%、CHFCOOCHCHF:0.03%、DFAC:痕跡量であった。この実験を継続して480gのDFACを供給した時、反応器出口ガスをガスクロマトグラフで分析したところ、CHFCHOH:99.14%、CHFCOOCHCHF:0.02%、DFAC:痕跡量であり、触媒劣化の傾向は認められなかった。
【産業上の利用可能性】
【0086】
ジフルオロメチル基の導入試薬として有用なジフルオロ酢酸クロライドまたは2,2−ジフルオロエチルアルコールの製法方法として有用である。
【符号の説明】
【0087】
71:反応管 72:電気炉 73:サンプリング口a 74:空トラップ 75:蛇管 76:ジャケット付高沸点化合物捕集器 77:サンプリング口d 78:分離塔 79:還流冷却器 80:サンプリング口c 81:氷水トラップ 82:塩基性水溶液トラップ 83:乾燥管 84:サンプリング口b

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンまたはジフルオロ酢酸フルオライドを含む原料組成物を反応可能な温度において塩化カルシウムと接触させる塩素化工程を含むジフルオロ酢酸クロライドの製造方法。
【請求項2】
原料組成物が、少なくとも1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンを含む原料組成物である請求項1に記載のジフルオロ酢酸クロライドの製造方法。
【請求項3】
原料組成物が、少なくとも1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンおよびジフルオロ酢酸フルオライドを含む原料組成物である請求項1または2に記載のジフルオロ酢酸クロライドの製造方法。
【請求項4】
塩素化工程が気相流通式である請求項1〜3の何れか1項に記載のジフルオロ酢酸クロライドの製造方法。
【請求項5】
塩素化工程の温度が50〜400℃である請求項1〜4の何れか1項に記載のジフルオロ酢酸クロライドの製造方法。
【請求項6】
さらに、塩素化工程で得られたジフルオロ酢酸クロライドとアルキルハライドを含む組成物からアルキルハライドを除去する分離工程を含む請求項1〜5のいずれか1項に記載のジフルオロ酢酸クロライドの製造方法。
【請求項7】
1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンが1−メトキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンである請求項1〜6の何れか1項に記載のジフルオロ酢酸クロライドの製造方法。
【請求項8】
ジフルオロ酢酸フルオライドが、1−アルコキシ−1,1,2,2−テトラフルオロエタンを熱分解して得られたジフルオロ酢酸フルオライドである請求項1〜7の何れか1項に記載のジフルオロ酢酸クロライドの製造方法。
【請求項9】
請求項1〜8の何れか1項に記載の製造方法で得られたジフルオロ酢酸クロライドを接触還元させる接触還元工程を含む2,2−ジフルオロエチルアルコールの製造方法。
【請求項10】
接触還元工程が、パラジウムを触媒とする接触還元工程である請求項9に記載の2,2−ジフルオロエチルアルコールの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−176927(P2012−176927A)
【公開日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−70385(P2011−70385)
【出願日】平成23年3月28日(2011.3.28)
【出願人】(000002200)セントラル硝子株式会社 (1,198)
【Fターム(参考)】